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今日、買い物に行ったホームセンターで、春の風にのって聴こえてきた旋律「A列車で行こう」隣のスーパーの前から聴こえてくる。近くの中学校の吹奏楽部が、大震災の募金をつのるためチャリティーコンサートを開いていたのだ。桜は咲き始めたけど、まだ少し冷たい風のなかで音が、楽器が、子供達が、そしてそのまっすぐな心が、きらきらとかがやいている。ゆれている。こんなスタンドプレイやパフォーマンスを観ているとこんな頃に戻りたいなあ・・・なんて思ってしまう。でも戻ることは出来ないから、もういちど1から習ってみようかないきものがかりの「ありがとう」を聴いていたら、ひとりでに涙が頬をつたっていた。コンサートは大盛況で、アンコールあり、小さい子供さんから、お年寄りまで沢山募金してくれていた。誰かを想う気持ち誰かの力になりたいという気持ちそんな純粋なこころを子供達はとてもシンプルにまっすぐに行動してみせるとてもいいコンサートだった心がポカポカとあったかくなった大金をはたいて、心待ちにしていくコンサートもいいけれど偶然出逢った、こんな小さな優しい気持ちに満ちたコンサートもいいな天使の音色をお届けできないのが、残念ですありがとう、いい音楽をやさしいひとときを
April 29, 2011
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今日、ちょっといいことがあった。体調の気になるところがあって、病院に行ってきたのだが、自分が思っていたよりも状態は悪くなかった。2週間くらい前、あまりに頭痛と腹痛がひどい日が2~3日続いて、(あ~、これはいよいよ切腹か?)なんて思っていたが、まったくそんな状態ではないそうで・・・。自分でもかなり気をつけて、身体を冷やさないようにしたり、基礎代謝を高めるように軽い運動を続けたりはしていた。けど、病院にかかって検査とかしていたわけではないので、この際だから自分の身体が今、どんな状態か診てもらおうと思って、思い切って受診した。先生曰く、緊急でどうこうしなくてはいけない状態ではないので、自分がどの程度で付き合っていきたいかによって、治療方針を相談しよう、とのこと。それで、今まで自己流で漢方薬を飲んだり、身体をあっためたり、運動したりしていたことを話した。それなら体質改善からゆっくりやっていこうということになり、漢方薬を処方してもらってあとは定期的に検査なりしながら継続で診ていただくことにした。いままで婦人科でこんなふうにじっくり話をきいて、一緒に治療方針を考えてくださる先生にあたったことがなかった。一生懸命不調を訴えても、「で?結局どうしたいわけ?」なんてなげやりに言われたり、「こんな体調でよく来れたもんだ!少し治してから来い!!」なんてどなられたり、そんなことばかりだったので、だんだん婦人科から足が遠のいていた。悔しくて情けなくて、受診したあとは泣いてばかりいた。同じ女であっても、家族であっても、同じ立場でなければ分かってもらえるとは限らない。そして、どんどん諦めていった。それから10年近くたって今、ようやく「ゆっくり一緒に治そう」と言ってくれる先生に出会えた。薬局の薬剤師さんも「私もこれ(漢方薬)飲み続けてたら、よくなってきましたよ。急には効きませんが、先生とご相談しながらゆっくり続けてくださいね。」と言ってくれた。よく言われることだが、やっぱり病院や先生との相性ってあるのかもしれない・・・と、帰りの車のなかで思った。涙がでた。でも・・・それだけじゃないのかもしれない。自分の心がきまって、「こういう方法で治したい」という方向がクリアになったからこそ、そういう先生や薬剤師さんに出会えたのかもしれないな。ここまでくるのに、自分の頭で考えて、いいと思ったことで自分が続けられそうなことをやってきたから、体質改善のベースができていたのかもしれない。今の自分の状態を知ったことで、また一歩、自分の思う方向に前進できる。いままで続けてきたことが無駄でなかったことも分かったし。肚(はら)をきめて、ちゃんとそっちを向いて歩いていけば、運命や相性もいい方向に流れ出すのかもしれない。
April 27, 2011
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最近逢った一番美しい笑顔、それは昨日テレビで見たスーちゃんの遺影だった。キャンディーズ、女優さんと華やかな世界で生きながら、20年ものあいだ病気と闘っていたスーちゃん。祭壇に飾られた写真は、そんな苦しみなど感じさせないとてもいい笑顔だった。55年の人生を、楽しいことも悲しいことも受け入れ、受け止めてきた素敵な大人の女性の顔だ。自分の人生がこのさきどのくらいあるか分からないけれど、思い出されるときにはいつも最高の笑顔・・・って生き方をしていきたいと思った。ちょっと前まではまったく笑えない時期があったりして全然ダメだけど、今は笑えているほうじゃないかなと思う。「笑顔」に救われたのだ。いつも笑いかけてくれる母の遺影と、笑いながら他愛のない話ができる人と。あんなに大きな悲しみのあとでも、春はきて、桜が咲き始めた。沢山の人の心を癒している。特別な才能も、莫大なお金も持ち合わせていないけれどせめて笑顔で、心に寄り添える自分でいたい。ご近所のご不幸などで遺影を見るたびに思うことがある。「ふつうの写真って必要だよな」こう見えて(どう見えて?)照れ屋さんなのか、私には普通の顔で収まってる写真がほとんどない。過剰なポージングをしているか、オモシロ顔をしているか・・・。しかも一番新しい写真は、結婚式近辺
April 26, 2011
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今日は当地区の道路清掃と防雪柵の撤去があった。去年の暮れから一冬、岩手颪の強くて冷たい風から生活道路を守ってくれた防雪柵。また今年の暮れまで、しばしのお別れである。いつもこの時期、設置してある畑は雪解けでどろどろ、歩くのにもやっとだが、今回はいつもに比べれば待ったく楽だった。防雪柵を撤去したあとは、男性陣は道路わきに捨ててある粗大ゴミの回収と、地区の防犯灯の付け替え。女性陣はゴミ袋を手に、徒歩でゴミ拾いをする。地区全体をまわるとなるとかなりな距離。ここに来た頃はへとへとだったが、最近はようやく慣れてきた。以前に比べると格段にゴミの量は減ったけど、やはり雪が融けると空き缶なんかがゴロゴロ出てくる。「なんで捨てるかね」と毎年同じことを言いながら拾って歩く。粗大ゴミも一時は大変な量があったが、だいぶ減った。それでも洗濯機とかタイヤとかテレビに椅子、と多種多様にあった。そのなかにひときわ目をひいたものがあった。アルバムである。中にはモノクロの写真がいっぱいに貼ってあった。それと子供たちのカラー写真。運動会、修学旅行・・・。沢山の写真の中で、子供達が笑っている。写真かあ。確かに写真くらい整理したり処分したりが難しいものはない。でもこんな感じで捨てちゃうって・・・この人は「何を」捨てたかったのだろう。このアルバムの中の過去が、すべて捨ててしまいたくなったのだろうか。それとも持ち主がなくなって、身寄りもいなくてこんなふうに処分されちゃったんだろうか。ただのゴミなんだろうけど・・・なんだかひどくもやもやしてしまった。今、海辺の街では瓦礫の処理をしたり、行方不明の人の捜索をしながら、家族の思い出の品を探している人たちも沢山いる。自衛隊や消防、ボランティアの人たちも気をつけて集めているものがある。それが、アルバムである。一瞬にしていろんな、沢山のものを失った人達にせめて届けてあげたい・・・という思いで丁寧に収集されている。その人の、そして家族の生きていた軌跡であり、証。なぜかふと、「自分もいなくなったときのことをちゃんと考えて、整理しておこう」と思った。追記:ご近所のお父さん、ゴミの中にご祝儀、不祝儀セット一式を発見。「はあ~、お祝いの袋も捨てんのか・・・あっ、おれの名前!!」どうやら誰かに出したお祝いの袋がいままさに、目の前に戻ってきた模様。「誰だっ!まったく!あいつか!○○かっ!! ただじゃおかねえ!!」・・・不法投棄は・・・やめてください・・・。
April 22, 2011
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今朝のひねもすのたり牧場入り口です。寒かったです~こんなに真剣に降るとは・・・山間部、恐るべしもはや4月、桜の便りもちらほらな季節に。みんな肩をすくめて、凍えてますよ~。「さ、寒い・・・」「さむいよお・・・」桜の季節、早く来~い
April 20, 2011
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震災があってから、くりかえし自問自答していることがある。自分が今、共に生きている「いのちに対しての責任」だ。福島の原発20キロ圏内では、牛3千頭、豚3万匹、鶏60万羽が取り残されているという。そのほかに、ペットとしての犬や猫もいるだろう。そこに住んでいた人たちは有無を言わさず、それらの動物たちを置いて避難させられた。どんなに愛情を注いでも、命の重さを主張しても、聞き入れられることはない。実際、私も40頭以上の牛と生活していると、今回のような非常事態にすべての牛を迅速に避難させることなど無理だろうと思う。牛は見た目以上に繊細で、地震のときも揺れて怖いとパニックになるし、首輪をはずしてやったとしても、外に逃げるとは限らない。おびえて牛舎の一角に固まってしまうこともある。それでも丸一日くらいかけて、なんとか避難させたとしても、それを受け入れてくれるくらいのスペースがなければ、どこにも連れていけない。エサも届かない。搾らないと熱が上がって体調を崩す。子牛はちょっとおなかが冷えるとすぐ弱ってしまう。それにくわえて、犬と猫もいる。みな愛しい、同じようにたいせつな命だ。沢山の命を抱える責任の重さと、迫られる選択を考えると、押し潰されそうになる。それでもまだ余震も続いているし、いつまたこんな事態がくるか分からない。そんなときのことを、よく考えておかなくてはならない。それが沢山の命に支えられて生活している、それを生業にしている者の責任なのだから。だけど、どんなに考えても、なかなかいい案は浮かばない。ともに生きてるたくさんの命を、どうしたら緊急時にも守ってやれるだろう。今回の震災ほど、自分の肩に背負っているものの大きさ、重さを考えさせられたことはない。当県でも、被災したペットの新しい里親の募集もはじまった。しかしながら、家畜に関しては、本当にまったくの手付かず状態に等しい。せめてこれ以上の犠牲を出すことなく、原発はじめ、事態を収拾してほしい。追記:うちにはさらに、避難所の限られたスペースでまったくの他人とずっと生活していくなんぞ、到底無理っぽい人間も数名・・・。(というか、全員その類)あ~、頭いたい・・・。
April 19, 2011
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牧草畑の上にぼおっと浮かんだ月あかくて おおきな 月まるでお花見のぼんぼりのようにあたたかく灯っているでんしんばしらの上にぼわ~んと浮かんだ月今は白く煌々と光って鉄塔の一番上にちょこんととまっている牧場のしずかな夜の上にあらわれた月は とても優しい光だけど 強くて明るい光今宵は 月明かりの下で何を想おうか・・・まぶたがゆっくりとおちて閉じるまで
April 18, 2011
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今日、エッセイ講座のお仲間に誘われて、講座が開催されたあらえびす記念館のレコードコンサートに行ってきた。もともと時代小説家であり、音楽鑑賞にも熱心だった野村胡堂の収集したレコードをかけて地元の方がたに楽しんでもらおうというコンサートだったらしい。が、最近は1年遅れのニューイヤーコンサートや村治佳織さん、辻井伸行さんといった最近の演奏で、なかなか中央まで出かけていけない地元の音楽ファンを楽しませていたようだ。私も以前から気にはなっていたが、なにせ片道1時間かかるし夕方の6時からの開演だったのでちょうど搾乳時間にあたってしまい、行けずにいた。が、今年度は節電の関係もあって午後2時からの開演で、約2時間。帰ればちょうど、牛小屋の仕事にも間に合う。今日の演目はドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 チェロ ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ 指 揮 カルロ・マリア・ジュリーニ 演 奏 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ドヴォルザーク 交響曲第九番 ホ短調 作品95「新世界より」 指揮 ウラディーミル・アシュケナージ 演奏 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団チェロ協奏曲のほうのロストロポーヴィチさんは、かつて小澤征爾さんとともに2002年に当地を訪れ、地元の小学校でコンサートを行ったという。なんちゅう、豪華な交響曲第九番は下校の音楽の定番ソング「遠きやまに陽は落ちて」のメロディーが入っている曲。馴染み深い曲だ。会場は地元の人達を中心に、ご高齢や車椅子でなかなか本物のコンサートに足を運ぶのが大変な方たちも沢山いらした。DVD盤での鑑賞だったので、臨場感もたっぷりで素晴らしかった。会費は珈琲代として200円。曲の間の15分間の休憩時間に、ドリップの珈琲を職員さんが入れてくれる。こういう誰でも気軽に音楽に親しめるコンサートもいいものだな・・・と思った。今日はとてもいい、心の栄養補給になった。
April 17, 2011
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今日、街中に用足しに出かけて、信号待ちのときにグラウンドの横に停まった。子供達が野球をしている。まだま新しげな白いユニフォームを来て、ボールを追いかけ、バットを振り、大きな声を掛け合いながら走りまわっている。いつもなら「ああ、やってるな。」くらいの感じで見ている野球小僧たち。こんなあたりまえのような光景も、かけがえのない「一瞬」なんだなと思う。子供達がこうしてのびのびと遊んだりスポーツしたりできるようなおだやかで普通の毎日が続いてほしいと駆け回っている子らを見て、あらためて思った。そんな世の中にしておけるように綻んだところはみんなで直しながら自分ら大人ががんばんなくちゃ。がんばりすぎはよくないけれどたまにはがんばってる背中も見せないとね。そんな背中を見てよく遊んで、よく勉強して今しかない大事な時間を積み上げて、楽しんで、育っていってほしい。
April 15, 2011
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まだまだ毎日のように余震が続いている。もう、ぐらぐら・・・またかよ!!って思うと、実は自分が揺れてることも多い。地震酔いもあるが、今日のはなんか立ちくらみのようだ。ここ一ヶ月あまり牛のほうも、生活も気を張り詰めていたせいか、あまり体調が悪いなんて思わなかった。だけど、今日は悪い。くらくらするし、おなかは痛いし、最悪。「自分の身体も管理できんで、何が支援か!!」って思うので、今日はもう早めに休んで、治らなければ早めに受診しよ。この春からは、自分の良心にのみ振り回される人生を生きなさい、といわれている気がする。大切な人や、愛しい命とともにいられる幸せや他愛無いおしゃべりをしたり、笑いあったりできる喜びや季節の風の匂いや、陽のあたたかさを想える日常たくさんのちいさな幸せに包まれていきている自分それを忘れずに、もっと多くの人とも肩を組んで歩けるようにそのためにも治す寝ます
April 14, 2011
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最近テレビでよく登場するおさかな、小女子(こおなご)。福島原発の放射能漏れで、魚への汚染の影響の話のときによく登場する。なんでもものすごい数値シーベルトなんだけど、人体に影響が出るのは小女子を一日4キロずつ食べ続けたとき・・・なのだと説明していた。ふうん、分かったようなわかんないようなだけど、ま、大丈夫なんだな。って、自分なりに理解して納得したのだが、いつもそのあとのコメンテーターの言葉につい、いらっとしてしまう。「だいたい食卓にあがらないでしょ、小女子なんて。」「これなに?どうやって食べるの?食べられるの?」いやいや、食べますがな子供のころなんておやつがわりに、学校から戻るとパクパクいってましたがな。いまなんか、酒の肴ですがな。あの絶妙な塩味がたまりまへんがな。鯛とかマグロだけが魚ちゃうぞ!!と、毎日おおよそ見当違いなところで怒りをあらわにしている私。あんなうまいもん知らんなんて・・・かわいそう
April 12, 2011
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3月11日の大地震から、1ヶ月がたった。もうそんなに・・・という思いと、まだまだこれからなんだな・・・という思いが入り混じっている。被災地の人々も、それ以外の人たちもいろんなことに気づかされ、そして歩き出している。いや、被災した方々のなかには、歩きださざるを得ない状況の人たちも沢山いる。避難所を点々としなくてはならいない人達。ふるさとを後にして、新しい土地で仕事を探し、子らを学校に行かせる人達。黙々とがれきの山と戦い、家族を、思い出を探す人達。そして、ふるさとと一緒にもう一度立ち上がろうとする人達。今日、当村でも14時46分に村内放送があって、黙祷をささげた。手を組み、瞳を閉じて祈る間、沢山の亡くなられた方々や、今も苦しい状況のなかで身を寄せ合っている方々、そして主をなくしてさまよっている動物たちの魂を思った。自分は本当に、それらをちゃんと心でとらえて、今できる最大限のことをできているだろうか・・・と思った。テレビは毎日、大震災と原発のことを流している。ありとあらゆる方面の専門家と呼ばれる人たちが出て、今の政治のリーダーシップのなさを批判し、嘆き、被災地の人たちに「あなた方がまずがんばって、その姿を見せて政治を動かしてください。」みたいなことを言っている。政治家と呼ばれる人たちは、連立だの総理の進退だのばかりを気にしている。この人たちの声はほんとに被災地に届いているのだろうか、と思う。というより、被災地の現状をどの程度わかって、こんな議論になってんのかな、と思う。別に小難しいこと言ってないで、政党とか縦割りとかいらない壁をとっぱらって、みんなが等しく人間としての自分に立ち返って、タッグを組んだらどうなのだろう。一時期、被災地に物資を送っても仕分けする人員が確保できないから、かえって無駄になるからおくらないように・・・という指示のような、噂のようなものが流れたけど、行政の手が届いていないところでは、被災者同士が指示系統を作って、仕分けもしたり、安否の確認もしたりしていたよ。当県でも被災地より内陸よりの人たちが、早々にボランティアに行ったり、地元放送局はこぞって安否の確認の手助けや、救援物資の情報を流したりしていたよ。まったく普通の一般の庶民とよばれる人達や、普段はきらびやかな世界で夢を売る商売の人たちが、なんの見返りもないいろんな活動をして、時には命がけで作業をしていたよ。日本の舵取りをするひとたちも日本のブレーンと称されるひとたちも「一日も早い復興を」と唱えるならばもっと苦しいところにいる人たちをちゃんと見ないと。うわっかわを撫でているだけでは、何も分からないし、通り一遍等な議論も提言も、心に届かないと思うよ。それほどに理解するってことは難しいし、心が宿っていない言葉は見透かされる。自分の頭でよく考えて、噛み砕くことも、自分の良心に従って、行動に移すってことも、簡単なようでも、実は大変なエネルギーがいる。そんなことを、この一ヶ月で痛感した。当牧場主の被災したいとこも、身体の回復もそこそこに、またふるさとへ戻っていった。自分の母親を探すために、そして、今後をどう歩いていくかを見極めるために。車とガソリンと、毛布やクッションや心ばかりの軍資金を牧場主は用意した。そして、「気をつけて行けよ。ぜったいに無理はするな。何かあったらいつでも連絡しろよ。」の言葉と。夕方、そのいとこと牧場主が電話で話した。あちらから盛岡の避難所にきたあたりと、まったく変わっていないという。避難者名簿に載っていなかったので、まず役場に行って生存の報告をしろよ、と牧場主に言われていたいとこ。「行って報告したけど、別にどうでもよさそうだった。」と苦笑していたらしい。1ヶ月たったけど、ほんとうにまだまだこれからなのだ。がれきの山も、人々の心も身体も、まだ手付かずの状態みたいなものなのだ。ここからの道は、自分の心の根っこにある良心に身を委ねて、みんなで肩を組んでいきましょう。知恵を絞って工夫して、自分の得意分野で最大限の「やれること」を出し合いましょう。岩手の山の上で私も。
April 11, 2011
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スーパーなんかに行くと、最近はだいぶ数量限定商品が減ってきた。からんとしている棚もあるけれど、がらん・・・とはしていない。今日は当牧場に削蹄師さんがきて、牛の爪きりをするので、一服を買いにスーパーに行った。この震災があったあと、スーパーで見かける買い物風景にちょっとした異変を感じる。家族連れの集団の構成人員が増えてきていて、しかもよく話し合いながら買い物している。おひとりさま1個限り・・・の商品をできるだけ沢山買うためなのだろう。家族が多いとどうしてもそういう買い方がいいのだろうし、度を越した買占めでなければ、まあいいかなと思う。それに何より家族でかたまってあれこれ相談しながら吟味しながら買い物しているのが、いいと思う。前は家族で買い物に行っていても、子供が飽きちゃって騒いじゃって、そんで親が怒りちらして・・・とか、子供がどんなに走り回って騒ごうが無関心でおしゃべりに夢中な親とか。はたまた、いちいち奥さんを怒鳴りちらして買い物してる老夫婦とか。私みたいに年がら年中、ほとんどひとりで買い物してる身からしたら、家族で買い物してんのに、何がそんなに面白くないのかいな?って風景を目にすることが多かった。それが今は違う。「ママ、これがいいんじゃない?」「パパもいるから今日は2個買えるわね」なんて相談しながら仲睦まじく買い物できる。ほんとにレジ袋が不足しているから、ほんとにまじめにエコバック持参で買い物している。子供にも「お菓子は1個だけね」とか言っても、カランとした棚や世の中のただならぬ空気を読み取ってか、比較的素直にそのスペシャルな1個を選んでいる。「パパ、買うならこっちのパンのほうがいいわよ。これは単なる豆しか入っていないパンだから、マーガリンとかがさらにはさまってるほうがお得なのよ。」なんてご主人にパンの選び方をレクチャーしているご婦人がいて、ご主人も真剣にパンを選んでて、なんだか妙に微笑ましかった。余震が続いていて、停電したりすると、限られた灯りのもとに家族が寄り添う。暗くてテレビとかもつかないから、なんとなく話をする。限られた食材しかないから、節約無駄なしレシピのレパートリーが増える。自分の生き方や、家族や他のひとたちとの接しかたも、自然に見直しできてるのかもしれない。
April 10, 2011
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7日の深夜、また大きな地震があった。ぐらぐら、ゆらゆらけっこう長いこと揺れて、そしてまたぷつん・・・と停電になった。先月の11日以来、枕元にはつねに携帯やバックやヘッドライト、ラジオ・・・と置いてあったのでライトとラジオをつけた。宮城のほうではまた、震度6。うちのあたりでも震度5から4くらいだ。牧場主はまた消防ジャケットを羽織って、見回りに出掛けた。今の時点で停電・・・ってことは、夕方の搾乳分は廃棄。(牛乳の冷却ができないため)明日の朝も・・・廃棄かなあ・・・。朝になってもやっぱり電気は復旧していない。ご近所の酪農家さんたちと共同で発電機を使って搾乳して・・・やはり、廃棄。先月の大地震以来、いろんなことを学習した。枕もとの非常時セットもそうだけど、水も2リットルと1リットルのペットボトルに汲んでおいて、台所やトイレに数本置いてある。それと、これ。地元放送局に募金に行ったときにロビーからもらってきた「さいかちの実」ひとつの長さが2~30センチもあるこの茶色のさやを、ぬるま湯の中でじゃぶじゃぶ揉むと、どんどん泡が出てきて天然のせっけんになる。それでお茶碗を洗うなり、洗濯なりする。前にテレビで見たときはおおきいまんまじゃぶじゃぶあわ立てて、大きなたらいで洗濯していた。私はというと細かくしたものをたまねぎネットに入れて、水道の蛇口のとこにぶら下げている。みかんネットにレモンせっけんが入ってぶら下がってた学校仕様な感じである。それでそれを少量のぬるま湯にじゃぶじゃぶして、洗剤がわりに使うのだ。家事・・・というより、小学○年生の科学・・・みたいな気分変な泡切れの悪さもないし、匂いも「あ、植物のにおい」ってかんじで後にも残らない。かなりなすぐれものである。お米をといだあとのぬかの水とかこのさいかちとか、あまり水が沢山使えないようなときでも自然にあるものって「つかえる」よなあ面白さも手伝って(こどもかっ!)、はまりそうな予感であるこちらもよければ、よろしくお願いします。
April 9, 2011
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エッセイの自習をしていて、ふと思った。持ち歩けるくらいの辞書がほしいかも・・・講座では先生も小さめの辞書を持っていて、分からないことはその場で調べて校正していた。私も学生時代に使ったのは持っているけれど、もはや30年くらい前のもの。あまり変わらないかもしれないけど、30年経ってるとどうかなあ・・・。10年一昔でしょ。・・・30年なら・・・。やっぱ買ったほうがいいのかなあ、なんて思いながら、ところで今辞書っていくらくらいすんのかな・・・とPCで見てみると。ほとんどが電子辞書しか出てこない。あれ?まさかペラペラめくるのはもうないよってことじゃないよね?しかも電子辞書、高校生仕様・・・なんてのもある。は?今時の高校生は電子辞書を学校に持っていくの?え?え?・・・なんだか浦島太郎になった気分・・・どなたかご存知の方。電子辞書って便利ですか?そして、ペラペラ系辞書って、まだありますか?テレビで某テレビショッピングを見ていた牧場主。「やっぱり隣の席の生徒さんがカラーの電子辞書なんか使ってると、欲しくなりますよね~」って声を聞いて、「ん?今の学生って、これ(電子辞書)学校に持っていくの?」・・・浦島太郎・・・
April 7, 2011
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岩手は美味しいお酒のふるさとです。美しい桜の咲く、ふるさとです。今年の春は、このひとときだけ。桜の花を愛でながら、美味なる酒を味わいましょう。岩手、東北以外にお住まいの方も、どうぞ春を楽しんでください。
April 5, 2011
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昨日、近所の酪農家さんに用足しに行った。風はかなり冷たくて寒いけど、いいお天気だ。さて帰ろうかな・・・と車を走らせはじめて、ふと思いついた。ちょっと街までドライブしてみようかな、と。フロントガラスごしの空はどこまでも青く、ずっと向こうの山の上まで広がっている。さくらいろのジャケットは、ファーも取り外した。砂利の山道を一気に降りると、下のほうの街並みはもうすっかり「はるいろ」になっていた。家々の庭にはクロッカスやパンジーが揺れながら咲いている。春の強い風にあおられて、畑の土が道路を渡って向こう側の畑にとんでいる。子供達が自転車で走っていく。はる・・・なんだなあ・・・。駅ビルの駐車場に車をとめて、そのままお店を眺めて歩いた。店内に飾ってある服も、バックも靴も、アクセサリーも、みんな春の装いだ。若い女の子たちが服を前にあてて、鏡の前でニコニコしている。赤やピンクや、花柄・・・見ているだけでもなんだか胸のあたりがあったかくなってくる。ときどき行っているお店に行って、手の甲にいろいろ試して天然素材のパックを買った。しばらく忘れていた「匂いにいやされる」感じ。ただなんとなく、あれこれ見て歩けるたのしみ。そのあと、珈琲ショップに寄った。カフェラテとチーズトーストをたのんだ。あったまったミルクと珈琲のまじりあった、甘い匂いが鼻をくすぐる。ひとくち、口に含んでみる。うまい。うまいーーー!!と目を閉じたら、涙が出てきた。外で、誰かが入れてくれたカフェラテを飲むのなんて、ほんとうに久しぶりだった。カップから立ち上るゆげを見ながら、時間をゆっくり楽しめるときがもどってきてくれて、ほんとに幸せだ。まだまだ街までドライブも、ウインドウショッピングも、喫茶店でお茶するのも、贅沢なのかな・・・なんて思っていたけど、そのほんの1時間半ほどの時間が、下を向きがちだった最近の自分に元気をくれた。帰りの車のなかであったかい日差しを浴びながら、こんな普通の毎日が、同じ空の下にいる人達すべてに、訪れる日が来てほしいと思った。きっと来る・・・。
April 4, 2011
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かすみがかった強い風をうけてやわらかな陽の光をうけて芽吹いたちいさな命春の匂いをまとって今年も・・・
April 2, 2011
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先日、牧場主のいとこに会いに行ったときに地元の放送局に募金してきました。おこちゃまみたいに空き瓶に小銭をためておいたやつで、いい年の大人がするにはかなり小額でしたが・・・そこのロビーにおいてあった「さいかちの実」です。「ご自由にお持ちください」コーナーからちゃっかりいただいてきました実はあの大地震があった日の翌日は、エッセイの自主練を企画していました。お仲間の一人のお宅に集まって、それまでに1編エッセイを仕上げてきて勉強会しましょうということになってたのです。それでお茶菓子でも・・・と思って、少々買い物をして自宅に戻ったところであの地震。あとはもう連絡のつけようもなく、ただ毎日に追われているばかりでした。それが先日、一緒に集まろうって言っていたお仲間から電話をいただきました。その日に集まる予定だった方はみなさんご無事だったとのこと。停電、電話と携帯の不通、ガソリンを求めての毎日・・・いろんな話をしました。「それでね、○○さん(自主練でうかがう予定だった方)とも話したんだけど、せっかく勉強したんだし、無駄にしたくないよねって。でね、もう少し落ち着いたら集まって勉強会しようかってことになったの。」そう、あの日から毎日牛の世話や被災した身内のこととかで、すっかりエッセイのことからは遠のいた生活をしていました。でも心のどこかでは、こんなときだからこそ書き残しておきたい自分の心の動き、気づき、沢山あるんだよなあ・・・って思っていました。「ぜひ、ぜひまたやりましょう。教室が再開になったら、そちらにも行きたいですよね。」「うん、じゃあまた落ち着いたら連絡取り合いましょうね。」教室の再開の予定もまだたっていないけど、とりあえずいつ集合がかかってもいいようにちょっとずつでも書いておかないと以前、何かの本に書いてあったけど、エッセイを勉強したいという人はかなり多いらしい。でもその中で、ずっと書き続けて行く人はほんとに少ないそうだ。やめていく人の理由のほとんどが同じ。「もう書くことがなくなりました」ってことらしい。書き始めたときは明確に書きたいものがあって書くのだけれど、それを書いてしまうともはや目的達成になってしまうというのだ。でも大事なのは井戸を枯らさないことだという。井戸の水は使わないで溜めておくと澱んで汚れてしまう。枯れないようにするには、毎日ちゃんとくんで使うこと。書くものができるまでじっとしているよりも、とにかく日常のささやかなことでも何でも書くのが続けるコツなのだという。ああ、私の頭の中の井戸の水もどよ~んとしてきたかも・・・毎日汲み上げて、ちゃんと洗い物やらお炊事に使わなくては
April 1, 2011
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