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私のブログはあまり更新されませんので、見た目は変化ないのですが、2009年11月17日に書きました『何かいいことないかな』Vol.4のコメンントにHealoさんが素晴らしいコメント&解説を付けて下さいました。是非、読んで下さい。「コメント」をクリックすると開きます。私の感性では解らないことを書いて下さっています。。轟さんとかムラさんとかドバドバさんとか・・・・・これまでも私の本文よりコメントの方が面白いものが多くあります。それらは、『Home』の左側の『フリーページ』にまとめています。また、轟さんの論文は以前紹介しましたように、http://homepage3.nifty.com/ken1ro/texts/eigo_top.htmlにあります。その他の方のHPは、HP版『てんびんばかり』http://eigo-hp.hp.infoseek.co.jp/myLINK.htmlそのなかに、『泣けるような感動』があります。
2009年11月29日
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このブログのテーマは、「河島英五さんが残されたメッセージを知り、理解する。また、英五さんがまだ伝え足りなかったことは何か?を知る」であり、私自身が英五さんの歌詞で解らないことを独り言のように書いています。河島英五さんの『何かいいことないかな』についても、第3回 Healo Live in ma-ha 「河島英五の世界」にゲスト出演される森本和憲さんと私はなんか解釈が食い違うなあって、思いながら、その後、森本さんから『何かいいことないかな』についてまだ聞いていません。いつか、森本さんにもっと話を伺いたいと思います。さて、前置きが長くなりましたが、1982年に販売されましたスーパーライブを聴きました。その最後に、『何かいいことないかな』に関連させて、インタビュアが英五さんに「150カ所もライブで回って、何かいいことあったでしょう」と誘導尋問しました。でも、英五さんは無言。「ほら、オートバイのこととか、、、、、」誘導尋問が続きますが、英五さんは何か物足りなさを感じさせながら、「泣けるようなことがないのですよね」と最終回答。インタビュアは思いもよらない回答だったのか、話が違う方向に言ってしまいました。私は約30年間、『何かいいことないかな』は、「何か楽しいことないかな」だとずっと思っていました。しかし、1982年のスーパーライブの時点では、『何かいいことないかな』とは、「泣けるような感動がないかな」だったようにインタビューの回答から聞こえました。私自身がずっと“感動”を求めていたのに、気が付きませんでした。「泣けるような感動」探したいです。
2009年11月17日
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河島英五さんは竜馬が好きだったようです。来年のNHK大河ドラマでも取り上げられるので、我が家でも竜馬が話題になっています。http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/私も英五さんが好きだった竜馬を知りたいと思っていますが、15日に、念願の長崎の亀山社中、竜馬の像を見に行ってきました。竜馬の像がある場所は小高い山の上ですが、ここで、心を斜め十五度に傾けたのかと、長崎の空を見ていました。http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kouen/search/parksrc.php?mno=1&parkno=132この『竜馬のように』の歌詞は、http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND47396/index.htmlに紹介されています。「少年のままで生きることは誰にも出来ない振り向けば 昨日のことさえもう目覚めぬ それは化石人は鳥でもない 魚でもないまして石でもない 花でもない茜の空にたちむかえ心を斜め十五度に傾けて鳴呼 遥かに行かん鳴呼 遥かに行かん」茜の空にたちむかう、力強い唄ですが、「心を斜め十五度」と、60度でも45度でもなく、なんと控えめな角度なのかと思います。しかし、前向きに心が向かない時、この「心を斜め十五度」という無理をしない前向きさが好きです。「人は鳥でもない 魚でもないまして石でもない 花でもない風でもない 流星(ほし)でもない砂でもない 雲でもない」何をいっているのでしょうか?魂ある人間は、志を持たないといかんという意味でしょうか?この『竜馬のように』は、http://www.ongen.net/search_detail_artist_list/artist_id/at0000001044/lt/2/で視聴できます。なお、この『竜馬のように』の作詞は荒木とよひささんです。
2009年11月15日
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河島英五さんの『よぼよぼじいさん』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03470http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/197290/Y047971に紹介されています。これは高校の先生で、実際におられた先生のようです。本来、「古いものの中にすばらしい古さが古いものの中にすばらしい新しさがあることを教えてくれた先生 先生僕はあんたが好きでした♪」という歌詞が好きなのですが、最近、ある出来事でこの唄がよく頭をかけめぐります。ひとつ目は、最近、路上ライブで唄っている方の唄を聴かせて頂いています。路上だけでなく、時にはライブハウスでも聴くこともありますが、その人たちに会うと、この歌詞が頭に流れます。「おもえば僕が勉強もせずにギターばかり弾いていた頃ほどほどに ほどほどにほどほどにしなさいとみんなが説教する中でそんなに好きなら 学校やめてなさいその道に入るがよいときみに その情熱がないなら勉強に打ち込むがよいと♪」河島英五さんは、歌手として成功し、この部分もいい歌詞だなあって思います。しかし、路上ライブをやっている方も情熱に満ち溢れていますが、唄だけで生きていくことは大変なことなんだろうなって、思います。路上ライブをやっている方々にこのことについて聞いたことはないので、実際はどうかわかりません。みなさん、それぞれ、モチベーションを上げながら生きておられるのでしょう。もうひとつは、知り合いが大学2年生で、中退しました。行っている学部の勉強と将来の自分がやりたいことと違うから、やめました。この不景気の中、大学を中退し、心配する人もいます。しかし、私は、河島英五さんの『よぼよぼじいさん』を思い出し、その方を応援することにしました。
2009年11月07日
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2009年11月03日の『晩秋』Vol.5ということは、『晩秋』を書くのは5回目です。『Home』の左側『フリーページ』に過去の内容をまとめており、今回の轟さんのようにコメント下さった内容も一緒にまとめていますので、よろしければ、過去の分も見て頂ければ幸いです。
2009年11月04日
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いっきに寒くなり、河島英五さんの『晩秋』を味わえる季節になりました。この『晩秋』の歌詞はhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/008.htmlにありますこの『晩秋』は美しく、優しい、力強い唄です。そして、この唄も、ある種、河島英五さん風、応援歌です。「この国が一番美しい 燃える秋が訪れる・・・・・・・・・悲しみに心奪われ生きる力無くした時にも季節は美しく巡り来て優しく響く」生きる力無くしても、元気を出して欲しい。「声が潰れるほど泣いた夜も抱き合った温もりも過ぎ行く日々の暮しの中にいつの間にか 埋もれていくでしょう」これまた、2006年5月14日に書きました『生きてりゃいいさ』の「生きてりゃいいさそうさ生きてりゃいいさ喜びも悲しみも立ち止まりはしないめぐりめぐって行くのさ」を思い出します。「やがて寒い冬が来て全てが雪に埋もれてもあなたと生きて 愛し合った日々忘れはしない幾度も季節は巡って全てが風に流れてもあなたが生きて 残した温もり決して消えない」河島英五さんの亡くなったお父さんへの想いだそうです。「抱き合った温もり」「愛し合った日々」・・・・この唄も歌詞だけを見ると、恋愛相手への想いを連想します。それだけ、英五さんのお父さんへの愛情が伝わります。英五さんは、ひとりひとりを凄く愛したのでしょう。生きる力無くしても、元気を出して欲しい。英五さんの優しさが歌われている部分、「笑い合う子供たち道草をして お帰りなさい今を楽しむが良い♪」道草せずに帰りなさいという大人もいますが、英五さんの優しさを感じます。今を楽しむが良い。
2009年11月03日
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