全16件 (16件中 1-16件目)
1
日刊ゲンダイに『次女・亜奈睦が語る河島英五』が書かれています。http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/182475「30歳で余命10年と宣告されて以来、飲んでもビール1杯程度。甘党で、大阪の法善寺横丁でよく夫婦ぜんざいを一緒に食べたのを覚えています」。と書かれています。『30歳で余命10年と宣告され』という話は初耳で、驚きました。英五さんが30歳になったのは1982年で英五さんの多くの曲はそれ以前に作られていますので、その宣告でどうかわったかは私は想像も出来ません。
2016年05月31日
コメント(10)

河島英五さんの『何かいいことないかな』歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/016.htmlに、書かれています。河島英五さんの『何かいいことないかな』は、「何か世の中つまらないな~」っていう愚痴の唄かと思いましたが、1982年に販売されたスーパーライブでのインタビューでは、この『何かいいことないかな』とは、「泣けるような感動がないかな」という意味のようです。「僕には かけがえのない恋人がこの世にただ一人だけいるそれなのに やはり歌っている何かいいことないかな♪」かけがえのない恋人がいるのに、「泣けるような感動がないかな」を求め唄った。「十三、十四、十五、六の時の僕はバスケットにすべてをかけてたつもりそれだけが いきがいのつもりでいたがやはり何かが 足りないよ♪」若い時にスポーツに夢中になり、いきがいとも感じていたのに、「泣けるような感動がないかな」を求め唄った。恋人がいてもスポーツに夢中になっても、まだ「泣けるような感動」を求める気持ちは贅沢なことだといわれるかもしれませんが、私も英五さんのようにいつまで経ってもまた「泣けるような感動」を求めています。それは「生きている感じが欲しいから♪」です。
2016年05月30日
コメント(3)

『じじいになりたい』by 河島英五さんの弟、河島直也さんカバー河島英五さんはライブの時、『じじいになりたい』のMCで、「本当に子供の頃から、早くじじいになりたいと思っていた」と言っていました。また、タモリさんの「笑っていいとも」では、「70歳まで現役バリバリにやって、じじいになったら、川上哲治さんのように、フォークソングの少年教室をやりたい」と言っていました。ただし、この『じじいになりたい』の作詞は英五さんではなくラジオのリスナーです。上の映像の河島直也さんのライブの時には、英五さんのお孫さんが何人もかけまわっていて、「英五さんも本当におじいちゃんになったなあ」と思いました。その孫の一人、アナムさんの娘さん河島英五さんが48歳でなくなる直前に長女・あみるさんが結婚したばかりだったので、英五さんが自分の孫の話をされたのは聴いたことがありません。今、英五さんが生きておられたら、孫も歌って、喜んでいることでしょう。過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年05月27日
コメント(3)
河島英五さんの唄『応援歌』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212250000/には入れていないのですが、『がんばろうな』も元気づけられる歌です。歌詞はhttp://kyuno.web.fc2.com/eigolasuto-ganbarou.htmlにあります。「しんどい事やつらい事ばっかりやけど早く一人前になろうな子供のころから憧れてた仕事やもん絶対やめんとこな がんばろうな がんばろうな」 この唄は2001年4月14日、英五さんの急逝二日前のトーク&ライブで歌われました。http://kyuno.web.fc2.com/eigolasuto-mokuji.html
2016年05月24日
コメント(2)
作品データベース検索サービスhttp://www2.jasrac.or.jp/eJwid/で、著作者が河島英五さんで検索するとまだ聴いたことがない作品がいっぱいあります。この『元気な子供に帰ろう』も聴いたことも歌詞もわかりません。『元気な子供に帰ろう』というタイトルから、『元気出してゆこう』の「志が少年を一人前の男にする志を持ち続けることで男は少年に帰る♪」を連想します。英五さんは『志』の唄をたくさん作っています。河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/
2016年05月22日
コメント(2)
河島英五さんの『無口』はネット上には音源がありませんので、わかりにくいのですが、私の近くに無口なペアがいますので、思い出しました。上手くコミュニケーションをとれることを祈ります。「うまく言葉にできないおもいをどうすれば、どうすればいいんだろうわかってくれていると思っていたんだわかってくれないはずはないんだと当たり前で言いそびれたことが今頃になりこんな形で現れるなんてわかってくれていると思っていたんだ♪」 やはり、コミュニケーションには言葉が必要で、最近は言葉といってもスタンプですまされることもあります。人なのだから、コミュニケーションは臨機応変に使いこなしてとりたいもんです。
2016年05月21日
コメント(2)
河島英五さんの『アンクル・ハンバーガー』「髪の毛が長いからって 白い目で見るのはもうずいぶん昔の話じゃないのかいそれがお前 髪の毛が長すぎるからってアルバイト先を首なったんだってなこの金でその髪を短くしてこいと千円札二枚 くれたんだってなおお まだまだ世間も捨てたもんじゃないぜ♪」 今の世間はどうでしょうか?まだまだ今の世間も捨てたもんじゃないかな?そう思える出来事あるかな?そのな世の中も捨てたもんじゃないという出来事があると嬉しいです。「お前その金おっさんにつき返したそうな今どきめずらしい がんこ者だな♪」 もう40年ぐらい前の歌詞ですが、40年前からがんこ者はめずらしかったのですね。40年たても頑固な私は相当めずらしいのでしょうか?あ、私は髪の毛長くないです。
2016年05月20日
コメント(5)

『流れる雲』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03455に書かれています。「流れる雲に想う 心を奪われる青い空 鳴く鳥 すばらしい世界♪」河島英五さんが小さい時、雲が流れるのをよく見ていて、生駒山の向こうにはどんな世界があるのだろうかと考えていて、生駒山の向こうに行くのが夢だったらしいという話を聞きました。たぶん、TENTENCafeを奈良に作った理由についてあみるさんが言っていたと思います。だから、この『流れる雲』のタイトル、唄い出しは河島英五さんが少年の時に書いたと聞いて納得しました。しかし、「自由を求め 平和を求め私も行きたい 空の果ておまえと共に行きたい自由をつかみたい」英五さんは少年の時から『平和を求めていた』ことに驚きました。さらに、『自由』について考えていたというのはさすが英五さんと思います。私は今でも『自由』って、なんだろうか?と思います。『自由』という言葉、解かるようで解からない。 頂いたコメントで、2007年から10年間一貫して考えがぶれていない人がいました。Eigo Forever!さんこと現ニコラスさんです。『自由』 Eigo Forever!さん 自由になりたくないかい?思うように生きたくはないかい?如何すりゃ自由になるかい?自由って一体何だい?君は思うように生きているかい?(故)尾崎豊さんが作詞・作曲したの歌の、歌詞の一部です。きっと、河島英五さんもこの歌は聞いていた事と思います・・・・。『自由』・・・・解るようで解らないですね!?(2007年01月30日 00時17分01秒)今までの『流れる雲』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/58000/にまとめてあります。
2016年05月18日
コメント(1)
抵抗する対象は、人それぞれ違えども、「どうでもいいこと なんて あるものか!」と思う。河島英五さんは何に抵抗したのでしょうか?「錆びたレールの上を 走る汽車の中に閉じ込められた 俺たちはこぶしを握り締めて あつい扉をたたいた声をからして さけびつづけただけど ひとり また ふたり つぶやく 声がするもう どうでも いいじゃ ないかとどうでも どうでもいいこと なんて あるものか!どうでも どうでもいいこと なんて あるものか!」「日常という名前の 汽車は止まらない赤い夕日が しずんでいく晴れの日にさいた 小さな花をみつめて 俺はなみだぐむ流されて ゆくだけの人生なんて ただの あやつり 人形さどうでも どうでもいいこと なんて あるものか!どうでも どうでもいいこと なんて あるものか!」「やせがまんするな あきらめてしまうんだあたたかい スープが まっているとささやく声がするやめるんだ いくんじゃないあやつり人形のまま この手で その糸を ひきちぎるためどうでも どうでもいいこと なんて あるものか!どうでも どうでもいいこと なんて あるものか!」平和を訴える人々がいる。さけんでも 平和はやってこない現実。家庭内の平和学校の平和地域の平和職場の平和この国の平和はどこにいったのか?もうやってこないのか?しかし、流されてゆくだけの人生なんて、ただのあやつり人形である。あやつり人形になりたくないと私は思う。そのようなこと関係ないと思っている人がいる。「どうでもいいこと なんて あるものか!」と思う。自殺する人がいる。いじめをする人がいる。そのようなこと関係ないと思っている人がいる。「どうでもいいこと なんて あるものか!」と思う。「どうでも どうでもいいこと なんて あるものか!」は、『エンジンを止めてくれ』の熱唱と同じ雰囲気です。「あやつり人形」は、『コーナーカーブは青春の賭けさ』の「俺のことは 俺がきめる」を連想します。河島英五さんは何に抵抗したのでしょうか?これまでの『エンジンを止めてくれ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/41000/『コーナーカーブは青春の賭けさ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/42000/にまとめてあります。
2016年05月17日
コメント(5)
このへんで、楽しい曲を一曲。といっても『太陽の島』も『魔法の絵の具』もネット上には音源がありませんので、どのように河島英五さんの唄の中で、楽しい唄&リズムのタイプかわかりませんね。今までの『太陽の島』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/53000/にまとめてありますように、この『太陽の島』は、私のホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/の『音の館』に出てきます。すみません。パソコンやブラウザの種類によっては音が出ないことがわかり、修正したつもりでしたが、一部でないページがまだあります。すみません。 http://music.geocities.jp/tarepanda808/ikkyoku.htmlの『一曲聴くときは再生ボタンをクリックして下さい』の下の再生ボタンを押すと試聴できます。今までこのからくりに一度も反応がありませんでしたので、今回、ばらします。
2016年05月13日
コメント(2)
このへんで、楽しい曲を一曲。私自身は『太陽の島』も好きなのですが、今回は『魔法の絵の具』です。河島英五さんの唄の中で、楽しい唄&リズムのタイプです。歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/033.htmlに、書かれています。なぜ、今回は『魔法の絵の具』にしたかというと、3月19日に「かどまっちフェスタ音楽祭 〜酒と泪と英五と仲間達」と題して、谷和彦さんとライブされた笑間珈琲のママが昔、英五さんのマネージャーをされていて、『魔法の絵の具』では吹奏楽器を担当されたという昔話を同じく英五さんのマネージャーをされていたマスターと楽しそうにして下さったので、選びました。笑間珈琲のマスター、ママとも明るく優しそうな方なので、大阪府門真市の笑間珈琲に行かれれば、英五さんの昔話を聞かせて頂けます。また、今後も、河島英五トリビュートライブを企画すると話されていました。『笑間珈琲』のホームページはhttp://emacoffee.com/毎月、イベントもされたり、参加されたりしています。今までの『魔法の絵の具』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/15000/にまとめてあります。なお、古い記事はリンクがなくなっているページもありますが、ご了承願います。
2016年05月11日
コメント(2)
最近、ニコラスさんとコメントやメールでやりとりをしている内容から、河島英五さんの『伝達(メッセージ)』を思い出しました。偶然か必然かわかりませんが、今、『伝達(メッセージ)』のまとめを確認しましたら、ニコラスさんから初めてコメントを頂いたのが『伝達(メッセージ)』でした。歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/027.htmlに、書かれています。今回、頭に浮かんだ歌詞は「何でもかんでも人の手を加え作り直さなきゃおちつかないかいそのままにしておく勇気が必要さ♪」他には『よぼよぼじいさん』の「古いものの中に すばらしい古さが古いものの中に すばらしい新しさがある♪」です。ニコラスさんのコメントとの関連性はコメントを読んで下さい。今までの『伝達(メッセージ)』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/12000/今までの『よぼよぼじいさん』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/24000/にまとめてあります。過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年05月09日
コメント(3)
このブログのパソコン版のTOPページ(ホーム)http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/の右側に新着のコメントのリストがあります。私の本文より他の人のコメントの方が面白いかもしれません。過去の記事のコメントはすべてTOPページ(ホーム)の左欄の『フリーページ』にまとめてあります。右側の新着のコメントのリストをみて頂くとわかりますが、ニコラスさんが古い記事にもコメントを付けて下さっています。古いのは2006年2月10日 の『人間の祖先』で10年前の記事です。そこまでさかのぼって読んで下さることも有り難いですが、コメントまで付けて頂くとは嬉しいです。ということで、河島英五さんの唄で「ありがとう♪」がたくさん出てくる『生きてりゃいいさ』をタイトルに選びました。「きみにありがとう とてもありがとうもう会えない あの人にありがとうまだ見ぬ人に ありがとう今日まで僕を 支えた情熱に ありがとう♪」みなさんが読んで下さる、コメント下さることが私の支えです。ありがとうございます。
2016年05月08日
コメント(1)

復興の詩 河島英五河島英五さんが阪神淡路大震災の時、「復興には10年はかかるから、復興の詩チャリティーコンサートを10年間行う」と言っていました。しかし、実際には阪神淡路大震災の影響を受けている方々います。東日本大震災は福島原発の処理が40年かかります。そして、2016年、熊本大地震が起こりました。東日本大震災からまだ5年後です。関東直下型、東海南海大地震と大地震との戦いはもう日本人全員の総力戦になってくるのではないかと思います。ある方のfacebookには福島に除染ボランティアに行かれた内容が載っていました。今は九州に多くのボランティアの方がいかれていますが、東日本大震災、阪神淡路大震災の被災も忘れてはいけないと思います。日本人総力戦なので、九州に行けなくても何か自分ができることがあれば、やりたいと思います。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年05月03日
コメント(0)
先日、久しぶりに河島英五さんのお墓に行ってきました。ならまちは益々観光地化し、十輪院も華やかになっていました。英五さんのお墓には『心から心へ』と書かれています。http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/h-rock.htm#kawashima河島英五さんが大事にした「心」であります。河島英五さんは『人生』シリーズ『志』シリーズ『応援歌』シリーズ『恋愛』シリーズを唄っていましたが、『心』シリーズも唄っていました。まさしく、『心から心へ』はそうです。「私達は生きてゆくたった一度きりのささやかな人生をくり返し くり返しただ ひたすらにくり返し くり返し伝えられてきたものをくり返し くり返し伝えてゆくんだくり返し くり返し心から心へ♪」その他の『心』シリーズは『人間の祖先』『旅からの便り』『水瓶の唄』『てんびんばかり』などかな。河島英五さんの『心から心へ』の歌詞はhttp://www.uta-net.com/song/82841/に書かれています。いろいろな世界ニュースを振り返ると、9.11のテロ、ヨーロッパのテロ、アフガニスタン戦争、イラク戦争・・・・世界の悲劇は、心の第三次世界大戦でないかと思えてきました。『心から心へ』と訴えた英五さんの想いが、未だに解決されません。今もう一度、『忘れもの』を聴きなおしています。人間、何か忘れているのだろうと思います。これまでの『心から心へ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/17000/にまとめてあります。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年05月03日
コメント(4)
河島英五さんは『旅的途上』で、「あこがれ求めさまよう胸の燃える想いを伝えんたどり着くやら着けぬやら人生旅的途上♪」と、歌っており、48歳という若さで亡くなった英五さんは、人生の旅の途上だったのだろうかとかたどり着いたのだろうかとか考えています。しかし、河島英五さんは『ほんものの汗』で、「いま おれは はじめて生きることを知ったみたいなもしも このまま 死んでも微笑みながら 死ねそうだ♪汗と泥にまみれてあえぎながら 死んでいくそれでも おれは きっと微笑みながら 死ねそうだ♪」と満足げに唄っています。「微笑みながら 死ねそうだ」『旅的途上』と『ほんものの汗』は作った時代が違っていたり、実話ではなかったりして、英五さんはどうだったかはわかりません。しかし、48歳で、いろいろやって、「微笑みながら 死ねた」のかなって、想像しました。河島英五さんは「生きている証」の唄を多く唄っています。例えば、『何かいいことないかな』『出発』『明日へ』『孤独の叫び』『ほんものの汗』『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』『竜馬のように』『足並みそろえて』『オオカミ』『狼のひとりごと』・・・・「生きている証」を求め続けて、「微笑みながら 死ねた」のかもしれない。過去の『旅的途上』は、http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/55000に書かれています。『ほんものの汗』の歌詞はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/49000/に書かれています。
2016年05月01日
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


