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作品データベース検索サービスhttp://www2.jasrac.or.jp/eJwid/で、著作者が河島英五さんで検索するとまだ聴いたことがない作品がいっぱいあります。作品コード 103-1179-3 『ありがとう』というタイトルの唄がありますが、この『ありがとう』も聴いたことも歌詞もわかりません。河島英五さんで、『ありがとう』といえば、映画『ありがとう』で使用された『生きてりゃいいさ』を連想しますが、英五さんの唄に『ありがとう』というタイトルそのもの唄があったようです。『ありがとう』というタイトルの唄はあらい舞さんも作っていて、結構、多くの作詞家が『ありがとう』という唄を作っています。それだけ、『人』として『ありがとう』という言葉は大切な言葉だと思います。2016年6月29日 の『やさしい気持ちが一番さ』に、『優しく』『つよく』『楽しく』 生きよう。と書いたのは、私の『幸せ』は『ありがとう』と言われることであると考えているからです。『ありがとう』と言われることが最高の『幸せ』だと思います。ボランティア精神が強い人はは『ありがとう』と言われるためにしているんじゃないぜと言うのでしょうか?私ももっと上を目指します。『生きてりゃいいさ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/20000/にまとめています。過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月30日
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河島英五さんの 『やさしい気持ちが一番さ』です。よくわからない唄ですが、「情け無用の世の中さ 誰もが気ままになりすぎて野に咲く花を踏みにじり その寂しさにも 気づかないやさしい気持ちが一番さ やさしい気持ちが一番さやさしい気持ちが一番さ♪」で終わります。「意地がなければ男じゃない 意地をたってもいられないかけた意気込みだけを解って下さいなここでやらねば 男じゃないここでやらねば 男じゃない何かを始めるその前に あれこれ言い訳つくろわず身分も家来も 振り捨ててここでやらねば 男じゃないここでやらねば 男じゃない♪」で始まります。情け無用の世の中なので、男はやさしい気持ちを持って意地を持って やらなければならない らしい。『やさしい気持ちが一番さ』、英五さんのタイトルはストレートでわかりやすいです。『やさしい気持ちが一番さ』らしいですが、『風の人 火の人 山の人』では、「優しさだけでは 生きてゆけないから♪」と歌っています。ある人が『優しさ』だけでは駄目なんだ。達成できる『強さ』がなければ。また、それが『楽しく』やれなければ。『優しく』『つよく』『楽しく』生きよう。『風の人 火の人 山の人』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/40000/に書いています。過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月29日
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6月ももう終わりですね。6月といえば、『雨』ですが、英五さんの雨の唄といえば、『ずぶぬれのジャンパー』、『通り雨』、『あまぐも』、『雨の降る街』、『雨の日のひとりごと』、『雨ふり』、『銀色の雨』、『じとじと雨が』・・・その中の『通り雨』はラブソングです。英五さんのラブソングは『約束』『生まれる前から好きやった』『燃えろジングルベル』『泣きぬれてひとり旅』『夕陽を食べたふたり』『鰻谷』『あまぐも』・・・・英五さんはラブソングもしぶい。『通り雨』は、わかるようでわからない歌。歌詞はhttp://petitlyrics.com/lyrics/37628「過ぎ行く日々の尊さをどうあらわせばいいのだろう♪」から、始まります。ラブソングとは思えない始まりです。今の世の中、「尊さ」なんていう日本語じたいがなくなってきています。なんか大事なものがなくなってきているような気がします。「この世に一度生きてゆく愛がなければ淋しいね」も英五さんらしい歌詞かな。過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月28日
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『生きてりゃいいさ』と唄った河島英五さんは「生きている証」の唄を多く唄っています。例えば、『何かいいことないかな』『出発』『明日へ』『孤独の叫び』『ほんものの汗』『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』『竜馬のように』『足並みそろえて』『オオカミ』『狼のひとりごと』・・・・英五さん自身は『生きている証』を強く意識していたように思います。英五さんのように生き生きと『生きている証』を心に持ち、生きている人も、また、逆にだるいといいながら、日々、生きている人、いろいろな人がいます。『オオカミ』の唄のような人もいます。『オオカミ』の歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/035.htmlで紹介されています。「いごこちのいいネグラでエサを与え続けられて男は牙を失う挑むよりあきらめること しらずしらず選んでるね逆巻く河を渡れよ♪」過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月27日
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『あきらめ顔は早すぎる』は英五さん風、応援歌です。歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/012.htmlに、書かれています。「ぜいたくな暮らしになれすぎて中途ハンパな時をすごしてた♪」「ぜいたくな暮らしになれすぎて情熱を失くしかけていた♪」英五さんの唄には、日本が高度成長期後、豊かな日本になった現代社会を意識した歌詞が多く出てきます。「自分がもう一度自分らしく自分の力をとりもどしたいやろうと思えば何でもできる♪」現代社会に惑わされず、生きたいと思います。元Vi☆Viの中丸あやさんがブランクを乗り越えて、また、お笑いの世界にチャレンジを始めました。http://ameblo.jp/ayakkus/entry-12173976384.html彼女は本当に『あきらめ顔は早すぎる』があう挑戦者です。それに『誕生日を前にして』の「もういちどここでふんばってみよう♪」があう人です。元Vi☆Vihttp://blog.livedoor.jp/hormonjyogakuin/archives/11927243.html元我妻チェルシー時代http://ameblo.jp/kawasimaeigo/entry-11232019583.html「だるい」という自分が情けないです。私も「自分がもう一度自分らしく自分の力をとりもどしたいやろうと思えば何でもできる♪」と思います。『あきらめ顔は早すぎる』カバー by 古道熊野今までの『あきらめ顔は早すぎる』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/26000/『誕生日を前にして』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/69000/
2016年06月26日
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河島英五さんの『二十七才』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03456に書かれています。阿久悠さんがインタビューで栄養失調でもないのに、 「だるい」というのは現代病だと言っていました。 「生きている証」が欲しいなんて、ぜいたくな時代になったのかもしれませんが、 「生きている証」が感じられなく、 「だるい」と感じる。2016年06月24日 の『二十七才』で、今の若者はだるく生きていないかいという発想から書き出しましたが、そういう私はどうなんだと途中で話の流れがおかしくなりました。河島英五さんの『二十七才』「二十七才と言えば 若過ぎることはない汗もひからびた 老人でもない♪」私も汗もひからびた老人ではない。まだまだ、「あきらめ顔は早すぎる」『あきらめ顔は早すぎる』カバー by 古道熊野今までの『あきらめ顔は早すぎる』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/26000/
2016年06月26日
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河島英五さんは青春の唄も多く歌っています。例えば、『青春旅情』『コーナーカーブは青春の賭けさ』『青年』『二十七才』・・・・・・親子の価値観が違うということがありますが、親子で年齢が二十七才ぐらい違うから、親が青春の時と子供が青春の時では価値観が違うのも年の差からすれば、仕方がないのかもしれない。それでも今の若者は生き生きした青春だろうかと思てしまいます。英五さんら以上の世代がエネルギッシュであり、その後の世代が少しだるい世代がいて、今、また、だるい若者が多いのではないだろうか。今の若者が『青春』と感じているのだろうか?それとも『足並みをそろえて』歩かされた世代より生き生きしているというだろうか。今までの『青春旅情』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/51000/『コーナーカーブは青春の賭けさ』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/42000/『青年』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/50000/『足並みをそろえて』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/124000/『二十七才』はまだ書いていませんでした。『二十七才』の歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03456に書かれています。この唄もいい唄です。『二十七才』の歌詞を見るとこの世代も生き生きと生きていなく、何かに縛られていると唄っているのかな?やはり『足並みをそろえて』あるかされているのか?結局、いつの時代もその時は何かに縛られて生き生きと生きていないと感じるのだろうか?
2016年06月24日
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河島英五さんの唄『人生』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212200000/河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/河島英五さんの唄『応援歌』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212250000/私がこのような唄を集めているように『志』を凄く大切に考えています。だから、姉妹ブログ『人生』http://ameblo.jp/kawasimaeigo/に、インディーズの歌手や芸人さんのことを書いています。『志』を持っているインディーズの歌手や芸人さんは立派です。しかし、なかなか上手くならない人を見ているのもつらく、また、話をする機会がある場合、何と応援してあげればいいか言葉が出ません。そのようなことを考えていたら、河島英五さんの『夢』「夢見る妹」を思い出しました。ネットにも紹介されていなく、未発表曲ですが、英五さんの昔の唄です。「夢みることは 簡単さ 夢を語ることよりも・・・・・・・誰にもばれないうそも 自分をごまかせはしない気づいているはずさ 君はうそをついているまわりの誰かが君の夢を潰そうとしたんじゃなく君自身があきらめかけているのさ夢を語ることは 簡単さ 夢をおそれていることよりも♪」『志』、それは「夢」かもしれない「夢を見ることは簡単なことだ」「夢を語ることは簡単なことだ」しかし、夢をつかむのは難しいでも、あきらめてはいけないやはり、これが一番目のセリフ。
2016年06月21日
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河島英五さんのギターとコーラスを担当されていました谷和彦さんが『第3回 大阪珈琲フェスティバルin古川橋』に出演されます。2016年7月3日 11:00 - 18:00谷和彦さんの出演は16:00~場所:LAUNDRY CAFE大阪府門真市垣内町15-3京阪電車古川橋駅徒歩5分今回は谷さんが高校生の時に作った唄も歌います。谷和彦さんの唄声http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201602290002/過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月21日
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2016年06月19日の『そうだったんだね父さん』Vol.4にニコラス さんが次のコメントを書いて下さいました。 -------------------------------たれぱんださん、こんにちは。息子よりも、私。私よりも、お父さん。お父さんよりも、おじいちゃん。おじいちゃんよりも、ひいおじいちゃん。気のせいか、昔にさかのぼる程、昔のお父さんの方が、厳しく、怖いけど、立派なお父さんだったように感じてしまいます・・・。 (2016年06月20日 07時15分34秒)---------------------------------昔は父親に尊厳や厳格があったように思います。そして、いい意味で『一徹者』だった感じがします。河島英五さんのお父さんも英五さんも『一徹者』だったとMCで話されていました。河島英五さんの『一徹者』「一徹者でいい そのままでいいいまさら世間に なびいてもしょうがないいつもの居酒屋へ 下駄を鳴らせば、・・・・・・・・・・・・・・・♪」「ひたむきでいい まっすぐでいい愚かに見えるぐらいで ちょうどいい新しがり屋に何が わかるか男の仕事は はんぱなもんじゃない・・・・・・・・・・・・・・・♪」「一徹者でいい そのままでいい幸せなんて 心が決めるもの・・・・・・・・・・・・・・・♪」「生きているから いきているから ぬくもりが恋しい」「生きているから いきているから あしたが恋しい♪」「一徹者は親父ゆずりと目頭おさえ おふくろが云う」「一徹者は 親父以上だと目を糸にして 女房が笑う」「一徹者は 直りゃしないネ、と女房が云えば おふくろ うなずく」この歌詞に、一徹者とその父、母、妻の家族が出てきます。「一徹者は 親父以上だと目を糸にして 女房が笑う♪」一徹者の父親でも家族は許している。一徹者でも尊厳があったのだと思います。河島英五さんも奥さんや子供たちに尊敬されています。
2016年06月20日
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今日は父の日、河島英五さんはお父さんが好きだったようで、 『野風増』『晩秋』『明日へ』『そうだったんだね父さん』があり、『晩秋』は名曲です。河島英五さんの『そうだったんだね父さん』は一般の方が詩を書き、それに英五さんが曲をつけて歌っています。私は好きな唄です。『そうだったんだね父さん』は、息子がお父さんになるぐらいの年になって、やっとお父さんのことが少し理解できたように思うが、今、思えば、お父さんのようには立派ではないよというような歌です。『そうだったんだね父さん』そうだったんだね父さん小さな頃にあんたのざらついた皺だらけの手を見てきたなく思い少し軽蔑もしてなんだか近づきにくかったでもこの頃朝から晩まで働く自分の手が皺だらけでごつごつして付けたクリームさえその皺に残るそうだったんだね父さん俺たち子供のために一生懸命働く手だったんだねそうだったんだね父さん遠い昔の休みの日には何もしないでごろごろするあんたを見てはまるで父親とも思わず邪魔にしたねでも今の自分 休みをとっても何もする気になれず一日中ごろごろしてはたまに溜め息つき そして眠るそうだったんだね父さん俺たちと母さんの為に働き続けたたった一時の骨休めだったんだね俺はあんたより大きくなれないね今だに一人者だけどきっと女房と子供がいたならあんた以上に邪魔にされるかもしれないねそうだったんだね父さん そうだったんだね父さんあんたは大きな 大きな人だったんだね
2016年06月19日
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河島英五&吉 幾三『ふたりのビッグショー』1999年2月8日に放送された映像かな?亡くなる2年前かな?河島 あみるさんが2001年に23歳で結婚しているから、そうなのかな?英五さんの顔は細いが、いつもと同じ笑顔
2016年06月18日
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熊本地震で被災された方、お見舞い申し上げます。そして、東日本大震災の被災者の方、『元気ですか』東北、新潟の方がよく聴く河島英五さんの『元気ですか』「古い自分の殻を脱ぎ捨て まだ見えない夢を追いかけてゆくさ 微笑みながら喰いしばるんだよ 流れに向かう魚のように 元気ですか! 変らずに 新しい風 見つけましたか 昨日はきのうさ しくじったり 泣いたりしたけど元気ですか洗いざらしのジーンズみたいに 雨上がりの山が輝いているよ 息を切らして駆けて来る君の 笑った顔に木もれ陽 踊る ※元気ですか! 変らずに 新しい風 見つけましたか 明日と云う日が待ちどおしい 子供のように元気ですか ※Repeat」復興に10年、20年かかります。頑張って下さい。今は亡き河島英五さんの代わりに、10年、20年、30年、40年・・エールを送り続けます。
2016年06月18日
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私の家の近所に小学校の校区が二つあります。一つの校区は集団登校で最年長者が先頭になり、低学年生、後ろに高学年生と列となって歩きます。歩道からはみ出さないように、また、車に気をつけて黙々と歩きます。もう一方の校区は自由登校で、2~5人ぐらいの友達同士でニコニコしゃべりながら歩いていきます。ふと、河島英五さんの「足並みをそろえて」を思い出す光景です。「足並みをそろえて 歩かされるのはもうたくさんさ もう嫌だよどこまでも続くよ 泥沼の一本道土手の下に転がって 息をくりかえすこともできねえワンツースリーフォー ワンツースリーフォー・・・・・・・・・・・・・・・・・流れ落ちる汗も俺のものじゃねえ~♪」この唄は意外にもCDになっていなく、LPライブてんびんばかりとDVDにしか入っていなく、また、ネットには歌詞もありません。私にとってはLPライブてんびんばかりを何回も何年も聴いていましたから、私の中ではヒット曲でした。LPライブてんびんばかりの『足並みをそろえて』は約3分間ありますが、他のライブでは約1分しかありません。それがCD化されなかった理由かはわかりませんが、私が聴いていた『足並みをそろえて』は約3分間の『足並みをそろえて』です。
2016年06月16日
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12月ではないのですが、河島英五さんの『十二月の風に吹かれて』です。歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=E03472に紹介されています。「週刊誌の車内広告も お国のお偉い方々も合言葉は 恥じらいを 捨てて 生きよう♪」お国のお偉い方々や都知事にはちゃんとしてもらわなければならないのですが、西郷隆盛さんの言葉に、『命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり』というのがあります。『艱難』は単に『困難』と考えればいいのかと思います。わかりにくく発言していますが、『命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人でなければ、国家の大業が出来ない』と言われています。もう100年経っても、お国のお偉い方々や都知事が恥ずかしい行動をとっていては民の心はつかめないかと思います。これまでの西郷隆盛シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201310230000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201311210000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201311290000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201312030000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201312040000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201312050000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201312060000/http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201312100000/本当はこの『十二月の風に吹かれて』にはもっともっと大切なメッセージを唄われています。これまでの『十二月の風に吹かれて』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/38000/にまとめてあります。
2016年06月15日
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『ずぶぬれのジャンパー』は、河島英五さん風、応援歌です。「ジャンパーのポケットに 両手つんこんで雨降る 難波を あてもなく 歩いてる うそのような まちのにぎわい おれに関係ないけど負けるもんか 負けるもんか俺には俺のやり方があるあしたをみつめ あしたをみつめ夜の街を泳ぐ救いをもとめ 救いをもとめ さまよい 続けてきたけど ・・・・・・・・・祈り続け 祈り続け さまよい 続けてきたけど ・・・・・・・・・逃げるもんか 逃げるもんか俺には 俺のやり方がある歩き続けよう 歩き続けよう降りつづける このまちを」どういう救いをもとめていたのか、どういう祈りを続けたのか、解りませんが、私には、私のやり方がある。逃げるもんかと思う。この『ずぶぬれのジャンパー』は、DVD「河島英五 弾き語り~門外不出映像集」の名古屋・年始ライブ365分で唄っています。
2016年06月14日
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河島英五さんの『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』の歌詞はネットで見つからないので、ちょっと紹介「どうでもいいよな つまらないことにいちいち こころをまどわされてあっちでごつん こっちでごつんなにかにぶつかるたびに ほころびだしてもっとたしかなものを さがしもとめて生きて行くつもりだったはずだ♪」「人の命は 一度きりだからこんなつまらない日々に うもれてしまえるはずはないさそうさ おれの命は 一度きりだから もっとたしかな日々を過ごしたいそうさ 子供ならもっと、高い山に登りたがるはずだよ♪」この唄の歌詞に『不景気』という話が出てきます。今の時代にたまたまマッチします。「世の中とても 不景気らしい・・・・・・・・・だけど その事は けして 人の心の情熱をうばいさるものでは ないはずだ♪」この唄は青年になっても 求めたいものを求め続け、熱い情熱を唄っていた河島英五さんらしい歌詞で、とても好きです。私ももっとたしかなものをさがしたい。どうしても、人は年を取ると野望が少なくなる人が多い。英五さんのような人も現実にもいますが、なかなか、私の心に火がつかない。それは誰のせいでもなく、自分のせいだと思います。だから、この『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』を忘れてはいけないと思います。また、現在、子育てをしている親の方には、子供に野望を持たせてあげ続けて頂きたい。河島英五さんの『元気出してゆこう』の「志が少年を一人前の男にする志を持ち続けることで男は少年に帰る」も、私は好きです。河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/
2016年06月13日
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過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめていますが、いろいろとコメントを頂いているのが『ブーツに履きかえて』です。http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/18000/河島英五 「ブーツに履きかえて」カバー by 古道熊野「捨ててしまいなよ 世間体なんて丸めたネクタイと 一緒に脱ぎ捨てて ポイしがみついている あんたの会社も時代の波に 乗り遅れる時がくる残酷だけど そんときゃね まっさきにあんた首になって 世間の荒波にポイだってあんたは 人をおしのけて生きていけない そうさとっても 優しい人だからスーツを投げつけ バカヤロウと叫ぶんだあんた最近 女房と連れ立って映画なんか 観にいて 一緒に泣いたりしないだろう見合いか恋愛か しらないけれどとっても大切な友達さ そうだろうだって あんたがくたばる時にゃ一番最後まで そうさ一緒にいてくれるんだぜ年に2、3度くらい コンサートにでも連れだっておいでよ 声をからして 昔のように 叫ぶんだぜシャツをまくって 今日のリズムにのってゆこう 壊してしまいなよ 常識なんて丸めたパンツと 一緒に脱ぎ捨ててポイもらえるうちに 退職金 手にして都会を捨てて 田舎暮らしもいいじゃないか仲間を集めて ログハウスでもいいじゃないか汗だくになって 大空に叫ぼうそんときゃ 日本の森と林業のために国産材の杉とか国産材ひのきがいいじゃないか見栄や地位より 今日の暮らしを楽しもう旅に出よう 今の暮らしをみつめよう新しいブーツに 履きかえて 歩きだすんだ」
2016年06月11日
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河島英五さんは最後まで歌への情熱は冷めることはなかったhttp://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/182801「おまえもな、自分の気持ちもええけど、人の気持ちを歌にしてみるのもええと思うよ」 病室に駆けつけると、体中に管をつながれた状態でベッドに横たわり、「危篤」と医師に告げられていた男が「来たんか」とごく普通に目を開いて言った。河島英五さんの唄を聴くと河島英五さんがそういうことを考えている、していると錯覚をすることがあります。当たり前ながら、英五さんも人の気持ちを歌うことがあります。一番、びっくりしたのが、『あなたに ありがとう』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/113000/この唄は、英五さんが誰のことを歌ったのだろうと想像しましたが、大外れでした。
2016年06月10日
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河島英五さんの『いつまでも』の歌詞はhttp://www.kashizo.com/data/006ka/009_kawashima_eigo/039.htmlに書かれています。http://recochoku.jp/song/S21780821/http://music.oricon.co.jp/php/music/MusicTop.php?music=1234889で、少し試聴できます。ネット上に音源がないので、どのような曲かはわかりにくいですが、試聴で聴けるように全体的に優しく歌っています。歌詞はまさしく英五さんやなっていう言葉が並んでいます。「見つけに行こうよ すさんだ人生に心痛ませる 優しき人達手をとり 身を寄せ 心いたわり合って安らぎが眠る 静かな森を雲が流れる 鳥が歌う暖かい光が 包んでくれる手をとり行こうよ 風吹く人生に心痛ませる 優しい人達 僕らは互に 傷付け合いながら岩かげに隠れて 涙ふいてきた傷付け合うのは もうやめにしよう誰もが同じ夜を迎えている清らかな小川に 身を横たえてあなたの幸せを 祈り続けよう愛され 愛する 心の喜びを分かち合って生きよう いつまでも愛され 愛する 心の喜びを分かち合って生きよう いつまでも♪」
2016年06月09日
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2016年04月28日 の『仕事仲間』、『義弟(おとうと)』、『あまぐも』2016年06月06日 の『夕焼け』いずれも河島英五さんがちあきなおみさんに提供した曲です。http://park15.wakwak.com/~chiaki_naomi/PX7047.html1978年1月25日発売のLPのA面に集められています。その他に『涙のしみあと』『想影』が収録されています。せっかく、英五さんの曲が6曲も収録されたのに、アルバムプロモシーションなどは全く行われず、ヒットには遠く及びませんでした。事実、このアルバムは発売から2年で廃盤になったそうです。
2016年06月07日
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河島英五さんの『夕焼け』by ちあきなおみ河島英五さんバージョンは「河島英五大全集Vol.1 ホモサピエンス」にあります。この『夕焼け』は『流れる雲』に似た場所から、空を見ているように思います。両方の唄は若い時に作った唄のように思いますが、英五さん特有のませた歌詞です。『流れる雲』は1966年、英五さんが14歳の時に作成されたそうです。『夕焼け』「昔の夢がひとつずつしずかに燃えて 尽きたのか子供の頃の 夕焼けはやっぱり もっと赤かった♪」 今までの『流れる雲』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/58000/にまとめています。
2016年06月06日
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ARISAさんのカバーですが、https://www.youtube.com/watch?v=5smNifOjm6Y「崩れた壁」をカバーしたARISAさん、『いくつかの場面』で収録している河島英五さん『LAST LIVE ~今日は本当にありがとう~』で収録しているあなむさん唄っている人でこの『崩れた壁』は感じ方が違います。また、聴く時の私の状況でも違います。今日、感じた『崩れた壁』『社会という時代というモラルという名の壁があった♪』私と社会の壁、それは子供だった自分を守ってくれていたのかもしれません。しかし、社会の壁という不自由な足かせ。英五さんはこの『崩れた壁』をいつの時代に作詞したかは知りませんが、高校生というもので、自分は保護をされていて、高校生だから、働かなくていい、高校生だから、少々、はめを外してもいい。しかし、高校生だからという校則、社会の規制を守らなければならないという社会に飛び出したいのに、足かせになっている。卒業して、その高校生という保護はなくなります。しかも、卒業したのだから、もう校則もありません。自由です。さあ、『自由だよ』と言われて、英五やりたいことはなんだ、何が出来るのだと言われてもあんなに、高校を卒業すればと思っていたのに、たいしたことしかわからない、出来ない。あなたはのびのびと生きていますか?これは『崩れた壁』の一面です。
2016年06月05日
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河島英五さんのギターとコーラスを担当されていました谷和彦さんの情報2016年03月20日 『旧友再会』Vol.41に書きましたhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201603200000/の『笑間珈琲』に行ってきました。『笑間珈琲』http://emacoffee.com/に書かれています★6/19(日)笑間珈琲主催「若狭梅狩りツアー2016」の音楽ライブに谷和彦さんも歌います。また、2016年7月3日第3回 大阪珈琲フェスティバルin古川橋にも谷さんが出演されます。「第3回 大阪珈琲フェスティバルin古川橋」の詳細は笑間珈琲のHPかFacebookに発表されます。谷和彦さんの唄声http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201602290002/過去の記事を『ホーム』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいホームページ版『てんびんばかり』http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2016年06月03日
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2016年05月31日 『酒と泪と男と女』Vol.21日刊ゲンダイに『次女・亜奈睦が語る河島英五』が書かれている記事で「30歳で余命10年と宣告」とありました。http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/182475私には前回も書きましたように「30歳で余命10年と宣告」が凄くショックでした。2000年には英五さんがやつれたと気が付きましたが、それまでは元気な英五さんしか記憶にありません。ふと、『そうだったんだね父さん』を思い浮かびました。ネットに『そうだったんだね父さん』の歌詞は書かれていないです。前回の『そうだったんだね父さん』http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/123000/に少し歌詞があります。「そうだったんだね父さん俺たち子供のために一生懸命働く手だったんだね♪」 「そうだったんだね 英五さん俺たちのために、弦をかきならし 汗をとばして一生懸命唄う姿だったんだね」英五さん、ありがとう!!!!!「そうだったんだね父さん そうだったんだね父さんあんたは大きな 大きな人だったんだね♪」 「そうだったんだね英五さん そうだったんだね英五さんあんたは大きな 大きな人だったんだね」
2016年06月01日
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河島英五さんの『何かいいことないかな』https://www.youtube.com/watch?v=2Yao2g_dmq4この映像は1992年の映像で、身体が悪いとは思えないいい顔をして、明るく話をされています。『30歳で余命10年と宣告されて』ちょうど10年経っていますから、もう気にしていなかったのか、開き直ていたのか、私には想像がつきません。私の方が『30歳で余命10年と宣告されていた』ことが凄くショックです。『何かいいことないかな』の歌詞は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/016.htmlに、書かれています。2016年05月30日 『何かいいことないかな』Vol.22を書いたばかりですが、『30歳で余命10年』でこの『何かいいことないかな』の感じ方がかわりました。「残った命も そう多くはないんだから何かいいこと出てこい早く 何か 何か いいこと」 この「残った命」というのが若い英五さんが作詞したのにどういう意味なのだろうかと40年間ひっかかっていました。子供の時に身体が弱く、その後、見かけは元気そうになりましたが、「命」を特に大事にしたのではないかと思いました。「生きている感じが欲しいから流れる汗を見たいから生きる喜びを歌いたくてさまよい歩いてゆくんだね♪」英五さんはその他にも「生きている証」を歌っています。河島英五さんの唄『人生』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212200000/河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/
2016年06月01日
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