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「羞恥心(しゅうちしん)なんて時代遅れの美徳です。そんなものは、きれいさっぱり捨ててしまった方が、よっぽど気持がさばさばしますよ」「でも慎しみというものが…」「それも古くさい習慣だ」「ただ自然の不可抗的な計画によって、この世に生まれてきたものにすぎず、」「神の存在は絵空ごとでしかないとおっしゃるんですの?」「もちろんですとも、いちばん浅ましい絵空ごとだわ」「近くて遠い」「議論なんてものは、最初はいかにも尤もらしい仰々しさを有っているものだけれど、その実とりとめのない影のようなものにすぎない」「この世では善をしようが悪を犯そうが、もうそんなことはどうでもいいことのような気がしてならないんです。大切なのは、ただあたしたちの趣味なり気質なりだけじゃございませんかしら?」「54歳になって根無し草さ」「理不尽な現実」
2022/07/31
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私の人生、逃げることで解決してきたことが多い。不登校の時は高校から逃げた。最初の頃は行かなきゃ行かなきゃと気ばかり焦っていたが、すぐに諦めた。次第に、逃げた自分を真っ当な判断だったと正当化するようになっていった。長年の確執である母との関係も、逃げることを貫き通している。決して口を利かない。なぜ私が母のことを憎むようになったかは、墓場まで持っていくと決めている。これが私の姿勢であり、曲げるつもりは毛頭ない。つまり、真っ向から向き合うことから逃げ続けている。そして、今、また私はどうやって逃げようかと、そればかり考えていることがある。それは、自分自身から逃げること。更年期が始まり、心も身体も今までとは違う場所に存在するようになり、要するに私はここから逃げたい。これまでの人生をじっと振り返り、それさえも今この瞬間にすべて投げ出せたらどんなにいいかと考えてしまう。対峙することを避け、ただその場から逃げることを得意としてきた。それで報われたことはたくさんあったし、実際そうやって人生を拓いてきたことは確かだ。が、今、この年齢に達してどう足掻いても逃げ切れないものがあることを知る。それは自分自身から逃げること。逃げても逃げても追ってくるもの、それは“尚”という、決してまくことのできない自分。いつかは向き合わないといけない日が来る。それは必ず来る。避けて通れない。それをわかっていながらも、私はどうしてもここから逃げたい。
2022/07/30
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暑い。ついに本格的な夏がやって来たような気配だが、湯船に浸かった途端に、あ、今日も冷えてるな、と思う。夏って意外と冷える。こんなに暑いのに、家では靴下15枚ほどとレギンスに加え、レッグウォーマーは2枚も重ねて履いている。因みににレッグウォーマーの素材は、この上なく分厚いウールとふっわふわのダウンである。真冬に履く足首まであるブーツスリッパも、私にとっては一年を通して履くもの。膝に毛布をかけるのも年がら年中である。もちろん毎日1時間ほど半身浴をしていて、決して下半身を冷やさないように心掛けている。その癖、上半身はキャミソールのみというのが私の夏の家での服装なのだが、さすがに母と顔を突き合わせてご飯を食べる時だけは上にTシャツを着る。あ、毎晩湯たんぽも入れてるよ。湯たんぽも365日欠かさない。
2022/07/29
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次はもんたが感染した…。北海道旅行から帰ってきたら、感染。妹自身もまったく以て体調が優れないんだとか。ほら、言わんこっちゃない。こんな時に止めておけばいいものを。妹夫婦は、自分たち中心に世界が回っている。他のことは何にも考えていない。自分たちさえ良ければそれでいい。旦那も旦那だが、旦那さんは妹より増してじっとしていられずチョロチョロとお出かけ好きと来ているから、要するに二人して予定は決定であると思っているので、誰も止めようがないのである。おそらく、旅行に行きたいというよりかは、山ほどあるチェックリストを一つ一つこなしていき、チェックを入れる瞬間に快感を感じているのだろう。せめて夫婦のうちどちらかが冷静に世の中を見てしっかりした頭で判断できたらこうはならないだろうが、もう救いようがない。どう思ってるんだか。終いには大変なことになるよと言いたい。もう少し自らを顧みて、自分たちの行動を考え直した方がいいと思う。決して旅行に行くなと言っている訳ではないが、今回に関しては行くべきではなかったと思う。が、私は常に逆行しているので、妹夫婦の考え方が一般的なんだろうなとも思う。
2022/07/28
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耳の中の湿疹が、びっくりするほど良くなってきた。6年近く延々と湿疹と戦い続けた。黄色い汁が垂れてきて眠れないし、極細の綿棒ですら入らないほどの穴を塞ぐかさぶた、しかも両方の耳、穴の中だけではなく前も後ろも耳全体が猛烈な湿疹、ときたものだから、耳をむしり取ってしまいたかった。あゝ。長かった。何かの本に、7年で人間の身体は入れ替わると書いてあったことを思い出す。その時はまったくピンと来ず、なぜ7年なのかさっぱり理解できなかったが、現に私の身体がそれを証明しているではないか。自分治療を始めてから後1年で7年を迎えるのである。おそらく7年ですべての湿疹は完治だろう。あと一息のところまで来た。ここまでがんばって本当によかった。努力は必ず報われる。ところで、記録のために湿疹の写真を撮り続けていた。ほぼ全身湿疹が出たので、耳や腕や手や膝や、自分で見返してみてもなかなか生々しく、その時の辛さが甦ってきて涙が出る。ステロイドを断つとは生半可な気持ちではできないのである。この撮り溜めていた写真を、完治した暁には一斉削除することが一つの目標である。来年削除できるだろうか。とても待ち遠しい。
2022/07/27
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世界陸上が終わった。主にハイライトで見ただけだったが、ワクワクと楽しんだ。何人も名前や顔を覚えていた選手がいて、ハプニングあり、時に涙して感動した。なかなか良いものを見せてもらえたと思う。世界陸上は2年に一度。今年は一年遅れの開催だったから来年もあるんだとか。夏の楽しみがまた一つできてうれしい。みなさん、お疲れ様でした。さるすべりがきれいに咲いてます。
2022/07/26
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今、あの時のアレはきっとそういう意味だったんだな、と思うことがある。それは、去年だったが、私が頼り切っている“感”というものがなぜかまったく働かなくなってしまって、数ヶ月間ほど右往左往していたという経験。このことについて、今になって私は合点している。きっとこれは老いの前兆だったのだと思う。今年に入ってから老いたことを自覚するようになったが、それを感覚あるものとして初めて示してくれたもの、それがおそらくこの経験だった。今から老いという転換期に入りますからね、覚悟しておきなさいよ、急にそれが来たらびっくりするだろうから先にお知らせてしておきますよ、なんだかそんな前触れだったような気がしてならない。その老いの始まりを“感”として真っ先に知らせてくれたものは、やっぱり“感”であった。結局私は人生において“感”がすべてなのだなと改めて実感している。歳を重ね、いろいろなことが鈍感になってくると、もちろんピンと働く感も鈍くなるのだが、それでも私の一番の頼みの綱は“感”なのである。時が経ち、どれだけ感覚が鈍くなろうとも、私の人生の指針はこれしかないのだと少し勇気が湧いたと同時に、決してこの“感”を見過ごすことのないよう気に留めておかなきゃ、と一人で深く頷いた。
2022/07/25
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家にいる。本を読んだり映画を観たり、それなりに楽しんでいる。そして結局掃除に行き着く。一日をずっと過ごす部屋だから、やっぱり心地よくしておきたい。掃除をしている時は精神統一のようになって、黙々と取り組める。半分瞑想かもしれない。部屋がきれいになる上に心もスッキリするなんて、掃除ってなんて素晴らしいんだろう。「趣味散歩」ではなくなったけど、「趣味掃除」はこれからも続く。
2022/07/24
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更年期が始まって間もない頃、私には神経難病という土台があるから、この病気の身体に現れる更年期症状とは一体どういうものになるのだろうかと、少なからず不安に駆られた。今となっては、やっぱりその予感は的中していたと思うのだけど、私の場合は結局“神経”という得体の知れないものの弱さが浮き彫りになった形だなと自己分析している。人はそれぞれ身体の中で強いところと弱いところを持っている。私はこんな身体だが、意外と胃腸は強く、逆に妹は神経図々しいが胃腸は弱い。みんな、唯一無二の身体だ。一人として同じ人はいない。その弱いところからじわりじわりと老いが進んだり病気になったりするのだと思う。今思うことは、若さは決して戻る訳ではないので、それをいかに強くするかと意気込むのではなく、手で撫でてよしよしと労ってあげる、それに尽きると思っている。もともと神経が弱い体質なのだから、無理をしてしまわないように癒してあげる方向へ考えを転換させる。その想いがきっと私の神経にも伝わると思うし、そうすることで二人三脚のようにこれからの人生歩んでゆけると思う。更年期の症状にも、そろそろ体が慣れてきたように感じる。私は何事も順応することが苦手なので、結構時間がかかってしまった。半年か。一歩ずつではあるけれど、私の神経はここまで良くなったのだ。焦らずゆっくりと付き合っていくしかない。それにしても、自分の身体ってつくづく厄介だし摩訶不思議だなと思うよ。
2022/07/23
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妹、北海道旅行に行った。キャンセルすると言っていたが、ギリギリまで粘ったのだと思う。予定は未定ではなく決定なので、何が何でも行くんだという執念はすさまじい。この、予定を柔軟に変更できないという強迫観念のようなものは、一種の病気なんじゃないかとさえ思ってしまう。調子悪いだろうに。
2022/07/22
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「あまりにも知りすぎたこの道を歩いた自己の歩みのすべて、その歩みのすべてが脚に重くのしかかり、そして彼は突然自分をひどく重いものに感じた」「買い物は人生の自由、自立、そして快楽」「楽しくなくても楽しげに生きるのが、早く死んだ人への感謝供養じゃないかしら」「夕焼けのあとには晴天があることを願って、」「したくなくてもすることが世間にはたくさんある」「彼女は幾週も幾月もこの椅子にかけたまま、この孤独のなかで身体はすこしずつ刻々と弱ってゆくのを感じていた」「知らぬうちに心は衰える」「老いたりと言えども、自分の命への畏敬と感謝の念を持って、」「現実的になりなさい」「人生はのろさにあれ のろのろと蝸牛(ででむし)のやうであれ」
2022/07/21
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半身浴をし始めて6年。6年です。6年、長かった。6年前…35歳…。今思うと本当にベストなタイミングで自分治療を始めたなと、心から自分のことを褒めている。あの自粛の時や更年期が始まった今始めたとしても、絶対にやり切ることは無理だ。挫折していたと断言できる。気力が続かないだろうし、今の私は若さは失われ根性もなくなった。そう思うと、後1割ほどで完治するだろう湿疹ももう少しの辛抱だからがんばろうと思えるし、きっとこの日記も大成功のうちに終えられると思う。神様に感謝、私ここまで身体は良くなりました。右耳の中が極めて完治に近いところまで回復し、耳の穴が大きく長く太くなった気がするので音もよく聞こえる。だから右の鼻もスースーと通って気持ちいい。が、左耳の中はまだ黄色い汁が出てかさぶたがこびり付いているので、詰め物をされている感じが取れない。若干くぐもったような聞こえ方だし、のども左側だけ変だし、右側がこれだけ良くなった分、左鼻の詰まりが気になって仕方ない。で、私、以前からどうしてもザブーンと頭からお風呂に潜ってみたいのである。左耳が完治したらやってみよう。来年にはできるかな?できないと豪語していた矢先にできた、ヘルペスが、顔に同時に2箇所。記録4ヶ月半。やっぱり夏の暑さは神経が苛立つから、すーぐできる。まだまだね。ま、これだけできなかったのだからよしとしようじゃないか。ヘルペスができるという精神的ストレスからは4ヶ月半解放されたのだから。背中の湿疹もかなり良くなった。完治とは言えないけれど、9割方治ったと思う。ただ、膝の湿疹がとんでもないことになっていて、とっさに膝を付けないって結構不便なのである。汗もは仕方ないと諦めている。両腕の内側と首と股がかゆい。どうしても汗が溜まる場所だから夏が終わってくれないと治らない。もう、悪循環甚だしいなと思う。暑いから外に出ない、面倒くさいから外に出ない、歩かない、だから余計にストレスが発散されず鬱々とする。ほんの15分だけでも歩いたらきっとスッキリすることはわかっているのだが、こんなに暑くては歩けるはずもないし、そもそも歩こうという気力がもう湧いてこないのだから救いようなし。ずーっと雨ですね。私としては日が差さないからうれしいけれど、そろそろ布団干したい…。ところで、日傘を妹家に忘れてきてしまってどうしてるかって?遮光機能ゼロの普通の雨傘使ってますよ(苦笑)長年生きていると、時に耳を疑うような事件に遭遇する。つっかえるほどのショックを受けた。が、私はその度に思う。あなたはしてはいけないことをしたけれど、あなたの気持ちはとてもよくわかりますよ、と。
2022/07/20
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コロナに感染した妹。職場で会議をしていたメンバーが次々に感染したんだとか。もうあり得ないほどにのどが痛く、なかなかしんどかったらしい。尚はかからん方がええで、と釘を刺されたほどである。よっぽど体力消耗したのだろう。因みにもんじは今回2回目なので、ある程度の抗体がついていたのか、そんなにひどくはならなかったそう。もんたはもしかしたら感染していたかもしれないが、無症状で至って健康。とにかく妹だけがヒーヒー言っていたようである。ようやく少し落ち着いたと言っている。ホッとする。生憎楽しみにしていた北海道旅行はキャンセルになってしまったけど、今のご時世はしょうがないよね。またきっと行けるさ。
2022/07/19
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ちょっとだけ世界陸上見てます。いつだったか、湿疹があまりに過酷で寝られず、夜な夜なムクッと起き出してテレビを付けたらたまたま世界陸上をしていた、という些細なことがきっかけで興味を持つようになりました。美術館好きの私にとっては、みなさん動く彫像です。ファッションやユニフォームを含め、その肉体には惚れ惚れします。誰を応援するでもなく、ただ見ているだけでいいんです。素晴らしい。一夏の想い出になりそうです。
2022/07/18
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「太陽は沈んでいるし…」「また昇ってきますよ」「そんな気はしませんね。うんと深く落ちこんでいるんです」「いたるところで、なにもかもが変ってきてるんだ。ぼくにはどうしようもないんだ」「人はそう変るもんじゃない。変るのは物事だよ」「むだを一切やめる必要はない。ほんのちょっぴりの着想に、ちょっぴりむだを加えて水割りができる」「手持ちの札が多少減ろうとも、少々あちこちくたびれてきても、」「“見失いし道への悔いは強まる”」「彼の眼はもう人々の醜さしか見なかった」「彼は不幸じゃない。彼には苦しみがある」
2022/07/17
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昨年の11月に41歳になり、今年に入った頃から急に更年期を自覚するようになった。そして早半年。まぁ、なんと言うか、間違いなく自分に老化が始まっていることに対しては、心も体もようやく納得して理解できたかと思っている。振り返ると、20代から30代になる時は驚くほどすんなり行った。至って普通の日が滞ることなく流れていった感じだった。目を覚ましたらそこは30代だったというような。私の場合、26歳で発病して身体が変わってしまったからその影響もあるのかもしれないが、拍子抜けするほど心は凪いでいた。が、それとはまったく違い、30代から40代になる時は、もう津波が押し寄せたように荒れ狂った。嫌で嫌で仕方なかった。地団駄踏んで、何がそんなに嫌なのか、自分でもこんなに精神病むとは思ってもみなかった。40代に入った途端に奈落の底に突き落とされたような感覚を覚え、更には否応なしに更年期が始まってしまい、今やその奈落の底で泥と化している。なんとまぁ。どうしても40代になりたくなかった理由は、今いるこの場所がすべてを物語っているような気がする。よっこらしょっと腰を下ろし、我が身の老いゆく過程を傍観するようになったもう一人の自分が現れた。日に日に老いる身体をもがきながら生きる私と、その老いる私を物陰から薄ら笑いを浮かべてじっと盗み見る私。その姿はどちらを見ても滑稽なのであったが、さりとてどちらも私自身であり、この奇妙な関係はこの先もずっと続くだろう。
2022/07/16
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プレ更年期の症状が出始めてから、毎日鬱々として過ごしている。やる気が起こらないし、何をするのも面倒くさいと思ってしまい、先日ふと気付いたら、「鬱陶しい!」と無意識のうちに何度も独り言を繰り返していたようで、我ながらびっくりした。これは意識して止めなければ。PMS(月経前症候群)も若い頃からあるのだが、つまりこれは月経前になると様々な症状が現れて、気分がイライラするとか、死にたくなるほどに落ち込むとか、身体が無性に重たいとか眠いとか、肉体的にも精神的にも負担がどっとのしかかる。最近は、このPMSと更年期の差がわからなくなっている。常にPMSのような、何と言うか、年がら年中PMSの症状が出ているような感じなのである。本来のPMSが始まっても察知できず、更年期がダラダラとひたすらに通奏低音のように底辺を流れているから、その違いをどうやって見分けるのだろうと不思議に思う。対処するにもしようがなく、まぁ薬を飲めばある程度は良くなると聞くが、今の時点では薬は考えていないので、ますますその二つの違いがわからない。いずれにせよ女性ホルモンが影響しているのだから、違いはさほどないと言われるとそれまでのようにも思う。こういう点から見ても、女性の身体とは刻一刻と年齢に応じて変わっていく生き物で、順応することがほんに苦手な私には、まったく自分自身に付いて行けていないのであった。
2022/07/15
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仏像を見に行ってきた。必ず一体はハッと目が合う仏像がいる。金箔が剥がれ落ち、まるで涙を流しているかのよう。お釈迦様、私はどんどん愚かになっていきます。どうしたらいいのでしょう。お助け下さい。
2022/07/14
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毎日家にいてじっと座っていると、私、このままもう足が動かなくなるんじゃないだろうかと思ってしまう。暑いから出ない、気分が鬱々として面倒くさくて出たくない、もはや散歩は趣味ではなくなった。良くないことがあまりに重なり過ぎている。きっと足の筋肉は落ちただろう。なるべく毎日歩くようにして、あれだけコツコツとがんばってきたのに。更年期の症状が出始めてから、どこか、暗闇へ向かって進んでいる気がしてならない。が、それを断ち切る術が見当たらないから私は悩んでいるのだ。人生に悩む時、私の道しるべとなるもの、それはやっぱり小説である。私の複雑な心を理解してくれるもの、それも小説だと思う。なぜこんなにも私が求める金言が書いてあるのかと畏敬の念を覚えたりもする。八方塞がりで、自分でもどうしていいかわからない日々に、僅かな光をもたらしてくれるのだった。で、それで?私は一体どうすればいいの?具体的に教えてよ。
2022/07/13
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えー、妹がコロナに感染しました。もんじも。もんじは2回目です。おそらくもんたも感染していることでしょう。職場で広がっているとは聞いていましたが、ワクチンを打っていても感染する時はするのですね。はて、来週は北海道旅行だと言っていたような?
2022/07/12
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妹は、実によくできた人間である。私が不登校で引きこもっていた頃は、自分の為すべきこと、つまり中学の勉強を文句も言わず黙々とやり切り、「お姉ちゃんと同じ高校(公立だった)は受けません。私立に行きます」としっかり主張して、努力を積んで実際私立の志望校に合格した。 難病を患った時だって、眉一つ動かさずただ淡々と仕事に行って帰り、入院したのが偶然にも妹の職場の近くの病院だった為、仕事終わりには10日間の入院期間中毎日欠かさず寄ってくれた。もちろん今の旦那さんとの交際は順調に進み、いや進め、何の弊害もなく皆に祝福されて結婚し、風のように家を出て行った。私が母と不仲であることに対しても、はらわたは煮えくり返っているだろうが、一切嘴を挟まない。二言三言だけ、ちょっとまぁ、見るに見かねて棘のある言われ方をされたことは過去にあったけれど、後にも先にもたったのこの一度だけだったし、本当に何も言わず傍観し通してくれている。妹は、小さい頃から“夢見る夢子ちゃん”のようなところがあり、幸せな恋愛や幸せな家族のようなものを常に思い描いていた。姉と妹、大の仲良し姉妹。それぞれが結婚して家庭を持ち、それぞれが2人以上の子供がいる。正月には揃って実家へ帰省し、賑やかにワイワイと新年を寿ぎ、いとこ同士を遊ばせて、それを見た姉妹で微笑む。次はみんなでどこへ旅行に行こうか。◯ちゃんピアノの発表会に出るの?じゃあ花束持って行くね。◯◯くんサッカーの試合があるの?じゃあ応援行くね。お互いが結婚をしてもそれほど遠くない場所に住んで行き来し、こうして大家族のように暮らすことに憧れている。それを私は知っていた。引きこもりの頃から、私の自分勝手な生き方が家族を、そして妹の夢までをも壊していることに引け目があり、申し訳ないと思い続けて生きてきた。妹はしっかり者で気が強いし負けず嫌いだけど、実は繊細で脆いところもあるから、気苦労は計り知れないと思う。そんなことを微塵も出さない妹の真の強さと言ったら言葉も出ない。今の妹の生きがいは、双子を自分が憧れた姉妹のような関係の兄弟に育てあげること。そんな妹の願いを受けて、双子は優しい心を持ってすくすくと育っている。妹にとって、私が姉であることの利益は一欠片もない。なぜ妹は、こんな姉の妹に生まれてしまったのだろう。
2022/07/11
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この時期になると、はて、今年の“バナナの日”のもんもんへの誕生日プレゼントは何にしよう?と考え始める。ついでに9月が妹の誕生日なので、ささやかながら一緒に妹へのプレゼントも同封するようにしているから、妹へのプレゼントも。私は誰かにプレゼントをすることが大好きだ。ああでもないこうでもないと悩みつつも、もんもんや妹のことを考え、できるだけ世界に一つしかないものを贈りたいとは思っている。パパとママからのプレゼントはびっくりするほど高価な物だろうから、私からは手軽にちょこっと楽しんでもらえる物を贈る。以前はもっぱら絵本だったが、最近ではさすがにもう3年生にもなって本の好みなどはわからないので、物にするようにした(もしくは図書カード)。毎回なるべくもんもん自身で工作できるものを選んでいて、去年は名前入りのパーツをオーダーして作ってもらい、自分でキーホルダーに仕上げるキットを贈った。経験を贈るとでも言おうか。あげてそれで終わりという物ではない物を。妹へは、もんもんが最優先の日々でめっきり自分自身の持ち物には気が回らなくなっているので、敢えて妹が職場などで使える小物を選ぶか、あるいは某飲食チェーン店のギフトカードがお決まりとなっている。たまには一人でゆっくりお茶する時間をどうぞ、と貴重な時間のプレゼントという意味合いを込めて。7月中に揃えなくっちゃ。どうしようかな?とか言いながらも、あれこれ探すことがとっても楽しい。
2022/07/10
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「行くところがないんだよ。あらゆる場所がもうだれかのものなんだ」「でもとうとう海まで来てしまったのよ。それで父はその前で停まるよりほかになかった海のすぐそばに住んでいるの」「明日何もすることがなかったらどうする?」「俺は2年間何もしてない」「残念だよ、世の中がこんな風になっていくのは」「シカに化けたライオンもいる」「今日咲き誇る花も明日枯れる」「この地上で悩める者は天国で分けまえにあずかるのじゃ。かつまた苦悩そのものも無益ではない」「あなたはなにか気晴らしを求めなくちゃいけませんね」「それに、ほら、海だって雨は降りますしね」
2022/07/09
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「二人ともぜんぜん持ってなかったんです。所持品はなんにもないし ー ニ◯◯フランと指輪が多少あるきりで。自分たちの首をくくる靴ひもすら持っていない!」「目もくらむ旋風の世界を去って、」「君には不可能がない」「人はみな生きるのに時間を浪費しているよ」「あんたは調子わるいのね」「どうだかわからないよ。ただ老けてきた感じがしてるんだ」「それでも仕事をすれば仕事があなたを哲学者にしてくれるよ」「二人の歯車はもう動き出したのだから」「きみはぼくをくさくささせるんだな、ほんとにくさくさ、くさくささせるんだな」「神を信じるか?」
2022/07/08
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更年期が始まり、神経が落ち着き払ってでっぷり肥えたようになり、まったく気分が上がらずどろんとまどろんだ日々を送るようになっている。あたふたしたり動揺したりするなんてこともめっきりなくなり、神経が苛立ってピリピリすることもないものだから、ヘルペスが急にできなくなった。「神経の貫禄」これが今の私の神経のふさわしい呼び名かと思うが、思いもしなかった贈り物をふいにもらったようで、私はとってもうれしい。更に、もう一つ、あれ?去年の夏とは違うや、と思ったことがある。それは、汗が人並みになったこと。自分でもびっくりしている。この間まであり得ない暑さだったのに、汗は明らかにかかなくなっていた。以前は滝のような汗を流し、タオルで拭っても拭っても噴き出してくる汗を止めることはできず、半分脱水症状のようになって疲れ果てる、それが私の普通。尋常ではない汗は悩みの種で、ほとほと困り果てていた。自分治療のおかげか、それは年々少しずつ良くなっていたのだが、このご時世マスクで夏を過ごすことを余儀なくされ、マスクの中は汗でまみれボトボト。結局悩みの種は悩みの種のまま変わらなかった。その癖、エアコンは体調を崩すので嫌いというなんとも救いようのない体質には自分自身でも辟易していた。それがなんと、今年はマスクをしているのにさほど汗をかかないのである。まったく以て許容範囲であり、おそらく人並み程度。かくことはかくけど、体力消耗するような異様な汗ではなく、いわゆる良い汗になったのだと思う。これを私は心から願ってたんだ。冷房もさほど辛いと感じることもないし、のども痛くなることはなく、平気で過ごせるようになっている。きっとコーヒーを辞めたことも重なったからだと思うが、神経は図太くなったのだと思う。この更年期とはなんと摩訶不思議なものだろうか。私にとって良かったことと悪かったことが両天秤に同じぐらいあり、悪かったことの方を考えると後先思いやられて底なし沼だが、また一方で、良いことの方だけを考えると、帰するところ後先明るいのであった。
2022/07/07
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今年に入って更年期が急に始まって、私、心身共に変わった。体の不調はちょっと今は置いておいて、心の方の話。なんというか、どっしりと腹が据わったような感じがしている。これまでの私はとにかく日々の波が激しく、ハイのような気の触れた状態を数日経験したかと思うと、翌日は急降下して失意のどん底になり死にたくなる、そしてまたハイに、ということを若い頃から延々と繰り返してきた。ひと月の中でも大波小波、一日の中でも大波小波があり、自分の身体なのに振り回されて疲れ果てる。言わずもがな、これは持って生まれた神経とホルモンの影響で、自分自身ではどうにもコントロールができないことだった。が、最近の私はこれとはまったく違う。ハイを5、ローを−5とした場合、−3ほどのところにいつもいる。そもそも0にもならない。0を越えることがまずなくなったのである。常に気持ちはどーんと重く落ち込んでおり、上がってくることすらない。それに加え、体の不調がそれに拍車をかけ、要するに肩こりやら首こりやらめまいやらで動作が鈍くのろのろして、自分でもずっとローのところに泥のように居座っているなという感覚を持ち続けるようになってしまった。が、これは少なからず私にとっては良い事でもあった。滝のような汗も出なくなったし、多少のことでは動じなくなったから、狭い密室であるエレベーターにもなんなく乗れる、思いの外体が安定してきたのである。たぶんヘルペスができないのもこの影響だろう。ふわふわと地に足付かないような感じはなく、お腹に力が入って重心が定まったとでも言おうか。皮肉なものだ。歩く速さは遅いし、確かに機敏さはなくなった。だが、私にはこのローの日々がこの上ない安らぎと安心をもたらしてくれているのは明白なのであった。更年期から先の人生は、QOLの向上が鍵なのだとか。Quality Of Life。なるほど。歳を重ねるって、そんなに悪くないかもな。
2022/07/06
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半身浴をし始めて5年と11ヶ月と半月。紫陽花が見るに堪えないほどに干からびている。蛙もすぐにいなくなった。梅雨明けの発表があった翌日、「えぇっ!?もう僕らの出番かい?」と蝉が慌てて鳴いた…。みなさん。なんと右耳の中の湿疹がほぼ完治しました。耳の中すべてがかさぶたに覆われて綿棒も入らず、黄色い汁が垂れてくるから眠れないし、ひどいなんて言葉では言い表せない過酷極まりない日々を乗り越えました。よく耐えたものです。6年を前にようやく報われる日が来たようです。もしかするとぶり返すかもしれませんが、なんとなく直感で今回は完全なる完治のように思います。あゝ長かった。左耳の中はもうしばらくかかりますけれど。このシリーズの日記の行く末を考え始めている。半身浴を習慣にするようになり、ステロイドも断ち、靴下をせっせとたくさん履いて、自分治療に励んできた。当初は数ヶ月間家に籠り、外出もできなかったようなひどい湿疹にも耐えた。いつの間にやら6年を迎えるらしい。背中と耳と膝の湿疹がある程度良くなったら日記を終えようか?なんとなく今そう思っている。あゝ汗もがひどい。特に首から肩にかけて、腕の内側、がブッツブツ。これだから夏は嫌いなんだ。今年の天気は一体どうなってるんだ?まだ7月に入ったばかりなのに先が思いやられる。今一番辛いと感じるのは膝の湿疹。なぜか両足の膝小僧だけまぁるく湿疹が出ていて、黄色い汁まみれ。膝を付くことができないのがとても不便に感じる。背中はかなり良くなった。あまりに蒸し暑く、エアコンを付けた。もう我慢はしないことにしている。エアコンはできれば付けたくないし苦手だけど、以前ほどの不快感は感じない。のどが痛くなることもない。おそらくこれも体調が整った証だろう。暑さと上手く付き合っていかなければ体が持たないから、ちょっとしんどいなと感じた時点でもう付ける、じゃないと本当に倒れてしまう。が、レッグウォーマーと膝にかける毛布と、夜寝る時に足元に入れる湯たんぽは365日欠かせない。顔の左側の僅かな顔面痙攣は結局止まらないまま7月に入ってしまった。来月で1年。まさかこんなに長引くなんて思いもしなかった。梅雨が戻ったようですね。ドッと、既に夏の終わりのような疲労感を感じるのは私だけでしょうか…?
2022/07/05
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ステロイドの塗り薬などすべての薬を辞めてまもなく6年。コーヒーも辞めて1年半、チョコレートは自然と欲しなくなって、後はどのタイミングで甘いものを減らしていくか。それがこの先の課題だと思っている。更年期や女性ホルモンの本を読んでいると、40歳を越えたら甘いものは控えた方が良いと書いてあることが多い。砂糖が老いゆく体には良くないんだとか。とはわかりつつも、なかなか行動に移せないのが世の常というもの。わかっちゃいるけどやめられない。私の場合、自分の心と体が納得しないと何事も前へ進めない性格なので、自粛でコーヒーを辞めると決意した時のように、何かふとしたきっかけがあればできるようにも感じるが、今のところまったくそれが訪れる気配もない。さぁ、どうしましょうかねぇ。これだけ暑いと映画三昧です。「ワンダー君は太陽」最近の映画ですが、久しぶりに良い映画を観ました。
2022/07/04
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老いが始まる前。老いが始まった後。その両天秤の中でもがいているのが、今の私。今年に入り、体も心も、以前よりも階段を一段トンと降りたところに存在するようになったなと感じるようになった。明らかな外見の衰え、身体機能の低下、そして心からも若々しさは急速に失われていくのだと知った。よく言われる向上心とか将来のビジョンは、とかいう俗な言い回しがあるが、今の私の心にはその一片の欠片もない。何か目標を持ったり、これをやり遂げたいと思ったり、そういうものが一切ない。自分でも驚くほどにない。ただ毎日起きて食べて寝て、その繰り返しを無我で行っているだけで、今後の自分の在り方を想像することすら放棄してしまった。うんざりする毎日を生きている。たかが半年ほど前までは、こんな単調な暮らしの中でもそれなりにやりたいことがあって、それらを一つ一つコツコツとこなしてきたつもりだった。だが、老いの始まりに加え、このご時世に伴う物価高は更に大きな痛みとなって重くのしかかる。美術館へ行こうにもチケットがあまりに高い。カフェへ行くにも同じく。ついでに甘いものを控えたいのについつい食べてしまうから云々。そんなあれこれが悪循環を生み、ついに引きこもりに近い状態へと引き戻された。老いを感じていない頃の私はこんな風ではなかったはずだ。少なくとも歩くためだけに散歩へ出ていたし、通ったことのない道を歩いてみようとか、それなりに冒険心はあったのだ。それが一体今はどこへやら。今はただ、何もせずにじっと座っていたい。何をするのも面倒くさい。散歩なんてしたくない。これではダメだとわかりつつも、一度根が生えて蔓延ってしまった尻は、ちょっとやそっとの踏ん張りでは持ち上がらないのである。それに加え、今年はこの暑さ。そのせめぎ合いは、引きこもるという位置で間もなく終止符を打つのかもしれない。だが、心の隅っこにいつまでもいじましく存在する若さへの執着と葛藤は、しばらく続くだろう。
2022/07/03
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毎日暑いなぁダルいなぁ面倒くさいなぁと引きこもっていると、日に日に心が狭くなり、自分のことしか考えられなくなっていく。何をするにも億劫で、言い訳だけは一丁前にたっぷりあって、そして文句ばかり言う。急に暑くなってしまったから家から出られない。美術館へ行こうと思っていたが、その美術館は最寄り駅から屋外をたっぷり15分は歩くので、さすがに尻込みしてしまう。図書館へ行く回数も以前の半分ほどにまで減ってしまった。わざわざ歩くためだけに散歩に行かなくなったのと同じように、図書館へ行くのも面倒くさいと思う。明日までに返却しなくちゃという切羽詰まって渋々返しに行く。それだって、朝から行くか行くまいかうじうじと悩み、30分もあれば行って借りて帰って来られるのにそれすら気後れする。行ったら行ったでスッキリして帰って来るのだけど、とにかく動き始めが億劫でならない。小説は今はまだ楽しく読んでいるけれど、本を読むのも面倒くさいと思うようになる日はそう遠くないかもしれない。今年に入ってから老いで突如変化した自分が恐ろしい。
2022/07/02
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更年期障害があまりにひどくて仕事辞める方もたくさんいるとか聞く。その意味が、今、わかるような気がしている。ここ最近で急にドジばかりするようになった。現金で切符を買ったのにスマホで改札を通ってしまったり、日傘を妹家に忘れてきてしまったり、その他にもそんなにたいしたことないことだけど小さなドジが重なるようになった。今まで忘れ物などこういうドジはしなかったのである。老いとは、これまでできていた事ができなくなることなのだなと改めて痛感している。仕事を辞めた人は、もちろん最初は体そのものの不調という理由だったと思うが、それよりもおそらく今までできていた仕事ができなくなって、そういう自分を受け入れられなくなったからというのが真の要因だと思う。テキパキと仕事をこなし、生きがいのようだった仕事が老いによって思うようにできなくなって失敗するって、それはそれは大きな屈辱だろう。例えば役職などだった場合、それはもう生命を絶たれたことと同じなのかもしれない。私も、妹家からの帰りの電車の中で、日傘を忘れてしまった自分があまりにショックで、グッと涙を堪えた。老いが始まって鬱のようになって半分引きこもりになっている上に、更に今年はこんなにも暑いのに日傘がないだなんて、まるで完全に引きこもれと言われているようなものじゃないか。なんだか胸が苦しい。先輩たちは、どうやって自らの老いを受け入れていったのだろうか。私が病気になった時は、足は動かないのに、頭ではそれを受け入れられず気ばかりが焦ってしまい、前のめりになっていた。そうか、私は病気なのかと納得するまでたっぷり時間がかかった。どうやってこのドジを自分なりに受け入れて、老いが始まったんだから仕方ないと折り合いを付けるのか。今の私にはすごくすごく難しい。目に見える老い、例えば老眼とか白髪とか、そういうものとはまったく違うところに存在する目に見えない方の老い。それを今、ひしと感じている。
2022/07/01
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