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毎日飽きもせずブログを書き続けているが、何を書こうかフッと思い浮かぶのは、決まって半身浴をしている時か紅茶を淹れて飲んでいる時。リラックスしている時というのが決まり事らしい。不思議とテーマに困ったことは一度もなく、日々息をしているのであれば書くことがなくなることはない。書くことはとても楽しいと思う。趣味であり、生きがいでもある。
2022/03/31
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パートナーに、20年はあっという間だったかどうかと尋ねられた。そうだなぁ、うーんと考え込んでしまった。あの時私は21歳で、26歳で発病したりとこの20年で実にいろいろとあったが、父親のことだけに関しては時が止まってる。他のことは進むのに、父のことだけが進まない。それが一人の人間がこの世を去るという意味なのかもしれない。そんな気がする。
2022/03/30
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一緒に住んでいた祖父が死んだ。魂の抜けた死体というものを初めて見て、死へ興味を抱き始めた。父は養子だった。結婚当初は父姓を名乗っていたが、祖父の死を機に母姓に変えた。離婚したの?と聞かれた。まだ小学3年生だった私は、離婚をしたら名字が変わることを知らなかった。何か悪いことをしているような気持ちになった。家庭を牛耳っていた祖母も死に、その後震災に襲われた。古い木造の家だった為住み続けることができなくなり、同じ市内のこの家に引っ越してきた。それが高校1年生の冬。ここから私たち家族はすべてが良くない方向へと傾いていく。越して来て私はすぐに引きこもるようになった。母はC型肝炎で入院。そして、父も変わった。新しい家に移り住んだことで、養子という何か目に見えないもので縛られていたものから解き放たれたのか、日に日に塞ぎ込むようになっていった。休日は朝から晩までじっと部屋に閉じこもって一言もしゃべらない。むっつりして顔は落ち窪んでいた。そんなある日職場の上司から電話がかかってきた。お父さんが倒れました。尚、すまんのぅ、これが最期の言葉だった。一人妹だけはまともで気丈だった。父と母、更には私を細目で見て育ち、我が道を自力で歩む術を着々と身に付けるようになっていった。ここに未来はない、見切りを付けようと悟ったに違いない。大通りを肩で風を切って突き進む布石は早くもこの頃から打っていたのである。将来の夢はなんですか?と聞かれ、満面の笑みでお嫁さんになることです、と答える友達がいたが、幼いながらに不思議でならなかった。そんなものわざわざ夢にしなくても、みんな当たり前のように大きくなったら結婚して子どもがいるじゃないかって。それは決まっているんだって。が、成長するにつれ、だんだんとそうではないことに気付き始める。なるほど、結婚しない人もいれば子どもがいない夫婦もいるんだと世間を見た。私は無事に大学を卒業し社会人となった。ほとんどと言っていいほど結婚にも出産にも興味はなかったが、漠然といずれは私もと思っていた。そんな矢先に26歳で発病。奈落の底に突き落とされた私は、足を引きずり引きずり我が運命を知る。おそらく私は子どもは産めないんだ、と。怒涛の歳月が過ぎ、現在41歳。30代の終わり頃から老いを感じるようになっている。とっくの昔にわかってはいたが、私には子どもがいない人生だったという確定の判子を押されたのだった。尚家は私で尽きる。最後の請負人として責任を持って尚家を終う。それが私の宿命。
2022/03/29
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「素朴ほど気高いものはないと思ってるんだ」「それに素朴ほど興味深いものもないしね。文学はすべて素朴であってほしいし、(できるものなら)すべての作家が素朴であることを願うよ」「シークレットブーツは所詮虚栄でしかありません」「だが、ひとつの問題が片づくと、別の問題が生じた」「彼らが金の大半を使い果たしてしまったとしても、それ以上に消耗し尽くしたのはむしろ分別だった」「実は自分という存在は、考えているよりもずっとかっこ悪く、恥ずかしい生き物なのかもしれません。それでも本来は、そんな自分と向き合い、うまく付き合っていくべきなのです」「彼は饒舌という嘆かわしい弱点を持っていた」「死者を咎め立てするのは二重に罪深いこと」「私の経験によれば、この世では利益は常に期待を下回る」「過去があってこそのあなたよ」
2022/03/28
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「われはわが科(とが)をしる。わが罪はつねにわが前にあり」「現世のむなしさ ー 来世の真の現実と歓喜」「死者をどう憐れむんだ。生きるのさえ大変な我々が」「十四日、十三日、十二日、十一日、十日、九日、八日と水が漉(こ)されるようにすぎて、」「現在が、現在がすべてだと言うのに」「神様はまだ私を試練に会わせるのだろうか?」「そこから逃れる道はない ー 逃れる道はない ー たださきへ進むしかない ー」「人生とは、とてもふしぎなものだ。未来は不明。死後の世界はあるのだろうか ー 私を喜んで迎えてくれる神なんているのだろうか?本当に?」「生きていても少しも楽しくありません」
2022/03/27
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自分でも笑ってしまうのだけど、最近、きれいな仰向けで朝目を覚ます。病気になる前は、10cm以上のハイヒールばかり履いていた。ヒールのない靴など一足も持っていなかった。だから体は大きくS字に湾曲していたらしく、腰が痛くなるので仰向けで寝ることができなかった。が、スニーカーしか持っていないという生活になってかれこれ15年。散歩が趣味であり、ストレッチをするなど日々体に気を使っている。すると、仰向けが一番自然なんだなということに気付いた。寝入る時も仰向け、起きる時も仰向け。仰向けに勝るものなし。
2022/03/26
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更年期の本を読んでいて思ったことは、本当に人それぞれ個人差が大きいのだなということだった。9割もの女性が更年期症状を経験するらしいが、症状はなんと200種類もあり、おそらく更年期の女性は、その中のいくつもの症状を常に同時に感じているという勘定になる。大体50歳頃に閉経するのが一般的で、その前後5年ずつの計10年間を更年期と言う。ということはこれらの症状を抱えたまま55歳頃まで生活することになる訳だが、ちょっとあまりにも非現実で唖然としてしまった。私はまだ始まったところなので、今から15年間ほどが一応の目安となると思われるが、いやはや長過ぎやしないだろうか?よく言われるホットフラッシュや肩こりや腰痛や疲れ、頭痛、冷え、不眠、動悸、イライラ、めまい、気分の落ち込み、胃の不快感などがまず挙げられるらしいが、私もザッと指折り数えただけでも10個ほどはある。じっと考えてみても、これらをすべてどうにかしようとする方が逆に難しいのである。約15年間という長い目で見て、いかに上手く付き合っていくか、友達になって共存するか、という方向へ考えを転換させねばとひしと思った。やっぱり、病気であることが普通になった時と似ている。足のしびれは発病してから一秒たりとも止まったことはないので、これと同じだ。少し時間はかかると思うけれど、更年期の症状である体が普通になって、なんとか自分を労りつつも機嫌良く暮らせるようになれば、それで万々歳だよねって思った。それにしても、世の先輩女性たちはすごいの一言に尽きる。後輩として敬服する。
2022/03/25
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図書館で更年期の本を借りてきて、3冊ほどザッと読んでみた。本格的な専門書のようなものではなく、誰でも理解できるようなイラストを交えてわかりやすく解説してあるものを。ハハハとおかしくって笑ってしまった。私、その通りだなって。本に書いてあるモデルコースのように更年期に差し掛かったんだなって。3冊ともどれも書いてあることは似たり寄ったりの内容だったが、私の症状は実に順調な更年期のスタートらしい。笑えるね。気持ちが少し楽になった。他の病気を疑っていたということはなぜかまったくなく、とにかく初めての経験なので戸惑い、不安だった。こういうことは特に個人差の大きいことだろうから尚更である。なぁーんだ、これで良いんだ。早くこの体に慣れてくれたらいいなと思う。これが普通になってしまえばたぶんなんてことない。病気になってこの体が日常になった時と同じことだもの。とは言え、養生することが大事らしい。無理はせず、しんどいと思ったら休む。それに越したことはないんだって。もしこの先、どうにもこうにも生活に支障をきたすようになってしまったら、意固地にならず薬を飲むことも考えようと思っている。兎にも角にも、順調に老いてきた。
2022/03/24
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最近では更年期の症状を感じるようになっているが、おそらく私は過敏だから、ほんの少しのホルモンのバランスの変化にもすぐさま反応しているのだと思う。早くこの毎日に慣れるしかないのかなと思う。一つ新たな超過敏症状が増えただけだと思えば、そう大したことはないか。とは言え、こんな体質だからこそ、私は尚として成り立っているのであった。完
2022/03/23
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低気圧や台風、満月など、宇宙での規模が大きく精力が甚大なものにも私の身体は顕著に反応する。冬は頭痛が続くことも多いし、そもそも曇や雨の日が大嫌いだ。とにかくぐったりとしんどくて、瞼が下がってきて開かない。度々寝込むこともあって、昔はその度に頭痛薬を飲んでいたのだけれど、びっくりするほど効かないので止めた。きちんと夜に眠ると翌朝治っていることがほとんどなので、頭痛がすればサッサと寝るに限るという結論に至った。頭痛というものが私の人生の中では一種のバロメーターのようになっている。ちょっとでも頭が痛いとか重たいとか、もやもや晴れないとか、何かそういう異変を少しでも感じた時には、それは要注意の合図なので、必ず休息を取るようにしている。無理が一番良くない。これは長年の経験から得た知恵であり、特に自然から影響を受ける頭痛は自分ではどうにも対処しようがない。猫のようにじっと丸くなって時が過ぎるのを待つのみである。それでも、以前は毎日頭が痛かったので、これでもだいぶん良くなった。
2022/03/22
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地道にコツコツと海外文学を読み進める日々。図書館でこれから読む本を借りる時が好き。期待に胸膨らむ。先日散歩に出かけたら、たかが2時間ほどの間に4匹もののらねこちゃんに遭遇した。その内黒ねこちゃんが2匹。黒ねこという種類は、他に比べて実に表情豊かで人間味があるように思う。いつの日かねこちゃんを飼うことをずっと夢見てる。夢見ている時が一番楽しい。ベストショットでしょ?(笑)
2022/03/21
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半身浴をし始めて5年と8ヶ月。丸2年、化粧をしないで過ごした。少なくともマスク生活の間は化粧はしないと決めている。だいぶん皮膚は甦ったと感じる。ところで、更年期の症状というものは9割の女性が経験するらしいが、その人の“弱いところ”に現れるんだとか。言わずもがな私は皮膚と神経なんじゃないかしら?顔の湿疹がちょっとひどい。花粉の季節ということもあり、しばらくは続きそう。と言っていたら、急に暑くなって、大嫌いな汗をかく季節到来なのであった…。次から次へとちっとも休まる暇なんてないし、やっとその季節に順応したと思ったら次の季節がやって来る。まだ3月なのに、もう日傘差した…。そして、1年の中で一番太って蓄えがあるのは今である。少し暑くなるだけで一気に食べられなくなるので、この冬は蓄えられただけ良かったとしよう。たぶん2、3kgは増えたよ。背中の湿疹と両耳の中の湿疹もちゃっかりぶり返している。先日久しぶりに耳垂れがひどく寝られないので、耳にティッシュを突っ込んで寝た。唯一、今年は手のあかぎれが少ない。保湿を始めたので、たった数滴の保湿だけでこんなにも潤って過ごしやすいのかと目から鱗である。手の平の湿疹はほぼ完治した。見るも無残な夥しい数の水ぶくれが手の平一面を覆っていたが、今は僅か数える程度にまで減った。指紋もちゃんとある。腫れて一回り大きかった手も、きれいに引いてほっそりしている。ようやくここまで来た。顔の左側の痙攣は続く。止まる気配さえもない。更年期って自律神経が乱れるから起こる症状らしいけど、え、まさか、更年期の症状が出ている間ずっと痙攣も止まらないなんてことはないだろうね。やめていただきたい、本当にやめて。これが冒頭に書いたその人の“弱いところ”に出るという意味なのか…?花粉症は、いつも9割方目の症状だが、今年はほとんどない。多少しょぼしょぼする程度で済んでいる。いつの日か治るのかもしれない、花粉症。
2022/03/20
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「生涯において躊躇してはならないときに宿命的に躊躇してしまった」「神様、どうかお慈悲をいただけますように。あの子の罪が緋色のようでありましょうとも、雪のように純白にしてくださいますように。その罪が深紅のように赤くあろうとも、羊毛のように白くしてやってくださいますように」「希望を失っちゃいけない」「どんなに欠点や短所があるにしても、なんといっても自分の母親ではないか」「夢は寝て見るもんだ」「絶望してはいけない。たえず祈るのだ ー なぜならば、祈りのなかだけに、祈りと悔い改めのなかに救いがあるのだから」「<それにしてもあまりにもこの世には自らの思考力という機能を甘やかし、怠惰にし、そんな中途半端な状態でも、自負や虚栄で自分を固めて生きている人が多すぎるんじゃないかと多々思うのです> ヤマザキマリ」「高度に限定された生活のなかでは、自分自身の内部に慰めを見いだすしかない」「わが光、わが力」
2022/03/19
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美術館。20年以上私の趣味の頂の座に君臨し続ける美術館。最近は、吟味に吟味を重ねてどの美術展へ行こうか決める。大好きな美術館を天秤にかけるなんて言葉であしらうことに気が引けるが、実際天秤にかけて考えている。これは是非行きたいから第一候補。これはおそらく長年の勘からさほど大したことはないと思われるから却下。これは何度も観たことあるから見送ろう。これは今回を逃したら当分は観られないと思うから、自らの好奇心を削ぐようなことはしたくない、行きたいから行く。美術館との向き合い方も変わった。行きたいものにすべて行ける訳ではない。数を厳選する。行ったのなら存分に実りある時間を過ごしたいから、より体調の良い日に出かけ、よりじっくりと目を皿のようにして観るようになった。美術館への深い愛情。私の精神を養ってくれるもの。揺るぎない趣味である。
2022/03/18
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「困難を切り抜け前に進むのです」「人生には暗黒がおおいかぶさるのはよくあることですけど、そういうときこそ勇気をふるい起こすのが必要なんです」「だけど、いいかい。泣いてみたって仕方がないんだよ。泣いたって問題の解決にはならないんだからね」「私はこれで引き揚げる」「比較は無為です」「戸口に立ちどまった。人生というものの容赦のない、説明のつかない、無関心な力に直面して無力な人間の憐れさを見せながら!」「だが、人間って死後も生きてるものだろうか?幽霊っているんだろうか?そして、幽霊たちは真実を知っているんだろうか?」「慎んで辞退を」「また歩き始める、その日のために」「しかし、いまとなっては ー いまとなっては!」
2022/03/17
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そもそもカフェへ行くことが趣味になったのも病気になってからのことである。足がちょっとアレになったので、頻繁に座って休憩しなければならなくなった。となると気軽に入れる喫茶店やカフェである。それまでの人生、飲食店に興味を持ったことなどこれっぽっちもなかった。まだ今のようにカフェなんてあちこちなかったし、飲食店とは食べる為に行くところであり、そこでゆっくり時間を楽しむなんてことには考えも及ばず、ただ空腹を満たすだけの場所という感覚だった。いえ、あまり飲食店で食べたこともなかった。何か誕生日とか特別な時にだけ訪れるものだと思っていた。ましてや引きこもっていた訳だし、大学生の頃はピアノを弾くのに忙しく、友達もさほどおらず、社会に出た時は社会に馴染むだけで精一杯でわざわざカフェへ出かけるなんて考えも付かない。が、発病して休憩がてらカフェへ入り、まだスマホなんて持っていないから、ちょうどこれまた病気がきっかけで趣味になったばかりの小説をおもむろに開く。これがまぁ実に有意義な時間だった。コーヒーは以前から好きだったので、もちろんマスターにコーヒーを淹れてもらって。こうやってふらりと気になったカフェへ行って小一時間過ごすことがおもしろくって仕方なくなった。勘を頼りに路地裏へ入り込むと必ずや情緒溢れる喫茶店やカフェがあった。なんて楽しいんだろう!それが今やなくてはならない散歩という趣味にまで繋がっていったのだから、カフェには頭が下がる思いである。振り返れば、発病してから思いも寄らない趣味がよくもまぁこんなにも増えたものぞ。写真もそうだ。散歩していたら道端に楚々と咲く草花や逞しく生きるのらねこに惹かれていったんだった。やっぱりカフェという趣味はこれからも続けたい、うん、続けよう。
2022/03/16
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甘いもの。食べるとふと幸せになれる。コーヒーを辞め、我ながらよくがんばったと自負する一方で、心に隙間風が通るようになってしまった。あの楽しかった喫茶店で過ごす時間。懐かしいなと遥か遠くを見る。今でもカフェへ行くことは趣味だ。ホッと一息つく時間は生きていく上でどんな時も必要だなとつくづく感じる。で、甘いもの。コーヒーを辞められたら次は甘いものを控えようと思っていたが、とんでもない、ちょっと今の段階ではできないと断言できる。このご時世少しぐらい楽しみがないとやっていけないし、ついでに更年期も始まって、あれも辞めこれも辞めとどんどん趣味がなくなってゆくことは、私にとってはむしろ逆効果だと痛感した。神経過敏の私の体の為には、コーヒーを辞めて心から良かったと思っている。コーヒー時代という輝かしい日々を過ごすことができ、私の立派な趣味の一つだった。またいつの日か、コーヒーが趣味と言える日が来たらいいなと思う。人生において、体には良くないかもしれないが、嗜好品を楽しむことも少なからず大切なことで、それはきっと生きがいにも繋がると思っている。コーヒーはもう過去のことであり、執着することはしない。去る者は追わず。だから、我が心の為にも、もう少しの間甘いものに幸せを分けてもらおうと思うようになった。今は体の為に辞めることよりも、老いが始まった自分を労って癒やしてあげることを優先したい。
2022/03/15
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唯一、舌だけは鈍感かもしれない。その他があまりに敏感なので、頭の片隅に追いやられているらしい。幼い頃は非常に偏食で食が細く、好物はトマト。食べることにまったく興味がなかった。が、幼稚園の年長から中1まで水泳を習っていたこともあってか年々丈夫になり、更には中学でブラスバンド部に入りクラリネットを吹いていた。それはそれは鍛えられた。文化部だが、毎日校舎の周りを何周も走ったり筋トレをしたりして、まるで運動部のようなトレーニングを積んだ。人並みに食べるようになったのもこの頃からで、体が一回り大きくなってがっしりして、ようやく体が出来上がったのだと思う。思春期というやつである。今では好き嫌いはさほどない。バナナだけは食べられないのと、牛乳をそのままで飲むことはできないが、幼い頃大嫌いだった納豆なぞは今や毎朝食べるようになっていて、もうおいしくって仕方ない。要するに味覚も老いたのだろう。ただ、お刺身は苦手かもしれない。魚介類は好きだけど、火を通していない生ものがちょっと食べにくい。お寿司と言えば最高級のご馳走だが、私にとってはまったく以てそうではない。むしろ一生食べなくていい。結局は和食が大好きである。昔ながらの煮炊き物の素食というものほどおいしいものはないと思っている。素食は心身落ち着かせてくれ、体はもちろんのこと、緻密な精神を創造してくれるように思う。半年に一度ほどか、今日はちょっと贅沢したいから奮発しようという時には、決まって天ぷら蕎麦を食べに行く。大好物である。後は甘いものが好きである。これはコーヒーの次に控えたいと思っているものだが、なかなか時間がかかりそうである。というか、カフェ巡りが趣味だから、行きたいカフェをリストアップして順番に巡っているし、この趣味は当分は辞めたくない。肉も魚も食べる。どちらも同じぐらい好き。ファストフードやインスタント食品は滅多に食べないけれど、食べ物に関しては何ら問題なく毎日おいしくいただいている。
2022/03/14
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ついでなので、その人にとって心地良い音楽とは何か、ということについても書いておこうと思う。技術ではさほど上手い訳でもないのに、なぜかこの曲が好きだな、とか、この歌手のファンだ、とかいうものをきっと誰しも感じたことがあるかと思う。ロックやポップスなど自分の好みのジャンルであるとか、その歌手の声が好きとか、そういうことを言っているのではない。ただ、一つの曲として、その曲が自分にとって心地良いと思うかどうかという意味で捉えてもらいたい。それは何かと言うと、波動、つまり呼吸なのである。自分の中に流れる呼吸とその曲の呼吸が極めて近い時、人はその曲を心地良いと感じる。音楽に合わせ自然と体が揺れる、気持ちがいいなと思うところでスーッと曲が終わる。ふぅ〜と吐息が出て非常にリラックスする。呼吸が合うこと。それがその人にとっての心地良い曲である、という所以である。
2022/03/13
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体を冷やさないように気を付けるとか、半身浴をするとか、ウォーキングをするとか、ストレッチをするとか、カフェインは控えるとか、ストレスを溜めず休養するとか、“ホットフラッシュ”という急に汗が出た時の為に服装を工夫するとか、対処法はどれもこれもこれまで地道に取り組んできたことばかりらしい。私は病気の症状を和らげるために自分治療を始めた。かれこれ10年以上前のことだ。これらはすべて更年期の症状にも良いことだった。特にコーヒーに関しては辞めてから既に1年3ヶ月ほどになるが、こんなベストなタイミングでこういう風に老いの始まりという時が流れて、今となっては更年期症状が始まることを見越しての判断だったのかもしれないと思ってしまう。いわゆるホットフラッシュとは、急に多量の汗が出る症状のことを言うらしいが、私なんて早々と10代の頃から闘っている。最近になってようやく落ち着いたが、これに関しては大ベテランだ。今後またこの症状が出たとしても、ちゃんと対処できる自信がある。神経を鎮めよう鎮めようと日々努力してきた甲斐はあったと思う。きっと更年期も乗り越えられる。すべては繋がっていた。いつしか点は線となっていた。
2022/03/12
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ピアノ教室に通っているもんもん。去年はこのご時世の為発表会は中止だったが、今年は月末に発表会開催が決まっているとかなんとか。それぞれがママと連弾する。で、珍しく妹から連絡が。なんと1時間も練習したんだとか!(妹が)小学生の頃は、私たち姉妹でいろいろと同じ習い事をしていた。ピアノ、児童合唱団、水泳、絵画、習字、ガールスカウト、他にもまだあったかもしれない。毎日何かしらの習い事へ行き、ままそれなりにどれも楽しかった思い出がある。が、得手不得手というものは誰にでもあり、私はピアノ、絵画、水泳が好きだった。そして、妹は児童合唱団、ガールスカウト、水泳が好きなようだった。お察しの通り、私は単独型、妹は集団型、生まれ持った性格はこの時から既に発揮されていたらしい。(因みに習字は母の師匠の元へ一緒に付いて行ってたらついでに習うハメになってしまって、まぁ義理でした。全然好きじゃなかった。これは妹も感じていたらしく、ここだけは意見が合います。)少し話は逸れてしまったが、家でピアノを練習している妹の記憶はない。要するに集団型である妹にはピアノは向いていなかったのである。とは言え、簡単な楽譜であれば読めることは読めるので、今になって愛する我が息子たちの為にがんばって練習している模様。双子に恥をかかせる訳にはいかないと言っている。がんばれ、妹。ここから応援してるよ。
2022/03/11
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美術館のチケットを運良く安くで手に入れることができたので、ウキウキワクワク行って来た。最近なかなか行く機会が減ってしまって、ちょっと久しぶりの美術館。へへへ。大満足♪気が付いたら2時間半もいた。カフェで休憩しながら、あれが良かったこれが良かったと頭の中でもう一度美術館を一周し、有意義だった時間が更に有意義になって頬をポッと紅潮させて帰宅。あ〜楽しかった!今日は喜びを噛み締めて寝ます。
2022/03/10
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鬱っぽい、やる気が出ない、何をするのも面倒臭い、すぐに疲れる、めまいやフラつき、肩や首のコリ、今の症状はこのような感じかと思う。この体が常となる。少なくともこれから十数年は。そもそも私には病気という土台があるので、どこまでが更年期の症状でどこまでが病気の症状なのか、自分でも定かではない。いえ、これからもっと曖昧になっていくのかもしれない。しかも私は以前からPMS(月経前症候群)もひどい時があるし、今はその増えた症状が更年期のものだと判断できるが、今後は、病気も更年期もPMSも、いずれ3つの症状の境目がなくなって、どれをもすべて含めての“体調”という一括りになっていくと思われる。なんだかいろいろとのしかかって来るなぁ。以前、ある人気モデルの方が、40代が一番楽しいと言っていたのが記憶に残っている。どこが?って思う。私の40代のスタートは散々だった。一方で、あまりに辛く仕事を辞める方もいるのだとか。それほどまでにどうにもこうにも生活ができなくなったら、私も薬を飲もう。でも、ホルモン剤や精神安定剤などは、私の身体には余計に負担になるような気もしなくもないが…。ようやく月経が整って晴れやかな気分になっていたのも束の間、早くも更年期症状が訪れるとは。人生とはなんて皮肉なものよ。
2022/03/09
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「未来は自身一つにかかっている」「精一杯のことをするにしても、限度があってね」「自分という個性は厄介な絆や妥協から自由でありたいと願っていた」「出かけてさえいれば、ほとんどたえず目の前にある恐ろしい災厄という幽霊から自分の気持ちを解放することができた」「孤独な心は孤独な心を求めて、」「果報は寝て待てって言うじゃないの」「そう、だけど待ってばかりってこともあるからな」「そして、人生や心配事に疲れはてた人が行く場所のような気がした ー 世間の争いごとを離れたいと思っている人たちが、賢明な、しかし暗澹とした判断をこめて出かけたいと思っている場所のようだった」「結婚は非常に神聖なもので、子供は祝福です」「逃げるのが本能」
2022/03/08
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だから、テレビを付けっぱなしで生活するとか、そういうことは絶対にできない。耳がうるさくって仕方ないから神経がいつもピリピリしてしまう。テレビを見る時は、テレビの前に齧り付いて、その番組を見る為だけに付ける。そして見終わったらすぐに消す。見る時は録画して見ているので、CMはすべて飛ばして。受験生の頃、音楽を聞きながら勉強するという友達が何人もいた。私は信じられなかった。音楽を聞きながらどうやったら勉強なんてできるのかと疑った。なんてことはない、その友達たちは私のように耳が敏感ではないのであった。当時は思春期だったのでちょっと羨ましくもあったが、私は結局みんなが寝静まった後のシーンとした真夜中に一人黙々と勉強することが好きだった。
2022/03/07
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「あんなに多くの人たちがあんなにも幸福そうで、あんなにも成功している。何をすればいいのだ?どっちを向いて進めばいいのだ?ある一つのことを ー 自分を成功させてくれそうな何かを、選びだして熟達するにしても、いったい何がいいか?」「イエスの愛はあるがままのわが身を救いたまい、神の愛はわが歩みを導きたもう」「まったく人生は厳しいものだ。いずれにしても、なんてあらあらしい世界なんだろう」「記憶っていいかげんね」「夢があるのはいいことです」「無い方が楽なこともあるよ」「全世界を手に入れても、魂を失えば何の価値もありません」「実を言えば、彼は成長する可能性のない人間だったからだ。多くの人たちが、人生の道筋や事実のなかから直接自身を向上させてくれるような特定のものや、さまざまなものを選びだす知的な明晰さや精神的な方針に明らかに欠けていた」「人生は、ときにひどく異様で冷酷になる」
2022/03/06
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半身浴をし始めて5年と7ヶ月と半月。あっという間に3月へ。2月はあったっけ?私、何してたっけ?息はしてた。じゃあよしとする。2月はちょっと体がしんどかった。心身弱っていた。世界が良くない方向へ進んでしまったからかもしれない。散歩にもあまり行かなくなっている。図書館にはホイホイ行くし、寒いのは好きだから出不精って訳ではなくて、ただただ歩く為だけに外出するのは本当に面倒臭い。家でじっとしていたい。それだけ。プレ更年期に差し掛かったのが30代終わりから。そして今年に入って本格的な更年期へ。なんだかこれまでとはガラッと違う。自分でもびっくりするほど体が変わった。ヘルペスも頻繁にできるし、月経も不順だし、その他さまざまな不調が現れてきて、要するに自律神経が乱れているってことだ。そりゃあそうだ、ホルモンバランスがこれから閉経へと向けて180度変わろうとしているんだから。が、汗が出ることはめっきりなくなった。なんと、この冬はゼロ!こんな冬を過ごしたことは初めてだし、なんだか一つ大きな山を乗り越えられた気がする。すごいよ、私。両耳の中と背中の湿疹が大いにぶり返した。花粉の季節と春が近付いているからかと思われる。かゆい。また黄色い汁がたくさん出ている。うつ伏せに寝ることが大好きなのに、べちゃっと耳を布団に付けることができないから、一人むくれている。日傘を差している人をちらほら見かけるようになっている。よーくわかる。2月の末から陽の質が変わったから。妹が3回目のワクチンを打った。ものすごくしんどかったんだって。
2022/03/05
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父が突然亡くなった時、いろいろな人から、かわいそうに、って言われた。近所のおばちゃんや親戚やピアノの先生にまでも。ちょうどその5年後に発病して病院のベッドに一人横たわって眠れぬ夜、あ、それは違うな、と思った。かわいそうだったのは残された私たちではなく父だ。当時はその言葉を疑いもしなかったが、一番かわいそうだったのは父ではないか。私たちには命があった。明日という日があった。父にはそれがなかった。
2022/03/04
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ある映画を観た。映像はとってもきれいだけど内容は乏しく、傑作とは言い難い。と、主人公の男性が、不倫相手との逢瀬を企み、替え玉を用意して妻を欺くシーンがあった。このシーンが妙にユーモラスで、この5分間ほどのシーンを観んが為にこの映画を選んだのか?と言っても過言ではないほど満足した。先日、地元を散歩していたら、ちょうど小学生の下校時間だったらしく、校門からもんもんのような年恰好の子どもたちが一斉に飛び出して来た。色とりどりのランドセルが揺れている。と、私の目の前で一人の男の子が絵に描いたようにすってーんと転んだ。長ズボンは破れ、めくって膝小僧を見てみるとみるみる血が滲んできて、今にも泣き出しそうな顔になっている。大丈夫?と声をかけ、このご時世常日頃持ち歩いているウェットティッシュをあげた。そういえば、最近これとまったく同じ体験をした。同じように、私のすぐ前で男の子が転んでケガしたので、ウェットティッシュをあげたのである。このまったく同じ2回の出来事は、一体何を意味するのか…?
2022/03/03
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このご時世も3年目、「趣味」というものについて考えることが増えた。私の趣味は、読書、美術館、映画、カフェ、散歩、写真、掃除など、以前はコーヒーも。読書、映画、カフェ、散歩、写真、掃除、に関してはずっと変わらず私の生活を潤してくれるものとして楽しんでいる。問題は美術館とコーヒーである。趣味と言えばまず真っ先に挙げる美術館だが、行く回数が明らかに減ってしまった。それはこのご時世で休館になったり時間予約制になったりして、とにかく行きたいと思った時に行けなくなったことが原因であるが、その時の勘を頼りに人生生きてきた私にとっては、これが想像以上に辛いことだということを初めて知った。感性にも波があって、ものすごく感受性豊かな日とそうでもない日というものが必ずあり、これは女性の月々のホルモンバランスによっても大いに変化する。何か煌めく感動を味わいたいと欲した時に美術館へ行くことが一番実りある訳だが、それを無理に操作されるこのご時世に腹が立つ。そして、チケットの料金がびっくりするほど値上がりしてしまい、致し方ないとは言え、気軽に行ける値段ではなくなってしまったことも多分に影響している。コーヒーに関しては、これはこのご時世関係なくだが、自分の体を考えて一旦は辞めてみることにした。完全に飲まなくなって既に1年以上経っている。何度もくどいようだが、やっぱり私の体の為には飲まない方が調子が良く、神経なるべく休まるように休まるようにとあの手この手を使って努めてきた甲斐はあったと思う。ただ、コーヒーは私の大切なかけがえのない趣味であった。喫茶店でコーヒーを飲みながら小説を読むことが最高に幸福な時間だったのである。このご時世で喫茶店へ行けないことを生かして辞めたコーヒー。驚くほどあっさりと辞めることができたが、このご時世だからこそ、このコーヒーという趣味はなくすべきではなかったような気がしてならなくなってきてしまった。ホッと一服する時間というものは生きる上で必要不可欠であり、少なからず私の人生を明るく彩ってくれるものであった。自分の意志で辞めているのにこんなことを言うのはとんちんかんだが、日々の楽しみがないと毎日が無色で終わってしまう。その辺りがのどがつっかえたように引っかかり、かと言ってきっと飲んだら飲んだでおいしいとは思えないだろうこともわかっているし、せっかく達成した目標をここでおじゃんにするなんて、そんなもったいないことはないとも思う。紅茶では、コーヒーのような恍惚は得られない。悶々と、そして趣味がいかに私の人生で大きな割合を占めていたか、心底思い知らされる毎日である。
2022/03/02
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私は生まれ付きこんな体質だから、確か30代になった頃だったと思うが、おそらくいずれ何かしらの更年期障害は現れるだろうなと予感はしていた。人によってはまったく症状が出ない人もいれば、あれもこれもと何十個も症状を挙げる人もいると聞く。もちろんそれぞれその度合いは違えど、きっと私は後者だろうと、否、どう考えても前者であるはずがないではないか。みなさんもうんうんと頷いておられることだろう。と考えると、やっぱり自分の体の声に耳を傾けて生活してきたことは良かったと切に思う。特に半身浴。靴下やズボンを何枚も履き、夜には必ず1時間以上の半身浴をすることを1年365日何年もずっと続けているが、もししていなかったら、寝込むほどの不調になっていたに違いない。まだ老いが始まったばかりだから何とも言えないが、これはもっともっと先になってから効果が実感できるものなのだと思う。とにかくこのまま日々続けていこう。みな歳を取るのだから仕方ない。生まれた時からたった一つの目的地へ、死へ向かって突き進んでいるのだから。なんとかその時々の自分と上手く付き合いながら、どうすれば日々楽しく過ごして一日を終えられるのか、趣味だけを楽しむのではなくって、何かそういうことも考えるようになってきた。今年42歳。人生熟してきた。
2022/03/01
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