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テーマ: 臨戦刀術(92)
カテゴリ: 臨戦刀術


 この最初の首切り役人山野一家の待遇というようなものの
記録として書き残されているところによると、
 身分は幕府の御家人で、今日でいう嘱託のような役柄であった。
給米は十人扶持というから現米年四十六俵で、同心と同格であったが、
このほかに試し銘という不時の収入があったから、
相当に豪奢な生活をしていたという。
 首斬り役人というよりもむしろ試刀技師といった方が適切で、
だから幕府の日記にも、

  ……常憲院(綱吉将軍)御代召出され候藝者(諸技藝者の総称)の書付、
 おためし御用山野勘十郎、今以て同高、おためし御用山野吉右衞門十人扶持。

 などと出ている。
 山野一家の素性は判然としていない。出生地も墓所も不明であるが、
その試しぶりや逸話は若干伝わっている。
 出羽國庄内十四万石の城主、酒井左衞門尉忠義が、
ある時江戸下谷の中屋敷に、山野勘十郎成久を呼び、
自ら指揮して庭前に土壇をしつらえ、
重い罪を犯した家臣某という武士及び仲間一名を重ねて生き胴を試みさせた。
 勘十郎は、左衞門尉の佩刀信濃守國廣作一尺八寸五分の脇差を揮い、
物の見事にこれを斬って落とし、土壇を払った。
この時、下の武士は両断されても死なずに眼を見開き、
上目づかいに左衞門尉を睨まえた。
 勘十郎が留めを刺そうとするのを押しとめた左衞門尉は、
佩刀にそりを打たせながら近づき、
「身に恨みを含むと覚えた。左程の魂のある者が、
両刀の手前雑人原と交わり悪事を働くとは何事じゃ。重ね胴では軽すぎたわ。」
 と、大音に叱りつけたので、その武士は眼をふさいで落ち入った。
この時共に臨席して、試刀にねた刃をつけたのは本阿彌光由であった。


 同じ寛文の頃、同じ庄内藩での出来事と書いてあるが、
やっぱり江戸屋敷での事らしい。
渡世は小間物の行商で、声のよい若い男が
ねらぼう という当時流行の人形をつかって商いをして歩いたが、
お屋敷で物を盗んだというので捕われ、同じく生き胴の断罪となった。
 (庄内の殿様はよっぽど生き胴がおすきであったと見える。)
 最期の土壇場で、この男、
一生の尾張だからせめて歌を一口うたって死にたいと切願した。
お許しが出て、はさみ竹をはずしてもらい、土壇に腰うちかけて美声を張りあげ、
 〽未生己前がなかなかましじゃ
     何の因果でしゃばへ出た
 とうたい終り、
「もはや思い置く事は露ほどもござりませぬ。如何様にもお切り試しをねがいます。」
 といいながら、再び土壇のはさみ竹に縛された。
 この有様を見ていた幕臣の中には、
さてもよい度胸だ、赦さるゝものなら助けて、草履とりに使いたい、
とささやいた者もいたという。


 ある時、北條安房守という殿様から、
古刀の極めて細い脇差で二つ胴を試すようにというお沙汰があった。
山野勘十郎成久は、その一刀を拝見してちょっと小首を傾けたが、使者に向かい、
「これで二つ胴を落とせとは少々御無理な仰せですが、
さればといって切らなかったら定めしお叱りの事でしょう。」
 といいながら二つ胴を仕かけさせた。
 非人どもは心得て、小柄な罪囚の屍体を仕掛けようとするのを見た勘十郎は、
「これではいけない、ずんと大きなのを二つ掛けろ。」
 といって、その日処刑した中でも一番大男の胴を据えさせ、
少々引き下がって件の小刀を抜き放ち、つかつかと進みつつ、
やッという掛け声もろ共に土壇を払って切り落とした。


 土佐の國主山内侯が、ある時勘十郎の父山野加右衞門永久に一刀を試させた。
 それは、山内侯からお祝儀を貰わなかったからだとも、
また何か恨みを含んでいたからだともいわれているが、とにかく
山内侯の大小姓(侍従武官のような役目。)江田文四郎の持参して来た佩刀を受け取り、
二つ胴をかけさせて切りつけたところが、上の胴の半分も落ちなかったので、
「さてさて鈍い御刀ではある。」
 とつぶやいた。
黙って見ていた江田文四郎は、この一言を耳にするや、かっとなって腕をまくった。
「天下のお試し役人に切れない刀で、 わし が見事に切ってお目にかけよう。」
 こういって立ち上がった文四郎は、主君の佩刀を大上段にふりかぶって、
物の見事に二つ胴を落とし、その上土壇まで払った。
「山野殿は、据え物を切っては天下の名人だそうなが、
さてさて心底は卑陋〔ひろう〕千万な御仁じゃ。」
 こういい終わると共に、その佩刀を我と我が足にかけ、
二つに、次いで四つに打ち折って投げ捨てた。
 列座の人々が総立ちになって顔色をかえているのを尻目にかけ、
「一旦悪口された刀は、國主大名の差料や持物には成りませぬ。」
と大手を振って藩邸へと帰って行った。
 かれは、待ちかねていた藩公に斯々〔かくかく〕と復命して罪を待ったが、
案に相違して御機嫌斜めならず、文四郎を選んでつかわしたのは、
斯様の事のあるべきを思ったからだといって、却〔かえ〕ってご賞美があった。






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Last updated  2015年01月17日 03時39分51秒


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