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カテゴリ: 陽明学


軍陣にてきずを被〔こう〕ぶり、うち死にするは不孝にて候わんや。

師の曰く、それは大なる心得そこないにて候。
不義無道〔ふぎ ぶとう〕なる事にてそこないやぶるが不孝なりと云う義なり。
孝経に身体髪膚受 之父母 、不 敢毀傷 孝之始也
(身体髪膚は之を父母に受く、
 敢えて毀〔そこな〕い傷〔やぶ〕らざるは孝の始め也)と示したまう。
此の毀傷〔きしょう〕は血肉〔けつにく〕の身体髪膚をそこないやぶることにはあらず。
孝徳をそこないやぶることなり。
仁〔ジン〕ヲ害〔ソコナ〕ウとのたまう害の字の意〔こころ〕なり、
血肉の身体髪膚のことにはあらず。孝徳の形体のことなり。
仁者人也(仁は人なり)とのたまう人の字の意、
形色天性也、惟聖人然後可 以践 一レ
(形と色とは天性也、惟〔ひと〕り聖人にして然〔しか〕る後以て形を践むべし)、
と発明されたる形色〔けいしょく〕の字の意なり。
此の聖摸賢範の心は人間の身体髪膚は本来
天性仁孝の凝聚〔ぎょうしゅう〕なることを示したまうものなり。
孝経に示したまう身体髪膚これなり。
しかる故に天性仁孝の道を心にまもり身におこなうときは、
たとい血肉の身体髪膚をばそこな(毀)いやぶ(傷)るというとも
不孝にあらず、孝行なり。
血肉の身体髪膚をそこないやぶるといえども、
天性仁孝の身体髪膚をそこないやぶらざる故なり。
身成 仁(身を殺して仁を成す)とのたまうは此の意なり。
天性仁孝の道を心にまもらず身におこなわずして悪逆無道なるときは、
たとい身を全〔まったく〕して毛一すじをこないやぶらずというとも、
孝行にあらず、不孝なり。
血肉の身体髪膚をばそこないやぶらずといえども、
天性仁孝の身体髪膚をそこないやぶる故なり。
曾子曰戦陣無 勇非 孝也
(曾子曰く、戦陣にして勇〔ゆう〕なきは孝に非〔あら〕ず也)。
此の賢範の意は軍陳〔ぐんぢん〕戦場にて武勇にはげみ、
さきがけをしをたて軍功をなすときは、
疵〔きず〕を被ぶり討ち死にするが孝行なり。
若〔も〕し武勇にはげまさず軍功をたてざるときは、
縦〔たとい〕臆病の悪名〔あくみょう〕をうけずとも不孝なりと
いましめめされたり。
陳明卿曰、若有曾子之心、
即竜此之身首分裂与啓手啓足一般不然即老死牖下亦与刀鋸僇辱何異。
(陳明卿曰く、若〔も〕し曾子の心有らば、
 即ち竜比〔りょうひ〕の身首〔しんしゅ〕分裂〔ぶんれつ〕と
 手を啓〔ひら〕き足を啓くこと一般なり。
 然らざれば即ち牖下〔ようか〕(※家の中)に死しても
 亦〔また〕刀鋸〔とうきょ〕の僇辱〔りくじょく〕と何〔なん〕ぞ異ならん)
これは論語の曾子臨終のとき、門弟子〔もんていし〕を呼びて
予手 予足 (予が手を啓け、予が足を啓け)と云いて、
詩を引いて不 敢毀傷 (敢えて毀い傷らざる)の心法を示されたることを記せり。
曾子の本意は血肉の身体髪膚をそこないやぶらざるところをもて、
天性仁孝の身体髪膚をそこないやぶらざることをあかしめされたる事、
孝経の聖謨〔せいも〕のごとし。
しかるを章句の儒者、曾子の本意をさとらずして、
只〔ただ〕血肉の身体髪膚をそこないやぶらざることなりと
講説するによって、陳氏此の発明あり。
此の語の意は全孝の心法をよく受用すれば、
竜逢〔りゅうほう〕、比干の諌〔いさめ〕めて、
し(死)にめされて身体髪膚をきりやぶり身首分裂したるも、
曾子手足を啓いて一毛もそこないやぶらざることを示されたるも、
同じ孝行なり。
もしまた全孝の心法をよく受用せざる人は、
八十九十まで年老いて我が家のうちにて病死して
毛一すじそこなわずというとも、
刀にてきられ鋸にてひかれぬる刑罰にあいたるはじ(恥)とおなじ
不孝なりと云う義なり。
よくよく体認あるべし。





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Last updated  2016年11月05日 06時51分23秒


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