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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

馬糞玉の怪物

 黄家樓の軍刀修理工場は、馬小屋の隣りの、傾きかけた廂〔ひさし〕の下に設けた。
何百という兵隊がほとんど全部野宿している中の一構の廂なのだから、贅沢なものだ。
廂というのは半ば腐った こうりやんがら で、三畳敷ほどの土間に叺〔かます〕を敷き、
砲弾箱を作業台とした工場で、
すぐ前の空き地には、軍馬が五、六頭つないであり、
隣りの馬小屋は、馬糞がちらかっている上に、 こうりやんがら を厚く敷いて、
数名の将校の宿舎になっている。
 この修理工場に座り込んで、一心不乱に作業を続け、
一寸一寸ぷくつけて何げなく地面に目を落とすと、
不思議ではないか、直径一寸ぐらいの馬糞の玉が一つ、
ころりころりとひとりでにこちらへ向かってころがって来る。
その後からもう一つ。広い地面の、あっちこっちにも、そうした糞玉がころがっている。
この馬糞玉の怪物に、作業の手をやめて立ち上がり、眼鏡をかけて熟視すると、
なんと、身体の平べったい黒色の こがね 虫がするしわざであったのだ。
かねて話を聞いていた“糞玉押しこがね”という、日本にいない特殊な虫だとわかったが、
こうした大激戦のさ中でこいつを見ようとは思わなかった。
 あまりにも珍しい発見なので、自分はその辺にいる兵隊を呼び集めた。
誰も彼も、戦争の事で夢中になっていたためか、
こうした事には一向気がつかなかったものと見え、
「へえェ、珍しい生きものだ。」と、しゃがみ込んでその虫の動作を熟視するのだった。
 糞玉を製造してはこれを輸送する虫の一連は、
孜々営々〔ししえいえい〕として盛んに運んで行く。
何しろ、軍隊の馬で、どこもここも馬糞の豊富なせいか、虫の数も多い。
最初は、糞の塊を少しずつかじり取り、
それをこてのような形の前脚で巧みに丸めて豆粒ぐらいな団子にする。
それが実に堂に入ったもので、ちょっとの間に大きくつくりあげる。
最初つくった豆粒ぐらいなやつを糞の上にころがし、
前の脚の先で糞をおさえつけては次第に大きくし、直径1寸ぐらいにすると、
今度は前脚を地につけて、逆立ちの格好となり、
後脚でその玉をゴロリゴロリと押して四、五間もある土手まで運んで行き、
かねて堀ってある大穴の中に押し込む。
試みにその穴を棒の先でほじくってみると、
なんと二、三個の糞玉がすでに格納されているではないか。
この糞玉は玉押しこがね虫の食料であり、この一つに卵を生みつけ、
そこでかえった仔虫は、これをたべて大きくなるというのだが、
いやまったく珍しいものを見た。
 この評判がたつと、あちこちからだいぶ見学に来た。
小学校の先生だという兵隊などは、ご丁寧にもその糞玉を数個乾燥させて箱にしまい、
虫を四、五匹塩びたしにして、よいみやげだと無性によろこんだり、
戦争の合間に、馬に乗った将校がわざわざ見学に来たり、
おかげで軍刀修理工場は時ならぬ賑わいを呈した事であった。
 北支の兗州から徐州へ、臨城から薹兒荘一帯へかけて、
この虫は相当に繁殖している事を、その後移動するごとに注意して見きわめた。
支那という国柄に相応しい虫である。





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Last updated  2017年05月25日 05時21分18秒


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