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2017年03月31日
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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

血染めの作業服

 ちょうどその頃の事で、帝大の史学科を出たというインテリの特務員が、
この辺一帯は石器時代の遺跡らしく、
この東方の丘阜の断層から石斧らしいものを拾ってきたというのを見せられ、
自分の精神内に眠っていた一つの考古癖がむらむらと頭を出してきて、
ある日昼休みに、宿営地をはなれ、一人でぶらりと東の方へ歩いて行った。
 道を誤ったのか、特務兵のいう丘阜の断層らしいものはさらに見えず、
その代わり沼地のような窪地へと下りて行った。
 思わず深入りしたのに気づいた自分は、
何となく心細くなって引きかえそうとしていると、
その窪地の南の方へ車両の担架隊が来ていて、
四、五名の兵隊が担架でしきりに友軍散華の尊いなきがらを運んでいる。
「手つだってくれや。」
と無造作に声をかける。二日二晩寝ずのぶっ通しでどうにもならんという。
「ウ、よし。」とばかり、自分は窪地から上って行くと、低い土手の陰にもある。
草の深い土手を下りきると、何か収穫したらしい畑地で、
そこに図らずも、彼我白兵戦の結果と思われるあるものを見た。
 支那兵には珍しい大兵肥満の大男が一人、北向きにうつ伏して殪れている。
その五歩ほど東に、一人の支那兵に折り重なるようにして、
皇軍の勇士が一名すでに縡〔こと〕切れている。
血に染まった日本刀を右手に持ったまま、刀緒がかたくその右手にからみついたままで。
 巨漢支那兵の頭のところには、
これも血に染まってどす黒くなりかけている大青龍刀の
恐ろしくひねくれたのが一振投げ出されている。
 自分は ぐっ と緊張せずにはいられなかった。
やにわに本能的にその青龍刀を拾いあげて腰にはさみ、担架兵を呼ぶのも忘れて、
いきなりその死屍を ぐん とかつぎあげるとたんに、
傷口から赤黒い腐血のしたたりが つるつる と流れて自分の服にかかった。
鉛のように重いその屍体をかついで二、三歩走り出すと、
どこかで銃声らしいものがするように思われたが、夢中で土手をあがって下りると、
特務兵が手をあげながら一斉に自分に向かって何かいっているがわからない。
 どんどんかついで、担架隊の車両のところまで来ると、一人の上等兵が、
「危なかったねェ。敵が撃っとるぞ。」
という。銃声は約千メートルぐらい南の部落かららしいというのだ。
 ところへインテリ特務兵と、半島人の通訳とが、自分をさがしに来てくれた。
 ここで昨夕激戦が展開されたのであるが、収容洩れのあったほど左様にはげしい戦いで、
今しがた収容した皇軍の一兵士のごときは、捧げ銃をしたままで縡切れていた。
その手を銃から離そうにも離れず、まるで漆づけにしたようであったという。
 石器に引っぱられて、自分は図らずも一善を働いた。
その時の青龍刀は、記念として持ち廻り、ほど経て北京の寺内部隊兵器部に帰還の折、
その報告もついでに行ない、血染めの青龍刀を廻覧〔かいらん〕に供した。
のち内地帰還の際は、特に上官の佐藤少佐にたのんで乞い受け、
携帯許可証を得て内地に持ち帰り、
郷里桑名市の旧藩祖神鎮國守國神社に奉献〔ほうけん〕の手続きを、
旧藩主松平子爵家に御依頼すると、快く御承諾下さったので、
御引き渡しを完了したのであった。
 その時の血染の作業服は、後に北京の兵站宿舎の女中が、気をきかせて洗ってしまった。
有りがた迷惑であったが、それでも二ヶ所だけは血痕が落ちずに残っていたので、
世間でいう意味とは、いささか異なるが、まさに“血染めの作業服”で、
今では好個の記念私物として大切に保存している。





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Last updated  2017年09月11日 01時18分30秒


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