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2017年04月07日
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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

一つ星の兵隊

 これはまだ蘭陵鎮にいた時の事であるが、
内地から補充の兵隊が、明日前線に出るから、この室に六人泊めてやってくれと、
見なれない軍曹がたのみに来た。
 自分は前線との連絡に便利のよい自動車車隊発着所前の、
ガランとした倉庫のようなものの中に、アンペラを敷いて起居していた。
もちろん快く承諾してやった。
間もなく、一つ星の若い兵隊が六人、先ほどの軍曹につれられて来た。
自分が立って出迎えると、皆挙手の礼をして、大きな声で「御厄介になります」といった。
 いずれも二十一、二歳、今年入営したばかりらしい兵隊である。
装具をといて、アンペラを敷き、毛布をのべ、
たちまちのうちに兵舎のような気分が出て来た。
いずれも元気ではち切れそうな青年で、演習にでも行くように嬉々としている。
 晩飯は、前野部隊の炊事から、飯と汁と漬物をバケツで運んできて、
宿舎の前に火を焚き、自分の銅鍋で湯を沸かし、久しぶりで賑やかな晩飯を食った。
夜の八時頃になると、腹が減ったというので、
自分がもらいためて貯蔵しておいた、牛罐や、
みかんの罐詰コンペイトウの入った乾パン等をすっかり出し払って食わせてやった。
兵隊達は、自分の軍刀を抜いて見て「ゴツイ刀だ。」といったり
牛罐の中の硬いやつにぶつかると「ゴツイ肉だゾ。」とか、
盛んにこのゴツイが出るので、「みんな岡山縣だろ。」と聞くと、
一斉に「そうであります。」と答える。
ちょうど自分の子供と同年輩ぐらいだ。子供の生まれた頃の事が眼に浮かぶ。
あの頃の笑顔やら、あんよを始めた頃の様子やらを思い出して、
この六人の兵隊のその頃を想像しているうちに、何ともいえない気持ち、
自分の子供のような気持ちになって、横を向いてしまった。
自分はしみじみとした調子でこの兵隊達にいった。
「自分は軍属だが、今日までずいぶんと危険な所を過ぎて来た見聞を考え合わせて見るに、
何度も激戦地をくぐって来た兵隊は、自然と要領がうまくなって、
弾丸の下をくぐるコツ合いを会得している。
戦場になれないうちに空しく戦死する者の大部分は、その戦場なれのしない為でもある。
よく古参兵を見ならい、一日でも余計に生き延びて御奉公せんけりゃいかんぞ。
支那兵は狙撃がうまいから気をつけろよ。
夜半ひょっと便所に起き用便中に、
かねて忍び込んでいた便衣兵に刺殺されたという事も聞いたぞ。
塹壕は、いくら窮屈でも不用意に立つんじゃないぞ。」
などと、自分の知っている限りを並べたてた。
初年兵でも兵隊である。素人のいう事を聞いて、おかしかったかもしれぬ。
が、いう方では一生懸命であった。
 兵隊達は、夜半を過ぎて間もなく起こされた。
軍装を終えると、整列して挙手をし
「お世話になりました。では行きます。」と勇ましい声でいって去った。
 がらんとした広い室内に一人残された自分は、
毛布を引っかぶって、暗闇の中に眼をつぶったが、もう眠れなかった。
 それから数日後に、自分もその若い兵隊達のあとを追って、
この黄家樓へ出て来たのであるが、
ある日ここの南方の激戦で戦死した兵隊の死骸を◯◯◯◯◯為(※原文ママ)に、
宿舎の後方の空き地に安置してあると告げて来た者がある。
大部分一つ星の可愛い顔をした兵隊たちだと聞いて、自分はハッと思って行って見ると、
麦畑の中にそれが七人安置されてある。
七人とも顔はそのままで、うち五人は一つ星であった。
眠るがごとくある兵隊は微笑をさえ浮かべているではないか。
瞬間、憤怒に似た気持ち、あるいはそれ以上だったかも知れぬ気持ちで胸が一杯になった。
自分はいきなり宿舎に走り帰って水筒をとるなり引っ返し、
水のないこの地としては、実に貴いその水を惜しげもなく七人の死骸の口についだ。
笑顔をしていた兵隊の唇は、瞬間たしかに動いた。
自分は驚きと、もしやという考えとから、
体躯にさわってみると、横腹に大きな穴があいているのだった。

 あはれわが死にゆく兵の口々にのこりすくなき水わけあたふ

 ほゝ笑みて眼を閉ぢて居りちゝのみ父の水とも思ふならむか

 黄家樓び野天修理工場へもって来た軍刀は十六振、壕の中まで出張して修理したものが数振、
その中に、曹長とては、佐々木、島崎、清瀬、竹内の四人で、
かの小部落討伐隊は、たしかにここの所属だが、
乱戦中の事とて、はっきりした事は不明であった。
ただこのうちの二曹長の軍刀が、いずれも昔拵えそのままで、
近く敵を斬ったらしい新しい血糊のあとが、刃先に真一文字についていた点から見て、
自分の六感では、あの時の物斬り曹長は、島崎曹長であった事と想像している。





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Last updated  2017年09月28日 15時48分31秒


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