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カテゴリ: 陽明学


徳もなき天子にたのまれ奉〔たてまつ〕りたるは、知とは申しがたく候わん。
武家の世と成りて此のかた、よき人誰か候〔そうら〕いつるや。

 返書略。知らずして天よりあるを気質といい、知って我が物とするを徳といえり。
正成は気質に知仁勇の備わりたる人と聞こえ候。
聖学をきかせ候はば、たぐいすくなき文武ある君子たるべく候。
今の時ならば、天子にもたのまれ申すまじく候。
正成の時分は、北条の代と、後世よりは称すれ共、
京都より将軍を申しくだし奉り、北条は諸大名の傍輩〔ほうはい〕の礼儀にて交わり、
ただ天下の権を握りたるばかりに候。
頼朝の子孫、九州にもおわしましし事なれば、主君と成りて諸士にのぞむ事は、
人情のしたがわぬ所ありたると見え候。
この故に、正成も北条と君臣の礼はなく候。
其の上相模入道〔さがみのにゅうどう〕無道にして、亡ぶべき天命あらわれ、
又将軍は京より申し下して、かりなる事なれば、天子より外に主君なく候。
主君よりの仰せなれば、たのまれ申したるという事にてはなく候。
臣下の権つよくて、一旦君をなやまし奉りし事は、平の清盛も同じ事なり。
後白河院、頼朝に天下をあずけ給いてより、武家の世といえり。
しかれども、王威過半残りて、全く武家の天下ともいいがたし。
されば、後醍醐天皇までは、いにしえの王徳をしたう者も多かりき。
しかる所に、北条の高時、奢りきわまり、天道にそむき、人民うとみたる時節、
天下をとりかえし給いしかば、公家に帰したり。
しかれども、天皇、道をしろしめさず、賢良を用い給わず、
昔と時勢のかわりたる事をしり給わざりし故に、
うらみいきどおる者多く出〔い〕で来て、武家の権をしたわしく思うおりふし、
高氏〔たかうじ〕おこりて天下をとりてより此のかた、一向武家の世とはなれり。
是より天下の諸大名、大樹(※征夷大将軍)を主君として奉りて、
天子にはつかうまつらず、陪臣〔ばいしん〕の、国の君を主とすると同じ理なり。
是を以って、今ならばたのまれ申すまじきと申す事に候。
 扨〔さて〕士にては、弁慶、気質に知仁勇ある人に候。
かくれたる処にありて、世人、知る事まれなり。
勇にかさのあることたぐいすくなく、知謀は泉のわき出ずるがごとし。
仁は、士にて時にあわざるゆえに、見がたく候。
勇知にならぶべき仁愛みえ申し候。
義経の好色なるをば、度々いさめ候き。
しかるに、奥州落ちの時、北の方(正妻)をば、弁慶すすめて供いたし候。
人の同心すまじき所をはかりて、
先ず弁慶、大いに気色をつくり、
具し奉ることはなるまじきよしをいいて、
後又気色をやわらげ、さはいいつれども、
まさしき北の方なり、身もただにましまさず、
鎌倉(頼朝)殿はたのもしげなし、都に残し奉るべき義にあらず、
ゆかるる所まで行きて、かなわざる時は、先ず北の方をさし殺し奉り、
各〔おのおの〕自害し給うべきより外はあらじとて、
ちご(稚児)の形につくりて相具〔あいぐ〕し、北陸道をへて落ちられしに、
関所関所にて義経とは見しりたれども、うちとどめて軍功にもならじ、
実は兄弟にてましませば、恩賞を得ても心よからぬことなり、
其の上罪なき人の、大功ありながら、讒〔ざん〕にあい給えるもいたわしくて、
すすまざる心の気色を、弁慶やがて見しりければ、
関の人々のことわりのたつべき様にいいなして通りしを、
平泉寺〔へいせんじ〕にては、鎌倉殿よりの討手〔うって〕にてもなきに、
法師の身ながら、邪欲のあまりに、
義経をうちとどめて恩賞にあずからむとて、とりこめたれば、
のがれざる所の第一なりき。
しかる所に、うつくしき児〔ちご〕を具しけるい故に、
坊主共目をうつして、時刻をうる間に、老僧など出でて、管弦のもよおしあり。
義経は笛の上手也、供奉〔ぐぶ〕の中に、笙〔しょう〕、ひちりきの得たるあり、
ちごは箏〔こと〕を弾じ給えば、老若共に邪心やわらぎ難をのがれたり。
此の時北の方ましまさずばあやうかるべし。
かくあしかるべきもよおしだに、道にしたがえば吉なり。
此の一事を以っても、弁慶仁厚の心は見え侍〔はべ〕り。
平生義理に感じやすく、泪〔なみだ〕もろなる者とみえたり。
たわぶれごと(戯れ事)などいいたるは、患難に素〔そ〕しては患難を行うの気象也。
義経一代難儀の堺〔さかい〕にしたがいしかば、諸人の、気、屈する節なり。
弁慶は仁にして勇なる故に、敵におそれざるのみならず、
難に遇〔あ〕いてもこころ屈せず、人をいさめたすくる所ある故に、
たわぶれごとなどいいたるなり。
君子の其の地に置きたらば、かくあるべきと思われ候なり。
吉野河にて、跡(背後)にまぢかく大敵を受けながら、
竹を切りて雪中にさし、竹にむかいてものいいたるふるまいなどは、
かりそめなる事のようなれども、心の知仁勇あらわれ候。
東鑑〔あずまかがみ〕のみたしかなるように、世以って申し候えども、
鎌倉中の事は委〔くわ〕しくて、遠国〔おんごく〕の事はおそろかなり。
平家物語、義経記も、大〔おお〕かた実事〔じつじ〕と見えたり。
文法にても虚実は見ゆるものにて候。
 正しく記したる書の中に、定めてよき生まれ付きの人あるべく候。
重ねて暇〔いとま〕の日に考え申すべく候。
源の頼光・小松の内府〔だいふ〕重盛・畠山の重忠、文武を兼ねて士君子の風ある人なり。
かかる人々に聖学の心法をきかせば、
唐〔から〕までも聞こゆるほどの人に成り給うべく候。
時節あしく出でられし事、不幸なる儀なり。
宋明〔そう・みん〕の書、周子、程子、朱子、王子などの註解発明の、日本に渡り、
人の見候事は、わずかに五、六十年ばかりなり。
しかれども、市井〔しせい〕の中にとどまりて士の学とならず。
十年このかた、武士の中にも、志ある人はしばし見え候間、
後世には好〔よ〕き人余多〔あまた〕出〔い〕で来候べし。





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Last updated  2017年05月06日 01時06分49秒


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