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テーマ: 戦ふ日本刀(97)
カテゴリ: 戦ふ日本刀

戦う日本刀
 ー黄河大背水陣中記ー


敵機の空爆


 ものすごい爆音がハタとやんで、黄河の河面は何事もなかったのように静まり返っていった。
時計を見ると、午前九時三十分であった。
敵機は、これまで自分らの上を無気味に旋回していたのだったが、
漸〔ようや〕くにして鳴り出した友軍の高射砲に逐〔お〕われて、
雲を霞と逃げ去っていた。
僅々〔きんきん〕十分間ぐらいの爆撃であった。
もとの位置について見ると、つい先刻まで元気に自分と断じ合っていた特務兵は、
泥だるまになって蹲っている。足の中指を一本とられたのだ。
自分も右半身泥だらけである。
西へ三間ほどの所には、馬一頭爆死、馬曳きの特務兵は全身に重傷を負い、
血と泥の赤黒い泥人形となって昏倒している。
自分は、一人の兵隊と共に抱き起こした。
「大丈夫だぞ、傷は浅いぞ。」
戦友らしい兵士はこう怒鳴った。衛生兵が駆けて来て手当てをする。
担架が来、橋を駆け渡って軍医も来てくれた。
__黄河の茶褐色な中洲の上である。
 最初の爆弾が五、六間西に落ちた時、自分の足の先三尺ほどの所に、
パシャッと何か落ちた物があったので、そのあたりを探して見ると、
二寸に三寸ほどの爆弾の破片があった。
もう三尺西に寄っていたら、自分の命はなかった。
もう三十秒後に落ちていたら、自分は一服やるためにその位置に出ていた。
戦場では、運命論者たらざらんとするも能〔あた〕わずである。
 自分は起き上がった。どろどろの雑嚢佩刀を背負って、再び橋を渡り始めた。
たどり着いてみると、ここには工兵隊の天幕があって、
岩倉部隊長が、ごま塩頭を傾けてこの情景を眺めていた。
「おお、お前も命を拾ったか。」
 部隊長は、自分を見つけるとそう言って、黒い茶を一杯ついでくれた。
飲んでみると、黒砂糖の湯である。
やがてそこへ海野部隊長、望月少尉、鈴木見習い士官
その他の士官下士官がどやどやと橋を渡って来た。
さすがに皆顔の色が悪い。
いずれも押し黙って部隊長に敬礼し、その辺にある箱やら蓆〔むしろ〕やらに腰を下ろした。
__自分が、「◯◯◯部隊に派遣を命ずる、直ちに追及せよ。」
という命令を受け取ったのは、五月二十日の深更〔しんこう〕で、
二十二日に石家荘を出発した。
◯◯◯部隊の安蔵少尉と同行、途中故障また故障で、
新郷経由道口鎮へたどり着いたのは二十六日であった。
ところが、ここで得た情報によると、◯◯◯部隊は目下弾丸糧食ほとんど尽きて、
黄河を北に背水の陣を布〔し〕き、三十万の大敵に包囲され、
連日の降雨泥濘の中にあって、悲壮なる白兵戦を継続中であるとのことであった。
そして、部隊からは、「糧食より弾丸を送れ。」
という悲痛な無電が刻々に来ていた。
それに呼応して、弾丸燃料など◯◯車輌に満載した
決死の竹澤自動車隊が長蛇の如く動き出したのは、二十八日の早朝六時であった。
自分も、その五台目に便乗することができた。
両三日降り続いたどしゃ降りは未明に至ってようやくあがっていた。
 黄河までの間は、泥道というよりむしろ泥沼と池の連続であった。
そうした悪路とも闘いながら自分らを載せた自動車は猛進し、
その夜九時ごろに至ってかろうじて黄河のほどりに出ることができた。
耳をすませば、ドドーン、ドドーンと砲声が聞こえてくる。
しかも、夜が更けるにしたがって、撃ち合う音がますます烈しくなってきた。
自分はふたたび戦火の真っ只中に出てきたのである。
__弾丸燃料一切は、夜明けまでに河を渡してしまうのだという。
幾百の◯◯兵と特務兵とが、肩から肩に、手から手に、
曳々と懸け声をあげて河を渡している。
__そのどよめきが仄〔ほの〕かに聞きとれる。
自分は、その物々しい音を聞くともなく聞きながら、民家のむさ苦しい片隅に寝ていた。
 その翌二十九日、すなわち今日午前九時ちょっと前に、
自分らも大黄河の渡河点へと出た。
そして、渡りかけて間もなく、不意に敵機の襲来に見舞われたのである。
 考えてみると、ここは◯◯◯部隊が強敵と相対峙しているその一部分なのだ。
安閑としてはおられぬぞという固い決意が湧いてきた。
 昼食をとりながら渡船場の方を眺めやっていると、
そこには各部隊から弾丸や燃料を受け取りに来ている自動車でにぎわっていた。
食後自分は、部隊本部行きの自動車を物色して廻った。
 今すぐに出るのが一台あるが、
途中ある部隊へ物品を配給して行くのを承知ならばお乗りなさいという。
いつまで待ってもはてしがないので、その自動車に便乗を頼んだ。
自動車には、若干の荷物のほかに、歩兵の上等兵が一人乗っていた。
運転手と助手は特務兵である。
自動車は河岸を東へ走り出した。
左方に十数頭の馬がまるくふくれて死んでいる。それに蝿がワンワンたかっている。
約数キロも来たと思われるころ、今度は狭い道を右方向へ曲がった。
凸凹のはなはだしい田んぼ道である。
三、四戸の部落を出抜けた途端、突然左方からタタンタタンと機関銃を撃つ音がし、
それがだんだん烈しくなってきて、自動車にバンと一つ当たった。
「敵だ。」歩兵は怒鳴った。
運転手は、左方の荒れはてた廟〔びょう/たまや〕の陰に車を止めた。
助手は下車して、遠方近方を眺め廻している。
この時右方の部落からも銃声がした。不思議なことに弾丸は飛んでこなかった。
自分は、つとめて落ち着いて上等兵に言った。
「ここに土肥原閣下宛の荷物がある。万一の時は焼却するから手伝ってくれ。」
 運転手は、自信があるから極力疾走してみようと言い出した。
皆それに同意した。自分は、上等兵と共に荷物を楯に自動車の中にしゃがんだ。
「いいか。」
 自動車は、弾丸のように急速な前進を始めた。
敵弾がビュッビュッと飛んできたが、幸いにも怪我もなく次の小部落に入ることができた。
とはいえ、ここにもし敵がいたら自分らはどうなったろう?
ところが、幸いなるかな、友軍の歩哨が立っていた。
「先方へ行けますか?」と訊いてみる。
「行ける。」
「ありがとう。」
「今撃たれたのはこの車か。」そこにいた軍曹が訊ねた。
「そうであります。」車上の上等兵が答えた。
「あいつらは袋のネズミなんだ。どっちみち夕方までの命よ。」
軍曹がいい終わるか終わらぬに、ドヂーン、ドヂーン、と迫撃砲が鳴った。
南の方からである。
「近いな、畜生。」軍曹は急いでそこを去った。
 歩哨は目を八方にくばっている。
 自動車は動き出した。自分は起き上がって、荷物を腰にかけた。
上等兵は、口をとがらせて言った。
「やれやれ、えらくおどかされた。」
 次の部落には、友軍◯◯部隊の本部があった。
荒壁造りの家の前には、歩哨が立っている。
ここで箱を◯個下ろして、すぐまた出発した。
部落を出て西へ、それから北へ、また西へ、走った走った、
走りつづけて着いた所が黄庄の部隊本部である。
小さい森がある。まばらな林がある。
その間に泥壁の貧弱な農家が一部落をなしている。
北は展開した耕地につづく草原で、その果ては黄河らしい。
林の中の広場には、馬がつないである。荷物が集積してある。自動車が並んでいる。
暑い暑い日盛りを、疲れ切ったというように、
涼しい木陰で兵隊たちが睡眠をとっている。





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Last updated  2017年09月22日 03時33分52秒


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