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Sunset Meadow
Old Condon Ranger Station. Flathead National Forest, Montana.
Photo by Musgrove and the Pumi
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大藪作品『傭兵たちの挽歌』
U.S. GERBER Folding Sportsman II 用スキャバード製作企画
第七章「煉獄の戦士」Vol.09

  『(※ 前回 からのつづき)
  「    あなたがこれまで会ったインディアンといえば、酒代をしつこくたかりに来たり、酔っ
  払って暴れたり、酔い潰(つぶ)れて道で眠りこけていたりする連中ばかりじゃなかった?」
  「そういう連中は珍しくなかった」

  よ。政府からインディアン・リザーヴェーションに出される予算のほとんどは、人件費だとか
  さまざまな名目で白人の役人の懐(ふところ)に消えてしまって、インディアンの手に渡るの
  は、ほんのわずかしかないの」
  「ひどいな」
  「先祖から土地だけでなく、伝統文化まで奪われてリザーヴェーションに家畜のように押しこ
  まれているインディアンの絶望をまぎらわせるものとなると安酒しかないの」
  「そいつはどうも・・・・・・」
  「アルコールの飲みすぎで見さかいがつかなくなった大人たちは、子供の前でも平気でセック
  スをするの。そんな大人の姿を見て育っているから、子供たちもアルコールに溺(おぼ)れ、
  乱交を何とも思わなくなるの。白人が持ってきたウィスキー一本の代償に身をまかせて父(て
  て)なし子を生むローティーンのインディアン娘は珍しくないわ」

  「その上、インディアンの旧(ふる)いリーダーたちは、自分のことと自分の部族のことしか考
  えないから、全インディアンが力を合わせて立ち上がろうとは夢にも考えたりしないの・・・・・・
  わたしたち目覚めたインディアンの秘密会議の内容を白人に密告したりして・・・・・・昔のあの誇
  り高いインディアンが奴隷や家畜のような生活を強(し)いられてわたしには耐えられないわ」
  「そうだろうな」

  にいつの間にか眠り込む。
   異様な物音で目が覚める。吹雪の音はやんでいた。精神病院の狂女が哄笑(こうしょう)し
  ているような無気味な声だ。コヨーテの遠吠えだ。コヨーテと分ってはいても背筋がゾクゾク
  する。
  「畜生・・・・・・」
   と、思わず罵(ののし)る。コヨーテの遠吠えは、次々にひろがっていった。
   エレーンがベッドから滑り降りた。
  「怖(こわ)いの・・・・・・カイオーテと分っていても怖いの・・・・・・昔、峠(とおげ)で野宿して
  いた時にあの狂ったような声を聞いた時は、怖くて死にそうだった」
   と、毛布の上から片山に抱きついてくる。
   (中略)二人で毛布をかぶり、食料庫にあったリヴァー(レバー)・ソーセージとセロリと
  オレンジを貪(むさぼ)り食ってから、抱きあったまま眠りこむ。
   午前九時に片山が目を覚ました時、横にエレーンはいなかった。寝室から出てみると、パイ
  オニーアのグース・ダウンのウェスターン・ショート・ジャケットとフィルスンのウール・ズ
  ボンとLL・ビーンズのメイン・ハンティング・ブーツをつけたエレーンは、道路が見える台
  所の窓のカーテンをごく細く開いて外を覗(のぞ)いていた。足許(あしもと)に、朝早くま
  とめたらしいダッフル・バッグが一つ置いてある。



Filson ( https://www.filson.com )
Mackinaw Wool Field Pants





L.L.Bean ( https://www.llbean.com )
Men's Maine Hunting Boots










   エレーンのうしろ姿は厳しかった。薄氷が張った水瓶(みずがめ)の水でウガイをする片山
  を振り向いたエレーンは、唇(くちびる)に指を当てた。薄化粧している。
   そっと水を吐き出した片山はそっとエレーンに近づいて腰骨の上を撫(な)でた。
  「もうすぐ、ラングラーのトラックが戻ってくるわ。それにハンターやガイドをコラルに運ん
  でいったジープ二台もね」
   エレーンは囁(ささや)いた。
   エレーンの聴力は起きたばかりの片山のものよりすぐれていた。トラック・エンジン数台の
  音が近づき、まず片山が知っているロンというラングラーが運転する飼料運搬トラックがラン
  チのほうに去っていった。次いでジープ・ワゴニアー二台が続く。
  「あの三台がコラルに向ったのは何時頃?」
  「八時だったわ」
  「だったら、奴等が馬で出発するのは十時半過ぎだ。バック・ホースに荷をつける時間がある
  からな。俺たちはゆっくり朝飯を食おう」
   片山は言い、顔を洗う。
   煙をたてぬためにエレーンはコールマンのガソリン・ストーヴでパンケーキとベーコン・
  エッグスを焼いた。熱いコーヒーを啜(すす)ってから、片山はサンドウィッチを十食分作り
  終えたエレーンに、
  「君はこのウージーを使ってくれ。分解方法を教えるから、分解して氷結防止にオイルを拭い
  去ってくれ」
   と、短機関銃と、その弾倉帯数本を差しだす。
   普通のガン・オイルは氷結に弱い。一番氷結に強いのは、ナイフを研ぐ時に使う石油系の
  ホーニング・オイルだ。
   エレーンにウージーの分解結合の方法や射撃のやりかたを教えてから、片山はM十六自動ラ
  イフルとレミントンM七〇〇ボルト・アクションの潤滑オイルを拭い去った。その二丁とウー
  ジーの銃口をセロファン・テープで覆い雪が入らないようにする。セロファン・テープを通し
  て発射しても弾道には何の影響もないが、銃腔(じゅうこう)に雪を詰まらせたまま発砲した
  ら銃身が炸裂する怖れがある。
   十時半になってから、二人は荷物と銃をかつぎ、歩いて出発した。
   二人ともウール・シャツとダウン・ヴェストの上から撥水処理されているパイオニーアの
  ウール・シャツ・ジャケットをつけ、これも撥水のウール・ズボンの上にはキャンヴァス・
  ダックのレイン・チャップをつけていた。雨に濡(ぬ)れても型崩れせぬ五(ファイヴ)Xビー
  ヴァー・フェルトのウェスターン・ハットをかぶっていた。ブッシュのなかで行動するための
  ウールのモンタナ・キャップをポケットに突っこんでいる。



Rain Chaps








5X Beaver Felt Western Hat








   コラルの馬やラバは三十頭にへっていた。二た組のハンターやガイドたちが出発したらし
  い。アスペン(ハコヤナギ)の林に消えたパック・ホースの足跡と糞を調べたエレーンが、彼
  等の出発は二十分前だと言った。片山も同感であった。
   片山は廃車トレーラーのテール・ゲートを開いた。二人は気にいった馬と鞍(くら)を択(え
  ら)んだ。馬に近づく時には、やむをえない場合をのぞいて、そのうしろからは避けねばなら
  ぬ。馬は非常に臆病(おくびょう)だから、うしろから近づくと、敵が襲ってきたと思って
  蹴(け)りあげてくるからだ。だから、馬にうしろから近づく時は優(やさ)しく声を掛けて
  落ち着かせてからでないと蹴り殺されることがある。馬のうしろを通る時は、馬の尻(しり)に
  自分の体をこすりつけるほど近づいたほうがいい。そうすると、ボクシングのクリンチの時と
  同じで、あと脚のキック力が弱まるからだ。
   片山は自分の馬の鞍の右側にマグナム・ライフルを入れたスキャバードをつけ、左側には
  斧(おの)を入れた鞘をつける。サドル・バッグには、精密なロッキーの地図やソフト・ケー
  スにくるんだスポッティング・スコープ、それにサンドウィッチなどを入れる。
   エレーンも短機関銃に会うカービン用のスキャバードと鞘に入れたシャヴェルやさまざまな
  罠(トラップ)を鞍につけた。荷馬二頭には二人が運んできたバッグと、テントと十日分ほどの
  食料や蹄鉄(ていてつ)などを、左右の重みとバランスをとって積む。山岳地帯の岩場では、
  蹄鉄は二週間ほどで駄目になる。
   あと二頭の振り分けした荷箱(パーニア)には、馬用のカラス麦やかなりの量の塩などを詰
  める。
   二人が出発するまでには一時間もかからぬ手ぎわよさであった。鞍にまたがってアブミ(ス
  ターラップ)に足を掛ける時は靴先に近い部分を乗せ、カカトをうしろに垂らしておくのは、
  灰色熊(グリズリー)の匂(にお)いなどを嗅いで馬が暴れたり、脆(もろ)い岩場や滑(すべ)り
  やすい草地の斜面などで馬が倒れたりした時に、素早く足をアブミから抜いて跳び降りるため
  に絶対必要だ。膝(ひざ)は自然にのばし、アブミの上に立った時に鞍とのあいだに二、三イ
  ンチの隙間が出来るようにホッブル・ストラップをの長さを調節する。
   M十六自動ライフルを背負った片山が、左手で手綱を持ち、ロープでつないだ四頭のパック
  ・ホースを曵(ひ)くが、右手で持ったそのロープは三重の輪に丸め、うしろの荷馬に急に引っ
  ぱられても数メーターはロープは自由にのびて、右手の指や手を怪我しないようにしている。
  サドル・ホーンにそのロープの先端を捲(ま)きつけたりしたら自殺するようなものだ。鞭(む
  ち)をサドルとスキャバードのあいだに差しこむ。
   エレーンは荷物のうしろ十メーターのあたりから背後をガードする。無論二人とも、フォー
  ム・ラバーをサンドウィッチした二重ウールの手袋をつけているのは、濡れた革手袋はカチカ
  チに凍るだけでなく簡単に凍傷を起させるからだ。
   アスペンの林に入って少し行くとサン・リヴァーの浅いがかなり広い上流があった。二人は
  そこで馬たちに水を飲ませる。馬は飲むというより、口をすぼめてチューチューと水を吸いこ
  む。真鴨(マラード)の群れが飛び去った。
   二人は、馬にとってはたまらぬ魅力である野生のピーヴァイン(ウマゴヤシ)を食いはじめ
  たパック・フォースに鞭をくれた。
   川をわたり、つづら折れの坂をロッキーに登っていく。馬の足許は、前に通った一行のパッ
  ク・ホースが踏み砕いた雪で、空からもミゾレに変わって雪が降り落ちる。
   モンタナ・ロッキーの中腹以上は六月まで雪が残り、九月にはもう雪が降るのだ。
   このトレイルを通って分水嶺を越え、ロッキーの西側のボッブ・マーシャル・ウイルダーネ
  スに降りるルートは “ザ・パス” と呼ばれている。ロッキーの高山のあいだにはさまれた隘路
  (あいろ)を抜けるわけだ。
   左側に深い谷間の底のホードレイ・クリークを時々見おろす、ザ・パスのまわりの樹木は、
  高度をかせぐにつれて、イエロー・パインやダグラス・ファーに変り、スプールスや細長い
  ロッジポール・パイン、それにウェスターン赤杉やアルパイン・ファーの樅(もみ)に変った。
   常緑(エヴァー・グリーン)の針葉樹の林のなかにあって、西部の針葉樹のうちでただ一つ、
  季節にしたがって色を変えたり落葉したりするカラマツ(ラーチ)の鮮やかな黄色が、ところ
  どころに浮きあがって美しい。
   トレイルの脇の雪の上はイタチやテンなどの小動物やミュール・デアーの足跡だらけだ。
  チップマンク・リスや赤リスが枝から枝に跳び移る。左側の谷の向うにも高山が見える。
   出発してから三時間ほどして、大陸分水嶺(コンチネンタル・ディヴァイド)にさしかかる。
  雪は降り続いているが、右側の山から流れ落ちる地下水で浮きあがった木の根でカマボコ道路
  状になった狭いトレイルは、前に通ったパック・ホースの馬蹄でグシャグシャの泥濘(ぬかる
  み)になっていたり、カチカチに凍ったりしている。
   山岳地帯での荒い仕事に耐えられるように何代にもわたって改良されたマウンテン・ホース
  たちは、背中から湯気をあげながらも疲れを見せてない。
   しかし、ここ一年以上馬に乗ってなかった片山は、膝やフクラハギに痛みや痺(しび)れを
  感じていた。登山にも使えるという宣伝に乗って買ったハイキング・ウェスターン・ブーツの
  なかの足は寒さに痛んでいたが、やがて感覚が無くなりはじめる。
   ザ・パスの分水嶺の中間地点の休憩地は標高七千フィートで、膝を没する積雪であった。休
  憩をとった連中の焚火(たきび)の跡が多い。
   二人はそこで馬を降りて小便をした。片山はエレーンがサンドウィッチとジュース代りのオ
  レンジを食っている間に、ウェスターン・ブーツを脱いで二本のブーツ・ナイフを鞘ごと外
  し、ブーツを雪に埋める。
   薄手のウールの靴下を、シルクの靴下と厚手のウール・ソックスに替え、ラッセル・ダブル
  ・ヴァンプのハンティング・ブーツをはいた。ブーツ・ナイフを一本エレーンに渡し、もう一
  本は自分の鞍のサドル・バッグに仕舞う。










   再び出発した。今度は下りだから、馬を曳いて歩く。たちまち膝やフクラハギの痺れは治
  り、足にも感覚が戻ってくる。
   また地下水の泥濘に悩まされた。しかし、ハンティング・ブーツが濡れて慣らし(ブレイク
  ・イン)がしやすい。だが、ちょっと歩くスピードをゆるめると、曳いている馬に踵(かかと)
  を踏(ふ)まれる。
   やがて谷間に激流が見えてきた。今度は太平洋に向けて流れるキャンプ・クリークだ。
   急な下りの狭いトレールは右側は崖、左側はすぐ谷になり、落石がゴロゴロしていて、馬が
  しばしばスリップする。
   やっとボッブ・マーシャル・ウイルダーネスのダナハー高原のメドウに出て馬にまたがった
  片山は、歩き続ける馬上でサンドウィッチを食いオレンジをかじると、嚙(か)みタバコを口
  に放りこむ。
   十八マイルを六時間でたどり着いたのだから、良好なペースだ。普通、パックホースが一日
  に進める距離は、あまり険しくないマウンテン・トレイルで十から十五マイルとされている。
  しかし、これから、片山たちは、シックス・ポイント・ハンティング・ロッジやほかのアウト
  フィッターのテントを避けて野営の場所を捜さねばならぬ。
   幸いモンタナのハンターはオレンジや赤のチョッキや上着や帽子をつけているし、今の時刻
  はテントから煙が出ている筈なので、片山は丘の上に馬を走らせ、スポッティング・スコープ
  でじっくり偵察(ていさつ)した。アスペンの枝の鞭を持ったエレーンは、早く荷物を振り落
  としたくて寝転がろうとする荷馬を看視する。
   その夜は、針揉(スプルース)の林の中にカモフラージュ色のテントを張った。近くに小川
  が流れ、流れの一部がビーヴァー・ダムに塞(せき)とめられている。
   池(ポンド)の真ん中に木や枝や泥を組み合わせたビーヴァーの島があった。島の下に巣が
  あるのだ。
   ビーヴァー・ポンドのまわりのスプルースは、ビーヴァーに齧(かじ)り倒されていたが、
  ビーヴァーも時には計算違いをするらしく、池の中にでなく、林のほうに向けて齧り倒してい
  る木があった。ビーヴァーの食料は魚でなく、樹皮や枝葉なのだ。
   降りしきる小雪が水面に反射して、水面から雪が上っているように見える。川マスの一種の
  ホワイト・フィッシュやブル・トラウトの別名があるドリー・ヴァーデン、それにブルック・
  トラウトなどが小川の水中に見え隠れする。
   小川のほとりでは、鞍や荷を降ろされた片山たちの馬が、走り去らないように前脚をロープ
  でゆるく結ばれて、草や灌木(かんぼく)を食っている。ピーヴァインを夢中で食っている時
  の馬の表情は恍惚(こうこつ)としている。
   片山はビーヴァーが林側に倒した枯木を斧で叩き切って薪(まき)を作る。径二十センチの
  幹は斧の五、六発ずつで横に切られ、一発ずつで縦に二つに割りにされる。柄はストレート・
  グレインの木目が真っすぐに通ったヒッコリー材だから、手に伝わるショックは柔らかい。
   着火材がわりのヤニ(ピッチ)や薪を片山はテントの前に運んだ。大きな穴をシャベルで掘
  り、一番下にピッチを置いて火をつけておき、枯枝やナイフでケバだたせた細い薪でかなりの
  焚火を作っておいてから太い薪をその上に置く。キャンヴァス・バケツに数杯の水をくみに
  行った。
   薪がゴーゴーと燃えはじめた頃、柳の枝で編んだ魚とりのヤナを小川に仕掛け、燕麦(カラ
  スムギ)や塩を餌(えさ)にしてメスキジに似たラッフルド、ブルー、それにスプルース種の
  亜種のフランクリンといった種類のグラウスや、ジャック・ラビットなどの兎の罠を仕掛けた
  エレーンが、サドル・バッグ一杯のブルーベリーを採ってきた。
   焚火の上に枝を渡して大鍋(おおなべ)に湯を沸かす一方で、エレーンは片山が運んできた
  ビーフでステーキを焼いた。
   サンダース家の別荘からスペアの乾電池数十本と共に持ってきた日本製のトランジスター・
  ラジオのヴォリュームを絞って聴くが、ニュースの時間にも赤い軍団という言葉は一つも出な
  い。赤い軍団の勢力は、すでに米政府のあいだにまで浸透しているのかも知れない。
   ブルーベリーのデザートとコーヒーで夕食を終えた。エレーンは熾火(おきび)の大部分を
  テントのなかの地面にシャベルで移す。残りに土をかぶせて炭を作った。フクロウの鳴き声が
  聞こえる。
   テントのなかは汗ばむほどになった。素っ裸になったエレーンは、全身に恥じらいの表情を
  見せながら、片山も裸にさせて、三つのキャンヴァス・バケツに移したタオルを固く絞り、片
  山の体を拭う。
   (中略)片山が小用のために体に毛布を捲きつけてテントから出てみると、雪はやみ、ボタ
  ン雪のような星が異常なほどの近さで満点に散らばっていた。
   翌朝、まだ暗い午前六時に起きた片山は放牧しておいた馬を連れ戻し、両の掌に三杯ずつの
  燕麦(カラスムギ)を与えた。山岳馬は一回に一升、つまり両の掌に四杯分以上の穀物を与え
  ると、そいつが胃のなかでふくれあがってしまうために、苦しんでブッ倒れる。
   テントを回収し、馬に鞍を付けたり、輸送箱をつけたりしている時、罠とヤナを回収したエ
  レーンがラッフルド・グラウス(エリマキ・ライチョウ)二羽と、灰緑色の体にピンクの斑点
  (はんてん)がある六キロほどのドリー・ヴァーデンをぶらさげて戻ってきた。煙が人目につ
  かぬように、土をかけてあった炭に火を起して、牛脂でフライにする。米語ではキャンプ泥棒
  (ロバー)、カナダではウイスキー・ジャックと仇名(あだな)されるカケスが、うるさく鳴
  きながら集ってきて残飯を狙う。







   食い残しは昼食用に回すことにして出発する。グラウスは夕食用だ。いつでも林のなかに隠
  れられるように、メドウを通る時はその縁(へり)を択び、山腹を迂回(うかい)しながら進
  む。もう片山は乗馬のカンを完全に取戻していた。
   竜巻きや強風に会ったらしく数マイル四方にわたってロッジーポール・パインの細長い松が
  倒れているところもあった。平地では、積雪は風に吹き飛ばされたり、陽光に溶けたりする。
   ハンティングが目的でない時にかぎっての皮肉か、あるいは二人から殺気が放たれてないか
  らか、シダや苔(こけ)の上に伏せてハンターをやり過ごしていたエルク大鹿が、しばしばト
  コトコと歩いてきて、二人のパック・ホースを眺(なが)める。エルクが伏せていた跡の苔か
  らは、その上の雪が溶けて湯気がたっている。
   夕方近くにすぐ近くで見たエルクの牡(ブル)などは、枝角(アントラー)の左右とも八尖
  で長さ六十インチを優に越え、太い両角のひろがりかたも申し分なく、獲った場合にはレコー
  ド・ブックのベスト・テンに載(の)るのは確実に思えた。片山は今夜の宿泊地に着いたら、
  銃声がしないコマンドウ・クロスボウを組立てることにする。
   その日は、曲がりくねったルートをとりながらも、直線にすると三十マイルほど北上する。
  夜になり、凍った雪に隠されていた小岩に馬の蹄鉄が当って火花を散らす。
   北上するにしたがって寒気がした。雪の吹きだまりも深くなる。馬が吹きだまりに落ちこん
  だら、すぐに跳び降りて引っぱり出してやらないと、ショック死することがある。
   その夜二人は、流れの中心を残して凍りついたクリークのほとりの、ヤマハンノキ(マウン
  テン・オールダー)の灌木(かんぼく)の茂みを主とした雑木林にテントを張った。
   エレーンは二羽のグラウスの毛をむしり、その体を串刺(くしざ)しにすると、テントの前
  の焚火(たきび)の横に立てかけ、小動物や野鳥の罠、それにマス(トラウト)のヤナを掛け
  るために林のなかに消えた。
   片山は、焚火の熱でグラウスの片面だけが焦(こ)げすぎないようにと、ときどきテントか
  ら出て串を回しながら、テントのなかで、罐詰(かんづめ)の空罐に獣脂を入れて細いロープ
  の芯を立てた簡易ランプの鈍(にぶ)い明りのなかで、コマンドウ・クロスボウを組立てた。
   金属製の弓に弦を掛ける時だけは全身の体重を掛けねばならなかったが、あとの作業は楽で
  あった。銃床に嵌めこむ弓のセンターにはマークしてあったし、テキサスで試射したあとは、
  銃床からライフル・スコープを外してなかったから、明日になって明るくなった時に再試射し
  てみても、照準はあまり狂ってないことが分るだろう・・・・・・、と思う。
   またグラウスの串を回すために片山が立ち上がりかけたとき、血の気を失った顔をしたエ
  レーンが戻ってきた。予定よりも、かなり早い時間だ。
  「どうした?」
   と尋ねかけた片山に、エレーンは指を唇に当てて黙るように合図した。目は緊張と恐怖で
  吊(つ)りあがっていた。
  「お、追ってきたの。保安官補(デピューティ・シェリフ)のチャーリーが・・・・・・」
   と、囁(ささや)く。

 (つづく)




大藪春彦 著『孤高の狙撃手』(エッセイ集)
光文社文庫
 2004/6/20







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Last updated  2022年01月23日 08時49分31秒


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