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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。引き続き、竹田市歴史文化館・由学館での 【秋山巌生誕100年記念展】私からの挨拶文を全文ご紹介します。初日には間に合いませんでしたが、素晴らしい冊子が出来上がりました。そちらにも、掲載されている挨拶文です。【秋山巌のふるさと竹田での企画展に寄せて】はじめまして、木版画家「秋山巌」の長女 町田珠実です。秋山巌生誕100年となる記念の年に、ふるさと竹田にて企画展が開催されますことを、心より感謝致します。私は、父が40歳の時に生まれました。ちょうど、太平洋美術会の会員になった年です。棟方志功四大弟子展への参加や、山頭火シリーズが、とても高い評価を得た頃は、反抗期まっただ中で、絵描きとしての父に、全く感心がありませんでした。その私が、福島県の相馬市で、秋山巌の小さな美術館として自宅の和室2間をギャラリーにし、父にふすま絵を描いてもらったのは平成6年(1994年)です。東日本大震災をきっかけに、関西に移住しましたが、父に描いてもらったふすま絵を全て持ってきました。今展で展示されるのは、そのふすま絵です。ふすま絵を描くにあたり、注文は何も付けませんでしたので父は自由に描きました。今考えると、73歳で、こんなに活き活きと躍動感のある作品を描ける「秋山巌」そのものが、今展のテーマでもある「化けもの」ではないかと思います。平成26年(2014年)に、父は93歳で亡くなりました。没後、私は父が竹田でどのように過ごしていたのか、たびたび竹田を訪れ調査しています。父が8歳の時に実母「恭江」は25歳で亡くなります。前後して、弟と妹も亡くし、実父の再婚など、複雑な家庭環境の中で、古刹「瀧上寺」に預けられたそうです。その幼少期、瀧上寺ご住職黒野大量氏(雅号は双川)に、南画の手ほどきを受け、木版画家「秋山巌」の種が植えられたわけです。竹田市で豊後南画を紹介していた「竹田画苑」の故原田氏によると、秋山巌が酒席で即興に描く手法は、南画譲りであろうとの事です。原田氏には、竹田市内に建立された秋山巌の句碑をご案内していただきました。一つは、山頭火が泊まった「朝日屋」跡の句碑「酔ひざめの水をさがすや竹田の宿で 山頭火」もう一つは、やすらぎ公園に建立された「阿蘇がなつかしいりんどうの花 山頭火」竹田市にはもう一つ、但馬屋老舗さんに「夜をこめて水が流れる秋の宿 山頭火」の句碑があります。ふるさとに3つもの句碑を建立していただきまた、奉公していた旅館岩城屋(現ホテル岩城屋)さんには、父が自ら飾り付けた木版画が多数展示されています。今、秋山巌は瀧上寺で実母と一緒に静かに眠っています。昨年の七回忌に、分骨・納骨法要を致しました。苦労はしたけれど、竹田を愛し、竹田に愛された人なのだと私は訪れるたびに感じます。とりとめなく書き連ねてしまいましたが、秋山巌の作品から、ふるさとの自然や文化に育まれたエネルギーを感じていただけたら幸いです。最後に、今展の開催に向けご協力・ご尽力いただいた皆様、家族を代表して、御礼申し上げます。2021年4月19日 町田珠実
2021.05.01
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。引き続き、竹田市歴史文化館・由学館での【秋山巌生誕100年記念展】会場内の様子をご紹介します。こちらは、1995年(平成7年)竹田市立竹田小学校開校120周年の記念に描いた作品です。竹田市立竹田小学校開校百二十周年記念誌「楠とむささび」むささびや学びの園の楠若葉 南斎(秋山巌の俳号)寄贈した作品の句は、ちょっと違っていますね学園やむささびも居る楠若葉 南斎巌の時代は、尋常小学校(修業期間6年)と高等小学校(修業期間2年)となるのでしょうか。写真が残っていますが、巌がどこにいるのか、確定は出来ませんでした。写真の台紙には、豊後竹田 渡邊写真館 とありました。わかる方はもうどなたもいらっしゃらないでしょうね。親のことは、元気なうちに聞いておかないといけません。母校に作品を寄贈出来た事は、さぞ喜びであったと思います。次回は、私の挨拶文を掲載しようと思います
2021.05.01
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。引き続き、竹田市歴史文化館・由学館での【秋山巌生誕100年記念展】会場内の様子をご紹介します。山頭火の直筆掛け軸から右がエッチング作品など、左側が、山頭火シリーズ初期の作品たち。1970年に山頭火の「草木塔」と出会い衝撃を受け、まず、俳句の系統、禅学、仏法の入門書を手当たり次第に乱読。山頭火の足跡をめぐり取材旅行を重ね、最初に取り組んだ句が、落葉ふる奥ふかく御仏を観る 山頭火掛け軸のすぐ左の作品です。↓ふるさと大分県の、臼杵の石仏がモデルとなりました。1971年より、板に山頭火の句をテーマに彫るまで2年あまりかかり、この「みほとけ観る」という作品は、1973年作。山頭火を版画で蘇らせたのです。そして、会場正面にずらりと並んだふすま絵。ふくろうの裏には、風神雷神が描かれています。福島県の相馬市で、自宅の六畳二間続きの和室を、ギャラリースペースにしておりました。1994年(平成6年)制作です。東日本大震災を経て、関西へ移住後に寄贈致しましたので、一部痛んでしまいましたが、作品のエネルギーはじゅうぶん伝わると思います。横長ポストカードにしたら素敵だったので、額装しました。(会場にて販売中)秋山巌とふくろう三日月おちかかる城山の城 山頭火「月下の荒城」1976年 山頭火・秋山巌板画館蔵秋山巌と種田山頭火山頭火シリーズと、山頭火直筆掛け軸分け入っても分け入っても青い山 山頭火秋山巌が描いたひょうたんと、山頭火が書いたひょうたん、貴重!酔ひざめの水をさがすや竹田の宿で 山頭火「水をさがす」2003年 山頭火・秋山巌板画館蔵竹田には、この句の句碑もあります。酔ひざめの水をさがすや竹田の宿で 山頭火の句碑寄贈した秋山巌の著作や海外個展のカタログ。師棟方志功の作品は、是非会場にてご覧下さい。次は、秋山巌が卒業した「竹田小学校」120周年の為に描いた絵をご紹介します。
2021.05.01
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。では、竹田での【秋山巌生誕100年記念展】会場内の様子をご紹介します。由学館からのご挨拶秋山巌と竹田順路⇒こっちから観てね!とふくろうが言ってますネ。まず最初に、秋山巌の年譜パネルと、秋山庄太郎氏撮影の写真パネルそして、私からのご挨拶が展示されています。続いて展示されている4点は、師棟方志功の作品です。大分県立美術館から「厖濃」自板像の柵・星座の絵・奥山在神図・凡聖一如の柵の4点を借りて展示中。秋山巌と棟方志功そして、初期のエッチングやコラージュ作品山頭火の書掛け軸初期の木版画秋山巌 版画の道へ「老貨物船」1963年(昭和38年)山頭火・秋山巌板画館蔵「けものたち」1964年(昭和39年)山頭火・秋山巌板画館蔵「冬眠からさめたけもの」1964年(昭和39年)山頭火・秋山巌板画館蔵「 港」1963年(昭和38年)山頭火・秋山巌板画館蔵次は、初期の木版画へ。
2021.05.01
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