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今日7月31日は、日本最古の市電・京都北野線が廃止された日(1961年)、北陸トンネルが貫通した日(1961年)、東京・山手線に冷房車が初登場した日(1970年)、パラグライダーの日だそうです。山下駅と日生中央駅を結ぶ線と、妙見口駅を結ぶ線では、それぞれ異なった色のオリジナル電車が走っています。「本日の思い出の1枚」は妙見口へ向かうオリジナルカラー電車です。ヘッドマークの記載から、このカラーリングは1994年から2003年まで使用されていたようです。阪急伝統のマルーンを一切使わず、全体をクリームに塗り、ドアをオレンジで強調するという配色からは阪急の匂いを全く感じません。ただごく一部、前面部に施されたステンレスの帯からは、何となく京都線の特急6300系を連想させます。しかし、ここまで大きく塗装が変わると、文字どおりオリジナルカラーと言えます。「100周年記念号」ですので、いつまでも走るとは思いませんが、欲を言えば、さらに違う種類のオリジナルカラーも見てみたいものです。
2009/07/31
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今日7月30日は、プロレス記念日(日本プロレスリング協会結成1953年)、明治天皇崩御(1912年)、東北自動車道全通記念日だそうです。昨日も書いたように、能勢電は山下駅で日生中央駅へ向かう線と妙見口駅へ向かう線に分かれます。そして今、それぞれの支線に「100周年記念号」のヘッドマークをつけたオリジナルカラーの電車が走っています。「本日の思い出の1枚」は、日生中央線のオリジナルカラー電車です。阪急電車のマルーンカラーに、窓の周りをクリームに塗った車体は1983年から1992年まで走っていたようです。マルーン一色に塗られた阪急色を見慣れている目には、一瞬奇異に感じましたが、見慣れてくると、これはこれで良いかも、と思うようになりました。
2009/07/30
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今日7月29日は、アマチュア無線の日(日本アマチュア無線連盟1973年)だそうです。兵庫から大阪の北部にかけてのエリア、いわゆる北摂地区には能勢電鉄という私鉄が走っています。川西能勢口で阪急宝塚線と接続していることや、阪急の古い車輌を使っていることなど、阪急電鉄の影響を強く受けている鉄道会社です。先月、仕事で能勢電に乗ることがありました。わたしも同じ北摂エリアに住み、日本海側へ抜けるとき、能勢電を横目で見ながら車を運転することが、これまでにも度々あったのですが、電車に乗ることはありませんでした。そのため、仕事で山下駅まで乗車するときには、「鉄」の指定席である運転席のすぐ後ろに座り、前方を注視してしまいました(笑)。川西能勢口から北上した電車は、山下駅で日生中央駅行きと妙見口駅行きとに分かれます。前回は山下駅で下車したのですが、そのとき隣のホームに「100周年記念号」のヘッドマークをつけた電車が停まっていました。その日は残念ながらカメラを持っていませんでしたので、近いうちにこれを撮影しに来よう、と思って仕事先へ向かいました。先日の日曜は、雨の予報が出ていたこともあり、外出を控えていたのですが、強い風が雨雲を吹き飛ばしたようで、お昼前から快晴の空模様。こんなことなら朝から遠出をしていたのに……と恨めしく、「雨よ、降れ」とさえ思ったのですが、晴らすことはできても、降らすことのできない「晴れ男」の悲しさ(笑)、照りつける真夏の日差しに天を見上げるばかりでした。結局、前から気になっていた能勢電へ午後から出かけることにしました。途中、すれ違う電車の前面に「あじさい」のヘッドマークがついているのを見つけ、あれっ? と思ったのですが、車内吊りなどに注意してみると、能勢妙見山はあじさいの名所で、今、「あじさい祭」をやっていることが分かりました。これはしっかり記録して帰らなくては、と思い、ヘッドマーク付電車がやってくるのを待ちました。山下駅で電車が行きかうのを眺めていると、妙見口へ行く電車と日生中央へ向かう電車の運行パターンが読めてきました。ヘッドマークはすべての列車についているわけではありませんので、折り返してくるヘッドマーク付電車の到着を予想しながら待ち受けました。
2009/07/29
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今日7月28日は、菜っ葉の日、乱歩の日(乱歩忌1965年)だそうです。早朝は雨、午前中は曇り、お昼ごろから晴れと、天気は急速に好転してきました。参宮線ではその後も何ヵ所かで撮影を続けましたが、日が西に傾きかけたので、そろそろ大阪をめざす時刻となりました。とりあえずの締めとしたのは、午前中にも立ち寄った宮川の鉄橋です。宮川橋梁は、参宮線宮川~山田上口(かみぐち)間の宮川に架けられた明治時代の鉄橋で、参宮線の前身である参宮鉄道宮川鉄工所が製造したものです。この橋は橋長458m、橋脚はレンガ製。当初、「プラットトラス式」であった橋桁は昭和5年、鉄道省により「ダブルワーレン式」へと補強変更されています。ダブルワーレン式はトラスの斜材をX字型に組んだ構造をしており、径間の長い鉄橋に適しているそうです。参宮線では、普通のほかには快速「みえ」が走っているだけですから、伊勢参りや志摩観光の客は近鉄に完全に奪われています。快速「みえ」も、一部を除いては2輌編成ですから、基本的には地元の足として運行されているようです。長い鉄橋に短編成の列車は不釣合いなのですが、このときやってきた快速「みえ」は4輌編成でしたので、わずかながらも救われました。この角度から見ると、トラスの斜材が特徴的です。
2009/07/28
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今日7月27日は、政治を考える日だそうです。池の浦シーサイドのロケーションは、お立ち台のみで撮影して移動するには勿体ない気がしましたので、ほかに撮影できる場所がないかと思い、駅の方へ行ってみることにしました。池の浦シーサイド駅は臨時駅です。目の前には遠浅の海が広がっており、夏場には海水浴などで賑わうのでしょうが、シーズンには少し早かったため、駅は閉鎖されており、無人のホームがぽつんと取り残されていました。「シーサイド」という名前がつくだけあって、駅は本当に海のそばにあります。目の前の砂浜では、近くの人が潮干狩りをしていました。いっしょの子どもは、早くもパンツ一丁で水遊びです。しばらくすると快速「みえ」がやってきました。海辺を走る気動車。わたしの好きな光景の1つです。
2009/07/27
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今日7月26日は、福岡市の地下鉄1号線開業日(1981年)、ポツダム宣言記念日、幽霊の日(東海道四谷怪談初演)、日光の日だそうです。参宮線ではポスターにも使われた有名な場所があります。池の浦シーサイドの海岸線を入れて撮る所で、前から一度行ってみたいと思っていました。今回、参宮線を訪問した目的の1つも、そこにありました。ここは線路が南北に、海の中道を走るように敷かれているため、午前でも午後でも撮影が可能なロケーション……のはずでした。しかし、最近、線路の西側に金網が立てられたようで、東側からしか撮影できなくなっていました。わたしが現地に着いたのは午後になっていましたから、逆光サイドとなります。しかも潮が引いてほとんど水がない状態。有名な池の浦シーサイドで撮った写真とは思えない結果となりました。折角、遠路はるばる鳥羽にまで行ったのですから、とりあえずは証拠の1カットとしてご覧ください。
2009/07/26
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今日7月25日は、英国でスティーブンソンが蒸気機関車の初試運転に成功した日(1814年)、日本住宅公団が発足した日(1955年)だそうです。名松線の撮影は朝の1本で切り上げて参宮線へ移動し、その途中で近鉄も撮影しました。京阪奈から名古屋や伊勢へと広いエリアをカバーする近鉄ですが、私自身がこれまでに撮影した回数は、それほど多くありませんでした。しかし、最近、四日市や名松線など、三重県へ来ることが重なり、その結果として近鉄にレンズを向ける機会も増えました。今回撮影したのは、宮川に架かる鉄橋を望む築堤ですが、次々と特急や普通がやってきて、小1時間もいればお腹いっぱいという気分になりました。さすがは日本一の私鉄です。
2009/07/25
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今日7月24日は、劇画の日、芥川龍之介が睡眠薬自殺をした日(河童忌)(36歳、1927年)だそうです。名松線はローカル線の例に漏れず、1日の運転本数はあまり多くありません。前回訪問したとき、撮影を終えて大阪へ帰ろうという段になって、撮影した気動車を途中で追い越し、再度撮影するということを経験しました。つまり、ここは追っかけができる!今回はその経験を生かし、伊勢奥津の周辺で撮影したあと、一気に家城の近くまで走り、同じ列車の再撮影にチャレンジしました。休日の朝ということもあり、道路は空いており、難なく先行することができました。家城の近くでは数ヵ所撮影に適した場所があるのですが、ロケーションの情報をもっていると、逆に迷ってしまうことにもなります。ここはどうかな、あそこはどうだろう、と思っているうちに時間だけが過ぎ、折角手に入れたアドバンテージも刻々と残り少なくなっていきます。結局、時間切れとなり、最期は線路際での接近戦。わが身の欲深さと優柔不断ぶりを嘆く結果となりました。
2009/07/24
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今日7月23日は、大暑(二十四節気の1つ。暑気が至り最も暑くなる)、文月・ふみの日(郵政省1979年)だそうです。昨日の大阪は雲が厚く垂れ込めていましたが、皆既日食の瞬間、薄くなった雲間から月に侵食され、三日月のようになった太陽を眺めることができました。雲がサングラスの役割を果たしたため、肉眼でもはっきりと見ることができ、ラッキーでした。次は26年後。果たして、この目で見ることはできるでしょうか。伊勢奥津駅で給水塔を撮ったあとは、いよいよ名松線の撮影開始です。前回は冬枯れた景色でしたが、今回は至るところに鮮やかな緑が満ち溢れています。伊勢奥津と伊勢八知の間、名松線の気動車は渓谷に沿って走るため、情景写真を撮るのに適しています。本日の「思い出の1枚」は、伊勢奥津と比津の間に架かっている雲出川の鉄橋を渡るキハ11です。前回訪問時、この鉄橋は、塗り替え作業のために足場が組まれ、ネットで覆われていましたので撮影をパスしたのですが、今回はそれも終了していましたから、改めて被写体にしました。ワイドレンズで橋脚の下を流れる水を取り入れてみましたが、清流に心まで洗われるような気がしました。
2009/07/23
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冬の給水塔夏の伊勢奥津の給水塔今日7月22日は、皆既日食、下駄の日(全国木製はきもの業組合連合会)、てんぷらの日だそうです。名松線は松阪と伊勢奥津を結んで走る路線ですが、もともとは松阪と名張を結ぶ予定でした。名松線の名前の由来もそこにあるのですが、線路は名張まで敷設されることなく、伊勢奥津で止まっています。現在の利用状況を考慮すると、名張まで延長されることは恐らくないでしょう。かつて名松線では、C11が走っていたようです。伊勢奥津には、今でも当時の名残である給水塔が錆びたまま残されています。名松線へは昨年末に一度、訪ねていますが、緑のシーズンにもう一回来てみようと思いましたので、先日、それを果たしてきました。伊勢奥津駅のはずれにある給水塔は蔦に覆われ、様子が一変していました。ホームにはキハ11が停まっていますが、給水塔の下にC11が停まっていればなあ、と思いながらシャッターを切りました。
2009/07/22
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今日7月21日は、シベリア横断鉄道が完成した日(1904年)、自然公園の日、神前結婚記念日、南極ボストーク基地で世界最低気温-89.2℃を記録した日(1983年)だそうです。姫新線でひまわり畑とトラちゃん田んぼを撮影するという所期の目的を達することができましたので、午後から移動することにしました。昨年は、午後に移動した場所で大変なことに遭遇してしまったため(謎)、昨年の二の舞を踏むことは避け、播但線へ行くことにしました。うまくいけば午後の下り「はまかぜ」を撮影できるかもしれない、と思ったのですが、お昼ご飯を少しゆっくりしていたのと、具体的な撮影ポイントが分からないまま向かったため、もう少しで目的地到着というときに、少し離れた築堤の上を「はまかぜ」が走っているのを目撃してしまいました。結局、この日は次回の撮影に備えて撮影ポイントのロケハンをするという形になってしまいました。というわけで、播但線カラーであるワインレッドの103系が本日の「思い出の1枚」です。
2009/07/21
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今日7月20日は、海の日、土用(雑節の1つ。立秋の前18日)、アポロ11号が月面に軟着陸した日(1969年)だそうです。トラちゃん田んぼの向こうを横切っていく姫新線のキハ120を撮影し終わったときには正午を過ぎていました。どこかでお昼を、と思ったのですが、付近にはコンビニもなく、お店を探しているうちに佐用駅の手前まで来てしまいました。時刻表を見ると、先ほどトラちゃん田んぼで撮った普通が、もうすぐ引き返してくるところです。あと少しだけ我慢して撮影することにしました。何か良い季節ネタがないかと見渡したところ、大阪ではすでに盛りの過ぎたあじさいが、きれいに咲いています。迷うことなく、あじさい絡みのカットとすることにしました。最近は編成中心の撮影が続いていましたので、こうした情景写真を撮るのは気分が変わって良いものです。特に、単行もしくは短い編成のときは、季節をうまく取り入れられると、ローカル線を表現できたような気がして、楽しく思えます。
2009/07/20
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今日7月19日は、女性大臣の日(池田内閣の発足で日本初の女性大臣(厚相・中山マサ)誕生、1960年)、第1回ツール・ド・フランス(1903年)、沖縄国際海洋博覧会が開幕した日(1975年)だそうです。ひまわり畑での撮影をすませたあとは昨年同様、トラちゃん田んぼへ足をのばすことにしました。この田んぼは、中国自動車道作東インターチェンジへのアクセス道路から見下ろすことができ、バックに姫新線の気動車を配することができます。昨年のデザインと今年のデザインがどう変わったのかを確認するのも楽しみの1つでした。現地に着いてみると、田んぼの中ではたくさんの人たちが、今まさに農作業を行っているところでした。わたしと並んで田んぼの写真を撮っていたご夫婦がいたのですが、奥さんの方はピンクのハッピを着たバリバリのトラファン。奥さんの解説によると、今年は植え付けする稲の生育が遅れたため、ようやく田植えに漕ぎつけたとのこと。田んぼで作業を行っているのも、どうやらトラファンのようで「あれは○○ちゃん。○○さんも来てはるわ」などと言いながら盛んにシャッターを切っていました。そしてしばらくするとカメラを撤収し、車で田んぼの方へと下りていきました。「10月には稲刈りをするので、よかったら来てください」と言われましたが、刈り取りへの参加はともかく、色違いで稔った稲穂の姿は見てみたいなあ、などと思ってしまいました。
2009/07/19
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今日7月18日は、光化学スモッグの日、ロサンゼルス郊外にディズニーランドが開園した日(1955年)、チャップリンが来日した日(1961年)だそうです。姫新線の佐用以東区間では、昨年まで列車はキハ40(単行)とキハ47(2連)で運行されていましたが、現在はキハ122と127の新型車輌に置き換わっています。ひまわりとの新たなコラボレーションが始まったわけです。ひまわりは東に向いて咲くという性質があるため、畑では東に向かって走る姫路行きの列車が撮影に適しています。さらに列車が単行か2輌連結かは、佐用行きの列車を見ていると、折り返してきますので予想がつきます。そうした理由から、次の姫路行きは単行ということが分かりましたので、線路に接近して撮影することにしました。ひまわりが咲き誇るこの時期、ここでは「お鉄」でない一般の写真マニアもたくさんカメラを構えています。それだけに、撮影ポイントは先に取った者が優先権を持つといった、いわゆる「鉄の常識」が通用しません。列車の接近にあわせて畑の中に乱入し、線路際へ突進する人もいて、それまで構えていた構図が台なしになったことも一度ならずありました。本日の「思い出の1枚」も、実はそうした状況の中で撮影したものです。列車直前まで線路際には誰もいなかったのですが、通過にあわせて乱入してきて、それに気づいたため、ひまわりの花で何とか隠してシャッターを切りました。罵声飛び交う激パの撮影地は大嫌いですが、行動の予測がつかない「ゆる鉄」交じりの撮影地も臨機の対応、もしくは諦めが求められる分、気を使う撮影ではあります。ふ~う。
2009/07/18
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今日7月17日は、アメリカの宇宙船アポロとソ連のソユーズのドッキングが成功した日(1975年)、京都・祇園祭で山鉾巡行の日だそうです。大阪では先週9日(木)にセミの初鳴きが聞かれました。わたしも朝、ブログの更新作業をしているときにセミの声に気づき、妻と「セミが鳴き始めたな」と話をしました。大阪は今日、雨模様の天気ですが、来週には梅雨が明けるでしょう。本格的な夏の到来は、すぐそこにまで迫っています。夏の花といえば、真っ先に思い浮かぶのがひまわりです。そして鉄道写真でひまわりといえば、姫新線沿いのひまわり畑がまず一番に浮かんできます。わたしは昨年も姫新線のひまわりを撮影しに行っているのですが、少しピークが過ぎていたのと、夏の日差しが強すぎて、大輪のひまわりはいずれも少し頭を下げているように見えました。そこで、今年は咲き始めの元気の良い時期を狙うことにし、10日ほど前に行ってきました。天気よ、晴れろ、花よ、咲け! と訪問一週間ほど前から佐用町の公式ホームページにあるひまわり情報をチェックしつつ、祈る思いで週末を待ちわびました。そして撮影当日。天気は晴れたり曇ったりを繰り返していましたが、朝の撮影に適した時間帯に通過する列車の、少なくとも1本は晴れているときに走ってくれましたので、それでもう満足です。というわけで、本日の「思い出の1枚」は、今年撮影したひまわりです。どうです? 数え切れないほどのひまわりの花でしょ。昨年と比べて1週間ほど早いこともあって、花に元気があります。ひまわりの植えられている畑が、昨年と比べて少し場所を変えていましたので、アングルも異なりますが、ここまで大量のひまわりのそばを走る列車は、そうそう見かけることはできないでしょうね(この写真は「鉄道ホビダス」の中の「今日の1枚」にも掲載していただきました)。今季から姫新線で使用される気動車がリニューアルされたため、ひまわりと列車は新しい組み合わせになりました。撮影後、写真をチェックして気づいたのですが、列車に施された黄色とオレンジの帯が、ひまわりと同じ色です。ああ、やっぱり夏だなあ。
2009/07/17
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今日7月16日は、駅弁記念日だそうです。6300系に代わって京都線の特急の座を占めているのは9300系です。ほとんどデザインが変わらない阪急の中にあって、少し丸みを帯びた前面のフォルムやシングルアームは今風です。京都線特急の伝統を受け継ぎ、グリーンの座席は基本的にクロスシートですが、一部にロングシートも採用されており、このあたりは通勤ラッシュ時に対応したものと言えます。外観色は阪急伝統の「マルーン」ですが、6300系との最大の変更点は3枚扉になったこと。自社の車輌として残しておきたいものはそのままで、進化させてもいい部分は変えるという阪急の思想を見るような気がします。今年の正月、6300系を撮影したときには、9300系特急にはHMが1つもついておらず、9300系はHM掲出に対応していないんだ、と思っていましたが、そうではありませんでした。この日、9300系はHMをつけているのですが、6300系には全然ついていませんでした。このあたりも立場が逆転したようで、寂しい思いがしました。さて、明日はいよいよ山鉾巡行です。京都は夏本番を迎えます。
2009/07/16
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今日7月15日は、盆、ファミコンの日、中央線三鷹駅で無人電車が暴走し、死傷者十数人が出た日(三鷹事件、1949年)、お菓子の日(毎月)だそうです。昨日から京都では祇園祭の宵山となっています。17日の山鉾巡行に備え、準備が進められているようです。それにあわせて現在、阪急ではいくつかの列車に「祇園祭」のヘッドマークが掲げられています。阪急は季節ごとにHM付列車を運行しており、今年も正月に「干支(今年は牛)」のHM、4月には「さくら」のHM付列車が運転されました。7月は京都の「祇園祭」HMというわけです。HM好きの人間としては、ぜひとも記録しておかなければ、と思い、京都線の淡路駅と上新庄駅で駅撮りをしてきました。淡路駅に着くと、ちょうど北千里行きの普通列車がHMをつけて停まっていました。しばらくすると、その横に梅田行きの特急が入線してきました。6300系です。思い返すと、今年の正月には品川530さんと一緒に、この6300系を追いかけたものです。4月にはなくなってしまうかもしれないということでしたから……。確かにかなり数は減らしていますが、今もなお数編成は残り、最後の特急仕業についています。できれば、この6300系に「祇園祭」のHMをつけてほしいなあ。
2009/07/15
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今日7月14日は、検疫記念日(日本検疫衛生協会1961年)、フランス革命記念日(パリ祭)、京都・祇園祭の宵山、求人広告の日だそうです。四日市エリアを東奔西走しましたが、日も大きく西に傾き、そろそろ大阪へ向けて走り出さなければならい時刻となってきました。そこで帰阪前に、四日市から名古屋方面へ続行して走る貨物を撮って、本日の納めとすることにしました。この場所は、光線的には逆光になるのですが、この日の夕方は雲が多かったため、完全なシルエットにはなりませんでした。特急や普通列車が通過したあと、DD51重連のタンク貨物が接近してきました。原色機ではありませんでしたが、更新機のペアということで、色がそろっていましたから、これはこれでよかったかな、と。
2009/07/14
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今日7月13日は、盆の迎え火だそうです。太平洋セメントからの貨車を待っていたDD51は、専用機が離れると到着した貨車を連結し、四日市の方へ向けて発車します。わたしもすぐさま可動橋の向こう側へと移動しました。貨車受け渡しの場所と可動橋の距離は鉄路だと短いのですが、車で走るとぐるっと一回りしなければなりません。撮影予定ポイントに着いたときには、DD51はすでに橋を渡ってこちらへ進んでいるところでした。フロントデッキでは依然、2人の監視員が前方を注視しています。機関車、貨車と順番に橋を渡るのですが、やはり橋と陸上の連結部を通過するときには注意を要するみたいで、全部渡りきるのにしばらく時間がかかっていました。現役では日本唯一というこの可動橋。すでに文化遺産に指定されていますが、これからも長く現役で活躍してもらいたいものです。
2009/07/13
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今日7月12日は、子午線制定日(1886年)、パンの日(毎月)、豆腐の日(毎月)だそうです。四日市からのDD51貨物が可動橋を渡っていくのと相前後して、太平洋セメントからも専用機が貨車を引き出してきます。DD51とOD451が中継地点で返空と実車の貨車を、それぞれ交換するわけです。あたり一面に注意をうながすサイレンが鳴り響き、黄色の回転灯が点滅する中、お昼前に工場で見かけたOD451号機がゆっくりと近づいてきます。フロントデッキには監視要員も乗っています。DD51といい、OD451といい、四日市港内の路線では、いずれも監視要員が前方を注意しながら列車を走らせています。その分、スピードは遅く、撮影する側にとってはじっくりと構えることができます。わずか1kmに満たない専用線ですが、いかにも工業地帯を走る専用機という感じがして、とても新鮮な気持ち。ワクワクしながらシャッターを切りました。
2009/07/12
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今日7月11日は、新宿・渋谷など東京の5駅のホームで禁煙タイムがスタートした日(1974年)、世界人口デー(国連人口基金1990年)、真珠記念日だそうです。四日市港線では、ときに運休も出るようです。事前に調べておいた列車通過時刻にあわせて可動橋へ行ったのですが、午前の1便はウヤでした。午後にもう1便ありますので、それに期待して可動橋付近で待機しました。しばらく待っていると、橋げたを下ろすために係員が自転車に乗ってやってきました。これでウヤはない、と思い、あらかじめ決めてあった場所でDD51貨物がやってくるのを待ちました。撮影ポイントにしたのは、線路際に色とりどりのドラム缶が積み上げられているところです。幼い子どもが、お絵かきに使っているクレヨンを箱から出して積み上げたらこんな感じかも……。鉄道写真では珍しいバックになると思い、この場所を選んだのです。予想どおり、色にあふれた写真ができあがりました。
2009/07/11
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今日7月10日は、納豆の日(全国納豆協同組合連合会1992年)だそうです。おお、な(7)とお(10)かあ。なるほど。四日市港で撮影後は南四日市駅のヤードに移動し、関西本線を走る貨物の駅発車を撮影。ああ、忙し、忙し……。そうこうしている間に早、お昼。国道そばのラーメン屋さんで昼食を済ませ、もう一度、塩浜支線にもどり、午後一番の貨物を待ち受けます。次の列車は、インカーブから貨車の曲線を取り入れて、とイメージしてフレーミングをしていたのですが、ヤードの向こうに姿を現したのはDD51の重連単機回送。あらら……。横位置で構えていたのですが、単回ではあまりにも空間があき過ぎます。すぐさま縦位置に変更し、機関車のみをアップで捉えることにしました。更新色のDD51重連はゆっくりと近づいてきます。機関車だけで画面がいっぱいになりましたが、そのままさらにシャッターを押し続けます。クルクルと回るラジエターのファン、さらにはキャブの運転士さんの顔も見えます。重連単回は予想外でしたが、結果としておもしろいものが撮れたかな、とまずは自己満足の及第点。
2009/07/10
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今日7月9日は、ジェットコースターの日、第1回ウィンブルドン・テニス開催(1877年)だそうです。この日は頻繁に移動し、あちらでパチリ、こちらでカシャ、カシャと撮影したため、普段以上に早いペースでデジカメのメディアが埋まっていきます。塩浜支線でタチアオイと赤いDD51を撮影したあとは、再び四日市港の方へ行き、太平洋セメントの工場を探しました。港のエリアの中を四日市からDD51が牽いてきた線路に沿って走ってみたのですが、工場らしいものは見あたらず、いつの間にか線路も錆びたレールに変わっていました。この方角ではないのだと気づき、DD51貨物が停車した場所から、ポイントで分岐した反対方向に走ってみるとサイロらしいものが見えてきました。近づくとヤードに黄色いディーゼル機関車が停まっていました。ホッパーの下に貨車を少しずつ押し込んで、今まさに作業の真っ最中です。黄色い機関車のナンバープレートには「OD451」という機番が刻まれています。太平洋セメントの専用機です。塩浜支線といい、四日市港線といい、途中のヤードまで牽いてきた貨物は、それぞれの工場の専用機が自社工場まで牽いていくというのが、この地のルールのようです。それが分かったことで、機関車の運行形態も何となく見えてきたような気がしました。
2009/07/09
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今日7月8日は、質屋の日(各地の質屋組合)だそうです。四日市港線のお立ち台で撮影したあとは塩浜支線に移動し、塩浜貨物駅から四日市駅に向けて走るタンク貨物を狙いました。このスジはDD51の単機牽引です。朝、四日市に着いて撮影現場を一回りロケハンしたとき、線路際にタチアオイが咲いているのを見かけました。白、薄紅、真紅と、タチオアイにはカラーバリエーションがありますが、ここに咲いているのは真紅バージョンです。原色機だと色がそろうな、と思っていたら、やってきたのは期待どおりの原色機。ラッキーでした。赤いタチアオイに赤いDD51。梅雨明けまでには今しばらく時間がかかりますが、これに青い空が加わったら、いよいよ本格的な夏の到来です。
2009/07/08
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今日7月7日は、七夕、乾めんの日(全国乾麺協同組合連合会1982年)、ゆかたの日(日本ゆかた連合会1981年)、竹・筍の日(日本竹産業連合会1986年)、ギフトの日(全日本ギフト用品協会)だそうです。名古屋方面から運ばれてきた貨物は、四日市から南四日市に行くものと、塩浜貨物駅へ行くもの、四日市港へ行くものの3パターンに分けられます。南四日市への貨物は、関西本線をそのまま牽引されるのですが、あとの2つは貨物だけが走る専用線です。そこをDD51が単機もしくは重連で牽引していきます。前回の四日市訪問で果たせなかったのが、四日市港線での撮影です。四日市港線では、基本的にDD51は一輌で運転されます。この線で注目すべきは、河口部に架かった鉄道可動橋をDD51牽引貨物がゆっくりと通過する点です。この可動橋は日本で唯一現役のもので、文化遺産にも指定されています。ここを渡る貨物を撮影するのが、今回の目的の1つでしたが、無事、所期の目的を果たすことができました。この日は青色機が牽引を担当していました。
2009/07/07
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今日7月6日は、サラダ記念日、公認会計士の日(日本公認会計士協会1991年)だそうです。少し前のブログにも書きましたが、最近、土曜日に休めないことが多く、といって平日にもなかなか休みにくく、どうしたものかと嘆くばかりです。先日、無理やり平日に休みを取り、平日ならではの撮影地ということで、四日市のDD51を日帰りで撮影してきました。四日市は今年の年明けにも一度訪ねており、今回が二度目の訪問となります。このときは土地勘、運行情報が少なかったため、今ひとつ効率的な撮影はできなかったのですが、前回の経験を生かし、素早い移動を重ねた結果、DD51三昧の一日を過ごすことができました。大阪を薄暗いうちに出発し、西名阪道をひた走ると、朝7過ぎには四日市に到着。関西本線を走る朝のDD51重連貨物を押さえたあと、富田駅へ向かいました。ここには三岐鉄道の貨物が入ってくるため、電気機関車、ディーゼル機関車の両方が撮影できます。この朝も、駅に行くと三岐鉄道の電機ED45が重連で構内の片隅に停まっていました。しばらくすると太平洋セメントの貨車を牽いたDD51の青色機がやってきて、貨車を切り離したあと、電機と並ぶ位置で停車しました。このDD51はその後、少し経つとエンジンを切りましたので、しばしの休息に入るようです。こうした一連の動作を見届けたのち、わたしは再度、四日市行きの貨物を撮影するため、移動することにしました。
2009/07/06
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今日7月5日は、ビキニスタイルの日(数日前米国がビキニ諸島で核実験を行ったのにちなんだ名前)、ベネズエラ独立記念日、アルジェリア独立記念日だそうです。特急「はまかぜ」は1日3往復運行されていますが、日中、城崎以西で特急「はまかぜ」を撮影できるチャンスは、上下あわせて5回となります(最終便が走るころには暗くなっていますので、撮影不可能です)。2号、1号、4号の順で撮影してきた「はまかぜ」ですが、この日はあまり天気が良くなかったため、午後5時を過ぎて通過する上りの6号は撮影を断念し、午後3時半過ぎの3号を撮ったのち家路をたどることにしました。その3号は、佐津駅の手前にある鉄橋で狙いました。標準系ズームをつけて待ち構え、列車の接近にあわせてワイド側へズーミング。結果、先頭車輌の前半分を強調する形のフレーミングとなりました。正統派の編成写真からは少し外れますが、これはこれでおもしろいかな、と。
2009/07/05
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今日7月4日は、梨の日、那須の日、アメリカ独立記念日だそうです。この日は餘部鉄橋を越えて浜坂まで足を運びました。恥ずかしながら、餘部鉄橋以西は初めて踏み込むエリアですので、撮影ポイントを探しながら移動しました。途中、国道の跨線橋から撮影できるポイントがありました。ここは結構有名な場所ですが、特別な列車が走るでもない、普段どおりの日とあっては、ほかに同業者の姿を見ることもなく、心静かにレンズを向けることができました。峠の中腹とあって、カーブを立ち上がってくるキハ47の普通列車はゆっくりと接近してきました。次回はここで「はまかぜ」の写真を撮りたいものです。
2009/07/04
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今日7月3日は、波の日だそうです。ああ、な(7)み(3)の日、ね。香住まで来たのなら、餘部鉄橋を拝んで帰らない手はありません。以前、職場の慰安旅行で香住へ行ったときにも、餘部鉄橋へは立ち寄りましたが、非鉄の上司や同僚が一緒とあっては、列車が通過するまで待って、などと言えるはずもなく、単純にその高さを驚いてもらうだけの「鉄橋観光」で次へと移動しました。そんな記憶を呼び起こしながら、工事真っ最中の餘部鉄橋を眺めていました。工事が始まる直前の“鉄橋フィーバー”は、ものすごいものがあったようですが、人の集まるときに、人が集まる所へ行くのはあまり好きではありませんから、結局、「お祭り」には参加しないまま、今日に至りました。現在、橋脚はすべて立ち上がっています。この写真には2基しか写っていませんが、全部で4基のクレーンが忙しく稼動しており、その横をキハ47の普通列車がゆっくりと通過していきます。
2009/07/03
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今日7月2日は、うどんの日(香川県生麺事業協同組合1980年)だそうです。香住駅の西側には鉄橋があり、手軽に編成写真を撮影することができます。「はまかぜ」も1往復だけ浜坂まで行っていますので、その下り列車を撮ることが可能です。バックの築堤上に見えているのは桜の並木だと思います。春にはきれいなのでしょうね。来春の楽しみが増えました。これまでにも何度か香住へは来ており、この鉄橋の存在は知っていたのですが、お世話になった民宿が海寄りにあったため、この鉄橋は逆サイドからばかり見ており、そのときは、今ひとつの鉄橋だなあ、としか思っていませんでした。今回、初めてこの角度で見て、なかなか捨てたものではないと思い直しました。撮影ポイントは、いろいろな方向から探すべし、の鉄則を改めて実感しました。
2009/07/02
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今日7月1日は、東海道線全線開通。新橋~神戸間は20時間5分(1889年)、山形新幹線開業(1992年)、国民安全の日(総理府1960年)、更正保護の日(法務省1949年)、童謡の日(日本童謡協会1984年)、クレジットの日(日本クレジット産業協会1977年)、函館港開港記念日、カナダ建国記念日、富士山開き、プール開きの日だそうです。城崎から浜坂までの未電化区間では、普通列車にキハ47が充当されています。赤いボディは遠くからだと国鉄色のように見えるのですが、実際はワインレッドで、播但線で走っているのと同じ色です。朝一番の上り「はまかぜ」を見送ったあと、追いかけるようにやってきた普通列車を峠の入口で撮影しました。この列車は、このあと緩やかに右カーブを切ったのち、トンネルを抜けて峠の勾配に挑みます。そのころ車窓左手には日本海が広がります。残念ながら、この朝の天気は雨交じり。晴れれば群青色の日本海も、今日はニビ色の海になっているはずです。
2009/07/01
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