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今日8月31日は、都電の廃止が決まった日(1963年)、野菜の日(1983年)、そばの日(毎月)だそうです。昨日、城東貨物線でJR九州813系の甲種輸送がありましたので、撮影に行ってきました。わたしは淀川橋梁の南端部分で撮影したのですが、日曜の午後ということもあって、この場所だけで40名ほどのファンがカメラを構えていました。北端にもかなりの三脚が立っていましたし、人道橋を併設していることで有名なこの長い橋の途中でも、一定間隔でファンが立っていましたから、淀川橋梁付近だけで100人近いカメラマンが集まったのではないでしょうか。牽引機はDD51 835号機。原色機で、吹田区のリーダー的な存在の機関車です。この日は近畿車輛株式会社のロゴが入った「工場見学記念」というヘッドマークもつけていました。原色のDD51が牽引しているとはいえ、普段の休日ならば数名のファンがポツポツと立っているくらいの城東貨物線ですが、やはり話題の列車が走るとなると様子は一転するようです。
2009/08/31
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今日8月30日は、富士山測候所記念日、みその日(毎月)だそうです。妻の実家に無事到着し、午後はゆっくりと過ごして夕方、村の温泉にも行き、旅の疲れを洗い落としました。翌日は朝から土讃線の撮影に出発です。この日は高知以西で撮影することにしました。いくつかのポイントを順番に移動しながら撮影したあと、今回楽しみにしていた斗賀野の峠越え俯瞰ポイントに行きました。佐川から須崎へ抜ける山道から峠越えをする土讃線の列車を撮影できるのですが、前に行ったときは列車の通過時刻があわず、場所だけを確認して帰ったため、今回はそのリベンジというわけです。このポイントは、光線的には午後が順光となり、もちろん午後にも撮影しているのですが、本日の「思い出の1枚」は、午前に撮影したカットをご覧いただきたいと思います。午前中、この場所はサイドライト気味の光線になるのですが、むしろその方が木々に陰影が出て、立体的に見えます。午後は絵はがき的に、午前は芸術的に、という感じでしょうか。上りの特急「南風」がエンジンのうなりを上げて峠を登っていきます。
2009/08/30
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今日8月29日は、焼き肉の日、秋田県の記念日、文化財保護法施行記念日、肉の日(毎月)だそうです。日和佐、牟岐と順調に南下し、牟岐線の終点、海部にまでやってきました。途中、鯖大師のあたりでキハ47系の普通列車を追い越しましたので、うまくすれば、これも撮影できるかもしれないと思って先を急ぎ、海部駅の手前にある鉄橋で待ち構えました。今回も車を停めるのとほぼ同時に列車が姿を現すという絶妙のタイミング。すばやく露出を確認してフレーミングします。この普通は、特急「剣山」を上回る3輌編成。しかも、どのキハ47もピカピカです。検査明けの車体なのでしょうか。牟岐線は南の方へ来ると、普通列車に使われているのはキハ47だけですが、JR四国管内でも、キハ47は他線区ではほとんど見かけません。全国的にみると、キハ40やキハ47は、まだまだ未電化区間の主力気動車ですが、JR四国の場合、これまた徳島限定車輌なのかもしれません。
2009/08/29
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今日8月28日は、民放テレビスタートの日、にわとりの日(毎月)だそうです。今日から、帰省時に撮影した四国シリーズへとポイントを切り替えます。帰省先は高知県ですので、大阪から淡路島を抜け、徳島県東岸を南下して高知に至るというのが通常のルートです。大渋滞が予想されますから、夜も明けないうちから走り出しました。おかげで全く渋滞に巻き込まれないまま四国入り。徳島市内も楽に通過して、牟岐線に沿って走る場所まできました。持参の時刻表をめくってみると、まもなく徳島方面行きの特急「剣山」がやってくる時刻です。まだすれ違っていないはずと思い、田んぼの中に見える踏切をめざしてハンドルを切りました。車を停め、カメラを持って外に出ると同時に警報が鳴り始めました。グッドタイミングです。優等列車とはいえ、牟岐線を走る特急は「剣山」も「むろと」もキハ185系の2輌編成です。普通列車でさえ、朝夕の通勤時間帯では3輌編成になるときがあるのに比べると、いやはやという感じです。やってきた「剣山」は平坦地ということもあって、結構スピードをあげています。JR四国の中でキハ185系は牟岐線と徳島線、予讃線、内子線で使われています。ただ、予讃線、内子線用の車輌(3000番台、3100番台)は普通列車仕様に改造されています。その意味では、特急用のキハ185系は徳島限定車輌といえるかもしれません。
2009/08/28
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今日8月27日は、「男はつらいよ」の日(映画・寅さんシリーズ第1回封切り、1969年)だそうです。朝食を済ませてチェックアウトしたあとは釧網本線に足を運びました。この線の、特に網走近郊では普通か快速しか走っておらず、単行もしくは2輌編成の列車であるため、線路から大きく離れると、何が写っているのか分からないという画面になります。そこで快速「しれとこ」は、線路際かぶりつきで、鉄橋を渡るところを撮ることにしました。原生花園などの臨時駅もオープンしている夏場の観光シーズンですが、快速にもかかわらず単行での運転。このあたりは、やはり寂しい気がします。でも、専用のマークを掲げていることで、よしとしましょう(笑)。列車が来るまでに地元の人から聞いた話では、鉄橋が架かっている止別川は、北海道でも一番鮭が多く捕れる川で、毎年9月から10月になると、遡上する鮭で川が埋め尽くされるそうです。このときは残念ながら鮭の姿は確認できませんでしたが、それでも30センチくらいの魚が身を翻すシーンを何度か見ることができました。鱒だそうです。川面にあふれかえる鮭の遡上シーンとあわせて快速「しれとこ」を撮影するのも楽しいかもしれません。いつか実現させたいテーマです。
2009/08/27
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今日8月26日は、国産機(三菱製作「日本号」)による初の世界一周飛行(1939)、ふろの日(毎月)だそうです。網走に泊まって一夜明けた早朝、朝ごはんの前に朝一番の上り「オホーツク」を撮るため、朝練に出かけました。もう一度ホテルに帰ってくるため、あまり遠いところへ出かけるわけにはいきません。前日から予定していた、網走からそれほど遠くないところの跨線橋で撮影することにしました。橋から下を見下ろすと、線路際にはフキがいくつか、大きな葉を広げています。「フキの葉の下の人」といわれる伝説の小人コロボックルが潜んでいそうな……。朝の光を浴びて「オホーツク」がやってきました。緩やかにカーブする編成をほぼ正面から捉えてみました。大型ダンプが頻繁に行き交う跨線橋から見たとは思えない自然味あふれる光景が、ごく当たり前に広がっているところは、さすが北海道です。
2009/08/26
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今日8月25日は、ラーメン記念日(日清食品が即席チキンラーメンを発売した日)、サマークリスマスだそうです。思いがけず遭遇したDE15牽引PPホキ列車。今日はこれに賭けてみよう、と思いました。ただ、列車の運行時刻が全く分かりません。しかし、遠軽駅では方向転換をするために多少の時間がかかるし、その間に追いつけるだろうと目星をつけ、駅へと急ぎました。予想どおり、駅構内には工臨が停まっています。待合室を掃除していた駅員さんに聞くと、20分くらいのちに発車するとのこと。ただし、遠軽から旭川の方へ進むのではなく、来た道をそのまま北見へ帰るそうです。これはちょっと意外でした。空荷のホキ4輌でプッシュ・プルという理由も解せませんが、こういう列車そのものに、なかなか出会うことができませんので、遠軽から先のロケハンは次回のお楽しみとして、わたしも工臨とともに引き返すことにしました。ロケーションのことが全く分からないのですが、遠軽駅に来る途中で見かけた鉄橋がまあまあの雰囲気でしたから、とりあえずそこで撮影することにしました。あとは追いかけて、さらに一回でも二回でも撮ることができればラッキーと割り切りました。雨は降ったり止んだりを繰り返していますが、工臨がやってくるころに再びザッときました。DD51の石北貨物なら後部補機の機関車は収まらないでしょうが、貨物4輌のプッシュ・プルなら程よい長さです。バックに見えるラクダのこぶのような山が、今春訪問した中国・桂林の山に何となく似ています。遠軽の地が思い出の1ポイントとして記憶に刻み込まれました。
2009/08/25
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今日8月24日は、参議員選挙に比例代表制が導入された日(1982年)だそうです。女満別空港を起点に留辺蕊から遠軽へと撮影ポイントを探しながら移動していきました。わたし自身は、蒸気機関車が走っていた時代に一度だけ常紋の地を訪ねていますが、今から35年以上も前のこと。しかも列車で信号所に降り、峠付近に数時間滞在しただけですから、石北本線は初訪問に等しい路線です。今回、女満別~遠軽間を往復しましたが、線路をまたぐ跨線橋がいくつかあることに気づきました。住宅が密集している本州と異なり、道路を整備するにあたって周囲の土地に余裕があるせいかもしれない、と思いました。ここはどうかな、と思いながらロケハンをしているときに、DE15がプッシュプルでホキ4輌を牽いている工臨に出会いました。一瞬のことだったのでカメラを構える余裕もなく、ああ今日はついてないな、と思っていたのですが、場所を変え、次の「オホーツク」を撮影するため、跨線橋で待っていると、遠くに見えている駅に、先ほど通過していったPP工臨がやってきて停車しました。いつ発車するのかは分かりませんが、ここで待っておけば、絶対に撮影できる、と思っていると、「オホーツク」が通過してしばらくすると発車の汽笛が聞こえてきました。跨線橋から見ると、ホキは空車のようです。機関士の訓練運転なのでしょうか。今日はこの列車に的を絞り、追いかけてみることにしました。とりあえず遠軽をめざします。
2009/08/24
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今日8月23日は、処暑(24節気の1つ。暑さが峠を越し、後退し始める日)だそうです。昨年は旭川・富良野エリア、おととしは函館・千歳エリアと、毎年少しずつ場所を変えながら北海道を訪ねています。今年は網走に宿泊し、石北本線と釧網本線で撮影をしてきました。石北本線といえば、かつてはD51が牽く貨物の後部補機にキューロクがつき、常紋の急峻を越えていたことで有名です。今は機関車がDD51に変わりましたが、昔と同様、貨車の前後をDD51がサンドイッチして峠を越えています。しかし、この石北貨物は、中身が北見地方で採れるタマネギを輸送するものであるため、9月にならなければ走りだしません。本命となるDD51牽引石北貨物がないのは残念ですが、今回はそれを承知の上で石北本線を訪ねました。DD51の代わりに撮影対象としたのは、キハ183系の特急「オホーツク」です。キハ183系は国鉄時代に開発された特急用車輌です。石北本線で使用されているタイプの先頭車は、着雪防止のため、直線と平面で構成され、正面中位が前方に突出した「スラント形」と称される独特の前頭部形状をしています。列車の分割併合を前提としないため、高運転台式の非貫通型車輌となっています。北海道ではキハ281系やキハ283系など、振り子式の特急用気動車が活躍していますが、それらに比べるとキハ183系は古いタイプであることは否めません。しかし、それだからこそ今のうちに記録しておく必要があると思ったのが、今回、道東を訪ねた理由の1つでもあったのです。
2009/08/23
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今日8月22日は、チンチン電車の日(東京で初の路面電車を新橋~品川間で運行、1903年)、夫婦の日(毎月)だそうです。美祢線・山口線を訪ねた初日、実は日本海側の山陰本線にも足を伸ばしていました。最近、京都から浜坂付近までの東部エリアには何度か足を運んでいるのですが、西へ行くほど未踏地が増えますので、今回は、これまでに行ったことのない場所へも行ってみようと考えたのです。山陰本線では海辺の景色を撮ることのできるポイントがいくつかあり、定番のお立ち台となっています。本日の「思い出の1枚」は、そうした撮影場所の1つである湯玉~小串の海岸線で撮ったものです。この区間では、観光用の快速列車として運転されている「みすゞ潮彩号」などは、乗客のために一時停車をするそうなのですが、わたしが撮影したのは普通列車ですから、そうした配慮など全くなく、眼前を軽やかに通り過ぎていきました(笑)。小串付近で撮影したあとも何箇所かで山陰本線の列車を撮り、2日間に亘って美祢線・山陰本線・山口線を駆け巡りましたが、帰路で思いもかけない事態に遭遇しました。集中豪雨で兵庫県の佐用町を中心としたエリアで甚大な被害が出たことは記憶に新しいですが、そのとき、中国自動車道も美作~山崎間で通行止めとなりました。大阪への帰路、その通行止めに巻き込まれたのです。山口線での撮影が終わり、中国道に乗ってクルージングを始めたころには、遅くとも日付が変わるころまでには帰宅できるだろうと思っていたのですが、広島県内を通過中にカーナビのVICSが「進路上100km以上先に通行止め区間があります」という情報を流し始め、その後「解除されました」というのと「通行止めがあります」というアナウンスが何度か繰り返されました。佐用町がそれほどひどい状態になっているとは思いもよらず、そのまま美作まで行ったのですが、結局Uターンをして、岡山道から山陽道回りで大迂回しなければ神戸・大阪方向へは行けないことが分かりました。仕方がないのでNEXCO職員の案内に従ったのですが、家に着いたときには午前2時を過ぎていました。通行止めで迂回コースを取ったというのは初めての経験でしたが、ふ~う、疲れた……。
2009/08/22
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今日8月21日は、献血記念日、噴水の日、漬物の日だそうです。山口線へ行く前に美祢線で朝練をしました。山口から美祢まで中国道を走れば、美祢線のDD51貨物を撮ったあと、十分山口に帰ってくることが可能なのです。美祢線には今年の2月にも一度訪ねているのですが、そのとき山口線はまだ冬休み中。美祢線DD51とやまぐち号とのかけもちは実現しませんでした。この日、天気はどんよりとした曇り空。石灰石の積み込み風景を撮影したあと、どこで貨物を撮ろうかと考えた挙句、線路とのオーバークロス部分から俯瞰することにしました。ここは線路のそばに竹林があり、晴れると陰になるため、曇り日に撮影しようと以前から考えていたのです。石灰石を満載した列車がゆっくりとやってきました。城東貨物線のコンテナを牽くDD51。タンカーを牽く四日市のDD51。そして石灰石貨車を牽く美祢線のDD51。DD51にまつわる思い出のシーンが、また1つ増えました。
2009/08/21
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今日8月20日は、新幹線こだま号に禁煙車が登場した日(1976年)、交通信号の日、蚊の日、NHK創立記念日だそうです。さて、往路でC57が前ならば、帰路はC56が先頭というのは、重連運転期間の「お約束」。どちらの機関車の晴れ姿も撮らせてあげようという山口運転区の心遣い。毎度のことながら、感謝! です。往路の撮影が終わったらすぐ帰路の撮影ポイントへ移動し、場所の確保です。わたしは「本門前踏切」を選択しました。ここはSLやまぐち号を撮影する定番の撮影ポイントの1つで、普段でもそこそこの数になるのですが、重連ともなると、ファンの三脚が林立するのは必至です。早く行って、とりあえず三脚だけでも立てておかなければ……。また、みなさん同じことを考えるようで、早い時間から「本門前踏切」付近には三脚が並びました。お昼ごはんを済ませ、時折通過する気動車で予行演習を重ね、本番を待ちます。そして午後3時20分、津和野の町にC56とC57、2輌の機関車の長い汽笛が鳴り響きました。発車から数分後、遠くのカーブにやまぐち号が姿を見せました。超望遠レンズでカーブの立ち上がりを狙うファンのカメラでは、早くも連写のシャッターが切られます。そしてやまぐち号の姿は一旦、木々に遮られるのですが、次の瞬間、爆煙状態で飛び出してきます。ドラフト音といい、煙の状態といい、これ以上を望むべくはないというくらいの艶姿です。これがあるから、やめられないんだなあ! さすがは、やまぐち号!
2009/08/20
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今日8月19日は、俳句の日、バイクの日(総務庁)、クラシック音楽の日(日本音楽マネージャー協会、1990年)、トークの日(NTT) (毎月)だそうです。先週、山口線で恒例のC57とC56の重連運転が行われましたので行ってきました。山口線は昨年の夏、インドネシアへ行く途中(福岡空港からの飛行機しか取れなかったため)に行って以来、1年ぶりです。重連の撮影となると何年ぶりかなあ? このブログの本館である「鉄道幻灯館」のSLやまぐち号のページを確認すると、この前の重連撮影は2003年7月であることが分かりました。そうか、あれから6年も経つんだ……。重連の運転は1週間ほどに亘って行われるため、1チャンスということはないのですが、それでもファンの数はいつもの状況を格段に上回っていました。久しぶりの重連ですので、定番の場所で手堅く回数をかせぐことにし、大山路、長門峡、徳佐と転戦しました。いつもであれば、長門峡と徳佐の間に鍋倉の発車を撮るのですが、この日は追っかけ車の数が多いことから、徳佐カーブへ先行することにしました。予想どおり、徳佐へあとから来た人は、かなり離れた場所へ駐車せざるを得ない状況になっていましたので、結果としてよい判断だったと思います。この重連週間では、本来ならば展望車のマイテが増結される予定だったのですが、この日は連結されておらず、代わりに原色の12系がついていました。詳しい理由は分からなかったのですが、沿線で何人かのファンが、電源がどうのこうの……ということを話していましたので、何らかの不具合があったのかもしれません。お約束の爆煙といい、原色とやまぐち色の12系混合編成といい、こういうサマーセッションは何度でも目にしたいものです。いやあ、良いものをみせてもらいました。
2009/08/19
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今日8月18日は、高校野球記念日(第1回全国中等学校優勝野球大会開催、1915年)、太閤(豊臣秀吉)忌、頭髪の日(毎月)だそうです。船の科学館へは新橋から「ゆりかもめ」に乗っていきましたが、今回、初めてお台場を通過しました。夏休みとあって、駅周辺は多くの家族連れでにぎわっていました。わたしといえば「おお、ここがかの有名なお台場か!」と完全におのぼりさん気分でした。台場駅と船の科学館駅の間にある潮風公園には今、18mの巨大ガンダムが立っています。わたし自身はガンダム世代ではないため、ストーリーもほとんど知らないのですが、潮風公園の木々の向こうに上半身だけ見えるガンダムには、やはり驚きました。船の科学館からの帰り道、台場駅のホーム端からガンダムとゆりかもめを組み合わせて撮った写真が本日の「思い出の1枚」です。
2009/08/18
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スクリューとともに、東京湾に停泊する羊蹄丸担ぎ屋の女性を見守る駅長と駅構内の様子青森駅構内で入換作業に従事していたDE10と上野行きの夜行列車に想定されているスハフ44今日8月17日は、プロ野球ナイトゲーム記念日、パイナップルの日だそうです。品川530さんのブログを見て以来、お台場にある船の科学館を訪ねてみたいと思うようになりました。青函連絡船の羊蹄丸が、船の科学館の別館として展示・公開されているからです。昔、四国に住んでいましたから、岡山県の宇野と香川県の高松を結ぶ宇高連絡船には数え切れないほど乗りましたが、青森と函館を結ぶ青函連絡船に乗ったのは、C62ニセコをはじめとする北海道の蒸気機関車を撮影しにいった高校生の夏、一度の経験しかありません。大阪から東京、さらに上野発の夜行列車に乗り継ぎ、青森から青函連絡船に乗ったのですが、それが羊蹄丸だったのかどうかは、今や遠い記憶となり、霞んでしまっています。瀬戸内海の穏やかな海を航行する宇高連絡船と違い、青函連絡船は外洋型の巨大な船舶です。エントランスから船内に入ると、豪華客船の中に乗り込んだような気がします。博物館の展示室となった船内下部の貨物収納エリアには、青森駅前から青森駅構内、さらにDE10とスハフ44を収めた船内へと続く当時の様子が再現されています。駅前の商店街で名産品の売り込みに大声を上げる売り子たち、大きな荷物を背負った担ぎ屋の人たちを見守る青森駅長、出航のドラをたたく船員、青い客車と赤いDE10など、それぞれの特徴的なシーンをつないだ展示は、見る者に等身大で迫ってきます。大宮の鉄道博物館をはじめとして今、鉄道にまつわる博物館は人気を集めており、近い将来、JR東海も新たな鉄道博物館を計画していますが、船の視点から鉄道を見た羊蹄丸は貴重な存在だと思いました。昨年の夏に訪れた大宮の鉄道博物館と並んで、記憶に残る鉄道関係の博物館となりました。
2009/08/17
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今日8月16日は、女子大生の日だそうです。今、東京口でホットなのは、何といってもロクヨン茶ガマが牽く「あけぼの」でしょう。以前、EF55 1号機がラストランを行うとき、高崎で茶色のEF64を見ましたが、まさかそれがブルトレの先頭に立つとは思いもしませんでした。今回の東京朝練では、夜行3兄弟いずれにも力は入ったのですが、やはりロクヨン茶ガマがやってくるときには、わたしを含め、同じ場所でカメラを構えている人たちの気合いの入り方が違いました。事前の露出確認をはじめ、一連の準備動作にそのことをヒシヒシと感じました。都内のお手軽駅撮りポイントである鶯谷駅ホーム端では、返しの逆推進の方が、より手前の線路を走りますので、後追いカットも気が抜けません。わたしの場合、近づいてくるより走り去るものを撮る方が難しいと感じるのですが、このときばかりは、そんなことも思っていられませんでした。3日間、3箇所で、3兄弟を撮影した東京朝練。この夏のよい思い出となりました。
2009/08/16
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今日8月14日は、専売特許の日だそうです。都内から手軽にいける夜行3兄弟の撮影ポイントの1つに東十条があります。以前から行ってみたいと思いながらも、これまで降り立ったことはありませんでした。品川530さんにロケーションのアドバイスを得たうえで朝練に赴きました。「能登」が通過すると、程なく「北陸」がやってくるのが夜行3兄弟の登場順です。客車列車がほとんど残っていない現代の日本において、寝台特急は貴重品。しかも、EF64が牽引するのは「北陸」と「あけぼの」だけです。関西に住んでいると、EF64は馴染み薄い機関車ですので、それだけでも気合いが入ります。朝練が始まる少し前には貨物列車が続行して来るのも、今回初めて知りました。EF64、EF65、EF210、EH500とバリエーションに富んでいるため、小雨交じりの天候ながら、待っていて苦になりませんでした。「能登」が通過してしばらくして、遠くにEF64のヘッドライトが見えました。次回、いつこの雄姿を記録できるか分からないだけに、気合いを入れながらシャッターを切りました。
2009/08/14
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ブログの更新は無理と思っていましたら、アクセスポイントが見つかりましたので、東京シリーズを続けたいと思います。現在、関東エリアでは、急行「能登」、特急「北陸」、特急「あけぼの」の夜行3兄弟がホットな撮影対象となっています。立秋が過ぎた今、次第に夜が明けるのが遅くなりますので、これからは朝練も厳しくなるでしょうが、夜行列車の先行きが不透明なため、沿線の「お立ち台」に立つファンはかなりの数になっているそうです。東京滞在中、わたしも毎朝5時前に起きて近場の朝練にいそしみました。本日の「思い出の1枚」は急行「能登」です。車体はかなり老朽化していますが、定期運用されているのはこれだけですので、今のうちに記録に留めておきたいものです。わたしも春に金沢で「能登」「北陸」を撮影して以来の再会です。
2009/08/13
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今日8月12日は、日航機が群馬県御巣鷹山に墜落した日(1985年)、国歌制定記念日・君が代記念日だそうです。岳南鉄道で電機や電車を撮っている合間に、少しだけ身延線へも足を伸ばしました。この線を走っている特急「ワイドビューふじかわ」がやってくる時刻が近づいていたからです。「ふじかわ」は1995年から運転を開始した静岡と甲府を結ぶ特急です。JR東海では、1996年から373系などを使う特急に「ワイドビュー」を冠するようにしたため、現在では「ワイドビューふじかわ」と表示されています。373系は特急から普通列車まで幅広く使用できるように開発された車輌ですが、汎用近郊型電車の313系とデザインが似かよっています。このあたりはJR西日本が223系のデザインをベースに類型車輌を開発しているのと似たような事情です。さて、本日から週末まで帰省しますので、ブログの更新は一旦お休みとなります。向こうでは、いつものように四国内の列車が撮影できたらと思っています。それでは、どなたさまも良い夏休みを!
2009/08/12
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今日8月11日は、日本人女子で初めて前畑秀子がベルリンオリンピック200m平泳ぎで金メダルを獲得した日(1936年)だそうです。今朝午前5時7分に静岡県で震度6を記録する強い地震がありました。このブログを書いている現時点では被害状況など、はっきりしたことは分かりませんが、台風9号の接近とあわせて今後の推移が気になります。たまたま岳南鉄道のことを取り上げているところでしたので、大事がないことを祈りたいと思います。本日の「思い出の1枚」は引き続き、岳南鉄道のこげ茶色電機ED402号機です。ED40型電機は、松本電鉄が東京電力梓川水系ダム工事用に新造したものを、ダム工事完成後の昭和46年に同社から購入し、以後、日本大昭和板紙吉永(株)(旧大昭和製紙(株))の紙輸送主力機として稼働しているそうです。ED402号機は、昨日ご覧いただいた赤いED403号機と同じタイプなのですが、カラーリングで全然違うように見えるでしょ? 青いワムを引き連れた姿は模型のようです。個人的には、やはりこげ茶のED402号機に1票です!
2009/08/11
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今日8月10日は、帽子の日(全日本帽子協会)、道の日(建設省1986)、宿の日(全国旅館環境衛生同業組合連合会)、トイレの日(日本衛生設備機器工業会)だそうです。岳南鉄道にある4輌の電気機関車のうち、2輌はED40です。このうち1輌はこげ茶色、もう1輌は赤地にクリームの警戒塗装が施されています。午後の貨物は赤ED40が牽いてきました。岳南鉄道の貨物輸送は紙製品が主ですから、貨車にはコキではなく、ワムが使用されています。昔は貨車といえばワムでしたが、コキに取って代わられ、すっかり姿を消してしまいました。私鉄の電機がワムを引っ張るという点で、岳南鉄道の貨物列車は二重に貴重だと言えます。午後の貨物をどこで撮ろうかと撮影場所を探したのですが、ここはと思うところには線路際の下草が伸びていて断念。仕方がないので、正面ドッカンで撮影しました。そのため、貨車の様子が今ひとつ分かりにくいかもしれませんが、ひとつながりの青いワム編成は、爽やかな印象を受けました。
2009/08/10
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今日8月9日は、長崎原爆の日、野球の日(ミズノ)、ハリ・灸の日だそうです。岳南富士岡駅には小さな車庫が設置されていますが、わたしが訪ねたときには、作業のために7000形電車が車庫の中へ入れられているところでした。しかも工場の職員7人が力をあわせて押しているのです。電車って、押せば動くんだ! とちょっとした驚きでした。7000形は、もと京王3000系の中間車デハ3100形を両運転台化した車輌で、岳南鉄道には7001号車、7002号車、7003号車の3輌が在籍しています。このうち、工場へ押し込まれていたのは7002号車でした。今は姿を消してしまいましたが、7000形の前に使用されていた5000形「赤がえる」の後継車輌として、この7000形は「新赤がえる」と呼ばれているようです。
2009/08/09
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今日8月8日は、そろばんの日(全国珠算教育連盟 1968)、ひょうたんの日(全日本愛瓢会)、屋根の日・瓦の日(全国陶器瓦工業組合連合会)、ヒゲの日(シック 1978)、パパイヤの日だそうです。富士山の南にあるから岳南鉄道。小さな私鉄には珍しく貨物列車が走っており、以前から一度訪ねてみたいと思っていたのですが、先日、ようやくその夢が叶いました。新幹線の新富士駅でレンタカーを借り、富士山をバックに撮影できるお立ち台へと向かいましたが、残念ながらこの日は小雨混じりの曇天。勇壮たる富嶽の姿は望むべくもありませんでした。しかも、午前中に予定されていた貨物はウヤ。思いどおりにはいかないものです。仕方がないので、旧型電機が留置されている岳南富士岡駅へと足を伸ばしました。駅の側線にはED501号機とED291号機の2輌が停められていました。いずれも旧型電機特有のこげ茶色。国鉄時代に何度か旧型電機を見た者としては、このこげ茶色には強く反応してしまいます。デッキ付の電機といえば、やはりこの色でなくっちゃ!ED291号機は箱型の車体にデッキがついています。昭和2年6月に日本車輌で製造され、豊川鉄道(株)でテキ52号として使用されていました。昭和18年8月、国鉄に買収され、ED29形式(ED291号)に改名され、国鉄飯田線で使用されましたが、昭和34年8月に廃車となり、同年9月17日に岳南鉄道が譲り受けたそうです。一方、ED501号機は前後にボンネットのような張り出しがあります。サイドについている窓も、上部にはカーブがつけられ、四角形でないところが、また良い! 昭和3年2月、川崎車両製で上田温泉電軌(現在の上田交通)でデロ301号として使用されましたが、昭和40年3月に三河鉄道へ譲渡、合併となって名古屋鉄道へ入籍、ED501となりました。その後、昭和45年3月に岳南鉄道へ譲渡されました。常時ではありませんが、いまだに現役で活躍しており、定期運用を持つ電気機関車としては国内最古参級のものです。こうしたオールドタイマーが現存し、かつ現役で活躍しているのは、ある意味、平成の奇跡かもしれません。今回は休憩中でしたが、できれば動いている姿を目にしたいものです。富嶽との撮影とあわせて、また1つ宿題をもらってしまいました。
2009/08/08
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今日8月7日は、立秋、鼻の日(日本耳鼻咽喉科学会1961年)、花の日、バナナの日だそうです。8(は)7(な)ですもんね。先月末にネコ・パブリッシング社から『わが国鉄時代 Vol.2』が刊行され、わたしが若かりし日に撮った写真も5点掲載していただきました。いずれも今から35年以上前に撮ったものですから、稚拙な点は否めませんが、こんな時代もあったんだ、とわたし自身、懐かしく思っています。掲載された5点のうち、「C62 23帰区」と「入換え作業」、「拓本取り」、「夜霧にたたずむ老兵たち」は、すでにこのブログにもアップしていますので、詳しい経緯はそちらをご覧いただければ幸いです。本日の「思い出の1枚」は、掲載されたカットのうち、このブログに未だアップしていない写真で、昭和45年の夏に日豊本線の隼人駅で遭遇したDF50牽引の「富士」です。なお、『わが国鉄時代 Vol.2』に掲載された写真のうち、「C62 23帰区」と題した写真では、もともとC62の煙室扉の下に白いペンキが塗られていたのが、『わが国鉄時代』誌ではこの部分がきれいに修正されています。どうやらフィルムの汚れと判断されたようです。なぜ、煙室扉にペンキがついていたのかは分かりませんが、昔ならこれだけの面積をスポット筆で修正するとしたら、気の遠くなるような作業でしたが、今やパソコン上で簡単に修正ができます。便利な世の中ですが、このあたりにも時代の変化を感じます。わたしの友人である品川530さんの作品も5点掲載されています。撮る場所は違っても、同じ時期に同じ空気を吸ったことのある人間として、『わが国鉄時代』の写真は、いずれも自分のことのように懐かしく感じます。今回の『わが国鉄時代 Vol.2』、サブタイトルは「出会い、そして別れ。忘れえぬ日々……」。単なる懐古趣味ではなく、昭和の鉄道風景を記録した貴重なデータベースでもあります。「ぜひ、1冊お買い求めいただければ」と、これは編集者になり代わってのお願いです(笑)。
2009/08/07
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今日8月6日は、広島平和祈念日、国立公園クリーンデー、ハムの日、太陽熱発電の日だそうです。餘部まで足を伸ばしたもう1つの目的は、キハ181系特急「はまかぜ」を撮ることでした。浜坂・香住をあとにした上りの「はまかぜ」は、竹野の近くで日本海を眺めながら走ります。この日の「はまかぜ」は5輌編成。サイドから全編成がきれいに収まりました。そして、このカットでこの日の撮影は終了し、城崎へと向かいました。日本でも有数の温泉街であるこの町では、いたる所で湯気が上がり、私たちも足湯や散策をして楽しいひと時を過ごしました。
2009/08/06
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今日8月5日は、タクシーの日(東京乗用旅客自動車組合1984年)だそうです。和田山から、さらに北上して餘部鉄橋へと向かいました。わたし自身は少し前にも餘部へ来ているのですが、この日は妻が同行していましたので、工事中の餘部鉄橋を再度見物することにしたのです。かなり昔のことになりますが、妻も一度、餘部鉄橋を見ています。しかし、工事中である現在の様子は知りません。ある意味、今の方が歴史的な瞬間でもありますので、足を運ぶ価値があると考えたわけです。鉄橋の下の駐車場に車を停めると、程なくして普通列車がやってきました。頭上を、轟音を立てて通り過ぎていきます。長年に亘って繰り返されてきた光景も、あとわずかで終わりを告げます。
2009/08/05
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今日8月4日は、橋の日、箸の日(わりばし組合1975年)だそうです。8(は)4(し)ですものね。和田山駅では山陰本線と播但線が合流しています。円山川の鉄橋で国鉄色の「北近畿」を撮ったあと、駅に立ち寄ったのですが、駅前のロータリーからは播但線の気動車が見え、その手前にお城の天守閣を模したモニュメントが置かれていました。和田山は、以前は兵庫県朝来郡和田山町だったのですが、平成17年に市町村合併をして、現在は兵庫県朝来市となっています。歴史的に見ると、戦国時代に織田や豊臣、徳川など、時の権力者は近くにある生野銀山を直轄地とし、重要な財源にしました。江戸時代になると、一部に旗本領や出石藩領がありましたが、生野銀山を中心として大部分は幕府領とされます。駅前のミニ天守閣がどの城のものなのかは分かりませんが(天空の城といわれる竹田城の天守かもしれませんが、この天守閣も現存はしていません)、いずれにせよ、近世に和田山を一帯とした地域は重要な役割を果たし、そうした歴史を踏まえて設置されているのだろうと思います。
2009/08/04
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円山川を渡る国鉄色の「北近畿」今日8月3日は、ハサミの日、はちみつの日(全日本はちみつ協同組合1985年)だそうです。播但線の電化区間で「はまかぜ」を撮ったあとは一気に和田山まで北上しました。時間的に、ちょうど国鉄色の183系特急「北近畿」がやってくるのが分かっていたからです。和田山の街中には円山川が流れており、駅から程近いところに鉄橋が架かっています。ここでは左岸、右岸どちらからでも撮影が可能で、オーソドックスな編成写真を撮ることができます。午前中は大阪方面行きの列車に対して順光となるのですが、その方向を向くと、線路の左手に形の良い巨木が見えました。もちろん編成写真も撮ったのですが、列車が橋を渡り始めたころに、その巨木と組み合わせて撮ったカットが本日の「思い出の1枚」です。
2009/08/03
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今日8月2日は、学制発布記念日、パンツの日だそうです。現在、キハ181系が唯一、定期運用されているのが、大阪と浜坂・香住方面を結ぶ特急「はまかぜ」です。しかし、このキハ181系も2年後には新型車輌に置き換えられることが決まっていますから、今のうちに撮影しておくべし、と思い、暇を見つけてはいろいろな場所へ出向いています。昔からキハ82やキハ181は身近な存在で、好きな車輌の1つでした。国鉄色のカラーリングが似合う優等列車でもありました。現在はJR西日本色を身にまとい、その点が玉に瑕なのですが、スタイル的には国鉄時代の車輌ということを感じさせません。先日も、これまでに撮影したキハ181の写真を見直していたのですが、よく見るとJR西日本色も味わい深いものがあり、これはこれで捨てたものではない、と思ってしまいました。本日の「思い出の1枚」は、電化区間で撮影した「はまかぜ」ですが、キハ181は緑のきれいなローカル線がことのほか似合っていると思います。
2009/08/02
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今日8月1日は、大阪~神戸間で国内初の往復乗車券販売(1874年)、八朔、水の日(国土庁1977年)、洗濯機の日、花火の日だそうです。キハ181系の「はまかぜ」や国鉄色の183系を撮るため、最近、播但線や山陰本線へ出かけることが多くなっています。少し前にも播但線へ行ってきましたので、今日からしばらくの間、播但線・山陰本線シリーズを続けたいと思います。「本日の思い出の1枚」は播但線の103系普通電車です。播但線は姫路から寺前までが電化区間、寺前から和田山までは非電化区間となっています。こうした事情から、播但線全線を通して走る普通列車はありません。地元の人からは寺前以北の電化を望む声が上がっていますが、生野峠の存在などから、なかなか電化工事には着手されないようです。播但線の普通列車は、ワインレッドですが、少し前から「銀の馬車道」というラッピングが施された電車も走るようになりました。赤、青、黄の3種類のカラーリングを確認しています。「銀の馬車道」というのは、明治の初めに生野と飾磨港の間、約49kmを結んで新しく作られた道で、正式には「生野鉱山寮馬車道」と呼ばれた、当時の高速道路ともいうべき馬車専用道路です。完成から約130年がたった今、道の大部分は車が走る国道や県道に変わり、一部は新幹線姫路駅になっています。しかし、「銀の馬車道」のルートをたどれば、あちらこちらに記念碑などがあり、往時のおもかげを残しています。播但線の列車に「銀の馬車道」のラッピングが施されているのは、こうした歴史を踏まえてのことです。
2009/08/01
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