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こんばんは・・今日は、物置の修理のお手伝い・~~~で、午前中は家事・家の手伝い・・・午後は「船弁慶」の練習で、こうして古典曲といわれる曲練習してますと・・・難しい曲とそうでない曲・・・ちゃんとあるんですね・・今までで一番「だめだな~~」と思った曲は「伊豆の御難」・・・今年後半の練習曲にして、再度挑戦の予定。難しい曲は、最初から本当に「難しい」独特の雰囲気・・・・自分にとり得意不得意もあるみたいだけど・・・あの~崩れは得意です・・きゃはは・・・・でも昔は、崩れが嫌いで「苦戦」が・・こちらに来てから1時間~2時間の演奏となると、それに外での演奏が多いとなると・・崩れ弾くしかなく・・・それ繰り返ししてたら「嫌い」がなくなりました・・反対に「気迫とか勢いがついたため」これがアダとなり「静かな感じ」のものが、比較すると「今いちですね~~~」で、船弁慶は「静御前の解れ・・静かな前半」、舟がでる場面・亡霊があらわれる戦いの後半、とはっきりしてて・・・前半ばかり、1週間練習してたら・・崩れが「ダメ」亡霊がでてくる感じ、私の演奏には「ない」!おばけちゃんか~~もう一度、練習したときのテープ、細かく聞いてみようと思いました。でもこうして「少し難しいもの」練習した方が、やるきでてきます。昨年中ごろから、琵琶の練習が昔のように「待ち遠しい感じが」なくなり、義務感のような重苦しさとの、自己との闘い・・・でした。この原因が「創作曲」が自分としては「好きではない」のもありますが、年間とおして「いつも同じ曲を求められる」ので、もう「決まり切ってる」という「曲」にあるようです。敦盛・那須与一(屋島の誉)・祇園精舎・忠度・壇ノ浦・鵯越・重衡・・・そうなんです「平家物語の解りやすい部分」牛若丸は、もう飽きちゃったので「鵯越」に変えましたが・・でもわかりやすい曲というのは必要でもありますから・・・習った曲・愛吟集を尊重はしますが、考えるべき点も、もしかしたらあるのかも・・、今年は見事に「平家物語」ばかりなので、もう一度原文を読み直してます。演奏以外の解説も求められますから、きちんともう一度読む必要感じてます。
2017.03.31
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おはようございます。ここ数日「城山」勝海舟作の琵琶では有名な曲・・・このレコードや練習していたころのテープ聞いて・・・解説つくり・・で今の世の中、時の流れが速いのかな~?なんて若い人のおかれて状況、考えてしまうな~~。琵琶習った事のある人が「かかえる問題」・・・これありまして・・先生が歌い弾いてくれた録音があれば「その後やめても」なんとか弾きたくなったら「ほとんど?演奏可能」です。が「録音がないと・・= どう演奏したらよいか、わからない」で、会員のなかに「城山」やりたい、でも習ったのは「前半」だけ・・の人に「お勧めレコード」と、錦心流一水会の愛吟集の読み解き方?を、書いて送りました~~SPレコードは、雑音が多く再生できる機械がないと難しいので、次に聞いてもらうつもりです。おすすめは「榎本芝水先生のSPレコード」・・・若いころのものなので、錦心流らしいです・・・ちなみに詩吟の入れ方が違いますが、習った通りでした!そうか松岡遊水先生は忠実に教えてくださったわけだ~~~で、自分はさておき、琵琶習った事ある人には「習った部分は、昔習ったその先生の模倣をすすめてます」・・・だって有名な流派会派では私目は「ありません」ただただ琵琶が好きなだけ・・で、「録音がナイ・・ので、わからない部分の自学自習」は「考えて学ぶ」を、そろそろ身に着けて、自立する姿勢を「考えて」もらいたいと思ってます。・・・いつか習う・・・と言っても地方の場合「先生は、いないかも知れない。東京に習いに行くには、時間もお金も難しい」わけですから・・・いつかお金も時間もできたら「習う」・・・それまで興味が続く事を祈りつつ・・確率は低いけど、才能が目覚めて「先生になれるかもしれないでしょう?」理屈ではなく、演奏できるか、できないか、そしてその演奏を聞かれた方が、どう思うか・・この世界かも??・・地方では、もうもう・・珍しいのが琵琶・・なので「ポイントは、愛吟集の入手と、その解読方法」で、どうゆうわけか、亡き父所有や、演奏先で市民の方からいただいた「愛吟集」複数冊あり・・・会員に「贈呈」1~3解読方法は、琵琶を弾く場所がわかる事・・・鍵カッコ・・・」・・このマークが「琵琶の手をひく場所」小さな句の区切れが「アシライ」を弾く場所。これ本来は「琵琶歌全体をどう、解釈するか」で、力あれば、自由自在にできますよね?でも最初は、永田錦心先生が作曲された、のを使うのが一番早い。琵琶歌の「節(ふし)」の見方解読・・よくみれば「ちゃんと指定され」てる所と、なにも書いてない所がある。書いてある所は「それにしたがう」・・・書いてないのが、「上・半・下」をあてはめる方法をとれば、形になります。基本知識として、崩れ:吟替わりは「地(じ:低い方)、と 干(かん:高い方)の組み合わせ。終わりが、止め(とめ)の、構成であること」・・・どこまでが「そのグループ」かをちゃんと理解することかな~中干は「連続する中干」の場合、低い:高い:が繰り返させ、終わりが「止め」か「投げ」。大きな段落の終わりに、中干の止め:投げ・・はよく使われる。変化形が「変調」とか・・大干があると、その前後は「中干」が多い。音の変化がしやすいから、歌うとわかりやすい。他にも、お約束のような物が存在ぞするけど・・どうしてこんなに憶えてるんだろう・・そうなの「2人の師匠の、つぶやきのような、ちょことした自慢のような小話」が新鮮にみえたので、ひとことも聞きのがさなかった・・だけ。そして摩訶不思議に思ったのが、愛吟集のどこにも「記号の説明」が「ない事」でも永田錦心先生ほどの方が愛吟集の歌の所々についている「記号」の説明が「ない」とはどうしても信じられず・・・国会図書館:千代田図書館に通い、古い愛吟集や歌本を調べてみた。で「ありました」♪大正十一年九月二十日発行津「錦心流四絃独吟集 上中下」にきちんと「〇」は何、「-」は何・・って書いてありました・・混乱のなかでいつの間にか「説明」省かれたわけかな~~~これだけ熱心なのは、亡き父の言葉「H???KO この 弓・・という記号はなんだろうな?」機嫌が良いのか、琵琶の事で私に話しかけられた事がある・・・「弓:ゆみでしょう?静かにそして強く・・かしらね?」「そうかもな」この「弓」マークの本当の答えは「強」という意味・・「強の略譜、普通より強めに歌う」と書いてある・・・・・父が生きていた時、もっと真剣に調べてあげたら親孝行なのに・・との反省もある・・
2017.03.29
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友人から布地がどっさり届いた・・・透けるくらい薄い布地で「かつぎ」を作ってあって「違う色で作りたい」を覚えていてくれたから・・あの~もう1年前くらい「薄い生地たまった」と自宅まで・・・これとは別に東京の友人からも昨年「衣装箱 いっぱ~いの着物が届いている。ピンク色のオーガンジーで自分で作ったもの・・確か3・11の地震の直後、5月飛山城で演目を変更して「羽衣」を演奏。気分を替えたいし、明るくしたいし・・・で、「かつぎ」はよく踊りで使われるのですが、買うと1万は超えるんですよね・・無地でも高い・・じゃ~~自分で作ろう・・簡単でしたよ・・ただ布地が4メートルかな?あの時は安くて 300X4=1200円きゃはは・・・ミシンで縫いました。あれから?年・・・・・先日の下野市での写真見て、白か紫か他の色にしたいな~~下野薬師寺と那須与一は「古代衣装の上にピンクのかつぎ」で演奏しました。古墳の物語とは下野薬師寺は異なるので気分転換したくて・・で、もう67歳なのに「ピンク」はね・・・地味なのにしたいな・・・そりゃ普段の地声は「30歳代?の可愛い声」顔はちいちゃくて・・・疲れた時は、顔に一番疲れがでますから・・・作詞作曲中は、年齢相応です・・・きゃははそれに、共演者がいると、そちらに?パーセント気を遣うので、鏡も見ず髪まとめ、着物着て・・口紅すら塗る時間見つけられませんでした・・・気分の問題なんですが・・友人から届いた布地は、模様いりとか少し現代的・・・そうだ~~上半分が無地で、下半分を模様う入りにしたら作れそう・・・というわけで、無地は水色・・アクアという派手さがない色。本当は、衣装などに頼らず演奏したいけど・・・1回の演奏で、3曲~4曲が普通なので、同じような感じの曲にならないよう、選んでいますが・・・気分転換には衣装の変化は、すごく助かります。軽くて助かるのが「かつぎ」です・・・途中からの着物の上には織ったり、または脱いだり・・そうそう、通常の声は高いのに、琵琶では太く強い声・・・これ凄く腹筋?使うみたいで「普通の女性用の太い帯」これが苦手です。男性用の衣装がやりやすいんです。でも、共演がだんだん多くなり、共演者が男性の場合は、私は女性スタイル・・で、小袖スタイルにしています。で、4月、踊りとの共演では、踊りの中心は、日本髪のかつらに化粧に藤娘スタイルだそうです。これお聞きして、私は袴スタイルにするつもりです。踊りの方々が女性・・ま~~やすき節は庶民的な浴衣の男性スタイルだけど・・・でも、1時間で、前半「祇園精舎・忠度・鵯越」踊りを挟んで、後半「重衡・那須与一」・・・気分転換必要ですよね・・・踊りの最後は「やすき節」・・・衣装の力かりよう~~と「水色」の「かつぎ」にしま~~す。と、でチクチク遊びが続きそうです。数年前、踊りと共演の時、「ちゃんとした感じ」が求められましたが・・なるほどな~~~黒の留袖に袴にします。でも通常の留袖ではなく、袖の部分に別の留袖の裾模様をパッチワーク・・付け下げみたいな感じです。鶴がはばたくブルーの刺繍。裾は琵琶の場合まるで関係なくなりますが・・大きな御殿手毬の刺繍です。・・・・休憩時間中の目の保養かしらん??
2017.03.28
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おはようございます。こちらには「本屋」さんないので、インターネッツは便利。取り寄せ「小山市の寒川尼」を主人公にした創作歴史小説・・読みました。感想は、大物作家さんが書いたのとは違い、やはり?軽い感じ、もう少し創作小説なら、人物像に個性がほしいし、戦いのなかに生きた女性の苦しみ悲しみの描写がほしいな~~薩摩琵琶の合戦の描写は平家物語を連想させるような、面白いのが多いですから、それを演奏して「すごい」といつも思うから、合戦場面の描写が一番「足りないな~」・・なので一晩で読めました(苦笑)でも、この主人公の寒河尼という方、よくわからないそうです・・・インターネット情報では(苦笑)インターネットツ情報をそのまま「信じる」には危ないですが、おおよその事が解る良い時代になりました。小山市ではこの方の研究されておられる方おられないのだろうか???関係する文献とか、ものを一括して管理?掌握している機関なんてないのかしらん???ただ、創作小説としては物足りないけれど、この本の良い所は、小山市に残ってるであろう関係する物?お墓とか所領の跡とか・・その概略がだいたいわかる、史跡の説明みたいな感じがすごく多く、それが流石に栃木県在住の作者の方だな~~なんて・・・私の創作琵琶歌も・・自分で評価すると、この小説程度と思うな~違うとすれば、戦いの描写が「崩れの1,2,3,4」を使う都合から、起承転結になってて・・・とか琵琶歌の構成を守るので・・・かしらんね?この本読んでて、まず行くべきは「お墓」だろうな・・と思いました。文献としては栃木県には「あんまりない」みたいで、源氏の公式文章?「吾妻鏡」に記載されてるので、有名みたいです・・・「袖判下文」くらいはどこかで展示されてるかもしれませんね、こりゃ「古文書」だけど・・古文書も大好き。そうそう、つい最近、この主人公が誰の娘か・・新しい説でてきたようです。どこかで見たな~~そういう意味では、・・・小山市だと小山博物館かと図書館しかなさそう・・・みたいだな~~なんだ~~メールで小山市のある所に聞くほどの事なかったんだ・・・・メール待つことないですね・・
2017.03.24
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おはようございます。昨日から小山市の演奏の時頂いた結城紬の着物2つを、舞台衣装と茶道の練習の時の着物へと、「ちくちくと縫物あそび」してます。男物なんです。ひとつが緑色と青の縞模様。もう一つがすごく品のあるグレーの無地。グレーの方は、できるだけそのまま着る感じにして、茶道用に、で同じ紬(?)の茶色ぽい花模様の生地を加えて、女ぽく?すみません「お花」がすきなもんで・・無地だとさみしい・・。この茶色「ウ-ル」みたいにも見えるんだけど、手触りは「絹」???緑色の縞模様は、銘仙の矢羽模様の布地を、色紙を散らした感じに、袖身頃に「パッチワーク」するつもりです。昨日は、片方の袖に縫いつけ「うん~~いいんじゃない」(苦笑)琵琶の舞台衣装の場合、派手で模様や色が必要なようです。地味が好きだけど、栃木県の友人達は「派手目」がお好きのようで・・・きゃはは小山市のこの着物を演奏の時下さった男の方・・・名前もおっしゃらず、くださいました。両方とも男物。もしかしたら亡くなられた奥様の襦袢なのかな・・それもつけて・・なんだか心にしみるプレゼント・・・役にたててほしいと同時に「小山市を知ってほしい」・・・で、女物の襦袢はすごくかわいい模様「白地に小さな松竹梅の模様が散らしてあります」あんまり可愛いので「壁掛け」に仕上げ「飾り」ました・・下野市の史跡まつりの演奏が終わるまで、その心感じながら・・・・・こうして寛いでると、どうしておられるかな・・あ~小山市の歴史を自筆デノートに書いたもののコピーも頂き・・お名前とどこに御住みなのか・・は解りました。でも、そこが「薩摩琵琶奏者」としてしか、市民の方々から見られていないので・・手ぶらで軽い気持ちで、お会いできない悲しさ。昔は、友達知人感覚が優ってましたが・・・昨年の「古墳・ハニワ」の作詞で、大きなミス、それが苦しみと時間かかった(1年間!)理由・・それは作詞(=琵琶演奏)となりますと、やはり「どこでそのできた曲演奏するのか」「誰に向けて演奏するのか」が明確でないと「ダメ」という厳しい現実。こちらでは演奏依頼された場合「1時間~2時間」は「ザラ」1曲くらいは、その地域にまるで関係なくても「琵琶の珍しさ」から大丈夫ですが、お顔見てますと、関係ない曲の時は「退屈そう」宇都宮市の文化関係の友や知人からは「宇都宮市への愛着がない!栃木県への愛着がない!」という意見が圧倒的ですが、もしかたら「表面的にそう見えるだけ」みたいです。友があんまりそういうので「お客様と会話する。客席の様子を詳細に見る」これを心がけてますが・・そうすると・・・小山市で、無料もしくは数千円の範囲で使える施設があるのかどうか、自力で(これが大切みたいです)調べ、そこが琵琶に適してる条件あるのか、集客方法はどうするか・・これ考えながら、小山市を好きになるべく、足しげく通い、研究するしかないですよね・・そういえば「大谷(宇都宮市)」「壬生町」「足利市」「真岡市」「鹿沼市」「下野市」も、琵琶のために近づいたわけでは「ない」んです!興味持ち、遊びに行き、場所により、そこのサークルや団体に加入して「遊んでた」わけ・・・それが、どういうわけか「琵琶演奏」になったわけ・・・こういうのを「ご縁をいただく」という事なんでしょうね。
2017.03.23
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おはようございます。昨日は一日雨・・外出も畑:園芸もお休み・・・で、昨日小山市の方とお電話・・すごく考えさせられました。高学歴の方でご主人なくされ、お子さんたちは遠方でそれぞれご生活、お孫さんもすごい立派な会社は・・・傍目には「幸せなご一族」そう思いある要件のお話しのご提案・・・そうしたら「・・・足は痛くなるし、好きなピアノは独学で弾いてそれでも、先生と通用する、でも年と共に指が思うように動かず、電子ピアノに切り替えたの・・こんな私じゃないのに、下品だけど、チクショウ・・って独り言言うの、動くときとかねコンチクショウって自分に怒るわけ・・・」と、要件は遥かに離れ・・30分のお電話。小山市でのまちかど美術館での、一番最初のお客様・・それもお父様が琵琶関係者でおられたらしく・・というただ、それだけの人間関係。でも「ウンウン」と相槌うつことしかありません。でも昨年、かかわった方に似たような方がおられ、電話すると、必ず30分‼言葉に表現すれば「そんなことない!」というでしょうが・・・「御寂しいんだな~自分の存在を認めてくれる人を求めておられるんだな~もしかしたら、その気持ち強すぎ、仲間とか友人は少ないか、おられないだろう・・・自己主張を弱め、みなさんの言葉に耳傾ける・・その余裕とやさしさを表現すれば・・…孤立感などなくなるのにな・・・」あともう一つ付け加えると「どんな人にも、学ぶべき物はある・・学歴だけではナイ」という考え方が「希薄かナイ」こと。今回もまたこのタイプの方とお知り合い・・・どうするかな・・・でもお気持ちはわかる・・・そうすると、亡き松岡先生は、偉かったな~~凛と最後まで輝いておられた・・・琵琶がかかわった人生だからかしらん???「自分や自分の周りより、他の人は、教育や知識が・・・」という、高学歴の人がどうしても陥いりやすい盲点・・・シルバ世代のサークルや団体では「社会での肩書については、いっさい口にしない!」というルール儲けて活動されておられる団体もおられますが・・・ここ地方では「・・・あ~あ~」状況。学歴なんかが通用しない琵琶という芸能だから、いうつもりないけど、薩摩琵琶が高度な技術必要で格式ある?芸能なのは、否定できないしね、おまけが新聞にでたりね・・あの~地方紙です(苦笑)テレビの地方版のニュースで「琵琶すごく長く映ってた!」なんじゃらほい・・・でも面倒くさい・・でも、有名税・らしきものだから・・心強く「虫無視コロコロ ・・」でゆかねばと昨年思いました。「すべてをのみこみ・・自分の役目を必要なら果たす」か・・そうすると、北島三郎さんじゃ~ないけど「受けた御恩は社会にかえす」精神から言えば・・・え~~御恩らしきもの返してないのが「小山市」・・・だって、あそこで演奏計画して演奏して新聞に載り…ワタシャ超嫌な目にあい、無常観に迫られ、下野市の演奏直前まで苦しんだわけで・・・俗にいう「ケチがついた」んだけど・・・結果は、朗読のみなさんに助けられ、良き新たな友人知人と出会い、下野市での演奏という、責任は果たせたわけで・・成功なんだろうな・・・何より喜んでくださる方に巡り会えた・・私の存在なんて小さなし、ただ琵琶弾いたという小さな行為だけど・・小山市民の方々から受けた御恩・・・どう形にしてお返しできるかは不明・・・ただわかってるのは「私は琵琶弾く事しか、他にないみたい」・・じゃ~~研究してみよう、調べてみよう・・・習った薩摩琵琶曲に「栃木県のものを扱う曲が少ない、ない」なら創作しかないわけで・・それができるかどうかは・・・調べて自分がどう思うか・・そこが「ない」と何の形にもなあらないから・・・よ~~し始めるぞ~~4月5月は、見事に「平家物語」からの演奏曲!そういう心理だったの(苦笑)・・・古典曲だけ・・・これは「ゆとり」あるので・・・研究勉強時間は作れるしね・・・
2017.03.22
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追伸1:若き頃の村田英雄さんが、吉田翁をおんぶしてる写真があります。訪れたのは本当のようです。写真は「吉田さんへ」と書いてあり、今回のご子孫のお父様の字で「巴波川の畔りにて」と書いてあります。村田さんのサインらしく見えるのも映ってます。追伸2:国会図書館でのインターネットサーチで、詳細な記事ありました。この写真のおおもとはちゃんとあるみたい・・そうか何枚かあったわけね・・安心しました。コピーなわけだ。町を挙げての興奮がわかり、その雰囲気のなかで、ご子孫のお父様は、今回あずけられた資料書いて詩吟して、琵琶人よんで演奏して、本らしき物書いたわけですね・・いつか国会図書館でみてみましょう。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。おはようございます。のんびり栃木のあちこち自転車で楽しんでました~~ら、留守電が入ってまして・・・あ~~あ~~昨年の10月小山市での琵琶演奏のやり残し・・・思い出しました。小山市では、ほんちゃんの「小山市の喜沢古墳群」の演奏は、いろいろありまして「ちょこ」とだけ演奏。でも古墳とは別に、2名の方から凄いプレゼント頂きました。・・・で、資料受け取り「ありがとうございます」と挨拶その場でして・・・時間は流れ・・・1件は、結城紬の御着物2着頂き、琵琶の好きなご領主様のことやら平家物語の登場人物などの資料・・・ところがこの方のお名前も聞かず・・・でもお会いすればすぐわかります。白いお祭りの時着るようないで立ちの方・・・きっと名物男でおられるのかも・・2件目が、表記の「昭和の巌窟王」の、仮出獄して小山市に吉田翁が住んだ・・借り家の大家さんの関係者のようです。その関係者のご家族らしい・・・お父様がその関係の資料を残されたとかで、会期中にそれをお届けくださいました。写真もあるのですが、何しろ古文調の文字で落ち着いて読まないと判読できません。少しずつ読みましたら「本物みたいだな???」その方からのお電話が昨日・・・こうゆう物は、情熱と集中力で読まないと、作詞の「タネ」にはなりませんから・・・もう一度昨日夜読みました~~で、関係者としての興奮がまじまじと伝わる物。でも琵琶歌も作詞したと「お父様はそういった」らしいんだけど・・本も書かれたというのだけど・・「ない」・・・詩吟も演奏したらしく、この詩吟は残ってる(少し手直ししたらしく、2種ある)琵琶で演奏は本当らしく写真あり。でも演奏者は「水藤錦穰」先生か、「山口速水」先生らしい???山口先生のお孫さんは、かの鶴田流さんのなかにおられるけど・・・やだな~~どちらも大物すぎて・・・私有名人苦手です。やだやだ・・そこまで調べて、私が窮屈な思いする「義理」はないし、ご子孫もそこまで調べてほしくは「ない」らしい。私個人としては、「昭和の巌窟王の琵琶歌」に興味ありますが、どの方に「著作権」あるのか、わかりませんから、へたしたら「お金」かかりますから・・かかってもだれも負担する人いませんから・・・それにね・・琵琶の世界の中央の方々は、苦手です・・・で、今日ご子孫のお電話資料頂いた方にお電話「お父様の詩吟を中心に・・・」と話したら・・おかしいんだけど「お父様の事はどうでもよくて・・・」というお話(苦笑)お話し聞いてると、ご一族大変有能な方々なのだけれど、どの人も「経済的行き詰まり」で、どの人も才能を途中までしか、開花させられなかった・・・そう・・・?どういう状態が「才能開花」なのかは、人それぞれだけど・・・「私との共演」をお望みみたい???でもな~~歴史的事件の大きさは「固定された評価」で、このまま「私の手元」に死蔵しててよいものか・・・でも、急いだところで「小山市」の文化ですから・・・敵を知り相手を知らざれば百選危うし・・・小山市での演奏で新聞にのり「いや~~~ナ目」にあいましたから・・・自分の力で、もう少し調べてから「行動」するかどうか・・・考えよう===とで、作詞するならどうゆう構想か・・これはできたので・・ひとまず「や==めた」
2017.03.21
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こんばんは・・・昨日は2回日記書いたけど・・・消えた・・・だからパソコン嫌い(だった)で、内容は「自分へのご褒美」に熱海に行きました・・・だからたいした内容じゃないから・・良いけどね・・で、今日はあ、ちょこっと書いて「公開」にして大丈夫かどうか・・・あらま~大丈夫そう・・・インターネットもパソコンも便利だけど、不便ですね~~(苦笑)旅行に行ってる間に、下野市で朗読の方と共演した曲の、手直しした原稿届きました。琵琶が語るところを朗読に変更をお願いしてました。琵琶と朗読を並べると「すごくバランスが悪い」どうしても「琵琶ばかり多い」・・そりゃそうです、朗読は後から付け足した形で作りましたから・・・・・説明だけ「朗読」という感じが当初の予定でしたから・・・しかたないのではありますが・・・、こうゆう「便宜的?な共演方法」私は嫌いです。それぞれ特徴がちゃんとあり、独立しても存在が認められるものですから、ちゃんと「見せ場」のある形にするのが、礼儀だと・・・私は思うからなので共演が決まったとき、それが気がかりで「ちゃんと見せ場つくりました」が、急いでたので、アンバランス・・・練習重ねるうち、後半がすごく朗読が少ない・・でももう変更する時間なし・・・もし来年も考えられるなら直すべきと、3月5日の食事&慰労会で提案しました・・・と、いう事は、その場に原案だしましたから・・本番前に私が原案作ったわけ・・・薩摩琵琶調で「時の流れを語り・・・主人公がなくなったことをのべ、故人をしのび、埴輪を収める・・」を同じ内容で「村人たちが故人をしのぶ、会話」に改めました。静かな場面なので、群読は無理だそうで、「なるほど・・・朗読での群読は強さがでるんだ~」と、勉強させて頂きました。来年どうなるか・・・今年の演奏はどう、みなさん思われたのだろうか・・・私の周りは賛成意見が圧倒的ですが・・こればかりは、わかりません。色々な人がおられますから・・・でも、来年その時になり「変更した原稿作る」これは、無理です。そのころ「私目の興味関心が、どこにあるか・・」これは不明・・・作詞作曲は本人が「それに凄い興味と関心があるから、莫大な時間とエネルギーが注げるわけでして・・・」ま~それがお仕事で莫大な謝礼などがからんだら別かもしれないけど…・私の場合…関係ないから・・・と、平家物語に頭も心もむいてたのですが・・・またもや「古墳」に戻り、返事やらなんやら・・・あ~~~いつになれば、4月5月の練習に集中できんだろう・・・しょうがないです・でも、私の心の固さも、旅のあとなので・・・やわらか~~~今日、羅生門練習したら・・・収まりました・・・あれ?琵琶の禁断症状が「イライラ」なのかな?明日は、4月10日の曲の練習に入ります・・・目標40回!また疲れたら、MOA美術館の国宝見にゆきま~~す
2017.03.15
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春です・・・うれしいな・・桜どこに見に行こうかな・・・昨年も一昨年も・・琵琶の作詞や練習で「遊べず」だって楽器は毎日練習するから、色々な変化に対応できるわけで、本番の日から前は「行動が制限される」・・・私の場合はですが・・・真岡弁天様や桜、壬生町も行きたい、下野の薄墨桜もみたい、大谷観音様もお参りしたい・・・あ~~自転車と公共交通機関利用だと、1日1か所・・あ~~山野草展もみたい、各流派のお茶のお点前もみたい、お雛様も、氏家鹿沼・・・なんて春から初夏は、私の好きな物が「た~~くさん」心遊ばせながら、でもどんなに素敵な所でも、琵琶の演奏をする・・という名目だと、私の性格からいえば「演奏会場から景色を見るだけ・・それも楽しむというより、どうぞこの風景に溶け込む琵琶でありますように・・と祈る気持ち」終われば、やはり「ホッとして、静かにお茶飲みたい気分で、見てるようで見てない、なんにも考えてない、考えたくない」・・・・と、演奏後の心理わかってくれとは言わないが・・とそこまで考えたら「キャホ~~~一番大事な事を大事な人達に伝えてなかった!」甲塚古墳の機織りする女性を「主人公」に、物語つくり、発掘された内容を朗読で伝えてもらったわけですが・・・なかなか面倒なのが創作の部分・・・琵琶の会のほかノメンバーも朗読の方々も、できた台本で演技演奏。これはあたり前かもしれないけど・・・私が抜けて演奏公演・・もあるかも、琵琶の創作が一人歩きしてくれた事ないけど・・・・今回は、そうなる事を念じつつ…で、どの部分が創作か、そこはどういう考えでそうしたか・・ちゃんと書いて残さないと、つたえないと・・・と気が付きました。すごく優れてるとは思わないけど、モデルにはなりそう??一応、母体となる裏付けは、ちゃんと勉強して作りましたから・・まだまだ勉強不足感じるけど・・・ボランテイアだし、もうこれ以上時間も頭も「さけない」から、他がストップしちゃいますから・・真実だけで物語が作れたら最高・・・だけど古墳時代に事件の著述とか記載・・なんてありません。何々の時代らしいものが発掘されました。その品々からこんな事が想定されます・・・一時期は「なんて自分は才能ないんだろう~~」と落ち込んだけど・・・あながち才能以外の困難さ、ある時代かも・・薩摩琵琶がむくのは、室町時代以降のような気がする・・・けどな~~後、私個人は、考古学大好き…検証する、推理する、分析する、現場をコツコツ・・・落ち着いて地味に・・・こうゆう分野こそ、大切。・・そこに創作必要とは最後まで思いませんでした、これが苦しみ。だがしかし、専門家でない普通のおじさんおばさん若い人に、これを幅広く興味持っていただく・・・となると・・・今の時代は「アニメあり、ゆるきゃらアリ、仮装あり、ダンスあり・・」の時代だもの・・なんか工夫しないと、特に若い層は「楽しむ」とか「参加できるとか」遊び心ないと・・・振り向いてもくれない・・みたい・・真面目だけだと疲れるのかな?おまけが、私の友人知人は、みなさん一芸の持ち主・・・数人は、ある分野で「栃木県のナンバーなんとか」にも入る実力の保持者。その世界では「先生」世間話のなかで、世の中の変化,挑戦する必要性、とかぽこぽこでてきて、「え~栃木県の県民性は、保守的といわれてるけど、こうした文化芸術では、すごい方多いんだな~~」聞いてると、そのくらいは「わかるんだな~~だって琵琶体験まじめにやってたら、ダメ。遊ぼうと考え変えたら、受けた」物語とは、薩摩琵琶の技法生かすなら「戦いの場面」主人公や回りの「人の心理描写」語りをタンタンと語るには「時の流れの描写」かしらん???受けるのが「崩れ」これは、いつも同じ。下野市の友人に「すごい」とほめて頂きうれしい~~「できたら、下野市の三味線とかギターとか何か他の分野で、今回みたいなのやってくれたら良いな~~地元の人材活用・・ある偉い?なんとかさんに、そう直訴したら、いやいや、栃木県人なら認められる・・≫と言われたと、いいましたら、?さんは同級生同窓生だそうで、「彼のいう事は正しい。あってる、琵琶の代わりはないわよ!」フウン・・・ま~忘れようっと・・・それほど大きな事したわけじゃ~ないから・・・著作権なんて考えてないもん・・下野市のためになるなら、どんどんお使いくださいませ・・の気持ち・・・多分そうならないのも、今までの経験からわかるけどな~~~さ~~整理したら「すっかり忘却の彼方におしやりましょう」平家物語に集中はやくしないとね・・・
2017.03.10
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おはようございます。今週は、畑と園芸作業の予定だったんですが^^^昨日の寒さは無理でした~~で、お花が大好きな私としては、先日の下野市史跡祭りは、梅の花に囲まれ幸せ・・・・ま~演奏直前までは、苦しみましたが・・・終われば、梅の花の美しさを堪能。昔梅まつりと呼ばれてましたそうで、古墳時代後期の女性役の人の髪飾りに、我が家の白梅を数本持参。でもな~~みなさんそんなのに関心なさそう・・・自分の受け持ちに、頭が一杯なんですから、当然かもで、私の髪飾りは「錦魚葉のツバキの葉が2枚」ユーピンの先に両面テープで張り、使いました。可愛いんです・・・27日のリハーサルの時、安国寺の御住職に見せて頂き・・・そうでなくても椿はすきなので・・・可愛い♪2枚頂戴しました。帰宅後、椿の会の会長でもあった(?ある?)友から偶然電話頂き、聞いてみましたら、名前を教えてもらえました。昨年今年と、作詞作曲が難航して、椿展がみれず…残念でたまりません。椿が園芸として盛んになったのは、江戸時代だそう・・・町人階級が商売で力をつけると同時に文化が栄えたからかしらん・・・・・武士:貴族の文化の発展は、薩摩琵琶の歴史とからむのである程度は勉強し(あらま~今は時々、先生もどきの解説までしてます。あ~~恥ずかしい)ましたが、町人の文化は友人の方が「先生」だからそれが知りたくて、木やり稽古通ったのに、夜の練習なもんで、氷室に越してからは、通えなくなり残念・・・自転車で鬼怒川を夜わたるのは・・こわい・・から薩摩琵琶の歴史で、錦心流の永田錦心先生がでてきた頃「町(人)琵琶と武士琵琶の融合」という文句の説明がなされますが、木遣りに接して、「そうは言うものの、武士道・武士の気風がはるかに色濃いのが、薩摩琵琶なんだな~~」と痛感。まず色ぽさ、しゃれ、柔らかさ・・これが一切ないですよね・・・・だから小椋けいさんが「恋はするもの、されるもの~~」と語るのを聞いてた客席の某琵琶人が「しかっめの表情」してらしたのも・・・うなずける(苦笑)椿を見ながら・・・今年はちゃんと勉強しよう~~と・・まず身近に植物園芸の先生がおられるので、まず「椿」のお勉強♪昨年、古墳の勉強させて頂きましたが、今年は大好きな植物でゆくぞ~~~~てなわけで、4月の踊りと琵琶の会では、踊りの方々が、たまたま?練習されていたのが「藤」の踊り、で、琵琶ノテーマーが平家物語・・・・・源氏物語も平家物語も、平安王朝貴族の趣味美的感覚が随所にでてきてました「藤の花」は、女性が好む『小原御行」と「厳島御行」にでてきます。小原の方では、裏紫と書かれていて、私には、この当時の「かさね」の色目を連想。紫に裏がついてますから、重ねの色目で、裏が紫なのかな?どちらにしても、藤の花の自然態の姿は、美しいのに、傍の木にぐんぐん巻き付き、上に上り、たくましいんです。そうそう観光名所に「敷名の千年藤」がありますものね演奏と演舞ノラストに、知人が平家物語にでてくる藤について話してくれるそうです。最初は「私」にしゃべれ・・というご注文でしたが、知人がやってくれるそうで、楽しみです。こうゆう風に色々な特技を披露し、お互いに認め楽しむ…大切な事だと思います。間に入った、一番親しい友は「打ち合わせと少しづつ、違ってきて、ごめん」と真面目な人らしく、謝罪のメール。いえあいえ、そこが商業的でない、友人知人というものでしょう・・・演奏者としては、事前にそういう事知らせてくれれば、いかようにも変更できますから・・・おう・・私の頭ちゃんもすごくやわらかくなりましたね・・・要は、いかなる変更あろうとも、琵琶そのものの演奏には影響なし・・・を可能とする「練習」ですよね・・・
2017.03.09
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こんばんは・・今日は断固として礼状発送を決意。のんびり心も体も開放したいのですが、私のペースだとすぐ1週間パ~~と過ぎで、1週間から10日間は人とは会いませんから・・これはとても失礼。世の中の動きは早いですから、もう翌日は「次」なんて感じですよね・・今回は考えさせられる事、あれこれ連絡とり相談した人が多く・・・全員に同じ内容にすると・・・めちゃくちゃ長くて、礼状じゃないみたい・・・ハタと気が付きました。ワープロパソコン利用でも、出す相手をいくつかのタイプにわけると「私が苦戦しているのを知りつつ、当日会場まで来てくださった方」「当日おこしにならなくても、内容など相談にのってくれた人」「曲目や演奏内容に関係ないけれど当日特別にお世話になった人」・・・あらま~20名弱です。1年間こんなに多くの友人知人に、有形無形で助けて頂いたわけです・・・なるほどな・・・途中で放棄できないはずです。自分の心の弱さだけど・・・途中孤独感に襲われましたが・・考え違い・・・だから演奏直前、友人知人の顔を会場で拝見し、勇気百倍になり、ふっきれた・・わけですね・・・「清々しい顔でしたよ」ともメール頂き・・確かにたしかに・・・色々な事を忘れるわけではないけれど、それにこだわらない、だからと言え何かを得るためにあれこれ考えないし、人間関係も復活したりしないし、好まぬことは避けてゆく・・「一期一会」ただ、常に備えるけれど・・・実現するとかはこだわらない・・時がご縁があれば、何かが起こるけど・・かしらんというわけで夕方までに、礼状完成・・・どうして私は「形だけ」というやりかたできないんでしょうね・・「ありがとうございました」でよいのにね・・・でも何にでも正面から全力であたる・・こんな自分を愛してあげなくちゃ~~な~~~だって「この精神が薩摩琵琶」と松岡師匠は、あるとき「怒った」もの「あなた 薩摩です。薩摩琵琶です。ずるいはダメです」・・・で、この頃気が付いたのは「ずるい事するのが、私の周りに、いた人」だったわけ・・礼状作りながら・・・衝突も対立も「生きてる証拠かな?」なんて、達観?に近い心境。ごめんねみなさん、ありがとうみなさん・・・かな~~~~苦しんだ数年があるから、それでも琵琶演奏できるわけだから、利用されたって良いじゃないか、わかってあげて騙されば良いじゃないか、だってみんなまじめなんだから・・・そうそう不思議なのは、今から8・9年前あの衝突ばかりしていた時代の友の中でも、数人が今もなにくれなく、連絡くれたり、今回も「貴女に会いたい」と顔みせてくださいます。????どうも「昔と変わらず活動しているのは、1番が私」だからだそうです。そんな事ないですよ・・ただ目立つだけ女性が家事や育児から解放された中高年時代から、シルバーになりそう世代に、社会に向け何か活動する・・・これはとても大変ということのような気がします。そういえばもう、あちらの世界にゆかれた人や、ご主人なくした方もおられれます。病気で体力なくした方も・・・・礼状は、またもや型破り?正直すぎる内容になっちゃいましたが・・・あ~任務終了気分さ~明日から古典曲練習に入ります、船弁慶、5月に演奏したいな~~
2017.03.08
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おはようございます。またまた冬・・・外を見る分にはなんて美しい♪一昨日は完全休養日・・電話もでないし、琵琶には一切かかわらないし・・そりゃそうです「畑と庭仕事」で外~~携帯電話なんて出てられるほど暇ないのが「畑」でして・・昨日は、お礼も兼ね茶道の練習&お食事会・・・まさか息抜き遊びで、わざわざ自宅から離れた下野市に先生求めたのに・・琵琶演奏するとは・・・・このあたりの心理は、耐えるべきものかもしれません・・・某御住職が、さらりと口にされた「すべてを飲み込み」・・・なのかもしれません。大都会では、お隣の人とかサークルの人への、関心は、人間関係がすごく深くなければ、必要以上にないですよね?それが冷たさにも繋がるかもしれませんが・・、それにあんなに多い人の中では、すごいスター以外注目なんてありませんよね~~でも地方では、少し新聞などに出てしまうと・・・・・息抜きしたくても、すごい窮屈な時あります。でも考えてみますと、本人の「受け取り方」かもしれませんが・・・これは気が付いてきました。こんな風に、周りを窮屈と感じる「心」だと、つぎつぎと逃げねばなりません・・・心のなかですが、私は「つぎつぎと逃げました~(苦笑)」宇都宮市でしょう、宇都宮のなかでも、T城・U城で・S施設、O町M町M市・・・それは責任のような、固定観念でみられるような、売名行為と言われたり、競争相手?排除すべき?とみられ裏で色々工作されたり・・・私は地域の方々との一体感が好きなのに・孤立感を感じる町だから・・・その町の人に喜んで楽しんでもらいたいから琵琶演奏してるだけ・・人間だもの、それらの色々を知りながら、苦笑し、でもま~そんな物もありでしょう・・だがしかし、自分の筋はやんわり通し、演奏や人間関係には、深く影響させない・・・かな~???世の中、色々な事件があり、それに比べれば、自分の琵琶にからむ色々な事はすごく小さくて・・・それなのに自分にとり「眠れない夜」の日もある・・あらま~~こりゃストレスだ~~なにしろ「普段の声」は年齢不詳の可愛い声、のんびりムード、のう天気発言?・・・バカにされやすい雰囲気もあります・・がしかし琵琶になると豹変?・・・あの下野市の取材で私を小ばかにされた、某施設館長さん。噂聞いてみましたら「S市町の?を退職され、余生?余暇?を某施設に求めた方とか・・・」そうか、机の上で高級官僚もどきに部下を使い事務系なのに、某施設は、一般のおばさんおじさんへの対応の多いサービス業的職場・・・可愛そうに、サービスできなかったのね・・・名前いりで「なんとかさんでしょう?」これがすぐわかるのが地方の町・・・私には失う物も下心もないので「すごいバカにされた」と、友人に本音はきました・・・苦笑でも、うらんでませんからご安心を・・・でも当分その施設にはゆきません・・・まさかそこで演奏するハメにはならないでしょうし・・・でも友人が、その人と当日演奏した人とは区別つかないかも、あなた別人よ!(苦笑)同じように、予防線はらなくちゃ、演奏なんて話きてしまう確率、が今回高まってしまいそうなI公民館も・・望んでない・・ってバカなおばさんぽくおしゃべり・・・公民館の責任者の、虚空を見つめた姿に「は~~~」どうぞ地元の人材優先になさってくださるとうれしいです。それが下野市を愛する私の本音ですから・・・
2017.03.08
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こんばんは・・3月5日、ご参加くださいましたお客様、薬師寺ボランテイアの皆さま、作詞するにあたり多大なご協力いただきました考古学関係のみなさま、作詞にあたり様々な分野の友人たち・・そして会場を提供してくださいました、安国寺のお寺様、共演させて頂きました壬生町雄琴神社の雅楽会のいみなさま・・本棟にお世話になりました。御礼申し上げます。あちこちに梅が咲き、すごく良い環境でした。薬師寺跡を中心に、あちこちの会場で9時から13時まで、様々な催しがあり、自分の興味に従い散策できる・・そういう催しです。この方式は私は大好きです。対照的なのが、1か所でなんでもかんでも行う・・だから、落ち着いて聞きたい見たい分野の物は、騒がしくて・・・どうもね・・、あちこち見るのって楽しいですよね~~・・・宇都宮市ではそんな感じが多く、私は苦手です(苦笑)ただこのタイプは、お客様が短時間で移動するのが通常・・で、演ずる側は「集中力」がいるわけですが・・・で、最初から「移動するお客様」を想定していたのですが・・・あらま???半分以上のお客様は、10時15分~12時半までおられました。すごい~~♪もう最初からイス席は満員・・はてな50名の席かしらん??ご住職のお話しのみ聞く方も数名おられ・・・さすが下野薬師寺の地だな~~と感服。つづく雅楽も演奏だけでなく、各楽器の紹介もあり、わかりやすく、さすが雄琴神社様・・・あの~孫のお名前を頂いた神社なので、雄琴神社様贔屓です(親ばかですみません)で、私たちの番・・・もう朗読の方々もまじめで、2回の合同練習、27日に安国寺様のご厚意で「本番サナガラノリハーサル」しました。琵琶の方のメンバーは、働いている人もいるので、当日9時集合、安国寺様のご厚意で「リハーサル」しました・・・みんな他ノメンバーはやるき満々・・で、私は???今だから言えるけれど・・・3月5日の下野市史跡まつりでの「琵琶と朗読による、機織り型埴輪」を創作して演奏したわけですが・・・気が重くてね・・自由にのびのびとは、心がならず、本番直前まで「のらないな~~」あの~練習は、ちゃんと当日まで70回練習する・・・は、こなしましたので、自分にはケシテ負けず・・・心は「やった!」・・・こうゆうのを「テンション低い」というのでしょうね・・演奏終了後、宇都宮からご参加くっださった方、友人知人や、下野市での茶道の友人などが前に来てくださり、感想をお聞かせいただけました。思うような出来上がりにならないのを誤りましたら・・・・外(風が吹いていた)だから、これでよいのでは?男の方は冷静に「現代的に明るくなっている(初期の頃のものより良い・・という意味?)外人の方が興味深げに聞いていた、これはすごい!声が朗々と響いてた昔と変わらない、衣装がすごく素敵、皆さんが席たたずに聞いておられた。あちこちで魅力的な催しあるのに来てくれておられる・・・べたほめですと「ひいて」しまいますが、具体的に指摘してくださり・・「そうか~~やはり市民の皆さまは、素直に受け取ってくださるんだな・・・・・今回悩んだのが、中庸の形、言い換えれば「とっぴ過ぎず、さりとて薩摩琵琶の物語性、また上品さは失いたくない」「わかりやすく、さりとて古代というロマンは残したい」「事実も告げたい、でも情報が多すぎれば、混乱されるだろう」・・古すぎず、新しすぎず・・・・薩摩琵琶が演奏する以上、薩摩琵琶らしさは必要。これは譲れない。問題は「古墳時代の事は、発掘された物でしかわからない」・・琵琶は「語り」ですから「どんな言葉?音楽?リズム感?どんな事件があったか、どんな価値観だったか、主人公の生きた人生はどんなもの?」文章になったものが「ない」時代・・創作する、という」こと自体が「驚き桃の木山椒の木」状態悩んだわりには、できてみると「当たり前」みたい?・・・に聞こえる?(苦笑)今回、違う意味で「薩摩琵琶の古典曲の色々な描写方法、筋たて、崩れ、吟変などの技術の使い方、聞かせどころ?・・・すごいな~~って思いました。だって「崩れ」使わなくてはならないから・・・ある場面が浮かび、悲しみの「吟変」使いたいので「また場面」ができ、たんたんと語りたいから「ある物語」がうかぶわけですから評価は私にはわからない・・・市民のみなさんが受け入れて下さり感謝しております。また驚かせてしまった分野もあるわけですが、分野の違いだろうと思います。創作がなければなりたたない分野もあるのをお許しいただければと思います。事実を朗読で、創作を琵琶でという形を提案したのは「私」ですから・・・琵琶としてはやりにくい形態をご提案させて頂いたのだけは、知っていただけたら幸いです。願わくは下野市の文化遺産なので、下野市の市民のみなさん、もしくはその近隣の壬生町や小山市などの市民のみなさんが、行っていただけたらうれしいです。でも~~~すごい疲れたのは本当で、今年は、もう創作をご遠慮。うけるとしても「古典曲」のみという心は、変わりません。「すべてをのみこみ、・・・」という大きな心は、大切とは思い、めざしますが・・・・心の疲れをいやすのが先決というわけで、今日は、畑仕事でした・・
2017.03.06
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