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舛添都知事、「1泊15万円」の米国出張に批判2000件、 「欧州大名旅行」で反発浴びたばかりでなぜ? 2016-4-22 J-CASTニュース 東京都の舛添要一知事が、欧州への豪華出張に続き、アメリカへの出張でも1泊15万円ものスイートルームに泊まるなどしていたことに、疑問や批判が相次いでいる。 客室には、古代ギリシア風の彫像が並び、浴室をのぞけば、ローマ時代かと思わせる優雅な浴槽が...。舛添知事が2015年10~11月にパリやロンドンに出張したときも、1泊20万円のスイートルームに泊まっていた。 ■往復ファーストクラスで225万円 欧州出張のときは「豪華大名旅行」と批判を浴びたが、今回、米ワシントンなどで16年4月12~18日に出張したときも、舛添氏は、1泊15万円前後のスイートルームを選んでいた。 米国への往復などもファーストクラスを使い、航空機代だけで225万円に達した。さらに、スイートルームの宿泊費に5泊で74万円もかけている。都職員14人も随行し、うち5人がビジネスクラスを使ったり、舛添氏と同じ高級ホテルに泊まったりしたため、総額も膨らんでいる模様だ。 都の管理課によると、出張が明らかになった3月8日から「費用が高すぎる」などと電話やメールで批判が相次ぎ、4月15日までに2000件弱にも達した。そこで、舛添知事は、帰国後の21日に出張経費を検証する検討会を立ち上げ、6月末をめどにその結果をまとめることを明らかにした。 立ち上げに当たって、都は、今回のスイートルーム利用が、都条例に定められたワシントンなどへの出張費上限の4万200円を最大で3.8倍も上回っていることを明らかにした。 このことが報じられ、ネット上では、疑問や批判が相次いでいる。 「別にそれなりのホテル泊まるのは構わないと思う」と理解する向きも一部であるが、「上限が決まってるところを超えるのはありえない」「当然、差額は東京都に返金していただきましょう」といった厳しい声が多い。 熊本地震後に、舛添氏が米国での桜祭りのパレードに参加し、オープンカーに乗って笑顔を振りまいていたことも批判に拍車をかけている。 ビジネスクラスにしなかった理由「コメントしない」 条例の上限を上回る出張費について、都の管理課では、「特別な事情があれば増額できるため、事前に都人事委員会に確認手続きをしており、条例違反ではありません」とJ-CASTニュースの取材に説明した。 特別な事情とは、ホテルについては、要人と会うときも礼を失しない格式と設備がある、セキュリティがしっかりしている、限られた日程で訪問先への移動が容易なこと、の3点だとした。 客室についても、要人との急な面会に対応できる、メディアのインタビューに応じられる、会議できるスペースがある、の3点を挙げる。初めにスイートルームありきではなく、条件に見合う複数の候補を挙げたうえで、最も価格が安いホテルと客室を設定したとしている。 米国への往復などをファーストクラスにしたことについては、条例で知事は座席の最上位を選べることを挙げたが、なぜビジネスクラスなどにしなかったかについては、「コメントしません」という。職員5人がエコノミークラスでなかったことには、「飛行時間が8時間を超えるとビジネスクラスが選択可能で、知事に近いところにいる必要があったからです」と説明した。 パレードでオープンカーに乗ったことについては、「知事はあいさつで、熊本地震のお悔みも述べており、一部だけが報じられています。被災者の支援についても、ホテルで連日のように職員と打ち合わせをしていました」と言う。 とはいえ、舛添氏は知事就任2年ほどで、計8回、2億円強も海外出張に使っており、16年度も今回を含めて5回、3億円強も予算に計上している。
2016.04.30
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日本の被災地では「常識では考えられないことが起きていた」=中国 2016-04-24
2016.04.30
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慰安婦問題をめぐる「不可逆的」合意、合意が形骸化する恐れも? 2016-04-29 サーチナ 2015年12月28日に行われた日韓外相会談で、日韓両政府は慰安婦問題を「最終かつ不可逆的」に解決することで合意した。 だが、韓国メディアの亜洲経済の中国語電子版はこのほど、「日韓は今なお険悪で、両政府が合意した内容の認識についても重大な差異がある」と主張する記事を掲載した。 15年12月末の日韓外相会談では、日本は「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」と認めたうえで、元慰安婦を支援するための基金として約10億円を拠出、「すべての元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う」ことで韓国側と合意した。 記事は、日本政府は「韓国の日本大使館前にある少女像の撤去を10億円拠出の条件」としていると主張する一方、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領がこのほど、少女像は日韓合意とは無関係であると主張したことを紹介。 朴大統領の発言に対し、日本からは合意の範疇であると反発の声があがったことを伝えた。 4月13日に行われた韓国国会議員の総選挙で、与党であるセヌリ党は過半数割れという惨敗を喫したが、記事は「日本国内では韓国の与党惨敗は慰安婦問題の合意に障害となるとの見方が一般的」であり、そのため日本側は一刻も早い少女像の撤去を求めていると伝える一方、韓国国内では少女像の撤去は世論の圧力が大きく、短期間で善処するのが難しい問題であると指摘している。 日韓両政府の合意からすでに4カ月が経過したが、合意内容の履行が進んでいない状況にある。このままでは合意が形骸化する恐れも排除できない状況といえそうだ。 (編集担当:村山健二)
2016.04.29
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なぜだ!日本人が下水油や人毛醤油のような悪徳商品を売らない理由=中国 2016-04-26
2016.04.27
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伊勢志摩サミット、「加害国・日本が被害者になる」オバマ氏広島訪問に韓国メディア反発 2016-4-26 産経新聞 【ソウル=名村隆寛】オバマ米大統領が5月末に広島を訪問する見通しとなったことに関し、韓国メディアの多くは、ケリー米国務長官が今月11日に広島を訪問した前後から「太平洋戦争を起こした“加害者”である日本を“被害者”に変えてしまう」と反発しており、オバマ氏の訪問を問題視し続けている。 韓国紙、中央日報は12日付の社説で、「東アジア全体の目で見れば、米大統領が今、広島に行くのは時期尚早だ」と断じた。その理由として、「日本は韓国や中国などの被害国から完全に許しを受けたわけではない」とし、日本の韓国などへの謝罪が、広島訪問の前提であると主張。「訪問が実現しても、日本の蛮行に対する免罪符ではないことを、米国は明確にしなければならない」と要求した。 ソウル新聞も13日付の社説でほぼ同様の主張を展開。朝鮮日報も15日付のコラムで「オバマ大統領の広島訪問は、日本が被害者だという印象を与え、まだ反省と謝罪が終わっていないアジアの加害国だという事実を隠す結果につながる可能性がある」と強調した。その上で、「北東アジアの歴史的感情を十分に考慮しないまま踏み出すオバマ大統領の第一歩は、むしろ混乱だけを引き起こすかもしれない」と主張した。 同紙は25日付でも、「ドイツとは違って、日本は周辺国を納得させられるほど歴史問題について十分に反省していない。日本の首相はハワイの真珠湾を訪れ謝罪したことがない。日中戦争中に起きた南京大虐殺についても、被害者数を少なく見せようとしている」とし、韓国が主張する歴史認識と広島訪問を強引に結びつけた。 韓国政府は、オバマ氏の広島訪問が発表されていないため、公式な見解は明らかにしていない。
2016.04.27
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大地震を前にして、われわれに日本を嘲笑する資格などこれっぽっちもない=中国メディア 2016-04-26 サーチナ 先日発生した熊本や大分での大地震に対し、中国国内で「祝賀セール」を行う店や、地震発生を喜ぶ一部ネット言論が発生したことが同国内外で伝えられた。これに対し中国メディア・捜狐には25日、「地震について、われわれには日本を嘲笑する資格など何もない」とする文章を掲載した。 文章は、尖閣諸島をめぐる争いや、日本政界における歴史認識の問題など、中国人が日本に対して疑念や反発を抱いていること、ネット上では民族主義を掲げて日本を攻撃し、それを賞賛する声が多いことは事実であり、否定はしないと説明。また、「時期として不適切ながらも、一部から過激な言論が出るのは異常なことではない」と評した。 しかしその一方で、「ある事実についても、われわれは正視しなければならない。地震という状況において、われわれには日本を嘲笑する資格など何もないのだ」としている。 そして、被害を減らそうと日ごろから真剣に地震対策をする日本の姿勢、市庁舎よりも学校の耐震強化を優先する行政の姿勢、大地震発生後に熊本県内にある大手スーパーの店舗でおにぎりが10円で販売された件、2008年の四川大地震の際に駆け付けた日本の救援隊員が、発見された犠牲者に対して最大の礼儀を尽くしていたことをそれぞれ紹介した。 文章は、「日本は地震が多いから経験が豊富なのは事実。食料などの問題で一部被災者から不満の声が出たことも事実」とする一方、「これほど死傷者が少なく、しっかりとルールを守り、ポジティブなパワーを出していることについては、やはり世界が感嘆するに値することだ」と説明。日本の一部政治家に対する怒りは抑えられないが、地震という事象の前で日本人が見せる高いモラルは「われわれから、いかなる嘲笑をする資格をも奪うのだ」と論じている。 「地震を祝う」という非道徳的な言論に対する反発や非難の声には、どうやら2つのパターンがあるようだ。1つはまさに道徳的な見地から「人としてダメ」と非難するパターン。もう1つは、この文章のように地震に対する日本の真摯な姿勢を見たら「ぐうの音も出ない、そして出す資格もない」と感嘆するパターンだ。 日本の優れた点を素直に認めることは悪いことではないが、それ以前にやはり「人としての道」を外れた行為をもてはやす風潮は廃れて欲しいものである。 (編集担当:今関忠馬)
2016.04.27
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北朝鮮「女性従業員」の人権侵害と日本企業の関係 2016-4-26 高英起(デイリーNKジャパン編集長) デイリーNKは、日本企業と契約している中国の水産加工会社が、違法な条件と環境で北朝鮮人の従業員に労働を強いているとの情報をキャッチした。これまでにも北朝鮮レストランのウェイトレスが、時には強制売春などを強いられている実情を伝えてきたが、改めて北朝鮮の外貨稼ぎの現場で、人権侵害が行われている実態が明らかになりつつある。 情報を提供した中国の対北朝鮮情報筋によると、現場となっているのは、中朝国境に面した遼寧省丹東市の某水産加工会社だ。同社は、北朝鮮当局と契約を結び、北朝鮮出身の女性従業員200人を雇用している。 同社が従業員1人に支払う月給は500ドル(約5万5000円)。北朝鮮当局はそのうち350ドル(約3万9000円)をピンはね。北朝鮮から派遣された現場責任者は、残りの150ドル(約1万7000円 )のうちの一部を従業員に給料として渡していた。額は不明だが、1万7000円の一部から支払われるわけだから、かなりの割合でピンハネされていることになる。 ちなみに中国・丹東市政府は、1ヶ月の最低賃金を1200元から1320元(約2万500円から2万2500円)と定めている。中国の労働関連法規は、会社に重大な損失を与えた従業員の給料から、最低賃金を下回らない範囲で天引きすることを認めているが、この水産会社で仮に150ドル全額が支払われていたとしても、規定の額を下回る。つまり違法だ。 しかし最近では、それすらも渡されなくなったという。なんと、現場責任者が水産加工会社に「6ヶ月分の給料を前借りさせてくれ」と強く要求し、北朝鮮に全額を送金してしまったのだ。 朝鮮労働党第7回大会を控え、喉から手が出るほど外貨が欲しい北朝鮮当局からの指示だったと見られる。経済制裁の影響で外貨稼ぎの柱だった北朝鮮レストランで閑古鳥が鳴くような状況になり、収入源の穴埋めを図ったとみられる。 一方、中国の水産加工会社は日本企業との新規契約を獲得。作業量が増えたため、向こう6か月の労働力を昇給なしで確保できることになる北朝鮮側からの要求は、まさに「渡りに船」だった。さらに「給料を増やすために、1日の労働時間を12時間から13時間に増やして欲しい」との要求もあったが、これも違法だ。 中国の労働法では、労働時間は1日8時間、週平均44時間以内、残業は組合や労働者との協議を行った上で、1日3時間を超えない範囲で認められているが、1ヶ月に36時間を超えてはならないと規定されている。 北朝鮮から派遣された労働者は、午前5時から午後6時まで働かされ、月に2回しか認められていなかった休日すら、保証されなくなった。さらに、早退、病気治療、外出もろくに認められず、10人1組の生活を強いられている。 「少しでもおカネを稼ぎたい」という切実な思いで、中国に渡った北朝鮮の女性たちは、労働時間の長さ、給料の少なさ、自由のなさに強い不満を抱き、嘆いているという。 丹東市政府は、水産会社のこうした違法行為を黙認しているが、その理由については不明だが、問題は、こうした北朝鮮の人権侵害に日本企業が関わっている可能性があることだ。海外に派遣された北朝鮮労働者の人権侵害の問題は、国連においても問題視されてきている。さらに日本政府は、独自制裁の一環として、北朝鮮を原産地、または船積地域とする全ての貨物の輸入を禁じている。 しかし、中国の水産会社と契約した日本企業は、知ってか知らずか、人権侵害が横行する工場で、北朝鮮労働者が加工した水産品を輸入し、日本の消費者に届けていることになる。
2016.04.27
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日本人はまるで・・・大きな機械の部品のように自分の仕事を徹底=中国 2016-04-23
2016.04.26
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(多くの訪日客大歓迎)良いところも悪いところも、すべて、ありのままの日本を見てもらって、日本の真実を知ってもらいたい。 「日本人は、残酷だ」「日本人は、鬼だ」と教育で、教えられてきた彼らが、日本に来て、そのあまりの 差異に驚いている。 日本人のやさしさ、思いやり、清潔好き、誠実さ、協調性なども、知ってもらいたい。相互認識を深めることによって、彼らは、目を開いていく。 その延長上に、真摯な平和的話し合いが、可能になると思う。形だけの日中友好でなく、世界平和につながる(日中友好)が、実現する。その土台を築き上げるためにも、閉ざされた中国人の目を、開いてもらうためにもどんどん日本に来てほしいし、我々も機会を見つけて、訪中も意義あることだと思う。 皆さんは、どう考えられるか? (はんぺん) --------------------------------------------------- 想像以上だった・・・日本は物価が安く、そして快適な国だった=中国 2016-04-14 サーチナ 日本を訪れる中国人が急増すると同時に、中国のネット上では中国人が訪日後の感想を綴る文章も増えている。そのほとんどが日本に対して好意的なもので、訪日前に日本に対して抱いていたイメージが覆されたといった内容のものが多い。 中国メディアの金融界はこのほど、日本を訪れた中国人が「日本は想像以上に物価が安く、そして快適な国だった」という感想を綴った文章を紹介。同文章は中国のナレッジコミュニティ「知乎」に掲載された文章を転載したものだ。 記事は、「知乎」のユーザーが日本を訪れ、実際に見た「真実の日本の姿」として、日本は中国に比べて「少ないものが3つ、多いものが3つあった」と紹介している。 中国に比べて少ない3つのものとは、「ゴミ箱、警察官の姿、子どもの数」だ。そして、中国より多いものとは「自動販売機、カラス、高齢者の数」だという。 ゴミ箱が少ないにもかかわらず、日本が清潔に保たれているというのは多くの中国人が語る日本の姿だ。 また、日本では街中で見かける警察官の数が中国よりも少ないというのは事実だろう。中国ではいたる場所で警察官や城管と呼ばれる治安要員を見かけるが、それだけ中国の社会が不安定だという見方もできる。警察官や城管によって厳しく管理されている中国から日本を訪れれば、治安要員がいなくとも秩序が保たれている日本の姿は、中国人にとって驚くのは当然と言える。 そのほか記事は、日本の物価は「想像以上に安かった」としている。中国では「日本は物価の高い国と考えている人が多い」そうだが、日本の物価は実際には中国より安いと指摘。円安の影響もあるだろうが、中国は経済成長が続き、物価が上昇している一方で、経済成長が停滞し、物価が継続的に低下してきた日本の違いというのもあるだろう。 日本ではラーメンが1杯650円程度だとすると、人民元では37元ほどとなるが、記事は「上海では1杯37元を下回るラーメン店を探すのは難しい」と指摘している。もちろん上海にも安い飲食店は数多く存在するが、安い飲食店は個人経営の食堂に近いものだ。衛生管理がなされているレストランやチェーン店での食事はもはや日本のほうが安いのだという。 中国ではなかなか日本に関する真実の情報は手に入りにくい状況にある。 特にテレビなどのマスメディアで日本の真実の情報が報じられることはほとんどないと言える。そのため、中国の人びとはネット上のナレッジコミュニティやSNSを通じて日本についての情報を取得しているが、こうした日本に対して好意的な記事を見れば、中国人の日本に対する感情も良くなっていくに違いない。 (編集担当:村山健二)
2016.04.26
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インドネシア、違法操業で手配の中国漁船を拿捕 2016.4.24 産経新聞 インドネシア海軍は22日、スマトラ島アチェ州沖で、アルゼンチンの排他的経済水域(EEZ)内で違法操業したとして国際刑事警察機構(ICPO)を通じ手配されていた中国漁船を拿捕した。 地元英字紙ジャカルタ・ポストが24日伝えた。 今年3月にインドネシア領ナトゥナ諸島沖で違法操業中の中国漁船をインドネシア当局が摘発した際には、武装した中国海警局の船舶が妨害する事案も発生した。 今回の拿捕により、違法操業をめぐる両国の緊張が一層高まる恐れがある。 インドネシアのジョコ政権は外国船による違法操業の取り締まりを強化しており、同紙によると、2014年10月以降、170隻以上を爆破処理した。(共同)
2016.04.25
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舛添都知事、「1泊15万円」米国出張に批判2000件 「欧州大名旅行」で反発浴びたばかりでなぜ? 2016-4-22 J-CASTニュース 東京都の舛添要一知事が、欧州への豪華出張に続き、アメリカへの出張でも1泊15万円ものスイートルームに泊まるなどしていたことに、疑問や批判が相次いでいる。 客室には、古代ギリシア風の彫像が並び、浴室をのぞけば、ローマ時代かと思わせる優雅な浴槽が...。舛添知事が2015年10~11月にパリやロンドンに出張したときも、1泊20万円のスイートルームに泊まっていた。 ■往復ファーストクラスで225万円 欧州出張のときは「豪華大名旅行」と批判を浴びたが、今回、米ワシントンなどで16年4月12~18日に出張したときも、舛添氏は、1泊15万円前後のスイートルームを選んでいた。 米国への往復などもファーストクラスを使い、航空機代だけで225万円に達した。さらに、スイートルームの宿泊費に5泊で74万円もかけている。都職員14人も随行し、うち5人がビジネスクラスを使ったり、舛添氏と同じ高級ホテルに泊まったりしたため、総額も膨らんでいる模様だ。 都の管理課によると、出張が明らかになった3月8日から「費用が高すぎる」などと電話やメールで批判が相次ぎ、4月15日までに2000件弱にも達した。そこで、舛添知事は、帰国後の21日に出張経費を検証する検討会を立ち上げ、6月末をめどにその結果をまとめることを明らかにした。 立ち上げに当たって、都は、今回のスイートルーム利用が、都条例に定められたワシントンなどへの出張費上限の4万200円を最大で3.8倍も上回っていることを明らかにした。 このことが報じられ、ネット上では、疑問や批判が相次いでいる。 「別にそれなりのホテル泊まるのは構わないと思う」と理解する向きも一部であるが、「上限が決まってるところを超えるのはありえない」「当然、差額は東京都に返金していただきましょう」といった厳しい声が多い。 熊本地震後に、舛添氏が米国での桜祭りのパレードに参加し、オープンカーに乗って笑顔を振りまいていたことも批判に拍車をかけている。 ビジネスクラスにしなかった理由「コメントしない」 条例の上限を上回る出張費について、都の管理課では、「特別な事情があれば増額できるため、事前に都人事委員会に確認手続きをしており、条例違反ではありません」とJ-CASTニュースの取材に説明した。 特別な事情とは、ホテルについては、要人と会うときも礼を失しない格式と設備がある、セキュリティがしっかりしている、限られた日程で訪問先への移動が容易なこと、の3点だとした。客室についても、要人との急な面会に対応できる、メディアのインタビューに応じられる、会議できるスペースがある、の3点を挙げる。初めにスイートルームありきではなく、条件に見合う複数の候補を挙げたうえで、最も価格が安いホテルと客室を設定したとしている。 米国への往復などをファーストクラスにしたことについては、条例で知事は座席の最上位を選べることを挙げたが、なぜビジネスクラスなどにしなかったかについては、「コメントしません」という。職員5人がエコノミークラスでなかったことには、「飛行時間が8時間を超えるとビジネスクラスが選択可能で、知事に近いところにいる必要があったからです」と説明した。 パレードでオープンカーに乗ったことについては、「知事はあいさつで、熊本地震のお悔みも述べており、一部だけが報じられています。被災者の支援についても、ホテルで連日のように職員と打ち合わせをしていました」と言う。 とはいえ、舛添氏は知事就任2年ほどで、計8回、2億円強も海外出張に使っており、16年度も今回を含めて5回、3億円強も予算に計上している。
2016.04.25
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原発の再稼働を強行する安倍晋三に読ませた。放射性廃棄物の最終処分のめども立たない現実。金儲けに狂奔する東電・関電などの電力資本 、結局、そのツケは、国民が支払うことになっている。これほどの金食い虫は、無いだろう。国民は、いつになったら、覚醒するのだろうか?あと、何回、フクシマを経験しなければ、ならないのだろうか?未来の世代に、無限とも思える負債を残して、恥ずかしくないのだろうか?その現実が、未来を限りなく、希望の無いモノにしている。 (はんぺん) -------------------------------汚染された村、時止まり森に チェルノブイリ事故30年 2016-4-24
2016.04.24
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当時の全共闘のアホさかげんを、目の前で見て知っている僕にとっては、この本の雰囲気は、わかる。彼らは「ファッション的感覚で、お祭りに参加した」・・・・好きな時に、烏合の衆として、顔を出して、状況が悪くなると、自分たちは、真っ先に何食わぬ顔をして、社会(企業)の中へ逃げ去っていった。 彼らが、真剣に、社会変革後の、あるべき未来について、示したことは無い。というか「学習」「勉強」が嫌いな、アナーキストの寄せ集まりだった彼らには、大学解体後の新しいプランは、無かった。 「お祭り」は、ワイワイ騒ぐのが目的で、後は、野となれ山となれ・・・ということだ。無責任極まれりということだが、その頂点が、あの日本赤軍の重信だろう。日本赤軍・連合赤軍の愚かで未熟な「指導者」たちのために、多くの無辜の市民が殺された。自分たちの同志までもが・・・殺された。 今ごろ「もっと他のやり方があった」(重信)と言われても、殺されたものは・・・永遠に浮かばれることは無い。なぜ、彼らを死刑にしないのだろうか? この本は、当時の学生運動の実態をある程度、知ることができるので、(面白い)だけで、運動のレベルの低さに呆れてしまう。こういう「学生」が「闘った?」と言うわけだ。彼らがきちんと「総括」できると考えるほうが、おかしいとは、思いませんか。 (はんぺん)――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――中野正夫『ゲバルト時代』を読む2008-8-12 時代を駆ける 舘崎正二の週刊エッセイ(ブログ) 同時代を生きた者として、圧倒的面白さと共感を覚えた。特に前半が圧巻である。当時を現場で体験した者にしかわからない臨場感が、見事な筆力で再現されている。佐藤訪米阻止の弁天橋への進撃場面。「ゲバ棒と赤旗を縦に掲げたヘルメット隊列が、リーダーを先頭にジグザグを繰り返して進んで行くさまは、古代ローマの密集戦闘軍団を見る感じで、初めての経験の私に激しい興奮と闘志を呼び起こした」。 あるいは日大全共闘が結成された直後の4万人デモ。「信じがたいことに、歩道も車道も地震のようにボヨーン、ボヨーンと波のように地面が揺れたのだった。・・・日大生の重みで、道路が波打つように揺れるとは思いもしなかった」。全共闘全国総決起時の日大全共闘の入場場面。「映画の『十戒』のシーンように、・・東大正門から安田講堂前まであっという間に通り道ができ、・・安田講堂のまん前まで誰ともなしに一斉に全共闘学生が道を開け、一直線の通路となり、最後に日大全共闘の全部隊が講堂前まで進み埋め尽くした。 感動的な場面だった」。新宿騒乱罪適用時のことやら、日共「あかつき部隊」とのゲバルト場面やら、40年前のことが鮮やかに再現されていて、たいした記憶力とそして筆力だと感心した。 著者はべ平連からブント、そして赤軍派へと渡り歩いた一兵卒の活動家である。一兵卒ながらよく勉強し、その鋭い観察と思考から、当時の知識人や党派のリーダーに対する批評は辛辣だ。 弁がたち頭が切れて押しが強い者がリーダーとなったが、目立ちたがり屋で権力欲が強くて無責任なやつが多かった。大言壮語や観念的空理空論で人を煙にまき、政治的駆け引きや他者を攻撃することに長けていた。 著者は40年たって、かつての「革命ごっこの親玉たち」がバカな言動と出版をしているのをみて、「こいつらの脳みそはどうなっているんだ」という怒りからこの本を書いたという。 人は理論や理念(イデオロギー)では動かない。人間の行動は好き嫌いで選択されて理屈は後付である。たとえば、いい加減な組織・規律のブントがあっている者、官僚的な中核があっている者、建前と公式論の日共があってる者、といろいろあるわけだ。 まっ、私もいい加減だから現在それなりの組織に身を置いているわけだが。ちゃらんぽらんで楽観主義でバカで怠惰な人間が生き残り、マジメな者ほど死んでしまったと著者は回想しているが同感である。同時にすべてを問題として引き受け、すべてに対して行動を起こすことはできないという著者の意見にも賛同する。つまり組織は倫理的にすべてを引き受けようとせず、身の丈にあった運動をすることが大事なのだ。 読後感想、、、「ゲバルト時代」 2009-11-15 知の専制(ブログ) 元赤軍派の活動家の面白回顧録。今では想像もつかないが、反体制運動が若者の憧れであった時代に生きた若者の、疾風怒濤ハチャメチャ青春記。 古くは樺美智子『人しれず微笑まん』や奥浩平『青春の墓標』、ついで高野悦子『二十歳の原点』あたりの悲愴感極まれりな調子とは真逆に、軽快おちゃらけな調子で話が進む。 現代は、十代の若者の周りにある世界はあまりに磐石不変に見えるので、この著者のようにいったん浪人生活に入ったなら、大学を出る通常ルート以外の世界はほとんど想像すらできないが、著者の青春時代には、アナザー・ワールドを街頭の経験から実感できたのだ。ある意味うらやましい。 キレイゴトに終始する「革命ごっこの親玉」を揶揄する著者のスタンスからの必然として、全共闘世代の若者の生態がいろいろと活写され飽きさせない。 個人的には、その後赤軍関係の事件で有名になる連中のエピソードが面白かった。たとえば数年前に逮捕がテレビ報道された重信房子は若い頃相当な美人で、銀座のホステスをやって活動資金を作っていた由(p.222)。 また非業の総括死を遂げる遠山美枝子が総括を求められたきっかけとなった指輪は、革命運動に理解があった母親が、万一のときはお金に換えなさいと持たせてくれたものだったらしい(p.309)。リンチのあと縛られ放置されて、ほとんど死ぬ直前に、「お母さん、美枝子がんばる」とうわ言をいっていたとの話(坂口弘『あさま山荘1972』)と併せると、どうしようもなくやりきれない思いになる。 運動の高揚期から衰退期、そして連合赤軍事件などを経て、著者はついに運動に愛想をつかす。観念だけを肥大化させたかつての幹部たちの、ちっとも反省しない現在の生態に、著者は強烈な批判を加える。 著者は、「革命ごっこの親玉」たちのキレイごとを真に受けるほど素直ではなかった。というよりも、最初から面白さの基準を心に持っていた著者は、それに照らして面白かったので運動(というか騒動)に参加し、街頭で機動隊に制圧された経験から武装闘争の必要を感じて最左翼の赤軍派に関与した。そうして逮捕され身寄りもなくし、しかし自分の責任は自分で取るスタンスを貫き通している。私の周りではいわゆる団塊世代の評判はすこぶる悪く、頼まれてもご一緒したくはないのだが(なぜあんなにエラそうなのだ?)、こういうオッサンであれば飲みに行っても面白そうだと思った次第。 読書録・中野正夫「ゲバルト時代」 2010-7-3 革命も解放もない国で、元失業オヤジのクダラネェハナシ(ブログ)(中略)そんなことを思い出したからか、先日「ゲバルト時代 Since1967~1973 あるヘタレ過激派活動家の青春」という本に出会い読んでみた。この本は2008年に出版されていることから、中野さんが新左翼の生活から脱してから30数年を経て、かつての自分とその時代を振り返った自伝とも云うべき本だった。 読後の印象は「素直」である。そして濃厚な数年間を過剰な記録に感動と感慨を覚えた、とも云うべきだろうか。この本は、難解な政治用語が飛び交い、その細部の差異をこと細かく論じる政治書ではない。逆に二十歳前後の若者として当たり前のびっくりするくらいの軽さで語られていた。 ひとりの若者が既成政治に疑問に感じ、思いの向くまま新左翼運動、それも市街戦によるゲバルト主義に身を投じ、離脱するまでを、まさに日常をありのままに描いた物語だ。 全共闘運動の高揚とその後の連合赤軍による一連の総括リンチとあさま山荘事件のあとに大学に入ったボクとしては、ゲバルト主義ははっきり云ってかつて民青が誹謗したようにまさに“極左暴力主義”としか言いようがない。 しかし、ベトナム戦争が泥沼化(US軍はすでにベトナムの密林に枯れ葉剤をまき始めていた)して出口が見えなかったし、日本はその武器を整備し兵隊の中継基地として機能していたし、沖縄はまだ軍事占領下にあった時代状況の'70年当時の若者には、日本を世界を変えて行かなければいけないという思いがいっぱいだったと思う。そんな中、政治に目覚めた彼らが武力に訴えようと考えたのは、支持はできないが理解は出来る。 この本を著した中野正夫さんは'67年から'73年まで、いわゆる全共闘時代を新左翼運動の中で過ごした元闘争家である。中野氏の特徴をボクなりに解釈すると、東京の神田に生まれ、神田の地元産業とも云える印刷労働者の父親が住む印刷所の社宅で育ち、多感な高校生時代に70年安保の波をもろに受けたということだろう。そして決定的に特異な事実として、彼は高校時代から新左翼運動に影響を受け、実際大学生にはならなかったということだ。 全共闘に代表される70年安保闘争は、なにも大学生だけの運動ではなく、高校生や予備校生、べ兵連や反戦青年委員会などの社会人を巻き込んだ広範な運動であったということだ。 神田と云えば、当時日大、中大、明大という日本を代表するマンモス大学が拠点を構え、東大や医科歯科大、順大や電気大、専大がひしめく学生運動のメッカに著者は生まれ育っていた訳で、そんな所に住んでいた高校生が学生運動に合流しない訳がない。博多に生まて“博多っ子純情”しない訳にはいかないのと同じだ。とっても素直で自然だったのだ。 ボクはゲバルト主義には同感できないが、彼らが目指した“理想”にはある程度理解できる。しかし、同時代を生きた新左翼学生の一部が連合赤軍の迷路に嵌ってゆく過程と、革マル派や中核派、そして解放派の内ゲバに陥る中で、中野氏がそこから“足を洗い”脱出してゆく過程には、読者として心底ほっとした。 人間は間違う生き物だ。そして間違ってナンボ、という考えがボクにはある。学生時代、アングラ劇を演出し、(当時民青が“極左暴力主義”団体として中傷していた)新聞部や文芸部に出入りしていたボクに、民青の主張を真に受けた友人が「どうして暴力をふるうんだ?」とまじめに問うた時には笑ったが、「ボクはあらゆる暴力を支持しないが、学生が政治活動することは、全くしない学生より比べものにならないくらい立派だと思う」と云ったと記憶している(ボクの大学はそんな程度ののんびりしたところだった)。そして当時思っていたことは、若者が世の中に異議申し立てしないでどうする?ということだ。 この「ゲバルト時代」は、そんな闘争に明け暮れた著者の「生活」そのものが描かれている。アジトでの見知らぬ男女のすれ違いやひとときの性行動が面白くおかしく語られ、まさに「ニンゲンって欲望に忠実な動物なんだなぁ」とうれしく、恥ずかしく、そして哀しく感動したり、革命党の指導者を任じる連中やその一機関に陥って目的を見失う多くの活動家たちの愚かさを切実に描く。 ただ登場人物たちのユーモラスで愚かな行動だけを読んで、後の時代の読者が「なんだ、こんなもんだったんだ」と切り捨てるのは容易く、危険だ。この本の背景には、当時の複雑な政治理論や闘争、人間模様があえて語られていない。むしろそれを避けることによってこの本が成立しているともいえる。 著者が語る様々なシーンのひとつひとつは、当時の政治闘争に参加した人々に、ひしひしとした臨場感で蘇ってくるのではないだろうか?著者は、高校時代の闘争仲間たちとの離合集散を経ながら、仕事とアジトを渡り歩く。後に連合赤軍事件で亡くなったり逮捕される活動家たちと触れ合う芝浦工大の寮でのひととき・・・そしてアジトでのささやかな触れ合いから子供を作り、闘争離脱後にその相手の女性と家庭を持つ。このエピソードは心暖まるものだ。その時の子供はもう三十代半ばのはずだ。 日本赤軍として世界に名を馳せた重信房子や獄中での永田洋子とのすれ違いは、当事者でなくては語りえないエピソードだ。また彼が闘争の中で働く様々な職場やそこで働く人々と触れ合い、留置所や拘置所、そして取り調べでの日常など、この本ならではの面白さが充満していた。 この「ゲバルト時代」は、「オールウェイズ」だけでは語れない、あの時代を活写する素晴らしい歴史書だ。最初は、あの時代を単に懐かしんだり、逆に批判する本なのかな?と疑問に思いながら読み始めたけれど、読み進むにつれて面白さが募るなかなかな名著であった。 ゲバルト時代 2008-8-1 弁護士会の読書 東京は神田に生まれ育った早熟の高校生時に全共闘活動家になり、浪人してからも中核派のデモに参加していた著者の半生をつづった本です。 共産党に対する敵意心が強く、ひどい悪口もあって辟易するところがありますが、当時の三派系学生の生態をかなりあからさまに描いているところを興味深く読みました。 ベ平連が党派との距離を置いていた(努力していた)ことも知ることができます。 三里塚へデモに行ったとき初めて警察に捕まりましたが、19歳の浪人生だと身分を明かして、釈放されます。警察も、こんなチンピラ浪人を相手にしても仕方ないと思ったのでしょう。 やがて、著者は日大闘争そして東大闘争に浪人生として関わるようになります。 そのころ、全共闘の必読雑誌として月刊『現代の眼』と週刊『朝日ジャーナル』がありました。『現代の眼』は右翼総会屋からお金を巻き上げるための雑誌だったが、その執筆陣は新左翼の人間で占められていた。総会屋は売れる雑誌であれば、内容は問題にしなかったわけだ。 なーるほど、そういうことだったのですね。新左翼と右翼、財界とは黒い結びつきがあったわけです。 東大駒場の第八本館に全共闘がたてこもっているところにも著者は出かけています。「八本」の内部はまだ整然としていた。全共闘は民青にはゲバルトで勝てなかった。民青の部隊はよく訓練されていて、統制がきいていた。全共闘は掛け声と気合いだけで、自己表現と自己満足のみであり、甘かった。これは本当のことです。私も目撃しました。 駒場寮(明寮)攻防戦にも参加しています。私は、寮生の一人としてたまたま明寮にいました。それというのも私の部屋が明寮にあったからです。ですから、「既に民青がすべての寮をバリケード封鎖して立てこもっていた」というのは事実に反します。 700人いた寮生のかなりは依然として寮で生活していました。1969年2月の駒場寮委員長選挙でも、全共闘支持派の寮生が当選こそしませんでしたが、かなりの票数を集めていたことからも裏付けられます。色眼鏡で世の中を見ると、まったく間違ってしまうという見本のようなものです。 民青と全共闘の捕虜交換があったことは事実ですし、民青の応援部隊に学生ではない人たちがいたのも事実のようです。 そして安田講堂にも著者は立入っています。大講堂の中にグランドピアノがあり、インターナショナルを弾いてみたそうです。それはありうることです。このピアノは結局、機動隊が進入してきたときに楯につかわれて壊されたようです。 著者はブントに入り、やがて赤軍派に接近します。ただし、連合赤軍には入っていません。1970年5月に赤軍から逃亡しました。 連合赤軍の森恒夫と永田洋子に対する評は手厳しいものがあります。 著者は、その後、共産同RG(エルゲー)派に入りますが、連合赤軍のリンチ殺人事件の発覚を知って、吹っ切れてしまうのです。 「革命ごっこ」は終わったと心底から思った。 それはそうでしょうね。あんなひどいことって考えられもしませんよね。 「努力」や「決意」や「死の覚悟」で革命ができると信ずるなら、それほど簡単なことはない。しかし、それではテロリストと同じレベルだ。飛び込んで自爆すればいいのだから。 この本には、当時の活動家たちのその後、現況が報告されています。既に何人も亡くなっています。そのなかで、こんな文章が目にとまりました。 緒方は70年に東大文?に合格し、フロントの活動をしていた。当時のフロントの上司活動家たちの中に、今は衆議院議員になってホラやラッパを吹いている者が何人もいるという。ええーっ、いったい誰のことでしょうか。実名で知りたいものです。 同じ時代を描いた『清冽の炎』(神水理一郎、花伝社)の第4巻がとくに、この本と同じ時代を描いています。正確かつ詳しく知りたい人は、ぜひこの本を読んでみてください。秋には1969年2月、3月を描いた第5巻が刊行される予定です。そして、その後、登場人物がいま何をしているのかを明らかにする第6巻が出る予定です。やはり、みんな、その後、いま何をしているのか、知りたいですよね。この本は大胆にそこまで踏み込んだところがいいと思いました。
2016.04.23
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「忘災」の原発列島、 熊本地震、それでも原発再稼働か・・・ 2016-4-22
2016.04.23
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これこそ日本の魅力・・・日本旅行から帰国した中国人が口を揃えて絶賛するものとは 2016-04-21
2016.04.22
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「日本人より残虐だ」! 日本に歴史の「正視求める」一方で、「あの時代」の自分たちの罪は隠す・・・中国ネット民=中国版ツイッター 2015-03-09 サーチナ 中国版ツイッター・微博(ウェイボー)で約8000人のフォロワーを持つ、海外在住というネットユーザーが6日、 中国で1960年代末に起きた文化大革命にかんするツイートを掲載したところ、多くのユーザーの注目を集めた。 このユーザーは「文革時期に北京市大興県で大虐殺が行われた。中国人がどうやって中国人を殺したか見て欲しい。日本人より残虐だ」 というツイートとともに、当時の「大虐殺」の様子として1枚の写真を掲載した。画像の信ぴょう性については不明である。 ツイートはこれまでに約1400件転載されており、その注目ぶりが伺える。また、多くのユーザーがコメントを残していった。以下がその一部だ。 「非常に恐ろしい」 「少なくとも日本人より5倍はひどい」 「日本に侵略された時には家族が命を失うことはなかったが、文革では命を落とした!」 「善が抑圧され悪がはびこった時代! なんで懐かしむ人が多いのか分からない」 「文革を清算しなければ、事実は永遠に清算されることはない。恥ずかしいことに、北京の資料館では文革の資料がまったく見つからないのだ」 「日本に歴史の正視を求めつつ、自分たちの罪は隠す。歴史教科書の文革に関する記載は減る一方で、いつか『なかったこと』になるんじゃ ないだろうか。文化、精神、影響が及ぶ範囲と言う点で、文革は戦争より恐ろしい」 「文革博物館を作って歴史を正視せよ!」 あるユーザーは「文革は全面的に否定できないし、肯定もできない。なぜなら、誰の言うことが客観的な事実か分からないからだ」と論じている。 まさにそのとおりであり、文化大革命に限った話ではなく、さまざまな事象に対して当てはまることだ。 ただ、客観的な事実を追い求める姿勢は忘れてはならない。それが、時代が変わったとはいえ当事者であることに変わりはない中国共産党にできるのか。 「人類に平和と尊厳を伝えるために、インターネットという道具は誕生したのだ」というユーザーのコメントが印象的。 「日本人と比べてどちらが残虐だ」などという議論は不毛であり幼稚だし、ツイート主が掲載した画像だけでは本当に文革時期のものなのか判断できない。 しかし、「あの時代に何があったのか」を知りたいという中国の若者たちの欲求が潜在的にせよ顕在的にせよ高まりを見せつつあるように思える。 (編集担当:近間由保)
2016.04.22
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「お言葉」とか「おっしゃった」とかの敬語は、単なる「象徴天皇」に対しては、適切でない。普通の国民に対するのと同じ表現にすべきだと思う。しかし、全体としての文脈は、理解できる。 よく、戦争責任との関わりで、(謝罪・反省が無い)とこだわるサヨクの(活動家?)がいるが、これでは、いつまでも、日中友好、日韓友好は、前進しない。どんどん進む現実に、後れを取っている場合ではないと思う。 昭和天応の戦争責任は、言うまでもない。敗戦の責任を踏まえて、本来は、天皇制は、廃止されるべきであった。 憲法に、国民主権と矛盾する天皇制が、残された経緯には、歴史の複雑な背景があった。 が、最終的に、この不合理な制度は、廃止されるべきである。 しかし、日本の状況は、(天皇制維持)で、染め上げられようとしている感がある。マスコミも含めて世論操作が巧妙で、戦後も一貫して、「天皇制守れ」の世論工作が成功している。 この封建制度の名残は、日本の支配層にとっては、彼ら(独占資本)の支配を、国民の目から覆い隠す、まことに都合の良い「隠れ蓑」であって、よほどの「大事件」でも起こらない限り、この制度は、しばらくは続くであろうと思われる。 しかし、所詮、「反民主主義」の本質は、変わらない。将来、廃止されるだけのモノに過ぎないことは、間違いない。 「反天皇制」は、進歩と反動を分ける指標、戦略的基準点だと ぼくは、思っている。 皆さんは、どう思われるか? (はんぺん) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 天皇陛下のフィリピンでのお言葉、中国ネット民は「謝罪求め続ける われわれは、だだっ子と同じ」など反応複雑 2016-01-28 サーチナ 中国メディアは27日から28日にかけて、天皇陛下がフィリピンへのご出発に際して、あるいは同国に到着した後に、第二次世界大戦により膨大な無辜のフィリピン市民が犠牲になったとして、「悔い改める気持ちを明らかにした」などと報じた。 中国版ツイッターの微博(ウェイボー)では、中国にも謝罪すべきだとの意見や、「謝罪を求め続けるわれわれは、泣いて相手に謝ることを求める子どもと同じ」と主張するなど、さまざまなコメントが寄せられた。 中国では、天皇陛下や皇族の歴史を回顧するお言葉に対して、多くの賛辞が集中することが多い。 例えば2015年の新年のお言葉についても、天皇陛下が「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」とおっしゃったことに対して、中国メディアの環球時報は、「正義の叫びと理性の声」と高く評価した。 インターネットによせられる書き込みも同様で、皇太子さまが同年2月23日に、55歳の誕生日にあたってのお言葉で「戦争を知らない世代に悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切」とおっしゃった事に対して、 「日本の徳仁皇太子は戦後の生まれなのに、戦争についてはこのようにしっかりと認識されている。すばらしい」といった書き込みが寄せられた。 中国共産党・政府も、天皇および皇室に対しては敬意を込めた態度を続けている。中国共産党中央宣伝部の管理下にある「光明日報」が2015年8月26日に、昭和天皇の戦争責任を主張する論説を掲載したが、むしろ例外中の例外だった。 また、伝統的な中華思想では、中国の皇帝以外には、呼称に「皇」の字を用いることは絶対にできないが、中国では一貫して「天皇」と表現されている。 中国当局は、天皇陛下をおとしめるような表現をした場合、日本の世論が決定的に中国を憎むようになると理解していると言ってよい。 フィリピンご訪問についてのニュースについても、メディアは天皇の歴史関連のお言葉を中心に取り上げ、読者の側からの天皇の言動を非難する書き込みはほとんど見当たらない。 「いいね」が多く寄せられているコメントは「戦争は善悪でなく、強い方が相手を叩くだけだ」と主張。 中国は実力がないのに謝罪を求め続けているのは「泣きながら相手に謝罪を求める子どもと同じ」と批判した。 天皇のフィリピン訪問を政治的な意図、あるいは中国へのあてつけと主張したり、南京にきて悔い改める姿勢を示していないので「疑問が残る」との考えを示すコメントもあるが、天皇陛下への直接の批判は見当たらない。 (編集担当:如月隼人)
2016.04.22
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日本に眠る「中国の国宝」に中国人驚愕!・・・中国メディアは「略奪」「返還要求」などの主張せず 2015-03-29 サーチナ 新華社系メディアの新華網はこのほど「中国人驚愕、中国の十大国宝が日本に隠れていた」と題する記事を発表した。ただし「返還要求」をするのではなく、「日本は隋唐の時代以来、中国を文化の母国とみなし、虚心に学んで各種の芸術品を輸入した」結果として、日本人が中国の文化財を極めて重視してきたことを強調した。 近代以降については「列強の侵入にともない、中国の文化財が大量に海外に流失した。中国の宝物を最も多く手に入れたのは、やはり中国文化に深く通じる日本人だった」と論じた。ただし、文化財流失の原因を「列強の侵入」として、「略奪」などの書き方は避けた。「返却すべきだ」との主張もしなかった。 日本にある「中国の十大国宝」の筆頭に挙げたのは、後漢時代の西暦57年に作られた「漢委奴国王金印」だ。中国に記録はあるが実物は行方が分からなかったと紹介し、発見の経緯としては「1784年に九州の福岡で、秀治と喜平という農民2人が耕作中に見つけた」と説明した。 記事は日本で保管されていた中国産の文化財として、550年に書かれた「菩薩処胎経」、正倉院の「4弦の琵琶・5弦の琵琶」、南宋時代の「曜変天目茶碗」、南宋時代の山水画である「瀟湘臥遊図」、王羲之の書を唐代に模した「喪乱貼」なども加え、計10点を挙げた。 ほとんどの作品について、日本にもたらされた時代を「古代」とした。「瀟湘臥遊図」については、「清末に、日本の収集家である菊池惺堂氏の所有となった」と紹介した上で、「1923年の関東大震災で菊池家の蔵は火災に見舞われた。老人(菊池氏)は命の危険を顧みず、蔵の中から貴重な『瀟湘臥遊図』と『寒食帖』を救い出した(中略)現在、『寒食帖』は台北の故宮博物院の宝である」と紹介した。 ********** ◆解説◆ 中国でも、海外に流失した自国の文化財に対する返還要求運動が発生する場合がある。日本絡みでは中国の民間団体が皇室に対して、皇居に保管されている「唐鴻臚井刻石」の返還を要求した。要求の根拠としては、日本軍が「日露戦争の戦利品」として日本に運び、皇室に献呈したことを「不当に奪った」とした。 中国の場合、「流失の経緯がはっきりしており、しかも不当な手段で国外に持ち去られた」と認識した場合に流失文化財の返還要求が本格化する特徴がある。新華網の上記記事は、「日本は長い歴史を通じて、中国文化を虚心に学んだ」、「命を賭して、中国由来の文化財を守ろうとした日本人がいた」と強調しており、反日感情が高まるきっかけとならないよう配慮した可能性がある。 (編集担当:如月隼人)
2016.04.22
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南シナ海での「偽装工作」、 中国メディアが図らずも「暴露」 2016-03-10 サーチナ 中国メディアは9日、「わが軍は、かつて、南シナ海の島や岩礁で軍服の着用ができなかった。部隊長は屈辱の1日と語った」と題する記事を掲載した。 記事は「だれにも知られずに、国を守っている将兵がいる」と、軍に対する国民の支持を高める狙いの内容だ。時間や場所、氏名がないなど報道としては内容面の欠落が多いが、事実とすれば「領有権争いのある島で軍務に就く軍人に、軍服を着せていなかった」ことを、中国メディアが自ら“自白”したことになる。 記事の冒頭は、軍の某「首長(ショウヂァン)」の回想で始まる。軍人に対して「首長」の言い方が使われるのは「部隊長」や「司令官」に対してだ。 「首長」によると、何年も前に南シナ海の岩礁をコンクリートで固めて作った人工島に到着した際には、到着前に秘書官に「この場所で軍服を着てはいけません」と注意された。そのため、白いシャツに着替えて人工島に立った。上空では「某国の偵察機が旋回していた」という。 「首長」は、「私の一生で最大の屈辱だった」と自分に言い聞かせるように語ったという。 それから何年もたって、やはり同じ場所を訪れた。今度は航空機で訪れた。今度も機内アナウンスで「軍服を着ているものは現場を離れろ。写真撮影をされるな」との指示があった。しかし「首長」は、その指示は無効と判断した。「今は空中に戦闘機が××機もいる。水上では軍艦が××隻もいて護衛している。君らは心配する必要ない」と言い、その日は軍服を着ていたという。 それから、「某国」が(実効支配している)島の上に建物を築き、植樹する様子をみたこともある。別の軍人に聞いた話では、中国の漁船が近づくと、大型の探照灯で照らして追い払ったという。 「首長」は「2015年10月9日に、われわれは海の彼方に見える赤いタワーを仰ぎ見ることになった。私は心の中で戦友を思い出し、『君も見ただろう!』」と話したという。 最後の部分は、中国が2015年に実施したスプラトリー諸島(南沙諸島)における大規模な埋め立て工事の完成を描写すると考えられる。それまでの部分も、「人工島」を守備していたとの記述から、スプラトリー諸島が舞台と考えられる。 ********** ◆解説◆ 上記記事が事実ならば、中国は南沙諸島の人工島で将兵に軍服を着用させず、民間人に偽装して守備に就かせていたことになる。戦闘行為ではなかったとはいえ「軍務」だ。 民間人に偽装して各種敵対行為をする将兵は「便衣兵」と呼ばれる。国際法違反であり、捕虜になった場合には正規将兵の場合の「保護される権利」が認められず、処刑されても文句は言えないことになる。 上記記事は図らずも、国連安保理常任理事国の国民である中国人の「国際法意識」の乏しさを露呈することになった。 (編集担当:如月隼人)
2016.04.21
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日中間のモラルの差は、依然として全面的 中国人よ、冷静に物を見よ! =中国メディア 2016-04-11
2016.04.20
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混乱と不安・・・中国メディアが中国向けに伝える、熊本地震被災者の声 2016-04-18 サーチナ 14日から熊本や大分で相次ぐ大きな地震について、中国でも盛んに報道されている。被害の状況や、中国人観光客や留学生などの安否を伝えるものが中心となっているが、新華社は16日に避難所で不安な時を過ごす市民の生の声を中国向けに伝えた。 記事は、新華社の記者が実際に益城町にある避難所の体育館に入ったことを伝えるとともに、避難している約700人の住民の中には高齢者もいること、みな段ボールや毛布を使った簡単な布団を作り、休息をとっていることなどを紹介した。 そのうえで、築5-6年の家が被害を受けて避難している70代の男性が、「家に住めなくなった。友人の家もそうだ。今後どうしたらいいか分からない」と語ったこと、ケガはないものの2日間でわずか1時間余りしか眠れておらず、非常に疲れた表情を見せていたことを伝えている。 また、2人子ども連れて避難してきた女性が「みんなと一緒で、救援スタッフが飲食品を配ってくれているので、心が安らぐ」と話す一方、「余震が続くということで、いつ帰れるか分からない。2人の子どもを抱えていてとても不安」とこぼしたことも紹介した。 記事はこのほか、日本赤十字社のスタッフに加え、青年ボランティアも精力的に活動しており、避難所には救援物資のほかに携帯電話の充電スポットも備えられていると報じた。 中国のネット上では、災害が発生するたびに「日本の災害対策は素晴らしい」、「日本を見習え」という情報が出て、いささかの誇張が加わって拡散するケースが目立つ。 避難所の市民に対する過剰な取材は避けるべきだが、日本メディアによる情報を転送したものではなく、中国メディアが自ら現場の状況を如実に伝えることの意味は、決して少なくないだろう。 (編集担当:今関忠馬)
2016.04.20
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中国ネット上に震災喜ぶ書き込み・・・専門家が「国のイメージ損ねる」と警告=中国メディア 2016-04-19
2016.04.20
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日本とエクアドルの地震、中国ネット民の反応が違いすぎる! これは恥ずべき事だ!=中国メディア 2016-04-20
2016.04.20
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うれしい記事だ。(多くの訪日客大歓迎)と言ってきた。良いところも悪いところも、すべて、ありのままの日本を見てもらえ!と。 そのことで、真の日本がる理解されて、極端に偏向した(反日愛国教育)の呪縛から解き放される・・・・と。 全体主義国(中国や北朝鮮など)では、共産党権力に都合の良い「嘘の教育」が公然と、堂々と繰り広げられてきた。 ・・・が、こういう中韓で行われてきた偏向教育については、日本のリベラルの反応は極端に鈍かった。彼らは、都合の悪い事柄には、見て見ぬ振りで通してきたため、日本国民から不信の目で見られている。(彼らは、どんどん時代から、取り残されている) 僕が前から何回も言っているように、真の日中友好、日韓友好は、お互いの ありのままの姿を、知ることから始めるしかない。 皆さんは、どう思われるか? (はんぺん) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「本当の日本」を知り始めた中国人・・・「日本を訪れた中国人は、日本の悪口を言わない」 2016-04-19 サーチナ 日本政府観光局(JNTO)によれば、2015年に日本を訪れた中国人旅行客は前年比107.3%増の499万3689に達し、過去最高を記録した。16年もこの傾向は続いており、16年2月末時点での伸びは前年比66.4%に達している。 これだけ多くの中国人が日本を訪れているなか、中国のネット上では「実際に見た日本は、訪日前に抱いていた印象とまったく違っていた」という意見が増えている。 中国では今なお連日のように抗日ドラマが放送されており、そこで描かれる日本人は卑怯な悪人だ。 中国で暮らしている以上、真実の日本を知ることは不可能と言えるが、日本を訪れる中国人が増えていることは、こうした状況が変わりつつあることを示している。 中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(電子版)はこのほど、環球時報が主催した記者向けの訪日団の一員として日本を訪れた中国人記者の手記を掲載し、「日本を訪れた中国人は、日本の悪口を言わない」としたうえで、中国人はようやく本当の日本を知り始めたと伝えている。 記事は、記者の親戚にもちょうど日本を訪れたばかりの人がいたと紹介し、その親戚が日本を訪れた感想として「自分が生きている間に中国が日本に追いつく日は来ないだろう」と述べていたことを紹介。 日本と中国には今なお圧倒的な差が存在することを、訪日して目にしたという意味だ。この中国人記者の親戚の言葉について、記事は「多くの中国人が訪日旅行で実感した感想とほぼ同じ」であると指摘した。 さらに、中国人にとっての日本のイメージが「日本人の礼儀正しさ」、「日本製品の品質の高さ」といったもので構成されつつある現状を指摘したうえで、「中国人の日本に対する印象が一変するかはまだ分からない」としながらも、1つだけ確かなことがあると主張。 それは、日本政府が中国人向けの査証(ビザ)発給要件を緩和しているのは、経済効果だけを狙ったものではないことだと指摘し、日本側にも中国との関係改善に向けた意思があるのではないかと考察。さらに、多くの中国人が日本を訪れている現状に対し、「中国人はようやく本当の日本を知り始めた」と伝えた。 日本でも中国でも、一方向だけの情報を鵜呑みにするのはさまざまな誤解を招く要因となる。相手の国を訪れ、実際に相手国の人に触れてみれば、新たな発見が数多くあるはずで、そういった意味でも日本と中国の民間の交流は互いの誤解を解くことにつながっていくはずだ。 (編集担当:村山健二)
2016.04.20
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生活保護の原資は、国民の血税だ。最賃額との比較で、よく語られる。支給額については、それはそれで、議論が必要だろう。 しかし、その使い道が、ギャンブルなど、暴力団の資金源となれば、納税者は、首をかしげてしまう・・・本来、自立支援のための国の施策だから。 これが、何に使おうが、支給された者の勝手だから、干渉されるいわれはない・・・となるのか? 皆さんは、どう考えますか? (はんぺん) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――【産経抄】パチンコと生活保護 食券のような現物支給しか解決の道はないのではないか 2016-3-18 産経新聞 生活保護費の受給者に、ギャンブルなどで浪費しないように求め、市民にも情報提供を義務づけた。兵庫県小野市が3年前から施行している条例である。 ▼制定をめぐって全国的な注目を集め、市には約2000通の意見が寄せられた。「監視社会を招く」「本当に必要な人が萎縮する」。こんな批判の声もあったが、約6割が賛成していた。厚生労働省も、問題なしとの判断を下している。 ▼ただし、こちらは「アウト」だった。大分県別府市では25年以上前から年1回、生活保護受給者の遊技場への立ち入りを調査し、見つけると指導してきた。従わない場合給付の一部を一定期間停止する。 ▼ところが厚労省によると、生活保護法にパチンコなどを禁止する規定はない。「不適切」の指摘を受け、市は来年度から、停止措置を行わないことを決めた。市民はどんな反応を示すだろう。いや、けっして別府市だけの問題ではない。 ▼大阪府枚方市で先月、民家の浴室に裸の男児(6)が閉じ込められ、あやういところを警察官に救助された。生活保護を受けていた母親と内縁の夫は、パチンコに行くために、「何度も子供を閉じ込めた」と供述している。ギャンブルやアルコールへの依存は、本人の自立を妨げるだけではない。いっしょに暮らす子供たちの命まで、危険にさらす。 ▼生活保護受給者が政令市トップの大阪市では昨年から、生活保護費の一部をプリペイドカードに入金するモデル事業を実施している。受給者の家計管理を手助けするのが目的だが、希望者は66人にとどまった。もっと踏み込んで、食券のような事実上の現物支給の導入しか、解決の道はないのではないか。本人の暮らしを守るのが目的である。人権侵害の批判は当たらない。
2016.04.19
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中朝国境 、北朝鮮から鉱物満載・・・中国企業、禁輸後も続々 2016-4-10 毎日新聞 中国吉林省和竜市の位置 中国商務省が北朝鮮からの鉱物輸入を禁止する通知を出した後も、中朝国境では鉱物とみられる物資を満載したトラックが中国側へ続々入っていた。毎日新聞が入手した中国吉林省和竜市での映像には、中国が国連制裁決議に沿って北朝鮮の資源を遮断した2日後の7日も、中国企業が搬入を続ける様子が映る。映像を見た専門家は「積載物は石炭のようだ」と言う。 北朝鮮に渡る資金が国民生活に使われるなら禁輸の対象外となるが、その線引きは明確ではない。【和竜(中国吉林省)西岡省二】 北朝鮮に対する「前例がないほど強力」(パワー米国連大使)な国連制裁決議が採択されて1カ月以上が過ぎた。だが、中朝国境では「民生目的か否か」のあいまいな線引きを隠れみのに取引が続いている模様だ。一方、北朝鮮では今後の制裁の影響を懸念する住民もいる。 中国吉林省和竜市の住民が7日、同市南坪鎮にある南坪税関付近で撮影した映像には、鉱物らしきものを満載して走る大型トラックが映っている。 映像や証言によると、大型トラック1台が税関で停車。手続き後、南坪側に出ると同様の大型トラック13台と合流した。北朝鮮側では、後続のトラックも橋に向かっていた。 北朝鮮側の咸鏡北道(ハムギョンプクド)には茂山(ムサン)鉱山があり、積載物はそこで採掘された可能性が高い。年間650万トンの鉄鉱石を生産し周辺に石炭もある。年間1億ドル(約108億円)の収益があるとされる。 2005年、吉林省の「延辺天池鉱業貿易」など3社は茂山鉱山の50年間の開発権を取得。映像の大型トラックにも同社の表記があった。取引をどう民生目的と証明したのか、という電話取材に同社は「関連情報を話したくない」とだけ答えた。 5日に中国商務省が出した通知は石炭、鉄鉱石などの輸入を禁止するが「完全に民生目的」の場合は、核や弾道ミサイル開発に関連しないと証明できるものについては対象外としている。 北朝鮮産鉱物の輸入について、延辺大学国際政治研究所の金強一所長は「車両での量は多くなく、支払う額も限られている。これを『民生関連』と判断している可能性はある」と指摘。ただ、判断基準については「中国が自ら処理しなければならず『どの部分をどの程度認めるか』というのは、当局も苦慮している」と話す。 北朝鮮、制裁影響ピリピリ 市民「何かが起きる」 大連(中国遼寧省)−南浦(ナムポ)(北朝鮮西部)航路。中朝間を行き来する船舶貨物量の8割を占めるという。3月中旬、北朝鮮の商社関係者が大連で南浦行きの積み荷を出そうとしたが、税関当局に拒まれた。「ビールや化粧品が制裁対象か判断できない」。税関職員はこう伝えた。「民生関連」ならば持ち出せる。だが積み荷がそれに該当するか当局も基準が分からず、商社側に「少し時間がほしい」と申し出た。 「大連の税関は年々厳しくなっている」。商社関係者は証言する。最近、発電用発動機を持ち出そうとしたところ「ミサイル発射時の電力として使われる可能性がある」と拒否された。「大型トラック用のタイヤなら『ミサイルを運ぶ可能性がある』と中国側は主張する。すべては中国の判断だ」 北朝鮮では制裁の影響を危惧する声が高まる。特に中国が鉱物資源の輸入を原則禁止にしたことで、だぶつく石炭への懸念が広がる。 ある石炭関連業者が言う。「中国の取引先から(北)朝鮮で石炭を消費すれば電力供給が増えると勧められるが、それは筋が違う」 国内で売れば、代金は外貨でなく北朝鮮の通貨ウォンで支払われる。石炭の掘削機などは定期的に部品交換が必要だが、それらはウォンで購入できない。石炭業者は苦境に立たされ、一部では金鉱山開発など、生き残りの道を模索する動きも出ているという。 住民生活に大打撃が予想されるにもかかわらず、金正恩第1書記は強硬姿勢を取り続ける。9日には新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)高出力エンジンの噴射実験に踏み切ったと主張した。 制裁の打撃をかわす策を講じないどころか、金第1書記の指示に従い資金提供もなく事業を強要される例も少なくないという。 その典型例とされるのが平壌の「黎明(リョミョン)通り」だ。年内に金日成総合大学の科学者、研究者の住宅などを建設する。約4000世帯分と言われる一方、国が提供するのは軍人建設者向けだけ。資金は関係企業が負担しなければならないという。「人民は『何かが起きる』と予想し、節約に努めるなど対策を講じ始めている。だが、上層部は制裁対策を考えていない」。指導部に近い関係者が不満を漏らした。 制裁による国内経済への打撃は半年後、明らかになる−−。北朝鮮ではこんな見方が広がる。だが住民の多くが今、その影響を推し量れずにいる。
2016.04.19
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熊本地震…韓国人旅行客・留学生が続々と帰国「日本人の親切で落ち着いた対応に驚き」 2016-4-18
2016.04.18
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一定の抑止力無しに、対話(=平和的交渉)を行うことは、現実的に無理がある。 軍拡の突き進む全体主義国(中国や北朝鮮)を相手に、非武装中立(=丸裸)で、まともな交渉ができるはずがない。 それが、可能であるとすれば、それは、日米安保や自衛隊の存在がバックにあるからだ。悲しいが、これが、真実だ。 「戦争法案反対」「憲法9条を守れ」というのが、いかに無責任なスローガンであるのかは、明らか。 無責任な主張を続ける限り、東アジアの平和の実現は、悲観的に思える。 皆さんは、どう考えられるか? (はんぺん) 北韓 "真の対話は核抑止力を持ってこそ" 2013.04.17 キム・キュウォン記者(ハンギョレ新聞社) 北韓外務省、米対話提案に拒否意思 表明 北韓が米国の対話提案に対して "真の対話は核抑止力を備えた段階ではありえる" として拒否の意思を明らかにした。 韓国の対話提案に対しては "対北敵対行為を全面中止せよ" と要求した。 今後開かれる韓国・米国との対話で有利な地歩を占めようという意図と解釈される。 北韓は16日、外務省スポークスマン談話を出し 「(米国が)対話云々することこそが世界世論を誤った方向へ導こうとする欺瞞の極限形態」として、このように主張したと<朝鮮中央通信>が報道した。 これに先立って北韓最高司令部はこの日、韓国政府に送る‘最後通牒’で "韓国当局者が真に対話と交渉を望むならば、今まで敢行したすべての反共和国(反北韓)敵対行為に対し謝罪して全面中止するという実践的意志を示さなければならない」と主張した。
2016.04.18
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日本政府、失敗に終わった“核燃料サイクル”に12兆円投入 2015.11.17
2016.04.18
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[インタビュー]日本政府が核燃料再処理にこだわるのは安保上の理由から 2016.04.18
2016.04.18
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「1930年代の満州国の経験、60年代の韓国高度成長に影響」 2016-4-17 キム・ソンヒョン記者(朝鮮日報日本語版) ----------------------------------------- 『満州モダン』を出版した韓錫政教授 「韓国人の鍋根性、せっかちといった『早く早く精神』も生んだ」 「韓国人の『早く早く精神』は、さかのぼると1930年代の満州国にルーツを求めることができる」 -------------------------------------------- 社会学者の韓錫政(ハン・ソクチョン)東亜大学教授(63)は、最近出版した『満州モダン』(文学と知性社)に、このように記した。韓教授は「いわゆる『鍋根性』(鍋のように熱しやすく冷めやすい気質)や気ぜわしいといった韓国人のせっかちさは、1960年代に韓国が高度成長を遂げる過程で形成され、60年代のブルドーザー式経済開発や安全保障中心の社会モデルは、満州国体制に淵源を確認できる」と主張した。 経済開発5カ年計画や国土開発、反共大会、標語作りなど、60年代の韓国人にはおなじみの行事や場面は、既に満州国時代から始められていた。60年代韓国の道路・都市・ダム・工業団地をひとまとめにした国土総合開発や水資源管理計画は、満州国の「総合開発」から影響を受けたという。韓教授は「朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領をはじめ作曲家の安益泰(アン・イクテ)・金聖泰(キム・ソンテ)、姜元竜(カン・ウォンヨン)牧師、中国人民解放軍の軍歌を書いた鄭律成(チョン・ユルソン)に至るまで、多くの人物が植民地時代に満州で経験を積み、光復(日本の植民地支配からの解放)後に韓国や中国で各界の指導者になった」と語った。 60年代の韓国と30年代の満州国を結び付ける環は、朴正煕元大統領と青年将校集団だ。韓教授は「関東軍が31年に起こした満州事変は、5・16クーデター(1961年5月16日。朴正熙陸軍少将〈当時〉らによる軍事クーデター)に影響を与え、30年代に関東軍が満州で主導した急速な産業化と社会動員の手法は、60年代の韓国の経済開発モデルになった」と分析した。しかし韓教授は「韓国の経済開発は親日勢力が主導したもの」というような解釈とは一線を画した。 韓教授は「朴正煕時代について、争うように極端な用語を使って批判する研究もあるが、こうした観点はその社会に実在していた二面性や複雑さを消し去ってしまうという結果を生む」「朴正煕政権が70年代の維新を通して民主主義の軌道から離脱したのは明らかだが、世界の最貧国だった60年代に、貧しさから脱出しようという情熱を込めて、圧縮的な近代化に乗り出したのも明らかな事実」と語った。 60年代の韓国の経済開発モデルを30年代の満州国に求める韓教授の主張は、いささか「植民地近代化論」と似通っているようにも見える。しかし韓教授は「植民地時代を『親日と反日』『協力と抵抗』という二分法でしか見ないなら、その中間にあった『広大なグレーゾーン』を見逃すことになる」と語った。 韓教授は、ソウル大学国文学科を卒業後、米国シカゴ大学で博士号を取得した。94年にボクシングを始め、96年には釜山のアマチュアボクシング選手権(ウエルター級)で準優勝、現在も毎週1、2回はボクシングジムに通う。韓教授は「60年代、金基洙(キム・ギス)選手が韓国人として初めて世界チャンピオンになったころから、ボクシングへの夢を持っていた。60年代は、暴圧ばかりが乱舞していた時代ではなく、むしろ貧しくとも皆が夢を持っていた時代に近い」と語った。
2016.04.18
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【社説】セウォル号沈没事故から2年、成熟した社会ならできて韓国にできなかったこと 2016-4-16 朝鮮日報日本語版 304人が犠牲となった旅客船「セウォル号」沈没事故から16日でちょうど2年になる。多くの生徒が犠牲となった京畿道安山市の壇園高校では、現在、校内に設けられている「記憶教室」の校外移転に向けて遺族との話し合いが行われている。また事故から2カ月後、ソウル市中心部の光化門に遺族が設置したテントは22カ月にわたり今も残っている。 成熟した社会であれば、事故をきっかけに様々な分野の専門家が集まり、事故原因についてじっくりと究明し、また先進国の事例なども参考にしながら、国民の安全対策を着実に進めてきたはずだ。ところがこの大韓民国では大統領からして国民感情に便乗し海洋警察を解体させただけで、冷静なリーダーシップを発揮できたとは到底言えなかった。 また国民安全処(庁に相当)という政府機関が新たに設置され、閣僚に相当する政府高官の地位が一つ増えはしたが、その後も地下鉄の衝突、換気口の崩落、高齢者施設の火災、さらに空の玄関口である仁川空港に向かう永宗大橋では、バスや乗用車など106台が絡む玉突き事故が発生した。セウォル号沈没後、この国が政府によって飛躍的に安全になったと実感する国民はほとんどいないだろう。 事故後に設置されたセウォル号特別調査委員会は、米国の9・11テロ調査委員会が21カ月間で使った1500万ドル(現在のレートで約16億円、以下同じ)の2倍を上回る369億ウォン(約35億円)の予算を使ったが、今のところこれと言った調査結果は一つも出ていない。このままでは304人の尊い犠牲が全く意味のないものとなる恐れさえ出てきている。 悲劇を心の奥深くに刻み込むこともなく、ただ道ばたで暴れ、テント周辺で断食中であることを誇示し、大声で怒鳴ることばかり繰り返しているようでは、今後セウォル号と同じような悲劇が繰り返される恐れはいくらでもあるだろう。まずこのようなテントから1日も早く撤去し、セウォル号沈没直後に誰もが感じた痛み、そして2度とこのような事故を繰り返さないという覚悟を、われわれは今こそ改めて思い起こさねばならない。
2016.04.18
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痰を吐く、列に割り込む・・・日本では「悪習」であることを説明しなきゃダメ=中国 2016-04-16
2016.04.18
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組織(運動団体)が、素直に自己批判できないのは、なぜか? 党内民主主義の問題とよく言われるが・・・どうして、改善されないのか? みなさんは、どう思われますか? 以前、新社会党と言う組織を応援していたのですが、「民主集中制」が、形骸化されていて、上意下達のスターリン主義! で・・・なかなか、支持者の意見が反映されない。 「教えてやる」という「上から目線」で終始していて、これでは、国民の支持を得ることは難しいだろうな・・・・と思っていたら、予想どおり、凋落の一途だ。 やはり、国民を舐めてはいかんよ!! 国民は、この党の過ちをきちんと見抜いていた!!! それにしても、誰が見てもわかるような、幼稚な誤りを繰り返してきた運動体というものは、一体、何なのか? 人間社会にあって、権威主義や、官僚主義は、避けることができないのだろうか? この新社会党の場合、向坂逸郎と言うカリスマ的「預言者」の束縛に長期間縛られてきて、自己改革の兆しが見えないまま、無駄な何十年を空費してきた。 この向坂逸郎のおかげで、多くの若者が、人生を誤った! そのことに気が付かないか、気づきたくない指導者の一部が、汲々として、自分たちの「組織」を守っている。 彼らの文書を読んでいると、ベースになっている内外情勢認識が、70年安保当時のものと、ほとんど変わっていないことに、驚く。世界は、どんどん変わっているのに、この新社会党の周りだけは、あのころから、ほとんど進歩していない。まさに化石のような存在だ。いつも、僕が言う。「あなた方の50年~70年の人生は、いったい何だったのか・・・!」と。 皆さんは、どう思われるか? (はんぺん)
2016.04.17
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企業の社会的責任ということだ。しっかり、お願いしたい。利益を上げることが、企業の使命だが、こと緊急時には、このような、社会的対応が求められるし、出来ることは、どんどん実施してほしい。 テレビでは、配給や給水を待つ被災者住民の皆さんが、きちんと列を作って順番を待っている画面を映し出していた。これを見ていると、やはり、日本人は、すごいな・・と思う。 この光景は、日本では、当たり前に通常、見かけられる光景だが、世界的には、極めて、まれだ。 あのアメリカだって、混乱に乗じて、貧しい人々(悲しいかな、黒人やヒスパニックが多い)による、商店略奪が各地で起こり、警察も手を付けられなくなる・・・・・ 中国も、ロシアも・・・同じだ。秩序を維持することが、全体の利益になるということが、よくわかっている日本人の民度が、世界中から、称賛されている 。こういう場面では、日本は、世界の「お手本」になっているわけだ。 (はんぺん)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー -------熊本地震、おにぎりや毛布、企業が支援急ぐ
2016.04.17
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子どもの貧困格差、日本は先進41カ国中34位 田中陽子 2016-4-14 朝日新聞デジタル 最貧困層の子どもは、標準的な子どもと比べてどれぐらい厳しい状況にあるのか。その格差を分析したところ、日本は先進41カ国中34位で、悪い方から8番目だった。国連児童基金(ユニセフ)が報告書をまとめ、14日発表する。日本について分析し、国際比較したのは初めて。 子どものいる世帯の所得分布(推計値)をもとに、下から10%目の最貧困層と真ん中の標準的な子どもとの所得格差が大きいほど、貧困の深刻度が高いとして、格差の小さい順に、欧州連合(EU)または経済協力開発機構(OECD)に加盟する先進41カ国を順位付けした。 上位の北欧諸国では、最貧困層の子どもの所得は、標準的な子どもの6割ほどだった。日本では最貧困層の子どもは、標準的な子どもの4割に満たない。 日本語版の解説を担当した首都大学東京子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩さんの分析によると、1985年から2012年にかけ、格差は拡大している。真ん中の所得が約177万円から211万円に上がったのに対し、最貧困層の所得は90万円から84万円に下がったためだ。 阿部さんは「貧困が広がっているだけでなく、深刻度も高い現状が明らかになった。日本は平等社会だと幻想を抱いていると、さほど深刻に思えないかもしれないが、幻想を早く捨て、貧困と格差に対処する覚悟が必要だ」と話している。 各国の所得は、13年の調査データに基づく推計。日本の所得は、厚生労働省の13年国民生活基礎調査による12年の数値に基づく。 報告書は「子どもたちのための公平性」というタイトルで、先進国での子どもたちの格差について、所得、教育、健康、生活満足度の四つから分析した。(田中陽子) ◇ 〈子どもの格差〉 今回の分析は、18歳未満の子どものいる世帯の所得分布をもとに、下から10%目の子どもと真ん中の子どもの所得格差を「相対的所得ギャップ」と定義し、数値化した。 所得分布は、世帯の年間収入を世帯人数で調整して算出し、順番に並べたもの。一方、貧困の指標としてよく使われる「相対的貧困率」は、大人も子どもも含めて真ん中の人の所得(中央値)の半分(貧困線)に満たない人の割合。子どもの貧困率は、18歳未満でこの貧困線を下回る人の割合を指す。
2016.04.16
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安全神話も“捏造中”…中国新幹線、死亡事故「いまだなし」と報じるメディアの屁理屈 2015.6.29 産経デジタル 50年以上にわたり、乗客の死亡事故を1人も出していない「安全神話」を打ち立てている日本の新幹線。この日本の新幹線に対抗しようとしているのか、中国メディアが中国の高速鉄道も「いまだかつて高速鉄道の死亡事故は起こしていない」という“仰天ニュース”を報じている。 中国の高速鉄道事故といえば、死者40人、負傷者約200人を出した2011年の中国浙江省温州市の追突脱線事故の記憶が新しい。救出作業よりも車両撤去と運行再開が優先されたあの事故だ。 だが、記事は今になってこのときの車両は「高速鉄道ではなく、特別快速列車だった」と主張、あくまで死亡事故は1件もなかったと強弁している。 中国は国を挙げて高速鉄道の輸出に力を入れているが、タイの高速鉄道受注を事実上日本に獲られるなど苦戦している。こうした焦りが「死亡事故はなかった」に結びついているとの見方も出ている。 ■時速250キロ以上が高速鉄道!? 問題の記事は、ニュースウェブサイトのサーチナが、中国メディアの環球網の報道として伝えた。 それによると、中国における「高速鉄道」の定義は、「時速250キロメートル以上で走行する鉄道」だと主張。温州市で11年に起きた事故は、高速鉄道の定義を満たしていない「特別快速列車」による事故だったと論じている。 同時に日本では「新幹線はいまだ死亡事故が起きていない」という「安全神話」なるものも存在すると紹介。さらに、新幹線の安全神話を裏返して読み取れば、「フランスやドイツ、中国では高速鉄道の死亡事故が起きている」という意味だとし、「中国高速鉄道の死亡事故は起きていないため、これは誤った主張だ」と論じた。 その上で、中国は国際社会に向けて「高速鉄道の開通以来、死亡事故は一度も発生していないことを胸を張って宣言すべき」とし、中国は今後も高速鉄道の死亡事故が起きないよう努力し続けるべきとしている。 温州市で起きた高速鉄道事故を念のため、おさらいをしておこう。 2011年7月23日午後8時半(日本時間同9時半)すぎ、高速鉄道列車が別の列車に追突、車両4両が脱線後に高さ約20メートルの高架から落下。40人が死亡、約200人が負傷した。 ■信頼失墜した温州市の高速鉄道事故 2007年に運行を開始した中国高速鉄道で初めての大事故となり、中国政府は「列車制御システムの設計不備に加え、落雷後の緊急措置が不適切だった」とする原因調査結果を発表。高速鉄道の安全性への信頼を失墜させる事故になった。 事故の記憶が残っているのは、無残な事故映像もさることながら、事故後の不適切な処理も大きい。 中国当局は事故翌日には事故車両を地面に埋めるなどして撤去し、すぐさま営業運転を再開した。このため、救助活動は短い時間で打ち切られたが、打ち切り後に生存者が発見され、運転再開を優先した当局の姿勢に「人命軽視」「証拠隠滅」などと国際的に非難が集中したのだ。 このとき追突した車両は、日本の川崎重工業が技術供与したCRH2型と呼ばれ、東北新幹線の「はやて」をベースにしている。CRH2は、安全性を確保できる最高速度を時速200~275キロに定めているが、中国側は一部区間で同350キロで運航していたとされる。 当時の新華社通信は、乗客の話として、列車は時速約100キロで前方の列車に突っ込んだと伝えている。業界関係者は「『はやて』をベースにした車両での事故は、やはり高速鉄道の事故といっていい。今さら特別快速列車というのは言い逃れに聞こえる」と中国メディアの主張をバッサリ切る。 ■つまずき目立つ中国の高速鉄道ビジネス 中国メディアが「死亡事故はなかった」と強弁するのは、世界で激化する高速鉄道受注競争を有利に進めたいとの思惑がにじむ。 以前「ビジネス解読」でも取り上げたが、昨年11月にメキシコから受注した高速鉄道が“白紙撤退”の憂き目にあっている。中国初の高速鉄道輸出として喜びに沸き返っただけに落胆も大きく、メキシコが中国に賠償金を支払う事態に陥っている。 そして最近中国が衝撃を受けたのは、日本に狙っていたタイ初の高速鉄道を日本に事実上奪われたことだろう。 先月27日、来日したタイのプラジン運輸相は太田昭宏国土交通相と会談し、バンコク-チェンマイ間の高速鉄道について、日本の新幹線方式導入を前提に調査を始める覚書を締結した。新幹線導入で事実上合意した形とみられている。実現すれば、日本にとって台湾新幹線に続く新幹線輸出となる。 バンコク-チェンマイ間の高速鉄道は、日本の新幹線と同じく専用軌道を建設。総延長670キロ、時速250キロで総工費は2730億バーツ(約1兆円)規模になる。 ■日本の新幹線を見くびるな 中国網日本語版は、タイ受注を日本に事実上奪われた後に「日本新幹線の競争力を見くびってはならない」との記事を掲載。この中で「なぜわれわれが確実視していたプロジェクトが空振りに終わったのだろうか?」とした上で「日本の新幹線は中国高速鉄道の最も主要なライバルになる。(日本の)新幹線の最大の特長は質と安全だ」と“敗因”を分析している。中国が得意とする低コストだけでは受注を勝ち取れないと気づき始めたといっていいだろう。 つまずきが目立つ中国の海外鉄道事業だが、国有大手の中国北車と中国南車が経営統合し、「中国中車」が6月に誕生。世界最大の車両製造会社になり、虎視眈々(こしたんたん)と新興国市場開拓などを狙っている。政府を挙げてのインフラ輸出に一層力を入れてくるとみられ、低コストに加え、今後は質と安全にも十分気を配ってくることが予想される。 日本も引き続き負けない努力が求められることになりそうだ。(O)
2016.04.16
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中韓“通貨戦争”で苦境 進むも地獄、退くも地獄 打つ手はなく… 2016.3.23 産経デジタル 中国と韓国が「通貨敗戦」に直面している。中国発の経済危機への対抗策として、日本や欧州がマイナス金利や量的緩和を打ち出したが、中韓は通貨暴落と資金流出に歯止めがかからない危機感から、打つ手なしの状態だ。金融緩和すれば「中韓売り」に見舞われ、緩和を見送れば景気を逆噴射させる。進むも地獄、退くも地獄の状態だ。 「(中国は)穏健な金融政策を維持する。過度な金融政策で刺激して(経済成長の)目標を達成する必要はない」 中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は12日、開会中の全国人民代表大会(全人代)に合わせた記者会見でこう述べ、大規模な金融緩和に否定的な見方を示した。 元安誘導で中国からの輸出を刺激しても「成長にもたらす作用は大きくない」とも指摘し、通貨安競争を引き起こす考えはないことを強調した。 中国発の世界経済危機への懸念が強まるなか、主要国の中央銀行は積極的に行動している。欧州中央銀行(ECB)は、金融機関がECBに預けるお金のマイナス金利幅を広げ政策金利もゼロ金利に引き下げた。さらに量的緩和の拡大も決めた。 15日に金融政策決定会合を開いた日銀も、1月にマイナス金利を導入するなど緩和姿勢を継続している。 先行して量的緩和を導入し、昨年12月にいち早く利上げに踏み切った米連邦準備制度理事会(FRB)だが、その後の世界経済の変調を受けて、15、16日の連邦公開市場委員会(FOMC)でも再利上げ見送りが予想される。 日米欧の中央銀行が景気優先モードなのに対し、チャイナショックの震源地である当の中国が大胆な金融緩和を実行できず、構造改革の実施など“絵空事”を並べるしかなくなっている。 大規模金融緩和をしないのではなく、できないというのが実態だ。一般に大規模な金融緩和は通貨安を生じさせるため、習近平政権が最も恐れる人民元暴落と資本流出につながるためだ。 前出の周総裁は、人民元安圧力が強まっている為替市場は「時間がたつにつれて理性を取り戻す」と希望的観測を示した。資本の国外流出の動きを念頭に「ドルを急いで買う必要はない」と強調すればするほど危機感が透けて見える。 ただ、中国当局が必死に行っている人民元の買い支えは、金融引き締めと同様の効果を生むため、景気にブレーキを踏んでしまう。 韓国銀行(中央銀行)も金融緩和に足がすくんでいる。10日、基準金利を9カ月連続で1・5%に据え置いた。李柱烈(イ・ジュヨル)総裁は、「韓国経済が多くの不確実性に囲まれている」と述べた。 韓国も経済成長率が政府見通しより下ブレし、稼ぎ頭であるはずの輸出が今年1月まで14カ月連続で前年割れし、このところ2ケタ減という史上最悪の事態に見舞われている。製造業の稼働率は、リーマン・ショックによる金融危機が生じた2009年当時よりも低く、消費心理も悪化している。 金融緩和で内需や輸出の下支えをするのが常道だが、ここでも「韓国売り」を恐れているのが実態だ。 ブルームバーグによると、海外投資家による韓国の債券の売越額は年初から3月9日までの間に1億5200万ドル(約173億円)、韓国株については14億ドル(約1593億円)に達した。ウォンは対ドルで今年に入って3・6%下落している。 また、金融緩和で不動産投資などが増えて家計負債がさらに増加することへの警戒感も強い。 中韓経済に詳しい週刊東洋経済元編集長の勝又壽良氏は「アベノミクスが名目成長率を引き上げているのと対照的に、中国は名目成長率が低下しており、経済が逆回転に陥る危険性が高まっている。韓国も、日本が量的緩和やマイナス金利というかつてない施策を実施したのに対し、一時の円高に安住して日本経済を甘く見たツケを支払わされている」と指摘する。 中韓の通貨政策や経済政策は一敗地に塗れ、もはや取り返しがつかない状態に陥りつつある。
2016.04.15
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(脱北者の証言)迫る中国当局、刃物で「戦闘準備」 30代男性 2015年6月26日 朝日新聞 ■脱北者の証言:47 30代男性 2004年に再脱北(2005年に韓国入国) ――なぜ脱北を決意したのですか。 食べ物がなかったからだ。大学に通っていた1999年に初めて脱北したが、01年に逮捕され、強制送還された。04年に脱出した。おなかがすいても脱北できずに飢え死にする人も多かった。国の状況も嘆かわしい。不満が累積していた。 高校の同級生が中国に行って捕まり、強制送還されて2年ぶりに家に戻って来た。その友人の話を具体的に聞くと、衝撃的だった。本当にそんなに豊かな国があるのか、自分の目で確かめたいと思った。 ――どんなうわさだったのですか。 中国は豊かだという話だった。北朝鮮ではトウモロコシがなくて飢え死にしている人がいる。それなのに中国は豚や犬といった獣たちでさえ、まずいからと食べずに餌を残すという。獣が餌を食べたくないから残す国が存在するのかと思った。 ――どのように脱北したのですか。 父の死から2カ月たった99年春に脱北しようとした。引き戻そうと、学校から人が派遣されてきた。私が「生活が大変なので学校には行けない」と言ったら、脅迫された。でも、脱北する人間はどうせ破れかぶれ。死ぬか生きるかの瀬戸際で、そんな脅迫を拒否することぐらい朝飯前だ。 ◇中国の農家で住み込み ――その後、中国に入ったのですね。 99年4月に渡って、11月まで朝鮮族の家で農業を手伝った。野菜、稲、トウモロコシ、スイカなどの果物。すべてやった。時々は、農家の人たちも一緒に仕事をするが、元々1人でできる仕事だ。「今日おまえはあそこへ行ってこの仕事をせよ」と命じておいて、自分たちは遊んでいた。 ――どうやって、農家を選んだのですか。 村で一番離れた家を訪ねた。村の中心まで入っていく勇気はなかった。みすぼらしい家の門をたたいた。脱北者にご飯を与え、泊めれば罰金刑になるので、農家は最初、門を開けてくれない。だが、ひとまず門を開けてくれて、ご飯を食べさせてくれた。「泊めてあげたいけどできない、分かってくれ」という意味だ。礼を言って出てくる。外で畜舎に入って寝る。合間を見てまた行く。何日間か神経戦が続く。食事をもらいながら、話していくうちに信頼関係が生まれる。 ――農繁期が終わると、どうなりますか。 農家の人は再び悩む。ただ飯を食わせるまでは良いが、もし当局の取り締まりにあえば損益計算が合わないからだ。だから「出て行ってくれ」と言う。報酬としてコメを用意してくれた。最大30キロ。「米をあげるから出て行ってくれ、そして来年春にまた来い」という。 ◇次の仕事は靴磨き ――靴磨きもしたそうですね。 北朝鮮に近い中国・延吉では靴磨きもした。サウナの客の靴をふいた。この仕事を紹介してくれたのは、延吉の市場で知り合った飲食店の社長。何度か食べているうちに、気に入ったようだ。私が「仕事を一生懸命するから、紹介してくれ」と言うと、サウナの靴磨きの口を紹介してくれた。 ――給料はいくらですか。 月50元(当時のレートで約700円)だった。冬を越し、受け取った給料は300元になった。それを持って北朝鮮の家に戻った。再び豆満江(中朝国境を流れる川)を渡った。 サウナは24時間営業だが、夜は客がほとんどいない。それでサウナの仮眠室で寝た。食事は3食くれるし飲料水は飲み放題。時々ミカンのような果物もくれた。中国人をそんな給料では雇えない。同じ仕事なのに中国人は月に500元もらっていた。私はまぬけだから足元を見られた。 ――その後はどうしましたか。 再び中国に来て建設現場で作業をした。日当は10元。中国人とほぼ同じようにもらった。ここも新入りは差がある。一番低くてひとまず10元。一生懸命働けば月に300元稼ぐ。当時は中国でも電線地中化作業をしていた。土を掘って電線を埋める作業。人件費が安いから、人々はつるはしで掘っていた。1メートル掘るのに2元。本当に大変だった。体はしんどいし、家に帰っても食事の支度をしてくれる人がいないし、カネは残らない。それで辞めた。 ◇スタンガンで気絶、中国で逮捕される ――そして、逮捕されたのですね。 寝食を保障してくれておカネをもっとくれる所で働いた方が楽だと考えて、教会へ行った。教会では哀れな人たちを助けて世話をしてくれると聞いて、行ってみた。そしたら、西漢という所に送られた。新しい世界に行くというのは良かったが、そこで逮捕された。 ――逮捕時のいきさつを教えてください。 01年1月ごろ、西漢に行ったが、4月に逮捕された。宣教師が借りていたアパートで逮捕された。私たちは門を開けず、刃物を準備して戦闘準備を整えた。当局は玄関を外して入ってくるやいなや、こん棒とスタンガンを持ってきた。抵抗すれば、すぐにスタンガンで気絶させ、手錠をはめた。 ――逮捕後の生活はどうでしたか。 中国の監獄に1カ月いた。いきなり殴られた。人権侵害だ。トイレにもろくに行かせてくれなかった。それから別の拘留所に送られた。 ◇保衛部の監獄で死の恐怖を感じる ――その後はどうなりましたか。 北朝鮮では国家安全保衛部(秘密警察)の施設で70日間調査を受けた。特別な調査はなかった。基本的な事柄と、聖書を学んだか否かの確認作業ぐらいだったが、死への恐怖を感じた。もうこれでおしまいなのか。家族に会えずに死んでいくのか、と。そして判決が出た。強制労働6カ月の刑だった。 ――どんな刑ですか。 一般の強制労働と全く同じだ。午前6時起床、午前8時から午後7時まで働く。食事は10分だけ。農事や建設現場にも行く。私は塩田を建設する所に行った。しんどい。おなかはすくし寒い。仕事はつらいし休憩時間がない。昼食はトウモロコシ飯と野菜のスープ、白菜、大根。おかずはない。 ――死者は出なかったですか。 99年には大勢死んだという。軍人たちにも食べさせる物がない時には、そこで強制労働をしていて100人中30人が死んだ。私がいた頃は政策が変わり、家族の差し入れも十分にもらえた。だから、家族がいないような人はとてもつらい状況だった。 ――一番つらかったことは何ですか。 元気もないし、死にそうなのに、働かせ続ける。エネルギーに満ちあふれている時でも働きたくないのに。働いていないと無慈悲に殴られるので、止まっている印象を与えないよう、ゾンビのようにゆっくり動いて働いた。 ――6カ月後に出所しましたね。 6カ月いて出所し、自宅に戻った。2、3カ月休み、10月に再び中国に行った。一度、「資本主義」の甘い味を覚えたから。この時は韓国に行けると知っていたので、2回目の脱北は韓国へ行くのが目的。1回目の脱北のときは韓国に行けるとは知らなかった。 ◇韓国行きを決断 ――韓国行きを決断するまでの心境は。 もし韓国に行ったら、再び北朝鮮には戻れない。とても危険なことは知ってはいるが、行かないと後悔すると思った。ひとまずベトナムへ行き、フランス大使館に身柄を確保され、強制追放の形式でタイに行った。そこから、シンガポールで大韓航空機に乗って、韓国へ行った。 ――ベトナムまではどうやって行ったのですか。 中越国境を越える時には徒歩だったが、それを除くと、全て車で移動した。ブローカーが田舎に、トラクターに似た「ラボ」という車に乗ってきた。ブローカーの車に乗ってベトナム国境まで行った。夜、国境警備隊がいないルートに行った。徒歩で30分行くとベトナムの村だった。村でブローカーが待機していて、ハノイ市内でブローカーが韓国大使館に電話をかけ、「我々は入る」と言ったら、「絶対にダメだ。やめてくれ」と言われた。それで仕方なくフランス大使館に04年12月に行った。 ――フランス大使館では、どうやってコミュニケーションをとったのですか。 私たちは大使館に入り、「ヘルプ ミー」、「アイ アム ノースコリアン」と下手な英語で話した。外にはベトナム政府の関係者がおり、中では大使館の保安担当が拳銃を持っていたので、とても怖かった。少しの間、私たちを会議室に入れてどこかへ連絡した。韓国語の話せる女性を連れてきたが、その人が通訳だった。最初は大使館側は私たちを外に追い出そうとした。私たちは行かないと床に寝そべった。その時は韓国語の通訳に、「フランスに行く。出ると死ぬ。お願いだから助けてくれ」。通訳は、「安心しなさい。絶対にあなたたちを危険な状況には陥れないから」と言ってくれた。 ――どうやって韓国へ行ったのですか。 フランス大使館から韓国領事館に連絡したところ、韓国の調査官がやってきて、あれこれ質問をした。「元々は韓国に行きたかったのに、韓国政府が受け入れてくれないから、フランスに行くしかない」と答えた。調査官は「韓国に連れていくのは可能だ」と言った。 ――不安はありませんでしたか。 私たちは正直言って不安だった。韓国領事館では「助けない」と言ったのに、逆に調査官は「助ける」という。信じられますか。フランス大使館から空港に行く時も怖かった。最後に、シンガポールから大韓航空機に乗って、ようやく安心できた。飛行機が平壌に行くことはもうないから。
2016.04.15
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【秘録金正日(59)】失政で餓死者200万人超、「米韓のスパイだ」責任転嫁し仕掛けた粛清劇 2016-1-19 産経新聞 1995年夏、北朝鮮は100年に1度といわれる大洪水に見舞われる。金日成時代に「主体(チュチェ)農法」と称して造成した段々畑はもろくも流され、韓国側の推定で穀物収穫量は年間345万トンに落ち込む。 国内需要には約130万トン足りず、手立てを講じなければ、餓死者が出るのは明らかだった。しかし、金正日(ジョイル)は「苦難の行軍」をスローガンに掲げて乗り切ろうとした。抗日闘争時代、金日成の部隊が木の皮で飢えをしのいで行軍した逸話にちなみ、国民にただ我慢だけを強いたのだ。 食糧不足がピークに達した96年には全国に飢餓が広がり、人口約17万人の北東部、金策(キムチェク)市だけでも毎日200人以上の餓死者が出た。元朝鮮労働党中央委資料研究室副室長の金徳弘(ドクホン)が後に見た内部の統計資料では「96年11月までに少なくとも100万人が死んだ」という。この大飢饉(ききん)での犠牲者は最終的に200万人以上に達したといわれる。 爆弾テロ画策し韓国反共団体が潜伏? 全ての責任は、権力を独占する金正日にあったが、言い逃れに終始する。 「(金日成)首領さまは生前、私に絶対、経済生活(運営)には深く関与してはならないとおっしゃった。党や軍事活動もできなくなると、何度もおっしゃったのです」(96年12月、金日成総合大学での談話) 民心が離れていくなか、正日は「思想戦」(党員・住民の思想検閲運動)を打ち出す。 「首領さまがいなくなった隙を狙い、米帝と南朝鮮(韓国)傀儡(かいらい)らが侵略戦争を仕掛けようとしている。革命の首脳部を暗殺しようとテロ分子を浸透させていることを知らせろ」 党宣伝扇動部にこう命じ、全国民を巻き込んだ集会を展開させる。 タイミングを計ったように96年夏には、警察に当たる社会安全部の報告書によって「間諜(スパイ)事件」が明るみに出る。平壌市竜城(リョンソン)区域で住民登録簿を調べたところ、爆破テロを仕掛けようと紛れ込んでいた韓国の反共組織「西北青年団」のメンバーを摘発したとの内容だ。 実際には、前年末に市安全局住民登録課職員が同区域の行政委員長を「スパイ」として申告、後にでっち上げと判明したはずの案件を社会安全部政治局長の蔡文徳が蒸し返したのだ。 朝鮮中央テレビは韓国団体員が隠し持っていたとする武器を公開する。だが、同部監察課出身の朴文一(パク・ムンイル)によると、「武器は塩水に漬け、さびを作ったものだった」という。事件に信憑(しんぴょう)性を持たせるために施された演出だった。 蔡は、金正日の大学同期生という理由だけで出世コースに乗り、平壌市安全局長に就いた。党の学習を怠ったとして一時、地方の分駐所に左遷されたものの、正日の妹婿の張成沢(チャン・ソンテク)の口利きで党組織指導部副部長に昇進。96年から住民の政治動向を監視する社会安全部政治局長を務めていた。 「一発やってみせろ」 蔡文徳からの報告書を読んだ金正日は「住民登録文書の了解(調査)をさらに深化させろ」と社会安全部に指示した。 「私の登録文書から調査してもよい。スパイ組織を根こそぎ見つけ出すのだ」ともはっぱをかけた。「思想戦」は国を挙げた大捜査劇へと変貌していく。 金正日の指示で、調査を徹底するため、同部内に「深化組(チーム)」指揮部が設置され、蔡が最高責任者に就任した。総勢8千人を投入し地方の道、市、郡にも深化組が組織された。正日への報告役は、組織指導部で司法部門を統括する第1副部長になったばかりの張成沢に任された。 深化組の捜査が動き出したのは97年初めとされる。農業担当党書記の徐寛煕(ソ・グァンヒ)が最初の標的となった。金日成の農業政策を現場で支えてきた人物だ。 寛煕には、肥料30トンを親戚らに横流しした容疑がかけられた。配分をめぐる手違いにすぎなかったとみられるが、機を見るに敏な張が事件を利用した。 張が上げた資料に目を通した後、正日は吐き捨てるようにいった。「肥料(事件)だけでは弱すぎる」 義兄の言質を得たとばかりに張は蔡に告げた。「将軍さまから全権を委任してもらった。この機会に、社会安全部を動員して一発やってみせろ。背後を徹底調査しろ」 正日や張の思惑を忖度(そんたく)した蔡は、寛煕を「何十年も前から共和国(北朝鮮)内部に潜伏して、米国と南朝鮮のために党の農業政策を破壊したスパイ」に仕立て上げた。朝鮮戦争期間中の経歴に「1カ月の空白」があり、この間に米韓に抱き込まれたとする罪状が捏造(ねつぞう)された。 97年9月中旬、平壌南部、統一通り近くの丘で、3万5千人もの群衆が見つめるなか、寛煕の銃殺刑が執行された。現場に居合わせたという元党幹部の金哲鎮(チョルジン)は「拷問のせいでボロボロになっていた徐寛煕の口には、くつわがはめられていた。声を出すのを恐れたからです」と証言する。 「刑場」には、スパイ組織の一味とされた西部、平安南道(ピョンアンナムド)の協同農場女性管理委員長の黄今淑(ファン・グムスン)ら17人も引きずり出された。群衆は「南朝鮮傀儡の手先を殺せ」と罵声を浴びせた。 死者をもう一度「公開処刑処」 徐寛煕の処刑は、摘発の幕開けにすぎなかった。死んだ人物の「公開処刑」まで行い、恐怖心をあおり立てた。 84年に死亡し、革命烈士陵に埋葬された元農業担当書記の金万金(マングム)について、農業政策の失敗の責任が問われた。掘り出した遺骨を人民裁判にかけ、“再度”この世から葬られた。 これを皮切りに、蔡文徳は本格的な北朝鮮式“魔女狩り”に踏み切る。 まず、「深化組」上層部が個人的な恨みを抱く幹部が餌食となった。象徴的人物が本部党責任書記の文成戌(ムン。ソンスル)だ。正日の異母兄弟やその親族を監視する役目を与えられていたが、しばしば、張成沢の越権行為や女性関係を金日成に報告し、張の恨みを買っていた。 次に逮捕されたのは、党政治局委員で平安南道党責任書記の徐允錫(ユンソク)や、平壌近郊の南浦(ナムポ)市党責任書記の朴勝一(スンイル)ら。允錫は蔡を地方に左遷した元上司だ。 文は、尋問中に顔の原形をとどめないほど殴られ、自ら独房の壁に頭を打ちつけて自殺。允錫は拷問で精神に異常をきたした。 これを聞いた金正日は「文成戌は信念の強い人間だ。徐允錫は信念がない」と冷酷に応じたという。 逮捕者は次第に膨れ上がり、98年までに金日成時代の老幹部を中心に3千人近くが処刑され、1万人以上の縁故者が収容所に送られた。しかし、深化組事件はその後の展開によって、人々に正日統治の恐怖をさらに深く植え付けることになる。=敬称略 (龍谷大教授 李相哲)
2016.04.15
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海外の反応「日本人は強い!」東日本大震災"被災地からのありがとう"に外国人が感動の涙 https://www.youtube.com/watch?v=RyOv91tgrdM&ebc=ANyPxKrAy9HnQfiQT5yiPTKop-ExiCj__F2jbHJF8VIx7GE28T-Ts9bQFmqTR5iESmazUUrEOBBBul0yeJMhrpNXVS5dcM9LSQ トモダチ作戦 隠された真実 https://www.youtube.com/watch?v=UDstTV-u2Oc 【 お友だち大作戦】報道されない真実【東日本大震災2011】 https://www.youtube.com/watch?v=xtjmgrt_k3o トモダチ作戦で護衛艦「ひゅうが」に手を振る米軍兵士 (3.11 東日本大震災) 「フィールドデー作戦」と命名された2011年4月1日から6日まで行われたアメリカ海兵隊の大島での残骸除去作業 . https://www.youtube.com/watch?v=I96VEiteoyU
2016.04.15
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情報機関高官ら相次ぐ脱北、北朝鮮は「ギャング」と非難 2016-4-12 CNN ソウル(CNN) 北朝鮮から情報機関高官などが相次いで韓国に亡命するなか、北朝鮮の祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」は12日、亡命した人について、北朝鮮の全ての家族のライフラインに短剣を突き刺したも同然の「ギャングたち」と指摘した。 韓国当局は11日、韓国に対する諜報(ちょうほう)活動やサイバー攻撃などを行う朝鮮人民軍偵察総局の大佐が亡命したと明らかにしていた。また、今月上旬には北朝鮮が海外で運営するレストランで働いていた男女13人が亡命していた。 韓国に亡命した北朝鮮の人々は全員、韓国の情報当局によって尋問を受ける。今回亡命したことが分かった情報機関幹部からは金正恩(キムジョンウン)体制に関する情報が多く入手できるのではないかとみられている。 過去数十年、貧困や圧政のために北朝鮮から亡命する人は何万人にも達するが、高官が亡命するのはまれ。 2016年1~3月期に亡命した人の数は前年同期比で17.5%増加。聯合ニュースによれば、1月から3月に亡命した北朝鮮人は342人に上る。
2016.04.14
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中国、批判文章発表に圧力=海外民主派の国内家族連行、 辞任要求書簡で危機感か 2016-3-31 時事ドットコム 【北京時事】中国の習近平国家主席に辞任を要求する公開書簡が国内のニュースサイトに掲載された問題で、共産党・政府が海外に居住する中国人民主派知識人の中国国内の家族に圧力を強めている。 この手法は、家族を通じて海外の知識人を黙らせようとする「連座」方式。四川省の家族が一時拘束されたドイツ在住の著名ジャーナリスト長平氏は電話取材に「彼ら(党・政府)の目的ははっきりしている。私に中国批判の文章を発表させないことだ」と語った。 家族が圧力を加えられたのは、長氏のほか、米国在住の社会活動家、温雲超氏。長氏の場合、村の伝統的な焼香儀式で森林火災を起こしたとして、27日に父親や弟らが拘束されたが、29日に保釈処分となった。広東省に住む温氏の両親と弟は22日に連行され、30日に釈放された。 中国当局は、温氏らが公開書簡の発信などに関わった可能性があるとみて調査したが、両氏は関与を否定した。この問題では、著名コラムニスト賈葭氏が11日間拘束され、書簡を掲載した政府系ニュースサイト「無界新聞」関係者ら十数人が調査を受けている。長氏は賈氏の拘束を受けて、独メディアに論評を発表していた。 温氏は電話取材に対し、公開書簡に対する党・政府の反応について「習近平が自身の権力と統治に対して危機感を持っている表れだろう」と解説した。 長氏は30日に声明を発表。「(家族の)連行や脅しがあっても私は屈せず、交渉や取引はしない」と表明した。 また「時事評論執筆は私の職業であり、表現する権利がある。私の言論の自由を実践し、中国人を含む人類社会の独立した思想の権利を提唱し続ける」と訴えた。 一方、29日には「171人の中国共産党員」を差出人として習主席に辞任を要求した新たな公開書簡が米国の中国語サイトに掲載された。 書簡は「われわれは8000万人の党員の直接選挙を経ない党中央を承認しない」と主張している。
2016.04.14
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<脱北者集団亡命>北朝鮮幹部の金元弘保衛部長、私、震えている? 2016-4-12 韓国中央日報日本語版 北朝鮮偵察総局の大佐と中国の北朝鮮飲食店従業員の脱北で金元弘(キム・ウォンホン)国家安全保衛部長の責任論が浮上している。中国浙江省寧波の北朝鮮飲食店「柳京食堂」で働いてた北朝鮮従業員の集団脱北を主導した人物が、従業員を管理する国家安全保衛部(韓国の国家情報院に相当)の要員であることが把握されたと、政府当局者が11日伝えた。この当局者は「海外に長期間滞在する北の住民は常に保衛部員の統制を受ける」とし「北の海外飲食店で保衛部員は通常、飲食店の支配人という職責を持つが、従業員の旅券(パスポート)を保管して従業員の一挙手一投足を監視する。その保衛部員が脱北を主導したというのは驚くことだ」と述べた。 別の対北朝鮮消息筋は「柳京食堂には責任者級と指揮を受ける保衛部員がいたはず。このうち下位級保衛部員が脱北を主導したと把握している」と述べた。 これとともに「保衛部員は北の住民の中でも党性が最も強い人物」とし「特に海外に派遣する保衛部員は何度も検証をして脱北の心配がない人物が選抜される。周辺の幹部までが保証人になっているため、今回の脱北で保衛部内に波紋が広がるだろう」と話した。 特に今回の脱北で、金正恩時代に浮上した金元弘(キム・ウォンホン)国家安全保衛部長が責任を問われるという見方も出ている。 延世大のキム・ヨンホ教授(政治外交学科)は「金正恩は幹部を対象に物質的支援を通じて忠誠心を引き出す政策(co-optation)を展開している」とし「いくら忠誠心が強い保衛部員でも割り当てられた現金を上納できない場合、離脱が避けられないことを見せる事例」と分析した。 匿名を求めた脱北者は「集団脱北の事実が対外に知らされず、保衛部レベルで揉み消して金正恩に報告しなかったとすれば、静かに済む可能性もあった」とし「しかし韓国側メディアを徹底的にチェックして敏感に反応する金正恩は今回の脱北を当然知っているはずであり、金元弘にいかなる形であれ責任を問う可能性がある」と話した。2012年2月に保衛部長となった金元弘は北朝鮮で「飛ぶ鳥も落とす」という言葉が出るほど金正恩から信任を得ている人物だ。昨年末の金養建(キム・ヤンゴン)前統一戦線部長の交通事故の背後に金元弘がいたという噂が広まったほどだ。これとともに金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長に対する問責があるという見方も出ている。年初に統一戦線部長に移った金英哲が対南工作を総括した人民軍偵察総局長だった昨年、大佐が脱北して韓国入りしたと、政府当局が明らかにしたからだ。国防部のムン・サンギュン報道官と統一部の鄭俊熙報道官はこの日、(偵察総局の大佐)脱北者の具体的な身元や脱北経緯などを明らかにすることはできないが、こういう事実があった」と確認した。
2016.04.14
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こんなバカな、非難をすることで、世界中の笑いものになっている北朝鮮を 今でも支持する民主的?グループが、日本で活動していることに・・・深いため息をつかざるを得ない。 (はんぺん)ーーーーーーーーーーーーーーーーーー「韓国が拉致」と非難=海外食堂従業員の集団亡命―北朝鮮 2016-4-12 時事通信 【ソウル時事】北朝鮮の朝鮮赤十字会中央委員会報道官は12日、談話を出し、北朝鮮が中国で運営するレストランの従業員13人が韓国に亡命したことについて、「南朝鮮かいらい(韓国)の情報員による前代未聞の集団的な誘引拉致行為だ」と非難し、謝罪と送還、関与した者の引き渡しを求めた。 朝鮮中央通信が伝えた。 韓国政府が8日に亡命を発表してから、北朝鮮の反応は初めて。 報道官は「かいらい一味がかなり前から、海外にあるわれわれの食堂を標的にして、従業員を南朝鮮に連れて行くために、いかに画策してきたかという十分な資料、証拠を持っている」と主張。 「被害者家族と人民は、野蛮な拉致行為に激憤を禁じ得ず、すぐに返すよう強く求めている」と述べた。 さらに、韓国が謝罪、送還に応じない場合は「想像できない重大な災いと懲罰措置が伴うことを肝に銘じるべきだ」と警告した。
2016.04.13
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習氏親族記載にピリピリ=「パナマ文書」情報を封鎖-反腐敗闘争に影響も・中国 2016-4-5 時事ドットコム 【北京時事】国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が、カリブ海のタックスヘイブン(租税回避地)に世界各国の指導者らが設立した会社などを暴露した「パナマ文書」の中には、習近平国家主席や李鵬元首相らの家族・親族に関する記載もあった。 これに対して、中国共産党・政府は一切の報道を認めず、インターネット上からも関連情報を削除するなど封鎖措置を講じた。習氏らの家族・親族の蓄財疑惑はこれまでも報道されているが、習氏に辞任を要求する公開書簡が公になる中でピリピリした雰囲気が流れている。 中国外務省の洪磊・副報道局長は5日の記者会見で「われわれは雲をつかむようなことにはコメントしない」としか述べなかった。 欧米メディアによると、パナマの法律事務所から流出した資料の中には、習氏の姉と結婚した※家貴氏(※登にオオザト)が2009年に唯一の取締役・株主になった英領バージン諸島のペーパーカンパニー2社が記載されている。習氏の総書記就任後の13年、2社は休眠状態となった。 パナマ文書にはこのほか、李元首相の娘で「中国電力界の女王」と呼ばれる李小琳氏と夫が関係する会社や、最高指導部のメンバーだった賈慶林・前全国政治協商会議(政協)主席の孫娘・李紫丹氏を取締役とする会社もあった。 中国問題に詳しい米国在住の社会活動家・温雲超氏は取材に対し、習主席が展開する反腐敗闘争への影響について「習家の問題は既に暴露されており、短期的な影響はないだろう」としながらも、「長期的には一般民衆がこうした事実を知るにつれ、反腐敗で習氏が得ていた民衆からの支持を失う可能性も出てくる」と解説した。
2016.04.13
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2000億円の「楽器購入」は疑問=ロシア大統領の弁明、国民は信じず 2016-4-9
2016.04.13
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<北朝鮮レストラン>中国で苦境に・・・習近平の反腐敗と経済制裁のあおり 2016-4-12 毎日新聞 ◇北朝鮮女性のもてなしを売りの「外貨稼ぎ」が転換点に 中国に展開する北朝鮮レストランが苦境に立たされている。元々中国の反腐敗闘争の影響で客足が鈍っており、4回目の核実験とミサイル発射を受けて韓国政府が自国民に利用自粛勧告を出したことが追い打ちをかけた。営業を中断する店も出ており、北朝鮮女性のもてなしを売りにした「北朝鮮式の外貨稼ぎ」は転換点を迎えているようだ。【延吉(中国吉林省)で西岡省二、上海・林哲平】 吉林省延吉中心部にある延辺国際飯店1階の「平壌アリラン」。9日昼前に訪ねると、入り口に中国語と朝鮮語で「修理中のため、当面『千年白雪会館』で営業します」と張り紙があった。近くにある別の北朝鮮レストラン支配人は「アリランは経営に問題があり、営業をやめた」と説明した。 アリランは韓国人観光客や地元の中国人が数多く訪れ、夜9時を過ぎても70席ある客席が満杯だった。従業員は接客の合間にステージに上がり、北朝鮮歌謡やポピュラー音楽を歌い、演奏していた。 移転先とされた千年白雪会館を訪ねると、昼食時なのに客は2人だけ。ステージでは従業員2人が歌詞カードを見ながら歌や踊りを練習し、隅のテーブルでは従業員が談笑していた。1人に尋ねると「アリランの従業員は祖国に帰った。ここにはいません」と答えた。 北朝鮮レストランは中国に100カ所以上ある。平壌キムチや平壌冷麺などの北朝鮮料理を提供し、従業員の歌や踊りで客寄せをしてきた。中国側が経営し、北朝鮮側が従業員と調理師を派遣する形式が一般的だ。値段は地元相場よりも高いが、韓国人客が好奇心にかられて訪れるケースが多かった。 ところが、中国で習近平指導部の発足(2012年11月)とともに始まった反腐敗闘争の影響で、公務員や企業幹部の利用が大幅に減少。今年の北朝鮮による核実験・ミサイル発射後、韓国政府が国外在住者にレストランの利用自粛を呼びかけたため、韓国人団体観光客も急減した。 また、上海市職員によると、市政府のある部署が今月初旬、職員に「北朝鮮料理を提供するレストランの利用を当面控えるように」と指示。当局の一部も国連安全保障理事会の制裁決議に同調する形となった。 北朝鮮関係者によると、北京に北朝鮮レストランは14年時点で26店あった。このうち所在を確認できた22店に毎日新聞が電話取材すると、12日現在で「正品天地」など7店が営業を中断していた。 韓国紙・中央日報によると、上海の10店のうち7、8店は客足が遠のき、営業が行き詰まっているという。ただ、日本人が多く住む古北地区の「平壌高麗餐庁」では12日、従業員十数人が接客し通常通り営業。従業員の一人は「客の入りは以前と変わらない」と話していた。 北京の外交関係者は「反腐敗や制裁のダメージもあるが、そもそも北朝鮮女性による接客自体が飽きられている。ビジネスモデルの転換を求められているのではないか」と指摘する。
2016.04.13
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「大中国は日本の助けなど必要としない」 日中友好の緑化基金への出資を拒否? 2016-4-9 産経新聞 中国の植林支援のため日本政府が創設した「日中緑化交流基金」に対し、支援先の中国が“恩知らず”な態度をとっている。基金目減りに伴い日本政府が事業継続のため中国政府にも資金拠出を求めたが、色よい返事はなし。 日中関係改善が進まないため中国政府が拒否したとの情報もあり、中国では「日本の助けはいらない」との声まで上がる。日本は過去に3兆円超もの円借款を拠出したが、反日宣伝の影響で中国ではあまり知られていないという苦い記憶がある。度重なる恩知らずな対応に、日本でも対中支援への異論が噴出し、基金の存在意義も宙に浮きつつある。 ■故小渕氏、日中友好願い基金を創設 基金は平成11年に故小渕恵三元首相が提案し、政府が約100億円を拠出して創設したもので、「小渕基金」とも呼ばれる。 中国では当時、長江(揚子江)を中心に多数の死傷者を出した大洪水に見舞われ、治山治水が内政の最重要課題のひとつとなっていた。 小渕氏は中国での緑化推進を日中環境協力の柱として重視し、基金の設置が「21世紀へ向けた日中友好の礎」(当時の外務省筋)となることを期待していたという。 事業は日本が主だって実施。民間団体などによる植林緑化運動に資金を提供し続け、26年度までの植林面積は累計で約6万5000ヘクタールに上った。 中国側も成果は認めているようで、昨年8月に中国政府が日本人記者団を招聘(しょうへい)した際には、わざわざ基金を活用していた甘粛省蘭州市にある砂漠の緑化事業の現場に案内した。 冷え込んだ日中関係を改善したい習近平政権の政治的な狙いもあったようだが、中国側はそのとき、記者団に対して「日中の協力関係の成果だ」とアピールしたという。 外務省関係者は、「多くの人が関わってきた。中国は間違いなく事業を重要と受け止めている」と話す。 ■中国政府、基金への出資を拒否? 日中友好に一定の効果をあげた基金だが、創設から15年以上がたち、残高は昨年6月時点で約15億円に目減り。事業継続を模索する日本政府は、中国が世界第2位の経済大国の地位にあることなどから共同で事業に取り組むのが望ましいとして、昨年末に中国政府に対して出資を持ちかけた。 だが驚くことに、中国側は日本が働きかけても「今すぐ拠出するのは難しい」との回答を繰り返し、「中国が資金を拠出するめどはたっていない」(政府関係者)という。 日中関係がなかなか改善しないことから、中国政府が手のひらを返すように出資を拒否したとの情報も出ている。 中国国内では、基金に対し否定的な意見が多いようだ。中国情報サイト「レコードチャイナ」によると、インターネット上では「お金の問題ではなく立場、民族としての尊厳の問題だ。大中国は日本の助けなど必要としない」「日本が中国のことに手出しするのはお断り」などの意見が出ているという。 日本政府はとりあえず、中国だけだった事業を日本や第三国にも広げることにして、約90億円を27年度補正予算で計上した。 ■止まぬ反日感情、中国人は恩知らず? 日本の対中支援の歴史は長い。中国の改革・開放政策を支援する目的で昭和55年度に始まった円借款は、天安門事件後などに一時凍結されたものの、一貫して中国の経済発展に貢献。平成19年度新規供与分で終わるまでに、総額は約3兆3000億円に上った。 だが当時の中国政府は反日宣伝を繰り返し、「円借款は戦後賠償」などの認識を表明。このため、日本の援助が中国の成長を支えたことはあまり知られていないのが実情だ。中国人の反日感情はいまだ根強い。 せっかく支援しても、ろくに感謝もされない-。日本ではこんな意識が広がり、基金に対しても異論が続出し始めている。ある与党関係者は、「反日宣伝を進める中国を支援する必要はない」と断言する。 また、経済大国に浮上した中国に対し「いまだに日本が中国の植林事業を支援する必要があるのか」といった意見も浮上している。 基金が当初目指したような友好の促進は、期待しにくい状況にもなってきた。そのあり方を考え直す時期にさしかかっているのかもしれない。(中村智●(=隆の生の上に一))
2016.04.12
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「尖閣諸島は日本のもの」と毛沢東、人民日報も言っていた 2013.11.26 日刊SPA! 日中間で尖閣諸島をめぐって緊張が高まっている。東洋の火薬庫になってしまうのではないかと世界中の注目が集まる中、今月23日、中国国防省は沖縄県の尖閣諸島(中国名・釣魚島)を含む東シナ海に防空識別圏を設定したと発表した。防空識別圏とは、領空とは別に各国が不審機の接近時に緊急発進(スクランブル)を実施する基準として設定する空域のことだ。さらには中国軍機が尖閣諸島付近の領空から数十キロ以内の空域に入り、自衛隊機がスクランブル発進するなど、状況はエスカレート。米国のケリー国務長官が異例のコメントを出すなど、日米両政府の反発も強まっている。 陳破空氏 いつ大規模な衝突が起きてもおかしくない尖閣諸島だが、その背景にある中国共産党の思惑、そして現在の主張とは矛盾した歴史を知り尽くす男がいる。天安門事件の中心的人物として二度投獄され、アメリカに亡命をはたした中国民主化運動家の陳破空氏だ。現在ニューヨーク在住の陳氏は中国民主化に関する論客として台湾や香港で絶大な注目を集める人物だ。そんな陳氏の日本初となる著書「赤い中国消滅 張り子の虎の内幕」が扶桑社より発売される。今回はその驚くべき内容の一部を紹介しながら、尖閣諸島を巡る中国の矛盾と本音に迫ってみたい。 ◆毛沢東は媚日だった!? 現在の国家主席である習近平が自らの体制を堅固なものとするため、中国国内の毛沢東左派を取り入れようとしていることはよく知られている。ところが陳氏によると毛沢東は反日でもなければ、尖閣諸島にまるで興味がなかったというのだ。 「歴史について多少の知識があれば、本物の毛沢東は反日でも抗日でもなく、むしろ媚日であったことはすぐにわかる。日中戦争の際、毛沢東は抗日を装いながら、陰で日本軍と通じ、共同で当時の中華民国政府を瓦解させたのだ。(中略)そもそも、中国共産党か政権を樹立した後、毛沢東は尖閣諸島は日本の領土であるとはっきり認めている。こんなちっぽけな島など取るに足りない、と」(「赤い中国消滅 張り子の虎の内幕」113Pより) 国内で習近平が顔色を窺っている毛沢東左派だが、本家本元である当の本人は尖閣にはちっとも興味を持っていなかったとは皮肉な話である。 また、今や強気に尖閣周辺での軍事的圧力を増している中国だが、以前は日本に対し衝突を回避しようとしていたという。ここ数日のニュースからは想像もできないような話だが、その裏には国民に対して権力を誇示したい、いわゆる中国共産党の思惑と面子があるという。 「北京はあらゆるルートを通じて、再三にわたって日本政府に対し、中国政府の面子を保ってくれるよう求めたが、日本は聞き入れなかった。(中略)日本政府の尖閣国有化によって、中国政府の面子は丸つぶれとなった。 日本の尖閣諸島国有化によって、中国国内の世論が沸騰することは明らかであり、中国政府は国民に対して面目が立たない。必ずや何らかの意志表明、あるいは行動を起こし、 面子を挽回しなければならない。それが、海監の船艇・航空機や、海軍の艦艇、戦闘機を 再三にわたって尖閣諸島へ接近させた理由である。」(「赤い中国消滅 張り子の虎の内幕」134Pより) 尖閣諸島近辺での挑発的な行動も、弱く見られたくないというコンプレックスの裏返しだったとしたら、拍子抜けである。できれば日本は巻き込まないでほしいものだ。 ◆人民日報でも「尖閣諸島は日本のもの」 尖閣諸島が日本のものだと主張しているのは毛沢東だけではない。共産党のお抱えメディアである人民日報にいたっては、尖閣が日本のものだと認めるばかりか、「そんなこと言ってませんから!アメリカの捏造ですよ!」と逆ギレしていたというのだ。 「1953年から1958年までに中国共産党機関紙『人民日報』が発表した社説と論文は、『琉球諸島は尖閣諸島を含む』と指摘したうえで、『これらの島嶼は過去いかなる国際協定においても日本を離脱したとの規定がなされていない』と認めている。さらに、いわゆる『中国は琉球の主権を絶対に放棄しない』との言葉は『米国が捏造したもの』であり、中日両国に対する『邪悪な挑発』で、『その目的は日本への帰還を強く望む(沖縄 住民の)感情に打撃を与えることにある』と米国を激しく非難する声明を発表した。」(「赤い中国消滅 張り子の虎の内幕」125Pより) 最近では沖縄も中国のものだと主張していたはずだがが、かつては人民日報までがこう書いていたのである。とても今の紙面からは想像もできないような内容である。仮にも公器である新聞で、こうも簡単に手のひらを返すところがいかにも中国らしいといえば、中国らしい。そのうち「実はあの発言は日本によってねつ造された」と言いかねない。 ちなみに、なぜこのような発言を当時行っていたのかというと、日中国交正常化に際し、尖閣や沖縄の領有権を主張する勢力が中国国内にもいたのだが、それが日本側に伝わると国交正常化の妨げになると当時の毛沢東など中国政府は懸念したのである。そのため、そういうことを言ってる人たちはアメリカが仕込んだことだと流布したわけである。 このように尖閣諸島をめぐる中国の姿勢は時代や状況とともにコロコロ変化をしている。しかし、もし本当に軍事的な衝突が起きたらどうなってしまうのかと不安は拭いきれない。ところが本書で陳氏は腐敗まみれの中国人民解放軍は日本に勝てるわけがないと指摘している。 【陳破空(Chen Pokong)】 1963年四川省生まれ。上海同済大学在学中に学生運動の中心メンバーとして天安門事件に参加。2度の投獄を経てアメリカに亡命。現在はニューヨーク在住。2009年に共産党の内部事情を鋭く描いた『中南海厚黒学』、中国とアメリカについて書かれた『もし中米が開戦したら』がともに香港、台湾でベストセラーに。ほかにも著書多数。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍中。今回、扶桑社より日本初の著書「赤い中国消滅 張り子の虎の内幕」を上梓。自身の半生から腐敗する人民解放軍、習近平と薄熙来の親子二代にわたる血で血を洗う政争など、中国の国内事情に鋭く斬り込んでいる。 <文/SPA!中国問題追及班>
2016.04.11
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