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『やーちゃんばーちゃんの石ころ人生』 ~その12~ 著 河上 八千代※ 前回からの続き 私の趣味について書いてみましょう。私は子どもの頃から絵を描くことが好きでした。小学校の図画の時間は、楽しい時間でした。出来上がった絵は、たいてい廊下に貼り出されました。中学校の時、生徒の名前を覚えるのが苦手だった美術の清水先生が、私の名前をすぐに覚えられたというので、同級生がやきもち焼いてざわついていました。(笑)大人になってからも、いつか油絵を描いて見たいと思っていましたが、家計は相変わらず厳しくて、絵具やキャンバスを買うのはちょっとなかなか大変でした。それでも三十代に入った頃、住友生命の集金係の仕事もあって、少しはゆとりも出来たので、通信講座で油絵の基礎を学び、東光会の山陰支部である山光会にも入れてもらって、画家の方々からも指導を頂けるようになりました。指導者の山崎修二先生は、私の絵をとても気に入って下さって、「河上さんにしか描けない良い絵だ」といつも褒めて下さいました。市美展では市長賞、文化協会長賞などいただきました。この市美展ですが、初出品はただの入選から始まって、次の年は秀作賞、その次の年は特選と、だんだん良い賞を頂けるようになりました。そしてとうとう最高賞の市長賞を頂きました。私の絵は、人の心に訴えかけるような心象的な絵でしたから、それが人の心を引いたようでした。絵の題は「聖書の消えた日」でした。私はその時はまだクリスチャンではありませんでしたが、もし世の中から神の愛、聖書の教えが消えたら世の中はどうなるだろうかと考えて、もしそうなったら一番の被害者は子どもたちだろうなと思って、悲しい子どもの絵を描きました。それが市長賞。次の年も同じような趣旨の絵を出展しました。題は「悲しみの魂」。賞は市長賞に次ぐ文化協会長賞。市美展の最終日、表彰式と審査委員長による講評がありましたが、私の「悲しみの魂」は市長賞に値する絵だと褒められました。ではなぜ市長賞ではなかったのか。それは、前年に市長賞を取っているので、同じ人が二年続けて最高賞を取るのはよくないという意見が審査員の人たちの中にあり、それが通ったのだそうです。講評をされた審査委員長の山崎先生は「良いものは良いものだから二年続こうが三年続こうが最高賞を上げるべきだと私は思うのですが・・・」と残念そうでした。ま、私の絵を言い絵だと言っていただいたのだから、私はどちらでもいいと思います。この「悲しみの魂」は気に入って下さった方がいて、買って下さいました。なんだか私も思い入れが深くて手放すのがつらかったです山崎先生は「河上さんは良い絵が描けるから東光展に出してみませんか」と言って下さったけど、東光展に出すには数万円お金がかかるので、とてもとても我が家の経済では手が出ませんでした。たかが主婦の趣味にそんなお金を出すことは出来ません。油絵の趣味の話はそこまでですね。※ 続く★画像 2008年1月1日 孫の光、祈と自閉症の僕の七転び八起き (角川文庫) [ 東田 直樹 ]楽天で購入 facebook、 BAABAのブログ『グランマの椅子』もよろしく♪ ひいちゃんパパひいちゃん朗読 人権作品コンクール最優秀賞受賞 「ぼくの人生こんぺいとう」「光への手紙」 作詞 : ひいちゃんパパ 作曲・歌 : 人力車さん「ひいちゃんにっき」の本を希望される方や、個人的にメッセージを送りたい方は、yachiyo@crocus.ocn.ne.jpから、「ひいちゃんパパへ」というタイトルでメールを送ってください。それ以外だと、削除してしまうおそれがあります。
2019年12月28日
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メリークリスマス!!16年くらい前の動画です。(^^♪自閉症の僕の七転び八起き (角川文庫) [ 東田 直樹 ]楽天で購入 facebook、 BAABAのブログ『グランマの椅子』もよろしく♪ ひいちゃんパパひいちゃん朗読 人権作品コンクール最優秀賞受賞 「ぼくの人生こんぺいとう」「光への手紙」 作詞 : ひいちゃんパパ 作曲・歌 : 人力車さん「ひいちゃんにっき」の本を希望される方や、個人的にメッセージを送りたい方は、yachiyo@crocus.ocn.ne.jpから、「ひいちゃんパパへ」というタイトルでメールを送ってください。それ以外だと、削除してしまうおそれがあります。
2019年12月24日
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『やーちゃんばーちゃんの石ころ人生』 ~その11~ 著 河上 八千代※ 前回からの続き 来る日も来る日も寝たきりで、どんどん弱った行く私でしたが、二歳のかわいい盛りの昌樹は、元気いっぱいに見舞いに来てくれました。昌樹は父ちゃんのお姉さんが預かって下さっていました。父ちゃんとは義文さんのことです。義文さんは昌樹と祐樹の父ちゃんになったので、ここからは父ちゃんと書きます。 私は毎日泣いてばかりいました。自分の体がどんどん弱って行くことで、私はこのまま 死ぬんだろうと思いました。昌樹や祐樹を残して死ぬのかと思うと、私には二人が不憫で不憫で仕方なかったのです。なにしろ昌樹は二歳、かわいい盛り、祐樹は生まれたばかりですもの。この子たちのために頑張らなきゃと思っても、私の体は弱って行くばかり・・・。 ある日私は本気で祈りました。・・・と言っても、私はその時はまだ本当の神様を知りませんでした。ただ、神社仏閣に祀られているあの八百万の神々ではなくて、私をこの世に生まれさせ、私の人生を手のひらに収めて導いておられる唯一絶対の神様がおられると信じておりました。私はこの神様に祈りました。丁度その時、付き添ってくれていた私のお母ちゃんはそこに居なくて、祐樹はすやすや眠っているし、この時とばかりに真剣に祈りました。「神様。私は今激しい痛みもなく狂うような苦しみもありません。ただ、毎日毎日弱って行くばかりです。このまま死ぬとしたら、もしかして楽に死ねるかもしれません。でも神様お願いです。私は死ぬわけにいかないのです。昌樹はまだ二歳です、祐樹は生まれたばかりです。この子たちを置いて私は死ねないのです。神様お願いです。子の子たちが成人するまで私を生かしておいて下さい。もしこの願いを聞いて下さるなら、今度死ぬ時、狂う程の苦しい死に方をしてもかまいません。だから今は生かしておいて下さい。」と。 不思議なことにその日から私はだんだん元気になって行きました。ほんとだよ、だって私は今も元気ですから。神様は私の必死の祈りを聞いて下さったようでした。 退院して、しばらく実家でお世話になっていましたが、何とか動けるようになったので、自宅に戻って普通に生活するようになりました。その上、あれほど弱かった私が、二人の子供を育てるうちに体もぐんぐん元気になって行きました。ところが、今度は一家の主の父ちゃんが病気になってしまいました。最初は盲腸だと言うので手術したのですが、手術しても良くならないし、変だなあ…・と言うことになって詳しく検査したところ、腎臓結石だと言うことが分かり、結石を取り除く手術をしました。ところが開けてみると、もう手遅れってことで、腎臓そのものを取らなきゃならないという羽目になっていて、片方の腎臓を摘出することになりました。おかげで父ちゃんは、三十歳そこそこの若さで片腎の体になり、一生弱い体になってしまいました。 それまで市内の塗装屋さんに勤めておりましたが、体がついて行けず、独立して看板屋を開業しました。お金があって独立したわけではありませんので、金銭的にはとても苦しかったですが、体は自分の都合に合わせて仕事が出来たので、何とかやっていけました。そのうち私も住友生命の集金係に就職して、家計の助けをすることが出来たし・・・。 住友生命には12年間勤めました。毎日毎日バイクで走り回りました。もともとはコミュニケーションの苦手な私でしたが、この仕事のおかげで人と会話できるようになりました。※ 続く★画像 2008年1月1日 孫の光、祈と自閉症の僕の七転び八起き (角川文庫) [ 東田 直樹 ]楽天で購入 facebook、 BAABAのブログ『グランマの椅子』もよろしく♪ ひいちゃんパパひいちゃん朗読 人権作品コンクール最優秀賞受賞 「ぼくの人生こんぺいとう」「光への手紙」 作詞 : ひいちゃんパパ 作曲・歌 : 人力車さん「ひいちゃんにっき」の本を希望される方や、個人的にメッセージを送りたい方は、yachiyo@crocus.ocn.ne.jpから、「ひいちゃんパパへ」というタイトルでメールを送ってください。それ以外だと、削除してしまうおそれがあります。
2019年12月15日
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『やーちゃんばーちゃんの石ころ人生』 ~その10~ 著 河上 八千代※ 前回からの続き ところがこの二番目の子ども、祐樹の出産は大変でした。人が思うことと神様がなさることとは違うんですね。お産そのものはとても楽なものでした。まるで「脇の下から生んだのかい?」と言われるほど楽々と生まれたのです。 でもその後です、大変なことになったのは・・・時間が経っても出血が止まらず、ベッドはたちまち血の海になってしまいました。私の意識も遠くなって行きました。体内の血が沢山出てしまって、私の元々の病気だった心臓が弱り、起き上がることも出来なくなりました。何日経っても何日経っても、食べる力も排泄する力もなく、寝たきりになって弱って行きました。祐樹への授乳も寝たままで、起き上がって抱くことも出来ませんでした。 産婦人科の病院なのに、内科のお医者さんが通って来て下さって診て下さいました。笠田先生という内科医の先生でした。笠田先生は心臓外科が専門だったと思いますが、名医と名が高くて、国立病院と自分の医院と掛け持つほどの、とても忙しい先生でした。それでも一日に一回は、必ず私の診察治療に来て下さいました。心強かったです。 輸血もしました。当時は、今と違って血液も売血などによる劣悪なものもあり、私が受けた輸血はこの時の悪い血だったせいか、ず――っと後になってから、血液による感染症、C型肝炎にかかっていることがわかりましたから・・・。※ 続く自閉症の僕の七転び八起き (角川文庫) [ 東田 直樹 ]楽天で購入 facebook、 BAABAのブログ『グランマの椅子』もよろしく♪ ひいちゃんパパひいちゃん朗読 人権作品コンクール最優秀賞受賞 「ぼくの人生こんぺいとう」「光への手紙」 作詞 : ひいちゃんパパ 作曲・歌 : 人力車さん「ひいちゃんにっき」の本を希望される方や、個人的にメッセージを送りたい方は、yachiyo@crocus.ocn.ne.jpから、「ひいちゃんパパへ」というタイトルでメールを送ってください。それ以外だと、削除してしまうおそれがあります。
2019年12月07日
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ご紹介するのが、すっかり遅くなってしまいました・・・。2015年に発売された、東田直樹さんの「自閉症の僕の七転び八起き」の文庫版が、10月24日に発売されました。ぜひ読んでみてくださいね。自閉症の僕の七転び八起き (角川文庫) [ 東田 直樹 ]楽天で購入 facebook、 BAABAのブログ『グランマの椅子』もよろしく♪ ひいちゃんパパひいちゃん朗読 人権作品コンクール最優秀賞受賞 「ぼくの人生こんぺいとう」「光への手紙」 作詞 : ひいちゃんパパ 作曲・歌 : 人力車さん「ひいちゃんにっき」の本を希望される方や、個人的にメッセージを送りたい方は、yachiyo@crocus.ocn.ne.jpから、「ひいちゃんパパへ」というタイトルでメールを送ってください。それ以外だと、削除してしまうおそれがあります。
2019年12月01日
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