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2006年01月31日
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2006年01月30日
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今日は、市が行っている巡回教育相談へ行ってきました。教育相談って言うと、担当してくださる方によっては「はずれ」の場合もありますよね。(ずいぶんとひどい表現でごめんなさい・・・m(_ _)m )今までもかえって嫌な思いをしたり、相談の意味がなかったなぁと思うようなことも時々ありましたが、今回相談を受けてくださった方(お会いするのは今回で2回目)は、発達障害についても知識を持っておられ、僕の話をしっかりと、そして真剣に聴いてくださいました。相談員の中には、「いやぁ、お父さんのおっしゃることはごもっともです。しかし現段階では私共と致しましては云々・・・」っていうふうに、できないことを強調するって言うか、すぐに”守り”に入ってしまうような職員さんも、中にはお・ら・れ・る・よ・う・で・す・が・・・、今回もとても前向きに取り組もうとしてくださっている様子が見て取れました。当然発達障害についても話が及びましたが、この方が”脳の機能障害”っていう表現をされたのを聞いて、あぁこの方はきちんと勉強しておられる方だなって思いました。今回僕がお伝えしたことは、きっと色んな方面で役立ててくださると確信することができました。何にせよ、親の想いや願いはどこかで誰かに伝えていかなければなりません。発達障害への支援が整うにはあと50年以上かかるかもしれませんが、この「ひいちゃんにっき」もその手段のひとつです。どうかこれからも、応援してくださいね。応援するよ~と言う方は、ここ → ← もクリックしていただけるとうれしいです。m(_ _)m 記帳はひいちゃんパパ 障害児応援検索エンジンです。
2006年01月29日
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明日はまた教育相談へ行ってきます。今持っている疑問や親の想いなどを話してくるつもりです。この手の相談にはもう何度も行きましたが、教育関係者に僕の顔と名前、そして光のことを知ってもらういい機会にもなるんじゃないかなと思っています。明日お会いすることになっている方は、2年ほど前の新聞への投稿を読んでくださり、すでに僕のことを知っておられたそうですが・・・拍手ボタンをリニューアルしました。ひいちゃんファミリー頑張ってるねと思ってくださっている方だけでいいですので、ここ → クリックで応援よろしくお願いします。 障害児応援検索エンジンです。
2006年01月28日
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24日の日記に対し、思っていた以上に反響があって少し戸惑っています。でも、たくさんのご意見を聞くことができて、僕自身も色々気付かされたり再認識することができました。昨日一日じっくりと考えました。僕が今感じていることを今日は書かせてください。青字の部分は皆さんのコメントからの抜粋です。実はウチの次女。もうすぐ中学卒業。ということで今、進路に悩んでいます。軽度の発達障害(自閉症)の子供には、義務教育以降は厳しい現実が待っています。本来支援とは、その人の一生を通して行われるべきものです。発達障害者支援法には、「国及び地方公共団体は、発達障害児がその障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるようにするため、適切な教育的支援、支援体制の整備その他必要な措置を講じるものとする」と書いてありますが、まだまだ実現は難しそうですね。娘のクラスにも発達障害の子どもがいます。そのお母さんは何かあると「うちの子は普通じゃないから」と、すぐ言います。”普通”っていったい何が基準なんでしょうか。光が入学した日の保護者会で少し話をさせて頂いた時、僕は光のことをこう言いました。「ADHDという発達障害を持っている、ごく普通の子です」と。私から見れば確かに自閉症特有の行動が見られますが、注意すると、それを可愛そうと保護者が言うのです。注意の仕方にも色々あります。「危ないからやめなさい」と注意しても、何がどう危ないのか理解できない子もいますし(見通しが立てられない、あるいは予想することができないってことです)、「いい子にして」「きちんとして」などの抽象的な言葉だけでは、戸惑う子もいます。また、「だめ」などの否定的な言葉を言われ続けると、その子の自信や自尊心を奪うこともあるのです。それから、自閉症特有の行動であるならば、なぜそういう行動を取ってしまうのかを知っておく必要があります。ただ単に「やめなさい」と言われてやめられるものではないのです。障害名がついて安心する保護者もいます。そうですね。保護者の場合、「躾がなっていない」「育て方が悪い」「愛情がたりない」などと非難されることが多いようですが、それが障害によるものだとわかることで、また子育てへの意欲を取り戻すことができたという例をたくさん聞いたことがあります。障害児、者本人である場合、人から「頑張れ」「なぜこんなことができない」「だめな奴」と言われ続けた為に自己評価を下げていた人が、ある日その”できない原因”が障害のせいだったことがわかり、自信を取り戻すことがあります。視野の狭い人が書いた文章だと感じました。障害児の親とはまた違った視点で障害や福祉を見たくて今の仕事に転職しました。視野を広げていくため、これからも色んなことに関心を持ち、また関わっていけたらと思っています。心配されなくても、あなたの息子さんは軽度ではないと思います。トラブルが多すぎます。便宜上軽度という言葉を使っていますが、僕自身はあまり好きではありません。軽度は必ずしも軽いことを意味しません。なぜなら重くしてしまっている環境があるからです。またトラブルについては、”軽度であるがゆえ”に起こることがほとんどなのです。普通学級が難しいのではないでしょうか?親が変なプライドやこだわりを捨て、子供のための道を示唆する事も必要だと思います。光が就学の際、僕達夫婦が決めたことは、光にとってのベストを考えていこうということでした。心身障害児就学審議会の席で、どこの学校を希望しているのか質問された時も、「光自身が、”居て楽しい”と思えるところを望んでいます」と答えました。今もその気持ちに変わりはありません。軽度発達障害の方はなかなか支援が受けられません。だから声をあげなければならないという事情があると思います。はい。その支援方法やシステム自体もまだまだ確立できていないのが現状です。障害があるからと言って、努力しないのは、間違っています。そのとおりですね。しかし、僕は努力しないでいる障害児とその保護者を見たことがありません。理解も必要ですが、努力が先なのです。僕は逆だと思います。努力していても、その方法が間違っているために空回りすることがあります。努力しようと思っても、努力の仕方がわからないことがあります。努力させようと思っても、適切な支援ができない親や教師、上司がいます。障害の持つ特徴や本人の特性をまず理解しなければ、努力がかえってマイナスになることもあります。頑張っても頑張っても人並みのことができない自分に悩み、それなのに周りはさらに「頑張れ」と言う・・・そういったことが、うつや不登校、引きこもり、リストカットなどの二次障害を引き起こすこともあるのです。障害があるので、「頑張れよ」と言っても出来ないことがあります。本人の努力では、乗り越えられないのです。そのことへ理解を示してもらい、子どもへの対応を変えてもらうことが大切です。そして、子どもが出来ることは、チャレンジさせてあげることも大切だと思います。出来ないことも、出来るようになると、子どもに自信がつきます。例えばですが、LD(学習障害)を持つ子の中には、文字がくしゃくしゃのお団子のように見える子がいます。そういう子に、「努力して本読みがすらすらできるようになりなさい」と言うことは酷です。また、時には”頑張らない”ことも必要なんじゃないかなとも思います。時計の針が読めなければデジタル時計を使えばいいし、文字での理解が難しければ、絵や写真を使うのも手だと思いますし、時には目標のハードルを下げて、達成感を味わうこともまた必要だと思うのです。生きることを楽しむこともまた大切なのではないでしょうか。私は 軽度障害だから、何をしても、理解してほしい…なんて思った事はありません。いけない事は いけない事で、教えてほしいと思っています。 ただ いいやり方を教える 注意を 望みたいです。僕もそう思います。社会のルールやマナーをきちんと教えることもまた大人の使命だと思います。問題なのは、その”教え方”です。どこに行っても、息子のとっぴな行動に「すみません」と誤って歩かないといけない。「すみません、この子自閉症なんで…」と説明しても怖ーい顔されてしまう始末。今の日本ではまだまだそういうことも多いと思います。”とっぴな行動を起こしてしまうわけ”を、多くの方に理解して欲しいですね。「軽度だからいいね」というようなことを言われたこと、もっと視野を広く持てば、言った人の気持ちや状況、問題が見えてくると私は思います。「うらやましい」と言うのがただいけないのではなく、言わざるをえない気持ちを理解することが、相手を理解することですね。ひいちゃんパパやばろん1204さんの書き方では、そういうことがいけない(悪)、のようですが、それだけではなく、重度の障害の保護者の気持ちも考えて「うらやましい」と言ってる人の気持ちや痛みを、考えてあげてはどうでしょうか。日記にも書いていますが、僕は「うらやましい」と言った方を責めるつもりは全然ありません。ましてや(悪)とも思いません。私は、我が子を他の子と比べてはいけないと思いながら、学校の行事があると、どうしてもうらやましいという気持ちが心の中にわいてしまいます。仲の良い友達に「うらやましいな」と言うこともあります。ひいちゃんパパの日記を読んで、自分はダメだと感じています。そんなことはありません。ぜんぜんダメなんかじゃないですよ。なぜならそれは、親御さんの正直なお気持ちだと思うからです。僕だって身体障害のあるお子さんを見て、「あの子は社会から、”障害児”だとちゃんと認めてもらえてるんだよなぁ・・・」なんて全然思わないかと言うとうそになります。手帳について書いたのもそこにあります。発達障害は障害者福祉施策の谷間に落ちてしまっていて適切な支援が行われていません。現在の障害手帳制度では、手帳がないとしっかりとした支援が地域で受けられないんです。それからこれだけはしっかりと言っておきたいのですが、僕は決して”障害があるから優遇してくれ”と言っているわけではないのです。知的障害や精神障害、身体障害などと同じように、やはり”生活のしにくさ”を持っているのだということを知って欲しいのです。それを甘えだと言われたら、もう話が進まなくなってしまいますが・・・人は誰しも障害の有無に関わらず必ず苦手な部分があります。老眼が進んできたので老眼鏡をかけたい・・・足腰が弱ってきたので杖を使いたい・・・これは甘えでしょうか。さて・・・今日の日記はめちゃくちゃ長くなってしまいました。最後まで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。あらためて自分自身の心の中を見つめなおすことができました。感謝します。最後にもう一度書きます。健常であっても、障害があっても、軽度であっても、重度であっても、それぞれが互いに認め合い、支えあっていく世の中になって欲しいです。だってどの親も自分の子どもを愛しているのですから・・・ 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月27日
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昨日の日記へのコメントを読ませて頂きました。皆さんの真実なご意見に、心から感謝致します。言葉はたくさん出てくるのですが、うまくまとめることができません。しっかりまた読ませていただいた上で、あらためて日記上で僕の考えを書かせてください。もしまだ昨日の日記を読んでいない方がおられましたら、ご意見を頂けるとうれしいです。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月25日
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たくさんのコメントを頂くことができたり、もう一度皆さんに読んで頂きたい日記の中から選んでいる「過去日記シリーズ」ですが、今日は昨年7月に書いた「残酷」を編集、加筆して再びUPします。僕の息子、光(ひかり)には発達障害があります。絵を描いたりブロックでロボットを作ったり、奇抜な発想をしたりなど、得意なこともたくさんありますが、その一方で発達の偏りによる苦手な部分も持っています。例えば・・・☆ 話すことが好き。でも発音や言いまわしに少し特徴があります。公園などで遊んでいると、たまに光のことを知らない子どもから、『しゃべり方が変』『キモイ』などと言われることがあります。☆ 運動やダンスが好き。でも少し変わった動き(独特な動き?)をすることがあります。夏休み、ラジオ体操をしている時のこと。数人の男の子たちが集まって、光のことを見ながらくすくす笑っていました。光はそのことに気づいてはいませんでしたが、お姉ちゃんの雪は目ざとく見つけ、心配そうな表情を浮かべていました。きっと雪にとってはつらかったと思います。☆ 一緒に遊びたい・・・でもうまく関われない。”一緒に遊ぼうよ” ”僕も仲間に入れて”・・・光はうまくそれを伝えることができず、キックをするような動きをしてかえって相手を怒らせてしまったり、また不自然な声かけをしてしまって時には大人までが光のそばから離れて行くのを見たことがあります。何にせよ、光は周囲からは”ちょっと変わった子”、悪く言えば”異質”と映ってしまうことも多く、いじめやからかいの対象になることもあります。いつだったか、よその子のおもちゃにちょっとさわっただけで、『ひいちゃんがとった!』と言われ、おまけに数人の子から同時に責められ、追いかけられた為にパニックになったことがあります。また今は下校途中に上級生にからかわれることもあるようです。いじめは障害の有無に関係なく、”あってはいけないこと”です。増してやそこに障害が絡んでくると、親としては何ともやりきれません。実際僕はこの目で光がからかわれたり笑われたりする場面を見てきました。そして先日は光に対し、”ガイジ”という言葉がかけられました。雪も一緒にいたのですが、その時の雪の気持ちはどんなだったでしょう・・・本当に胸が張り裂けそうです。発達障害がある・・・ただそれだけなのに・・・幸いにも光の場合は学校や周囲の方々も理解しようとして下さっていますが、なかなかそれが難しい例も多いようです。ずいぶんと仰々しいタイトルをつけてしまいましたが(このサイトではあまり使いたくない言葉です)、決して大げさではないと思います。周りから理解されず、しゃべり方や体の動きのことで笑われ、本人は十分頑張っているのに努力が足りない、やる気がないと責められ、友達が欲しいのになかなかできず、親のほうは躾ができていない、愛情不足だと言われ、きょうだい児にもストレスが溜まり、学校からは何の協力も得られない・・・そんな状態が何年も何年も続いたとしたら・・・そしてそれが二次障害や家庭崩壊を招いてしまったとしたら、それって本当に悲しくて残酷ではありませんか?話は少しそれるかもしれませんが、ここ楽天の障害児の保護者さんの日記を読ませて頂いていると、中には軽度発達障害をうらやむような発言が書いてあることがあります。”しゃべれるから・・・勉強もそれなりにできるからいいじゃないか”みたいな・・・読んでいて悲しくなりましたが、僕はそれを責めるつもりはありません。たぶん親御さんの正直な気持ちなのでしょうから。でも手帳は交付されないし、受けたいサービスは受けられないし、目で見えにくい為に誤解されることも多いし、普通学校、普通教室に在籍している故の悩みも絶えないのです。僕自身の意見をはっきり言わせて頂くと、軽度だから、重度だからと区別することは嫌いです。どちらにもそれなりの苦労や悩みがあるはず。健常であっても、障害があっても、軽度であっても、重度であっても、それぞれが互いに認め合い、支えあっていく世の中になって欲しいです。だってどの親も自分の子どもを愛しているのですから・・・ 今日の記帳はひいちゃんPAPAより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月24日
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昨日のスケート場での様子をビデオでUPします。見てあげようという方は、「ひいちゃんの、華麗なるスケート」 ←をクリックしてくださいね。もちろん、雪と祈も一緒です。(=^_^=) ビットレートは325kbps。時間は約1分35秒です。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月23日
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今日は、子どもたちを皆連れて、アイススケートをしに行きました。入会している「自閉症を学ぶ会」の活動のひとつとして行われたものに参加したんですが、スケート場を借り切ったので、他のお客さんを気にすることなく滑ることができました。・・・・・と言っても、僕はスケート靴を履くのも初めてだったので、ほとんどヨタヨタしてばかりでしたけどね。(=^_^=) それにしても、子どもたちって本当に上達が早いですね。すいすいとまではいかなくても、けっこう上手に滑っていましたから。(ひいちゃんは転んでばかりいましたが・・・笑)ビデオに録ったので、もしかしたらUPするかもしれません。障害のある子どもたちも、そしてその親も、いっぱい楽しめたひと時でした。(^v^)昨日の日記へのコメントのレスですが、明日つけさせて頂きたいと思います。m(_ _)m 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月22日
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ここのところずっと体調が良くありません。胸は鉛を飲み込んだように重いし、身体は針金で縛られているような感じ。頭痛はするし、肩は重いバーベルを乗せているようです。出るのは溜め息ばかりですが、時々大声で叫びたくなったりもします。しょっちゅうイライラしていて、それが子どもたちに向いてしまうのが怖くて自分の部屋に閉じこもって寝ていることが多いです。おそらく原因のほとんどは、精神的なものやストレスだと思いますが・・・今、子どもたちは階下でチャップリンのビデオを観ながら大笑いしています。子どもたちの笑い声を聞いていると、少しは気が紛れます。さて・・・明日も仕事です。頑張らなくちゃ・・・ 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月21日
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昨日、障害児を持つ親の会の定例会があったので行ってきました。この定例会、月に一度あるんですが、実を言うと今回は休もうと思っていました。今はとにかく何をするにもしんどくて・・・でも、やはり行って良かったです。色々と情報を得ることができましたから。あとはそれを活かすことができるかどうかです。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月20日
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下校時に何かとトラブルが多いひいちゃん。学校にも時々報告しているので、担任の先生が途中まで一緒に帰って下さることがあります。(先生、いつもお世話になります。m(_ _)m )しかし、先生がついて下さっていると、トラブルを未然に防ぐことになります。それはそれでいいんですが、僕としては、”どういう状況で、何が原因でトラブルが起こるのか”を見たいんですね。で、時々ではありますが、ひいちゃんの下校時刻を見計らって様子を見に行くことがあります。先日のこと。物陰に隠れ、ひいちゃんがお友達と帰ってくるのを待っていました。すると、下校途中の高学年らしき女子児童が、僕の姿を見てUターンするではあ~りませんか。(こーゆー言い方、もう古いですか?)僕が立っていた所の後ろには団地があり、たぶんそこへ帰ろうとしていたんだと思いますが、あきらかに僕のことを避けていました。その時の僕のかっこうですが、ジーパンに黒いジャンパー。毛糸の帽子を深々とかぶっていました。(~ヘ~;)ウーン・・・確かにこれじゃ、”不審者”って疑われても仕方がないですよねぇ・・・”まずい!”って思って急いで場所を変えましたが、よけい疑われちゃったかな? 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月19日
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ほんのさっき(20時半ごろ)仕事から帰ってきました。今日はちょびっとしか子どもたちと話せませんでした。やはり寂しいです・・・ 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月18日
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『子どもより、先には死ねない・・・』障害児の保護者さんから、よくこういう言葉を聞きます。子どもより先に死ねない理由のひとつ。それは、”子どもを安心して社会に託せないから”・・・なぜ、社会に託せないんでしょう。これまでたくさんの保護者さんの声を聞いてきました。 ☆ 子どもの障害について相談がしたくて、その窓口と思われるところに行ったのに、職員等の不勉強や経験不足の為たらい回しにされ、結局はいまだに良くわからない・・・☆ 周りの人達どころか家族にさえ理解してもらえず、親の躾が悪い、育て方が問題だと批難され、結局は親(ほとんどが母親のほう)が一人で抱え込む場合が多い・・・☆ 軽度発達障害の場合、確かに障害があることがわかっていて、療育や通級教室が必要な場合もあり、必然的に仕事ができなかったり、融通のきく仕事を選んだりしなければならないのに療育手帳がおりず、経済的支援がないに等しい。(離れた学校に通級に行く場合、原則として保護者の付き添いが必要な場合があります)☆ 就学時健診が近づいてきたにも関わらず、自分の子どもにだけ案内が来ないので教育委員会に確認したら、親に何の相談も無く勝手に養護学校行きに決められていた。☆ 学校の担任が、障害のことを”知ってるつもり”☆ 学校と医療と行政のパイプがしっかり通っていない。☆ 公的な施設や講演会などで、”もっと声を上げてください”とか、”声がないと動けません”とか言われるが、障害があるのが子どもである場合や、知的障害がある場合、どうしても声を出すのはその”保護者”ということになる。しかし、はっきり言って親たちは疲れている。仕事に追われ、学校や地域の行事に参加することに追われ、家事や子育てに追われ、障害について勉強したり療育に行ったり、批難や中傷に耐えたり・・・障害児の親は肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱいだったりする。上げればまだまだあると思うんですが、これくらいで・・・あ・・・僕の意見も入っています。日本の福祉が今どんな状態で、今後どういう方向へ向かおうとしているのか、年間どれくらいの予算が組まれ、人材育成がされているのか、施設の充実を図ろうとしているのか、不勉強な僕には良くわかりません。(だったら勉強しろよって言われても仕方がありませんが・・・)でも、明らかに福祉先進国と言われている国より少なくとも十年以上(もっと?)は遅れていると思います。先日ある方から、「軽度発達障害への支援がある程度整うまでには、まだ半世紀は要するかも知れません」と言われ、愕然としました。昨日、ある新聞で軽度発達障害について報じていました。そこには太く大きく、「支援体制の構築急務」の文字が印刷されていました。文章中には「療育現場も必死だ」って書いてありましたが、急務だの必死だのって言いながら、なぜこうも空回りが多いんでしょう。また記事には、”文部科学省の調べでは、通常学級で知的に遅れはないが学習面や行動面で著しい困難を示すと担任が回答した児童生徒の割合は6,3%”と書いてありましたが、たぶんこの数字は、「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」からのものだと思うんですが、調査が実施されたのは2002年の2~3月。もう4年も前の数字です。今はこの数字も変化しているんじゃないかなぁと思います。日本の福祉って、まるで竹のようだと思うんです。竹って節がいっぱいあるでしょ?日本の障害者やその家族への支援って、その竹に似ていませんか? ”就学まで” ”小学校まで” ”中学まで”っていうふうに・・・その度毎にパイプ役という重責を担うのは、やはり”親”なんです。就職についてはどうでしょう。ほとんどが授産施設だったり、障害者を受け入れてくれる極々数少ない会社だったりして、障害者が本当にやりたい仕事に就けることなんて、本当に稀ではないですか?たとえ望んだ仕事に就けたとしても、健常者と一緒に仕事をしなければならない場合、少なからず摩擦が起きることもあるんじゃないでしょうか。ジョブコーチの数って足りているんですか?親なんだから子どもの面倒を見るのは当たり前・・・そうなのかもしれませんね。でも、子どもが成長するに連れ、起きてくる問題も次々と変わってきます。かと言って、親だっていつまでも元気でいられるわけではありません。自然の摂理として、親は子どもより先に死ななければなりません。僕がいつまで生きられるのかなんて、とうていわかるはずもありません。それは今日かもしれないし、何十年先かもわかんない・・・でも、もし死期を前もって知ることができるとしたら、その時に笑って死ねるような社会になっていて欲しいなぁと思っています。最後に僕の知人が言った言葉を書きます。この方には、知的障害の子どもさんがいます。 私はこの子より先には死ねない でも、我が子の死は経験したくない かと言って、一緒に死ぬこともできない 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月17日
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今日、ひいちゃんとふたりでお風呂に入った時のこと。ひいちゃんが突然歌を歌いながら、僕の背中を洗い始めました。 ♪ 背中をあらおう ごしごしごし こっちもあらおう ごしごしごし 温泉みたいに ごしごしごし 温泉行きたい ごしごしごし おんしょーこんじょー ごしごしごし ♪僕は今日、ほぼ一日入浴介助で人の身体を洗っていましたが、こうして息子に洗ってもらうってぇのもまたいいもんです。(=^_^=) それにしても、”おんしょーこんじょー”ってなんだろう・・・( ̄~ ̄;)ウーン・・・ちなみにこの歌のタイトルは、『歌おう、洗おう』だそうです。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月16日
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今、テレビで福祉関係の番組を放送していてもあまり見ない。ネットであれこれ障害に関する情報を探しまくることもしていない。読もうと思って買った本も読まずにいる。なぜなら、今はとにかく平静を維持するだけで精一杯だから・・・とにかく意味もなくイライラしてしまって、心がどんどんギザギザになっていくのを感じる。こんな自分が大嫌いだ。先日ある番組で、不治の病に侵され死を宣告された男性が、後に残すことになる妻や娘の為に、”自分の部屋はない”家を、ひとりで建てようとする話題を放送していた。再現ビデオではあったが、その男性が頑張る姿を見て涙が止まらなかった。 久し振りに、声をあげて泣いた・・・もっと生きたいのに、病気のために生きることができない人がいる。命を縮めながらも、家族の為に一生懸命になっている人がいる。それなのに、今の自分はいったい何だ・・・確かに心はしんどいかもしんないけど、身体は動く。お前は何をやってんだ?・・・とにかく自分が情けなかった。今日も、子どもたちについつらくあたってしまうことがあった。こんな父さんでごめん。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月15日
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今日、「光への手紙」を聴いて、感動してくださった方がいます。目の前で、急に涙ぐみはじめられたので、ちょっとびっくりしました。もしかしたら今日の日記を読んでくださっているかもしれないので、ここからも聴けるようにしておきます。 「光への手紙」スライドバージョンは→こちらをクリック コンサートビデオバージョンは→こちらをクリック再生には、Windows Media Playerが必要です。さて、昨日のこと。ひいちゃんが学校から”紙の切れ端”を大事そうに持って帰りました。大好きな女の子にもらったそうですよ。(#^_^#) 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月14日
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学校から持って帰った学級便りに、児童が自分自身で決めた3学期のめあてが載っていました。ひいちゃんが決めた3学期のめあてはこれ ↓ べんきょうや元気よくあそぶことと、 テストでいっぱい百点まん点をとったり、 いっぱいえがおでいたいです。読んで、とっても心があったかくなりました。 元気よくあそぶこと・・・ えがおでいること・・・これってとっても大切なことだと思うんです。学校というところは、集団の中で色んなことを学ぶ場であって、勉強”も”するところです。でも、僕はまず子どもにとって、”居て楽しい場所、自分がいる場を見つけられる場所”であって欲しいんです。色んな考え方があると思いますが、つらくて悲しい想いをしながら学校へ行くよりも、少しくらい勉強ができなくても、はじけるような笑顔で『行ってきます!』 『ただいまぁ!』が言えることのほうがいいと思うんです。勉強ができないから、学校そのものがつらくなっている場合もあります。発達障害を持つ子どもたちやその親、教師にとっての課題のひとつとも言えます。だからこそ、障害の特性や子どもたちひとりひとりに合った支援が必要なんです。本人の努力不足や親の躾が原因ではなく、”やり方がわからない”子どもも中にはいますし。そしてもうひとつはいじめの問題。障害児本人への影響はもちろんですが、きょうだい児の影響も考えていくべきです。元気よくあそぶこと・・・そしていっぱいの笑顔・・・とっても素敵で、とっても尊いことではないでしょうか。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月13日
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昨日の夕食時のこと。おかずはひいちゃんが大好きなハンバーグ。『ご飯だよ~』って呼んでも、なかなか来ないので、『早く来ないとハンバーグが縮んじゃうよ~』と言いました。と・・・ここでまたいたずらがピ~ン!とひらめいてしまいました。ひいちゃんのお皿にあるハンバーグを隠して、かわりに別のおかずの中に入っていた牛スジ肉とを入れ替えておきました。数十秒後、食卓に座って自分のお皿を見たとたん、『あ゛~~!!!』そう言ったまま、小さくなってしまったハンバーグ(実は牛スジだけど・・・)を見つめているひいちゃん・・・ちょっとかわいそうになったので、『うそうそ。ここにちゃんとあるよ』と言ってハンバーグを出すと、『なぁんだ。父さんが入れ替えたのかぁ』と、にこにこ笑顔に戻りました。ひいちゃんてば、どうやら本当にハンバーグが縮んじゃったと思ったようです。(まさか本気にするとは思わなかった・・・)純粋でだまされやすいひいちゃん。父さんは大好きだよ。(o⌒∇⌒o) 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月12日
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今日は何もせず、ぼんやりと過ごしました。ただ寝転んでいたり、海に行って波の音を聴きながら水平線を眺めたり・・・社会が悪いだの、人が悪いだのと言うつもりは全然ありません。でも、いつの間にか自分を正当化している自分が嫌いです。俺は十分頑張ってるじゃないか・・・時々、”そう思うこと”にしてきましたが、もうそろそろ限界です。頑張っているつもりだけでは家庭を守れません。今僕が怖いのは、”人を傷つけること”イライラして、いつもはしないような態度をとったり、言わないでもいいことを言ってしまったり・・・そんな自分が嫌いなんです。せめて子どもたちには優しい父親でありたい・・・今はただ静かにしていたいと思います。家族にはとても迷惑をかけていますが・・・ 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月11日
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昨日の日記は、今の僕の心の状態を正直に書きました。多くの方々からアドバイスを頂くことができてうれしいです。 rinshouさん hiroko65hmnさん ユニ育しようよ♪/重度脳障害児のママ/こがにさん Akiko0314さん 人力車/SHUNさん もちもちもっち!さん スナイパーSさん 穂高彰秀さん 佐賀のおばさんさん cap19620さん 暴れ黒さん だいちゃんママさん けいこださん すみれちゃん♪さん皆さんからのコメントを、何度も読ませて頂きました。まとめてで本当に失礼だとは思いますが、ありがとうございました。感謝します。僕が今願っているのは、”穏やかな自分になりたい”っていうことです。何人かの方が書いてくださったように、しっかりと休みたいとも思っていますが、身体を休めることはできても、精神(こころ)を休めることが出来ないのです。だから、何もしないでいることにさえエネルギーを使っている感じです。僕も本当は、”ぼちぼち”やっていきたいんです。でも今はそれができないほど追いつめられています。決して怠けようというわけではないんですが、体が動かない時もあって・・・とにもかくにも、もう少し時間がかかりそうです。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月10日
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しんどい・・・心が重くて耐えられない。うまくいくことがひとつもないような気がして、むなしい。実際、去年も一昨年も、”あと少し”というところで実現しなかったことだらけで、とにかくがっかりすることがやたら多かった。年が明けても、一筋の光も僕には見えない。周りの人はたぶんこう言うだろう。子どもたちがいるじゃないか確かに子どもたちは僕にとって喜びであり宝でもある。でも、こんな父親であることが申し訳ない。何もできない父親でも、彼らにとっては父親。子どもたちは僕のことを好きだと言ってくれる。だからこそつらい・・・時々、『○○さん、頑張っていますね』なんて言われる。それに対して、『いえいえ、できることをやっているだけですよ』なんて笑いながら偽善者ぶって答えている僕がいる。頑張ってなんかいない。何かをすることで、少しは父親らしくありたいと思っているだけだ。4月からは、またあらたな踏み出しをしなければならない。でも、あるのは焦りだけで、不安が募るばかり。『そんなのは甘えているだけだ』そう言われても仕方がない。”今、できることを、できる時に、できるだけ・・・”今までそのスタンスでしてきたし、これからもそのつもりだ。しかし、何一つ改善に向かっていないような気がして苦しい。しゃべるとつい言ってはいけないことを言ってしまいそうで、黙ることが多くなった。子どもたちといると、ついあたってしまいそうで、自分の部屋にこもることが多くなった。こんな時はきっと、何もかも忘れて休んだ方がいいのだろう。しかし、僕は、”休んでいる自分”が許せない。いったいお前は何をやっているんだそんな言葉が僕を責める。僕は無力・・・こんな父親ならいっそ死んで、保険金でも残してやったほうがいいんじゃないか・・・本気でそう思ったこともある。しかし、無力で、頼りなくて、勇気がなくて、優しくない父親でも、たぶん子どもたちには必要なのだろう。だから死ねない発達障害児への理解はまだまだされておらず、支援体制も整っていない。光も学年が上がるにつれ、今後様々な問題が起こってくるだろう。だから死ねない死ねないことがしんどい。つらい中にも喜びはあるものだ。でも、今の僕にはそれを見出すゆとりもない。光の笑顔は素晴らしい。ずっと見ていたいと思う。この笑顔を曇らせたくない。守りたい。でも、父親として、頑張り方も休み方もわからなくなってしまった。今はただ、子どもたちの父であることがしんどい。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月09日
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今日のひいちゃん、とにかくいっぱいしゃべって、いっぱい笑っていました。今も階下で笑い声がしています。もうそろそろ寝て欲しいんだけどなぁ・・・(=^_^=) 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月08日
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ラジオのニュースで聴いたんですが、今年養護学校を卒業予定の生徒を対象に、社会生活や就労をしていく上で、今後どんな問題が起こってくるのかを実例を紹介しながらの講演会が開かれたそうです。これは今年、「障害者自立支援法」が施行されることを前にして行われたようですが、今後こういった講演会や研修会などは増えていくと思いますし、障害のある方々への関心の輪が広がっていくことはとてもいいことだと思います。(障害者自立支援法がいいかどうかは別として) で・・・ す・・・ が・・・どうしても腑に落ちないことがあります。身体障害や知的障害など、”見てわかりやすい障害”は、就労問題について支援されることは割と多いように思うんですが、ADHDやLD、高機能自閉症やアスペルガー症候群などの、”見ただけではわかりにくい障害”は、まだまだその支援の必要性さえも真剣に考えてもらえない状況下にあるように思うんです。自閉症やダウン症の青年たちが、周りから色々な支援を受けながら働いている姿をTVの福祉番組で見たことがあります。時には、ジョブコーチと呼ばれる人が登場したりしながら、どういった工夫や対処をしていけば、障害のある人がより仕事をしやすくなるのかを説明したりしていました。しかし同じように、「軽度発達障害を抱えている人達にも支援は必要」なんです。ただ、”見ただけではわかりにくい障害”である為に、周りから理解されることが難しい・・・軽度発達障害者にとっては難しいことが、いわゆる”健常者”から見れば、「なんでこんなことができないの?」って思えるようなことがけっこうあるからなんですね。例えば電話で相手の話をメモすること。”メモを取る”って言うと簡単そうですが、実はけっこう高度な作業とも言えるのです。だって目には見えず、すぐに消えていってしまう音としての言葉の中から重要な部分(時間、場所、数など)を即座に選びながら、同時に紙に書き写すってことをしなければならないのですから。しかし軽度発達障害を持つ人の中には、あることにおいてはとても秀でた才能を持っている人もいます。ひらめきであったり・・・行動力であったり・・・集中力であったり・・・そういった人たちの特徴を知り、うまく引き出せるような人を職場に送ってサポートをしていくことは、発達障害者にとっても職場にとってもいいことだと思うんですがどうでしょう。僕の妻はADHDです。今はそれなりに仕事ができているようですが、就職した当初はやはり大変なことも多かったようです。本人の口から説明するだけではなかなか理解してもらえないし、本人の頑張りだけではどうにもならないことだって多いんです。しかし、彼女には彼女特有の必殺技だってあるんです。それを仕事に活かすことができたら、もっとお互いにとってプラスになっていくと思うのですが・・・また、去年4月に施行された「発達障害者支援法」には、こう明記してあります。(就労の支援)第十条 都道府県は、発達障害者の就労を支援するため必要な体制の整備に努めるとともに、公共職業安定所、地域障害者職業センター(障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和三十五年法律第百二十三号)第十九条第一項第三号の地域障害者職業センターをいう。)、障害者就業・生活支援センター(同法第三十三条の指定を受けた者をいう。)、社会福祉協議会、教育委員会その他の関係機関及び民間団体相互の連携を確保しつつ、発達障害者の特性に応じた適切な就労の機会の確保に努めなければならない。この法律が施行されて早や8ヶ月。僕には何か大きな動きがあったようには思えません。発達障害者が働きやすい場と機会があることは、本人にとってはもちろんのこと、社会全体にとっても有意義なことだと思うんだけどなぁ・・・ 記帳はひいちゃんパパ 『ひいちゃんから新年のごあいさつ』 ビットレートは476kbps。 時間は約32秒。 (音素材は、WEB WAVE LIB 様からお借りしました。)より多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月07日
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今朝7時前、あまり雪は積もっていなかったので、楽勝で職場に行けると思っていたんですが、いざ駐車場から道路へ出てみてびっくり。しっかり凍結しておりました。まだまだ寒い日が続きます。皆さんも車の運転や健康には十分注意してくださいね。 記帳はひいちゃんパパ 『ひいちゃんから新年のごあいさつ』 ビットレートは476kbps。 時間は約32秒。 (音素材は、WEB WAVE LIB 様からお借りしました。)より多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月06日
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最近はあまりしませんが、以前は寝る前に、よく子どもたちに創作話(大ぼら昔話?)をしたものです。その中から今日はいくつかを紹介しますね。常連様の中には、『もう読んだよ』っていう方もおられると思いますが、もう一度お付き合いください。(=^_^=) 桃太郎シリーズ その 昔昔、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが洗濯をしていると川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。おばあさんがその桃を持って帰って、おじいさんと食べようと包丁でまっぷたつに切ると、なんと!それはあああ!!!・・ただの桃でした・・おかげで鬼達は退治されないですみましたとさ。 おわりその 芝刈りに行っていたおじいさんを待って、さっそくその桃を割ってみると、なんとそこにはかわいい男の赤ちゃんがいました。おじいさんが言いました。「おお、なんてかわいい赤ちゃんだ。名前をつけなければ・・・そうだ!桃から生まれたから、柿太郎にしよう」それを聞いた赤ちゃんは「なんでやねん!桃から生まれたんやから当然桃太郎やろ!!」と、怒って言いました。おばあさんが言いました。「それじゃ、桃から生まれた栗太郎っていうのはどう?」「こら!なにぬかしとんねん!桃太郎やっゆうてるやろ!」おじいさん 「じゃ、梨太郎」赤ちゃん 「桃太郎!」おばあさん 「スイカ太郎は?」赤ちゃん 「桃太郎やて!!」おじいさん「 それじゃ、間をとってりんご太郎はどうじゃ」赤ちゃん 「どこが‘間‘じゃ!!!」・・・・・・以下同じようなやりとりが延々つづく・・・赤ちゃん(半分泣きながら) 「なんで桃太郎じゃあかんの?」おじいさんとおばあさん 「だって二人とも桃、嫌いなんだもん・・」赤ちゃん 「だったら拾うなあ!!!」 ちゃん ちゃん! おしまいその 芝刈りをすませたおじいさんは、ついでに竹を切って帰ることにしました。竹やぶの奥のほうへ入っていくと、一本の竹がキラキラと輝いていました。おじいさんが不思議に思いながらもエイヤっとその竹を切ると、なんと!!その中には女の赤ちゃんがいました。そしてその赤ちゃんは「わたしのなまえは、あんちゃんだよ」と言いました。しかし、おじいさんが切った位置が少し下すぎたので、あんちゃんの頭の毛がすこしだけ、切れてしまいました。危なかったですねぇ・・・さて、家に帰ってみるとおばあさんが大きな桃を拾って帰っていました。割ってみると中にかわいい男の子がいました。その子は「ぼくのなまえは、ひいちゃん!」と元気にいいました。二人はおじいさんとおばあさんに大切にそだてられ、すくすくと大きく・・・・・・ならずに、なぜかどんどん小さくなっていきました。そして親指ほどの大きさになりました。そのころ、京の都では鬼があばれまわり、ひとびとを困らせていました。そのうわさはやがて、ひいちゃん達がいる村までとどきました。ある日、ひいちゃんが言いました。「おじいさん、おばあさん。ぼくたちを京の都へ行かせてください。鬼をたいじして、困っているひとたちを助けたいのです」おじいさんとおばあさんはとてもおどろきましたが、ふたりの決心がかたいのをみて、ひいちゃんには針の刀を、あんちゃんにはきびだんごをくれました。そして、「京の都は遠い・・・これにのっていきなさい」とお椀の舟を用意してくれました。さあ!旅立ちです!いつかおばあさんが桃を拾った川につくと、ふたりはお椀の舟に乗り込みました。「おじいさん!おばあさん!さようなら!」川の流れはけっこうはやくて、おじいさんとおばあさんの姿はどんどん小さくなっていきました。でも・・ちょっとまってください・・・みんなは重大なことをわすれていました。京の都は川上のはずです。お椀の舟は流されて流されてとうとう海へでてしまいました。はたしてふたりはぶじ、京の都につけるのか!! つづく・・・(注:いつの日か)面白かったぁという方は、
2006年01月05日
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ひいちゃんが書く文章は、とにかくユニークで面白い。♪今日は、どくしょノートに書いた感想文の中からひとつ、紹介しますね。(=^_^=) 「夜に口ぶえふいたなら」 ふざけて夜に口ぶえふいたなら、いけませんよ。 どろぼうが来ますから。 どろぼうねこが来たよ。 その名前は、ネコマサ。 ネコマサがもって来たものとはーーーーー、 かんづめとー、(青) かんづめとーー、(だいだい) そしてーーー、 3色のあじのくしだんごですーーーー。 ネコマサとくしだんご食べたーーーーーい!楽しそうに書いてる風景、想像できるでしょ?僕は、”これがひいちゃんらしさ”だと思っています。(o⌒∇⌒o) 記帳はひいちゃんパパ 『ひいちゃんから新年のごあいさつ』 ビットレートは476kbps。 時間は約32秒。 (音素材は、WEB WAVE LIB 様からお借りしました。)より多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月04日
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今日は子どもたちを連れて、チャイママの実家へ行ってきました。我が家では普段食べられない(お正月でも・・・)ごちそうを、いっぱい頂きました。子どもたちもお年玉をもらって大喜びでしたよ。おとうさん、おかあさん、ありがとうございました。 記帳はひいちゃんパパ 『ひいちゃんから新年のごあいさつ』 ビットレートは476kbps。 時間は約32秒。 (音素材は、WEB WAVE LIB 様からお借りしました。)より多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月03日
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お正月二日めですね。皆さんはどんなふうに過ごしておられますか?ひいちゃんから皆さんに、ビデオでのメッセージがあります。見てくださる方は、『ひいちゃんから新年のごあいさつ』 ← をクリックしてください。NGもありますよ。(=^_^=) ビットレートは476kbps。時間は約32秒です。音素材は、WEB WAVE LIB 様からお借りしました。さて・・・僕は今日から通常の出勤。今から行って来ます。 記帳はひいちゃんパパより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月02日
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皆さん、あけましておめでとうございます! 今年も皆さんから力を頂きながら前進して行きたいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。ひいちゃんファミリー一同よりより多くの方に発達障害を知って頂くために、
2006年01月01日
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