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居間から家族がいなくならない・・・。家族の目を盗んでこれだけ書きたかった。みなさん、よいお年を。うっきっき~。あと三時間ほどで立派な年女になります。@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@チャンス!マミーが風呂入って、いま居間には誰もいなし。そこまでして日記書くか。書くさ。今日は半年振りに小学校時代からの友人と会った。彼女とはなぜか長期休み事には必ず会うようにしてる。そして前回会ったときからそれまでの出来事などの報告を互いにしてる。彼女はとても言葉が優しい。だから何かと自信をつけさせてもらうことが多いんだけど。今日も彼女の車で近くのファミレスまで行った。すると、先日一緒に温泉に行った高校時代の陸上部のブチョーが一人で勉強しながらコーヒーを飲んでいた。実はこのブチョーと友人と私を含めた三人。小学校、中学校時代陸上部を共にした仲。これでも私、昔はすごく足が速かったんです。ブチョーにかけっこ、勝った事もあった。うふ。途中からブチョーも加わり、三人でお茶をする。こうなると、普通昔話とかに花が咲くんだろうけど、なぜかそんなことはなく。わりと先の話や現在の話をすることがおおかった。新年会をやれたらいいね、といってしめくくる。友人に家まで送ってもらうとちょうど「ドラえもんスペシャル」が始まっていた。もう。さいっこー・・・。泣きに泣いた。ドラえもんーーーーん!!なんて心温まる、優しい話なの!?私約束する!絶対いつまでもいい子でいる!ドラえもん、いつまでも忘れない!君とのび太の友情を忘れない!しかも「のび太の結婚前夜」に出てきた大人ののび太は、とっても心やさしいすてきな青年になってた。しずかちゃんのお父さんが、「君が彼を選んだことは正しいと思うよ」みたいなことを言っている姿に感動。「彼は人の幸せを願える、人の悲しみに泣ける、優しい青年だ。君をきっと幸せにしてくれるよ」という言葉に、しずかちゃんと私の心はピタリをリンクし、共に泣いた。しずかパパ・・・・。初めて見たけどナイス・ミドル。2003年最後に、本当にいいもの見せてもらった。心の洗濯をした感じ。とってもとっても優しい「おしゃれ着洗い」で。話の構成自体がとってもやさしいんです。FFさん。あなたは、「私の身近に生きている人を抜かして、生まれてきてくれてありがとう人物」TOP10に入ります。ありがとう。「ドラえもん」は、私の永遠の心のバイボー(バイブル)です。たとえ10年後になっても、「しょせんマンガだから」と言っている大人になんかなっていたくない。それって痛くない?痛いよ。しゃーわせ。私もしずかちゃんになろー。
2003.12.31
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家の大掃除につきあわされる。家族四人で黙々と掃除。父 → 外から窓洗い母 → 三人の司令官+小間使い兄 → 風呂場磨き 私 → 台所磨き途中で、休憩のお茶。その時になぜか兄と私の大学時代の学費+生活費を計算してたんだけど。およそ、一人あたま1000万円!!!ひ~~~~~~~っ!!二人合わせて2000万円!!うぎゃ~~~~~っ!恐ろしい金額がはじき出されました。教育学部生なのに6年生までやった兄と、東京の私立に通う私。金食い虫です、ほんと。大掃除後半からは、少しでもそれにむくいようと「1000万、1000万」と、二人で掃除にはげみました。その間の休憩の時に、父「そういえばお前に小包みが届いていたぞ」と言う。その小包みを見てみると、差出人はなんと店長だった。私「店長からだ。何だろう?」母「なんで店長があんたに小包送るん」兄「やったー!ふぐだ!フォアグラだ!冷蔵庫にいれろっ!」小包を開けてみると、中から出てきたのは本だった。私が東京の家の近所の図書館で借りた本。それをうっかりバイト先のお店に忘れてきたんだけど。店長がそれをわざわざ小包で送ってきてくれたのだ。確かに、店長に「実家で読もうと思って借りた本をお店に忘れてきてしまいました」とメールはしたけど。ちゃんと「新年まで邪魔で申し訳ないのですが、預かっていてください」と頼んでいたのだ。それをわざわざ送ってくれるなんて・・・。そんなに邪魔だった?なんて。感謝感謝です。母「いい店長じゃないの。ちゃんとお土産買っていきなさいよ」の言葉どおりに、本当にお土産買っていかなきゃ。その前に、食べ物だと喜んだマオフイ家を恥じなければ。今、ようやく家族が出払ったので、気兼ねなく日記書いてます。私も夕方からお出かけ。高校時代の友人達とひさびさに会うのですが。こういう日に限って、「今日の夕飯は寿司にするか」とか言い出す、父と兄。私「ちょっと、せっかく帰ってきた人に、そういう予定って合わすんじゃないの?」兄「バカ言え。こういう満場一致のときにいない奴が悪いんだ。しかも値段を考えないでバカバカ食べない奴がいれば、それだけ支払いが浮くんだ」と、むかつく答え。でも、友人達と会う約束を放って、寿司食べ行くわけにも行かないので、ここは私が引くことに。どうせ廻る所らしいし、折り詰めを持って帰ってきてもらうことを母と約束した。せっかく実家帰ってきたのに、兄は社会人なのに、私はもう三ヶ月もすれば社会人なのに、喧嘩する内容が10年前からそんな進歩してないような気がする。せめて、兄「ばかっ、お前。その株に手を出すな!」私「何言ってるの。今こんな状態だから、為替相場がほにゃららで、必然的にほにゃららがほにゃって、結果的に儲かるに決まってるじゃない」兄「あほ。ナントカ総研の報告書ではナントカしてるが、あれはデマだ。お前が株に手を出すなんて、1万年早いんだよっ」とか言う、次元の高い喧嘩がしたかったです。絶対あと20年経ってもムリ。@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@高校時代の友人達との飲み会。女六人でわいわいした。待ち合わせは集まりやすい新潟駅だったんだけど。この新潟駅。よく長期休みごとの飲み会とかの待ち合わせに使われるんだけど。必ず誰かにばったり会う。お盆や年末年始、実家に帰ってきている人は多くて、自然と同時期に飲み会が重なる。そして待ち合わせに新潟駅が多く使われるので、ばったり知っている顔にあってしまうことが多いのだ。今回は、高校時代の陸上部の、一個下の学年の人たちにあった。「おおお!ひさしぶり!」「あ!マオフイ先輩!」びっくりした。卒業以来会ってない子とかに会った。すっかりみんな大人になっちゃってびっくり。「これから同期で飲み会なんですよ」と言っていた。思わず一緒について行きたくなったけど。こっちはこっちで飲み会があったし(笑)。また会えることを願って、別れた。新潟駅マジック。毎年意外な人に会わせられるけど、今回が一番びっくりしたかも。
2003.12.30
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7時に起きる。そして、前もって予約していた家族用の温泉に入りに行く。なんでもあの「TVチャンピオン」の大工選手権で、優勝作品になったお風呂が私たちが泊まっていた旅館にあると言うのだ。それを女3人で入りにいく。一回旅館を出てから、その小さい小屋みたいなところに入りに行くんだけど。寒いから、急いで移動して、急いで入った。・・・ら、熱ーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!低温やけどしそうなくらい熱い。水をいっぱいうめて、ようやく入れるようになった。確かに内装、少し変わってた。船のような囲炉裏のような・・・。よくわからない?私たちもよくわからなかった。外にはまたも海が見えたんだけど、どうもガラスが曇っていてあんまりよく見えない。せめて、このガラスがもっとクリアだったらよかったのに。一温まりして、温泉を上がってまた旅館に戻ろうとしていると。その小屋の出入り口のところに張り紙がしてあった。なんと、そのそこの湯船は、「動く湯船」らしい。何かの仕掛けで、動くのだそうだ。知らなかったよーー。しかも、さらに張り紙には、その「窓の開け方」まで書いてある。どうやら私たちと海をさえぎっていた曇り窓ガラスは、ちゃんと開放できるらしい。あまりの寒さに、「寒い寒い」とよく張り紙を読みもせず湯船に向かったのが悪かったらしい。急がばまわれ。昔の人はよく言ったのものです。せっかくのチャンピオン風呂、いかしきれなかった。今後の反省材料がもう一つできた。帰りの電車も鈍行だったのだけれど、だれも一言も口を交わさずグー。温泉旅行に行ったのに、疲労感倍増。みんなぐったりしてた。飲みすぎです、明らかに。でもいい思い出ができました。社会人になっても会えるといいんだけど。でも北は仙台、南は広島(しかも今度は遠い海の上の人になってしまうらしい)とバラバラだから難しいかも。また再会できる日まで。みんな達者であれ。
2003.12.29
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久々の再会をしました。高校時代の陸上部のメンバーと、一泊温泉旅行に行ってきました。男4人、女3人。本当はもう2人同じ学年にいるんだけど、今回は都合が合わないということで不参加。このメンツでどこかに出かける、それどころか会うっていうのも本当に久し振りだった。ずっと行方不明になっている人をようやく探し出して。一つの卒業旅行かな。もうそのメンツの中では二人がすでに社会人なんだけど。後は院生と、来年就職する組と、来年院生になる組。たぶん来年からは忙しくてゆっくり会うこともかなわなくなるので、これがもしかしたら最後のチャンスになるかもしれない。陸上部の同学年のメンバーだけでどこかに旅行するのは、高校の修学旅行以来。あのときの自由行動はこのメンバーで京都を巡ったことが、懐かしく思い出さされる。行ってきたのは、新潟の瀬波温泉。日本海側に沿ったところにあるので、夕日を見ながら入るっていうのが売りらしい。しかし私たちは、15時くらいに集まって、ゆっくりゆっくり鈍行で行ったから、夕日は電車の中から拝みました。旅館に着いたら、もはや真っ暗。着いてから少し後悔。やっぱり売りになるものはちゃんと買っておくべきだったのかな?夕日見ながら温泉に入りたかった。その後、夕飯を食べて、温泉に入る。温泉から見える海は真っ暗で、白い並がザプンザプンしているのが見えるだけ。やはりここから見たら、夕日さぞかしきれいなんだろうな。温泉から上がってから、本日のメインイベント。飲み。旅館の人に前もって、「持ち込みはOKなんですか?」と聞いていたら、「あんまりおおっぴらには困るんですけど」といわれていたので、こっそりたっぷり買い込んだお酒とおつまみを持ち込んだ。ビール、サワー、焼酎、日本酒。よく飲みました、食べました、しゃべりました。私もかなり酔っ払っていた。サワー、日本酒まではわりと平気だっただけど、焼酎を飲み始めたらグルグルまわって。途中からの言動には責任もてません。なんか知らないけど、オッティーの話とか熱弁してたし。気がついたら人の携帯で、自分の写真取ってたし。「私、結婚式のベールだけはもうデザイン決めているの!」と言ったことは覚えている。しかしへべれけになった私を写真に撮ろうと、「撮っていい?」と聞いてきた友人に対して、「撮っていいよ。そのできた写真を見て今後の反省材料にするから」と言ったことまでは覚えてない。後からその話を友人から聞いて、「酔ってるくせに、ヤバイと自分で気づいているだけ誉めてあげよう」と思った。でも、さすがに今まで何度となく死線の上を歩いてきただけはある。途中から無意識に、ガボガボ水を飲み始めた。多分2リットルは飲んだと思う。その甲斐あってか、途中から理性を取り戻した。気がつくと、7人中3人がつぶれて寝ている。残りの4人でサドンデス。大量に買ってきたお酒も、残るところあと焼酎のビンに半分になっていた。それを空けるために、あのバッハ先生をも殺したというゲームをやって、罰ゲームでその焼酎を飲んでいくことに。男2人 対 女2人。誰一人として、余裕のあるものはいなかった。みんな飲みたくないから必死。ゲームはどんどん進んでいくんだけど。その様子はまるで地獄絵図のよう。ラッキーなことに、負けるのは男性陣のほうで。トイレと部屋を往復しながら飲んでいた。トイレから「おえ~~~~~~」と断末魔の叫びが聞こえる。そして、戻ってきてから何でもない顔して、「○○から始まるリズムに合わせて♪」とゲーム再開。そのときは必死だったし楽しかったからそうは思わなかったんだけど、今になって冷静に思えば、わざわざ久し振りに会って、遠いところまで来てるんだから、何もそんな体育会系な飲みをしなくてもよかったのでは、と思う。本当に今になってはだけど。その日は4時半まで飲みつづけ、ゲームを行っていた一人の「ギブアップ宣言」を汲み取り、解散となったのでありました。
2003.12.28
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グワッと朝日を浴びて目を覚ました。午前8時、新幹線の中。新潟に到着しました。結句昨夜はあのまま起きて荷造りをして、朝の5時に東京の自宅を出た。新幹線に乗るべく、東京駅へ目指す。こんなに朝早いのにもかかわらず、けっこう人が電車に乗ってる。しかも、なぜか上りより下りのほうが人がいっぱい乗ってるくさい。なんでだろう?みんなオール明け?さすが眠らない街東京。電車の中のみなさんはほとんど眠っていたけど。うつらうつら電車に乗っていたんだけど、ときどき目を覚ましては駅を確認していた。東京駅の一個手前の駅、神田駅までは記憶はあった。「着きましたよ」と、ぽんぽんと見知らぬおじさんに肩を叩かれて目を覚ました。どうやらいつのまにか爆睡していたらしい。ハッと起きた瞬間に「ありがとうございます!」と叫んでいたけど、叫んでからようやく状況を把握した。東京駅に着いたんだ。私これから新潟に帰るんだ。ここで目を覚まさなかったら、リターン トゥー マイホームだったんだ。起こしてくれたおじさんに感謝した。電車の中には私と同じように眠りこけて、でも誰にも起こしてもらえない哀れなおじさんたちが何人かいた。かわいそうに。もといた場所に、強制送還されます、彼らは。それから新幹線の自由席のキップを買って、おにぎりとみそ汁を買って、新幹線に乗り込む。やはり始発の新幹線に乗ったせいか、まだ空席に余裕があった。窓際の席を確保して、おにぎりを食べて、心安らかにグー。そして朝の8時に新潟に到着した。またも眠りこけてたんだけど、朝の直射日光を浴びて目を覚ますことができました。新潟駅に着いて、在来線に乗り換えて実家の最寄駅まで行くんだけど。とりあえず実家に電話する。実は私その時点まで、家族の誰にもこの時間帯に帰ってくること伝えていなかった。この日、母は温泉旅行で出かけているというので、父か兄が出てくれるといいんだけど。電話をすると、父が出た。父「はい、もしもし」私「もしもし、フイ」父「どちらのフイさんですか」私「(むかっ)・・・お宅の娘のフイです」父「ああ、フイか。ほら、最近オレオレ詐欺が流行ってるから」フイフイ詐欺があるってか。私「いま新潟駅に着いたんだけど」父「なんだ!?もう着いたのかっ」私「そう。それで9時くらいに○○駅(←最寄駅)に着くから、迎え来てよ」父「9時か。んじゃあ覚えていたらな」私「ちゃんと覚えておいてよ。じゃあね」朝っぱらからかましてくれます。電車の時間があったので、立ち食い蕎麦屋でうどんを食べる。「よく食うな~」と思われる方もいらっしゃるかもだけど、旅をするとおなかが減るのす。在来線に乗って最寄駅まで行くと、ちゃんと父が車で迎えに来てた。前一回歩いて迎えに来たことがあったからね(←2003年1月4日「新潟雪模様」参照)。少しホッ。父「朝飯は食ったのか」私「駅で立ち食いうどん食べた」父「なんだー、せっかくおいしいおじや作ってやったのに」実は私はおじやに本当に目がない。多分好きな料理の5本指に入る。うちの母親、そんなに料理はうまくないんだけど、母のおじやだけは本当に好きだった。どうやら父が今回は作ってくれたらしい。せっかくの好意を無駄にしてはならない。私「ああ、大丈夫大丈夫。少し入る余裕あるから食べるよ」なつかしの我が家に着くと、おじやが待っていた。できたてのホヤホヤ。きっと私の電話があってから、作ってくれたのだろう。ちょっとジーーン。ありがたくおじやを頂きました。うーーん、うみゃ~い。それから母親の布団を敷いて、グー。私の部屋も寝具も準備されていない。しっかし、最近の父と母の寝具は進化を遂げてきている。だんだんリッチ感がましてきた。すごい肌触りのいい毛布に、羽毛布団。枕は変な形の、俗に言う「「体にフィットする枕(?)」だし。ああ-、いい夢見れそう。グー。変な夢を見た。一生懸命ミートソースの作り方を教わる夢。しかもけんちゃんに。けんちゃんは本当に変わった人で(←2003年4月27日「師匠との再会」参照)、とっても物事にこだわる人。けんちゃんは兄と同い年なので、もう社会人3年目なのだけれど、大学時代は地方の国立大学に通ってて、一人暮らしをしていた。そのころ私は高校生で、なんどかおばちゃんの家からけんちゃんに電話かけていたのだけど、ある日通話口に出たけんちゃんは、「あ、ちょっと待ってて。いまヒラメのムニエル焼いているところだから」と言って、しばらく私を待たせた。一人暮らしで、しかも誰かが家に来ているというわけではなく、自分ひとりのためにムニエル作っちゃうんだ。けんちゃんは結局大学生活の四年間、コンビニ等のお弁当は一切食べなかったと言う。一人暮らしなのに、養鶏場で卵を買い、老舗のパン屋の常連になる。そういえば新潟にいるときからその片鱗は見えていた。ココアを粉から、じっくりじっくり練って作るのが好きな人でした。ご相伴にあずかっていた私。そんなけんちゃんに、たしかにミートソースの作り方を教わったことがある。レシピにして。でも作ったこと一回もなかった・・・。それがこの間のイブの一件で、夢の中で思い出されたのかも。そんなにお料理の腕、負けていたのが悔しかったか私・・・。夢の中で、「ここでにんにく入れて。違う!たまねぎはまだだっ!」って怒られていました。今、家に誰もいなくて、今がチャンスとばかりに日記を書いていたんだけど。父が途中で帰ってきた。パソコン居間にあるから、日記なんか書いていたらすぐばれちゃうし。そこで違うサイトを見ているフリ。これから一週間ばかりのテレビの映画情報を見てみた。私がチェックしたもの。まず大晦日の「ドラえもんスペシャル」。「のび太の結婚前夜」だって。絶対見なきゃ。それから。新年に「パンダ・コパンダ」やってる!絶対見なきゃ!宮崎駿の初期アニメ。以前見て、涙した。たぶん普通の人は涙しないと思うけど。あの時病んでたからな~。あまりの平和な世界に、思わず涙がこぼれた。ただ「パンダ・コパンダ」」は新潟だけの放送らしいです。「パンダ・コパンダ」推奨人の私としては、少し残念・・・。ってか、東京新年にガンダムの劇場版やってる~~!がーーん。ビデオ予約してくればよかった。実は私の小さな夢。ガンダムを全作品見ること。中学時代から公表している夢です、これは。でもまだ2シリーズしか見てない。夢を完遂するには、まだまだ遠いわ・・・。社会人になったら時間がなくなりそうだし、やるとしたら大学時代の今しかない。一気にレンタルして、死んだように家にこもってみようかなー。父がいなくなったので日記を再開。どうやら飲み会らしいです。ああ、今日のお夕飯なんだろうなー。楽しみ。母親の手料理を楽しみになるようになるとは、想像だにしなかった。むにむに、実家生活を楽しみます。ところで今、新潟吹雪いています。さすが新潟。
2003.12.27
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明日新潟の実家に帰ります。だから今日はバイト、仕事納め。本日のバイトで、東京での今年度の予定が全て終了します。でもその前にいろいろやることが。郵便局に行って、お金を下ろして、振込みをして。ゴミを捨てて、ずっと延滞していた本を、近所の公立の図書館に返して、また本を借りる。それからバイトへ。やはり金曜日。けっこうな混みようでした。お客も仕事納めの夜なのか、けっこう飲んでいる人も多くて。その中の一人のお客さんが、すっごい酔って、かなりの千鳥足で帰っていく。うちのお店は地下一階にあって、帰るためにはお店を出たあと階段を上って地上に出なければならないのだけれど・・・。そのお客さんを見送って数秒たった後。ゴロゴロ・・ドッシーーン!と、そのお客さんが転げ落ちてきた。お店のが扉がガラス張りだから、その様子がよく見えた。びっくりして店長と、そのお客さんと一緒に飲んでいたお客さんたちが駆け寄る。どうやら頭を打ったかして、気を失っているらしい。しかも、店長から後で聞いた話なのだが、気を失っている時その人は「グーグー」といびきをかいていたらしい。それって、かなりやばい状況なんじゃ・・・。とりあえず店長が救急車を呼んだ。その人、ほんとはそっとしておかなきゃいけないのに、一緒に飲んでいたお客さんも相当酔っぱらっていたらしく、気を失っているその人をユッサユッサ揺らして、「ほらっ!帰るぞ!」とか言ってる。それって、かなり危険な行為なんじゃ・・。救急車くる前に、その人は気がついて、帰ろうとする。でも、階段から落ちたことを覚えていなくて、なんか言動もおかしい。やばい。これはかなりやばい。救急車が到着して、救急隊が来てもなんだかモメている様子。なんでも、「大丈夫だから」と言って、救急車に乗るのを拒んでいるようだ。素直に救急車乗りなよー。頭打ったんだからさー。あの人が果たして無事だったのが、今年最後の心残り(?)。終電ギリギリでバイトあがる。店長と調理長にも、「よいお年を」とあいさつをして。みなさん、飲みすぎには気をつけてください。これからまだ忘年会や新年会があるんだろうし。二日酔いや、飲みすぎの急性アルコール中毒も怖いけど、階段から落ちるとか交通事故に遭うとかの、事故もすごく怖い。今回の一件で学びました。でも。人に注意するより、誰よりも自分があぶないな、と。きっとみなさんもそう思っているかな、と。気をつけます。一つ迷いごとが。実は、今日はこのまま家でオールして、朝一の新幹線で帰ろうと思っていたんだけど。うっかり、バイト先のお店に、せっかく借りた図書館の本を忘れてきてしまった。あれがないと、本にまみれた実家での充実生活が、なくなってしまう。実家に帰ると、すっごい本を読む。東京の何倍も。きっと時間がいっぱいあるからなんだろうけど。だからお店がオープンする頃に取り入って、それから新幹線に乗って帰るか。でもそうすると、新幹線が混んで席にすわれないかもしれない・・・。でもだからといって、本を持って帰らないのもつらい・・・。悩みどころです。でもきっとこんな時間に起きてるってことは(現在3:54)、たぶん最初の予定通り行くんだろうな。それでは、新潟から日記書けたら、またこちらで。もし書けないような状況だったら、みなさんよいお年を。
2003.12.26
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バイトが一緒で大学でも後輩に当たるAちゃんをはじめ、知り合いが何人か出るライブに行ってきた。同大学内のサークルなだけあって、お客の中にも見知った顔がけっこういた。音楽を文字で表現するって言うのはすごく難しいので、ここではあまり書かないけど、Aちゃんパワフルでおもしろくてかわいくて、そして感動した。一番最初にAちゃんの歌い出しがあったんだけど、それだけで涙が出そうになった。この間あったときは、喉枯れて、ほとんどかすれて声が出なかったのに。Aちゃんが、何回かバイト先にサークルの仲間を連れて飲みに来ていたので、その日のライブで歌っている人の何人かは、知り合いではないけど顔を知っている人も多かった。それだけでなんだかライブが二倍楽しくなる。「あの子、飲んでいる時にはあんな普通の子だったのに、歌ってるとこんなに迫力出るんだ」と、感心。みんながみんなって言う訳ではないのだろうけど、ステージに上がり、スポットライトを浴びている人っていうのは普段のその人とは何かが違う。実際Aちゃんもそうだし、他のバイト仲間や後輩の子たちもみんなキラキラしてて、普段私が話している人じゃないみたいだった。ステージってすごいなぁ、と思う。一段場所が高くなって、ライトがいっぱいあたって、そこで何かをするということは日常空間とは明らかに違う。ハレとケの違いを一瞬で作り出すのかしら。もちろん設備とかの問題だけではなく、そこで何かをおこなっている人の力量にも左右されるんだろうけど。すごい楽しくて素敵なライブでした。クリスマスにふさわしい夜。誘ってくれたAちゃんには感謝せねば。そのライブが終わって、友人と夕飯を食べに行った。その会場の近くにある、安いうどん屋さん。そしたら同じくライブに来ていたふくにゃんに会った。ふくにゃんとは先日、ちづママ会で二人して呼ばれて、ゴージャスなお食事を共にしたんだけど。こんなしょぼいうどん屋さんでも会うとは。あの時二人が食べていたものとそこのうどんを比べて、なんだか一人でおかしくなった。家に帰ってきてテレビをつけると、小田和正のライブがテレビで放映されてた。確か、去年もクリスマスの日に、小田和正のライブやってた。これは毎年のものなのかな?去年見て、感動したのを覚えてる。今年もいい曲やってました。思わず、「よくぞその人をゲストに呼び、その曲をやってくれました」と叫びたくなるくらい。いい曲こそ、聖なる夜にふさわしいのじゃないでしょうか。
2003.12.25
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いい日旅立ち、東へ。クリスマスイブを、友人宅で過ごすべく電車に乗って、千葉へ。軽く小旅行だった。ずっと電車の中でグー。クリスマスイブなんだけど、この日友人の家に行くのはクリスマス・パーティーというよりは忘年会。忘年会しようと違う日にその友人と企画してたんだけど、その日の都合が合わなくなって、他に年内に予定があう日といったらイブしかなかったという。だからこの日は忘年会にケーキがつけばいいかなぁ~と思ってる程度でした、クリスマスへの期待度は。ケーキと芋焼酎を持参で友人宅へお邪魔。友人宅に着くと、なんだかいい匂いがする。「ミートソースだよ」とおっしゃるフライパンの中には、確かにミートソースのトマトを入れる前段階の具材が。やばい。私ミートソースなんて作ったことない。同じ一人暮らしなのに、お料理の腕前負けてるかも・・・。お料理は途中で中断して、近所の駐車場に行く。実は私のリクエストで、焼芋をすることにしたのだ。以前卒論で忙しい時に、その友人が「焼芋をした」と言って写メールを送ってきてくれたのだが、それがとってもうらやましくて・・・。友人が前もって集めておいてくれた落ち葉をもって駐車場に行く。普通駐車場で焚き火とかいていいんですかね?かなりビクビクしてたんだけど、かなり広い空き地っぽい駐車場で、友人も「だいじょうぶっしょ」というので、さっそくファイヤー。焚き火の中に芋を仕込んで、どんどんファイヤー。焚き火をしようとしている時点から、近くで遊んでいた幼稚園児が集まってきた。「なにしてるのぉー?」というから、「焚き火して、芋を焼いてるんだよ」と答えると、どんどん周りに落ちてた枯れ枝とかを拾って焚き火の中に入れてくる。しかもやんちゃ坊主で、目を離すと火傷しそうで怖い。「だめだよっ。危ないから」と、友人と二人で幼稚園の先生にみたいになってた。でも、とってもかわいい。 しばらくして芋が焼き上がる。・・・前に、やはり怒られた。駐車場の近くに住む近所のおじさんに。「だめだよー、ここで焚き火やっちゃ」幼稚園児は無邪気に「焼いもしてるんだよ~」と、答えるんだけど。友人と「すみません。すぐ消すんで」と謝ると、意外にそのおじいさんいい人で、すごい怒ってるわけでなく、「そこは車があるから危ないからね。あっちでやればいいよ」と、畑の方を指差す。しかも火を消すための水とジョウロを貸してくれて。とりあえず火を消して、芋を持って退散。芋はやはりまだ焼きあがってなかった。それでも食べたそうにしている幼稚園児たちに、生焼けの芋を分ける友人。「まだ固いよ」といって渡すのに、幼稚園児たちは「おいしい」と言ってそれを食べる。なんて、かわいい子達なの?クリスマスイブに焚き火をして、そして怒られた。いい思い出です。それから友人宅へ帰り、焼き芋は電子レンジにて最後まで火を通した。友人は夕飯作りを続け、私はプレステの世界へ。ちゃんと手伝おうとしたんです。でも、「今日はフイをもてなすんだから」と言って、拒む友人。「じゃあ、出陣してていいですか?(←私のお気に入りのプレステのソフトが、戦闘機ものなのです)」「いいよ、心置きなく出陣しちゃってください」というので、夕飯が出来上がるまで一人でピコピコしてた。実はプレステがしたいというのも、私が忘年会でやりたいことでリクエストしたんだけど・・。しばらくすると、夕飯が出来上がった。ミートソースのリゾットと、それをもとに作ったライスコロッケ。そしてサラダ。ってか、ライスコロッケとか作る人はじめて見たし。やっぱり完璧お料理の腕、負けた~~~。ちょっとショックー。この友人は凝ると凝るんだな、と改めて実感した。「普段はやんないよ」って、謙遜言ってたけど、私は特別でもライスコロッケは作れない。 スパークリングワインで乾杯して、お料理を堪能する。初めて作った、って言ってたけど、すごくおいしかったです。ライスコロッケ、爆発とかしてたらそれはそれでおもしろいんだけど。してなかったし。夕食後はDVD鑑賞。なんかクリスマスっぽいものを、って思ったんだけど。そもそもクリスマス会ではなくて忘年会だし。そこで見たのは。「壬生義士伝」アゲイン。以前映画観に行って、すっごく感動した映画。泣きすぎて、涙の後で顔が縦にシマシマになったくらい。あの感動をもう一度っていうことで。幸いまだ友人は見てないって言ってたし。焼芋食べ食べ、芋焼酎飲み飲み、映画鑑賞しました。・・・気がつくと私寝てた。あんなに涙した場面、ふつーに寝てて見過ごした。そして友人を見ると。やはり寝てる。画面に迫力感を持たそうと、電気を消したのが悪かったのかもしれない。起きて見るのがつらいからと、寝転びながら見たのが悪かったのかもしれない。コタツがぽかぽか、気持ちよすぎたのが悪かったのかもしれない。とにかく、私にとっても友人にとっても、「壬生義士伝」は感動作にはなりえなかった。がーん。その時点で夜中の0時近くか、もしくは過ぎていたんだけど、そこからお散歩に行くことに。その友人が通ってる大学を見に行く。大学内には、クリスマスイブなのに、夜も遅いのに、まだ研究だかなんだかで残っている学生が多かった。私と友人も、構内に入ってグルグル探索。そしてそのまま、もう一人の友人Mの家まで押しかけ、そしてMの車で再び友人宅へブーンと戻ってきた。それから三人でケーキを食べ、プレステをして、夜が明けるまで過ごしました。・・・と思ったら、再び友人が寝てしまった。いろいろ準備してくれていたから疲れたのかな?感謝と共に、朝の5時に、そっと友人宅をMと去ろうとする。本当に今日は楽しかった。いたれりつくせりで。ちょっとしたお姫様気分を味わいました。それもこれも友人のおかげ。感謝の気持ちいっぱいで、家を出ようとすると。Mが、「よく寝てんな~」といって、その友人のおでこにマジックでいたずら書きをする。「肉」と。嗚呼、感謝の気持ちでいっぱいだったんだけど。何かお礼をしたい気持ちでいっぱいだったんだけど。せめてMを止めてあげるべきだったのかしら?Mに柏駅まで車で送ってもらって、再びいい日旅帰り、西へ。電車の中は、やはりグーー。
2003.12.24
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ずっとバイトに明け暮れてた気もするけど。これから三日間は聖なる夜々を楽しむためにシフトは入れなかった。今日は一女会☆クリスマス会。一女ちゃんたち、キラキラして素敵な子たちばかりなんだけどなぜか彼氏いる率と就職率は低い。就職はしたくてできなかったのではなく、それぞれの考えがあるからなのだけど。で、彼氏いる子が少ないので、クリスマス会をいつにするかっていう話で、「24日」を希望した子も多かった(涙)。でも結局イブは避け、この日になりました。場所は代々木のピザ屋さん。なんでもとても有名なお店だそうな。この日はいつもの一女会とは趣向を変えて、少しゴージャスにいこうということになった。お料理の予算も高め。着ていくお洋服もちょっとシックに。私もこの日のために服を新調しようかと思ったんだけど、ショッピングする時間もお金もなかった。だからあるもので何とか。一女会が始まる前に、一女会の一人の友人と先に新宿でお茶をすることにした。新宿サザンテラス。歩いちゃいましたよ。イルミネーションやはりすっごいキレイだった。友人と二人で「やべーやべー」と歩いてました。でも本当カップル多い。イルミネーションを鑑賞するためには、その前でラブラブしてるカップルをももれなく鑑賞。小学生だか中学生高のカップルが手をつないで歩いてるし。「10年早いんだよっ」って、毒づいたからと言って、私たちに罪があるでしょうか・・・。一女会はすっごく楽しかった。お料理もすっごくおいしかった。お料理のことに関しては、ここからリンク張ってある「ちこの日記」の方になにやらピザに関して詳しく書いてあったので、そちらをみて見てください。スパークリングワイン飲んで、ピザを食べて、デザートを食べて満足。そしてそのまま再びみんなで新宿サザンテラスに戻って、お茶をする。イルミネーションを見ながら。いくら一女ちゃんたちがキラキラしているからといっても、クリスマスイルミネーションを前にコーヒーを飲んでいる図は、さすがにさみしいものを感じてしまいます。サザンテラス恐るべし。
2003.12.23
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大学でランチ。この日は、まだ誕生して間もないバッハゼミの今後のために、卒論をどのように今後指導していってもらえばいいのか、私の(貴重な)体験を後輩に伝えるべく、アサコと後輩のるりちゃん、りさきちゃん、あゆみちゃん(←他ゼミだけど、っていうかうらやましきかなオッティーゼミだけど)と一緒にランチした。私の体験から伝えたいべきことは、すべて伝えたと思う・・・。というか、あんな体験する人いないと思う。ちゃんと計画的に進めていれば。「(先生の)ご利用は計画的に」ほんと、この一言に尽きます。その後友人たちとお茶をして、そのまま新宿にお買い物に行く。使っている化粧品、化粧下地とリキッドファンデとパウダーが一気に同時になくなった。紛失したんでなくて、ちゃんと使い切ったんですけど。女の人はわかると思うけど、化粧品、一気になくなるとかなり出費が痛い。大抵一回買えば数ヶ月は持つから、一ヶ月に一回、1アイテムがなくなればちょうどいいんだろうけど、そんなの知ったこっちゃないのがコスメ側の意見。全くもって代用と妥協のきかない3アイテムを購入しなければならなくなった。それで新宿へお買い物。一緒にコスメに詳しい友人と買いに行きました。彼女の意見も参考になればな~、と。前もって買おうと思うものには目星をつけておいた。それを買いにカウンターへ行くと。「試されますか?」というので、試させてもらうことに。俗にいうBA(ビューティーアドバイザー)さんに、私のそれまでしていた化粧を落とされ、そこに下地を塗られていく。B「これは売れててよく出る商品なんですよ~」というだけあって、すごい効果!友「すごっ!毛穴消えてるよ!」本当に下地だけでこんなに違うんだと実感。すごいキレイに肌のコンディションが整えられました。そこにファンデを塗られ、お粉でおさえられ、それからついでにチークやらアイメークやら口紅やらつけてもらって、何気にフルメーク。友「やっぱり違うわ」と、BAさんにプロのテクを施された私の顔は、確かによそ行きでした。しかも、かなり肌質違う。その友人が欲しがるくらい。そこでは下地だけ買おうと思っていたんだけど、あまりの感動ぶりにファンデも買ってしまわれました。友「このままどこかお出かけしなよ。バイトだなんてもったいない」そうだんです。その日は買い物が終わったらすぐにバイト。なのに、鏡の中の私はよそ行きの顔。ほんと、もったいない。この顔で私、もんぺ穿くのか・・・。やけによそ行きの顔でこの日も忘年会の忙しさの中、ひたすら額に汗して働きました。まあ、あんなに動いてコレだけの化粧崩れ具合なら合格。なんて、そんな評価を与えたのでありました。
2003.12.22
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明け方、友人の家から帰ってきて、そのままグー。お昼頃に起きてベッドの中でぐずぐずしていると、明け方別れた友人からお茶のお誘いが。やっぱり一人でいるのはまだ辛いらしい。スタバで一緒にお茶をしたのだけれど、ショートサイズのオレンジジュースを飲みきれないほど憔悴していた。ほとんど食べてないのに、昨日から・・・。とはいえ、無情にも時は過ぎ、私はバイトに行く時間だったのでその友人と別れて、バイト先に向かった。お店、普段日曜日営業していないのに、店長の独断でオープンすることにしたらしい。どうやら今月が勝負時なのだそうだ。チェーン店だからいろいろあるのだと思うけど、はっきり言って店長は働き過ぎ。日曜日はないけど、毎日ランチがあるから午前中から夜は電車があるうちに帰ってはいない。しかも最近閉店時間も延ばしてがんばってるから、寝てないんだと思う。休みなし、睡眠時間なし、24時間、ではなく、「年中無休で働けますか」を地でいっている男だ。・・・そんな状態の日曜日営業。調理場は調理長一人、ホールとドリンク合わせて私と店長の二人。お店は赤坂と、ビジネス街であるためあんまり人は来ないもんだとたかをくくっていたら、そこそこのお客様がきた。けっこう忙しかったです。ここまで熾烈に営業をのばさなければならないお店。このお店自体は好きだけど、このお店が所有されるグループはあんまり好きじゃない。そして絶対正社員になりたくない。店長にも、「もし、就職うまくいかなかったら店長に言ってな」といってくれたんだけど、もしかしたら店長の口利きでこのグループに入れてくれようとしたのかもしれない。でも、正直上のように思っていたから、「○○(←グループ名)は好きじゃないんでいいです」と断ってしまったけど。あれ?もしかしてご好意を踏みにじってる?でもそう思うくらい、本当に社員にとっては過酷な職場ではないんじゃないんでしょうか。店長が過労死しても、悲しいながら誰よりも納得するんだろうな~。と、疲労を隠し切れない店長を見て、思うのでありました。
2003.12.21
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今日はわが家でサシで飲み会を開く予定だったんだけど。いきなり昼間にドタキャンされた。でもそれで頭にきたかというとそうではなく、そのときちょうど焦って「そろそろ掃除をしなきゃ」と思っていたところだったので、残念ではありながらも少しホッとした。それで今日は完璧、オフッフッフ。ずーっとゴロゴロしてようと思った。すると私の携帯に友人から電話が。「私・・・別れちゃった・・・」ブロークン・ハートな友人からのSOSだった。もうすでに電話の向こうで涙声になっている。マオフイ救助隊、ただちに出動。彼氏と別れてきたばかりの彼女。ずっと事情は聞いていたために、逆になんて言っていいのかわからなかった。知らないふりして、「大丈夫だよ」なんて言えない。私の近所のファミレスで夕ご飯食べながら話をして、そのあと彼女の家にお酒を持参で泊まりに行った。ファミレスから彼女は涙をボロボロこぼしながら話していたけど、彼女の家に行き、アルコールが入ると更に辛さがわいてきたらしい。こんなに一人の人の泣き顔を見たのは初めて。すごくかわいそうだし、辛かった。でも彼女はある意味気丈で、なんとか笑おうとする。責任は自分にあるとして、泣くとしたら自分を責めてばかり。このとき飲んでいたのは泡盛なんだけど。どこかで書いたかもしれないが、泡盛はチョコレートとあう。この日もチョコレートを食べながら、泡盛を飲みながら、彼女と話していた。私の口の中で1かけのチョコレートが溶けきるまで、彼女は3回泣いて、3回笑う。それが逆に辛い。いっそのこと、「○○のばかやろー!おまえなんてこっちから捨ててやる~~~!」って醜態を見せてくれたほうがなぐさめやすい。「昨日までは毎日会える人だったのに、これからは許可がないと会えないなんて」切なく嗚咽をもらす彼女に、思わず「俺にしとけよ」と言いそうなる。ああーーーーん。俺も女だった・・・。ずっと泣いているんじゃなくて、笑ったり泣いたりしている彼女。「ピンポーン」と私の乳房に指を立てて笑っているかと思ったら、今度はそのまま私の胸に倒れこんで泣きじゃくる。私の渾身のギャグにも笑う。それでもやっぱり彼女を満たしてあげることはできない。「バチが当たったんだ。きっと神様っているんだよ。幸せになることじゃなくて、不幸せになることでそのことがわかるなんてね」いつの間にか、有神論者にまでなっていた。彼女と彼氏の事情。いろいろあるとは思うんだけど。私の立ち入る場所はないし、立ち入ったところでどうにかなるわけではないけど、本当にどうにかなってほしかった。それくらい近くで見ていて切なかった。この日、彼女は疲れたのかベッドの上でそのまま寝てしまった。近くにあったブランケットをかけてあげて、しばらく彼女の家の本を読書する。しばらくして眠くなってウトウトしていると、ふと人の気配で目が覚めた。彼女がさっき私がかけたブランケットを、そっと私にかけてきてくれていたのだ。酔っていても、失恋していても、そういうやさしさがあるの、彼女には。ちょっとジーンとして、寝たフリををしていた。
2003.12.20
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今年最後のオッティーの授業。つまり。オッティーの見納め。前日すごい遅い時間までここの日記書いてて寝るの遅くなったけど、全然行く気満々だった。だって、私ちゃんとまだオッティーにあの「クライシス」のお礼言っていない。そしてお礼ついでに、なんでもいいから副産物がほしい。副産物。なんでもいいの。笑顔でも、名前を呼ばれることでも、あの匂いを嗅ぐことでもっ。・・・なんか、私いままさに何か大事な線を踏み越えようとシテイマスカ?最近オッティー熱が流行っているそうな。オッティー熱、スーパー・スプレッダー自体がオッティー。「エゴイスト」に乗せて、その熱はあっというまに広がる。重症患者が約一名。もう瀕死です。・・・と思って目が覚めたら、起きなきゃいけない時間から4時間も寝坊している。ちづからの「どうしたの?」というメールでようやく目が覚めた。とっくに授業が終わっている時間。がーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!オッティーの見納めが!プワゾンが!副産物がーーーーーっ!!!!!目覚まし替わりの携帯。よくみてみたらセットはしたんだけど、「ON OFF」を「OFF」にしたままだった。落ち込むわ情けなくなるわ。私の愛は、まだ睡眠には勝てないようで。大学に行っていないから、ちづとヤスエとのランチも逃した。二人には散々「明日オッティーの授業でね」と言っていたのに。すまん。ぐずぐずしていると、友人からメールがあって、私の近所でのランチのお誘いだった。切り返しは早く。そそくさ出かけていきました。夕方からはバイト。卒論終わってからの初めてのバイト。ゼミ飲み、リョッキーの誕生日会など、お世話になるだけなりっぱなしだったから、せめて体で返そうと思った。結果から言うと。十分返せたと思う。居酒屋というのは、12月の第3週の金曜日が一年で一番忙しい日。こんな日なのに、ホールの人は、私と新人の子と、店長。7時半から2人、8時からもう1人シフトに入っているんだけど、それまでなんとか三人でお店をまわさなきゃだった。店長から「少し早く来てくれるか」と言われたものだから、いつもだったら17時に行くところを、16時台にお店に行った。作戦を聞いてビビる。まるで1対多勢な働きぶりを求められています。店長はドリンクに入るから、実際は私とその新人の子で7時30分まで持ちこたえなければならない。17時半からひきりなしにお客がやってきて、お店はあっというまに満席に。私もあっというまにテンパった。いやー、よくアレを乗り切りました。口はカラカラ、汗はダラダラ。体で返すというのは、なまじ楽なことではありませんでした。
2003.12.19
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今年最後の必修授業。そのために大学行きました。その後はいろんなところをぐるぐる。まずはじめに学科の友人たちとお茶。その後、一緒にいたちづが、「マチコ(←学科友)さんの妹が来ていて、近くのカフェにいるって言うから顔出そうと思うんだけど」というので、それについていくことに。実はマチコさんの妹さん、その必修授業にもぐりこんでいたのでさっき会ったんだけど。しかもマチコさんとはぐれて、なぜか大学内で一番寒いといわれる7号館の下で凍えていたのを発見したんだけど。そのカフェに行ってみると、カフェではなく喫茶店でした。古きよき喫茶店?なんかインベーダーゲームとかおいてありそうなところ。漫画「ろくでなしブルース」にでてきそうなところ。しかも、そこには学科のY樹とYスも一緒にいた。わーいわーいYY。ほんとびっくり。久々に二人としゃべった。久々ついでに驚いたこと。マチコさんの妹さんが、私のHPを見ていてくれるらしく、どんどんその話をフッてくる。妹「見ましたよー。Yス(ワイス)の教官の話 2002年8月13日 「双方向性」参照)」Yス「俺が10年後みたいな教官がいたんでしょ?」私「そうなのそうなの!すっごいウケるんだよ、その教官!・・・・ってなんでYス知ってるの!?」マチコさんの妹さんから漏れたか、直接私の日記を見られたか謎ですが、どうやらYス本人にあの話を知られちゃってるみたいです。頭ん中でグルグル、「悪口書いてなかったよな~」と日記を必死に思い出したりしてました。その後Yスにそこのレモネードをゴチになり、(「Yスにゴチになってもいい?」とYス本人に聞こうとしたら、略しすぎて「ヨチ!」と叫んでしまった)再び大学に戻る。この日のメインは、四年ヘルパーで三月におこなわれる謝恩会の会場の下見。ヘルパー四年でどこかに出かけるのも何年ぶりかなー。しみじみ。待ち合わせ場所で、アナザ・ワールドへのフリーパスを手に入れてしまい、妙なテンションを保つヒトデと、トレインの切符を手放したブーハタと落ち合って表参道に行く。会場は二件廻って、どうやら一つのところに決まりそう。けっこう素敵なところです。その後ヒトデと別れて、ちづとブーハタと三人で中華料理屋さんでご飯。ここでは本当は謝恩会の話を詰めるはずだったんだけど、なぜか違う策略の話でいっぱいいっぱい。その策略は何かは、ここではお書きすることはできません・・・。ただし、全然謝恩会のことではなく個人的なことなので、あしからず。女子高生みたいにキャーキャー言ってた、私一人。ちづとブーハタは冷静で。しっかし、そこの料理おいしかった。私は人が食べてるのがどうしても気になる性質で、すぐ「一口交換して」と言ってしまうのだけれど。ブーハタの五目チャーハンと私の坦々麺を交換した。パラパラしたチャーハンは、お箸ですくいににくかったのだけれど、一口だけでかなりまいうー。どうしても一口だけでは止められず、二口食べてブーハタに返した。しかしブーハタは、私の坦々麺を「うん、うまい。うん、うまいうまい」と言って、なかなか返してくれない。「食べ過ぎちゃダメ!」と言っても一向に食べるのを止めないので、食べ尽くされる恐怖におびえた私は、ブーハタを殴って食べるのを止めさせ、ようやく坦々麺を奪還。なんと心の狭いこと、とみなさん思うかもしれませんが、私だってこれが学食のラーメンとかだったら「いくらでも食べなよ」って言って余裕を見せるんだけど、なかなかいけないような中華飯店で、しかもかなりうまい坦々麺よ?そりゃ、なぐってでも止めますって。よく考えたら、うちの代のヘルパーって危うい。何が危ういって、メンツが危うい。謝恩会で大失態しなきゃいいけど・・・。
2003.12.18
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一年に一度の、この日がやって来た。「ちづママ会」。ちづママとちづと、学科三年生の後輩であるふくにゃんと私。この4人でお食事をする会。ちょうど一年前にもその会をやっていて、日記が残っているのでよろしければそちらもどうぞ → 2002年11月20日 「ボーノボーノ(涙)!」行き先がホテルと聞いててそれなりに心積もりはしていったのだけど。連れて行かれたお店は、敷居が私の身長を40㎝を超える高さの、約2メートルくらいあったので、私は敷居がまたげずお店の中には入れませんでした。・・・って思わず書いてしまいそうなくらい、ちょー高級レストランなのーー!!私もビビってたけど、Tシャツにジャケットのふくにゃんもビビってた。「お席にご案内」されると、椅子はウェイターさんが引いてくれる。「座る瞬間に椅子引いたりとかしないよね?」とか、そういうことやりなれない私はちょっと後ろ目で確認しながら座っちゃったけど。とにかくすごい雰囲気のあるお店でした。だって、フォークとナイフが各4本ずつくらいあるんだよ?これで手旗信号しろってわけじゃないんだよ?これで食事しろ、ってことなんだよ?毎年ハイテンションしゃべる私とふくにゃんだけど、この日はさすがにちょっと小声気味でした。最初だけは。場も和んでくると、出てくるお料理の話から、いろんな世界各国の話。ちづママのお父様との馴れ初め(?)から、私とちづの赤ちゃんの話まで、バック・トゥー・ザ・フューチャー、本当に縦横無尽に話尽くしました。お料理本当においしかった。二度と食べれないものもあったと思う。「カキとフォアグラのフライです」といって出されたお料理。おいしくて、「フォアグラと牡蠣って合うんだな~」と思って満足しながら食べていた。するとふくにゃんが、「カキって柿のこのことだったんですね」というのでびっくり。それまで牡蠣だと思って食べていたら、実は柿だった。どうりで甘いな~、と思って食べていたんだけど、こんな高級なレストラン。牡蠣を甘くすることくらいオチャノコサイサイなんだと思ってた。それ以前に柿をフライにするとは思わないでしょ?フライのカキといったら牡蠣でしょ?固定観念を覆された一瞬でした。本当にちづママにはごちそうになりました。毎年の会になるらしく(?)、本当に楽しみです。でも一つ言えば。この会、いっつもふくにゃんの誕生日に即しておこわなわれる。ちょっとジェラ。なんて。呼ばれるだけでも光栄ですぅ~、ぢづ母様~~!
2003.12.17
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この日ようやく卒論を提出し終え、ほっと一安心。すると、体の奥底から声が聞こえる。「飲むぞー!飲むぞー!」この声に忠実に従います。実は一ヶ月前くらいから、この日の飲み会は企画されていた。最初はりょっきーとえりんこと三人で、「リョッキーの誕生会をしたいね」、と話していたのだ。リョッキーのお誕生日は11月。ちょうど、1年前も学科の数人でリョッキーの誕生日会を祝った。なんてったって、学科で先陣切って24歳になるりょっきーですからね。その勇気と努力に尊敬の念を表わさないと。でもちょうどその頃はみんな卒論で忙しく、飲み会をやっている場合ではない。そこでリョッキーが、「じゃあ来月卒論終わったら、卒論お疲れ様会をやろうよ」と提案した。その案に私もえりんこも賛成。12月の卒論提出日に飲み会を開くことに決定。ここで幹事を引き受けた私は、リョッキーをサプライズしたくて、リョッキーとみんなとは連絡網を別にした。みんなには、「リョッキーの誕生日会兼お疲れ様会」と言って、リョッキーには「お疲れ様会」とだけ伝える。そしてリョッキーには当日まで、「飲み会にくるのは5人くらい」と話していた。本当はその倍以上。当日は、リョッキーとみんなの待ち合わせ時間を別にしてみんなで先に集まり、それから何食わぬ顔で数人がリョッキーとの待ち合わせ場所に行くことになっていた。残りの人はお店で(←私のバイト先のお店)待機し、リョッキーを驚かせるといった作戦だ。リョッキーが予想より早く待ち合わせ場所にきて、「みんなとバッティングしそうになる危機」なども起こったがそれもなんとか乗り越え、無事リョッキーをサプライズすることができた。店長が用意してくれていたクラッカーも一役買う。その後は飲みたい放題、やりたい放題。みんなで写真をパシャパシャ。外国人じゃなくても、「日本人はカメラが好き」と思わせる光景だったと思う。私はカメラを持っていないから、携帯のカメラで写真やムービーを撮ったりしていた。それがまたいい出来でのう・・・。ムービーはまるで「Mステ」のオープニングみたいに、アップでみんなを数秒ずつ映しながら移動していった。みんなが「フイー」と言いながら、カメラの向こうで手を振ってるんだけど。これを撮り終ってムービー見ているときに、なんか涙が出そうになった。本当にいいムービー過ぎて、絶対私社会人になってこれ見て泣いちゃうよ。「あの頃は楽しかったな~」なんて。みんなも同意見のようだった。「時間が止まってくれればいいのに」と、センチメンタルじゃーねーのような意見も。店長がお鍋とお刺身を提供してくれ、飲み放題頼んでないのに、飲み放題にしてくれた(←結局お会計もすごく割り引いてもらった)。そして料理が出尽くしたところで、サプライズ第二弾のケーキ登場。店長がお店の照明を落としてくれて、ムードある中リョッキーにケーキを贈呈。それにつづき、カードとそれぞれ各人のプレゼント贈呈。私とAが二人で手と手を添えてケーキを切り分けていたために、バックミュージックは「ハッピーバースデー」ではなく、「ウェディング・マーチ」。しかも、「アイ ラービュー フォエーバーあなただけのもの♪」となぜかゼクシィヴァージョン・・・ふとケーキを切る手を止めてリョッキーを見ると、リョッキーが泣いていた。あいにく、日記を書いているこの時点でそのときリョッキーがなんて言っていたのか覚えてないんだけど、喜んでくれて涙を出していたのは確か。「おなか痛い・・・」とかではなかったはず。思わず私ももらい泣く。その涙に、サプライズをした甲斐がありました。リョッキーだけではなく、この日は本当にみんなで楽しんだ。なんでこれが卒業三ヶ月前なんだろうね。こんな大人数で集まったのは本当に久しぶりだから、だからこそもっとやっておけばと悔やまれる。まあ、三ヶ月前に気がついただけでもよしとして。新年会もやることを誓って、この日は楽しく過ごしました。【補足】なんてあたかも私が幹事やったみたいに書いているけど、この日の一週間前、卒論に危機が迫った私から、幹事はちづに交替。それまで私が連絡係していたのに、突如ちづからメールが送られるようになった。それだけでみんなは私が卒論やばいっていうことに気がついてくれちゃったらしい(泣)。一番大事な期間に幹事を替わってもらったから、実は一番めんどい部分全部ちづにやってもらったんです。この日の功労賞はちづ様に。
2003.12.16
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一週間ぶりの日記です。一週間って、あっというま・・・。確か、一番最近に書いた10日の日記、「今日一日がとても幸せに感じた」って書いていたけど、もう少しその幸せは続くかと思っていた。だけど、11日にはあっという間に奈落の底へ・・・。振り返ると怒涛の一週間。いろいろ書きたいことあるので、11~16日の日記をまとめて書こうと思います。まず11日にクライシスが起きた。まさに12.11(イチニーテンイチイチbyGG)。私はこの日のことを忘れない。11日木曜日。この日はバッハ先生に卒論を見せた。このとき、私の卒論がやばいことに気づく。私の卒論の何がやばいのか。どうしてそうなってしまったのか。何が問題なのか。それを話すと愚痴も含めいろいろ長くなるので、割愛するけど、私の卒論の出来はイマイチになっていた。凹みながら大学のパソコンで卒論に修正を加える。卒論の提出は16日の16:45まで。このタイムリミットに間に合わなければ、私の五年生は決定。この修正も本当はもっと根本的にしたかったんだけど、時間がないのでバッハ先生にも「こことこことここを直してとりあえず提出しろ。後のことはわからん」と言われてしまった。そんなにいけてないんだ、私の卒論。19:30ころ、大学を出て家に帰ろうとしていると、構内でばったりオッティーに会った。会ったといっても、5メートルくらい先のところでお互い認識しただけなんだけど。向かう方向が違ったから、会釈だけして行こうとすると、先生がトトトトッと近づいてくる。「マオフイ、どうだ、卒論終わったか」最近学科の先生に会うと、みんな最初のあいさつがこれ。「それがまだなんです。やばいんです」と言うと、笑いながらも「えっ」と驚いている。その日のオッティーは優しげだったので、思わず私もどれくらい自分の卒論がやばいのか、どうしてそうなってしまったのかの反省と愚痴、他にもたくさん、これまでないくらいにぶわーーっとオッティーに話した。オッティーは、話を聞いてくれながらも自動販売機のところへ向かう。「はいっ」といって、コーン・ポタージュの缶ジュースを買って渡してくれる。・・・オッティー・・・・。目がハート。先生は自分にはコーヒーを買って、その様子を凝視していた私に気づいて、「あれ?コーヒーがよかった?」と言ってくる。「全然!ポタージュ大好きです!」と答えながらも、自分がコーヒーなのに私にはポタージュを買ってくれるところに、先生の私に対する評価が少しわかった気がした。オッティーが優しいことにつけこんで、「少し私の卒論見てもらってもいいですか?」と聞いた。どちらかというと、私の論文のテーマはバッハ先生よりオッティーの専門領域。ゆえに、副査になる可能性が高いオッティーに少しでもアドバイスをもらっておけば、少しは仕上がりがよくなるかと思った。「えーー、じゃあちょっとだけだよ」といって、テレビセンターがある研究室に連れて行ってもらう。この行動が、私の卒論を、ひいては私の人生を変えたのかもしれない。先生に卒論を見せる。オッティーは卒論を見ながら、私にいくつか質問をしてくる。そしてその答えは全てクラッシャーにかけられた。もう、根底から私の卒論は存在意義を失った。本当に根底から。先生はそれから私の卒論のテーマに関わる部分の講義をしてくれる。オッティーの話は、本当に果てしない。私が卒論で一本の木について書いているとしたら、オッティーは森を、しかも違う国の森についても話す。もう頭の中はパニックで。オッティーの授業を聞いている人は知っていると思うけど、オッティーの授業は1コマ1時間半でも話がすごく深く、広く、頭がよくなる講義をしてくれる。しかしそれを全部理解し消化するのは結構難しい。それなのに、オッティーはこの日、私の卒論のテーマ周辺の話を二時間半かけての個人講義。卒論が根本的にいけていないというショックに重ね、頭の中は大量の情報に飽和状態。オッティーの話を聞いている間、きっと私は真っ青になっていた。せっかく買ってくれたポタージュも、プルトップを空ける前に冷たくなってしまった。「これが10月だったら」とオッティーも言う。しかし、もう日にちはこの日を入れて6日しかない。しかも校正、印刷、製本を含めだし、11日はもう終わりかけなので、実質4日しかないのも同義。オッティーは、具体的な指示はしなかったけど、「せめて最後の章に、この話をして、化粧付ければなんとかなるんじゃない」と指導してくれた。つまり。このまま行けば、私の卒論は落ちる、と。卒論クライシス。オッティーによってクライシスが起こったけど、でもそのクライシスは潜在的にあったもの。面談で落とされるよりは、直前といえど指摘されてよかった。と、いま(17日現在)の時点では思うけど。そのときはもう頭が真っ白。ただ「ヤバイヤバイ」と。オッティーにお礼を言って、夜の10時に大学を出た。オッティーも忙しいらしく、「Nの卒論みなきゃいけないのに、この時間。僕も論文書かなきゃだめなんだよ」と言いながらも、結局最後まで付き合ってくれた。私も「少しだけ」と頼んだものの、ここで見捨てられたら人生終わってしまうと思って、必死にすがったんだけど。家に帰ってきても、頭も心も真っ白。何をどうしたらよくわからず、ヤスエにすがって電話してみた。ヤスエにオッティーから聞いた話を、覚えている限り、理解した限り説明して、頭と心の整理をつける。ヤスエは、「大丈夫だよ。私も手伝うからさ。いまは体力が勝負なんだから今日はちゃんと寝て、明日からがんばろうよ」と言ってくれた。確かに論文に修正を加えるにしても、オッティーから受けた講義内容の資料が手元にはない。仕方ないのでこの日は2時くらいまでネットで調べ物をして、寝ることにした。だけど。やはり不安で眠れなかった。この日は結局朝の5時まで寝付くことができなかった。12日金曜日。一時間ばかり寝坊してしまう。おまけに忘れ物をして、家を出る時間がおそくなってしまった。この日はヤスエとちづとランチをして、前日オッティーから聞いた講義内容を二人に説明した。三人で「うーーーん」と言いながら、私の卒論のテーマを考え直す。三人よれば文殊の知恵。おかげで私が一人で悩んで考えるよりも、だいぶすっきりまとまって考えられた。その日は図書館でオッティーから入れられた知識に関する本を読んで、とにかく知識を詰め込んだ。いいのか、私。こんな直前に仕入れた知識を卒論に使って。13日土曜日。この日、前日即行で詰め込んだ知識を使って、第四章をまるまる書き直す。1ページ900字にして、11ページ。いままで書いてきたものは廃棄。一章で述べていること、すべて一夜漬けみたいなもんです。いいのか、私。14日日曜日。第四章をなんとか夕方までに書き終わる。四章が変わってしまったために、第一章から論文の流れがおかしくなる。それを修正するために第一章から第三章まで修正を加える。日曜日が終わろうとしているのに、まだ書いていないものが多すぎる。いいのか、私。15日月曜日。大学に行って、第五章と「はじめに」を書く。全然「はじめ」に書いてないけど。もう最後の方だけど。それだけ書き終えて、もう一度バッハ先生に見せる。先生はとりあえず「OK」をくれた。やはり前よりはよくなっていたらしい。それからオッティーにも見てもらおうと思ったんだけど(実は11日木曜日にも頼んでおいた)、どうしてもすれ違って会うことができず、見てもらうことができなかった。オッティーの話を聞いて、自分なりにこう結論を持っていこう、と思ったんだけど、果たしてそれがまた違っていたら?それが怖いんだけど。でもここまで来たら突き進むしかないので、オッティーに見せることはあきらめて、帰ることに。家に帰ってからも、明け方までかかって、「終わりに」を書き、「参考文献」「目次」「表紙」などを作り、校正を行なう。眠くて頭がぼーーーーっとするけど、やめるわけにはいかない。印刷だけ次の日にたくし、この日は朝の7時に眠った。16日火曜日。自宅で卒論をプリントアウト。こんなに自宅で印刷したのは初めて。大量にインクを使うと思って、昨日カートリッジを8個買ったけど、もちがいいのか結局1個分しか使われなかった。大損。大量に印刷した卒論を、近所の製本してくれるところに持っていって、製本を頼む。そして私は一度家に帰り、着替えて化粧して、30分後に製本できた卒論を取りに行った。その製本屋のお兄さんに、メイクBEFORE AFTERを見られるのは恥ずかしかったけど、とにかく時間は惜しい。製本できた卒論を受け取って、大学に向かう。大学で背表紙を作って、見事、16:45までに1時間半を残して、無事卒論を提出することができた。でもいまだ少し不安。何かやらかしてるんはないか、何かやり忘れているんじゃないかって。中身にもちろん不安は残る。でもとりあえず卒業の切符は手にいれた。後は教授たちが、私を卒業トレインに乗せてくれるかくれないかの問題。でもそれはまた後の話で。いまは野となれ山となれ、花となって儚く散り、それでも大地に実を結ぼうチェケラッチョモランマリンブルーの風に吹かれて、て感じ。略せばハレルヤ。
2003.12.15
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いやー、卒論ってこんなに大変だと思っていなかった。もう少し楽に終わるんだと思ってたらとんでもはっぷんだった。ちなみに、上の日記の中で、なぜ私の卒論がうまくいかなかったのかをきちんと書いてないけど、ひとえに私の勉強不足のせいです。それに、いろいろ他にも要因が加わっているのは確かだけど、それでもなんていっても勉強不足。勉強不足を噛みしめながら卒業します。卒論の「おわりに」って、たいていお世話になった人や友人や家族に謝辞を述べたりするんだけど、私も例に漏れず謝辞を書かせていただいた。その相手は、バッハ先生、オッティー、それからインタビューに応じてくれた人。ぷらす。学科の友人の二人の名前もあげてしまった。だって本当にお世話になったんですもの~~~~~~。ここに、私の「おわりに」の謝辞を転載することで、この場を借りてみんなにお礼が言いたい。「・・・・(略)お三方(←バッハ先生たち)の存在なくしては本論文の完成はなかったと考える。表現できる感謝の言葉を全て使ってでも、今の気持ちを表わしたい。そして同じく卒業論文の執筆にあたりながら、苦しい時に助けてくれた同学科生のヤスエさん、Aさん(←もちろん本名で)その他のたくさんの友人たち。本当にありがとう。執筆の苦しさの中においても、皆さんのやさしい応援を噛みしめることで、四年間勉強してきたもの以上に大きなものを得たことを改めて実感した。論文執筆にあたり、この大きな副産物を得たことに感謝し、締めくくりの言葉としたい。2003年12月16日 2:52am」朦朧とした頭で書いたこの文章。いい文章だ・・・・。私の論文の中で最もキラリと光る文章だと思う。こんなことまで卒論のなかに書いていいのかな?と思ったけど、この卒論は私のもの。たとえ中身がイマイチ君でも、この「おわりに」で評価してもらいたい。でも、この「おわりに」は、本当に嘘でも誇張でも頭が朦朧としていたからでもなく、今でも心からそう思っている。私が11日の木曜日に、パニクってヤスエに電話したとき。ヤスエは夜遅いにもかかわらず、ネットで参考文献を探して、メールで送ってきてくれた。しかも、オッティーに指摘された私の卒論の問題点に関しても、「そうだったんだー。ごめんね、フイの卒論見ていたのに、気がついてあげられなくて」とおっしゃる。そんなことないじょーーーーー(TOT)悪いのはみんな馬鹿ポンチな私の頭なんだじょーーーーーー!!そのほかにも論文の校正をしてもらったり、自分が規定冊数一杯の本を借りているため、友人の学生証で本を借りてもらったり、電話ではげましてもらったり、製本のアドバイスをもらったり、心配をかけたり・・・。全部自分でやるべきことなんだろうけど、ずいぶん助けられました。自分からすがった人もいるし、自ら手を差し伸べてくれた人もいたし、さまざまだったけど。ほんとにありがとう。
2003.12.14
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ごめんなさい①家族13日の土曜日に、母から電話がきた。卒論にクライシスが起こり、弱気になっていた私はついつい本音をぽろり。私「お母さん・・・。もしかして私卒業できないかも」母「あぇ!?うえ~~~~~~~~!!!!!????」この言葉は実は母を大きく刺激する。なぜなら、彼女にはトラウマがあるから。トラウマを作った犯人 → 兄ちゃん。今から四年前。私が浪人生で、いくつかの大学受験をしに、東京へ受験の旅に出ていた2月ころ。兄は新潟で大学四年生だった。兄はもうその年で卒業がすることになっていたので、私はお金のかかる私立の東京の大学に行くことを許されていた。しかし、私が必死に、何校もの受験をこなしている時、新潟の実家では別の問題が起きていた。兄の大暴露。「今年卒業できない。しかも単位足りなさ過ぎて、二年は留年しないと卒業できない」父と母にとっては寝耳に水。私がようやく今の大学に合格が決まり、電話でその喜びを報告した時も、私は気がつかなかったが、実はわが家はそれどころではなかったらしい。それは数年後に兄に教えてもらった。「あのときおまえが『合格したー』って電話してきたとき、『よかったなー』とか言ってたけど、それどころじゃなくて、電話かかかってくるまでおまえの受験のこと忘れられていたぞ」結構ショックだった。こんなにがんばったんによー。どうやら、その年のわが家の10大ニュースは、私の大学合格 < 兄の留年 となったらしい。なんじゃそりゃ。ていうことで、わが家にとって「卒業できない」「単位足りない」という言葉は、冗談では済まされない地雷ワードになっていた。長期休暇で実家に帰るたびに、「単位は大丈夫?」と聞かれるんだけど、幸い1、2年で100単位(←楽なのばっかり選んでた。そこに勉強不足の原因があるのか)とっていたから、単位の心配はなかった。母には、「やっぱりフイは兄ちゃんとは違うね」と、評価をいただいていたんだけど・・・。いきなりの謀反。「卒業できないかも」の言葉に母はびっくり。「一応がんばるけどさー。覚悟だけはしておいてよ」と伝えておいた。すると今後は兄が電話口に出る。兄「おまえ、卒業できないんか」私「う~ん、一応がんばるけどさー。もしかしたら・・・」兄「おまえ、今わが家に激震が走ってんぞ。お母さんなんか泣いてるぞ」後ろの方で、「ぎゃはははは」と笑い声が聞こえる。兄「卒論なんてちゃっちゃと書いちゃえばいいんだよ。グラフとかいっぱい使って」私「けっこう使ってるんだけどねー。問題は量じゃないし」兄「同じグラフを棒線とか折れ線とかに作り直せばいいんだよ。兄ちゃんなんか、12月17日から卒論やり始めて、25日には提出したぞ。おまえも大丈夫だ」・・・兄ちゃん・・・・。まあ、一応励ましの言葉とポジティブに受け止めて。家族に心配をおかけしたことに、ごめんなさい。ごめんさい②店長11日のクライシスが起きる前日の10日。忙しい忘年会シーズンなのにも関わらず人手が足りてないと聞いていたバイト先のお店。論文は結構書いたし、これならがんばればバイトに入れるかと思って、店長に「一日だけならシフトは入れる」メールを送った。それまで、卒論のことでシフト入れず、本当に心苦しかったから。少しでも入れるなら、入っちゃおうと考えた。そして11日にクライシスが起き。その翌日の12日の金曜日に店長からメールがきた。「明日(13日)、ちょっと人員不足で、シフト入ってもらってもいいですか?でも無理しなくても大丈夫です」と。すごい迷った。自分から「シフト入ります」と言っておいて、突然のクライシスとはいえ、「やっぱりごめんなさい」とは言いたくなかった。そこで、「大丈夫です。でも一番混む時間帯だけでもいいでしょうか?18~22時とか。勝手を言ってすみません」と返した。普段だったら、そういうことは言わないんだけど。だからこそ店長も気づいちゃったらしい、私がやばいことに。当日のお昼くらいに電話がきて。「本当に大丈夫なの?卒論終わったの?」と聞いてくる。卒論は終わってないことと、ちょっとやることが増えたとはオブラートに包んで伝えた。「だから全部の時間っていうのは無理なんですけど、混む時間帯にだけには行きます」と伝えた。やはり何かを感じ取った店長は、「やっぱり今日はいいよ。卒論が終わってから入ってよ」とおっしゃってくれる。どれくらい人員が足りないのか、その日のシフトに誰がいるのか聞いてみると、どうやらアルバイトは一人もいないらしい。私が行かなかったら、店長一人で接客して、店長ひとりでドリンク作らなきゃいけないことになっちゃう。私も引くに引けなくなった。「やっぱり行きます」「いいよ、卒論を先に終わらせて」しばらく押し問答をした末に。店「じゃあ、21時半からお店にきてよ。それくらいから一番混むと思うからさ」結局その妥協案に賛成した。店「でも家を出る前に、一回電話して。お店の様子次第ではこなくてもいいからさ」と、あくまでやさしい店長。そのお言葉に甘えることにした。そして20時になるまで卒論に明け暮れ。20時にお店に電話してみた。店長が出て、「やっぱり今日は来なくていいよ」とおっしゃる。なんとなく店長がこう言うような気はしてた。私「え、でもお店にお客さんけっこういるんじゃないですか?」店「大丈夫大丈夫。だから今日はフイちゃんは卒論やってな。そして16日においしいお酒を飲むんだろ」そんな電話をしている後ろからも、「すみませーーん」とお店がにぎわっている様子が聞こえる。嗚呼・・・。店長を一人にしておけないと思った。でも卒論もやらなければと思った。結局心の中で下された判決は、店長の好意に甘えるというもの。本当はもっといろいろ言いたいことはあったんだけど、電話していること自体が営業の邪魔になる。「本当にすみません」と言って、電話を切った。それから卒論の表記について聞きたいことがあったから、友人に電話したんだけど。ついでにいま起きたことを話した。私「本当に本当に悪いことした。やっぱりこれからお店いっちゃおいうかなー」友「大丈夫だよ。そういうときは店長の好意に甘えなよ」私「そうかなー。でもお店に店長一人なんだよ」友「大丈夫だって。きっとお店ガラガラだって」私「違うよー。電話でも結構にぎわっているの聞こえたもん。絶対やばいって。あああ~、どうしよ~~」友「大丈夫だって。お店はガラガラなんだって。そう思ってがんばりなよ。卒論終わらせなきゃでしょ」確かにそうなんです。友人に諭され、罪悪感にさいなまれながらも卒論に集中することにした。一応謝りのメールを店長に送っておいたんだけど。案の定私のことを攻めるような言葉はなく、いたたまれなさ100%の返信がきました。店長に迷惑をかけたことに、ごめんなさい。
2003.12.13
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オッティー。何度かここの日記で、「オッティー好き好き。かっこいいかっこいい」と書いていたせいか、ここの日記を読んでいてオッティーを知らない友人に、「まさかとは思うけど、本気じゃないよね?」と言われたことがある。「もちろん本気じゃありませんよ、尊敬の念がバージョンアップをするとこういう形になるんです」と思っていた、これまでは。クライシス・イチニーテンイチイチ。あんなショックな状況じゃなかったら、私絶対オッティーに惚れてた。だって困っている女の子が、救いの手を差し伸べてくれる男性に惚れてしまうのは、少女マンガでも何万回と使われた王道中の王道でしょ?今回はまさにそれだって。私の卒論の破壊と再生をおこなったオッティー。二人っきりで二時間半の密室。ポタージュを買ってくれ、いい匂いを振りまくオッティー。そして彼の最大の武器、インテリジェンスをこれでもかこれでもか、って見せてくれる。本来だったら、もうこの辺でクラクラ来てたんだけど、話している内容が内容なだけに恐怖とショックで心は凍りついてそれどころではなかった。しかし、卒論を提出した今となっては、その凍りついた心は溶け出し、あのときのオッティーとのやり取り思い出してリピートしては、ふにゃふにゃしてしまう。だってーー。かっこよかったんだもーん、オッティー。先生は、その私の卒論のテーマに関するいろいろな話をしてくれたんだけど、全部わかりやすいように話を置き換えてくれる。でもその置き換えた例え話っていうのが・・・。「たとえば○○(←私が住んでいる街)に、ケーキ好きで、就職が決まっていて、実家が新潟の女の子がいたとする」に始まり、あとはぜーーんぶ例え話は、私とケーキを使っていく。「マオフイがケーキを二個買って・・・」「マオフイが一人でケーキを二個食べて・・・」「マオフイがケーキを買いたくてネットでお店を調べて・・・」てな、感じで。それがどうした、といわれればそれまでなんだけど、それがまたツボなんです、私の。溶け出した心と共に、私の記憶はオッティーが講義した内容から、講義しているオッティーに移っていっています。どうしたもんかのぅ。そういえば、ここの日記を読んでて、でも私とは他学科なためオッティーを知らない友人と一緒にいたときの話。二人で外でしゃべっていると、オッティーがスタスタ私たちの近くを通り過ぎていった。私「あ!『オッティー(←本名)』先生だ」友「あの人フイの学科の先生なの?」私「そうだよ。・・・あー、あの人が日記の中に出てくるオッティーだよ」友「えっ!?」その友人はすごく驚いていた。友「なんか持っていたイメージと違う・・・」どうやら私が「かっこいいかっこいい」と書いていたために、かなりのイケメンを想像していたらしい。だーかーらー。キレるハリー・ポッターなんだってば、オッティーは。でも彼のかっこよさはそのインテリジェンスと冷たさとやさしさのバランスにあると思う。しかもいい匂いだし。うわさによると、オッティーの使っている香水はシャネルの「エゴイスト」らしい。ほんまかいな。あんないい匂いだったっけ、「エゴイスト」って。もっと強烈な匂いがしたと思ったけど。いま、どれくらいオッティーにクラクラきているかというと。「『エゴイスト』を買って、ベッドに一吹き散らして眠りたい」くらいです。
2003.12.12
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卒論に追われている時、構内では同学科の二年生や三年生の後輩たちにばったり会ったりした。そのたびに「卒論どうですか?」って聞かれるんだけど。決まって「やばいよー」って答えていました。だって、その言葉に偽りないし。でも、そのたびに「がんばってください」と言ってもらいました。本当だったら三年生とかは自分たちも就活で大変だろうに、私のほうが励ましてもらちゃって。すいません、たよんない年上女で。でもクライシスが起きてからの「やばい」は、ほんと真に迫っていたみたいで。一人の二年生の男の子の後輩に会った。そのときたまたまクライシス直後で、けっこう私の顔にも緊迫していたものがあらわれていたんだと思う。「大丈夫なんですか」って聞かれて、思わず愚痴のようにババババババーーーーッとヤバイ状況を訴えた。オッティーに会って、クライシスが起きたこと。それを聞いて、その後輩の顔に哀れみと同情と慈しみがないまぜになった表情があらわれた。その表情にちょっと「おっ?」と思った。こんな表情ができる、もしくは私がされるようになったんだと。この気持ちをどう表現したらいいのかわからないけど、端的に言えば彼に男を感じました。表現がちょっとエロいけど、そういう意味じゃなくて、なんていうか「後輩は後輩」で男とか女とかあんまり考えていなかったし。その「後輩」という枠が、その表情でちょっと消えかかった瞬間で。前もどこかで書いたかと思うんだけど、けっこう私は枠にとらわれやすい。バッハ先生やオッティーがどんなに好きでも「先生は先生」。店長がどんなにやさしくても、「店長は店長」。どんなに年が近くても、「先輩は先輩」。こういうタイプがうっかり間違った結婚とかしちゃうんだよね。「弁護士」といいう肩書きがあるから、きっと頭がよくて弁がたつんだわ~、なんて思ってたら、全然ボケボケの人だった、とか。「だまされた!」って思うのかしら?・・・で、何が言いたかったのかと言うと、特にコレといって何があるわけでもなく。ただ、後輩に会って男を感じました、って言うだけの話です。
2003.12.11
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ランチを友人とする約束をしていたので、毎度のことながら遅刻しそうになりながらも部屋を出ると。部屋の前には大きなダンボール箱が。「ぎょっ」として中を見てみると、中にはなんとポインセチア(?)らしき鉢植えが、クリスマス仕様に飾られていた。ダンボール箱にはクロネコヤマトの伝票が貼ってあって、そこには「管理人さんに預けました」と宅急便の人が書いたらしき文字があった。おそらく寝ててインターフォンに出ない私に焦れた宅急便の人が、エントランスで管理人さんにプレゼントを渡し、それをわざわざ管理人さんが私の部屋の前まで運んでおいてくれたのだろう。そのプレゼントは友人たちから贈られたものだった。あまりのサプライズに喜びもひとしお。中にはその鉢植えと、カードが2種類入っていた。声が録音されているカードと、手作り感たっぷりのカード。「メリークリスマス」と書いてあったから、やはりクリスマス・プレゼントらしい。こんな風にプレゼントもらったことなかったから、本当に嬉しかった。前からその友人の一人には、「卒論やだーー!なんかもう、ドキッとワクっとするようなことしてちょーだいよ」とわがままな注文をしてたんだけど、本当にドキワクを体験した。「フイキュン作戦第一弾」とカードに書いてあったから、第二弾を期待していいのかしら?なんて、更なるわがままを言ってはいけませんね。本当に久々にワクワクウキウキを味わいました。 ありがとう。(23:03)友人とランチをしてから大学へと向かう。大学でピコピコ卒論やってたんだけど・・・。なんと学科生の多いこと。10人以上は見たし、会った。必修授業並に、同学科生勢ぞろい。みんな卒論に必死みたい。なんとなく共に戦う仲間がいるみたいで心強く思う。今日は図書館から今さらの如く本を持ち出して、参考文献増やしてみた。だって、今日会った学科生、すでにページ数3枚の記述にわたるほど参考文献集めるくせに、それでも先生に「参考文献が少ない」といわれたらしい。なんてこと!私なんて参考文献、かき集めてもページ1枚埋まるかどうか。やばい。だから私の論文のテーマに触れそうな本をとりあえずかき集めて、引用できる部分は拾っていった。その本、借りもしない。パソコンの前でペラペラめくって、使えるとこちょこっと使って、参考文献の欄に並べちゃう。これってアレに似てる。たった一晩お付き合いした男性を、「いままで付き合った男性は、10人以上はくだらない」と、恋人にカウントしてしまう見栄張り女。ごめんなさーーいーー。私もみえはるですーーー。でも参考文献だから、ゆるして・・・。でも見え張るさんは、上には上がいるからな。「あの人とやけに目があうの。絶対あの人私のこと好きなんだわ!」とな。って、これは見え張るではなくて勘違いか。これを参考文献の例に置き換えると、背表紙しか見てないのに参考文献に加えてしまうって感じかな。私、最悪その勘違い女になってもイイデスカー?でもまだそこまでしない。先生に言われたらそうするかも。これでうっかりやっちゃって、副査がオッティーとかになったら、「あっ」とため息をこぼすまでもなくばれてしまうんだろうな。ひょー、こわこわ。たまたま会った学科の友人と、夕ご飯を食べにいくことにした。その子も絶対私と同じくらい卒論進行やばいはずなのに、「飲み行くかっ」って誘ってくる。「バカじゃないの!?」と思わず暴言を吐いたけど、きちんと誘惑に抵抗したの。一回は・・・。結局流れ流され、「初恋サワー」一杯だけ飲んできました。でも居酒屋にはいるとは思えないハイスピードで出てきた。所要時間にして40分くらいかな。流されたけど、流されきれない人、マオフイ。かっくいい~~。その居酒屋、けっこう同大学生が多い。その友人が「知り合いに会いませんように」と言っていたけど、その友人も私も知り合いに会ってしまいました。ゼミの後輩一人、学科かつバイトの後輩一人。どうかどうか、店長に「フイさんが飲んでいました」とは伝えてくれませんように。なんか知らないけど、もしかしたら最初のプレゼントが効いたのかもしれないし、卒論をやっていても友人にたくさん会ったせかもしれないし、「初恋サワー」を飲んだせいかもしれないけど、今日一日がとても幸せに感じた。やっぱコミュニケーションはパソコンより現実世界でおこないたいです。今日のお宝画像。学科で1、2を争う美脚の持ち主。誰でしょう。「この写真、HPでアップしちゃうよ」っていっても、「いいよいいよ。あははは~~」と言ってしまう子です。 素敵な足の開き具合です。今日はもう寝ます。昨日の日記読んで思ったけど。「洗濯する」って書いてから、30分後に「もう寝ます」と書いた。明らかに洗濯をしている間に、卒論のやる気がなくなっていることがうかがえます。(3:18)
2003.12.10
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ぼんじょーるのー!とりあえず、オンライン日記はじめます。今日の日記も書きます。昨日の日記も書きます。でもその前にちょっと卒論やります。うふ。(23:48)おなか減った。夜食食べてもいいかのぅ・・・。(1:05)まだ夜食食べてないのぅ。おなかがクークーうるさいのぅ。ようやく結論書いた。苦しかった。産みの苦しみ。こんなに早く味わうとは思わなかった、産みの苦しみ。それじゃあ、これから最初に戻って定義をしなおして・・・。タネ、じゃなかった、ネタをこれから仕込みます。でもその前に洗濯干します。それから管理にさんにもらったバナナ食べます。(3:01)寝ます。卒論明日書きます。今日の日記も明日書きます。どうか起きたら午後、なんてことになりませんように。(3:35)@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@誰の背中に羽が見えたのかと言うと。ヤスエに引き続き、学科のもう一人の友人にも書き途中の卒論見てもらった。どうしたらよいのか、またもわからなくなってしまって。快く見てくれる友人。ところが、いざ私の卒論を見せてみると。見始めて3秒で爆笑。その後、第一章を読む間に彼女は3回も爆笑した。私の卒論の目的、決して人を笑わせるために書いたわけじゃない。別に内容に爆笑したわけでなく、私がいい加減に書いていた記述やグラフにウケたらしい。彼女も「ここはこうしたらいいよ。ここの書き方はこうだね」と、中身から書き方まで丁寧に教えてくださる。どうして私の周りにはこうも頭のいい人が多いのでしょう。頭の中でぐちゃぐちゃしていたのが、少しすっきり。おかげでだいぶ卒論を進めることができた。結論をどうしたらいいのかわからくて、でもその友人に理解してほしくて、図を描きながら説明していると、「この図描くってことは、(副査は)オッティーだよ」と断言されてしまいました。オッティーなのかなー・・・。やだなー・・・。最近学科の間では「卒論終わった?」が、大阪で言う「もうかりまっか?」と等しい関係にあるんだけど、そろそろみんな終盤にさしかかっているらしい。大学の図書館で、よく学科生に会います。その日は夕方その友人と再度落ち合って、夕飯を一緒することに。新宿でおいしいご飯を食べました。もうその友人には、卒論だけでなくいろいろな面でこの日はお世話になりました。「チョー効く」というフェイス・パックを一枚わけてもらったり(←実際すごい効いた)、私が今夜の予約録画し損ねた「あなたの隣に誰かいる」のドラマを、家族に電話して録画してくれたり。お世話になりまくりです。「早く終わらせなよ」のその一言を重く受け止め、がんばりたいと思います。そうそう。ヤスエさまからパソコンの方にメールがきてて、「心理テストだからやってみて」とテストが添付されていたのだけれど。いざその添付ファイル開いてみたら、その心理テスト、オール英語だった・・・・。がーーーん。わかんないよ。できないよ、ヤスエ。確かに簡単な英語で書かれていそうだっただけど、英語アレルギー私。卒論が終わったらゆっくりじっくりやらせていただきます。インテリジェンス、やっぱほしいわ。
2003.12.09
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うむむ。今日は、ここからリンクも貼ってあるヤスエのHPの日記を見て笑ってしまった。なぜ笑ったのかというと。それを説明したいのでちょっと転用。しかも無断で。後で承諾を得ます。これが事後承諾。得られなかったら、サクリと消すので、どうかその前に皆様に私が笑った意味が伝わりますように。今週の木曜、金曜と、ヤスエに私の卒論を見てもらった話を書いた。その同じ状況をヤスエも日記に書いていてくれたのだ。最近多いです、ヤスエのとのコラボレーション。どのように書いていただいたかと言うと。(以下転用)フイが卒論で行き詰っているから見てほしいという。(フイの日記12/4と5参照) 昨日ざっと一通り目を通したのだがなかなか面白いテーマであった。ちょっと、オルタナティブメディアについての要素を多分に含むものだった。インターネットというオンラインメディアを活用することで「思想の自由市場」が果たして形成されるのか?という議論がこの論文の先にはあると思う。 (以上転用)オルタナティブメディアってナンデスカ?私の論文の先には、「思想の自由市場」が形成されるか否かの議論がマッテイルデスカ?びっくりしたー。私の論文からそんなことを読み取っているヤスエにびっくり。びっくりしすぎて笑ってしまった。マオフイには見えないものが、ヤスエには見えたという。そんなヤスエが、マオフイには霊媒師のように見えたという。気分はあれ。自分の息子が何を考えているのかわからない母親が、隣近所のおばさんに、「お宅の○○君、将来パイロットになりたいんですってね」と言われたときの状況に似ていると思う。わけもわからず迷走していた私の論文に、おそらくヤスエは私には見えない結論が見えたのだろう。きっとヤスエにこの中途半端な論文を渡したら、立派な息子に育て上げてくれるはず。「私じゃこの子を幸せにできないんですっ」といって、ヤスエに私の卒論の全権を委ねたいです、ほんと。この話を今日一緒にランチしたちづにも話した。私「もう参ったよ。ほんとすごいんだよ、ヤスエは」ち「ほんどだねー。同じゼミに入れたことを誇りに思います(←ヤスエとちづは同じI川ゼミ)」私「私も、私の卒論をヤスエに見ていただいたことを誇りに思います」そんなこんなで、私の中でヤスエ熱がフィーバー。あれ?熱=フィーバー?関係ない関係ない。そして最近気がついたんだけど、私、老若男女問わず、インテリジェンスに弱いかも。頭いい人、もしくはそんな場面を見せつけられると腰がへにゃへにゃしちゃう。そして目には☆。オッティーとかヤスエもそうだし。私の目の前で英語ペラペラ話してご覧なさい。きっと手を胸に組んで、息を潜めています。私が。きっとその理由としては、私がインテリジェンス、欲しかったんだろうなー。欲しかったけど手に入らなかったから、もしくは入れようと努力をしなかったから、それを持っている人、努力して手にいれた人に対して腰が軟体動物になってしまうんだと思う。せめて大学時代の集大成、卒業論文にだけでも、知性の欠片が一光りしてくれるといいんだけど。
2003.12.08
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おあよーございます。今日はいい天気ですな。しかし、天気に関わらず、私はどこへも行かず、コミュニケーション対象はこのパソコンだけ。いよいよこのパソコン漢字変換おかしい。「天気」 → 「転記」「行く」 → 「逝く」ちなみに、「逝く」は携帯のほうも、一回目の漢字変換はこれ。確かにさ、一時期多用させてもらったけど、いまではあきらかに「行く」のほうが多いのに。そろそろ主人がどちらを必要としているのか認識していただきたい。今日は友人からひさびさにバスケに誘っててもらっていたのにも関わらず、お断りしてしてしまいました。「卒論、終わってたら参加させて」とは言ってたんだけど、案の定終わってなかった・・・。ううう。前もこんなんでテニス断ったしな。もう、卒論はあやかしのものです。どこにいても いつであっても我につきまとふ あやかしのもの他に目を奪われようと 手を伸ばそうとつねにつきまとう それの視線さりとてこちらが手を伸ばそうものならかげのごとく はかなくなりなん ひとのおとこにあらましものをな感じでしょうか。いま、テレビでケンタッキーのCMやってた。竹内まりやの声で。♪今年もクリスマスがやってくる~ かなしい出来事を 消し去るように~ さあ みんなでパジャマを・・・ここでCMが終わるんだけど。みんなでパジャマをどうするんでしょう?たたむ?洗濯する?脱いで何かする?気になります。しかし竹内まりやの声、癒し系。この曲の雰囲気もいいんだけど、これが竹内さんの声だからこそ、よりやさしいワクワク感が盛り上がるような。そういえば竹内さん、「わたしのためにケンカはやめて 私を奪い合って二人とも(←二人は男性)争わないで」というような感じな歌だしてなかったっけ?まさに「モテモテですっ!(←おすぎ調)」っていう感じのやつ。そのことについて友人と話してたんだけど、「いいよねー。そんな争われるほどモテてみたいよ」「一生に一度もないよ。あったとしたら、人生全てのモテ期をその一瞬に費やさなきゃだね」「さぞかし竹内まりや、モテたんだろうなー。じゃなきゃ、こんな歌うたえないよ」と、ちょっと竹内さんにジェラってました。でも、気がついちゃったんです、私たち。ある真理に。「・・・でも、そんな争いあったくせに、その勝者が山下達郎なんだよね・・・」「・・・」もしかして、争うって腕っ節とかじゃなくて、曲作り対決とかだったのかな。「どっちがまりやさんを感動させる曲を作れるか、勝負だぁ!!」んでもって、「♪ きっと君はこない~ 一人きりのクリスマス・イブ」なんて歌われちゃったら、そりゃ竹内さんじゃなくてもクラクラしますて。ここまでの日記読み返してみて、何が言いたいのか執筆者もよくわからないんだけど、とりあえず今現在においていいたいことを徒然つづったら、こうなりました。(15:02)ナイス・ギャグを思いついた。ラブがチューブラりん。(21:17)今日の日記のタイトル、「あやかしのもの」としたはずなのに、「あやかしものもの」にてなっている、いつのまにか。オダギリジョーかっこいいな。いま、ソニーのウォークマンのCMを見て思いました。いつからオダギリジョーをかっこいいと思うようになったのかは覚えてないけど、仮面ライダーでないのは確か。前はバラエティーとかにも出てたけど、もうそういったものには出ないのかしら。売れるとそいういうもん?アカルイミライのオダギリジョーは痛々しくて、それはそれでかっこよかった。これから散歩に行ってきます。いつものコースで、心の恋人に会ってくる。最近行ってなかったから、楽しみ。もし、二時間後までにここに日記が更新されていなかったら、警察か、または実家の親に連絡してあげてください・・・。(23:42)ただいま帰りました。散歩、気持ちよかったです。途中の道々、それこそあやかしのものが出てきそうだったけど、それさえも爽快で楽しかった。 実は前からやってみたかったこと。公園で爪を切る。普通にうちの中で切ってもいいんだけど、私が持っている爪きり、切った爪が四方八方に飛ぶ。だからいつも爪切る時は、スーパーの袋の中に手なり足なりを突っ込んで切っているだけど。それでも一かけらくらいはポーンとどこかに飛ぶし、そもそもその体勢で爪を切る閉塞感が嫌だった。そういうときはいつも、「縁側が欲しい。縁側で思う存分爪を切りたい」と心に思うのでありました。そして「だめなら公園で爪が切りたいっ」と。さっき散歩に行こうと思ったとき。もし、その散歩コースの公園で人がいなかったら、念願の夢を果たそうと思った。公園に着くと、夜遅いのと寒いのとで、いつもより人が少ない。ベンチに座って、ひっそりと爪を切ってきました。両手の爪を切り終わると・・・。どうしても両足の爪を切りたい衝動に駆られる。さすがにそれはだめでしょ。誰かに見られたら変態でしょ。でも、誰にも見られなかったら・・・・?恐る恐る、それでも手早く、両足の爪も切ってきた。私が見ていたかぎりでは、誰にも見られてなかった。スリルとサスペンスと、解放感に満ちた爪きりでした。今日は誰にも会わず、1日が終わろうとしているんだけど。一つだけ後悔があるとすれば。誰かに頭をなでてもらいたかった。今日は、私の髪のコンディションがいつもよりすこぶるいい。べたつきすぎず、パサつきすぎず。ただし毛先の痛みはどうしようもないので、指を入れて梳かされてもきっと途中で止ってしまうから、なでるだけ。自分で頭をポンポン、と叩いて「おっ」と思う。もったいない。こんなとき、誰かに頭をなでてもらいたい。きっとその人も、「おっ」と思うはず。こういう日はめったにないので、せっかく来たキューティクル・デーを誰とも分かち合うことなく終わってしまうことが至極残念。ではおやすみなさい。(1:45)
2003.12.07
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ううう。昨日勢いよく卒論に対する意気込みを高めたはいいが、一晩寝たら勢いよくしぼんだ。風邪、ひいたくさい。起きたらだるくて頭痛い。あ、しかも気持ち悪いかも。こんなときになぜ・・・。とりあえず大学行くのはあきらめて、家でなんとか卒論しまうま。あ、ギャグもキレない・・・。それはいつも?母から電話がきた。お父さんもでてきた。第三世代ケータイにしたら、微妙に電波悪い。よく電話している最中に、切れちゃうことがあるんだけど。今回はなぜかお父さんがギャグを言おうとすると、「ぷつ、ツーツーツー」と切れてしまう。父「はは、ボフがね、ねーちゃんに(←私のこと)こう言ってたぞ。早く・・・ッツーツーツー」一番大事なオチで切れてしまうもんだから、あわてて電話かけなおす。別にギャグのオチを聞きたいわけじゃないけど、お父さん、すねちゃうから。電話すると、母が出る。「お父さんが『切れちゃった』って言ってたよ」「あ、ごめんごめん。電波悪くて」もう一回お父さんに換わってもらうと、ちょっとふてくされ気味。それでも話続けてると、またも途中で切れちゃう。「あーーー」と思って、もう一度電話かけると、またも母が。お父さん、たまには一回目に出てよ。結局それからもう父は電話には出てこなかったのでありました。ううう。しかし、だるい。家からオンラインでがんばります。(13:00頃←後記)みかんを500円分買ってきた。風邪にみかんはいいそうです。今さら常識。これで、「実はみかんは風邪にはなんの効果もない」と言われたほうが、「ヘエ」をたくさんもらえそう。(17:42)ううう。ついに最終週になってしまう。とにかく今週中に泣いてもわめいても終わらせないと。早くも同学科のみなさんは、残すところ製本のみ、っていう人多いみたいだし。全然今日の話ではなく、話は戻って昨日の話になるんだけど。ゼミ飲み、二次会に行ったとき。久々に人に説教した。私という人物、説教される覚えがあっても、説教できる資格がない。だから、普段だったら、とくに本人を目の前にして本気で説教するなんて本当にないことだったんだけど。でも、思わず言わずにはいられなくなり、飲みの席を借りて説教してしまいますた。三年生の男の子なんだけどね。でもその説教内容、その男の子をのぞいてみんな納得いっているみたいだったから、一人よがりではないと信じたい。その内容は本人のプライバシーに関わるから、ここでは敢えて言わないけど・・・。しかし、同じ言語を話しているのに、こんなにも話が通じない人は初めてだった。理解してもらうために、「たとえばね~」と、例え話を多用するんだけど、全く理解できないみたい。「えーー、わかんないっすよ」私だけでなく、他の後輩たちも例えや、わかりやすい言葉に言い換えて、どうして説教されなければならないのか話すんだけど、どうしても理解してもらえない。二時間かけて説教したけど、わかってもらえたのは15%くらい。あげた例え話を使えば、「○○について説教 100の例文集」出版できちゃいそうなくらいだし。あまりのわからず屋に、思わず手が出た。パシッ。パシッ。何度ビンタを食らわせたことか。けっこう痛かったと思う。いま試しに、その時と同じ力加減で自分のほっぺ叩いたら、けっこう痛かった。うーーん、ちょっとだけごめん。自分にビンタして、ちょっと目が覚めた。これからもう少し卒論します。でも今日の日記はこれまで。(1:54)
2003.12.06
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久々にオンライン日記を書こうと思います。つまり、今日は卒論に打ち込むぞ、と・・・。その意気込みを、いまのうちに宣言しておくぞ、と・・・。そもそもオンライン日記の定義とは?でも、その前に一寝させてください。(13:30)オンライン日記やるとか言っておいて、実はもう寝ようかと企んでいます。明日大学に行こうかと考えているので、今日はもう寝て、明日朝早く起きようかと考えています。また誰かにモーニング・コールしなきゃなー・・・。その前に今日の日記を書こうと思います。ゼミ飲みの延長でオールをしたので家にかえって来たのが5時半。でも今日は一限からオッティーの授業があるから、7時半には起きないと間に合わない。とりあえず少しでも睡眠をとろうとベッドで寝たんだけど・・・。ちゃんと7時に目覚まし鳴る前に目が覚めました。覚めたはいいけど、眠い。っていうより痛い。頭も痛いし、アルコールが完全に抜け切っていないのがわかる。昨日なんやかんやいって、焼酎や梅酒けっこう飲んだからな~。仮に車を運転したら、酒気帯びで捕まる程度には残っていました。携帯を引き寄せ、ヤスエにメールを打とうとした。「昨日はオールで、どうしても眠くてオッティーの授業には行けません。でも卒論をみてもらう約束をしていたので、授業終了ぐらいにはそちらにつきます」この文章は作ったはいいけれど・・・。いま二度寝して、再び目が覚めるとは到底思えなかった。そして。一緒にオールをした二年生の女の子に、「じゃあ数時間後にオッティーの授業で」と言って別れたのを思い出した。ここで私が休んだら、先輩としての尊厳がっ!・・・最初から存在してましたかね?いろいろグルグル考えて、結局行くことにしました。電車の中、気持ち悪い。眠すぎて。教室について死んだようにうつぶせていると、一緒にオールをした二年生の子の一人が来た、ちゃんと。しかも私より明らかに溌剌とした顔してるっ!これが若さなのかしら・・・。でも、その子も私も、授業が始まった途端寝始めた。ううう。でも今日大学に来たのはオッティーではなくて、ヤスエが目的だから。授業後、二人で構内でランチをする。食後にさっそくヤスエに卒論を見てもらったんだけど。もう、ヤスエの背中から後光がさしているように見えた。頭の上に金色のワッカが見えた。背中には白い羽がふわふわ泳いでいるのが見えた。「ここはねー、先にこの節を持ってくると次の節が説得力持つんだよね。タイトルは何がいいかなー」といって、これまで私が無理やり書いた論文を、節ごとにばらばらに切り離し、それを論文らしい構成に組み立て直してくれた。ウィーン、ガチャン。ウィーン、ガチャン。そしてついでに節ごとのタイトルまで考えてくれる(涙)!気がついてはいたのだけど、私はほんと論文用の語彙が足りないんだよね。それをもっともらしい言葉でタイトルをつけてくれるヤスエ。ある一節なんて、ほとんどどこかの本を丸写ししている。「もうほんと適当にいいところをパクってるだけなんだよ、ここの節なんて」という私の言葉を、「それは取捨選択によって主観があらわれるからいいんだよ」と、すてきな言葉に置き換えてくれる。私なんてせいぜい「パクリマクリスティだわ」とギャグを言うしかないのに。その論文センスがほしいと思いました。アルバイトに行くのか、時間ギリギリまで卒論をみてくれたヤスエ。本当にありがとう。そのインテリジェンスとやさしさに、最大の敬意を表わしたいです。卒論の最初のページには、「卒業論文 バッハ教授指導」って書くんだけど、そこにヤスエの名前も並べて書きたいくらい。ダメなら「はじめに」とかに、special thanks をつけたいくらい。でも思い返せばヤスエに限らず、ずいぶんこの卒論を書くにはいろんな人にお世話になったもんだわ。ハッパかけられたり、尻ひっぱ叩いてもらったり。たくさん励ましてもらった。私の卒業論文は私だけのものでなく、みなさんのものです。・・なんて、あたかも卒論書き終わった人の如く回想をしてみたけど。それは終わってからの話でしょ。「・・・と、みなさんのあたたかいご指導・ご支援によって、ここまでがんばってくることができました。が、しかし。私の力およばず、今年の卒業はあえなく断念することとあいなりました。応援してくださったみなさんには大変申し訳なく、申し上げる言葉もございません。これからは心機一転、卒業にむけて新しく再スタートをしますので、何卒よろしくご指導承りたく存じます」って、いつかの日記に書くことになったら嫌だし。うおおおおおおおおおおおおおおお!がんばるぞーーー!!そして、そして、終わったらたーーーーっっぷり、すーーーーーっぽり、ちゃーーーーーっかり、あきれられるくらい遊ぶんだぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!!!!(2:00)
2003.12.05
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早起きすると宣言していた。でも起きたのはやっとこさで9時前。開かない目をむりやり開けて、携帯を探す。携帯を引き寄せ、ベッドに入ったまま、再び目をつむったまま電話。モーニングコールです。ちなみに、人を起こすためではなく、自分が起きるための。電話して話したら、少しは頭がスッキリするかなー、と思って。ちづに電話してみたら・・・。出ない。無常にも留守電につながれた。せっかくだからメッセージを残しておこうとおもったんだけど、声を発してみてびっくり。すんごいひどい声。「ガラガラ。ガラガラガラガーー。ガラガラガラーガ。(フイです。電話してみたけど出ないのね。これから起きまーす)」起きて、大学に行く。今日は夕方からゼミ飲み=忘年会。楽しみにしてたんだけど、バッハ先生が風邪を引いて具合が悪いらしい。そのせいでその日の三年生のゼミはなくなったんだけど、なんと忘年会には参加するそうだ。ゼミは休むけど、飲みはするゼミ。端的に言えば、それがバッハゼミ。ゼミ飲みに行く前にパソコンルームに行った。そこで学科友、ヤスエに会う。何の気なしに、「ちょっと私の卒論みてくれる?」って言って、私の中途半端な卒論をヤスエに見てもらうことにした。ついでに、私もヤスエの卒論を見せてもらう。絶句・・・。そして、忍び笑い。次元が違ったは~~~~~~。あまりのすばらしい卒論の内容に「ふっ」と、何度か一人で笑ってしまった。あまりの格の違いに、笑うことしかできない。何のテーマを書くのか以前から聞いてはいたのだが、私が想像したよりもはるかに多角的にそのテーマを追求していた。もう、その卒論は出版されてもおかしくないくらいの見事なできぶり。こんなの読んでしまって、そして私のあんな卒論ヤスエに読まれてしまって、私はもう恥ずかしくてお嫁に行けない。それでも恥を忍んでヤスエに卒論のアドバイスをもらった。「う~ん、何かが足りないんだよね・・」・・・・なになに?卒論に対する愛?それとも情熱?なんてことはなく、ちゃんと真面目なアドバイスをくれるヤスエ。でも本当に的確なアドバイスで助かった。最近卒論の中で執筆者、迷子になってたんだけど、ゴールから光を照らしていただいているような気分でした。次の日、オッティーの授業で一緒になるので、そのときまた卒論のアドバイスにのってくれるように頼んだ。ヤスエに卒論のことを相談していたために、ゼミ飲みに遅れる。会場は私のバイト先。忘年会で忙しいシーズンなのに、働かず飲んでしまっていて、ちょっと申し訳なかった。三年生は就活帰りなのか、ほとんどの人がスーツ。二年生も全員ではないがけっこう参加していて、四年生は私一人だった。バッハ先生に、「どうして四年生は私一人だけなのでしょう」と、聞いてみると、「自分の胸に手をあてて聞いてみろ」とおっしゃる。右手を左胸にあてて尋ねてみると、とても明確な回答が帰ってきました。そうですよね、今ごろ飲んでいる場合じゃないですよね。それでもやんややんや、楽しく飲むことができました。一次会は終わって、「二次会行く人!」と誰かが声をかけたとき。私の右腕は見えないピアノ線に引っ張られるかの如く、ピシッと天に向かって伸びた。あれれれ?結局その日は、吉祥寺で二年生三年生とオール。禁断のオール。やっちゃいました・・・。
2003.12.04
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晴天の霹靂。驚きの事実。知ったのは一昨日だけど、確定したのは昨日。ついに私が所属するバッハゼミも、私のバイト先で飲み会をやることになった。これまで学科内ではI川ゼミ(←私も何気に参加)、オッティーゼミがうちのバイト先で飲み会を開いていてくださってる。バッハゼミもそのうちするのかな、と半ば冗談で思っていたけど、本当にすることになって驚き。どうやら言い出しっぺは先生のよう。そのバイト先で、バッハゼミ生は私を含めて二人働いているんだけど、「もしゼミ生がバイトしてても、そこで飲めばみんないっしょに打ち上げられるだろう?」とおっしゃってくれて。まあまあ(涙)。私は卒論でバイトのシフト入れてなかったから、たまたま大丈夫だったんだけど、先生の言ったとおりもう一人の子は本当にシフト入ってた。私が「C(←バイトの店名)で忘年会やるんだって。知ってた?」とメールを送ると、「私その日シフト入ってるんです~」という返信が。かわいそうに。みんなが楽しく飲んでいるのを横目で見ながら働くつらさは、私が一番よく知ってるわ・・・。「じゃあ途中で交代しよう」とか言って、その日は話していた。でも飲み会参加率、その子より私のほうがぜんぜん多いから、本当は今回は私は代わってあげたほうがいいのよね・・。ううう。今日は店長にヘルプを頼まれてバイトに行った。本当に人手不足。調理場さん以外は、店長と私と先輩のKつんだけ。お店に行ってから、改めて店長にあいさつした。「すみません、明日うちのゼミがお世話になります」快く引き受けてくれた店長。しかもすでに宴会コース、ディスカウントしてくれてる・・(涙)結局、一昨日さちさんのあて先と間違えて、私が忘年会には参加するメールを送ってしまったけど、遅かれ早かれ店長にはばれてしまう結末だったのね。その日は三人でもなんとかお店を回せた。この忙しいシーズンに、お店がすいているのはやばいんだけど。それでも疲れました。疲れのせいか、ご機嫌のためか、途中で気が付いたら鼻歌歌っていた。シチューの歌なんだけど。「ハウス シチュー」♪冬のやさしさを あげる やさしいシチューを あなたにあげる~フンフン歌っていたら、Kつんに「音痴やな~」とグサリ。「え!ひどい!そんなことないし!」と、今度は本気で歌うと。「音、ズレてるで」とまたもつれない一言。げーー、私音痴だったの?「音痴だなんて、初めて言われたっ」と憤慨するものの、Kつんはプロのピアニストになる人だから、そういう人に言われると自信がない。「てんちょー(泣)Kつんが、Kつんが、ひどいこと言うんですぅー!!」と泣きつき。店長が「なにぃっ!Kつん、何を言ったんだ!!」とKつんを問い詰めると、「フイがロースハムの歌うたっとんたんですけど、音痴なんですよ」と、こともなげに言うKつん。がーーーん。ロースハムの歌じゃないし。音痴決定です。
2003.12.03
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卒論の草稿を今日中に書き終わろう。そう決意して昨日は寝た。そしたらまたも寝坊。ごきげんように研ナオコが出てた。卒論を大学で仕上げるという目標を掲げていながら、友人とお茶をする約束もしている。とにかく時間がないので、クイッククイック。すると学科友リョッキーからメールが。大学でいま展示会をしている袴を見に行かないかと。そうだ。卒業式の袴も予約しなきゃだ。いい機会だと思ったので、一緒に行くことにする。これで7時からのヘルパー飲みまでの間に、袴見て、友人とお茶して、卒論を書き上げないと!あまりの時間のなさに焦って、本当は毎週楽しみにしている「あなたの隣に誰かいる」のビデオ予約録画をしようと思っていたんだけど、それさえも捨てて、あわてて家を飛び出した。リョッキーには二時には大学行くとか言っおきながら、家を飛び出したのが二時。ううう。最近携帯にダウンロードしたテトリスにはまってる。寝る前にぴこぴこ。起きたらぴこぴこ。電車でもぴこぴこ。したら、うっかり大学前の駅、通り過ぎちゃった。次の駅について、降りたら周りの景色が違うからびっくりした。あわてて反対のホームに行って、大学にもどることに。余計な遅刻をかさね、やっとこさリョッキーに会う。そのまま二人で袴を見に行き、予約してきたんだけど。焦っていたせいか、脅威のスピードで決定。普段の優柔不断はどこへやら。リョッキーに「早!」と驚かれるほどでした。その後、待たせていた友人とリョッキーとでお茶(は変更になり私はランチ)をして、ようやく卒論へ。7時前に、終わっていはいないけどとりあえずバッハ先生に出す形までにはした。先生の研究室に行って卒論を渡して、二人でヘルパー飲みの会場に向かう。ヘルパー飲み。ヘルパーとは、毎年新一年生が入ってくるのに備えて、オリエンテーション・キャンプの準備をしたり、新入生歓迎会コンパの準備をしたり、そして最近知ったんだけど卒業生の謝恩会の準備をしたりする、まあ高校時代でいう学級委員(?)みたいなものだ。各学年から4人。自分の学年のお世話はほとんどしない学級委員。そして来年度の新入生入学の準備に向けて、現一年生から最近4人選ばれた。今回のヘルパー飲みの目的は、「新ヘルパー歓迎会」ということで。全員参加はやはりムリだったけど、先生はバッハ先生、I川先生、アベコちゃんがきた。アベコちゃんと飲むのは今年の新歓飲み以来。っていうか口きくのも新歓飲み以来。授業とっていないからな~。なんともかわいらしいチャーミングな人でした。とても報道英語で大勢の人を苦しめている人には見えませなんだ。「みんな報道英語で苦しめられていますよ」と、あつかましながら提言をいたしますと、「全然全然!苦しめてなんかいないよー」と、顔の前で手を振るアベコちゃん。ふーーん、無自覚なんだ・・・。白いニットのタートルを着て、かわいらしいアベコちゃん。学科の先生たちの中で紅一点。これから学科の華の地位をかけて、激しいバトルをしていかなければならない予感がした。アベコちゃんVSマオフイ卒業生ヘルパー、さちさんも途中参加(タクシーできたらしい)、一年生ヘルパーも最初は緊張してたみたいだけど、徐々に打ち解けて楽しい会となりました。一次会が終わって、「二次会行く人!」となったとき、残ったのは一年生と二年生。そして私。ううう。先生方はもちろん一次会で帰ってしまわれたのだが、他の飲みと掛け持ちしてる人とかが多くて、そっちの方に流れていく人も多かった。さちさんも、心の恋人アツが違う飲み会に行ってしまったというのと、出張帰りのお疲れもあったのか、めずらしく一次会で帰ると言う。ううう。でも二次会は逆に一年生とすごい交流を持てた。一次会では来てなかった一年生ヘルパーも合流し、これでようやく全員の顔を見ることができた。思いのほか楽しかったです。今年もいいキャラしてます、ヘルパー。「たのしーー!ヘルパー飲み一ヶ月に一回しようよ!」「いいですねーー!やりたいでーーす!」ううう。いい子だ・・・。これを幾度となく私はヘルパーたちの前で叫び続けてきたのだけれど、「一ヶ月に一回はきついよ」とすげなく却下されてきた日々。いい子だ。ほんといい子だ。しかもすごい日本酒好きな女の子がいることを発見。きらーん☆彼女をチェックいたします。その後、五年生のかのこさんとそのご友人のオーストレィエリアンさんと、なんとアツが再び登場。ううう、さちさん・・・。結局終電ぎりぎりまで、二次会楽しみました。本当は一年生や二年生がオールする予定だったのらしく、私も残ろうかどうか迷ったのだが、そこで頭を掠めたのが卒論。卒論卒論卒論。なんだよ卒論。でも結局この二文字を振り払えず、アツが帰ると言ったのを好機に、一緒に帰ることにした。家に帰ってきて、まさか酔っぱらったまま卒論をするわけにはいかないから、早く寝て次の日を早く起きようと思った。しかし寝る前にテトリスをやったのがいけなかったのか、それとも最近の昼夜逆転の生活が祟ったのか、全然寝れない。悶々と夜を過ごし、ようやく寝れたのは朝の9時になってからでした。こんなんなら、オールすればよかった・・・。
2003.12.02
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おあようございます。ただいま5:24amにございます。ずいぶん早起きしたもんだ。なんちて。昨日腹痛くなって、寝ることにしたけど、眠れませんでした。だって昨日の日記=できごとを振り返ると、なんなの!?って憤りすぎて。寝坊したー。夕飯カップ焼きそばだったー。火傷したー。テレビ見たー。おなかいたーい。・・・おまえは小学生かっ!って、痛いおなかを抱えて、枕に頭をこすりつけ悶々としてたら眠れなかった。ミラコーはどうしたんだ、ミラコーは。しばらく横になっていたらおなか痛いものおさまったので、起きだして卒論。5枚だけなんとか書いて、ようやく本当にこれから寝ることにします。ついついさ、今の時期外に出ないでパソコンかテレビとかしか向き合ってないから、それらとコミュニケーションしてしまう。テレビに話しかけるよりは(かけてるんです)、日記で情報発信している方がまだマシかな、と思ってカタカタ指からぼやきをこぼしてるんだけど。昨日の日記を読んで反省。もう少しマシなことを書くようにします。某雑誌では、「日記ではいいことだけを書くといい」みたいなことが書いてあったしね。それがすてきな女性になるための一歩なんだそうです。ではおやすみなさい。(5:33)決意表明として、これから卒論します。昨日は結局脳みそがぎんぎんに冴えちゃったせいか、寝付けたのは7時頃。そんでもって、友人とランチする約束してたから10時半に起きる。んでもって、ランチといいながらついつい遊んでしまっていま帰ってきたの。あやうく夕飯まで持っていかれそうだったけど、私の理性と、その友人の理性とで、なんとかタモトを分かちてきた。携帯新しくする前に、auの「パケット割」に入ったんだけど、入っておいてよかった。ムービーやフォトを、ガンガン送っちゃうからパケット料金かかっちゃうし。それまで「パケット割」って、テレビのCMとかで見て知ってただけだけど、勝手にauさんが自動的に割り引いていてくれるのかと思ったら、そうではなかった。パンフレットをよく読んでみると、月額1200円の定額料金で、毎月800円分の無料パケット通信つき。そしてそれを超過した分はなんと、通常の三割弱のパケット料金になるというオプション・サービスなのでありました。なんてお得なサービス!自分はけっこう電話よりもメールをする方だし、しかも最近は添付もよく使うからパケット代は悩みの種。それを解決してくれたのは「パケット割」!さあ、みんなも「パケット割」に加入しよう!!私がauの回し者のように感じてしまった方。そうだんです。回し者だんです。だってさー、私も周りににムービーとか写真とかメールでやり取りしたいんだけど、相手にもそれは負担かかることでしょ?だから少しでも負担を軽くしたくて。っていうか、あそんであそんでーー。ムービーおくっておくってー。・・・というお話なのでありました。(16:26)うぎゃーーーー!またやってしもた、メール先の送信相手間違い!!今回間違えた相手は、店長とさちさん。なんじゃそりゃの間違い。さちさんに送る内容を、間違えて店長に送っちゃった。いま、卒論に忙しくてシフトを入れられず、店長にも「ムリしないでいいからな」と言われててそれに甘えていたんだけど、本来なら忘年会シーズンのいま、猫の手も借りたいはず。それなのに、まだ12月のシフトは入れていない。だけど、どうしても今週のある一日は人が足りないらしく、それでヘルプ要請のメールが来ていたのだ。それで、店長にメールを返そうと携帯を開いたまではよかったんだけど、なぜかその前にさちさんにメールを送りたくなって、そのまま文章を作って、送ってしまった。店長に。その内容がまずくて・・・。私が忘年会には参加することや遊んでることが、そこはかとなく漂っている文章で。あああああ、ごめんなさいいい、てんちょーー!「おまえ卒論が忙しいじゃないのかよ」とツッコまれてもおかしくない文章でした。ってなことで、ヘルプ要請された日はもちシフト入ります。(17:14)おネムです。「氷結白ブドウ」飲んじゃったからな。眠気覚ましに、シュワシュワしたもの飲もうとしたら、これしかなかった、シュワシュワしたもの。しゅわ~~っと心地よい疲労感に包まれています。明日はヘルパー飲み、木曜日はゼミ飲みと、やけに余裕風吹いてることするんだけど、どっちにもバッハ先生いるから、微妙にレッドカード出されて強制退場させられるかも。「おまえは飲みにくるな」「がーーーん」っていう風に。この筋書き、冗談じゃなくて大いにありうるから怖い。でも私、本当にこのヘルパー飲みだけを目指して、ここまでやってきたの。本当にそれだけ賭けてたの。まあ中にはオッティーとのめくるめく楽しい夜インクルードだったんだけど、それも夢とはかなくなりにけん・・・みたいな。でも2日までにはなんとか終わらせようと、がんばってきたのよ。だから、店長も、バッハ先生も、この日私が飲むことをどうかどうかお許しくださいますように。でもでもオッティーこれないけど、I川先生は来るらしい。かわいい(かどうかは見てないからわからないけど)、新しいヘルパーも来ることだし(って、それが本当は今回のメイン)、さちさんや他のヘルパーメンバーにも会えることだし、思わずバウバウ吼えてしまう。ただ、四年生は私だけしか参加しないという事実を今日知った。ちづが来ないのは聞いてたけど、ぶーはたとひとでさんまで。。。みんなやっぱり卒論のため自粛してるのかな。その自制心がうらやましいとともに、残念であります。みんなすごいよなー。私、今日の夕飯を断るので精一杯。誘惑に弱いでございます。今夜はもう少しやります。いまが潮時。(1:49)なんとなく敗北感を抱えたまま寝ます・・・。明日こそは・・・・。(3:45)
2003.12.01
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