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説明会に参加。(エントリーの)持ち球が少なくなってきた春暖かく、懐寒い日々に耐えられず、もう就活終わった友人に「なんかいい会社あったら教えて」と聞いて、参加した会社説明会。その会社の中身もよく知らず参加したら、偶然友人に(上記とは違う人よ)会った。二人で並んで話を聞く。普通、会社の人事もそれなりに説明会を工夫して、長い二時間の説明の中には笑いが2回か3回は起こるようにがんばるものなのだ。だのに。その会社の説明は、二時間ずーーーっと淡々と会社を説明をするだけ。つまらなさに、私は「ぐう」、となりの見知らない男子学生は「ちくしょう」とつぶやいておりました。でも説明のつまらなさと仕事のつまらなさは別。やっていることは面白そうだったので、この会社に興味を持つ。後は私にエントリーシートを書く、愛と勇気と正義があればっ!!その後友人と一緒に表参道でランチ。ランチっていっても4時半だし。この後7時から夕飯食べる約束してるのに、私の胃腸は大丈夫だろうか。その友人はちょっと食通。連れってくれたお店も素敵なおばんざいのお店。胃腸君の仕事ぶりを信じて、普通にガン食いした。その後友人と別れ、新宿に。今日は私の学科で最もお世話になった(いや現在進行形)二人の友人のお誕生日会。と、称した飲み会(?)待ち合わせ場所に集まる前に、その会に参加する友人の一人と落ち合って、一緒にプレゼントを選んでもらう。そしてバースデーカードを買って、新宿の普通に人通りがある道の通りで、二人で一生懸命カードを書いた。その結果。私たち二人が一番の遅刻。主役はもちろん、「5分遅れる。ごめん!」とかわざわざメールをいただいた人たちよりも遅刻してしまった。ふいいっ。お店は以前行ったことのあるアジア料理のお店。8人と大人数だったので一応お店を予約したんだけど、しておいてよかった。途中で店は満席になって、途中で来たお客さんを断って帰らせるほど。あんな妖しげな場所にあるのに、けっこうお客さんいるんだ・・・クーポンを使って、かなりたくさんの料理をリーズナブルなお値段でいただくことができました。お店にいた後半一時間くらいになってくると、店主らしきおじさんが、15分おきごとに「おいしーーですかーーーーー」と聞いてくるようになった。だんだんみんなも慣れてきて、「おいーーしいーーでーーーーーす」と声もそろう。「笑っていいともみたいだ・・」とボソッとつぶやいた友人の意見に、なるほどごもっとも。遅めのランチと、大量の料理に、さすがの胃袋君も「参った参った」と、途中でラーメンをのどから「コンニチワ」させそうになった。誕生日会とはいうものの、特に変わった趣向もなく、みんな好きなように食べ、しゃべった。やっぱり就活ネタが多くなるのは、この時期だからなのかな。最後にみんなそれぞれプレゼントを主役の二人に渡していく。なんて素敵な光景・・・(涙)これこそが誕生日会よ!おめでとう、23歳と22歳。実は、この日来た友人の一人に、私も誕生日プレゼントをいただいてしまった。「遅れてゴメン」と言って、すてきなブレスレットをもらった。「フイはなんか緑っていうイメージがして」と言って、渡してくれる。ジーーーーーーーーン(涙)ありがとう!大切にする!・・・って、私はサイアクなことを思い出した。彼女の誕生日は三月。そして、私のほうこそ誕生日プレゼントを渡していないじゃないっ!ふ~~~~~~・・・・・・(自分の至らなさに失神する)。このご恩はいつか必ず。
2003.04.30
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今日は久々に何も予定がない日。掃除でもして一日ゆっくり過ごして、アカルイミライのことでも考えてみようっかな~、と思っておりました。しかし、昨晩。いきなり、「いま東京戻ってきてるんだ。明日ヒマ?」という内容のメールが。相手は高校時代の、部活仲間の一人からだった(高校時代、実は私は陸上部のマネージャーをしていた)。彼はもう大学を卒業し、いまは広島に住んでいる。それがGWの休みで、東京にもどってきているらしいのだ。ヒマだったのでもちろん会おうと思ったけど、「せっかくなら」と、東京にいる部活仲間全員に連絡をとった。いきなりの連絡だったにも関わらず、声をかけた人は全員参加。なんとツイていることだこと。集まったのは全員で5人。鳥良に行った(また鳥良かよっ、って思われた方。ごもっとも。でも言い出しっぺは私じゃないもーーん)。集まった5人。個人的にはちょくちょく会ったりする人もいるんだけど、この人数でそろったのは久しぶりだった。お盆の休みに、新潟で集まった以来かな。この面子の中には、小学校・中学校・高校と一緒だった人もいるし、中学校・高校・浪人時代の予備校と一緒だった人もいる。なんとも長いお付き合いだ。本当にこんな付き合いが長くなるなんて、あの頃は思ってもみなかった。ま、小学生だし。鳥良に行って、飲み食いしながら昔話に花が咲く。高校時代の思い出は、ほんとうにいまの私にとっては大切なもの。思い出って美化されるっていうけど、本当だ。時間を経て、流れた時の分だけ思い出は研磨され、純粋美化されたものになっていく。だから、あの頃のことを思い出すと、今でも胸が「きゅん」としてしまう。部活内ではけっこう男女とも仲がよかった。公私関係なく、付き合いがあったし(って、高校時代の公私ってなんだろう)。そう。まるで「恋愛要素」を抜き取った「あすなろ白書」のような・・・それって物語が成り立たないような・・・やっぱちがうかな。とにかく、あの頃の思い出は、本当にキラキラぴかぴかだ。ね?みんな?「合宿のときにさー、マオフイがマッサージと称して、全体重かけて太ももに乗っかってきた時は死ぬかと思ったよ」あり?「そうそう。何がつらかったって、筋肉痛じゃなくて、次の日にくる揉み返し(マッサージをしすぎてよけい筋肉が痛くなること)の方が痛いんだよね。俺、あまりに痛くて階段上がれなかった」「マオフイさ、俺らの足踏みながら『カントリーロード』歌ってたよな」あり?ありり?やだ、そんなことまだ覚えてるの?毎年一回、二泊だか三泊かでどこかに泊りがけで合宿に行く。選手たちにはよくマッサージをしていたのだが、その合宿で選手たちはありえないほどの距離を走るので、みんないつも以上に太ももからお尻までパンパンになるのだ。そんなパンパンの筋肉を、何人も揉んでいると、私の手が腱鞘炎を起こしてしまう。そこで思いたったのが、足踏みマッサージだ。よくアジアの方とかでやってるでしょ?おばさんとかが何かの棒につかまりながら、ヒョイヒョイって体中を踏んで揉むの。それを真似して、私も足踏みマッサージをしてみた。しかもリズム感をとるために、『カントリロード』を歌いながら、選手たちの体の上を行進したのだ。「ぎゃ~~~~~~っ!!」っていう悲鳴を聞きながらも(張った筋肉には、それはそれは痛そうだった)、「大丈夫大丈夫」と、一生懸命ぎゅむぎゅむ踏んだ。だって、東洋の治療だよ?効かないはずがない。でも今から思い返せば、アジアのおばさんたちと私には決定的な違いがあったんだよね。「体重」と思った君。今すぐ私の家の方角に向かって懺悔なさい。ちがうの。アジアのおばさんたちは何かの「棒」につかまって踏んでいたけど、私にはそんなものなかったから、全体重をかけて踏んでいたの。全体重をかけながら、ぎゅむぎゅむ「カントリーロード(バックには選手たちの悲鳴)」を歌い、行進してました。そりゃ揉み返しくるわな。今でも忘れられないのが、高校三年、最後の県大会。この大会で成績をおさめれば、次の北信越大会の切符を手に入れることができる。おさめることができなければ、部活は引退だ。本来ならば、北信越にいけるほどの実力を持っていた選手たち。しかし、運が悪いのか最後の調整がうまくなかったのか、どんどん怪我をする者が出てくる。一人の有望な長距離選手。競技で走っている最中にいきなりペースダウンした。どうやら肉離れをおこしてしまったらしい。結局この怪我がもとで彼は北信越の切符を逃してしまった。彼の治療のために、慌ててコールドスプレーとエアーサロンパスを持ってトラックに走る。先生に治療をしてもらっているのを見守りながら、なんとか励ましの声をかけようと思った。けれど。いつもニコニコして、バカなことばっかやっている彼が、うつむき、ぽたぽたと涙を流している。それを見て、何も言うことができなかった。その他の選手たちも、怪我した体にテーピングやシップを貼りながら、次々競技に参加する。だけど、もう一歩というところで、どうしても切符が手に入らない。私に何ができる?マッサージ?はげますこと?どうか神さま。あの怪我の痛みを、全部走らない私に移してください。どうかどうか神さま。北信越大会に行かせてください。無神論の私が、こんなに神さまに祈ったことも珍しかった。そして、陸上競技の一番の花形。男子マイル・リレー。四人の選手が、400Mずつ走る中距離型リレーだ。せめてこれだけでも、北信越にいってほしい。およそ四分間の競技。マネージャーは、スタンドで一周ごとの記録をとりながら、声援するのが仕事だ。しかし、二人目にバトンがわたった頃から、もうタイムを計ることも、応援をすることもできなくなる。1人400Mは本当に長い。次の走者にバトンをつなぐために懸命に走る選手たち。けれど最後の直線距離、ラスト100Mを走る選手たちの必死で苦しそうな形相は鬼気迫るものがあるんだけど、それだけに見ていられない。タイムを取ることも声援することも放棄し、ただ涙をぼろぼろこぼしながら、「神さま神さま神さま神さま」つぶやくだけだった。結果は。切符を手に入れることは、できませんでした。最後の種目、マイル・リレーで北信越大会出場を決められなかったこと、それは私たち全員の部活引退を意味していた。実は一人も北信越大会に行けなかった代は、近年ではうちらの代だけ。涙を拭き拭きテントに戻ると、応援していた仲間や後輩の子たちの顔も暗い。そして走った選手たちもなかなかテントに戻ってこなかった。後で聞いた話によると、走った選手たちも競技場の隅で密かに泣いていたらしい。そりゃ泣くさ。走ってない私が泣くんだもの。なーんて、手羽先食べ食べ、お酒飲み飲み、昔話をしたり聞いたりしながら、当時の記憶をたどっておりました。本当に懐かしい。それはみんなも一緒のようで。部活以外にもけっこう思い出ある。修学旅行の自由行動では、みんなで一緒に京都をまわったし。大会のあと、信濃川の土手で花火を打ち上げたり、マイムマイムを踊ったり(←私が強制的にやらせたような気も)。すがすがしくて青々しく、もう二度とは訪れない時間。だから青春と名づけて、みんなあの頃の思い出を愛でるのね。きっと誰でも一つや二つ、持っているはず。私が「青春」と聞いて思い浮かべるのは、高校時代の陸上部だ。もう一年もすれば浪人(した)組も含め全員で9人、みんな社会人になったり院に進んだりする。ともすれば、もう今までのようにこうして簡単に集まったり、一年に一回お盆に集まることもできなくなっちゃうのかな。さびしーなー。でも思い出が純粋美化されるほど、彼らを思う気持ちも美化される。この歳になっても、あんまりあの頃と付き合い方や関係変わってない気がするけど、社会人になっても変わらないかな。変わったら変わったでおもしろいし、変わらなかったら変わらなかったでそれはそれで素敵。キミタチは私の宝物。
2003.04.29
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前置きを飛ばすと、就活後、ほくそえみとちづと恵比寿まで映画を観に行った。その名も、「ボーリング フォー コロンバイン」。有名なドキュメンタリー映画だ。前々から見たいとは思っていたんだけど、きっかけがなかったことと、場所が恵比寿だけということもあって、ずーっとその存在をどこかにおきっぱなしにしておいた。っていうか、まだ上映してたんだ・・・三人で恵比寿に向かい、そこそこいい席をとって映画を観た。なかなか興味深い内容だったんだけどね。その前にこなしてきた就活の疲れが出たせいか・ ・・・・・・ぐう・・・・・・。寝ちゃいました。ちなみに「ぐう」と言っていた人がもう一人いた。私の隣に座っていたちづ。でも彼女の場合、寝てたんじゃなくて、お腹鳴ってました。慌ててお腹を押さえていたけど。でも押さえたところで鳴り止まないし、音漏れ防止になるわけでもなし。ねえ?(にやり)映画を観た後、お夕飯が家で待っているというちづを見送って、私とほくそえみはお茶&夕食できるところを探してさまよった。偶然見つけたにしては、雰囲気のいいカフェで夕飯を食べることに。私はパスタを。ほくそえみはアンティパスタを頼んだ。なんでか知らないけど、お互いお互いを「天然」だと思い込んでいる。私とほくそえみ、両方知っている人がこの文を読んでくれれば、明らかに私のほうに分があるとわかってくれるだろう。まあ、私に言わせてもらえれば、「超天然」なほくそえみに「まとも」だと思われる方が恐ろしいから、それでいいのだとは思うけれど。しかし。今夜。そんなほくそえみに一本やられてしまった。夕飯を食べ終わり、恵比寿駅に向かって歩いているとき。道の向こう側から、外国人がでかい声で、携帯で英語をしゃべりながらコチラへ向かって歩いてきた。通り過ぎてから、「彼なんて言ってたの?」とほくそえみに聞いた。「そんなのわかんないよー」とほくそえみ。「ほくそえみ、帰国じゃん!」そうなのだ。ほくそえみは帰国子女なのだ。だから英語はペラペラなはず。なのに、あんな大声の英語も聞き取れないなんて!帰国も大したことないなー、って思っていると、「だって彼、英語しゃべってなかったじゃん。英語じゃないとわかんないよー」と、ほくそえみがおっしゃる。アイヤー、エイゴジャナカッタ?「英語じゃない外国語しゃべってたよ!フイ、わからなかったの?」がくーーーん↓「ペラペラペラペラ」って聞こえたから、てっきり英語だと思っていたのに・・・「信じられない」というほくそえみの視線にさらされて、一本取られたことを悟った。ええ、ええ、どうせわかりませんでしたよ。クリスに無駄なお金貢いでますよ。ほくそえみとは、また別な機会で勝負しなければっ。
2003.04.28
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短かったホームグラウンド・ステイ。バイバイ、新潟。スィーユー、マイ ダディ、マミィ、アニィ、エン ボビー。明日また就活があるので、もう今日には東京に戻らねばならなかった。泣く泣く帰り支度をしていると、携帯に電話が。私の師匠が新潟に戻ってきてるから、会いにこないかという電話だった。師匠=けんちゃんは、小さい頃からの付き合いだ。私は小さい頃、親が共働きだったので、1歳~中学に上がるまで、ある家庭に預けられていた。それが、けんちゃんの家だ。中学生になってからも、週2~3回遊びに行くほど親密な付き合いをその家とはしていて、なかでもけんちゃんは私のよきアドバイザーであった。私の高校受験のときも、大学受験のときも、私の人生の節目ごとに、実の兄より全然兄らしく(けんちゃんは兄と同い年なのだ)、有益なアドバイスをしてくれた。彼には頭が上がらない。小さい頃からの彼の教育が正しかったせいか、そのインプリンティングで、けんちゃんの言うことは無条件で納得させられてしまう。もしけんちゃんが間違って(?)宗教でも興し、教祖になってでもしたら、私は間違いなく盲目な信者となっていたことだろう。頭の上がらないことの一つに、とても頭がいいということだ。雑学王という意味でも、博識という意味でも。またもう一つに、とても独創的であるということだ。けんちゃんが大学生のころに電話をしたことがあって、会話をしている最中に後ろでお経みたいな音楽が聞こえた。「もしかして、お経聞いている?」と聞くと、「今卒論で民俗学のことを調べているんだけど、お経を聞いていると、その民族の奥深さが見えてくるんだよね」だそうだ。けんちゃんの奥深さも果てしない。現在けんちゃんは、その独創性をいかし、クリエイティブな仕事についている。その仕事をはじめてまだ二年目だが、仕事も軌道に乗っており、聞いているかぎりではなかなかうらやましい生活をしている。私の人生の節目ごとに、いろいろアドバイスをしてくれたけんちゃん。今回も就活という節目を迎え、そろそろけんちゃんにアドバイスをもらいたくなっていた頃だ。東京に戻る時間を延ばし、さっそくけんちゃんに会いにいった。私の就職活動がうまくいってないことも、おばちゃん(けんちゃんのお母さん)から聞いているみたいで、いろいろな話をしてくれた。それは今まで聞いてきたアドバイスや励ましとは違うもので、けんちゃんが社会人を経験して知ったこと、またその特殊な仕事を通してけんちゃんが教えてもらったことなどを淡々と語るものだった。「がんばれ」や「大丈夫だよ」などの言葉は、一言も出てこなかったしね。世の中価値観はたくさんあって、なんとなくそれには気がついていて、あまり自分の価値観にはとらわれたくないと常日頃思ってはいたのだけれど、それでも世の中には自分の想像できない変わった人やおもしろい人がたくさんいるのだ、ということを、けんちゃんの話から教わった。その教わったことをここで書こうと試みてはみたんだけれど、なかなかむずかしいので削除しちゃいました。やっぱ経験した人の口から伝えられるからこそ、説得力があるのだろうし、私がそのままここで書いてもけっきょく受け売りですし。吹っ切れたまではいかないけれど、ちょっといい空気吸ったくらい感の手ごたえ。タイミングよく新潟へ帰って、そしてけんちゃんが帰ってきてくれて、それはそれはラッキーな再会。帰ってきた甲斐が10倍増しした。たった四日間の帰省だったけど、帰ってよかった。エネルギー満タン。気持ちの上でも栄養の面でも。レッツラ・ゴーでさー。
2003.04.27
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朝起きてから、朝ご飯の前にメールチェック。するとポストマスター(相手先に届けられなかったメールを返して知らせてくれる)から、一通のメールが送り戻されている。どこに送ったメールだろう・・・中を開けてみると、昨日私がある企業に書いたエントリーシートが添付されたメールだった。しまった・・・・昨日がエントリーシート提出締切りだった会社。その会社へのメールが返ってきているということは、私のエントリーは受けつけてもらえなかったということだ。しかも昨日が締切り。今から送りなおしても、もう遅い。がーーーーーーーん・・・・・「一つエントリーし損ねちゃったよ」と言うと、親は意味がわからずおろおろ。企業に落とされる前に、自分の不注意でエントリーしてないって言うのも、また違った醍醐味。ではなく、へこみ。ご縁がなかったということで。と、自分を励ましながら、朝ご飯をもそもそ食べた。・ ・・でも待てよ。あの企業、エントリーシート提出はメールでやったんだったっけ?朝ご飯を食べ始め、ようやく脳みそに血が巡ってきたところで、昨日の記憶が鮮明になってきた。たしかあそこの企業のエントリーシートは、HP上で直接おこなったような・・・じゃああのポストマスターのメールはなんだ?思い出した思い出した。完璧に思い出しました。その企業のHPで書いて送信したエントリーシート、それをワードに添付して、東京の私のメールアドレス宛てに送ったのだ。ほら、面接のときとかに自分が、なんてエントリーシート書いてあったか、記憶してなきゃいけないでしょ?でも実家のパソコンでエントリーシート書いたから、そのまま保存しても東京では見れない。だからわざわざメールに添付して東京に送ったのだ。その自分宛てのメールアドレスを間違えてしまい、今回ポストマスターのお世話になってしまった。落ちついて考えればすぐ気が付くものを・・・なーんだ、と安心して朝食をおいしくおいしく頂くことができました。お昼過ぎ頃、覚えのない携帯の番号から携帯に電話がかかってきた。出てみると、おばちゃんの声で「もしもし?私新宿で履歴書を拾ったものですけれど、覚えている?」。おぼえてますっ!私が新宿で履歴書を落として、それを拾ってわざわざ電話をかけてきてくれたおばちゃんだ!(04月18日 「うっかり八べえ」の日記参照)「電話番号消そうと思ったんだけどね、その前にあなたがどうなったか気になっちゃって」だそうだ。なんてご縁強い人なんだ。「いやあ、まだ決まってないんですよー」と言うと、「そうなの?どういうところ狙ってるの?」などなど、いろいろ質問攻め。それに応えると「そうなの。いえね、あなたの履歴書に住所が書いてあったでしょ。うちの息子がすごく近くに住んでいるのよ。なんか他人の気がしなくてね」。その後、おばちゃんは息子の話をべらべらしゃべり始めた。すると、確かに住所を聞くと息子さん、すごい私の家の近くに住んでいる。そして、なんとその息子さんが勤めているところは、私がエントリーシートを出し、軽く門前払いをくらった有名な広告代理店だった。なんたる偶然。「ああ、そこの会社、私簡単に落とされたとこなんですよー」と言うと、さらにおばちゃんは「そうだったの・・・。あ、ほら!あの○○のCMあるじゃない?あれ、うちの息子が考えて企画したのもなの」と嬉しげ。たしかにそのCMは話題になったし、それを企画し作ったなら相当の功績だ。母であるおばちゃんが嬉しがるのも無理はない。そのあと、一通り世間話をした後、「いえね、どうしても気になっちゃったから、電話したのよ。あなた、勤めるところ決まったら電話番号このまま残しておくから、教えてくれる?そして近いうち会いましょうよ」と、お誘い。ひー――。すごい急接近だな、これは。「ええ、そうですね」といって、また連絡することを約束し、電話を切った。ご縁というのは偶然の産物でなるものだと考えていたけれど、彼女を見ていると、ご縁はまた、わしづかむものでもあるのかもしれない。ちょっとしたことを学びました。
2003.04.26
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ボー------------------。今日の一日を日記に表すとしたら、上記×20だ。それくらいぼーーーーっとした一日。私以外の家族はみなさんお仕事らしく、のそのそ朝起きてきたら、すでにだれも家にはいなかった。ボー--っとテレビを観ながら、遅めの朝ご飯を食べていると、兄ちゃんから着信が。忘れ物でもして、私に届けろという内容の電話だろうか。以前にもどこかで書いたが、うちの兄弟関係はいたってCOOL&DRYだ。だから、よっぽどのことがなければ連絡なんか取り合わない。それでも大学に入ってから、今まで兄から連絡が三回あった。一つは父の携帯番号を教えてほしいということ。一つはすっごい怖い映画を観たから、それを是非私も観ろということ。一つは不幸のチェーンメールを自分に送られてきて、呪われるのが怖いからといって、私にまで送ってきたこと。夜中の三時に、「このメールを5人の人に送らなければ、僕があなたを殺しに行きます」という、リアリティのあるチェーンメールを回されたときは、さすがに頭にきて、即行電話して文句言った。「本当に私が殺されたら、まず殺人犯でなく、確実に兄ちゃんを呪い殺すからね!」本当にこういう類のは苦手なのだ。それを知っててやっているのか知らないが、そのときは本当に兄に殺意を覚えた。「まあまあ。そんなに怒るなって。いざという時は兄ちゃんが守ってやるから」新潟と東京でどうやって守るというのだ。そもそも自分が怖くチェーンメールを回してきたくせに。久々に連絡をとってもそんな内容だから、たまに友人で兄弟仲いい話を聞くと、本当にうらやましい。私にもそんな優しい兄ちゃんがいたら・・・さてさて、兄ちゃんからかかってきた電話。内容はというと・・・兄「おまえさ、暇なら俺の部屋にレンタルビデオあるから観てもいいぞ」私「レンタルビデオ?ふーん、じゃあ観ようかな。それだけの内容で電話してきたの?」兄「そうだよ」じーーーーーん。未だかつてそんなに兄ちゃんが優しかったことがあっただろうか。私「どうしたの?兄ちゃん。なんでそんないきなり優しいの?」兄「ばっか、おまえ。俺は社会に出て優しくなったんだ」社会ってすごい。人を優しくしてしまうんだ。知らなかった・・・さっそくありがたく見せてもらった。ビデオの内容は「バイオハザード」。見終わったあと。さっそく兄の優しさを疑う。本当に兄ちゃんは優しさのために私にビデオを勧めてくれたのか。本当は「「バイオハザード」が怖くて、同じ思いを私に味合わせたくて「観ろ」と言ったのでは・・・それぐらい怖くて気持ち悪かった-----。ホラーは嫌いなのよー------。まあ結局ことの真相はわからず。本人はビビリのくせに、やけにスプラッタとかホラーとか好きみたいだし。本当に同じ遺伝子を受け継いでいるのかしら?友人から携帯にメールが送られてきた。写真の添付つきだ。どうやら髪の毛を切ったので、その写真らしい。「フイのリクエスト(?)におこたえしてセンターパーツにしてみました」といった内容。前々から私はその子に、「絶対髪は黒くてストレートで、センターパーツが似合うよ」と説得していた。見事それにその要望に応えた髪型。かわいいじゃん!あまりにかわいかったので、兄ちゃんにその写真を見せた。「かわいい!」と絶賛。「俺、今度の休み東京に行くから」と言うほど乗り気。「俺さあ、ストレートのセパレーツってほんと好きなんだよね」とのたまう。うー--ん。この辺り(女の子の好み?)とかはDNAつながっている?さてさて、先ほど言った「バイオハザード」。思った以上にすっごい怖い。ものすごい感染力で、人々をゾンビにしていく。主人公が数日間眠っていた間に、その感染力で街が全滅してしまった。そのゾンビも怖いんだけど、そのウィルスの感染力も凄まじく怖い。いま現実世界にも、凄まじい感染力で広まっている病気がある。それも重なって、やけにビデオはリアリティがあった。銃も核もまったく関係ない、何の抑制力もなく広まっていく脅威。早く解決策が見つかってほしいものだ。あと一日半、もう少しぼーーーーーを続けます。
2003.04.25
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体力の限界。知力の枯渇。慢性貧血。栄養偏倚。ガ行四ラ行二。何かがSOSを出していた。野党は性急に解決策提案を要求し、政府は緊急措置を打ち出した。・ ・・ということで、私ことマオフイ。緊急措置として、今、実家の新潟にいます。うふ。今朝まで帰ると考えていなかったんだけどね、朝一つ就活を終えたら一段落したので、いきなり帰りたくなった。大慌てで家に帰って、スーツやらシャツやらをクリーニングに出し、荷物をまとめて家を出た。そしてついでのように授業を受け、友人とお茶をし、その後東京駅に向かい新幹線に乗った。自分でいまこうして新潟でパソコンに向かっているのが信じられない。普段の腰の重さはどこへやら。すぐ東京には戻るんですけど。ぱぱん、ままん、あにん、ぼぶんに癒されてきます。家に帰ったら、またボブの呼び方が変わっていた。今は「ホに点々、フに点々」と呼ばれている。どうやら家の中で「ボブ」の名前を出して会話していると、外にいるボブが聞き耳を立てて反応し、夜にもかかわらず鳴きだすからなのだそうだ。そのボブ君。いきなりダイエットして、スマートになっていた。父が買ってきた新しい餌。「少しの量でOK」という説明どおり、少ししか餌を上げていなかったら、なんと11kgから9kgへ体重が減ってしまったらしい。動物病院に行って体重が減っていることがはじめて分かり、今ではようやく普通の量を食べられるようになったそうな。強制的に体重の1割もダイエットさせられてしまったボブ君。かわいそうに・・・。久々に母の手料理。がつがつ食べて気が付いたこと。食べるスピードが父と一緒だ・・・・昔は父が食べるスピードがとても速く感じられて、「だから太るんだよ」とか言ってたのに、はっと気が付いたら同じタイミングで食べ終わっていた(母はまだ3分の2しか食べ終わっていない)。やだ。私きっと間違いなくお父さんの女版になりそう。こわいよ-こわいよー。うちのお父さん、西田敏行と車団吉を足して二で割ったような顔してるのに・・・。
2003.04.24
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うるうるうるる~~~ん♪うるおったうるおった。財政がうるおった。今朝ライフラインを確認したら、ちゃんとお金が振り込まれていたよ。ようやく生きた心地がした。近所のカフェでアイスコーヒーとスコーンをブランチとしていただき、大学へ向かう。友人と待ち合わせしていたんだけど、その友人が私より20分くらい遅れてくると言うので、パソコンでもしながら時間をつぶして待っていようと思った。そして、構内を歩いていると・・・来た!ついにアレがやってきたのだ!私はこの日を今か今かと待っていた!前回受けたこの屈辱。ついにリベンジする時がやってきたのだっ!献血車。前回ヘモグロビンが足りないと言われ、断られた献血。次回こそは絶対献血してやると、リベンジを決意し、ヘモグロビン量を増やすことに明け暮れる日々・・・さっそく献血をすることに。献血をする前に、血液検査をする。この時点で何か引っかかることがあると(ヘモグロビンが足りなかったり血圧が低かったり、外国旅行の行き先によっても)断られてしまう。そこで看護婦さん(?)の尋問が始まった。看「今日ご飯食べました?」私「はい」看「何食べたの?」私「スコーンを食べました」看「それだけ?」私「はい」看「う~ん。それだけじゃあだめだわ。ちゃんと食べてないと、後から具合悪くなったりすることもあるから。今度きちんと食べてから献血しに来て」と、追い返されそうになった。が~~ん。前回よりも、早い段階で断られてしまうの!焦った私は、「このあときちんとご飯食べるので、献血しちゃだめですか!」もはやこの時点で、私にとって献血してもらうことが最大目標となっていた。看「だめね。今は大したことないと思っても、後から具合悪くなったりするから」この辺で私の目には、じんわり涙が浮かぶ。看「ところでスコーンは何時に食べたの?」私「・・・12時です・・・」看「あれ?11時じゃないの?」適当につけていた(事前に書かされる)問診表には、ごはん食べた時間を「11時」と書いていた。それを何か勘違いした看護婦さん。看「あら?それじゃあ11時にはちゃんとしたごはん食べたの?」私「はい(←ウソ)」看「11時にちゃんとご飯食べた後に、12時におやつとしてスコーンを食べたのね?」私「はい(←ウソ)」最大級使命と考えている献血をするためには、ウソをも厭わない。私「てっきり一番最近に食べたものを言うんだと思って、勘違いしちゃいました~。朝ごはんはきちんと食べましたよ」そこで第一関門クリア。さて、次なる試練は血液検査だ。前回ここでヘモグロビン量が足りないことが発覚し、あえなく途中敗退。リベンジなるか。検査器ににかけられた血液。その血液が示しだした赤血球指数は・・・テロリ~~~ン♪見事前回より5ポイントも下がっておりました。看「だめだわ。病院に行くほどではないけど、アナタ貧血よ。他人に血液あげている場合ではないわ」またもじんわり涙が浮かぶ。今回もダメでした・・・前回一緒に献血を受けて、同じく途中敗退したリョッキー。メールがきて、「献血した」との報告が。彼女は見事ヘモグロビン量を増やし、献血体験をしたのだ。なんか凹む。エンゲル係数高く、食事には誰よりお金をかけているはずなのに・・・友人とお茶をしてから、図書館にむかった。エレベーターに向かうと、カップルが私の影に慌てて離れた。どうやらチュ-をしてたらしい。二人でほくそえんでいる。どうでもいいけど。三人でエレベーターに乗ることになった。私が前方に立ち、その斜め後ろにカップルが。どうやら私の後ろでチュ-の続きをしているらしい。「にゅちゅっ」・・・・・・・・・・・・おえ~~~~~~~~~~。きも~~~~~~~~~~。後ろをチラって見ると、二人の「見えた?」「聞こえた?」という笑みを含んだ視線が私に。ちこう寄ってちこう寄って!私の首筋に鳥肌立っているの見えるから!生まれてから20年間。新潟で育って多少の湿度には耐性ができているはずだった。だけどあの湿った音だけはムリだから~~~。図書館さ。禁煙、携帯電話・飲食禁止にするまえに、勘違いカップルの湿ったキスを禁止してよ。
2003.04.22
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切実な問題。 ↓お金がない。んです。昨日の時点で「645円」をマークしていた私のライフライン。今日の朝チェックしても、やっぱり「645円」だった。今日が仕送り日なんだけどなー。やっぱり明日になっちゃうのかしら。おーーい、おかーーーさーーーん、おとーーーさーーーん。早くお金送ってくれないと、貴方たちのかわいい娘が飢え死にしちゃいますよーーーー。履歴書をカフェで書こうと思っていたんだけど、サイフの中にお金が700円くらいしかなかった。ここでお茶をしてしまうと、あとあと困ることになるのではないか・・・そこでピッコン名案。せっせと貯めていた駅ビルのポイントカード。実は500円分くらいのポイントが溜まっていたはず。駅ビルのATMで換算して、見事500円分の金券を手に入れることができた(涙)。そのお金で、近所のスタバに入る。せっせとポイントを貯めていた、過去の私に感謝。あなたたちのおかげで、今、私こうしてコーヒーを飲むことができる。嗚呼、あの名言たちを思い出すな~。チリも積もれば山となる。千里の道も一歩から。ローマは一日にしてならず。百貫デブも一日にしてならず。履歴書だけで、内定もらうことはできず。ほんとはラテが飲みたかったのだけれど(だってすきっ腹にコーヒーは胃に悪いし)、金がない者ラテ飲むべからず。アイスコーヒーを買って、自分でミルクを入れた。その辺スタバは気が利いている。ラテを買わなくても、ラテが飲めるカフェなんて、そうそうないでしょ。ただその際、スタンドのところでミルクを入れる分のコーヒーを、こっそり飲まなければいけないのが乙女にとっては酷なのだが。履歴書も書き終わり、のんびりコーヒーを飲んでいると、隣に座ったおじさんサラリーマンたちがちらちら私を見る。なんか熱い視線・・・やっぱ、今日の私キマリスギ?スーツはスーツなんだけど、今日は面接ではないのでそれほど堅苦しくせず、ちょっと髪型とかも凝ってみたんだ。そうだよね。むさ苦しいオフィスとかにいると、私みたいな存在がオアシスになったりしちゃったりするんだよね。大丈夫。もう少しで私も社会に出るから、そうしたら毎日あなたたちのオアシスになってあげるから。だからっ。そんなに見つめられると、照れるってば・・・・・・・そんなことありえるはずがない!その視線に何かあると思って、駅のトイレで鏡を見たら、案の定凝った髪型の一房が、ほどけて落ちていたのだ。ピン一本で止めていたから、固定力がなかったのかっ。就活終えてから、大学に行った。そこでヘルパーの後輩たちに会う。そこで必要以上に弱っているフリをしてしまう私(なんでだろう?)。午前中、雨が降りそうな雲行きをしていたから傘を持って歩いていたんだけど、予想ははずれけっきょく一回も使うことなく、その時点では晴天となっていた。だから、傘を小道具に弱ったフリ。「もう就活つらいよ~。なぜこんなに晴れているのに私が傘持っているかわかる!?杖代わりに使ってるの。もう私は二本足では歩けない体になってしまったの~~~!!!」と傘にすがりついて、しゃがんでみせると、「フイさ~~~~ん(涙)」と、同情の声が。ムフ(笑)。「フイさんが内定決まったら、俺おごりますから!」とまで言ってもらっちゃったりして。まあ、私が食べ物で慰められると考えられているのもアレなんですけれども、アレはアレでソレはソレで・・・。言質とったからな。おごれよ。
2003.04.21
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ちょっと昨日の日本酒を体に残しつつ、むりやりベッドから体を離した。ストッキングに片足を突っ込んだところで、なぜだか親に電話したくなった。やりたいと思ったら即行動。片足だけストッキングを穿いた格好で、ベッドに寝転びながら電話した。電話に出た母親の声は、いつになく硬質なもの。私「もしもし私。どうしてそんな固い声出してるの?」母「あ!ふ・い・ちゃ~~~~~ん。 もうね、嫌な人からの電話かと思っちゃって」私「やな人って?」母「選挙の人とか、キム・ニッセイとかいろいろとね・・・ もうお母さん殺されそう!絶対今年で仕事辞めるからね!」しまった!先手を打たれてしまった!私「まじでか!いや、そう言いなさなんなって。 転勤すればいいじゃない」母「もうお母さんも歳だし~」ちくしょう!キム・ニッセイめ。以前より辞める決意固くなってるじゃんか。母「そういえば前に言っていた、新しい白いスーツ。きついの~。 もしかしたら来年の、あんたの卒業式までにもたないかもしれない」私「じゃあ、私にちょうだいよ」母「そうね、あんたに似合ったらあげてもいいわ。 なんて、入るわけないよね。あはははは~」むっ。たしかに母の方が、私より痩せている。なにさ!Aカップのくせに!結局母は、入らなくなる恐れのあったその白いスーツを、もう他の場所で着てしまったらしい。それが正解だ。お父さんやお兄ちゃんやボブの様子を聞くと、お兄ちゃんは相変わらず仕事で忙しいらしい。そして実働時間が一番短いくせに寝てばっかりいるお父さんに、非難の目が集まっているようだ。ボブの声を聞こうと思って、電話口で「ボブ!ボブ!」と、大きな声で呼んでみた。受話器の向こうで、「お父さん!ボブの耳のフタ開けて!」と母の指示している声が聞こえる。(ボブはビーグル犬で耳が長いので、おそらく電話の向こうでは父がボブの耳をめくっているのだろう)。結局ボブの声は聞こえなかった・・・父が電話に出る。父「何だ、おまえ。また何かどんぶりの催促か」私「ちがうよ。まあそれもくれればほしいんだけどさ。それよりお父さん、実働時間短いんだって?お母さんが文句言ってたよ」父「・・・量より質だ」私「・・・。」父「お前今大変なんだろう。癒し犬(←ボブ)送ってやろうか」私「いいよ。全然癒されないし、犬アレルギーかもしれないし・・・」父「ボブはイヤシイ犬だもんな。あはははは!」親父のオヤジギャグ。毎回聞くたびに、自分の中に確実にこの人のDNAが組み込まれていることを確信する。実は就活から帰ってきてから、もう一回血液型のことを聞きたくて電話したのだが、そのときも、私「ねーねー、私の血液型って何型?」父「おまえはC型だろう」私「ちがくって。私B型でしょ?Rhマイナスとかプラスとか言うじゃない」父「お前はPh(ペーハー)7だ」私「・・・」こんな感じで。とにかくアホな会話ですけど、それに癒されるようになっている最近の私も、やはり確実に弱っているのだ。親への電話量が、実は私の弱り具合のリトマス試験紙になる。電話でちょいエネルギー補給をして、ストッキングをきちんと穿き、そして私は家を後にした。
2003.04.20
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昨日の日記にも書いた、足の水ぶくれ。けっこう大きくて、アズキ大の大きさだった。友人と電話していたときに気づいたんだけど、今から思えばその友人の言っていたことが正しかった気がする・・・私「あ!水ぶくれができてる!え~~~~ん(←けっこう本気泣)気持ち悪い~」友「マジで!?」私「どうしようどうしよう・・・つぶしてやる!」友「針でつぶして水を出せばいいんだよ」水ぶくれの対処法、正しくはわからないけどきっとこれが一般的に正しいのだろう。しかし、針を出すことを面倒くさがった私は、私「いいよ!爪でつぶしてやる!あ・・・爪切りがあった。これでつぶそう!」と言って、電話しながら爪切りで水ぶくれをつぶし、ついでにその上の皮も切ってしまった。私「うわ~、水が出てるぅ。気持ち悪~」そんな様子を友人は笑いながら聞いていたのだが・・・(ここを見てくれている、高校以前の友人へ。実はこの友人はK・H氏です。彼は見事に内定をもらいました。しかもけっこう大手の会社。まだ就活続けるらしいけど、とりあえず報告までに)翌日(つまり今日)、朝起きたら足の水ぶくれがあったところが赤くなっていた。しかも触れるとかなり痛い。どうやら私は治療法を間違ってしまったらしい。友人の言うように穏便に針で水を出し、皮なんて取らなきゃよかった。おかげで、遅刻防止の「必殺のダッシュ」が封じられて、後々困ることに。今日の就活に行く前に、お金を下ろそうと郵便局に行った。4000円くらい下ろそうかと思ってATMを操作すると、「残高を確認してください」と出る。やばい。私の郵貯は4000円を切っているらしい。残高を確認すると、「645円」。う~ん。なかなか中途半端にシビアな金額。しょうがないので銀行にいって、なけなしの貯金からお金を下ろした。それでタイムロスをくらい、必死にびっこ引き引き駅へ向かうことに。いやあ、飲んで飲まれた一週間。ずっと外食で、心配したとおりエンゲル係数が一週間で半端ないことになってしまいました。今日は特に約束がなかったので、久々にゆっくり家にいられるかな、と思っていた。けれど途中でメールが来て、「飲もう」と一言。結局その日も飲むことに・・・。えへ。バイトの先輩で、今はもう社会人になった人。せっかくだからバイト先に飲みに行くことに。話では、今日は新店がお休みで、前店がヘルプで私のバイト先に来ているはず。私の就活が終わってから落ち合って、バイト先のお店に向かう。「いらっしゃいませ~」と、懐かしい面々が顔を出す。みんな・・・(キュイキュイ)。なんだか、ちょっと和んだ。まだ前店は会議が長引いていてお店にはいず、そこで飲みながら前店を待つことになった。調理場の方も、気をきかせてくれて刺身の盛り合わせなどを差し入れてくれる。社会人になった先輩。社会の様子を後学のためにいろいろ聞いてみた。その先輩は私の就活のグチを聞いてくれる腹づもりで来たらしいけど、なぜだか私が社会のグチを聞くことに。「ってちがうだろ!今日はフイがグチを言えよ!」う~ん。グチ、あるはずなんだけどな。いざ言葉にしようと思うとなかなか出てこない。まあ、私が不甲斐ないってことで・・・一時間弱、二人で飲んでいると、ようやく前店登場。「ようこそいらっしゃいました」と、挨拶にくる。なんで前店、そんなによそよそしいんだよ~。ちょっぴりさびしい。そう感じたのは私だけでなく、先輩もそのように感じたようだ。よそよそしいっていうか、なんだか元気がないっていうか。でも、前店はやはり前店で、いろいろと気づかってお酒やらカニやら持ってきてくれる。「フイちゃん日本酒好きなんだよな。飲むだろう?今持ってくるから」気・が・き・くぅ~。でも私は明日も就活。あまり飲めないから今日は抑え目にしようと思ってカクテルしか飲んでいなかった。でもね、せっかくそう言ってくれるなら・・・じゅる。二合徳利に入れてきたくれた地酒冷酒。すっきりと飲みやすくておいしい。最初は銘柄気にしないで二人で飲んでいたんだけど、飲み終わってから何のお酒だか気になった(って遅いんだけど)。バイトの子に、「今のお酒、何だか知ってる?」と聞くと、「久保田の万寿」だと教えてくれた。うちのお店で一番高いお酒だ。一合1400円するやつ。それを二合徳利で飲んだから、ぺろりと2800円を二人で飲んでしまった。たぶん前店が持ってきたから、これは前店のおごりになってしまうのだろう。なんだか嬉しさ通り越して、申し訳ない。前店の性格からして、前店にオーダーするときっとハンディを通さず、お会計に含まないだろうと思った。だからそれから二人で、オーダーする時はバイトの子に頼んで、ちゃんとハンディでオーダーを取ってもらった(←前店に隠れて)。そしてお会計のとき。先輩が現金をあまり持っていなかったから、カードで先に先輩が払った。戻ってきた客用控えの金額には・・・1800円。って、ランチですか??一人頭、1000円いかないなんて!ありえないありえないと、実際はどれだけの料金だったのか計算してみた。少なくても1万6000円はいっている・・・・!もっと払います!って言っても、カード精算の特性上、一回機械でカードを通してしまうと、もうどうすることもできない。・ ・・やられた、前店・・・どうやらバイトの子たちに、「お会計は俺がやるから」と前もって言っていたらしい。きっとレジの段階で、大幅に引いたか、自分のポケット・マネーで払ってしまったのだろう。結局私は小銭だけで、その日の飲み代を払ってしまった。帰ってから、前店にお礼のメールを送った。たくさんごちそうになってしまったこと、なんだかよそよそしく感じられたことに対する文句、それから激励と。真夜中に返信があったらしいが、寝ていたので翌朝そのメールを読んだ。最初、歌詞カードを読んでいるのか?って思ってしまうほど、熱いもの。実は前店はポエマーなのだ。表現方法もさることながら、自分のことをこんなにも励ましてくれる存在は他にいないと思った。自分のことを「宝物」と言ってくれる人が、親以外に今の私に誰がいる?もちろん宝物は私だけでなく、バイトのみんなを指すのだろうけど、口だけでなくそれを感じさせてくれる前店。支えられてる、って気がします。それだけでなく、今日会った先輩もバイトの人たちも調理場の人たちも、なんだかみんなやさしくて、和みました。お酒より効いちゃいました。早くバイトに復帰して、彼らの近くで働きたいです。
2003.04.19
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昨日、I川ゼミのヤスエに会っ(てしまっ)たことにより、どうしても今日一コマ目にある、オッティーの授業に行かなければならなくなってしまった。いや、別にヤスエに強制されたわけではないんだけれど、約束をしてしまったからね、「明日行く」って。約束は守る女。男からも鉄壁の守りを誇る女。なんとか朝起きて、大学に向かう。地元駅に着いたところで、定期を家に忘れてきたことを発見!ここで20分のタイム・ロス。大学の校門に着いた時点で、一コマ目の授業が始まる時間。さてさて教室は・・・?11号館!! ↑校門から、最も遠い棟。がびーん。これで、10分以上は遅刻してまうわ。と、思っていたら、前を歩くオッティーを発見。よしよし。ほとんど同時に教室に入ろう。教室に行くと、ヤスエをはじめ、見知った学科の二年生や三年生が大勢いた。わ~い。この子たちと一緒に授業を取れるのはうれしいな。オッティーのあの、さらさら流れるような授業。す・て・き☆と、唐突に「マオフイ」とオッティーに声をかけられる。「これ習ったよな?」と、彼が指している黒板には、「メディアの皿大理論」と書かれている。皿大理論??そんなもの習ったっけ?覚えがないけれど、私の独断で習っていないというのは怖いので、隣のヤスエに「あんなの習ったっけ?」とコショコショ聞くと、「習ったじゃん!忘れたの?」と、驚き・あきれたハーフ&ハーフの顔をされた。がーん。仕方がないので、「私は覚えがないんですけど、ヤスエは習ったと言っているので、習ったんだと思います」と申し上げた。オ「本当に覚えてないの?」私「はい」オ「楽しい大学生活を送っていたんだね~(グサッ→私)」私「はい。残り少ないですけれど」そしてオッティーはその皿大理論の説明を始めた。・ ・・と思ったら。「皿大理論」ではなくて、「四大理論」だったらしい。オッティー、黒板の字読みづらいから!それだったらさすがの私も覚えていたから!無実の罪を訴えるのも大人気ないと思い黙っていたが、後輩の諸君にはきっと「頭悪い」イメージを植えつけてしまったに違いない。その後もオッティーは私になにやらよく聞いてくる。そしてなぜか私の名前を使って例えを使う。例えば。マオフイ財閥。マオフイ新聞・雑誌。マオフイ・コンツェッルン。マオフイ放送。マオフイ踊り。きっと、記憶力と理解力の悪い私が少しでも記憶に留めて置けるようにという配慮なのだろう。真実はわからないが。ちなみにマオフイ踊りというのは卒論の話の中に出てきた。「本当はうちの学科は卒業論文である必要はないのです。たとえばマオフイ踊りとかいっても、教授たちがそれで『可』を出せば、それが認められるようになる。な、マオフイ」と、キラー・パス。「はい、それなら自信あります・・・」と小さい声で答えるのがやっとだったが・・実はその話は、少し前にY雅先生ともしていたのだ。うちの学科は、今後卒業試験として、卒業論文でなくても作品だったり、そのほか違う形のものでも良くなるらしい。もし仮に私がコミュニケーションの立場から「色気」を研究したとしよう。数ヶ月で私が色気を身につけ、教授たちが私に色気を感じたら「可」というのも、ありなのだ。とまでは、わからない。ひさびさにオッティーの授業だったけど、やはり彼の授業のおもしろさはピッカン一番だった。聴講だけど、これからがんばろう。その後ヤスエとランチ。二人でランチをするのは初めてだったけど、楽しかった。だって、私たち。共通する愛すべきものを持っているのですものね。うまかったな~。うなぎのひつまぶし。ヤスエと別れた後、大学に戻り、今日ある企業のセミナーで出さなければならない履歴書を書こうと思った。そこで気がつく失態。履歴書に写真を貼るための、糊とハサミがない!どうしようか。バッハ先生に借りに行こうか。・・・とウロウロしていると、知り合いの院生に会った。ことの事情を説明すると、「学生部や学事部、あと図書館のコピー・サービスで借りれるよ」だそうだ。さすが伊達に7年間も大学にいない!だいたいコピーサービスなんて場所、初めて知ったし!問題は解決し、少し早めだけどセミナー会場に向かうことにした。大学の門をくぐり抜け、駅へ向かって歩いていると。なんかおかしい。私こんな荷物軽くない。気がつくと、ジャケットを図書館の3階に忘れてきていた。慌ててとりに戻ること、18分のタイム・ロス。でも、早めに出ていて良かった。これならギリギリ間に合う。電車で新宿に行き、地図を片手に会場へ向かった。駅から10分ほど歩いて、会場まであと10分というところで私の携帯が鳴る。見たことのないナンバーからだった。出ると、聞いたことのないおばちゃんの声。「もしもし?あなた履歴書落としたでしょ。今封筒拾って中をみたら、履歴書が入っていたから大事なものだと思って電話したのよ」だそうだ。「え!?」と驚きかばんを見ると、確かにさっき書いた履歴書がない!「今から取りに行きます!」と言って、再び新宿駅改札にまで戻る。履歴書の中に書かれていた私の携帯の番号を見て、わざわざ電話をかけてきてくれるなんて、なんて親切な人なんだ。言われた場所で待っていてくれたおばちゃん。「これね、落ちててね。人にけっぽられたりしていたんだけど、封筒に『履歴所在中』って書かれているじゃない?だから大切なものだと思って拾ってみたら、あなたの電話番号が書いてあって・・」と、履歴書の封筒を渡してくれる。確かにけっぽられたり、踏まれたりしたらしく、封筒には汚く跡が残っていた。そんな中で、親切に拾ってくれる人もいるんだ・・・おばちゃんはさらに続ける。「あなた四月生まれなのね(←履歴書で確認したらしい)。私も四月生まれなのよ。だからなんだか他人事ではないわ」ご縁過敏症なのですね。「ありがとうございます!これからこれを出しに行くところだったんですよ」とお礼を言って、行こうとすると、最後におばちゃんは、「きっとあなた、今日はラッキーよ」と言ってくれた。じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。なんだか、見知らぬ人でも人の温かさを感じることがあるのですね。結局そのセミナーは遅れたんだけど。しかもそのセミナー人多すぎで、立ち見だったんだけど。内容そのものはとてもよかったので、行ってよかったと思った。足には水ぶくれができた。今日は走りすぎです。だって、なんでだか遅刻ばっかりなんだもん。今は左片尻肉が痛い。筋肉痛です。アフターは、きっちり飲みで、〆ました。
2003.04.18
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今日はバッハ先生に会える日。もとい、ゼミの新歓コンパ。バッハゼミに来た新二年生と、転ゼミしてきた三年生と四年生と初めて対面する日だ。あ、もちろん四年生は初めてではないけれど。遅れて居酒屋に行くと、どうやらすでにみんなの自己紹介は終わって、なにやらバッハ先生がスピーチしていた。長い・・・しかも遠くて聞こえない・・・ということで、近くの三年生たちとおしゃべりをしていると、ようやくバッハ先生のロング・スピーチが終わった。すると三年のゼミ長から、「今度はフイさん自己紹介してください」と。そこでようやく私の存在に気がついたらしいバッハ先生。三秒間くらい、ぽかんと私を見ている。「お前、髪の毛切ったか。誰だかわからなかったよ」せんせ・・・・私、この髪型にしてからもう、何十回とお会いしたことか・・・自己紹介が終わってから、思い思いに飲んでしゃべる。なんだか去年のバッハゼミ飲みの様子とは違った。人数が増えたのもあるし、入ってきた二年生が全員女の子で、キラキラ度が増したせいかもしれない。なんだか知らないが、今まであんまり見れなかったバッハゼミの真の姿が見えたような見えないような。とくに三年生男子の口が軽くなったようなならなかったような。今まで黙々と飲んでいたあの子達は、どこへ行ったのやら行かなかったのやら。バッハゼミにきた二年生は、何人か顔見知りの子だった。その子たちにもいろいろ話を聞いてみた。例えば彼氏がいるかとか。例えばバッハ先生との関係をどこまで築きたいのかとか。全員に聞いたわけではないけれど、彼氏いる子いない子半々くらい?そしてみなさん、バッハ先生の「1~3番」くらいになりたいそうだ。いったい何の?って、言うのは申し訳ないだって私自ら、「バッハ先生の一番は、わ・た・しぃ~~~~~!」と叫んでいたのだから。でももう歳も歳ですし、身を潜めようかとも考えております。バッハ先生いい加減ですし(←髪型覚えてくれないとことか)。二年生を前にしたら、キラキラにクラクラするし。寵をいただけなくなったものは → 尼寺行きその二年生の中に、手相で恋愛運を見てくれる子がいた。しかもよく当たると評判の子。以前にも見てもらったのだが、けっこう私の恋愛運は悪かった。そして今を思えば当たっていた。一年位前の話だったので、「少しは手相、変わっているかな?」と思い、もう一度見てもらうことにした。しばらく私の手相をじっと見るA子ちゃん。そして、占いの結果を教えてくれる。私の方を見て、両手で口を隠し、「どうしよう・・・」と困ったように、おっしゃる。占い師に「どうしよう・・・」と言われた私のほうが、ほんとうに「どうしよう」だ。そんなに私の恋愛ヤバイの?結果は・・・ナイショ☆でも幸せ、遠かったです。今年度第一回の飲み会は、つつがなく終了した。ゼミ長が二次会参加者を募ったんだけど、二年生たちは「明日朝から授業だから・・」と誰も手を挙げない。三年生も然り。四年生も然り(私含む)。でもさ!まださ!九時だぜ?結局解散になったんだけど、私は「九時から女」だもんで、何人かと一緒にお茶をすることにした。行った先のジョナサンで。アルバイト先の後輩と学科の後輩、合わせて三人に会う。I川ゼミの四年生に会う。しかもそのゼミ内の、私の友人が酔ってすごい暴れようだった。ちょっと挨拶をしに行っただけだったのに、抱きつかれ、膝の上に乗っかられ、頭を掻き抱かれ、耳元で囁かれた。完全に虎になっている友人でした。楽しかったな。久々にゼミのみなたまにお会いすることができて。私の「バッハ・ラブ」っていう言葉は、「バッハ(ゼミ)・ラブ」ということですのよ。
2003.04.17
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今日はなぜだかめちゃんこ時間がなかった。朝から外に出て、昼間説明会に向かうことに。説明会向かう前に、今日の「第一回目」のお食事を済ませたかったんだけど、食べている時間がない。これはどこかで何かをかって、駅のベンチとかで食べなければ(←わびしいのは百も承知のスケさんカクさん)。そこで、おにぎり屋さんでおむすびを二つ買い、とりあえず新宿(説明会会場)目指して電車に乗る。新宿に着くと・・・このホームにベンチがない・・・。なんで?となりのホームにはあるのに!仕方がないので、とりあえず会場目指して歩き出した。だけどおむすび食べたい食べたい!だって、説明会は選考も含め三時間かかる。今食べなければ、私は四時までずっと何も口にできない。そこで私がとった行動とは。キムタクは10秒チャージで、エネルゲン片手に飲みながら走った。がんばれワカゾーは、試験会場でカロリーメイトを食べた。マオフイは、動く歩道で、おむすびを食べながら歩いた。しかも普通のおむすびじゃないからね。コンビニとかで売っている、手ごろな大きさで海苔が巻かれているやつだったらまだいいんだけど、私が買ったのは「おむすび専門店」の、海苔も何も巻かれていない、でっかい握り飯。しかも玄米の。見る人が見たら、戦後の子供が、握り飯にむさぼりついている姿を彷彿させたかもしれない。とにかく「動く歩道が終わるまでには食べ終わらなければ」と思っていたので、目を白黒させながら、「んぎゅっ、んぎゅっ」と、一生懸命飲み込んでいた。しかし、動く歩道で一応私も歩いてはいたんだけれど、急ぐサラリーマンは余裕で私の隣を追い抜いていく。でも誰も気がつかないからね、私がおむすび食べていることに。大都会の無関心さに、感心。けっきょくおむすびは一つしか食べられなかったけれど、お腹は落ちついた。説明会が始まる頃には適度に満腹感を感じ、タイミングよく睡魔が訪れる・・・そして本日のメインイベント。ヒアリング・テスト。それがあることを昨日知った。英語力必要とするのかーーー。ヒアリング・テストでなく、他のテストだったらもう少しなんとかなったのかもしれないのに。・・・たとえば。ヒーリング・テスト=高校の、マネージャー時代に培ったマッサージの技術で、あなたを癒します。・・・とか。他にもピーリング・テスト=あまり料理はしないけど、一人暮らし者の意地として、包丁さばきは偏差値高め。りんごの皮剥きも、けっこう長い記録が作れるかも。・・・もしくはツーリング・テスト=免許は持っていないから運転はできないけど、後ろに座らせれば、その重量で安定感のある運転をサポートします。・・・など。しかし、いざ始まったテスト。問題用紙にはいきなり聴診器を持った医者の絵が書かれていて、「これから流れる英文で、もっともふさわしいものを選べ」とおっしゃる。ふむふむ。きっと医者関係のセンテンスが流れてくるのだろう。緊張してその一文を待つと・・・「次の放送を聞いて、絵にもっともふさわしいものを選びなさい。 1。 I am a doctor. 2。 I am a teacher. 3・・・・」・ ・・・え?それだけ?これは何かの引っ掛けだと思った。1であるはずがない。そんなばかな・・・いきなりこんなで拍子抜け。まあ、その後だんだんレベルの高い問題になっていったけど。この会社の将来の方が心配です。問題用紙は、「また次回の説明会受ける人が使うので、書き込まないでください」と言われてしまったし。よく言えば地球に優しい会社。わるく言えば、よっぽどコスト削減をしたいのであろう会社。その説明会後、ちょっと学科の友人に会ってから、高校時代の友人に会いに行った。一ヶ月ぶりくらいであろうか。私はスーツだったのだが、向こうは私服で、しかも買い物をしてきたらしく大きなショッピングバッグを抱えていた。ひーひー就職活動をして、しかもお金のない私にとって、それはジェラジェラの対象になった。「くそーーー。いいなー。買い物なんかしちゃってさ!」とドツクと、「これ?これフイの誕生日プレゼントだよ」とおっしゃる。顔から火が出るほど恥ずかしかった。申し訳ない。そんなことをタイミング悪く言わせてしまったのも、ジェラジェラしちゃったことも恥ずかしいですわ。でもありゲッツ!それからちょっと遊んで、クーポン券から探し出したアジア料理のお店に行くことになった。行ってみるとちょっと怪しい。新宿歌舞伎町方面だし、隣の店ビデオ販売しているし、そのお店の上の店は、個人でビデオが見れるようなお店だし・・・その店は三階だったので、おそるおそる階段を上る。非常階段みたいな狭い階段で、両手を広げると両方手がつく。そして階段途中とかはダンボール箱とかあって、「違法なんじゃないの?それ以前に、どんな店?」といぶかしんでしまう。こんな怪しい店、選んでしまってちょっと後悔し始めた。ドアを開ける瞬間、ドアの向こうからにぎやかな声が聞こえる。どうやら客はいるみたいだけど、もしかして韓国人ばかりが来ている、本格的(過ぎ)アジアン料理の店なんじゃ・・・・?ドアを開けるとそこは驚くことにほとんど満席でしかも若い日本人のお客ばかりでした。いい店じゃん!外とは大違いで、内装けっこう奇麗だし、若いお客がこんなに来るということは、きっとおいしいに違いない!違いなかったのです、本当に。韓国の家庭料理といわれる、辛い鍋に、いわしのシソ餃子、そして大根サラダに雑炊。デザートにはアイスと杏仁豆腐を食べて、さらにベトナムコーヒーまでいただきました。店員さんも韓国人の人たちらしく、韓国料理はけっこう本格的でした(いい意味で)。なかでも杏仁豆腐は激まいうー。私こんなにおいしい杏仁豆腐食べたことない!アイスも杏仁豆腐もどうやらここの手作りらしい。「これは・・・!」「やばいよ・・・」と、鍋や餃子のときより、過敏に反応してしまった私たち。許されることなら、ここにスイーツだけでも食べにまた来たい。クーポンを使ってお会計をしたから、とても安く食べれた。「また今月中に来るので、クーポン、持って帰っていいですか?」と聞くと、「マタ今月来テクレルノ?イイヨ。ヒミツヨ」と言って、クーポン券を再び手に戻すことができた。ふっふっふ。今度は宴会コースで。
2003.04.15
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C&Aコンサルタント(←正式会社名でない)の方々にお会いして、お話を聞いてもらった。やはりコンサルタントの方々、お話をしたり聞いたりするうちに、なんだか物事が解決していくような気がするから不思議だ。そもそもコンサルタントって、日本語でいうとドーイウノ?必殺のエレクトリカル・ディクショナリー(二代目。購買後10日目くらいに故障経験あり)!!コンサルタント=相談する人、(専門的意見・助言を与える)顧問・・・だそうだ。なるほどなるほど。たしかに、いろいろ相談したし、助言も与えてもらった。そういえばムーンサルト・・・あれ?ムーンソルト?みたいな言葉あったよね。それってなんだっけ?必殺エレ・・・(以下略)・・・出ない。ソルトでもサルトでも出ない。広辞苑機能で調べても出ない。実はこれって私の造語だったの?確かなんかの競技の技の名前だったと思ったんだけど・・・これはかつて、麻原ショーコーの娘の名前、「あーちゃLEE」(二方の名前とも、検索エンジンに引っからない対策中)が、何の名前だったか思い出せなかったときくらいのつらさに匹敵する。夕方、学科の友人と夕飯を共にした。お金なくて、ラ・パウザに言ったんだけど、すっごい混みようだった。きっとみんなお金ないから、安くてそれなりの量が食べれるここへ来るのだろう。待っている客は、自分の名前と人数を用紙に書いて待つ。私もさっそく自分の苗字と人数を書いて、友人と二人で呼ばれるのを待っていた。私たちの前に名前を記入した客の顔を覚えていたので、その客たちが呼ばれた後、「次はうちらだ」と、心待ちにしていた。ようやくテーブルが空いたらしく、店員さんが「二名でお待ちの・・・・」と言いかけた。しかし、その後なかなか私の苗字を読んでくれない。5秒くらい固まっている店員。そしておそるおそる「・・・ミゲノさま・・・」はい、ブー―――。答えはシ・ゲ・ノ・どぇーーーす。私も自分で苗字書いたとき、限りなく「ミ」に近い「シ」だなあ、とは思っていたんだよね。「三」みたいな。二人の誕生日を乾杯した。食後、ちょっと友人に付き合ってもらって、ショッピングする。「フイが買い物するなんて、めずらしいね」と友人。この友人、私の周りの友人の中でもとくに目ざとく、新しく買った服や、見につけてきた小物など、全てチェックが入り記憶されてしまう。だから全然私が服などを買っていないことがばれてしまうのだ。友「フイが食べ物以外にお金使うの見ると、なんかうれしいよ」そんなに私、食べ物ばかりにお金費やしますかい。たしかに、節約している四人家族モデルよりは、エンゲル係数高いなーとは思うけれど。実は月の半ばで本当は生活費は尽きていたのだけれど、母が「誕生日に」と送ってくれたお金でしのいでいた。それを友人に話すと、「もったいない!そんなのもったいないよ!なにか残るものを買いなよ!」と強く勧める。確かに。誕生日に送られたお金を食いつぶすのはもったいない。そこで気を改めて、買い物に精を出すことにした。気合を入れて、どれを買おうか友人とショップを見ていると、ちょうど母から電話がかかってくる。母「もしもし?元気?」私「元気だよ。今ね、友だちと買い物しているの。 お母さんが送ってくれたお金で誕生日プレゼント何か買おうと思って」母「そう。誕生日どんぶりにならなかったのね」実はわが家では新語が誕生していて、私に「○○を買いなさい」と言って送ったお金を、私がその○○を購入せず、食費や生活費で使ってしまうことを『○○どんぶり』と呼んでいるのだ。きっと何でもかんでも食べてしまうという意味のことだろう。今まで生まれたのは、プリンターどんぶりやスーツどんぶり、靴どんぶりやオーバーどんぶりなどなど。いやあ、親不孝で申し訳ない。だからこそ今回は、誕生日どんぶりにしないよう、なにか残るものを買わなければ・・・!「何かいいものを買いなさいね」と言ってくれる母。お母しゃ~~~~ん!!母「今買い物しているの?・・・ん?今何時?(実は九時過ぎ)遅くない?」と、心配する母。お母さん、あなたの娘は23歳になりました。門限九時はないでしょう。でも、ここが歌舞伎町だなんてことを言ったら、きっと必要以上に心配するに違いない。地方の人間にとって、歌舞伎町とは、魑魅魍魎が住むところと同義だから。実は、うちの母はときどき変に過保護になることがある。私が高校に入学して、「自転車通学をする」と言ったとき。「交通事故」の心配ではなく、私が吸う「排気ガスの量」を心配していた。ちょっぴり天然なうちのママさんです。そして、電話を切ったあと、ショッピングを続行。ひさびさに買い物した。やけに満足だったし、なぜか一緒に付き合ってくれた友人の顔も満足げだった(←私が食べ物以外にお金使ったから?)誕生日どんぶりは免れたけど、実は今週は日曜日から六日連続外食になる予感。そりゃエンゲル係数、「核家族」並だっていうお話でした。
2003.04.14
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昨日の日記で、1700mlのチューハイを飲みながら書きましたが、その後酔って勢いに乗った私は再び近くのコンビにまで走り、トータル2400mlの(500ml×2本、350ml×4本)チューハイを一気に飲んでしまいました。憂さ晴らしに飲んだチューハイ。かなり憂さを晴らしてくれました。そこで思いついたように前店に電話してみる。本当はちゃんと用があって、前から電話しようと思っていたんだけど。用件を一通り話し終えると、前店が「就活はどう?」と聞いてきた。私はありのままにイケテナイ現状を伝える(酔っぱらっていたからオブラートにも包めなかった)。すると、熱い前店は熱いエールを送ってくれる。「大丈夫だよ!絶対大丈夫だから!」熱い・・・熱いよ前店。でもその後他にもいろいろ何か言っていただいたのだが、酔っぱらっていた私にはメモリーすることも、理解することもできなかった。ただホロホロと、両目から大量の分泌液が・・・電話で泣いているのを悟られまいと、普通に受け答えしていたけれど、涙は勝手にぼたぼた落ちてくる。この就活が始まって以来、初めてこぼれた涙だった。「つらいなー」とは感じていたんだけど、泣くほどではなかったし、そのタイミングもなかった。なんでだろう。なんで今、涙が止まらないんだろう。きっと飲んだチューハイがそのまま目から溢れ出てきたのだ。ぼたぼたぼたぼた。鼻からもじゅるじゅる。こうして、摂取された大量のアルコールは全て涙となって、私の体から流れ出ていった・・・<終><次回予告>・・・と、思いきや、2400mlものチューハイが涙で出っ切るはずもなく、翌朝しっかりと二日酔いになった。しかもかなり重度な二日酔い。「きもちわるい~~あほだ~~~わたし~~~~」と、後悔しても後の祭り。もう学んだはずだったのに、まだ私のアルコール限界量がわかっていなかったらしい。あまりの吐き気と頭痛に、寝ることも叶わない。仕方がないので、活火山のマグマを腹に抱えたような気分で一人で薬局に行き、胃腸薬とドリンクを買って帰る。こういうとき、本当に看病してくれる人がほしいのう。午後遅くまで寝ていて、ようやく治った。ほんと一時は、生きていることを放棄したくなるくらいツラカッタ。本当に今回は反省しました。しかも一人飲みでやるなっていう話です。夜からは、知り合いと夕飯(いちおう私の誕生日を祝うと言う名目だったが、後半はほとんど下ネタ話だった(疑))。数ヶ月振りくらいに会うんじゃないかな。毎回この人に会うときは、「これが最後になるのかな」と思いながら会っているんだけど、なかなか長く続いている。人の縁ってわからないもの。居酒屋に行ったのはいいんだけど、向こうは元からアルコール飲まない人だし、私は二日酔い明けでさすがに飲む気にはならないので、二人で延々とノンアルコールを頼む。珍しくノンアルコールが充実した居酒屋で、ちょっとびっくりした。普通に生ジュースとか出してくれるし。「イチゴジュース」を頼むと、出てきたのはでっかいイチゴミルクで、その上にこれまたでかい生クリームがとぐろを巻いている。二日酔い明けの弱った胃腸にこれはちょっと・・・生クリームの大半を食べてもらって、おいしくイチゴミルクだけを飲みました。今度飲めない人とはここに来よう。料理もおしかったし。なかなかツライ日々ですが(自分でそうしている気もするけど)、まだまだがんばれます、ワタクシ。皆様も、お達者で。ツラければいつでも、トトロマオフイ、女将マオフイがお伺いします。
2003.04.13
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今日はある会社で、筆記テストがあった。けれど、何か不吉な予感が・・・まず会社に行く途中の乗り換え駅の、ホームを降りる階段で、前を歩いている女の子がいきなり階段を踏み外し転んだ。ケガはなさそうだったけど、いきなり目の前で滑って転ばれると・・・そして、その会社に着いて階段を降りていると、今度は私が滑って転びそうになってしまった。かろうじて手すりにすがって、最悪の事態になりはしなかったんだけど、ちょっとの間、一人マトリックス反りをしてしまった。スベッテコロブ?スベッテコロンジャウノ?ワタシ?会場はすごい人。きっと多くの人がこの会社に来たいのだろう。両隣を見ると、左隣はHO~!Say男。右隣はK.O女(机に学生証を置くから、どこの大学だかわかった)。K.O女はパンツースーツなんだけど、その下には編みタイツをはき、ネイルには奇麗にマニキュア。ぎゃ~~~~~~。コイツには負けたくない、なぜか。しかし、本当の敵は私だった。試験が始まると同時に襲う手の震え。そして、全ての血が頭へ向かい一気に駆け上り、なぜかわかるはずの問題が、考えられるはずの問題が、全然わからない。「落ち着け落ち着け」と言い聞かせはするんだけど、「わからない!時間がない!」と思うとどうしても頭が真っ白になってしまう。問題集は解いてはいたんだけど、もしかしてもっと練習しておくべきこと、イメージトレーニングしておくべきことがあったのかもしれない。自分の志望度が高ければそれだけ、緊張が高まるのだということを計算していなかった。でも隣のHO~!Say男君は、私以上に悲惨だった。問題をめくる手が明らかに震えている。もしかして、この会場ですごくプレッシャーを感じているのは私だけでないのかもしれない。そう思うと、少しだけ気が楽になった。ありがとう、HO~!Say男君。結果は・・・しらんぷ~い。ひどいもんたい。それから新宿に行って、友人と夕飯を食べた。最初はかなり落ち込みで、「なんのヒネリもなく言葉返さないでよ」と言われるくらい、上の空だった。だけど、しばらくおしゃべりしたり、お茶をしていたりしたら大分気分が晴れてきた。ありがとう、友人。私のBad Memory。あ~~~~~!ビューネ君ほしい!抱きしめてなぐさめて!ギュッとHUGっとバシっとやられたい。友人に「帰ってから飲むよ~~」と言うと、「最近お酒に依存してない?」と言われた。私は飲み会は好きだけど、アルコールが好きなわけではない。でもそれは昔のこと。依存しています。今も1700mlのチューハイを飲みながらこの日記を書いております。ふふふふふふふふふふふふふふふ。ので。誤字脱字あったらごめんなさい。後で見つけたら直します。友人と別れて家に帰ってからポストをのぞくと、なぜかA日新聞の土曜版特集ページだけが入っていた。見ると、「新卒の若者に、極めて狭き『正社員の門』」というタイトルの記事に、あか鉛筆でマルが描いてあり、書き出しの重要なところには傍線が引かれてあった。管理人さんだ!それによると18~24歳の初就労時の正社員比率は、6割にも届かないらしい。おそろしい・・・管理人さんは、それで何を伝えようとしているのか。「こんな世の中だから、ダメでも落ち込むな」という意味なのか、それとも「こんな世の中だから、相当がんばらないとだめだよ」という意味なのか。どっちにしろ、覚悟は必要だ。やっぱり母親に電話して、もうちょっとがんばって勤めるよう説得しよう。
2003.04.12
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まさか、あの人物のことをもう一度この日記に書く機会がやってくるとは、その瞬間まで思いも及ばなかった。 11:00PM。私の携帯が鳴る。「もしもし、俺。覚えている?」覚えているかどうか以前に、携帯にナンバー表示されて誰からかかってきているかわかるし。「覚えていますよ」と言うと、「よかった~。忘れられちゃったかと思ったよ」と言う。相変わらず、わけわからないこと言う人だな、この人は。最後に会ったのは一ヶ月とちょっと前だし、電話だって二週間前くらいにきたばっかりではないか。しばらくお互いの近況の話をする。そしておもむろに「例のモノ渡したいんだ。これから行っていいかな?」例のモノ?これから?ウチに来るの?いま何時だと思っているの?「これからですか?お宅から家までどれくらいかかるんですか?それより、例のモノってなんですか?」「う~ん、一時間半くらかな~・・・。例のモノって・・・やだなあ。 忘れちゃったのフイちゃん。バレンタインデーのお返しだよ」バレンタインデー!?いったいいつの話だよ、元店!!!確かに、前回電話があったときに「バレンタインデ-のお返しを渡したい」と言ってはいたけれど、まさかまだ実行する気であったとは。「これから一時間半ですか・・・」と答えあぐねいていると、「そうだよねー・・・。やっぱり悪いよね。 女の人っていろいろあるし・・・」と、やけに物分りよく、しかも落ち込んでいる様子。っていうかそれより、「女の人のいろいろってなんですか(笑)!?」元店の「いろいろ」って、なんか他の人より「いろいろ」ありそう。「え~~~・・・。だって女の人とかって、お化粧落としたりしたりするともう人には会えないんでしょ?」確かに。でも私まだお化粧落としてなかったし。せっかく来てくれると言うなら。「いいですよ、待っています」と言うと、「ホント?じゃあこれからすぐ行くよ!」と言って、電話を切った。それから一時間とちょっと。元店は愛車で私の街までやってきた。わざわざバレンタインデ-のお返しを渡しに。元店の私服見たの二回目だけど、こうしてみるとやはり若い。白いトレーナーに、乳首が透けて見えるけど、見て見ないフリ。話を聞くと、まだ彼は次の職業を探さず、家で家事手伝いをしているらしい。「せっかく接客業を経験したから、今度はもっとグレードアップして、ホテルで働こうかと思っているんだ。だからその前に英会話かな、と」と、今後の人生を語ってくれる。英会話ですか~。英会話できない私が言うのもなんだけど、元店の英語はひどい。「OH~,YEAH~」ばっかりで、最後に言葉につまるとなぜか「FUCK YOU!」と叫ぶ。ステキなホテルマンになってくださいませ。二人でいるのもなんだったんで、近くに住む同じバイトのAちゃんも呼んだ。三人でしばらく寒空の下、話が盛り上がる。そして程無くして、彼は愛車に乗って帰って行った。いやあ、久しぶりだったな元店。だけど呼び方が微妙だった。普段「○○店長」って呼んでたんだけど、もう店長じゃないしね。名前を君づけで呼びたいって感じです。そうすると、彼、ユージ君なんです。なんか、そっちの方が合っているな・・・
2003.04.11
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「今年度」初授業。ちょっと遅れてしまったけれど(特に理由もなく)、久々にみんなの顔が見れた。一コマってこんなに長かったっけ?あまりにひさびさ過ぎて、時間の感覚が変わってしまったようだ。最初の授業ということもあり、先生の計らいで短い時間だったはずなんだけど、ながーくながーく感じました。まあ、先生の話のおもしろさ如何にも関わってくるんだろうけど・・・授業後、みんなで教室に残っておしゃべりをしていると、一人の友人が「フイ、誕生日おめでと~~~~~~!!!!」「うぐっっ」と、すごい勢いで抱きついてきた。きっとその友人的には、熱いHUGを交わしたつもりだったのだろう。でも、受けた私にとってみればそれはラリアット。しかもこの感触・・・友「おめでとう~~~!もう23歳?23歳?」私「ちょっと・・・もしかしてリップついたんじゃないの?」見てみると、友人のベージュのコートに、しっかり私のキスマークがついてしまっている。だって抱きつく時、頭ごとかき抱くんだもん。友「ぎゃ~~~~~~~~~っ!!なにするのフイ! 取れない!取れない!」と、慌ててティッシュでごしごし拭いている友人。私は何もしていない。いないけど、なんか申し訳ない。申し訳ないついでに、騒々しい友人が妙におかしい。それがツボにはまってしまって、一分間くらい笑いが止まらなかった。あまりに笑いがとまらなかったので、周りから「こんなにフイが笑っているの見たの初めて」「怖い・・・」という声が上がるほど。ウォーター・プルーフのマスカラまで落ちてしまった。おそるべし友人。誕生日プレゼントとして、「大笑い」をいただきました。
2003.04.10
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いつも思っていたのね。「世の中って、そうそうかっこいい男性いないなー」って。一回新宿の改札外で友人を待っているときに、暇つぶしにマン・ウォッチングをしていたの。しかも男性に限り。かっこいければ○。だめなら×。確かにおこがましいことなんですけど、暇つぶしだし、世に発表するわけではないし。友人が来るまでにチェックした男性は、100人あまり。その中で○がついたのは、せいぜい2人だった。途中で設定を甘くしたのにも関わらずだ。かわいい女の子はけっこういるのにな・・・そこで私は悟った。「世に男性は星の数ほどいるけれど、かっこいい男性はそういないのだ」と。今日、用事があって原宿 → 表参道 → 北青山 → 南青山をずっと歩いた。そんな距離を自分が歩けてしまうことにも驚いたけど、私はもっと驚いた事実を知ってしまったのだ。「日本中のかっこいい男性は、きっとここに集まっているんだ」と。歩いて通り過ぎる男性、みなかっこいい。みなおしゃれ。歩いているだけでドキドキしたのは久しぶりだった。すごいよ、あのレベルの高さは。ちょっとした距離で人種がこうも違うなんて、きっと日本中探しても東京だけだろう(新宿なんて、電車で15分くらいなのに)。私は「原宿・表参道・青山」を「渋谷区・港区」という枠からはずし、勝手に「イケメン区」と名づけることにした。その後、学科の先輩(さちさん)に会うために大学へ向かう。そのさちさんが学科の先生に用があるというので、私もついでにバッハ先生の顔を見に行くことに。実は春休み中、学科内で一番会っているの、バッハ先生なんじゃない?昨日別れてから、まだ24時間経ってないし・・・先生が、無造作に今年度からゼミに入る二年生の人数分布を見せてくれた。多い順で見ていくと、バッハゼミが一位(やはり!)。二年から四年までトータルでいっても、このままだとバッハゼミがいきなり一番のマンモスゼミになってしまうようだ。るりるりと、オッティーが続いて人気があって、T島先生は去年・一昨年よりも人数は減っていた。意外にもあまり人のいなかったI川ゼミとY雅ゼミ。Y雅ゼミの「2人」という数字に、元ゼミ生としては胸を痛めた。あれ?トムのゼミはどうだったっけ?本当に覚えてない。特に覚えていないということは、真ん中くらいだったのでしょう。でも人数にばらつきが見られるので、これから調整するらしい。昨年度までは、少人数制が売りだったバッハゼミ。一人の生徒につき、バッハ先生の配当分が少なくなってしまうのはさびしいけれど、新しいゼミ生はそれはそれで楽しみ。ぐふふふふ~。初対面楽しみだな~。バッハ先生と別れて、その後さちさんとお茶をする。話をしていて、改めて社会人の厳しさを実感した。ところで、さちさん。かわいくて毒舌な人で、「バカはキライ!」と豪語する。そこが好きなんだけど、そのお茶をしているちょっとした時間の中で、彼女は「あいつバカだからっ!」を少なくても10回は連呼していた(ちなみに「あいつ」を指すのは不特定多数)。彼女にかかって、バカじゃない人のほうが少ないのでは、と思いはするのだけれど・・・でも私は発見した。さちさんは、愛のあるバカ人には「あいつアホだから」と言い、愛のないバカ人には「あいつバカだから」と言っている(のだと思う)。せめて「アホ」と、呼ばれたい・・・。
2003.04.09
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英会話へレッツゴー。気がついたんだけど、私英会話学校に「英語力を身につける」以外のことを求めているのかもしれない。それを気がついたきっかけは今日。例のごとく遅刻して英会話学校についた。クリスにはもう謝る言葉もない。・・・と思ったら、今日はクリスはお休みで、代わりにマイクという白人の先生が私に教えてくれることになった。いきなり知らない外国人男性(しかも若く美しい)と、四畳半もない個室に二人っきりになったら、緊張しない方がおかしい。バクバク バクバクしかもこの人話すのすっごい早い。私はお金を払って、英会話を教えてもらう生徒である。わからないなら「わからない」なり「もっとゆっくりしゃべってくれ」なり、言っていい権利を持っているはずだ。しかし、「NOといえない日本人」「コミュニケーションを妨げるのは恥ずべき罪」が基本コンセプトな私は、オートマでシッタカをしてしまう。先生が話す言葉や質問に「いやあ、いやあ(Yeah Yeah)」と適当に相槌をうつ。いやあ、うちら何の会話してるんだ?しばらくすると沈黙。先生を見ると、どうやら私に何か質問をし、その答えを待っているよう。「Yeah」でダメだったということは、5W1Hの質問らしい。英語は読めないけど、空気は読めるから。一時間の英会話、すっごい疲れた。緊張で。日本の夏、緊張の膣(ちつ)。ただ、クリスの授業を受けるより進み具合は早かった。勉強をするなら、もしかしたらマイクとの方がいいのかも。でも、ダラダラでも英語うまくならなくても、クリスがいい。っていうことで、私は英会話学校に、「英語上達」を目的に行っていないことがわかったのです。クリス目的なのかな?その後、ゼミの「先生」 + 「長」 + 「後輩」に会った。誕生日プレゼントに、「長」から美肌キッドをもらい、「先生」にキス未遂をいただきました。ありがとう!どちらも23歳にふさわしい。
2003.04.08
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いい天気でしたな。今日は。桜がきれいだった。ハラハラ花びらの洗礼を浴びました。花粉症でなくて、本当によかったと思う一日。春うららかな花に鼻を向けられるマオフイ 心の俳句実は私、ごまかしごまかし生きてきたけど、認めなければならない事実がある。実家に帰るたびにその疑いを感じてたんだけど、気のせいだと自分自身をごまかしていた。でも、もうそろそろそれを事実として認めようと思う。それは。私は「犬アレルギー」ではないかということ。実家に帰るたびに、ボブに抱きつくたびに目が痒くなり、くしゃみが止まらなくなる。私の家だけでなく、犬を飼っている家に行くとそうなるから、ハウス・ダストとか他の原因は考えにくい。・・・致命的だ。ボブを生かすか、私を生かすか。いま、マオフイ家に大きな選択が迫られている。
2003.04.07
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23歳と一日目。いろんな人に「おめでとう」を言ってもらえてうれしい。しかし。大事な人たちが私の誕生日を忘れている。彼らからは何の音沙汰もない。なぜ?私たちの関係はそんなにも希薄なものだったの?涙涙涙涙涙おとーーさーーん!おかーーさーーん!おにーーちゃーーん!ぼーーーーーーーーーっぶ!娘が、妹が、姉が誕生日を迎えたのよ!どうして何にも言ってくれないの!と、涙に明け暮れていたら、夜母親から電話があった。母「元気?」私「ぐぇんき(←不機嫌)」母「ぐぇんきなんだ。お母さんねー、白い洋服買っちゃった。今度の三月の離任式と、フイの卒業式に着ようと思って☆(ちなみに、うちの母は小学校教員)」・・・気が早い。一年も先の話じゃない。それより、白い服じゃなくて私の誕生日はどうしたんだよぅ~。私「ねえ、なんか大事なこと忘れてない?」母「大事なこと?? ・・・・・・・・うおえあっ!!(←何語?) お誕生日おめでと~~~~~~~(←猫なで声)」焦らしでもなんでもなく、本当に忘れていたらしい。私「っとに・・・それでもお腹を痛めて産んでくれた人?」母「ごめんね。忙しくて。今度新しく来た校長がサダム・フセイン、・・・じゃなくて・・・そう!キム・ニッセイみたいなすごいワンマンな人で、本当に忙しかったのよ」私「・・・キム・ニッセイ?キム・ジョンイルでなくて?」母「そうだそうだ。キム・ジョンイルだ!」金日成(キム・イルソン)は一代前だ。しかもキム・ニッセイって・・・・(涙)。母「それですっごく忙しくてね。お母さん歳だから、もう今年で仕事辞めようと思って・・・」私「・・・えっ!?ちょっと待って!!はやまらないでよ!!」困る。もしかして就職とかできなくて一年プーしたり、五年生したりする可能性も無くはないのに、お母さんが仕事辞めてしまったりしたらっ・・・・私「お母さん。いい?ちょっと落ち着いて。はやまらないでよーく考えてね。来年もかわいい生徒たちが、お母さんを必要としているかもしれないでしょ?(実はかわいい娘が必要としているかもしれない)」母「う~~~ん」説得は日にちをかけて行うことにした。フセインだか、ニッセイだか知らないが、私の将来を大きく揺るがす者が現われたようだ。「五年目はないと思え。何が何でも就職はしろ」ってことですか?そうそう。今日久々にエントリーシートを書いた。年齢のところ、一回「22歳」と記入してから慌てて修正液で直し、「23歳」と書き直した。まだ「23歳」に慣れない、23歳と一日目でした。
2003.04.06
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今日は私の誕生日。友人四人に祝ってもらいました。お鍋をいただいて、ケーキをいただいて。とても幸せでした。雨の中、千葉に行った甲斐があったよね。あまりの寒さに、しもやけになっても十分満足のおつりがくるよね。ろうそくの火を消す時、みんながシャッターチャンスを狙うのに気を取られて、「バースデーソング」が途中でフェードアウトしていったのも気にならないよね。それくらい、いい誕生日会でした。夜、家に帰ってきてから郵便ポストを見ると、電報の不在届けがあった。どうやら私が出かけている間に、誰かからの電報が届けられたらしいが、不在だったために持って帰られてしまったらしい。電報ってポストに入れておいてくれるんじゃないの?さっそく電報センター(?)に電話して、不在票が入っていたことを伝えた。そうすると、「もう今日は遅いので、明日の配達になります」だそうだ。なんでも、電報はプーさんのぬいぐるみと一緒らしいので、郵便ポストに入れられたかったらしい。日にちが日にちなだけに、「誕生日祝い」の電報なのは確かだろう。でも、もしかして電報を送ってくれた相手や中身によっては、今日中にお礼のメールなり電話なりしたほうがいいのかもしれない。誰から送られてきたんだろう?センターのお姉さん、教えてくれるかしら?私「すいません。どなたから送られてきたか教えてもらえますか?」電「はい。○○○○さまからの電報です」前店だった。私「すいません。内容って、今電話で教えてもらえますか?」電「マオフイさま本人でいらっしゃいすね?」私「はい」電「ではお読みいたします。 フイちゃんお誕生日おめでとう。フイちゃんを・・・」とうとうと読み上げるお姉さん。すっごい恥ずかしかった。内容はいつもと変わらず熱いものだったんだけど、それを誰か他人の口から朗読されるとこんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。思わず「もういいです」と、お姉さんの朗読を止めてしまいそうになった。直接祝ってくださった方、メールを送ってくださった方、プレゼントをくださった方、カードを贈ってくださった方、電話をくださった方、電報をくださった方(若干一名)、ほんとうにみなさんありがとう。とても嬉しかったです。23歳の私も、何卒よろしくお願いします。
2003.04.05
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大学の健康診断があるので、大学に向かった。モツ君と待ち合わせして、一緒に診断を受けることに。大学のメインストリートを歩いていると、たくさんのサークル勧誘の人たちがいる。るりるりが勧誘されるんだから(昨日の日記を参照)、私も新一年生と間違われて勧誘されるかしら?・・・と、ドキドキしていたけど、誰も勧誘してくれなかった。まあ、きっとスーツを着たモツ君が隣にいたせいでしょう。健康診断、三年ぶりだったので、絶対何か体に異常をきたしていると思っていた。少なくても、尿から糖が出るくらいは朝飯前と覚悟していったんだけど、特に異常は見られなかった。ただ、三年前から1キロ太っていた。増え続ける体重。ああ、ピンカーブで下降したいわ。モツ君からステキな誕生日プレゼントをいただいた。モツ君は「誕生日おめでとう。遅れてごめんね」と言って渡してくれたけど、全然遅れてないから。むしろ私の誕生日明日だから。どうやらリョッキーが企画してくれた4月2日の誕生日会が、そんまま私の誕生日だとインプリンティングされた人が多いらしい。プレゼントは、私のツボを突くもの。モツ君からいただいたメッセージを、家に帰ってから読ませてもらったけど、すごく胸に温かく染入るものでした。(本当はここで紹介したいくらい)。ありがとう。モツ君。そして祝ってくださった皆様。私、23歳になります。
2003.04.04
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一年に一回。この時期がやってまいりました。学科の新一年生と初めて飲む飲み会。「新歓コンパ」。なぜ私が新一年生の新歓コンパに行けるかというと、ヘルパーだから。もう引退したようなもんなんですけどね。本当は待ち合わせは新一年生と一緒で大学だった。けれど、遅刻魔だからぜんぜん時間に間に合わない。だからそのまま電車で先回り。電柱に隠れてみんなが来るの待っていたんだけど、隠れきれていなかったのか、先頭にたって一年生を連れてきた三年ヘルパーのアツとミカに見つかってしまう(←あきらかに狙ってたんですけどね)。今回は予約を人数少なめにしていたせいか、会場はぎゅうぎゅうだった。これも節約のためらしい。一年生と先生方を座らせてしまうと、もうヘルパーたちの座る場所はほとんどなかった。今回来てくださった先生は、我らがバッハ先生(←実はヘルパー担当教授)、目で犯すT島先生、ダンディーI川先生、新人教授るりるり(学科内紅一点教授)、そして遅れてやってきたY雅先生だ。オッティーはなぜか来れなかったらしい。F田先生もアメリカらしいし、Uちゃんとトムはどこへ行ったのやら・・・毎年恒例のように、一人ずつ自己紹介を行っていった。このときすかさずかわいい子、かっこいい子をみんなチェックするらしい。ぼそぼそ「かわいいね、あのコ」とか、「ウケる」とか、それぞれ評価されていっている。私たちヘルパーも、先生も、例年だったらまとめて後で自己紹介していたのだが、今回は座っている席順に一年生と一緒に自己紹介をしていった。実は私は毎年、この自己紹介でウソをつく。なぜウソをつくようになったのかは話すと長くなるから割愛するが、私のこのウソによって、毎年一年生のリテラシー度が測れる。なぜなら明らかにウソだとわかるようなウソを、そのまま信じてしまうということは、それだけリテラシーの度合いが低いということがわかるからだ。明らかにわかるウソ。ご紹介しよう。私がついたウソを。 3 ↓ 2 ↓ 1 ↓「私は過去に、三年連続ミス・ユニバースに選ばれています」ミス・ユニバース=世界中の美女たちが世界NO.1の美を競い合う大会で、優勝者した者を指す。そんな人が私であるはずがない。大体、うちの大学のミスにもなれないっつーのに。ね?誰も信じないウソでしょ?これは言った方より信じた方が明らかにバカでしょ?でも今年は少しドジって、言い間違いをしてしまった。「実は私、今ではこうして学生をしていますが、過去に三年連続で、ミス・ユニバーサル・・・あれ?ミス・ユニバーサル・・・・なんだっけ。ミス・ユニバーサル・・・スタジオ・ジャパン?・・・あれ?」と、言い淀んでしまった。慌てて周りのヘルパーから、「ユニバース、ユニバース」と教えてもらって言い直す(←ヘルパー内では、私がこのウソをつくのは周知の事実)。「私はミス・ユニバースだったのです」と、言い切ると、周りから「おおっ」「すごい!」と、まるっきり信じた声が返ってくる。心なしか、みんなの私を見る目が熱い。そして私は続け、「それでその後結婚をして、もうミスにはなれなくなってしまったのですが、今では子供も二人います」と言うと、笑いではなく、やはりどよめきと「キャー!」という悲鳴が聞こえてくる。みんな、ほんとに信じたの?どうやら今年の一年生のリテラシー度は低いらしい。かなりの確率で信じてもらえたようだ。後の話になるが、その後飲み会最中も、本気で「お子さんいくつなんですか?」と聞かれたり、「確かに母性を感じます!母乳で育てているって感じですもの!」と、熱い目で見てくる子が何人かいた。う~ん。むしろ「ミス・ユニバース」より、「子供いる」の方に関心がいっている。ミス・ユニバースはどうでもいいのか?そして、私のすぐ後がダンディI川先生の自己紹介でした。I「実は先ほどマオフイが子供二人いると言ったのですが、そのうち上の子は、私の子です」と、爆弾発言。またも「キャーーーーー!」と歓声が上がる。ノリのいい学科の教授たち。るりるりも、立って自己紹介したのだが、お酒に酔ったのか足元がふらついている。「かーわーいーい!」というエールを受けながら(私は「ずーるーい」というエールを送っていたのだが)、「今日大学の校門を通ったら、新一年生と間違えられてサークルの勧誘を受けました☆」と嬉しそうだった。そして最後に一年生の自己紹介も終わって、バッハ先生の番に。バ「えええ・・・・言いたいことの一つ目は。先ほどマオフイが子供二人いると言って、上の子がI川先生の子供ということでしたが、実は下の子は私の子です。らしいです」と、またも爆弾発言。「イヤーーーーーー!」という悲鳴の中、「ちくしょう!下の子はあんたの子だったのか!」とI川先生も参戦。「ヤメテ!二人とも私のために争わないで!」と私も興に乗じ、内輪でバカな盛り上がりを見せてしまった。楽しかった♪ちょっと私おいしすぎたけど。これで一年生に、私たちの学科が意外にフランクだと伝われば幸いです。話はずれて、同じくヘルパーのちづと話していたとき。「バッハ先生は立つとき、すごく近くに立つよね」という話をしていた。ち「今日バッハ先生に会って、別に用はなかったんだけどわざわざこっちまで近づいてくれて。でもあまりに迫ってくるから、思わず「近っ!」って思ったよ(笑)」飲み会の途中でバッハ先生とちょっと話した。やはり近い距離、思わずドキドキしてしまうでないの。どれくらい近いかというと。皆さん、人差し指と親指で「L」を作ってください(あのモー娘。が「LOVEマシーン」で「イエイイエイイエイイエイ」と言っているときに、作るアレ)。その親指を自分のあごにあて、人差し指が相手のあごにつくらいの距離。ね?近いでしょ?しかも、私通常の人より指短いのに・・・私「先生、お顔近くありません?」バ「そうかな」私「ほら、こんなに近いですよ!」と、人差し指と親指で距離を測った。先生は例の困ったような眉毛を下げた笑みを浮かべ、私のほっぺたを「ぷにゅ」と指して颯爽と去ってしまわれた。だめだ・・・想像妊娠しそう・・・私のハートはもはや亀甲縛り。場はそれぞれのテーブルで盛り上がり、場所は二次会へと移った。ただ二次会の場所は予約していなかったので、しばらくは公園で待たせることに。そこでしばらく時間をつぶし、入ったお店はやす~い居酒屋。そのころにはもう、一年生もお互い慣れたのか、一年生同士で仲良くやっているようだ。一部のヘルパーを除き、ヘルパーたちは隅の席でちびちびとやっていた。この二次会には先生方はほとんどいらっしゃらなかったんだけど、バッハ先生だけはヘルパー監督の責任を果たすためか、最後まで付き合ってくださった。例年にないことでした、これは。そして二次会も終わり、一年生を帰した後に、ヘルパーだけの打ち上げをやった。最後のヘルパーの打ち上げはバッハ先生がおごってくださる(きゅん)。みんな、ワンドリンクとお茶漬けやら雑炊やらと、最後の〆って感じでした。二年生や三年生のヘルパーは食べたり飲んだりする暇もなく、一生懸命動いていたしね。今回、ヘルパー総元締めのさちさんも来ていた。さちさんはもう社会人なんだけど、忙しい合間を縫って来てくれた。話を聞くと、やはり社会人忙しいし厳しいらしい。「寝てない。一昨日寝てないし、昨日3時間しか寝てないし、明日も寝れない」そんなに寝れないの?きっつー。白いスーツに身を包んで、颯爽と働いているらしいさちさん。私も社会人になれるのだろうか?
2003.04.03
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学科のガイダンスがあるので、昨日に引き続き大学に向かう。三年生、もとい、四年生ひさしぶりだなー。さすがに何人かがスーツを着ていた。今日もどこかで誰かが就活している。四年生から、明日の新入生歓迎コンパ用のお金を集め、それを三年生のヘルパーに渡すために、隣で同じくガイダンスを行っている教室にお邪魔した。なんか、三年生も久しぶり☆やっぱりうちらの学年より活気あるな。思わずこちらまでハイテンションになってしまう。そのあとちづと、時間つぶすために近くのカフェへ。実は今日、学科のリョッキーが夜から私の誕生日会を企画してくれたのだ。その会の名は、確か「やっと23歳になったね、フイおめでとう之会」だったかな?学科で一番最初に23歳になったリョッキー。続いて二番目に23歳になる私を、てぐすね引いて待っていたのがよくわかる命名だ。リョッキー、ちづ、エバ、ほくそえみが集まってくれた。ほろりほろり、もらい泣き。お店は今までちょっと行ったことないようなお店だった。一言で言うならマダムが集まるようなお店?落ちついた内装に、ほのかにお香の香りが漂っている。静かな音楽に、あまり大声でしゃべる客もいない。おしゃれなランチョマットにかわいい箸置き。その箸置きをリョッキーとちづは、「チェスみたい」と言い、ほくそえみは「これ!ほら!ベッドの端にあるやつに似ている!」と言っていた。人のセンスは千差万別。最初私たちも遠慮して、小さい声でしゃべっていた。いつも私たちが行くような店は狭いところにぎゅうぎゅうになって座るようなところばかりだから、このお店のように席間を余裕をもってとられると、なんだか席が離れている人が遠い。誕生日席に座らせてもらったんだけど、思わず乗り出してしゃべっていた。でも、だんだんお店の雰囲気に慣れて、おしゃべりも盛り上がる。お料理がまた上品なんだ。おせち料理みたいなプレート。でも味がすごい凝っていて、それをちょびりちょびりと食べる。量より質。これが大人なのね?23歳の世界なのね?23歳の記念すべき誕生日に、このようなお店につれてきてもらっちゃって、すごい嬉しかった。みなさまにごちそうになってしまいました。ああ、23歳になるの嫌だと思っていたけど、こんな風に祝ってもらえるなら、誕生日、年に3回あってもいいかなと。思いました、ワタクシ。ちなみに。23歳、23歳と連呼したけど、私まだ22歳。ほんとの誕生日は三日後です。家に着くと、郵便受け入れに何かが入ってる。また管理人さんからの差し入れ?でも今回は、フルーツでもドリンクでもなかった。いつもとは違う差し入れ。それは ↓ ↓ ↓乾麺(うどんとそば)。それぞれ三束ずつ計六束。それが丸出しでスーパーの袋に入れられていた。しかも今回に限って、メモが入ってない。なんdeだろう?なんで乾麺なんだろう?誕生日プレゼントなのかしら?それとも就活うまくいってない私に対して、「長いものには巻かれろ」というメッセージでも込められているのかしら?本当に管理人さんからのものなのかしら?わかったことは、私は郵便物に入っているものを何の疑いなく食べるということ(管理人さんによるインプリンティング、もしくはパブロフの犬の公式により)。私を殺したかったら、郵便受けに毒物を入れなさい。
2003.04.02
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四月になり。第一日め。今日は新一年生の入学式と、学科集会がある。ヘルパーとして挨拶するために、大学に向かった。大学の周りの桜がすごく奇麗だった。ああ、またこの季節が来たのね。いやおうなく変化しなければならない季節が。そして私は散らない桜。↑このセリフを、ヘルパーとして新一年生に自己紹介するときに言うのが私の年課であり責務である。ひさびさに顔をそろえるヘルパーのメンバーと、先生方に、思わずテンションが上がってしまった。しかし初々しいな~、一年生。ほとんどが18歳でしょ?私と何歳差があるんだ?ひい、ふう、みい・・・ヤメタ。バッハ先生のネクタイ姿、初めて見た。やっぱり入学式だからフォーマルでないとね。でもよく見ると、おもしろいネクタイ。靴下を首に巻いているの?私が持っている靴下と似たような、ニットのネクタイをしている。おかしくて笑っていると、「こういうニットのネクタイがあるんだよ。なんにも知らないんだな」と、また眉毛を下げるバッハ先生。いやいや、おしゃれさんです、バッハ先生。シャツは格子柄、ネクタイはシャツと同系色のニットもの。背広ではなく、ジャケット。ダンディI川を越えてください。I川先生とちづと三人でしゃっべていたとき。(なぜそういう会話になったのか覚えてないけど)私「私たち(私とI川先生)との間には誰も入れないですよね。ゼミを越えた間柄なんですよね~」I「だよな~」私「うーふーふーふ。あ!こんなこというとちづがジェラルかしら?(ちづはI川ゼミ)」と、ちづをチラ見。ち「いいもん。私がバッハいただくから!」とかわいく抵抗。私「だめ!バッハとっちゃだめ!」←同時多発言→ I「バッハ!?」 I川先生は、バッハ先生が影で「バッハ」と呼ばれていることを知らなかったらしい。そりゃそうだ。別に陰口ではないということを示すために、あわてて私「バッハっていう名前は、バッハ先生も公認です。本人も喜んでました(←ここはウソ)」I「ふうん・・・」信じてもらえました?そのあと、ちづと新5年生の先輩と一緒に遅めのランチ。4時近かった。私はその日初めてのごはん。すごい勢いで食べ、水を飲んでいる私を見て、先輩とちづが笑う。4/5を食べたところで、ようやく人心地ついた。しかし、うまかったな~、ウニタラコパスタ。略してウタパ。また食べに生きたいわ。そろそろサクラ咲く人もいるのだろう。サクラクラクラサケサクラ。
2003.04.01
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