2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全22件 (22件中 1-22件目)
1
日曜ですが、きょうまで仕事。通常出勤し、その後古北へ。ボクらの仕事はあくまでも人とお会いすること。こういう大型連休に入ってしまうと、訪問することは事実上不可能。むしろ、会社の責任者の多く集るボクらの集う教会は絶好の交わりの場所。もっともきょうは日曜礼拝。これだけは 外せません。ここでサプライズ。説教者が通常の大川従道先生ではなく、先日機上で偶然お会いした上海に宣教使命で来られているN先生を送り込まれている教会の主任牧師「ビョン・ジェーチャン」師。日本語の堪能な韓国の方です。雑誌「幸いな人」を主宰し、インターネットTVアガペを放送されております。26日の日記に記したO兄の母教会牧師であり、まさか この先生のメッセージを大和カルバリーチャペルの礼拝で聞くとは、、、、まさに「主にあってひとつ」がこの時点で具現化されています。主は このような方法でO兄の教会と わたしたちの集いの接点を形作ろうとは、、、ビョン先生のメッセージの中心はひとりの人の不義と ひとりの人の従順というローマ人の手紙からのものでしたが、ボクが今年の一月に夢でお告げをいただいた「わたしはアダムに楽園を与えた、、、いまおまえにイエスを与えた、、、これ以上何の不満があるというのか。。。」という要旨に全体として 酷似していました。ハレルヤ。さらに昨年上海から紅白歌合戦が生中継されましたが、それらの番組制作に携わっておられるN○K関連会社のI兄が出席されており、新鮮なお話を伺うことも出来ました。ハレルヤ。いったん事務所に戻り、家に帰って、きょうが日曜日だったという感覚もスッカリ忘れ、家内とふたりで伝道について語り合いました。。。
2007.09.30
ことし6月まで上海に留学生として滞在されていたI・S子さんが無事 横浜の教会で洗礼を受けられました。ハレルヤ。今年の5月のキャンプにも参加され、ボクらとともに賛美歌を歌い、中野先生のメッセージを拝聴し、また 主を賛美して喜び溢れていました。ところが彼女は帰国直前 お父さんを病気で急に失い、失意の中で帰国されました。送別会ではボクは 彼女の中の信仰はこういうことがあったからこそますます燃え盛っていくだろうと確信し、ボクらもよく聞いている米沢の教会の田中信生先生(プロゴルファー中島常幸兄の師でもある)のメッセージテープを2本だけ手渡して別れました。聖霊さまはその後豊かに彼女の働きつづけ、洗礼の日を迎えることができました。ハレルヤ。一方 10月3日には上海在住のMさんがハワイのワイキキビーチで洗礼を受けられます。彼女(15歳)の証は信仰の原点だと思いました。「わたしは10歳のときに友だちと会うのが目当てで教会に通うようになりました。メッセージも聞きましたが、イエスさまの話は 10歳のわたしにはよくわかりませんでした。・・・・いろいろなキャンプや学びに参加しましたが、だんだん教会から離れていくようになりました。・・・・でも あるとき わたしと神さまの関係だけがいちばん大切なんだ、ということに気づき 洗礼を受けることを決意しました。。。」ひとには計画があり、思いがあります。しかし「ただ主のみ旨だけが堅く立ち」ます。(箴言19・21)なんとすばらしいことでしょう。ことしもわたしたちの周りには次々と主によって新しいいのちが興されています。
2007.09.29
事務所の仕事を少しだけ抜け出して、地下鉄2号線上海科学技術館駅内にある「新ニセモノ市場」とも言われるマーケットに行ってきました。ここでの目当ては 練習用にゴルフクラブを持ち運ぶケースを購入するためです。すぐにテキトウなものが見つかり、家内は 帽子を買いました。それで、その後 家内はしばらく事務所に戻って日本語の個人教授のため徐家ホイへ。ボクは事務所で 雑用をしてから徐家ホイへ。買ったばかりのケースにいただいたゴルフクラブを差し込んで、家内と落ち合って 七宝の 「大都会ゴルフ倶楽部」へ行きました。けっこう移動費だけでもかかると判明したので 次回からは誘われた時以外は近場にしようということに決定。ともかく、最近 身体のキレが若い時以上にイイと感じていて、先日の身体検査では体重が88Kgとやや太り始めて入るものの、パワーが出るのにはちょうどイイのかも。。。きょうは 7番と9番だけで打ち込みをしました。家内以外 周りはダーレもいません。前回 初めて 打ちっ放しをして、その後 ゴルフの初歩の 本を少し 読んでみてイメージが少し掴みかけたので、きょうは 思いっきり打ってみました。先日初めてやったその日に「80台はすぐにいくよ」とS総経理にお墨付きをいただいたことが有頂天になり、当れば まっすぐ 100ヤードを軽く超えていき、ひじょーーーーにいい気分で練習を終えることが出来ました。なんか よくわからないのですが、ひじょーーーにゴルフが相性がイイスポーツのような気がしてなりません。きょうは完璧にコツを捉えました。(もしや天賦の素質があったのか??)こんな風に スポーツに 快感を味わえるなんて、好きだった野球でも経験し得なかったことです。ちなみに 家内もけっこう 真剣に取り組んでいます。こんどはまた休み中に行きます。
2007.09.28
家内とともに松江区の工業園区にあるS社を 企業訪問しました。 ここは日本の大手F社とH社の合同出資した投資規模がかなりの額に上る会社です。 ここには 私どもの関係する日本人教会とは別の活動をされている日本人兄弟Oさんが設備担当の責任者として在籍されており、しばしMixなどでいろいろやりとりをさせていただいている間柄です。 人事担当のHさんを紹介していただき、かれこれ1時間ばかりプレゼンテーションをさせていただきました。 これを傍らで聞かれていたOさん、「すばらしいプレゼンですね。生き生きされていますね。」と褒めていただきました。 現在の仕事は 大会社にいた時の経験と個人商店を経営していた時の経験がミックスして 自分でも全てが役に立っているなぁ、とつくづく 感じることがあります。 また日本と中国というまったく違う 国家システムの中で企業経営を進めていくいろいろな苦労というのは、当事でないボクにとっては、高見の見物とは言え勉強になる上、多数の事例を比較していくことでいいアイデアをいただけるチャンスとなっています。 最後にOさんと3人で日々の生活のこと、信仰のことでいろいろなお話をさせていただきました。 Oさんの奥様は日本人ですが、牧師の娘で、おじいさんは その昔上海に宣教師として渡られていた、ということも知りました。Oさんが訪問の朝デボーション(黙想)されていると、主からネヘミヤ書のある箇所を示されましたが、家内が 話の中で語った箇所が そこの部分でした。また、ボクが 人の罪、愚かさをあらためて 語った時、それもOさんが この数日 主から示されていた、ところだったという具合に、主にあって 日々 励まされている兄弟姉妹はたとえ 違う活動を 求められても同じように歩んでいくものだ、と喜び合いました。家内は 帰りのクルマの中で「Oさんは 非常に満たされていた。わたしは Oさんの 霊を強く感じた。非常に 謙虚に主に従おうとされている。」Oさんは 先日ボクが機内でばったりお会いした宣教師N師の礼拝を支えられている方です。最後に ボクが お祈りし、Oさんも続けてお祈りしました。いつぞやの 上海一開集団の総帥の部屋で 祈祷した頃から 約半年経ち、先日の 青浦の総経理T兄の会社での祈り、そして今回の祈り、とその場所が 主の栄光に輝くことを信じて その場を立ち去りました。(あすから O兄は バカンスでネパールへ向います。5回目だそうです)
2007.09.26
久しぶりにタイタイ(家内)の日記、、、25日は、中国では中秋節を迎えます。 この日は、家族揃ってテーブルを囲み 月餅を食べる習慣があります。 スーパーではものすごい量の月餅が売られています。 日本で言う、年末のごあいさつと同じような感覚。 なので、月餅を持って会社にあいさつ回りをしている 日系企業も多く見かけます。 これが中国の慣わしです。 タイタイも近年、誰かしらに月餅をもらって食べています。 今年は、日本語の生徒さんである台湾人の彼が 他の会社から月餅のギフト券をもらったらしく それをそのままタイタイにくれました。 その月餅、月餅の形をしたアイスです。 最近はいろいろなものがあります。 定番のものだけではありません。 中国にあるハーゲンダッツも、月餅をオリジナル化して 売り出しています。 タイタイは食べたことがありませんが とても美味しいらしい・・。 一般に売られている月餅の味の種類は豊富。 一つの箱に9つ入っている月餅でも、皆味の種類が違う・・。 練りゴマ、白餡、黒練り餡、卵の黄身入り餡、抹茶餡 ミルク餡、緑豆餡、椰子の実餡 ナッツ入り白餡 みんな味が違う! 聞いただけでも何だか美味しそうじゃありません?? 洋風の月餅だと、チョコレート、抹茶など 味もまた更に加わり、よりどりみどり。 そして味は、ほんと甘くない! むしろ日本の食べ物のほうが、料理を含めて 総じて甘い気がします。 なんていうか、カロリーが高そう・・。 とにかくいろいろな月餅が売られていますが 市場で売られている月餅は、値段が安く、まあまあのお味! この時期中国に来るチャンスがあったら ぜひ、お試し下さい。 ちなみに中国では今、抹茶餡の月餅が人気らしいです・・。
2007.09.25
来月1日からはいよいよ国慶節が始まります。今週はそのため土曜、日曜が通常業務になる会社がほとんどです。たいてい1週間の連続休暇となりますので、こぞって海外旅行や帰省に移動が始まります。ボクらは 身近なところで骨休みをしようかな、と考えています。1)五角場に行く2)七宝へ行く3)中山公園龍之夢へ行く4)ゴルフの打ちっ放しなど。。。いつもしているようなこととほとんど変わりませんが。。。旅行といえば、上海日本人教会の有志たちは三々五々ハワイに出向き、現地で 上海仲間のMさんの洗礼式に出席します。ハワイの中野師によってワイキキビーチで執り行なわれます。すばらしい洗礼式が行なわれるようにお祈りしています。さて 旅行をモチーフにしたミスター・ビーンの新作を廉価DVDで観ました。フランスのパリとカンヌがよーーく撮られていて旅行した気分になれますし、面白かったです。お休みにはちょうどいい映画ですね。
2007.09.24
事務所の上海本部日本人チームは近所の食べ飲み放題の店で決起集会を行ないました。ボクは先日の白酒飲み過ぎのこともあってビールだけ、に控えて取り組みました。さて、身長146cmのチビッコスタッフ(女の子)が大学生上がりの若さも手伝って、飲む飲む・・・。梅サワーに切り替えて、また 飲む飲む。。。勢いが止まりません。ボクはずーっとジョッキビールだけで控えていましたが、、、きっとボクの飲むペースが早いので、吊られて飲んだんでしょうかね。「非常濃的!(濃いのちょうだい)」と店員に要求する始末。おそらく7,8杯は飲んだ頃でしょうか。だんだん様子がおかしくなってきました。そしてバタンキュウ。そして少し経った頃、おぼぼぼぼーーーっと滝のように戻し始めました。見事に飲んで、見事に戻し、すやすや寝入ってしまいました。きっと、今までも大飲みしたことがあるかもしれませんが、ここまではしゃぎ飲みしたことは初めてだったのかも。日を変えて会ってみると「全然覚えていません」とのこと。この間のボクと全く同じ。バッチリ証拠写真を撮っておきました。これで限度がわかって次回は控えるでしょうね。。。
2007.09.22
日本に戻った折りにオヤジがだいぶ前に上梓した「人間の悲惨な境遇について」(1999年;南雲堂フェニックス)を持って帰ってきました。これを帰りのバスの中一挙に読んでしまいました。これはローマ教皇 インノケンティウス3世がまだ 教皇になる前に書き記した書物で、後の文学にも多大な影響をもたらした文献です。今となっては貪るように読み込めるのですが、まだキリストの御霊を微塵も知るよしもなかった当時、これほどまで スゴイ中身だとは思いませんで、本棚の肥やしになっておりました。ところが、このように上海において日々 激烈な闘いを強いられておりますので、信仰を戴けているわけですが、聖書を座右にしているハシタメとしましては、この本の内容は親の翻訳したものだから、というような誇りもあるのは当然ですが、どの一小節をとっても、非常に深い テーマであり、「物語の元ネタ」に何でも使用できるなぁ、とすぐに思ってしまいました。今日はこれをネタに中国人の友人Yさんのところでインチキ説教をまた繰り広げてしまいましたが、、、けっこうハマッタようで、非常に恵まれました。聖書をじぶんの中心にすることを 上海で獲得できたおかげで、オヤジの頭脳を拝借する知恵も授かりました。・・・子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。 (ルカ福音書 15.31)
2007.09.20
午前中は 台風でお客様をお迎えできず延期。こういう時は、きっと別にこれに勝るとも劣らぬ大切なことがあるだろう、と思いきや、K兄から電話。2時間 キリスト者としての実業社会での態度をいろいろ相談に乗りました。とはいっても、別にボクがそんなに偉そうなことも言えた立場じゃないので、お互い 主の憐れみによって信仰を持たせていただけた、という同病相憐れむ、みたいなダベりでしょう。。。午後、台風を押し切って青浦のT総経理の会社を訪問しました。Tさんご一家は我々の上海日本人教会に集うメンバー。日本でも どこの教会員でもなく、ただ主を賛美するという姿勢を保たれている方です。上海のボクらの集いは牧者が常駐していないことゆえか、このように超教派、というか無教派 というところがかえって祝されているようで、本来はこうあるべき、というところが現れています。よくよくお話を伺ってみると、仕事面ではかなり現場で闘ってこられたようで、総経理に赴任されてから約3年は 訴訟問題で相当苦労されたご様子。一方、信仰者として代々キリスト者で、特に 御じい様は宣教師で殉教された、という背景をお持ちになっておられました。2時間ほどお話して、最後に 家内が 感謝のお祈りをしますと、じわじわじわ~っと聖霊が満ち溢れて感動につつまれました。こういう機会が増えるのではないでしょうか、とT兄。ボクらも そう願いたいです。
2007.09.19
ゴルフセットをいただいた日系大手企業の総経理さんにお誘いいただき、ミズノのやっている上海大都会ゴルフクラブに、ゴルフの打ちっぱなしに行ってきました。最初からベンツで練習場通い ですからね。ゴウジャスな気分ですね。ゴルフは 10年以上昔 友人たちとペナン島(マレーシア)で周った覚えがあるのですが、その時 まったくやったこともないから、当らなく、キャディさんに代わって打ってもらいました。それ以来。ボクひとりで七箱ほど打ちましたが、けっこう楽しいことに気付きました。この国慶節はゴルフの練習三昧かな。。。日曜早朝練習→日曜礼拝→中華を囲んで交流「上海勝利の方程式」が出来そうかな!写真は 50ヤード突破を目指す家内。
2007.09.16
金曜午後から事務所の営業企画部で一泊二日の社員旅行がありました。場所は浙江省の臨安市というところ。この一週間日本に戻っていたし、その間中 けっこう移動していましたから、だいぶ疲労が溜まっているのですが、この場所へも浦東の事務所から片道4時間以上バスに揺られましたので、クタクタです。白酒(度数52度)を飲みすぎたようで、その夜のことはまったく覚えていません。小瓶だったけども、二本は空けちゃったようです。家内に翌朝大目玉食らいました。たまには、いいでしょ。写真は 漂流下りにて。。。
2007.09.15
日本に戻っている時、朝日新聞求人ランのミニコラムに「五体不満足」の著者でスポーツライターの乙武洋匡(ひろただ)さんがコメントを寄せておりました。今何してるのかなぁ、とプロフィールを覗くと「杉並区立第四小学校」教諭、という肩書きになっておりました。ここはボクの出身校。あまり関係なくもありません。乙武さんはともかく乙武さんのお母さんはとても熱心なクリスチャン。手足のない我が子を初めて病室で目の当りにしたとき、「わーかわいいー」と 神さまに感謝したとか。こういう態度が、乙武さんを五体不満足でも健常者と何ら変わりない、むしろそれ以上にエネルギッシュに育て上げた愛情になっていったのでしょうね。http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20070321ur04.htmところで、NHKの課外授業「ようこそ先輩」という番組がありましたが、あれで もう数年も前このボクの母校を 久しぶりに見ました。訪問された先輩は詩人で作家の「ねじめ正一」さん。近代化された校舎で まるきり変わった母校をそれでも懐かしく感じましたが、なんと 翌週は家内の母校の先輩 「増田明美」さんだったんです。つくづく いつもぴったし並んでいる夫婦にふさわしいな、と その時も感じたものです。。。
2007.09.14
久々にSくんと電話だけでしたが打ち解けてお話できました。 Sくんは 貿易をボクとともに手がけてくれるために悪戦苦闘した元茂原店のお客さんから派生した親友ですが、明るくビジョンを語ってくれて、こちらもうれしくなりました。 この帰国期間中、台風は ボクの前から過ぎ去って行き、千葉にいる間は移動時に車を出してくれる義父さんは仕事が休みだったし、ボクが東京にいる間は母が礼拝に出ることができた上、お義母が栗拾いに出かけたついでに蟹まで買ってきてくれて、全てのスケジュールが何の滞りもなく進んでくれました。 家内の両親にも福音を伝えることができたし、これからどういう風に展開していくか、皆目見当がつかなかった時とは違って、確かな支えの中に歩んでいるという気持ちで満たされました。 家内はボクが不在のとき、祈っていると、「恐れるな、わたしはあなたとともにいる」というみ言葉をいただいた、そうです。
2007.09.11
あらためて中国大使館。 六本木駅のホームでサッカーの中村俊輔のドアップポスターを見かけ、しばらくして同行した 母が「うっと~しい顔だね。。。」と一言。確かに、、、と思いました。 その後千葉の家内の実家に戻るべく荷造り。 房総までは東京駅から特急で約1時間。 千葉の家に戻ると、本棚にあった本を見かけ、ある奇跡的な思い出がよみがえりました。 それは、英語の副読本の話です。その本は ボクが18歳のときに新宿紀伊国屋で購入した小さな英語の本。 しかし、1年後あまり読まずに、高円寺の古本屋に売ってしまいました。 それから19年後の2003年仕事のために山形米沢に店を構え、周辺のブックオフや古本屋に出入りしていたボクは福島市内の森合という場所のブックオフで おもむろに本棚を眺めているとこの 本を発見しました。まさか、と思いましたが、単語とかに日本語で補記している文字が間違いなくボクの字なのです。 それで、100円で買い戻しました。また結局読みもしないままで、いると大学を定年退職したボクのオヤジが深く関わっている出版社がなんと近頃 この英語の本を出していた出版社を買収した、ということを知りました。24年を経て、本どころかその著作権までじぶんの麓と関わりがある、ような状況になっていったのです。ところで、いまだにこの英語の本を深く読んでいません。ちょっと、読んでみたら、また ものすごい奇跡的内容が含まれているかもしれませんね。
2007.09.10
日曜礼拝のためにS兄に紹介していただいた巣鴨の教会へ。 念願叶い、母が初めての日曜礼拝出席。説教のテーマが「歴史の中のイエス」かなり高尚。 最近アメリカあたりではイエスという人物はほんとうは存在していなかった、というような内容の本が次々に発刊されている、と見聞していました。 歴史の中にいたイエス、その意味を学問的にかなり突っ込んで話されていました。 牧師の小島先生はあらかじめ「いつものメッセージとはちょっと違いますが、、、」と配慮なされていました。 同行してくださったS兄も「すんません、初めてなのにちょっと難しい内容にぶつかっちゃって」と気使ってくださいましたが、ボクは「いいえ、どっちにしろ、母は わかりませんから」と返答しました。 イエスの生涯を夢物語ととらえるか、真実としてとらえるか、これは 知識ではなく、信仰によって変わってきます。 礼拝後、教会の兄弟姉妹とともに先生手作りの牛丼を食し、中国での信仰生活をベースに中国の話題になりました。 これも、見聞きされた兄弟姉妹にとっては夢物語にしか、聞こえないような内容があったかもしれませんね。家の最寄駅の 新しく出来たばかりの箱根ソバの「天ぷらうどん+かつドン」セット。店もキレイだし、かつての「立ち食いソバ」のイメージとは程遠い、セレブ?な雰囲気でした。
2007.09.09
土曜朝から世田谷砧へ散歩。途中 東宝撮影所あたりで疲れて、バスに乗ってしまいました。 で、砧のアメリカンスタジアムへ。ここは 松井も来た、とされるバッティングセンター。年取るに連れ、だんだんバッティングが上手くなっているような気がするのは気のせいかな。上海で素振りしているからかな。 それから、日刊スポーツを買って、デニーズでコーヒーを飲む。こういう安上がりで静かな空間が上海にはないですからね。 それからブックオフへ。ここで 大量に 聖書に関する子供用絵本をゲットでき、満足。中国に運んできました。 午後、母親と 仙川のあたりをぶらつく。 オープンカフェとなっているスタバでコーヒーを飲むも、台風のよる強風のため、砂糖やミルクも 散乱する。 まだ帰国3日目くらいなのに、中国味が妙に恋しくなる。よって、買ってきた絹ごし豆腐に中国から持ち込んだ乾燥剤たっぷり使った、と嫌疑されるザーサイをまぶして食べてみると、ホッとする、のはどういうことか。 また、時の流れるスピードがゆっくり、に感じます。
2007.09.08
ちょうど台風9号とともに上陸したような行動でした。 翌日は、「祈りの力」のジョージ・ミラーのエピソードを思い浮かべ、たとえ どんな台風でもじぶんの前の道は開かれ整えられるという気持ちで、九十九里から 茂原そこから千葉 総武線に乗って錦糸町、そして大江戸線を利用して六本木まで 向かいました。じつに4時間近くかかりましたが、中国大使館での用事は済ませ、その後、渋谷までバスに乗ってドトールコーヒーで昼食を取りました。 何の無駄もない流れで、上海のリズムとまったく違う空気に外でも温泉に浸かってるようなぬるま温かい気分を味わいました。 夜の欽ちゃんと真野順子さんの番組、その後 オーラの泉、久々に 日本のテレビを観て堪能しました。写真は電車の中で。原因、状況はっきりしています、、、。台風により大幅にダイヤが乱れましたことをお詫び申し上げます、と何十回聞いたことでしょうか。。。
2007.09.07
所要のため9月6日から約1週間ほど、ひとりで日本に一時帰国していました。 その帰途の飛行機上でめったにない体験をしました。 いち信徒として日本のリバイバル(信仰復興)のために、列島上空を飛行機からお祈りしていますと、雲の上に映ったじぶんの乗った飛行機の影を眺めていると、その周囲が真ん丸く虹のようなものが取り囲みました。 さらに時間が経つと、眼下に本格的な虹がかかっていました。 こういう虹を見ますと、聖書の創世記に出てくるノアと神さまの契約のしるしを思い出しました。 そうしているうちに、ふと機内を歩いている見かけた男性に目が留まりました。上海に 宣教しに来られている日本人S師とバッタリ遭遇したのです。 飛行機の中ではS先生はボクに気づかれなかったのですが、成田に降り立つと、入国ロビーに向かう途中で挨拶させていただきました。 ボクの集っている教会とS先生の教会とは、上海における活動スタンスが少し違うので、積極的な交流はしていないのですが、同じ聖書から力と慰めをいただいている者として、この不思議なめぐり合わせは感動しました。 お互い乗る予定のシャトルバスまで一時間ばかりありましたから、この機会にと、空港内のタリーズカフェで祝福の泉の話をする時が与えられました。 さらに、先生と別れしな、「母が今度の日曜日にボクとともに教会に出席できるように」という希望のために、手を握って祈ってくださいました。 成田から千葉の芝山の海岸まで300円のシャトルバスで向かい、そこで家内の両親に暖かく出迎えてくれました。
2007.09.06
めっきり冷え込んできました。わずか2週間前までは40度近かった気温が、最高30度前後に落ち着いてきました。もっとも 歩けばまだまだ 汗はかきますが。。。雨が降りますと、「寒く」感じるほど、です。今週は 直前まで上海郊外の 松江や 奉賢を訪問予定。そして週末は東京世田谷、港区、巣鴨ですからね。動く 舞台が様変わりして楽しいですね。6月に香港に行って油馬丁のパーラーでチョコレートパフェを食べ、出された水を飲んだ時は、そうとうホッとしました。香港で「水がおいしい」と感じるんですから、今度 家で水を飲むだけでも楽しみですね。最初 外房の家内の実家に寄ります。ぜーんぜん 人がいない (ように思える)街並、 さえずる鳥の声、九十九里の潮風、新鮮な空気で それだけで うっとりしそうですね。上海は 最近特に ビル建築に加えて、地下鉄駅の建設工事にラッシュがかかっているものだから、ますます ひどい 渋滞、そして 砂埃も舞いっぱなしです。毎回 帰るときに同じようなことばかり の感想ですが、また こっちに戻ってくると、こっちの せわしなさ が落ち着くものなんですね。やっぱ「住めば都はるみ」(by デーブ・スペクタ-)なんですかね。
2007.09.04
1年3ヶ月ぶりの一時帰国の日にち が近づいています。ちょうど日本に一時帰国されているS兄に誘われまして、9月9日は巣鴨の教会に行きます。ボクの母教会というべきところは上海ですので、日本にいる時はどこにいこうか 迷いますけれども、どこでも たいせつなのは 神とボクとの関わりだけですので、導かれるまま感謝と誠をもって礼拝に出席できることを嬉しく思います。先日は 北京に行かれたK姉家族、バンコックへ行かれたK姉、そして 大阪に転勤されたS兄、徳島生まれのフィンランド人P家族ら、上海を離れていた兄弟姉妹たちが一堂に上海に戻ってきてたいへん賑やかな聖日でした。キリスト者は それぞれの場にあって、恵みをいただけます。同じように キリスト者としていただいた命は、いろいろな迫害艱難の中にあって、必ず益となります。当座は悲しいと思われる出来事すら、栄光に変えていかれます。ボクは洗礼後、日本の大地に初めて降り立ち、殉教・迫害の血が多く流された教会の栄光を 受けとっていきたいと思います。いのちのたねは日本こそ一番 蒔かれているという歴史的事実に触れてみたいですね。この時期に戻される意味を感じつつ。。。
2007.09.03
ボクは この事務所では新人です。ただ一応 証券会社や 半導体商社、さらに 写真製版の会社に所属していた経験があり、サラリーマン生活を体験し、数度 倒産まで味わうことが出来、その後 貯蓄したお金を元に身銭を切って店を切り盛りし、2店舗わずかながら成功した経験もあります。その上、まったく未開の中国で3年近く何とか 生き延びてきた経験だけは ありますので、一応 今回入所してきた後輩たちよりは 何かしらの社会経験を持っているつもりです。ところが、今回の若手新人二名はボクに新鮮な印象を与えてくれる人生経歴を教えてくれています。まず、新卒のかわいらしいミニモニKさん。元カレが クリスチャンホーム育ちだったらしい、のです。そのご家族は ご両親とも聾唖者。しかしイエスさまの愛が溢れていて、とても いい雰囲気の家族だったようです。どうして別れたのかまでは、いきなり聞けませんでしたが、いい関係でいるようです。お祖父さんが日本における中国人労働者を受け入れる団体の会長を引き受けているそうで、非常に小柄でキュートな顔をしていますが、芯がしっかりしていることが感じられます。一方 Tさんは 人生荒野の連続。32歳にして 小学2年生のお子さんあり、でも数年前に離婚。子どもの時からここでは 書き尽くせないほどの辛酸なめ放題。上海では 苦労して設立した会社、未回収金数万元あり。若き日 17歳にして覆い被された借金500万円を新聞配達、他かけもちバイトで数年かけて返済した忍耐の器のような経歴。従来のひとの善さからか、いまだ だまされ続けているようなのですが、カレには土曜メンズを早速ご案内しました。ボクは カレに「神さまのご計画のために今までの思いもよらない経験をさせられてきたのだから、感謝して受け止めていけば、道は整えられるよ。」と静かに語りますと、いくらか目頭が熱くなっていたようでした。いかにも人の良さそうないい顔なので、と思っていたら昔 子役だったとか、、「遠山の金さん」「暴れん坊将軍」などに出ずっぱりだったとか、、、じつに波乱万丈。。。出会いは偶然ではありません。ボクにとっては霊的世界の期待の新人です。
2007.09.02
You Can see now?(ニィ 看得見 了?)Yes, I can see now.(是 我看得見 了.)廉価版のチャップリンDVDを近所の大型スーパーメディアコーナーで発見し、さっそく 「街の灯」(中国名 「城市之光」 )を鑑賞しました。小学一年生の頃オジサンに連れられて日比谷の映画館で最初に観た映画がチャップリンの「モダンタイムス」(リバイバル)ということから、チャップリン映画は以来 ずっとファンです。「街の灯」も小学生の頃日比谷で観たことがあります。やはり、最後のこのシーン。盲目の女性がチャップリンの奮闘によって目が見えるようになり、再会したときに、語り合うところ。チャップリン映画の最高の名場面のひとつですね。この see now が意味深いですね。だいぶ前に盲目の女性は見えるようになっていたのですが、善意の寄付をしていた人物が、想像していた金持ちではなくて、憐れな目の前の浮浪者だった、ということがわかり、今 事実がわかった、ということと今こそ ほんとに 見えた ということを巧みにかけています。中国語字幕では「了」で表しています。ただ 一文字ですが なるほどね、と感じました。
2007.09.01
全22件 (22件中 1-22件目)
1