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早朝、瓦屋根に20cmの降雪をみた。1,2月と違ってさすがに屋外の水道の凍結はなかった。降ったり止んだりの一日であった。ハウスのダルマストーブも快調だ、赤々の燃える炎煙突から出る煙を見ていると何となく郷愁を感じる正月の準備の合間をみてアマチュア無線交信をやっていたらひょっこり娘夫婦がやって来た。ストーブを囲み暫く談笑、「この前に来ると動けなくなる」と婿はいう。※いつものことながら、この時になって写真添付を悔やむのだから・・・・SLと同じくタイムスリップして1世代は異なるがお互いにあの頃を思い出すのだろうか?生憎と女房が風邪をひいてダウンしてしまって3~4日になる回復に向かっているがこの多忙な時期に・・・・それでも午後から降雪のなか正月の買出しに付き添って近郊のマーケットまで出かけたしめ縄、かまぼこ、**食料品 軒並み半額・・・・お店、生産者は大変お気の毒なことだ。<ご挨拶>今年1年大変お世話になりました。コメント、BBSの書き込みありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします、よいお年をお迎え下さい。
2007/12/31
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昨日まであれだけ暖かかったのに途端に寒くなって小雪の舞う1日となった。天気図をみれば西高東低の典型的な冬型となった。1日のうちに全国を覆う寒波を運ぶエネルギーは台風以上かも知れない正月を故郷での帰省客にとってはとんだ迷惑な寒波である。隠岐汽船は400人の乗客を乗せたまま出航したが日本海の荒波で途中で引き返した。「勇気ある船長の決断に拍手」ではあるがたくさんのお土産をもって子供、孫連れでの皆さんの気持ちを思うと大変お気の毒という他はないがまだ悪い事にこの気象は明日以降も続くというから始末が悪い日本海側が大荒れで北陸地方は1mの積雪があるというから厳重警戒だ。とにかく明日はすっぽりと日本列島が寒波に覆われた最悪の天気になるらしい。移動される皆さんは厳重注意だ。今年は最後の最後まで気象にいじめられた1年であった
2007/12/30
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好天に恵まれて正月の準備も順調である。大掃除といってもどこからどこまでが範囲なのか、大抵は母屋をいうのだろうけれどその他の建物までは手が廻らない。冬の掃除はなんとなく手抜きになりがちで水仕事も冷たくおっくうである。「ザッー」と整理整頓して「ヤッターマン」で済ませることもしばしばなのだ。家屋敷の掃除なので時折、無線機を入れてみるに「今年はお世話になりました・・・・・良いお年をお迎えします来シーズンもよろしくお願いします」の恒例の年末の御挨拶が聞こえてくる。初冬ころからか今ひとつ空中状態(コンデション)が悪く今年はいい年ではなかったようだ。「CQ CQ CQ」が聞こえればつい「お声掛け」をしたくなる。なにせ全国からの電波なので「どこの誰さま」かは判らないけれど相手のコールサインをPCに投入すると「交信回数、交信月日等」過去のデータが一瞬に表示されるすばらしいソフトがあってこれは手放されない。交信時間はせいぜい2分程度で「コールサイン、氏名、住所、入力感度、交信証の交換の諾否」を交換をするくらいで味気ないものであるが大勢の方と仲良くなれることは楽しいことだ。約20局の方と「年末の御挨拶」を交換しているうちにだんと正月が近づきつつあることを実感した。このブログと随分と似通っているもので趣味の一つとなっている。
2007/12/29
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「9日餅は付くな」当地の迷信であろうが縁起が悪いとのことで例年28日に正月餅をつくことにしている。全国的に終日、悪天候であったが5升の餅米を機械のお陰で2H程度で終了した。近年まで餅つきは杵餅であった。作業場は当然屋外となる。臨時の焚場を設置し赤々とを炊き臼にはしめ縄を巻いて約1斗の餅をついた。父はどういう訳かこういった力仕事は私に任せ(高校生頃から)自分はこね手の方に廻って「ああだ、こうだ」と指図ばかりしたことを思い出す。やっと餅がなくなると今度は「旧正月」でまた餅つきであったし、3月の節句にも餅つきで祝った。親戚、近所の祝い事はたいてい「餅と酒」でセットのお祝いであった。したがってどこの農家でも餅米は幾ばくかは栽培した。近年はこの風習も簡素化(餅がお金になった)され稲作はもち米を栽培しなくなった。コンバイン(大型稲刈機)の導入では細かい部分まで掃除が不可能なのだ。少しでもタダ米(うるち米)が混入していたら良いお餅が付き上がらないし、見た目が悪くてお祝品にはならないので餅米は購入することにしている農家も多くなってしまったようだ。昨年は親戚の「紐落とし」、「母屋新築」等で餅つきが多かったが来年はお祝い事が無さそうでチョッピリ淋しい年になりそうである
2007/12/28
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1028ヘクトパスカルという冬の高気圧がすっぽりおおって全国的にの一日であったようだ。早朝は霜一色の「寒い朝」であったが気温もだんだん上がり最高温度は14度を記録し、風も無く穏やかな日和であった。これが元旦であったなら全国的に初日が望めて絶好の写真が撮れたものをと思った。がしかし、どうも大晦日、元旦はとの予報である。5升の精米をして明日の「餅つき」の準備をする。50代までは威勢よく杵でついたのだが今では腰のチョウツガエが心配で機械モチである。屋敷の南側が丘陵となっていて枯れ草状態になって見苦しいので草刈機できれいにしておく。今頃になって草刈だなんてエンジン音が近所迷惑だったかもしれないがこれも暖かさにせいかもしれない。寒い寒いといって暖をとるよりもやはり体の中から湧き出る体温のほうがよっぽど暖かくて爽やかだ
2007/12/27
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雪でも降ったら困るからということで庭木の剪定をしてもらった選定、伐採した枝、葉は軽トラ3台ほど転作田に持ち出した。気候温暖化のせいか「カイガラムシ」の繁殖が目だって多い。1回ぐらいの消毒ではいっこうに効果が薄い。選定した葉っぱにビッシリとこびりついてボロボロ落ちていっそう汚く早めに焼却してしまおうと思っている。薬剤散布しても効果薄らしい、がそれでも2回倍率を濃くして散布するよう職人さんからアドバイスをもらった。人間に対する毒性は極めて薄いらしい。ただ、噴霧器をそのまま放置しておくと消毒液がアルカリ性のため腐食してしまうので使用が終わったら何回も洗浄しておくことだという。兎に角、カイガラムシの被害にはほとほと困ったいる。根絶するのは至難のことだ。樹木を守る、特に果樹からカイガラムシを退治することは冬期作業の重要な作業だ。
2007/12/26
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地区内のFさんが亡くなられた御歳71歳の若さであった。1年前の同月から体調をくずし手術後一時は自治会行事にも参加され「男の料理教室」にも休暇届けはあってもこの夏の猛暑(7,8月)にも出席され元気な姿をみせておられたのではあるが、様態が急変し11月再入院で先週土曜日、帰らぬ人となってしまった。まことに人の命は「一睡の春の夢の如し」ではかないものである。このFさんは養子で昭和30年代前半の入り婿であった。「いい婿をもらった」 「いい婿をもらった」畦道で出会えば必ず出る言葉はこれであったから男運の薄かった舅にとっては「天にも昇る」気持ちであったに違いないこの舅の夭折後Fさんが世帯主となって働いた。入り婿後わずか5年後のことである。近郷の工場で働く一方、6反の農作業は辛かったに相違ない。まだ牛馬の時代であった、稲刈りから脱穀、籾摺り、出荷までを1~2人でこなした。公民館活動においては写真同好会、民謡同好会の発足の創設者、地区内では農事実行組合のリーダとして活躍した。特に昭和の末 自宅屋敷の一部を提供し我等組合員のために「営農作業場」を提供してくれた功績は燦然として輝いていまだに農機具が稼動中である。国の減反政策一環として「地区をあげてのソバつくり」「米の共同委託耕作」等で意欲を発揮しその利益で1年2回の国内旅行も10年間は継続してきた。「儲けた金は来年の資材準備のみを残しすべて旅行に使ってしまおう」というのが全員の考えであって、誰の懐にも1銭も入らなかった何処かの国の役人と違うのである。数々の大役も次世代に譲ってFさんの今後の夢見た将来設計は如何ほどのものであったろうかと男半ばで他界するとは無念であったに相違ない。個人的にはと当家と何世代前の親戚にあたっているらしく(墓も同一区画に在る)私に接する態度は殊のほか面倒見があって思い出は果てなく断腸の思いであるFさんの御冥福を衷心よりお祈りしこの追悼文をしたためて置く 合掌
2007/12/24
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「桃栗3年柿8年柚子の大バカ11年」と言われるくらい柚子は結実まで歳月がかかるといわれているが、はたしてどうであったろうか。そんな歳月は掛からなかったと思うが4,5年前よりたくさん成り出した。かって、「1歳柚子」というのがあったが樹木も折れんばかりの成りようだったがいまひとつ柚子独特の香りがないという理由で伐採した後、この大柚子を植えた経緯がある。結実しても幹、葉にトゲがありなかなか木の中にまで入って「間引き」が出来ず自然と放任栽培となる。商売製品でないので一向問題はないが、こんなものまで裏年があって気をもませる今年は生り年であったから大豊作でご覧のとおりであった。まだ1ケースあったが若夫婦が柚子湯にするといって早速、昨日持ち帰った。我家は省エネのため今年は2日に1回しか入浴しない事にしているので昨日はお休みで本日が「柚子湯」である。これで風邪を引かないならワクチン不要で医者いらずということになるのだが・・・・・迷信に決まっていてもこれが毎年続いている年中行事だ
2007/12/23
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いつかは出ると思ってたが探し物のがとうとう出てきた。年賀状に取り掛かろうと過去の賀状場所に行ったら収納ケースに入ったままだった何故こんな所へ・・・・まあ出てくればいいではないかということで一安心だ電池を充電し早速試し撮り、ハウスに行ってダルマストーブと配管系をパチリ平トタンを円形に曲げて動かないよう3ケ所を縛り数箇所をドリルで穴を開けタッピングねじを取り付けた。これが一番の苦労したところであった趣味は一人でやるもの誰も手伝ってはくれない水平部の長さはほぼ5mで適当な傾斜をつけて頑丈に設置し試運転したところ赤々と燃えたストーブの先端(屋外で垂直吐き出し口)から白い煙が出て安心した銀世界になったらここは別世界のサロンだ「雪降って来い」と勝手なことばかり想像している
2007/12/21
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既に忘れてしまったが若い頃(といっても20歳以上と思うが)植えたオレンジ、みかん、柚子が今年も豊作であったここ山陰は瀬戸内と異なり気候のせいか皮が厚くて形状が悪く売り物にならないが味はまあまあであるただこの柑橘類は極端な低温にダメージを受け枯れてしまうのが恐ろしい。温暖化といっても冬期になれば「こも巻き」をして枯死を防ぐことになる。幸いにも近年は大寒波の襲来もなく順当に育って芳香な果実を提供してくれているが心配なのはこの冬の低温である。樹木が小さい時は良かったが成長するにしたがって手に追えなくなって困っている現状である。昔は折角の果樹が枯死したのを見たものだが、それは天然物であった。がしかし現代は品種改良種である。耐寒性があるか、無いのかは解らない。いちど専門家に聞いてみようと思っている。主木部分は「こも巻き」して越冬させるが心配の種は尽きない
2007/12/19
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昨日のブログはやはり写真添付でないと御理解戴けないとカメラと思いきやアレッ何処にやったのか、あちこち探しても見当たらぬ、どこかで見たような気がするけど何処にもない?ということで1H程度探したが見当らないお陰で中途半端にしておいた探し物が2つも出てきたのには驚くやら嬉しいたらで・・・・いつかは出てくるよ・・・の気持ちです。それよりも家事のことをしなくては・・・ということで今年最後の「PCのシニアネット」の講習に参加。年末だというのに大勢の受講者があったには驚いた多いということは面白味が出たことか?皆さん忘れずに受講されたにただただ感謝であった。よ出て来い
2007/12/18
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油が高騰して寒い地方で暮らす人々の懸命な節約にまず同情当地は夜に電気炬燵で暖をとっている程度でまだファンヒータは倉庫で眠っているが雪でも降ればそろそろ出すか・・・と思っている。今日の話題は昔なつかしい「ダルマストーブ」の話です。3年前から農業用ハウスに昔懐かしいダルマストーブを使用している。石炭が売ってないので材木の廃材を使用して燃料としている。このストーブは野菜の温度対策ではなく専ら人間様の暖をとるための手段なのである(笑)住宅環境が一変しとてもこんなクラッシクものは設置不可能だ。しかしハウスでは土足、普段着姿で「冬の季節はストーブを囲みコーヒーでも飲みながら世間話でも、一人ならアマチュア無線でもするか・・・」というのが主たる目的であるストーブ本体、煙突継ぎ手は売っているが途中の配管は無いので平トタンを加工しての製作となった。いわゆる自作製品なのだ。昨年まで2本継ぎだったが煙だからさっさと外に出してしまえというのは軽率だ。徹底利用してやれということで1本継いで3本とした。終わったのは既に夕刻になっていた。さあこれで長い冬を越す準備は出来た。照明不要、燃料代ゼロで電気は一切使わない省エネの一石二鳥だ※無線機、パソコンは鉛蓄電池から供給し、充電はソーラーパネルの容量の大きめのを設置している。このダルマストーブの方がよっぽど落ち着くのだ、きっと昭和20~30年代の習慣が染み付いてとれないのかも知れない
2007/12/17
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昨日の日記を今朝書いています。いつもの通り冬の山陰の空は鉛色です「今年もご苦労さんでした・・・」ということで当地でシニアネットを運営している連中で忘年会でした。殆どがリタイアー組でサンデー毎日なのだが今だ稼いでいる者もいるので土曜日の選択となった。氷雨降る生憎の空模様であったが国道**はマイカーの長蛇の列、土曜日且つ悪天候なのに「みなさん何処に行くのか、行ったのか?」と不思議に思う。総勢7人の出席であったが、あまりPC本論の難しい話題はなくて「ワイワイガヤガヤ」の世間話で終わったようだ。「飲み放題」で注文したのだが飲み手不足で損をしたようだ。会場は繁華街より15kmも離れており、皆さん最初から1次会で終わろうという意識から代行で各自宅を廻ってそれぞれ帰宅した。6時開会で帰宅したのが9時,すっかり馳走を食んでいい気持ちであったこの程度の忘年会なら何回でもOKだ(笑)次回はアマチュア無線の昼食会が待っている、これはアルコール(アマチュア無線ではアルファーと称しています)なしの懇親会である。
2007/12/16
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20007年の今年の世相を漢字一字で表す恒例の「今年の漢字」が「偽」と選定された。食に関する一連の大手、老舗の食品偽装を反映、また政治資金や年金記録不備の問題もこの理由に挙げられているのだそうだ。京都清水寺森貫主は「このような字が選定されるには非常に恥かしく、悲憤にたえない。己のためには人をだましてもいい、という嘆かわしい社会だ」と憤慨する。毎年だんだんと劣等国(だらしない)に近づきつつあるのは確かなようである。昭和高度成長時代はあまりこんな事件は耳にしなかったようだが・・・・それとも事件に上がらなかったのか? しかし、その時代は日本人どおしが個人、個人また企業間を通して日本人という認識があって助け合いの精神が宿っていたかに思う。だがしかし、貿易自由化によりドッと安価な外国製品が入ってきて、現状の成熟しきったこの社会は生き残りを掻けての弱肉強食の食うか食われるかの牙をむいての競争社会に変貌した。熾烈な競争にうち勝ため「悪行」が氾濫しだしてきたようである。「資源が無いわが国は輸入資源を材料にし加工貿易で利益を得ている」と戦後習ったようであるが、所詮資源が無ければ技術でということになるが技術も輸出してしまえば万事休すである。さりとて、同朋を欺き、偽る事が許される事ではない。「渇しても盗泉の水を飲まず」ふと、古人の戒め、諺が浮かんできた。
2007/12/13
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先月OB会をやって楽しい一夜を過ごしたブログを載せました。世話役のU君やってきて記念写真、スナップ写真を持参してきた。小生も撮ったのを同梱して区分けをしてやっと郵送の準備ができた。お礼、会計報告文が土曜日の午後になって出来上がったので早速、切手を貼って投函だという手はずとなった。さて、いくらの切手を貼ったらいいのやら解らないので地区内の切手、ハガキも売っている友人の駄菓子屋さん宅に行った。「これを出したいのだが何円の切手を貼ったらいいのかな?」と問うと目方を量ってくれて「80円です」ということで即、購入してその場で貼って投函して我家に帰ったのが土曜日......ところがである今日になって、我家のポストにえらい郵便物が入っているではないか?出した郵便物みんなそっくり「定形郵便物(葉書)の大きさを越えています、それぞれ40円不足です」と張り紙がしてあった。「不安だからそのように宛名も書き、中身も入れて何円切手を問うたのに・・・」と不愉快でもあった。でも数十年付き合いした友人だからどなりこむ事も出来ないし、まして上位の郵便局に直訴まで・・・・とグッとこらえた。たかが些細な事で今後気まずいことになっては思う・・・・世の中にはこんな事は良くある事かもしれないからだ。勘弁できる範囲内であったこととして不問にしておくことにした。でも、本人には出会った時には文句は言ってやるつもりであるこれが締め切り物だったらえらいことになったかもしれないからだ。
2007/12/10
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一昨日予定通り「グレイスフラワー」の搬入を手伝った。普通は物品の搬入なら気兼ねなく軽トラに積み込んで運送すればよいのだが粘土(樹脂性)で作成された緻密な生花なので詰め込み運送は絶対厳禁(同じ事か?)、最高の注意を払って腫れ物に触るが如くの運搬である。約40点の展示品が飾られ展示場は一変して四季の花々が咲いているのだから面白い。先生も来られて展示方法のあれやこれやで約2Hぐらいかかったであろうか?展示場は観光コースの一環となっている会場だから遠く県外からのお客さんの眼に留まることになる。普通なら展示場提供なので¥0なのだが持ちつ、持たれつなのであろう。殺風景なのも味気ない、そこを観光客の皆さんの「心のいやし」となっているみたいだ。だから年中予約があって賑やかである。われわれアマチュア無線もカメラ趣味とする者が多いため今年6月ごろこの場所を提供してもらって展示したことがある。水彩画、油絵、写真、ちぎり絵、バッチワーク、水墨画、陶芸、小品盆栽等々四季を通じて楽しませてくれるのは有難い。私は専ら女房連中の運び屋であったがこれでも一つのボランテアであったろうか?奥さん連中から感謝、感謝で恥ずかしかった次第である。昨日オープンして2Wの予定である。撤去も予約済みである(笑)地方紙の取材インタビューもあり、入場者数も予想以上で結果が楽しみである。
2007/12/07
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公民館趣味の講座で「樹脂粘土」の花、またの名をグレースフラワーといって5,6名で講師について妻ら女性連中が学んでいます。何年か受講して某所のイベント会場を借用して2週間の期間で「展示会」を開催するという。師走になって「止めればいいものを」と思っていたが、とうとうその時が来た。会場責任者と打合せに行って、作品持込方法、時間・・期間中の当番等話し合ってきたらしい「止めればよかった」と第一声。招待ハガキの印刷、作品者名の作業を小生に依頼してきた。とんだトバッチリが来たもんだ・・・・(笑)それでも約束事だから2W無事に終了しなければならないということで2日前はハガキ印刷、今夜は氏名書きでなかなかBLOGに向かわれない。昼間はハウスの補修、電気回路の設置(直流)を考案しその配線にバタバタする。自分がやっていることが一番楽しいのだが、この9月右肩を手術した姉から年賀状印刷の依頼! プリンタの調子がイマイチで弱っている。 今週は寒くなるというこうなったらハウスの机に向かって手作業するのが一番の幸せだ。外は時雨模様で寒い雨が降っているが、ハウスの中は20度前後で快適だ
2007/12/03
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気候が冬型となって昼前から雷鳴轟きなんとなく停滞ぎみで盛んに稲光するもので大切な電気製品はコンセントを外し、PCの電話線も抜いておいた。ADSL契約なため電話まで不通となったが携帯電話があるのでさして不便は感じない。5年ほど前だったであろうか当時はISDNだったが・・・周辺機器が壊れ、ホームテレホンの親機まで破壊された苦い経験がある近所に落雷したのではなかったのに誘導雷だったろうか?とんだ被害を受けてしまった。電気の回路を切るといっても配線用遮断機を落としてもその効果は期待出来ない、接点が狭いため落雷は高圧であるから通過してしまうのだ。それに近年は電気製品はほとんどが電子回路を使用してIC,LSIを使用しているがためにことのほか雷には弱い。無線機はアンテナ、電気製品はコンセントから抜いておくよう心がけている。山陰沿岸部は寒冷前線が日本海を通過するときまったように雷が発生する。とんだ師走のスタートであった
2007/12/01
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