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隣家の小母さんが亡くなった。齢86であった。元気な姿を見たのは初夏であったろうか?この夏から体調を崩して酸素を供給しての生活で食欲も最近は下がって寝たきりだったというが家族の介抱で一般的な独居老人ではなかった。家族に見とられての幸せな最期であったようだ。隣家であるが故に朝晩、出会えば挨拶、世間話を何十年交わしてきた事やらで悲しいできごとであった。生年不満百 生年は百に満たざるに常懐千歳憂 常に千歳(せんざい)の憂いを懐く人の命は短くて、人生には苦痛が多い。今では長寿国日本であるが昔から「人生五十年」といわれてきた。室町幕府の家臣細川頼之は、「海南行」と題する詩の中で人生五十 功無き愧(は)ずとうたい、信長が本能寺でうたったといわれる「敦盛」には人生五十年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしのごとくなり(後略)とある。ところがお隣り中国では「人生百年」というのが決まり文句であったという。百歳之後 百歳の後帰干其居 其の居に帰せんこれは戦争で夫を失った妻が「私が死んだ後は、お墓で一緒になりましょう」と歌っていて「百歳の後」とは「人生が終わったあとは」という意味で「百年後には」というのではないらしい。しかし実際には百歳を生きるには難しくて杜甫が「人生七十古来稀なり」とうたっているのは当時は実感であったであろうか。それにしても初めがあれば必ず終わりがある。一日一日を恐々するより「今日を明るくしっかりと生き抜く」ということしかあるまい。小母さんのご冥福を祈る。
2007/10/31
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毎年この季節はOB会の「余技作品展」である。現役から取り組んでいたもの、退職後挑戦しているもの、様々であるがここ1年の旧友の作品を拝見できるのは嬉しい事である。4日間の展示会であったがすばらしい大作ばかりであった。いつも思うことだがイマイチ男性の出展が少ないのはどうした事か?工芸、美術、音楽、手芸なにを見ても女性のバイタリティはすごいものだ。多忙の上での出展だから余計に感心する。きっとこのあたりに女性の寿命が男性よりもダントツ長いのが起因するような気がする。男性もゴロゴロばかりせずに今からでも何かに没頭する趣味を持つ事であろうと思う。私は毎年写真を出させてもらっているが他の作品の比べればあまり個性がないのが気にかかるが惚れこんだ題材には徹底的に日を変えてでも出かけてみる・・・そんな他愛のないものに没頭できる幸せを感じている「人間同じ飯を食ってもこれだけの違いがあるか!」とコンプレックスを抱く事さえある。
2007/10/31
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文化祭というと芸術の秋、公民館祭といえば各種イベントがあってこちらの方が一般的かもしれない。ここ20年開発が進んだとはいえ農業穀倉地帯は変らない。昭和30以降が「農民祭」といって各戸何がしかの農産物を出して品評会さながらの盛況であった。少しでも良品を出そうと野菜の土を落としたり整形して努力したものだった。何時からか、この農産物の出展もなくなって「美術、工芸、手芸」の専門的になってしまって好きこそものの上手でであってなかなか感心するものばかりである。イベントは楽しいことの一言に尽きるのだが・・・・・まあ色々な楽しみがあっていいのかなあと思う。それにしても「団塊の世代の出展は見事に期待を裏切られた感じであった」だんだん出物が少なくなって行くのは盛大な時代を見たものにとっては淋しいことである。
2007/10/28
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秋のひと時鳥取の娘が「**キミマロ」トークショー(仮称)の切符を購入したから遊びに来いという。取入れを終えた山陰線沿線を見ながら妻と一路鳥取へ・・・ここで弁士?の講評を書くつもりはない。テンポが速く話題の豊富、次から次へと出てくるジョークに満場は「笑いの渦」であった。で明けて25日は50km山間の若桜鉄道へ・・・・SL見学だ 若桜町の若桜鉄道(JRではない)若桜駅、かつて若桜鉄道を走ったこともあるSL(C12形167号)は、兵庫県多可町に展示されていたが、駅構内に残る旧国鉄時代の転車台や給水塔などの保存整備に取り組んでいた若桜駅SL保存会などが譲渡を働きかけ、今年八月に移設、永久に若桜駅の固定資産になった。これが展示してあるという、3歳の孫にはうってつけであるがSLと聞けば当局も幼少~20代後半までお世話になった通勤、旅行の唯一の乗り物であった。21日の試運転には行けなかったらしいが例え燃料はコンプレッサーでも黒煙、蒸気、汽笛は往年のものとそっくりであるという。先日21日に試運転があったらしいが今日は平日、森閑としていた構内でお目当てのSLさんはゆっくりと「日向ぼっこ」をしてござった。運転席まで入った孫は年配の駅員さんの説明ではまだ理解出来ないのであろうがニコニコ顔であったし自分にとっても懐かしさ一杯であった。なにせ見学に行った4人とも運転席は始めてであった。まるで、鉄の塊であった。
2007/10/25
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昨日の続きです歯周菌、歯周病とはTVのコマーシャルで聞くことぐらいにしか思っていなかったが40歳を超えると大体の人に程度の差こそあれ侵入し歯ぐきと歯の間に侵入し増殖して歯ぐきを侵して虫歯でもないのに歯がぐらついて終いには歯そのものが使用不能になってくる恐ろしい病気、現象であるという。ただそれをこまねいて見ているのではない、歯磨きを入念に行うことしか良策はないらしい。歯磨きは3~4本まとめてゴシゴシ、グチュグチュ、ガラガラ、ペーでは効果がない歯茎から歯に向かって押し上げるように一本一本丁寧に磨かなければならないらしい。3度の食後ともこのようにするのかと思うがそれは理想であって1回でも行えば効果が上がってくるのだそうだ。ただ歯磨きするのではなく上記のような予防のため行うのだと思いを込めて歯磨きをすることであると教えられた。コマーシャルを何十回見てもそのようには思っていなかったが、今からでも実施すれば効果は上がってくるものらしいという事を信用して挑戦してみるかという気になった。3日坊主になるかもしれないが美味しいものは「自分の歯で噛むこと」これが一番である。歯の悪いことは親譲りで諦めていたが自分の努力次第で改善することは可能であるということを聞いて勇気ずけられたひと時であった。皆さんも歯を大切になさって下さい。一生使っていくものですからね・・・冒頭のサイトはほんの1例ですが、興味ある方は検索サイトで調べてみてください。
2007/10/23
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20歳までに1/4の歯の治療を行いこれでは50歳までには総入れ歯になると想像したのだがそれでも現役時代はボチボチの治療で済んだ。ところが定年後急に歯の治療が増えたようだ。この続きは明日です。無線で友人が呼んできたものですから・・・・・・
2007/10/22
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好天が続き雨がいつ降るのか・・・毎日が秋晴れである。週末ともなればあちこちで秋のイベントのメジロ押しである。近郷近在の集落でも文化祭、マラソン、秋祭り等さかんである。来週の文化祭を控えて今週はペタンク、グランドゴルフの大会であった。こんな齢で参加しなければならないかと思えるほど各集落は若者、子供がいないで、年寄り連中ばかりの懇親会であったようだ。勝負の勝敗は度外視してこれもまた、友と先輩と後輩と会えるのが一つの楽しみでもある。ペタンクとはそんなに身体を使わないがそれでも好天の青空のもと、いい汗を掻いて久し振りにが美味かった。何かにつけ平和と健康で暮らす事が一番の幸せある事を知った一日であった。
2007/10/21
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本日も快晴、千葉県と鳥取県を半々で生活している朋を訪問する。高校生からの知己であって暫く交信は無かったが退職後は故郷にも住みたいという希望で時々出会うこととなった。高校の時は誰しもそのようであろうが出身中学校は判っていてもそこまでの世界で行政区を越えてまで遊びに行こうとはしなかったものだ(当時はその程度の生活範囲なのであった)お互いに退職後懐かしさから「出かけてみるか」という気になった。高校時代の話だが汽車の駅までは12km、悪路の泥道、乾いた未舗装のホコリ道、そして吹雪の峠道。冬場は**市の叔母の家から高校までは通ったとかで昭和30年代は積雪に悩まされた時代をなつかしく振り返るが、現実は過疎化が進み家を放置のまま近くの町に住所を変え家族も出てきたらしい。本日80代の独居老人を(多分親であろうか)連れて地区にお別れがあったとかでなんとなく淋しい雰囲気の集落であった。彼も千葉県とここ鳥取県を年中往復することになるらしいが家、田畑、墓地の管理で嘆く事しきりではあるが長男としてやるべき事はやっておきたいという健気な気持ちには感服し同情する次第である。近くに県道が走ってなんの不便も感じそうに無いがなにせ集落人口が少なすぎる。「空気が綺麗で環境と景色がいいところに住んでいて羨ましい」とは良く聞く台詞だがおっとどっこい人は「多く寄り集まって暮らすものである」事をおもい知った。「もう、僕の時代でここも終わりだ・・・といった彼の言葉が帰宅中の心に残って離れなかった」
2007/10/16
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11から始まった「第9回和牛能力共進会」も盛況のうちに終了する事となった。20万人の入場予定者を見込んでいたが好天にも恵まれ27万人の入場者であったの報道である。昨日、今日と満員盛況でたくさんの成果を得たことであろうし、改めては和牛の魅力を再確認した観客も多かったと思う。アマチュア無線記念局「8J4MOO /4 」も本日で閉局である。協力したフレンド各局が午後から会場近くのJE4GQ*局に終結しラストコールを全国にむけて発信した。あっと言う間の1ヶ月であったが5,000局近くの応答があった。お声掛け戴いた全国の皆さんありがとうございました。記念カードは直ちに発送いたします。お手元に届くのは来年2~3月頃となるであろうか。それまでお待ち下さい。皆さんの健闘を称えてささやかなる「慰労会」を行った。みなさんご苦労様でした
2007/10/14
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大陸からの高気圧が張り出してきて吹く風もカラッと爽やかでやっと秋らしくなってきた。あちこちで秋のイベント行事が盛んだが今日から鳥取県西部地方3箇所で「第9回全国和牛共進会」が14日まで行われている。和牛飼育農家しかあまり関係がなかろうと最初は思っていたのだがアマチュア無線で全国に呼びかけたので1日は出かけてみようと思う。今日のローカルニュースのトップはすべてがこれの話題であった。昭和41年に岡山県で始まって5年に1回というから今年で9回目だという。あいにくと今日、明日とシニアネットPC教室があるので出かけられない。食料輸入国ではあるが今日まで頑張っておられる関係者のおかげで安心して食べる美味しい日本の牛肉が食卓にのぼっていることに感謝せねばならない。
2007/10/11
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今日は「男の料理教室」だ。地区内には鳥取県三大河川の日野川の清流が流れている。川沿いには工場、企業もなく季節季節の川の幸に恵まれている。友人に頼んでいた川カニ(モズクカニ)がたくさん用意してあった。手分けしてこのカニを解体(可愛そうだが・・)し新米と一緒に人参、コンニャクを適当な角切りとして炊き上げた「ガニ飯」だ。昨年は「ごぼう」を使用したがこの臭いが強くせっかくのカニの風味が飛ばされたのでこのようになった。カニ20匹も用意してあったので米は約2升弱とし出席者12人でとても食いきれぬので「握り飯」としてワイフへのお土産とした。新米に黄金色の油が載ってギラギラと輝く。さすがに昼ご飯はそんなに入らない、それに副食として「いかと里芋の煮物」「なめこ茸と豆腐の澄まし汁」をいただいてちょぴりと秋の風味を味わったひと時であった。来月はまた日野川の鮭料理だ。近年になって集落排水等環境改善が実施され大変きれいになって昔物語だったが遡上するようになったという。
2007/10/10
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10月だのに少し働くだけで汗ばんだ。町内会の一斉清掃日である。地区内の空缶、ゴミ拾い、排水路の清掃は比較的きれいであった。他の作業として有線放送の古電柱を撤去した。まだ家庭に電話がなかった時代に農村集落電話として農協が維持運営して近年まで使用していたが、JAからの通信専用の電柱を撤去した。昭和29年に設置されたから50年以上も維持してきた。かっては校区内の唯一の連絡手段であった。電話交換もしてくれるし、定時番組、娯楽放送も流してくれたものだ。NTTの電話が入って久しいがそれでもJA連絡、行政当局、公民館連絡放送と充分に役に立ったがJAの移転で一つの決着が付いた。その分だけ地区内放送は多く便利に使用しているのは心強いことだ。風雪に耐えた半世紀、さすがに5本の古電柱の再利用の計画はなく来年の「とんどさん」にでもお神酒をお供えして焼却し永年の労に報いたいと思っている。
2007/10/07
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某携帯電話会社の社員であった私は鳥取県ー島根県の県境付近で先輩と2人で伝播調査で山村の県道の登り車線を走行していた。後方、前方とも車の走っていない至ってのんびりとした田舎道であった。途端に突き上げるような衝撃があり車が蛇行しだした。丁度バラス道を走行しているようであった左右の電柱、電線を見ると激しく波打っていた。とっさに「大地震発生」を感じた。幸い激しい揺れは15秒程度で治まった安全な場所で駐車しラジオを聴くにこの地方が震源地らしい、震度6、M7.2 と報道している。忘れもしない平成12年10月6日 13:20発生の「鳥取県西部地震」だった。沿道のブロックは倒れ古い家屋は倒壊し地震の激しさを知った。会社に連絡をとると「帰って来い」という、まさか仕事を続行するわけもいかない。大急ぎで近道を選んで帰ろうとしたのが悪かった!所々に落石があり道を塞いでいるではないか! これはまずい事になったととっさに思った。「急がば廻れ」で人通りが多い安全な道を選べばよかったと反省したもんだ。幸い晴天続きであった頃の地震だったのでこの程度で済んだのだが山間部の道はほとんどが片側が山また山だ。余震で崩れてくるのは予測しなければならない。それでも国道は大渋滞がなかったのでその日のうちに会社にたどり着く事ができた。あれから7年を経過した。「災害は忘れた頃にやって来る」と言うが平成になってやたらと大異変が多すぎる。忘れなくても次々襲ってくる天災地変・・・・災害国日本・・・また何処かで次の異変が起こるのは想像できる。10月より「地震発生速報放送」が出来るようになったが直下型地震はその地区では残念ながら間に合わない!間に合わないから役に立たぬではなく役に立つ地域があるということで今後の地震予知学の発達に期待したいものだ。
2007/10/06
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大抵の集落には神社があって冬祭りは知らないが春、夏、秋とそれぞれに大祭が催されることだろう。当地は農村地帯だったから秋祭りだ。かってはこれが済んでそろそろ稲刈りが始まる一つの目印となっていた日でもあった。現在は氏子総代が本殿に集結しお払いを受けお神酒をいただいてそれで終了だからなんのこともない、ただそれだけだ。先日、参拝客のために境内を清掃しておいたがどの程度の参拝客があったかは判らない?まして少子時代だから閑散として淋しい祭典であったろう。明日は鳥取県西部地震(平成12年)M7.2の記念日だ。「緊急地震速報」の体制がスタートしたが直下型は間に合わないので約には立たない。昭和21年発生した南海地震(紀伊半島沖の海洋大地震)ならP波(プライマリー)の後のS波(セカンダリー)は約60秒とされている。このようであったら山陰でも第一避難が可能であろう。役に立たないじゃなくて役に立つ地域があるということで今後の機能拡充に期待したい
2007/10/05
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先日来からOB会のプログラムを計画中であったが思案がまとまり、案内状を出すことになった。ハガキ印刷3枚済んだ頃インク切れとなった。ヤレヤレ・・・トホホである。少し時間を置いて操作すればなんとかなるもの所詮消耗品なのだから交換已む無しだ。近年わが校区はわざわざ10km離れたY市に出かけなくてもほとんどのものが対応出来る様になった。医者(内科、外科、歯科、耳鼻咽喉、眼科、皮膚科、小児科)、駐在所、スーパーマーケット、コンビニ、ホームセンタ、郵便局、温泉、理髪美容、米穀店、DPE店、書店等の進出で・・・高度成長以前からの老舗もこの中には在るが・・・・といった具合で不便なものは鉄道が通っていないくらいな事でたいていの事が足りるのであるだが電気店は在っても適合インクまでは揃わない、わざわざプリンタのインク買いに往復20kmを要する事がなんとなく馬鹿げたようでたまらなかった。急用でない限り用貯め?しておいて出かけるのだが今回はそうも云ってはおれない。OB会の案内状なので早めに処理しておかねばならないただそれだけの用事で往復し帰宅後続行する、サラピンのインクの発色は綺麗だ。案内状、宛名書き、封筒詰め、切手張り等一人で一気に仕上げるのはそれでも時間を要する事を実感した午後であったがこれで年賀状書きのインク切れはクリアー出来たと思えばいい事だ。明朝投函して後は返事を待つのみとなる。願わくば多数の参加があることを期待しつつ・・
2007/10/03
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西日本は今だに夏秋が同居しているとよく報道が言うが、彼岸がとっくに済んでいるのに未だに残暑とは困った事だ。なんとなく気になっていたあの彼岸花が当地では満開で秋の訪れを告げている。あの猛暑で植物は夏眠していたらしい、稲作の刈取適期も1週間以上も遅れて奇妙な現象であった。猛暑は去っても晴天時はそれでも屋外は30度近くになるので曇天なら安心する。まだ農業機器の清掃、収納が終わっていない。秋の行事が目白押しとなっていて手伝い、ボランテアがあってなかなか手が付かないそんなこの頃である。
2007/10/02
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某アマチュア無線のクラブに所属していて年間は楽しい行事が組んである。今日から10月となったが1、15日には当番局を決め「ロールコール」と称して会員の皆さんと近況報告、クラブからの伝達事項(インフォメーション)を流すことにしている。携帯電話の普及でアマチュア無線愛好家が減少しているが全国的には根強い人気があるのは心強い。今夕21時から会員に呼びかけた。40名ほどの会員であるがだんだん無線機と疎遠になる人もあるし、ついうっかりしてロールコールを忘れている会員もいる電話のようにベル、ブザーが鳴らないのが最大の欠点だがそこまでいったらアマチュア無線趣味の意味が無い。要するに自分から行動しなければこの世界は面白くないのである。10人の会員のチェックインと3名の会員外からのお呼び掛けがあった「感謝、感謝」である。会員の今後の健闘と移動運用のスケジュールを伝達して1時間ほどで「Key局」の大役を果たした。
2007/10/01
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