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予定していた「籾摺り」を午後から実行する事にした。長期間にわたり家族4人で行っていたこの作業は父母の引退以降は甥の休日を頼みとして行っていたが、今年は娘婿が揃って応援に来てくれたのは心強いこの作業は「屋内作業」なので天候の心配はない、大風以外なら実行は可能だ。幸い気温も25度前後で適当であった。「籾摺り」といっても機械作業だので籾入れ、機械調整、袋詰めを各々作業分担しお互いに応援しながらの作業である籾の乾燥が良好だったので快調に機械をフル稼働させることが出来て約2反(30Kg入り38袋)を1.5H程度の高能率で処理することが出来た。作業場は機械の騒音で会話が出来ない、必要に応じて口先を相手の耳に持っていって意志を伝えるのみでさほどの相談事は無い。黙々としてキビキビ働く若者を見るとき「自分にもかってはこのような齢があったのだ」と懐かしく過去を振り返る予定としていた休憩タイムもとる暇もなく瞬く間に終えることが出来、しかも後片付けまで出来たのは嬉しく頼もしさいっぱいであった
2007/09/30
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まもなく氏神様のお祭り(10/5)がやってくる昭和30年代までは参拝客も多く賑やかであったが近年はチラホラで往時の面影はまったく無くて淋しいことである勿論、出店もなくひっそりとした行事となっている。どこそこの**祭りと訳が違い氏子150戸の守り神さまでなんら宣伝するようなイベントもない。ただただ「村の鎮守の守り神」さまなのである。5地区から選出された神社総代が本殿に集い宮司さんのお払いを受けお神酒を頂戴し拍手をうって「解散」するのが唯一の行事なのだ。かといって廃止するわけにもまいらずズッーとこのままこの行事は永遠に継続されるであろう祭典が近づいたので今年は当地区が掃除当番となって午前中境内の清掃作業を行った30人束になってかかれば神社境内なんて1時間程度で草刈り、搬出、清掃をすませたただ7種類のしめ縄を編むのが日頃取り扱うものでないため「あれやこれや」で船頭も多かったが綺麗に飾りつけも完成でき全てのお役を終了し清清しい気持ちとなった。境内の大銀杏も黄色の実が目立つ頃だが青々として目立たない。本格的な秋の到来は未だであることを知った
2007/09/30
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晩秋のころ毎年OB会を実施して今年で16回となる。終戦後から波乱万丈の昭和時代を勤務した諸先輩方のOB会で対象者は40名弱であるが出席は半分となるの仕方もないことである。初回から昨年までH氏のお世話で続いたこの会は今年から世代交代で私がその番を仰せつかうこととなった。9月初旬H氏との引継ぎを終え構想がまとまったので会場の**荘で同期のU君と打ち合わせを行った。幸いH氏が参考となる引継書を戴いたのでこれを基に準備をしていこうと思っている。大体の骨格を組んで11月中旬実施と決まった。今日も30度の真夏日であったが「お風呂に入ってお帰り下さい」ということでサッパリしたといいたいところだが・・・・暑くて、暑くてクーラ最高にして走行しながら帰宅した。
2007/09/27
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稲刈りも終了して瞬く間に1週間経過した。あの4日間連続した35度の猛暑は何だったのか?清清しい曇天?の今朝 気温が適温となると人間シャキッ!とする。高温で稲株は再芽が成長を続けている。これは圃場に残った肥料を吸っての成長だ。要に無駄肥を吸っているのだ。これを耕運し稲株を粉砕しておけば来年の肥料も少なくていいし、転地返しをすれば球根で増える雑草が太陽にさらされて退治できるし、土に酸素供給で活性化にもなり多くのメリッがある。先日、圃場に入って耕運し始めたのだが降雨がないのであちこちで地割れが起きてトラクターも難渋しているし第一人間が機械の振動で身体がおかしくなってしまうので、止めておいた。昼過ぎころから昨日の続き寒気のお陰で時雨模様となった。好機到来・・・・明日は圃場の耕運をしたい。雨の中の農作業は敬遠だので今日はゆっくり晴耕雨読の雨読の午後となった。PCばかりの余暇つぶしだが読書とは自分としては早春以来の珍事だったようだ
2007/09/24
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彼岸の今日、早朝から待望の降雨・・・・運動会なんて延期でいいからもっと降れと期待したが7時頃から小雨になって予定通り運動会開催となった。あいにく彼岸の中日だったので、先祖の墓参り、今年2月従兄が亡くなったので墓参に出向いた関係上昼前からの参加となった。校区内運動会でも久し振りに出会う人、懐かしい人、いつも出会う隣人集ってのイベントは運動会、文化祭 年中行事だが良いものである。あまり近所、人の噂話には加わりたくない私でも大勢いる中では自然と噂が耳に入ってくる。空威張りしていても、所詮人間は噂話が大好きな動物かも知れない。自然とその中に入っているのが可笑しかった。「なんと今年は暑かったなあ」とまず一声、それだけ今年の猛暑にまいっていたようだ。北からの寒気様様のおかげで近年にない曇天の清清しい大歓迎の大運動会であった。願わくばこれにて猛暑とは縁切りしたいものだ。恒例の慰労会も盛り上がって楽しい一日であった。
2007/09/23
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小生ブログで9/16日紹介した記念局「8J4MOO/4」の運用の順番がまわってきたので本日午後13:30~17:00まで全国にむかって短波帯7MHZでの全国向けの通信を行った。7MHZといえば常時賑やかな周波数バンドで土日祭日は大変込み合い混信が激しいところだ。かといえたくさんの方と交信をしようとするならばやはり7MHZに限る。10月11日~14日の間 鳥取県西部地方で行われる「第9回全国和牛能力共進会」のPRを兼ねての運用であった。遠くは北海道旭川、南は九州宮崎、そして隣国韓国からまでお声掛けをいただいて合計86局のアマチュア無線局と交信できたことを大変光栄に思いました。チェックインしていただきましたフレンド各局に感謝、感謝です。終わった時にはさすがに声がかすれぎみであった。終えてのキューと一杯のビールがなんともいえない清涼剤であった。OP交代で毎日鳥取県のどこかで呼びかけていますのでお暇ならまたお声掛けをお願いいたします。
2007/09/22
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猛暑連発のお見舞いでストレスが蓄積する。今日で35度を越す日が4日も続いた、ここ山陰鳥取県は毎日タタリの洗礼を受けている。昨日のリフレッシュのため終日家の中に閉じこもりであった。生脱穀した籾2袋(40kg)を南の陽だまりにブルーシートに拡げて自然乾燥させてみたら19%の籾がわずか3Hで14%までになって、慌てて取り込んだ。籾の貯蔵の最適水分は15~15.5%であるので過乾燥になってしまった。自家用消費米であるので商品価値云々をいうつもりはないが、これだけの短時間で乾燥が進む陽射しの強さを強調したかっただけのことだ。今日がピークで北からの高気圧が下がってくるらしい、大歓迎だ 早く来い来い大陸高気圧!と首を長くして待っている。この恩恵にあずかるの裏日本が真っ先だ。天気図をみると優勢な大陸高気圧が張り出しかかっている。どうか君の力で太平洋高気圧の息の根を止めて欲しいものだと切望してやまない。
2007/09/21
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秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬると万葉の歌人は歌ったが風も南、南東のフエーン現象で山陰は35度を越す猛暑が連日続いてまた米子は日本一となった。なんと住みにくい土地であろうかとまたぞろ感じた。先日降った雨もつかの間で彼岸の入りだというのにこの天気! 留まる事を知らないらしい。例年は夜半の温度も下がり夜空の星が出ているのに夜半からボタボタと夜露が降りて快晴の朝はビッシリと夜露が朝日にまぶしい風情をみて秋の到来を感じるのであるが、夜露なんか全然降らない状態が続いている。自宅用の消費米を今まで残して冷たい秋風の元で刈取りを楽しもうと思って楽しみにしていたが裏目に出た感じだ。明日も35度を越す猛暑が予想されていたのでヤケクソ半分で稲刈り実行に踏み切った。あまりの暑さに途中休憩でじっくり2時間冷房で寒?をとり4時頃から残り1/3を終えた。無理やり実行すればイライラもつのり自然と安全に対しても疎かになるからだ、自然に合わすことが自然を克服する唯一の対策である。「君子危うきに近寄らず」こんな余裕の農作業をしたいものである。友人曰く、人間は正月で齢をとるではなくどうも夏の猛暑で齢をとるらしい。そんな憎たらしい今日の天気であった。明日はゆっくりと休養だ。
2007/09/20
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天気予報での温度は極めて正確に予測が出来るらしい。昨日での山陰は予想は34度であったがおまけがついて35.2度を記録したこれが風のない35.2度なら我慢できないがやはり晩夏か少し北からの風があり蒸せるようなあの汗の吹き出る最高に気分の悪い感じがしないの救われた思いであった。がそのまま外出作業となるとそうはいかない。昨日の疲れと眠さが重なって本日は仕事ではなかったジッと室内でPCのメイントをして時を過ごした。まあこういったことも時々はあっていい。姉も大分回復して明日AIU室から一般病棟に移るという、まずまずである
2007/09/19
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右肩が水平より上に上がらない、無理に上げようとすれば激痛が走る・・・ということで何年かは注射、薬で対応していたらしいがこれ以上に年齢では手術の限度ということで今回手術に踏み切ったらしい。幸い隣家の集落に嫁しているので生活基盤が同じゆえ手術に付き合った。といっても待合室で終了を今か今かとジッと待つことしかないのだが・・・・・12:30~20:30 説明のわりには長時間の手術であった普通はは仰向け、うつ伏せの状態での手術を連想するのだが肩の手術ということで座ったままでの全身麻酔という奇妙な体制での手術のため長時間手術のため(麻酔のせいもあるかも)終了しても自己呼吸が出来ないというトラブルのためICU室での経過措置という事になった。いろいろ心配したが肺その他も異常なしということで安心した麻酔をかけられて座ったまま数時間と言うのは辛かったろうと想像できる。この2月私もこの大学病院でお世話になったが・・・・ナースステーションでA看護師とバッタリっと出合った。思い出の多かった彼女だったのでとても懐かしかった。相変わらず多忙ではあったが外科から整形外科にかわったらしい。「姉ですのでどうぞよろしく」とくれぐれも頼んでおいた。それにしても奇遇なめぐり合いでありあの当時のことが懐かしく思い出されてきた。人生はいろいろなめぐり逢いだとしみじみ思う。
2007/09/18
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自家消費米を残してまだ稲刈りは終了していないのだが待望の雨が降った大地を潤し万物を蘇らす自然の力は尊厳に値する。この雨は台風が朝鮮半島をかすめ日本海を横断し温帯低気圧になったお陰で思わぬ慈雨となった。敬老の日で一般的には行楽の計画もあったかも知れないが我家にとってはこの方が歓迎である。お陰で終日ゆっくり出来たし倉庫の清掃、整理整頓も出来て久し振りに屋内作業でいい汗をかいたこの残暑のなか屋外の作業はこりごりだ雨上がり後、柿の実の消毒をしたがまだピンポン玉大程度であるが10月でグッと成長するのは驚きだ。今年は裏作のようで実のつきは悪いようであった。
2007/09/17
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10月に鳥取県西部地方で和牛博覧会が開催される「第9回全国和牛能力共進会」が正式な名称だがこのイベントを全国にアマチュア無線を通じてPRしようとJARL鳥取県支部が本日特別記念局「8J4MOO」を開局した。 ※MOOは牛の「モーモー」の語呂合わせだ今日から本番期間(10月11日~14日)までの約1ケ月間にわたって鳥取県各所でオペレータ交代で無線機から全国に向かって「和牛博覧会にお出で下さい」と呼びかけることにした今日の開所式は大山町名和農業者トレーニングセンタで行われた黒田支部長から「アマチュア無線は通信の途絶した過去の島根豪雨、冬山遭難、神戸地震等で社会貢献をしてきた、公共の電波を使用するので一役を担って是非成功させなければならない」と力強い決意を述べた。続いて和牛博実行委員会事務局の前田次長から「私たちの及ばない部分をサポートして下さい」と激励した。早速、黒田支部長が全国に向かって「CQCQCQこちらは8J4MOOです、和牛博覧会でお待ちしています、交信証は後日発送いたします」と呼びかけると遠く北海道、東北、鹿児島から続々応答があり「開局おめでとうございます、和牛博の成功を祈ります」と激励が入ってきた。この会員の一人である私も出席してお手伝いに参加した。いずれ当番局になってCQCQCQと全国に向かってPRをする予定になっていますのでそのときには関係者の皆さん宜しくお願いします「第9回全国和牛能力共進会」の詳細は拙文冒頭の和牛博覧会をクリックして下さい<交信証記念カード>
2007/09/16
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稲刈りには晴天続きははかどって良いけれど秋野菜が発芽したものの毎日の水やりで苦労している。晴天続きと高温で発芽しても蒸散作用が激しいので弱い野菜は枯れてしまい再度 撒きなおしという無駄な事を繰り返している。中国の昔から「五風十雨」といって豊作の条件は5日に一度風が吹き、10日に一度は降雨があるのが理想の天候なんだそうである。この9月は4月同様に大切な季節である。そういった意味でそろそろまとまった雨を期待したいものである。水やりと雨降りとは同じ事ではないかと思われがちだが、どうしてどうして全然この2つは異なったものだ。水かけはその生物の根に水分補給をしているだけだから、焼け石に水といっても過言ではない大地に降った雨は地下浸透し周囲を適度な湿度を維持し万物を潤し生物を活性化させる効果があるからだ。自然の力は遠く人間には及ばぬものがたくさんある。古来、人はこれを「神の力」といって尊敬し恐れおののいてきた。森林伐採、大量エネルギー消費 いつの間にか「人間が一番偉いんだ」という考えが20世紀後半になって謙虚になってきたがこうして地球温暖化、オゾン層破壊等 環境問題がクローズアップされその考えは是正されつつあるが世界がそういった意識で環境問題に取り組まなければ効果薄である。要するに現在は過去の不始末のツケがまわってきているのだ。これを古人は「たたり」とよんで恐れた。これからは何十年と「たたり」を背負って暮らさなければならない。きょうは妙な文末となってしまった。
2007/09/14
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この季節とすれば絶好のコンディションで刈取りを行っている。近年までは1町分の収量を乾燥機、籾摺り、出荷まで自宅で行ってきたが両親の高齢隠居、子供の結婚等で働き手(担い手)がいなくなって、保有米(含む縁故米)20アールを残して全てJA経営のカントリーに持ち込んで処理してもらっている。その分だけ収入減とはなるが還暦を越すと「もう何十年と担ってやってきたので体力的なもの、精神的なものが重なって若い頃の元気がない」経済性を考えると一目瞭然だが銭金に替えられないものがある。それだけ貧乏するが、気分的には開放感があって清清しい今日は娘婿が稲刈りの助っ人に来てくれた。開口一番「コンバイン」のルーツは? 「ウッ、大型稲刈り機かな?」 「帰ったら調べてきます」 さっそくOPチェンジとなって圃場を2~3回廻ってコンバインの操作法を伝授した。<効率の良い使用方法>その機械が持っている耐久持続性能を充分に発揮させるような使い方がのぞましいあたりまえの事だが、ノロノロ運転では所用時間、燃料、体力も消費する。最近の機械は性能は向上しており高速でも無茶な操作をしなければ充分耐久力がある、しかもインターロック回路(保護回路)が随所に設置してあってほとんど故障はないのが現状だ。たた初心者がすぐそういう感覚で操作するわけにはいかない、「習うより慣れろ」で何回か練習して会得をしてもらったようだ。舅(私)は1300リットルの籾をカントリーまで搬送、コンバインはその間でも稼働中であり能率も一段と向上し予定よりも早く終了した。圃場は硬く(運転操作が安易)、倒伏なし(スイスイ刈り取れる)で例年の長雨に悩まされる事なく、婿殿も満足した様子であったただ一つ云う事を忘れた・・・・安全装置がついた機械でも100%保障はない、危険なポイントを伝授する事を怠った。次回はこの点を補足したいと思っている。夕食後さっそく婿殿からのメールで「コンバイン」について広辞苑いわく「一台で刈り取り機と脱穀機とを兼ねる機械収穫脱穀同時作業機」だそうです。ちなみに英和辞典によるとcombineは「2つを一緒にする」という意味でした。 と通知があった。娘からのメールで「夕食にコンバインについて熱く語っています」と連絡があって楽しく作業してくれた事がとても嬉しかった。
2007/09/12
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話題がないので少しばかり夏休みしていました。とんでもない酷暑に悩まされ残暑はいつまでと思っていたら9月に入ってなんとなく落ち着きました。しかも降雨、台風もなく例年は9月の秋雨前線による長雨で稲刈りも出来ずぼやいていたが今年ばかりは好天に恵まれ7割程度終了した。北からの高気圧が西日本にはいり時雨どころか快晴の日が3日も続いた珍しい年である。外仕事はなるべく敬遠していたがやはり一日中おてんとうさまとの仕事は疲れる。先祖からお預かりした土地で稲作なんて仕方なくやっているほうで(こんな表現しか出来なくなったのが悲しい事だけど・・・・)早く片付けて好きな事をしたいのが本音のようだ。たくさんの諸行事、イベントがめじろ押しである
2007/09/11
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ここ2,3日凌ぎやすい日が続いた。雨が降らないが風がない。陽が射せばムッとしてくる、まだまだ夏本番ではある。畑のつる野菜も終わったので毎日出かけることもなくなったと思って3日振りに出かけてみたらなんと雑草だけが青々として膝くらいまで伸びたところがある。そのままトラクターで耕運しても支障はないと思われるが耕運爪にまつわりつくので草刈機で少しばかり刈ったが・・・・雑草とは本当に強いものだ。日照りでも枯れないでジッと雨を待っていて降雨となったらここぞとばかり成長する厄介者だ。雑草には連作なんて「屁のカッパ」らしい。その季節、季節に応じた種類の雑草が生えてくる。一説によれば10年間は土の中で生きているらしい。したがって一度水田に還し水稲を作付けする。入念に代掻きを行い田植えを行い除草剤を散布し4、5日土面が出ないよう水量を保つとほとんどの雑草が退治できるから大したものだ。それと水の力でバクテリヤが発生し土壌を活性化させるのは頼もしい。だからこそ、水稲は休むことなくその圃場で連作OKである。それによって日本民族はこれを主食としてきた。今年も稲刈りシーズンになった。米作は米ばかりを収穫するだけではないそういったメリットがあるのは心強い
2007/09/03
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早期退職してはや8年が経つ、関連企業で4年ほどお世話となって今は完全なるホームコマーシャルの自由な身となっている。したがって曜日の観念が全くといってないのである。サンデー毎日すっかり板に付いているこの頃、旧友から同窓会の便りがきて即刻参加することとした。行程はマイカーを避けすべて公共の交通機関を利用する事とした。会場は岡山県鏡野町上齋原「国民宿舎」をめざしてJR倉吉乗換え、大阪行き定期高速バス利用とした。途中Fさんと米子駅で合流、早速酒盛りが始まった。Fさんの出身地は隠岐だから前日出発したという。経費は自己負担だからバカにはならない。毎年学校、職場、各サークルでこの種の懇親会をやっているがやはり何十年ぶりということになるとインパクトがある。一見しただけで判る人、まったく記憶がない人さまざまで懐かしさと当時のことが思い浮かび昔話で一夜を明かした。女性のいない技術畑の半生だったが殺風景なのは仕方がない。現役からそうであったので慣れっこにはなっている今後もこのパターンである。またたくまの40年誰しも昔には帰れない。一日を有意義に健康で過ごす事が何よりだ!再会を約束し名残り惜しんで散会した。Fさんとは帰省も同じルートだので同伴する。農閑期でもあるし隠岐行きの**港までマイカーで送ることにした。聞けば昨夜同隠岐は猛烈な豪雨で被害が出ているという。電話した彼の地区は無事だったという、でも親戚等の心配は尽きない。船の別れは情緒があっていいものだ。5色テープでお別れし「蛍の光」が演奏されれば泣けてくる。・・・・・・・・当時の話だ・・・・・・・ 今はフェリーと高速船が並行して運航している。高速船の彼を送ったがスルスルと離岸し轟音とともに見る見るスピードを上げ遥か彼方へ見えなくなってしまった。早いはずだ時速70kmで信号もないし、坂道、トンネル、カーブもなし1直線あるのみだ海の旅が一番安全で、正確である。現役は私はこれが「お気に入り」であった。
2007/09/01
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