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今年は日本中が「3・11の東日本大震災」に明け暮れた年だった。あらゆる人が何らかの影響を直接・間接に受けている、そういう規模の大災害だった。私自身も、家族ともども11年間住んで仕事をしていた仙台・宮城が惨状を極めた被災地だったこともあり、しばらくの間は気力が横溢するにいたらず、無力感を感じる日々となった。娘と息子は春にボランティアや職場の出張で宮城と岩手で手助けをしてきた。私は秋にようやく大学の組織を使って東北「道の駅」調査隊を率いて一週間宮城県内の道の駅を訪問し、調査にあたることができた。今、この文章を書きながら、私と知研の仲間で作った「知的生産手帳」の最初のページをめくると、近所の日枝神社で引いたおみくじが貼ってあることに今さらだが気がついた。今年の運勢は「凶」だったのだ。「むらくもの思はぬ方にあらはれてしばしかくるる十五夜の月」運気容易に開けず口舌多し 急がず時の到るを待ちてなすをよしとす脇目をふらず正直に働きて信心怠りなくば自ら幸あるべし正月に引いた時には、どういうことかわからずに、戯れに手帳に貼ってみたのだが、1年経った大みそかにこのおみくじを改めて眺めてみると思い当る節がある。確かに今年は、公人・私人・個人の三部門ではそれなりの進歩はあったとは思うが、停滞感がありやはり不完全燃焼ではあったかもしれない。今年を少し振り返ってみる。著書:合計で8冊。中国での翻訳出版1冊、台湾での翻訳出版1冊、電子出版2冊、オーディオブック1冊、文庫本2冊、手帳1冊。人物記念館の旅:今年64館を踏破。7年間の累計454館。ホームページ:今年24万ヒットで累計171万ヒット。ブログ連続記入2651日。メルマガ累計881号。Twitter2723人のフォロワー。facebook大学院・学部の授業での活用に着手。多摩大学は4年目。学長室長3年、多摩大総研所長3年。新しい動きは若干出てきている。フォト俳句の世界へ。有料メルマガ「図解達人への道」の発刊。ウオーキング通勤のトライアル。、、、、。昨日までは思ってもみなかったが、2011年、未曽有の大災害の1年は、自分にとって「不完全燃焼」の一年であったと総括しよう。
2011/12/31
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九州から84歳になる母親が上京している。母は40代の子供たちから手が離れた前半から40年ほど短歌をやっていて歌集も何冊か出している。一方で夫が脳溢血で倒れて看病生活が始まった60歳から万葉集をテーマに研究もしていて、その成果を「万葉集の庶民の歌」という本を出版している。現在、郷里中津では弟子に囲まれて忙しくまた愉快な日々を送っている。一介の主婦であるが、テーマを持つことの重さと継続ということの凄みを感じさせる。高齢時代のモデル的生き方だと思う。その母のライフワークは「万葉歌碑を巡る旅」である。住んでいる中津周辺、瀬戸内海、壱岐対馬など自分一人で行ったり弟子を引き連れて行ったり、また東北や関東では私たち息子や娘を使って旅をする。「文献とフィールドワーク」という研究スタイルである。今日は川崎を私の運転で回った。まず、麻生区金程四丁目の金程万葉苑を訪ねる。坂道を登った住宅街の小山が万葉苑だった。万葉集には萩を歌ったものが143首、梅が118首ある。ここには80種類の万葉草木を植えてあり、そのいくつかには縁のある歌を掲げてある。f:id:k-hisatune:20111230112342j:image防人の歌碑が二首石碑に刻まれている。家ろには葦火炊けども住みけを筑紫に至りて恋しけもはも 橘樹郡の上丁物部真根(たちばなのこほりのかいみつよほろのもののべのまね) 家では葦火をたいているけれど住みよいのだが、防人の任にある筑紫では恋しくなるだろうなあ草枕旅の丸寝の紐絶えば吾が手と付けろこれの針持し 妻の椋橋部弟女(くらはしべおとめ) つらい旅の丸寝の紐が絶えるなら私の手と思ってこの針を使ってください関東の武蔵野国から防人に行く夫とその妻が歌った歌である。夫は筑紫ではこの粗末な家も恋しく思い出すだろうなと言い、妻は旅の無事を案じて針を持たせる、万葉の時代も今も変わりはない。防人は663年に朝鮮の百済救済のために出兵した倭軍が白村江の戦いで、唐と新羅の連合軍に敗れ、攻めてくるのではないかと九州の沿岸に配備された辺境防備の兵である。奈良時代の「万葉集」には防人やその家族の歌が100首以上収録されている。万葉集の編者の大伴旅人は関西に集結する防人たちが詠んだ歌を集めて、それから選び、万葉集の載せた。防人には東国の民がなった。西国の人は辛抱がきかず、郷里が近いので逃亡の恐れがあるとのことで、辛抱強い東の民が選ばれた。任期は3年だが往復を入れると4年は家を空けることになる。徒歩や馬で関西で習合し、そこから船で九州まで下るという難儀な旅だったのだ。------------------------次に、中原区等々力の市民ミュージアムを訪ねて東歌の碑を探す。歌碑は穴が開いた面白い形をしている。f:id:k-hisatune:20111230141759j:image橘の古婆の放髪が思ふなむ心愛くしいで吾は行かな お下げ紙のが私を思っているその心がいとしい、さあ会いに行こう
2011/12/30
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梅棹忠夫の「人類の未来」(梅棹忠夫著・小長谷有紀編)。40年前の1970年頃に目次のみで完成しなかった書物がある。河出書房の「世界の歴史」の最終巻「人類の未来」である。この本は人類にとって重要な書物になるはずだった幻の名著の内容を、当時の関連資料や対談記録から推理しようという試みである。以下が、当時作成した目次である。この目次を横目に眺めながら「梅棹忠夫著作集」を読んでいきたい。--------------------------「人類の未来」 プロローグ第?部 第1章 地球家庭論 住宅問題--家族とセックス--女性の未来--有限系としての地球の発見 第2章 文明との競走 子々孫々の消滅--秩序の崩壊--現代の認識--情報の時代 第3章 増えることはいいことか 人口爆破--光合成能力の限界--交通戦争--遺伝子工学--戦争の功罪--ヒューマニズムに対する疑問第?部 第4章 欲望とエントロピー 地球は打ち出の小槌ではなかった--資源の浪費--資源の枯渇--廃棄物の処理--欲望の解放-- 物と空間の古塚--文明の意味 第5章 目標のない環境工学 有限性の発見--地球のシミュレーション--システム・エコロジー大気の進化--雪と水--人工氷河--地球の実験 第6章 進歩と永遠 永遠性の否定--永続観念の基礎--進歩という幻想--予定調和はなかった--科学の本質--破滅の諸類型第?部 第7章 分配の矛盾 地球と統合性--資源分布の不平等--生態史観--国家の時代--生態系の摩擦 第8章 地球国家の挫折 戦争の意味--弾道兵器と核--航空機と航空路--地球人の夢--大流行病時代--統合と分離 第9章 コスモ・インダストリアリズム ホモ・エコノミクスの虚妄--能率の問題--産業主義--経済による地球の再編成-- 地球経済による精神の退廃第?部 第10章 人間存在の目的 なぜ「人類」でなければならないか--目標設定の諸段階--人種の意味--進化史的存在としての人類 第11章 不信のシステムとしての文化 国民文化の形成--反訳の可能性?--価値体系の摩擦--不信--「見知らぬ明日」-- 文化の責任-- 歴史は意味を持つか--記憶の悲哀 第12章 できのわるい動物 人間の構造--情緒の生理--エソロジー--人間改造の可能性--教育は救済なり得るか--宗教の終焉エピローグ エネルギーのつぶし方--理性対英知--地球水洗便所説--暗黒のかなたの光明---------------------------------「ウメサオタダオと出あう・文明学者・梅棹忠夫入門」(小長谷有紀) この本は、2011年3月から6月にかけて民博で開催された「ウメサオタダオ展」に来場した人々の感想を紹介したものである。あらゆる年代の日本人に深い影響を与えたことがよくわかる。-------------------来年は、「梅棹忠夫」研究を始めねばならない。
2011/12/29
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世界文学史上の最高峰の恋愛小説を書いた紫式部とは何者か。なぜこの物語を書いたのか。これがこの映画の言う「千年の謎」である。紫式部に関する資料・文献は極めて少なく、この空白を埋める推理がこの映画の肝となっている。源氏物語は藤原道長へのラブレターだったという想定でこの映画は創られている。平安の都の様子、豪華絢爛たる衣裳、光源氏をめぐる様々な女たち、、、。非常に美しい夢を見ているような映画だった。そして田中麗奈演ずる六条御息所の嫉妬に狂った生霊は迫力があった。 実は紫式部は時の権力者藤原道長への満たされぬ愛ゆえに、光源氏に激しく嫉妬したのではないか。(製作総指揮者・角川歴彦) 式部は道長に稲妻に当たったような恋をした。そして、道長へ「源氏物語」というラブレターを書いた。、、道長は道長で、式部の女心に気づきながら、天下取りのために深追いはしない。そんな緊張関係の中で、式部は道長を待ちわびながら男と女の物語を書き続けることになる。(監督・鶴橋康夫) 藤原道長に言い寄られたが振ったという「紫式部日記」の記述が暗示するように、彼女の人生には「源氏物語」に出てきそうな恋愛劇があったのだろう。(監修者・荒俣宏) 道長は現実世界の光源氏なんです。(藤原道長役の東山紀之)
2011/12/28
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気に入った格言の蒐集。 人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うにはばかばかしい。重大に扱わなければ危険である。(芥川龍之介) 自由は山嶺の空気に似ている。どちらも弱い者にはたえることはできない。(芥川龍之介) 人生は一冊の書物に似ている。ばか者たちはそれをいそいでぺらぺらとめくっていくが、かしこい人間は、念入りにそれをよむ。なぜならば、彼らはただ一度しかそれをよむことができないことを知っているから。(ジョン・パウル) 人は城、人は石垣、人は堀、なさけは味方、あだは敵なり。(武田信玄) 教える能力というものはおもしろく教えることである。(アインシュタイン) 知恵は経験の娘である。(レオナルド・ダ・ヴィンチ) その理論が経験によって裏づけられない思索家の教訓をさけよ。(レオナルド・ダ・ヴィンチ) 病気の境涯に処しては、病気を楽しむということにならなければ生きていても何の面白味もない。(正岡子規) 私たちは精神の窓をあらゆる方向にあけはなたなければいけないが、そこから吹きとばされてはならない。(ガンジー) 家庭の不幸はどんなときでも、一つだけではすまないものである。(ドストエフスキー) 頭の悪い人には他人の仕事がたいていみんな立派に見えると同時に、又えらい人の仕事でも自分に出来そうな気がするので、おのずから自分の向上心を刺激されるということもあるのである。(寺田寅彦) 不断に疑問を抱くことこそ知恵に対する最初の鍵である。(アベラルズス) 真実にわれらの思想をうつす鏡はわれらの日々の生活である。(モンテーニュ) 我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、ともにこれ凡夫のみ。(聖徳太子) 順境は、我能力の達し得る範囲にあるものにして、返て我力を減殺するものなり。逆境は、我能力の達し得る範囲外にあるものにして、反て我力を増長するものなり。(清沢満之) 人は人吾は、吾なりとにかくに吾行く道を吾は行くなり。(西田幾太郎) 教えて化すれば、化、及び難く、化して教うれば、教、入りやすし。(佐藤一斎) 人は教えることによって、最もよく学ぶ。(セネカ) 師は必ず弟子の問を待ちて言を発するなり。(道元) 世間は活きている。理窟は死んでいる。(勝海舟) 禍は口より出でて身を破る。福は心より出でて我をかざる。(日蓮) おまえは、史記などに書いてあることを信用するか。(山本周五郎) よい主人は、智恵ある者を使い、健気な者を使い、欲に耽る者をも使い、愚痴なる者をも捨てずして、それぞれの用に応じて使うぞ。(天草版「金句集」) 汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼすのである。(山本夏彦) 現代は思想家よりも思想仲買人の方が幅を利かせている世の中である。(林達夫) 他人の悪を能く見る者は、己が悪これを見ず。(足利尊氏) 人は善くも言われ、悪くも言われるのがよい。(三宅雪嶺) 本を読んだら、そこに書いてあることを絶えず実際の問題に当てはめ、自己の思考力を訓練し、学問を実際に応用する術を習得しなければならない。(石橋湛山) 長い文章なら、どんな下手でも書く事ができる。文章を短く切り詰める事が出来るようになったら、その人は一ぱしの書き手である。(薄田泣菫)-------------------
2011/12/27
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劇団四季ミュージカル「はだかの王様」をパルテノン多摩で鑑賞。大ホールは子供連れの親子でほぼ満杯の盛況である。この出し物は全国公演が行われていて、2011年5月3日から2012年3月18日まで各地で開催されている。府中、福生、機密、市ヶ尾、精華町、広島、名予や、湧別、恵庭、花巻、富岡、幸田、茅ケ崎、射水、成田、富士川、栗原、光、多摩、横須賀、千葉と年内は回る。日本各地で学校単位で子どもたちを無料招待し、2011年度は56万人の子供たちが鑑賞できる。全国規模では日生、三菱東京UFJ銀、みずほ銀、ダイキン、大和ハウス、三菱商事、ベネッセ、キッコーマン、ファンケル、トヨタが特別協賛をしている。また地域ブロックでは、鉄道、新聞、電力、航空会社、地銀などの協賛があるという大きなプロジェクトである。演出・構成は浅利慶太、台本は寺山修司、作詞は岩谷時子、作曲は三木たかしといずみたく、という豪華版だ。寺山修司という言葉の天才の台本だけに、風刺とさびが効いている。「この衣裳は、役に立たないものやとびぬけてバカな者には見えない」と詐欺師に言われて、王様と大臣、側近がすべて騙されていくのだが、子供が「王様は裸だ」と言って展開が変わるという物語だ。 舞台の幕を開ける歌を子供たち観客と一緒に歌う、観客が手拍子で協力するというしかけ 見えない衣裳が見えるというメガネの売りつけーーメディアを想像させる 独裁者へのへつらい。-戦争で負けるよりより文化が大事という感覚舞台上での「王様は裸だ」という子供の声と、観客側の子供や大人が一緒になって、王様の裸を指摘するという構図は、民衆革命を彷彿とさせる。このバカバカしいどたばた劇は「大人のように損得で考えや立場をを変えないで、自分の目で見て、自分の頭で考えてください」という子供に向けてのメッセージを伝えようとしていると受け取った。
2011/12/26
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第25回多摩市民第九特別演奏会を聴いた。九州から昨日上京した母親と妻と3人。管弦楽は多摩ユースオーケストラで、合唱は多摩市民「第九」をうたう会。そして指揮は多摩地区で活発に活動を続けり今村能さんだ。一瞬飛び上がったのではないかとさえ思う躍動的で魅力的な今村さんの指揮、中学生・高校生を中心とする初々しいユースオーケストラ、そしてお辞儀をするとタキシードの男性のほとんどが禿頭の中高年合唱団という年齢の組み合わせが抜群だった。そのためもあり、パルテノン多摩の大ホールもほぼ満杯の盛況だった。「市民」というキーワードが効いている。「多摩」は人口は400万を超え、企業も13万社を超えるという大きな地域である。この地域の地域金融の雄である多摩信金は、全国にある260以上の信金の中で、預金量は約2兆円の第8位だから、多摩もずいぶんと大きい。実際の演奏、合唱とも素晴らしく、身内の多い観客席からは絶賛の声が湧きあがった。今村能さんには同僚の樋口先生の紹介で面識がある。1954年生まれ。現在は多摩フィルハルモニア協会音楽監督で、「一流楽団に育成する手腕には定評がある」との紹介文がある。多摩に音楽文化を定着させようとする意欲を感じさせる熱演だった。多摩ユースオーケストラは中学1年生から高校生までが中心で、大学生も交じっている。主演メンバーは130名ほど、名簿の中に久恒直己という同姓をみつけた。多摩市民「第九」をうたう会は、総勢160人ほどで、はつらつとしていた。少し歩いたので足の悪い母が疲れたので、階段をおぶって降りることになった。意外に重い。石川啄木の「一握の砂」の「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」という歌を想い出した。 やむをえず 母を背負いて そのあまり 重きに泣きて三歩あゆまず----------------NHKの「坂の上の雲」の最終回。「日本海海戦」は、海戦の悲惨さと秋山実之の衝撃を中心に描いていた。全日本女子フィギュアで、浅田真央が優勝。
2011/12/25
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クリスマス・イブの土曜日なのだが、多摩大では「教育活動情報共有会」を開いた。この1年の教育活動の取り組みと成果、特に外部的な活動や内部の他のゼミとの共同活動中心に情報を出し合って共有して生かしていこうという趣旨である。14人の教員が集合。13の話題提供のペーパーが出た。・諏訪小学校放課後教室における大学生ボランティア活動・CASMCam・統計検定・統計グラグコンクール出品・ゼミと外国人インターンシップ学生協同プロジェクト・街回遊イベント企画・Conjoint分析システム共同開発・比較的小さい地域のコミュニティを活動拠点としてしているメディアの現状を知る・東北「道の駅」大震災研究プロジェクト・Power of Sportsu・日本大好きプロジェクト・社会デザイン研究と実践モデルの創出・卒業生新入生懇談会。この中から、5つのプロジェクトが選ばれて30分づつの発表と質疑を行った。石川晴子先生の「諏訪小学校放課後教室における大学生ボランティア活動(主に英語指導)f:id:k-hisatune:20111224092338j:image中村その子先生「コミュニティを活動拠点としているメディアの現状を知る」f:id:k-hisatune:20111224094441j:image斉藤T裕美先生「ゼミと外国人インターンシップ学生協同プロジェクト・アニメによる街づくり推進中の立川市にて、街回遊イベントを企画実施すること」f:id:k-hisatune:20111224102057j:image久恒啓一・中庭光彦・松本佑一・酒井麻衣子先生「東北「道の駅」大震災研究プロジェクト:現地フィールドワーク合宿」村山貞幸先生「日本大好きプロジェクト」f:id:k-hisatune:20111224111837j:imageそれぞれ面白い活動だったが、特に以下のプロジェクトに興味。 斉藤T先生の立川市での街回遊イベントにIT技術を組み合わせた活動が面白かった。iPad、電子掲示板、3DCGキャラクタ、Webと、リアルな日本茶屋・和菓子屋・ラーメンスクエア・本やフィギュア屋を組み合わせて成功。次年度は多摩センター、多摩大エリアに進出。 村山貞幸先生の「日本大好きプロジェクト」は、メディアに取り上げられるレベルの社会性を備えたイベントを企画・運営することで社会人基礎力と社会性を向上させるのが目的。訪問型イベント208回。集客型イベント9回で、東京タワー、芝増上寺、ベネッセ、宮城県青龍寺、東京ミッドタウン、エキュート東京、新宿区子ども総合センター、福島県須賀川市松明あかし、二子玉川ライズ。集客は21000人超。新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど多数の取材あり。私は東北「道の駅」大震災研究プロジェクトの発表を行った。あわせてfacebookなどのソーシャルメディアを用いた教育活動の実験について披露してみた。終了後、樋口先生、斉藤T先生、杉田先生、梅沢先生と、食堂で歓談。
2011/12/24
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ホームページのトップページを冬バージョンに変更。http://www.hisatune.net/久恒啓一メールマガジン「図解達人への道」の有料配信を開始。冒頭の「図解仕事人の眼」の連載の第一号は「若者の投票率を100%にする方法---若者の政治離れなどない」。http://www.hisatune.net/mg/yuryo-mg.htmf:id:k-hisatune:20111224061210j:image今年最後の13回目の講義。f:id:k-hisatune:20111223113643j:image新宿で社会人大学院生の柳生さん(小豆島)と絵本の企画で会う。武蔵野美大の宮島教授と絵本を描こうとする若い画家とインターゼミ生の中村君も。f:id:k-hisatune:20111223165458j:image京王プラザホテルの「かがり」で諸橋学部長と懇親。いい酒とおいしい料理を堪能。
2011/12/23
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今週は、「今年最後の」という冠がつく会合や行事が多い。 学長室ミーティング ホームページ打ち合わせ 多摩大総研スタッフミーティング 豊田先生、樋口先生 今年最後のゼミ。2月の地域プロジェクト発表会に向けてのゼミ内発表会。本日の4年生の1名の内定追加で、私のゼミの就職希望者16名中14名が内定。88%。多摩の手土産プロジェクトチーム東京ヴェルディプロジェクトチーム多摩市防災マッププロジェクトチーム多摩信多摩センター支店のWinプラザで行われた「ビジネススクエア多摩」の発表会合。私は懇親会の最後の挨拶。BS多摩の意義と、東日本大震災との関連で「関東大震災と偉人の人生」をテーマに簡単な報告。
2011/12/22
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今年最後のセミナーが終わった。秋に講演が集中して来たので大変だと思っていたのだが、何とか乗り切ることができた。10月から12月までの3か月で21件だから、月7件、週に換算すると2件弱の計算になる。レギュラーで引き受けているJR東日本などの民間企業があるが、その上に今年は行政からの依頼が多かったのが特徴だ。自治大学校、消防大学校、市町村職員中央研修所、横浜家庭裁判所、石川県自治研修センター、そして国際協力機構(JICA)などもレギュラーで通っている。行政マン相手の講演や研修は、行政の現場で活かしてもらえれば波及効果が高いので、やりがいもある。今年は消防行政について随分と詳しくなった。JR東は新宿、自治大学校は立川、消防大学校は調布で、JICAは市ヶ谷にあり、多摩地区と京王線(都営新宿線)上なので、この点は便利ではあった。大学と自宅との間を飛び回ることになるのだが、近いのと電車での乗り換えがないということで助かっている。最近は、一回の研修で100人から200人というケースも増えてきた。本来は満足度との関係で30名内という原則でやってきたのだが、ここにきて依頼の回数やこちらの日程調整の関係で、人数が多くなってしまっている。いずれにしても、社会貢献的色彩の強い行政での出講が増えているのは悪いことではない。----------------------本日、以下を読了。志村和次郎「富豪への道と美術コレクションーー維新後の事業化・文化人の軌跡」住友春翆、岩崎弥之助、大倉喜八郎、藤田伝三郎、松方幸次郎、原富太郎(三渓)、大原孫三郎、出光佐三、石橋正二郎、根津嘉一郎、小林一三、五島慶太、野村徳七、原六郎、、、。紹介されているほとんどの美術館は訪問したことがある。参考になった。
2011/12/21
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午前。多摩信用金庫多摩支店オープン記念の寺島学長の講演が京王プラザホテルで行われた。「世界を知る力 多摩を知る力 日本創生の条件」。多摩地区の経営者を中心に300名以上の申し込みがあり、大会場は満杯だった。 信金のような育てる金融が大事だ。 多摩とは何か。多摩川と相模川にはさまれた地域。武田の遺臣の八王子千人同心の八王子。北条水軍の根拠地だった浦賀。天領という性格。明治の自由民権運動、戦後の多摩自由大学などの革新運動、新自由クラブ・細川新党・みんなの党などへの早い関心。 日本のなりわいが変わった。米国を基盤とする通商国家から、大中華圏を中心とするアジアの国へ。 米国からの輸入品。穀物と航空機。 シンガポールの一人当たりGDPは4.9万ドル。日本は3.5万ドル。バーチャルステイト。目に見えない財を創り出す力。病院が多い。バイオ、薬剤。メディカルツーリズム6万人。76%中国人、10%インド人。熱気と殺気。 関越道経由新潟からプサン、そしてアジアへ。圏央道と中央高速・東名高速。山梨。 日本海側と太平洋側の連結。 日本海はユーラシアと日本をつなぐ内海だった。戦後に隔絶の海となった。与謝野晶子はシベリア鉄道で11泊12日でパリへ。東海道・敦賀から海路・ウラジオストックかたシベリア鉄道。帰りはマルセイユからの海路で20日かかっている。 表日本と裏日本の反転。 物流と人流と金流が経済学。講演に先立って、多摩支店の施設を寺島さんと一緒に見学。-----------------------午後。新宿のJR東日本でのセミナー。今日も110人という大人数。アンケートでの今日の「目からウロコ」は一人。私のセミナーは今年からJR東が始めた「マイ プロジェクト」と相性がいい。手法は自由・プロセス重視・成果は成長。-------------------夜。九段の文庫カフェでNPO法人知的生産の技術研究会の忘年会。秋田さんを励ます会。 保険。2位じゃダメなんですか 日本の幸せ研究。 保険。図解。人物の旅。仙台。追っかけ。 成長至上主義。バランス。関西。 28歳から62歳まで知研。土木エンジニア。ジャカルタ駐在。区役所で仕分けに参加。2000万が850万。 入社4年目。11月入会。ファイナンス会社。 多摩大リレー講座、4年皆勤。孫正義。企業は学校。人のいやがる仕事を。人脈。人間関係。プライド。 池袋。習金平。 名著「知的生産の技術」。シカゴ。還暦。仙台太白区。志賀潔。毒と薬の世界史。 ボイジャー、JAXA、NASA、歴史に残る仕事。図解。宇宙と深宇宙。宇宙法。 都立高校副校長。生物。朝7時。水族館と動物園。 勉強。 介護。アルツハイマー。日本の縮図。85歳。 80歳。同窓会に来なくなる。同時代の人がいなくなる。75歳までは元気。 関東大震災に何歳で出会ったか。、、、。
2011/12/20
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多摩信用金庫の多摩センター支店(高野支店長)の開所式に呼ばれた。多摩信と多摩市と多摩大は三者協定を結んだのだが、今年4月からオープンした京王永山駅直結の「ビジネススクエア多摩」に続きここでも協力関係に入ることになる。9時からの新支店オープンの前に、テープカットがあり、その要員としてアサインされた。多摩信のキーマン長島部長や理事長にもご挨拶。支店長と阿部多摩市長のご挨拶の後、多摩センター地区連絡協議会の横山会長、京王プラザホテルの中島取締役などと並んでテープにはさみを入れる。場所は京王プラザホテル直結の目抜き通りに面した4階が支店で、ワーキングスペースやサロンスペースもある。内部階段で3階に下りると、70-80人ほどのセミナーなどができるスペースがあり、こちらはホテルにつながっている。その後、大学に向かう。永山駅から徒歩で坂を登る。大学で客員の長田先生とばったり会ったので、研究室で歓談。長田さんは雑誌プレジデントの副編集長時代から面識がある。神戸大学准教授に転身され、最近東京に戻ってこられた。なんでもよく知っている方で、特に経営者の逸話にも詳しいので、とても勉強になる。今はインターゼミで毎週一緒に仕事をしている。秘書との打ち合わせ。諸橋学部長と相談など。原稿書き。歩いて永山駅へ。駅で金先生と遭遇。話しながら九段へ向かう。韓国関係の本を出したばかりでもあり、正日総書記死去の報でもういくつかのインタビューがあるとのことで、その場所へ向かう途中だった。金先生の見立てを個人的に聞くことができた。九段の寺島文庫ビル3階の多摩大サテライトで、GIN総研主催の寺島さんの年末講演会。2011年の総括と2012年の展望、がテーマ。50人ほどの参加者は、この文庫で行われている各種研究会のメンバーが中心で、メディアや企業の方が多い。多摩大からは、私と金先生と来年度から入るバートル先生。 平岩さんの4万冊の本の行方。司馬遼太郎の書棚は見せるためのもの。都心に磁場、ベースキャンプ。3階ではインターゼミ。例えば多摩学。武田軍団の八王子千人同心。北条水軍を引き継いだ拠点・浦賀。グローカリティ。ローカリティを突き詰めたところにグローバリティ。クラブ。知的環境。面白い場所に。ガラクタコレクター。ミニ博物館コーナー。ペリーの「日本遠征記」のサイン入り原本。マッカーサーの水リー号船上で降伏文書にサインしたパーカーの万年筆。日本に影響を与えた二人の共通項は「抑圧的寛容」。親日派・知日派も。分断統治の思想。2011年の意味--外なる構造変化と内なる危機の同時化 世界人口が70億人超。1950年25億人、2050年93億人。メガシティ(1000万人以上)は1975年3、現在25、2025年29) 冷戦の終焉から20年。米国の存在感の後退。資本主義の驕りと歪みの顕在化。国家管理型資本主義の「成功」-正当性と信頼性の揺らぎ 「9・11」から10年。米国の中東からの撤退「覇権なき中東へ」。アジア太平洋に比重を移行。ドル基軸体制の静かなる崩壊。 日本。3・11東日本大震災の衝撃。地震・津波・原子力。エネルギー戦略。産業の空洞化(円高・労働制約・電気料金コスト高・税金負担増・風評被害・アジアからの立地インセンティブとFTAメリット) 管直人という虚構と野田政権の空虚。市民運動と松下政経塾の限界。失われる構想力と政策科学。 COP17.10年間の空白期間と京都議定書の破たん。無極化(全員参加型秩序) メディアの世界観「米国と中国の狭間)に疑問。トライアングルの一角として何をすべきか。日米の協定締結が大事という提案。 米中関係。大国同士。密度が深い。米中戦略対話。 2035年。4割はシェールガスという予測も。新日鉄と住金の合併比率は1:0735。本来は半分の住金だが、シェールガス関係のシ0ムレスパイプの需要が後押し。 IAEAの本音。エネルギーの多様性の温存。技術先進国として立ち向かって欲しい。 論点は原子力の平和利用に関する技術蓄積。若い優秀な科学技術者の育成で発言権を。終了後、文庫のミニ博物コーナーを見学し、一階のカフェでパーティ。仙台時代からの友人の檜野さんがいたので、途中で蕎麦屋で歓談。
2011/12/19
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NHKの3年越しの大型ドラマ「坂の上の雲」が佳境に入っている。数ある司馬遼太郎作品の中でももっとも感銘を受けた小説である。司馬遼太郎の作品の読まれ方は尋常ではない。2005年現在で200万部以以上の部数の作品は20作品以上で、「坂の上の雲」は「竜馬がゆく」の2125万部に次ぐ1475万部である。すれから数年を経ているので、「坂の上の雲」はもう2000万部を突破している可能性もある。因みに3位の「翔ぶが如く」は1070万部、4位の「街道をゆく」が1051万部だ。途方もない読者数といっていい。ビジネスマン時代には司令官型よりも参謀型を目指していた私は、日本海海戦の作戦参謀・秋山真之をモデルに仕事に励んでいた。客室本部という大きな部隊の参謀時代は、常に自分の組織を海軍に見立てて、秋山の作戦立案や海軍の人事制度などを研究したものだ。さて、司馬遼太郎作品はNHKの大河ドラマの多く用いられているが、この「坂の上の雲」だけは許さなかったといわれている。その謎に那須の乃木記念館で触れたことがある。以下、その2004年当時のメモを以下に記す。-------------------------那須の日露戦争の英雄・乃木希典を祭った乃木神社では、2004年12月から2005年5月にかけて日露戦争100年祭が行われている。2004年12月5日は203高地陥落100周年、2005年1月2日は旅順陥落100周年、3月10日は奉天会戦、5月28日は日本海海戦。この100年祭は「日露両国の殉国者を共に慰霊」という趣旨だった。乃木記念館には「忠孝」と達筆で書かれた乃木の文字やこの那須の地に20年住みながら農業に励んだ「農事日記」が展示されていた。国の富強の大本は農業にあり、路傍に黄金が満ちるといった詩も素晴らしかった。ロシアの敵将ステッセル将軍らとまみえた有名な水師営会見での打ち解けた写真。明治天皇崩御で自刃した時の「遺言條」(大将元年9月12日夜)では第一から第十までの遺言が書き連ねてあり、宛名は妻の静子だった。この時点では静子は殉死する予定ではなかったようだ。軍神とあがめられた乃木の葬儀には20万人という前代未聞の人々が弔問に訪れたという。神社内には53坪の「乃木希典那須野旧宅」が残っていた。「名将乃木希輔」(桑原巌)という書物を神社で購入する。副題には「司馬遼太郎の誤りを正す・附 司馬遼太郎氏を偲ぶ」とある。司馬遼太郎の名作「坂の上の雲」では、乃木希典の軍事的無能を描いてあるが、本書を読めば「司馬氏の著述が如何に事実を誤解し、偏見独断に満ち満ちたものであるかを、容易に了解されるものと確信する」とある。司馬遼太郎が生前、「坂の上の雲」のテレビ化に諾と言わなかったのも記述の誤りによって人を迷惑をかけると感じたからだという。
2011/12/18
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富士山が美しい。多摩キャンパスで、人事委員会、センター入試説明会、SRC(学生研究発表会)、新T-NEXT説明会。九段で、インターゼミ、樋口ゼミ卒業制作コンサート、飲み会、と今日は早朝から延々とイベントが続く。重なっているものもあったため、さすがに全部はこなせなかった。インターゼミ(社会工学研究会)での寺島学長のミニ講義から。 日本に影響を与えた二人のアメリカ人は、ペリー提督とマッカーサー元帥。この二人は似ている。 ペリーが議会に提出した「日本遠征記」(全3巻)を商業出版したサイン入り100冊のうちの一冊を入手した。前大統領フィルモアの添え書き。自作自演的事業。大西洋を廻りで日本へ。 マッカーサーがミズーリ号で日本の降伏文書にサインしたパーカーの万年筆のレプリカを入手した。これは母の使っていた万年筆だった。「ママ、僕勝ったよ」。異常なマザコン。ペリーを意識。日露戦争時に父のお供で横浜グランドホテル宿泊、パイプをくわえて厚木に降り立った日はそのホテルに泊まった。40歳を超えて最初の結婚をするが5年で離婚。57歳で再婚し退役軍人としてフィリピン軍の顧問。日米開戦で蘇える。フリーメイスン。 何でも調べると裏がある。そこから知恵が出て来る。古本屋を歩いていると、しだいにわかってくる。そうでなければ虐げられる側になる。 「日本遠征記」。松本健一「白旗伝説」。袖井林二郎「マッカーサーの2000日」。寺島実郎「20世紀から何を学ぶか(下)」。文庫カフェで開催された「多摩大学樋口裕一ゼミ卒業制作コンサート--雪の魔法がかかるとき」を聴く。ソプラノの森美代子さんとギターの松尾俊介さん。狭い会場で、一番前の席だったので、ソプラノ歌手とギター演奏を目の前で堪能した。前の席の井川君はソプラノの声で筋肉が震えたとの感想を後で言っていた。樋口先生によると窓ガラスが割れるのではないかと感じることもあるそうだ。ギターはふーっと息を吐きながら演奏することがわかった。以下、演目。カッチーニ「アヴェ・マリア」、デラックア「ヴィネラル(牧歌)」、ドリーブ「カディスの娘たち」、北原白秋・山田耕作「ペチカ」、「エストリータ(小さな星)」、武満徹「小さな空」、「クリスマスの歌」、カンシオン「聖母の御子」、「Have yourself a merry little Chiristmas」、「夜鳴きうぐいす」。終了後、樋口先生、山本さん、井川君と近所の居酒屋で歓談。
2011/12/17
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午前は授業。12回目の本日のテーマは「日本への回帰」。扱った人物は、司馬遼太郎・梅棹忠夫・柳田国男・東山魁夷・小野道風、、。冒頭、昨日のリレー講座での嶋中雄二さんの景気好転の予測をし、就職環境がよくなるという話をしてみた。授業後のアンケートでは、この点に喜んでいる学生が多かった。やはり「経済」が元気なことがまず一番大事だ。午後は、3年生対象の学内合同企業説明会の事前説明会に、冒頭の一時間ほど参加してみた。PlanDoSee、美多加堂・エヌアイデイ・SMBCフレンド証券・ハウスメイトグループ・京王設備サービス・ドトールコーヒー・多摩信用金庫・センコー・田島ルーフィング・五十鈴グループの人事担当者の説明を聞いた。その他、タキヒョー・ジェットテクノロジーズ・ライフコーポレーション・積水ハウス・ディーコープ・レリアン・大正製薬・埼玉トヨタ自動車もブースを出していただいた。企業の人事の方の話はそれぞれの現場の息吹が感じられて元気をもらった。3年生は110名ほどの参加があり、盛況だった。いよいよ就職戦線が始まったことを実感した。九段サテライトで学長主宰の大学運営会議。来年度に向けての方向もみえてきた。夜は神楽坂の「椿椿」という面白い店で、講談社の戸塚さん(ジャーナル・ラボの部長)と多摩大4年生の岡君と3人で食事。戸塚さんはソーシャルメディアに突っ込んでいる編集者で、そういう方面の時代の潮流に通じている。ネットで「現代ビジネス」http://gendai.ismedia.jp/を担当している。「ソーシャライズ」というコーナーでは先端的な若い人が書いている。寺島さんを始め共通の知り合い(講談社の土屋さん、丸木さん田中さん、、)も多く、岡君をさかなにしながら愉しい時間を過ごした。こういうところに日本の未来へ向けての胎動が始まっているとの感を深くした。
2011/12/16
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三菱UFJモルガン・スタンレー証券の景気循環研究所の嶋中雄二所長。名刺交換。嶋中さんは旧知の学長ともご挨拶。嶋中さんは日本経済に関するあらゆる最新指標を丹念に追いかけているのに驚く。配布資料は、「12月12日15時時点」という注釈がついている。http://www.sc.mufg.jp/inv-info/bujiness-cycle/index.html結論は「2012年は景気は悪くならない。新興国は力強い。日本は復興需要。米国は良くなってきた。」「日本経済は2013年度末にかけて景気拡張局面が続く。ただし13年度はやや減速。11年度マイナス1.9%、12年度2.7%、13年度2.4%。」ということだ。世界経済は良くなってくるし、日本経済は今から2年は好調になるそうだ。 2012年は米国を中心に世界中で盛り上がる年に。景気上昇圧力。 米国:11月大統領選挙、中国:秋に共産党大会、ロシア:3月大統領選挙、フランス:4月大統領選挙、韓国:12月大統領選挙、台湾:3月総統選挙、北朝鮮:秋に労働党大会。英国:夏にロンドン五輪。 米国オバマ大統領が米国新雇用法案(9月8日):3371億ドルの大規模対策。12年の上期は絶好調に。 米国:雇用は改善基調。製造業のマインドにも底入れ感。消費者マインドは底入れ。 EU:債務危機対策に包括的戦略。金融安定基金の機能強化・IMFの活用・中央銀行の関与。加えて欧州安定メカニズム(EMS)設立・財政規律強化の新たな枠組み・ユーロ共同債。(日本政府の債務残高はGDP比212.7%と高いが国内消化できており信任は高い) 欧州景気:年末に底入れ。 為替:12年央までドル高・円安か? ユーロは回復へ。 中国:ソフトランディングの様相。不動産は下げ止まった。自動車と粗鋼生産は弱含み。金融政策は引き締めから緩和に移行。 新興国(BRICS)は既に底入れ。以上まとめると、2012年は景気は悪くならない。新興国は力強い。日本は復興需要。米国は良くなってきた。 日本経済:政府「緩やかに持ち直している」。日銀「持ち直しのペースが続いているものの、そのペースは緩やかになっている」 第三次補正予算:実質GDPを1%引き上げ(1年間)。補正規模は1次ー4次で合計20.8兆。 公共投資は上向きの動き。マンション、家電、、。 機械受注・輸出:足元はやや踊り場的な様相。 景気動向指数:直近はやや踊り場的様相。 生産活動:10月、11月、12月は、前月比2.4%、マイナス0.1%、プラス2.7% 自動車:12月以降年明けまで堅調。 日銀短観・業況判断:なお水面下だが、12年に上昇。 中小企業と地方:ばらつきはあるものの、改善の動きも。東北・東海・北陸好調。 公共事業の効果でマインドは持ち直しへ。 首都圏:物流・広告・人の流れ・地価に動き。交通、ホテル、空室率、、。 株価と長期金利:転換点 マネーと貸し出しで金融緩和の効果が出始める デフレ基調は変わらず。以上まとめると、日本経済は2013年度末にかけて景気拡張局面が続く。ただし13年度はやや減速。11年度マイナス1.9%、12年度2.7%、13年度2.4%。---------------------矢内事務長。学長室ミーティング。ホームページ打ち合わせ。多摩大総研ミーティング。ゼミ。
2011/12/15
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午後、石川町の横浜家庭裁判所でコミュニケーションスキル研修の講師をつとめた。裁判所関係は、最高裁判所、東京高等裁判所、仙台高等裁判所、宇都宮地方裁判所で講演をしてきているので、今回の家庭裁判所を加えるとほぼ網羅したことになる。最高裁には何度も呼ばれているが、中堅職員が対象だった。仙台高裁は管理職研修、宇都宮地裁は全事務官対象、今回の家裁は係長研修と対象者も多彩だ。家裁でも組織間、職種間の壁があり、横の情報共有と連携が重要なテーマとなっているとのことで、コミュニケーション研修の講師の依頼があった。所属は、小田原支部、相模原支部、総務課、横須賀支部、資料課、会計課、少年部、川崎支部、家事部。以下、官職。全員が事務官と書記官の係長で平均年齢は40歳くらいか。家事訟廷庶務係長、庶務係長、管理係長、資料係長、会計係長、少年訟廷記録係長、人事第一係長、用度係長、統計係長、庶務係長、文書係長、人事第二係長、庶務係長、会計係長。事前にいただいた資料をめくってみた。 家事新受事件の過去5年間の推移をみると、審判、調停、人事訴訟ともすべて増加傾向にある。家族のもめごとが増えている。 人事訴訟という分野では、全国の家裁での昨年実績では、離婚が全体の87.6%と圧倒的で、離縁、親子関係存否確認、認知などが2%台である。離婚訴訟事件の平均審理期間は10.7か月となっている。夫婦の離婚問題がもっとも多く、そのことが他の訴訟にも影響を及ぼしている。基本は夫婦ということだろう。 少年保護事件とは20歳未満の少年の非行や犯罪などを示すが、こちらは過去5年間の推移をみると着実に減少している。 成年後見関係事件では、80歳以上の男女に対するものがやはり多い。申し立ての動機では、財産管理処分が圧倒的に多い、後は身上監護、遺産分割協議と続く。講義の始まる前に家裁の中を研修担当の女性係長に案内してもらう。審判廷、面接室、調停室、法廷、調停委員控室などを見せてもらう。横浜家裁には支部を含めて300人ほどの職員がおり、この本館と別館では180-90人ほどの職員が働いている。調停委員と思しき品の良い年配者と多くすれ違った。横浜家庭裁判所所長の成田判事、太田事務局長にもご挨拶。今回の研修の最後の発表の場面では事務局長も傍聴してもらった。今回のセミナーの終了後のアンケートは後で送られてくることになっている。反応が楽しみだ。
2011/12/14
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午前は大学で入試パンフレット用の取材を受ける。社会で活躍している教授ということで何人かが取り上げられるという企画で、小論文の樋口裕一先生と図解の私との対談という趣向である。一時間強の対談だったが、聴き手が上手だったので、気も持ちよく主張や授業の様子を説明できた。樋口先生との対談は、ダイヤモンド社の「図解VS文章」や中公新書ラクレの「対話力」や、対談公講演などでよくやっているが、今回もなかなか面白かった。この内容もパンフで少し載せるのは惜しい。終了後、秘書の近藤さんや学長室の高野課長と仕事をこなす。それから新宿に出てJR本社に向かう。途中、学長から電話。総勢120名の受講生に対して3時間半の講演と実習を行うセミナー。終了後、湘南新宿ラインで横浜、そして横浜みらいホールの大ホールへ。富田勲・源氏物語芸術祭2011--電子楽器演奏と人形舞でつづる、富田勲による源氏物語の新世界」を堪能する。「自分の中にオーケストラを持っている」という橘ゆりの電子オルガンの素晴らしいソロ演奏。文楽や人形劇とは異なる独自の絢爛たる舞台である「人形舞」で、時には黒子、時には人形の相手役となりながら独特の美的世界を展開している注目のホリ・ヒロシ。そして、富田音楽の集大成ともいえる「源氏物語幻想交響曲絵巻」を完成した富田勲。「序の曲」「桜の季節、王宮の日々」「北山の寺院--美しい童女・若紫」「葵の上--六条御息所--生霊」「浮船」「出家の笛」「再び訪れる春」「終曲 平家の世へ」。この三者のコラボレーションで、驚くべき幻想的な舞台が現出した。怖くなるほどの交響曲の凄さを一人で演奏する音楽と、人の感情を見事にあらわす大型の人形の舞の素晴らしさに大ホールの人たちはは息をのみながらの観賞となった。第二部は、「謹訳源氏物語」全10巻のうち7巻まで完成させた林望(リンボー)先生の「今を生きる--そして源氏物語」というテーマの講演。だった。 源氏物語には、エロスとしての生々しい恋物語、コミカルなユーモア小説、恐怖のスリラー小説、という面がある多面体の作品。そしてそれ以上に、人間の生き方をありのまま、生命の実相を描た小説だ。 理想の男に関わった女たちの物語だ。幸福な人は一人もいない。悪人も一人もいない。誰もが思い当る節のあらゆる不幸が散りばめられている。 実に正確に書かれている作品。形容詞もそうだ。「ろうたし」(いたわりたくなるようなけなげさ、よわよわしさ)、「うるわし」(完全無欠、やや批判的な意味も)、「うつくし」(かわいい、大事に思う)、「なまめかし」(生身のうつくしさ、清潔さ)。どの時代にも変わらない「もののあはれ」を描いている。以上を話したうえで、源氏物語の原文を見ながら林望先生の訳を重ねて聴くという趣向で、リアリティを感じながら源氏の世界を垣間見ることができた。終了後、招待していただいた富田勲先生を囲んで仲間と一緒に記念撮影することができた。
2011/12/13
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昨年出した「知的生産手帳」が進化。 A5版から四六版にやや小型化してハンディになった。 年度版からDIY版となり、いつからでも始められる日付記入式になった。いつからでも始められる「日付記入式」手帳!あなたの人生を「視覚化」するための人生計画手帳。知的生産の技術研究会の40年におよぶ研究成果を凝縮し、「一生→年→月→週→日→一瞬」と人生計画をシステム化し、手帳に書き込むだけであっという間に自分のキャリアデザイン戦略を立てることができる。1月スタートでも、年度に合わせた4月スタートでも、手帳利用者の都合・用途に合わせて1年を自由自在にデザインできる、いつからでも始められる「日付記入式」手帳です。
2011/12/13
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P出版社の編集長と九段の文庫カフェで面談。いくつか企画についてのブレーンストーミングがあり、最終的にある企画に収れんした。f:id:k-hisatune:20111212164437j:imageその後、フリー編集者の柴田さんと今後のことを相談。いいコラボレーションができそうだ。大手町の富士メガネ。ここのメガネは、松下幸之助や司馬遼太郎が贔屓にした職人の店。途中、メールでJ出版社の面白い企画が通ったとの連絡があった。年明けからこのプロジェクトが始まる。19時からは赤坂サカスの赤坂離宮で「元祖The CLUB」の食事会。20年以上の歴史を紡いできた同世代の仲間の会で、この会だけは仙台時代もスケジュールをやりくりして出席を続けてきた。もともとは有名企業の広報・宣伝関係の管理職とメディア関係者の集まりで、定期的に飲み会や旅行などを一緒にしながら、それぞれが成長を続けてきた。f:id:k-hisatune:20111212210252j:image今日の一句(フォト575) 肩書が付くと おじさん 偉く見えまだ現役の人も多い。JR東日本の小がた副会長、NTTレゾナントの中嶋社長、ニッポン放送の宮本常務、それからマッキンゼー出身の評論家の波頭亮さん、写真家の真下さん、名古屋から戻った日経首都圏印刷の杉本顧問、ダイムなどの編集長を経て悠々自適の中島さん、ソニー関係の著作権ビジネスのトップをやっていた岡田さんは今は何をやっていたかな、、。今日は名幹事のサントリー出身のギリーの渡辺さんは海外出張で不在。パリの外資企業でコンサルタントをしている今北さんはこの会に駆け付ける予定だったが、急きょキャンセルになった。小がたさんと中嶋さんは先日、シリコンバレーのアップル本社で遭遇したとか。大震災、タイの水害、ソニー、若者、メディアの問題、、、など最新の話題と情報と独特の見方を持っているメンバーだけに、あっという間に時間が過ぎていった。JR東は震災当日700本の列車が走っていたそうだが、地震自体での死亡者はなかったそうだ。2004年9月28日のブログ開設以来のこの会のことは以下で記してあるが、これによるとほぼ半年ごとに会っている計算になる。日本経済とともに生きる日本のビジネスマンの動向がよくわかる会だ。2011-07-25 「元祖ザ・クラブ」--話題は、中国高速鉄道事故、原発事故、地デジ、 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/201107252011-02-10 鉄道の輸出、マンガ、アニメ、デジタル製品、旅行、、。 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/201102102010-09-22 飯田橋のホテル・メトロポリタン・エドモントにて http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/201009222010-02-10 「元祖 The Club」は、20周年。 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/201002102009-08-26 「元祖 The Club」も、そろそろ20周年か、、 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/200908262008-10-27 駅長イチオシおいしい東日本を食べる会 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/200810272008-03-15 今北純一さん、波頭亮さん、、、。 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/200803152004-10-29六本木ヒルズ最上階のCLUBでTHE CLUB」を開催 http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/20041029
2011/12/12
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午前中の多摩キャンパスでの学部運営委員会を終えて、九段サテライトへ。今日は、京王永山と多摩キャンパスを歩いて往復した。16時20分から、インターゼミ(社会工学研究会)の最終発表会を開催。 ディズニー班テーマ「ディズニーの人材育成を通じた社会貢献の可能性について」。昨年のテーマ「ディズニーのキャラクタービジネスのからくり」、一昨年のテーマ「ディズニーの歴史と特徴(TDLとピューロランドの比較から」。コメント:自分も働きたいか? 多摩学班テーマ「中里介山・白洲次郎にみる新中間層の成り上がりと多摩地域の関係」コメント「大菩薩峠」(思想小説、、)を読んだか、微妙な立場の天領多摩 震災と日本再生班テーマ「東北グローカル・イノベーション」コメント:事業形態、ケーススタディ、リアリティ、自分もやるのか? アジアダイナミズム班テーマ「日中韓の「偉人」から何を学ぶか」コメント:歴史的人物、、、本日のプレゼンを経て、二週間後の12月24日に論文提出となる。----------------発表会の前に長田先生の大学特集関係のMOOKの学長インタビューに同席。キーワード「課題解決力」「地政学的知」「人間力」。「時代との相関、レレバント(関係性)、自立自尊、文献とフォールドワーク、アジアダイナミズム、深すぎる自己規定・固定観念からの脱却、道標としての先生・先輩、空気、実学志向、体験の体系化、現場で役立つスキル・エクスパティーズ、知的構え、、、、」------------------インターゼミ終了後、「震災と日本再生」チームとの打ち上げ会に参加。発表した学生達への慰労。多摩学チームとも合流してとても楽しい会になった。
2011/12/10
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本日の「マネジメントデザイン2」の授業。11回目。テーマは「飛翔する構想力」。取り上げた人物は、後藤新平・棟方志功・水戸光圀・松下幸之助・手塚治虫・石ノ森章太郎・宮崎駿。前回のテーマ「修養・鍛錬・研鑚」では、安岡生篤・新渡戸稲造・朝倉文夫・野口英世・小泉信三・サトーハチロー・二宮尊徳・佐野常民・星野富弘を取り上げた。以下は受講生の感想。・良く知っている歌の作曲者がサトウハチローだと知って驚いた。新渡戸稲造について興味を持ったので調べて見たいと思った。・アルコール中毒+ニコチン中毒の様な人間であっても繊細な人の心を打つ作品を作ることができ、繊細だったから、酒におぼれたのはないかと思った。・野口英世は千円札に載る位有名な人で興味を持った。病気の研究をしていたことを知った。・野口英世を図解し、様々なテーマに取り組み、人々の命を救うためにしていたことがすごいと思った。・新渡戸稲造の「日本の魂の源・・・」は納得した。星野富弘の詩画に胸が熱くなった。・新渡戸稲造と野口英世の、精神面を主体に図解してみたい。・安岡正篤さんの「自分は突き詰めたところ、何になるかと言えば、自分は自分になる“完全な自己”になるということだ」、自分はまだ完全な自己ではないからもっと頑張ろうと思った。・図解について分かってきた。いかに相手に理解してもらうかが大切だと思う。・サトウハチローを図解した。人物を図解していくと、その人を理解することが早くなった。・新渡戸稲造を図解した。「武士道」を学べて良かった。機会があれば読んでみたい。・図解の時間をもう少しほしい。・野口英世に改めて興味を持った。黄熱病の研究にいたるまでの活動や生い立ちも気になりました。・旧5千円札の新渡戸稲造ですが、作品も多く出展しているそうなので、触れてみたいと思います。・何名かの話しを聞いて、強い衝撃を受けた・安岡正篤が気になった。言葉の多くが興味深く本など探してみようと思う。・村上さんの講義を聞きたかった。・初めて読んだ伝記は、野口英世だった。どんなハンディキャップがあっても努力をすれば必ず夢は叶うんだと思った記憶が蘇ってきました。・偉人たちの人生は濃いので図にするのは、容易ではないと思った。・自分が尊敬できる偉人を見つけたいと思った。・サトウハチローがこんなに多才な人だったとは、思わなかった。・今回の偉人達は、すごく思い人達ばかりなので、書く内容が多く、良い図解が描けると思った。・自分の興味がある人の図解を作るので、調べてから作成したい。先生のデジカメはどこのメーカーですか?・先生の「今日は生涯の一日なり」という言葉を朝見ると、今日という日に真摯に向き合えます。・小泉信三さんは経済的なこと以外に、スポーツに力を尽くしていてすごいなと思った。・うるさい人がいた。追い出しの希望が出ているのに、追い出しがないのはなぜか?・歴史に名を刻む人は、共通して、自分の信念や志が強いと感じた。・他の人の図解を見て、いろいろな書き方があったので勉強になった。・会津の人間として野口英世の図を書いた。記念館に行ったことがあるので懐かしく感じた。・サトウハチローの様に、どんなに崩れて荒れたとしても、自分の得意とするものに真剣になれるようになりたいと感じた。・今まで名前だけで満足していた偉人に対して、生い立ちなど教えて頂き、興味が沸き、凄くためになります。・小泉信三の図を描いた。何度も書いているので図解になれてきました。・多くの偉人を深く知ることができた。歴史の授業などで教わった人物たちも、今日の講義で新しいことも知れた。・暗くなる生涯を送っている人ばかりだった。タイプ毎の評判、面白かったです。・野口英世の身長の低さに驚いた。様々な国で、彼の象徴となるものが存在していて、彼の偉大さを物語っていると感じた。・サトウハチローは今で言うヤンキーだったと感じた。昔の人は、こういう人を何と呼んでいたのかが、気になりました。・新渡戸稲造の武士道を読み返してみようと思った。・野口英世は、記念病院がたくさんあり、たくさんの人達から評価され、ノーベル賞の候補にもなっていて、凄い人物だということがわかった。名前だけ知っている偉人も、この授業で深く知ることができ、自分のためになると思った。・朝倉文夫を、家に帰ってから調べたい。・周りの人と話し合いができてよかった。・安岡正篤は、歴史が変わったときに関わっていてかっこいいと思った。・サトウハチローは過去があるだけに人一倍努力してきたのだろうし、過去がなければこういう人生になってなかったと思う。・二宮尊徳の「勤倹・分度・推護」という言葉は、今の日本人こそ学ぶ必要があると感じた。・「平成」という年号の由来を知って面白かった。・サトウハチローの、有名な歌を作っている裏で、お酒やたばこを多量に摂取していたことに驚いた。・リレー講座の解説の、図はわかりやすい。・二宮尊徳が戦争の影響で嫌われているのは悲しい。しかし、戦争の象徴になっているということはそれだけすごい主張の持ち主だということを表していると思う。・平成の名付け親の安岡正篤氏。影響のある人というのが確認できた。・偉人である人たちは、皆、どこかに欠陥がありながらも、生きていく術を持っていると思った。・野口英世は、「忍耐」という言葉が一番にくる人であり、これほど修養をしたから偉大な結果が出たと思った。・星野富弘さんの考え方や感情が繊細で一番心にきました。結婚の仕方もかっこいいです。・重たい人生の人が多くせつなくなりました。野口英世はやはり凄い人だと思いました。・サトウハチローはみんなに愛される歌を作っていたのに、アルコールやニコチン中毒なのが不思議だった。どんな人からも、いろいろ学ぶことができる人になりたいと思った。・不良少年サトウハチローが、童謡を作った人物だと聞いて大変驚いた。平成の意味が「地平らかにして天なる 内平らかにして外なる」ということを初めて知った。・偉人の経歴を知ることで、精神を学び、自分が成長できる気がする。・今日の人物はお札の人が多かった。野口英世記念館に行ったことがあります。・今ある問題を解決しつつ、その先を考える余裕のある人間こそ偉人だ。・新渡戸稲造は改めて凄い人だと思った。・小学生のころ、野口英世とエジソンの本を読んだが、その二人がつながっていたとは知らなかった。興味深かった。・最終課題で誰を選ぶか迷ってます。・星野富弘がここまで有名だとは知らなかった。人は支えられているなと思いました。・偉人の歴史を知ることで、自分の生き方に反映できる知識・指針を手に入れることも同時にできたので、役立てたいと思います。・授業はただ受けるだけではなく、自分のものにすることが大切だと思いました。・偉人と呼ばれる人は、努力が源となっていることがわかった。・新渡戸稲造が一番好きになりました。・今回の人達は、自分のやりたいことをやって名を残している人だと思いました。・野口英世は、知っていたがどのような人物なのか知らなかった。位人生を過ごしたのだなと悲しくなった。・新渡戸稲造は仕事熱心で、まっすぐな人だったと感じた。自分も何か夢中になれることを見つけたいと思った。・安岡正篤を図解した。図解を書きながらこの人物を少しわかりました。図解を書くことはとても好きで面白いです。・何事も諦めない継続な力が大切と分かった。志が高いから目標に向かって努力し続けられるのだと感じた。偉業を残すには修養・鍛錬・研鑽が必要。日本人らしい偉人が多かった。・サトウハチローは変な人だと思っていたら、知っている童謡ばかりだったのでびっくりした。・サトウハチローについて話し合った。変わった人だったけれど作詞に関してはすごい人であったんだと思う。・新渡戸稲造の人生の膨大さに驚いた。与えられた仕事を投げ出さず全うする姿勢を見習いたいと思います。・二宮尊徳の「勤勉・分度・推譲」の思想を初めて知った。・「辛いという字があと少しで幸いという字になる」という星野富弘の言葉が胸に響いた・授業は色々な人が出てきたのでちょっと忙しかった。・慶應といえば”福沢諭吉”だが、小泉信三もこんなに貢献し関わっているとは思わなかった。・新渡戸稲造は日本の魂を世界に発信した先駆者として、本当に大切な役割を見事に果たしたと思う。外国人は「サムライ」が好きですが、この人の影響も大きいのかなと思いました。・最近図解に慣れてきて、他の授業のレポートなどでも利用することがあり、助かっている。・今回の人物のほとんどが波瀾万丈の人生を送っていて驚いた。偉人として受け継がれていてすごいと思った。・安岡正篤・・・「平成」という名に意味があるのに驚いた。新渡戸稲造・・・「日本の魂の源を、仏教・神道・儒教から説明しているが、この3つの言葉の中に深い意味を込めていて凄い。・サトウハチローはとても自由人。だけどハチローの周りにいる人はみな心から笑っている。そんな人柄の人は今の日本に必要だと思った。・佐野常民が偉大な人物だということが分かった。こんな偉大な人になることができるのであろうか。いやできる!・今と昔の人を比べると、昔の人の方が身近な所に有名作家などがいたように感じる。次回はわりと最近の人の話も聞いてみたい。・若いときに天才なんて言える人はいなくて、死ぬ直前に言われるという話を聞いて、納得しました。努力することに前向きになれそうなだと思います。・一番心に残ったのが、星野富弘さんでした。たしかに辛いという字はもう少しで幸せという文字になるというのはなるほどと感心させられました。--------------------------------------------夜の大学院の「コミュニケーション経営論」は、「放射線と原子力災害」をテーマとした授業。砲遮煙や放射性物質・その影響・防護の方法・原子力災害と法令・放射性物質の輸送。
2011/12/09
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花の画家」と呼ばれる日本画家・堀文子さんは93歳の今でも現役だ。「サライ」のエッセイをよく読んでいるが、「致知」の新年号にインタビューが出ていたのを興味深く読んだ。厳しい生き方だ。 四歳の時に体験した関東大震災の影響。、、私の家に年をとった婆やがいて、驚くことに安政の大地震を知っていた。でもその人が総大将になって、、、 その時、「あるものは滅びる」って声が電流のように全身を貫いた。幼い心が悟りを受けたのです。 、、皆さん、褒めてくださいます。貶す方はおりません。危険なことです。 恐怖の連続です。そして絶えず、ああ、ダメだ、無能だと思う。その無念が私の道標で、私に絵を続けさせている原動力です。満足したことはない。 大抵は若い時にちやほやされて、ダメにされるんです。 自分を堕落させるのもよくするのも自分なんだ。 安全な道はなるべく通らない。不安な道や未知の道を通っていくとか、獣道を選ぶとか。大通りはつまらないと思っている人間で、それがいまでも続いている。 いつ不安の中に身を置いて、昨日をぶち壊していくということです。ですから学ぶよりも「壊す」というのが私のやり方です。そして過ぎたことを忘れることです。 いつも自分を空っぽにしておくということです。 私には必ず不安なほうを選ぶ癖があります。そのほうが初めてのことでビックリするから元気が出ます。とにかく自分をビックリさせないとダメです。 「群れない、慣れない、頼らない」 最後の最後まで、少しでも、一ミリか二ミリでもいいから、上り坂でいたいと思います。そして惨めに死ぬのではなく、生き生きと死にたい、と思っております。同じ「致知」には、日本永住を決めたドナルド・キーンさんのインタビューが載っている。「源氏物語」で目覚めたキーンさんは、日本研究にのめり込み、「明治天皇」、「足利義政」、「渡辺崋山」などを書いている。キーンさんは「日本文学の歴史」というライフワークは25-26年かけて完成させている。そして有意義な仕事をすることに生甲斐を感じているキーンさんは、まもまく完成する「正岡子規」、そして平賀源内」の研究も考えている。 新しい研究に取り組もうと思ったら、テーマを問わず、まず自分の視点を明確にして多くの書物を読み込まなくてはいけません。貝原益軒(1630-1714年)の話も「致知」にある。福岡黒田藩の藩儒が退職を許されたのは71歳。それから著作に専念し、74歳から84歳まで「益軒十訓」と呼ばれる書物を書いている。「筑前国続風土記」「五倫訓」「君子訓」(74歳)、「大和俗訓」(79歳)、「大和本草」(80歳)、「楽訓」「和俗童子訓」(81歳)、「五常訓」「家道訓」(82歳)、そして最後に有名な「養生訓」を書いたのは84歳であった。今月号の「致知」は充実している。-------------------------学内にて。いくつかの会議やゼミの合間に来訪者と面談。 内閣府官房の地域活性化担当の長谷川企画官と名刺交換。年内に発表される総合特区の話を聞いた。 出版に力を入れるY社の編集者が来訪。企画がまずひとつ確定したが、この会社の事業との関連でいくつかのアイデアが出て方向性がみえてきた。 B出版社の社長さんと知り合う。
2011/12/08
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大手企業での講演と研修。本日は「図解文章法」を講義し、実習もやってみた。図で考えれば文章がうまくなる価格:1,155円(税込、送料別)以下、アンケートから。「目からウロコ」と書いてあったのは二人。 図解文章法を学び文章がこんなにも書きやすくなるのとびっくりしました。 自由に文章を書いた際にもこんなにもスムーズに書けるものかと感じました。 図から文章にするのは新鮮でした。 私自身、文章が苦手にもかかわらず内容がはっきりしているため、うまく文章を書けて驚いた。 最後までブレずにふくらませることができた。 文章の書き方についての考えが変わった。 文章が苦手な私にとっては大変有意義な内容だった。 図が骨格になるのでぶれることなくわかりやすい文章が書ける 今まで箇条書きにメモして文章を書いていたが、これからは図解文章法を使います。 新しい手法です。 文章がスラスラ書けることにビックリしました。 しっかりした図をもとに文章が校正できることを学んだことが収穫だった。 スラスラ文章が書けました。 図に考えがまとまっているのでえ、文章はスラスラ書ける。 文章がまとめやすくなった。 表現のバリエーションを書いてある本は多くても、書く内容について教える本はない。正しい文章は無く、あるのは上司の書き方だけだ。この二つはとても新鮮。 「文章の設計図」という考え方に感銘を受けた。 新鮮でした。 文章力向上には図解のスキルを習得することが効果的だと理解できました。 論文の質が高まる。 有用性が実感できた。 意外とスラスラと書くことができた、骨格である地図通り、迷わずに書くことができた。 書く作業が大変楽になることが体験で実感できました。 図解ができると文章が書けるようになることに納得した。 理解できていれば文章もすぐに書けることに驚いた。 いつもは悩みますが、今回はすぎに構成が頭にうかび、すぐに書けました。 文章に対する考えを変えなければならない。 効率的で無駄のない文章を書ける。 思った以上に文章が作成しやすく驚きました。 文章をスラスラ書く事ができた。
2011/12/07
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藤沢周平記念館は2010年に刊行した「藤沢周平記念館」という小冊子から。教師になって2年の24歳の青年教師は結核になり6年間の闘病生活を送る。結核療養所を出た時には藤沢はすでに30歳になっていた。「面白くてしょうがなかった」と述懐する業界新聞も記者をこなしながらせっせと懸賞小説に応募するため土日は書くことに専念する。デビューは44歳という遅咲である。この療養中に俳句を始める。そこで省略、簡潔、凝縮という武器を身に付けた。1973年に45歳で直木賞を受賞。46歳で独立し1997年までの26年間の作家生活に入る。単行本、文庫本を合わせて74冊を書く。69歳で死去。肝臓が悪く、食後30分は横になる習慣があり、8時間は睡眠をとっていた。常に体調を気にしながらの生活だった。体温は35度台と低かった。煙草、コーヒー、辛い物、熱い物が大好き。果物が好物。デビュー作で画家・北斎を描いたが、目指したのはライバル・広重だった。北斎のように人を驚かす斬新な構図をとらずに、人間の哀歓が息づく風景という人生の一部を切り取った広重のような作風が藤沢周平のものだ。以下、2006年の「北斎と広重」展(仙台三越店)--原安三郎秘蔵浮世絵風景画コレクション初公開をみた時のブログの記述から。 歌川広重(1797年ーー1858年)は、北斎より37年後に生まれた。13歳で定火消同心の家督を継ぐが、15歳で歌川豊広に入門し、27歳で家督を譲り制作に専念する。大胆な構図を得意とした北斎に対し、 「江戸のカメラマン」と呼ばれた広重は写生的な作風だ。ゴッホ(1853--1890年)は、広重の晩年の作に強い影響を受けている。 代表作である「東海道五十三次之内」は、北斎の富嶽三十六景と比較されるが、広重は道中の臨場感を出すために人物を大胆に配し、観る人に旅の疑似体験をさせようとする意図が見てとれる。 北斎と広重という二人のライバルは、作風、画名の考え方、生活のレベル、主観と客観、弟子の多少、死への考え方など、対照的な人生を送っている。 小説を書くということはこういう人間の根底にあるものに問いかけ、人間とはこういうものかと、仮に答えを出す作業であろう。 これが人生だという説教を私は好かないので、うしろにぼんやりとそれらしきものが見える小説が書ければいいとねがうだけである。 時代小説、、「物語プラス史実」とでも言うべきもの 歴史小説を書こうと思ったら、わからないところは想像で補うしかありません。 小説というものは、、、そこにいかに人間が描かれているか、その人間の織りなす人生が、どのように描かれているか、それが小説の生命なのです。「海辺に立って一望の海を眺めると、水平線はっゆるやかな弧を描く。そのあるかまきかのゆるやかな傾斜弧を海坂(うなさか)と呼ぶと聞いた記憶がある。うつくしい言葉である。」この海坂が「海坂藩」となった。「海坂もの」と呼ばれる作品は、長編10本、短編21本を数える。井上ひさしは、手製の海坂藩城下の地図を10枚以上もつくっている。井上ひさしの理想郷だった。
2011/12/06
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宮城大学時代のゼミ生である太田くんの結婚式のために仙台へ。人前結婚式なので、本人たちの挨拶があったり、友人代表の挨拶があったりする。ディスコ勤務の新郎と慈恵医大勤務の看護師の新婦はともに宮城大の五期生。新婦も私の講義を受けている。仙台での式なので大学時代の友人が多い。楽天に転職した人、仙台に戻った人、東京の病院勤務の看護師で東北大の大学院で専門看護師の勉強している人、東京に出てコンサル会社に入った人、、、などそれぞれキャリアが積み上がっているようだ。披露宴では、新郎上司と新婦上司に続き、恩師ということで私も挨拶を述べた。美人は覚えている、顧客満足ゼミ、活性化プロジェクト、冷静沈着素直優しく礼儀正しい、若者のキャリア開発という志、多摩大キャリアセンターでの遭遇、ゼミ東京同窓会、仕事歴学習歴経験歴、吉川英治、夫婦の成功は人生の勝利、平凡だが最高、、、、。ザスイートクラシカという結婚式場は、よく情報をつかんでいる司会者、会場スタッフのパフォーマンス、鮨バーなどのイベントなど、よく工夫された運営だった。この業界も競争が厳しく活性化されているのだろう。太田君の人柄そのままの、とてもいい結婚式だった。教え子の 結婚式で 若返る
2011/12/05
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朝7時過ぎの高速バスで太平洋側の仙台から日本海側の山形県鶴岡市へ向かう。2時間20分かかった。昨年4月にオープンした藤沢周平記念館は、雨の中に静かに佇んでいた。朝が早かったため、一人でじっくりと見ることができた。蝉しぐれ、三屋清三衞門残日録などの作品に出てくる風景写真に、風や水の音を配した工夫で始まる。藤沢周平全作品が表紙を見せて並ぶコーナーがあり、1973年の暗殺の年輪から、1999年の藤沢周平句集、そして1992年から2002年にかけて刊行された藤沢周平全集全25巻別巻がならんでいる。単行本を数えてみると74冊あった。武家ものでは、微禄の藩士、次男坊三男坊、厄介叔父、浪人などが藤沢作品の主人公で、司馬遼太郎作品のようなスーパーヒーローはいない。どの主人公たちも矜恃を持っている。原稿用紙に書かれた文字は小さな字で、うまいとはいえない。原稿には框、硯、閾などの文字もあり、編集者の手で読み仮名がふられている時代小説には、今日に通じるテーマを含んでいなければならない、という姿勢であった。たそがれ清兵衛という作品は、病にある妻のために下城の太鼓が鳴ると早々に帰宅する下級藩士の物語だった。「歴史小説における事実の重さは、時代小説の比ではない。想像力はこれらの事実をもとに動き出すからである。」「 一面的でない複雑さの総和がむしろ歴史の真実である。」練馬区大泉学園の自宅の六畳の書斎が復元されている。パーカーの中細の万年筆、コクヨの原稿用紙を愛用している。文机を使っていたが、腰痛のため机と椅子に変えている。小さな机だった。北斎の富士がかかっている。市井ものでは徳川後期の江戸を舞台にしており、深川に題材をとったものが多い。無名の庶民を描く市井ものは、「真に人間を描き出すことで勝負しなければならない厳しい小説」であると語っている。伝記小説は、史実を柱にわずかな空白に踏み込んでいく。一茶、長塚節などウを描いた作品を購入した。藤沢周平(1927年生まれ)は俳句を詠む。色紙には常に「軒を出て 犬寒月に 照らされる」という自作の句を書くという習慣だった。他には以下の句が印象に残った。汝を帰す胸に木枯鳴りやまず桐咲くや田を売る話多き村大つらら崩れる音す星明り吃音に悩んだ小菅留吉は、15歳で鶴岡中学夜間部に入学する。昼は鶴岡印刷所に勤める。16歳で黄金村役場に勤める。19歳、夜間部を卒業し山形師範に入学。22歳、湯田川中学校に赴任。24歳、肺結核。30歳、退院し業界新聞に。33歳、日本食品経済社入社。日本加工食品新聞。335歳、藤沢周平を使い始める。36歳、昭和医大病院で妻死去。44歳、オール読物新人賞。46歳、直木賞受賞。47歳、日本食品経済社を退社。67歳、朝日賞。68歳、紫綬褒章。70歳、死去。この人も44歳でのデビューであり遅咲きである。業界新聞の記者をしながら、懸賞小説に応募するために休日はひたすら執筆に明け暮れていた。1973年に直木賞をとった時、「到達点ではなく、出発点になった」と語っており、その後の大活躍につながっていく。子供には、「人なみの人間としてきちんと世の中で生きていけること」を望んだ。子供の回想の中に「平凡に家族仲良く病気や怪我をしないで健康で平和に暮らせるという、、。ただそれだけのことです」とある。鶴岡の成人式に贈った言葉。「他者を理解出来る人に 」「 一人で熱中できるような良い趣味を身につけてはどうでしょうか」北斎を描いたデビュー作「冥い海」を帰りのバスで読んだ。直木賞の「暗殺の年輪」を読み始めた。この記念館は、2010年に4月にオープンしているが、現在までに140万人の訪問者があった。鶴岡の名所になることは間違いない。横綱柏戸記念館。座右の銘は、前進。柏鵬時代。阪神、柏戸、目玉焼き。夜は仙台。
2011/12/04
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午前のマネジメントデザイン2の10回目の授業。f:id:k-hisatune:20111202114359j:imageテーマは「修養・鍛錬・研鑚」。取り上げた人物は、安岡正篤・新渡戸稲造・朝倉文夫・二宮尊徳・小泉信三・野口英世・サトーハチロー・佐野常民・星野富弘。------------------------------午後は、消防大学校で講義。幹部科の受講生は36歳から53歳までで、平均年齢は47歳。北は北海道函館市消防本部から南は鹿児島市消防局まで総勢65名。階級は消防指令がほとんど。役職は係長と課長補佐級。予防係長、救急総括主幹、当直司令、中隊長代理、主幹、危険物係長、分隊長、人事課主幹、課長代理、課長補佐、隊長、小隊長などの役職がついている。全体のカリキュラムや資料をみると、消防という仕事の大変さを垣間見ることができる。「リーダーシップ論」「緊急消防救助隊アクションプラン(東海地震支援編)消防応援活動調整本部図上訓練」「消防と医師との連携」「放射線の基礎知識と原子力災害対策」などの資料が目についた。f:id:k-hisatune:20111202170053j:image「放射能の強さはを示すベクレルはボクシングのパンチの数、吸収線量を示すグレイはパンチの威力、放射線が人体に与える影響を示すシーベルトはダメージ(けが)の大きさ」と書いてあった資料には、以下のデータもあったので勉強になった。 一年間に私たちは2400マイクロシーベルトの自然放射線を受けています。 一度に10万マイクロシーベルト以上受けた場合に体に影響がでます。消防と医師との連携の講義では、具体的な場面を設定して、最先着隊の隊長の場合どうするかなどの問いに答える討論をしている。図上訓練では、災害対策本部を構成する立場につけてロールプレイングをシミュレーション室で行っている。本日の私の講座の受講生の反応から。 ものの見方が変わった。 視野が広がった 理解している事柄、理解していない事柄が明確になった。 考えることの本質をとらえている。 ここまで深く考えたことは無かったので疲れました。 苦手な部分が浮き彫りになった。 発想が広がった 頭がカタクなっています。 自分の頭の中を知ることができました(空っぽ)。 自分の周りが見ていなかったことに気づきました。 部下、自分、上司の目線の山から見る考え方は参考になりました。
2011/12/02
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リレー講座は、元グーグルジャパン代表の村上憲郎さんが講師。テーマ「スマートグリッドが切り拓く新生スマートニッポン」。 電線(電力網)とインターネット回線(情報網)が論理的に束ねられる時代。スマートグリッド(賢い電力網)。 実現は2020年。8年後。 家電がインターネットに接続する。=IOT=internet of things(物同士がつながる)--スマートハウスへ 消費電力の見える化-と消費電力の操作可能化 スマートアプライアンス(見える化と操作可能化)---スマートコンセント(見えるか化と制御・FX-5204PS スマートメータ(ドイツ実用化)--カッコいい・twitterアカウント保有(物が人にコミュニケーションをとる)--2020年に8000万本必要(1年1000万本) 家庭のデータは誰のものか? 電力会社のものではなく、消費者のものだ(サービス提供時の自由度の確保) どのルートで消費者に渡すか? 電力ルートではなく、直接消費者に渡す 設置場所はどこか? 戸外でも戸内でもOK ロケットサイエンスではなく、既存の技術の活用------------------- アメリカは2000年のカリフォルニア電力危機--市場メカニズムによってピークをシフトする!(テデマンドレスポンス・ネガワット取引制度)を導入 日本でも来夏は強制カットではなく、デマンドレスポンスを導入する。ピーク時にアンペアを下げることを発電したとみなし(ネガワット買い取り)、協力費を消費者に払う。この費用は設備投資をしなくて済んだのでその費用で賄う スマートグリッドによる新しい電力インフラ=発電事業の参入機会(ソーラー、風力、地熱、LNG、新原子力、、)+電力事業の創設機会(大規模竹田事業、需要予測事業、、) 電力の同時同量コントロールという難題にスマートグリッドがサポートする。発電(不安定性の除去)・蓄電・節電(仕組みとして--デマンドレスポンス・ネガワット市場) エナリスという会社(風力発電の予測可能・太陽光初フェンの予測可能)。今夏東電のトライアルで成功。内需に貢献。------------------------ IOTによって何が起こるか? PC20億台(モバイルインターネットへ)。携帯53億台(スマートフォンへ)。TV40億台(スマートTVへ) スマグリ端末は無限台になる。(スマートハウス・スマートメータ・スマートアプライアンス・スマートカー・スマートパーキング) インターネット世界。従来は人と人のコミュニケーション。今後はスマートグリッドを推し進めることで、人と物、物と物とのコミュニケーションが可能になってくる。 1995年のWIN95、2011年のIOT、未来? スマートグリッドは日本に向いている。3・11のおかげで日本はトップランナーになりつつある。様々なアプリケーションの開発で頑張ろう!今、何が起こりつつあるのかがよくわかる講義だった。図メモを取りやすいのは一貫性があり論理的だからだ。終了後、村上さんと懇談。大分県佐伯の出身なので、広瀬知事、みずほの前田さん(中津出身)など同郷の話題も。-------------------------------本日 学長室ミーティング サイバーシルクロード八王子の前川副会長と懇談。多摩の中小企業の可能性を改めて感じた。 田村学園水谷事務局長と打ち合わせ 多摩大総研打ち合わせ(松本先生・中庭先生) ゼミ:3年生とキャリア支援課の柴田さんと私の面談を実施。以下、Facebookに3年生が書き込んだメモ。少しづつ、、。・現地法人か海外勤務かを調べ、よく考える。・ある程度のやりたい仕事などを考える。・志望職種以外にも色んな業界を見てみよう。・企業説明会には積極的に参加しよう。・髪短く、色も黒髪にしよう。・写真は就活用の写真屋で撮ると印象UP・人と同じやり方でやる必要はない。・ゴール(目標)を決める・業界を絞りすぎない・会社を詳しく調べる・ES・髪型、色、ヒゲを剃る・自分のやりたい事の明確化?業界、企業研究?自己分析?履歴書を書く?SPIの勉強?身だしなみを整える・第一印象を良くしろ(眼鏡やら髪型など)積極的にエントリーすること・単位をとる エントリーする SPI対策をする今日は、カメラを忘れてしまい、ビビッドなブログにならなかったのは残念。
2011/12/01
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