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世界怪談名作集(下) (著者:岡本綺堂|出版社:河出文庫)ドイル「北極星号の船長」ホフマン「廃宅」フランス「聖餐祭」キップリング「幻の人力車」クラウフォード「上床《アッパーバース》」アンドレーフ「ラザルス」モーパッサン「幽霊」マクドナルド「鏡中の美女」ストックトン「幽霊の移転」瞿宗吉「牡丹《ぼたん》燈記」 それぞれ趣向の異なる怪談集。 「廃宅」はいかにもホフマンらしい、難解な面がある。 「ラザルス」など、怪談と言うよりは哲学小説とでもいうべき雰囲気。 「怪談」だからといって恐怖譚とは限らない。 「幽霊の移転」など、山本周五郎の滑稽もののような味わいがある。 解説は種村季弘で、軽妙な書きぶりながら要所を突いている。 電灯の発明によって、ゴシック小説の夜と闇の世界が崩れたというのは、実際そうだったのだろう。 闇が消えたとき、新たな道具立てとして鉄道などが取り入れられた結果が、上巻の「信号手」なのではないか。
2003.07.31
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世界怪談名作集(上) (著者:岡本綺堂|出版社:河出文庫) 岡本綺堂編・訳による怪談集。 怪談とは言っても、、幽霊話とは限らない。 怪異譚もあればSFに近いようなのもある。「貸家」リットン 幽霊の登場する話なのだが、登場人物が妙に論理的・化学的に割り切って解決してしまうのに驚いた。「スペードの女王」プーシキン これは子供の時に、子供向けの本で読んだ。 しかし、ちゃんとした翻訳で読むと、社交界の人々の生態を描いた小説でもあったことがわかる。「妖物《ダムドシング》」ビヤース 怪異譚。結局謎は謎のまま。アメリカ開拓期には、こんな話はよくあったのかもしれない。「クラリモンド」ゴーチェ 怪談ではあるが、愛を描いた小説である。「信号手」ディッケンズ これもほかの本で読んだことがある。しかし、結局何が起こったのかはわからないのだ。 信号手だけが理解できたのだろうか。 これは、鉄道普及にともなって広く語られた話がもとになっているのではないか、という気がする。 たとえば日本でも、狸や狐が汽車に化ける話が各地にある。 イギリス人も、鉄道に何か危険なものを感じ、信号手の謎の死という話を作り出したのではないだろうか。「ヴィール夫人の亡霊」デフォー 恐怖はない。ただ、女性の亡霊が、親友の前に現れ、その親友がそのことを人に語って聞かせている、というだけの話。 山場も何もない話だが、細部まで描かれており、実話なのか創作なのかわからない。「ラッパチーニの娘」ホーソーン 古典SFとでも言うべき小説。 毒草に囲まれ、その吐く息までもが毒を持つようになった娘と主人公の恋。 SFでも、昔の、科学万能のお気楽SFであれば、めでたしめでたしとなるのだろうが、そうはならない。
2003.07.28
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与之助の花(著者:山本周五郎|出版社:新潮社)昭和十年代から二十年までの短編集。 いずれも、エネルギーと若さが感じられるが、小説としてのうまさという点においては後の作品には及ばない。 それでも、いずれも山本周五郎らしい作品。 わずか五ページの「友のためではない」など、短い中に周五郎らしさがぎっしり詰まっている。 表題作、「万太郎船」「噴き上げる花」と、発明にのめり込む主人公の話が三話。こういうのも書きたかったわけだ。ただし、発明が中心なのではなく、発明以外のことは些事として心の外におこうとする、主人公の真摯な生き方を書きたかったのである。
2003.07.18
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おごそかな渇き(著者:山本周五郎|出版社:新潮文庫) 表題作は、新聞の日曜版に連載され、作者の死によって中断となった現代小説。 現代の聖書を書きたかったということで、宗教に関する話がいろいろ出てくる。 完結していたらどんな話になっていたのか興味はあるが、ほかの小説と同じようにおもしろかったかどうかはわからない。読者よりも作者中心の小説になったのではないだろうか。 男女の心の食い違いと落着を描く「将監さまの細みち」「鶴は帰りぬ」、武家ものの「蕭々十三年」「紅梅月毛」は、これぞ武家物という作。 絶望した人間と、希望をもたらす人間の話「あだこ」は新山千春でドラマ化したどうだろうと思った。 市川昆で映画化された「かあちゃん」、黒澤明が脚本を遺した「雨あがる」など、山本周五郎の短編は、ドラマ化しやすいものが多い。 「野分」も、人の心を思いやるとはどういうことかを描いた佳作。 めぐまれぬ境遇の中に、人間らしさを見いだす、いかにも山本周五郎らしい作品だ。 異色の作品「もののけ」は、内省する、という点で、近代的自我を持つ平安人の話だった。
2003.07.09
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人情裏長屋(著者:山本周五郎|出版社:新潮文庫) 長屋ものを中心とした短編集。「おもかげ抄」 途中で、こういうことだなとはわかるが、こういう結末をつけるとは思わなかった。 「三年目」 「さぶ」のようでもあり、「柳橋物語」のようでもある。 長編になりそうな素材を短編に使っていてもったいない気がする。「風流化物屋敷」 山本周五郎が好んで書く、世の汚れを知らない武士の話。「人情裏長屋」 腕が立ち、善意の固まりの武士。 長屋の住人として生涯を終えるのかと思ったら、やはり武士は武士として生きるのだった。 そういうところが、山本周五郎らしい。「泥棒と若殿」 泥棒と、蟄居状態の若殿の交流。 これも、最後には、自分に与えられた立場を全うするために居場所を変える。 自分のためではなく、人のために生きなくてはならないという話。「長屋天一坊」 講談調の小説。家系にとりつかれた家主と長屋の住人の騒動を描くユーモア小説なのだが、あまり後味がよくない。ここまで悲惨な目に遭わなくても、と思う。「ゆうれい貸屋」 過去の因縁も何もなくいきなり幽霊が出てくるのがすごい。理由付けなどいらないのだ。 ゆれいを貸す商売という、奇抜なアイディアなのだが、それが生かし切れていないのが残念。 なんだか尻切れトンボの終わり方だった。 「すぐに賃上げストなんか始めるわよ」(p247)というせりふには驚いた。「雪の上の霜」 あれっ、これは「雨あがる」ではないか、と思ったら、その通り、姉妹編だった。 人一倍優れた能力を持ちながら、善良でありすぎるが故に立身できないというのが、山本周五郎なのだ。「秋の駕籠」 「三年目」と同じく、男同士の心の絆の話。 この本の中では珍しくハッピーエンドだった。「豹」 なぜこの小説がこれに収められているのか、と思うような現代小説。 女は怖い、という話。「麦藁帽子」 これも現代小説。「青べか物語」風。
2003.07.04
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