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みなさん、こんばんは。夏の高校野球智辯和歌山が優勝しましたね。今日から二日間連城三紀彦さんの小説を紹介します。さざなみの家連城三紀彦角川春樹事務所「幸福な家庭はみな一様に似通っているが、不幸な家庭はどれもその不幸な顔は違っている。」と、かのトルストイは述べています。いえいえ、幸福な家庭にも、様々な事件は起こっているのですよ、トルストイ翁。そんな家庭の一つを、見て頂きましょう。「家を棄てる決心はつきましたか。ついたのなら今度の日曜日、朝の十時、東京駅で待っています」ある日、吉川家に届いた一通の手紙。宛て名に書かれているのは名字だけで、差出人の名前もない。いったい家の誰に届いたもの? ジョセフ・L・マンキウィッツの映画「三人の妻への手紙」を思わせるオープニング。ただし映画の文面は、「あなたの夫と駆け落ちします」つまり、映画の場合、手紙の宛先人は駆け落ちの対象から外されています。でも、本作の場合はいずれも容疑者。娘の夏美、息子の勝広、夫の達哉、姑のタエ、他の皆を怪しんでいた滝江自身も、心当たりがあるのですから。みいんな、叩けば埃。おやおや、表向き平和に見えた吉川家に波浪注意報発令か?「もしかしたら、あの言動は?」長年のカンが告げる危険信号が瞬く。聞けなかった事がたまってゆくもやもや。感情のすれ違いが生む、ぎすぎすした雰囲気。不平不満を巻き込んだ低気圧は、次第に成長し、このまま行けば、一家をひっくり返す嵐に?と思いきや、すんでの所で、声が聞こえる。「…弱い低気圧となりました。」ほっとため息。とりあえずの危機は去る。 家族だってもともとは他人同志の寄り集まり。考え方も、または育ち方も全く違う他人が一緒に住むのだから、感情のすれ違い、価値観の違いが生じて当たり前。そうなれば、波風が立つ。このまま行けば傷つく。でも、逆に楽にもなれる。ここで戻れば傷つかずにすむ。でも苦しみを抱え込む。どっちに向いても痛み半分、喜び半分。 そんな岐路は、そこここに現れる。大きな波一つで越えられそうだ。でも、そんな波をさざ波に戻すのは、やはり家族しかいないようだ。男達も、女達も、時には皮肉を言い合い、嫉妬し、嘘をつく。言いたい事とは逆の事を言い、勘違いの溝を埋め、だんまりの技まで駆使する。皆、なかなか役者である。そうまでして、皆で嵐を鎮めようとするのは、やっぱり愛情か?そう聞けば、皆が笑って否定しそうだが。おや、さざ波に、足をぴしゃんと叩かれたような。 本書は、24回の危機にめぐりあった、ありふれた家庭の歴史の一こまを描いた物語。【中古】 さざなみの家 / 連城 三紀彦 / 角川春樹事務所 [文庫]【ネコポス発送】もったいない本舗 お急ぎ便店
August 30, 2021
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みなさん、こんばんは。医療者へのワクチン接種が始まりましたが全然足りないようですね。さて、今日は話題の人物の番外編を紹介します。半沢直樹 アルルカンと道化師Arlequin et Pierrot池井戸潤講談社桜を見る会前夜祭において、前首相サイドが開催費を補填したというニュースが流れた。しかし大方の予想通り、公設第一秘書の略式起訴で終わり、秘書と毎日顔を突き合わせていたはずの前首相は「何も知らなかった」で通るはずだ。国民が全て嘘だと見抜いているにも関わらず。池井戸作品の半沢直樹がこれだけ多くの人気を集めるのは、正義を貫く者が必ず最後には勝利を収め、真摯に仕事をした者は報われるからだ。現実が理想と乖離すればするほど、半沢人気は過熱の一途を辿る。 本編は「オレたちバブル入行組」より以前の時系列の物語。大坂支店で融資を求められている弱小出版社に対して、強引にM&Aを仕掛けようとする支店長達に対して、顧客の意に反する強引な手法に立ち上がるのは半沢直樹とその仲間。今回も敵は多いが新たな味方を次々と開拓する。最近作まで映像化されたので、小木曽といえば「机をばんばん叩くメガネ男」浅野といえば「海外に飛ばされる運命の男」と顔が浮かんでくるキャラクターが多数登場する。未来の頭取である中野渡も伝聞という形で登場し、国内担当役員として銀行の正義を体現する未来が見えるような対応を取る。情報通・渡真利は「誰も言えないことをお前がいい、誰も出来ないことをお前がやってくれる。それにオレたち同期がどれだけ励まされているかわかってるのか。お前がいてくれるからこそ、オレたちはこの組織に希望を持っていられるんだ」と熱く語り、こちらも現代に至る半沢愛が感じられる。 今回は金融庁のあの男は登場しないが、なぜかオネエ言葉のキャラクターが登場したり、妻・花が初登場時とは随分異なる柔らかいキャラクターになっている。映像化から影響を受けたのだろうか。半沢直樹 アルルカンと道化師 [ 池井戸 潤 ]楽天ブックス
March 2, 2021
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みなさん、こんばんは。夏本番ですね。梅雨で日本列島がひどい目にあっています。それでも夏は来る。但し今年の夏休みは短めですね。さて、そんな夏をテーマにした作品を紹介します。十八の夏光原百合双葉社 2002年度第55回日本推理作家協会賞短編部門受賞作「十八の夏」他「ささやかな奇跡」「兄貴の純情」「イノセント・デイズ」収録。 「花をキイワードにした短編」とありますが、うち「兄貴の純情」が一番花の関わってくる度合いが薄い。辛うじて本編の謎にかすってくる位でしょうか。でもこの兄貴キャラの壊れっぷりがいいから、よしとしましょう(ちょっとつくり過ぎかも?)。雑誌ジャーロにて劇団を舞台にしたシリーズを書いていた光原さん。劇団員の兄貴を主人公にしている本作が別タイプの劇団もの第1作となるのでしょうか。 「十八の夏」「ささやかな奇跡」「兄貴の純情」VS「イノセント・デイズ」。短編中で起こる事件のヘヴィさを秤にかけると、こんな感じです。最後にどしりとミステリーの要素の最も強いものを置き、座りをよくしたといったところでしょうか。花にもいろいろあるように、人の間の愛もいろいろ。花の数だけ実がなるわけではないように、人の数だけ愛が実るわけではありません。実らなかった愛は朽ちてゆくのです。時に醜く、時に哀しく。でも最初から朽ちてゆく事が決まった花がないように、愛が最初から醜かったわけではありません。運命の試練によって、心ならずもそうなってしまったといった方が良いでしょう。そんな中で、醜く散ろうとしてゆく花を、何とか美しく散らさんとしているのが「イノセント・デイズ」「十八の夏」であるように思います。散った花が地に落ち、養分となり再び生まれ変わってゆくように、哀しい想いも憎しみも、じっくりと時間をかければ、再びまっさらな愛に向かう事がきっとできる。人間ならば、できる。人間だから、できる。そう信じさせてくれる一冊でした。【中古】十八の夏 / 光原百合ネットオフ楽天市場支店
July 11, 2020
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みなさん、こんばんは。GWが近づいてきましたが、遠出する方いるんでしょうか?各県の来ないでコールがすさまじい。それにしても岩手県感染ゼロって素晴らしい。さて、今日はちょっと癖の強い小説を紹介します。バースト・ゾーン―爆裂地区吉村萬壱早川書房「テロリン達による実に巧妙で大規模且つ長期に亘る破壊活動とサイバーテロによって、ごく短い期間に国家は重度の機能麻痺状態に陥った。(p30)」 本書に登場する日本は、そんな所だ。響きこそ可愛いが、「テロリン」とは、つまりはテロリスト。「あいつがテロリンでは」と疑心暗鬼に駆られた人々は、疑いだけで、所構わず人を殴り、死なせる。大抵の女は男に犯され、その場限りの快楽を求めて薬に走る者もいる。「凄まじい」という表現がぴったりの、救いや癒しとは無縁の世界だ。彼らはそもそも救われたいと思っていないのではないかとさえ思える。一度打ちのめされた人間は、他者を自分以上に傷つけないと、救われないのだろうか? 「東京に核弾頭ミサイル5個が誤射された」という設定の『神と野獣の日』(松本清張:著)を読んだ事がある。キューバ危機の頃に『神と野獣の日』が書かれたように、9.11があって、この小説が生まれるべくして生まれたのだろう。心身が弱っている時には、お勧めしないが、逆に、気持ちを奮い立たせたい時には効果があるかもしれない。『中古』バースト・ゾーン—爆裂地区KSC
April 23, 2020
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みなさん、こんばんは。サニブラウン選手200Mも制しましたね。今日から7月です。さて、今日は家族がテーマの小説を紹介します。at Home本多孝好角川書店(角川グループパブリッシング)『幸福な家庭はどれも似たものだが、 不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである』 とは、作家トルストイの言葉だが、本書を読んでも果たして同じ言葉を言えるだろうか? 4篇それぞれに登場する家族たちは、「どれも似たもの」ではなく「いずれもそれぞれ」の形を成している。表題作では、家族それぞれがある目的を持って他人同士で暮らしているし、『日曜日のヤドカリ』は子連れの女性と独身の男性が再婚したところに、女性の前夫と地の繋がらない連れ子が絡む。『リバイバル』では、映画の『パイラン』或いは、浅田次郎の『ラブ・レター』にも似た話を持ちかけられた、バツイチのしょぼくれた中年男と外国人女性がつかの間の家族を形成する。『共犯者たち』は、妹の子供の体に傷を見つけた男性が、彼女の児童虐待を疑い、思いがけない家族二代の姿を発見する。 従来、優しいイメージが強かった本多作品にしては、途中暴力的な場面も登場して、意外な印象を持つ読者もいるのではないか。しかしご心配なく。いずれの作品も人の優しさを信じられる作品に仕上がっている。 結局は、他人が見て幸福か不幸かを決めるよりも、家族の一人一人が考える幸福の形は違う。そして血の繋がりを重視する従来の家族観よりも、心で繋がっていることを重視する本書の「いずれもそれぞれ」一見不幸に見える家族たちの方が、実は幸せなのではないか。そして心の繋がりを重視することは、血の繋がっている家族においても大事なことではないかと思えてきた。 核家族化が進み、血族だからこその凄惨な事件が起きている日本に、ぽぉんと優しい提言が投げかけられたような作品であった。【中古】at Home 本多 孝好BOOK-G
July 1, 2019
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みなさん、こんばんは。今年から外国の労働者受け入れが拡大されましたね。でも地域の人達とのトラブルや差別的な扱いを受けることもなきにしもあらずです。さて、こちらは不思議な名前のキャラクターが登場しますよ。ムボガ集英社文庫原 宏一いやぁ、挑戦的ですね、このタイトル。何の意味だかわからない。 さっさと言ってしまうと、人の名前です。アフリカ人で、日本に出稼ぎに来ていた若者の名前。彼が、北関東の田舎町でバンドを組んでいた中年男達を、自分の故国・トポフィ共和国(もちろん仮名です)に紹介すると、あら不思議、ツアーは大成功で、日本語で書くと「なんだこりゃ」と言いたくなるような歌詞が大ウケ。さてはこれ、世知辛い現実から目をそらしたくなることの多いミドルに捧ぐ、大人のファンタジー? でも話の中身は、結構イタイ。ホテルや旅館を対象とする最近の調査で、3割が「外国人を泊めたくない」と答えていた。でも、例えば介護の分野では、安い労働力として外国人の受け入れが始まっている。この辺りの、現実社会における、外国人に対する日本人の狡さや差別意識が、本作にも、かなり顔を出しています。ほら、イタイでしょ?あり得ない事ばっかりのフィクションを、笑い飛ばせる現実に…なるのかなぁ。【中古】ムボガ (集英社文庫) [文庫] 原 宏一BOOK-G
June 2, 2019
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みなさん、こんばんは。また安部さん、トランプさんから戦闘機を沢山買ったんですね。使いもしないのに買ったんでしょうか。買ったからには使いたくなりませんかね。さて、今日はほのぼのした物語を紹介します。星降る楽園でおやすみ中公文庫/青井夏海NHKのドラマにもなった、助産師探偵シリーズ『赤ちゃんをさがせ!『赤ちゃんがいっぱい』。その原作者が、本作の著者、青井さんだ。 本作では、無認可保育室「アイリス」に二人組の男が籠城し、園長・早紀と園長の姪・淑恵、5人の子どもが人質になる。身代金はひとり500万円。身代金を持って来た順に子供を返すだなんて、子供を先に返された親が、警察に通報してしまったら、事件はあっという間に知れてしまうだろうに。でも、こんなツメの甘い犯人達を、なかなか出し抜けない状況が続く。内部の様子に詳しい犯人達に、「協力者がいるのでは?」と疑心暗鬼に陥る早紀と、右往左往する両親達が交互に描かれる。 ところで、一点のみ気になった。「あとになって早紀は…疑心暗鬼に駆られることになる(p10)」「…早紀は臓腑をえぐられるほど後悔することになる(p12)」などという前フリはなくても良いのでは? 事件が起こるまでにもう少し間があれば、こういった描写は「何が起こるんだろう?」と読者の興味を惹く伏線たり得るだろうが、本作の場合、13ページめで事件が起こるので、前フリと事件との間にそれほど間が空いていないのだ。【中古】 星降る楽園でおやすみ 中公文庫/青井夏海【著】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
May 29, 2019
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みなさん、こんばんは。新入生&新人社員がどっときたのか毎日電車が混んで大変です。さて、こちらは戦うオンナノコがヒロインです。ラブファイト 聖母少女(上) (講談社文庫) まきの・えり あだち充さんの漫画では、ヒロインの方が主人公よりも断然頭もスタイルもよく人気があるパターンが多かった。大人気漫画『タッチ』でも、ヒロインは優等生で新体操のエースなのに、彼女に好かれる主人公は、最初のうち弟の引き立て役。しかし、結局は主人公も甲子園を目指して野球を始め、ヒロインともども、それぞれ好きな道を選ぶ。 ところが、本作ではヒロイン・亜紀が主人公・稔と同じ道、ボクシングを選ぶのだ。映画でも『ガールファイト』『ミリオンダラー・ベイビー』など、闘うヒロインが登場している。時代は変わったなぁ。 ヒロイン、亜紀の不器用っぷりを見ていて、「ああ、こんなに、女の子は女の子であることに苦しんでいたっけ」と思い出していた。試合でキワもの扱いされたり、幼なじみの態度の変化に苛立つ亜紀を見ていると、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』からの言葉『人は女に生まれるのではない、女になるのだ。』という台詞も何だかふに落ちた。大人も子供も、不器用でいとおしい人たちばかりが登場する話。【中古】ラブファイト 聖母少女(上) (講談社文庫) まきの・えりBOOK-G
April 14, 2019
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みなさん、こんばんは。カルロス・ゴーン夫人が出国しましたね。やはり後ろ暗いところがあるのでしょうか。さて、今日は恋愛小説を紹介します。誰よりもつよく抱きしめて光文社文庫新堂冬樹【著】 「愛という感情は、複雑であり、多様だ」と何かの雑誌で読んだことがある。いろいろな感情をひとつにまとめるのは難しく、とりあえず便利だから、「愛」という名前をつけてしまっているのだ、とも。 なるほど、だから、愛に正解などないと感じるわけだ。さて、本作の主人公は、「愛って何だろう」と悩み苦しむ一組の夫婦である。結婚して何年にもなるし、それぞれに仕事も持っている。お互いの存在が心地よい。しかし二人は夫の極端なまでの潔癖性が原因でセックスレス。そのために、二人の夫婦関係が揺らいでいく。 体のふれあいがないのに、愛していると言えるのか?ここにもまた、自分達にとっての愛を求めてさまよう人達がいる。たぶん、いつかどこかであなたが迷ったように。優しい人たちばかり登場するので、韓国ドラマ『冬ソナ』に胸をときめかせた女性達にもウケそうだ。【中古】 誰よりもつよく抱きしめて 光文社文庫/新堂冬樹【著】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
April 9, 2019
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みなさん、こんばんは。来年はGW10連休ですって。嬉しいような、給料が寂しくて悲しいような。さて、本日は大人になれない大人と大人にならざるを得ない子供の話を紹介します。猫泥棒と木曜日のキッチン橋本紡新潮文庫「モンスターペアレント」に代表されるように、「大人になれない大人」が増えている。そして、「否応なく大人にならなければならない子供」も。 本作は、そんな現実を反映したかのような家族構成になっている。父が亡くなり、二度目の父は外面はいいけどDVに走り、あげくに家を出る。そして母親も男を追って家出。十七歳にして一家の大黒柱となったみずきは、腹違いの弟のコウちゃん、友だちの健一君と過ごす木曜日の夕食が楽しみ。 「わたしだってお母さんのことをそれなりに愛してはいる。なにしろお母さんなわけだし。ただ、十七にもなると、さすがに無条件ってわけにはいかない。(p30)」と、ネグレクトされた子供にしては、親に対しても極めてクール。だが、猫の不妊治療をしなかった主婦が、生まれた子猫を次々と捨てていた事を知り、心の奥底に抑えていた思いに気づく。「次々生まれた子猫を捨てる主婦」に、みずきが誰を見ていたかはすぐに分かるだろう。でも「捨てた親へのリベンジ」に走るのではなく、「不幸をこれ以上生まない処置」を選ぶところに救いがあって良かった。【中古】 猫泥棒と木曜日のキッチン /橋本紡(著者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
October 14, 2018
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みなさん、こんばんは。三連休突入ですね。台風は関東を逸れるようです。さて、みなさんビネツはありますか?熱のことではなく美に対する熱意のことです。そんなビネツについての小説を紹介しますね。ビネツ 小学館文庫永井するみ 「『ビネツ』と聞いて『微熱』を想像した」と角田文代さんが解説で述べている。本当は「美熱」=「美しさへの熱中」なのだが、角田さんの想像も、あながち間違ってはいないかも。なぜなら、登場人物達の持つ「熱(欲望、と言い換えてもいいかもしれないが)」は、初めのうちは、本当に微かなものなのだ。 青山の有名なエステサロンにスカウトされたエステティシャンの麻美は、同僚を憚って「ほんの少しだけ出っ張った杭でいよう」と努める。OLの舞は、異性からのウケがいい同僚に憧れて、彼女の服装を真似てみる。 だが二人の欲望は、次第に大きくなってゆく。周囲から、カリスマエステティシャンの再来と称されるようになった麻美は、彼女を超えたいと願うようになる。舞は同僚にならってエステサロンにはまり、金銭的に破綻をきたす。彼女達だけではない。麻美に嫉妬する同僚、麻美を利用してエステサロンを繁栄させようとするサロンのオーナー・京子、女から女へと渡り歩く京子の夫・安芸津。エステサロンで動く多数の「手」と、人々の欲望が「手」の形をして絡み合う様が、二重写しに見えてきて、ぞくぞく。但し、「これから何が起こるんだろう?」と思わせて、「あれっ、これで終わりなの?」と感じたエピソードがいくつかあったので、少し残念だった。【中古】 ビネツ 小学館文庫/永井するみ【著】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
October 6, 2018
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みなさん、こんばんは。今週末は台風は来ないようですね。でも世界中で異常気象続きです。さて、今日は昭和の歌をテーマにした書籍を紹介します。かたみ歌 (新潮文庫)朱川湊人 「三丁目の夕日」などで、現在ノスタルジィブームになっている昭和30年代。そこからもう少し、時代は進んで40年代、東京・下町のアカシア商店街で起こる様々なことを、主人公を変えて綴る連作短編集。共通するのは、主人公達がこの世ならぬ存在と遭遇することと、町の古書店の店主と、何らかの関わりを持つこと。黄泉の国と繋がっている石灯籠や、幽霊の出没する町など、舞台を江戸時代に設定して、別のパターンが作れそうな作品と感じた。 芥川龍之介似で、有名な野球選手と同姓同名の書店主は、町の人達のいろいろな人生の傍観者であり続けるが、最後に自分が物語の主役となって登場する。このまとめ方は定番的とも言えるが、おさまりとしては良い。彼と文才豊かな妻との関係は、金子みすずと夫のそれを彷彿とさせる。この書店主と妻の関わりを、第三者の説明よりも、当事者により多く語らせた方が、読者の、書店主に対する共感度が増したのではないだろうか。出来事にせよモチーフとなっている歌にせよ、時代との結びつきが強いので、年代により読者を選ぶ作品となるだろう。かたみ歌 (新潮文庫) [ 朱川湊人 ]楽天ブックス
September 16, 2018
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みなさん。今日も雨です。寒いです。そして明日は選挙。投票率はさがりそうです。さて、今日紹介するのは落語がらみのお話です。こっちへお入り (祥伝社文庫)平安寿子 ペンネームの元にもなっている『アン・タイラー』の作品を「すっとぼけていて、落語的」とコメントしていた平さん。友人に誘われ落語教室に参加することになった三十代独身OL・江利が主人公の『こっちへお入り』。 落語をテーマにした作品といえば、映画にもなった佐藤多佳子さんの『しゃべれども、しゃべれども』があり、こちらが二ツ目の落語家を主人公にしているのに対して、本作は全くの素人が主人公だ。章末に、江利のコメントとして、落語家や落語の演目に関する解説が挿入されているため、落語ビギナーでも楽しめるのではないだろうか。勿論、落語を知っている人でも、NHKの朝ドラ『ちりとてちん』に登場した『崇徳院』や、宮藤官九郎さん脚本のTVドラマ『タイガー&ドラゴン』で取り上げた『三枚起請』も登場するので、興味を持つかもしれない。 小池真理子さんのほどイロっぽくもなく、角田光代さんのほどヘタレでもない、ヒロイン設定も親しみやすい。『大工調べ』の与太郎(間抜けキャラ)に触発されて、生意気な部下に逆襲したり、『文七元結』の父と娘の関係に、自分と親とをあてはめてみたり。等身大のヒロイン・江利が、落語を通じて現実の様々なトラブルや、家族や友人など身近な人との関係を見つめ直していく姿が軽妙なタッチで描かれており、するするっと読める。【楽天ブックスならいつでも送料無料】こっちへお入り (祥伝社文庫) [ 平安寿子 ]楽天ブックス
October 20, 2017
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みなさん、こんばんは。組閣のニュースがとびかってますね。さて、皆さまも一度は恋愛経験があるのではないでしょうか。こちらの小説は恋愛に関する短編集です。恋愛嫌い平安寿子 タイトルを見て誤解するかもしれないが、本作の主人公達は決して恋愛が嫌いなわけではない。「嫌い」というよりは、恋愛が「苦手」なのだ。 「こんな言い方してるけど、本当は自分のことを好きなんだな。」そこまで分かっているけれど、男のある部分(タイトル参照)がイヤで、別れを告げてしまう翔子(『キャント・バイ・ミー・ラブ』)。自分の元恋人と結婚した友人と再会した鈴枝は、「自分が優位に立ったんだと認めて欲しい」という本心がミエミエの態度を取る友人に、「友達と思ったこともない。」と本音を吐いてしまう。「あんな事があったけど、あなたと私は今でも友達よ。」という、相手が望んだ答えではなく。好条件の相手が現れたのに、彼がデートに誘った本当の理由を突いてしまう喜世美。自分に素直といえば聞こえはいいが、やっぱりどこか恋愛にも生き方にも不器用だ。でも、婚活に四苦八苦している男女だって、似たり寄ったりじゃなかろうか? さて、そんな彼女達が見つけた幸せとは。最終話「恋より愛を」で是非お確かめを。【楽天ブックスならいつでも送料無料】恋愛嫌い [ 平安寿子 ]楽天ブックス
August 3, 2017
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みなさん、こんばんは。中国では春節が始まりました。日本に沢山やって来るのでしょうか。一方トランプ大統領はメキシコとの間に壁を築くとか。本気だったんですね。さて、今日はちょっと変わった小説を紹介します。AMEBIC /金原ひとみいやぁ、まさに「錯文」だった、「作文」でなく。このインパクトは本当にすごい。3ページ改行無しで延々と続き、次々と話している対象が飛ぶ。書かれた内容が、自分の想像力を越えていくので、追うのが大変。冒頭にして、読者をかなり狭めてしまうんじゃなかろうか。勿論、全編にわたって錯文が連ねられているわけではなく、この後は、書き手である「私」の言動の中に、錯文が挿入される程度なので、読みづらさはそれほどでもない。でも、やっぱりそうとう強い癖がある文章であり、内容だ。 主人公は女性作家で、恋人の編集者には婚約者がいる。会話を交わすのはタクシー運転手くらいで、家族が出てくるわけでもなし。極めて閉じられた世界に生きる女性の話だ。恋人の結婚というカウントダウンが設定されているのに、展開はそれほど劇的でもない。「この本を読んで何かの解決になれば」とか、「苦しみの中で、ささやかな幸せを見つけたい」という人には向かない。むしろ、「思いを吐き出す事でカタルシスを感じたい」と思う人の共感を呼ぶ作品ではないだろうか。【中古】 AMEBIC /金原ひとみ(著者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店●ポイント10倍/期間限定●【週間ランキング入賞】ヘアアクセサリー ストーン×ふわふわチュール×羽付きヘッドドレスパーティー ウェディング 結婚式 二次会 演奏会 コンサート 着物 華やかなヘッドドレス【レディース 女性 白 ホワイト】【送料無料 あす楽】
January 26, 2017
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みなさん、こんばんは。今日から会社が始まるという方もいらっしゃるのでしょうか。私は明日からです。おだやかな正月でしたね。さて、こちらは実在の作家をモチーフに描かれた作品です。ツタよ、ツタ実業之日本社大島真寿美しばらく使っていた複数視点ではなく、大島さんが三人称視点で綴った作品。主人公は『あなたの本当の人生は』『ゼラニウムの庭』 に続き「書く人」だ。しかも今回はモデルがいる。帯に書かれている「明治の終わりに沖縄に生まれた幻の女流作家」で「滅びゆく琉球(りゅうきゅう)女の手記」を書いた久志芙沙子(くし・ふさこ)がその人だ。 ここまで「作家」ではなく「書く人」と書いてきたのには理由がある。先に挙げた2作品の書き手は、それぞれの作品を発表する事ができた。しかし今回の主人公・ツタは、作品を自分の望む形では発表することができなかった。 そうなのだ。ただ書くというだけでは作家になれない。自主にせよ商業にせよ、作品を発表する場があり、自分の意志通りに物語を完結させられてこそ、作家と認識される。もっと欲張れば「一定の評価を得ること」が加わるだろうが、これは生憎作者の意志だけではどうにもならない。最低限、自分の望む形で作品を完結させ、世に出す事が出来ればよしとすべきだ。全く書いたことのない人からすれば「ただ、それだけ?」と言われるような過程かもしれないが、ツタにとっては「書きたい」と思ってからゴールまでが、果てしのない道だった。自分の意志とは違う方に捉えられてしまう内容、発表することによる家族への影響、必ずしも作品の発表が絶賛と好評で迎えられるわけではない、という状況。 今回は、敢えて「書けなかった人」を主人公に据えたのには、大島さんの「書けなかった人の分まで書こう」という意図があったそうだ。「書けた人」である大島さんがなぜ、それが出来なかった人に拘るのか。大島さんは、その結果がどうであろうと「書くこと」とは一体何なのかをもっとつきつめたかったのだろう。様々な軋轢や生みの苦しみ、それらを乗り越えてでも、自分を解放すること―書くこと―を選ぶのはなぜなのか。そうまでして表現したいものとは何なのか。その答えがわかった時、読者それぞれにとっての「書くこと」の意味が見えてくるのかもしれない。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ツタよ、ツタ [ 大島真寿美 ]楽天ブックス
January 4, 2017
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みなさん、こんばんは。初詣は行かれましたか?穏やかな正月ですね。私は近所に行きました。さて本日紹介するのはとんでもないシチュエーションの小説です。レイコちゃんと蒲鉾工場 / 北野勇作あなたはどうしますか? 上司が、蒲鉾にさらわれたら。 そう、あの、食卓でお馴染みの蒲鉾です。想像できますか? 本作に登場する蒲鉾は、暴走したり、あろうことか、人間に化けたりするんです。これがほんとの、食品偽装。いやいや、違うでしょう。 それはさておき、物語の中では、蒲鉾は兵器なんです。それも、平和のための兵器。「そんなものあるか!」と、またもや言いたいでしょうが、いちいちつっかかっていると読めません。 ま、ここは一つ、そういう世界なんだなぁと思って、読んでみて下さい。不思議なことはそれだけではありませんから。私達の代わりに、それらのフシギなことを体験するのは、蒲鉾工場に勤める「甘酢君=ぼく」と、小学生のレイコちゃん。それなりに、現実社会と似たような所もありながら、ちょっと違う物語世界は、多少の理不尽さも笑い飛ばしていける軽さを持っています。でも、この軽さに心地よく載せられていくと、最後に、ちょっとひんやり。うーん、いかにも夏向きって感じですね。【10点購入で全品5%OFF】【中古】レイコちゃんと蒲鉾工場 / 北野勇作ネットオフ楽天市場支店
January 2, 2017
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みなさん、こんばんは。 国立西洋美術館が世界遺産に登録されましたね。その中の「松方コレクション」を築いた松方幸次郎がモデルになっている小説を紹介します。天涯の船(上下巻) /玉岡かおる(著者)とあるオークションで船の形のペンダントトップを見つけた日本人女性・万里子が、元の持ち主である子爵夫人ミサオを探し出す。彼女が、ミサオの最後の読書相手である綾子に手紙を出す所から、この物語は始まる。 アンティークが物語の発端となる所は、映画「タイタニック」と同じ。けれど、明治、大正、昭和と3つの時代を生き抜き日本、アメリカ大陸、そしてヨーロッパを駆け巡ったヒロインを描く本書のスケールは、映画を遥かに凌ぐ。 著者の住んでいる加古川市の海沿いに、神戸製鋼加古川製鉄所ができたのは、昭和45年。神戸製鋼は、もともと合弁鈴木商店の神戸製鋼所として始まった。この鈴木商店の倒産と間接的に関わっているのが、本篇のヒーロー・桜賀光次郎のモデル、川崎造船所社長・松方幸次郎である。画廊に入ると、ステッキで端から端まで示して「幾らだい。」と言ったエピソード、エール大卒、乾ドック。実在の物や事実をそのまま使っているので、「いっその事、名前もそのまま使っては?」と思ったが、物語の骨子である恋愛がフィクションなので、無理だったか。 家族は松方が美術や絵画について語るのを一度として聞いたことがない。それなのになぜ、彼は、後に「松方コレクション」として有名になる美術品群を買ったのか?長い間謎とされてきたこの回答として有力なのは「密命のカモフラージュのため」説だが、著者はこの唯一のヒーローの空白部分に、ヒロイン・ミサオとの恋愛というまことにロマンチックな理由づけをした。そういえば、ミュージアムの意味は、ミューズ=女神のいます所。一緒に暮らせないミサオのために、ミュージアムをつくり、そこに美しいものを集めた後に、自分にとっての女神、ミサオを最後に迎えんとする。無骨な男の秘められたロマン、ここに極まれり。果たして、ここまで男に思われるミサオとは、どんな人? 光次郎にモデルがいたように、ミサオにもモデルがいる。大和和紀の「レディーミツコ」松本清張の「暗い血の旋舞」で描かれたクーデンホーフ光子である。しかしミサオは、光次郎ほどモデルに縛られていない。或る事情によって、ミサオの方は、かなりフィクションの入る余地があり、更に「この時代、女性の行為は殆ど記録に残らない」というマイナス・ポイントもプラスに転じた。 著者の筆が描き出すヒロインの人生を、春夏秋冬に準えて読んだ。上巻の表紙では、女性は足を抱えてうずくまっているが、下巻では、彼女は上を向き、羽ばたこうとしている。まさにこの通りの人生を歩むミサオは明治19年、アメリカ行きのシティ・オブ・ペキン号に乗った時はただ怯えるだけのあどけない12才の少女。少しずつ自分を表現する術を身につけて、世界を広げてゆく。ここが彼女にとっての春。 ミサオのまわりが俄に華やかになる夏がやって来る。夏はまた、情熱の季節でもある。良くも悪くも。下巻。夫亡き後ミサオが光次郎と再会。しかし彼はミサオの親友の夫。ただ好きだからというだけで、突っ走れない二人の愛は、穏やかな秋。そして冬。全てが息を潜める冬は、季節=人生の終わりでもあるが、また新たな季節=時代へとつながるかけ橋の期間でもある。岡倉天心、孫文、吉田茂など実在の人物に加え、ミサオに屈折した愛情を抱く兄、愛憎半ばした感情を抱くお勝、ミサオと不思議な縁で結ばれる二人の女性・あや乃と矩子など多数の人物がこの物語を横切ってゆくが、最後に残るのは、ミサオと光次郎。いずれが船とも港ともつかず、離れては絶えずお互いを求めあう宿命の恋人。 ひとりひとりの心情をきっちり書き込んだ大河恋愛小説の名に恥じない、堂々たる力作である。【中古】 天涯の船(上巻) /玉岡かおる(著者) 【中古】afb【中古】 天涯の船(下巻) /玉岡かおる(著者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
August 16, 2016
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みなさん、こんばんは。やっと週末ですね。今週初めがお子様の入学式だった方もいらっしゃるのでは。電車がとにかく混みました!そしてかわいい女子高生が電話のラインで「おばはん」と書いているのを見てがっくり。みんな年を取るのにね…。さて、こちらはボランティアの難しさについてそんなに難しい言葉でなく語った小説集です。ボランティア・スピリットVolunteer Spirit永井 するみテロ事件後特定の外国人に対して見方が厳しくなっている。 何か事件が起こって、名前が挙がると「外国人だから、やっぱりね。 やりそう。」って色眼鏡で見てしまう人が多い。 ボランティアといえども、「ボランティア・スピリット」に溢れた 人達ばかりではない。偏見に怒る者もいれば、逆に利用する者、 外国人との交流を勲章にしようとする者、実にさまざまだ。また、外国人も日本人を利用しようとする者、コミュニケーションの 取り方に迷う者とひとくくりにできないタイプばかりだ。 ある短編での傍役が主役になる事もあれば、その逆パターンもある。 最終話では教室自体の存続につながる事件が起こる。 主要人物が結集し、多少の言い合いはあるものの、解決目指して協力 するにも関わらず、彼等は劇的に変わるわけではない。 そこが良くあるタイプの大団円というラストに繋がらず、 かえって良かった。 永井さんは私達の心の中に住んでいる「あ、こういう所はあんまり知りたく。」と思うポイントを見つけて、私達の前に「ほうら」と差し出す。うう、見たくなかったなと思いつつ、確かに自分の中にもあるかもと、ちょっとそちらを見てしまいたくなる。中年男性の描き方が本当にうまくなった。ボランティア・スピリット-【電子書籍】楽天Kobo電子書籍ストア
April 11, 2015
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みなさん、こんばんは。深夜ですが人質事件の進展が気になります。こちらは桜木さんの新作です。ブルース桜木紫乃 年齢もシチュエーションも異なる八人のヒロインが入れ替わり立ち替わり登場する、北海道を舞台にした短編集。共通要素として、一人の男性―影山博人―が、彼女たちの人生にいっとき現れては消える。直木賞受賞作『ホテル・ローヤル』では建物が動かず中に入る人が入れ替わったが、『蛇行する月』『星々たち』ではある一人の女性を共通項とした連作短編集になっていた。今回はその男性版といったところか。 女性視点で描かれるが、本当の主人公は彼女達の視点から描かれる影山博人である。冒頭の『恋人形』では彼の中学生時代、成人後、そして死去と三つの時系列が断片的に描かれる。他七編は、その隙間の期間を埋めていく作業でもあるが、必ずしも全てが明かされるわけではない。母というより女である母親と貧民窟で育ち両手指が六本あった少年が、やがてその指を切り落とし(『楽園』)、北の街を影で操り(『ストレンジャー』)、新聞の社告欄で訃報が出るような大物(『いきどまりのMoon』)になってゆく、いわゆるサクセスストーリーの側面は、さほど力を入れて描かれていない。女達との関わりの向こうに見えてくる程度である。それが不満という読者もいるだろう。その点に重点を置いて描くと、おそらく白川道が好んで描く一連の小説のようになるが、女性達と性の繋がりを持った場面が濃厚に描かれることからも、この小説は「俺には、白と黒しか要らない」と言ったにも関わらず、そのどちらの世界にも染まることなく生きた男、博人をいかに魅力的に描くかという点に注がれたように思われる。そして実際に曖昧な点を残した方が、この上なくイロっぽく、カッコ良い男になっている。概ね恋愛の場合、恋する相手の全ては敢えて分からない方がいい。セックスという全てをさらけ出す行為においてもなお分からない所がある方が、男女の真実であろう。分からない所があるからこそ気になって引きつけられるし、いつまでも心に残る。 彼の身体的特徴など様々な制約はあろうが、昭和から平成に移り変わってゆくもう一つの主役、釧路の様も含めて映像化が見てみたい。ただその場合、主役探しは難航するだろうが。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ブルース [ 桜木紫乃 ]楽天ブックス
January 29, 2015
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みなさん、こんばんは。月曜日のハイキングの余波で筋肉痛です。さて、今回紹介するのは大島さんの最新作です。あなたの本当の人生は大島 真寿美 ジュニア小説の大家として一世を風靡した森和木ホリ―とその秘書を務める宇城圭子の所へ、ホリ―を長年担当してきた編集者・鏡味が新人作家の國崎真実を連れて来る。真実を気にいったホリ―は彼女を大ベストセラー小説『錦船』シリーズに出てくる両性具有の黒猫〈チャーチル〉と呼ぶことを決め、内弟子として住まわせる。 大島さんの初期作品は、少年少女が主人公で彼等の三人称単独視点で綴られていたが、成人男女が主人公になってゆく小説に移行するにつれて複数視点が使われるようになった。本作品もその一つで、書くことに囚われた3人の女性の複数視点で書かれている。 何事もなく流れていた日常が訪問者によって変わってゆくというモチーフは既存作品でもよく見られる。本作では、ホリ―のファンではあってもその私生活や過去について全く知らなかった真実が訪問者のポジションで、ホリ―やその周辺の人達との関わりを読者に説明する役割を果たす。説明が足りなかった部分は、先に挙げた2人の語り手によって補われる。訪問者パターンとしては1.訪問者が影響を受ける2.訪問者は変わらず、訪問を受けた人達が影響を受ける3.訪問者を含めて登場人物の人達全てが影響を受けるの3つに大別されるが、本作は3のパターン。 初期作品では主人公が少年少女だったため一方的に影響を受けるパターンが多かったが、今回は互いに影響を与えあう。その中でも強烈な印象を残すのは森和木ホリ―である。「あなたの本当の人生はここにはないわ」という言葉を放ち、元夫や宇城圭子の人生をいとも簡単に変えてしまった彼女は、一見さも自分の事がよくわかっているようだ。しかし、そんな彼女も現在になっても「いったい森和木ホリ―とはなんだったのだろう」と考えこんでしまう。完成された大人など誰一人いない。人は一生迷いながらも、どこかで自分でその答えを見つける。真実がコロッケを見つけたように「べつにうまくなろうと思ってわけじゃなかったのにみるみるうまくなってしまう」‘自分だけの何か’を見つけて、本当の人生を切り拓いていくのだ。「ゼラニウムの庭」を書いた時、大島さんはこう言っていた。「最近、自分にとって書くとはどういうことなのかが大きなテーマになっていたので、小説を通して一度よく考えてみたかったんでしょうね。これは、次の小説のテーマにもなる予定です」この‘次の小説’が書である。3者3様に‘書く時の気持ち‘―いや、取り憑かれているといってもいいのだから、‘書かざるを得ない気持ち‘と言った方が良いだろうか―を独白で綴っている。特に書くことを仕事に選んでいる人ではなくても、文章を書くことが大好きな人なら、どこか頷ける箇所、共感できる箇所が見つかると思うので探してみて欲しい。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】あなたの本当の人生は [ 大島真寿美 ]楽天ブックス
November 5, 2014
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今日は『花子とアン』の蓮サマこと仲間由紀江さんと田中哲司さんの結婚発表と、楽天星野監督の今季限りの勇退というニュースがあり、帰ってきてびっくりしました。原作本が次から次へとドラマ化されている池井戸さんの、半沢直樹シリーズ最新刊を読みました。ただこのシリーズ、続編ドラマ化が暗礁に乗り上げてるようなんですよね…。銀翼のイカロス池井戸潤『ロスジェネの逆襲』で子会社出向先で大逆転を成し遂げ、まさかの往復切符を手に入れた半沢が頭取命令で言い渡されたのは、巨額の赤字を垂れ流して迷走するナショナルフラッグ、帝国航空の立て直しだった。ところが、自主再建が可能な案が了承された矢先に政権交代が起こり、人気大臣肝入りのタスクフォースチームは500億円もの債権放棄を突きつける。政権交代、組合がいくつもありリストラが難しい航空会社の再建といえば、つい先ごろ本当に起こった出来事のあれこれを想起する向きも多いはずだ。また、かつての与党を飛びだして新政党を作った政治家、アナウンサー出身の大臣など、登場人物のモデルもすぐに浮かぶ。再建途上の航空会社の行く末については、あの頃随分新聞を騒がせたものだ。人々の記憶に強く残っているこの素材を取り上げ、半沢に料理させようと考えたアイデアは素晴らしい。 ちょうど連載時に『半沢直樹』がTBSで放送されており、片岡愛之助さん演じる黒崎にあまりにも強烈な印象を受けた池井戸さんが、本作に登場させてしまったという曰くつきの作品だ。脳内で黒崎=片岡愛之助と変換しながら書いていた池井戸さんは、オネエ言葉とネチネチと半沢に迫る嫌らしさを倍加させており、さぞや楽しんで書いたことが窺える。かく言う私も読んでいるそばから服部隆之さんのテーマ曲が頭の中をぐるぐるかけ巡っていた。いやはや、テレビ効果は凄まじい。 半沢の前に立ちはだかる者達の心根の汚さ、自己中心的な態度、保身に走るせせこましさなどは、読者の悪意を煽るに充分であり、誰もが半沢に彼等を倒して欲しいと思うはずだ。彼等との対決、その決着にもっていくまでの盛り上げ方はうまく、こうなって欲しいという満足感にひたることが出来る。但し、銀行内部や半沢の壁となる存在の描写が主となり、半沢の味方となり得る外部の人―例えばサッチャーと称される開投銀の谷川や、航空会社内部における山久など、銀行以外の人々に関する描写が薄味だったのが惜しまれる。特に、債権放棄をすべきか谷川が一人で考えていたり、山久が半沢と敵対する行員からの願いを撥ねつけたりするシーンが挿入されるので、彼ら自身の戦いも見たかった【楽天ブックスならいつでも送料無料】銀翼のイカロス [ 池井戸潤 ]楽天ブックス
September 18, 2014
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みなさん、こんばんは。今日だからこそ読んでほしい本があります。リトルボーイ・リトルガール内館 牧子 / 講談社NHK特集「夏服の少女たち」の中で放送されたアニメーションをベースに書かれたテレビドラマの原作。平成元年8月6日、広島市紙屋町の相生橋で、高橋百合子と松木英雄は出会う。彼等は毎年出会っていたが、今まで名乗っていなかった。原爆で英雄は年下の従姉妹を、百合子は教え子達を亡くした。百合子は直前に結婚が決まり難を逃れていた。奇しくも百合子の教え子の一人、あきえが英雄の従姉妹だった。昭和20年3月から8月6日までの、百合子たちが通った安芸女(女学校)の学生たちの様子に、原爆の製造過程がはさみ込まれる。非常時の名のもとに、白い制服すら着ることを許されなかった12才のリトルガールたちが、愛称リトルボーイと呼ばれる原爆で命を奪われる、このネーミングの皮肉さよ。特にこの描写がすごい、とかこの人物の造形がすばらしい、と挙げることはできない、奇をてらっていない作品。大変読みやすかった。だから、戦争を知らない世代に浸透しやすいのではないだろうか。これからどんどん時代は進んでゆきますが、それだけ戦争をテレビでしか知らない世代が増えてゆくことになります。つまり自分たちの生きる国が戦争をしたということを歴史の一部としてしか知らない世代が。「何か戦前のような雰囲気になってきた」ということが言われる、いくぶんか危うい時代に、この本を紹介しておきます。【中古】 リトルボーイ・リトルガール / 内館 牧子 / 講談社 [文庫]【メール便送料無料】【あす楽対応】価格:370円(税込、送料別) (2023/8/10時点) 楽天で購入
August 6, 2014
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みなさん、こんばんは。60年間取り違えられていた男性のことがニュースになっていましたね。片方はトラックの運転手、片方は会社社長。是枝監督の映画を地で行くような話です。どんな人生がいいのか、どんな家庭が望ましいのか。それは人それぞれです。韓国ドラマで描かれるテーマも圧倒的に家庭がメインとなるものが多いです。そしてこちらも家族の物語です。抱き桜(小学館文庫)山本音也昭和三十年代の和歌山。実父と義母と暮らす広之は、大阪から来た勝治と出会う。広之が憧れていた少女の靴下を盗む大胆さがあるかと思えば、「わしの家は普通とちゃう。それでも友達でおってくれるか。」とすがる。強さと脆さをあわせもつ勝治と、男同士の友情を育んでゆく広之の一夏を描く物語。 「理想の家庭の条件とは?」と聞かれて、皆はどんな事を思い浮かべるのだろう。例えば、「血のつながりがある親と暮らすこと」「両親がまっとうな仕事についていて裕福」「家族が健康である」等々だろうか。だが本当の幸せは、外的条件のみでは計れない。肝心なのは、家族それぞれの、お互いを思う心がどれだけ深いかだろう。そして、思う心の強さと深さは、別れの辛さをどれだけ知っているかに依ると思う。 だから彼等は出会った人との繋がりをとても大事にして、必死で守ろうとする。どんなに言葉がぶっきらぼうでも真心は伝わるし、他人の家のオムライスより、母親が買ってきたシュークリームがおいしく思える時がある。「大切なのは中身」という、シンプルだけど大事なことを教えてくれる作品。抱き桜(小学館文庫)【電子書籍】[ 山本音也 ]楽天Kobo電子書籍ストア
November 29, 2013
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ミステリーを書くことが多い作者ですが、今回のはちょっと違います。いちばん長い夜に乃南アサ NHKのドラマ10枠で、飯島直子と上戸彩主演でドラマ化された作品『いつか陽のあたる場所で』から続く、前科(マエ)持ち女性二人シリーズの完結編である。ドラマ化されてから間もなく本作が刊行されたので、ドラマ視聴の流れで手に取った方もいるのではないだろうか。 三部作の表紙を並べてみるとわかるのだが、『いつか陽のあたる場所で』『すれ違う背中を』で常に背中を向けていたヒロインが、本作では前を向いている。但し、目はつむったままだ。微笑んでいるようにも、何かを悼んでいるようにも見える、不思議な表情だ。このヒロインは、二人のうちどちらだろう?どちらにもあてはまるような気もする。 主人公の二人、芭子は強盗で七年間、綾香は殺人の罪で五年間の刑務所生活を送っている。罪に対して芭子の刑期が長いのは、彼女が実家と絶縁状態にあり、一方綾香は、夫の暴力に我慢していたものの、わが子にまで暴力が及ぶことを恐れて夫を殺害したという事情を考慮されたからだ。自分の過去を悔む芭子は、前科持ちであることを周囲に知られまいと怯え、後悔していない綾香は何かというと“あっち”のことを引き合いに出す。対照的な二人は前作でそれぞれの夢を見つけて、ずっと谷根千で暮らしていくかに見えたが、ある出来事が二人を決定的に分けてしまう。それが、今回の大震災である。 フィクションに現実の出来事を混ぜることは賛否両論ある。フィクションの中でまで、辛かった現実を思い出したくないという人もいるからだ。しかし今回は、著者自身が作中の人物達に託して伝えたかったことがあるようだ。原発の風評被害への怒りもその一つだ。そしてまた、今まで“息子のために夫を殺したことを絶対後悔していない”と言い続けた綾香が、考えを改める件も本作のポイントだ。例え裁判がどうであろうと、許される殺人など何一つないし、喜ばれる死も、また、ない。その事を踏まえたうえで、綾香は自分の進むべき道へと、新たな一歩を踏み出す。綾香以外の誰とも苦しみや悲しみを共有できなかった芭子もまた、新たなパートナーを得る。 『いつか陽のあたる場所で』で芭子に想いを寄せていた警官・高木聖大は、『ボクの街』『駆け込み交番』で主役を張っていたが、彼の新たな道も示される。三者三様の新たな道へのスタートで幕を閉じる三部作がこれで終わってしまうことには、一抹の寂しさを感じるが、彼等の選んだ道がどうぞ平らかであれと願わずにはいられない。 【送料無料】いちばん長い夜に [ 乃南アサ ]楽天ブックス
May 31, 2013
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みなさん、こんばんは。小説で読むと面白い人が沢山います。でも実際にこんな面白い人もいたのです!小美代姐さん花乱万丈 集英社文庫群ようこ大正14年1月5日、産婆も仰天するほどの巨大な赤ん坊が浅草に誕生。美代子はある時父親に連れられて行った『提灯がいっぱい下がってて、大きくてきれいなおうち』に一目惚れ。読者は、長襦袢を着たきれいな女の人の存在や、父の「お母さんにはここに来た事を言ってはいけない」発言で、その場所がどこか、すぐに見当がつく。更に、父親が「2時間ほどで帰ってきた」くだりや、美代子の感想「お父ちゃん、来る前よりきれいになった」などが、駄目押し!ああ、誰か、私の笑いを止めてくれ。さて、運命的な出逢いをした美代子は、芸者になる。水揚げの夜のドタバタ、駆け落ち間際までいった恋、貫禄と剣幕から、お姐さんと間違えられ賭場に行った顛末、失敗の連続だったOL時代。抱腹絶倒の毎日には、『欲しがりません 勝つまでは』と窮乏生活を強いられ、周囲を監視し、小さく生きた昭和人達の面影は少しもない。こんな人もいたんだな。一つの奇跡を見る思い。東京大空襲も生き残った彼女は、とんでもない欠陥住宅を買っても、人々の好意で風呂桶から何から整えてしまう。彼女は確かに強運だ。特に、人との縁については。でも、彼女は、棚から落ちるぼた餅をただ待っていただけではない。それだけの人生だったら、「ああ、幸運な人だったのね。」と読み過ごして終っただろう。自らの努力を怠らない彼女だったからこそ、私は応援したくなったのだ。「三味線をどうせやるなら、厳しい先生がいい」「置屋でも厳しいおうちがいい」というこの心意気、いっぺんで惚れこんだ。三味線でも立ち居振舞いでも、やり方は、見て覚える。ここで試され、鍛えられた美代子の意志と能力、自主性が、ちゃんと、後で役に立つ。置屋で先輩達から、話す時の注意を教わった彼女は、「家は焼かれても、かすり傷ひとつ負わない」という予言を信じて、大空襲を生き抜いた経験により、言葉が人をどう生かすか知っていた。人と接する時の心構えが、最低限身についていたからこそ、相手によって態度を変えない、明るい彼女の「地」が、より一層、横山大観・長嶋茂雄等様々な名士達に好かれたのだろう。彼女は、両親の死、甲斐性のない浮気性の夫による窮乏生活、その死に遭遇し、決して「順風満帆」な半生ではなかった。でも、激動の時代を生き抜いた人につきものの、「涙と笑いの」という修飾詞は、じめじめ、くよくよという言葉とは無縁だった彼女には、今回ばかりは似合わない。それよりも、「笑い」という名の花を、百万本集めて、この本を飾ってみたい。きっと彼女と本には、そっちの方が似合ってる。【中古】 小美代姐さん花乱万丈 集英社文庫/群ようこ(著者) 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
March 12, 2013
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みなさん、こんばんは。海堂尊さんの人気シリーズは、皆どこかで登場人物が繋がっています。こちらの作品は外伝にあたるのですが、メインシリーズの登場人物とも関係あります。螺鈿迷宮(上下) 角川文庫/海堂尊 TVや映画になった『チーム・バチスタの栄光』で、一躍有名になったシリーズ。不定愁訴外来(別名・愚痴外来)の責任者・田口と厚生労働省の役人・白鳥のコンビが医学業界で起きる犯罪を暴いていく。 シリーズものでは、白鳥の突っ走りっぷりが目立ったが、本作では彼が脇役で、語り手として、天馬大吉というおめでたい名前のとおりそのままの医学生が登場し、舞台も東城大学医学部付属病院から碧翠院桜宮病院になる。「人を生かす」目的を持ちながら、終末医療や緩和ケアなど、死とも向き合わなければならない病院の現実や、今話題となっている自殺サイトの問題も取り上げており、「フィクションでありながら、リアリティがある」とでも言おうか。そこに大吉自身の秘められた過去も絡んで来て…。姫宮という名で、「氷姫」というニックネームを持つことから、さぞかし可愛らしくて仕事も出来るクールビューティだと思ったら、真逆のキャラでびっくり。「シリーズ本篇を順番通りに読んだ方がいい」と書かれたネット上のレビューもあったが、本篇を読まなくても、さほどもどかしさを感じなかった。個人差があるのかもしれない。【中古】 螺鈿迷宮(上) 角川文庫/海堂尊(著者) 【中古】afb【中古】 螺鈿迷宮(下) 角川文庫/海堂尊【著】 【中古】afbブックオフオンライン楽天市場店
February 25, 2013
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ところで、今日は映画化もされたバチスタシリーズで一躍有名になった海堂尊さんの近未来小説を紹介します。人工冬眠なんて本当にあるんでしょうか。モルフェウスの領域海堂尊『アリアドネの弾丸』『ケルベロスの肖像』とギリシア神話を好む著者の、これまたギリシア神話絡みのタイトル。モルフェウスとは翼を持っている夢の神で、眠りの神ヒュプノスの息子である。本作では、桜宮市にある未来医学探究センターで働いている日比野涼子が、世界初の「コールドスリープ」技術により人工的な眠りについた少年・佐々木アツシに名付けたあだ名である。彼女はアツシの生命維持を担当していたが、5年経過してようやく彼が目覚める際に、重大な問題が立ちはだかることに気づき、静かなる戦いを始める。 バチスタシリーズに連なる作品といっても、激しく論戦を交わしたり、真犯人を追いつめるなど派手な場面は一切ない全体的に静かなトーンである。仕事で関わり、一面識もない少年のために、一人の女性がどうすれば彼の幸せに繋がるかを考えて、孤軍奮闘する物語。人工冬眠の是非を問う問題作というよりは、ヒロインを中心とした、母性愛、女性の少年への無償の愛、果ては二人の純愛物語?という、愛が前面に出ている作品という印象を持った。 冒頭はお馴染みの厚労省や現代医学への批判があって、なかなかストレートにメインプロットに入らせてもらえないが、いよいよ少年の覚醒というあたりから、ようやく本筋が動き始める。他の評者も述べているように、単独で読んですっきりするタイプの作品ではない。むしろ他のシリーズを読んでいると、「ここでほのめかされているあの人物とは、あのシリーズの医師のことだ」などという気付きがあり、シリーズありきの作品である。 ひとつ疑問が。「僕をここまでこっぴどく叩きのめしたのは長い人生の中でもふたりだけ。日々野涼子、君と、君に導かれて僕の前に現れたステルス・シンイチロウだけ。(p255)」という独白があるのだけれど、『ジーン・ワルツ』『マドンナ・ヴェルデ』に登場した曽根崎教授と西野が、一体どういうやりとりをしたのかが本作を読んでわからなかった。他の作品で明らかにされているのだろうか。【送料無料】モルフェウスの領域 [ 海堂尊 ]楽天ブックス
February 18, 2013
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みなさん、食の安全って考えたことありますか?とてもフィクションとは思えない小説を読みましたので紹介します。それにしても雪と言われたのに降ってませんね。【1000円以上送料無料】ブラックボックス/篠田節子オンライン書店 BOOKFANブラックボックス篠田節子かつて東京の企業で華々しく活躍してきた栄美は、あっさりと会社がつぶれ、サラダ工場のパートタイマーとして、ひっそりと故郷に戻ってきていた。栄美の友人で幸せな結婚をしたはずの聖子も、やはり夢破れて故郷に戻り、栄養士として働いている。そして二人の友人である剛もまた、理想とした農業改革に失敗し、先祖伝来の土地を他者に貸し出す羽目になる。 なぜ私たちは季節を問わず、新鮮な野菜や果物を手にできるのか。私たちは食のプロセスがブラックボックスになっているにも関わらず、「安全」「安心」という聞こえのいい言葉だけを上澄み液で掬って、結果だけを享受している。そして何か起こってしまった時には、私たちの体に、取り返しのつかない異常が起こってしまっているのではないか。 サラダ工場で働くアジアからの出稼ぎ女性の過酷な労働条件、小規模農家が生き残るための選択、全て管理され万全であるはずの工場で起きた事故、子供達に増えた食に対するアレルギー等々、いずれも、現実に起きていてもおかしくないと思わせる出来事ばかりだ。 そうした出来事に3人がそれぞれ関わってゆき、やがて一つの流れに収れんされる。今回主人公として登場するのは、いずれも挫折を経験した男女である。現実が理想通りにはいかないことを、骨の髄まで知っている。しかし、そんな彼や彼女達でさえも見過ごしにできない事が、次々と持ちあがる。彼等がブレないキャラクターではなく、虚栄心も流されてしまう弱さも持っている、いわゆる普通の人であることが、読者からの共感を得やすい所以であろう。読んでいる間中、フィクションを読んでいる気がしなかった。
February 13, 2013
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みなさん、おはようございます。雪が降ると言われた関東ですが、昨日は雪も降ることなく過ごせませした。木曜日も降ると言われているのですが、どうでしょうか。今日はいくぶん暖かく洗濯も干せそうです。みなさんの所はいかがですか。さて、今回は先ごろ『水のかたち』が出版された宮本輝さんの小説を紹介します。三千枚の金貨上下宮本輝斉木光生は、5年前に入院していた時に、「桜の満開の時分にそこに立つと、自分の影がたった一本きりの桜の木を覆う。その桜の木の根元に合わせて三千枚の金貨がある。みつけたら、あんたにあげるよ」と見知らぬ患者から声をかけられる。会社の同僚と顔なじみの女性と共に、宝探しを始めようとした矢先に、怪しげな会社の男性に見張られているような経験をする。 同者の作品『水のかたち』はヒロインのもとに何かがもたらされたことで物語がぽんぽん進んでいくが、本編は男性が主人公なので、やはり自ら動いて物語を動かしていく。前半、後半含めて金貨の話をした芹沢由郎がもう一人の主人公として大きなウェイトを占める。過酷な体験をした男が、最後になぜ金貨を見知らぬ他人に託そうとしたのか、という謎が、彼の人物像と共に明かされていく。宝探しの段階で、三人の男性と一人の女性のこれまでの生き方も紹介され、一様に苦楽を体験した中年男性が、いっとき宝探しといった贅沢な遊びに興じている様子を楽しませてもらった。 『水のかたち』同様骨董品に関する話題が登場する。作品中に美味しそうな惣菜の描写があったり、斉木が旅した天山山脈の旅の描写があったりと読者を楽しませる工夫がなされている。他にも、釣り忍や蕎麦の話など、途中にいろいろ話が挿入されている。正直言ってゴルフ談議などはそれほど興味が持てなかった。こうした遊びも彼の作品の魅力でもあるのだろうが、メイン&サブストーリーだけに絞って欲しいと思う人もいるだろう。 【送料無料】三千枚の金貨(上) [ 宮本輝 ]三千枚の金貨 下/宮本輝【RCP】オンライン書店boox
January 23, 2013
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林真理子さんの新作を紹介します。ドラマにできそうなストーリーではあるのですが、ラストがちょっと尻切れトンボなんです。途中で打ち切りになったわけではないですよね…。アスクレピオスの愛人林真理子WHOメディカル・オフィサーとして世界中を飛び回る佐伯志帆子。テレビに映る彼女を見る3人の男性の描写からこの物語は始まる。語学にも堪能で、国際会議で堂々と発言する。感染症が発生すれば満足な設備もない中で奔走し、時には医療器具を横流ししようとする地元の役人とも渡り合う。このようなプロフェッショナルとしての姿も持ちながら、有名美容外科医の元夫、病院理事長、彼女を慕う年下の小児科医というそれぞれ違ったタイプの3人の男性を魅了し、外国人の恋人にも事欠かない。 「マリコ文学史上最強のヒロイン」という触れ込み通り、志帆子には、隙がない。「昼は淑女のように、夜は娼婦のように」を地で行くような生活ぶりは、掲載誌が週刊新潮という男性読者もいる週刊誌だったせいもあろう。 ただ、この作品のテーマが医療なのか、彼女の生き方を中心に描きたかったのか、曖昧に感じられた点が惜しまれた。なんでも「平成の“白い巨塔”を」と示唆されて書いた作品だそうである。確かに、病院内の派閥争いこそないものの、先に挙げたような医療の利権に群がる人々、メディカルツーリストとして高度な治療を受けられる人がいる一方で貧困の中満足な薬もなく死んでゆく子供たちがいる医療格差、そして元夫の妻が病院で死に医療過誤で裁判沙汰になるという、こちらも週刊新潮向けの話題も入っており、医療上の問題は多く出てくる。ただ、志帆子の生き方に何ら影響を与えておらず、医療過誤もいろいろと事件を絡めたわりにはあっさりとまとまり、印象が薄い。また、ラストは唐突で、奔放な母親に対応できない娘との関係や、彼女に救いを求めてきた小児科医の関係なども放り出して終わってしまっている。どれか一つにテーマを絞った方が良かったように感じたが、エンタテインメント性を重んじたのだろうか。 【送料無料】アスクレピオスの愛人 [ 林真理子 ]楽天ブックス
January 10, 2013
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久しぶりの職場は何だか緊張して、そして疲れました。すぐに休みが取れるのが助かります。殆どの方は来週月曜日から出社でしょうか。出社早々、おそらく新年のあいさつがあるのでしょうが、こんな会議ばっかりだったら困ってしまいますよね?【1000円以上送料無料】七つの会議/池井戸潤オンライン書店 BOOKFAN七つの会議池井戸潤タイトル通り七つの会議が登場する。話し合われる内容は【社内環境を良くするには】からコンプライアンス体制に関わるものまで様々だ。全八話から成り、各話で主人公が入れ替わる。東京建電という、大手総合電気の雄として名高い会社の子会社が舞台となる。白物家電から交通機関の座席までと扱う製品は幅広い。営業は売上を伸ばすために猛烈な営業を仕掛け、経理は経費削減でぎゅうぎゅう社員を締め上げ、製造はコスト削減を強いられながらも製品の性能向上を目指す。どの会社にもある構図であり、社員の感じる辛さ、苦しさはビジネスマンから共感を得るところ大であろう。 池井戸作品といえば、権力にも金にもなびかない熱血主人公が定番だが、第一話の顛末を読んだ読者は面食らうのではないだろうか。なにせ、熱心に営業にいそしむ坂戸が異動になり、寄らば大樹を決め込んだ八角が、部長と懇意であるというだけで得をしたように見えるからだ。一話の主人公・原島は別の課の課長で、左遷された課長と知り合いだ。その彼の視点で描かれているため、余計にのっけから理不尽な処分だと感じる。そこで原島が八角に問いただすと、意味シンな言葉を残す。実は裏があったのだが、その究明へとすぐに向かうのではなく、東京建電と周囲の会社社員を巡るエピソードを時系列に沿って紹介しながら、少しずつ真相が明かされる。このあたりがじれったくもあるが、ある話の脇役が別の話では主役となってその心境が語られたり、それぞれが善人・悪人とばっさり切り分けることのできない、味のあるキャラクターとなっている。 虚飾の繁栄か、真実の清貧か。この問いは、登場人物の一人によって述べられているが、ものづくり日本の衰退が叫ばれる今だからこそ、製造業のみならず、全ての職業人が常に心にとどめておくべき問いかけである。
January 5, 2013
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大島真寿美さんを知っていますか?最初は児童小説からスタートしたのですが、NHKドラマの原作になるなど、最近では大人向けの作品で知られています。今回は、彼女の最新作を紹介します。ゼラニウムの庭大島真寿美彼女の祖母・豊世は、作家となったるみ子に、とある女性・嘉栄について“ものがたる”。るみ子がずっと親戚の女性だと思い込んでいた彼女の生涯は、常識では考えられないくらいに数奇なものだった。その内容を記述したものが本書である、という設定だ。しかし物語には付記がついている。ずっと他人の口から“ものがた”られてきた嘉栄が、もう一度、自分の口から、その生涯と思いについて“ものがたる”。 前作『ピエタ』で、初めて物語の舞台も主人公も外国に移し替えた大島さんが、次に選んだ舞台は何度も書かれてきた日本。しかし、先に挙げたように、登場人物にちょっと捻りがあり、描かれる時代幅もかなり広い。更には、作品の中に複数視点が使われたのも初めてではなかろうか。一人の視点で一旦完結した物語が、実は本当の主人公―嘉栄―の視点からもう一度語り直されることで、俯瞰的に一族の歴史を見ることが出来ると共に、人はさほどに他人を理解するのが難しいか、ということも感じ取れる。 “人と違う年の取り方をする”という設定は、ブラッド・ピットが主演した『ベンジャミン・バトン』が名高い。年の取り方こそ違え、「自分と同じ人生を歩んでくれるパートナーを得られない」「心の成長と体の成長が異なるが、他人は体の成長から自分を判断するため、長い期間にわたって共感・同意を得られる相手がいない」という境遇は同じだ。 人生も半ばを過ぎた人の中には、アンチエイジングと称して、いつまでも若くあることを願う傾向が強いが、本当に若いままであれば、それは幸せな人生なのか。若さと引き換えに「この世の理の外におられる(p144)」ことを常に自覚しなければならない嘉栄の心情吐露によって、一つの答えは提示される。とはいっても―だいたい、プロ作家の描いた原稿(という設定)に文句をつけるあたりから、想像がつくだろうが―嘉栄はなかなか気丈である。登場人物の境遇に泣いておしまい、なんて思っていたら、蹴りをくらわされるので、ご用心を。ゼラニウムの庭著者:大島真寿美価格:1,575円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る
December 18, 2012
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みなさん、こんばんは。この間、WOWOWで『尋ね人』がオンエアされた谷村志穂さんの最新作を紹介します。北海道を舞台にした作品を多く著している作家で、代表的な作品には『海猫』などがあります。また、今回紹介するこの作品は装丁も美しく凝っています。千年鈴虫 谷村志穂母に半ば強引に誘われた『源氏物語』のカルチャースクールで、木田千佳は七十代半ばの講師、大橋征一と出会う。毎回源氏の生涯を語りながら、源氏よろしく複数の女性と関係を持っていると囁かれる大橋と、母が関係を持ったらしいと聞いてから、千佳は彼に近づいていく。 全6章から成るラブストーリーだが、既存作品にあるような年齢の離れた男女の“純愛”がテーマではなく、“千年を超えてもなお不可解な「どうせわかりっこないのに理解しようとする」恋愛なるものの不思議さ”に重点が置かれている。 源氏物語の原文が挿入され(もちろん意訳も)、千佳と大橋、大橋の息子・一之、そのほかの男性との関わりといった現代の恋愛と、源氏物語の中の架空の物語がリンクしている。最初は乗り気ではなかった源氏物語に、ヒロイン・千佳が引き込まれてゆく過程で、数多の源氏物語のヒロインと自分のありようを引き比べるシーンが増えてくる。とはいっても千佳の一人称小説なので、男性の登場人物たちは、あくまで外側に出てくる台詞や行動でしかキャラクターを表現できない。内面は彼等のみぞ知る。セックスシーンも登場するが、しつこい感じはない。恋愛小説プラス源氏物語の教養も身につく一挙両得作品。 【送料無料】千年鈴虫 [ 谷村志穂 ]楽天ブックス
November 21, 2012
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宮本輝さんといえば、テレビドラマ『青が散る』や斎藤由貴さんが出演していた『優駿』古手川祐子さんが出演していた『花の降る午後』など1980年代に作品が多く映像化されていました。こちらも映像化してもいいような、気持ちのいい本でした。テーマは水なんですが、まるで水みたいにするするっと読めたのです。水のかたち 上下巻宮本輝能勢志乃子は、偶然50歳の誕生日に、閉店するという近所の古い喫茶店の女主人から、年代物の文机と茶碗、手文庫を貰い受ける。その時は換金することなど思いもよらなかったが、茶碗を目利きの老人に見せたことから結構な値段で購入したいという客が現れ、この一件を悩みつつも処理した手腕を見込まれ、老人から古美術を扱う仕事を勧められる。また、手文庫の中から、敗戦のどさくさの中集団で北朝鮮を脱出した人の手記が隠されていて、偶然次男の職場の上司に関わりがあったことがわかり、はるばる正当な持ち主の元まで訪ねていく羽目に。 冒頭に挙げた方丈記は、さらにこう続く。「よどみに浮かぶうたかたは、かつ 消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」 方丈記では、世の中を水の流れに例えているが、本篇のヒロイン・志乃子は水のような女性だ。全てを受け入れ、そして全てをためらいもなく解き放ち、また新たなものを受け入れる。我欲のない彼女の人柄を見込んで、姉や夫を亡くして間もない友人が相談を持ち掛け、彼女たちの伝手で人間関係がどんどん広がっていく。弧族などという現代流行している言葉からは、全く無縁な世界がここにあるが、それも彼女が50年という歳月を経て培ってきた人間力故であろう。現代版わらしべ長者のように、ただで手に入れたものから運が開け、しかも初対面の男性から「一目ぼれしました」と言われる彼女に、できすぎの感を抱く読者もいるかもしれないが、自然体でいる彼女の生き方が善き人、善きものを引き寄せていると言えるのではないか。彼女に敵対するキャラクターも殆ど登場しない。怪しそうな人物は一人いるが、それとて彼女に実害のある何かを与えることなく去っていく。 水のようなヒロインが、水のように周囲と関わっていく様子を、まるで水を飲むようにすらすらと読めた作品であった。【送料無料】水のかたち(上) [ 宮本輝 ]楽天ブックス【送料無料】水のかたち(下) [ 宮本輝 ]楽天ブックス
November 5, 2012
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最近、池井戸さんの小説を読みなおしています。出始めた頃に一通り読んだのですが、比較的ゆっくり時間がある今こそ、読みなおしたいのです。まっすぐな主人公が、仕事って何だろう!?と考えさせてくれます。【送料無料】オレたち花のバブル組 [ 池井戸潤 ]楽天ブックスバブル世代のバンカー・半沢を主人公に据えたシリーズの第二作。先ごろ、最新作『ロスジェネの逆襲』が出版された。本作を読んでおくと、『ロスジェネ…』の人間関係がよくわかるが、単発で読んでも楽しめる。 バブル入行組の一人である半沢は、同期が抱えていた老舗ホテルの案件を引き継ぐ。そのホテルでは運用に失敗してかなりの損失が発生していたが、ホテル内で社長と専務が対立していた。一方、半沢の同期である近藤は、出向先の電機会社の社員として、銀行から度重なる融資を断られている案件に取り組むが、銀行からも出向先からも役立たずとみられていた。 本篇の主人公は半沢であるが、強い信念と抜群のリーダーシップを持つ彼と、休職して今また出向先との軋轢に悩む近藤という対比的なキャラクターの物語を並行して描くことで、理想と現実のバランスを取っている。“フィクションなのだから、胸がすかっとする勧善懲悪の解決を見たい”が、一方で、“あまりにも現実離れしていると、「どうせ現実にはあり得ないんだから」と関心が失せる”微妙な読者のわがまま心を読んだのだろう。 同じ銀行内での出身銀行を巡る対立、立て続けに成績を挙げている若手検査官が率いる金融庁の検査、人事権を持つ上司からの圧力等々、二人の前には山ほどの障害が押し寄せる。しかし彼等は、クライアントを善き方向に導くために、それら全てと戦ってゆく。例え利益が相反しても、お互いの立場を理解して支え合う同期入社組の友情が、利で結びついている上層部の関係と対照的に描かれ、好感が持てる。 『ロスジェネ…』にも仕事=人生の半沢が数々の名セリフを残してきたが、本作でも「一日の半分以上も時間を費やしているものに見切りをつけることは、人生の半分を諦めるのに等しい。いい加減に流すだけの仕事ほどつまらないものはない。」など、真摯に業務に取り組む彼を印象付ける言葉が散見される。 惰性で仕事をしている人たちに、喝を入れる一冊。
October 4, 2012
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ロスジェネの逆襲/池井戸潤【RCP1209mara】オンライン書店boox「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」の銀行員・半沢直樹が活躍するシリーズ第三弾。 バブル期の男子学生就職先ナンバーワンは、証券と銀行だった。その次がメ―カ―で、公務員は地味だと言われて人気がなかった。しかしその後バブルがはじけて、あれよあれよという間に証券会社はつぶれるわ、銀行はやたら合併してひらがな名前が増えたり名前が長くなるわ、あげくに不人気だった公務員が今は一番人気である。あの頃のリアルバブル入行組も、さぞや幾多の波を被ってきたことだろう。 さて、フィクションの世界のバブル入行組・半沢直樹も、なかなかヘビーな人生を送っている。出向という形で銀行からは出され、系列子会社の証券会社で働いている。今回相手先から持ち込まれた案件を、なんと親会社である銀行の証券営業部がかっさらい、その親玉がかねてから因縁のある相手だったことから、半沢は前代未聞の方法で大手銀行に対抗する。とはいっても、相手憎しで対立するわけではなく、理不尽な銀行のやり方に怒ったからである。 銀行内の人間関係、そして半沢の仕事相手の会社の事情、そもそもこの案件が資金力と実績のある銀行ではなく、子会社の証券会社に持ち込まれた理由など、真実が明かされる中で、“出向組”であることと“バブル世代”であることから二重に半沢に反発していたロスジェネ世代の部下・森山が、どんどん半沢に感化されてゆく。そして恨みつらみを抱くだけだった人生から脱却し、仕事とは何かに目覚めてゆく。これはバブル世代半沢の復活物語であると同時に、ロスジェネ世代森山のビルドゥングスロマンともいえる。 数々の台詞に代表される半沢やバブル世代の男たちのカッコよさが半端でないのだが、誰もはっきりしたものが言えなくなっている現在、フィクションくらいは、これくらいの思い切りの良さがあっていいだろう。
September 11, 2012
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昨日は雷雨がひどかったですね。東京スカイツリーがオリンピックカラ―になると言われて行ったのですが、普通の粋=青でした。今日辞める友人と夕食を食べに行ってきて、ちょっと疲れています。昨日に引き続き本多さんの小説を紹介します。本多孝好ALONE TOGETHER「MISSING」で「このミステリーがすごい!」のベスト10入りを果たした著者の長編。 医学部を中退し今は登校拒否の少年達が通う特殊な塾の講師をしている柳瀬。6回講義を受けたことがあるだけの間柄の笠井教授から笠井が勤める大学病院に入院中死亡した女性の娘を守って欲しいと頼まれる。しかも笠井はその女性を安楽死させた容疑で逮捕される見込みだった。「ALONE」「TOGETHER」「一緒に」と「一人」。相反する言葉をタイトルにもつ本作の主人公、柳瀬には人の波長をキャッチし、シンクロ(同調)することができる能力が備わっていた。しかしその能力は彼を不幸にしてしまった。どんなに他人の思いに寄り添って行ったとしても、結局その人の孤独や何かを肩代りしてやれるわけではない。他の人には感知できず、中途半端に近づけるだけに、かえって完全に寄り添えないことの苦悩が深くなるだけ。人と人とがわかりあうことは、本当はとても難しい。でも、そんな人間を見つめる作者の目は、とても優しい。【送料無料】Alone together [ 本多孝好 ]楽天ブックス
September 6, 2012
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職場で2人の同僚が去ります。それぞれやりたい事を見つけての退職なので暖かく送り出しましたが、やはりさびしいです。でも、失った代わりにきっと何かを得るのでしょう。私も彼等も。何一つ、変わらぬものなどないのです。さて、今回は、何かをなくす人たちが登場する小説を紹介します。本多孝好MOMENT『MOMENT』 本多 孝好 / 集英社それぞれのタイトルの持つ意味が、後でずんと響いてくる小説すばる2002年1月から4月号に分載された「FACE」「WISH」「FIREFLY」「MOMENT」が収録されている本編は、短編集「MISSING」長編「ALONE TOGETHER」を発表した著者の三作目にあたる連作短編集。2年のブランクを経て書かれた作品は、各話で完結しつつ、後半に向けてある謎の解明が絡むつくりになっている。「死期を迎えた患者の頼みを聞き届ける必殺仕事人がいる」という噂が病院で流れ、ひょんな事からもらい過ぎた金の分だけ仕事人をやる事になったバイトの神田が主人公。死が珍しくない職場で働いているにもかかわらず、神田にとっては死は他人事だと感じている事が、「FACE」で早くも明らかになる。死を前にした老人の話を聞きながら、TVでやっている恋愛ドラマに心の中でコメントしているシーンだ。その時点で神田にとって、死はTVドラマよりも遠くにある。もし老人が神田の祖父なら違っていただろう。大抵の場合、死期はまず本人には知らされず、家族が先に知る事になるからだ。老人の言葉を聞けるのもあと何回あるかわからない。一言一句忘れずに、ちゃんと望みをかなえてやろう。TVなんかつけてられない。多少の罵詈雑言くらい我慢して。仕事として動いている神田は、そんな同情心は持ち合わせていない。だからだろう。TVドラマでは従容として死を待つ演出がなされる事が多い彼等-死を前にした人達-の本音を、いちはやく知る立場におかれたのは。人間の本音は、美しいものばかりではない。「生き続けたい」という究極の、でもかなわぬ望みと戦う彼等の心の中には、どろどろしたものが渦巻いている。生き続けられる者への嫉妬。わざわざ自ら死を選ぶ者への怒り。行き場のない寂しさ。依頼人達との出逢いを経て、神田の心に変化が起きる過程を、著者は急がず、決して劇的にもせず、描いてゆく。だから最終話「MOMENT」で彼はあの行動に走ったのだと、こちらはすとんと納得できたのだと思う。死は「スイッチを押せば消えてしまう他人事」ではなくなっている神田。神田の友人で足しげく病院を訪れる葬儀社社長の森野、洋楽を聞いているパートの速水さんら傍役陣も活躍する最終話は、夕焼けに似ている。きっと明日は晴れに違いないと確信できる、きれいな夕焼けに。【送料無料】Moment [ 本多孝好 ]楽天ブックス
September 5, 2012
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ひところ液晶テレビで一世を風靡したシャープの苦境が報じられていますね。シャープのような大企業ならずとも中小企業とも苦しい戦いが続きます。リストラに苦しむ人も多いことでしょう。卒業したにも関わらず正社員として雇用がかなわないという報道もありました。今回は、直木賞を受賞した池井戸潤さんの作品を紹介します。企業としての戦いと野球チームの戦いがシンクロします。【送料無料】ルーズヴェルト・ゲーム [ 池井戸潤 ]楽天ブックスルーズヴェルト・ゲーム池井戸潤「一点ずつ取り合うシーソーゲームもいいが、私としては点差を追いつき逆転するところに醍醐味を感じるんだ。一点ずつそれぞれが加点して四点になったのではなく、最初に四点取られて追いついたから、この試合は余計におもしろい。絶望と歓喜は紙一重さ。まるで、なにかと同じだな。(p260)」 営業力と資本力には難があるが、イメージセンサーにおける技術力では群を抜いている青木製作所では、ライバル社からのコスト攻勢にあい、仕入先からは受注と仕入コスト削減、銀行からは融資と引き換えの更なるリストラを命じられている。一方野球部では、社長と衝突した監督がエ―ス投手と4番打者を引き抜いてライバル企業に移籍してしまう。野球でいえば、九回二死、残塁なしといったポジションにいた青木製作所に、新監督が赴任してくるところから、この物語は始まる。 高校野球の経験はあるが、社会人チームを率いたことのない監督が、今までにない選手起用を行いベテランの反発を招くが、統計学の分析手法を用いて理路整然とした説明を行う。映画『マネーボール』でブラッド・ピットが演じた実在のGMを彷彿とさせるキャラクターだ。彼のもとで選手たちが再び勝利を目指して戦う。これが、一つのメインプロット。 一方企業としての青木製作所も、リストラを迫る銀行、コスト削減を迫る客先、技術を狙うライバル企業、そして外患を取り除くための施策を実施するための従業員、それぞれと戦っている。これが、もう一つのメイン・プロット。そして先に挙げたプロットの主役・野球部が、コスト削減のアオリを受けて存続の危機に立たされる。こうして二つのプロットが繋がり、その後も両者は密接な関係を保ちながら、それぞれの戦いに挑んでいく。 冒頭に掲げた言葉は、時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズヴェルトが好きな試合として「八対七の試合が好きだ」と言ったことに関連している。青島製作所の創業者であり、現会長の青島もまたルーズヴェルトと同じ想いで企業を育て、野球部を見守ってきたことが、この一言で現社長の細川に伝わる。物語の分岐点となる重要なシーンであり、正義の弱者が悪の強者を駆逐する逆転劇が何よりも好きな読者の心をわしづかみにする。 うずもれていたスーパールーキーや、自分の勘を信じて商売をする青島製作所の大株主など脇役陣からも目が離せない。
August 29, 2012
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みなさんこんばんは。毎日蒸し暑いですね。今日はいつもヒロインにユニークな名前をつける桜庭一樹さんの小説を紹介します。傷痕/桜庭一樹モデルとしているのはキング・オブ・ポップスのマイケル・ジャクソン。後年は悪い噂と変わり果てた外見というマイナスイメージばかりが飛び交っていた彼だが、葬儀で娘が「最高の父親だった。愛していると言いたい」と告げたために、マイナスイメージがどこへやら吹っ飛んでしまった。 本作は日本に彼のようなスーパーアイドルがいて、母親の分からない娘がいたという設定になっている。語り手は一人ではなく、娘をはじめとして、彼を追い続けてきたジャーナリスト、彼のファンだった男性、彼を追い込んだ一人であるかつての少女、そして家族。アイドル自身の独白、一人語りの章はなく、あくまで周辺の人々が見たアイドル像の描写のみに留まっている。 読んだ人が必ずイメージする相手がいる作品、というのはなかなか想像の翼を広げるのは難しい。意外性は勿論必要だが、離れ過ぎると「私の考えている彼はそんなじゃない」と反発をくらう。 しかし、誰もが「ああ、そうだ、彼はそんな人だったのだ。」と納得するような共通イメージを提示するのみでは作品の特色がなくなってしまう。そのため“毀誉褒貶があったが本当はいい所もあった”“真実の所は本人にしかわからない”という現実をフィクションが越えられなかったのではないか。 「彼は、怒りを、投げた。そして、悲しみを。それから続いて、儚い喜びを。それは彼という一人の青年の個人的な感情でもあったけれど、ぼくたちみんなの、ひどく普遍的な、普段は気づいていないだけでじつは胸の奥で燃え続けている情熱の姿でもあった。ぼくたちの中にもともとあるなにかを彼が掘り起こして、一人ひとりとともに苦しんだり、喜んだりしてくれているような(p79)」「多大な成功は人生への祝福ではなく、膿み続ける苦しい傷痕だったのか。(p92)」など、アイドル=マイケルを知っている世代ならば頷けるような、あるいはかつての彼の全盛期を思い起こせるような文章の数々は見受けられるのだが。傷痕/桜庭一樹【RCPmara1207】 【マラソン201207_趣味】オンライン書店boox
July 11, 2012
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よくアンソロジーを頼まれてしまうという石田衣良さん、しかし悩みもあるようです。 【中古】単行本(小説・エッセイ) ラブソファに、ひとり【10P25Jun12】【画】【中古】afb 【ブックス0621】ネットショップ駿河屋 楽天市場店今回は短編集『ラブソファに、ひとり』を紹介します。『ラブソファに、ひとり』のみ書き下ろしで、他は他出版社で刊行されたアンソロジーに収録された短編の収録である。『真夜中の一秒後』は【午前零時、PS昨日の私へ】『フィンガーボウル』は【オトナの片思い】『夢の香り』は【あなたに、大切な香りの記憶はありますか?】『ハート・オブ・ゴールド』は【そういうものだろ、仕事っていうのは】『23時のブックストア』は【本からはじまる物語】『リアルラブ?』は【LOVE or LIKE】『ドラゴン&フラワー』は【恋のトビラ 好き、やっぱり好き。】『魔法のボタン』は【I LOVE YOU】という、あるテーマに沿って書かれた短編である。例えば、【LOVE or LIKE】は「恋愛感情なのか、そうでないのか曖昧な男女関係」、【恋のトビラ 好き、やっぱり好き。】などは「若者の初々しい恋愛」という風に、オーダーありきの作品。広告会社でオーダーに沿って文章を書いたことのある石田さんならば、お手の物だろう。ボリュームも十分で物語の起承転結も瑕疵がない。 『ラブソファに、ひとり』『真夜中の一秒後』『夢の香り』は素敵な恋を夢見る女性が相手と巡りあうまでを綴った正統派石田恋愛小説。『ラブソファに、ひとり』『真夜中の一秒後』『フィンガーボウル』いずれもヒロインの方が一枚上手で、“相手をどう攻略しようか”と考えているのだから、疑似恋愛を楽しみたい女性読者にはたまらないだろう。【そういうものだろ、仕事っていうのは】は恋愛の石田衣良というイメージからは異色の存在。沖縄に出かけた若者が共同生活を送るうちに、金よりも大切なものに気づいていくという、まるで池井戸さんあたりが書きそうなテーマだ。でも語り口はあくまで石田さんなので、それぞれのキャラクターに硬いイメージはない。 但し、後書きに書かれた“そろそろアンソロジーは卒業させてもらいたい” という内容が気になった。出版不況を乗り切るために、単独作家の単独作品では失敗のリスクがあると考えたのか、本作のようにアンソロジーの刊行が本当に多い。しかし、長編で真価を発揮するタイプの作家もいようし、長編でなければ書けないテーマもあろう。短編がダメというわけではないが、安易なアンソロジーの編纂が、今後の作家に何らかの縛りをもたらすようにならなければいいが。
July 5, 2012
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今日は朝からあいにくの雨。富士山もスカイツリーも煙って見えません。さて、皆さんはランジェリーをどのように買っていますか?今回は田舎町に出来たランジェリーショップのお話です。【送料無料】シフォン・リボン・シフォン楽天ブックス長年続いた書店が閉店し、ランジェリーショップが出来る。店の名前は『シフォン・リボン・シフォン』。シフォンもリボンも、女性が幼い頃から憧れてきたアイテムで、ふんわり甘いイメージ。シャッター商店街が並び、保守的な親に反発し、かつ東京に憧れて若者が出ていってしまう川巻町には、いささか不似合いなモダンな店名である。全四話構成で、第一話は、両親に抑圧されて育った佐菜子、第二話は、息子と巧くいっていない米穀店の主・均など、店を訪れる人達のエピソードだ。後二話はショップのオーナー・かなえのエピソードが収録されており、第三話ではなぜ彼女が川巻町に店を構えたのかが明かされる。第四話はかなえと母のエピソードと並行して、ショップを訪れるかつての名家夫人とかなえとのやりとりが加わる。息子の行動を不審に思った均が真相をつきとめるミステリー要素があり、かつ主人公が唯一抑圧してきた側となる第二話以外は、親との間がうまくいっていない女性が、自らの重荷を下ろすまでを、過去の回想を交えて描くスタイルだ。母と娘のぎくしゃくした関係といえば、よしながふみさんの『愛すべき娘たち』のラスト・エピソードの台詞「分かってるのと許せるのと愛せるのとはみんな違うよ」を彷彿とさせる。また、女性が同じ女性である母親の台詞に傷つくというエピソードは吉田秋生さんの『桜の園』でも描かれており、おそらく同じ体験をしたであろう多くの女性読者の共感を得ることが予測できる。本作では、母娘の不器用な関係を繋ぐものとして、或いは、母親への自己主張の証として、或いは子供の秘密を明かす鍵として、ランジェリーが登場する。第一話&第三話で主人公が傷つけられるシーンはかなりきつく描かれており、読んでいて苦しく感じる人もいるかもしれない。しかし、その分後半で、相手を許す度量を身につけたり、相手に動じない強さを身に付けたヒロインの変貌ぶりにカタルシスを感じて、素直に拍手喝采できるのではないだろうか。マカダミアナッツオイル(送料無料・レビューを書いておまけ付き)天然100%無添加!売上No.1!伸び...価格:3,480円(税込、送料込)
July 2, 2012
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派遣社員として訓練を受け、派遣先が決まったらそこに就業するという都の就職支援プログラムに合格した女性を昨日見送って、お茶してきました。若い子なので、一度は正社員として就業する機会を得て欲しいと思いながら送り出してきました。どんな風に変身するのか、楽しみです。さて、こちらも変身をテーマにした小説を紹介します。『変身』/ 角川書店32才の神野瑞恵は、人気絶頂のヴァイオリニスト。スポンサーに付いている宝飾会社の副社長石橋俊介が、彼女の愛人。瑞恵は、「称号なきマイスター」と呼ばれている修理師保坂が、修理の間に貸し出したヴァイオリンを気に入るが、その楽器が保坂の自作だと知って馬鹿にされたと怒る。そんな時瑞恵は講師として勤めていた大学の学生で、「演奏家になりたい」と訴えてきた郷田淑美の熱意にほだされ、楽器を選ぶ事になるが。篠田さんが長篇でよく扱うテーマが変身だ。本作では舞台は日本国内の狭い範囲に限られているが、これを海外に持ってゆけば、『インコは戻ってきたか』『コンタクト・ゾーン』になり、国内では『逃避行』『女たちのジハード』になる。ヒロインは、自分が望んでか、或いは他からの力によって、のっぴきならない状況に追い込まれる。一度はくじけてしまうが、彼女達はそこで終わらない。生きてゆくためにもう一度立ち上がる。その過程をくぐり抜けてきた彼女達は、もう以前の影をまとっていない。力なり性格は潜在的にあったにせよ、ヒロインは間違い無く、変身したのだ。一部の小説に見られる「男性との出逢いで磨かれていく女性」は、篠田ヒロインには見当たらない。本作でも、パトロンの石橋、楽器屋の社員柄沢と、登場する男達はどうも肝心な所で頼りない。その分、前半、自分の限界を知りながらも、外面を保とうとあれだけもがいていた彼女が、自らの足ですっくと立つ後半の変身ぶりと、いざという時の女達の結束が、非常に魅力的に映る。本作はまた『ハルモニア』『カノン』の著者の一連の音楽ものの系譜にも連なる。「いい楽器を使えばいい音楽が演奏できる」と信じていた瑞恵が、「本当の音楽とは何か」を知り、「楽器の特性は弾き手次第」と言い切る場面は、感動的だった。【中古】 変身 /篠田節子【著】 【中古】afb楽天で購入
June 1, 2012
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まだ直木賞を取る前の唯川さんの小説を紹介します。【送料無料】 ベター・ハーフ 集英社文庫 / 唯川恵 ユイカワケイ 【文庫】HMV ローソンホットステーション Rバブル絶頂期の平成元年に結婚する広告代理店に勤める文彦と、商社勤めの永遠子のカップル。赤坂の教会で挙式、音羽のホテルで披露宴、そしてハワイに新婚旅行…という行事をこなしていくはずだった。ところが披露宴には文彦の元恋人が現れ「文彦さんを返して!」と手首を切る。新婚旅行先のハワイでは、永遠子が元不倫相手の上司に電話をかけ、「ご主人と代われるものなら代わりたい」と言わせて悦に入るところを知られてしまう。早くもお互いに幻滅し、成田離婚も辞さない二人だったが、実家は既に帰る場所ではなくなっていた。とりあえず、二人は夫婦を続けていくことになったが。1999年12月31日、二十世紀のおわるその日まで、まさに時代の申し子の二人は、ダブル不倫、リストラ、親の介護、子供のお受験などの出来事に直面する。コバルト文庫出身の著者が、初めて結婚生活をメインに描き、新境地を拓いたとの評価もった。私個人の印象は、唯川さんが開き直って嫌な女を描ききった作品だ。今までは、嫌な女はあくまで傍役で、主役に据えてはおらず、或いは、悪女であってもどこかに可愛い所を残しておいたものだった。コバルト文庫の対象読者に不快感を与えないための、キャラクター縛りもあったのだろう。直木賞受賞作品「肩ごしの恋人」の甘えん坊・るり子に至る、イイコじゃないけど憎めないヒロインが迎える二十一世紀は、我々の迎える現実と、非常に近しい所にあるようだ。
February 27, 2012
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みなさま、こたつでぬくぬくしてますか?やっと暖房が直ったので部屋で心おきなく仕事してます。今日は東野圭吾さんの一風変わった短編集を紹介します。黒笑小説東野圭吾集英社文庫書評業をやっていて、一番言われてイタイ言葉は、これである。「そんなに批評するなら、自分が書いてみれば?」いや、それが、同じ「書くこと」といっても全然違う。両方できる人もいるだろうが、そう簡単ではない。逆に、優れた批評眼を持つ者が、オリジナル作品を書いていくのは、大変難しいのではないか。極端な話、一つ書いては一つ消す、なんて事になりかねない。作家が時間給でないと同様、書評も時間給ではない。だから、「作家が何時間も考え、書いてきた作品を、その何分の一かの時間で批評する事」について、済まないなぁと思う時がある。そんなわけで、『もうひとつの助走』『線香花火』『過去の人』『選考会』の文壇もの四編は、読んでいて、笑える所もあったけれど、とても居心地の悪い思いもした。作家の苦悩と、その苦悩を汲む事なく、作品を切り捨てたり批評していく側との物語だからだ。その他の短編は、ユーモラスだが、何だか綺麗にまとまり過ぎている印象を持った。山田風太郎のエログロナンセンスものの衝撃が忘れられないせいだろうか。【中古】 黒笑小説 / 東野 圭吾 / 集英社 [文庫]【宅配便出荷】もったいない本舗 おまとめ店
January 4, 2012
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みなさん、おはようございます&クリスマスイブですね。今WHAM!のLast ChristmasをYouTubeで聞きながら原稿を書いています。やっぱり名曲だ~引き続き桜庭一樹さんの本『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を紹介します。いやぁ、インパクトありありでした。砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない桜庭一樹砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない。ふっと聞いて、ああ、そうだよね。砂糖菓子だもんね、と思う。じゃあ、いったいなんで、そんな役にも立たない砂糖菓子で弾丸を撃とうとするのだろう?そして、誰に向かって撃ってるのだろう? タイトルで読者の心にいくつかのひっかかりを残した本書は、冒頭で更なる衝撃を届けてくれる。海野藻屑という何とも奇妙な名前の少女がバラバラ死体で発見されたニュースが伝えられるのだ。そこから物語は過去に遡り、藻屑が発見者である山田なぎさと出逢ってから物言わぬ死体となるまでが、時系列に沿って描かれる。 少女が死ぬまでの経緯なんて見ていたくないし、知りたくもない。ぷいと横を向いてしまいたくなったが、海野藻屑がなぎさの学校に転校してきた時に行った自己紹介で、またもや顔を戻すこととなった。足を引きずり、ペットボトルの水をひっきりなしにごくごくと飲む藻屑は自らを人魚と称してこう言うのだ。 「人間は愚かでお調子者で寿命も短くてじつにばかみたいな生物だと波の噂に聞いたのできちゃいました。みなさん、どうか(p13)」「どんなにか人間が愚かか、生きる価値がないか、みんな死んじゃえばいいか、教えて下さい。ではよろしくお願いします。(p13)」どこかおかしいのか?それともまともに言ってるのか?砂糖菓子とは逆に、実弾を撃ちたいなぎさ(主人公)の視点で描かれる藻屑の印象は、この「正気」と「狂気」の間を揺れ動く。藻屑の家の事情が明らかになるにつれて、この振れ幅はますます大きくなる。狂っているのは一体誰なのか?「体の見えない所に傷があり、まともに歩けず、虚実をとりまぜた形で語る藻屑」というキャラクターに一方で惹きつけられ、かつ彼女の放つ砂糖菓子の弾丸を受け止めながら、私達はあらかじめ提示された悲劇へと、時折挿入されるなぎさと兄の登山よりも前へ、前へとぐいぐい引っ張られてゆく。 「親の庇護のもとで育たなければならないし、親を選べない」思春期真っ只中の読者はもとより、かつて「心許ない、威力の少ない銃に詰めてぽこぽこ撃ち続けてい」た世代まで、幅広い読者層を獲得する作品。【送料無料】砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない楽天ブックス
December 24, 2011
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またまた桜庭一樹さんの作品を読んでいます。『私の男』が直木賞を取った時にはぴんとこなかったのですが、私の中では今がマイブーム。そしてもうすぐクリスマスですね。今年はいろいろありましたが、年末に働きに行く場があって良かったです。全てにおいてベストはありませんが、家族が健康に暮らせて、とても嬉しく思います。来年もどうか穏やかに暮らせればと思います。荒野 桜庭一樹桜庭さんの主人公のネーミングセンスは独特ですね。先に読んだ『少女七竈と七人の可愛そうな大人』のヒロイン、七竈もそうですが。そしてヒロインたちはそこそこ美人なんです。 さて、名前と容貌でダブルに注目される点では、今回のヒロインも負けていません。 荒野、という名を持つ彼女は、友達に言われて「ばあや」なのかなぁと思っているお手伝いの奈々子さんと、有名な恋愛小説家の父親との二人暮らしです。私生活もなかなか派手な父親の元で育つ彼女は、電車にタイが絡まってしまっている所を助けた少年に惹かれますが、実は彼・悠也は父親の再婚相手の息子だった。 幾度か少女漫画に登場したシチュエーションから、この二人の恋愛が始まります。 物語は全三部構成で、荒野と悠也の恋愛を中心にした少女達の成長と、華麗なる恋愛遍歴を持つ荒野の父を中心にした大人の世界が並行して描かれます。そして大人達の世界を垣間見ているうちに、荒野自身も彼等の世界に少しずつ近づいてゆきます。 父親が自分の身の周りにいる女性をモデルにした小説を読むことで、義母や奈々子さんの女の部分に気づいたり、「この世のおそろしさに震える。在るのだ。在るのだ。在るのだ。こんなふうに生まれてくるのだ。自分も。悠也も。こんなふうにしてやってきたのだ。なんというおそろしさ。 (P354) 」などと義母の出産によって出産を実感したり。そしてうまくいかない恋愛や、友人の成長、男性と女性の違いにも。 短いセンテンスでたたたみかけるように攻めてくる文章を読むと、かつての 少女たち、そして今の少女達は、自分の気持ちを瞬間、瞬間で縫いとめられているような気持ちになるのではないだろうか。 それにしても、自分の成長にも無自覚な荒野に対して、悠也くんの大人びていることったらありません。「遠くに行きたい、なにも所有したくない。それって人間の一つの本能だと思う。で、さっきの話だと、その本能を邪魔するもう一つの本能、所有欲が、恋じゃないかと思ってる」なんて言われたら、経験の少ない女の子はイチコロでしょう【送料無料】 荒野 / 桜庭一樹 サクラバカズキ 【単行本】HMV ローソンホットステーション R
December 22, 2011
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みなさん、こんばんは。桜庭一樹さんの作品にちょっと今はまっています。少女七竈と七人の可愛そうな大人桜庭一樹角川書店「辻斬りをするように男遊びをしたいな、と思った。ある朝とつぜんに。そして五月雨に打たれるように濡れそぼってこころのかたちを変えてしまいたいな。」 他の書評にもあったが、冒頭のこの一文で、がしっと心を掴まれてしまった。確かに、セックス絡みで百人斬りという言葉はあるが、たいがいは男性が女性に対して使う。しかしこの独白は女性のものだ。しかも、学校の教師として、顔見知りが沢山いるコミュニティでずっと大人しく暮らしてきた女性・優奈の。だからこそ、衝撃的なのだ。 彼女のこの決心は、彼女どころか、辻斬りされた男、そしてその結果生まれてきた娘の人生さえも変えてしまう。いやぁ、この男性遍歴たるや、なんとも凄まじい。まさに辻斬りだ。けれど、一方で哀しい。なぜならば、彼女は本当に欲しいものを手に入れられず、その事を思い出したくないがために辻斬りをしているのだから。 「辻斬りに。辻斬りになるのだ。男などどれも同じだと思いこむまで、けして立ち止まるな。からっぽだ。からっぽになるのだ。立ち止まるな。けして。特定の誰かのことなど、けして考えるな。 (P223) 」 人並みはずれた美貌を持って生まれた七竈は、あまねく知られた母親の行状によってニ重、三重に注目される存在だ。だから彼女は同じく美貌の男性・雪風と鉄道模型遊びにいそしみ、男性からのアプローチを忌み嫌う。「男など。男など。列車たちの足元にもおよばぬ。滅びてしまうがよいのだ。 (P27) 」 いんらんな母と同じに見られることを何よりも嫌っているが、肉親故に切り捨てられない。愛憎半ばする思いを抱えて彼女が大人になってゆく過程を、元警察犬で彼女の飼い犬になったビショップをはじめ、様々な人々の視点を交えて描く。 三代にわたって、母親を反面教師として娘が育ってきた経緯は、よしながふみさん漫画『愛すべき娘たち』の最終話と重なる部分があった。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬかない』を読んで以来、桜庭一樹さんの作品を読んでいます。いや、何とも不思議な作家ですね。【エントリーで12/2(金)10:00~12/8(木)9:59までポイント10倍以上】【中古】単行本(小説・エッセイ) 少女七竈と七人の可愛そうな大人【10P02Dec11】【画】ネットショップ駿河屋 楽天市場店
December 21, 2011
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年も終わりとなると、会っていなかった友達に会ってみたくなるものです。そんな友達と行くのは居酒屋?レストラン?誰かが足りない、というタイトルは、一見寂しげだ。それなのに、表紙はとても明るい。一方からさす陽に照らされた一つのテーブルと椅子、準備されたナプキン。これから、このレストランにお客さんがやってくる、その直前を撮影したかのようだ。 本作は短いエピローグとプロローグに挟まれた六章から成り、それぞれの章タイトルは「予約1」「予約2」…のようになっている。エピローグとプロローグの語り手は同じだが、正体は明かされぬまま、各章に移る。章毎の語り手は全て異なっているが、共通しているのは、彼等が全て10月31日に「ハライ」というレストランに予約を入れるということだけだ。さて、「誰かが足りない」とレストランの予約がどう結びつくのか、気になってきましたか? 「望月の欠けたることもなしと思えば」と読んだのは藤原道長だが、私たちの人生は、喪失と獲得の間を行ったり来たりしている。そしてたいがいの場合、喪失から抜け出すほうが難しい。本作の主人公たちも同じだ。恋人に去られてしまった男性、伴侶を失って記憶も薄れつつある女性、幼馴染にうまく気持ちを伝えられなかった女性、過去から抜け出せない引きこもりの男性、不思議な力を持ったがために“失う”ことに敏感になってしまった女性。だが何らかのきっかけや葛藤を経て、彼等はその喪失感を乗り越えたり、喪失を受け入れていく。乗り越えたことのいわば最終試験として「ハライ」の予約がある。なかなか予約を取るのが難しいんですよ、というコメントがあるが、喪失感を乗り越えてゆくにはそれなりの苦労があるんですよ、といいたいのだろう。この作品のエピローグには、ある章の主人公によるこんな独白がある。「絶望じゃない。ただの失敗なのだ。(中略)どんなに大きな失敗をしても、取り返しがつかないほどに思えても、いつかは戻る。人生を下りることではない。そこからまた這い上がれる。這い上がる間の景色もまたいいような気がしているのだ。(p174)」 震災と原発事故で、今もなお打ちひしがれている人に、この言葉が少しでも届けばいいと思った。【送料無料選択可!】誰かが足りない (単行本・ムック) / 宮下奈都/著CD&DVD NEOWINGクリスマスまで待てない!◆店内全品10%OFFセール◆12/13 9:59まで!!【●はじめてのお客様限定...価格:3,060円(税込、送料込)
December 14, 2011
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