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メディカル・トリビューン紙10月29日号に、コペンハーゲン大学病院の研究として、大腿部が太いほど心疾患や早期脂肪が少ないとの論文紹介があった。少し小太りの方が長生きというデーターとも共通するもので、下半身の身体活動を増加させて、大腿部を太くすることを提案していることは興味あることだと思った。健康のためには痩せよりも少し太っていた方がいいとのデーターは多いが、太っていることを気にしている人が多い。私は今までは体質的に何をどれだけ食べても太らない体質で、食べ物をセーブしている人たちからはうらやましがられてきた。ところがどうしたことかここ数カ月で体重が3kgも増えてしまい、お腹が出てきてズボンがきつくなり、ベルトの穴が一つも二つも外になってしまった。今まで食べ物をセーブする必要は全くなかったが最近はそれをしなくてはいけないなと思い、歓迎会などの飲み会の誘いも今まではまったく気にならなかったが、最近は御馳走が出ることを思い、できれば参加したくないなというような消極的な気持ちになってしまった。今までの私はむしろ特別で、殆どの人は食事制限で苦労してきた、あるいは苦労しているのだから、これからその仲間に入って、皆様とともに苦労を味わっていこうと思う。
2009.10.31
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家に帰ったら月見団子が飾ってあった。十三夜だという。ウイキペディア百科事典には次のように出ていた。「月見(お月見)とは、旧暦の8月15日と9月13日に月を鑑賞することである。前者の夜を「十五夜」、後者の夜を「十三夜」と呼ぶ。十五夜の月は、サトイモなどを供えることが多いため「芋名月」とも呼ばれる。一方、十三夜の月は、栗や豆を供えることが多いため「栗名月」又は「豆名月」とも呼ばれる。どちらか一方の月見だけをすることは、「片見月」として嫌われた。十五夜の月を鑑賞する習慣は中国から伝わったが、十三夜の月見は日本独特の風習であり、平安時代に貴族たちが集まって、月を見て詩歌を詠んだのが始まりといわれる。」貴族が集まって月を見ながら歌を詠んだとは風流なことだと思う。その頃は世の中が平和でのんびりしていたのだと思う。今はせせこましい時代で、そんな気分にはとてもなれないという人が多いのではなかろうか。でも、時には昔に帰ってこのような風流に浸って、世の中や人生をしみじみ考えてみるのも必要なことではないかと思う。
2009.10.30
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日本の長寿村・短命村は大変面白いので、私ののブログの最初のページに「日本の長寿村短命村」を楽天アフェリエイトとして載せたが画像がないので、さえないことになってしまったが興味のある方は「画像はありません」をクリックしてみていただきたい。徳島県の藍の産地だった阿波の北方は明治中ごろには化学染料に押されて藍が売れなくなったので、藍の栽培から米作に代わり、四国でも有名な米作地帯に変った。しかし貧乏だったので米を作っても売れるコメは全部売ってしまい、米の代わりに大豆や野菜などを作ってそれを主食にし、さらに、徳島県一の米所ということで、海藻や干魚を物々交換にくる人がいるので、それらも食べていたとのことで、この部落の人たちは米どころにありながら大変長寿者が多い。但し、村で何軒かある藍の豪商達は御殿のような家に住み、米はもちろん御馳走を食べ放題だったので70歳以上生きる人はいなかた。米どころなのに長生きしているのは鳥取県の大山町もそうだが、そこでも米は売るために作って自分たちは米を食べていないとのことだった。近藤先生が調査したところによると米を食べてる人たちは短命で、野菜、大豆、海藻を食べている人たちは長命であった。近藤先生は見てきたことを虚心坦懐にそのまま発表しているが、その原因については述べていない。今では米と魚だけ、または米と肉だけといったようにおいしい物だけの組み合わせの食事はなくなったと思われるが、当時は白米はおいしいので白米だけ、又は白米と梅干、白米と魚といった組み合わせが多かったので白米を食べる人達は短命だったのだと思う。白米とか、日本酒だけとかの食生活だと、ビタミンB1が欠乏して心臓や脳の病気で早死してしまうのだと思うが、今ではそれにおかずをつけて食べることが多いので脚気になる人は少ない。しかしおかずが、とんかつだとか、魚だけだったらB1は欠乏するかもしれない。野菜を多く食べないといけない理由がここにある。
2009.10.28
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岡山県公文村は男女が同じ平均寿命とのことで、それが当たり前だと村人たちは思っている。でも世界的に見ても日本でも長生きと言えば殆ど女性で、男より女の方が長生きするというのが常識になっているのに公文村ではそれが通用しない。近藤先生は平素男はごちそうものを食べ、野菜を残す人が多いが、女性は野菜でもなんでも残り物を食べる傾向があり、元来おいしいものは短命につながるので結果として女性の方が長生きしていると考えていた。この公文村は昔から女性を大変大事にする土地柄で、女性が作ってくれたものは恐れ多くて残すなんてことはしないで野菜でもなんでも食べるとのことだった。御馳走のところだけ旦那が食べるなんてことは、もっての外と考えているとのことだった。このような男女同じ平均寿命の村があるということは、遺伝子で女の方が長生きと決まっているのではなく、食生活、特に野菜を食べるか食べないかで決まることが近藤先生の調査で明らかにされたのではなかろうか。女性の方が長生きについて、男は社会で苦労するからだとか、女より働かされているからだとか言われていたが、本当にそうだろうか?分娩、育児、調理、後かたずけ、それと同時に旦那と一緒に野良仕事もするので、実は男より女の方が何倍も働いているのではなかろうか。近藤先生の海女村の調査で男に仕事をさせないで海女が無茶苦茶働いている村の紹介があったが、その海女たちは全国有数の長寿であり、働くから短命は当たらない。この公文村での調査から、男女の寿命の違いの原因が明らかにされ、男が女性と同じ寿命を得たいと考えるなら、女性と同じ位野菜を食べるべきだと考えられる。
2009.10.28
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今回も「日本の長寿村・短命村」からである。三重県志摩の海女は大変な働き者とのことである。そこより少し北に上がった国崎は海女発祥の地と言われている。ここの土地柄は、男は働いてはならず、家で留守番したり、子供の世話をしているとのことである。海女は朝5時頃から野良着姿で、畑に出てイモや野菜を作り、9時過ぎには海女の装束に着かえて、海岸に出ていき、海に潜って作業し、午後3時頃には海から上がってまた野良着に着かえて暗くなるまで畑仕事に精だして、夜は夕飯の支度と片付けと全部一人でやるとのことである。赤ん坊がむずかると、だんなが子供をつれて海女の作業が見下ろせる丘に来て「あそこにかあちゃんがいるよ」と教えて子供を泣きやませるとのことである。彼女達は、畑で作った薩摩イモと麦を主食とし、野菜も自給自足であらゆるものを作るので野菜には恵まれており、海の幸も食べるので、激しい肉体労働の割には海女たちは大変長生きとのことである。しかし伊勢湾に浮かぶ神島の海女は長生きしない。これは野菜を作っていないため、野菜不足になっているからとのことである。こうしてみてくると激しい肉体労働は長寿とか短命には関係しておらず、関係しているのは野菜を食べるか食べないかであるとのことだった。近藤先生が全国を歩いて実際に見てきた結論なので、間違っていないと思う。長生きしたい人は、人参、かぼちゃ、イモ類はじめ多くの野菜を食べるようにしてもらいたいと思う。
2009.10.27
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昨夜テレビを見ていたら女遊びと放蕩三昧をしていた夫が度重なる事業の失敗で借金とりに追い回されるようになり、遂に東京に夜逃げした夫婦の物語をしていた。そんなどうしょうもない旦那にずっと我慢して遂に夫を立ち直らせて大きなたこ焼き屋を作り、今では繁盛して、借金もかなり返しているとの話だった。その奥さんがその旦那より1日でも長生きしたいと言っていた。最期を看取ってやりたいというのである。浮気三昧、放蕩三昧、ろくでなしの旦那だったがたこ焼き屋の店主として今は立派に活躍しているので自分が育てた旦那として可愛く、母性本能からそのように感じているのかなと思った。たまたま家内もそのテレビを見ていて、「うちと同じことを言ってるね」と言った。常日頃、私は何もできない男と思われているみたいで、私を残して先には死ねないとよく言っている。今度12月3日(木)に家内は従姉妹に誘われて熱海方面に旅行することになったが、話がまとまるまで、私を一人で家に置いていけないとかなり断っていたらしい。旦那は何もできない人間なので自分が旅行すると干からびてしまうと思っているらしい。デニーズとか大戸屋で食べるから大丈夫だと言っても信用してもらえない。思いあぐねたらしく、「12月3日は病院の当直にしてもらいなさい」と家内に言われたので何時も木曜日の当直をしている先生に「私にやらせてもらえないか」と打診したところ、あまりいい顔をされなかったのでそれは止めたよと言ったら少しがっかりしていた。私と家内の認識は天と地の開きがある。私は家内が1泊でも2泊でも旅行に行ってくれれば羽が伸ばせて大戸屋で食べたり、気兼ねしないで好きな本を読んだり、自由な時間が使えるので嬉しいのだが、家内は自分がいないと、引き出しの中の古いような菓子とかパンをかじっていて干からびてしまうと思っているのだからたまらない。家内に旅行の誘いがあれば、私は本音で行ってきたらいいというのだが、「内心困っているのでしょう」といってその旅行話を断ってしまうことが多い。死ぬ時だって、なんとか自分で死ねると思うのだが、家内は自分がついていないと死ぬことさえできない人間と思っているのだから大変だ。思い込みを直すのは中々難しい。食事だって自分でレストラン位行けるといっても強がりを言っいると思われてしまうのだから困ってしまう。何も私が死んでから死ななくても大丈夫で、寿命がきたら、そんなことにこだわらなくて、自由に死んでくれていいと思うのだが、家内の頭の中はすでに私を介護することに決まっているみたいだ。私はろくでなし人間で、身魂しいことは殆どできない人間だが、それほどまでに決めてくれているのなら、万が一、私が家内を介護する立場になったなら、心を入れ替えて、きちんと介護してやろうと思う。
2009.10.26
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本日は医大の第一内科のゴルフコンペ。小淵沢カントリーに7時半集合とのことで、6時頃家を出なくてはならないので4時半頃目を覚ました時、まだもう少し眠れるなと思ったが、緊張からか中々眠れなくて、眠ろうとあせって却って疲れてしまうのでそのまま起きてしまった。睡眠不足でゴルフうまくいかないかなと思ったが、案外調子良くて午前中56、午後61だった。10人中7位で、いつもの最下位、またはブービーの指定席からほんの少し出世した。病院とか大学に勤めていると大体年に1回位ゴルフコンペがある。下手を承知でそれには大体参加してきたのでキャリアは長いが、年1~2回のコンペ参加のみだからかいつも最下位の指定席を占めてきた。上手になりたいと思って練習場に通ったり、プロに教わったこともあるが、中々最下位を脱することができなかったので今日は上出来の方である。ゴルフはクラブでボールを打って、目的のグリーン上のカップの中に何打で入れるかを競うゲームである。少ない打数で入れるほど上手ということになる。私の場合、今まではグリーンに載せるまでの打数も、グリーンに載ってからパターで転がしてカップに入れるまでの両方とも沢山の打数を打っていたが、今回はグリーンに載るまではまあまあだったがグリーンに載ってからパターでカップまでこぎつけるのに3つも4つも打ってしまうことがしばしばだった。グリーンというのは短く刈った芝生の円形の場所で、その芝生面が坂になったり、芝が順目になったり逆目になったりしてボールはまっすぐ走らないのが普通だ。芝生面を読んで球が曲がる方向を頭に入れて打てばいいと思うが、私にはどっちに曲がるのかさっぱり予測できなくて打つものだからボールはグリーン上をあっちに行ったり、こっちに来たりする。もしボールがグリーン上に載ってから2打でカップに入れればすごい成績になるのだが、実際にはパターだけで4打とか5打はざらである。パターが上手になるにはどうしたらいいのだろうか?芝生面の凹凸、芝の向きを考えに入れて力を加減してころがせればいいと思うが、芝生面のどちらが高くてどちらが低いのかさっぱり分からないのだからカップに中々近づけないのだと思う。上手な人はピタッとカップの近くまでボールを寄せることができる。勘が鋭いのだと思う。私も芝生面の高低はどのようにして判断したらよいかなど勉強して、勘を鋭くして1打でも2打でもグリーン上の余分の打数を減らしていきたい。
2009.10.25
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近藤正二氏は全国津々浦々を旅して、長寿村、短命村を調べた。昭和10年から昭和50年くらいまでで人口の移動がまだそれほど大きくなかった時代なので村の生活と長寿、短命が直接関係していた。現在では人口の移動が大きくこのような研究は成り立たないので近藤氏の研究は大変貴重な研究といえよう。色々な村を訪ねて研究しているが、仕事が激しくて過労の村は短命だろうと調べたが却って長寿だったとのことで、結局食生活が長寿、短命を決めるカギであると述べている。野菜、果物については、りんごを作る村、みかんを作る村、など果樹作りの村を全国的に調べた結果、果物を沢山食べていても、野菜の食べ方が不足していれば、絶対に長生きしないことがはっきりしており、果物を食べていれば野菜を食べなくてもいいという考えを否定している。野菜の中でも人参、かぼちゃ、イモ類をよく食べる村とそれを食べない村と比較すると、前者が明らかに長命で、人参、かぼちゃ、イモ類をよく食べるのがよいと結論している。現在の栄養学や、最新の遺伝子学などからは近藤氏の研究成果は綿密な研究ではなく、アバウトすぎると批判されるかもしれない。確かに綿密な計算式で出された結論ではないが、足で稼いだ、体験的結論である。現在人にも通用することが多いと考える。
2009.10.24
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今東北大学名誉教授近藤正二氏の「日本の長寿村・短命村」を読んでいる。近藤先生は、昭和10年から40年間全国くまなく20キログラムのリックを背負って僻地を歩き、長生きと短命の地域差の現地調査を行った人である。その中に石川県久常村の話が出てきた。そこは女の長寿者が男の長寿者の3倍もいる地域だが、そこでは、野菜は女の食べ物で男がそんなものを食べると笑われるから食べない習慣がある地域であった。女の子には好き嫌いをしてはならないという躾が厳しかったが、男の子には小さなことに構わず立派に大成してもらいたいとして、好き嫌いをしてはならないという躾がなされなかったとのことである。その結果女は男の3倍長生き率が高かったが、志摩半島の尾鷲湾沿岸の桂域村、須賀利村では、女は働かなくて野菜を作っておらず、それでいて野菜を買って食べる習慣が無かったので野菜を食べる人が男女とも少ないので、ここでは男女差なく、両方とも短命の結果が出た。以上から言えることは、男でも女でも野菜を多く食べれば長命になるという結論であった。
2009.10.23
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医師会新聞10月号にどなたかが「作り笑いの効用」を書いていた。笑うと脳が活性化されることが分かっている。脳が活性化されていると笑顔になることも分かっている。それなら作り笑いをしてみたらどうだろうかと実験してみた。患者さんに作り笑いの笑顔を向けてみた。家族にも笑顔を向けてみた。奥さんにも笑顔を向けてみた。時には気持ち悪がられることもあったが構わず作り笑いをし続けたとのことである。一人でいる時も口角を上げて笑い顔を作ってみた。写真を撮るときの「はいチーズ」のあの顔である。それを写真を撮る時だけでなく何時もしていたとのことである。そしたら不思議なことが起こった。奥さんの顔がきれいに見えるようになったし、世の中が楽しくて明るくなったとのことである。今日は患者さんが吐血して血圧が下がってしまって、私はおろおろし、廊下を歩く時もうつむいて深刻な顔をして歩いていた。すれ違う人も嫌な感じを受けたと思う。受け持ち患者が重症化したのに笑顔でいるのは不謹慎な気もするが、医者にあまり深刻な顔をされても患者さんや家族は心配で益々落ち込むだろう。この場合は人前で笑顔というわけにはいかないと思い、一人になった時、口角を上げて笑顔を作ってみた。今日は昼ごはんも食べられず、自分が死んでしまうかと思えるくらい落ち込み、沈み込んでいたが、その作り笑いをしたらすごく気持が明るくなった。輸血をしてその患者さんも元気になってきたこともあるが、作り笑いが明るい気持をもたらすことを実感した。落ちこんだら「はいチーズ」と作り笑いをすることに決めた。
2009.10.22
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民主党は国民の圧倒的な支持を得て政権を取ったのだからと、公約を忠実に実現するとかマニュフェスト通りに政策を進めると躍起になっている。コンクリートから人間にのキャッチフレーズで公共事業を削って莫大な金を子供手当とか高校無料化に注ごうとしている。民主党が圧倒的な支持を受けたのはその政策やマニュフェストに賛同したからではない。自民党の政治があまりにだらしないから今度は民主党にと投票した人たちが大部分である。政策やマニフェストが支持されたからだと勘違いして暴走するととんでもないことになる。赤字国債を増やしてでも公約の子供手当や高校無料化、高速道路無料化をするのは無謀である。税収が減るならその予算内で手当の額等を考えるのが当然である。公共事業を削れば失業者は増える。その事業に関連した企業の人たちも失業する。したがって税収はどんどん減っていく。それなのに人に税金を配分するというが、そこからはお金は回ってこない。公共事業を見直すことはいいが、それは単なるコンクリートで人につながっていないものとは限らない。教育施設もあるし、公共施設もある、交通施設もある。黙っていても税金がどんどん入ってきてすべての人に職が行き渡るならいいが、公的な仕事を作ら無ければ仕事も作れなければ税金も入らない時もあるのである。借金をどんどん膨らませる中で理想とされる人間への金を分配して豊かな生活を約束してくれても本当の豊かさではない。民主党の諸君、自分たちの政策が全面的に支持されたのだと誤解して浮かれることなかれ。国の財政を考えながらその枠内で何が国民のためなのかを真剣に考えながら政治を行ってもらいたいと願う。
2009.10.22
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今朝のテレビで明治新政権に移行して幕府の侍はすべて失業してしまったので、その失業対策を見えないところで着実に行っていた勝海舟を紹介していたので、彼について少し振り返ってみたい。勝海舟は坂本竜馬をはじめ多くの維新の俊英達に師と仰がれた博学の知恵者であり、江戸城無血開城を実現し、江戸150万人の命を救い、維新後も近代国家としての在り方について始終発言し続けた英傑である。彼は日本史だけでなく、世界史的にもその広い視野と先見性、博愛主義の人格は抜きんでた人物で、わが日本の誇りである。勝は文政6年(1823年)に江戸で生まれた。勝家は、もともと三代前の祖父が江戸に出てきて高利貸しなどで儲けた金で、「男谷(おたに)家」「勝家」という旗本・御家人の株を買って幕臣になった家柄で、海舟というのは号であり、幼名は麟太郎、のち義邦、そして安芳と名を変えている。 少年のころの勝は、父・子吉の血を受け継ぎ、剣術が得意で、直心影流の名手だった叔父・男谷清一郎の門弟の島田虎之助の内弟子となって免許皆伝の腕前になっている。禅の修行やオランダ語なども身につけ、佐久間象山にも学んで、文武両道で才覚を発揮してきた。 幕臣でありながら、明治政府で要職についた彼は、維新になり、旧幕臣が何十万人も失業した時、就労先の世話や資金援助、生活保護など、幕府崩壊による混乱や反乱を最小限に抑える努力を新政府の爵位権限と人脈を最大限に利用して維新直後から30余年にわたって続けた。幕末には寒村でしかなかった横浜に旧幕臣を約10万人送り込んで横浜港発展に寄与したり、静岡に約8万人もの旧幕臣を送り込んで山野の開墾や農業に転職させ、静岡を茶の生産高日本一にしている。現在、平成の世に、政権交代によって民主党は自民党時代の政策を次から次に転換しているが、明治政府でもあまりの急展開の政策変更により、数年後には政府に対する不満分子が反乱軍を組織して戦争を引き起こしている。勝はあまりに急激な転換は、下層の人々を苦しめることになることを指摘し、足尾鉱山事件では、近代化ばかりが先走り、安全対策が追い付いていないとして、無謀な近代化を批判した。日清戦争については巨大な市場である清と仲良くすることによって両国とも栄えるのに、どちらも損害を受け、死者が出る戦争はいけないと反対した。新政府はいい気になって次から次に新政策を打ち出してきたが、勝は性急すぎる時にはそれを批判してブレーキをかけ、バランスをとってきた。今民主党はやりたい放題のことをしているが、それに対して表立って異議をとなえる人はいない。現在も勝海舟のような人が現れないとバランスを欠いて、あらぬ方向に日本が行かないとも限らない。勝は幕末という特殊な時代に生き、国と国との信頼関係や国民の生命を第一に考えて行動してきた英雄だが、現在も勝のような人間が必要で、その再来を願っているものである。
2009.10.21
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昨夜10時からNHKテレビで茂木健一郎氏出演で脳の活性化法とか記憶力を良くする話が放映されたとのことである。私は昨日の大腸鏡の最後の症例が難しくて時間もかかったし心身も消耗してしまって、仮眠をとっていた時間帯かもしれないが、家内は見たとのことで頼みもしないのに、後でその内容を話してくれた。曰く、夫婦で相対していて、片方がしゃべっていても、片方が新聞などを読んでいて、ロクに聞いていないと、脳活性化の合図であるピンク色は現れず、少し相槌を打てば、少しピンクになり、お互いが、しゃべって言葉が行ったり来たりすると真っ赤になるとのことで、脳活性化のためには横を向いてではなく、相対してしゃべったり聞いたりしあわなければだめとの結論だった。要するに家内はこのことをを言いたくてテレビの内容を話してくれたのだと思った。他の話題としては、テレビを観たりしている時、人の顔はイメージできてもその名前が思い出せない人はその回路ができていないからで、何回も練習してその回路を作りあげる必要があるとのことだった。具体的な方法についてはテレビで言わなかったのか家内が聞きもらしたのか知らないが、教えてもらえなかった。私が考えるに「思い出せない、困ったよう。認知症になってしまったのだろうか」とおたおたする前に思い出す方策を講ずる必要があるのだと思う。まずジャンル別に政治家、芸能人、科学者、アスリートなどの一覧を頭の中の引き出しに整理しておくことが肝要だと思う。記憶力を鍛える具体的な方法として80歳の寿司職人はお客さんが帰ったその時でなく、翌日その人の食べたものを思い出してメモして記憶の引き出しに入れておいて、次にそのお客さんが来た時には前回食べたもの以外のものを出してやるとのことだった。その他、好きな歌を歌うとピンクになるが、難しい嫌な英語の歌を歌うと青になる。適度の運動は脳の活性化に最も重要だなどの話があったとのことである。また聞きなので、不正確なところもあるかも知れないがお許しあれ。要は脳を活性化させ、記憶力を高めて、QOLを充実させることだと思うが、実際問題としてそれらは案外易しいことではないので、よほど心をひきしめて対応していく必要があると考える。
2009.10.21
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昨日から新型インフルの予防注射が始まった。感染を防ぐのではなく、重症化させないためと説明されているが、皮膚科のM先生は「そんなばかばかしいものはいらない」とワクチンを受けることを拒絶した。「感染が防げないのに、重症化が防げるなどということはない」と明言した。M先生は「数年前からこのウイルス用のワクチンを作る準備をしていたところがあり、ワクチンで儲けるために人間がこのウイルスを作ったことが考えられる」とも言っていた。そう言えばタミフルが効くというのもおかしい。タミフルが効くように作らない限り自然発生の新型ウイルスにタミフルが効く可能性は極めて低い。おかげでタミフル製造会社とワクチン会社は大儲けしている。M先生はエイズも人間が作って、アフリカの人口爆発を抑えるためにアフリカの空にばらまいたのだと言っていた。私が読んだ記事ではアメリカ国防省のX博士がエイズウイルスを作ったと述べていた。それらの真偽については多くのリサーチャーが追跡しているが、その可能性は高い。目的は戦争で使用すためとか、金儲けのためとか、人殺しウイルスを作り、それをやっつける方法を発明するのは簡単なので、それでノーベル賞とか名誉を貰いたいため等、いろいろ言われているが、目的のためには人を殺しても何とも思わない人たちがこの世界にいることが問題なのである。今の遺伝子技術をもってすれば、新型インフルのウイルスでもエイズウイルスでも作るのはそれほど難しくない。原子爆弾でも、水素爆弾でも、皆殺しのウイルスでもなんでも作れる時代なのである。しかし人間には良心があるから、それらの人殺し兵器は作らないし、使用しないだろうと考えられてきたが、世の中は甘いものではなかった。それらを作ったり使用したりする悪い人たちがいるのである。ワクチンよりもその人たちの心を正す方がずっと大切だと考える。M先生は新型インフルで大騒ぎするのはナンセンスで、それを作ったり、ばらまいた犯人探しの方がずっと重要であると言っていた。
2009.10.20
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今ヤクルトと中日がセカンドステージ進出をかけて中日球場で戦っている。流れは中日で中日が勝ちあがって巨人と対戦することになると思う。テレビでみていると捕手の起用法、投手の交代、ピンチヒッターの起用法など監督の先を読む力や選手の心理状況を読む力など随所に監督の力量が透けて見える場面が出てくる。出したピンチヒッターがヒットを打ったり、替えたリリーフ投手がきっちり抑えたりすると、解説者は「たまたま当たりましたね」などと言うが、優れた監督には先が見えているので当然の起用なのである。その点、楽天球団の野村監督は優れている。先を読む力は抜群だし、選手個々の能力、特にその場面で力を発揮できるか否かを見抜く力も抜群だと思う。今夜はヤクルトは捕手の選択と救援投手の選択で誤りをおかして、ボカスカ打ちこまれて大量に負けている状況だが、高田監督の先を読む力のなさに唖然としている。どこで投手を替え、誰にスイッチするかは勝負を決める重要な要素だが、高田監督には重要な場面の意味も読めていないし、選手の心理も読めていないし、先を読む力もなく、負けるのは当然のように思えた。監督に能力があるかないかで選手の実力の伸びも違う。監督とは、その試合の先が読めて自軍の選手や相手チームの選手の心が読める人でないと使い物にならない。よい監督のもとで選手が何時でものびのびとプレーできることを熱望する。
2009.10.19
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入院している受け持ち患者さんから「売店で買った本ですがすごくいいことが書いてあったので、先生も読んでみてください」とPHP 11月号を渡された。忙しくてとても読んでいられないと思ったが、とりあえずあずかってきて机の上に置いていた。今日は日曜当直で夜からは救急当番なので、むちゃくちゃ忙しくなると思うが、昼間の内は患者さんもまばらなので、手に取って読んでみた。なるほで心温まることが沢山書いてあった。中でも心理学者の樺 亘純氏の文に感銘を受けたので紹介する。気の合う人と一緒にいると楽しいし、人生幸せと感ずるが、気の合わない嫌な奴と一緒に仕事したり暮らしたりすると、人生真っ暗でそいつを殺して自分も死にたいと思うことさえある。氏はそのような人も反面教師として自分の自己形成に役立っており、よくしてくれた人であれ、ひどい仕打ちをされた人であれ、出会った人すべてから影響を受けて人間の幅を広げさせてもらっているので、感謝するべきであると書いていた。理屈はそうかもしれないが、大学教授を教え子が刺殺した事件があったが、嫌な奴が高じて憎しみに変わり、殺人事件に発展することもある。嫌な人と付き合うにはこちら側の心構えが大切だとして6つの秘訣を上げている。1.相手に関心を持つ2.相手の立場を考える3.興味深く相手の話を聞く4.相手の良いところをほめる5.自分が間違っていたら素直に認める6.誠実さを心がける綺麗ごとかもしれない。嫌な人というのは以上の6つで嫌でなくなるほど単純ではないと思うが、結果はともかく自分としては上記6つを心がけることが最低限必要であろう。
2009.10.18
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昨日に続いてニュートン11月号からである。慶応大学の安藤教授のデーターである。国語や言葉を使った推理能力である言語性知能は、遺伝の影響は14%しかなく、環境要因の方が大きい。一方立体的な図形イメージを正確に操作したり、図形に潜む規則性を発見したりする能力である空間性知能は遺伝が70%で、環境要因は29%と少ない。外交性か神経質かの性格に関しては、両方とも46%が遺伝で、58%は環境要因で決まっている。つまり半分弱は遺伝要素で決まるが、半分以上は環境要素で決まるので、自分は神経質だからとか内気だからとか決めてしまわない方がよい。環境によって半分以上決定されるのだから、もっと自由な心で自分の性格に対処した方がよいと考える。知能も性格も遺伝素因がさまざまの部所で、様々な程度に関与していることはいなめないが、中には半分以上環境要因が決めている能力もあるので、生まれつきとあきらめないで努力してもらいたいと思う。
2009.10.18
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雑誌ニュートン11月号に「遺伝のしくみ」という特集が組んである。東大教育学部付属中学の中学1年生のデーターで、1卵生双生児は、身長、体重、運動能力は殆どそっくりで、遺伝の影響が極めてつよいことが分かったが、学習能力で、国語と数学では遺伝の影響が殆どないことが示されていた。社会や理科では遺伝の影響が強いので、社会や理科の学業成績が悪かったら、親も悪かったのだからと言えるが、国語と数学の場合は親の責任はない。国語と数学は遺伝とは殆ど関係ないので、各自、思う存分実力を発揮してもらいたいと思う。しかし、遺伝関係はないが、双子が共有する、家庭や学校の影響はあるので、国語や数学はいい学校だといい成績になる可能性がある。一方社会や理科は遺伝が大部分を占めているので、どこの学校に入ろうがあまり関係がない。運動能力でも50メートル競走は遺伝の関係がきわめて強いが、長距離走や垂直飛びではやや関係が薄れる。運動能力や社会や理科で遺伝が極めて強い影響を持っているとなると努力しても無駄なのか?と思ってしまいがちだが、私は人生とは努力することであり、挑戦することであると思っているので、調査結果は調査結果として、それにはあまりこだわらないで努力してもらいたいと思う。
2009.10.17
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今楽天とソフトバンクのクライマックスシリーズ第一戦が仙台宮城球場で戦われている。6回の裏で、8対4と楽天がリードしているが勝負は最後まで分からない。楽天が勝つか負けるかするだろうがそれはあまり大きな問題ではない。問題は楽天が2位になってクライマックスシリーズに登場できたということである。誰に聞いても功労者は野村監督であり、監督契約延長は当然と考える。ところがこのCSを前にして、球団社長が、野村監督の解任を発表した。理由は契約だからとのことである。伝えられるところによると監督の高齢と年棒1億5千万が高いからだと言われているが、選手ならともかく監督業に年齢は全く関係ない。いい試合をしてくれて勝ってくれればいいのであって、若すぎるとか年寄りすぎるとかは問題にならない。年棒1億5千万も決して高くない。チームを強くしてくれたし、お客さんもたくさん集めてくれた。宣伝もしてくれた。2億、3億にしてもいいくらいだ。本当の理由はなんだろうか?球団社長は三木谷天皇のメッセンジャーに過ぎない。社長は普通の人間だから野村続投は当然だと思っていても、天皇の意向には逆らうことができない。天皇と監督の間に何があったのだろうか?野村氏は毒舌家で、出場停止にしたリンデン選手との対応でも批判されているが、三木谷氏にもとんでもないことを言ったのだろうか。三木谷氏は楽天KKをここまで発展させた天下のキレ者である。感情のこじれで意固地な方針をとるような人ではないと思う。監督の奥さん、サッチーさんの出しゃばりが気に障ったのかと考えてみたが、それも些細なことで会社運営をそのようなことで曲げるはずはない。三木谷氏は経営者である。最も考えられるのは何が一番儲かるかということである。この騒ぎを起こすことによりCSの観客が増えて儲かることは確かだが、野村を首にすれば来シーズンからの収入は確実に減る。三木谷氏の真意が分からない。よほど物事のわからない人ならともかく、三木谷氏ほどの人がここにきてなにを血迷っているのかといぶかう。会社経営者でも人間であり、感情がある。どんなに実力のある部下でも許し難く、更迭した方がよいと考えられる感情的トラブルがあったのだろうか?
2009.10.16
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今、やっと豊田穣の「坂本竜馬」を読み終えた。1867年10月13日徳川慶喜将軍は京都二条城で、大政奉還(政治の実権を天皇に返す)を諸藩代表に計り、一同粛として声なく、天下の大事が無血によって成立したのである。勝海舟、西郷隆盛などの尽力、死んでいった無名の志士達の努力の結果であるが、縁の下で必死に活動した竜馬の情熱がその原動力になったのは間違いない。その竜馬は心労を尽くしてこぎつけた大政奉還が成った日の翌々日、近江屋の二階で殺されてしまった。1868年の明治維新の前年のことである。千葉道場の免許皆伝の腕前だった竜馬でも数人の刺客に簡単に殺されてしまうのだから、誰でも油断は禁物だ。その前年も寺田屋で襲われたが、その時はお竜がいたから助かった。この時は体は大きいが勘の鈍い相撲上がりの藤吉が一階にいたが、竜馬を助けることはできなかった。大政奉還を成し遂げたとはいえ、まだまだ竜馬には日本のため、世界のために活躍してもらいたかったが残念でならない。ところで、旦那を亡くしたお竜のその後だが、しばらく竜馬の故郷高知に住むも、明治18年以後横須賀に住んだ。そこで行商人西村松兵衛の妻となり、明治39年66歳で亡くなった。幸せだったかどうか聞いてみないとわからないが、短い期間とは言え、明治維新の第一の立役者、竜馬としばらく一緒に暮せたことは、よい思い出だったのではなかろうか。
2009.10.15
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慶応2年1月21日、竜馬32歳、長州(山口県)の桂小五郎と薩摩(鹿児島県)の西郷隆盛を会わせて、歴史的な薩長連合を成立させた竜馬は、その興奮も冷めやらぬ翌22日、京都の寺田屋に出向き、お竜との激しい愛欲にひたった。23日の夜、寺田屋の二階で三吉慎臓と酒を飲んで寝ていたところを伏見奉行配下と新撰組に襲われた。その時一階で入浴中だったお竜はその気配を感じて裸ではしごを駆け上り、二階の竜馬達に知らせて三吉と竜馬の二人は一命を取り留めた。お竜は美人で気性の激しい女性だったらしい。竜馬の一大事とのことで何も考えないで行動にでたものと思われるが、自分に照らしてみてどういう行動ができたか考えてみた。大勢の武器を持った役人を見て震えて体が動かなくなったかもしれない。体は動いても風呂に入っていて真っ裸、どうしよう。じっと風呂の中で隠れていようかと思ったかもしれない。お竜は何も考えずにはしごのところに走った。このような行動ができる人はどのくらいいるだろうか。殆どの人は、男でも女でもがくがく震えて、まして風呂の中、へたりこんでしまったのではないかと思う。お竜さんはすごい人だった。竜馬の命の恩人である。その直後の二月十日に二人は結婚するが、その翌年竜馬は近江屋という醤油屋の二階で殺されてしまい、お竜は後家さんになってしまう。その後は竜馬の姉の乙女との仲がよくなくて、晩年は幸せでなかったお竜さん。でも竜馬を救ったことは一生の心の誇りだったかもしれない。
2009.10.14
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今夜のNHKクローズアップ現代のお客さんは、駐日大使ジョン・ルース氏だった。2か月前に就任したばかりだというが、民間の情報関係の会社に勤めていた人で、日本にも今まで来たことがないし、政治家としての実績は殆どない人だとのことである。オバマ大統領が日米関係は非常に重要だとして、盟友であり、先輩であるルース氏を大抜擢したのである。実績より心だと思う。今夜のテレビを見て、素晴らしい人が来てくれたなと思った。来日早々広島を訪れ、涙しながら、アメリカ国民全てが一度は訪れるべきだと感じたとのことである。町に出てお寿司を食べたりして日本人と積極的に触れ合おうとしている姿勢がいい。坂本竜馬は幕末にあって、尊王だ、攘夷だ、土佐の国だ、幕府だ、朝廷だなどにこだわらずに世界をみていた。「坂本竜馬」の著者 豊田穣氏は竜馬は100年進んだ思想の持ち主だったと述べている。それに匹敵する人物は世界史的にもいないがしいてあげれば中国の周恩来が近いかも知れないと述べていた。私はオバマ氏が坂本竜馬に近いと思っている。その盟友であるルース氏も竜馬系の人間だと思った。アメリカだとか日本だとか、そんなことににこだわっているような人間は小さくて役に立たない人間である。ルース氏もアメリカの利益のみを考えて政策を行うなら俗物であり、小さな人間である。アメリカだけでなく、日本や東アジヤ、世界、全てを考えて政治を行うのがオバマ政権である。人柄のよさそうなルース氏に大いに期待する。日米関係が新たな方向性を構築して、両国が手を携えて世界の平和と繁栄に大いに貢献するようになることを祈る。
2009.10.13
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幕末は新しい時代への胎動期で、混乱があったことは知っていたが、「坂本竜馬」を読むとまさに無政府状態で、思想の違う反対派を簡単に暗殺し、さらし首にして、それでも捕まらないという大変な時代であった。竜馬も一時所属していた土佐勤王党の党首武市半平太(小説月形半平太のモデル)は腕の立つ人斬り以蔵や、新兵衛を使って、公武合体論者や、佐幕論者、与力などを天誅と称して次々に殺しており、マフィアのようなことをしていた。半平太はすらりとした長身の美男子で、小説のモデルになったりしたが実際は主義、主張の為とはいえ残酷な男だった。 竜馬の先輩で剣術を通じての付き合いはあったが、竜馬とは資質が違っていた。このような時、幕府は浪人衆を募集して治安に当たらせた。その時応募してきた中に農民剣士近藤勇、土方歳三等がいた。後に新撰組と改め、勤王党などの暴挙を抑える警察みたいな役割を果たして、こちらも勤王党員等を殺しているが、近藤や土方には信念があり、半平太達のようにはむやみには殺していない。いずれにしても幕末は無政府状態で、殺人が横行していた。その中で竜馬は殺す前にまず話し合いをしており、人斬り以蔵にもむやみに殺してはならないと注意している。その時代の殺し合いがあって今の平和な時代がきたのだと思うが、その時だって竜馬のような人もいたのだから、人殺しを避けようと思えばできたと思われ、当時の幕府や警察組織の怠慢を責めたいと思う。
2009.10.12
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今年のノーベル平和賞に決まったオバマ大統領が苦しんでいる。自分でもまだそれほどの業績を上げていないので相応しくないと思っているところへ、アフガニスタンでの苦戦、健康保険法での反発、失業者の増加、シカゴオリンピック誘致での熱意のない演説など、批判が沸き起こっており、世界的には大称賛だが、アメリカ国内では相応しくないの声が巻き起こっているからである。「賞金はどうするのか」の心ない質問もあり、その金は寄付すると明言せざるを得なかった。確かにアフガンでは戦争の指揮をしており、その人に平和賞はおかしいという見方もあるが、もっと大局的に見てもらいたいし、アフガン戦でもオバマ氏としては世界平和の礎にしたいという気持が込められている。もともとアメリカ国民のレベルは高くない。健康保険法によって、貧乏人の分まで自分達が負担しなければならないのは反対だし、オバマは演説がうまいのと国際的人気で受賞したが、オバマの言うことは空論だ、などの批判があり、国民とオバマ氏の理想はかなりかけ離れている。そのアメリカを指導していかなければならないのでオバマ氏は大変だと思う。今回のノーベル賞はオバマ氏にとっては重荷で、なかった方がよかったかもしれないが、世界というかノーベル賞委員会は大きな期待を込めて決定したのだと思う。レベルの低い国民に失望しないで、粘り強くリードしていってもらいたいと願う。
2009.10.11
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2020年オリンピック開催地に広島、長崎が立候補するという。「国際平和会議とか真面目なことならいいが、お祭り騒ぎで、商業主義のオリンピックを招致するのはどうかと思う」との意見もあるが、私は賛成である。確かに東京なら完璧にオリンピックを開催する力もあるし、運営力も抜群だと思うが、招致の目的が国際社会では受け入れられなかった。東京を活性化させ、発展させるとの目的が見え見えで、何を今更、大東京を発展させるのだの反発もあった。国民からも熱烈な支持は得られなかった。オリンピックの目的は世界民族全てが参加して、スポーツを通じて、世界民族の融和と平和を目指すことである。記録にこだわったり、勝負にこだわったりするのは本来の意義から逸脱しているが、それを盛り上げるための演出として許容されている。しかし本質はあくまで融和と平和である。それが十分理解できていない都市は立候補すべきではない。2020年に向けてローマやモスクワ、パリ、東京等の立候補が取りざたされている。これらの都市が融和と平和に不適格というわけではないが、今、核廃絶の機運が盛り上がっている中での、広島、長崎は最もオリンピック精神に近い都市と考える。もし正式に立候補したなら、東京も含めて日本国全体として世界の融和と平和のために熱烈に応援してもらいたい。
2009.10.11
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竜馬は33歳の誕生日に京都の近江屋という醤油屋の二階で、殺し屋に惨殺されてしまった。醤油屋の二階に、中岡慎太郎と泊っていた夜、京都見廻組組頭・佐々木唯三郎以下の殺し屋が訪ねてきた。面会に出た草相撲上りの藤吉に「十津川から来た者だが坂本先生に面会したい」と告げた。藤吉は何も疑わないで竜馬達に客人の来たことを告げに二階に上がった。竜馬達も丸腰のまま客人を迎え入れて、殺されてしまった。中岡の腕についての詳細は知らないが、竜馬は江戸の千葉周作の道場で腕を磨いて免許皆伝の腕前である。備えていればそこらの殺し屋に負けるわけがない。最も竜馬の剣は人を殺すのを目的とした剣ではなく、自己を高める剣だったが、自分の身を守るためにはその実力は存分に発揮できたと思われる。藤吉の感の悪さ、竜馬の感の悪さがこの悲劇を招いて、藤吉、慎太郎、竜馬いずれも殺されてしまった。数年前に起きた寺田屋事件では、午前3時ごろ役人たちが竜馬をとらえようとやってきた時、竜馬の恋人(後に妻になる)お竜が入浴中だったが外の気配を感じ取り、真っ裸で梯子を上って2階の竜馬に伝えて激しい戦いになったが、命は助かっている。お竜と藤吉を比較しては悪いが、藤吉にお竜のような感があれば防げた可能性がある。藤吉は体は大きく強うそうだったが、感が悪かったために、難なく後ろから切られて殺されてしまった。竜馬は命からがら逃げた寺田屋事件があったのに、その後も身を守ること、用心すること、人を信用しないことを怠ってしまった。人を疑わないで信用する人間性があったからこそまとめ役としての任務が果たせたのかも知れないが、竜馬の顔も知らない殺し屋にむざむざ殺されたことが悔しい。藤吉、竜馬を責めても過ぎたことでどうすることもできないが、稀有のまとめ役としての才能をもち、将来を正しく見据えることができた、大人材だっただけに、まともに戦ったのではなく、騙し打ちの形で殺されたのが残念でならない。
2009.10.10
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幕末の頃、あの若さで、幕府を倒し、立憲民主議会政治を目指し、その実現のために多くの盟友と共に活躍して大政奉還という結果を残した坂本竜馬の少年時代はどのようなものだったのだろうか?竜馬は、何時までたっても鼻を垂れ流しにしており、寝小便も十一才ぐらいまで治らなかった。近所の悪童連にとっては、いじめるのにかっこうの相手だったわけで、「坂本のハナタレ」とはやされ、「寝小便たれ」と罵られて、竜馬は泣くだけであった。そこで「坂本の泣き虫」というアダ名まで頂戴していた。 12歳で学習塾に入ったが勉強もあまり出来なくて、退塾させられている。14歳で道場に入り、剣の道では上達が早く、それで自信を得て、江戸にも剣の修行に行くことになり、江戸でペルーの来港などに遭遇し、世の中のことも知るようになったとされている。竜馬は偉ぶることなく多くの人達と面会し、その理想実現のために活躍した大英雄だが、子供時代はいじめられっ子だった。青年期になるにつれてしっかりした人間になっていくが、それ以前は弱弱しく、学問もない人間だった。青年期から延びたのはもともとそういう遺伝子を持っていたのか、あね乙女の特訓で成長したのか定かではないが、途中から延びる才能と姉という教育者を頂いたことが、竜馬をあれだけの人間にしたのではないかと思う。世にいじめられっ子や頭の弱い人間は数多くいる。自分はだめだと思っている人もいるかも知れないが、頭が弱くていじめられっ子だった竜馬があれだけの人物になれたのだから、皆さんも、竜馬と同じように絶えず、前へ、前へと進んでいけば、竜馬以上の人物になれるのではないかと思う。
2009.10.09
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今夜7時からのNHK教育テレビで、どの動物も持っているツールキット遺伝子が、全ての器官の設計図を指示しその通りに分化するように指令を与えていると説明していた。ダーウインの進化論は何億年という歴史の中で、原始生物がごく稀に突然変異を起こし、その環境に適応できる種が生き残り、その繰り返しで最後に人に到達し、人は進化のたまものであると説明している。しかし具体的にどのようにして進化してきたのかということは説明できないできた。最近このツールキット遺伝子が発見され、それが生物の発生の初め、つまり胚の段階で、細胞が手とか足とか頭に分化する指揮をとっていることが明らかにされた。この過程で指揮が間違った場合、エラとか、尾から別のもの、たとえば手とか足とかが作られる可能性があり、次から次に細胞分裂していくこの段階で進化の可能性が生まれることが実証された。全ての生物はこのツールキット遺伝子を持っており、それが細胞という積み木の駒を、様々に積み上げて組織を作っていくが、何億年の歴史の中で、失敗作が時に生まれ、それが環境に適応した場合、自然淘汰されていくとのことである。その生き残った遺伝子が子孫に遺伝し、それが又何万年か後に別な形に進化し次々に進化してきたものと考えられる。
2009.10.08
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来年のNHKの大河ドラマは竜馬伝に決まり、すでに撮影が開始されている。坂本竜馬は、1836年に土佐に生まれて幕末に時代の変革を目指して、勝海舟、西郷隆盛、木戸孝允などと話し合いを重ね、大政奉還を実現した英雄である。33歳の若さで暗殺されてしまったが、その若さでやりとげた業績は半端でなく、まぎれもなく大天才だったと感じている。子供時代は泣き虫で、勉強もできなくて寺子屋から出されてしまったとのことだが、青年時代にその才能が花開いたのだと思う。以下に西郷と三吉の竜馬評を載せる西郷隆盛の竜馬評 「天下に有志あり、余多く之と交わる。然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だかつて之を見ず。龍馬の度量や到底測るべからず」三吉慎蔵の竜馬評「過激なることは豪も無し。かつ声高に事を論ずる様のこともなく、至極おとなしき人なり。容貌を一見すれば豪気に見受けらるるも、万事温和に事を処する人なり。但し胆力が極めて大なり」 西郷も三吉も度量の大きさと胆力の大きな人物だったと述べている。竜馬自身の言葉につぎのようなものがある。「人の一生というのは高々50年そこそこである。いったん志を抱けば、その志に向かってことが進展するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だから、これを計算にいれてはいけない。」「おれは日本を生まれ変わらせたかっただけで、生まれ変わった日本で栄達するつもりはない。」「仕事というものは全部やってはいけない。八分までが困難な道である。八分やって後の二分は、人にやらせて完成の功を譲ってしまう。それでなければ大事業というものはできない」身分差別でがんじがらめだった時代に「生きる者は人間も犬も虫も同じ衆生で、上下などはない」と言い切り、時代を先取りした確固とした信念をもっていた。普通は命をかけた大事業に奮闘してその結果である功績も自分のものにしたいのが人の常だが、努力は自分がして、功績や称賛は人に譲る精神はすごいと思った。ひたすら努力をしているが、その結果としての評価も欲しいと思っていた自分をはずかしく思った。
2009.10.07
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自分の体は自分のものと思っている人が多い。多いどころか殆どの人がそう思っているのではないかと思う。私はそう思っていない。自分の子供も自分のものと思ったことはない。いずれも宇宙の尊い財産であり、たまたま自分と縁して一緒にいるが、自分が自由にしていいものだとは思っていない。健診などで人様の身体を診察することがあるが、その時もその人の物だと思って診察しない。宇宙のものであり、世界のものであり、尊いものだと思って対している。何年も前に、腰痛等で苦しんでいた小中学校時代の同級生が、そのために仕事が出来ないことを苦にして自殺した。腰痛とか頭痛とか、胃痛とかで苦しめられれると、自分を苦しめている身体の故障を嫌いと思ったり、憎らしく思うこともある。やっつけてしまいたいと思うこともあるかもしれない。自分の身体の故障がたまたま自分を苦しめているが、実際は自分のものではないのである。自分のものだと思って無茶に扱ったり、粗野に扱ったりする人もいる。痛みを治してもらうのは、自分のためではなく、その尊い身体自身のためである。「この体には困ったもんだ」などと言わないで、大切にしてやり、具合が悪くなったら、医者等に診てもらうのである。自分のためでなく、尊い宇宙の財産を思いやり、平安でいられるようにするためである。このころ私は胸やけとか、腹はり、もたれ感などで苦しめられれている。食べ過ぎが原因なのは分かっているが、対策をたてていない。自分のものならそれでいいが、実際は宇宙の共有財産である。大切に扱わなければならないと思う。胸やけしないように特に夜の食事量を控えなくては申し訳ないと思う。
2009.10.07
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中川昭一氏の死因について行政解剖を行ったが死因は分からなかったとのことである。当院医局のN先生は今回の中川氏のような突然死を多く経験しているが、チアミン(ビタミンB1)を測定してみるとアルコール多飲者では欠乏していることが多く、中川さんの死因は自分はチアミン欠乏症と考えると言っていた。苦しまないで明け方静かになくなっているケースは大体チアミン欠乏症だと言っていた。私が以前勤めていた施設の放射線科技師長もアルコール多飲者で中川氏のように朝死亡しているところを発見された。技術も指導力も素晴らしい人で、私の片腕どころか大変頼りにしていた技師長だったので、痛恨の出来事で、悲しみにくれたが、その症例についてもN先生は知っていて、あれもB1欠乏症ですよと言っていた。お酒を飲む人は野菜や果物の摂取量が少ないか、全然食べない人もいて、ビタミンB1欠乏症になるらしい。普段玄米を食べているといいのだが、酒好きな人は玄米とか野菜とか果物を食べない人が多いらしい。酒好きな人は玄米と野菜と果物を食べてもらいたい。
2009.10.06
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本日午前、中川昭一元財務相(56歳)が死去した。うつぶせになって亡くなっておられたのを奥さんが発見したとのことである。G7の財務相・中央銀行総裁会議で酩酊会見を行ったことで更迭され、マスコミも大きく報道して国民からも批判されて、今回の衆院選で落選した。私は世間でどのように言われている人でも、不幸な人、不運な人には同情する傾向が強いので、一般的には「自業自得だよ」との見方が強い中で、1度の酩酊会見だけでなく、世界的大不況の中での財務・金融大臣としての働きも見てもらいたいという気持があった。今回落選したが、志があるならば、再起を期し、汚名を挽回して欲しいとの気持ちがあった。それなのに突然お亡くなりになってしまい、お気の毒だし、残念でならない。死因は急性心筋梗塞か、自殺か、脳出血なのか分からない。いずれ明らかにされると思うが、原因が分かっても、もう帰ってはこない。最期が不運だった政治家、中川氏の冥福を心よりお祈り申し上げる。
2009.10.04
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今日10月3日は旧暦の8月15日で十五夜とのことで、家内が大根や里芋を買ってきて飾ってくれた。家内が見た時には満月で美しかったとのことだが、私が外にでた時にはくもり空で、その後何回も外に出てみたが満月は見れなかった。それでも団子とススキを見ながらお酒を飲み、団子や里芋を食べた。こんな贅沢をして申し訳ないなという気持がどこかにあった。一杯やりながら月見団子を食べられる人はあまりいないと思われたので申し訳ない気がした次第である。
2009.10.03
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2016年夏のオリンピック開催地に立候補していた東京は落選した。設備、治安、輸送、環境、どれをとっても、立候補地の中ではずば抜けていたと思う。しかしすでに一度開催していることと、国民が誘致に熱心でないことが、大きな原因で、落選したとのことだ。ブラジルは決定後大統領が泣き崩れるくらい、国民を挙げて熱烈な誘致運動が繰り返され、その熱情がIOC委員の心に響いたのだと思う。ブラジルは資金面や、設備、治安面で、不安視されていたが、それらを国民の情熱が凌駕したのだ。日本は過去に大阪、名古屋が立候補したが、今回の東京のように落選した。関係者の落胆は想像にあまりあるが、国民はそれほど落胆しなかった。大阪も名古屋も充分開催するだけの力は持っていたが、今回の東京同様、国民の誘致熱はそれほど盛り上がっていなかったからだ。日本では既に1度開催しているので、熱狂的な国民の支持が得られなかったのだと思う。また経済成長している今は何も五輪の力を借りる必要がないという考えも働いていた。かっての東京(昭和39年)がそうだったように、発展途上国が開催するのがよいと思う。それをバネにして経済発展した国は多い。大国が自らの経済をさらに発展させようとして、再度五輪を誘致しようとする時代ではないと思う。今回東京は敗れたが時代が変わって国民の大多数が熱望するようになったら再度挑戦したらいいと考える。
2009.10.03
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2016年夏のオリンピックの開催地が今夜決定する。シカゴ(アメリカ)、リオデジャネイロ(ブラジル)、マドリード(スペイン)、東京(日本)の4都市が立候補しており、NHKでは今夜11時から決定の瞬間の午前2時過ぎまで実況生放送をするという。東京が立候補していなければ遠くから漠然とみていられるのだが、東京がいるので、かなりエキサイトしてしまう。最初石原都知事が立候補すると言った時には、「一度してるのだから二度もしなくていいのではないか」の声が大半だったと思う。でも長い間の誘致運動を通じて関係者皆さんの努力が伝わってきて、何とか勝たせてやりたいと思う。でも現実は南米大陸で初めてになるリオデジャネイロが最有力らしい。続いてシカゴでマドリードと東京は苦戦らしい。いずれにしても今夜決まる。決まった都市は祝福してやりたい。もし東京が敗れてもよくやったと言ってやりたい。それなりに頑張ったのだから、あまり落ち込まないで、次の次の次位を狙ったらいい。東京でやったというイメージが消えた頃なら、東京は世界のどこにも負けないと思う。
2009.10.02
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