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<三浦雄一郎さん>政府が賞の創設検討世界最高峰エベレストに史上最高齢の80歳で登頂した冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんをたたえるため、政府が三浦氏の名前を冠した賞の創設を検討していることが分かった。政府関係者が30日、明らかにした。挑戦を続ける高齢者の活躍を表彰する賞にする案が有力。近く三浦氏の意向を確認し、決定する。三浦氏は2003年のエベレスト登頂時に内閣総理大臣表彰を受けており、政府は今回、同氏本人に対する表彰は見送る方向だ。ーーー冒険の世界では、植村直己賞というものがあります。もちろん、植村直己が消息を絶ったあとで創設された賞です。三浦雄一郎の最高齢エベレスト登頂記録は素晴らしいとは、私も思います。ただ、いかに素晴らしい業績でも、生者を銅像にしたり肖像にしたり、その名を冠する賞を設ける、私的なものならともかく政府としてそういうことをやるのは、どうにも違和感があります。もともと、「最高齢」というのは、いつかは更新される可能性がある記録で、事実今回も(結局は断念したものの)81歳のネパール人シェルパが、登頂に向かったと報じられています。チョモランマの登頂自体は、通算4000人以上(延べ5000回以上)が果たしていおり、近年は年間で500人も登頂しているというのだから、もはやそれ自体が珍しいものではありません。三浦雄一郎にしても、彼のどの経歴が最大の偉業かと言えば、はっきり言って今回の登頂ではなく1970年の大滑降です。チョモランマの山頂からではなく8000m地点からの滑降とはいえ、単純に登るより難易度(生命の危険)がはるかに高いことは容易に推察できますし、何しろ4000人目の登頂ではなく、史上初の快挙ですから。ところで、今回の登頂について、下山の一部にヘリを使ったため、一部で批判があるようです。山頂からヘリで降りたわけではなく、8848mから6500mまでは自力で降り、そこから5300mのBCまでをヘリで降りた、とのことです。批判も分からなくはありません。でも、山頂から2300mは歩いておりてきたわけで、最大の難所と言われるヒラリーステップも自力で通過したはずです。そう考えれば、まあカンニング扱いにはあたらないだろうと思いますけど、どうなんでしょうね。
2013.05.30
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夫婦別姓「憲法の保障ない」=国不作為も認めず―原告側請求を棄却・東京地裁夫婦別姓を認めず、両性の同等の権利を保障した憲法に違反する民法の規定の改正を怠ったとして、富山市や京都府などの男女5人が国を相手に、計600万円の慰謝料を求めた訴訟の判決が29日、東京地裁であった。石栗正子裁判長は「夫婦別姓は憲法で保障されていない」として請求を棄却した。原告側は控訴する方針。選択的夫婦別姓を導入しない国の不作為に対し、国家賠償を求めた訴訟の判決は初めて。石栗裁判長は判決で、「姓の変更で不利益が生じることは容易に推測でき、夫婦別姓を積極的に求める意見が多い社会情勢にある」としたが、「直ちに国会議員が立法の義務を負うとは言えない」と判断した。その上で、「日本が批准した女性差別撤廃条約も、国民に直接、夫婦別姓の権利を付与するものではない」と述べた。原告側は、婚姻の際に夫婦が同姓を名乗ると定めた民法750条について、「一方が姓の変更を強制され、姓を維持しようとすれば婚姻できない」と批判。憲法や条約に違反すると主張した。また1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を答申し、法務省も法案要綱を公表したのに、国会が長期間、立法措置を怠ったと訴えた。 一方、国側は原告が主張する憲法や条約の規定は、「いずれも個別の国民に対して具体的な権利を保障したものではない」などと反論していた。判決言い渡し後に記者会見した原告の行政書士小国香織さん(39)=東京都=は「斬新なものが見えてこない判決。高裁に期待したい」と話した。---この裁判は、提訴のときにも記事を書いたような記憶があります。別性をみとめないことが憲法違反か、と言えば、憲法違反とまではいえないという結論になるのはやむを得ないところだろうと思います。ただ、ちょっと残念な結果ではあります。この裁判が提訴された時点では、まだ民主党政権だったと記憶していますが、民主党が政権を取った直後には選択的夫婦別姓制にも積極的な姿勢を示しており、「実現するんじゃないか」という期待もあったのですが、結局は、民主党が掲げたその他諸々の政策と同様、「掲げただけで実現せず」という結果に終わりました。もっとも、もともとの経緯から言えば、選択的夫婦別姓制は、自民党政権時代に持ち上がった話です。我が家では、相棒が別姓にしたいとは思っていないようなので、夫婦別姓にする予定はないのですが、私の周辺(職場の同僚や、音楽関係の仲間)には、結婚後も旧姓を使い続けている人が少なからずいます。私の相棒の場合は、彼女が大阪、私が東京在住だったので、結婚を機に彼女がいったん退職しましたが、今は「結婚したたから退職する」という女性はそう多くはありません。同じ会社で引き続き仕事をしている場合、姓は変えたくない、という人はそんなに少数派ではありません。少し前に「女性手帳」が問題になり、結局はお蔵入りが決まったようですが、この手帳について、森雅子少子化担当相は何といったか。「中高生くらいから知識を広め、女性が自分のライフステージを選択、設計できるようにすべきだ」なのだそうです。何のブラックユーモアかという感じですが、ライフステージを選択、というなら、結婚後夫婦ともに旧姓を使用し続けられるような選択の自由(言うまでもなく、姓を変えるのも自由であり、割合としては引き続きそのほうが多数派であろうと想像できますが)を設けることも意味があるんじゃないでしょうか。今これだけ少子化がいわれているときに、「姓を変えなければならない」ということが結婚に際しての障害となりうるならば、その障害を取り払うことは、小なりとはいえ有意義なことであるはずです。そんなことはどうでもよい、子どもがどれだけ減ろうが、日本の伝統を守るのだ、ということなんでしょうかね。もっとも、日本における夫婦同姓の歴史なんて、明治以降に初めて持ち込まれたもので、まだ100年余りの歴史しかないけど。
2013.05.30
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不明日本人女性は河野千鶴子さん 現地で2遺体、確認急ぐ日本勤労者山岳連盟は28日、ネパール中部にあるヒマラヤの世界7位の高峰ダウラギリ(8167メートル)で行方不明になった日本人女性は、東京都練馬区の登山家、河野千鶴子さん(66)であると明らかにした。現地からの情報によると22日から連絡が取れなくなっており、ダウラギリの標高7500~7800メートル地点で2遺体が見つかった。河野さんと、同行した男性シェルパの可能性があるといい、関係者が確認を急いでいる。河野さんは50代から本格的に登山を始め、7大陸最高峰の登頂に成功した“主婦登山家”として知られる。日本勤労者山岳連盟の理事も務めている。---先日三浦雄一郎80歳でチョモランマ登頂成功というニュースについて記事を書きましたが、あれからわずか数日にして、今度はダウラギリで日本人の女性登山家遭難というニュースが飛び込んできました。8000メートルの世界は、死と隣りあわせということがよく分かります。登山家とのことですが、名前を存じ上げなかったので、ちょっと調べてみました。7大陸最高峰制覇と8000メートル峰5座登頂。5座というのは具体的にはチョー・オユー、チョモランマ、シシャパンマ、マナスル、ガシャーブルム1峰。そして今回が6座目の挑戦だったようです。亡くなられたという結果は残念ですが、命の危険のある場所という自覚の下に、充分な経験と装備と準備をもって挑んだ結果としての遭難は、ある意味ではやむを得ないことです。ガッシャーブルム1峰登頂前の時点での登山歴の紹介がネット上にありました。体験から得られた高所遠足登山これを読むと、これまでにもシシャパンマでかなり危険な状態に直面したことがあり、チョモランマでも間近に遭難死を目撃しているようです。それにしても、女性で、53歳から本格的な登山を始めて、これだけの高所登山をやってのけたというのは驚きです。中高年の登山ブームが言われて久しいですが、彼女もある意味では中高年登山者の1人ではあるけれど、世間一般の中高年登山者とは別次元の世界に突入してしまっている感じです。逆にいうと、「タダの人」でも50歳を超えてから本格登山を始めて、ここまでの山登りが可能(な場合もある)ということですね。ということは、「タダの人代表」の私(笑)だって、45歳の今から「厳冬期の赤岳が私の能力の限界」などと決めてかかっている場合じゃないかも、ですね。とはいえ、体力的な能力の限界の前に金銭的な能力の限界が問題になりますね。それに、やっぱり小学校4年生の子どもがいるのに命の危険を冒すわけにも行かないし・・・・・・。(万が一の事態を考えると、やっぱり厳冬期の赤岳一般ルートを大きく超える難易度の山は、子どもが成人してからじゃないと、登りにくいです)ヒマラヤの高峰よりは安上がりで、なおかつ生命の危険も比較的低くて、出来るだけ高い山、となると、アコンカグアですね。(キリマンジャロもあるけど、アコンカグアのほうが標高が高いし、スペイン語が通じるし)よし、これから10年計画で、アコンカグアに登る体力と技術を(資金も)獲得するぞ!ただ、最近日々のランニングも腰痛、膝痛、足首痛との戦いになりつつあります。ちょっと走り込みを強化すると、すぐにどこかが痛くなってしまうのです。これでは、今以上に脚力を向上するのは難しい。今現在の脚力では、アコンカグアの最終キャンプから山頂まで、5900mから6900mまでを一日で往復するのは、ちょっと難しいかも知れません。いや、しかしまずはその前に相棒の許可か。それが一番難関ですねえ。
2013.05.28
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橋下のトンデモ発言以来、従軍慰安婦問題についての河野談話の是非が取り上げられることが多いようです。発表されたのは1993年、丁度20年前のことです。でも、肝心の河野談話を、どれだけの人が読んだのかな、と疑問に思う部分もあります。なので、ここに改めて河野談話の全文を紹介したいと思います。慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話平成5年8月4日いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。---従軍慰安婦問題について、最大公約数的に明らかに事実と認められる部分を認めた、ごく穏当な内容である、としか私には思えません。「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営された」「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たった」「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあった」「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」いずれも、歴然たる事実です。軍当局の要請もないのに、ガダルカナルやラバウル、ビルマ(ミャンマー)などといった最前線まで、民間業者が勝手に慰安婦を送り込んでくる、などということがありえないのは、ちょっと考えれば分かることです。もちろん、日本軍が朝鮮半島で直接的に「慰安婦狩りをした」なんてことは書かれていません。もちろん、「日本だけが悪い」なんてことも書かれていません。橋下は、昨日の記者会見で「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した証拠がない」と言って河野談話を批判したそうですが、そもそも、河野談話のどこにもそんなことは書かれていません。※強いて言えば、朝鮮半島以外の場所(たとえばインドネシア)では軍が直接慰安婦狩りを行った事例もあるのですが、そのことには触れられていません。(募集については~主として)という言葉で、業者以外の例も皆無ではないことが暗示されている程度です。注意して読めばすぐに分かりますが、この談話の中で、日本軍の(あるいは日本政府)の責任という言葉は一度も出てきません。ほとんど「関与」という言葉しか出てこない(軍の「要請」と官憲の「加担」ということばが一度ずつありますが)。日本政府が直接的に賠償責任を負うことは、巧妙に避ける内容になっています。しかし、それでも昨今氾濫する極右的な言説に比べれば、はるかに良心的かつ冷静な内容です。実際、これだけの「要請」「関与」「加担」がある以上は、「民間業者が勝手にやったことです」なんて理屈が通るわけもないのです。当然のことながら、この文面は河野洋平1人で決めたはずがなく、外務省の高級官僚などが一言一句に至るまでチェックをしているはずですし、宮沢内閣の総意として出された談話のはずです。※国家の意思、というのはどういう意味なんでしょうかね。当時、軍は民主主義のコントロールの外にあった。太平洋戦争は民意の外で決められたことだし、真珠湾攻撃とかミッドウェー海戦とかガダルカナルとかの作戦だって、一部の軍首脳が密室で作戦を定めた話に過ぎません。だから真珠湾攻撃は「国家の意思」ではないともいえるのですが、そう言うことに何の意味があるのか、と思います。従軍慰安婦問題も同様です。
2013.05.27
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日本海中部地震から、丁度30年目だそうです。日本海中部地震は秋田県能代市沖を震源とする地震で、マグニチュード7.7、一昨年の東日本大震災の100分の1程度のエネルギーですが、それでも大規模な津波が起こり、秋田県と青森県で最大波高14m以上を記録しています。地震による日本国内での死者は104人、このうち揺れによる死者は4人で、残り100名は津波による死者です。他に、韓国で3人の死者行方不明者が出ています。(日本国内に関しては、全員の遺体が発見されたため、行方不明者はいない)それまで、日本海側の大きな地震は、いずれも内陸に震源を持つことが多かったため、「日本海側では津波は起こらない」という思い込みがあったといわれます。そのため、地震の後海岸からすぐに逃げなかった人が多かったようです。特に、遠足中の小学生が何人も犠牲になっていますが、地震の後わざわざお弁当を食べるために海岸に下りていって、津波に飲まれています。驚くべきは、最大波高わずか数十センチの場所でも、犠牲者が出ていることです。波をさえぎるものが何もない遠浅の干潟では、波高数十センチの津波といえども、人の命をたやすく奪うのです。この地震から10年後、日本海で再び大きな津波が起きます。1993年7月12日の北海道南西沖地震です。地震の規模は、日本海中部地震よりわずかに大きいマグニチュード7.8。このときは、日本海中部地震の教訓から、多くの住民がかなり迅速に避難しようとしたのですが、最大の被害をだした奥尻島は、震源域からあまりに近すぎた。津波の第一波到達は地震発生からわずか2~3分後で、避難が間に合わず、200人以上の死者行方不明者を出しています。日本海中部地震と違い、建物の倒壊など揺れによる被害でも相当の死者が出ていますが、やはり死者の大半は津波によるものです。津波の最大波高は、奥尻島で16m以上、最大遡上高は30mにも達した場所があるとのことです。日本海側でも、これだけの規模の津波が立て続けに起こっているわけです。現在日本国内の原発で唯一運転それている福島県の大飯原発は、防潮堤の高さが5メートル、今年度中に8メートルまでかさ上げする予定だそうです。しかし、この2つの地震による津波の経験に照らし合わせて考えれば、5メートルはもちろん、8メートルだって、高さが全然足りてないんじゃないの、と思われるのですが・・・・・・。
2013.05.27
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「メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故」(講談社文庫 大鹿靖明著)を読みました。一言でいって、非常に優れたルポルタージュです。福島第一原発事故とそのあとの動きについては、それなりに注意を払ってきたつもりですが、それでもこの本で初めて知ったこともずいぶんありました。読んでいてふと思ったのは、日本が太平洋戦争に突入して行った過程にちょっと似ている、ということです。地震が起これば原発に危険が及ぶ、ということは当然予想されるべきことだったはずですが、そのような想定も、対策も何もなかった。そのため、地震のあとの東電の対応が(官僚の対応もですが)泥縄的で、致命的な手順の間違いが頻発しています。地震の直後、電源確保のために電源車が福島に送り込まれましたが、地震による道路の損傷と渋滞によって、電源車はなかなか現地に着かない。やっと着いたと思ったら、接続プラグも電圧も合わなかった、というのです。どう考えたって、「電源が必要」という話なら、AC/DC何ボルト何アンペアで接続プラグの形状はどう、なんてことは、最初に把握しておくべきもっとも基本的な情報でしょう。電源車自体に変圧器を搭載し、どんな電気でも供給できる、というなら別ですが、どうやらそんな電源車ではなかったようですから。このとき、2号機建屋内の動力変圧器に電源車を接続させようとしたそうですが、それには200mのケーブルが必要だが、そんな長さのケーブルは用意していない。偶然下請け業者が原発敷地内にケーブルを保管していたものの、倉庫の鍵がない、やっと鍵は見つかったが、重さは1トンを超え、人力での敷設は困難を極める(停電しているから、機械はうごかない)という状況だったわけです。時間帯は深夜であり、電源が絶たれているから周囲は真っ暗、しかも、瓦礫が散乱しており、電源車をちょっと移動させるのも困難を極める、余震も頻繁にあるという状況で、作業が迅速に進むわけもなく、時間ばかりが空費して行ったわけです。で、原発が1基爆発すると、あとは連鎖反応です。1号機が爆発した瞬間、2号機では、やっと電源車から200メートルのケーブル敷設を完了し、電源復旧ができそうなところまでこぎつけていたのですが、飛散した瓦礫によってこのケーブルが損壊し、再び全電源喪失に陥る・・・・・・。この間、原発と東電本店、東電本店と政府の間の意思の疎通もうまくいかず、互いに疑念と不信を募らせていくことになります。冷静に考えれば、停電と瓦礫なんてものは、当然予想されていなければならないことだったはずです。大地震で津波が来たのに、停電もがれきの散乱も起こらないと想定する方が、よほどおかしいのです。しかし、そもそも津波は原発まで来ない、全電源喪失なんて事態も起こらない前提で作られた原発なので、そんな事態は考えなかったのでしょう。考えつかなかったのか、考えたくなかっただけか、おそらく後者でしょうね。全電源喪失なんて事態を想定したら原発なんて事故に至る過程もそうですが、その後、脱原発を阻止しようとする原子力ムラの暗躍ぶりが、またすさまじい。このままなし崩し的に原発の現状維持ということになってしまえば、我々はあの原発事故から何も学ばなかった、ということになってしまいそうです。それにしても東京電力というのは、なかなか驚くべき体質の会社だなあ、と、改めて思いました。それについては、いろいろなエピソードが同書に書かれていますがひとつだけ。事故のあと、3月18日に東電は主要銀行に対して緊急融資の要請を行ったのですが、要請を受けたある銀行の常務によると、それはとても「融資してください」という、へりくだったお願いではなかったというのです。「江戸時代の時代劇にあるでしょう。『越後屋、お金を用意せよ』と。お代官様が商人に無理やりカネを用意させるような、そんな感じでした」それでも、各銀行は喜んで東電に融資したのです。
2013.05.25
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三浦雄一郎さん:エベレスト登頂成功…史上最高齢80歳で冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さん(80)が23日午前9時(日本時間同午後0時15分)、史上最高齢となる80歳での世界最高峰エベレスト(中国名チョモランマ、標高8848メートル)への登頂に成功した。三浦さんの東京事務所(東京都渋谷区)に連絡が入った。三浦さんは衛星電話を通じて「世界最高の気分。人生でこれ以上ない気分。80歳でもまだまだいける」と喜びを語った。これまでの最高齢登頂記録は、2008年5月25日に成功したネパール人男性の76歳。三浦さんは03年に70歳で、08年5月26日には75歳で登頂に成功しており、今回が3回目の登頂。三浦さんのアタック隊は日本時間の23日早朝、標高8500メートル付近の最終キャンプを出発、最終アタックを開始していた。08年の登頂に成功した直後から三浦さんは80歳での登頂を模索。76歳だった09年に札幌市内のスキー場で事故に遭い、大腿(だいたい)骨の付け根や骨盤を骨折したが、リハビリに努めて克服した。昨年10月に今回の登頂計画を表明してからは、持病の不整脈を抑えるために同11月と今年1月の2度にわたり、心臓手術を実施して臨んだ。三浦さんは1932年、青森市生まれ。66年に富士山をスキーで直滑降。70年にはエベレストの8000メートル地点から滑降するなど85年までに世界七大陸最高峰のスキー滑降に成功している。ーーー80歳でチョモランマ登頂というのはびっくりです。実は、今回の報道まで、私は1970年のチョモランマからの大滑降というのは山頂から滑り降りたものだと勘違いしていたのですが、実際は8000メートル地点からの滑降だったのですね。もちろん、それだって大冒険です。山頂まで登るよりあんな場所でスキーで滑る方が危険度も高いでしょうし。ともかく、そういうわけで、三浦のチョモランマ初登頂は、1970年の大滑降の時ではなく、2003年、70歳の時なのですね。もちろん現在ではチョモランマは累計4000人近くが登頂に成功しており、公募登山という名のツアー登山も行われており、プロの登山家でなくても登れる山になってきていますが、それでも、誰でも登れるような山ではないことに違いはありません。70歳でチョモランマというのも充分に驚きですが、80歳というのは、まさしく超人です。しかし、そんな三浦も、Wikipediaの記述によると、世界7大陸最高峰からの滑降を達成した後は、目標を失って不摂生な生活になり、一時は身長165cmに対して体重80kg、血圧200近いというメタボ体型になっていたそうですが、65歳のときに一念発起して、70歳でエベレストに登ると決めてトレーニングを積んだとか。そうか、体を鍛えれば誰でもチョモランマに登れるのだ!・・・・といいたいところですが、登山技術や金銭面を別にして、純然たる体力面だけで考えても、だれでも登れるようにはならないかな。おそらく三浦氏は持って生まれた心肺機能が人並み以上に強力なのだろうと思います。それを80歳の今も維持している、というのが、一番すごいことかもしれません。ただの人でも、鍛えれば心肺機能はかなりの程度向上します。中学生の頃長距離走がビリから何番目というくらい遅かった私が、今では月間100km以上ランニングしていることが、何よりの証明です。ただ、いくら鍛えても、ただの人がオリンピックのマラソンには出られるようにはなりません。言うまでもなく、そこには超え難い大きな溝がある。チョモランマも、それに近いんじゃないかと思います。オリンピックのマラソンほどには限られた世界ではないにしても、元々持って生まれた心肺機能が人並み以上に強力でないと、多分難しいだろうと思います。ともかく、偉業に拍手喝采を送りたいと思います。ただ、何だか国民栄誉賞とかって声があるようですが、正直言ってそれはやめてほしいなあ。
2013.05.24
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菅長官、韓国紙論評を批判=原爆投下は「神の懲罰」菅義偉官房長官は23日午前の記者会見で、韓国の中央日報が第2次世界大戦中の広島、長崎への原爆投下を「神の懲罰」とする記事を掲載したことに関し、「誠に不見識であると考える。こうした認識は断じて容認できない」と厳しく批判した。さらに21日に在韓日本大使館から中央日報に抗議したことを明らかにした。中央日報は20日付の記事で、原爆投下を「神の懲罰」と表現、「日本の軍国主義の犠牲になったアジア人の復讐(ふくしゅう)」などと論評した。 ーーー何年前だったか、前回の自民党政権のときに、久馬防衛相が「原爆は仕方がない」と発言して辞任においこまれたことがありました。太平洋戦争が日本の侵略戦争として始まったということと、それに対する反撃(それも、勝敗が定まった最終局面で)で非人道的な兵器を使うことの是非はイコールではありません。そもそも、登場広島にも長崎にも、徴用などで相当数の韓国・朝鮮人がおり、相当数の被曝者も出ています。このサイトによれば、韓国・朝鮮人被曝者は広島で7万人、長崎で2万人です。当然死者だってかなりの数が出ているわけで、本来韓国だって原爆の被害国と言っても過言ではありません。それにもかかわらず原爆が「神の懲罰」というのでは、それによって亡くなったり被曝した韓国人はどうなる?もちろん日本人の被曝者だって同じですけど。あまりに短絡的に発言に過ぎると言わざるをえないでしょう。日本側の在特会などの行動は大問題ですが、それはそれとして、日韓ともに、戦争被害の問題を国対国のプライド争いの材料にしてしまっている感が否めません。認めたら負けだとか、認めさせなければ負けだとか、そんなレベルの争いであってはならないのですけれど。まあ、さすがに「神の懲罰」に関しては韓国の駐日大使が「韓国人一般の考えではない」と釈明しているようです。
2013.05.23
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私は東京生まれの東京育ちですけど、相棒は大阪育ちの人間です。私は、彼女と付き合い始めるまでは大阪と全然縁のない人間でしたが、付き合い始めてすぐのころ、真冬の大阪でデートしたことがありました。私は、普段朝7時少し前に起床し、7時20分過ぎに家を出る(その間、たった20分。我ながら超高速です。)のですが、東京では、日がもっとも短い時期でも、私が起床する時間には日が出ています。ところが、大阪では日の出と日没が東京よりおおむね30分くらい遅いんですね。だから、年末年始ころ※には、朝7時にはまだ日が出ていない。だから、もし私が大阪に住んでいたとすると、冬場は夜明け前に出勤する、ということになってしまうわけです。※日の長さが一年で一番短いのは12月20日前後の冬至ですが、冬至は夜明けが一番遅い日でも、日没が一番早い日でもありません。日没が一番早いのは12月上旬、夜明けが一番遅いのは年末年始ころです。気分の問題ですけど、私は個人的には、夜明け前に出勤はしたくないなあというのが正直なところです。通勤時間1時間半とか2時間の人には、甘いといわれるかもしれないですけどね。で、もしも標準時が2時間も繰り上げになったら、年末年始ころの夜明けは東京でも8時50分ころ、大阪では9時を過ぎることになります。家を出る時間どころか、仕事が始まる時間ですらも夜が明けていないということになります。夏場でも、東京の夜明けは6時半前後なので、1年の大半は夜明け前に出勤ということになってしまいます。日本の標準時「2時間早く」 都知事が提案、政府検討へ東京都の猪瀬直樹知事は、22日の政府の産業競争力会議で、日本の「標準時」を2時間早めることを提案する。東京の金融市場が始まる時間を世界で最も早くすることで、金融機関の拠点を日本に置く動きを促す狙いだ。政府は6月にまとめる成長戦略に盛り込むことを含めて検討に入る。日本の標準時は1886(明治19)年に定めて以来、変更していない。しかし、海外ではシンガポールが1982年に標準時を早めるなど、政府の判断により標準時を変えた例はある。東京の標準時が2時間早まれば、外国為替市場などが1日のうちで世界で最初に開くことになり、世界の金融市場で東京の存在感が高まるという。---為替市場の都合のために標準時を2時間も早めるとか、そういうのはほんとにやめてほしいなと思います。それで金融市場に本当に大きな影響があるなら、すぐに他の国も追随するだろうから、「世界で最初に外国為替市場が開く」という地位は一時的なもので終わることになるでしょう。そのためだけに、日本中に影響を与えても標準時を2時間も早める意味が、私には理解できません。そういえば、サマータイム制導入の動きも時々起こっては消えていきますが、年に2回も時計を切り替えるなんて、面倒くさい。時計は機械ですからまだしも、人間は機械じゃないので、毎年毎年2回ずつ生活リズムを1時間変更するというのは、苦痛以外の何物でもありません。ヨーロッパの高緯度地帯じゃないんだから、日本では、時計を早めてまで日照時間を増やす必然性があるとは思えません。
2013.05.22
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嫌韓デモで初の逮捕者、暴行容疑 東京・新宿警視庁新宿署は20日、東京・新宿であった在日コリアンの排除を掲げるデモで、対立グループのメンバーに体当たりしたとして、暴行の疑いで自称埼玉県熊谷市拾六間、元自衛官の無職容疑者(47)を逮捕した。デモは右派系グループ「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などが参加し、新宿、新大久保周辺で月に数回行われている。新宿署によると、一連のデモをめぐる逮捕者は初めて。赤井容疑者は「勢い余ってぶつかっただけ」と容疑を一部否認している。---このところ、在特会関係者が立て続けに逮捕されていますが、その容疑たるや電気代滞納で送電停止されたところ、電力会社係員を脅して未払いのまま送電再開を強要とか、トイレで拡声器に見入った80歳代の老人に「何見とんねん、オモテ出ろ!」と叫んで暴行など実にみっともない容疑のオンパレードです。で、今回は対立グループのメンバーに体当たり、ですか。彼ら自身が嬉々として公開しているYouTubeの動画などを見る限り、連中がそういう挙に出たのは今回が初めてというわけではありません。老人に暴力を振るう場面も、以前に公開されていました。とてもじゃないけど、このブログにそういう動画を貼りつける気にはなりませんけど。私自身、何度か在特会の連中をじかに目撃したことがあり(主に脱原発デモで、それ以外にも何回か)、罵倒暴言を直接聞いたことがありますが、あれはどう考えてもゴロツキ以上のものではありません。今更ながら、世間的にも在特会やその周辺団体に対する反対論が沸きあがりつつあるようです。いささか旧聞に属しますが、報道によれば安倍首相すら安倍首相は7日の参院予算委員会の集中審議で、在日韓国人・朝鮮人らをインターネットで中傷するなどの動きがあることについて、「極めて残念だ。日本の国旗がある国で焼かれようとも、我々はその国の国旗を焼くべきではない」と述べ、自制を呼びかけた。首相は、首相の会員制交流サイト「フェイスブック」にも同様の書き込みがあるため、「エスカレーションを止めるコメントをしたい」と沈静化に努める考えを示した。と国会で答弁しているようです。まあヘイトスピーチを諌めるふりをしながら「日本の国旗がある国で焼かれ」ることを揶揄しているようなコメントのしかたですが、それでも何も言わないよりはマシではあるでしょう。そういえば、Bill McCrearyさんのブログの記事で知りましたが、安倍首相の夫人が韓国のミュージカルを鑑賞したという記事をフェイスブックに載せたところ、ネットウヨクからの非難が殺到したという出来事があったそうです。正直なところをいうと、私自身は韓流ドラマを見たことはないし、特に興味もないのですが、韓流ドラマが好きな人がいる、というのは別に何の問題のないことですし、もちろん法にも倫理にも、社会常識にも何も反していません。それこそ、蓼食う虫も好き好きというもの。それを非難する人間と言うのは、どれだけ他人の趣向にくちばしを挟めば気が済むのかと思います。ちなみに、私はBill McCrearyさんのブログには「ただ、ロクでもないコメントををはるかに上回る数の「いいね」もあるようですが。」とコメントしたのですが、その後で気がついたのは、この問題を取り上げたヤフーニュースのコメント欄は、完全にネトウヨの独壇場と化してしまっており、安倍夫人の行動に批判的な意見が「そう思う」を独占してしまっています。なかなか病根は深い。
2013.05.21
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昨日は、兵庫県の三木山森林公園の「三木山フォルクローレ音楽祭」で演奏してきました。東京から関西も遠いのですが、その関西でも、相棒の実家(天王寺近辺)から三木山森林公園まではとても遠くて、(車だと、山陽自動車道からすぐ近くなのですが)鉄道たと天王寺から梅田経由で神戸(新開地)まで出て、更に神戸電鉄に乗り換え、しかも最寄り駅からバスはほとんどなくてタクシー利用、片道2時間近くかかってしまいました。で、演奏した動画が手元にあるのですが・・・・・・演奏そのものはともかく、私のギターを弾く姿が非常にかっこ悪い。手元を見ながら弾いているので姿勢が極端に悪いのです。最近、ギターは「手元をできるだけ見ない」ことを結構意識して練習していたし、ハイポジションの一部を除けば、手元を見なくても弾けるにもかかわらず、いざって時にこんな姿勢になってしまうとは。普段演奏していないグループで、当日練習のみでぶっつけ本番に高い状態での演奏、ということで、不安感があったからでしょうか、まったく無意識のうちに手元を見ていた。その姿があまりにみっともないので、動画のアップはいささか躊躇しています。それに、曲目が昨年福島県川俣町の「コスキン・エン・ハポン」で演奏したときと同じなのです。他に3曲を屋外演奏の予定だったのですが、こちらは雨で中止になってしまい、去年と同じ曲しか演奏できませんでした。※もっとも、ケーナやサンポーニャを吹いているときも、後で自分の演奏の動画を見ると「かっこ悪いなあ」と思うことは度々ありますけどね。フルートを吹いているときはどうかなあ。というわけで、音声のみ1曲目 「インディオの泣くとき」会場です。私が着いたとき(10時過ぎ)は、まだ曇りで、屋外で練習していたのですが、11時半過ぎころ(丁度、屋内のホールで演奏していた時間帯)から雨が降り始めて、お昼過ぎにはこんな状態。せっかくの屋台も閑散としてしまいました。でも、コンサートホール内は大盛況。屋外演奏は中止という話だったのですが、しかしがんばって演奏している人もいました。軒下の、わずかに雨にぬれないスペース。演奏しているのは、通称「やまと」さん。実は、私も何回も一緒に演奏させていた方ですが、このときはソロで。これも別のグループ。こうしてみると、野外演奏も不可能ではなかった、というところですが(個人的には、やっぱり演奏したかったですが)、どうしたって楽器も機材も痛みますねえ。屋内の出店は盛況でした。こちらは、奈良の「カサ・デ・パパ」。今メインで使っているケーナが2本ともこちらで購入したものです。1本は、5年前にこの三木山フォルクローレ音楽祭で、もう1本は福島県川俣のコスキン・エン・ハポンで購入しました。それにしても、家族3人で関西に行くと、新幹線だけでもお金が飛ぶように出て行きます。前述のとおり、相棒が大阪出身ということもあって、私一人で参加する、というわけにも行きませんから。そうそう、iPad miniをもって行ったら、相棒と子どもはフェイスブックを見たがり(さすがに子どものYouTubeは外出中は禁止しましたが)、私はこのブログに記事書いてコメント書いて、と新幹線内では取り合いでつなぎっぱなし状態。そうしたら、2日間で容量70MBを消費してしまいました。まあ、それでもまだ180MB分残っているんですが、やっぱり3時間も4時間も使い続けていると、動画なしでも結構容量を使うんだということが分かりました。
2013.05.20
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<火山>活発化の恐れ…東日本大震災、契機に 内閣府検討会広域被害をもたらす火山の大規模噴火について、内閣府の検討会(座長・藤井敏嗣=としつぐ=東京大名誉教授)は16日、監視体制の強化や避難計画の早期策定などを盛り込んだ初の提言をまとめた。東日本大震災をきっかけに、富士山を含め全国で火山の活動が活発化する恐れがあるという。政府は提言を踏まえ、今年度中にも対処方針を策定する。検討会は、溶岩や灰などの総噴出量が1億~数十億立方メートルの大規模噴火を想定した。1億立方メートルは東京ドーム約80杯分に相当する。溶岩流や火砕流による被害が生じるほか、火山灰が1~2センチ積もると道路通行に支障が生じるなど影響が大きい。しかし、気象庁が常時監視の対象としている47火山のうち、10火山では周辺自治体がハザードマップ(災害予測地図)を整備していないなど対応が遅れている。提言では、ハザードマップの早期策定を求めるとともに、大噴火の可能性が高まった場合に迅速に対応できるよう、知事や市町村長に避難指示を発令させる権限を持たせるようにした。観測体制では、複数の機関に分散している専門家の知見を活用できる仕組みの構築を検討するよう求めた。さらに、火砕流や降灰の発生直後は住民の一斉避難は困難になるため、状況に応じて避難対象地域を順次拡大し、円滑な避難誘導が行えるよう訴えている。それに備え、避難手段の確保や交通規制の方法を検討しておくべきだとした。藤井座長は「日本は火山大国だが、防災対策が遅れている。富士山でも現在は噴火の前兆はないが、300年間、噴火がない。いつ起きてもおかしくない」と話した。【ことば】日本の活火山火山噴火予知連絡会は「過去1万年以内に噴火した記録があるか、現在煙を上げたり、ガスを出したりしている火山」と定義し、110ある。特に活動が盛んで気象庁が常時観測する47火山のうち、富士山や阿蘇山など29火山では噴火警戒レベル(5段階)が運用され、レベルごとに入山規制などがある。総噴出量が10億立方メートルを超える大規模な噴火は、1914年の桜島以来なく、噴火活動が比較的落ち着いている。ーーー一昨日メキシコのポポカテペトル山噴火の記事を書いた時に、観測史上5回のM9クラスの地震があって、そのうち東日本大震災以外の4回は火山も噴火したとかきましたが、どうも数え間違いがあったらしく、6回のうち東日本大震災以外の5回はその後に火山の噴火も起こっている、というのが正しいようです。いずれにせよ、東日本大震災からまだ2年しか経過していませんから、これから東日本大震災の誘発噴火が起こる可能性がかなり高いことは間違いないでしょう。ただ、先に書いたように、それが富士山であるとは限らないですが。日本は地震大国でもありますが、火山大国でもあります。そのおかげで日本中に温泉があって楽しめるということでもありますけどね。気象庁の定義する活火山は、こんなにたくさんあります。活火山とは現在、110の火山が活火山と定義されています。(北方領土や海底火山も含めて)このうち47が、監視観測体制の必要な山だそうです。富士山もそこに含まれます。私の登った山の中では、大雪山、磐梯山、焼岳、御嶽山、富士山(焼岳と磐梯山は山頂まで行っていませんが)が入っていますね。火山の噴火は大抵の場合前兆現象があるので、登っている時に前触れなくいきなり噴火、ということは多分ないと思うけど…。富士山の噴気活動が話題になったことがありますが、焼岳なんて、中尾峠から上はあっちでもこっちでも噴気だらけ。頂上も常時噴煙が上がっているし、実際山頂までの立ち入りが許可されるようになったのは比較的最近だったと思います。当ブログで、過去何回か書いていますが、超巨大地震と超巨大噴火ではどちらの方が被害が大きいかと言えば、それは間違いなく噴火の方です。ただし、どちらの方が数が多いかといえば、地震の方が圧倒的に多い。M9クラスの地震は、20世紀中頃以降の観測史上6回起こっているのは前述のとおりですが、超巨大噴火は過去200年間に1回だけです(1815年インドネシアのタンボラ山、日本では7000年以上前の南九州喜界カルデラ)。M9クラスの地震で誘発された噴火にしても、そんなにとてつもない規模の噴火に至った例は、これまでのところはないようです。そういう意味では、あまり極端に怖がらず、しかしいつかは必ずくるものだと思っておいた方がいいでしょうね。追記どうでもいいことですが、この記事は新大阪行の新幹線からiPad miniで書いています。明日は兵庫県の三木市で演奏です。
2013.05.18
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橋下氏、「大誤報やられた」とメディア批判日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は17日、いわゆる従軍慰安婦問題について「当時は必要だった」と発言した問題を報じたメディアに対し、「大誤報をやられた」と批判した。一連の発言の真意を確認しようとする記者団に、「一言一句、確認しろというなら、(取材対応を)やめます」と対応を打ち切った。今後、立ち止まって質問に答える「ぶら下がり取材」に応じない考えを示した。橋下氏は今月13日、「銃弾の飛び交う場で命かけて走っていく時に、猛者集団、精神的に高ぶる集団をやっぱりどこまで休息じゃないけど、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度、必要なのは分かる」などと発言。国内外のメディアに広く取り上げられ、「女性を蔑視(べっし)している」などと批判が相次いでいた。当時の慰安婦制度を「必要」とした発言部分について、橋下氏は17日、市役所退庁時にぶら下がり取材に応じ、「僕が(慰安婦制度を)必要だと思っているとか、容認しているということではなく、世界各国の軍隊が女性の活用を必要としていた」と釈明。「きちんと英語で伝わらなかったことは僕の表現不足。僕が必要だと思っていたと訳すのはやめてほしい」と述べた。「必要」という言葉の解釈を巡り、記者団がさらに質問すると、橋下氏は「揚げ足を取るのではなく、文脈でしっかりと判断してほしい。一言一句全部チェックしろというなら、明日から(ぶら下がり取材は)やめましょう」と、質問を遮って立ち去った。18日に予定されていたテレビ出演後のぶら下がり取材を中止にした。---自分の問題発言を、「マスコミの誤報」に責任転嫁しているんだから、話になりません。「僕が(慰安婦制度を)必要だと思っているとか、容認しているということではなく」などと言っていますが、橋下の13日の段階での発言要旨は報じられています。橋下氏の発言要旨=従軍慰安婦問題 ▽13日午前(大阪市役所で記者団に)敗戦の結果として、侵略だということはしっかりと受け止めなければいけない。実際に多大な苦痛と損害を周辺諸国に与えたことも間違いない。反省とおわびはしなければいけない。慰安婦制度というのは世界各国の軍は持っていた。なぜ日本の従軍慰安婦制度だけが世界的に取り上げられるかと言うと、日本は軍を使って国家としてレイプをやっていたという、ものすごい批判を受けている。その点については、違うところは違うと言っていかなければいけない。あれだけ銃弾が雨・嵐のごとく飛び交う中で、命を懸けて走っていく時に、猛者集団、精神的に高ぶっている集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度というものが必要なのは誰だって分かる。 今のところは、軍自体が、日本政府自体が暴行、脅迫をして女性を拉致したという事実は証拠に裏付けられていない。そこはしっかり言っていかなければいけない。ただ、意に反して慰安婦になった方に対しては、配慮はしなければいけない。 ▽13日夕(同所で記者団に)慰安婦制度は必要だった。軍の規律を維持するためには、当時は必要だった。歴史をひも解いたら、いろいろな戦争で、勝った側が負けた側の方をレイプするという事実は山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったということも厳然たる事実だと思う。(沖縄県宜野湾市の)米軍普天間飛行場に行った時、司令官にもっと風俗業を活用してほしいと言った。司令官は凍り付いたように苦笑いになってしまって。性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にはあるわけだから。---いくら読んでも、「慰安婦制度というものが必要なのは誰だって分かる。」と言っています。産経新聞による要旨は、わずかに表現が違って、「慰安婦制度が必要になるのは誰でも分かる。」となっています。しかしいずれのソースにおいても「慰安婦制度が必要」と記録されているので、橋下がそういったことは間違いない。ここまで言っておいて、「僕が(慰安婦制度を)必要だと思っているとか、容認しているということではなく」なんて、デタラメもいいところです。ただ、ぶら下がり取材に応じないってのは、いいんじゃないでしょうかね。各マスコミも、橋下の望みどおりにしてやればいいんと思いますよ。取材なくして報道なし。橋下のことなんか報道しなければよいんじゃないでしょうか。まあしかし、発言はやめるといったり、でも撤回はしないといったり、米国の批判に反論したり、「誤報だ」と叫んだり、対応がかなり右往左往している感じがします。やっはりあせっているんだろうなあ。で、橋下に続いて今度は維新の会の西村真悟議員が「日本には韓国人の売春婦がうようよいる」と発言したそうで。維新の会はこの発言を問題視して、西村を除名するそうで。確かに西村の発言もひどい。除名というのももっともな話です。でも、じゃあ橋下は?西村の発言は橋下以上に低レベルで侮辱的とは思いますが、五十歩百歩程度の違いですよ。橋下も除名すべきでしょう。もっとも、橋下の個人人気におんぶに抱っこで維持されている政党ですから、橋下を除名になんかしたら瓦解しちゃうんでしょうね。
2013.05.17
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つい先日、「世界の富士山」という記事で、メキシコ富士ことポポカテペトル山を紹介しました。その記事で、「活火山で、度々噴火を繰り返しています。この写真を撮った時期も噴火があり、そのために雪がなかったのでしょう。かつては山頂部に氷河があったのですが、度重なる噴火のため消滅したようです。」と書いたのですが、なんとそれから2週間足らずで噴火しちゃいました。メキシコ首都近郊の火山が噴火メキシコの首都メキシコ市近郊にあるポポカテペトル山が14日夜に噴火し、火山灰を吹き上げた。近隣の3つの町には噴出物が降り、山の斜面に溶岩が流れる様子も確認された。当局は警戒警報を7段階中5番目に高いレベルまで引き上げ、山の周囲12キロメートル圏内への立ち入りを禁止するとともに、避難経路や避難所の準備を進めている。ポポカテペトル山はメキシコ市から50キロメートルしか離れていない。---おっと、私はメキシコ市から100km足らずと書きましたが、50kmですか、もっと近かったですね。(もっとも、メキシコ市は人口2000万人の巨大都市だから、市街地も広く、メキシコ市のどこを基点に距離を測るかで、相当の違いがあるはずです)それにしても、写真を見てびっくり。火の山、ですね。こりゃ山頂の氷河がなくなっちゃうわけです。ところで、地震と火山噴火は切っても切れない関係にあります。観測史上マグニチュード9クラスの地震は5回起こっています。1952年カムチャツカ地震(M9.0)1960年チリ地震(M9.5) 1964年アラスカ地震(M9.2)2003年スマトラ島沖地震(M9.3)2011年東日本大震災(M9.0)この5つの地震のうち、4つの地震では、その後に火山の噴火が起こっています。唯一、マグニチュード9クラスにもかかわらず、その後に火山の噴火が起こっていないのが、東日本大震災です。不幸中の幸い、と言いたいところですが、まだ地震から2年少ししか経っていませんから、これから噴火が起こらないともまだ断定できません。もっとも、震災以降一般的に注目されているのは富士山ですけど、噴火するのが必ず富士山だとは断定できません。他に、震源域の近辺には火山がいくらでもありますから。それこそ、箱根山かもしれないし、那須岳かもしれないし、磐梯山かもしれないし、浅間山かもしれない。ただ、震災の数日後に富士山直下で大きな地震があったのは気になるところです。
2013.05.16
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橋下氏「今、慰安婦が必要だとは言っていない」安倍首相が15日午前の参院予算委員会で、日本維新の会の橋下共同代表(大阪市長)の発言について「立場が違う」と述べたことに対し、橋下氏は15日、市役所で記者団に、「(政府が)日韓基本条約で法的に解決済みと言うことの方が、慰安婦の方々を傷つけている」と述べた。橋下氏は、いわゆる従軍慰安婦問題で「当時は必要だった」などと発言したことを巡り、「今、慰安婦が必要だとは一言も言っていない。第2次世界大戦当時は世界各国がやっていたことなのに、なぜ、日本だけが非難をされるのかを問題提起した」と話した。「欧米が、やってきたことを棚に上げて、日本だけを批判するのはずるいと言いたい」「日本だけが不当に侮辱をされるものではない」と語った。---「米軍普天間飛行場に行った時、司令官にもっと風俗業を活用してほしいと言った。」と言い放った、その同じ口で「今、慰安婦が必要だとは一言も言っていない。」のだそうで。矛盾もいいところです。今慰安婦が要らないなら(もちろん、そんなものはいらないに決まっています)、何で風俗業を活用しろなどと言ったのか。性に関する人間の欲求は、現在も50年前も、おそらくは1000年前も、そう異なるものではありません。従って、「当時慰安婦が必要だった」というのが事実なら、それは必ず「現在も必要である」という話につながります。逆に現在は慰安婦が必要ないなら、当時だって必要なかったのです。もちろん、米軍に「風俗業の活用」を求める必要も、ありません。で、他にも「(政府が)日韓基本条約で法的に解決済みと言うことの方が、慰安婦の方々を傷つけている」などと言っているそうで。法的に解決済みと言うことが元慰安婦を傷つけるというのは、必ずしもウソではないと思いますけれど、「橋下の発言よりそちらの方がもっと傷つける」という意味だとすれば、それはウソだと思いますね。「欧米が、やってきたことを棚に上げて、日本だけを批判するのはずるいと言いたい」この種の言い分はさすがに聞き飽きました。欧米がやってきたことも侵略ではないか、というのは事実ですが、それは日本がやったことを免罪する理由にはならない、ということです。ところで、昨日の記事へのおっちゃんのコメントで、「当時の国と軍隊慰安所の関係は現代でいえば国とパチンコ屋との関係に近い」との意見がありました。何故そう考えるかの根拠が示されていないのですが、よく聞く意見の一種ではあります。「民間の業者が勝手にやっていただけだ、軍はそれを取り締まっていただけだ」というのは、従軍慰安婦についての日本軍の責任を否定する人たちの常套句です。しかし、日本軍の慰安所への関与は、そんな簡単なものではありません。昨日の記事で私は南京大虐殺の際に女性への暴行が多発したことが従軍慰安婦を日本軍が発案した直接的契機であるようなことを書きましたが、これは正確ではありませんでした。南京大虐殺がひとつの大きな転機となったことは事実ですが、慰安所という発想自体はそれ以前からあった。発案者は誰か。陸軍の岡村寧次大将(陸士16期・陸大25期・支那派遣軍総司令官、北支那方面軍司令官、第11軍司令官など)が、自ら発案者だと主張しています。『岡村寧次大将資料第一 戦場回想編』昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強 姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強 姦罪が止んだので喜んだものである。現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強 姦罪は跡を絶たない有様である。---実際には、岡村の発案という自称にもかかわらず「同地海軍に倣い」とのことなので、実際にはそれ以前から存在していたようです。いずれにしても、参謀副長という立場にある人間が「要請して」「慰安婦団を招」いているんだから、軍の主導で発案・実行されていることは明らかです。昭和7年、つまり1932年のことですから、南京事件よりはかなり早い。昨日の記事にも書いたように、「慰安所」の経営主体は、民間業者である例が確かに多かったものの、軍が直接に設置、経営していた慰安所の例も散見されます。また、今でいえば「公設民営」的な例もあります。中曽根元首相は、戦時中海軍の主計将校でしたが、その当時の回顧録で、「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と認めています。他にも、慰安所づくりに関与したことを公言していた元軍人は数多いのです。だいたい、「慰安所」は太平洋上の激戦地にも設置されているのです。たとえばラバウル基地のあったニューブリテン島にも慰安所があった。漫画家の水木しげるが、ラバウルの慰安所のことを書いています。さらにその先、かのガダルカナル島にすら、従軍慰安婦を送ろうとしています。実際には、便乗した輸送船ごと撃沈されたため、慰安婦たちはガダルカナル島には到着しませんでしたが。当然のことながら、太平洋戦争中、ガダルカナルに向かった輸送船というのは、軍が部隊派遣や補給物資輸送のために徴用した船か、または海軍の軍艦そのものです。軍に徴用されない、純然たる民間商船がガダルカナルに向かった例などありません。ニューブリテン島に向かった船だって、おそらく同様のはずです。平時ならともかく、戦争の真っ最中、最前線に向かう軍の艦船に、ただの民間人をそうそう簡単に便乗などさせてくれるものではありません。よほど「軍にとっての必要性」が認められなければね。逆、最前線から引き上げてくる軍の艦船なら、避難民を乗せるということはあり得るでしょうが。
2013.05.15
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橋下氏の発言要旨=従軍慰安婦問題日本維新の会の橋下徹共同代表が13日に行った従軍慰安婦問題に関する発言の要旨は次の通り。 ▽13日午前(大阪市役所で記者団に)敗戦の結果として、侵略だということはしっかりと受け止めなければいけない。実際に多大な苦痛と損害を周辺諸国に与えたことも間違いない。反省とおわびはしなければいけない。慰安婦制度というのは世界各国の軍は持っていた。なぜ日本の従軍慰安婦制度だけが世界的に取り上げられるかと言うと、日本は軍を使って国家としてレイプをやっていたという、ものすごい批判を受けている。その点については、違うところは違うと言っていかなければいけない。あれだけ銃弾が雨・嵐のごとく飛び交う中で、命を懸けて走っていく時に、猛者集団、精神的に高ぶっている集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度というものが必要なのは誰だって分かる。今のところは、軍自体が、日本政府自体が暴行、脅迫をして女性を拉致したという事実は証拠に裏付けられていない。そこはしっかり言っていかなければいけない。ただ、意に反して慰安婦になった方に対しては、配慮はしなければいけない。 ▽13日夕(同所で記者団に)慰安婦制度は必要だった。軍の規律を維持するためには、当時は必要だった。歴史をひも解いたら、いろいろな戦争で、勝った側が負けた側の方をレイプするという事実は山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったということも厳然たる事実だと思う。(沖縄県宜野湾市の)米軍普天間飛行場に行った時、司令官にもっと風俗業を活用してほしいと言った。司令官は凍り付いたように苦笑いになってしまって。性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にはあるわけだから。---なんというか、呆れてものもいえない発言です。そもそも従軍慰安婦問題とは何なのか、ごく簡単におさらいをしてみましょう。戦争(兵士)と性の問題は切っても切り離せない関係がある、それは橋下のいうとおりです。日本軍の場合、その問題があからさまに噴出してしまったのは、1937年12月、あの南京大虐殺のときです。捕虜や一般市民の虐殺ばかりでなく、このとき女性に対する暴行事件がかなりの規模で発生しています。日本軍の内部でも、このときの虐殺と婦女暴行は(ひそかに)問題となっていました。そのため考えられた「解決策」のひとつが慰安所開設、つまり兵士の性のはけ口を設けることで、占領地での婦女暴行事件の発生を減らそうという策だったわけです。実際に「慰安所」を開設するに当たっては、陸海軍が直接運営するよりも、その主の業者(今で言えば風俗産業の経営者)に営業させる例が多かったようですが、軍が直接に慰安所を設置し経営した例も、インドネシアなど南方戦線では存在します。従軍慰安婦問題は、もっぱら日韓の紛争になっていますが、慰安婦にされた女性たちは、もちろんみんな朝鮮人ばかりだったわけではなく、日本人中国人、さらには占領地の住民などもいます。人数と民族による内訳は諸説ありますが、総数は数万から最大で20万、朝鮮人が一番多かった、少なくとも人口比よりも朝鮮人の割合が高かったのはほぼ間違いないと思われます。で、日本軍が直接的に「女性狩り」をやって慰安婦を引きずってきた、という例は、朝鮮半島では(もちろん日本本土でも)確認されていません。ただし、占領地で軍が直接的に女性をかっさらってきた例は確認されています。たとえば、インドネシアのスマランでは、抑留中のオランダ人女性35人を慰安所に強制連行し、戦後の戦犯裁判で関係者が裁かれています。(白馬事件)朝鮮では軍が直接的に強制連行をしたわけではないとはいえ、目的を偽って女性を集めたり、もちろん身売り(人身売買)で集めたりしたわけです。集めたのが民間業者であるといっても、明らかに国策事業です。国(軍)が発案して、慰安所というシステムを作り、その経営と人集めを民間業者にやらせただけなのです。なおかつ、軍が直接慰安所を運営し、女性を文字どおり今日例連行してきた例も(朝鮮以外の場所で、ですが)一部とはいえ存在した、これは明白なことです。いわば、原発と同じです。日本国が国策として原発を推進し、電力会社に原発を作らせたわけです。確かに原発を運転していたのは電力会社です。それによって電力会社はオイシイ思いもしたでしょう。事故に対して電力会社が重い責任を負っているのは、いうまでもないことです。がしかし、「あれは東電が起こした事故で、政府に責任はありません」などという言い訳が通用するはずがないのです。それと、同じことです。さて、冒頭に「戦争と性は切っても切り離せない関係がある」と私は書きました。第二次大戦に関していえば、ドイツ軍にも日本の従軍慰安婦と同様のことがあったし、旧ソ連軍、米軍なども潔癖だったわけではない。けれども、いつでも、どこの軍隊でも同じかというと、そうではありません。少なくとも、慰安婦(に類似するシステム)は、第二次世界大戦中の日独以外では聞いたことがないので、橋下の言い分(慰安婦制度は世界各国の軍が持っていた云々)は間違いです。兵士によるレイプが多発するというような例は他の国でもあります。沖縄でも、米軍人によってそういう事件が起こることがある。けれども、戦場が自国の国土の場合は、そういう話はあまり聞きません。自国内で自国民を守るために戦っている時は、そういうことは(皆無ではないにしても)あまり起こらない。国外で外国人の中で戦争をする時、有り体に言えば侵略戦争の場合に(もちろん、侵略戦争でなくても、戦場が国外になる場合はありますけど)、こういうことは起こりにくいと言えます。つまり、結局のところ、日本が侵略戦争を行ったというところに、この問題の出発点があるわけです。それにしても、「米軍普天間飛行場に行った時、司令官にもっと風俗業を活用してほしいと言った。司令官は凍り付いたように苦笑いになってしまって。」気は確かか?と言いたい。橋下の一連の発言はすべてひどい内容だけど、中でも最大の暴言はこれです。外国の軍隊に向かって「うちの国の女を買ってくれ」って、とてもまともな発言ではない。まったく信じ難い思いです。それに対して、司令官は凍りついたって、そりゃ、マトモな神経と常識を持った司令官だったら凍り付くに決まっている。1995年に沖縄で米兵による少女暴行事件が起きた際、米太平洋軍司令官が「(事件に使った)レンタカーを借りる金で女を買えた」と放言して、更迭、懲罰降格の上予備役編入されています。こんな発言にうっかり同意なんかしたら、自分も首が飛ぶ危険がある、くらいのことは、その司令官だって頭をかすめたに違いありません。
2013.05.14
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「もんじゅ」試験運転再開準備、見合わせへ日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県、運転停止中)で機器の点検漏れが1万件近くも見つかった問題を受け、原子力規制委員会は原子炉等規制法に基づき、試験運転の再開に向けた準備を見合わせるよう同機構に命じる検討に入った。安全に原発を動かすための管理体制が不十分だと判断した。15日の定例会合で協議する。規制委は同機構に対し、安全管理の手順を定めた保安規定の変更や、機器の点検計画の見直しを求める方針。安全管理の体制が整うまで、運転再開に向けた核燃料交換などの作業は認めない構えだ。もんじゅは、2010年8月に炉内の装置が落下する事故が起きて以来、試験運転を停止している。同機構は、敷地内に活断層がないことを示す調査などを急ぎ、年度内の試験運転再開を目指している。しかし、規制委が命じる対策の内容によっては、再開の準備が大幅に遅れる可能性が出てきた。---たった2年前に福島第一原発の事故が起きたばかりというのに、そして、まだ技術が確立しておらず、大きな事故を二度も起こしている高速増殖炉だというのに、その機器の点検漏れが1万ヶ所近くあったというのです。要するに、規則を遵守して安全を守るために最大限の努力をする、という基本的な意識がまるっきり欠如している、ということです。そりゃ、繰り返し事故を起こすのも当然だ、と妙に納得してしまいます。二度あることは三度ある、こんな状態では運転再開してもそう遠からずまた事故を起こすことは確実です。従って、試験運転の再開に向けた準備を見合わせるよう命じるというのは、当然のことです。が、それだけでいいのでしょうか。高速増殖炉はナトリウムを冷却材に使っています。ナトリウムは、水や酸素に触れただけで発火してしまうという危険性の高いものです。事故が起きて発火してしまえば、「ナトリウムを抜き取る」という以外に鎮火の手段がない。そのような危険極まりない原子炉が、機器の点検をいい加減に済ませるような体質の企業によって運転される、あまりに恐ろしすぎる話です。しかも、そのためにあとどれだけの費用がかかるのか、見当もつきません。もはや廃炉しかないと私は思うのですが、政府はどうしても廃炉にしたくないのですね。で、またまた何千億という予算を、動く見込みもない原子炉に注ぎ込むのでしょうか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある、と思います。---話はまったく変わりますが、4月はじめにiPad miniを購入、13日にIIJmioのSIMを入手して、携帯端末で運用し始めて、丁度1ヶ月経過しました。今のところ、500MB使えるプリペイドSIMなのですが、1ヶ月間で使った容量は223MB。まだ半分以上残っています。実は、一度だけ、外出先で携帯端末の電源を入れたまま、切るのを忘れて、家に帰ってからもずっと携帯端末からネットに接続してしまったことがありました。そのときは、2時間近く地図を調べていて、はっと気がついたら70MBも消費していました。そのミスがなければ、1ヶ月間に使った容量は153MBということになります。次の関門は、今度の週末に関西に行くのですが、その車内で子どもが「動画見る」などと恐ろしいことを言い出さなければ(それをやられてしまうと、200MBなんてあっという間になくなる)、あと1ヶ月くらいもちそうです。IIJmioのミニマムスタートプラン(月945円)は、月500MBの高速通信付きだそうですが、どうも月に500MBも使うことはなさそうです。というわけで、月945円でiPad miniが使い放題、これは、ソフトバンクよりauより絶対安い。初期費用が多少かさんだ分は、2年以内に確実に取り戻せそうです。というわけで、近いうちにプリペイドSIMをそのまま月ぎめの契約に移行しようと思います。
2013.05.13
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二酸化炭素:ハワイで初の400ppm超え米海洋大気局(NOAA)は10日、ハワイ島マウナロア観測所で測定している大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が、1958年の観測開始から初めて400ppm(1ppmは100万分の1)を超えたと発表した。産業革命前は280ppmと推定され、現在の濃度上昇率は半世紀前に比べて3倍になっている。NOAAは「温暖化が加速している」と警鐘を鳴らす。CO2濃度は、周辺に工場などがあると高くなる。日本では常に世界平均を上回り、昨年、岩手県の観測地点で月平均値が初めて400ppmを超えた。これに対し、標高3397メートルにある同観測所は測定期間が最も長い上、産業活動などの影響を受けにくいため、地球の平均像を示す観測拠点となっている。観測によると、先月から1日当たりの平均値が399ppmを超え、9日は400.03ppmに達した。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によると、400〜440ppmが継続すると、気温は2.4〜2.8度上昇すると予測している。世界の平均気温は2005年までの100年間で0.74度上昇した。温暖化対策を巡る国際交渉では、猛暑や海面上昇などの被害を最小限に抑えるため、気温上昇を2度未満に抑えることを目指す。中沢高清・東北大名誉教授(気象学)は「すぐに大きな変化が表れるわけではないが、化石燃料の使い方を見直すなど対策を改めて考えるべきだ」と話す。---原発はもうこりごりですが、かといってその代替を全て化石燃料に任せてしまえばよいわけではありません。二酸化炭素による地球温暖化説は、何かと議論の俎上に上ることが多いですが、地球が温暖化しつつあること、その大きな理由が二酸化炭素の増加であり、かつ二酸化炭素の増加が人為的な理由によることは、ほぼ間違いないように私は思います。私は脱原発派ですけれど、脱原発を主張する人の中に、地球温暖化懐疑論を叫ぶ人が存在する(たとえば広瀬隆など)のは残念なことです。ちなみに、地球の平均気温が気温が急激に2.4〜2.8度上昇したとしても、おそらく地球の自然は(万年単位の長いスパンで考えれば)それを受け止めることは出来るだろうと思います。過去の地球の歴史の中には、それに匹敵する、あるいは上回るくらいの急激な気象変化がなかったわけではありませんから。そのような気象変化を受け止められないのは、自然ではなく人間社会です。現生人類(ホモ・サピエンス)は15万年から20万年前くらいに地球上に姿を現しています。最初はアフリカに、その後少しずつ分布を広げて、最終氷期が終わるとほぼ全世界を版図に納めています。が、そのときまでの技術的な進歩は、遅々としたものでした。我々現生人類は、誕生したときから1万年前までは、ずっと狩猟採集生活とを行ってきた。それが、1万年前、西アジアの肥沃三日月地帯で農耕という新技術が発明されると、急激な技術の進歩が始まります。何故、その時期以降部本命の急激な発達が始まったのか。理由はいろいろあるでしょうが、無視できない要因として、我々現生人類がこの世に誕生して以降の歴史の中で、過去1万年がもっとも気候の安定している時代だ、という点があるように思えます。グリーンランドや南極の氷床のボーリング調査によって、過去数十万年の気候変動は、かなり詳しく分かっています※。約1万年前に終わった最終氷期は、単に今より寒かった時代というだけではなく、とてつもなく激しい気候変動を繰り返してきた時代だということが分かっています。単純に温暖な気候というだけなら、最終間氷期(最終氷期と、その前の氷期の間の温暖期)には、今より暖かい時期もあったと思われますが、それが何千年も安定的に継続することはなかった。過去数十万年の地球の歴史の中では、この1万年ほど気候が長期安定している時代は他にない、ということと、その1万年のあいだに文明が急激に発展してきたことが、無関係であるはずがありません。もし気候の安定性が失われれば、農業を基盤とする現代文明はとても現在の人口を維持できないでしょう。というわけで、私は原発にも反対だけど、かといって化石燃料の使用をジャンジャン増やせばよい、という対案にも与し難いのです。化石燃料の中でも、石炭は二酸化炭素の放出量が特に多く、天然ガス(メタンガス)は少ないので、化石燃料の中でも石炭の使用は減らして天然ガスの使用を増やすべきですが、最終的な解としては、再生可能エネルギーしかないだろうと思っています。5年10年で何とかなるような話ではないけど。※グリーンランドは過去十数万年、南極は過去60万年くらいの氷床のボーリング調査が行われていますが、その範囲内で、二酸化炭素濃度が現在ほど高い時代は過去に例がありません。もっと、うーーーーんと古い時代(億年単位の昔)なら例がありますが。
2013.05.12
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富士山:夏以外の登山規制 静岡、山梨意見合わず富士山の世界文化遺産登録でタッグを組んだ静岡県と山梨県が、増加が想定される登山者の規制を巡り立場が分かれている。静岡県は、夏山シーズン(7〜8月)以外は登山を原則禁止する「富士登山ガイドライン」策定を検討するが、山梨県は冬季も一部の山小屋が営業するなどの理由から反対し、策定のめどは立っていない。富士山の登山ルートは静岡側が「須走(すばしり)」「富士宮(ふじのみや)」「御殿場(ごてんば)」の三つ、山梨側には「吉田」のみだ。昨年の登山者約32万人のうち、約19万人は吉田が占める。両県警によると、昨年の遭難件数は、静岡側が過去最高の56件で、山梨側は6件。死亡などの重大事故は夏山以外に目立つが、冬季に必須のアイゼンやピッケルもなく入山するケースも少なくない。静岡県警の真田喜義・山岳遭難救助隊長は「何度注意しても安易に登る人が絶えない」と指摘する。山小屋の数は静岡側はルートごとに7〜9カ所あり冬季は原則として営業していない。山梨側は16カ所で一部は冬季も営業している。山岳関係者は「静岡側は山小屋など登山者が頼れる施設が少ないため、遭難の多さにつながっているのでは」と指摘する。両県は規制をめぐり条例化も検討したが折り合わず、静岡側は法的根拠がないガイドラインで「禁止」を前面に打ち出す意向を示した。一方、山梨県の横内正明知事は4月上旬、「一定の対策、コントロールは大事だが、(禁止は)行き過ぎではないか」と発言。静岡県は山梨県などと調整しながら、遺産登録が正式に決まる6月いっぱいの策定を目指しているが、協議は難航しそうだ。策定に関わる環境省も「まずは両県の足並みがそろわないと」と困惑顔だ。---かなり以前に、5月の富士山で遭難騒ぎの際に、冬季の富士山は登山禁止という報道があったことがあります。→冬季の富士山は登山禁止??もっとも、今月に富士山で遭難が起きたときは、「登山禁止」ではなく「冬期閉鎖されている富士山富士宮口登山道」という書き方になっていました。富士宮口の登山道は県道なのだそうで、県道を「閉鎖」しているだけで、登山が禁止されているわけではありません。もともと、雪山に無雪期の登山道は関係ありません。雪山では、「どこを歩く」という明確な決まりはないのです。で、本当に富士山を冬季(夏季以外)登山禁止にしてしまおうという動きがあるようです。それが実現してしまうと、私が先月末に登ってきた(7合目の東洋館の少し上まで)のも、違法化されてしまう、ということになります。確かに、私が登ったときも、ピッケルもアイゼンも持たず、足はジョギングシューズという外国人の無謀登山者に遭遇しました。さいわいその人は遭難せずに下まで下ろしましたが、それ以外でもこのゴールデンウィーク中に、何件かの遭難があり、死者も出ています。冬山に「絶対安全」はあり得ません。必要な経験と装備を持って、それでも遭難してしまうのは、ある意味では仕方がない。しかし、私が遭遇した例のように、必要な装備も経験もなく雪山に入る例については、確かに何らかの規制は必要と思います。でも、だから登山禁止というのは短絡的に過ぎる話です。かつて魔の山と呼ばれて、累計800人も遭難死している谷川岳(遭難のほとんどは一の倉沢で起きている)や、その他様々な岩登り沢登りルートだって、登山禁止にしているところはありません。谷川岳や北アルプス剱岳には遭難防止条例がありますが、群馬県谷川岳遭難防止条例は、危険地区(一の倉沢一帯)について「12月1日から翌年2月末日までの間(以下「冬山の期間」という。)は、危険地区に登山しないように努めなければならない。」剱岳は富山県登山届出条例で、特別危険地域に限定して「登山者は、12月1日から翌年4月15日までの間は、特別危険地区に立ち入らないように努めなければならない。」としか規定していません。いずれも、危険地区(剣岳は特別危険地区)に限定しての「努めなければならない」という努力規定であり、禁止ではありませんし、期間も「7~8月以外全部」などというメチャクチャなものではありません。記事にあるように、山梨県側には冬季も営業する山小屋があります(五合目の佐藤小屋)し、そもそも7~8月以外ということだと、9月中旬までは営業している山小屋はかなり多いです。富士山は冬山のなかでも難易度が高い部類ですが、一の倉沢や剱岳ほどではなかろうと思います。危険の種類が違うので、一概に比較は出来ないですけど、私個人としては、残雪期なら富士山の山頂まで行けると思うけれど、剣岳は無理だし、一の倉沢なんて、夏でも私には絶対登れません。登山届の義務化とか、必要な技術と装備を要求するなどの規定は(谷川岳・剱岳の条例と同様)必要と思いますが、夏以外禁止と言うのは暴論でしかありません。ちなみに、引用記事によると「昨年の遭難件数は、静岡側が過去最高の56件で、山梨側は6件」だそうですが、その遭難事故の大半は、夏山時期に起こっています。山岳遭難事故発生状況 静岡県警察本部これによると、一昨年の静岡県内の山岳遭難は78件、そのうち富士山が47件。時期は7月と8月が37件を占めているので、全体の8割弱が夏の遭難という計算になります。逆に10月から3月までの半年では、2件(いずれも12月)しか遭難が起こっていません。だから、「遭難が多いから」というのが登山禁止の理由なら、夏の富士登山こそを禁止しなければならないことになります。もちろん、遭難の大半が夏に集中する理由は、登山者が圧倒的に多いからですけど。引用記事によると、「死亡などの重大事故は夏山以外に目立つ」そうですが、それも前述の静岡県警の統計を見ると、いささか疑念があります。静岡県全体での死者は6名で、そのうち富士山での死者は3名です。一方、月別では、静岡県全体の山岳遭難死者は、4月・7月・8月に各2名ずつとなっています。富士山に限定して、何月に何人亡くなったかは、この資料ではわかりません。※ただ、山岳遭難全体の傾向としては、死者も夏に多いといえます。※統計を更に読むと、「観光登山」での死者が2名とあります。「観光登山」は夏季の富士山だけに限定して使われている定義のようなので、富士山でも3人の死者のうちた、少なくとも2人は夏季に発生していると思われます。それにしても、登山者数自体は山梨側(富士吉田口)のほうが多いにも関わらず、遭難件数は静岡側が山梨側の10倍近いとは、また不思議な結果です。山梨側の登山道が安全で、静岡側の登山道が危険だから・・・・・・なんて理由ではないことは明らかです。いずれの登山道も技術的な難易度は大同小異です。体力的には、御殿場口がもっとも厳しく、須走口がその次ぎ、富士宮口と山梨側の吉田口は同程度でしょう。どうやら、富士吉田口には山小屋が多いため、小屋に助けを求めることで警察沙汰になる以前に解決されてしまう例が多いというのが理由であるようです。もっとも、富士宮口だって、吉田口ほどではないけれど山小屋の数は多いです。5合目から山頂まで、標高差1300メートルあまりのあいだに、山小屋が9箇所ある。十分すぎるくらいの数だと思うんですけどねえ。
2013.05.11
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6月15日(土)午後6時開場・6時30分開演場所 台東区立社会教育センター4階ホール 台東区東上野6-16-8東京メトロ銀座線稲荷町駅下車 徒歩約3分JR上野駅下車 徒歩約10分出演 キラ・ウィルカ、ブランカ・ロサ、リラ・アンディーナ、ルセリート、バルコ・マンタ(ゲスト)ご来場の際は、東日本震災復興チャリティとして、800円のご協力をお願いいたします。あの2011.3.11の大震災から2年がたちましたが、被災地の復興はまだまだです。犠牲になられた方々のご冥福を祈るとともに、被災者のみなさんには一日も早く平穏な日常が迎えられることを願って止みません。私たちは、「被災された方々に何かできないか」と活動してきました。そして今回、この趣旨に賛同していただいたグループでチャリティコンサートを開催する運びとなりました。チャリティの募金はすべて岩手県釜石市と大槌町の【和】~Ring Projectを通じて、被災者の方にお渡しいたします。http://www.geocities.jp/quena_web/lucerito/20130615.html
2013.05.09
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女性手帳:妊娠・出産指南 政府が配布方針 「一方的な押しつけ」批判も政府は7日、少子化対策を議論する作業部会「少子化危機突破タスクフォース」(主宰・森雅子少子化担当相)の会合を開き、若い女性向けに妊娠・出産に関する知識や情報を盛り込んだ「生命(いのち)と女性の手帳」を作製し、10代から配布する方針を決めた。晩婚化や晩産化が進む中、若い世代に妊娠・出産について関心を持ってもらうのが狙い。来年度からの配布を目指す。これに対し、女性団体などからは「妊娠・出産を女性だけの問題のように扱っている」など批判の声が上がっている。日本産科婦人科学会の調査では2008年に不妊治療を受けた患者は30代後半が中心だが、妊娠数は35歳を境に減少。出産率は32歳から下がり始め、流産率は逆に上昇することが分かっている。会合では早い時期に妊娠・出産について正しい知識を身につけてもらうことが、将来的に希望する家族の形成に効果的との認識で一致。森少子化担当相は同日、会見で「中高生くらいから知識を広め、女性が自分のライフステージを選択、設計できるようにすべきだ」と説明した。これに対し、昨年、交流サイトのフェイスブック上で“結党”した女性市民グループ「全日本おばちゃん党」(党員約2100人)は同日、「なんでもかんでも女性に押しつけすぎ」などとする声明を発表。同党代表代行の谷口真由美・大阪国際大准教授は「出産だけを女の価値とする価値観が透ける。安倍政権の女性政策はことごとくチグハグ。安倍(晋三)さんの頭の中の『女性』が現実とズレている」と指摘する。---私は、少子化が必ずしも「とても悪いこと」とは考えていないのですが、あまりに急激過ぎる少子化は問題が大きいことも事実です。それはともかく、晩婚化、晩産化というのは、何も女性だけの問題ではありません。当然のことながら、人間は単為生殖が出来る生物ではないので、結婚も出産も相手(男性)が必要です。「知識を広める」ことが必要だとするなら、それは決して女性だけではないはずなのに、何故女性だけに「女性手帳」なのでしょうか。むしろ、男性にこそ、妊娠・出産の知識が必要なんじゃないでしょうか。「妊娠数は35歳を境に減少。出産率は32歳から下がり始め、流産率は逆に上昇する」とのことですが、30代40代で出産するより20代で出産するほうがいい、という程度のことは、感覚的にはみんな分かっていることです(人生設計などの面も含めて考えて、ですが)。だけど、そんなことをいわれたってどうしようもないじゃないですか。うちの子が生まれたのは私が35歳(相棒が37歳)のときです。あと2年でも3年でも早いほうがよかったところですし、そんなことは先刻承知でしたが、そんなことをいったって、その時期にはまだ相手がいなかったのだから、どうにもなりません。人は必ずしも医学的に最適な行動を取っているわけではありません。それこそ喫煙から飲酒から、人は医学的に最適でない行動を多々取っているものです。出産に関してだけ、最適な行動を取れというのは無理があります。現状、30歳半ばまでの妊娠・出産を推奨すれば、逆に「じゃあ出産はあきらめます」と出生率が下がることだってあり得るだろうと思います。(実際には、そんな手帳に何が書いてあろうと、それによる影響は限定的だろうと思いますけど)言外に「早く産め、早く産め」と言っているのに等しい手帳を出しておいて、「女性が自分のライフステージを選択、設計できるようにすべきだ」とは、いったい何のブラックジョークだよ、と思います。
2013.05.08
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3Dプリンターで作れる拳銃、CADファイルをネットで公開3Dプリンターで部品を「印刷」してプラスチック製の拳銃を組み立てられる無料ダウンロード用のファイルがネット上で公開された。試射も成功しており、銃規制推進派の人々からは懸念の声があがっている。3Dプリントで「新たなる産業革命」到来かこのファイルは米テキサス大学(University of Texas)の法学生コディ・ウィルソン(Cody Wilson)さん(25)がCAD(コンピューター利用設計システム)を用いて作成したもので、単発式の小型拳銃「リベレーター(Liberator)」を製作することができる。3Dプリンターを利用した銃器のオープンソース開発を推進する米テキサス(Texas)州の非営利団体「ディフェンス・ディストリビューテッド(Defense Distributed)」のウェブサイトで、6日からダウンロードが可能となった。リベレーターの説明では、米国の銃規制法が定めるとおり金属探知機に反応するよう、用心金(トリガー・ガード)前部に3センチほどの金属片をエポキシ樹脂で接着するよう指示している。これと撃針(ファイアリング・ピン)を除き、パーツは全てプラスチック製だ。米経済誌フォーブス(Forbes)は、テキサス州オースティン(Austin)郊外で先週行われた試射の様子をウェブサイトに掲載。引き金に黄色の紐がつながれたリベレーターは、見た目は白と青のおもちゃのピストルのようだ。フォーブスは「実用可能」との判断を下しているが、弾薬を装填(そうてん)した2度目の試射では銃が暴発したという。リベレーターのファイルは当面の間、ネットで公開される。リベレーターが、ほぼ全ての部品を3D印刷技術で製作した世界発の完全な銃器であることは明らかだ。だが開発者のウィルソンさんは達成感を感じていない。「やるべき仕事は、まだたくさんある」ーーーはずかしながら、3Dプリンタというものを、ごく最近まで知らなかったのですが、そういうものが出てきたと思ったら、「銃の製作に使用」というのでは、利用目的があまりにもよろしくない。しかも、試射に成功と言っても、記事をよくみると、成功したのは1発目だけで、2発目は暴発だそうです。記事によれば、引き金に紐をつないで試射したとのことですから、当然のことながらこんなものを手に持って発射するのは危険すぎると最初から判断していたのでしょう。プラスティック製で金属薬莢の実包を発射できる耐久性があるとは思えませんから、そうなるのも当然ではあります。そもそも、この銃は何口径なのでしょうか。38口径とか45口径の大型拳銃が、プラスティック製で1発といえども発射可能とは思えないので、22口径などの小型拳銃でしょうね。もちろん、それだって殺傷力は十分あるでしょうが。2発目で暴発するようでは信頼性皆無で、とてもじゃないけれど、実用性のある銃とは言えません。でも、撃つ本人が暴発で死傷することもいとわない自爆テロ的な用途や、殺傷より威嚇を目的とする用途(強盗とかハイジャックとか)なら、それでも、武器としての役割を果たすでしょうね。要するに、こんなものがマトモな目的に使われるわけがない、ということです。しかし、3Dプリンタ自体は日本でも販売されており、かつこの銃の設計図もダウンロード可能ということは、日本でも、この銃(銃もどき)を家庭で製作可能、ということになるのでしょうか。もっとも、銃だけ作っても、実包の入手ができないので、普通には使えないだろうけど。話は変わりますが、この3Dを使えば、例えばリコーダーなどの笛も作れるんでしょうね。ケーナもおそらく。
2013.05.07
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麻生副総理「中国とスムーズにいった歴史ない」インド訪問中の麻生副総理・財務相は4日、ニューデリー市内のホテルで行った講演後の質疑で、日中関係について、「少なくとも我々は1500年以上の長きにわたって中国との関係が極めてスムーズにいったという歴史は多分ない」と述べた。麻生氏は中国とインドは陸上で、日本とは海上で国境を接しているとし、「(日本とインドは)どうやってうまくやるかを常に考えておかないといけない」と指摘し、米国とインド、日本などが協力を深めるべきだと強調した。---麻生が問題発言を乱発するのは今に始まった話ではないけれど、それにしても「1500年以上の長きにわたって中国との関係が極めてスムーズにいったという歴史は多分ない」というのは、どう考えてもウソでしょう。日本と中国の関係は、多分1500年よりもっと古いと思うけれど、その間戦火を交えたのは、7世紀頃の白村江の戦い、13世紀の元寇、16世紀末の文禄・慶長の役、19世紀末の日清戦争から太平洋戦争終結に至るまでの、合計4回くらいではないでしょうか。現在の対立状況を含めても5回目。これを全部合計しても、100年になるかどうかというところです。しかも、元寇は中国ではなくモンゴルとの戦いだとも言えます。そして、日本に攻め込んできたのも、元寇が史上唯一の例。それ以外は全て、戦場は朝鮮半島か中国大陸です。倭寇など時の政府が掌握できない武力衝突を別にすれば、1500年(実際はもっと長い)の日中関係の歴史は、大半は対立的ではなかったはずです。もちろん「極めてスムーズ」とまで言えるかどうかは分かりませんけれど、そんなことを言い出したら、「極めてスムーズ」な二国間関係なんて、世界のどこに存在するのか。日印関係は「極めてスムーズ」なのか?少なくとも第二次大戦では、イギリス領だったインドは日本の敵国でしたし、戦後独立したインドは非同盟諸国のリーダーとして旧ソ連とも友好的な関係を保っていましたから、日本とは、敵対的な関係ではなかったものの、特に親密な関係ではありませんでした。日米関係だって、ペリーの来航からはじまって太平洋戦争までは、どう見たって全然スムーズではない関係です。他国に目を向けてみれば、ヨーロッパなんて有史以来隣国同士でどれだけ戦争をしているのか。それこそ極めてスムーズにいった歴史なんてほとんどないけれど、それでも現在はEU連合によって、おおむね友好な関係を保っています。そうすることが、それぞれの国の繁栄のために必要だということを、長い紛争の歴史から学んだからでしょう。国家間の関係でも人間同士の関係でも、永遠不変の愛とか友好はない代わりに、永遠の敵対関係もまたありません。日米関係という例もあるではありませんか。日中関係だって、1970年代から80年代にかけては、かなり親密な時期もありました。個人と個人の関係と違って、国と国の関係は、相手が気に入らないからと引っ越すことはできません。国家とか民族というものが存続する限り(そもそも、国家や民族だって永久不変のものではないけれど)ずっと隣同士なのです。その隣人と、永久不変の敵同士などと断定してしまうのは、将来の可能性を閉ざしてしまうことです。日中に限らず、えてして隣国同士というのは仲の悪いことが多いのが現実です。昨日書いたマルビナス戦争の件でも、アルゼンチンは隣国チリとも領土争いを抱えており、互いに中が悪かった。そのため、同じ軍事政権同士であっても、チリのピノチェトはイギリスを支援しました。両国の国境地帯が不穏な情勢となったため、チリとの国境地帯の精鋭部隊をマルビナス諸島に送ることができなかったことも、敗因のひとつに挙げられています。しかしその後、アルゼンチン民政復帰後最初の大統領ラウル・アルフォンシンはチリと和解し、チリ側の主張する国境線を認めました。それによって、現在では両国間の敵対関係は消滅しています。隣国同士は仲が悪いことが多いのが現実とはいえ、それは望ましいことではありません。隣国と対立的であるよりは友好的であるほうが、あらゆる意味で望ましい状態であることは明らかだと私は思います。
2013.05.06
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毎日新聞に、「領土と主権」という連載があります。その第2部で、1982年、イギリスとアルゼンチンの間で戦われたマルビナス(フォークランド)紛争が取り上げられています。領土と主権:第2部・フォークランド紛争の傷あと1-31年後の真実領土と主権:第2部・フォークランド紛争の傷あと2-帰還兵、戦争終わらず領土と主権:第2部・フォークランド紛争の傷あと3-断てぬ反感の連鎖領土と主権:第2部・フォークランド紛争の傷あと4-油田バブル、わく島民領土と主権:第2部・フォークランド紛争の傷あと5-「無名」のまま眠る遺骨当時、アルゼンチンは軍政の支配下にありました。アルゼンチンの軍事政権が行った人権侵害については、以前に記事を書いたことがあります。汚い戦争(2012.7.7)アルゼンチンの軍政当局は、3万人といわれる反政府派を闇から闇に葬る恐怖政治で国内の反対勢力を圧殺したものの、経済政策で失敗し、経済混乱状態の中で国民の不満が急激に高まります。ちなみに、軍政期のアルゼンチンが採用した経済政策はフリードマン流の新自由主義でした。隣国チリのピノチェト政権や、戦争相手のイギリスのサッチャー政権と同様です。皮肉なことに、新自由主義経済を信奉するフリードマンの「門下生」同士が戦争を始めたわけです。1833年にイギリスがフォークランド諸島を占領して以来、イギリスとアルゼンチンの間で領有権争いはずっと続いていましたが、かといって両国の関係がずっと険悪だったわけでもありません。フォークランド諸島は、大英帝国が世界一の大国だった時代にイギリス領となり、イギリスの国力が衰退し植民地が独立していくなかでも、住民の大半がイギリス系であったことから、そのままイギリス領として残ってしまいました。しかし、当時は牧羊以外にこれといった産業もなく、本国から1万キロ以上も離れたこの島を維持するのは、イギリスにとっても苦しかったのです。引用記事に「戦争前の70年代、島民はアルゼンチンの病院を使い、留学する子供もいた。」とありますが、イギリスが医療や教育のサービスを提供できず、アルゼンチンがそれを肩代わりしていた時代もあったのです。しかし、アルゼンチン軍政当局は、国民の不満を外にそらそうと、マルビナス諸島の領有権を声高に叫び始めました。古今東西、左右を問わず、よくあるやり口ではありますが。アルゼンチンの軍事政権が、どういう成算をもってマルビナス諸島への侵攻に踏み込んでいったのか、正確なところはわかりません。ただ、結果としてみれば、まったく杜撰な計画でした。丁度太平洋戦争に突入していったかつての日本のように。おそらく、実際には内向きの計算(国民の熱狂的な支持を獲得できる)だけで侵攻を決めたのだろうと思います。内向きには、当初軍事政権の読みは完璧に当たりました。それまでの国民の不満は吹き飛び、熱狂的な支持を獲得したのです。ただし、支持は瞬間風速的でしたが。一方、イギリス側は、軽空母2隻を主力とする機動部隊を差し向けて、フォークランド諸島奪回に出ます。後述するテレビ番組からは、イギリス機動部隊に乗り組んだ軍人たちですら、当初は本当に戦争になるとは考えておらず、あまり緊張した公開ではなかった様子が伺われます。しかし、実際には両軍ともに引かず、激しい戦闘になります。そして、アルゼンチン軍の惨敗で戦争は終わりました。ただし、結果はそうですが、イギリス軍も簡単に勝ったわけではありません。イギリス軍は、緒戦でアルゼンチン海軍の巡洋艦ヘネラル・ベルグラノ(元米海軍軽巡洋艦フェニックス。戦前に完成した艦で、80年代当時としては超旧式艦)を原潜からの魚雷攻撃で撃沈しますが、その後アルゼンチン空軍と海軍航空隊がイギリス艦隊を激しく空襲し、当時としては最新鋭だった駆逐艦とフリゲート艦計4隻、揚陸艦、徴用したコンテナ船などが次々と撃沈されています。特に、各種物資を満載していた徴用コンテナ船「アトランティック・コンベア」が撃沈されたことが、その後のイギリス軍の作戦にはかなり響いたようです。上記毎日新聞の記事には、もっぱらアルゼンチン軍で戦った軍人たちの体験が取り上げられていますが、実はイギリス軍の事情も似たり寄ったりでした。アルゼンチンの兵士が塹壕で泥水をすすっていた話が出ていますが、イギリス軍の兵士たちも同様です。世界地図で見ると、マルビナス諸島は小さな島に見えますが、実際にはかなり大きな島です。主要な戦闘の舞台となった東フォークランド島は、6600平方キロあります。イギリス軍は島の首都ポートスタンレーから約100キロはなれた地点に陸上部隊を揚陸します。揚陸艦や徴用コンテナ船が相次いで撃沈されたため、イギリス軍も補給が滞り、やはり泥水をすすりながら進軍しています。当初は消毒用錠剤を入れて飲むのですが、消毒用錠剤はすぐに足りなくなってしまい、結局は泥水のまま飲むことになる。もちろんすぐにおなかを壊し、下痢便を垂らしながら進軍したのです。この戦争から5年後の1987年、イギリスで、フォークランド紛争を振り返るドキュメンタリーが制作され、翌1988年に日本でも放送されています。この戦争の犠牲者は、ソースによってごくわずかな相違がありますが、Wikipediaによるとアルゼンチン側645人、イギリス側256人です。しかし、上記毎日新聞記事によれば、戦後に自殺した帰還兵は、アルゼンチン450人以上、イギリス246人にも達しています。それに、人数は分かりませんが、指や腕、足を失ったり、ひどい火傷で一生残る障害を負った兵士も相当数います。勝ったイギリスでは、サッチャーは「英雄」に祭り上げられて、先日亡くなったときも賞賛の声がしきりでした。一方、負けたアルゼンチンは、軍政への支持が地に落ちます。降伏からガルチェリ大統領兼陸軍総司令官の失脚までの所要時間は、わずか2日。その後、彼は軍政時代の人権侵害の責任を問われて投獄されますが、1991年には釈放されてしまいます。軍は依然として大きな力を持っており、民政復帰後の歴代政権も、軍の責任を正面から追及することを躊躇したのです。流れが変わったのは、2003年にネストル・キルチネルが大統領に当選してからです。彼は、軍政時代に逮捕、投獄された経験があり、軍政時代の人権侵害をうやむやに済ます気がなかった。そのキルチネルの妻であり、かつ後任の大統領となったのが、現在のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルです。ただし、ガルチェリ個人についていえば、キルチネルが大統領に就任する直前に、心臓発作で死去したので、それ以上の訴追を免れました。片方や英雄、片や戦争責任者と指弾される身と分かれましたが、戦争を指導した両国の最高責任者は、自身が身の危険に直面することも、泥水をすすりながら殺し合いをすることもなく、その生涯を終えています。戦争の歴史の中では、マルビナス戦争は、犠牲者数からいえばさほど大規模な戦いではありません。湾岸戦争でもイラク戦争でも、これよりはるかに多くの戦死者が出ているし、第二次大戦はいうまでもありません。それでも、戦場はかくも悲惨なものだったのです。両軍合わせて約900名の戦死者とその後約700名の自殺者、多くの障害者を生んでまで戦わなければならない、どんな理由がこの島にあったのか。私には、なにも見出すことができません。マルビナス諸島占領に沸き立ったアルゼンチン人や、戦争勝利に沸いたイギリス人には、その理由があったのでしょうか。でも、実際に泥水をすすりながら戦った兵士たち、戦死したり重い障害を負った兵士たちにとってはどうでしょう。番組の最後で、両軍の体験者が語っています。「バーに行ったときのことです、店の中に入って思いました。あんなことがあったのに、こんな楽しそうなところがあっていいのだろうか。・・・・僕は自問しました。僕は何人の父親を殺したのだろうか、それにどんな意味があったのだろうか。祖国とはなんだろうか、僕たちが苦しんでいた間、祖国のこの人たちは、歌ったり踊ったりしていたのだろうか。・・・・僕らは19歳で命をかけて戦い、そして多くの仲間が帰りませんでした。その僕たちは今、いったい何をしたらいいのでしょうか。」(アルゼンチン軍)「最初の数日は外に出なかった。・・・・国旗を振られるのがいやだったから。見も知らない人が近寄ってきて、誰かを殺したか、なんて馬鹿なことを聞く。背中を叩いて、ビールをおごってくれたりもする。こっちも多少愛想よくして、戦争の話もした。だが決して、本当のことは言わなかった。」(イギリス軍)亡くなった人はいうまでもなく、生き残った人たちも、残された傷は深くて重いと言うしかありません。
2013.05.05
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昨日、参加してきました。練習中です。以前の記事に書いたように、シーク(サンポーニャ)は36人分あり、前日晩に最後の参加表明者があって、定員が埋まったとのこと。我々の3つくらい後の韓国民団農楽隊の人たちと、なぜか一緒に写真を撮りました。その、民団農楽隊の練習琉球国祭り太鼓、順番は我々の次でした。本番直前。昨日は、晴れなのに空気が涼しく、とても快適な気候でした。何しろ衣装が標高4000m仕様なので、気温と湿度が上がるとちょっとキツイのですが、その点昨日は非常に幸運でした。で、当然のことながらパレード中は写真は撮れません。しかし、さっそくYouTubeに動画をアップしてくれている方がいます。↓3分あたりから写っています終わった!!涼しかったので快適とはいえ、3.4kmの距離を1時間あまりサンポーニャ吹きっ放しは、そりゃ疲れます。私は途中でバッテリー切れになってしまい、チョコレートを1個食べたら、俄然体力回復、音量回復したものの、残念ながらチョコレート1個では5分くらいしかもちませんでした。片付け中。標高4000m仕様の衣装の数々。ポンチョにマフラー、帽子は二重です。その後打ち上げへ。しかしさすがに疲労度高く、帰宅後はバタンキューでした。しかし、実は今日も練習、明日は何もなくて明後日も練習、この4連休のうち3日はフォルクローレをやっているという、フォルクローレ漬けのゴールデンウィークになってしまいました。
2013.05.04
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常連投稿者のBill McCrearyさんが、昨日の記事のコメントで、飛行機から撮影した富士山の写真を紹介してくださっています。残念ながら、私は飛行機から富士山を撮影したことはありません。ただ、俗称で「富士」と名が付くほかの山なら、飛行機ら写真を撮ったことがあります。Bill McCrearyさんに触発されて、××富士の古い写真など。「メキシコ富士」ことポポカテペトル山(5426m)、1996年1月の撮影です。メキシコでは2番目に高い山で、本家の富士山より高い。首都メキシコ市の南東100km足らず距離にあります。時期によってはかなり積雪があるようですが、このときは、冬にもかかわらず北斜面にわずかな雪が見えるだけです。活火山で、度々噴火を繰り返しています。この写真を撮った時期も噴火があり、そのために雪がなかったのでしょう。かつては山頂部に氷河があったのですが、度重なる噴火のため消滅したようです。「タコマ富士」ことレーニア山(4392m)。ワシントン州シアトル近郊の高峰です。1994年3月、南米に行ったとき、帰路の飛行機から撮影しました。これもまた本家富士山より高い。メキシコのポポカテペトルよりは1000mほど低いですが、ずっと北に位置しているため、数多くの氷河があります。ただ、個人的には、上記の「メキシコ富士」の方が本家の富士山に形が似ているように思います。もっとも、どこから見るかによって山容は変わるようですが。もうひとつ、実は「チリ富士」ことオソルノ山の写真も(飛行機からではなく地上から)撮ったことがあるのですが、残念ながら露出を間違えたらしく、真っ白になってしまい、写っていません。あとは、「富士」とは名が付きませんが、飛行機から撮影した山の写真をいくつか。ボリビア・アンデスのレアル山群の主峰イリマニ山(6439m)。2001年12月、ラパスに着陸する直前の機内からの撮影です。12月ですが、南半球なので夏に当たります。上記のイリマニ山と同時に撮影した山々です。イリマニさんとは数十秒か数分程度の時間差で撮影しているので、おなじレアル山群の山のはずですが、どれが何という山か、私にはよく分かりません。飛行機から見る山も、なかなかいいですね。ただ、やっぱり自分の足で登りたいですけど。残念ながら、これらの写真の山に登ることは、私にはまず不可能ですけど。
2013.05.02
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富士山:世界遺産へ ユネスコ諮問機関、登録を勧告世界遺産への登録の可否を調査する「国際記念物遺跡会議」(イコモス、本部・パリ)は30日、日本が推薦していた「富士山」(山梨、静岡両県)を「三保松原(みほのまつばら)を除き登録」、「鎌倉」(神奈川県)を「不登録」とするよう、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に勧告した。日本の推薦案件が「不登録」とされるのは初めて。今年6月にカンボジアで開かれる第37回ユネスコ世界遺産委員会で、正式に決定される見通し。「富士山」が登録されれば日本の世界文化遺産は11年の平泉(岩手県)、小笠原諸島(東京)以来17件目となるが、「不登録」となった鎌倉は、断念も含めた根本的な見直しが必要な事態となった。(中略)富士山は当初は自然遺産としての世界遺産登録を目指したが、山麓(さんろく)開発がもたらしたごみなどの環境問題がネックとなり、03年の国内選考で落選。その後、文化遺産として再挑戦した経緯がある。イコモスは昨年12月、日本政府に対し、構成資産を広く一体的に管理することや、富士山域から離れた位置にある国指定名勝「三保松原」(静岡市)を資産から除外することなどを要請。日本政府は今年2月、16年をめどに管理計画を見直す意向を示す一方、三保松原については芸術や信仰の面で欠かせないことから除外を認めない回答をしていた。ーーー土曜日に富士山に登ってきたばかりですけれど、個人的には富士山より鎌倉の方が世界遺産にふさわしいように思います。富士山が当初は自然遺産としての登録を目指したけれど断念した、というのはもっともな話です。環境問題もそうですが、日本アルプスや、既に登録されている知床、白神山地のほうが、自然遺産としてはるかにふさわしい。なぜかというと、富士山は5合目より上の高山植物がとても貧弱な山だからです。富士山に登る人は、たいてい富士吉田口か富士宮口の5合目から登り始めます。しかし、富士山は、5合目から下(亜高山帯針葉樹林まで)は植生の豊かな山ですが、それより上、森林限界をを超えてからは、植生が非常に貧弱な山なのです。私が昨年登った須走口登山道は、登り始めが標高2000mと低いため、富士山の登山道の中では唯一6合目あたりまで樹林帯が続きますが、その分山頂まで時間がかかるため、このルートを登る人はあまり多くありません。では、何故富士山の森林限界より上の植生が貧弱なのかと言うと、富士山がごく近年まで活発に噴火活動を行ってきたからです。日本の高山植物は、氷河時代に寒さとともにシベリアから南下してきて、氷河時代の終わりとともに高山に取り残されたものが、大部分を占めます。最後の氷期(ウルム氷期)が終わったのが、1万数千年前とされています。その当時、富士山の高さは今よりだいぶ低かったといわれています。(標高3000mあるかないか程度。その当時の日本最高峰は、南アルプスの間ノ岳だったのではないかといわれる)もちろん、3000mだって高山植物が分布するのに充分な高さなのですが、それ以降莫大な溶岩と火山灰が噴出したことで、ほとんどの高山植物は死滅してしまったと思われます。というわけで、私も昨年初めて富士山に登りましたが、「富士に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という格言の意味を痛感しました。雪のない時期の富士山は、一度登れば充分。ただし、積雪期はまた別です。積雪期の富士山は夏の富士山とは、事実上別の山と思ったほうがいい。先週登って、そう感じました。遠目に見たって、冬場の白い富士山と夏の茶色い富士山と、どちらのほうがきれいかと言えば、たいていの人は白い富士山のほうがきれいだというでしょう。近くから見れば、なおさらなのです。だから、今後も雪の富士山には多分登るでしょうが、雪のない時期の富士山には、(親しい人に「一緒に登ろう」とでも誘われでもしないない限りは)もう登らないだろうなと思います。それに対して、南北アルプスや北海道の大雪山などは、世界的に見ても有数の、濃密な高山植物の群落がみられます。「アルプス」の本家であるヨーロッパアルプスは、標高は日本アルプスよりずっと高く、日本にはない山岳氷河が多数あって、美しい景観の山(私は行ったことがないですが)ですが、こと高山植物に関する限りは、日本アルプスのほうがずっと豊富だといわれます。理由はいくつかあります。ひとつは、もともとヨーロッパより日本のほうが植生の多様性がはるかに大きいことです。(以前の記事を参照)もうひとつは、歴史的にヨーロッパでは高山に家畜が放牧されることが多く、それによって高山の植生がかなり破壊されたのに対して、日本ではそういうことが行われなかったことです。エーデルワイスなんて花は、ヨーロッパアルプスでは絶滅寸前の「幻の花」だそうですが、日本では北海道から日本アルプスまで、いくらでも生えています。(しかし、富士山にはない)もちろん、富士山は現在日本一高い山ですけど、世界で見ればもっと高い山はいくらでもありますから、「日本遺産」ならともかく「世界遺産」としては、「日本一高い山だから」というのは無理がある。それに、富士山がいつまで日本一高い山であり続けるかは分かりません。前述のとおり、前述のとおり、1万年前には日本一高い山は(おそらく)間ノ岳だった。将来は、1万年後どころか1000年後だって、富士山が日本一高いかどうかは分かりません。噴火で山頂部が吹っ飛ぶ可能性もありますし、逆に、もっと高くなっている可能性もあります。一番ありそうなのは、山頂の高さが変わらずとも、山容が大きく変わることです。2000年前以降、富士山の噴火は山頂火口ではなく、中腹からになっています。宝永噴火も山腹(宝永火口)からです。それらの山腹の火口が大きな火山に発達して二つ峰の山になるかもしれません。で、結局自然遺産をあきらめて、文化遺産に転じたそうです。でも、文化遺産としては、富士山より鎌倉のほうが価値があるんじゃない?って思ってしまうんですよね。確かに富士山は信仰の山ではある。でも、私が登った範囲では、富士山より木曽御嶽山のほうが、はるかに霊山という雰囲気を感じます(あれはあれで、山頂の神社があまりに立派過ぎて、多少の違和感はありますが)。富士山が信仰の山だとしても、もはやそれ以外の要素が強くなりすぎて、信仰という要素は希薄になってしまっています。それに、ただでさえ登山者が猛烈に多いのに、さらに増えるとなると、さすがに環境への負荷が深刻化せざるを得ないでしょう。最近、富士山で入山料を取る話がよく取り上げられていますが、これ以上登山者が増えるなら、それも止むを得ないだろうなと思います。ともかく世界遺産に選ばれることはほぼ確実のようです。今後も富士山の自然は大事にしていきたいものです。何のかんのと書きましたが、雪をまとった富士山の姿は確かに美しい、それは紛れもない事実です。↓奥多摩・雲取山から↓奥多摩・三頭山から↓南アルプス・北岳から(7月の雪のない富士山です)
2013.05.01
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