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アイアンキング…ではない、ライオン・キングである。これまでロンドンでは、『レ・ミゼラブル』のミュージカルは2度観たことがあったが、『ライオン・キング』は初めてである。午前中に当日券が取れたので、中華街での夕食後に、レスター・スクエアより徒歩10分程度のシアター The Lyceum Theatre (Wellington St.) に移動。夕食中にぐったり疲労が出ていたので、前半は見事に居眠り。父である王が突き落されて死ぬ場面で目が覚めた。後半はしっかり観る。あらかじめストーリィは聞いていたし、物語としては比較的単純とも言えるので、居眠りした割には話はわかった。英語が聞き取れたとはとても言えない(苦笑)。(9月12日記す)
2007.08.31
Prince William Hotel の朝食は、簡素なコンチネンタル。食後にまず行動開始したのは、9月3日にエディンバラに向かう特急のチケットをとるため、キングスクロス駅に向かうこと。そこで、エディンバラの大恩人 Fumie Neal さんに、無事に UK 入りしたことを電話で伝える。円安の影響もあり、エディンバラ行きのインターシティは著しく値段が高かった。げげ。それにしても、キングスクロス駅およびセント・パンクラス駅は、しばらく続いていた工事の結果かどうか、やたらと整備されていた。キングスクロス駅から、大英図書館に向かう。2年前に暫定的に利用者カードを作ってもらったのだが、去年は来れなかったので、リニューアルしてもらえるかどうか試してみた。ところが、英語で住所が書かれてある身分証明書がないと作ってもらえない、ときたもんだ(パスポートでもダメ)。やれやれ、である。それにしても、2年前に私が見た、社会科学関係のリーディング・ルームは、やたら狭くて大した本がないと思っていたが、実は書庫は地下に膨大なものがあるということを、改めて知ったドラゴン山田であった。地下鉄でレスター・スクエアへ。せっかくのロンドンであるから、これまで観たことのないミュージカルを観ようと思い立ち、獅子王こと『ライオンキング』のチケットを入手。日本でも観たことがなかったぞ。そこから、中華街をかすめて、ピカデリー・サーカスへ。ついつい、2005(平成17)年夏に John Keane 教授と入って食事した日本食レストラン Ten Ten Tei で、昼食に味噌ラーメンを食べてしまった。トラファルガー・スクエア、ウェストミンスター界隈、テムズ川、国会議事堂内見学…なかなか疲れた。早めの夕食を、中華街のチャイナ・レストランでとったが、食事はおいしかったものの、体調が最悪になってしまった。げげ。(9月12日記す)追記: 国会議事堂内の見学を終えた後、議事堂の建物の中にあるカフェで一服した。食べたのは、何かの賞を受賞したというアイスクリーム。なかなかおいしかったぞ。(10月4日追記す)
2007.08.31
ヨーロッパでは近年、ICチップ付きのクレジットカードでなければ使い勝手が悪くなりつつあるやに聞いていた。だから日本を出る前に、ICチップ付きの新しいクレジットカードを2種類用意して、旅に出た。早速、ヒースロー空港で Heathrow Express のチケットを買うところで、カードを使用しようとした。ところが! チケットの自動販売マシーンが満足にカードを認識してくれない。なぜだ~! だから英国の自販機は信用ならないんだ! などとブツブツ言う羽目になった、ロンドン初日のドラゴン山田であった。(9月12日記す)
2007.08.30
成田からパリまでの機内では、本来は、書評を依頼されている John keane ed., Civil Society: Berlin Perspectives (Oxford: Berghahn Books, 2006) を読むはずだったが、数ページ目を通しただけで目が疲れてしまった。ジンメルとヘーゲルが出てくるが、Keane 教授と2003年、2004年とロンドンでお目にかかった折に氏が私に断片的に語っていたことが、ここに表れているような気がしないでもない。パリのシャルル・ド・ゴール空港、ターミナル2Fに着。パリは晴天のようだ。ここから、おととし2005(平成17)年にストライキに巻き込まれて悲惨な目にあったロンドン・ヒースロー空港に向かう。ロンドンに用事がなければ、渡英する際にも断じてヒースローは避ける決意のドラゴン山田だが、今回は仕方がない。AF2070便。幸い、大きな問題もなくヒースローに到着し、成田で預けたキャリーバッグも紛失したりせず出てきた。よきかなよきかな。ヒースローから、生まれて初めて特急 Heathrow Express を使って、宿をとってあるロンドン・パディントン駅へ。15ポンド支払って15分で着くとは、1分1ポンドということだ。円安で、1ポンドが240円前後だなど、1991(平成3)年のエディンバラ留学時代の水準であるとは信じがたい。今回は経済的にかなりきつい旅である。パディントン駅から、宿の Prince William Hotel (42-44 Gloucester Terrace, W2 3DA)までは、徒歩で5分そこそこ。渡航前に、値段的に安いホテルを探したのだが、やはりそれ相応の部屋であった。もともとロンドンは、その宿泊事情の悪さで有名なので、いちいち文句は言っていられない。さて、ここに4泊である。事前に現地の方々から、英国は肌寒いと聞いていたので、長袖の準備はあったが、いざ寒々としたホテルの部屋に入ると、もう1着ぐらい長袖を持参すればよかったか、誤算だったか、と思った。ちなみにルームナンバーはG4。(9月12日記す)
2007.08.30
ホテル日航成田で早めの朝食をとり、7時20分にはホテルをバスで出る。成田空港第1ターミナル・北ウィングへ、8時前にチェックインに行く。思ったより混んでいなかったのが救いだったが、やはりお盆休みが終わっていた時期だからか。AIU の海外旅行保険にも入り、準備完了。10:30フライトのエールフランス AF279便。パリのシャルル・ド・ゴール空港で乗り換えて、ロンドンに向かう。シャルル・ド・ゴール空港など、1993(平成5)年の今頃に母をヨーロッパに連れて行って以来である。(9月11日記す)
2007.08.30
日本は暑い。しかし、渡航先である英国とフランスは肌寒いやに聞いている。持参する服装に直前まで迷ったが、えぇい、ままよ! と出撃。成田空港近くの、ホテル日航成田に前泊である。普段は眠っている JAL マイレージカードだが、ここぞとばかりに持参。夕食に食べた中華料理で、マイルを加算してもらった。(9月11日記す)
2007.08.29
皆さま、いつも拙いブログをご覧下さり、有難うございます。明日からヨーロッパに参るため、今日の午後から留守にします。今夜は成田空港周辺の宿に前泊し、明日の午前中の便で出発いたします。エールフランスで、パリを経由してロンドンに入ります。ロンドン、エディンバラ、そして最後はパリに3日間滞在予定です。特にパリは、1993(平成5)年以来行っていないので、どのように変貌しているのか見当もつきません。フランス語もできない私ですし…(汗)。帰国は9月10日の予定です。
2007.08.29
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明日から留守にしてしまう。ギリギリで何とか、共著の分担執筆の責任を負っていた「フェミニズム」の節の原稿を書き直し、編集者の方に送った。私自身が訳出しつつある、Carole Pateman 教授の著書 The Disorder of Women (Cambridge: Polity Press, 1989) の紹介が、主たる内容である。また、用語解説では、フェミニズムの諸潮流についてごくごく簡単に言及することになった。とにかく愚直に、1つ1つ、責任を果たして行くよりない。
2007.08.28
多々ある用事を、1つ1つつぶしていくしかない。郵便局で大量の郵便物を投函し、銀行で明後日からの渡航用のトラベラーズチェックを準備し、その足で職場へ。来年度のゼミ募集のシラバスを完成させ、8月分の研究費の清算書を作成・提出し…、まだまだあるぞ、やることは。
2007.08.28
しばらくテレビがないに等しい状態が続いていて、ニュースに接するのに苦労しているが、今日、安部内閣が内閣改造を行ったんだって。ふぅ~ん、へぇ~。以上。
2007.08.27
沼津のヤマダ電機で、PLC用のLANケーブルを新しく買ってきた。今使っているものでも支障はないのだが、長すぎて部屋では邪魔なので、薄いフラットタイプの3メートルのものを仕入れてきた。ところが! 帰宅してケーブルをつけ替えたら、途端にインターネットのスピードが遅くなった。クリックして次の画面に移るのに、5分余りもかかる始末。これでは10年前のダイヤルアップより遅いぞ! ケーブルのせいかと思い、古いケーブルにつけ替えてみると、今度はインターネットそのものに接続できなくなった。あるいは、接続できたりできなかったり、と不安定な状態になった。なぜだ!? 昼間はちゃんと動いていたではないか! 古いケーブルでもダメ、新しいケーブルでもダメ。そんな状態で、無駄な2時間を過ごしてしまった。時間は帰ってこないぞ! しかも、もう一つ別のパソコンに PLC をつなぎ直してやってみたが、いずれのケーブルで試してもダメ。これはもう、パソコンの問題でもケーブルの問題でもあるまい。NTT の問題か? これじゃ、光に乗り替えた意味がないではないか!先に別のことをやろうと思い、パソコンをしばらく放っておくと…旧ケーブル接続状態で、ちゃんとインターネットがつながるように戻っている。「なぁんだ、やはり NTT の側で、一時的に何かトラブルがあったのだろうな」と勝手に安心し、では改めて新ケーブルにつなぎ替えてみると、またしても接続不可に! しかも、また旧ケーブルに戻すと、変わらず接続不可に! 一体、何なんだ~!? と、怒ってしばらくたった後、いつの間にかまたインターネットに接続されていた。あぁ、この不安定さはどこからくる? また接続不可になるのが怖くて、せっかく買った新ケーブルにつけ替えられないドラゴン山田であった。
2007.08.27
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職場に届いた届いた、Microsoft Office Professional 2007。アカデミック版である。ワードやエクセルのほか、パワーポイントも標準装備。これは、使える。また、これで職場の新型パソコンも、使えるようになった。
2007.08.27
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約1週間前に手にした、バンダイ製 IN ACTION!! OFFSHOOT のダンバイン。決して造形が悪いわけではないが、しかし顔が私の好みではない。かつて私が高校時代のプラモデルの出来を考えれば、なかなかよいダンバインであることは否定できないのだが…。まぁ、見る角度を固定すれば、見れないこともない。それにしても、これまで様々な形で立体化されてきたダンバインだが、私の満足いくものに出遭ったことはない。強いて言えば、かつてのウェーブ製ソフビ1/35ダンバインがベストキットか。手元にあるものの、未組み立てなので何とも言えないのだが。
2007.08.27
作戦の後編・Bパートもまた、音楽があっての戦いであった。記録として残しておこう。○ドヴォルザーク「スラブ舞曲」より、第9番ロ長調(ドラティ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団)。この「スラブ舞曲」を初めて聞いてハマったのは、1991(平成3)年のエディンバラ留学時代の、夏のエディンバラ国際フェスティバルにやってきたチェコ・フィルのコンサートであった。○早見優「Born to be Loved」。もともとは1985(昭和60)年1月発売のアルバム『Music』に収録されていた、名曲である。大学受験の戦いの火蓋がいよいよ切って落とされる、という頃に初めてこの曲を聴いたわけだ。○『銀河旋風ブライガー』より「さすらいキッド」(カラオケ)。説明不要の名曲である。○『伝説巨神イデオン』より「星々たちの物語」。これもまた、名曲だ。『イデオン』の物語の後半では、イデオン・ソードを使用する際の BGM として多用された。イントロの部分の壮大さは、圧巻である。○『銀河疾風サスライガー』より「Takao for You」。1983年に発売のアルバム『JJ9 EVERY NIGHT』に収録。どこか懐かしいような、とにかく心が洗われるような曲だ。J9シリーズ最終回で、最後の最後のシーンで流された。○『銀河烈風バクシンガー』より「MAMA」。太陽系の危機に立ちあがった男たちが旗揚げした時、あるいはサンダビーダ要塞で最後の決戦に副長が向う時、使われた曲である。おそらく、母星である地球を想起する、というイメージで作られた曲ではなかろうか。戦いとは、多くの人々の協力と団結があって初めて成し遂げられる。誰一人として、不必要な人はいないのだ。回天の1日であった。
2007.08.26
サンダビーダ要塞。俺たち自由の砦だ。H中氏を中心に、M川氏、K森氏、I葉氏、I渕氏、S藤氏、T木氏、O橋さん姉妹、E藤さんという最強の布陣で、スターダスト作戦の後編が展開された。陰では、S藤さん、Hさん、S澤さんらがガッチリ支えてくださった。また、作戦のAパート終了後の後始末には、H野氏と E部氏も助っ人に入ってくれたと聞く。なお、どんな戦いにも、音楽があり歌がある。まるでブンドル局長のノリだが、Aパートの音楽はモーツァルトの交響曲第31番「パリ」の第1楽章であった。また、「ダグラム」スタイルでなく「エルガイム」スタイルにした私も正解であった。やはり「スターダスト作戦」の名にふさわしい。
2007.08.26
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ファースト・アタックから一時帰宅すると、ポストに公人の友社からの郵便物が。もしや…と思い、自宅で封を切ると、やはり、松下圭一氏からのいただきものであった。北海道地方自治研究所が企画するブックレットの No. 1、『市民・自治体・政治――再論・人間型としての市民』であった。感謝感謝。それにしても、松下氏の著作は、『現代政治*発想と回想』(法政大学出版局、2006年)が最後のものになるはずではなかったのか。
2007.08.25
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スターダスト作戦の第一波攻撃、ファースト・アタック。無事終了。明日は、ファイナル・タイム。
2007.08.25
今朝もまた、体調不良の中で起床したが、いざ起きてしまえば、複数の物事を同時並行でこなしている自分が現れる。いったい、私は何者?
2007.08.25
世間一般の夏休みも終わりに近づき、今年も下半期に突入する。その8月25日、スターダスト作戦は開始された。ガストガルに降り注ぐ、無数の流星群!体調が悪かろうと何だろうと、作戦が始まっちまった以上、逡巡も停滞もしていられない。ただやるだけさ、Oh Yeah!「あへて臆病にては叶うべからず候」
2007.08.25
欧州統合の父、クーデンホーフ・カレルギー伯爵の言葉――「国家は、人間の為めに存在するが、人間は国家の為めに存在するのではない」「人間は目的であって、手段ではない。国家は手段であって、目的ではない。国家の価値は、正確にその人類に対する効能の如何に関する。即ちその人間の発達に貢献することが大なれば大なるほど善であるが――その人間の発達を妨碍するに至れば、直ちに悪となる」。さて、国家はどこまで民衆の生活の面倒を見るべきか? 国家の役割の適正な範囲とは?
2007.08.24
人のつながりの有難みを実感した8・24の夜であった。20時前後、学生時代にお世話になった O本先生から、お電話をいただく。近々またお目にかかるのだが、私の近況を心配なさっていた。感謝感謝。22時前後、しばらくお目にかかっていなかった M島氏から、お電話をいただく。「渡したいものがあるから」と、その後ご夫婦で拙宅まで来てくださった。しかも、そのお電話から来訪までの間に、関西弁の Hさんからもお電話。あさって必要になるのにすっかり忘れていたものを、思い出させていただいたぞ。ことごとく、感謝感謝。さらに23時過ぎ、風呂からあがると、またしても電話が鳴る。おぉ、かつてシェフィールド時代にお世話になった、和歌山の S見氏ではないか。何というタイミングで…! シェフィールドにお持ちの家を売るための下見に、この夏は渡英なさっていたらしい。現地では、盟友・Sue の他、すっかりご無沙汰の Beryl にも会えたそうな。しかも、5人のお子さんのうち、長男と双子がことごとくアメリカの大学へ。末っ子も今は高3だという。時の経つのは早いものだ。1995(平成7)年の暮れのクリスマス、シェフィールドの S見宅にお呼ばれした頃のことを、ふと思い出す。ちなみに、ある身近な人は、S見氏を「アンドロイド」と呼ぶ(苦笑)。
2007.08.24
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8・24の夜に、ふと思う。明日・明後日と迎えるこの週末の喧騒を、『エルガイム』になぞらえて「スターダスト作戦」とでも名付けられるのではないかと――。パラータ・スター、メッタ、スヴェート…戦場は散在している。
2007.08.24
これもなかなか信じてもらえないことだが、私は大学に入学して以降、無類の心配性になった。先々のことまで心配で心配で仕方なく、神経をすり減らして準備をして、さて万全かと思ったら、基本的なミスをして、周囲からバッシングをくらう、そして底なしに落ち込む――みたいなことを、それこそ何度も繰り返した。ほどなく私は、ミスを自分に許さない人間になり、自分で自分をしばって相当苦しんだ。そんな19~20歳の頃だった。その傾向性は、今ではかなり緩和された。しかしやはり、何か重要なことを背負う場合には、この傾向性が何らかの形で立ち現われてくる。だが、忍耐強く1つ1つに細やかな手を打ち、いずれ全体像が見えてくると、「よしっ、大丈夫だ!」と思える自分になっている。こうなれば、少々のミスがあっても臨機応変に対処できる。これは、この20年間で大いに変わった点だろう。今日もまた、1つの壁を乗り越えた気になった。
2007.08.24
時間はない。なすべきことは多すぎる。作業は遅々として進まない――考えてみれば、私の40年間の人生は、常にこんな状態の中でもがくように格闘し、その都度乗り越えてきたようなものだ。もちろん、私など足元にも及ばないご苦労をなさっている方は、世に何千・何万といらっしゃるだろう。私のキャパシティも決して大きくはない。今朝は死ぬほど疲弊して起床したし、夕刻にはちょっと休むつもりが、1時間半も「意識不明重体」だった。げげ。しかし、暑さは続くものの、季節は確実に秋に向かっている――。
2007.08.23
最近…と言ってもいつものことなのだが、最近は特に、新聞などメディアにじっくり目を通すことができなくなっている。しかし、なかなか大事な箴言が紹介されているゾ。サッカー日本代表監督のオシム氏の言葉――「なるべくミスをしないように、と気をつけてもあまり意味はない。…大事なのは、ミスや間違いを受けて、正すエネルギー、パワーがあるかどうか。ミスをした時と違う方法を素早く考えつくかだ」。深い。ミスの心配よりも、トライすることが大事。サッカーに限ったことではあるまい。将棋界へのプロへの年齢制限(26歳)を打ち破り、35歳で異例のプロ編入試験6番勝負を制した、瀬川昌司氏――「小さいことの一つ一つを投げ出さないでやっていくことが、結局はプロとしての本当の実力を積み上げていくことになる」「『勝つことにかける執念』がプロとアマは全然違う、桁違いなのだ」等々。深い。執念と持続力こそ、何事にも通じる勝利の要諦だ。諦めと惰性に支配されてはいないか?哲学者の内村鑑三――“滅亡に瀕している日本の社会では、何か他人の悪いところはないかとつけねらっており、ささいなことも、すぐに大げさに吹聴されます。お互いに、このような腐敗極まる社会で生きていくためには、十分な注意が必要です”(趣意)。深い。正しいものを正しいと評価できない、いいものをいいと認めない、優れたものに嫉妬する。そうした「嫉妬社会」の傾向性が、相変わらず日本には強くないか?そして、ワンガリ・マータイ氏――「これから“何かを変えたい”と思うのであれば、まず“自分自身から”変えなければならない。そして、自分自身が先頭に立って変えなければいけない」。深すぎる。究極だ。自分が変われば周囲も変わる。このことを、頭で分かっていても無意味。できなきゃ!
2007.08.23
信じてもらえないかもしれないが、私はこれまで、Power Point を使ったことがなかった。2002バージョンのソフトを持ってはいたが、インストールしないまま放置してしまっていたし、仕事で用いることもなかった。しかし、ここ数日、必要に迫られて、最新版の2007を使って悪戦苦闘している。もっとも、フォトレタッチソフトではさんざん作業したことがあるし、ホームページビルダーも長年いじっているので、似た感覚であるということはよく分かった。慣れてみると面白いし、ついつい凝ったスライドを作ってしまいそうである。が、いかんいかん、時間は無尽蔵にあるわけではないのだ。
2007.08.22
ついに Yahoo! BB の解約手続きをした。無論、Yahoo メールはそのまま使い続ける(ただしドメインは、@ybb.ne.jp から @yahoo.co.jp に変わるが)。遠からず、モデムやケーブルなどを送り返さなければならない。
2007.08.21
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体調の悪い中を起床し、ボーっとした頭でメールチェックをすると…、おぉぉ、カナダ・トロント大学の Frank Cunningham 教授からメールが! 以前に送りつけた英文拙著 Democracy and Mass Society: A Japanese Debate への、丁寧なご返信であった。何と、日本からカナダに戻ったばかりだという! 立命館大学の招聘で来日していたのだそうな。過去にも何度か日本に来ている Cunningham 教授のはずである。またメールでは、わが日大でも講演したことがあるそうだが、いつの話だ? どの学部だ? まぁいいや。C. B. Macpherson の遺産、デモクラシーと社会主義、現代デモクラシー理論の諸相…、いつか Cunningham 教授とまみえて種々のご教示をたまわる機会があるだろうか? また、拙著はどのように読まれるか?
2007.08.21
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ターミネータ2007といい、ファイナルパソコン引越し2007といい、AOS Technologies のソフトウェアはどうも使い勝手が悪い。せっかく買ったのに、結果的には全く役立たないに等しい。あぁ、無駄金であった。むしろ、インストール不要の、スゴイケーブル・イージーの方が使えるゾ。(8月21日記す)
2007.08.20
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かつて使っていたエプソンのスキャナを処分し、この夏思い切って新しくスキャナを買いなおした。キャノンの CanoScan LiDE 600F。数日前にパッケージから出してインストールだけはしていたが、本格的に使い始めたのは今日の午後。さくさく動く。快調である。
2007.08.20
職場のパソコンのセットアップを終えて、メールボックスを見に行くと、複数の郵便物が。その中に、立正大学の早川誠氏からの封書が。『日本政治研究』4巻2号に掲載された、氏と福元健太郎氏との対談「私が見たアメリカ政治学」の、コピーを寄せてくださった。早川氏がハーヴァード大学で在外研究をなさっていた時の経験に基づいているらしい。感謝感謝。
2007.08.20
お盆休みも完全に明け、また新しい週が始まった。夕べの雷鳴とは打って変わって、夏日の戻った残暑厳しき三島である。朝一番で医者に行った後、職場の自室についに新しいパソコンが納品された。セットアップに2時間弱要したが、ともあれ新型機。自宅同様に HP に替えたが、職場の方はノートパソコンのカスタム機である。業者の O橋氏によれば、これだけハイスペックの機種をこの職場に納品するのは初めてだとか。予算内で、プリンタと FD ドライブまでも入れてこの高性能機を手に入れることが可能になったのは、同僚 T代氏のタフなネゴシエーションによるところが大きい。感謝感謝。しかし…、セットアップしてもらった後に明らかになったことがあった。何と、Office が入っていないのである! 別売のソフトを買わなければならない。アカデミック・パックで買ったとしても、3万円前後になるのでは、との話。あぁ、不覚。しかし、予算内で Office も買っていたら、ここまでのハイスペック機にはできなかったという話だから、納得するよりない。このブログはまさに、この新鋭機で書き込む最初の日記である。キーボードも、ワイヤレスマウスの反応も、極めて良好である。ビルバインと名づけようか、それともエルガイム Mk-2 としようか?
2007.08.20
10日あまり前から、自宅の古い IBM のパソコンの内部を一掃しようと、データ消去ソフト、ターミネータ2007を稼動させていた。しかし、10日経っても10分の1も終わらず、これでは3ヶ月ぐらい旧パソコンの電源を付けっ放しにしなければならないかと、あきれ返っていた。そこへ追い討ち。深夜、三島に雷鳴が轟き、就寝前に短い停電が2度ほどあった。見事にパソコンはダウン。これまで続けてきたターミネータの作業は、全部パァになった。あぁ、アホくさ。電気代を無駄にしただけだった、ということか。また1からやり直す気力なし。このままリサイクルに出してしまおうか。(8月20日記す)
2007.08.19
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高校時代までオーディオいじりが好きだった私だが、大学に入学してからとんと縁がなくなって20年余りが過ぎた。しかし、今改めて、選曲して CD 作成するという暇なことをし始めている。パーシー・フェイスやカラベリといったムード音楽の他、ドヴォルザーク、早見優、すぎやまこういち、あかのたちお、山本正之…趣味に走りまくっている。新型機の HP は、5年も使っている VAIO に比べて、CD を焼くのが格段に容易でしかも確実であるような気がする。
2007.08.19
猛暑・酷暑が続いたかと思いきや、お盆明けを待っていたかのように一気に涼しくなる。もう、夏も終わりに近づいているのか。残暑はまだ続くにせよ、学校の夏休みが終わろうとしていることは事実だろう。子どもたちは、そろそろやり残した宿題が気になり始める頃か。深夜の三島。雷鳴が聞こえるが、雨はさほど降っていない。むしろ、窓を開けていると、冷房が要らないくらい心地よい風が部屋に入ってくる。「夜風が身に沁みるぜ」みたいなセリフが脳裏をよぎる。
2007.08.19
時間厳守が売り物だったはずの私が、ここのところ、時間をかけすぎてしまって人に迷惑をかけることが増えてきた気がする。まずいまずい。もっとも、最後にはきちんと帳尻を合わせているつもりではあるが…。今日、ようやく、最終〆切が今月末に迫った共著の原稿を形にする。午後に何とか、編者の方にメールで送ることができた。なかなか落ち着いてパソコンに向かえてなかったが、頭の中で構想は練りに練っていたつもりだった。だが、まだまだ草稿段階であり、完成原稿にするためにはさらなる推敲を必要とする。「フェミニズム」の章を担当している私。気がつけば、フェミニズムにまったくの素人だったはずのシェフィールド時代から考えて、10年余りも細々とした関わりをもってきた。だがこの10年、政治学において、フェミニズムを論じる環境が果たして進展したのかどうか…?
2007.08.19
20時30分より小1時間、雨のぱらつく中を、サンダビーダ要塞内メインキャッスルにて、重要事項の打ち合わせ。H中氏を中心に、M川氏、K森氏、I葉氏、I渕氏、T木氏、E藤さん、O橋さんの面々。さらに、大阪に戻っていたはずの Hさんまでが、終了した頃に駆けつけてくださった。A friend in need is a friend indeed. いざという時に、味方になってくださる方々が、身近にいるということが、どれだけ有難いことか。果たして私は、恩返しのできる人間であるだろうか?(8月19日記す)
2007.08.18
今年も8月18日を迎えた。私の育ての親とも言うべき祖母の命日である。1992(平成4)年のこの日の未明、90歳で永眠した。今年はそれから15年目となるのか。今朝の夢には、在りし日の祖母が登場した。どういうわけか、大学時代にお世話になった Y幡先生宅に一緒にお邪魔するという、あり得ないシチュエーションの夢であった。
2007.08.18
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西日本は相変わらずの猛暑らしいが、三島は昨日までの暑さが一段落。朝から曇り空だが雨が落ちるわけでもなく、風が涼しい。お盆が明けたので、久々に職場に行ってみるも、結局は事務局は締まっており、月曜日にならないと通常業務には戻らない。大学あてに届いている郵便物も、たまっている可能性がある。冷房がつくのは有難かったが、インターネットまでもダウンしていたので、家で仕事をするべく本をかばんに詰め、さっさと帰宅した。 なお、帰宅途中、国道1号線沿いのセルフのガソリンスタンドで給油したが、50リッター満タンにしたら7,000円あまりになった。セルフでさえ、リッター145円。原油高、株安、円高…経済のことは全くわからん。
2007.08.18
地に足が付いていないような感覚で、言ったこと・やったことは、やはり必ず空転する。空転だけならまだいい。マイナスの結果さえもたらす。何事も、土台が、基礎が、そして熟慮が大切だ。たとえ時間が十分にあろうとなかろうと…。それにしても、40℃の高温が2日も続く地域があるとは、日本の気候はどうなっちゃうのかね? 熱中症での死亡者が続出した、数年前のフランスを思い出す私。
2007.08.17
あらゆる物事の成否は、準備段階でどれだけ意を尽くしたかにある。すべては、準備によって9割は決まる。なすべき時に、なすべき事を。
2007.08.17
どこに潜んでいるか分からないのが伏兵である。北極ポート間際のブリザード・ガンナーしかり、サンダビーダ要塞内に潜入したジル・クロードしかり。何より、伏兵は「自分の心の中」にいる。
2007.08.16
この春に別の大学に移籍されたという H場教授から、残暑見舞いのお葉書を落手する。不躾に送りつけてしまった拙稿「後期カール・マンハイムの政治思想的考察・序説」への、過分なまでのご返信だった。私も、ハンガリー時代のマンハイムにもう少し精通できたら、という希望がないでもないのだが、中欧マルクス主義史やドイツ社会学史の文脈でマンハイムを読み解くことには、ほとんど関心がないので、そこのところは後回しにしている。それにしても、私にとってヨーロッパとは何なのか…改めて考える。(8月16日記す)
2007.08.15
学は光。学ばずは卑し。「怠惰は慢心に通じ、真理への歩みを塞ぎます。私の知っている学問の世界についていえば、やはり勤勉な人、真面目な人が大成しています」(饒宗頤)自分が受けてきた恩に報いるためにも、今の自分にとどまっているわけにはいかない。
2007.08.15
ギド・マックのクロー攻撃によってワフト・エリアに放り込まれようとするイデオンではない。今日から3日間開かれる、三島の夏祭り。午前中の原稿書きを中断し、UFJ 銀行に行くべく車を走らせると…大宮町の交差点付近で渋滞につかまる。信号は青なのに動かない。お祭りで町を練り歩いている山車にひっかかったのだ。あと2分早く、その交差点を通過していればこうはならなかったはずなのに、のろのろ歩きの山車の後塵を拝する羽目に陥った。たかが UFJ に行くのに、いったい何十分費やしたことだろうか?ふと、八戸時代の記憶が脳裏をよぎる――あったあった、似たようなことが。全国的に有名な、八戸の三社大祭。あれは初めて八戸で夏を迎えた1996(平成8)年のことだったろうか。仲間たちが毎年「にくの日」と決めている焼肉パーティに、暑い中を参加。ビールがうまかった。しっかり酔いをさました(つもりの)後、夕刻に車で家路につくと、やはり山車の練り歩きによる渋滞につかまった。しかもよりによって、当時私が住んでいた柏崎界隈が、完全に交通を封鎖された状態であり、マンションに近づけないという有り様。業を煮やした私はつい、交通整理していた警察官に「いったいどうなっているんですか!? 私に、家に帰るなと言うんですか!」とくってかかってしまった。近くの駐車場に車を入れて歩いて帰宅してもらうしかない、と言われた私は、「冗談じゃない! 自分の家に帰るのに、何で金を払って駐車場を使わなければならないんですか!」と激怒した。あぁ、大人げない。今日、三島で同じ真似はしなかったが(大汗)。それにしても、ひどく暑い日が続く。
2007.08.15
62年目の敗戦記念日(終戦記念日ではない)のこの日、われらが大先輩 H中氏の「発心」記事と、私の「文化」記事がダブル・リリースされるとは、夢にも思わなかった。これは奇遇か必然か。Y井氏、S井氏、そして盟友 K森氏が、早々に反響を寄せてくださった。
2007.08.15
いつもなら、私はお盆の時期に三島にいたことなどない。通常は渡英しているか、去年のように実家に帰省するかだ。しかし今年は、この時期に三島にいることになっている。社会人として三島に赴任して7年余り。1度も三島の夏祭りなど見たことがなかったが、明日15日(水)から3日間、市街地を中心に開かれる。私はお祭り男ではなく、また人ごみも嫌いではあるが、場合によっては現場に足を運ぶかもしれない。今夜は、その準備作業の人々の姿を垣間見た夕方であった。
2007.08.14
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酷暑、肩こり、疲労感、睡魔。これらと闘いながら、フェミニズムに関する超入門書を再読し、思考の整理をする、「8・14」の午前中。・川出良枝「市民社会と国民国家」、久米郁男ほか『政治学』所収(有斐閣、2003年)。・井上匡子「フェミニズムと政治理論――寄与と挑戦」、川崎修/杉田敦編『現代政治理論』(有斐閣アルマ、2006年)。 他に、以下の本も待っている。・御巫由美子『女性と政治』(新評論、1999年)。分かっているはずだと思い込んでいることが、一番怖いのだ。
2007.08.14
入るはずのなかった国道136号線に、成り行きで入る羽目に陥った夕刻。苦し紛れに、中華版ファミレスのバーミヤンに夕食に入る。バーミヤンは、私の実家のそばをはじめ、全国的に存在していることは知っていたが、実は初めて入った。夏の季節限定というカレー味のビーフンに、ワンタンスープを注文した。悪くない味だとは思ったが、やはりファミレスだよな、という感想。(8月14日記す)
2007.08.13
なすべきことが山積している。「お盆休み」という概念は、私の生活にはないに等しい。共著の執筆、依頼された記事原稿の作成、マンハイム論文決着のための下準備、新しく買ったスキャナを使いこなすこと、おニューのソフトウェアのインストールと使用、読みたい本や雑誌の講読、大量のごみの廃棄…等々。今日も酷暑の中、沼津のヤマダ電気で、思い切って新しい家電製品を購入した(届くのはまだ先だが)。八戸時代から使ってきた古いテレビや洗濯機などに、遠からず ABAYO! となる。それにしても夕方、道を間違えて、大渋滞の国道136号線(私の大きらいな道路)に迷い込む羽目に陥った。多くの車が、沼津ナンバーや伊豆ナンバーではない、地元ではない人々のものだった(横浜とか湘南とか熊谷とか八王子とか)。みな、お盆休みの観光客なのだろうか?
2007.08.13
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