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午前中、懐かしい松が丘公園へ。いわき市内では古くから桜の名所だ。無論、この時期には桜は終わっている。つつじは咲き始めだった。この公園、幼稚園の頃にはよく両親に連れて行ってもらったものだった。公園の上に登ると、種々の子供用乗り物があった。だが、高校時代にはこの界隈は通学路だったので自転車でうろうろしたものの、公園の上にまであがることはついぞなかった。だから、この日は数十年ぶりに公園の上にまで行ったことになる。昔は観覧車があったはずだが、それは姿を消していたが、しかし水上をぐるぐる回るボートは昔のままのような気がした。また、今どきの公園やテーマパークで、子供が60円で乗り物に乗れるような場所が、果たしてあるだろうか。料金表を見て、実に驚いた。この公園と、すぐそばにある常磐線の踏切の間には、昔はSLが置いてあったが、かなり以前に姿を消した。さて、今いずこ…?(5月6日記す)
2007.04.30
上野駅からスーパーひたちに乗って、17:15にいわき駅着。去年(2006年)のお盆休み以来の帰省である。前回も、また一昨年(2005年)暮れの帰省の時にも、わがアコード・ワゴンで帰ったので、常磐線を使うのは久々だった。駅前に出て驚いたのは、駅ビルから向かって右側の、かつてスーパー、フジコシがあったはずのビルが、工事中であったことだ。いわき駅(昔の平駅)の駅前再開発は、40年も前から課題でちっとも実現せず、このビル工事が再開発の実現になるとも思えない(なぜなら、ロータリーさえないという駅前の事情には何の変化もなく、しかもかつて中心的だった市街地のさびれようはいかんともしがたいのだから)が、まぁ、何もしないよりはましか。(5月6日記す)
2007.04.29
午後から旅に出てしまうのだが、前日に、留守宅に届いて郵便局に持ち帰られてしまった小包が1つ。それから、宅急便でこの午前中に届く予定の封書が1つ。幸い、どちらも私の出発前に届いた。郵便物は、八王子の K合氏から、先週に引き続いて貴重なファイルの第2弾であった。またクロネコヤマトの方は、日本大学法学部からで、『政経研究』に連載中の「後期カール・マンハイムの政治思想的考察・序説」(三)の初校であった。両者とも、旅のカバンの中に収まった。さて出撃だ。三島駅にて、13時30分のひかり号に乗る。(5月6日記す)
2007.04.29
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皆さま、今日より数日、旅に出ます。バット星人によるウルトラの星侵攻から故郷を守るために地球を去る郷秀樹のように、約半年ぶりに故郷のいわき市に帰ります。次の更新は、三島に戻る5月5日以降の予定です。皆さまどうか無事故で、有意義なGWを…。
2007.04.29
ヘトヘトになって帰宅すると、ポストにドドドと郵便物が…。その中に、慶應義塾大学の社会学者・澤井敦氏からの小包があった。開けてみると、何と、私が一昨年(2005年)8月17日に英国・レディングの BBC Written Archives Centre で資料収集しようとしながら、保存状態の悪さと時間不足とで十分に集められなかった、英国期マンハイムの BBC ラジオでの貴重な講演集のコピーではないか!! 4月に入ってから澤井氏に、拙稿「後期カール・マンハイムの政治思想的考察・序説」(一・二)を送っていたが、それへのわざわざのご返信がこれであったのだ。かつて私が、英国期マンハイムに関する修士論文をまとめた後、博士課程での指導教授にその学問的価値を全否定された。どん底に叩き落された中で、1993(平成5)年に、マンハイム関係の論文を2本書いたが、政治思想史の権威者からは「君のマンハイムの読み方はおかしい」とクサされた。病の発症などいろいろあった末に、日本の大学院に愛想をつかしてシェフィールドに飛び出した私だったが…しかし、今は亡き早稲田大学の社会学教授・秋元律郎先生が、私の英国期マンハイム研究を高く評価してくださっていたことを知ったのは、ずっと後になってからのことであった。先日の日記にも書いたが、当面、英国期マンハイムを「思想史的」に再検討する十分な余裕は私にはない。むしろ、彼の問題提起の現代的アクチュアリティを自分に引き受けたいと思っている。彼の社会計画論において中心的な重みを持っていた教育論・宗教論が、当時も今も見られるリベラル・デモクラシー批判の中で、あるいは現代的なシティズンシップ論に対して、いかなる意味を持ち得るのか。この点について、日本ではまだほとんど研究されていない。慶応の澤井氏は、その未開拓の分野に先鞭をつけようとなさっている方のお一人とお見受けする。感謝にたえない。
2007.04.28
昨日の鍼灸での S山師の話では、私の木曜朝からの左目の腫れは、1つには花粉が、もう1つには前日水曜日に食べた食べ物が、原因らしい。確かに水曜日、東京での仕事を終えてその後三島でも用事が待っていたから、三島駅に着いてそのまま新幹線ホームで桜えびかき揚げうどんを食べた。どうもそれが悪かったらしい。しかし、それが目に出るとはね…。で、今日は午前中ダウン気味であった。しかも、何を食べてどんな反応が体に出るか分からないので、今日は夕刻まで絶食状態。明日から留守にするのだが、その準備のために午後は大量の買い物に追われ、疲弊しまくりである。悪くない天気だったのだが、風が強くなり、途中から雨も降り出し、しかし夕方また晴れる…。今の私の体調とよく似た不安定さだった。しかも、1ヶ月以上も前からクリーニングに出そうと思って車に積みつつ、寒さが戻ったりしたので出さなかった冬物を、ようやく行きつけのクリーニング屋さんに出し、しかも以前に依頼していたワイシャツを受け取ると、そのワイシャツを出したのが2月1日だったことが判明。3ヶ月もの間、クリーニング屋に行かなかったことになる。この間の激闘。年末年始の渡英後に体調回復が遅れたこともあった。10年前から構想だけしていた論文執筆への挑戦もあった。新学期の狂乱もあった。そして…さらにこの先数ヶ月間、一定の緊張状態が続くかと思うと、いささかぞっとしないでもない。力まず、しなやかに…。
2007.04.28
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ここ半月あまり、何を思ったか、古典で心を豊かにしたいと考え、もろもろ買いこんだ。・ホイジンガ(堀越訳)『朝の影のなかに』中公文庫、1975年。・スピノザ(畠中訳)『エチカ』(上・下)岩波文庫、1951年。・パスカル(前田ほか訳)『パンセ』中公文庫、1973年。・ラ・ロシュフコー(二宮訳)『ラ・ロシュフコー箴言集』岩波文庫、1989年。ホイジンガは学生時代から、Y幡先生の勧めで読もうと思ってだけはいたが、『朝の影のなかに』は大衆社会批判・大衆社会論批判としても重要だ。読み始めたが、遅々として進まない…。あ、モンテーニュ『エセー』やキルケゴール『現代の批判』も読まなきゃ。 (5月6日記す)
2007.04.27
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夕べ帰宅すると、ポストに郵便局の不在票が。送り主はナカニシヤ出版。「あれれ?」と思い、今朝眼科に行った後で、三島中央郵便局に取りに行く。職場に着いて開けてみると…おぉ、いつも著書や論文をお送りくださる名古屋大学准教授・田村哲樹氏からの『ポジティブ・アクションの可能性―男女共同参画社会の制度デザインのために』(共編)であった。フェミニズムやジェンダー論を政治理論のなかで展開する上で、常に重要なお仕事をなさっている田村氏からは、いつも学ぶべきもの大である。まだちらりとしか拝見していないが、私たちが一昨年の秋に出版した邦訳書、マイケル・ケニー『アイデンティティの政治学』(日本経済評論社、2005年)も引用されていた。感謝感謝。
2007.04.27
眼科に!(いばるなっ)眼科、眼科、アストロ眼科…(汗)。追伸: 朝一番で、近場の T田眼科に行って診てもらう。昨日の朝に比べれば、左目の腫れはかなり引いたものの、しかしまだ若干の名残がある。だが、痛くも痒くもないので、医師からは「ものもらいではないですね」と言われる。特に薬を処方されることもなく、「大丈夫だとは思います。数日様子を見て、また何かあったら来て下さい」と言われて終わる。う~ん、やはり過労による毒素が目に出たのか? 夕刻行く鍼灸で、S山師に尋ねてみようと思う。
2007.04.27
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ようやく暖かさの戻った春空の三島。さすがに眼帯をしていると、出会う人々に「どうしたんですか?」と尋ねられる。「いやぁ、あはは」とVサインを出して、さも嬉しそうに応答する私(苦笑)。しかし、見知らぬ人がすれ違うと、避けて通るようにするのがよく分かる。あぁ、こうして障害者は差別や偏見を被るのだな、とかすかながら感じる。ある同僚に、「ヘレン・ケラーの万分の一の苦労を味わってますよ」などと言ったら、今朝のある新聞にまさにヘレン・ケラーの言葉が引用されていたではないか!「人間を変えるものは環境ではなく、人間自身の内なる力なのです」(島田恵訳)人間は助け合わなければならない。体などに障害があれば、温かい援助の手が必要である。とともに、自立自助をめざす心が大事になる。その自立を阻むのが、甘えの心である。甘えは、時に自分自身を不幸にする要因となる。自分の思いや要求が満たされないと、他人や環境、運命を恨み、憎むようになるからだ。不平や文句、恨みや憎悪に明け暮れる人生は悲惨である。「幸福とは、自分の胸中に歓喜の太陽を昇らせること」とある。他者に照らされる「月」ではなく、自ら輝く「太陽」に…これもまた、留学中に挫折しかかる度ごとに、何度自分自身に言い聞かせたことか。宿命に、社会の冷たさに、自己自身に、決して負けてはならない。自分を磨き、強くしていくしかない。負ければ、結局は自分が損をするのだから(「こんな弱い自分じゃダメだ」と自己否定する必要はないものの)。『イデオン』の名セリフを用いて言えば…・「運命なんてものは自分で作るもんだ!」(ファトム・モエラ)・「貴様ぁ、男だろ! 今日まで戦ってきたんじゃないか。しっかりしろ! 帰りたい家なんてのは自分で作るもんだ。男ならそうしなくちゃならないんだよ。今は挫ける時じゃないんだ!」(ユウキ・コスモ)もちろん、男女ともに言えることだろう――。
2007.04.26
アマゾンで注文した古本、Gregory Baum, Truth beyond Relativism: Karl Mannheim's Sociology of Knowledge (Wisconsin: Marquette University Press, 1977) が届く。著者のことは知らないが、この本が出た当時、トロント大学の神学・宗教学教授だったらしい。この本は、著者のレクチャーが基になっているようだ。極めて薄く小さい本であるのに驚いた。マンハイムの「動的全体綜合」の考え方に、20代前半に相当影響された私だが、それを知識社会学の方法論としてでなく、自分のものの見方・考え方に、さらには生き方にまで反映させようと、無意識のうちに自分に課してきた私であったことに改めて気づく。ミクロからマクロまで見据えるズームレンズのような目を持ち、刻々と変化する全体状況を見渡し、その中で自分の位置を常に確認し、(「媒介原理」を見出して)打つべき手を打つ。そして、自分の見方・考え方もまた、一つの見方にしか過ぎないことを常に自覚し、異なった見方・考え方を摂取することで自分に足りない部分を補い、どこまでも「視野の拡大」をはかっていく――。ここでいう「視野の拡大」とは、単に観察するだけのものではなく、決断し行動を起こすためのためのものだ。視野の狭かった学生時代の私にとっては、自分の世界に安住する方が楽であり(=傲慢、ナルシシズム)、こんな「視野の拡大」などは自分にはとても無理だと思っていたものだったが…。マンハイムの思想の時代的制約は当然あるだろうが、しかし彼が提起した問題は、私たちに残された未完の課題でもある。20世紀前半のイデオロギー対立の時代と、文化や文明やアイデンティティが衝突する現代とでは、かなり異なることは事実。しかし、「価値相対主義」が自閉的な自己絶対化につながるという危険性は、形を変えても同じ問題として残っている。ゆえに、思想史的観点からマンハイムを読むというよりも、彼の構想の現代的アクチュアリティの方に関心がある私である。そして、以上のような「動的全体綜合」が可能な人を数多く輩出する民主教育・シティズンシップ教育が、私のなすべき仕事なのかもしれない。そのためには、何よりもまず自分が自分を磨き続けなければ。
2007.04.26
朝起きて、鏡を見ると…げげげ、まるで“ものもらい”のように、左目が腫れぼったくなっている。特に痛いわけでも痒いわけでもなく、熱を帯びているようでもなかったので、最初は気づかなかった。何か悪い菌でも、寝ている間に入ったか? そして、気づいてしまってから、頭痛を感じたり、左目が空かなくなってきたり…。う~ん、いかん。しかし、この程度で済んでいると感謝すべきか。追伸: 医者に行く時間がないため、出勤して職場の保健室に行き、点眼薬と眼帯をもらう。まるでキャプテン・ハーロックか、『ダグラム』のJ.ロック、はたまた『バクシンガー』のカシム・タロン(伊東甲子太郎)のようだ。実は眼帯をつけるのは、生まれて初めてなのだ。これほど歩行が困難になるとは…階段には気をつけないと(汗)。
2007.04.26
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Miracle Change!Docking Formation!往年の、トミー製「奇跡合体イデオン」や、アオシマ製の1/600スケールモデル「イデオン」に飽き足らなかったファンにとっては、信じられないほど素晴らしい出来の超合金魂「イデオン」であろう。文字通り「復活のイデオン」と言ってよい。いろいろ難点がないわけではないが、もともとの設定が変形・合体の面でつじつまが合わないのを、ここまで計算して設計・開発しているのには、脱帽するよりない。サブマリンおよび樋口メカのこうした再立体化によって、かつてのタカトク製「超変形ブライガー」や「爆走合身バクシンガー」を越えるものが超合金魂シリーズで発売されることになるかどうか…サンライズものでないから無理かな? いやいや、国際映画社作品を考えるなら、他に「バルディオス」や「ゴーショーグン」だって名前が挙がるぞ、1980年代前半!『イデオン完全設定資料集』(一迅社)も今さらのように刊行された。冒頭の、湖川友謙氏によるアートコレクションは見事だが、しかしここに載っていない名画が多々あることを知っている私の目から見ると、いささか物足りない。しかも、当時のアオシマ製のイデオン・シリーズは、模型の出来としてはガンプラに大いに劣ったかもしれないが、ボックス・アートはガンプラ以上に素晴らしい出来のものばかりだった。これらが掲載されなかったことも惜しい(そう言えば今思い出したが、「アオシマじゃよ、アオシマじゃよ、カッカッカ」という、トンデモCFもあったなぁ…スラングル・シリーズも含めて)。が、ともあれ一連の「復活のイデオン」に弾みがついて、キングレコードから総音楽集CDが発売されるかどうか?? 追伸: ボタン一つでワンタッチ変形の「ミラクル・チェンジ」は、もともと『タンサー5』だったなぁ。昔スカイ・タンサーを持っていた私…。
2007.04.25
まだ、ドラゴン山田と不調との戦いは続いていた。「希望に燃えて 怒涛に向かい たとい貧しき 身なりとも 人が笑おが あざけよが じっとこらえて 今に見ろ」人の力量のひとつは、どこまで耐久性があるか(忍耐力)なのだろう。巌窟王のごとき…。
2007.04.25
「うそつきは泥棒の始まり」――という言葉は、もはや死語なのか。うそをつくのも平気、泥棒になっても平気、信頼を裏切るのも平気…そんな社会になっているというのか。各地の原発の臨界事故が隠蔽され続けていたという『クローズアップ現代』を見つつ、そう思う。この問題に限らない。調査をしても事実を隠す。「すべて情報は出した」と言いながら、後でさらに真実がボロボロと出る。バレると「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、ぬけぬけと「再発防止に全力を注ぐ」などと決まり文句を言う。そんな大人の醜態を毎日のようにテレビで見せられれば、子供にしてみれば「大人は言うこととやることが違う」「大人はうそつきだ」という話になろう。それでは、いくら「うそをついてはいけません」などと教わっても子供には説得力がなく、むしろ早くから「たてまえ」と「ホンネ」を使い分けるようになって行くだろう。真実を追究しようなどとは思わなくなるだろう。そして、大人を軽蔑しつつ、やがて長じて、自分もそうした社会に「適応」して、同じような大人になり、うそつき社会を再生産していくのだろう。そこに不正があっても「言えない」という体質。「言う」ともめごとがおこる。上司からにらまれる。面倒なことになって、自分が「悪者」にされいじめられる。そんならいっそ、黙った方が楽だ。――日常的にそういう場で、朝から晩まで労働していれば、このようなメンタリティになるのだろうか。自分を守るために。あるいは、黙っていれば、「自分の責任じゃない」と開き直れるがゆえに…。精神的に「碾き臼」にかけられているようなものだ。白を黒と言い、黒を白と言う「うそつき」もあれば、真実を隠すという「うそつき」もある。そして、真実を明らかにさせようという意識そのものが萎えていく…。このことと、真実を報道するという意味での「ジャーナリズム」が地に落ち、むしろニュースを作るために「やらせ」や「でっち上げ」を平気で行うこととの間には、連関性があるのだろうか。やがて、何が善で何が悪なのかが分からなくなる。いや、そもそもそんなことに、誰も関心を持たなくなる…そういう社会に住みたいとは、私は思わない。では、どうするか――。
2007.04.24
今年4月6日の日記「ゆかしい底光り」から抜粋、再録。――――――――…日付変更線を越えてしまってから、ふと吉川英治氏の懐かしい言葉に出くわす(「焚き反古の記」より)。「およそ『自分ほど苦労した者はありません』などと自ら云える人の苦労と称するものなどは、十中の十までが、ほんとの苦労であったためしはない」「ほんとに人生の苦労らしい苦労をなめたにちがいない人間は、そんな惨苦と闘って来たようにも見えないほど、明るくて、温和に、そしてどこか風雨に洗われた花の淡々たる姿のように、さりげない人がらをもつに至るものである。なぜならば、正しく苦労をうけとって、正しく克ってきた生命には、当然、そういうゆかしい底光りと香いが、その人の身についているはずのものだから」「ゆかしい底光り」――何と含蓄のある表現だろうか。苦労をバネに成長する人、苦労して生命を精錬する人、苦労してつぶれてしまう人、苦労して根性が捻じ曲がってしまう人、苦労して「俺は偉い」と慢心を抱く人…さまざまな人間模様ではある。
2007.04.24
わずか2日前に、「調子に乗ってはいけない、いい気になってはいけない」等々と、軽薄さを戒める日記を書いたばかりだった。今日の2時限目の授業では、私がにこやかに講義をするのをいいことに、受講生がずに乗っておしゃべりをはじめる空気がありありと見えたので、例によって例のごとく「豹変」し、腹の底から「一喝」する。「うるさいっ!!」――「1回目の授業で言ったはずだ。授業中に私語はするなと。しゃべるなら出て行け! そして2度と来るな! なめるな!! 私は、ユーモアは大好きだ。しかし、ふざけは大嫌いだ。ユーモアとふざけの区別がつかない者は、最初から大学へなど来るな!!」…と、1分ほど徹底的に「撃破」した後、呆気にとられている学生たちにおもむろにプリントを配布し、何事もなかったように授業を進めた。調子に乗ってはいけない、ずに乗ってはいけない。私は「一撃離脱」でバッサリたたっ斬る。「叱らないこと」が優しさなのではない。「訓練してあげること」が真の優しさなのだ。
2007.04.24
ソ連崩壊後のロシアの大統領を務めたボリス・エリツィン氏が死去した。1990年代初頭の、颯爽と登場した(かに見えた)姿と、晩年の憔悴しきった姿とは、極めて対照的であった。私は旧ソ連政治やロシア政治の専門家ではない。だから印象でしかモノが言えないのだが、論文でないブログでのことだから許されるだろう。1991(平成3)年夏のモスクワでのクーデター、および年末のソ連崩壊、私はそれらにエディンバラ留学中に接した。1991年12月27日付けの、ソ連崩壊を報道する朝日新聞の衛星通信版を、私はベルリンで買った(色は変わってしまったがそれは今でもとってある)。その朝日の社説で、ペレストロイカに失敗したゴルバチョフが所詮は「保守的」な政治家であり、エリツィンこそ民衆の心をつかんだ民主的なリーダーだ、という内容が書かれていたのを読み、「これが天下の朝日の言うことか」と呆気にとられたのを今でも思い出す。私には、エリツィンは単に民衆を扇動した強権的な政治家にしか見えなかったからだ。今風に言えば、「ポピュリスト」とでもなろうか…。今朝のNHKニュースでは、「ロシアを民主化したエリツィン氏が死去することで、90年代の改革の時代が名実共に終わったと言える」云々と報道されていた。それを聞いて、すぐに「ホントかよ?」と思ってしまう私。おそらくこの報道の仕方は、90年代という時代を象徴する政治家の死が重く、また90年代がまさに「歴史」になった、ということを表現したいのだろう。しかし民主化が「実現」したわけではないというラディカル・デモクラシーの目から見るならば、「民主化=市場経済化」と考えてショック療法を用い、結果的にロシア経済を破綻に導いた手法が、民主的だったのか。自身のやり方に異を唱えた議会を「保守的」として戦車で砲撃したエリツィン氏が、どこまで「民主的」だったのか。あの砲撃事件で「ロシアの民主化は殺された」という論評さえかつてあったのに、それはもう忘れられたのか? 共産党一党支配を終わらせたという「政治的自由主義」と、市場経済化するという「経済的自由主義」は、やはり断じて区別して考えなければなるまい。そうでないと、これから先、20世紀の歴史がどんな風に書き残されるか分かったものではない。そして、声を大にして言いたいが、少なくとも日本のメディアの、ゴルバチョフ氏への言及のなさは一体どうしたことだろう? ペレストロイカが結果的に失敗してソ連が崩壊したからといって、ペレストロイカなくしてソ連の民主化はあり得なかったのは事実だろう。ゴルバチョフが初来日した頃には日本のメディアはこぞって「20世紀を変えた政治家」などと持ち上げておきながら、ソ連が崩壊してエリツィンの時代になると、「ゴルバチョフは過去の人」みたいな扱いにされた。しかし、ゴルバチョフにしてもヴァーツラフ・ハヴェルにしても、彼らの思考と行動は実は十分に知られてもいないし検討されてもいない。それでいて「90年代の改革の時代は終わった」式の言説が流れると、思わず「そ~いう問題かよ!?」と言いたくなる。相も変わらずのマス・メディアの軽薄さを思わざるを得ない。ゴルバチョフのどこが「保守的」だったというのか? 彼は、ソ連が崩壊したら民族紛争がさらに悪化することを見通していたし、急激な市場経済化がどんな結果をもたらすかをも見抜いていたのではなかったのか。なのに、「ソ連の維持に固執した」からと言って「保守的だった」とされ、逆にソ連が崩壊したら今度は「ペレストロイカと民主化に失敗した政治家」とされる。ソ連を維持しようとしても非難され、ソ連を崩壊させても非難される。何と無定見な批判か。なお確認だが、ソ連末期の1990年2月、複数政党制を導入して一党支配を事実上終わらせたのは、まぎれもなくゴルバチョフその人であった。エリツィンという一人の政治家が死去したからといって、そうしたひとつの出来事によって、改革の「時代」が「終わる」ということはあり得まい。合掌。
2007.04.24
ひゃ~、届いた届いた、Jeff Goodwin and James M. Jasper eds., Social Movements: Critical Concepts in Sociology, 4 Vols. (London: Routledge, 2007)。まだ目次をパッと見ただけだが、大衆社会論の古典的な論文から、今風の社会運動論までの諸論文を、一通り網羅しているではないか。「ほら見ろ」という感じである(笑)。去年発注したのだが、年度内に届かなかったため、今年度の研究費での支払いになる。それにしても、この4冊で202,419円とは、値がはるものだ。とても私費では買えない…。
2007.04.23
燃えろ青春!(『アローエンブレム グランプリの鷹』挿入歌の3番)「どんな闇でも いつかは終わる 明日の夜明けを 呼びにゆけ 夢はでっかい青春同士 同じ未来に生きるんだ 歌え太陽 われらのために 燃えて燃えて また燃えて 燃え上がれ 俺たちは青春同士 青春同士」降り止まない雨などない。夜明けの来ない夜などない。永遠に冬が続くことなどない!
2007.04.23
燃えろ青春!(『アローエンブレム グランプリの鷹』挿入歌の2番)「嵐吹く日に 初めて知った 握る手と手の この力 いつも一緒の青春同士 同じ涙の味に泣く 何も言うなよ 目を見りゃ分かる 燃えて燃えて また燃えて 燃え上がれ 俺たちは青春同士 青春同士」
2007.04.22
何事につけ、調子に乗ってはいけない。いい気になってはいけない。そうした軽薄さは、勝った時に負けの因を作る。「勝利の途に立ちはだかる魔と私は戦っているのです。あなたがたは、作戦が少しばかり軌道に乗ったからといってすぐ得意になる。とんでもないことです。驕慢という魔にたぶらかされてることに誰も気がつかない。そして些細なことからいたずらに感情的になって、敵を忘れて、お互いに批判し傷つけあっている。なんということか。」本当の戦い方――それは、常に自分の心を問い直すところにある。人ではない、自分だ。
2007.04.22
今年4月13日の日記の再録。――――――――強風の深夜に思う――。人はなぜ、同じ失敗を何度も繰り返すのだろう? なぜ、いろいろな「経験」をしてもそこから「学習」しないのだろう?人はなぜ、「自分のやり方」にこだわり、そのまま「生き方」まで固まってしまうのだろう? なぜ、それを「自分らしさ」だと思い込んでしまうのだろう?人はなぜ、「正論」に素直に耳を傾けることができないのだろう? なぜ、忠言は耳に逆らうものなのだろう?人はなぜ、共通の目標がありながら、心を合わせることができないのだろう? なぜ、心がバラバラなのに形だけ型にはめようとするのだろう? なぜ「団結」を、そのようにしか理解しないのだろう?人はなぜ、「頭で分かっていること」と「自分がやっていること」がズレていることに気づかないのだろう? なぜ、「分かっているつもりのこと」をさらに掘り下げて考えようとしないのだろう?人はなぜ、「自分の今の考えとは違う考え方も、あるかも知れない」とか「同じ目標を達成するにしても、別のやり方もあるかも知れない」という想像力を働かせないのだろう?人はなぜ…、問いは尽きない。
2007.04.22
「夕陽に立つウルトラマン」ではない。真冬に戻ったような数日が過ぎ、再び春の暖かさが戻りつつある。17時。夕陽が差し込む研究室。おとといから急に体調が軽くなり、肩こりは相変わらずであるものの、あれほど言われ続けた「かなりひどいですね」という悲惨さは陰を潜めた。体の芯に染み入るような夕陽の温かさと、青空の下で散りつつある濃いピンクの八重桜は、自然に私をシェフィールド時代へと引き戻す。折りしも今、訳しているのが、シェフィールド時代に大学図書館の窓際の席で読んでいた C. Pateman, The Disorder of Women。どんな劣悪な環境にあっても、精一杯ベストを尽くしていけば、最後には必ず勝利の活路が開ける――そのことを、またしても身を持って体験しつつあるのが、この1年間を経た今なのかもしれない。
2007.04.21
Pateman 訳を夕刻サクサク進めた後、19時半に N林宅で K嶋さんと合流。ささっと地域内を回る。Yがみ団地内の、しばらくご無沙汰してしまった Y田くんの顔も見ることができた。開口一番「ちゃんと食べてる?」と尋ねてしまった私。(4月21日記す)
2007.04.20
官僚主義的になってはいけない。なのに、そうなっている人ほどその自覚がない。自分の周りに人を集めようとするのでなく、自分の側から相手の方に会いに行く。足を運ぶ。最前線の空気を肌で感じる。そうした「現場第一主義」が、すべての前提になければならない。その忍耐強い積み重ねの末に、初めて人が集ってくるようになることを知れ!
2007.04.20
険難の道 君も往け 君も往けいざいざ我らの 新世紀「丈夫」の心で――
2007.04.20
夕方あわてて食事を済ませ、しばらく偏頭痛で苦しんでいたという K野氏と19時に合流。W松町内をサクサクっと回ると…おぉ~、これまでほとんど会えたことのない K向氏(兄弟のお兄さんの方)に会えてしまったではないか。むちゃむちゃ話が弾んでしまった。しかも、同居しているお婆様が、青森県出身であることを知る。同じ東北人じゃないですかぁ(八戸ナンバーの車を乗り回している私は、福島県出身ですが)。遠からず自分のお店を開くかもしれないという K向氏。夜のお仕事の世界もいろいろあって大変なようですねぇ。(4月21日記す)
2007.04.19
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説教じみた道徳論や、モラリズム的な正論に、人が耳を貸さなくなってから久しい。内容が正論であればあるほど、リアリティのない「きれいごと」にしか聞こえないのだろう。そういう「死せる精神論」には皆、飽き飽きしている。もっとも、飽き飽きしている理由は単純ではあるまい。少なくとも、「言ってることとやってることが違うじゃん」みたいに、「きれいごと」が「たてまえ」でしかなく、それを語っている人間自身が実はそれを心底信じてはいない、という「二枚舌」的な社会になっていることは、悲しい事実ではあるまいか。しかし同時に、何の精神性もなければ、人間は生きられるものではない。いかに制度や組織を整えても、うまく機能しない。いくら行動しても、空転する。結果が出ない。そうした場合、往々にして、「何のため」という根本の理解が欠落しているか、あるいはそれを知っていても「言葉だけ聞いたことがある」というレベルで終わっているのではないか。現実に結果を出すためにこそ、精神論が必要になる。ここで言う精神論とは、「きれいごと」や「空理空論」のことではない。人々を内発的に「よし、やろう!」という気にさせる、リアルな根本精神のことだ。根っこの部分、ラディカルな部分を、「分かりきったことだ」と済ませてしまうのではなく、しつこいくらいに繰り返し想起し、常に再確認し、触発し合っていく。そういう作業を、言葉を、惜しんではならない。人々に「心からの」納得を与えることができる精神論は必須であり、それが出発点にあってこそ、行動も制度も価値的に活きる(「活の法門」という言葉さえあるのだから)。気をつけなければならないのは、いまだに日本人のメンタリティのどこかにあるかもしれない、悪しき精神論であろう。やれ「根性」だ、やれ「気合い」だ、やれ「頑張れ」だ…等々。根性も、気合いも、頑張ることも、もちろん大事なのだが、それが一歩間違うと、良識を踏み外し、その場限りの勢いにまかせた「玉砕主義」につながりかねない。そういうのを、「桜のように潔くパッと散る」とは言わない。玉砕主義が「勇気」であるはずがない。ただ単に「野蛮」なだけだ(そういう輩に限って、何かにちょっとつまづくと、すぐに落ち込んで挫折を決め込む。軽薄な勢いは、救いがたいほどにもろいのだよ)。確かに、「常識」を打ち破る勇気は必要だが、しかし日常性から遊離して「良識」をなくすのは大いに問題だ。悪しき精神論を唱える人間がトップにいる世界は、ヒサンである。あたら有能な人材を殺してしまい、死屍累々たる屍の山を築くことになろうから。結果責任を取るということを知らない、底の浅い精神論は、それ自体が毒になる。「蛮勇」はいらないのだ。声を惜しまず、言葉を惜しまず、常に「根本」を、「基本」を確認する――。あたかも、アディゴ隊の猛攻の中、死の間際までイデオン・ガンにエネルギーを送り続けたモエラのごとく、最後の最後まで「活きた精神論」を魂に送り続け、魂を活性化し、価値を生んでいかなければ。
2007.04.19
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数日ぶりに青空を見たような気がする。しかし、朝から冷たい強風が吹きまくっていて寒い。暖冬だったのに、春を迎えたら寒くなるとは。姿を現した富士山は、荒々しい冬山の様相だ。そんな朝、種々思う――「周囲から好かれ、信頼される人間」と、「誰にでもいい顔をする八方美人」とは、異なるだろう。どんなに立派な人格者でも、誤解や曲解によって非難を浴びることもあるし、結果的に「敵」を作ってしまうこともある。それを怖れて、言うべきことを言わないのでは、話になるまい。その意味で「八方美人」は、一歩間違うと「人間のクズ」となりかねない。「人間は、他者からの承認を得ることで、自分自身を支えることができる存在だ」からと言って、「あなたは私を理解すべきだ、受け容れるべきだ」と相手に要求するのは間違いだろう。「他者から承認され、支えていただくこと」と「他者に依存すること」は別だ。前者の場合、人は必ずや「感謝」と「報恩」の気持ちを持つことだろう。他方、後者は一歩間違うと「自分自身に生きていない」ただの駄々っ子と変わらないことになる。「青年は、平々凡々であってはならない。稲光が光り、雷鳴が轟くような一人一人であれ」――いい箴言だ。思わずダイオージャ風に「雷鳴剣!」と叫んでしまいそうな…。
2007.04.19
土井晩翠の作詞。「成否を誰か あげつらふ 一死尽くしゝ身の誠 仰げば銀河影冴えて 無数の星斗光濃し 照らすやいなや英雄の 苦心孤忠の胸ひとつ 其壮烈に感じては 鬼神も哭かむ秋の風 …」
2007.04.19
戦えば戦うほど、健康になり、智慧もわく――というような自分になりたいものだ。
2007.04.18
アメリカ・バージニア工科大学での銃乱射事件(32人死亡)も悲惨だが、伊藤・長崎市長の銃撃事件も許せぬ。1990(平成2)年、私が三島で修士課程の院生だった頃、当時の本島・長崎市長がやはり銃撃を受けた事件を、私は忘れてはいない。改めて、叫ぶ――「なぜ殺す!?」
2007.04.17
医者に!(力むなっ)
2007.04.17
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雨上がりの三島は、朝から厚い雲に覆われていた。しかも強風。かつ睡眠障害。「超人戦隊バラタック」改(どういう連関性だ?)。「熱い心で ドラゴン お呼びとあらば ドラゴン 俺は副長 体は弱いが いのちに流れる 無限の力 行くぞ悪党 怒りの一撃 くらえ! ○○! 走れ! ▲▲! 大空 海原 地の底までも 変幻 拡大 突き進む 俺はドラゴン 烈風烈風 ドラゴン 祈りを込めて ドラゴン お呼びとあらば ドラゴン 俺は副長 愚痴はこぼさないが いのちに流れる 智慧の力 群がる魔性に 反転攻勢 飛ばせ! ●●! うなれ! ▽▽! 大空 海原 地の底までも 変幻 拡大 突き進む 俺はドラゴン 烈風烈風 ドラゴン」○○や▲▲などには、お好きな武器を入れてください(核兵器と対人地雷と生物化学兵器を除く…苦笑)。
2007.04.17
まだ「今日」だったのか…。ちょっといいことがあると、いい気になる(慢心)。ちょっと悪いことがあると、落ち込む(卑屈)。――そんな弱く卑小な自分を変えるために、幾戦もの屍を乗り越えなければならないこともある。避けて通れぬ戦いに挑み続け、勝ち続けてこそ、厳たる富士のごとく微動だにしない自分が構築されていくのだろう。しかもそれは、感受性を失うことを意味しない。むしろ、右往左往する底の浅い感情ではない、より深く豊かな感受性を磨き上げることにつながろう。連続闘争、連続勝利。この無限の連鎖の中に、無限の成長があるのだろう。
2007.04.16
月曜日、雨、しつこい目まい…。
2007.04.16
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いかに多忙でも、どんなに体調が悪くとも、自分自身が抱える仕事は粛々と進めざるを得ない。Carole Pateman, The Disorder of Women (Cambridge: Polity Press, 1989) の翻訳。時間の合間を見つけては、1段落でも2段落でも前に進めないと。著者にお目にかかった年末年始の旅を思い出すべく、ガイキングの CD を鳴らしながら…(笑)。
2007.04.15
政治家であれ、公務員であれ、医者や法曹であれ、それになろうとする人は、選挙や試験に勝つために大いなるチャレンジをするのだろう。だが、小学校から高校・大学にいたるまでの間に、「難関にチャレンジする」という競争的メンタリティを一面的に身につけてしまうと、「チャレンジ」し「難関を突破」することそれ自体が目的になってしまう。「何のために、それを目指すのか」を問うことを忘れてしまう。その結果、さまざまな特権や特典を持ったり、国家によって身分を保証されたりする立場についた人間が、民衆に奉仕するという当たり前の感覚を持たないまま「ハイソ」な世界を形成してしまう。…それは私にとって、嘔吐感をもたらすものでしかない。人の心がわからない政治家や公務員や法律家だらけの国に住む民衆は、不幸である。では、それを変える戦いを、誰がするのか? 残念ながら、必ずしもそれは、いわゆる「無党派市民」ではなさそうな気がする…。
2007.04.15
健康維持も、労働も、いや、生きることそれ自体が「戦い」であるならば、所詮、勝つ以外に道はない。――1996(平成8)年10月7日、北海道大学での日本政治学会から戻った日から、貼り付けてある言葉に目が留まる。「戦いは断じて勝て 勝たねば 泣くだけである にぎやかに戦え 朗らかに勝て!」当時は八戸時代だったが、遅々として進まない Ph.D. 論文執筆に焦りを感じつつも、「一度戦いを起こしたならば、勝つまで戦わなければならない。途中であきらめるくらいなら、最初から戦いを起こさない方がよい」と、いつも自分に言い聞かせていたものだった。その根本精神は、今も変わらない。
2007.04.15
「むざむざやられるか!」と言いつつも…、目まいは続くよどこまでも(汗)。
2007.04.14
「かなり疲労してますね」――鍼灸の S山師に言われる午後。「地震・雷・火事・おやじ」ならぬ「頭痛・耳鳴り・こり・目まい」に苦しめられたこの数日。脳細胞を破壊するゲル結界に攻撃されたかのようだ。数日ぶりに富士山が見える、暖かな陽光の降り注ぐ三島。その温暖さが、体に沁みるように感じられる…。「むざむざやられるか!」
2007.04.14
強風の深夜に思う――。人はなぜ、同じ失敗を何度も繰り返すのだろう? なぜ、いろいろな「経験」をしてもそこから「学習」しないのだろう?人はなぜ、「自分のやり方」にこだわり、そのまま「生き方」まで固まってしまうのだろう? なぜ、それを「自分らしさ」だと思い込んでしまうのだろう?人はなぜ、「正論」に素直に耳を傾けることができないのだろう? なぜ、忠言は耳に逆らうものなのだろう?人はなぜ、共通の目標がありながら、心を合わせることができないのだろう? なぜ、心がバラバラなのに形だけ型にはめようとするのだろう? なぜ「団結」を、そのようにしか理解しないのだろう?人はなぜ、「頭で分かっていること」と「自分がやっていること」がズレていることに気づかないのだろう? なぜ、「分かっているつもりのこと」をさらに掘り下げて考えようとしないのだろう?人はなぜ、「自分の今の考えとは違う考え方も、あるかも知れない」とか「同じ目標を達成するにしても、別のやり方もあるかも知れない」という想像力を働かせないのだろう?人はなぜ…、問いは尽きない。
2007.04.13
パソコンの前に座っていられないくらい、体中がこわばっているゾ(特に、首・肩・背中)。頭脳も回転しない。次々と、提出書類は増える。ど~する?
2007.04.13
以前アマゾンに発注をかけていた、Iris Young (1949-2006)に関する2つの本、Iris Marion Young, Global Challenges: War, Self-Determination and Responsibility for Justice (Cambridge: Polity Press, 2007) と Mitja Sardoc ed., Citizenship, Inclusion and Democracy: A Symposium on Iris Marion Young (Oxford: Blackwell, 2006) が届いた。アマゾンで見た時には、勝手に分厚い本を想定していたが、いざ届いてみるとその薄さに拍子抜けした。まだざっと目を通したに過ぎない。前者に関しては、必ずしも遺稿集というわけではなさそうである(だが、著者の紹介においては、Young がシカゴ大学の教授「だった」と過去形で書いてある)。出版作業の最中に亡くなってしまったということか。私がかつて慣れ親しんだマンハイムの場合のように、未発表の諸原稿を弟子らがまとめて遺稿集として出版する、というようなことはあるのだろうか。他方、後者については、サブタイトルから最初、亡くなった Young の追悼シンポジウムでも開かれてその成果がまとめられたのかと想像していたが、どうもそうでもなさそうだ。極めて興味深いのは、Young のシティズンシップ論やデモクラシー論が「教育(education)」という観点から議論されている論文集だという事実だ。紹介文では、こうした分野はこれまで無視されてきたという言及がある。私が大衆社会(論)への関心以来ずっと温めてきた構想と、見事に一致する方向性が、一度も個人的にお目にかかることなく亡くなった Young によって展開されているとは…。これは、偶然の一致なのだろうか?なお余談だが、Young の Global Challenges の方には、John Keane 教授の論文「恐怖とデモクラシー」が引用されている。私はこれを、2004年、ロンドンで2度目に Keane 教授と会う前に、ウェストミンスター大学のウェブから入手していたのだが、それが収録されている本があるとは。Young のこの本で初めて知った。アメリカ人である Young のこれまでの主要著作には、Keane 教授や David Held 教授のような英国在住の政治理論家への言及はほとんど見られなかったと記憶するが、晩年には彼らとの交流があったのだろうか(出版社も Polity だしな)…。
2007.04.12
やばい、朝から、頭痛の上に耳鳴りもするゾ。ぎゃおす。肩こりもひどく、とても長時間ネクタイなどしていられない。
2007.04.12
人を掌握していく場合には、二通りある。それは全体の掌握と個人の掌握である。個人の掌握とは、人間と人間とのふれあいである。これがあって初めて、全体はつかめる。初めから全体を掌握するような、大まかなやり方では決して充実しない。また個人的なつながりだけだと、そこに親分子分のような派閥をつくってしまう。この個と全体の掌握ができてこそ本当の戦いができるのだ。――と、1991(平成3)年エディンバラ時代以来、何度反芻したことか。
2007.04.12
うぅ、頭痛の上に目まいまでするゾ。この状態で、いかに K森氏や K合氏ら盟友を支えるのか――。
2007.04.11
このブログを開設して間もなく2年。とうとう、1日平均アクセス数が129となった。ひところ、日記を更新する度に yournet.ne.jp とやらに荒らしまくられ、無意味なアクセス数上昇が続いたが、最近は鳴りを潜めたようだ。しかしそれに替わるように、ucom.ne.jp とか infoweb.ne.jp とかいうアクセスが増えている。いずれにしても、意味不明であることに変わりはない。
2007.04.11
中国の温家宝首相が来日、安部総理大臣と首脳会談を夕方より行っている。
2007.04.11
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