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遠藤周作の本を、私は決してたくさん読んではいない。それも小説ではなく、エッセイばかり読んできた気がする。が、戦後日本を代表する作家であったことは事実であろう。敬虔なカトリック教徒。結核により、志半ばでフランス留学を断念。37歳からは2年間入院し、1年に3度にわたる手術も強いられたという。同世代の作家が活躍する中で、その2年間の入院生活が、無念と焦燥の念に塗り込められたものだったかと想像すると、胸が詰まる。しかし、「私は手術によって七本の肋骨を失い、片肺を切りとられたが、私が獲たものは七本の肋骨や片肺よりも、もっと大きなものだった」という。それは――命に及ぶ大病との格闘を通して、悩める人や弱い立場にある人への温かな眼差しを獲得したことであった。1996(平成8)年に没した遠藤周作が、21世紀を遠望した言葉が残っているそうだ。「宗教をこれほど人々が希求する時代はないにもかかわらず、宗教が現代を支えられぬままになっているのが二十世紀の宗教である。だがやがて必ずそれらすべてを支えるものが生まれてくる」(『春は馬車に乗って』)。
2007.09.30
今日で9月も終わり。明日は衣替えである。しかし、ここ数日急激に寒くなってきたと思ったら、どうも今週はまた暑さが戻るらしい。天気予報によれば、半そでをしまうのはまだ早いとのことだ。疲れ果てて9月の下旬を迎え、かなり心理的にも追い詰められていたような気がする。だが、労働を再開して最初の1週間を何とか乗り越えてみると、自分のリズムをどうすれば作れるかが少しずつ見えてきた気がする。あまりの心身の調子の悪さと、なすべきことのあまりの多さに、1週間前は恐怖心にも似た心持だったのだが…。人間の能力や知恵など、大したものではない。その次元だけで戦おうとするから、行き詰るのだ。力まなくとも、自分に鞭を打たなくとも、今抱えていることはできるはずだ。それらができるだけの、根源的な力を「開く」しかない。
2007.09.30
冷たい雨が降る中、午前中、ダイニングテーブル類が届く。これで、リビングのソファーで食事をしていた生活からおさらばである。う~ん、文明開化だ。今日はこれから、止まない雨の中を伊豆長岡だぞ。
2007.09.30
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ナックル星に運ばれたウルトラマンの墓場はどこか? 第39話「ウルトラの星光る時」である。言うまでもなく、初代ウルトラマンとウルトラセブンが登場するという、ウルトラシリーズ初の「夢の共演」のエピソードであり、1971年の本放映時には『帰ってきたウルトラマン』最高の29%余りの視聴率となった。後の「ウルトラ兄弟」という設定を生むことになったのは事実だろう。ただし、この話では、初代マンとセブンが為したのはあくまで、エネルギー切れで捕らわれたウルトラマンを救出することまでであり、ブラックキングとナックル星人との戦いにこの二者が加勢することはなかった。あくまで郷秀樹=ウルトラマンが、自らの力で決着をつけるのだ。この点、『ウルトラマンA』以降の「ウルトラ兄弟」とは決定的に異なると私は思う。また、「ウルトラ兄弟」という言葉が最初に語られたのは、最終回「ウルトラ5つの誓い」だが、後番組である『ウルトラマンA』の存在を考慮しなければ、本編の中ではこの表現は単なる比喩だともとれる(無論、製作者の側としては、後番組への伏線としてこの言葉を差し込んだのだろうが)。それにしても、この第39話を観る度に、「郷秀樹とは孤独なヒーローなのだな」という思いを新たにする。アキと坂田がナックル星人の手にかかり、MAT隊員たちもまた宇宙人に操られてしまう中、孤独なリターンマッチに挑む郷。戦いとは、所詮は「孤独な自分」との戦いなのだろう。(9月30日記す)
2007.09.29
「中流砥柱我開路 誰能逆轉新潮流」(怒涛に揺るがぬ柱となりて道を開かずば 誰人が新しき潮流へと転換しえようか)(9月30日記す)
2007.09.29
朝起きたら、のどが痛い。しかし、土曜日の今日も出勤。これから先、しばらく、土日に休みはない。体力を、労働力を、どうすれば回復できるのか…。
2007.09.29
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著しく疲弊しきった1日。相変わらず、首から肩にかけては鉄板のように凝り固まっている。背中には硬い鉄パイプ、腰にはかなりの負担。食事をきちんと摂っていても、エネルギーは補充されていない。このような状態の1日の終わりに、なぜか観ようと思い立ったのが、『帰ってきたウルトラマン』第38話「ウルトラマン夕陽に死す」。言うまでもなく、宇宙人の策略にかかり、郷秀樹=ウルトラマンが敗れてしまうエピソードだ。過去に何度も見た、分り切ったストーリィのはずなのだが、時として急に見直したくなる。夕陽を背景にして、ブラックキングとナックル星人に挟撃されエネルギー切れするウルトラマンの姿は、疲弊しきった時の自分といつも二重うつしになる。「太陽エネルギーをくれ! 頼む、太陽エネルギーをくれ! 私はここで倒れるわけにいかないのだ!」との悲痛な叫びとともに…。 周知の事実だが、主題歌はすぎやまこういち氏、BGM は冬木透氏の作曲。1980年代には、前者は『伝説巨神イデオン』を、後者は『太陽の牙ダグラム』を、それぞれ手掛けることになる。(9月29日記す)
2007.09.28
いかん、倒れるか?
2007.09.28
いつもブログ上でお世話になっている yakko さんから、素晴らしい贈り物が届く! 北海道の旧・厚田村の名品「厚田亭そば」! 麺類に目がない私にとっては、この上なく有難い贈り物である。合併によって、今や厚田村とは呼ばないのだろうが、現在の名称がいま一つ思い出せない。しかし、しばらく北海道に行っていない私に、寒さを間近にした北の国から、心温まる贈り物。yakko さん、誠に有難うございました!!
2007.09.27
インドネシアに1年間留学していた T田君が帰国し、私の今日の3時限目の授業に出現した(最初は気付かなかった…汗)。留学中、大きな事故や病気などといったトラブルにもあわなかったとのこと。善きかな善きかな。人生が変わる経験をしただろうか? かつての私の授業で、John Keane の厄介な英文を読んでいた彼にとっては、今使用している Carole Pateman の英文はきっと簡明に違いない(内容が簡明かどうかはともあれ)。
2007.09.27
ここで一句。「顔色が 悪いと言われて 何日目?」こりゃこりゃ。う~ん、詩心だ(←おいっ)。
2007.09.27
どうもおかしい。私の職場メルアドに届いた電子メールは、自宅にも転送されるようになっている。実際、そのようにきちんと機能している。ところが、職場の自分のパソコンから自分の自宅あてに送ったメールは届かない、ということが今週続いている。なぜだ? 謎だ! 奇々怪々。
2007.09.27
これぞ、究極だ。「偉大な人格には真心の輝きがある。人徳とは誠実の結晶である。」
2007.09.27
ヨーロッパ渡航中に持参しながら、とうとう満足に読めずじまいだった、John Keane ed., Civil Society: Berlin Perspectives. 書評を書かなければならないから、いい加減そろそろ読まなければまずい。鞄に放り込んで上京。新幹線の中、およびスタバの中で、Keane 教授の書いたイントロダクションを、興味深く読み進める。読みながら脳裏に蘇ってきたのは、私のベルリン体験、および勉強体験であった。初めて東西ベルリンを訪れてショックを受けたのは、20年前の1987(昭和62)年、大学3年の夏であった。が、その頃は満足に近現代ドイツ史を勉強したことがないままだった。やがて英国期カール・マンハイムの研究をするようになり、彼を英国亡命に追いやったナチズムとは何だったのか、ワイマール共和国はいかに崩壊したのか、等々を時代背景として(中途半端ながら)勉強した。そうした20世紀前半のヨーロッパ政治史の勉強からは、しばらく遠ざかってしまっていたが、Keane 教授の原稿を読み進める中で、過去の自分の勉強の記憶が断片的に刺激された。特定の都市という観点から、歴史的・社会学的パースペクティヴのもとに、市民社会論を論じる――重要なことであろう。さて、これから1か月余りの間に、英語でいかなる書評が書けるやら??
2007.09.26
水曜日は東京で仕事。三島駅を9時12分発のこだま号に乗るべく、徒歩で駅へ向かう。途中、複数の同僚とすれ違ったが、S藤氏には「体調悪そうですね。顔色が悪いですよ」と言われる。げげ~。まぁ、今の体調の悪さは、過去10年余りに蓄積された無理が一気に押し寄せてきているものだから、そうそう簡単に収まるものではあるまい。もっとも、日が暮れた18時に三島に戻り、夜、お疲れの盟友・K森氏には、「ヤマダさん、顔色いいですね」と言われる。東京での労働の後、自分に起こったのは、トランスフォーメーションか、はたまたメタモルフォーゼか。確かに、1週間前の今日であれば、夕刻三島に戻ってから自宅までは、重い体を引きずるようにフラフラ歩いて帰宅したが、今日の夕刻は駅から家までまともに歩けた。今日の方が少しはましだった、ということか。
2007.09.26
満月。中秋の名月であったかっ! お月見だっ!
2007.09.25
日本の憲政史上、初めての、父子の総理大臣だそうな――かつての福田赳夫総理大臣の息子、福田康夫氏が、ねじれ国会の両院協議会の結果、第91代の内閣総理大臣になった。自民党総裁選挙の期間中の報道を見ていて、素人ながら種々考えた。――1党の総裁(党首)を選ぶ「自民党内の」選挙なのに、何であんなに全国を回るのだろう? 誰に対して訴えているのだろう? 投票権のない一般国民にアピールしても、何の意味があるのだろう? …等々。そりゃまぁ、自民党の総裁が事実上、首相になるわけだから、単なる「党内」の問題では済まず、一般国民の支持を背景に党員の選挙を動かしていこうとしたのだろうが、それにしても何となく奇異に感じた。他の党が党首を決める際も、マスメディアは、あれだけの注目をし、同じだけの時間を割いて報道するだろうか? 民主党の党首選挙ともなれば、それだけの報道をするのかも知れないが、それでも私はつまらない。ぜひ、公明党や社民党や共産党の党首が変わる時にも、あれと同じぐらいの注目度でガンガンに報道してほしいものだ。また、同じように奇妙に思えたのだが…あれだけ「政治不信」だの何だのと言われ、普段は「政治がおかしい」「政治家は信用できない」等々と言っているはずの国民が、いざ福田氏や麻生氏が街頭演説で地方を回ると、まるで有名人を追っかけるかのようにキャーキャーはしゃぎ、やたらと携帯カメラで写真を撮りまくり、挙句の果てには日の丸まで振ったりする。これは、一体どういうことなのだろう? そういうシーンがテレビで流されるのを見るたび、「私には理解不能」とずっと思い続けた私であった。さらには、メディアのあり方。自分たちがある意見を広く流しておきながら、キャスターが政治家に対して「今、○○などと言われているじゃないですか。どうお考えですか?」などとしれっと質問しているのを見ると、吐き気がする。お前らがそんな風に流してそういう「世論」なるものを作り出しているんじゃないのか? それを、「世間では○○などと言われている」などと、あたかもそういう世論が確立しているかのような言い方をメディアがするのは、犯罪ですらあるのではないか?とにかく、分からんことだらけである。
2007.09.25
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さて、届いたはいいが、いつ見るのか…。
2007.09.25
いささか寒々とした朝。比較的、起床は苦ではなかったが、それでも心身ともにだるい上に、昨日痛めたのどのためにちゃんと声が出ない。ともあれ、出勤した。教壇に立つようになって10年。学術者としても、また自分の生活面でも、転機を迎えているのだろう。自分のスタイルを変える必要はあるまい。それが自分らしさであるならば。しかし、莫大なエネルギーを投入しなければ仕事を成し遂げることができない、というこれまでのあり方は、明らかに限界だ。ひたすら消耗戦を演じ、肉体の限界を精神力ひとつで乗り越える、という類の戦いは、学生時代から身につけてしまったものだが、それをいい加減に変えなければならない。が、これまで「やってきた」こと、「体で覚えてしまった」ことを、変えるのがいかに困難であるかをも、痛感している今日この頃。連日、同じようなことを書いている気がするが…。
2007.09.25
おぉぉ~! 疲れきった夜中、寝る前の読書をしていたら、ヴィクトル・ユゴーの箴言で、かつて私が愛した言葉が出てきた。1994(平成6)年の暮れ、孤独と寒さのシェフィールドにいた私が、自分にも言い聞かせ、友にも贈ったこの言葉。なのに、久しく忘れていたぜぇ…。「逆境に在ってはまさに斯く叫ばねばならぬ、『希望! 希望! また希望!』と」(神津道一訳「追放」)(9月25日記す)
2007.09.24
いつでも新学期はそうだが、授業再開直後は必ず声が嗄れる。後期初日から3コマをこなした今日、5時限目の講義が終わったらもう声が出なかった。週の初めから3コマを抱える、この秋学期。新しく担当させられる科目も複数ある。抱えている原稿もある。果たして、走り通せるか…。智慧が必要になる、「体にこれ以上の負担をかけないで、なおかつすべてやりきる」という智慧が。
2007.09.24
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先週、久々に日本図書センターの K間氏に電話し、英文拙著 Democracy and Mass Society: A Japanese Debate の売れ行きを聞きつつ7冊追加注文した。それが、今日職場に届いた。そうそう売れるような本ではない。海外の研究者や大学図書館に寄贈する、という作業は、細々とでも続ける以外にない。
2007.09.24
世間一般では振替休日のはずなのに、出勤。いわゆる休日出勤ではない。うちの職場では今日から後期が開始なのだ。月曜日は何かと休日が多く、授業がつぶされることが多い。1学期中の授業回数を確保するため、この振替休日は後期授業の「初日」とされたのだ。夏休みも終わり(と言っても、私に休みらしい休みはなかったが)、とうとう後期が始まってしまった。さて、コマ数の増える授業、抱えている原稿、回復しない体力、どこまで戦い抜けるか? 11月ぐらいにでも、入院してやろうか??(あはは)
2007.09.24
体の疲弊が著しい。しかし、夜はサンダビーダ要塞へ。帰国して2週間近くたって、ようやく多くの友と再会できた。盟友・K森氏をはじめ、「ミスターG」こと W部氏、O串氏、T木氏、I渕氏、等々。さらには、来る予定でなかったはずの K向氏まで。やはり「善知識」と触れると、生命の奥からパワーが蘇ってくる気がする。この内発性を、真の意味での「ソフトパワー」と呼ぶのだ。もっとも、O串氏と I渕氏は目を丸くして「ドラゴンさん、痩せましたね!」と驚いていたから、ここでまたパワー全開にしたら間違いなく倒れるだろう。そもそも、全開にすべきパワーそのものがない、というウワサも…(汗)。(9月24日記す)
2007.09.23
英国で言う「セコハンショップ」にあたる、日本のリサイクルショップ。私は、ディスカウントショップはともあれ、リサイクルショップに関してはこれまで(売るにせよ買うにせよ)あまり縁がなかった。が、今日は珍しく、古い家電製品や家具類を車に積んで、国道246号沿いの裾野市のリサイクルショップに行く。もろもろ引き取ってもらうためである。どうせ二束三文だろうから、コーヒー代でも出れば御の字、ぐらいに思っていた。持ち込んだのはまず、八戸赴任時に買って10年あまりも使ってきた、古いテレビとビデオデッキ。特にビデオデッキは、英国留学中に買ったビデオ『UFO』見たさに買った、ヨーロッパのビデオテープも再生できるアイワ製のもの。かなり古いから、30円ぐらいになるか、場合によっては逆にお金を取られるか、ぐらいに思った代物だったが、何と何と、テレビもビデオも500円ずつ、合計1000で引き取ってくれた! これは望外の高額であるっ! さらに、サムスン製の DVD プレイヤー。これは、6年ほど前に、1万円台に値段が下がった時に買ったものだ。こいつのおかげで、『シルバー仮面』を皮切りに DVD ソフトを買うようになり、ドラゴン山田が唯一自宅でリラックスする場合の必需品となった。それは、1000円で引き取ってもらえた。ほかの家具や雑貨も含めて、合計2800円なり。すごいすごい、売れたぞ。思わぬ臨時収入だ。(9月24日記す)
2007.09.23
夕べ、Kさんの息子さんで浪人中の受験生を激励に行く。ついつい90分も話し込んでしまい、英国でのお土産も渡して帰宅。人を激励すると、自分も元気になる。やっぱりいいぜぇ。学問であれ教育であれ、その究極は「1人の人を元気にすること」だぜぇ。…などと悦に入っていたのもつかの間。風呂から上がった私は疲れきった顔をしている。なぜだ!? 体にはさほどの疲れを感じていない。むしろ元気になったつもりでいた。なのに、顔が、目が、疲れたオーラを発している。――ここに、私の根深い問題がある。夜、がんばって動いてしまって「元気になった気になってしまう」のだ。ところが、実は体は、「いいかげんにしてくれよ」と SOS のシグナルを何らかの形で発している。にもかかわらず、私はそれに気づかない。それを自覚しないのだ。その結果、「夜は元気」とか「夜型生活」みたいなパターンにはまる。そして朝、起きる時に異常に疲弊していて、這い出るように布団から出る。起床時に一番疲れきっていて、地獄のような状態で1日が始まる…。これは、夜に体が疲労しているのに自分がそれを意識しない、自覚しない、というところにすべて連動している。現に、首から肩にかけては異常に凝り固まっている(すでに、普通の人間のレベルではない)し、背中から腰にかけては、太い鉄パイプが入っているようである。案の定、今朝もまた、地獄のように疲れきった状態で起床した。こういう「頑張り方」は、もうダメなのだ、いい加減に気づけ、と体が訴えているかのようだ。きゃ~! 「夜、ぐっすり熟睡して疲労が抜ける。寝ている間は体もリラックスして、凝りもほぐれる。そして、朝はすっきり起きて体も軽く、元気に出撃する」――というような理想的な生活とは、全く正反対のパターンの生活を、20年あまりも続けてきたというわけだ。
2007.09.22
何て日本語だ? こんな「化」の使い方はあるまい(←確信犯)。約12日間のヨーロッパ渡航中は、ブログ更新が全くできなかった。当然のことながらアクセス数は落ち、出発前には1日平均143だったのが帰国した時には142になっていた。しかし、帰国して12日目の今日、いつの間にか145に増えていた。旅行中のブログを大量に更新し続けたからだろうか。感謝感謝。
2007.09.22
今回のヨーロッパ旅のブログ更新作業も、ようやく大詰めになってきた。帰国して10日余りも過ぎているのに、まだ記録を残し終えていないとは、よほど帰国後の体調が悪かったらしい。
2007.09.21
9月も下旬というのに、まるで真夏のような快晴の三島。実に久々に、富士山もくっきりとその姿を現した。来週からは、三島での講義も再開となる。いいかげん、体を職場モードに戻さなければならない。種々の仕事が待っていたので、出動。郵便物をファミマのポストに投函し、銀行に行って種々の支払いを済ませ、そしておもむろに出勤。思うように仕事がはかどったわけではないが、それでもここ数日の体調の悪さを考えれば、自分としては上出来だったろう。夏日は続くように見えるが、しかし汗が吹き出しそうな重苦しい暑さはなくなっているし、何より確実に日は短くなりつつある。秋はひたひたと接近中。
2007.09.21
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自宅のパソコンを買換え、Bフレッツに乗り換えてPLCを導入した時、業者から、複数のパソコンで同時にインターネットを使用するにはルーターを使う必要がある、と聞かされていた。昨日、半死半生の状態で東京から戻ってくる途中、秋葉原で有線ブロードバンドルーターを1つ購入してきたが、それを今夜、セットアップしてみた。とりあえず首尾よく行き、これでいつでも、もう1台のパソコンをつないでも大丈夫なところまでこぎつけた。やはりパソコンおよび周辺機器というのは、きちんと投資して使ってみない限り、覚えないものなのだな。
2007.09.20
帰国して10日、相変わらず体調が悪い。せっかくのいい天気だが、朝から頭痛で起床。午前中は満足に頭が回らなかった。両肩が、鉄板のように凝り固まっている。それでも、少しでも仕事を進めなければならない。Carole Pateman, The Disorder of Women の9章 "Feminism and Democracy" の訳出作業に、本格的に着手する時が来た。本格的とは言っても、また遅々として進まないのかもしれないが、しかしゼロはいつまでたってもゼロ。一歩でも進めれば前進である。
2007.09.20
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東京から帰宅して、死ぬほど疲弊しきっている。最近導入した薄型テレビで、DVD 『銀河旋風ブライガー』第1話「情無用のJ9」を再見。しかし、疲れきっている私はただボーっと画面を見ているだけ。たぶん、人間らしい顔をしていなかったに違いない(=非人道的顔面)。(9月20日記す)
2007.09.19
朝3時頃、目を覚ましてしまい、眠れなくなってしまう。しかも、体を横たえていても、少しも楽に感じない。えぇいとばかり、5時半には起きてしまい、パリ滞在記のブログ更新を少し進める。秋学期の授業のため、上京しなければならないのだが、自宅を出る時にはほとんど死んでいる。そのような状態で、体を引きずるように三島駅まで歩き、9時30分発のひかり号の中ではほとんど意識不明であった。よくもそんな状態で、労働してきたものだ。
2007.09.19
Yahoo! BB を解約した後、私がヨーロッパに行っていた9月3日を境に、私の本家 HP にアクセスができなくなっていた。ジオシティーズが使用不能になったからだ。今日やっと、改めてジオシティーズのサイトを確認し、ジオプラスを開始することで、もともとの私の HP がそのまま復活した。渡欧前に、ホームページビルダー11(アカデミック・パック)も買ったが、眠らせたままだ。できることなら、本家 HP も大幅に改良したいものだが…そんな時間はあるのか? 思うに、HP は、明確な目的と全体像、そして適切なカテゴリー分けができないと、よいものにはならない。自己表現とは、かくも難しいものか。(9月19日記す)
2007.09.18
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パリのブログ更新も、遅々として進まない。体重も55Kgまで減り、体を支えることがままならない。そんな中で、耳に繰り返し響くのは、『ラ・セーヌの星』の挿入歌「黒いチューリップ」。「きらめく稲妻だ 正義の剣だ 闇から生まれた 貴公子だ 闇のマスク その下に 燃える瞳 闇のマント その下に 弱い者を守る 花咲く騎士道 黒いチューリップ 轟くあの蹄 風切る馬だ 闇から生まれた 貴公子だ 闇のマスク 美しい 眉をあげて 闇のマント 謎秘めた その生い立ちを包む 花咲く騎士道 黒いチューリップ」作曲は、言わずと知れた菊池俊輔氏。1975(昭和50)年前後の氏の作品群のメロディー・タッチが、ここかしこにちりばめられている曲だ(特に、仮面ライダーアマゾン&ストロンガー、少年探偵団)。
2007.09.18
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衝動買いした CD が、昨日届く。 私は、大場久美子のファンだったという事実はない。彼女が『コメットさん』などに出演していた頃は、自分が中1あたりではなかったかと記憶するが、ほとんど関心がなかった。ただ、私の兄貴が一時期彼女にハマり、このアルバムの LP レコードを私もずいぶん聞かされた。懐かしくなって衝動買いしたに過ぎない。確かに、懐かしかった。私は、キョンキョンのファンだったという事実はない。むしろ、その歌い方といいアイドルとしてのスタイルといい、嫌いなタイプでさえあった。だが、高校の頃好きで聞いていた NHK FM「昼の歌謡曲」で、1984(昭和59)年3月にキョンキョンの特集があり、どういう風の吹き回しかそれをエアチェックした。その中には、割としっとりとした歌も含まれていて、悪くないと思っていた。それらが収録されている CD が、廉価で発売されたのを知ったので、衝動買いしたに過ぎない。確かに、懐かしかった。一方では、中森明菜の当時もののアルバムが、次々と CD 化されているようだ。私自身は、知る人ぞ知る、早見優のファンであったのだが。
2007.09.17
疲労感、めまい、立ちくらみ、体を支えられない足腰…だめだこりゃ(涙)。10日間海外旅行をすると、時差ボケの解消に10日間かかるという話。2週間の旅行の場合には、回復に2週間。私は今回は11泊12日だったから、本調子に戻るまであと5日はかかるということか??
2007.09.17
早朝に目を覚ましはしたが、背中が痛い。相変わらず、睡眠中も体が硬直している。こりゃあかん。等々と思いながら、夏のヨーロッパのブログを更新していたら、クロネコヤマトから電話が。自宅の古い冷蔵庫を、職場の自室に運んでもらうのだ。10時過ぎに自宅を出発。旗日である今日は、職場の正門に日の丸が掲げられていたが、そこを突破し、何とか搬入・設置してもらう。料金は5,800円。これで、わざわざ余計なお金をかけることなく、職場の自室に冷蔵庫が入った。八戸赴任時に買った、10年越し使用している冷蔵庫。さぁ、日々の労働がどう変わる?
2007.09.17
朝起きた時に体調が悪い、というのはいいかげん何とかならんか?それはともあれ、雨になるという天気予報を裏切って、青天の三島。なすべきことはなそうと、午後に出撃。数年使っておしゃかにした IBM のパソコンを、PC DEPO に引き取ってもらう。その後、「生活に必要なものは買うぞ」との決意のもと、ダイニング用品を一気に注文してしまうドラゴン山田であった。一度帰宅し、明日にでも自宅の古くなった冷蔵庫を職場に搬入すべく、休みにもかかわらず夕刻出勤。設置する場所の掃除・整理をし、さらには散らかっている自室を整頓して、搬入のためのルートを確保した(!! いかに普段汚しているか!)。17時。まだ残暑は続く。
2007.09.16
夜中に目を覚ましたら、壁に体を押し付けるように寝ているのに気づいた。「壁を破れ!」とばかりに、壁と格闘しながら寝ていたというのか。これじゃあ、いくら睡眠をとっても、体は硬直して疲労が抜けないよね。徹頭徹尾、戦闘態勢になっている私なのか…。
2007.09.16
部屋の大掃除を断続的に続けてきたが、いよいよ私の使わなくなった冬の古着にメスを入れた。すると…箪笥の奥から、未使用のTシャツが出てきた。「Art of Malaysia」と書かれてある。おぉ、これは! シェフィールド時代によく一緒につるんでいた、マレーシアからの留学生が、私が八戸に赴任するので帰国が決まった際に、プレゼントしてくれたものではなかったか! 10年間も眠らせてしまっていたということだ。ものを頂いた時、いつも悩むことがある。使うのがもったいなくて、開けずにしまっておくのがよいのか、それとも、使わずに眠らせてしまうことの方がかえってもったいないことになるのか、と。しかし、眠らせてしまって存在そのものを忘れ去っているとしたら、それこそ下さった方の思いを無にすることになるだろう。まだ残暑も続くことだし、このTシャツは思い切って使うことにした。10年ぶりに復活したシャツは、見事なくらいに真白である。(9月18日記す)
2007.09.15
届いた。10年間使った洗濯機に ABAYO。冷蔵庫も変身。さらには薄型の TV が。民放が自宅で映るなど、22年間(大学入学のため実家を離れて以来)なかったことだ。
2007.09.15
回復基調ではあるが、心身がまだ不安定。われとわが胸に戒める――地道であれ。愚直であれ。誠実であれ。
2007.09.14
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"In an Age of Reconstruction" だったら、カール・マンハイムの名著『再建期における人間と社会』の「再建期」だが、私の生活の面でも「再建期」(あるいは「変革期」)と言える。ヨーロッパに旅立つ前から感づいていたことではあるが、もはや私の身心は、従来型の生活ではやっていけなくなりつつある。私は昔から、直前になってバタバタ慌てるのが嫌なばかりに、何事も前もって前もってと準備を始める。その結果、常に忙しい。しかも、やることはどんどん増える一方。挙句の果てには、前もって準備どころか、直前になって一気呵成にやっつけることが増大した。そして、体を壊す――。あの自律神経失調症の地獄を見る中で、こうした自分には懲りたはずだったが、しかし職を得てから10年間、このパターンで走り通してきてしまった。疲れた体に鞭を打ってまで戦う、というスタイルが定着してしまった。それでは、もうもたないのだと、気づかされている…。ふと、岡村孝子の5枚目のアルバム『EAU DU CIEL』に収録されている曲「虹を追いかけて」の歌詞を思い出してしまった。この曲は、シェフィールド留学時代の後半(1995年秋)にも聴いていたはずだった――。「涙が止まらない 輝く朝焼けがまぶしくて 失くしたものばかり 数えてた毎日がおかしくて 人と争うことばかり 知らず覚えているうちに いつか感じる心さえ 失くしかけてた 素直なやさしさで あの日の私をとりもどしたい」私の場合は、「人と」ではなく「自分と」戦うことばかり覚えており、気がつけば24時間「戦闘態勢」で生きてきた面がある。昔からずっとこうだから、取り戻すべき「あの日」などないに等しいが、ということは「これから」変えて行かねばならないということだ。今回のヨーロッパでも感じたことだが、自分のこれまでの40年の人生の中で、自分の辞書になかった言葉、それは「安らぎ」だ。そんなものかなぐり捨てなければ、厳しい現実を生き抜いていけない、などと思っていたのだろう。だが、そうした生活に対して、身体が悲鳴をあげていたのに、これまでその悲鳴に耳を傾けることは少なかった。ともあれ、今の私には、これまで経験したことのない「大変革」が求められている。
2007.09.13
もう、終わってる。昨日は、水曜日であることを忘れていたし、今朝は今日が水曜日だと思い込んでいたし…。時差ボケは根深い。
2007.09.13
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久々にパリに行ったものだから、『聖戦士ダンバイン』第40話「パリ炎上」を DVD で再見。折れ曲がるエッフェル塔、炎に包まれるノートルダム寺院、焼き尽くされるルーブル宮、そして崩れ落ちるミロのヴィーナス…。初めてパリに訪れた1985(昭和60)年、私はこの「パリ炎上」を想起することはなかった。なぜなら、高2だった1983(昭和58)年の秋、修学旅行のため「パリ炎上」のエピソードは見過ごしていたし、まさか DVD で再見可能になるとは当時想像もしていなかったから。それにしても、パリが「古い由緒ある街」であることは事実だろうし、「人類の残すべき遺産」であることもその通りだろうが、しかしこの絢爛豪華な街や種々の文化財が、巨大な権力を背景に作られた面があることを、やはり忘れてはなるまい。(9月13日記す)
2007.09.12
だそうだ。これで民主党は、政権交代を目指して衆議院解散を迫ってくるのだろうな。共産党は、「自民党政治は末期的だ」と、分かり切ったことを言っているらしい。少なくとも、民主党が政権政党になることに期待はしていない私。大臣が何人も辞任した内閣と、不祥事を起こして議員を辞職するのが何人もいる野党第一党との間に、質的な違いがあるとは思えないからだ。「それではお前は、『どうせ選択肢はない』というニヒリズムに加担するのか?」と問われれば、そのつもりはないとしか答えられないが…。
2007.09.12
午前中、宅急便が届く。shonanian さんからの贈り物で、マリ共和国の泥染めの布・ボゴランであった。おぉぉ! これは、インテリアにうってつけであろう。感謝感謝。
2007.09.12
過労か時差ボケか、それとも鍼灸の治療を受けた翌日のためか、とにかく朝から死んでいる。ぐったりである。だが、銀行に、そして職場に、行かねばならない用事がある。げげ。
2007.09.12
帰国してへとへとになった(いや、渡航中ボロボロだった)ため、鍼灸に行った。3ヶ月半ぶりであった。S山師には、「胆道がかなり痛めつけられていますね」と言われる。よほど食生活が悪かったらしい。旅の間、鉄パイプが入ったような背中、体を支えられない腰、鉄板のように張りまくった肩に苦しんでいたが、すべては胆道から来ているらしい。保険のきかない鍼灸。1回6,000円というのは痛いが、やはり体調には代えられない。必要に応じて行くよりないのだろう。(9月12日記す)
2007.09.11
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