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今日は7月の晦日である。考えてみれば、この約6ヶ月間は、『イデオン』と『ダグラム』にはまりまくっての闘争の日々だった――。「大いなる巌のような人は笑顔を残して、海のごとく豊かな人は志を託して、炎のように熱き人々は叫びを残して、昨日までの時代を動かした人たちは去って行った。今、立ち止まり、静かに、そして熱く振り返る時。最終回『燃えつきたあとに』。"Not even justice, I want to get truth!" 真実は見えるか?」曲がりなりにも独立革命を成し遂げ、母フィナのもとへ帰るクリン・カシム。その彼の脳裏によぎるのは、敵として戦った父ドナンの言葉であった――「クリン、自分の信じる道をまっしぐらに生きろ」。『ダグラム』の最終回は、本放映の時にカセットに録音して、『バクシンガー』ともども擦り切れるほど聴いたが、やはり映像があるとないとでは違う。ドナンの、そしてサマリンの言葉は、立場は違えどもそれぞれに重い。昨日までの時代を動かした第一級の人々が、二流・三流の俗物に取って代わられた時、それをさらに変えていくのは青年の力しかない。
2007.07.31
夕方、カーディフ大学に滞在中の Carole Pateman 教授からメールが届いた。つっ、ついに、The Disorder of Women 邦訳のための「日本語版への序文」を送ってくださったのだっ! 感謝感謝、である。一通りざっと目を通したが――自分でも、留学時代より英文を読むのが早くなったな、と思う――、狭い意味でのフェミニズム政治理論についての序文ではなく、彼女自身が The Disorder of Women を出版して約20年の間に何を考えてきたかに関する序文となっていた。フェミニズムについてはちょっと物足りない気もするが、それはそれで興味深い内容ではある。昨年末にカーディフでお目にかかった時に彼女が語っていたように、1990年代以降、フェミニズム政治理論の世界では重要な研究があまり出ていない、と彼女が考えていることの表れだろうか?さ~て、ちゃんと訳さなくっちゃ! 責任は重い(汗)。
2007.07.31
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おそらく私が、初めて歌えるようになった英語の歌は、これだったろう――子門真人氏の歌う英語版「ウルトラセブンの歌」The Theme Song of "ULTRA-7"。初めて英語版を聞いたのは、中2の1980(昭和55)年のはず。当時、第3次ウルトラブームの中で、キングレコードから『サウンド・ウルトラマン』という LP レコードが2枚発売されていた。まだビデオデッキが出始めた頃の時代だ。このレコードのパートIIの方の冒頭に、英語版「ウルトラセブンの歌」が収録されていたと記憶する。それを、実に久しぶりに夕べ聴いたぞ。子門真人氏は、歌唱力だけでなく英語力にも優れていたのね。この英語版、『ウルトラセブン』が1975(昭和50)年にハワイで放映された時に作られたもののはず。Far among the Galaxy,is where your home lies.Ultra-Seven, Fighter-Seven.Ultra-Seven, Seven, Seven.March to the end of the Big Milky Way,With the Ultra Eye, Spark!2番の「モロボシ・ダンの名を借りて」の部分が、英語版で "We Know you by another name" となっているのには、当時中2の頭でありながら、「へぇ、こんな風に訳すんだ!」と感心したものだった。つまり、「僕たちは君を、モロボシ・ダンという別の名で知っている」という歌詞にしてあるわけだ(もっとも、モロボシという固有名詞が "the Planet Man" になっているのは、いかがなものか…)。私がもし、「唯一あればいいウルトラシリーズは?」と問われれば、迷うことなく『帰ってきたウルトラマン』と答えるが、しかし冬木透氏の音楽は、『ウルトラセブン』、『ウルトラマンA』、『ウルトラマンレオ』それぞれに泣かせる。また、日本サンライズ(当時)のアニメーション『太陽の牙ダグラム』もまた…。冬木氏にとって、『セブン』の音楽はライフワークになったようだが、彼の音楽人生の中で『ダグラム』はどのような位置づけになっているのだろうか? それにしても、『ダグラム』の総音楽集CDをキングレコードは出す気がないのだろうか??
2007.07.31
今日は、ハウスクリーニングが入る予定の日。約6時間かかると聞いていたので、今日はまるまる1日あけて自宅待機していた。ところが、予定の9時半になってもダスキンの人が現れない。こちらはこちらで、疲れがたまっていたのだろう、ゴロリと横になったらいつの間にかうたた寝してしまい、ハッと目を覚ましたら11時だった。しかし、なおかつダスキンは来ない。ど~も変だと思い、電話で確認すると、担当の人が出払っていていない。折り返し電話するということだったが、しばらく待っても連絡がなかった。13時頃だったろうか、やっと担当の人から、こわごわした声で電話が。何と、会社の事務の初歩的なミスによって、予定日が8月31日にされていたのだと! おいおい、1ヶ月も違うじゃね~か。何のために今日1日在宅したと思っているんだ? 頼むよ~。また別の日を設けなければならないではないか。まぁもっとも、今日はダスキン以外にも、新しく買った家具類が多々入る日(無論、このハウスクリーニングの日にぶつけたのだが)。午後の早い時刻に、栗田家具の人が出現し、寝具とパソコンデスクを搬入してくれた。組み立ては全部おまかせし、その間私は和室のパソコンで原稿書きを進めた。すべてが済んで家具屋さんが去ると、14時半。思ったよりも早い時間だったので、銀行に出向く。何と昨日、大マヌケなことに、キャッシュカードを銀行に置き忘れてきたのだった(夕べ、何度か銀行から電話が来ていたらしい)。もっとも、昨日銀行に行ったのは、今日搬入されるパソコンデスクと、ダスキンのハウスクリーニングの、支払いのための現金を準備するためだったのだが…。ともあれ、このご時世に、キャッシュカードが無事だったのはめでたい。守られているとしか言いようがない。で、帰宅してから、数日リビングを占領していた新旧デスクトップパソコンのうち、新型機の方を新たなパソコンデスクに設置する。さすがは新鋭機。スピードが違う。しかし、デバイスを接続したら、困ったことが判明した。私の手持ちの MO ドライブをインストールしようとしたら、Windows Vista に対応していないからインストール不可だと(涙)。さらに、エプソンのさほど古くないプリンタを接続し、これはインストールまではうまく行ったのだが、試しにプリントしてみようとすると、まともに動いてくれない。これもやはり、Vista に対応していないためなのか? また、古いパソコンから移動させたファイル類も、考えてみればワードにせよエクセルにせよ古いマイクロソフト・オフィスで作成したものだから、今後すべて新しいオフィスに変換しなければならない。考えてみれば、厄介なことだ。職場のパソコンも、近日中に新型に取り替えてもらうことになるから、古いデバイスがそのまま使えるのは、ノート型の VAIO のみということになる。痛し痒し。
2007.07.31
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挿入歌「EXODUS」をバックに、ハングライダーを装着したダグラムが夜空に飛ぶ。デロイア独立の最大の功労者でありながら、内部クーデターによって軟禁されてしまった指導者・サマリン博士を奪回するために。軟禁場所の政府要人別荘に着地したダグラム。コクピットのハッチを開け、ヘリに移されようとするサマリンにクリン・カシムは叫ぶ――「博士! 助けに来ました!!」。2機のサバロフ・ニコラエフを倒し、サマリンを救出した太陽の牙のメンバー。だが、サマリンの表情は暗い。「正しさ」と「現実の重さ」の両方が分かってしまっている指導者の苦悩は深い。一番自分の側にいてくれ、もっとも長く一緒に戦ってきた、この愛すべき若者たち。彼ら・彼女らを、「正しさ」ゆえに暴走させ死に至らしめてはならない。そうなってしまっては、名ばかりの偽りの独立を容認した意味がなくなってしまう。しかも、彼らの命を狙ってくる治安軍もまた、かつては独立のために共に戦ってきた愛すべきデロイア人なのだから――。一方、真実を追究しようというジャーナリスト魂の塊、APU 通信の記者・ラルターフ。ドガでの人民政府樹立から北極ポート侵攻、さらには急転直下の和平交渉と、その成り行きを見つめてきた彼は、なぜサマリンが表舞台から姿を消そうとしているのか、その真実を突き止めたいと考えている。そうしたラルターフに、本社からもクレームがつく。それに対する彼の、電話での反論は泣かせる――。「何だと? 俺の書く記事はデロイア側に偏り過ぎる? あのなぁ! 中立ってのは聞こえはいいが、悪く言えば主体性がないってことだ! だったら部長にこう言っといてくれ。要はどれだけ真実の報道ができるかだとな!(電話を切って)くそったれ」クリンの幼馴染・デイジーは、デロイアの独立が達成されたのになぜ太陽の牙のメンバーが、ダグラムとサマリン博士を奪い返してまた戦い始めたのかが、理解できない。その真相の手がかりがつかめればと、彼女が訪ねたラルターフとの対話。「博士やクリン達が排除されたって、どういうことですか? だって、独立のために一番苦労して戦ってきたのは、彼らじゃないですか?」「(葉巻の煙を吐き出して)嫌なもんで、政治ってのはプロセスじゃない、結果なんだ。結果として独立は成った、だが主役が入れ替わっていた。わしが知りたいのは、どうしてそうなったのかというプロセスだ。(ベンチから立ち上がって)君も知っての通り、ドガ市で人民解放政府の樹立の頃までは、サマリン博士が指導者だった。(ソフトクリームを2つ買う)いや、あれは確か、(デイジーにソフトクリームを1つ渡す)クリン達が北極ポートへ向かった時までそうだった。(ソフトクリームを一気に食べる)それが北極ポートで、突如地球側から、独立承認を前提とした和平交渉への呼びかけ。ビッグニュースとばかり行ってみれば、交渉側の代表はサマリン博士ではなく、ヘシ・カルメルだったんだよ。」「…(怪訝そうに)えぇっ?」「分からんのはここだ。取材してもみ~んなのらりくらり。何かあったんだよ、ドガでこういう結果になる何かが。」「(目をしばたたいて)何か?」「うむ…(ソフトクリームをコーンまで食べつくす)。」ラルターフ、デイジーから借りたハンカチで手を拭く。「これはわしの推論だが、内部で主導権争いが起こり、博士はこれに敗れたんだ。」「でも、博士はちゃんと独立記念パレードに代表として出席されてました。」「そこなんだ、また分からんのは…。」真実は見えるか? 否、見えるかではなく、見抜く鋭い目を持っているか? 真実に肉薄する目は、どうすれば培えるのだろう? 事実、現実、真実。この3つは時に重なり合い、しかし必ずしも一致するとは限らない。
2007.07.30
研究費購入図書が、午後に一気に7冊届く。部屋のインテリアはゾクゾク増える。・Seyla Benhabib et al. eds., Identities, Affiliations, and Allegiances (Cambridge: Cambridge U. P., 2007).・James Bohman, Democracy across Borders: From Demos to Demoi (Cambridge, Mass.: The MIT Press, 2007).・John Dunn, Setting the People Free: The Story of Democracy (London: Atlantic Books, 2005).・Engin F. Isin et al., Citizenship and Identity (London: SAGE, 1999).・Anne Phillips, Multiculturalism without Culture (Princeton: Princeton U. P., 2007).・Henry S. Richardson, Democratic Autonomy: Public Reasoning about the Ends of Policy (Oxford: Oxford U. P., 2002).・Jennifer Mather Saul, Feminism: Issues & Arguments (Oxford: Oxford U. P., 2003).トランスナショナル、あるいはトランスボーダーなデモクラシーについての議論は、今後ますます重要になるのだろう。果たして私は、その議論についていけるか? なお、どうせ届いたってすぐに読みゃあしないのだが、注文してからずいぶん時間が経っているのにまだ来ない本がある。以下のものには、今の私の関心から言ってすこぶる興味があるのだが(少なくとも、タイトルだけ見る限りでは)。・Ian O'flynn, Deliberative Democracy and Divided Societies (London: Palgrave Macmillan, 2006).
2007.07.30
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ロンドンの出版社 Verso 社から、Radical Thinkers というシリーズが出ている。ペーパーバックだが、第1期はコルク色の表紙、第2期はシルバーだ。今日届いたのは、No. 23 の Raymond Williams, Politics of Modernism: Against the New Conformists である。このシリーズには、すでに No. 11 に Williams の Culture and Materialism が収録されているから、彼は重要なラディカルな思想家であると英国では考えられているのだろう。その割には、日本に十分に紹介されているとはとても言えない。ちなみにこのシリーズには、他に Norberto Bobbio, Liberalism and Democracy や、私も翻訳に携わった Chantal Mouffe, The Return of the Political なども入っている。私は決して Raymond Williams をちゃんと読み込んではいないが、英国においては、ニュー・レフトの論客、あるいはカルチュラル・スタディーズの淵源の1人として、重視されているのだろう。私がシェフィールドにいた時には、主査であった Anthony Arblaster 氏から、「大衆」に関する Williams の考えを、Culture & Society 1780-1950 (New York: Columbia University Press, 1958) から学べと言われたし、後に副査となる Andrew Gamble 教授からも、彼の Keywords: A Vocabulary of Culture and Society (London: Fontana Press, 1976) の「大衆」の項目を読んだか、と尋ねられたものだった。その当時は私は、Raymond Williams という論者の存在自体を知らなかったに等しいが、今の観点からすれば、大衆社会、産業社会、消費社会、デモクラシーと文化、等々について、自分のもともとの問題関心にとっても重要な思想家であったことに改めて気づかされる。まぁもっとも、私は今のところ、いわゆるカルチュラル・スタディーズに深入りしようとも、英国のニュー・レフトの系譜を探究しようとも思わない。にもかかわらず、デモクラシーに関わる英国の思想家をあえて勉強しようと思ったら、Matthew Arnold、William Morris、L. T. Hobhouse、Harold J. Laski、George Owell らとともに、この Williams も読むのだろうな。
2007.07.30
私は一政治学徒ではあるが、選挙研究や政党政治研究をしているわけではない。自分が専門としていないことについて、うかつにあれこれ言うのは禁物ではある。しかし、ブログは基本的にパーソナルな思いを綴る場だと思っているし(確かに、パブリックな性格は持つものの)、事実無根の誹謗中傷をするのでないかぎり、ここで書いた事にいちいち責任を追及されることもなかろう。さて、参院選の翌日である今日。ここ半月におよぶ部屋の大掃除と、10年以上も使っているテレビを処分する決断を下したのとで、すでにテレビやビデオは外してしまっている。だから夕べは、開票速報を見ることはなかったが、インターネットで大体のことは分かった。今回の結果のあらましを知った時に脳裏をよぎったのは、1989(平成1)年の参院選のことであった。あの時、消費税導入の是非をめぐって、与党の自民党が敗退。参議院での与野党逆転がやがて、1993(平成5)年の細川内閣発足(自民党の下野)という「政変」につながったことは、平成生まれの人でもない限り知らぬ者はおるまい。もっとも余談だが、1989年の時に、「消費税反対」を掲げておびただしい政党が登場したが、それらは今いったいどうなったのだろう? また、消費税アップに反対する声は聞こえるが、消費税そのものを無くせという声は今ではほとんど聞こえない。89年に「消費税反対」を掲げて今でも政治家でい続けるお歴々は、その辺をどう考えているのだろう? ま、それはともあれ。しかし、93年政変が「政治改革」の機運を高め、そこに多くの政治学者も関わったにもかかわらず、「政治改革」はいつの間にか「選挙制度改革」になって、それで終わってしまった感がある。当時は、自民vs反自民という図式で2大政党制が模索された。当時から私は、「二大政党制が理想的なデモクラシーだ」などとは信じていなかったが、ともあれ、反自民の諸政党が新進党を作り、選挙制度にも二大政党制にするための小選挙区制が導入された。それが、90年代半ばの政治改革の成果だとされた。だが、戦後ずっと反自民の旗振り役だったかに見えた旧社会党が新進党から離脱。自民党と連立を組んで「自社さ政権」を作り、村山内閣ができた瞬間、日本での二大政党制の構想は崩れたと私は今でも信じている。反自民で社会党を推してきた多くの有権者や労働組合が社会党に絶望し、しかも阪神大震災の時に村山内閣の危機管理能力のなさが露呈し、今では社会党は社会民主党という極小政党になってしまった。今の社民党はともあれ、社会党は村山内閣が崩壊した時点で、その歴史的使命を閉じたのだろうな。私は今回の参院選では、自民党が大幅に勝ってはならないが、民主党が圧勝することも断じてあってはならないと思っていた。なぜなら、党内で政策についての考え方があまりに違いすぎ、マニフェストの中身も裏づけがないものだらけであり(前回のマニフェストとの整合性も怪しいし)、しかも飲酒運転やセクハラといった低劣な不祥事を起こす議員がやたら多い民主党に、政権を任せることなど到底考えられないからだ。「いや、安倍政権はダメだから、とにかく民主党に一度やらせてみればいいんだ。それでダメだったら、また次の選挙で変えればいい」という声も少なからず聞いた。だが、そういうことは10年前に言って欲しかった。財政的な裏づけのない民主党のマニフェストを本当に実現しようと思ったら、今の日本は沈没するだろう。しかも、民主党政権になったら、かつての新進党のように、党内部での政策の考え方の違いからやはり分裂するだろうと私は見ている。同じことを繰り返すわけ? 新進党の失敗から、何も学習していないわけ? これじゃやはり「失われた10年」だよね。あ、15年くらいか? 「確かな野党」を公言していた共産党も、伸びなかったね。選挙の直前になると毎回お決まりのように、他党を非難中傷するビラ配りしかできない独善的な党を、国民は「確かな野党」だとか「革新政党」だなどとは思っていないということだろう。亡くなった宮本顕治氏は、この結果を天からどう見ているだろうか? ところで素朴な疑問だが、「確かな野党」って何だろう?それより、私が以前からずっと疑問に思っているのは、公明党に対する評価が一般的に極めて低すぎることだ。数年前、北海道で行われたある学会で、政治学界の重鎮の1人が「公明党に関する研究がなさすぎる」と発言し、私も内心「その通りだ」と思っていた。メディアの扱いを見ると、公明党はほとんど、初めから「知的対象としてきちんと論じるに値しない」と考えられているかのようだ。しかし、公明党がどんな党であり、何を訴え、どう行動してきたのかについて、ほとんどまともに報道されていない以上、私たちはこの党について真っ当に知ってはいまい。知らないものに対して、評価を下していいのか? ちなみに、ある NPO の調査によれば、マニフェスト達成率がダントツに高いのは公明党らしい。メディアがこのことについてろくに言及しないのは、「公明党寄りだと思われたくない」とかいう意味不明な思惑でも働いているのだろうか? だが、主観的な好き嫌いはともあれ、知りもしないで、調べもしないで、あれこれ判断を下すのは、果たして知的に誠実なことなのだろうか? 何ごとであれ、初めから「知るに値しない」と決め付けてしまうことは、極めて危険であると私は思っている。それにしても今回の選挙、一体何が争点だったのだろうね。憲法? どうもそうはならなかったね。年金? それは、どちらかというと急に浮上してきた問題であって、果たして争点になったのかどうか。政治とカネ? それは、ことさら今回の選挙の争点ではなく、永遠に戦って行かなければならない問題でしょ。「政治は汚い。だから政治は嫌いだ」とか言って政治に背を向けるのでは、駄々っ子にも等しい。「政治は汚くなりがち」だからこそ、政治を厳しく「監視」しなければならない。それが有権者の責任だよね。しかしその「監視」が、ただの好き嫌いやイメージや「風」でなされたのでは、この国の政治も、政治家も、国民も、選挙から何も学習しないまま終わってしまう気がする。なお、結果的に二大政党制的になっている現実を私も認めないわけではないが、ことさら二大政党制にもっていこうとするかのようなマスコミの論調は、情報操作・大衆操作には当たらないのか――? 衆議院の解散でもあったりして?
2007.07.30
本日、参議院議員選挙である。私は既に、期日前投票を済ませている。今日は暑いが、午後から全国的に雷雨になりそうらしいから、有権者の出足はどうなることやら?いつも思っているのだが、選挙で問われるのは、政治家や政党の側ばかりではあるまい。国民の見識も問われる。同時に、国民に対してきちんとした情報を提供するどころか、あることないこと(しばしば、ないことないこと)流すマスコミもまた、問われよう。メディアが信じられない以上、日本ではもっともっと、国民一人一人が草の根レベルで政治を語ることが当たり前となるような、そうした市民文化が成熟しないといけないのではないか。政治や選挙の話をした途端に人間関係がギクシャクしてしまうような、そういう社会は私は好きではない。もっともっと、ありのままに語り合える社会であってよいではないか。そうなれば、戸別訪問禁止みたいな、先進国とは思えない制度の見直しも、日程に上ってくるかもしれない。なお、「草の根レベル」と言った場合、市民運動上がりの政治家を無条件で信頼するような、そういう思考回路は私にはない。市民運動それ自体は私も非常に重視したい人間であるが、運動家が政治家として有能かどうかは別問題だ。その残念なありさまは、「ベルリンの壁」崩壊後のポスト冷戦期の旧東欧で、フォーラムなど市民運動系の政権が大した政治能力を発揮できなかったことにも、見て取ることができる。
2007.07.29
深夜、帰宅の途中、限りなく満月に近い夜の月を見上げながら、ふと思う――「慢心」を起こしてはならない(⇔自信、確信)が、さりとて、卑屈であってもならない(⇔謙虚)と。いつものことではあるが…。
2007.07.28
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「ゴーゴーキカイダー」改。「スイッチ・オン! アス・デル・トプ! 智慧と力が 身体を走る リュウ チェンジ ドラゴン山田 悪鬼魔民を迎え撃て 社会科学者 ドラゴン山田~」
2007.07.28
知的な仕事のためには、自分の思考の断片をつなぎ合わせなければならない。過去のブログに書き散らした思考を、以下にまとめて再録してみた。2つぐらいの日記の再録・公開なら、映画『イデオン』(1982年)のように「ダブル・リリース方式」だと大いばりできたろうが、5つだから「クイント・リリース」か。それにしても、アイリス・ヤングとカール・マンハイムを関連づけて論じようなどという人間は、私ぐらいのものかも知れない(汗)。――――――――○「読む! Inclusion and Democracy」(2007年1月28日)よりダンバインが「とぶ!」ものであり、ビルバインが「斬る!」のであれば、睡魔を乗り越えた今日の私を表現するには、さしずめ「読む!」とでもしておこうか。Iris Marion Young, Inclusion and Democracy (Oxford: Oxford University Press, 2000) の第1章 "Democracy and Justice"。数年前から、授業での教材として使用し、学生たちと読んで「熟議デモクラシー deliberative democracy」について議論してきたものだった。しかし、授業中に読み進めるスピードの問題と、限られた授業回数ゆえに、この章を最後まで読みきることはなかった。それを、今日は自分でようやく読み終えた。そして、ここ数週間悶々と考え続けたことが、ひとつ開けてきそうな光明が見えてきた。「闘技的デモクラシー agonistic democracy」モデルと「熟議デモクラシー」モデルが、必ずしも相互に排他的なものである必然性はないこと。「熟議デモクラシー」が、理性的な合意形成を重視する余り、感情とか情念とか非合理的な運動(街頭デモとか)を「civil でない」と排除する傾向性があるが、それも一種の exclusion であること。むしろ、価値多元的で相互依存的な mass society においては、多様な表現方法が認められるべきであり、それらに耳を傾ける「reasonableness」が必要であり、これこそ非暴力につながるものであること。そして、語ることは「戦い」であること。ただ、それは利益集団多元主義(あるいは「利益集積型デモクラシー」モデル)とは異なり、自身の利益なりアイデンティティなりを不動のものとは考えず、他者とのコミュニケーションの中で自己変容の可能性を受け容れるものであること。だからこそ、「聞く」という態度が大事であること。および、価値多元性や差異こそがコミュニケーションの前提であって、「討議には共通善(common good)が必要だ」とする熟議デモクラシー論には、一定の批判がなされなければならないこと――。これは、ここ数年、私がない頭で考え続けてきたことと見事に符合する。昨年逝去してしまった Young 教授が、mass society という言葉を多用していることも、別次元の問題として興味深かった。私が拙著『大衆社会とデモクラシー』(およびシェフィールド大学の Ph.D.論文)を執筆した時、常に脳裏にあって私を悩ませたのは、「ポストモダン社会」とか「ポスト工業社会」の登場によって、1980年代以降はもはや「大衆社会」ではないとされがちであったことだ。また、1990年代以降のデモクラシー論(特に、ポストモダニズムの影響を受けたそれ)は、従来の大衆社会論とはかなり異質な議論をしてきている。にもかかわらず、ここ数年の間に、mass society の諸問題を改めて論じようという著作が、多くはないものの散見されるようになってきた(例えば C. W. ミルズの再検討など)。その意味で、Young 教授が mass society という言葉をどのように理解して用いていたのかについては、すこぶる関心がある。そのことをご本人に直接尋ねる機会が永遠に失われてしまったことは、残念で仕方がない。私が英文拙著 Democracy and Mass Society: A Japanese Debate を彼女に送りつけたのは、去年の3月頃のことだったが、すでにその時に彼女は病床にあったのかもしれない。きっと読まれてはいないだろう。せめてあと2年長生きしてくださり、読んでもらい批判をいただきたかったものだ。○「何とか目を通した…」(2007年2月5日)よりSeyla Benhabib ed., Democracy and Difference (Princeton: Princeton U. P., 1996) に所収の以下の論文を、拾い読みレベルながら一応目を通した。Seyla Benhabib, "Toward a Deliberative Model of Democratic Legitimacy"Iris M. Young, "Communication and the Other: Beyond Deliberative Democracy"Benhabib 論文は、数日かけて読んだので、後半の部分の話がよくつながらない気がした。他方、Young 論文は、これまで読んできた彼女の Inclusion and Democracy (Oxford: Oxford U. P., 2000) でなじみの議論でもあったし、先週 John S. Dryzek, Deliberative Democracy and Beyond (Oxford: Oxford U. P., 2000) をある程度読んだ甲斐もあって、すべてに目を通さなくても大体分かった気になった(「気になっている」だけというのが一番恐いのだが)。それにしても、「異なるパースペクティヴからの意見に耳を傾けることによって、自分の視野を拡大できる」という Young の議論に接すれば接するほど、カール・マンハイムの主著『イデオロギーとユートピア』を想起してしまう私。マンハイムのこの書を、知識社会学の方法論としてのみでなく、現代の「差異の政治」や「アイデンティティの政治」を念頭においたデモクラシー論の文脈で読み直すことは、不当であろうか? 私は、不当でないと思いたいのだが…。○「死闘! Iris Young」(2007年2月28日)より前々から気にしていた、David Estlund ed., Democracy (Oxford: Blackwell, 2002) に所収の、Iris M. Young, "Difference as a Resource of Democratic Communication" にようやく目を通す。この論文はもともとは、1997年初出らしいから、彼女の Inclusion and Democracy (Oxford: Oxford U. P., 2000) よりも前に書かれていることになるし、おそらくはこの2000年の本の内容にも反映されているのだろう。この Young 論文、「個別性を公的議論に乗せることは危険であり、公的議論に参加する個人や集団は個別的なものの見方を捨てなければならない」という考えに、異議を唱える。確かに、個別主義への執着は問題だ。だが、公的議論において一切の個別性がなく共通性が前提となるとしたら、そもそも議論の必要性はあるまい。公的議論が成り立つ条件として、共和主義者が唱えるような「共通善」を想定しなければならない、ということはない。もちろん、解決すべき「共通の問題」はあるのだろうし、それがなければ話し合う理由がなくなる。だが、むしろ公的議論に多様な考え、異質な考えが入ってくることで、視野が拡大し、相互が学びあうことで自己拡大できる。現にハンナ・アレントにとっての公的領域とは、異質な者同士が自分の意見の卓越性を競い合う「多元性」の世界だったではないか――。…私なりに解釈すれば、概ねこんなところか。体調不良との死闘の中で読んだので、かなり怪しい理解ではあるが。それにしても、誰にとっても客観的で中立的なものの見方などない、必ずものの見方は特定のパースペクティブからのものにすぎない…というのは、かつてマルクス主義が、「普遍性」を主張する自由主義を「ブルジョアジーのイデオロギー」と喝破し、さらにはフェミニズムが、科学的・客観的知識の持つジェンダー・バイアスを暴露したことにつながるのだろうが、どうしても私の脳裏に浮かぶのは、マンハイムによる「存在拘束性」の概念だ。現にジェンダー論の中には、マンハイムの知識社会学を踏まえたものがあったはずだ(ちゃんと確認していないが、例えば Susan Hekman あたり)。いかん、もっと勉強しなければ…しかし、当面はこの問題は後回しにしよう。○「Iris Young の遺産」(2007年4月12日)より以前アマゾンに発注をかけていた、Iris Young (1949-2006)に関する2つの本、Iris Marion Young, Global Challenges: War, Self-Determination and Responsibility for Justice (Cambridge: Polity Press, 2007) と Mitja Sardoc ed., Citizenship, Inclusion and Democracy: A Symposium on Iris Marion Young (Oxford: Blackwell, 2006) が届いた。アマゾンで見た時には、勝手に分厚い本を想定していたが、いざ届いてみるとその薄さに拍子抜けした。まだざっと目を通したに過ぎない。前者に関しては、必ずしも遺稿集というわけではなさそうである(だが、著者の紹介においては、Young がシカゴ大学の教授「だった」と過去形で書いてある)。出版作業の最中に亡くなってしまったということか。私がかつて慣れ親しんだマンハイムの場合のように、未発表の諸原稿を弟子らがまとめて遺稿集として出版する、というようなことはあるのだろうか。他方、後者については、サブタイトルから最初、亡くなった Young の追悼シンポジウムでも開かれてその成果がまとめられたのかと想像していたが、どうもそうでもなさそうだ。極めて興味深いのは、Young のシティズンシップ論やデモクラシー論が「教育(education)」という観点から議論されている論文集だという事実だ。紹介文では、こうした分野はこれまで無視されてきたという言及がある。私が大衆社会(論)への関心以来ずっと温めてきた構想と、見事に一致する方向性が、一度も個人的にお目にかかることなく亡くなった Young によって展開されているとは…。これは、偶然の一致なのだろうか?○「Truth beyond Relativism」(2007年4月26日)よりアマゾンで注文した古本、Gregory Baum, Truth beyond Relativism: Karl Mannheim's Sociology of Knowledge (Wisconsin: Marquette University Press, 1977) が届く。著者のことは知らないが、この本が出た当時、トロント大学の神学・宗教学教授だったらしい。この本は、著者のレクチャーが基になっているようだ。極めて薄く小さい本であるのに驚いた。マンハイムの「動的全体綜合」の考え方に、20代前半に相当影響された私だが、それを知識社会学の方法論としてでなく、自分のものの見方・考え方に、さらには生き方にまで反映させようと、無意識のうちに自分に課してきた私であったことに改めて気づく。ミクロからマクロまで見据えるズームレンズのような目を持ち、刻々と変化する全体状況を見渡し、その中で自分の位置を常に確認し、(「媒介原理」を見出して)打つべき手を打つ。そして、自分の見方・考え方もまた、一つの見方にしか過ぎないことを常に自覚し、異なった見方・考え方を摂取することで自分に足りない部分を補い、どこまでも「視野の拡大」をはかっていく――。ここでいう「視野の拡大」とは、単に観察するだけのものではなく、決断し行動を起こすためのためのものだ。視野の狭かった学生時代の私にとっては、自分の世界に安住する方が楽であり(=傲慢、ナルシシズム)、こんな「視野の拡大」などは自分にはとても無理だと思っていたものだったが…。マンハイムの思想の時代的制約は当然あるだろうが、しかし彼が提起した問題は、私たちに残された未完の課題でもある。20世紀前半のイデオロギー対立の時代と、文化や文明やアイデンティティが衝突する現代とでは、かなり異なることは事実。しかし、「価値相対主義」が自閉的な自己絶対化につながるという危険性は、形を変えても同じ問題として残っている。ゆえに、思想史的観点からマンハイムを読むというよりも、彼の構想の現代的アクチュアリティの方に関心がある私である。そして、以上のような「動的全体綜合」が可能な人を数多く輩出する民主教育・シティズンシップ教育が、私のなすべき仕事なのかもしれない。そのためには、何よりもまず自分が自分を磨き続けなければ。――――――――
2007.07.28
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混乱はもう一つの混乱を呼び、その中でそれぞれの苦しみが、確実に、一つの方向に進もうとしていた。
2007.07.27
いよぉ、ポン!…ではなく、威容である。夕刻帰宅し、ちょっと一服すると、作業に取り掛かる。6年ほども使っていよいよ寿命になりつつある IBM のパソコンを解体するべく、まずはそれとつながっている電話および Yahoo BB のモデムを取り外す。それらをリビングに移動した後、パソコン本体から、マウスを外し、キーボードを外し、モニタを外して、すべてをパソコンラックから引きずり出してリビングに移す。その後、購入後しばらく空けずに放っておいた新型の HP を箱から出し、やはりリビングに本体とモニタを暫定的に設置。2つのパソコンを並べて、それぞれをセットアップ。そして、データ移動用のケーブルを使って、IBM から HP へと主要なファイルを移し変える。Windows Vista 搭載の新型 HP Pavilion s3040jp が、ドラゴン山田城でいよいよその威容を現した。ミニタワーのくせに高いスペック。その性能は? その力は? 一方、IBM のみならず、八戸時代から使ってきたパソコンラックもまた、今世での使命を終えようとしている。新しいパソコンデスクが届くのは、来週の31日(火)午後。また NTT のフレッツ光の工事が8月11日(土)に終了して後、インターネット設定のために業者が来てくれるのが、12日(日)の午後と決まった。それが済めば、いよいよ ABAYO! Yahoo BB!! である。
2007.07.27
24日(火)からの3日間半の「4部作」完結編(まるで『ダンバイン』の東京3部作?)。9時半三島駅前~自宅でパソコンと格闘~デニーズ~みしまプラザホテル~ニュートン~出勤して今日〆切の書類を提出。職場には、アマゾンで購入した雑誌『世界』8月号が届いていた。それにしても、職場で以下の雑誌を定期購読(あるいはオンライン購読)してくれたらねぇ、贅沢は言わないからさぁ。・Contemporary Political Theory・European Comparative Politics・Feminist Review・Journal of Political Ideologies・New Left Review・The New Political Economy・Perspectives on European Politics and Society・Socialism and Democracy
2007.07.27
9時30分三島駅前~みしまプラザホテル~出勤・前期末試験~みしまプラザホテル again ~沼津。人は石垣、人は城。「山田城」の構築は、果てしなく続く…。(7月27日記す)
2007.07.26
スコットランド・ダンディー大学の Richard Dunphy 氏から、以前依頼された書評すべき本が届く。John Keane ed., Civil Society: Berlin Perspectives (New York and Oxford: Berghahn Books, 2006) である。11月15日必着で原稿を送れるように、書評を書かなければならない。ベルリン・パースペクティブとなると、果たして私の手に負えるだろうか…まぁ、引き受けた以上、弱気にはなれない。
2007.07.26
盟友・K森氏ご夫妻、今日から数日間ハワイに渡航である。ご無事を祈る。
2007.07.26
こっこれは…、久々にこ~いう現象に出くわした。116466 2007-07-26 04:32:13 202.131.*.* 116465 2007-07-26 04:31:07 202.131.*.* 116464 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116463 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116462 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116461 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116460 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116459 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116458 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116457 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116456 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116455 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116453 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116453 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116452 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116450 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116450 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116449 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116447 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116447 2007-07-26 04:31:03 202.131.*.* 116446 2007-07-26 04:31:02 202.131.*.* 116445 2007-07-26 04:30:46 202.131.*.* 116444 2007-07-26 04:30:46 202.131.*.* 116443 2007-07-26 04:30:46 202.131.*.* 116442 2007-07-26 04:30:46 202.131.*.* 116441 2007-07-26 04:30:44 202.131.*.* 116440 2007-07-26 04:30:44 202.131.*.* 特に、4時31分3秒にご注目。1秒間に18回アクセスしたことになっている。意味不明。
2007.07.26
曇りがちながらも夏日の三島。朝一番で三島郵便局へ、留守宅に届いた郵便物を取りに行く。それがすべての始まりだった。本局~静岡銀行中島プラザ~三島駅前~自宅でパソコンと闘争~萩~サンダビーダ要塞~みしまプラザホテルおよびその界隈~サイトウスタジオ~キミサワ壱町田店~ K's Diner ~ファミマ~帰宅。持参すべきノートパソコンを入れたバッグを自宅に置き忘れたり、といった大マヌケもあったが、ともあれ駆け抜けた1日であった。午後の K関氏との打ち合わせが長引いてしまったため、以前「ダグラム」より「エルガイム」を選んだショップには、約束の16時より30分も遅刻して出頭したが、担当の Y川氏が待っていてくれて助かった。ケータイのカメラなど使わない私だが、SDカードに保存されたデータを、サイトウスタジオのようなプロの写真スタジオではすぐにプリントアウトしてもらえないという事実も、初めて知った。結果的に、今日はコーヒーを3杯。
2007.07.25
何のために生きるのか。何のために自分の生命を使うのか。学術者として考えるのであれば、何のための研究なのか。何のための学問なのか――。永遠に尽きることのない問いではある。いずれにせよ、使命とは「生命を使う」と書く。学期末、午前中の仕事を制し、激戦の中をかいくぐって上京。四谷郵便局界隈は真夏の日差しであった。1991(平成3)年にエディンバラ留学に出発する時からお世話になっている N野氏に、数年ぶりに再会する。激励という形ではあったが、政治学という学問の持つ重みと、将来の私に課せられた使命とを、改めて自覚させられた気がする。(1)学術者・研究者としての能力、(2)大学という組織を維持・運営していく行政能力、(3)教壇に立つ者としての人格と教育力。この3つを兼ね備えた人は、そうそういないのだろうが、しかし常に求められ続けるのは、この3つの力量である。その中のどれか1つを理由にして他のものをないがしろにした瞬間、大学人としての自殺行為になるのだろうな。
2007.07.24
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職場の図書館に入れてもらうのを待たずに、私費で買ってしまった、篠原一氏の近著『歴史政治学とデモクラシー』(岩波書店、2007年)。「歴史政治学」と聞くと、氏の20年あまり前の著書『ヨーロッパの政治――歴史政治学試論』(東京大学出版会、1986年)を思い出す。しかし、この『歴史政治学とデモクラシー』は論文集であり、最初の参加デモクラシー/討議デモクラシーをめぐる章のみが書き下ろしであることを、買ってから知る。春に論文を書いている段階でこれを読んでいたら、私の論文もまた、趣の異なったものになっていただろうか? それとも、あまり変わらなかっただろうか?
2007.07.24
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職場に行くと、私宛に切手の貼っていないエアメールが。どう見ても英国からなのだが、差出人も封筒には書かれていない。ともあれ、同僚からハサミを借りて開けてみると…おぉ、スコットランドの名門グラスゴー大学の図書館から。6月に私が寄贈した英文拙著 Democracy and Mass Society: A Japanese Debate への返礼の手紙であった。それにしても、切手が貼られずに国際郵便が届くとは、どういうことだろう?
2007.07.24
三島、朝、晴天。午後から上京するが、東京でも天気に恵まれそうだ。梅雨明けも間近か。
2007.07.24
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翌日の上京で使うために、古いカバンを引っ張り出した。1992(平成4)年、エディンバラ留学から帰国して東京の大学院博士課程に進学した私は、埼玉・朝霞で塾講師のアルバイトを始めた。その頃に買ったビジネスバッグだったが、使い勝手が悪いと思い、15年もの間「宝の持ち腐れ」にしていた。だが、どういう訳か捨てることもないまま、シェフィールド留学、八戸赴任、三島転任という数度の引越しの中での淘汰に耐えてきた。明日の出発準備のために、久々にそのバッグを開けてみると――ゲゲゲ~! 思わぬものが出てきた。タカラ製1/72コンバットアーマー、ソルティック H8 Korchima Spl. (通称「ターボザック・ソルティック」)およびバンダイ製1/72オーラバトラー、バストール、この2つのプラモデルの当時もののボックスアートだ! 高校を卒業するまでプラモデルが趣味であった私は、組み立てが済んだプラモデルのパッケージも捨てるのを惜しんで、箱を解体する形で取っておくのが常だった。しかし、大学に入ってからいつだったか帰省した折に、取って置いたボックスアートのかなりの部分を捨てた。現在残っているのは、タミヤの JPS ロータス79のラジコンの箱の中に若干である。それが、思ってもいなかった2種類のボックスアートが、思ってもいなかった古いカバンの中で眠っていたとは…。ちなみに、高校時代に買いためたプラモデルの多くは、大学受験の勉強に追いまくられる中で、作られることなく押入れにしまわれ、また大学に入学してからはほとんどが捨てられる運命となった(今のようにネットオークションがあれば、高値で売れただろうが)。その中で、コーチマ Spl. は、私が大学に入ってから作った数少ないプラモデルであり、浪人生活を続けている親友タケちゃんを激励するために作ってあげたものだった。タケちゃんとは8月末に再会予定だが、私の作ったコーチマ Spl. はもはや現存するまい。一方バストールは、バンダイ製の当時の1/72オーラバトラーシリーズの出来が決して芳しいものでなかった中で、珍しくよくできたキットであった。が、それを私は丁寧にに作らずに手放してしまった。 (7月24日記す)
2007.07.23
深夜、「ヒョウジケンガイ」の電話が鳴る。アメリカ・ピッツバーグの大恩人、Kazuyo Martin さんからであった。あぁ、10日ほど前にエアメールを頂戴し、新しいメルアドを教わっていたにもかかわらず、変身…じゃない返信メールを出していなかった。申し訳ない。国境を越えて激励を受けてしまったドラゴン山田であった。(7月24日記す)
2007.07.23
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ここしばらく、睡眠障害で心身が落ち着かず、腰をすえた読書などから遠ざかっていた。今日も、ブランチを済ませたらたちまち具合が悪くなり、頭脳労働など無理かと半ばあきらめ、むしろ職場の自室の模様替え(と、それに伴う多くのゴミの処理)という肉体労働に転じた。が…それが「怪我の功名」だったのかどうか、一段落すると心身ともにスッキリしている自分がいたぞ。短時間だが、何かに目を通そうという気になった(←わを、内発性!)。滞っている Pateman 訳を進めるのでもなく、8月末までに書き上げなければならない原稿に向かうのでもなく、手にしたのは、2週間あまり後に勉強会で読むことになっているジェラード・デランティ著(佐藤訳)『グローバル時代のシティズンシップ』(日本経済評論社、2004年)であった。長時間の読書には耐えられまいと分かっていたので、日本語版序文および序文にのみ目を通した。そうか、著者デランティ氏は「コスモポリタンな市民社会」と「コスモポリタンな公共圏」とを区別するのだな。ムムム、「市民社会」と「公共圏」を混同してはならない、と。また、グローバリゼーションが世界の分断化をもたらしているのに対して、リアルなコスモポリタニズムを練り上げていかなければならない、という指摘にも、重要な論点を感じる。しかも、コスモポリタンな政治的領域が、サブナショナル、ナショナル、トランスナショナルなレベルで構想されなければならない、とのデランティ氏の言及に、松下圭一氏やデヴィッド・ヘルド教授の構想を想起するのは、私だけではあるまい。ここには、政治学と社会学の交差する領域がある。いたずらに、両者の知的思考の違いにとらわれては、重要な問題が見えなくなるかもしれない。
2007.07.23
医者に行った後で出勤すると、英国のアマゾンで買った古本、A. W. Wright, G. D. H. Cole and Socialist Democracy (Oxford: Clarendon Press, 1979) が届いていた。何と、ルーズヴェルト大学図書館に所蔵していたものが市場に出たものらしい。借りる人が少なかったのだろうか?私は英国に留学していたとはいえ、英国の政治思想や社会思想を専門に勉強してはいない。だが、G. ウォーラス、G. D. H. コール、H. J. ラスキといった、20世紀初頭の英国の、非共産主義的な社会主義については理解しなければと思っていた。だから買った。その上、英国の知識人と対等に語ろうと思ったら、ジョージ・オーウェルもちゃんと読んでいないといけない…。そう言えば、コールの本って、あまり翻訳を見ない気がするなぁ。
2007.07.23
思った以上に、睡眠障害の影響は大きい。夏日の今日は朝一番で医者に行ったが、通常の薬の上にさらに頓服を加えてもらった。熟睡ができない。疲労がたまる。やたら甘いものが食べたくなる。食事をすると体調を崩す。起きているのがしんどいのだが、横になったからといって楽にはならない。肩も凝りまくっている…という最悪のパターン。文字通り、ドツボである。この、三重・四重の意味で大事な時に…。
2007.07.23
「ゲッタービーム、フルパワー!」とは、ゲッタードラゴン。午前中はこのノリで、走り回り、動きまくった。だが、気温が上がって蒸し暑くなった午後には、たちまち「失速」した…。メンタル面でも、うつ気味に陥ったぞ。(7月22日記す)
2007.07.22
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疲れたドラゴン山田に、お疲れの盟友・K森氏。しかし、確認し合った――合言葉は「燃えよ剣」! さて、問題は剣だが…どれだ?○シルバーサーベル(シルバー仮面ジャイアント)○太陽の剣(レインボーマン・ダッシュ7)○ゲッタートマホーク(ゲッター1)○マジンガーブレード(グレートマジンガー)○ダブルトマホーク(ゲッタードラゴン)○ダブルハーケン(グレンダイザー)○ジャンケル(アクマイザー3)○カウンタークロス(ガイキング)○ツインランサー(コン・バトラーV)○スカイ剣(ビビューン)○天空剣(ボルテスV)○ダブルシャフト(ダンガードA)○ザンボットグラップ/ブロー/カッター(ザンボット3)○双竜剣(ダイモス)○ダイターンザンバー(ダイターン3)○電光剣(バトルフィーバーロボ)○ビームサーベル(ガンダム、ギャン、ゲルググ)○ヒートホーク(ザク)○火炎剣(ダルタニアス)○トライダージャベリン(トライダーG7)○イデオンソード(イデオン)○パルサーベル(バルディオス)○デンジ剣(ダイデンジン)○無双剣(ゴッドシグマ)○雷鳴剣(ダイオージャ)○太陽剣(サンバルカンロボ)○獣王剣(ゴライオン)○ゴーサーベル(ゴーショーグン)○ブライソード(ブライガー)○マーズフラッシュ(ゴッドマーズ)○地球剣(ゴーグルロボ)○バクソード(バクシンガー)○科学剣(ダイナロボ)○オーラソード(ダンバイン)○オーラソードライフル(ビルバイン)○セイバー/ランサー(エルガイム)
2007.07.21
水・木・金の3日間で、ある書き物を終わらせようと画策していたところに、急に水曜日から睡眠障害に襲われた。とうとう今日は寝込んでしまい、起きたら16時近くであった。曜日の感覚もずれてしまい、今日は土曜日なのにどうしても金曜日と勘違いしてしまった。まるで「国内的時差ボケ」。かなり心身が不安定だったが、16時半過ぎにデニーズで食べた遅い朝食(!)で、少しは落ち着いた気がする。夜のサンダビーダ要塞は雨に曇ったが、ある程度の元気を取り戻して帰宅。帰宅後は、尊敬する友との電話で、自分の見えていなかったものが見えてきた。大事な時に心身の不調に苦しんだのは、要するに、「膿みを出した」ということなのだろう、と一人納得する深夜のドラゴン山田であった(しみじみ)。
2007.07.21
生命力が落ち、一念が弱くなると、現実に種々の弊害が起こる。・悲観的になり、愚痴と文句と自己嫌悪が出てくる。・体の調子も悪くなり、免疫力が落ち、しかもそれを長く引きずる。・智慧が働かなくなり、ものごとの判断を誤る。・感情のコントロールができなくなり、気分に左右されてしまう。・周囲を味方にできなくなり、空転する。・自分の欠点や弱点ばかりが、現実生活の上で現れてしまう。だからこそ、「たくましき」楽観主義でなければならない。口で言うほどたやすいことではないが、しかし「一念」が変われば人間は底なしに強くなれる。これも事実だ。今、試されている私…。
2007.07.20
こんな日本語はあるまい。だが、「絶好調」の逆であることは想像していただけるだろう。補講を終え、喉を潤おす時間もないまま会議にバタバタと駆り出され…、心身ともに、極度に絶不調に陥った午後。ここ数日の睡眠障害も、影響しているに違いない。
2007.07.19
聞いたぜ、セミの声を。
2007.07.19
1日のアクセス数が、今朝140となった。ブログ開設より2年余り。現時点での総アクセス数は、114,959である。
2007.07.19
リルケ「王者の詩」より――「人生は、威風堂々と気高くあるべきだ。心の小さい者だけが、卑屈になる。…君は、王者の如くあれ。必ず、そうなれるのだ。」男も女も、王者の風格を持て! との響きが伝わってくる。
2007.07.19
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白い城壁が解放軍の北上を拒み続ける。だが、どんなに困難でも、どんなに犠牲を払おうとも、ここを越えねば新しい時代は呼べない。デロイア150年の歴史の分水嶺・カルナック。北か南か、時代はどちらに流れるか。次回「激戦・カルナック越え」。"Not even justice, I want to get truth." 真実は見えるか?
2007.07.18
来たぞわれらの、研究費購入洋書8冊。そのうち、・Charles Tilly, The Politics of Collective Violence (Cambridge: Cambridge U. P., 2003)・Kenton Worcester et al eds., Violence and Politics: Globalization's Paradox (London: Routledge, 2002)の2冊は、書きかけの、civil society と uncivil society をめぐる論文に、使えるはずである。また、・Marilyn Friedman ed., Women and Citizenship (Oxford: Oxford U. P., 2005)には、われらが故 Iris Marion Young も寄稿している。フェミニズムの視点からするシティズンシップ論は、かねてから私にとっても重要な課題であったが、手をつけるのはこれからだ。さらには、・Gabriel A. Almond, Ventures in Political Science: Narratives and Reflections (Boulder: Rienner, 2002)は、再検討の必要性を感じていた Almond が主に1990年代に書いた論文集であり、政治学界の重鎮である彼の回顧録といった趣もあるかも知れない。
2007.07.18
19世紀の歴史家カーライルは、スコットランド出身だったのかっ!「いかなる障害があろうとも、いかにくじけそうなことに遭おうとも、どんなに不可能だと思われることがあろうとも、忍耐強く挑戦し続ける精神」を持つ人が、栄光に輝く人なのだと。夕べの私の疑心暗鬼に対する、明快な答えではないか。
2007.07.18
やばいっ! サンダビーダ要塞から落ち込んで帰ってきたゾ!!今の自分の状況の中で、ベストを尽くしているつもりだった。やるべきことはやっているはずだった。しかし、自分は少しも前進していないんじゃないか、できることを実はやってないんじゃないか…。要するに、「これでい~のか?」という思いに落ち込んでしまったぞっ!!盟友・K森氏の言うように、くよくよせずに睡眠をとることにしよう。考えてみれば、今朝は不当にも夜明け前に目覚めてしまったのだ。寝不足のはずなのだ。よくも日中、睡魔に襲われなかったものだ。その分、夜に心理的落ち込みに襲われたのかも知れぬ。今、発揮すべきは、自分の持ち前の「忍耐強さ」だっ!!
2007.07.17
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この山を越えれば北極ポートだ。ここが天王山だ。だが雪が、氷が、風が、解放軍の行く手を阻む。8軍最後の防衛線、天然の要塞カルナック山脈が立ち塞がる。熱い思いは極寒の山岳戦に勝利を呼べるか。次回「攻略・白銀の要塞」。"Not even justice, I want to get truth." 真実は見えるか?
2007.07.17
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「わけわか」が「訳が分からない」状態のことだとすれば、さしずめ今日の私は「らちあか」、すなわち「埒が明かない」状態である。本来は先週で講義は終了のはずなのだが、私は5月中旬に過労で1週間ダウンしたため、その時に休んだ分の補講をしなければならない。実に少ない出席者を前に、「ヨーロッパにおけるポストモダン」を語りぬいた後、Yahoo BB 解約と NTT のフレッツ光工事の件について決着をつけようと、必要な電話をかけまくる。だが、NTT の W氏と、新たに PC を買った店と、マンションの管理人さんの言うことが、自分の頭の中で整理できない。それが無知ゆえなのかどうかは知らないが、しかしそこにつけ込まれて商売をされたのではたまらない。そんな中でも、来年度の研究費申請書類には決着をつけ、締切日の今日に滑り込みセーフで提出。また、しばらく放っておいた新聞記事の再校にも手を入れた。さらには、これから3日間でたたき台を作ってしまわなければならない論文のため、必要なワードファイルを大量に印刷。それらをたずさえて、郵便局経由で帰宅すると、待っていたのは言うまでもなく、遅々として進まない部屋の大掃除である…。相も変わらず、埃たかき部屋よ(汗)。とりあえず夕方、マンションに直接出入りのある NTT の K氏と電話連絡がついて、ある程度の話の整理ができたので、ようやく「らちあか」状態からは抜けたと言えるか。明日の午前中、マンションの管理人さんと話がつけば、ようやくフレッツ光の工事日が決まる。それによって、さようなら Yahoo BB となる。さて、Yahoo BB に入会することによってジオシティーズのホームページスペースを借りている私だが、解約したらそれも使えなくなるのか? 未確認である。
2007.07.17
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どういう訳か、3時過ぎに目を覚ましてしまう。その後、寝付けずにゴロゴロしていたが、結局4時過ぎには起き出してしまう。パソコンをさくさくいじった後、約60分心を落ち着ける。外は雨。連休も明け、また新たな戦いが始まる、夜明け前です…。
2007.07.17
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大掃除の中で、エディンバラ留学中の記録を克明に記したファイルが出てきた。その中にはさまっていたのが、雑誌『ジ・アニメ』1981(昭和56)年3月号付録の、イデオンのポスターであった。湖川友謙氏の筆によるもので、戦闘宇宙服の姿で仁王立ちの主人公ユウキ・コスモを中心に、2人のヒロイン、イムホフ・カーシャとキッチ・キッチンがバックに大きく描かれている。この年の春を待たずに『伝説巨神イデオン』は、ラスト4話を残して放映打ち切りとされた。後に映画「発動編」として公開された、この最後の4話を見なければ、なぜこの2人がヒロインなのかは理解できない。湖川氏がこのアートを描いていた時は、打ち切りは決まっていたのだろうか?私と『イデオン』との関わりは長い。1981年と言えば、『機動戦士ガンダム』の劇場版公開によって、今のガンプラにまでつながる空前の「ガンダム・ブーム」の幕開けの時代だった。そのガンダムの続編的な、いわば「ポスト・ガンダム」的な位置づけで製作されたはずの『イデオン』ではあったが、時に利あらずか、熱狂的なファンもいたにもかかわらず、スポンサーに降りられて不幸な打ち切りとなった。どうも、その要因の一つは、『ガンダム』のキャラクターデザインを手がけた安彦良和氏のふわっとした絵のタッチと異なり、湖川友謙氏の「人間の骨格が見えるような」リアルな(時に凄みさえある)キャラクターデザインが、見る者にある種のとっつきにくさを感じさせたことだとか。そうしたキャラたちがまた、劇中では、お互いのエゴをぶつけ合っていたのだから、視聴者はおそらく感情移入が難しかったのだろう。まして物語が、極めて哲学的な問いを含んでいたとすればなおさら…。子供の頃からマンガやアニメが好きだった私が、“アニメーションのキャラクターデザインが誰によってなされたのか”を初めて意識したのが、『イデオン』の湖川氏であった。それ以前は、アニメにはコミック版の原作があるものだという思い込みがあったから、アニメでのキャラデザイナーには無関心だった。湖川氏は後に、同じ富野作品で『戦闘メカザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』にさまざまな役割で関わって熱狂的なファンを生み、富野氏をして「彼と仕事ができてよかった」と言わしめたのだから、もしもイデオンのキャラへの評価が低いとするなら、それは不当であると私は思っている。まして、カーシャの場合はなおさらだ。私が、番組の終了間際になってイデオンにはまった一つの理由は、カーシャを好きになったことだ。だが、劇中では彼女は決して魅力的に描かれてはいなかった。勝気で我の強い、かわいくない娘という描かれ方だった。それに対して、わずか3回しか登場せず非業の死を遂げるキッチンの方が、当時は多くのファンを生んだ。1981年は、「ロリコン」などという概念が出る前夜の時代だったし、今で言えば「萌え」とでも言うのかも知れないが、そういうのが好まれるとすれば、いかにもカーシャは魅力的ではあるまい。だが私は、「自分の身を守るのを他人任せにしない」という彼女の有り方に、随分と影響を受けてしまったものだ(ただし、それが「意固地さ」につながってしまったのは、明らかにマイナスだったが)。時々、“テレビシリーズのカーシャは好きになれないが、映画版ではかわいい”などという評価を目にするが、それは私からすればナンセンスであって、テレビシリーズの物語があった上で初めて、映画版=幻のラスト4話での彼女の姿があるのだ。劇場版が公開された時に「にわかカーシャファン」が出てきたのには、私は大いに腹立たしかったし、結局はそうしたファンは一時的なもので終わってしまったのではないか。良くも悪くも、私が大衆社会的な流行現象に嫌悪感を覚え、やがて大学に入って「大衆社会論」に関心を持つようになった淵源は、『イデオン』(特にカーシャ)との関わりなのだ。私は、世に言う「萌え」というものが理解できないし、それには無縁だと考えている。だがしかし、自分が「大衆社会論」研究で Ph. D. を取ることになった結果を、原因にまでさかのぼれば、カーシャのおかげかも知れないのだ。ロシア語で「雑炊」を意味する名前を持つカーシャだが、今年になって今さらのように『イデオン』が自分の中で「復活」した時に、この古いポスターを「発掘」したこともまた、偶然とは思えない。ある意味で私は、“自分が中学・高校を過ごした1980年代とは、いかなる時代だったのか”という、同時代史的・文化社会学的な関心を持っている。日本のアニメやマンガが「文化」として世界に認知され始めている現在――そのことの是非はともあれ――、当時の一連の富野作品や、30周年を迎えるというサンライズ(もと日本サンライズ)の80年代の作品群を、いわゆる「オタク学」などとは違った形で知的対象とすることは、日本の文化史を考える上でも意味のあることかもしれない。まぁ、だからと言って、カーシャを論じることにどれだけの意味があるかは不明だが。それよりは、湖川氏が元気なうちに、彼の筆になるアートを集めた本がきちんと記録として発刊されることを望みたい(無論、新しいイラストも大歓迎)。 (7月18日記す)
2007.07.16
部屋の大掃除ばかりして、まるで仕事をしていないこの週末。しかし、合間合間に頭をよぎっている構想。走り書きでも書き留めておかないと、忘れてしまう。それにしても、5月25日以来、鍼灸に行っていない。今後の出費増を見越しての自粛(何せ1回6,000円)だが、よくも体がもっているものだ。Part I○G. ウォーラスと、W. リップマン、J. デューイ○G. ウォーラスと、G. D. H. コール、H. J. ラスキ○K. マンハイム、A. D. リンゼイ(T. S. エリオット)○H. アレント、M. オークショット○M. ガンジー、タゴール、ネルーPart II○J. シュンペーター、R. A. ダール○C. W. ミルズ○D. ベル、S. M. リプセット、W. コーンハウザー○G. アーモンド○松下圭一○江田三郎、長洲一二、佐藤昇○R. ウィリアムズ、R. ミリバンド○R. ダーレンドルフ、R. アロン○H. アレント○C. ペイトマン、C. B. マクファーソンPart III○S. S. ウォリン、B. R. バーバー、M. サンデル○M. ウォルツァー○R. A. ダール○J. ハーバーマス○V. ハヴェル(M. ゴルバチョフ)○N. ボッビオ、D. ヘルド、J. キーン○A. トゥレーヌ○J. ガルトゥング○C. ペイトマン、I. M. ヤング、A. フィリップス、S. ベンハビブPart IV○F. フクヤマ、S. P. ハンチントン○C. ムフ○J. キーン○A. ギデンズ、P. Q. ハースト○D. ヘルド○A. トゥレーヌ、A. メルッチ○N. フレイザー、I. M. ヤング○A. セン○A. ガットマン、J. ドライゼック○S. ベンハビブ、W. キムリッカ、C. テイラー何か、久方ぶりに、Andrew Gamble 教授と話がしたくなってきた…メールでも送ってみるか。(未完)
2007.07.16
頭痛もするぞ。休みなく大掃除を続け、大量に埃を吸い込んだので、それに反応したに違いない。うぅ…。
2007.07.16
10時過ぎ、地震が来る。三島ではさほど大きく揺れたわけではなかったが、少々長く続いた。しばらくして、正午前にテレビをつけたら、新潟と長野で震度6の大きな地震だったことをニュースで知った。げげげ~。思わず、長野の知人・F井氏に「大丈夫?」とメールしてしまった。台風4号の次は地震かよ。
2007.07.16
6月下旬まで続いた体調不良から、回復したと思っていた。ここ10日ほどは、それなりに悪くない体調だと思っていた。ところが…昨日の夕方からガクッとくる。今朝も寝覚めは悪く、ぐったり気味である。やばい。
2007.07.16
台風の影響がなくなったかに見えた、夏空の広がった午後の三島。とっとと出かけて、参議院議員選挙の期日前投票を済ませる。言うまでもなく、毎回の選挙のたびに、自分なりに考えて判断して投票するが、さりとて私はいわゆる「浮動票」ではない。自分にとっては、不在者投票あるいは期日前投票が、当たり前になって久しい。(7月16日記す)
2007.07.15
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