F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「アンヌはまだ帰って来ないの?」「ですから母上、アンヌは今日は王妃様主催の音楽会に出席していると申した筈でしょう。一体何の用でこちらにいらしたのですか?」「それはお前に話しても無駄です、早くアンヌをここへ呼びなさい!」「まぁ、わたくしが何ですって?」 マルセラがなかなか自分の前に姿を現さない嫁に対して苛立ちを募らせていた時、廊下からアンヌの声が聞こえて来た。「奥様、奥に旦那様のお母様がいらっしゃって・・」「まぁ、お義母様が?珍しいこと、こちらにはてっきり来ないのかと思っていたわ。」 着替えもそこそこにアンヌがダイニングへと姿を現すと、そこには憤怒の表情を浮かべたマルセラが自分を睨みつけていた。「お義母様、どうなさったのです?そんなに恐ろしい顔をなさって・・何かあったのですか?」「アンヌ、あなた一体どういうつもりなの!ドルヴィエ家の跡継ぎを産まぬとは!」「まぁ、お言葉です事、お義母様。わたくしにはガブリエルという跡継ぎがおりますわ。いずれあの子はヴィクトリアス様と結婚させ、この家を継がせますわ。」「ビアンカに聞いたのですよ、お前は人の道に外れたことをしたのですって!?」「まぁ、あの成り上がり娘がそのような世迷言を。どうやらわたくしは弟の結婚相手を選ぶことに失敗したようですわね。」アンヌは飄々とした口調でそう言ったが、アイスブルーの瞳は怒りで滾(たぎ)っていた。「それで?どのようなことをあの女がお義母様に吹き込んだのです?」「それは、余りにも恐ろしくてこの場では言えやしないわ!」「それならばお帰り下さいな。生憎、あなたの為に部屋を用意する時間はありませんから。」「まぁ、冷たい女だこと!」「・・なぁ、止めなくてもいいのか?」「いいんじゃない、あたしらが入ったら余計ややこしくなるよ。」「けどよぉ・・」 ダリウスとルイーゼがダイニングの会話に聞き耳を立てていると、突然ダイニングの扉が開き、こめかみに青筋を立てたアンヌが二人の前に現れた。「お前達、すぐに二階に行って奥の寝室を掃除なさい。ルイーゼ、うちの義母(はは)は神経質だから、念入りに埃を払うのですよ。いいわね?」「はい、かしこまりました奥様・・」「ダリウス、お前は暖炉の掃除をお願いね。まぁ老い先短いあの人が寒さに凍えてもわたくしは気にはしないけれど、一応力仕事に自信があるお前に頼んでおくわ。」「へい、それじゃぁ俺達はこれで。」「頼みましたよ。」アンヌはくるりと二人に背を向けると、ダイニングの中へと戻っていった。「どうやらあの様子じゃ、泊まるみたいだな。」「結構奥様とあの婆の仲は悪いと見たね。まぁ、嫁と姑ってのは仲が悪いもんだけどね。」 マルセラが使う寝室の床を拭きながらルイーゼがそうこぼすと、ダリウスは彼女の言葉に相槌を打った。「まぁ、これからひと悶着起こりそうだよなぁ。あの婆は結構我が強そうだし、奥様もかなり気が強いしな。さてと、あの婆が来る前にさっさと片付けておこうか!」ダリウスは口元を布で覆いながら、暖炉の中に腕を突っ込んだ。すると、そこから大量の石炭の燃えカスがもうもうと黒煙を巻き上げながら出てきた。「ちょっと、何すんだい!」「おお、済まねぇな。」このままだと暖炉の掃除は夜明けまでかかりそうだ―ルイーゼはそそくさと塵取りと箒を持って来て石炭の燃えカスを掃き集め始めた。
2013年04月10日
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「ヴィクトリアス様、待ってください!」「おや、わたしの顔は見たくないと思っていたのに。」ヴィクトリアスはクスクスと笑いながら、ガブリエルの方へと振り返ると、そこには息を切らしたガブリエルが立っていた。「わたくし、あなたにお話しなければいけないことがありますの。」「ほう、それはどんなことかな?」「わたくし、あなたが好きです!」ヴィクトリアスの目が驚愕で見開かれるのを見たガブリエルは、言葉を続けた。「はじめはあなたのこと、誤解してました。悪魔のように恐ろしい方だと。でも今は違う。あなたに段々惹かれていく自分に気づいてしまったのです。こんなわたくしを、愛してくれますか?」「・・馬鹿なことを。」ガブリエルの告白を聞いたヴィクトリアスは、そう言ってフッと笑った。「わたしも、あなたの事を誤解していた。気位が高くて世間知らずの令嬢と。しかし、わたしもあなたに惹かれてゆく自分に気づきました。ガブリエル様、こんなわたしでも愛してくれますか?」「ええ。」月明かりの下、二人は口付けを交わした。互いに想いが通じた瞬間だった。「もう、わたくしは必要ないわね、ガブリエル。」二人の様子を木陰から見ていたアンヌはそう呟くと、中庭を後にした。「アンヌ様、お久しぶりですわ。お元気そうで何より。」「まぁアレクサンドリーネ様、お久しぶりですわね。あなたの隣にいらっしゃる方はどちら?」「アレキサンダーとおっしゃるの。さっき知り合ったばかりだったのですよ。」「そうですの。」「お母様はどちらにいらっしゃるの?」「さぁ、陛下に呼ばれたとか・・」アンヌがそう言った時、広間に武装した兵士達が入って来た。「きゃぁ!」「何ですの?」「一体これは・・」貴婦人達が怪訝そうに兵士達を見ながら囁きを交わしていると、彼らはアンヌの方へと近づいて来た。「アンヌ様、申し訳ありませんがわたし達と来ていただけないでしょうか?」「何の用かしら?ここを王妃様主催の音楽会だと知っての狼藉なのかしら?」アンヌは不快そうに兵士達を見つめると、彼らは一瞬たじろいだ。「あなた達、理由も言わずにアンヌ様をどこへ連れて行くつもりです?無礼にも程があるでしょう!」「申し訳ありません、では日を改めて。」兵士達はアンヌに頭を下げると、大広間から出て行った。「一体何なのでしょう?」「さぁ・・それよりも音楽会に水差してしまって申し訳ないですわ。」「いいえ、そんなこと誰も気にしませんわ。ねぇ、皆さん?」アレクサンドリーネはちらりと貴婦人達を見ると、彼女達は慌てて彼女の言葉に頷いた。「さぁ、これから仕切り直しですわ。楽師たち、賑やかな音楽をお願い!」 アレクサンドリーネの機転により、兵士達の乱入で少し気まずい空気となっていた大広間の空気は、再び音楽と人々のざわめきで賑やかになった。「お母様。」「ガブリエル、そろそろお暇いたしましょう。今夜は何だかはしゃぎすぎてしまったわ。」「そうですわね。それよりも先程、騒ぎがあったようだけど・・」「気にしないでいいわ。さぁ、帰りましょう。」「はい、お母様。」 アンヌ達を乗せた馬車が宮廷を出て帰路に着こうとしている頃、ドルヴィエ邸では気まずい空気の中マカリオとマルセラが遅い夕食を取っていた。
2013年04月10日
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「まぁ、王女様・・」「アレクサンドリーネ様、こんばんは。」令嬢達はさっとアレクサンドリーネに道を開けると、そそくさとまた噂話を始めた。「ふん、飽きない人達だこと。」「ええ、本当に。」今日のドレスは赤毛の美しさが目立つよう、シンプルな緑のドレスを纏っていた。「これはアレクサンドリーネ様、お美しい。」一人の青年貴族がそう言って自分に声を掛けて来たので、アレクサンドリーネは自然と胸を張って誇らしげな表情を浮かべた。「あら、そうかしら?」「ええ。あなた様の美しい御髪が目立って、まるで上質のルビーのようですよ。」「ありがとう、そんな事を言ってくださるのはあなただけだわ。一緒に踊らない事?」「ええ、喜んで。」今まで自分の赤毛に対して激しい劣等感を抱いていたアレクサンドリーネだったが、この青年貴族との出会いで、彼女の中で何かが変わり始めていた。「あら、あれは・・」「アレクサンドリーネ王女?」アレクサンドリーネ王女の姿に気づいたガブリエルとヴィクトリアスは、さっと踊りの輪から外れ、アレクサンドリーネ王女に頭を下げた。「あらガブリエル、御機嫌よう。」「王女様、今夜はとてもお美しいですわ。」「ありがとう。そちらの方は?」「これはわたくしの許婚の、ヴィクトリアス=カルディナーレ様ですわ。」「お久しぶりでございます、アレクサンドリーネ王女。」「まぁ、久しぶりだこと。」「ヴィクトリアス様、王女様とはお知り合いで?」「ああ。カディスに行った時、王女様とお会いしてな。」「あなたの勇猛果敢な戦いぶりはフランスの貴婦人達が熱を上げておられますよ、ご存知かしら?」「そうなのですか・・お恥ずかしながら、わたしは世間からどのような目で見られているのか知らなくてね・・」「まぁ、ご謙遜を。」 アレクサンドリーネとヴィクトリアスが親しげに話している様子を見ていたガブリエルは、何だかアレクサンドリーネに嫉妬してしまった。 ヴィクトリアスのことを、ガブリエルは詳しく知らない。何処で生まれ、どんな家庭に育ち、戦場でどのように戦ったのか。“許婚”といっても、母・アンヌが決めたことで、知り合った頃よりも若干彼とは打ち解けたものの、未だに彼との心の距離が縮まらないのは確かだ。「それでは、これで。」「ヴィクトリアス様、アレクサンドリーネ様とのお話は済みましたの?」「ええ。どうしましたか、ガブリエルさん?まさか、嫉妬していたのですか?」「そんなことは、ありませんわ。」「そうですか。」ヴィクトリアスはそう言うと、ガブリエルを見た。ガブリエルの顔は、羞恥で赤くなっていた。「もう少し、素直になられてはいかがです?」「どういう意味でしょう?」「それは、あなたご自身がわかる筈です。」まるで謎かけのような言葉をガブリエルに投げつけると、ヴィクトリアスはガブリエルの前から去っていった。「変な方ね、ヴィクトリアス様って。」ガブリエルはそう呟くと、ドレスの裾を摘み慌ててヴィクトリアスの後を追った。
2013年04月10日
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「母上、一体どうなさったんです?アンヌは今留守ですよ?」「まぁ、ローマからはるばる姑が来たというのに、何と無礼なこと!」女はそう言って足で大理石の床を踏み鳴らすと、マカリオを睨みつけた。「母上、落ち着いてください。」突然ローマからやって来た母・マルセラに面食らいがらも、マカリオは女中達に食事の支度をするよう命じた。「何なんだい、あの婆さん?」「さぁ。何でも奥様を訪ねていらしたとか・・」「あの婆さん、旦那様の母様だってよ。だから顔が似ている訳だ。」ルイーゼとガリウスは厨房の扉から食堂を覗きながらそう言っていると、エレオノールが彼らに声を掛けた。「あなた達、ここで油を売っている暇があったら、仕事して頂戴!」「へぇへぇ、わかったよ。」「ったく、人使いが荒いったらありゃしない。」彼らはぶつくさ言いながら、それぞれの持ち場へと戻っていった。「ねぇ、あの男が握ってたメモには何て書いてあったんだい?」「あいつの正体は、奥様を殺そうとした暗殺者だった。恐らく奥様に渡すようお前に手渡したこれは、誰かの指示書だろうな。」「そうかい。だったら、暫くこの事は秘密にしておいた方がいいね。今、うちには厄介な客がいるし。」「そうだな。」「また時間があったら話すことにしよう、ダリウス。今は仕事しないとね。」ルイーゼはそう言うと、そそくさと二階へと上がった。 一方、宮廷で開かれている音楽祭は、盛況だった。「アンヌ、今日はいらしてくれてありがとう。」「礼を言うのはわたくしの方ですわ、王妃様。わたくしのような者をこのような場に招いて頂き、光栄に思っております。」アンヌは王妃に向かって優雅に腰を折ると彼女に微笑んだ。「そういえば、あなたの娘さんはどちらに?今夜は一緒にいらしたのではなくて?」「ああ、ガブリエルならあそこに。」アンヌが指した先には、楽しくダンスを踊るヴィクトリアスとガブリエルの姿があった。「まぁ、あの方が天使の心を射止めた殿方ね。」「いいえ、ヴィクトリアス様の方がガブリエルに惚れておりますの。はじめはぎこちなかったようですけれど・・恋愛というものは、わかりませんわね。」アンヌはそう言うと、口元を扇子で覆い隠して上品に笑った。「そうね。」「王妃様、そろそろお時間です。」「そう。ごめんなさいね、アンヌ。今夜は陛下に呼ばれているの。」「そうですか。ならば仕方ありませんわね。」 王妃の姿が大広間から見えなくなるまで彼女を見送ったアンヌは、ゆっくりとガブリエル達の方へと歩いていった。「ヴィクトリアス様は、ダンスがお上手なのですね。」「そうでもない。長い間船上生活を送っていた所為か、宮廷のことには疎くてね。」「わたくしも同じですわ。ほらご覧になって。あちらの雀たちが何やらわたくしたちのことを話しているようですわ。」ガブリエルはそう言うと、隅の方に集まって噂話に興じている令嬢達を見た。「まぁ、ご覧になって。」「ヴィクトリアス様は素敵ね。」「本当に。ガブリエル様と踊っているお姿は、まるで絵画を見ているようだわ。」 令嬢達が二人の美しさを褒め称えていると、そこへアレクサンドリーネ王女が侍女を引き連れてやって来た。
2013年04月10日
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ガリウスが邸の中から担架を外へとダニエルとともに運び出してルイーゼの元へと走ると、彼女は静かに首を横に振った。「さっき死んだよ。これを奥様に渡してくれって頼まれた。」「そうか。遺体はどうする?まさかここに置いておくわけにはいかねぇだろう?」「そうだね。奥様達がお戻り次第、中に運んで・・」「一体何の騒ぎだ!?」外の騒ぎを聞きつけ、夜着を羽織ったマカリオがルイーゼ達の元へとやってきた。「旦那様、さきほどこの男が馬の下敷きとなり、亡くなりました。遺体をここに置いてゆくわけにはいかないので、中に運ぼうと・・」「わたしの許可を得ずに、勝手なまねは許さんぞ!」「ですが、奥様が帰られる前に・・」「何だ、お前はわたしよりもアンヌの命令に従うというのか!」突如激昂したマカリオは、火掻き棒をルイーゼに向かって振り上げた。「止しましょう、こんな場所で。今はいいが、直に吹雪いてきます。無駄な争いはやめて、遺体を中に運びましょう。」ガリウスの有無を言わさぬ言葉に、マカリオは渋々と従い、遺体を担架に乗せて邸の中へと運んだ。「旦那様、一体どうし・・きゃぁぁ!」 エレオノールは担架に乗せられた遺体を見て悲鳴を上げ、その場でへなへなと床に倒れ込んだ。「情けないね。奥様達が帰るまでそんな惨めな姿を晒すんじゃないよ。」ルイーゼはそうエレオノールに吐き捨てるように言うと、厨房へと入っていった。「この男の身元がわかるものは?」「腰に袋を提げてますから、中身を確かめましょう。」ガリウスはそう言うと、遺体の腰に提げてある袋を取ると、その中身を取り出した。 中には数枚の金貨と純金のメダルがついたネックレスが入っており、身元がわかるものは入っていなかった。「困ったな、これでは教会で埋葬しようにも名前が解らない・・」「ルイーゼ、お前あいつを看取ったんだよな?そん時何か渡されてないか?」「うん。」ルイーゼはそう言うと、ガリウスを手招きした。「これを奥様に渡すよう言われたんだけど・・」「どれ、見せてみろ。」ルイーゼは男から渡されたメモをガリウスに見せると、彼は少し眦をつりあげた。「何か書いてあったの?」「ああ。これは俺が預かっておく。旦那様にはこの事は言うんじゃないぞ、わかったな?」「わかったよ。じゃぁ、仕事に戻るね。」ルイーゼはそう言うと、厨房から出て行った。 ガリウスはそっとマカリオが見えない場所へと向かうと、メモを開いた。 そこにはラテン語で、“貴婦人に名誉ある死を”と冒頭に書かれており、所々血で滲んで読めぬ箇所があるが、男が何者かに雇われた暗殺者であることがわかった。だが彼は仕事を果たす前に、泥濘に足を取られ、馬とともに息絶えた。(どうやら、やばいことに首を突っ込んぢまったようだな・・)ガリウスはメモをさっとしまうと、外へと向かった。「何処へ行く?」「馬の世話をしに。」適当にそう返事をすると、マカリオは怪しまずにガリウスを放っておいた。 厩へと向かったガリウスが再びメモに目を通そうとしたとき、外で馬の嘶きが聞こえた。(今度は何だ?)玄関ホールへと向かうと、そこには豪華な馬車から豪華なドレスを纏った女が降りてくるところだった。「母上、一体何故このような時間に・・」「マカリオ、今すぐアンヌを呼びなさい、今すぐ!」 女はそう叫ぶと、息子を睨んだ。
2012年06月08日
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ガブリエルはヴィクトリアスとの関係を王妃に誤解されたまま、音楽会当日を迎えた。「ねぇお母様、このドレス似合うかしら?」そう言ってジュリアーナは鏡の前で優雅に回るとアンヌを見た。「いいと思うわ。その色だったらお前の黒髪が映えるでしょう。」「お姉様はまだなの?」「ええ。そろそろ降りてくるころだと思うから、先に馬車に乗っていなさい。」「はい、お母様。」いつも小言を言うアンヌが自分に優しくするので、ジュリアーナはご機嫌だった。「ジュリアーナお嬢様、楽しんでいらしてくださいね。」「ええ、解っているわ。エレオノール、お留守番宜しくね。」「承知いたしました。」エレオノールはジュリアーナを玄関ホールで見送ると、きびきびとした動きで自分の持ち場へと戻っていった。 その頃、新人侍女のルイーゼは、ガブリエルの着替えを手伝っていた。「お嬢様にはこちらの紅い髪飾りよりも、蒼いほうが似合いますわ。ほら、こうしてつけるとお嬢様の髪に蒼い薔薇が咲いていらっしゃるようですし。」「まぁ、そうね。あなた、エレオノールよりもセンスがあるわ。これからはエレオノールに代わってわたくしの着替えを手伝って頂戴。」「そんな・・あたしはまだ新人ですし、先輩を差し置くようなことは出来ませんわ。」「遅いと思ったら、ルイーゼと二人で盛り上がっていたのね。」アンヌはそう言うと、すべる様にガブリエルの部屋に入ってきた。「お母様、ごめんなさい・・お待たせしてしまったわ。」「いいのよ。さぁ、下でジュリアーナとヴィクトリアス様が待ってますよ、行きましょう。」「はい、お母様。じゃぁルイーゼ、行ってくるわね。」「行ってらっしゃいませ。」ルイーゼはガブリエル達を玄関ホールで見送ると、溜息を吐いて厨房へと向かった。 今夜に限ってあの太った料理番は「腰が痛い」と言い出し、自分の仕事をすべてダニエルに押し付けており、彼は朝から休む暇もないほど働いている。(ったく、根性悪な婆だね。あたしがとっちめてやろうか。)指の骨をぽきぽきと鳴らしながらルイーゼが厨房に入ると、ダニエルが銀食器を磨いていた。「ルイーゼ、来なくても良かったのに。もう仕事は終わったぜ。」「そうかい?あんた、あの婆よりも仕事が早いじゃないか。」「あの婆、何かにつけ休みたがるから、困ったもんさ。その癖えらそうなんだからなぁ。あのエレオノールってやつも同じだけど。」「まぁ、あいつらよりも酷いやつらは一杯見てきたからね。明日も早いし、さっさと寝て・・」ルイーゼがそういいながらダニエルと銀食器を磨いていると、突然外で大きな音がした。「一体何だい!?」ルイーゼが燭台を掴んで外へと飛び出すと、ドルヴィエ邸の前で一頭の馬が横転し、その下敷きになった男が苦しそうに呻いていた。「あんた、大丈夫かい!?」「ルイーゼ、どうした!?」「人が倒れてるんだよ、手を貸して!」ガリウスとともに息絶えた馬の下敷きとなった男を引きずり出すと、彼は荒い息を吐きながら彼らを見た。「どうか・・アンヌ様に、お取次ぎを・・」「すまないが、奥様は宮廷に行っててね、今は留守だよ。ガリウス、担架を!怪我人を中に運ばないと!」「わかった!」「あんた、その様子じゃ立てないね。今担架で運ぶから、少し待っ・・」「これを、アンヌ様に・・」ルイーゼに男は紙切れを握らせると、数回痙攣した後息絶えた。
2012年06月08日
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「ねぇ、昨日お母様が話しかけていた子って、誰なの?」 王妃の一人娘・アレクサンドリーネがそう言って自分の髪を梳いている侍女にそう問いかけると、彼女はこう答えた。「あの方は、ガブリエル=ドルヴィエ様、アンヌ様のご息女ですわ。」「アンヌ様の?余り似ていないわね。あの方は黒髪で蒼い瞳をしていらっしゃるのに、あの子は金髪と紅い瞳をしているじゃないの。」アレクサンドリーネは不快そうに鼻を鳴らした。「あの子、何だか気に入らないわ。」「まぁアレクサンドリーネ様、そのようなことをおっしゃっては・・」「お前はもう下がって、わたくしはもう休みたいの。」「はい・・では・・」侍女が部屋から出ていった後、アレクサンドリーネは鏡に映る己の姿を見た。 父親譲りの赤毛に、翠の瞳。 昔から、この赤毛が大嫌いだった。 王妃の娘である自分に対し、宮廷人達は皆恭しい態度を取っていたが、裏で彼らが何を言っているのかは知っていた。“娼婦の娘”、“悪魔の使い”、“癇癪持ち”・・大人達の、赤毛に対する偏見を子ども達は鋭く感じ取り、アレクサンドリーネは同年代の子ども達から赤毛のことでからかわれた。(何故神様は、わたくしをお母様のような金褐色の髪にしてくださらなかったのだろう?くすんだ赤毛なんて美しくないわ。) 彼女の赤毛は陽に当たると上質のルビーのように美しい輝きを放ち、宮廷の男達はそんな彼女の美しさを称えているのだが、当の本人は己の髪に酷い劣等感を抱いていた。(ガブリエルが羨ましいわ。わたしも金髪だったら、翠の瞳がよく映えるのに・・)もうこれ以上自分の姿を見るのが嫌で、アレクサンドリーネは鏡に背を向け、寝台の中へと入っていった。その夜彼女が見た夢は、金髪になり自由気ままに人生を謳歌している己の姿だった。だが所詮それは夢で、目が覚めると髪は赤毛のまま。「アレクサンドリーネ、どうしたの?」「ねぇお母様、どうしてわたくしは金髪じゃないの?この赤毛に心底うんざりしているのよ。」そう母である王妃に愚痴をこぼすと、彼女はそっと娘の髪を梳いた。「アレクサンドリーネ、あなたのその赤毛はあなたにしかないものよ。」「意味が解らないわ、お母様。」「いつか解る日が来るわ。」 宮廷で母とともに貴婦人達の集まりに出ていると、そこにはアンヌの姿があった。「初めまして、アンヌ様。アレクサンドリーネと申します。」「まぁ、あなたが・・」“氷の貴婦人”と名高いアンヌは、そう言ってアレクサンドリーネに微笑むと、そっと彼女の赤毛を梳いた。「美しい赤毛だこと。内なる情熱の炎のようだわ。あなた方もそう思わないこと?」「え、ええ・・」「お美しいですわ。」いつも自分に陰口を叩いていた貴婦人達が、アンヌに突然話を振られて慌てて相槌を打つ姿を見て、アレクサンドリーネは溜飲を下げた。「音楽会が楽しみですわ、王妃様。ではまた。」「アンヌ様、お会いできて嬉しかったですわ。」「わたくしもよ、アレクサンドリーネ様。では閣議がありますので、これで失礼。」 颯爽とドレスの裾を翻し、去っていくアンヌの背中が見えなくなるまで、アレクサンドリーネは羨望の眼差しでアンヌを見ていた。
2012年06月08日
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「本当に、わたくしと行ってもよろしいんですの?妹とではなく?」「ええ。実はわたしも、王妃様からお誘いを受けておりましてね。一人だといろいろと変な噂が立つだろうと思い、あなたをお誘いしたのですが・・いけませんでしたか?」「いいえ、とんでもありませんわ。」ガブリエルはそう言うと、安堵の表情を浮かべた。「まぁ、二人で何を楽しく話しているのかしら?」ヴィクトリアスとガブリエルが同時に背後を振り向くと、そこにはアンヌが立っていた。「お、お母様・・」「アンヌ様、王妃様からのお誘いを受けた音楽会を出席するという返事をガブリエル様にいたしたところです。」「まぁ、そうなの。音楽会が楽しみだわ。さてと、わたくしはこれから自室に籠もって仕事をしないとね。休んでいる暇はないわ。」ドレスの裾を翻しながら、アンヌは二人の前から去っていった。「あの方は、考えていることが解らないな・・」「お母様は余り他人に心をお開きにならない方だから・・でもわたくしの前では弱音を吐くのよ。」「そうか。アンヌ様は君とは腹を割って話せるんだな。」「まぁ、そういうことになるわね。お父様とお母様は長年上手くいってないようだけど。」ガブリエルは溜息を吐くと、ヴィクトリアスに両親の冷え切った関係を話した。「お父様とお母様は政略結婚でね。まぁ貴族の間では互いの利害さえ一致すれば敵同士の娘と息子を結婚させるなんて、珍しくもないわよ。まぁうちの場合は、お父様がお母様に一目惚れしたんだけどね。」「一目惚れ?あのマカリオ様が?」ヴィクトリアスの脳裏に、蛇のような冷たい目をしたマカリオの顔が浮かんだ。彼らの関係は冷え切っているのに、あの彼がアンヌに一目惚れして彼女に結婚を申し込んだなどと、にわかに信じられる話ではなかった。「はじめてお母様にお父様との馴れ初めを聞いたとき、わたくしも驚いたわよ。お母様とお父様が会われたのは、鹿狩りの集まりだったとか。」 今でも馬を巧みに操る貴婦人として宮廷で噂となっているアンヌであるが、その凛々しい乗馬姿にマカリオが一目惚れしたのはわかる気がする。「それよりも音楽会か・・」「わたくし、お母様からいろいろと習っているけれど、まだ人前で弾けるような腕前ではないわ。」「どんなものを?」「そうね・・リュートとか。ヴィクトリアス様は?」「楽器には縁がなくてな。剣の練習ばかりしていたから。」「そう。わたくしね、これから乗馬や狩猟が出来るようになりたいの。もちろん弓や剣術も。宮廷に出入りできるようになったから、このままだと駄目だと思って。」「それはいい心がけだ。何ならわたしが教えようか?」「まぁ、お忙しいのに・・本当によろしいんですの?」ガブリエルがそう言ってヴィクトリアスを見ると、彼は柔らかな笑みを彼女に浮かべていた。「出来るだけ早いほうがいい。明日から教えよう。」「ありがとうございます!」ぱぁっとガブリエルの顔が輝いた様子を見ていたヴィクトリアスは、ポッと心の中に火が灯ったのを感じた。 それは、長い間孤独に耐えてきた心の、硬い氷が溶けた瞬間でもあった。「お嬢様・・」 アンドレイは、楽しそうに話すガブリエルとヴィクトリアスの姿を遠巻きに見ながら唇を噛み締めた。(あれは、わたしの場所だった筈なのに。) いつだってガブリエルの隣には、自分が居たのに。だがその場所には、ヴィクトリアスが居る。 いつからこんなに、黒い嫉妬が己の中に渦巻いているのだろう―アンドレイは溜息を吐いて厩へと向かった。
2012年06月08日
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「随分と遅かったわね?」「すいません、以後気をつけます。」そう言ってルイーゼがエレオノールの脇を通り過ぎると、彼女は舌打ちして自分の持ち場へと戻っていった。(何なのよ、あの女。)やけに自分につっかかってくるエレオノールに、ルイーゼは首を傾げながら仕事へと戻った。「なぁ、もう仕事に戻ったら?あのチビのおっさんがいろいろうるさく言ってくるぜ?」「ああ、そうだな。じゃぁなダニエル、婆に負けるなよ。」自分に手を振って厨房から出て行くダリウスの背中を見送ると、ダニエルは残った仕事を済ませるために忙しく動き回った。「お嬢様と奥様がお帰りになられたわ!」 玄関ホールで靴磨きをしていたダリウスは慌てて道具を放り出すと、アンヌとガブリエルを迎えた。「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様。」「あらダリウス、お仕事がんばっていらっしゃるようね。」ガブリエルはそう言ってダリウスに近づくと、彼の顔には靴墨がついていた。「あなた、靴墨がついていてよ。」「すいません、急いでいたもので・・」「そう。お母様、ヴィクトリアス様のことですけれど・・」「それは後で聞くわ。それよりもお茶にいたしましょう。ルイーゼ、お茶の準備を。」「かしこまりました、奥様。」 ルイーゼがそそくさと厨房へと向かいお茶の準備をしていると、ダニエルがルイーゼの隣に立った。「お茶用の食器はこっちだぜ。」「ありがとう、ダニエル。」「まぁ、厨房で働いてるから一応食器類の場所も覚えておかねぇとな。簡単な菓子なら作れるけど。」「じゃぁお願いするよ。」 数分後、ルイーゼがアンヌとガブリエルにお茶と菓子を運ぶと、二人は何やら真剣な表情を浮かべて何かを話していた。「失礼いたします、奥様。」「お茶はそこに置いておいて。」「はい。」 二人の邪魔をしてはいけないと思い、ルイーゼはそそくさとアンヌの部屋から出て行った。「それで?あなたはどうしたいの?」「わたしは、ヴィクトリアス様を音楽界にはお誘いしたいけれど、受理あー何は悪いわ。」「あの子の事は放っておきなさい。それよりもガブリエル、これから忙しくなるわよ。宮廷では何もあなたに好意的な人物ばかりではないわよ、覚悟しておきなさい。」「わかりましたわ、お母様。」「さてと、お茶で喉を潤しましょうか?」アンヌがそう言って茶を一口飲んでいると、ガブリエルが突然声を上げた。「どうしたの?」「お母様、このクッキー、美味しいわ。どなたが作ったのかしら?」「そうね。きっと新しく厨房に入った子が作ったのでしょう。初めてにしては上出来だわ。」(珍しいわね、滅多に人を褒めることがないお母様が、ダニエルを褒めるだなんて・・)「どうしたの?早く頂きなさい。」「はい、お母様・・」 その後ヴィクトリアスに音楽会のことを話そうとしたガブリエルだったが、食事の後はそそくさと自室へと下がってしまう。「あの、ヴィクトリアス様・・」「何ですか?」「あの・・王妃様からあなたを音楽会にお誘いしなさいと言われて・・もしお嫌でなければ、わたくしと音楽会に・・」「いいですよ、行きましょう。」 ヴィクトリアスはそうガブリエルに言うと、彼女に微笑んだ。
2012年06月08日
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「ねぇ、そこのあなた。」 ガブリエルが母・アンヌと離れて王宮の廊下を歩いていると、突然背後から声を掛けられた。「なんでしょうか?」振り向くと、そこには緑のドレスを纏った炎のような赤毛を結い上げた少女が立っていた。年の頃は自分と同じくらいで、彼女が嵌めている指輪を見る限り、どこかの名家の令嬢のようだった。「あなたね、宮廷で噂されていらっしゃる“白薔薇の君”というのは?」令嬢の瑪瑙の瞳が、ガブリエルをまるで品定めするかのように彼女を見た。「あの、わたくしに何か御用でしょうか?」「いいえ。ただ声をかけただけよ、気になさらないで。」令嬢はそう言うと、侍女たちを引き連れてガブリエルの前から去っていった。「お嬢様、どうなさいましたか?」「いいえ、なんでもないわ。ねぇアンリ、あの方はどなたなの?」ガブリエルが侍女のアンリにそう尋ねると、彼女はそっとガブリエルの耳元に耳打ちした。「あの方はアレクサンドリーネ様、王妃様のご息女にあらせられますよ。」「あの方が?」 一体何故王妃の娘であるアレクサンドリーネ王女が自分に話しかけてきたのか、訳が解らなかった。「ガブリエル様、王妃様がお呼びですわ。」「解りました、すぐに参りますと王妃様にお伝えしてくださいな。」そう言うとガブリエルは、アンリとともに王妃の部屋へと向かった。「失礼いたします、王妃様。」「ガブリエル、宮廷にはもう慣れて?」「いいえ、何せ初めてなのでよくわからないことばかりで・・」「それはそうでしょう。アンヌも悪い方ね、こんなに可愛らしいあなたを家の中に閉じ込めていただなんて。」王妃はころころと鈴を転がすかのような声で笑った。「ねえガブリエル、アレクサンドリーネにはもう会ったかしら?」「ええ。ですが、余りわたくしの事を好ましく思っていらっしゃらないようでした。」王妃の機嫌を損ねぬよう、ガブリエルは言葉を慎重に選んでそう言うと、彼女はまた笑みを浮かべた。「まぁ、あの子は少々わがままなところがあってね。それにわたくしもアンヌのことを言える義理ではないわね。さてとガブリエル、そろそろ本題に入りましょうか?」「はい・・」「あなたには確か、ヴィクトリアス様という婚約者がいらっしゃるわね?」「彼は婚約者ではありませんわ。」「ほほ、隠さなくてもよろしいのよ、ガブリエル。あなたは男心を知らないのねぇ。」「王妃様・・」王妃にからかわれ、ガブリエルは頬を赤くした。「そこでだけど、ヴィクトリアス様をわたくし主催の音楽会に招待しようと思っているのよ。是非あなたもヴィクトリアス様といらして。」「は、はぁ・・」 王妃からの誘いを無下に断ることもできず、ガブリエルはヴィクトリアスにどう音楽会のことを切り出せばいいのか迷っていた。「ガブリエル、どうしたの?」「お母様・・」ふと顔を上げると、そこには閣議を終えたアンヌが自分の前に立っていた。「何か悩み事があるのなら、わたくしに言いなさい。」「実はね、お母様・・」ガブリエルは王妃が自分とヴィクトリアスとの関係を誤解していることをアンヌに話すと、アンヌは大声で笑った。「何だ、そんなことで悩んでいたの?」「そんなことって・・お母様、ヴィクトリアス様は妹の婚約者だってお母様もそうおっしゃってたでしょう?」「それはそうだけど、ジュリアーナはあの方とは相性が合わないみたいね。それにヴィクトリアス様があなたに向ける目、あれは恋する狩人の目だわ。」「恋する狩人の目?」「あなたにはまだ解らないと思うわね、今のところは。」(全く、ガブリエルは鈍いのね。) ヴィクトリアスは幾度もガブリエルに対して熱い視線を送っているというのに、当の本人は全くそれに気づかないときている。まだまだ彼女から目を離すことはできないとアンヌは思いながら、ガブリエルとともに宮殿から出て行った。 一方ドルヴィエ家では、作業を終えたダリウスがルイーゼとダニエルとともに一息ついていた。「ああ、腰が痛い。」「まだ若ぇのに何言ってんだ。」そういいながらダニエルの髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でるダリウスの姿は、まるで子煩悩な父親そのものだった。「そろそろ奥様とお嬢様が戻られる頃だから、あたしはもう行くね。」「ああ、先輩達にいびられても我慢しろよ。」「わかってるさ。」 ルイーゼが厨房から出て行くと、彼女を待っていたかのようにエレオノールが彼女の前に立ちはだかった。
2012年06月08日
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「お母様、どちらへ?」「まぁ、すぐに解るわ。」アンヌはそう言うと、ガブリエルを連れてある部屋の前に立った。「アンヌ様、お久しぶりでございます。」部屋の中から、金糸の刺繍を施された服を着た王妃付きの小姓がアンヌに気づき彼女に頭を下げた。「あらピエール、お久しぶりね。こちらはわたしの長女・ガブリエルよ。ガブリエル、この子は王妃付きの小姓の、ピエールよ。」「はじめまして・・」「は、はじめまして!アンヌ様、ただいま王妃様を呼んで参りますので、暫しお待ちを!」ピエールは噂の“白薔薇の君”の美しさに暫し見惚れていたが、慌てて自分の仕事に戻っていった。「お母様、王妃様って・・」「これからお前を、王妃様に紹介するわ。大丈夫よガブリエル、わたくしがついているわ。」アンヌはこれから王妃に会うと知り、緊張で震える娘の手をそっと握った。「王妃様、失礼いたしますわ。」「お入りなさい、アンヌ。待っていたのよ。」部屋の扉が開かれ、蒼いドレスを纏った王妃がそう言ってアンヌに微笑んだ。彼女の周りには、数人の女性達が居た。彼女達はどれも、華やかなドレスを着ており、ガブリエルは少し気後れしてしまった。「まぁ、それがあなたの娘さんね?」「はい、ガブリエルと申します、王妃様。」「天使のような、可愛い方ね。ガブリエル、こちらにいらっしゃい。」「は、はい・・」ガブリエルは恐る恐る、王妃の元へと歩いていった。 彼女は知性溢れる翡翠の瞳をガブリエルに向けると、ニコリと彼女に微笑んだ。「美しい瞳ね。まるで上質なルビーのようだわ。」「まぁ、そんな・・王妃様のエメラルドのような瞳には敵いませんわ。」「そう言ってくださるのは、あなただけよ。他の人たちは、わたくしの髪や肌の色を褒めるけれど、瞳の色を褒められたのは初めてよ。それにあなた、白いドレスが似合うのね。」「母がこの日の為に選んでくださったんです。王妃様方のドレスが華やかなので、見劣りするのかと思ってしまって・・」「いいえ、そんなことはないわ。どんなに派手に着飾っても、土台が悪かったらすべて駄目よ。そう思わないこと、アンヌ?」「ええ、おっしゃるとおりですわ、王妃様。」「ガブリエル、あなたといろいろお話がしたいわ。アンヌは家では、どんな母親なのかしら?」「そうですね・・」ガブリエルと王妃が楽しく語らっているところを、アンヌは微笑ましげに笑った。 どうやら王妃は、ガブリエルのことを気に入ったらしい。 これから宮廷であの子が生き抜く為に、宮廷の実力者である王妃の庇護を受ければガブリエルの将来は安泰だ。 彼女はもう、自分の元に閉じ込めて守る時期はとうに過ぎている。(ガブリエル、お前はもう自分の意志を持ってちゃんと己の道を歩いている。今までわたくしはお前を守ってきたけれど、もうそれは必要ないわ。) ガブリエルが生まれてから今日までの14年間、アンヌは誰の目にも触れられぬよう、ガブリエルを守ってきた。だがもうガブリエルは、巣立ちの季節を迎えているのだ。「アンヌ、どうしたの?」「いいえ、何でもありませんわ、王妃様。」アンヌはそう言うと、誰にも見られぬように慌てて涙をハンカチで拭った。
2012年06月08日
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「ガブリエル、わたくしからはぐれないようにね。」「解りました、お母様。そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ。」ガブリエルは過保護なアンヌに苦笑しつつも、馬車から降りた。「用心には越したことはないから、これを持っていなさい。」そう言ってアンヌがガブリエルに渡したのは、護身用の短剣だった。「それをドレスの中に隠しておきなさい。邪な男の喉元を切り裂くには、充分な得物よ。」「もう、お母様ったら・・」隣で苦笑するガブリエルを見て、アンヌはこんな調子で大丈夫だろうかと思った。 彼女にとって宮廷は華やかなイメージしか抱いていないようだが、実際は陰険で卑劣な者達が人の皮を被り、世辞の裏に鋭い牙を隠し持っている獣達の集まりなのだ。“氷の貴婦人”と呼ばれ、畏怖されているアンヌではあったが、今この地位に居るのは血の滲むような努力をしたからだ。いつ誰かがアンヌの地位を脅かし、奪おうとするかもしれないから、気が楽ではない。「ガブリエル、よくお聞きなさい。本当の武器は、短剣ではないわ。いつどんなことが起こっても、決して己の意志を変えないこと。強い芯を持った心こそが、ここでは役に立つのよ。」「お母様・・」今までアンヌの口煩い小言をうんざりとした様子で聞いていたガブリエルだったが、彼女が急に真顔になったので、彼女は真剣に母の話を聞いた。「意志がなくすぐ簡単に他人に靡くような人間は、何処へ行っても潰されるか、良い様に利用されて捨てられるだけよ。けれど意志が強く、揺るがない人間は違う。悪意ある者に対して毅然としていれば、自ずと相手は屈服するしかないでしょう。いいことガブリエル、強い意志を持ちなさい。」「わかりました、お母様。」「ガブリエル、わたしの可愛い娘・・」アンヌはそう言うと、ガブリエルを抱き締めた。 彼女はもう既に、強い意志を持っている。だがまだ自分の庇護下に置いていかなければならないのは、いつガブリエルの最大の秘密が露見するかどうか解らぬからであった。最近夫のマカリオとは言葉を交わさないばかりか、顔を合わせることもない。だが彼が一体何をたくらんでいるのかは、手に取るように解る。 敵は、身近なところにいるものだ。アンヌはガブリエルの手をしっかりと握り、宮殿の中へと入った。 華やかでありながら、一番この世で醜い争いが行われている戦場へと、彼女は足を一歩踏み入れた。「あ~あ、今ごろあのお姫様はどうしているのかねぇ?」 一方ドルヴィエ邸の厨房では、ダニエルがそう呟きながら玉葱の皮を剥いていた。腰を落として屈めた姿勢を長時間取っているので、腰が痛くなってきた。「こら、新入り!サボってんじゃないよ!」ドルヴィエ邸の料理番・アグネスがそう言ってダニエルに近づくなり、彼の小さな肩をばしんと叩いた。「すいません・・」「全く、子どもだからといってあたしは容赦しないからね!さっさと仕事を終わらせな!」アグネスは肥満体を揺らしながら、厨房へと出て行った。「ったく、くそババア、思いっきり叩きやがって・・覚えてろよ。」「なぁ~にブツブツ独り言言ってんだ、気色悪いぞ。」背後で野太い男の声が聞こえたかと思うと、いつの間にか厨房にはガリウスが入ってきて、自分を翠の双眸で見つめていた。「ガリウス、もう仕事終わったの?」「ああ。あのババア、ガキのお前に全部仕事を押し付けて昼寝ってか?俺が手伝ってやるよ。」「いいよ、そんなことしなくても・・」「気にすんなって。」ガリウスは笑いながら腰に提げている愛用の短剣を鞘から抜くと、玉葱の皮を素早く剥いた。「それよりも奥様とお嬢様は何処行ったんだ?姿が見えねぇようだが。」「ああ、お二人なら宮廷に行ってるよ。ガブリエル様が心配だなぁ。可愛いから、変な男に人気のないところに連れ込まれて犯されるかも・・」「物騒なこと言うなよ。そんなの奥様の前で口にしてみろ、半殺しにされっぞ。」ガリウスがそう言ったとき、背後で靴音が聞こえた。「お前達、そこで何をしている?」「旦那様。」ダニエルとガリウスが振り向くと、そこには不機嫌な表情を浮かべているマカリオが立っていた。「みての通り、仕事をしておりますよ。それが何か?」「ふん、まぁいい。ガブリエルとアンヌは何処に居る?」「お二人なら宮廷に向かわれました。」「そうか・・邪魔したな。」マカリオは、そう言うと厨房から出て行った。「なんだったんだろうな、旦那様は?」「さぁ・・この家の奴って、なんだか何考えてるか解らねぇよな。」ダニエルはそう呟くと、包丁を持ち直して新しい玉葱の皮を剥き始めた。 その頃、ガブリエルはアンヌに連れられてある場所へと向かっていた。
2012年06月08日
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「あの、何をおっしゃっておられるのですか、奥様?」「とぼけても無駄よ。お前はガブリエルの正体を知っているのでしょう?」アンヌはそう言うと、ルイーゼを蒼い瞳で睨んだ。「ほ、本当に奥様がおっしゃられている意味が解らないんです。」ルイーゼは顔をこわばらせつつもそうアンヌに言うと、彼女は溜息を吐いて彼女を見ると、次の言葉を継いだ。「そう、ならいいわ。お前は口が堅そうだから、この際あの子の秘密を教えてさしあげましょう。」アンヌはそう言うと、ルイーゼを手招きした。「あの子は男なの。」「えっ!」「大声を出さないで。この事を知っているのはわたくしとあの子付の侍女と家庭教師、そしてお前の友人だけよ。もしこの秘密を口外したら、お前の命はないわよ。」「はい、解っております・・」「ではもう行きなさい。あの男を呼んで。」「では、失礼いたします。」 アンヌの部屋から辞したルイーゼを見るなり、エレオノールが彼女を睨みつけてきた。「何処へ行くの?」「あんたには関係ないことだよ。」「新人の癖に生意気ね。まぁいいわ、あんたみたいな女、奥様がさっさと追い出すだろうから、せいぜい気をつけることね。」エレオノールはわざとルイーゼにぶつかると、アンヌの部屋へと入っていった。「ふん、お高くとまりやがって。」彼女に毒づいたルイーゼは、ガリウスを呼びに行った。 その頃ガリウスは、ピエールに監視されながらドルヴィエ家に運ばれてきた荷物の搬入を手伝っていた。「ぼさっとするんじゃない、さっさと動け!」「ったく、うるせぇよ・・」ガリウスはぶつぶつとそう呟きながら舌打ちすると、ピエールがじろりと彼を睨んできた。「ガリウス、奥様がお呼びだよ。」「奥様が?わかった、すぐ行く。」「おい、まだ仕事が・・」「奥様から呼び出されましたんで、ちょっと失礼。」ピエールが背後で何か言っているのを無視して、ガリウスはアンヌの部屋へと向かうと、紫のドレスを纏った彼女が椅子から立ち上がるところだった。「来たわね。」「奥様、俺に用っていうのは・・」「お前、ガブリエルが男だということは知っているわよね?」アンヌがついと、ガリウスに一歩近づいた。「言っておくけれど、ガブリエルの秘密を口外したら、お前の命はないと思いなさい。それだけは覚えておいて。」「解りました、奥様。お話はそれだけですか?」「ええ。」「では、失礼いたします。」ガリウスがアンヌに頭を下げて彼女の部屋から出て行くと、ガブリエルの姿が廊下にあった。「あら、あなたお母様に何のご用なの?」「もう用は済んだ。仕事に戻らないとあのチビにどやされちまう。」ガリウスはそう言うと、ガブリエルに背を向けて自分の持ち場へと戻った。「お母様、何ですの、お話って?」「ガブリエル、お前もそろそろ宮廷に上がったほうがいいと思ってね。」「わたくしが、宮廷へ?」母の言葉を受け、ガブリエルの真紅の瞳が、驚きで大きく見開かれた。「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」執事達に見送られ、ガブリエルは母に連れられ初めて宮廷へと向かうことになった。 初めて足を踏み入れるそこが、欲望渦巻く世界だとは、ガブリエルはまだ知る由もなかった。
2012年06月08日
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「なぁに、ガブリエル?お前のお願いなら、何でも聞いてあげるわ。」そう言って自分に振り向いたアンヌの顔には、笑顔が浮かんでいた。冷酷だと宮廷で名の知られる彼女だったが、ガブリエルの前では全く違った。「あの方達、ここのお屋敷で雇ってくださらないかしら?」「あのユグノー達を?お前は正気なの、ガブリエル?」アンヌの美しい眦が上がった。 目の前に立っている娘は、自分を拉致した連中をここで働かせろと言っている。 正気じゃない。「我が儘なお願いだとはわかっているわ、お母様。でも彼らを放ってはおけないの。」ガブリエルはそう言って母に近づくと、彼女の手を握った。「確かに司祭様とカロリーヌを殺したあの男は憎いけれど・・だからと言って辛くあたりたくはないの。わたくしの命の恩人なんですもの。」「まぁ、ガブリエル・・」娘の言葉に、アンヌは感動して言葉が出なかった。 娘を拉致した連中を断罪しようとしている自分とは違い、彼女はあのユグノー達を許そうとしている。 確かに、彼女の言葉は一理あるかもしれない。 無下に自分の領地から追い出しても、彼らはまた何処かに住み着き、そこでまた問題を起こすだろう。同じことを彼らが繰り返す前に、自分が彼らに職を与え、更正させるのも悪くは無い。「お母様?」「お前の言う通りね、ガブリエル。お母様が間違っていたわ。」アンヌはふっと笑うと、ガブリエルを抱き締めた。「奥様、本気なのですか!?あのユグノー達を我が屋敷の使用人に?」「そうよ。頼んできたのはガブリエルだけれど、決めたのはこのわたくしよ。」 暖炉の火によって赤く照らされたピエールの顔は、怒りと驚愕で綯い交ぜとなっていた。「正気ですか、奥様?いつあいつらが奥様や旦那様に刃を向け、寝首を掻くかもしれぬのですぞ!」「もし彼らがそうするとしても、わたくしがその前に彼らの首を刎ねればいいことよ。」アンヌはそう言うとソファからすっと立ち上がると、自分の前に立っているピエールを冷たく見下ろした。「ピエール、わたくしの言うことに従えないというのなら、今夜にでもお前に暇を出しましょうか?」「お、奥様、それはご勘弁してくださいませ!わたくしにはまだ養わねばならぬ妻と子がおります!今、ここを放り出されたら・・」「何処にも行くあてがない、そうよね?お前は父の代から我が家に仕えてきたけれど、わたくしは父とは違うわ。何かお前に問題があったら即座に切り捨てるから、それだけは覚えておきなさい。」「は、はい・・」「もう話は済んだわ、お行きなさい。」バタバタとピエールが部屋から出ていく足音を聞き、アンヌは溜息を吐いて香水をつけた。(さて、これからどうなることやら・・)ガブリエルの願いを聞き入れたものの、貴族の使用人としてあのユグノー達が務まるかどうか、アンヌは少し不安だった。 翌朝、その不安は的中した。「うわ!」「何やってんだ、気をつけろ!」「すいません・・」 ドルヴィエ家の厨房で働くことになったダニエルは、勢い余ってじゃがいもを床にばら撒いてしまった。「これ全部洗って皮を剥くんだぞ、いいな!」「はい、解りました・・」泥で汚れたじゃがいもを、冷水で洗っていると、指先がかじかんできて、ダニエルは両手に息を吐いた。 アンヌに雇われ、これまでの自由気ままな生活とは全く違う使用人としての生活は、前途多難なものだと彼は感じていた。「失礼いたします、奥様。」 アンヌの寝室にそう言って入ってきたのは、ユグノーの集落で纏め役を務めていた類―是だった。「こんな時間まで眠っているだなんて、随分と悠長だこと。」先に主の寝室に入り、彼女のドレスの皺を伸ばしていた先輩侍女のエレオノールはそう言ってルイーゼを睨んだ。ルイーゼはエレオノールの澄ました顔を殴りつけたくなったが、我慢した。(我慢しな、ルイーゼ。ここで怒っちゃ相手の思う壺だよ。)「失礼いたします、奥様。髪を・・」「お願い。」「はい・・」 ルイーゼは恐る恐る鏡台の前に置いてある宝石を鏤めた櫛を手に取り、それをアンヌの艶やかな黒髪に沿って動かし始めた。「痛くはございませんか、奥様?」「大丈夫よ。エレオノール、お前は少し席を外して。」「え?」「早くなさい、わたくしを怒らせたいの?」アンヌのアイスブルーの瞳に睨まれたエレオノールはちらりとルイーゼを見ると、寝室から出て行った。「あの、奥様・・」「お前、ガブリエルの正体を知っているわね?」 そう言ってルイーゼに振り向いたアンヌの瞳は、氷のように冷たかった。
2012年06月08日
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「ガブリエルさん、ご無事でよかったです。」ヴィクトリアスはそう言って自分の腕の中に居る天使に向かって微笑んだ。「あの方達はどうなるのかしら?お母様は決して、あの方達をお許しにならないと思うのよ。」ガブリエルは自分たちよりも遥か先に邸へと向かっているアンヌ達を見た。白貂の毛皮を纏い、白馬に跨った彼女は、まるで氷の女王のようだ。誰も寄せ付けぬ、冷酷な心を持った女王。だがガブリエルは冷酷な女王が自分の前では慈愛に満ちた母親になるということを知っていた。彼らの事は、殺したりはしないだろう。拉致されたとはいえ、無事に帰ってきたのだ。母はその事を大いに喜んでいるし・・そう考えている時、急に馬の歩みが止まった。「ヴィクトリアス様、どうなさったの?」そう言ってヴィクトリアスの方に向き直ったガブリエルは、彼が1人の少年を見つめていることに気付いた。「お前は誰だ?」ヴィクトリアスは目の前で自分を見ている少年に向かって言った。「あんたこそ誰だよ?そのお姫様の騎士か何かかよ?」少年はキッとヴィクトリアスを睨みつけ、両腕を自分の身体に巻き付けた。「わたしはヴィクトリアス=カルディナーレ。こちらのご令嬢の妹君、ジュリアーナ様の婚約者だ。お前は?」「俺はダニエル、もうすぐあんたらに殺される運命にある可哀想なガキさ。」ダニエルは自嘲的な笑みを浮かべながら黒衣の男に自己紹介した。「まだ殺されると決まった訳じゃないのに、何故そんなことを言う?」「あんたは死神だからさ。」ダニエルがそう言った瞬間、激痛が彼の全身を貫いた。「さっさと歩かないか、このガキ!」ヴィクトリアスに暴言を吐いたダニエルに向かって、捜索隊の1人が彼を鞭で打ち据え始めた。ダニエルは激痛に耐えながら泣くまいと歯を食い縛った。「やめないか、幼い子ども相手に。」「ですが・・」「あなた、お名前は?」「ピエールです、お嬢様。」「ピエール、あなたには近々辞めて貰うことになるでしょうね。子どもに鞭を振う男はドルヴィエ家には必要ないとお母様はお思いになるでしょうから。」反論しようとするピエールを無視して、ガブリエルはヴィクトリアスとダニエルの方に向き直った。「ダニエル、この状態では歩くのが辛いでしょう。馬に乗って。」「俺が馬に乗ったら迷惑になるよ。」「そんなことないわ。そうよね、ヴィクトリアス様?」「ああ。」ダニエルが拒む隙を与えず、ヴィクトリアスの逞しい腕がダニエルの華奢な身体を鞍に乗せた。「邸に着いたら傷の手当てをしましょう。あなたに暴力をふるった男はお母様に言って辞めさせますからね。」ガブリエルはそう言ってダニエルに微笑んだ。「ありがと・・」ダニエルは礼を言って、ヴィクトリアスを見た。彼は自分に向かって微笑んでいた。死神だと思っていた男が、自分を助けてくれた。「俺を助けてくれて、ありがとう。さっきは酷いこと言ってごめん。あんたは俺の天使だ。」「大袈裟なことを言うな。わたしは天使でも死神でもない、只の人間だ。」ヴィクトリアスはダニエルにそう言って手綱を握った。照れ臭そうな表情を浮かべて。「お帰りなさいませ、奥様。」アンヌ達が邸に戻ると、使用人達が一斉に彼女達を出迎えた。「この男とユグノー達を地下牢に放り込んでおきなさい。」「わかりました、奥様。」「お母様、少しお話があるの、よろしいかしら?」ガブリエルはそう言ってアンヌを呼び止めた。
2012年06月08日
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「彼を殺すのなら、わたしを殺して!」自分を拉致した男の命を母が奪おうとした時、何故かガブリエルは無意識に彼を守ろうと身体が動いていた。「そこをお退きなさい、ガブリエル。お前はこの悪党の命乞いをするつもりなの?」「わたしは無事に帰ってきました、お母様。それに彼は吹雪の中で凍死寸前のわたしを助けてくれました。彼は根っからの悪人ではないと思います。だから彼に機会を与えてください。」「つまり、彼をうちに置けということ?この薄汚いユグノーを?」アンヌはまるでガリウスが全身から悪臭を漂わせている野良犬を見るかのような目で見た。「お母様、彼はわたしを救ってくれた命の恩人です。そんなことおっしゃらないで。」ガブリエルが言っていることが、アンヌには全く理解できなかった。この男を助けろと、自分の侍女と慕っていた神父を殺して自分を拉致した男を助けろと娘は言っている。一体こんな男の命を救う価値はどこにあるのだろうか?何か考えがあるのだろうか?「どうなさいました、アンヌ様?」隣に控えていた秘書・フランシスが、耳元で彼女に囁いた。「あのユグノーの男の命を、ガブリエルが助けろと言うの。一体わたしはどうすればいい?」「あの男を人質に取ればよろしいのでは?それか、彼の仲間の命を盾に取るとか。」「それは良い案ね。」アンヌは秘書に笑顔を浮かべて、ガブリエルとユグノーの男に向き直った。「ガブリエル、その男は殺さないわ。」「本当に?」「ええ、本当よ。可愛い娘の頼みを聞かない母親が何処に居て?」「ありがとう、お母様!」真紅の瞳を涙で潤ませながら自分に抱きついてきた娘の髪を撫でながら、アンヌはフランシスに目配せした。彼は捜索隊を手招きし、ガリウスの仲間が待つ小屋へと向かった。「あいつら、こっちに向かってくるぞ!」「みんな裏口から逃げろ!」異変に気付いたガリウスの仲間達は咄嗟に裏口から逃げようとしたが、そこには先回りしたアンヌの秘書と捜索隊が待ち伏せていた。「大人しく我々と来て貰おうか。手荒な真似はしたくないのでね。」「うるせぇ、そこを退け!」いきり立った男の1人が隠し持っていたナイフを取り出し、彼へと突進した。だがナイフの刃先がフランシスの頬を掠るより前に、捜索隊の槍が男の腹を刺し貫いた。槍で突かれた男は呻き声とともに地面にどうと倒れた。ルイーゼは悲鳴を上げ、ダニエルの両目を咄嗟に両手で塞いだ。「あたし達を人質にするつもりね?それでガリウスの命が助かるのなら、あなた達についていくわ。」「話が解るお嬢さんがいて助かるよ。」フランシスはそう言って口元に笑みを浮かべた。「ルイーゼ、俺達殺されるの?」「大丈夫よ、あたし達はきっと助かるわ。今は彼らの言う通りにしましょう。」「うん・・」一抹の不安を感じながら、ダニエルは仲間と共に雪原の中をドルヴィエ邸目指してゆっくりと歩き始めた。ふとガリウスとあの令嬢がいる方角を見ると、彼女は黒衣を纏った男とともに馬に乗っていた。(これから俺達、殺されるんだろうか・・)令嬢の母親―“氷の貴婦人”は、情け容赦ない性格だと噂で聞いている。自分達は彼女が忌み嫌うユグノーだ。自分達を捕え、拷問して殺すつもりなのだろうか。(俺、まだ死にたくないよ・・)ダニエルが溜息を吐きながら顔を上げると、美しい翠の双眸が彼をじっと見つめていた。
2012年06月08日
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「どうしたの、何かおっしゃい。」ガリウスは目の前で自分を睨み付けている女から発する圧倒的な迫力に押され、声すら出せないでいた。その様子を、小屋の窓からダニエル達が心配そうに見ていた。「一体どうなってるんだよ?あの人、誰?」「あの女は俺達の敵さ。どうやら娘可愛さにここまでおいでになられたらしい。」ガリウスの仲間がそう言って口笛を吹いた。「あの高慢ちきな女、そんなに偉いの?」ダニエルは女とガリウスの様子を不安げに見守っているガブリエルを窓の外から見た。彼女の隣には黒貂の毛皮を纏った長身の男が立っていた。艶やかな黒髪を手入れがしやすいように短く刈り、美しい翠の瞳はガリウスを睨みつけている女のそれよりもこの銀色の世界に映えていた。(本当にあいつ、人間かな?)“氷の貴婦人”と並んで立つ男は、まるで自分達の命を今すぐにでも狩ろうとしている死神のような禍々しい空気を纏っていた。「あの女の隣に立ってる奴、誰?お姫さんを抱いてるやつ。」「あいつは初めて見る顔だなぁ。なりからしてどっかの貴族じゃねぇか?」「それよりもいつ逃げんのよ?このままじっとしてたら、あたし達殺されちゃうよ。」ルイーゼは不安そうに外の様子を窺いながら言った。「逃げようにも、この天気じゃ無理だぜ。もし逃げられたとしても殺される。」「そうだな・・」(ガリウス、殺されないかな・・)小屋で心配そうに外の様子を窺っているルイーゼ達には気付かずに、ガリウスは目の前で自分を睨みつけている女―アンヌに何も言えないでいた。「お前はガブリエルに何もしていないだろうね?」「俺は何もしちゃいねぇよ。」やっと出せた声は、掠れていた。「そう・・」アンヌはそう言ってガリウスから離れた。「剣を貸しなさい。ここでこの男の首を刎ねます。」「ですが奥様・・」「早くなさい!」アンヌの冷酷な声が、雪原に響いた。捜索隊の中に居た隊長と思しき男が躊躇いがちに女主人に腰に帯びていた剣を渡した。「切れ味が良さそうね・・これなら大丈夫だわ。」アンヌは鞘から剣を抜きながら言った。「おいあの女、ガリウスを殺す気だぞ!?」「冗談じゃねぇ!」外の様子を小屋から見ていたガリウスの仲間が口々にそう叫びながら外へと飛び出して行った。「俺はあんたの娘を無事にあんたの元へ帰した。それなのに俺を殺すのか?」「お黙り、薄汚いユグノーが。」アンヌはぴしゃりとそう言うと、剣の切っ先をガリウスの首へと向けた。「一瞬で終わらせてあげるわね。苦しむのは嫌でしょう?」耳元でそう冷たく囁いた彼女の声は、まるで氷のようだった。今自分は氷の女王が持つ剣で命を奪われようとしているが、何故かこの場で生きたいという執着が湧かなかった。(俺は今まで、酷いことしてきた・・教会では罪もない神父とお姫様の侍女を殺した。俺は生きていても仕方ねぇ人間だ。)「殺すんならさっさと殺ってくれ。」「わかったわ。」ガリウスは静かに目を閉じ、最期の時を待った。しかし、いくら待ってもその時は訪れなかった。「お母様、おやめになって!」鈴を転がすような声が背後でした。振り向くと、母の前にあの令嬢が両手を広げて立っていた。「そこをおどきなさい、ガブリエル。」「彼を殺すのなら、わたしを殺して!」ガブリエルの言葉を聞いた途端、アンヌの顔から冷酷な表情が消え去った。
2012年06月08日
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「誰がおチビちゃんだ!?あんた一体誰なんだよ?」「わたくしはガブリエル。アンヌ=ドルヴィエの娘です。」ガブリエルは胸を張って目の前の少年にそう言って顎を引いた。「氷の貴婦人の娘か。道理で高慢きちな女だな。」少年はそう言って鼻を鳴らした。「目上の者に向かってその言葉遣いはなんですか。まったく、これだから平民は嫌ですわ。」ガブリエルは溜息を吐き、椅子から立ち上がった。「何処へ行くつもりだよ?」「家に帰るんです。あなた方とはもうこれ以上一緒にいたくありませんから。」ガブリエルは少年達から背を向け、再び吹雪の中へと足を踏み入れようとした。だが扉を開けようとした時、力強い男の手が、華奢なガブリエルの手を掴んだ。「離しなさい。」「そうはいかねぇ。お前が外で凍死したら、俺達の命はねぇ。」ガリウスはガブリエルの腕を掴み、無理矢理彼女を椅子に座らせた。「あなた方の目的は何ですか?わたくしをこれからどうなさるおつもりですか?」「言った筈だぜ、お嬢ちゃん。俺はあんたを花嫁としてここに迎えたと。」「わたくしはあなたの花嫁になるつもりはありません。早く家に帰してくださらない?」「残念だが、それはできない。俺はあんたの母親に言いたいことがある。」「言いたいことって、一体何・・?」「それはだな・・」ガリウスが次の言葉を継ごうとした瞬間、扉が乱暴に開かれ、彼の仲間が中に雪崩れ込んできた。「ガリウス、大変だ!捜索隊がここに向かってくる!このお姫様を探しに!」ガブリエルが扉から外を覗くと、雪原の向こうから松明の群れがはっきりと見えた。そしてそれは徐々にこちらへと近づいてくる。「どうするよ、ガリウス?お姫様連れてここから逃げるか?」「馬鹿、そんなことしたら俺ら全員皆殺しだ!ここは大人しく捕まった方が身の為だぜ。」ガリウスには何か考えがあるらしく、そう言った彼の口端が少し上がっていた。それから数分経った後、蹄の音を雷鳴のように轟かせながら、ドルヴィエ家の捜索隊はガリウス達のアジトの前で停まった。その中には最愛の娘を自ら探しに来た母・アンヌの姿があった。「ガブリエル、無事でよかったわ。」扉を開けて小屋から出てきたガブリエルに、アンヌは馬から優雅に降りて彼女に駆け寄り、熱い抱擁で彼女を包んだ。「教会で拉致されたと聞いたから、心配したのよ。どこも怪我はしていない?」「ええ、お母様。わたしは大丈夫よ。」「そう・・先に家に帰ってなさい。お母様はあの方達と話をするから。」そう言ってアンヌは愛娘から忌々しいユグノー達の方を睨みつけ、ゆっくりと彼らの方へと歩いていった。ガリウスは扉を少し開けて、天使のような令嬢が母親の元へと駆け寄って行くのを見た。母親は“氷の貴婦人”とは思えぬほど令嬢に慈愛に満ちた目で彼女を見つめ、愛情溢れる熱い抱擁で彼女を包んでいた。だが令嬢と何か話した後、彼女の母親がゆっくりとこちらを振り向いた。その時、ガリウスは彼女と目が合った。黒檀のような艶やかな黒髪を結い上げ、金糸の豪華な刺繍を施した黒のドレスの上から白貂の毛皮を纏ったその姿は、まるで雪原に君臨する氷の女王のようだった。「わたくしの可愛い娘を攫ったのは、お前?」目の前に立っている女は、そう言って全てのものを凍りつかせるような冷たい蒼い瞳で自分を見た。その時はじめて、何故彼女が“氷の貴婦人”と呼ばれている理由がガリウスはわかった。
2012年06月08日
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「ああ、楽しんでくるさ。」卑猥な言葉を自分に投げかけ、笑い声を上げる仲間達のテーブルを後にして、ガリウスはガブリエルを横抱きにして奥の寝室へと入って行った。ベッドにガブリエルを寝かせ、彼女の上に掛けていた外套を取り、改めて彼女が纏っているドレスを脱がし始めた。あれが本当なのかどうか、確かめるためだ。彼女の華奢な胴を締めつけている紺のリボンを解くと、そこにはロザリオを提げた平らな胸が見えた。(やはり、こいつは・・男か!)ドレスの裾を捲し立てようとしたその時、誰かが部屋に入って来る気配がした。(まずい!)慌ててガブリエルに服を着せようとしたが、遅かった。「ガリウスさん、温かいスープを・・」ドアが開き、1人の少年が部屋に入って来た。彼が持っていたスープを入れた木製の皿が真っ二つに割れ、スープは床に零れた。「何・・してるの、ガリウスさん?」少年は信じられないといったような表情を浮かべ、琥珀色の瞳で鋭く目の前にいる男を睨んだ。「それはだなぁ、これには深い訳があって・・」「この、浮気者っ!」部屋に小気味良い音が響き、ガリウスの右頬には少年の手形が残っていた。「邪魔したねっ!」「違うんだ、ダニエル・・俺は・・」ドアが荒々しく閉まり、またガリウスはガブリエルと2人きりになった。「・・畜生、誤解されちまった・・俺ぁどうすりゃぁいいんだ・・」溜息を吐きながらリボンを元通りにガブリエルの胴に締めようとした時、ガブリエルは真紅の瞳をゆっくりと開いた。「ん・・」ガブリエルはゆっくりと上体を起こし、肌蹴た上半身とベッドの淵に両手で頭を抱えているガリウスを交互に見て、状況を把握した。自分は目の前の男に嫌らしいことをされたのだ。真紅の瞳に怒りの炎が宿り、ガブリエルはゆっくりとガリウスに近づいていった。「なんだ、1人にしてくれ・・」「この変態っ!」振り向きざまにガリウスはまた平手打ちを喰らった。今度はガブリエルが打ったものだった。「あなたは獣ですわっ!」ドレスを整え、ガブリエルは部屋を出て行った。(俺はとことんついてねぇや・・)溜息を吐きながら仲間が座っているテーブルへと戻ると、そこには1人の女が両腕を腰に当て、仁王立ちしていた。「ガリウス、ダニエルに一体何したの?」「ルイーゼ、俺は・・誤解しないでくれ、俺は・・」「まさかあんた、ダニエルに手を出したの?あんた、子ども相手によくそんなことを・・」女の眦が吊り上がり、右手で拳を固めた。「ルイーゼ、お願いだから気を鎮めてくれ・・俺は・・」「この変態野郎っ!」女が固めた拳を、ガリウスはまともに顔面に喰らい、床に崩れ落ちた。(何で俺はこんなにもツイてねぇんだ・・)3回も顔を殴られたガリウスはベッドの淵に腰を下ろし、溜息を吐いた。その頃、寝室を出たガブリエルは、男達とともにテーブルを囲んでいた。「お前さんかい、ガリウスの花嫁っていうのは?」「わたしはあの男の花嫁になる気はございません。直ぐに出て行くと思いますから。」ガブリエルがそう言ってスープを啜り顔を上げると、激しい敵意に満ちた視線とぶつかった。「ガリウスは俺のものなんだ、だからさっさと家に帰れよ、お姫様。」「あらそう?じゃああなたが彼の花嫁にして貰うのね、おチビちゃん。」ガブリエルの真紅の瞳と、ダニエルの琥珀色の瞳から火花がバチバチと散った。
2012年06月08日
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ドルヴィエ家の捜索隊が邸を出て数時間後、先ほどまで静かに降っていた雪は徐々に吹雪と化し、やがてそれは白い嵐と姿を変えた。「奥様、このままでは捜索隊が・・」「止む終えないわね・・天候が回復するのを待ちましょう。」アンヌは唇を噛み締めながら窓から外を見た。「お姉様は見つかるのかしら?」「この嵐が治まったら、また捜索隊を出すわ。お姉様はきっと無事に戻って来るわ。」姉の事を心配する娘を優しく見つめながら、アンヌは刺繍台に針を通した。ガブリエルは猛吹雪の中、我が家を目指しながらただひたすら歩いていた。だが吹雪の中方向を見失い、ガブリエルは雪原の中を彷徨った。(お母様、何処にいらっしゃるの?)白い息を吐きながら、ガブリエルは母の姿を探した。だが何処にも母の姿は見えなかった。(お母様、何処・・)彼女が履いていた華奢な靴は雪原の中でたちまちボロボロになり、雪のような美しい足は小さな傷が出来ていた。(お母様、助けて・・)必死に涙を堪えながら、ガブリエルは傷ついた足で雪原の中を突き進んだ。だがバランスを崩した彼女は、雪原に倒れ込んでしまった。(寒い・・)突然睡魔が彼女を襲い、ガブリエルはそのまま目を閉じた。その頃、ユグノーの集落では、彼女を攫った男・ガリウスが別の小屋で仲間と酒を飲み交わしていた。「あのお姫様は何処に居るんだ、ガリウス?」「別の小屋に閉じ込めてるよ。大人しくしてくれればいいが・・」そう言った途端、嫌な予感がした。「ちょっと様子を見てくる。」ガリウスは小屋を出て、ガブリエルがいる小屋へと向かった。中に入ると、そこには彼女の姿はどこにもなかった。(まさか、この吹雪の中外に出たっていうんじゃあねぇだろうな・・)ガリウスは舌打ちをしながら、外套を羽織り、吹雪の中ガブリエルの捜索へと向かった。彼女の姿を探そうにも、この吹雪の中では何処に誰がいるのかが判らない状態だった。嵐が止むのを待って小屋へと引き返そうとしたその時、少し先の雪原で何かが光った。(何だ?)光っている雪原へと向かうと、そこには雪に埋もれた1人の少女が横たわっていた。流れるような金の髪をした少女は、間違いなく自分が探していたガブリエルだった。(こんな吹雪の中で、無茶しやがって・・)ガブリエルの華奢な身体を抱き上げ、小屋から持ってきた外套でその身体を包みながら、ガリウスは心の中で悪態をついた時、ガブリエルの胸元から華奢なデザインのロザリオが見えた。ロザリオの中央には、ルビーが嵌め込まれていた。そのルビーが放つ光に導かれ、ガリウスは彼女の命を救ったのだ。白い嵐が吹き荒ぶ中、ガリウスは両腕にしっかりと意識を失ったガブリエルを抱いて仲間がいる小屋の中へと戻った。「お姫様、見つかったのか?」「ああ、雪原の中で倒れてた。きっと母親の元に帰りたかったんだろうよ。」ガリウスはそう言って溜息を吐きながら、ガブリエルの身体を温める為に、彼女が着ているドレスを脱がし始めた。その時、ガリウスは一瞬己の目を疑った。(そんな・・嘘だろ!?)花嫁として連れてきた娘は、男であった。「どうしたんだ、おい?」「俺・・とんでもねぇ娘っ子を連れて来ちまったのかもしれねぇ・・」「お前が選んだ娘だ、俺達は何も言わねぇよ。」仲間はそう言ってゲラゲラと笑った。ガリウスは素早くガブリエルの身体に毛布を被せた。「奥の部屋、借りるぜ。」「楽しんで来いよ!」何も知らない仲間達は、そう言ってまた笑い声を上げた。
2012年06月08日
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ガブリエルが何者かに教会で拉致されたことを知ったアンヌは、宮廷から自宅に戻った。「奥様、ガブリエル様が・・」「捜索隊は?」「先ほど出発しました。教会では司祭様とカロリーヌが矢で射殺されたそうじゃあありませんか・・なんと酷い・・」そう言ってアンヌの乳母は恐怖で身を震わせた。「男の人相はわかっているの?」「それが・・目撃者2人は殺されていて、他の司祭達が教会に駆けつけた時はもうガブリエル様は連れ去られてしまった後だとかで・・」「犯人はわたしの領地に集落を作って暮らしている忌々しいユグノーに違いないわ。犯人の目的は何であれ、彼らを始末するいい機会だわ・・」アンヌは口端を上げてほくそ笑んだ。「お母様、お姉様が拉致されたって本当?」ジュリアーナが婚約者とともに広間に入って来た。「お姉様の事は心配要りませんよ、ジュリアーナ。それよりもお前達の結婚式をどうするか決めなければね。」アンヌはそう言って義理の息子となる黒衣に身を包んだ男を見た。「ガブリエル様がご無事だといいですけれど・・」ヴィクトリアスはアンヌを見ながら言った。「あの子の事は心配ないわ。あなたはジュリアーナとは上手くいっているの?あの子よりもガブリエルと居る時間の方が長いんじゃなくて?」「ジュリアーナさんとは余り話すことがなくて・・いつも仕事ばかりで恋愛下手なので・・」「言い訳はいいわ。あなたももしよければ捜索隊に加わって頂戴。多分捜索は大がかりになるになるから。」「どれ位、かかりますか?」「日が暮れるまでよ。」アンヌは窓の外を眺めながら言った。先ほどまで晴れていた空は曇り、雪が降り始めていた。ドルヴィエ家の捜索隊が邸を出た頃、ガブリエルを拉致した男が住む集落にある家の中で、ガブリエルはゆっくりと真紅の瞳を開いていた。「ん・・」急激な寒さを感じてガブリエルは家の窓から外を覗くと、広大なドルヴィエ家の領地を雪が白く染め上げていた。「綺麗・・」「雪よりもお前さんの方が綺麗だぜ、お姫様。」背後から声がして振り向くと、教会で自分を拉致した男が品定めをするような目でガブリエルを見ていた。「ここは何処ですか?わたくしをどうするおつもりですか?あなたはどなたですか?」「俺はガリウス。ここは俺と仲間が住む集落さ。俺はお前を花嫁としてここへ連れてきた。」「花嫁・・わたくしがあなたの花嫁ですって?戯言はおよしになって。わたくしはガブリエル=ミレーヌ=マリアンナ=ドルヴィエです。あなたのような野蛮な方の妻には、決してなりませんわ!」「どっかで見た顔だと思ったらやっぱりドルヴィエ家のお姫様か・・母親に似て気位が高い嫌な女だ。」ガリウスはそう言ってガブリエルの顎を掴み、桜色の唇を荒々しく塞いだ。「無礼者!」乾いた音が部屋に響き、ガブリエルの平手打ちによって赤い手形を右頬に残したガリウスは、ジロリと彼女を見た。「威勢がいいお姫様だ。これから手なずけるのが楽しみだぜ。」彼は豪快に笑いながら部屋から出て行った。(なんて失礼な方・・こんな所には長くは居られないわ・・) ガブリエルは先ほど男が出て行った扉を開け、ドレスの裾を摘みながら白い雪の上を華奢な足で歩き始めた。(待っていてくださいね、お母様。すぐに帰ってお母様を安心させてあげますから。)ガブリエルの美しいブロンドの髪に、雪が静かに降り注いでゆき、やがてそれは激しい吹雪となって彼女を襲った。
2012年06月08日
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カロリーヌが男に矢で撃たれるのを目の当たりにしたガブリエルは、悲鳴を上げて教会から出ようとしたが、男にそれを阻まれた。「俺と共に来てもらおう。拒めばお前の胸に矢を撃ち込むぞ。」「わたしを、どうなさる気?」男はガブリエルの問いに答えず、ガブリエルの腕を掴んだ。「ガブリエル様、一体これはどうし・・」カロリーヌの悲鳴を聞き教会に駆けつけてきた老司祭も、男が放つ矢を額に受けて絶命した。「なんて酷いことを・・」「目撃者の口は封じないとな。」男はそう言ってガブリエルの腰を掴み、教会を出て行った。「下ろしなさい、下ろして!あなたと行くつもりはありません!」男の腕の中でガブリエルは彼の腕を叩いたり抓ったりしたが、自分を抱えている彼の両腕はビクともしなかった。「誰か、誰か来て!賊が教会に!」ガブリエルは声を張り上げて助けを求めたが、司祭館から人が駆けつけてくる気配は全くなかった。「手が焼けるな、全く。」男は舌打ちして、腰に帯びていた剣の鞘でガブリエルの後頭部を殴って気絶させた。「これでよし、と。」男はガブリエルをまるで小麦粉が入った袋のように肩に担ぎ、教会から出て行った。数分後、司祭館から数人の神父が駆けつけてきて、大理石の床に倒れているカロリーヌと老司祭の遺体を見つけた。「早くアンヌ様に連絡を!ガブリエル様が何者かに攫われた!」「は、はいっ!」神学校を卒業したての新人神父が慌てて司祭館へと戻って行くのを見ながら、中年の司祭はかつて自分の上司だった男の遺体に跪き、静かに祈りを捧げた。その頃閣議を終えたアンヌは、宮殿の廊下を颯爽と歩いていた。彼女の頭には、ルシリューとの戦いと、愛娘ガブリエルの事、そして国政の事で一杯だった。最近ユグノー(新教徒)達が反乱の狼煙を上げつつあるという噂がを聞き、自分の領地の近くに最近ユグノーの集団が集落を作って暮らしていることをアンヌは思い出した。(忌々しいユグノー共。あの男との戦いに決着が着いたら真っ先に始末してやる。)窓の外を見ると、空には黒雲が渦巻き、今にも雨が降りそうな気配だった。ガブリエルとは朝食の後、一度も会っていない。早く帰ってガブリエルの顔を見なければ―アンヌはそう思い、足早に廊下を歩いた。そこへ、息を切らしながら小姓が彼女の方へと走って来た。「どうかしたの?」「奥様、ガブリエル様が・・」耳元に小姓から何かを囁かれたアンヌの表情が、ますます険しくなった。「ガブリエルが、賊に誘拐されたですって!?それは確かなの!?」「はい・・教会に行きましたらガブリエルの侍女と司祭様の死体が・・なんでも、2人は矢に撃たれて即死だったようです。」「直ぐに捜索隊を出しなさい。きっとあの忌々しいユグノー共に違いないわ。ガブリエルを攫った犯人が見つかり次第、殺しなさい。」小姓が慌てて廊下を走り去っていくのを見送ると、アンヌはショックで倒れそうになるのを辛うじて柱に捕まり堪えた。(主よ、どうかあの子だけはわたしからお奪いにならないでください・・わたしはもうこれ以上、大切な人達を失いたくありません・・)教会からガブリエルを拉致した男は、艶やかな黒毛の馬に乗り、鬱蒼とした森の中を走っていた。彼の背中には、気絶したガブリエルが男の腰に馬から落ちないように、縄で括りつけられ、固定されていた。やがて男は馬を走らせるのをやめ、とある場所へと辿りついた。そこは彼の根城だった。
2012年06月08日
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「お嬢様が教会にいらっしゃることは、奥様はご存知なんですか?」「いいえ、お母様には言ってないわ。1人になって少し考えたいこともあるし、神父様にもご相談に乗って貰えたらと思って。」「危険ですわ、お嬢様。ただでさえパリ市内は物騒だと聞いておりますし、ルシリューの手の者がお嬢様を攫いでもしたら、わたくしは命を以って責任を負わなければ・・」「そんなことはさせないわ、カロリーヌ。お母様からわたくしがちゃんと謝っておくから。」「ですが、お嬢様・・」カロリーヌは主人の身に何かが起きたら、という不安を抱えながら、馬車に揺られていた。やがて彼女と彼女の主人を乗せた馬車は、パリ市内の教会の前に停まった。「お嬢様、ここは確か・・」「ここの教会で、お父様とお母様は結婚式を挙げたんですって。ミシェルのお父様とお母様もよ。」ガブリエルは荘厳に聳え立つ教会の尖塔を見上げながら、ゆっくりと教会の内部へと入って行った。祭壇には、キリストの生誕から死への復活を描いたステンドグラスが初冬の陽光を受け、美しい蒼い光を放った。「綺麗だこと・・お前もそう思わない?」そう言って自分を見るガブリエルの姿は、カロリーヌには天使に見えた。「ええ、とてもお美しいですわ。お嬢様がステンドグラスの光を浴びながら立っていらっしゃると、まるで天使様のようですわ。」「いやぁね、カロリーヌったら!」鈴を転がすように笑いながら、ガブリエルは教会の入り口付近のステンドグラスを眺めた。祭壇の奥に描かれているステンドグラスとは違い、そこには聖母マリアの生涯を描いたものが美しい光を放っていた。「おや、ガブリエル様ではありませんか。」背後から声を掛けられ、ガブリエルが祭壇の方を振り向くと、そこには1人の老司祭が立っていた。「お久しぶりです、司祭様。」ガブリエルは優雅に司祭に向かって礼をしながら、彼に微笑んだ。「お久しぶりですね、ガブリエル様。あなた様と前にお会いしたのは10年前でしたね。あの頃のあなた様は天使のように愛らしかったですが、今ではすっかり見違えるほどにお美しくなられて・・」「あら、お世辞が上手いんですのね、司祭様。今日こちらにお伺いしたのは、少しご相談したいことがありまして・・」「あなた様のご相談なら何でもお聞きいたしましょう。こんなところではなんですから、司祭館の方へ参りましょう。侍女殿もご一緒に。」「いえ、わたくしは・・」カロリーヌはそう言って教会から出て行こうとした。「カロリーヌ、一緒に来て頂戴。あなたにも聞いて貰いたいのよ。」「そうですか・・」司祭とカロリーヌは教会を出て、隣接する司祭館へと向かったが、ガブリエルは祭壇のステンドグラスを眺めながら、静かに祈りを捧げていた。するとその時、乱暴に扉が開けられ、黒衣に身を包んだ1人の男が入って来た。扉が開けられた音で反射的にそちらを見たガブリエルは、男と目が合ってしまった。「お前は・・」男はゆっくりと祭壇の方へと近づいていった。ガブリエルは恐怖のあまり動けなくなってしまい、ただただ震えることしかできなかった。「お嬢様!」カロリーヌが恐怖に顔を引きつらせながらドレスの裾をはためかせながらガブリエルの方に駆け寄って来た。男は舌打ちして、マントの下から何かを取り出そうとしていた。ステンドグラスの光に反射して鉛色の輝きを放ったのは、矢尻だった。「カロリーヌ、逃げて!」 その直後、カロリーヌは胸に赤い華を咲かせながらゆっくりと大理石の床に崩れ落ちるように倒れた。
2012年06月08日
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1583年初冬、パリ近郊。 “氷の貴婦人”こと、アンヌ=ドルヴィエが率いるドルヴィエ派と、彼女の政敵であるリューイ率いるルシリュー派の血みどろの戦いが始まって3年が経つが、状況は好転することはなく、両家の戦いは悪化し、膠着状態に入りつつあった。 その影響でドルヴィエ派とルシリュー派に取り入ろうとする宮廷貴族達の中で派閥が生まれ、そこでも小さな争いが勃発している有様で、宮廷は混乱していた。最愛の妹の忘れ形見であった甥・ミシェルをリューイの息子に殺されたアンヌの怒りと深い悲しみは3年の歳月が流れても消えず、彼女は復讐の鬼と化していた。更に両家との戦いに輪をかけるように、旧教徒(カトリック)と新教徒(プロテスタント)の争いが各地で勃発し、憎悪の連鎖が次々と繋がりつつあった。そんな中、ドルヴィエ邸では女主人のアンヌが今日も身支度を整えつつあった。「奥様、ガブリエル様の事なんですが・・」「ガブリエルが、どうかしたの?」「それが・・何やら妙な噂を聞いたんですが・・」そう言って小間使いは女主人の顔色を見ながらもごもごと口を動かした。「言いたいことがあるならおっしゃい。ガブリエルについて何の噂を聞いたっていうの?」「ガブリエル様が、この前教会であの悪魔と話をしているのを見たという者がいるんです。」「そう・・」アンヌの眉間に皺が寄った。「教えてくれてありがとう、もう下がっていいわ。」「では、失礼いたします。」小間使いが下がり、アンヌは深い溜息を吐いて宝石箱の蓋を開け、あるものを取り出した。それは最愛の甥・ミシェルが愛用していたロザリオだった。(ミシェル、あなたのご両親とあなたの仇は、必ず討ってみせる・・)アンヌはロザリオを握り締めながら、部屋を出た。「奥様、ビアンカ様からお手紙が届いております。」「そう、ありがとう。」小間使いから手紙を受け取ったアンヌは、それを読まずに暖炉へと投げ捨てた。「馬車の用意を。直ぐに宮廷へ行くわ。」「もう用意できております、奥様。」邸を出たアンヌは、ドレスの裾を摘んで馬車へと乗り込んだ。主が馬車に乗り込んだのを確認した御者は、馬に鞭を振るった。「お母様、お忙しそうね。」母を乗せた馬車が邸から遠ざかるのを書斎の窓から見ながら、ジュリアーナはそう言って溜息を吐いた。「お前はお母様が好きか、ジュリアーナ?」「・・よく解らないわ。お母様はいつもお姉様ばかり見ていらっしゃるから・・」「わたしはお前の事が好きだよ、ジュリアーナ。だから、わたしに協力しておくれ。」「ええ、お父様の為ならどんなことでもするわ。」ジュリアーナはそう言って父に微笑んだ。「お姉様は何処?姿が見えないけれど・・」「ガブリエルなら教会に行っているよ。何でも司祭様に相談したいことがあるとかで・・」「へぇ、そうなの・・ねぇお父様、お姉様の事なんだけど・・」ジュリアーナはマルティンの耳元で何かを囁いた。「そんな事があったのか・・お前も可哀想だな。」「そう思うでしょう、お父様?だからこの作戦は上手くいくと思わない?」「やってみないとわからないがな。」マルティンはそう言って口端を上げた。「わたしね、お姉様の事を少し懲らしめたいの。協力して下さる、お父様?」「勿論だとも、ジュリアーナ。わたしの可愛い娘。」「有難う、お父様!」父に抱きついたジュリアーナは、その肩越しで口端を上げて笑った。その頃、ガブリエルは侍女を連れて教会へと向かう馬車の中にいた。
2012年06月08日
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ミシェルの葬儀は、神学校に併設されている聖堂で行われた。葬儀にはロレンツォ達や神学校の同級生達などが参列し、早すぎるミシェルの死を悼んだ。「ミシェル、どうしてこんなことに・・これからという時に・・」早すぎる甥の死に、アンヌは打ちのめされ、ミシェルの棺に取りすがりながら泣き叫んだ。「お母様、しっかりなさって。」ガブリエルはそう言って母を支えた。「まだ信じられませんわ・・ミシェル様がお亡くなりになったなんて・・」艶やかな黒髪の巻き毛を揺らしながら、ジュリアーナは俯いた。「これで恋のライバルが減りましたわ。」皆がミシェルの死を悲しむ中、マリアンヌはそう言ってユリウスの腕を自分の腕に組んだ。「あなた、恥ずかしくないの!?こんな場所で不謹慎なことを言うなんて!無神経にも程がありますわ!」空気が読めないマリアンヌの発言に、ジュリアーナが食ってかかった。「だって、あの子はわたくしのユリウス様を奪おうとしてたんですもの。わたくしはユリウス様をものに出来るわけだし・・」「無神経な方ね!」「あら、わたくしは本当のことを言ったまでですわ。」マリアンヌはしれっとした顔で言った。「この恥知らず!」聖堂に乾いた音がした。ガブリエルがマリアンヌを平手で打ったのだ。「あなたは最低だわ!自分のことしか考えないで!なんて厚顔無恥で無神経で、デリカシーのない方なのかしら!こんな人と親戚だなんて恥ずかしいわ!」打たれたマリアンヌは頬を押さえてガブリエルを睨んだ。「ガブリエル・・よくもわたくしを打ったわね!」「あなたは姉様に打たれるだけのことを言ったのよ、そんなこともおわかりにならないの?」ジュリアーナはそう言って不快そうに鼻を鳴らした。「ユリウス様、何かおっしゃってくださいな!」ユリウスはマリアンヌを突き飛ばし、聖堂を出た。「待ってくださいな、ユリウス様!」ジュリアーナが慌ててユリウスの後を追おうとしたとき、その手をアンリが掴んだ。「彼を独りにさせてあげた方がいいよ。それにあなたとは、話したいことがあるし。」「そうね・・」マリアンヌは聖堂を出ようとした。「マリアンヌ、あなたに話があるの。来なさい。」「はい、伯母様。」アンヌは険しい表情を浮かべてマリアンヌを睨んだ。「さっき葬儀で吐いた暴言は、わたくしにとっても許し難いことです。聖堂を出たら荷物を纏めてスペインへ帰りなさい。あなたに行儀見習いなど不要なものだとわかりました。」「でも伯母様・・」「口答えは許しません。わかったらさっさとスペインへお帰りなさい。」「・・はい。」マリアンヌはうつむいて聖堂を出た。アンヌは厳しい顔をして去っていくマリアンヌの顔を見送り、彼女の婚約者を探した。ユリウスは神学校の中庭で白薔薇を見ていた。ミシェルのように清く、美しい白薔薇を。ユリウスは自分の両手を見た。(俺が・・ミシェルを殺した・・)「俺が、ミシェルをっ・・」「あなたがミシェルを殺したのね。」ユリウスが振り向くと、そこには黒衣の貴婦人が氷のような冷たい瞳で自分を睨んでいた。「アンヌ様、これは・・」「あなたがミシェルを、あの子を殺したのね、この人殺しっ!」アンヌはそう言ってユリウスの頬を扇子で叩いた。「最初はルイ、アレクサンドリーヌ、そしてミシェルまで・・お前達はいつまでわたくしの大切なものをどれだけ奪えば気が済むの!ルシリューの人殺しめ!」絶え間なく自分に浴びせられるアンヌの罵倒と打擲に、ユリウスはひたすら耐えた。「まずいことになりましたね、ご主人様。ミシェル=モントレーの伯母はあの氷の貴婦人です。」「ああ・・もはや争いは避けられないな。まぁ、前からあの女のことは気に入らなかった。」リューイの目がキラリと光った。ミシェルの死によって、ルシリュー家とドルヴィエ家の仲は以前よりももっと険悪となった。アンヌはミシェルがユリウスに殺されたことを知り、ルシリューへの憎しみと殺意が一層高まった。宮廷はアンヌの側につくドルヴィエ派と、リューイの側につくルシリュー派と真っ二つに別れ、不穏な影が宮廷にさした。アンヌとリューイのにらみ合いを静観していた他の宮廷貴族達は、いつか争いが起こるのではないかと恐れていた。彼らが恐れていたことは、現実となった。モントレー家の遺児であり希望の星であったミシェルをルシリュー家の嫡子に奪われたモンテリオ達がルシリューの領地を襲撃したのだ。これに対してリューイはドルヴィエ家の領地を襲撃した。そのことが発端となり、血を血で洗う凄惨な戦いが火蓋を切った。
2012年03月01日
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「ミシェル、しっかりしろ、ミシェル!」ユリウスは大理石の床に力なく倒れているミシェルの身体を揺さぶった。「ユリウス・・?」ミシェルはゆっくりと目を開けて、恋人の頬を撫でた。「死なないでくれ、ミシェル!」「ごめんね・・僕は・・君に・・・哀しみしか・・」ミシェルのトルマリンの瞳から、真珠のような涙が流れた。「俺は・・お前を殺すつもりじゃなかったのに・・それなのに・・俺はっ!」「憎まないで・・自分を・・お父さんを・・」意識が段々薄れてゆく。「ミシェル、しっかしろ!」「ごめんね・・ユリウス・・もう君の顔・・見えない・・」ユリウスはミシェルの手を握った。「俺はここにいる!だから死なないでくれ、ミシェル!」「ユリウス・・君と・・会えて・・よかった・・」ミシェルはゆっくりと瞳を閉じた。彼は恋人の腕の中で短い生涯を終えた。「ミシェル・・」ユリウスはミシェルの手を握ったままうつむいた。「お前は一生十字架を背負って生きるのだ、ユリウス。哀れな奴め。」リューイはそう言って冷たい目で息子を見下ろしながら、部屋を出て行った。慌ててカエサルも主人の後を追った。「ミシェル・・」ユリウスはハンカチでミシェルの口にこびり付いていた血を拭った。「俺は・・お前を・・」ユリウスの蒼い瞳から涙がとめどなく流れた。ミシェルの死はその夜、ドルヴィエ家に伝えられた。「そんな・・あの子が・・死んだ・・」(アレクサンドリーヌならず、ミシェルをも奪うなんて・・許さない、ルシリュー!)哀しみの中、アンヌにルシリューへの激しい憎しみと殺意が生まれた。
2012年03月01日
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「あなたは・・僕の父さんと母さんを殺した・・」ミシェルはそう言って、目の前にいる男を見た。「お前は災厄の種、ここで消えて貰う。」リューイはミシェルの喉元に剣を突きつけた。「どうして父さんと母さんを殺したんですか?あなたに対して僕の両親は何もしてないのに・・」「何もしてないだと!?あいつらは私の大切なものを奪った・・だから殺したまでだ!」「大切なもの?それは一体何ですか?」「黙れ!」ミシェルは目を閉じて、死を受け入れた。しかしー「やめろっ!」ユリウスの剣の刃が、リューイの刃を受け止めた。「止めるなユリウス!私はこいつを殺すのだ!」「ミシェルは殺させない!」ユリウスは剣の刃をリューイに向けた。「あんたはいつも俺を不幸にする!あんたは母さんを不幸にし、俺とミシェルを不幸にしようとしている!」ユリウスの内側から、父に対する激しい殺意がわきあがるのを感じた。脳裏に、悲惨な死を遂げた母の姿が浮かんだ。目の前にいる男はいままでも、そしてこれからも自分達を不幸にしている。自分とミシェルが幸せになるには、この男を殺さなくてはならない。(こいつを放っておいたら俺達は不幸になるだけだ!だから・・)「あんたには、死んでもらう。」ユリウスはそう言ってリューイに剣を振りかざした。「殺すなら、殺せ!」リューイは甲高い声で笑った。ユリウスの顔に、血が飛び散った。だがそれはリューイの血ではなく、ミシェルの血だった。「ミシェル・・どうして・・」自分の刃を受け、ミシェルはゆっくりと大理石の床に倒れた。
2012年03月01日
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「ユリウス、マリアンヌ様とは上手くいってるか?」リューイはそう言って息子を見た。「別に・・」「今度マリアンヌ様を我が家に招待しようと思うんだが?」「俺はいやですよ、あんな自己中女。」ユリウスはダイニングを出ていった。「・・あまり上手くいってないようだな。」リューイはため息をついた。「カエサル、どうすればユリウスとマリアンヌ様をくっつけさせることができる?」「そうですね・・ユリウス様が恋い焦がれているミシェルを殺せば一気に片がつくのでは?」「・・その手があったな・・」リューイはそう言ってほくそ笑んだ。その夜、ミシェルが寝ていると、微かに物音がした。「ん・・」目を開けると、窓が少し開いていた。「なんだ、風の音か。」ミシェルが窓を閉めようとしたとき、誰かに口を塞がれた。「うっ!」「騒ぐな、命が惜しければ大人しくしろ。」ミシェルの耳元で男が低い声で囁いた。「あなたは、一体・・」「お前は何も知らなくていい。」男はそう言ってミシェルの鳩尾を殴った。「う・・」男はミシェルを麻袋に入れてドルヴィエ邸を後にした。「上手くいったか?」「はい、ご主人様。」男はそう言って麻袋を大理石の床に転がした。「ここは・・?」大理石の床に転がったミシェルは目を開けて、辺りを見渡した。「よくやった。」野太い男の声がしてミシェルが振り返ると、そこには冷たい灰色の瞳をした男が立っていた。「あなたは・・」ミシェルは男を見た。「お前はここで死ぬのだ・・災厄の種は、私が摘み取る。」リューイはそう言って腰から剣を抜き、ミシェルの喉元に突きつけた。
2012年03月01日
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マカリオは、アンヌの隣に座っているミシェルを見た。「ミシェルとか言ったな?どうしてここにいるんだ?」「学校が休みに入りまして・・帰るところがないので、アンヌ様のところに・・」ミシェルはそう言ってうつむいた。「そうか。ゆっくり我が家で過ごすといい。」マカリオはミシェルに微笑み、テーブルに着いた。「それにしても、私にこんな綺麗な従兄がいたなんて知らなかったわ。」ジュリアーナが目を輝かせながらミシェルを見ながら言った。「私だって、この子のことを知ったのはついこの間なのよ。仲良くしてあげてね、ジュリアーナ。」「はい、お母様。」夕食の間、ジュリアーナはミシェルをずっと見つめていた。「ミシェル様は、好きな方とかいらっしゃるんですか?」夕食の後、中庭でジュリアーナはそう言ってミシェルを見た。ミシェルの脳裏に、ユリウスの笑顔が一瞬浮かんだ。「いないけど・・どうして?」「いないんですか?てっきり素敵な方がいらっしゃると思ってましたのに・・」ジュリアーナは瞳を輝かせながら言った。「好きな人はいるけど・・その人とは結ばれない運命なんだ。」ミシェルはそう言って俯いた。「そうなんですの・・複雑なんですのね。でも大丈夫、あなたにはわたくしがいますもの!」ジュリアーナはミシェルに微笑んだ。「わたくしがミシェル様の力になりますわ!それでいいでしょう?」「でも・・」「わたくしに頼ってくださいな。」ジュリアーナはそう言ってミシェルの手を握った。(ミシェル様を必ずわたしのものにしてみせるわ!ヴィクトリアス様なんか姉様にくれてやる!)「これからはわたくしに何でもおっしゃってくださいな。わたくし、力になりますわ。」そう言って小悪魔は天使に微笑んだ。
2012年03月01日
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アンヌたちがダイニングで優雅なティータイムを過ごしている頃、マカリオは娘のジュリアーナと書斎で話しこんでいた。「ねえお父様、私はお姉様をどう困らせればいいの?」「簡単なことだ。お前はガブリエルについてひどい噂を流せばいい・・たとえば、自分の婚約者を誘惑し、彼を寝取ったとか・・」ジュリアーナは父の言葉を聞いて驚きで目を見開いた。「私、そんな噂流せないわ。」「お前はガブリエルが憎いんだろう?あのヴィクトリアスとかいう男はお前ではなく、ガブリエルに気があるみたいだ。恋のライバルを蹴落とすくらい、お前にはできるだろう?」ジュリアーナの脳裏に、ヴィクトリアスと抱き合っているガブリエルの姿が浮かんだ。「・・わかったわ。やるわ。」ジュリアーナはそう言って部屋を出て行った。「・・これでいい。」マカリオはそう呟いて笑った。彼は自分よりも宮廷内の権力を掌握している妻のことが憎かった。ガブリエルを傷つけるのは、妻を直接傷つけることを意味する。ジュリアーナは姉に対して激しい敵意と憎しみを抱いている。マカリオはジュリアーナの心に漬け込み、家庭を崩壊させてやる。妻が苦労の末に得た心の拠り所を、跡形もなく破壊してやるのだ。そのためにジュリアーナを唆したのだ。彼女がどう動いてくれるかが気になる。マカリオは何もかも失い、呆然としている妻の顔を思い浮かべた。「お前の大事なものを壊してやる。それまで幸せの中にどっぷりと漬かっていろ・・アンヌ。」書斎を出て、マカリオはそう呟いてほくそ笑んだ。これからが勝負だ。ダイニングに入ると、アンヌの隣にカソックを着た少年が座っていた。「アンヌ、こいつは誰だ?」「この子は私の甥で、ミシェルですわ。」マカリオは少年を見た。アレクサンドリーヌの忘れ形見。かつて自分が手に入れようとした女の面影を少年に感じ、マカリオは戸惑った。
2012年03月01日
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時はあっという間に過ぎ、夏が来た。「ミシェル、休暇中どうするんだ?」「アンヌ様のお邸でお世話になるよ。」「アンヌ様のお世話に?」ユリウスはそう言って怪訝そうな顔をした。「アンヌ様は僕の伯母様なんだ。死んだ母さんの姉上様で・・この前それがわかったんだ・・」ミシェルはユリウスにアンヌとの関係を話した。「そうか・・まさかお前にあんな強力な後ろ盾がいるなんて思わなかったよ。サンタ・マリア院には戻らないのか?」「・・まだ決めてないけど・・いつか必ず戻ろうと思う。ユリウスは?」「俺はここに残る。」ユリウスはそう言ってうつむいた。「そう・・じゃあ毎日手紙出すね。」「ああ、待ってる。」「じゃあね。」ミシェルはユリウスの頬にキスをして、アンヌが用意した馬車に乗り込んだ。「可愛いな、ミシェル・・食べちゃいたいくらいだぜ。」ユリウスはボソリとそんなことを呟くと、神学校の方へと戻っていった。ミシェルを乗せた馬車は一路、アンヌの邸へと向かった。喧騒に満ちたパリの街から少し離れたところに、ドルヴィエ邸はあった。広大な庭園には、赤やピンクなどの薔薇など、色とりどりの花々が咲き乱れていた。「よく来たわねミシェル。ようこそ我が家へ。」ミシェルが馬車から降りると、アンヌはそう言って彼を抱きしめた。「これからよろしくお願いします。」ミシェルはアンヌに頭を下げて、邸の中へと入った。「おなかが空いたでしょう?」アンヌに連れられダイニングに入ると、そこにはガブリエルと、黒衣をまとった男が座っていた。ミシェルは男を一目見たとき、男が死神に見えた。「ミシェル、紹介するわね。こちらは私の娘のガブリエル。隣に座っているのはヴィクトリアスさん。」「初め・・まして・・」ミシェルはそう言ってヴィクトリアスに手を差し出した。「こちらこそ。」ヴィクトリアスはミシェルの手を握り、値踏みするようにエメラルドの瞳でミシェルを見た。ミシェルはヴィクトリアスに見つめられ、居心地が悪くなった。「ヴィクトリアスさん、そんなにミシェルさんを見ないであげてくださいな。」「・・失礼、あまりにも美しかったので、つい見惚れてしまいまして。」ガブリエルが助け舟を出してくれ、ミシェルはホッとして食卓に着いた。「ガブリエルさん、ありがとうございます。」ミシェルはそう言ってガブリエルに頭を下げた。「いいのよ。よろしくね、ミシェル。私のことは、ガブリエルと呼んでいただいても結構よ。」鈴を転がすような声でガブリエルは笑った。
2012年03月01日
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その夜ミシェルはなかなか眠れず、隣で寝ているユリウスを起こさないように中庭へと向かった。空には満月が昇り、中庭の白薔薇は月光を受けて幻想的な美を演出していた。ミシェルはそっと目を閉じ、両親を亡くした夜のことを思い出した。あの日、彼は両親を亡くして孤児となった。ここまで来れたのは、いままで自分を育ててくれたロレンツォだ。そして、いつも傍で自分を支えてくれたユリウスだ。だが、ユリウスはミシェルの両親の仇、ルシリューの息子なのだ。どんなに彼のことを愛しても、いつか彼を殺さなければならない。“僕はユリウスを殺して、自分を殺します。”アンヌに告げた言葉は、決意の言葉だった。(僕はもう、引き返すことができない道に入ってしまった・・)ミシェルは、母の形見のロザリオを握り締め、中庭を後にした。(後ろは振り返らない。だから僕は・・)月下の中、天使は決意を固めた。
2012年03月01日
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マルティンは授業中、ボーッとしていた。「どうしたんだよマルティン、お前変だぞ。」ユリウスはそう言ってマルティンの肩を肘で突いた。「別に・・」マルティンは教室を出て行った。その目は虚ろだった。「絶対あいつ誰かのこと好きだな。」ユリウスは食堂でミシェルにそう言って林檎をかじった。「一体誰だろうな、マルティンが好きな人って。」「さぁ・・」マルティンは誰かに恋をしている。相手は一体誰なのだろうか?ふとミシェルの脳裏に、アンヌの隣にいた天使のような少女の姿が浮かんだ。「あの子じゃないかな?ほら、この前アンヌ様と一緒に来た・・」「ああ、あの子か。あの白薔薇の君。」「白薔薇の君?」「お前知らないのか?アンヌ様のご息女、ガブリエル様は宮廷で白薔薇の君って呼ばれてるらしいぜ。」「ふうん、そうなんだ・・マルティンはガブリエル様に恋してるのかぁ。綺麗だから好きになっても仕方ないよね。」ミシェルはそう言ってため息をついた。その頃『白薔薇の君』と呼ばれているガブリエルは、ヴィクトリアスと午後のひとときを過ごしていた。「ジュリアーナさんは?」「さぁ・・お父様と書斎でお話してるみたい。」ガブリエルはそう言ってお茶菓子を摘んだ。「ガブリエルさん、ご存知ですか?宮廷であなたがなんと呼ばれているのかを?」「さぁ、知りませんわ。わたくし、宮廷は嫌いですから。」「そうですか・・皆あなたのことを『白薔薇の君』と呼んでおりますよ。白くて可憐な白薔薇のようだと。」「そうなんですの。」ガブリエルはそう言って嬉しそうに頬を赤く染めた。「あなたは美しい。まるで白薔薇のようだ。」「お世辞でもそんなこと言われると嬉しいわ。」
2012年03月01日
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「ありがとう・・ございます。」ガブリエルにキスされたアンドレはそう言って頬を赤く染めた。「何照れてるの?ただのお礼のキスなのに。」ガブリエルはそう言って笑った。その笑顔は、天使のようだった。「ガブリエルさん、こんなところにいたのですか。」厩にヴィクトリアスが入ってきた。漆黒の衣を纏った黒髪の男は、死神を思わせた。「アンドレイ、彼と2人きりになりたいの。外してくれる?」アンドレは主人を守る番犬のようにヴィクトリアスを睨んでいる。「・・わかりました。」アンドレは渋々厩を出た。「あなたはどうして黒い服を着ているの?」「あの飼い犬を外に出して聞きたいことはそれだけですか?」ヴィクトリアスはそう言ってガブリエルを見た。「アンドレは飼い犬ではありません。彼は私の家族です。」従者を飼い犬呼ばわりされ、ガブリエルはそう言ってキッとヴィクトリアスを睨んだ。「あなたはいつも人を見下したような言い方をするの?」「・・すいません、失言でした。」ヴィクトリアスはそう言ってうつむいた。「まぁいいわ。お茶でもいかが?」「喜んで。」ガブリエルはヴィクトリアスに背を向けて、厩を出て行った。「・・嫌われてしまったな。」ヴィクトリアスはそう呟き、ため息をついた。何故彼女は自分を嫌うのだろう。漆黒の衣を纏っているせいで、自分が死神に見えるのだろうか?(死神か・・私にとって皮肉なほどに似合うあだ名だな・・)ヴィクトリアスはため息をついて、厩を出た。
2012年03月01日
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アンドレイとともに邸に帰ったガブリエルは、厩に行くというアンドレイの後についていった。「ねぇアンドレイ、お母様のことどう思う?」「奥様はすばらしい方ですし、私の命の恩人でもあります。奥様と出会わなければ、あなた様とも出会っていなかったでしょう。」そう言ってアンドレイはガブリエルに微笑んだ。「私はあの日、あなた様を一生守ると誓いました。だから、あなた様をこの世の害悪から生涯守りぬくことを誓います。」「ありがとう、アンドレイ。これは感謝の印よ。」そう言ってガブリエルはアンドレイの頬にキスをした。ヴィクトリアスが神学校を出て、ドルヴィエ邸に着いたのは夕暮れが近い頃であった。馬を牽いて厩へと向かうと、そこにはガブリエルと美しい黒髪の従者がいた。厩の薄い扉越しに、ヴィクトリアスは2人の会話を盗み聞きした。「・・私はあの日、あなた様を一生守ると誓いました。だから、あなた様をこの世の害悪から生涯守りぬくことを誓います。」「ありがとう、アンドレイ。これは感謝の印よ。」扉越しにヴィクトリアスは、ガブリエルが従者の頬にキスしているのを見た。それを見た瞬間、ヴィクトリアスの胸に嫉妬の炎が激しく燃え上がった。
2012年03月01日
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(なんなのあの子!このわたくしに立てつこうだなんて、なんて生意気な!卑しい孤児のくせに!)肩を怒らせ、鼻から荒い息を吐きながらマリアンヌは廊下を歩いていた。(ユリウス様を必ずわたくしのものにしてみせるわ!あんな孤児なんかに負けるものですか!)角を曲がろうとしたとき、マリアンヌは1人の神学生とぶつかった。「ちょっと、危ないじゃないの!」「ぶつかったのはそっちでしょう。」ハシバミ色の瞳を怒りで光らせながら、神学生は自分を睨んだ。「まぁ、なんですって!?全く、あの孤児といい、あなたといい、ここは一体どうなっているの?」「君、ミシェルに会ったの?」神学生の瞳が、キラリと光った。「ええ、会ったわ。わたくしのユリウス様を奪おうとしているのよ、あの子。」「へえ、そうなの・・ねぇ、突然だけれど僕達手を組まない?」「手を、組む?」マリアンヌはそう言って神学生を見た。「君はあいつが邪魔なんだろう?僕もあいつのことが邪魔なんだ。だから一緒にあいつを始末すればいい。」(この子どこか胡散臭そうだけれど、話は面白そうだわ・・)マリアンヌは一瞬迷ったが、愛するユリウスをものにするためなら手段は選ばない。「いいわ、やるわ。」マリアンヌはそう言ってアンリの手を握った。(バカな女・・まんまとこっちの罠にひっかかって・・)アンリはどうやってマリアンヌを利用しようかと考えていた。
2012年03月01日
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「あなた、お待ちなさい。」ミシェルが部屋に戻ろうとすると、背後から声をかけられた。振り向くと、そこには肩をいからせたユリウスの部屋で会った黒髪の令嬢が自分を睨みつけていた。「あなた、ユリウス様とはどういう関係なの?」「ただの友人です。」ミシェルは令嬢を睨みながら言った。「わたくしはマリアンヌ。ユリウス様の婚約者です。この際言っておくけれど、ユリウス様はわたくしのもの。ユリウス様を奪おうとしたら、殺しますわよ。」令嬢の脅しに屈するものかと、ミシェルは令嬢を睨んだ。「僕はユリウスを諦めるつもりはありませんから。僕はユリウスのことを愛していますから。」「まぁ、卑しい孤児風情がわたくしからユリウス様を奪うおつもり!?」マリアンヌは目の前に立っているブロンドの天使を睨んだ。「ええ。どうやらユリウスはあなたのことを嫌っているようですし。」「お黙り!」マリアンヌはそう言ってミシェルの頬を打った。負けるものか。ミシェルはマリアンヌをキッと睨んだ。「僕はあなたに負けません。」「望むところよ!」マリアンヌはそう言ってドレスの裾を払って去っていった。
2012年02月29日
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「用事は終わった?」ガブリエルはそう言ってアンドレイに駆け寄った。「ええ。すぐに済みました。戻りましょうか。」「ええ。」ガブリエルはそう言って自分の腕をアンドレイの腕に絡めた。その瞬間、アンドレイの胸が高鳴った。「用事って、どんな用事だったの?」「それはいえません。」「そう・・ねぇ、皆さんあの薔薇気に入ってくれるかしら?」ガブリエルは殺風景な孤児院の食堂に神学校の庭で摘んだ白薔薇を飾ってきた。「みんな大喜びでしょう。そういえばあそこにも白い薔薇が咲いていましたね。」アンドレイはそう言ってガブリエルを見た。「ええ、でもあそこの薔薇はどこか悲しそうだったわ。どうしてうちには白い薔薇は咲いていないのかしら?」「それは奥様が亡くなられた妹君のことを思い出されるからでしょう。白い薔薇は妹君がお好きだった花ですから。」「そう・・確かアレクサンドリーヌ伯母様は、10年前の火事で亡くなったんだったわね?」「ええ。奥様がおっしゃるには、ガブリエル様のような美しく優しい方だったと。」アンドレイはそう言ってガブリエルに微笑んだ。ガブリエルがくしゃみをすると、アンドレイは路肩に馬を停め、付けていたマントをガブリエルにかけた。「ありがとう。」「さぁ、邸に帰りましょう。」アンドレイはそういいながら、頬を赤く染めた。
2012年02月29日
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「あなたはユリウスのことを愛しているのね。」アンヌはそう言って焼きたてのパンをかじった。「はい。なんだかユリウスのことを考えると胸が苦しくなって・・真実を知って、僕はユリウスを取るか、両親の仇を討つかで心が揺れました。けど・・」「けど?」ミシェルは顔をあげ、アンヌを見た。「僕はユリウスのことを愛しています。だから、両親の仇を討ったらユリウスを殺して、僕も死にます。」アンヌはその言葉を聞き、顔がこわばった。「それはあなたが望んだことなの?」「はい。」「そう・・あなたの選んだ道なら、お行きなさい。迷うことなく。」「これで失礼します。」ミシェルはそう言って昼食を食べ終えて部屋を出て行った。先ほどまで扉越しにユリウスが話を聞いていたことを知らずに。(俺を殺して、ミシェルが死ぬ・・一体どういうことなんだ?)衝撃を受けたユリウスは、その夜一晩中眠れなかった。
2012年02月29日
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「なぁ、さっさとルシリューの寝首を掻いてやろうぜ。こんな話し合いしても無駄だって。」 サンタ・マリア孤児院では、モントレーの残党達がルシリュー暗殺計画について話し合っていた。「まだ奴に手出しするのは早すぎる。奴はわれわれよりも一枚も二枚も上手だ。完全に策を練って奴を仕留めなければ・・」「そんなこと話し合っているうちに、俺達の仲間があいつらに殺されてんだよ!」モンテリオはそう言って机を叩いた。「俺は忘れねぇ!10年前目の前で殺された親父たちを殺したあいつの顔を!」「落ち着け、モンテリオ!」「うるせえ、落ち着いてなんかいられるかよ!いまからでもすぐにあいつを・・」「院長先生、お客様です。」 部屋に漂う凄まじい殺気に怯えながら、孤児院の子どもの中で一番年長のニーナが入ってきた。「お客様?私に?」「はい。黒髪の、背の高い素敵な方です。声をかけられたとき、少し嬉しかったです。」「お通ししなさい。」ドアが開き、銀糸で刺繍された群青色の服を着た黒髪の青年が入ってきた。「ロレンツォ様、お久しぶりです。わが主からあなた様宛ての手紙を預かって参りました。」「そうか、ありがとう。」ロレンツォはそう言って手紙の封を切って読み始めた。「“あなたたちの願い、聞き届けましょう。ミシェルはわたくしにとって最愛の妹が産んだ忘れ形見。そしてあなた方の唯一の希望でもあります。わたくしは妹を殺した憎きルシリューの命を奪いたい。よってミシェルの後見人となり、わたくしはあなた達の復讐に力を貸しましょう。”」「それ、本当か!?」ロレンツォが手紙を読み上げると、モンテリオは歓喜で瞳を潤ませていた。「ああ、本当だ。まさか奥様がアンヌ様の妹御とは・・縁は異なものとはこのことだろう。」「俺達には神様がついていらっしゃるのさ!そうに違いねぇ!」モンテリオはそう言って歓喜の涙を流した。
2012年02月29日
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「この薔薇、あまりにも綺麗だから、摘んでしまったわ。」「いいですよ。」マルティンはドギマギしながらガブリエルの肩に手を置いた。「どうしたの?」「いいえ、ちょっと木の葉が・・」「そこで何をしている?」氷のように凍てついた声が聞こえ、ガブリエルが振り返ると、そこには栗毛の馬に乗った従者の姿があった。「アンドレイ、どこ行くの?」「少し用事がありまして。その方は?」敵意を隠そうとせずに、アンドレイはマルティンを見た。「この人はマルティン。ここの生徒さんよ。それよりも、一体どこ行くの?」ガブリエルはそう言ってアンドレイの後ろに乗った。「ある方へ手紙を出しに行くのです。少し時間がかかりますが・・」「それでもいいわ。」「では、しっかりつかまってくださいね。」アンドレイはそう言って手綱を引いた。一瞬マルティンは彼と目が合った。アンドレイは勝ち誇った笑みを浮かべて、彼の元を去っていった。「なんなんだよ、あいつ・・」薔薇園には、呆然としたマルティンが残された。
2012年02月29日
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ユリウスがミシェルを探している頃、ミシェルはアンヌと昼食を食べていた。「ワインはいかが?ボルドーで獲れたばかりの葡萄を使ったワインよ。」アンヌはそう言ってミシェルのグラスに深紅の液体を注いだ。「いただきます。」初めて飲んだワインは、とても美味しかった。「ミシェル、わたくしがあなたの後見人になってあげましょう。あなたはモントレーの直系の生き残り。ルシリューの魔の手がいつあなたに襲い掛かるかもしれないし、油断はできません。それにここの校長の悪い噂も聞いていますし・・」アンヌはそう言ってチラリと校長室の窓を見た。「これをロレンツォにお出しなさい。」アンヌはミシェルの手にドルヴィエ家の家紋入りの蜜蝋が押された手紙を握らせた。「この手紙は?」「それはここでは言えないけれど、きっと彼らはそれを見て歓喜することでしょう。ただひとつ気をつけねばならぬことは、この手紙の存在を敵に知られてはならないことです。」ミシェルの脳裏に一瞬ユリウスの姿が浮かんだ。「マダム、これをユリウスに届けさせても・・」「だめです。」ミシェルの提案を、アンヌはきっぱりとそう言って却下した。「ですがユリウスは僕の信頼のおける友人で・・」「忘れたのですですか、ミシェル。彼にはあの冷酷なルシリューの血が入っているということを。」「ですがユリウスは何も知りません。それに彼は父親を忌み嫌っています。」ミシェルはしつこく食い下がった。「彼は父親とは違います。冷酷無比なルシリューとは違い、優しい青年です。」その言葉を聞いた途端、アンヌは噴き出した。「何がおかしいのですか?」「あなた、それじゃあまるで恋人を弁護しているみたいね。」アンヌの鋭い指摘に、ミシェルの顔は耳まで赤くなった。「べ、別に、そんなわけでは・・」「隠したってだめよ。あなたはユリウスのことが愛しくてたまらないのでしょう?」図星だった。「アンドレイ、この手紙をロレンツォに。」「かしこまりました。」長い黒髪を背中で一纏めにした青年はミシェルの手から手紙をとり、馬に乗って去っていった。
2012年02月29日
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「話とはなんだ、フィリフィス?」そう言ってピエールは愛人を睨んだ。「ミシェルとは、何かあったのですか?」美しい顔を怒りにゆがませて、フィリフィスはピエールを睨んだ。「ああ。彼に快楽に忠実になるよう説得したが、彼は最後までそれを受け入れず拒んだ。」ピエールの言葉を聞いてフィリフィスはホッとした表情を浮かべた。「よかった、彼はまだあなたの餌食にはなっていなかったのですね。」「嫉妬しているのか、フィリフィス?」「いいえ、そんなことはありません。」フィリフィスはそう言ってピエールの唇を塞いだ。ピエールの手はフィリフィスの乳首をまさぐった。「ピエール、お願いがあるのです・・」「なんだ?」荒い息の下で、フィリフィスはピエールの耳元で何かを囁いた。「それは面白い・・」「でしょう?」フィリフィスは妖艶な笑みを浮かべ、ピエールに身をゆだねた。
2012年02月29日
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「ねえ、ミシェル知らない?」昼食の席にミシェルがいないので、アンリはユリウスに尋ねた。「ああ、あいつならアンヌ様と昼食をご一緒したよ。」「アンヌ様と?どうして?」アンリは思わず身を乗り出した。「お前はそんなこと、知らなくてもいいだろ。あいつのことは放っておいてやれよ。」ユリウスは冷たい声で言うと、食堂を出て行った。(なんだよ、いつもミシェルだけいい思いをして・・)アンリの胸の中で、ミシェルへの憎しみが激しく渦巻いた。「待ってよユリウス!」アンリは慌ててユリウスの後を追った。「なんだ?」不快そうにユリウスはアンリを見た。「僕、ユリウスのことが好きなんだ。」アンリは勇気を出してユリウスに告白した。「それが何?」だが返ってきたのは優しい返事でもなく、笑顔でもなかった。「ごめん俺、急ぐから。」「待ってよ!」アンリはユリウスの腕を掴んだが、ユリウスはそれを冷たく振り払い、彼の元から去っていった。
2012年02月29日
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「綺麗な薔薇・・」アンヌが用事を済ませている間、ガブリエルは神学校の庭で白薔薇を摘んでいた。邸には赤、黄、ピンクなど、色とりどりの薔薇が咲いているが、何故か白い薔薇はなかった。ガブリエルは清楚で儚げな、白い薔薇が好きだった。これを摘んで今夜の食卓に飾ろう。空色のドレスの裾を払いながら、ガブリエルは一心に白薔薇を摘んだ。「一体アンヌ様と何話してんだろ、あいつ・・」マルティンはブツブツ言いながら庭にやって来た。「どうせゴマすりでもしてんだろうな。宮廷の実力者といっても、あの方も女だし・・」「そこにいるのは、誰?」声がして薔薇園の方を向くと、そこには空色のドレスを着た天使が立っていた。確か入り口で馬車から降りてきた少女だ。美しいブロンドの髪は光を受けて輝き、真紅の瞳は美しく輝いている。少女の美しさに、マルティンは息を呑み、言葉を失った。「あなたは、誰?」「お、俺はマルティン。あ、あなたは?」話しかけると、少女は花のような笑顔をマルティンに浮かべた。「私?私はガブリエル。よろしくね。」マルティンは一目で少女に惚れた。
2012年02月29日
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「お父様、こんなところで何をしていらっしゃるの?もう宮廷に出仕する時間ではなくて?」そう言ってジュリアーナは書斎で読書をしている父に話しかけた。「別に出仕しなくても、私の代わりはいくらでもいるだろう。」マカリオは乱暴に本を閉じて書棚に戻した。「私はアンヌと違って重要な役職に就いていないし、ただ暇を持て余すだけの穀潰しさ。」「お父様、そんなことおっしゃらないで。お父様は立派なドルヴィエ公爵家の大黒柱ですわ。」ジュリアーナはそう言って父の肩に腕を回した。「私、お父様のこと大好きよ。だってお母様と違って優しいし、私をいつも気に掛けてくださるし・・」「嬉しいな、ジュリアーナ。この家の中で私のことを気遣ってくれるのはお前だけだよ。」マカリオはそう言って愛娘に微笑んだ。「だってお母様はいつも私に冷たいし、お姉様ばかり目にかけていらっしゃるんですもの。私、絶対にお母様みたいな生き方はしたくないわ。」「お前は本当に素直だね、ジュリアーナ。その素直さが、あいつにあればいいんだが・・」マカリオはそう言って溜息をつき、伸びた前髪を掻き上げた。「私だけはお父様の味方よ。」「嬉しいな、お前がそんなことを言うとは。冗談じゃないのか?」「いいえ、本気よ。私はお父様が大好きなんだもの。」ジュリアーナはそう言って父に微笑んだ。それを見てマカリオにある企みが浮かんだ。「お前は私の頼みを何でも聞いてくれるか?」マカリオは娘の耳元に何かを囁いた。ジュリアーナの顔に一瞬動揺が走ったが、それはすぐに消え去り、笑顔に変わった。「ええ、やるわ。」
2012年02月29日
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「そう、やっぱりね・・あなたの顔はあまりにも妹にそっくりだわ・・きっとあの子の魂が、あなたに宿ったのでしょう・・」ハンカチで涙を拭きながら、アンヌは言った。「あの、どうして母様の名を知っているんですか?」ミシェルは遠慮がちにアンヌに尋ねた。「それはアレクサンドリーヌはわたくしの愛する妹だからよ。」「じゃああなたは、僕の伯母様?」あまりにも衝撃的な事実に、ミシェルは倒れそうになった。「まあ、そういうことになるわね。」アンヌはそう言ってミシェルを見た。そのまなざしは慈愛に満ちており、氷のような冷たさは全くなかった。「10年前に妹は火事で死んだわ。そこであなたも一緒に死んだのだと思っていたから、ここであなたと会えるなんて嬉しいわ。」「僕もです、マダム。父様や母様が死んで、天涯孤独だと思っていたのに・・僕に伯母様がいるだなんて思ってもみませんでした。」ミシェルは感動に瞳を潤ませながら言った。「どうしてあなたはこんなところにいるの?」「実は・・」 ミシェルは10年前、両親が死んでサンタ・マリア院に引き取られたことや、養父ロレンツォがモントレー家の人間であったこと、そして両親を殺した憎い仇はルシリュー伯爵であることを全て話した。「あいつがわたくしのかけがえのない妹を殺したのね・・」アンヌはそう言って扇子を握る手に力を込めた。「僕は両親の敵を討ちたいと思ってます。何故両親があんな惨たらしい死に方をしなければいけなかったのか、伯爵に尋ねたいんです。」「そう・・いいでしょう、そういうことならわたくしも協力するわ。お前は妹の生き写し。わたくしの可愛い甥でもあるわ。学費のことは心配しないで。わたくしはあなた達に協力するわ。」こうしてミシェルは、宮廷内の実力者、通称『氷の女帝』ことアンヌ=カトリーヌ=テレーズ=オイゲーニュ=ドルヴィエという強力な後ろ盾を得た。
2012年02月29日
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「アンヌ様、ミシェルを連れて参りました。」ピエールはそう言って客間のドアを叩いた。「お入りなさい。」凛とした声がドアの向こうから聞こえた。ピエールは半ばミシェルを押し出すようにして、ドアを開けて中へと入っていった。「お前がミシェルね?」真珠を散りばめた濃紺のドレスを着て黒髪を結い上げたアンヌは、まさに宮廷内の実力者の風格を持っている。アンヌは椅子から立ち上がり、繻子の扇子でミシェルの顎を持ち上げた。「綺麗な瞳ね・・本当にアレクサンドリーヌにそっくり。」「アンヌ様、何か飲み物でもいかがでしょうか?」ピエールが卑しい表情を浮かべながらアンヌに近寄った。「要らないわ。それに、わたくしはこの子と2人きりで話をしたいの。」ピシャリとはねつけるようにアンヌは言って、ピエールを睨んだ。ピエールはアンヌに冷たくされて落胆した表情を浮かべながら、部屋を出た。「さっきはごめんなさいね。いきなり抱きついたりして。」「いいえ、マダム。そのことならお気になさらなくても結構です。気にしてませんから。」「そう・・じゃあ早速本題に入るけど、あなたのお母様の名前は?」「アレクサンドリーヌです。それが何か?」「やっぱりね・・道理で似ていると思ったわ・・あなたのその髪、その瞳の色・・そしてその顔立ち・・何から何まで死んだ妹にそっくりだわ・・」アンヌはそう言って涙を流した。それは馬車から降りてきた、氷の貴婦人のような冷たさとは無縁の姿だった。
2012年02月29日
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「アレクサンドリーヌ・・?」アンヌはそう言って、妹と同じ顔をした少年の方へと歩いていった。「アンヌ様、いかがなされましたか?」ピエールの声を無視して、アンヌは少年を抱き締めた。「どこへ行っていたの、アレクサンドリーヌ!あなたはもう死んでいたと思っていたのに、こんなところで会えるなんて・・」『氷の女帝』と噂されている宮廷内の実力者・アンヌに突然抱き締められ、ミシェルは困惑していた。(この人は・・誰?どうして、母様の名を知っているの?)初対面の人に抱きつかれたのは初めてだ。「お気を確かになさって、お母様。アレクサンドリーヌ伯母様はもうこの世にはいないじゃない。それにこの子は男ですわ。」傍にいたブロンドの少女がそう言ってアンヌをミシェルから離した。「そうね・・私ったら急に取り乱してしまって・・とんだ醜態をさらしてしまったわ・・ごめんなさいね。あまりにもあなたが死んだ妹にそっくりだから、つい・・」そう言ってアンヌはピエールとともに校内へ入っていった。「どうしてアンヌ様は僕の母様の名前を知ってるんだろ?」ラテン語の授業中、ミシェルはそう言ってペンを動かした。「アレクサンドリーヌって、お前の亡くなった母さんの名前だったのか?」ユリウスは教科書から顔を上げながら言った。「うん。確かあの人、どこかで見たような気が・・」ミシェルがどこでアンヌと会ったのか思い出そうとしたとき、教室にピエールが入ってきた。「ミシェル、アンヌ様がお呼びですよ。」理由もわからずに、ピエールに腕を引っ張られてミシェルは教室を出た。
2012年02月29日
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「ガブリエル、支度なさい。今日は神学校へ行くわよ。」アンヌはそう言ってスープを飲んだ。「神学校?どうして?」「あそこは私が寄付している神学校のひとつなのよ。あそこの院長はいい人だし、この際パリの喧噪から離れたいしね。」「そうだったの・・でもどうして私も行かないといけないの?」「あなたに私の事業を手伝って欲しいの。」アンヌの言葉を聞き、ジュリアーナはフォークを叩きつけてダイニングを出た。「あの子ったら、また癇癪を起こしたのね。しょうがない子。」 朝食の後、アンヌとガブリエル、ヴィクトリアアス、そしてガブリエルの従者であるアンドレイは馬車に乗り、神学校を目指した。「ねえお母様、ジュリアーナは連れて行かなくてもいいの?」「あの子は放っておけばいいのよ。」「なあユリウス、今日ここにエライ人が来るんだって?」 食堂では宮廷の重鎮が訪問するというので、外界からほぼ遮断された生活を送っている神学生達は、朝から上へ下への大騒ぎだった。「ああ、なんでも父さんと宮廷内の権力を二分するほどの才女らしい。」「才女?じゃあ、女の人がここに来るのマズイんじゃないのか?いくらここに寄付してるからってここは男ばかりだぜ。」マルティンはそう言って林檎をかじった。「何言ってんだよ。相手は宮廷の実力者だぜ。あんな校長相手にビビる女じゃない。なんたって『氷の女帝』と呼ばれているお方だからな。」「『氷の女帝』?」「自分が気に入らない者は次から次へと闇に葬り去る。そして彼女の瞳に射られた者はたちまち凍り付くっていうことで付けられたあだ名さ。」「お前って宮廷のこと詳しいんだな。」「まぁな・・」ユリウス達は朝食を食べ終わり、入り口へと向かった。「もうすぐアンヌ様がご到着されるので、皆礼儀正しく振る舞いなさい。」この日のために着飾ったピエールはそう言って生徒達を見た。「礼儀正しくなんてよく言うぜ。自分がやっていることは獣以下だろうが。」ミシェルの傍でユリウスが吐き捨てるように言った。やがて外から轍の音が聞こえ、衣擦れの音が聞こえた。馬車から降り立ったアンヌのオーラに、皆圧倒されて声が出なかった。アンヌの後にブロンドの愛らしい少女と黒髪の精悍とした顔つきの青年が後に続いた。「アンヌ様、ようこそ神の学舎へ。」「ピエール、お前は相変わらずね。それよりも、この子達をわたくしに紹介してくださらない?」そう言ったアンヌは、1人の少年に妹の面影を見た。「アレクサンドリーヌ・・?」 ブロンドの髪にトルマリンの瞳をしたカソックを着た少年は、今は亡き妹が、まるで生まれ変わって立っているかのように、妹にそっくりだった。
2012年02月29日
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