8月4日(火)
武士はなぜ歌を詠むか(抜粋:後藤)(10)
~鎌倉将軍から戦国大名まで~
(注)子供の時見た忠臣蔵で、大石内蔵助の片岡千恵蔵がグワーと泣き崩れた姿が忘れられませんでした。主君浅野内匠頭の辞世 「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」 を読んだときでした。そんな記憶からこの本を手にしました。少し、読んでみたく思ったのです。
発行:平成二十年七月十日
著者:小川剛生
序章 源氏将軍と和歌(10)
勅撰和歌集の権威 (注)勅撰集:天皇や上皇の命により編纂された歌集
歌人の最大の名誉は、勅撰和歌集に収められることです。和歌がこれほどまでに高い権威を持ったのは、勅撰集によって担保されていたからと言ってもよいのです。
勅撰集には政治に対する配慮が必要でした。時代が降り、国政に占める武家政権の割合が重くなるほど、勅撰集に入選する武家歌人の数が増加します。これは公家が武家におもねることもありますが、武家が国政を事実上担っている以上は、勅撰集に採られることも当然なことです。そのような論理が撰者の側にも働いたことでしょう。鎌倉時代の勅撰集に、入選人数の上でも、北条氏を五摂家とほぼ同等にあつかっているのは興味深いことです。武家歌人を包みこんだ勅撰集は、当時の政治秩序の鳥瞰図と見ることもできます。
(つづく)
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