全34件 (34件中 1-34件目)
1

僕は、川原和久さんって『相棒』の伊丹刑事役しか知らなかったんよね。『相棒』では亀山薫(寺脇康文さん)とのののしり合いが面白くて、この伊丹刑事はいつのまにやら欠かせない存在になってたもんね(^^♪亀山とは、めちゃくちゃ仲が悪いように見えるんだけど、劇場版では伊丹が必死に亀山を助けるシーンなんかがあって、ああいうのがあると長い長い時間をかけて二人の不仲を強調してたのが逆にインパクトを持って感動させられたりするんだよな!亀山が辞職するときに廊下ですれ違った伊丹と亀山が最後だってのに、やっぱ悪態をつき合ってたのなんか、心の中では寂しいくせに、なんか男同士って感じがして良かったよな~。でね、伊丹刑事としてしか知らない川原さんを、昨日13年前の映像の中で見つけてしまったんだ!きっと、13年前のこのドラマの中のこの役を川原さんがやってるのを知ってる人は居ないだろうと思うし川原さんファンに教えてやらなくちゃね(^^♪ウィキを見たら出演をしてる事は分かるけど、配役名がないから知らないと探すのも一苦労だと思うしね!昨日、13年前のドラマ『白線流し』を見て飛騨高山の斐太高校の「白線流し」の行事のシーンを探してたんよね。そしたら若き日の川原和久さんの姿を見つけてしまったんだ!顔のシワが少ないし、見た瞬間は”あれっ?どこかで見た顔だなぁ…”ってぐらいにしか思わなかったんだけど、川原さんだと気が付いた。第10話の32分頃のシーンに出てくる。慎司(中村竜さん)が乗鞍で遭難した時に救助してくれた山岳救助隊の人が川原さんだったんだ。長いこと入院してた慎司が退院して、助けてくれた山岳救助隊にお礼を言うために訓練現場を訪れるんよね。「自分たちは当然のことをしただけですから」と言う川原さんは凛々しくてとてもかっこ良かった!あの、いつも3枚目的な伊丹刑事とは大違いだったよ(^。^)この事に感銘を受けた慎司は、山岳救助隊員になることを目指して警察官になることを決心するんだもんな。一瞬だけの登場だったけどある意味とても重要な役どころだったって言える。慎司は、この川原さんの言葉に感化されて結局警察官になり主人公7人の内でただ一人松本に残ることになるんだもんな。だけど山岳救助隊に入る夢はなかなか叶わないで、大手町のあの橋のたもとの大手交番に何年も勤めることになるんだよ。その後10年続いたスペシャルでも慎司だけは、ずぅ~っと松本暮らしだもんな!今年の冬ぐらいは北アルプスの雪の中で救助隊をやってたのだろうか?どうなんだろう?だけど慎司もまどかと結婚して子供も生まれたし、冬山で仕事をするってのも家族には辛いよね。あっ、そうそうネットで川原和久さんを調べてたら『裏相棒』のyoutubeを見つけた。全部で8話あって1話3分しかないからすぐに見れるし見てやって(^^♪どれも面白いけど僕は「第6話・伊丹の足の下」が特に笑っちゃったな(^。^)クリックするとyoutubeが見れるよ。左から右へ1話~4話。 左から右へ5話~8話(最終話)
2009年03月31日
コメント(6)

(その一)、(その二)1/2、(その二)2/2から続く。『白線流し』って知ってる?1996年1月から3月までフジTVで放送されたドラマ『白線流し』ってドラマを見てた人は少ないかも知れないだろうな。僕はこのドラマが好きで、多分何十回も見てると思う。このブログにも何度となく『白線流し』の事は書いてる。このドラマは、その舞台である長野県松本市でそのほとんどのロケを行ってるんだ。そのロケ地のほとんどを自分で見つけて何度も訪問してる。なんせ当時はインターネットもなかったので、ロケ地は自分の目と足でこつこつ探し当てて行ったんだ。このあいだネットで探してみたら、僕の見つけたロケ地もほとんど公開されちゃっててつまらなかったけど、まどか(京野ことみさん)の実家とか、僕が知ってるけど公開されてない所が何箇所かはあったのでほっとしたけどね(^^)だけど松本市以外の遠方のロケ地にはなかなか行く機会がなくて行けてないところもあるんよ。でね、『白線流し』のこのドラマタイトルのそもそもの意味なんだけど、これは主人公園子(酒井美紀さん)が最終回で、亡くなった寿司屋の源さんをお参りするために源さんの実家のある岐阜県高山市を訪れる時に偶然遭遇する『白線流し』から来てるんだ。岐阜県高山市とは飛騨高山で有名なあの高山なんよ。その高山にある岐阜県立斐太高等学校の卒業式のあとに行われる伝統行事が『白線流し』なんだ。『白線流し』とは学校のすぐ脇を流れる大八賀川に卒業生の学帽の白線とセーラー服のネクタイを1本に繋いで流すことなんだ。この大八賀川にかかる合崎橋の上で園子は『白線流し』に遭遇してしばらく見入るんだ。園子はこの事に感銘を受けて、自分たちの卒業式のあと仲間7人で松本北高の裏を流れる薄川で『白線流し』をすることになるんだ。だから高山の斐太高で行われてる『白線流し』こそが『白線流し』のルーツなんだよね!この日の午前中にゲレンデにいる時に、この「斐太高校」の元祖『白線流し』の場所を見に行ってやろうと思いついたんだ!ドラマ『白線流し』のロケ地としても、行ってないところでは一番行きたいところだし、こんなチャンスが今度いつ来るか分からないしね。ダイナランドからだと高山は近いはずだし、高山まで高速道路が開通した話も前に聞いた事があるし、なんせ何処から高速に乗っても千円で帰ることが出来るんだから行ってやろうと思ったんだ(^_-)-☆それから美濃から飛騨へ下の道を抜けたこともないし走ってみたいって気もあったしね。そんなわけで、ダイナランドの駐車場でカーナビの検索で「高校」と入力して、上から順番に見て言って「斐太高校」を見つけて、そこを目的地にして出発した。実は、この高校の名前もうろ覚えだったもので、カーナビのモニターに出てきた「斐太高校」って名前を見て”ここだっ!”って始めて自信を持てたんだけどね。「目的地周辺に到着しました。ここから細い道路に入ります」ってカーナビが言ったので川沿いの道に車を入れて公園のような所の土手に駐車した。↓車を降りたところでジョウビタキが迎えてくれた(^^)ジョウビタキはうちにも来るけど、こんなに近くで見た事は始めてだった。やっぱ山が近いから警戒心が薄いのかもしれないな。で、あたりを見回したんだけど学校は見えないし、目の前に川が流れてるんだけど『白線流し』の川とは雰囲気が全然違うんだよね。ちょっと、細い道に入って歩いてると犬の散歩をされてるご夫婦のような方がいらっしゃったので『白線流し』の場所を尋ねた。とっても丁寧に教えてくれて、大阪からその場所を見に来たって言ったら、とても喜んで昔からの伝統行事で今でも行われてるんだっていっぱい説明してくれた(^^)↓礼を言って分かれてだいぶとたってから写真を撮らせてもらえば良かったと思ったんだけど、もうお二人は小さくなってた。で、現場について、写真をいっぱい撮ったんだけど、そのうちの3枚がドラマの画面と同じ場所だって事が分かる写真だったので載せるね。左の写真が僕がおととい撮ってきた写真で、右の小さい写真はドラマのシーンのテレビ画面を撮った。○園子が『白線流し』をしてるのを見つけて走って見に行ったところ。撮影ポイントの高さと方向はだいぶと違うんだけど「の看板」と「この先50m」の道路標識は13年もたってるのにまだちゃんと在った!○合崎橋のたもとで『白線流し』に見入る園子。橋の欄干の「合崎」の字が同じでしょ。○上と同じ場所から園子の後姿と園子の目線方面の『白線流し』の模様を映してるところ。だいたいテレビの映像と同じ場所から同じ方向を撮れてると思う。雪が無かったのが残念だったけど川面に下りたりして長い時間をここで過ごした。とうとう来てしまったという満足感でいっぱいだったよ!(^^♪ちゅうわけで、古い家並みやなんかも少しは見てみたいともちょっとは思ったけど、家は遠いしもうすぐ日も暮れるしとっとと帰ることにした。カーナビの「自宅」を押して「高速優先」にして帰路についた。高山西インターから中部縦貫自動車道というフリーの道を少し走ると、飛騨清美インターから東海北陸自動車道に自然に入ってしまって、相変わらすガラガラの千円高速道路を大阪に向かった。
2009年03月30日
コメント(8)

(1/2から続く)車を停めてた立体駐車場はスペースが狭くてドアも30センチぐらいしか開けれないのでガラガラの青空駐車場に車を移動してブレーキランプのスウィッチを探すことにした。ドアを全開にしてハンドル下の内張りを外して潜り込んだ。ハンドル下のスペースって狭くて小柄の僕でも、しんどいんよね(>_<)ブレーキペダルの根元の部分がブレーキランプのプッシュスウィッチを押すようになってる部分がすぐに見えた。ブレーキペダルは踏まない状態のときにプッシュスウィッチを押し込むようになってるようなんだ。で、ブレーキを踏むと、その押し込まれた部分が出てきてブレーキランプのスウィッチがオンになるらしい。で、僕の車のブレーキペダルのその部分は宙に浮いてて、ブレーキを踏まない状態でペダルが一番手前にあるときにもプッシュスウィッチの頭は出たままになってたんだ。へっへ~!(^^♪壊れた箇所が解ったし、しかも電気的な部分ではなくてスウィッチを押すという機械的な部分が機能してないってことが解ったんだから、これを見た瞬間にもうこれは何とでもなると確信したね!(^_-)-☆要は、このスウィッチとペダルとの隙間に適度な厚みのスペーサーをかましてビニールテープででも固定したらブレーキを踏まない時にはブレーキペダルがブレーキランプのスウィッチを押し込んでブレーキランプは灯らないようになる!ところがね、このブレーキペダルの根元のスウィッチを押し込む部分をよく調べたら穴が開いてるんだ。ちゅう事は、この穴に通るボルトで頭の部分に適度な厚みがあり穴を通らない物があれば、裏からナットで締め付ければ、応急処置じゃなくて、完全な修理が出来るじゃん。工具箱の中にあった何種類かのボルトを試しにブレーキペダルの穴に通してみたら、ちょうど穴に通り頭が通らなくて頭の厚みの部分がスウィッチを押し込んでくれるドンピシャのサイズの物があったんだ!だけど残念なことにナットが無いんだ(^_^;)↓6mm径・レンチ10番車って、ボルトやタッピングビスやねじ込む物はいくらでも付いてるんだけどナットって無いんだよ(>_<)スノーボードのビンディングの補修のためのボルト類もいつもポケットに入れてゲレンデでは持ち歩いてるんだけど、これがやっぱりボルトはあるけどナットは無いんだ。ビンディングも、今使ってるのはすべてねじ込むだけなのでナットはない。錆びついたナット付きボルトがあったのでCRCでべたべたにして転がしておいたけど、二日ほど待てるのならともかく、すぐには外れそうになかった(^_^;)せんぞ探しまわって思い出したのがバッテリーのマイナス端子の締め付け金具のナットを僕はダブルナットにしてた事なんだ。二つのナットの間に電装品のアースのための端子をかましてたんだ。やったぁ!っとばかりに外してみたら、サイズがぴったりボルトに合ってた!あとは、ブレーキペダルの穴に通したボルトの裏をナットでしっかり締め付けたら無事に修理できたよ(^^)下の黒いのがブルーキペダル、その上の白いのが修理に使ったボルトの頭、その上に隙間があってその上の白いのがブレーキランプのブッシュオフスウィッチ。↓ブレーキを少し踏んだ状態での完成形。テールランプを取り付け、すべての内張りを元に戻した。↓ランプをすべて引っ張り出したところ。午後2時52分、出発直前のスキー場ベース。こんなドピーカンのベースでも雪は湿ってなかった。出発準備が出来てから、デリカの人にお礼と直ったことの報告とさようならの挨拶をしようとゲレンデに行ってしばらく探したんだけど見つけられなかったのがちょっと心残りだったな(^_^;)で、その時はもう午後3時だったんだけど、車も直ったしこの日の午前中に思いついた事を決行することにした。この日は、どこから高速に乗って帰っても千円は変わらないんよね。だったらさ、もっと遠くまで下の道を走って行って帰りの高速はもっと遠距離千円を走ってやろうって思ったんだ!さてさて、僕がダイナランドスキー場からどこに行って何をしたかって事は(その三)に書くね。前回の記事は、思わせぶりな書き方をしちゃったから(その三)のヒントを書いとくね。ヒント→白線流し
2009年03月29日
コメント(4)

(その一、スノボー編)から続く。スノーボードに疲れたので車の中でおにぎりとお茶でお腹を膨らませて、滑りに行くかどうか悩んでたんだけど、やっぱちょっとだけ滑ろうと思って脱いでたブーツをもう一度履いて車を出た。で、車から離れようとしたときに、”あれっ?車のテールランプが点いてるように見える…”けど、陽があたってるから反射でそう見えるのかと思った。だけど、気になったので車に戻ってライトのスウィッチを調べたけど、ちゃんと消灯になってるんよ。”やっぱ反射か。”と安心して車のうしろに回ってテールランプに手を当ててみたら、手のひらが赤くなるしなんとテールランプが暖かいんよ!”うわっ!やっぱりテールランプが点いてる!”もう訳がわからなくなってしまったよ。もう一度運転席に戻って、駐車灯のスウィッチもオフになってるのも確認した。で、しかたがないのでヒューズボックスの中のテールランプのヒューズを外した。で、車のうしろに廻ってみてテールランプに手をあてたら、相変わらず手のひらは赤くなるしランプは暖かいままなんだ!もう、いよいよ意味が分からずパニック状態になってしまったんだけど、ずっと放電しつづけてるんだったらバッテリーが生きてるあいだにエンジンをかけなきゃって思ってイグニッションキーを捻った。だけど、もう手遅れでバッテリーにセルモーターは廻す力は残ってなかった(>_<)”あぁあ…、もう最低!っていうか意味解らないしっ(>_<)”でも、ライトも点くしラジオも鳴るしバッテリーが放電しきってるわけじゃないので、とりあえずバッテリーが完全に死ぬ前にバッテリーを外そうとボンネットを開けてバッテリーのマイナス端子を外した。気温も少しは上がるだろうし、放電状態を停めたらバッテリーもすこしは回復するかもしれないし…。さて、バッテリーを外したので、とりあえずは慌てることはないので、ゆっくりテールランプが点きっぱなしになることの意味を考えた。さて、ここまで読んだ人の中で、僕の車にいったい何事が起っていたのか分かった人かいるかなぁ?その真相を解明するまでには、まだしばらくの時間と人との出会いと試行錯誤を繰り返すことになるんよね。とにかくバッテリーを接続してないままでは、原因究明も出来ないしエンジンをかけることも出来ない。そこで、車のうしろの内張りについてるランプ交換用のパネルを外してランプを取り外した。このとき、うっかり素手でランプを持ってしまって指に火傷を負ってしまったよ(>_<)なんせ、この症状がいつから出てたのか分からないんだから、少なくとも数時間は点灯し続けてたランプだろうからね!(>_<)こういう時は必ず軍手を着用しよう!!で、ランプを外したので、取り外してたバッテリーのマイナス端子を元通りに取り付けた。すべての電装品をオフにしてることを確認してイグニッションキーを捻ってみたら一瞬セルが回ったけど、その後はうんともすんともいわなくなったので、余分の電気を使うまいと中止した。そこで思いついたのがバッテリーを暖めてやろうって事で、使い捨てカイロをバッテリーの周りにペタペタ貼り付けてたんよ。そしたら、いつのまにか左隣に停まってたデリカの人が帰って来てて「バッテリーですか?」って訊いてきたんだ。「あっ、はい、テールランプが点きっぱなしになっちゃってバッテリーが弱ってしまったんです」って答えた。すると「ブースターケーブルがあったら、繋いであげるんだけどなぁ」って言ってくれたんだ。「わっ、ケーブルあります!でもデリカのバッテリーは助手席の下なんじゃないですか?」って言ったら「いや、このデリカは前ですよ。でも左だったかもしれないなぁ」って言ってボンネットを開けてくれた。デリカのバッテリーは左だったけど僕の持ってたブースターケーブルは長くてバッテリー同士を繋ぐことができた。↓ブースターケーブルほんとはバッテリーのあがったほうの車は、ケーブルのマイナスはエンジン本体に繋いだほうが良いんだけど、そこまでは届かなかった。その人がエンジンを吹かしてくれたら、ほどなく僕の車のエンジンはかかってくれた♪この頃は、車に詳しくない人が多くて、バッテリーを繋がせてくれって言っても怖がる人も居てるし頼みにくいし、向こうから言ってくれたのがとっても嬉しかった♪で、デリカの人にお礼を言ってエンジンをかけたまま、テールランプの意味を考えた。しばらくエンジンをかけておいたらバッテリーは充電されて生き返るからね。ヒューズを外しても点灯し続けるテールランプって、どれだけしぶといテールランプなんだよ!(>_<)で、どうしても分からないので、もうテールランプを外したまま帰ろうかと思った。今すぐ出たら明るいうちに家に帰れるだろうからテールランプはいらないからね。ところがね、僕はそこで、とんでもない事に気がついてしまったんだ!テールランプは片側に二つ、両側で四つあって、その四つ共が四六時中ピカー!っと光ってた訳で、だから四つ共取り外しちゃったわけなんだよね。そしたらブレーキランプがともらないじゃん!(>_<)こんなんで高速道路を300キロも走れないよ!(>_<)追突されても、整備不良でこっちの過失になってしまうし、それにブレーキランプがともらないのは非常に危険だし、そんな怖いドライブは出来ないよ(>_<)”いよいよ、これはJAFを呼ぶしかないかなぁ”って思い始めた。だけど、こんな高速千円の初日で素人ドライバーがたくさん遠出するだろう!って予想もニュースで言ってたし、こんな日にJAFなんかに連絡したら何時間待たされるか分からないし、その間どこにも行けないし、せっかく遠くに来てるのに何にも出来ないなんて辛過ぎるもんな(>_<)もう絶望的な気分になってたんだけど、ブレーキランプがともらないって事で、僕は逆にハタっと気が付いたんだ!”これはブレーキランプのスウィッチが壊れたのに違い無い!”ってね!(^_-)つまり、ブレーキランプのスウィッチがいつもブレーキを踏んでる状態になってしまってるんじゃないかって事なんだ!!ブレーキランプの点灯はテールランプの点灯と別ルートの配線になってるからヒューズを抜いても消えなかったんだ!それにランプカバーの赤いガラスが熱を持ってたってことは、尾灯の点灯よりも強力な明かりだと考えられるもんね。へっへ~!(^。^)原因さえ分かれば壊れた箇所を見つけられるかもしれないし応急処置で直せるかもしれないもんな!ちょうどその事に気がついたころにデリカの人が休憩を追えて車から出てこられたので、その事を言ったら「なるほど、それは考えられますね」って言ってくれた(^^)かなり車に詳しい人みたいで、”リレーかもしれない”とか怖いことも言ってはったけどね。↓デリカの人とデリカ。デリカの人は夕方まで滑るので、「また困ったら声をかけてください」って言ってくれた(^^)それから気がついたら、車の話をぺちゃくちゃやってしまってて、慌てて「あっ、滑りに行ってくださいね」って言ってゲレンデに送り出した。だってデリカの人も大阪から一人で滑りに来てた人だったんだもん、僕のトラブルで滑る時間を削らすのは申し訳なかったもん。(2/2へ続く)
2009年03月29日
コメント(2)

前から楽しみにしてた高速道路千円の日、3月28日がとうとうやって来た♪この日は今年一番の長い日になってしまってどう書いていいやら分からないのでとりあえず(その一)から(その三)の三つに分けて書こうと思う。僕のテンションとしては(その一)より(その二)、(その二)より(その三)へと上がって行ったんだな(^。^)日帰りが出来て、なおかつ遊べる時間を充分取れるとしたら、そんなに遠くは無理だから岐阜県奥美濃のダイナランドスキー場にスノーボードに行くことにした。きっと、ロングドライブスキーヤー・スノーボーダーが年末のように高速道路を埋め尽くしてると思ったんだけど、何故かガラガラだった。↓どの写真もクリックすると大きくなるよ。朝4時に出発してリフトの運行時間の8時前の7時55分にスキー場に到着した。スキー場も大混雑を予想してたんだけど、駐車場もセンター施設の立体駐車場に駐車できちゃったよ♪3月も終わりだというのにゲレンデはブッシュも土も出てなくてたっぷりの新雪をかぶり、もう真冬の様相だったんだよ(^^♪ゲレンデDJの話だと、昨日大雪だったんだって。なのに、この日はドピーカンで超気持良かったよ♪ゲレンデサイドも春なのにこんな風にたっぷり雪があって、僕の好きな壁遊びを出来るところもたくさんあった♪これは、ダイナではサーフライドパークと呼んでるアイテムなんだ!ここが楽しくて楽しくて必ずここを通った。入り口はパイプのようになってるけど、中ほどからは起伏がいろいろあって飛んだり回ったり好きに遊べるようになってるんだ(^^♪ほかにも大中小のキッカーとかレールとか、いろんなアイテムが充実してたけど、ビビリの僕にはこのサーフライドパークがめちゃ楽しかった(^^♪ほんとは上からの写真を撮りたかったんだけど、スピードをつけて飛び込まないと上の方の美味しい壁に登れないので、どうしても気が付いたら下なんだよね。実はこの写真を撮った場所もフラットで、ここから動きだすのは一苦労したよ(>_<)だけど、ここの写真だけは一枚撮っときたかったんだ。この写真のリフトの左側にまだつぶれてない新雪がいっぱい残ってて新雪滑走も楽しんだ。すぐ下にはガリガリがあるかと思ったんだけど、これが深い新雪でとっても気持良かった♪ただこの新雪斜面の上に出るのが難儀なので、一度しか行けなかった。陽射しはすごいんだけど、気温は低いままなので、雪のコンディションはずっと良かったよ。お昼前に喉の渇きと空腹でふらふらになって車に帰った。ビンディングにこびりついた氷を日干しにして溶かそうと思ったんだけど気温が低くて、全然溶けてくれないんだ!なんせ、まったく水滴にならないんだもんね!こんな春スノボーはほんとに始めてだったよ!もう充分滑って楽しかったし、こんな時にかぎって調子に乗って怪我をしたりするので、休憩後は軽く滑って上がろうかと思ってた。滑ってるときに思いついた午後の過ごし方をやってみたいとも思ったしね。ところがそれどころではない、とんでもない事が起ってしまうんだけど、それはまた(その二)に書くね。
2009年03月29日
コメント(6)
![]()
今日はくまたまの4回目の誕生日なんだ!もう4年もたっちゃったんだよな。めっちゃ早いよな~!今日は寒の戻りでめちゃ寒いけど、くまとたまの生まれた4年前も寒い日だった。母親のちろが寒い物置部屋でガラクタの底の狭い隙間で生んだものだから様子が分からないのでめちゃ心配だった(^_^;)使い捨てカイロをタオルで包んでちろの背中やお尻のあたりに差し込んでやったのを思い出すよ。ちろの奴ったら20センチ四方ほどのところにお腹を上にしてスッポリはまり込んで、お腹の上に5匹の赤ちゃんを乗せてたんだよ。朝早くに生んでから2日間ほど、じっとそのまま赤ちゃんをお腹に乗せてた。今考えたら、そんな狭いところを選んだ理由はお腹の上から赤ちゃんが落ちないから寒さで赤ちゃんの体温を奪われないようにするためだったのかもしれないな。生まれる日のしばらく前から、そろそろお産が近いと思ってたからいろいろ調べてダンボールの箱の横をカッターで切って、中に新聞をちぎったのをいっぱい入れたりしてたのに、ちろにはお気に召さなかったようで毎日家中を物色してどこで生むかを考えてたみたいだった。小さい体だったくせに、何から何まで自分ひとりで立派に5匹も育て上げたんだから偉い母親だったよ(^^)今日はくまたまの誕生日だからおもちゃと美味そうなパウチのモンプチを買ってやった(^^♪○自走式マウスこれ、うしろに少し引くだけで猛ダッシュするんよ!くまもたまも遊んでくれたよ♪○また買ってしまったシャカシャカ袋くまとたまには小さいかと思ったんだけど小さいほうが面白いみたいで遊んでくれた♪○かつおスープのモンプチかつおとかにかまが大好きなくまたまはきっと喜ぶと思った。それはもうもの凄い食いつきようだった!そんなに高くもないし時々買ってやろう!♪
2009年03月26日
コメント(18)

「纒向遺跡」現地説明会(その1)「纒向遺跡」現地説明会(その2)↓どの画像もクリックすると大きくなるよ。「纒向遺跡」現地説明会場を右下に見下ろして左奥に三輪山が奇麗な山容を見せてる♪この三輪山は山自体が「大神神社(おおみわじんじゃ)」のご神体なんだ。三輪山にお参りするには神社の社務所で300円を払い参拝証のたすきを借りて首にかければ2時間ほどで山頂まで登りお参りが出来るんだ。お参りしたかったんだけど、この日は別に行きたい所があったので断念した。上の写真の目の下に見えてる道を左の方、東方向に向かいJR桜井線・国道169号線も越えて「景行天皇陵」方面へ向かった。[纒向遺跡エリアマップ]この二重のオレンジラインは出土した土器の様式によるエリア分けだんだけど、このオレンジのラインの内側が「纒向遺跡」のエリアになる。中央付近の灰色の部分が今回の調査地域で、僕が向かった「景行天皇陵」は右上のオレンジラインが横切ってる巨大前方後円墳なんだ。でかいでしょ!で、地図を見ながらとことこ歩いてたら自転車のおばさんが通りがかって自転車から降りて「纒向遺跡の説明会を探してられるのですか?」って訊いてきたんだ。「いえ、もう充分説明を受けてきました」って答えたんだけど、おばさん、「私も今行ってきて好きで、本もいっぱい買ってしまって~!オホホホホ~」なんて言いながらついてくるんよ。なんかいっぱい早口でしゃべりはるんだけど、よく分からなくて、分からないままにしておくのも失礼だと思って聞き返すんだけど、やっぱりよく分からなくて、嫌だなぁ(>_<)って思ってたんよね。その道端にあった、この垂仁天皇のお屋敷跡は、そのおばさんに教えてもらった。結局、おばさんのお話でちゃんと分かったのはここだけだったけど、それは石碑に彫ってある字を読めば分かるもんな。そのあと、Y字路があったので地図を確認して左に行きたかったので、「僕は左へ行きますんで失礼します」って挨拶して別れようとしたら、その自転車おばさんも「私も、こっち、&%’#ωл▽Φ…」ほとんど何を言ってるか分からないけど僕と同じ方に行くみたいだってことだけは分かった(>_<)でも、しばらくしたら、おばさん、やっぱあんまり話が通じてないことが面白くなかったのか自転車に乗って行ってしまったんよ。「いろいろ、お話、ありがとうございました」って背中に挨拶しながらホッとしたよ(^_^;)自転車に乗って去っていく後姿がそのおばちゃんなんだけど、その向こうに見えてる大きな森がまるまる「景行天皇陵」なんだ。くっそう!地図を見ながら「景行天皇陵」に向かってたんだけど、おばちゃんの相手をしてたもんだから、いつのまに見えだしてたのか気がつかなかったんだよなぁ(^_^;)それからほどなくするともう写真のフレームいっぱいの大きさになってしまった。あまりのでかさに帰ってから大きさのランキング表で調べてみたら「景行天皇陵」は前方後円墳の大きさランキング7位だったよ!僕の行ったことのある古墳では百舌古墳群に「仁徳天皇陵(1位)」「履中天皇陵(3位)」があり古市古墳群には「応仁天皇陵(2位)」「大塚古墳(5位)」があるのが、そのランキング表に出てた。「景行天皇陵」は僕の行ったことのない古墳の中では残り少ないベスト10入りする古墳だったんだ。あの卑弥呼のお墓かも知れない「箸墓古墳」でも10位だったから「景行天皇陵」より小さいわけだもんな!お堀端まで来ると、もうほんの一部しか写真のフレームに入らない。これは後円部のうしろの部分。天皇陵のように宮内庁の管轄の前方後円墳の前方部の中央にはこんな風に鳥居がこしらえてある。景行天皇はあの有名な日本武尊(やまとたけるのみこと)のお父さんなんだ。「景行天皇陵」をあとにして「崇神天皇陵」に向かった。地図で適当に道を探して歩いてた訳なんだけど、なんか感じの良い道だなぁ、なんて思ってたらこんな看板が立ってた。なんの事はない、自分で見つけた道だと思ってたら、この道が「山之辺の道」で、なおかつ「東海自然歩道」なんだってさ!ちぇっ!(>_<)これが「崇神天皇陵」。これがまた大きな古墳で、この写真は右後が後円部で左前が前方部で、そのくびれ部分を中心に写した。大きさランキングは16位なのだそうだ。「崇神天皇陵」の前方部の中央の鳥居。国道沿いにあったこの看板を見て、あらためてこの場所が尋常な場所じゃないって思ったよ。「景行天皇陵」「崇神天皇陵」という二つの巨大前方後円墳の周りに10個近い前方後円墳がある。こんな所は百舌古墳群にも古市古墳群にもないんじゃないのかなぁ。崇神天皇の時代というのは箸墓に葬られてる倭迸迸日百襲姫(やまとととひももそひめ)が活躍した時代だし、纒向からこんなのを見ながら歩いてきたら、感覚としてなんか凄いなぁって思ってしまった。明日香時代から4世紀遡った時代、このあたりは凄いことになってたに違いない。なんせ、文字の記録が始まるのは明日香の7世紀からなのだから、きっといつまでたっても絶対に確かだって事が分かることはないんだろうけど、分からないから面白いのかも知れないな。(このあと向かった一番行きたかった所の事はまた後日)
2009年03月25日
コメント(6)
って偉そうなタイトルなんだけど、最後のほうしか見れなかったんだけどね(^_^;)くっそう!最初からちゃんと見たかったよぉ(T_T)ってゆうのがエライ先生方が6人も出てて爆問の太田さんが無茶な問題提起をして田中さんが転がすっていつもの感じが可笑しかったんだけど、その6人の先生の中に川勝平太先生が居たんだよこの川勝先生は、いっとき僕は神様のように思ってたことがある人なんだ。なんだぁ、まぁ、一目惚れみたいな感じで惚れちゃったんだよな"^_^"あの頃の僕は司馬遼太郎さんが亡くなった頃で、”もう日本には本当に日本の事を語ってくれる人は居なくなってしまった…(^_^;)”みたいな喪失感があった頃なんだ。そんな頃、川勝先生の教育テレビのシリーズ番組を見て、ぶっとんじゃったんよね。”すげぇ!この人!””日本人は世界の中で誇りを持って生きていって良いんだ!”みたいな気分にさせてくれたんだ。それに、なんといってもカッコイイ!”うひゃー!僕も川勝先生みたいになりたい!”って思ったよ。その教育テレビで12週に渡って放送された番組は『近代はアジアの海から』ってタイトルで一言で言っちゃうと”現代文明は欧米先進国から発生したのではなくて、アジアの海洋から起ったって事なんだ”そんな馬鹿な!って思うだろうけど川勝先生の分析を聞いてると本当にそういう風に思えてきた。目から鱗が取れまくったよ!その番組のテキストを買ってきて何度も何度も読み返して、人に受け売りばかりしてたもんな。まぁ、惚れちゃったんだからしかたがないよ(^^ゞスマップに惚れてしまった人がスマップの話ばかりするようなもんだね"^_^"だけど、川勝さんの本は、このテキスト以外は難しくて何冊か買って読んだけどよく理解できなかったんだよな(>____
2009年03月25日
コメント(4)

なんか昨日の記事では、あまりに楽しかったので、「纒向遺跡(まくむくいせき)」のなんたるかも、どうして僕がこの説明会に行きたかったのかも何にも書いてなかったんよね(>_<)さらっとでも書いとかなきゃって思ったので書くね。「邪馬台国論争」ってあるでしょ。去年、吉永小百合さん主演で映画化された「まぼろしの邪馬台国」ってのがあったけど、あの「まぼろしの邪馬台国」は宮崎康平さんが書いた昔の本で、「邪馬台国北九州有明海沿岸説」を唱えたもので、この本が書かれた頃から「邪馬台国論争」ってのが盛り上がったんよね。で、その諸説はいろいろあるんだけど、基本的には「北九州説」と「畿内説」という二つに別れた論争だなんていわれてる。でね、僕はこの「畿内説」って言葉が嫌いなんだ。どうして「キナイ」だなんて、昔のエリアを表わす言葉を使うんだよ(>_<)今の言葉の「近畿」でいいと思うし、「畿内」もそれはそれでちゃんと意味があるんだけど、そんなのはどうでもいいし、そんなの畿内、畿内ったって奈良に決まってるんだから「奈良説」でいいじゃんね!で、その「奈良説」の中で、この桜井市の「纒向遺跡」からは最近日本中の様式の土器が出土することから、ここに中央集権的国家があったのではないかと言われてたんだ。しかも、とても広い範囲にわたる大規模な遺跡なのに農耕に関する出土品がほとんど出土しないんだよ。つまりね、ここはただの大きな集落ではなくて政治機構に関するような何かがあったんじゃないかと考えられてたんよ。だって、食べ物を作ってる形跡はないのに日本中の様式の土器が出てるくる規模の大きい遺跡だなんてなんか変だもんね!つまり食料を供給する農村はもっと離れたところにあり、ここには関東や九州からの遠来の人間も居た場所みたいなんだ。ねっ!めっちゃ怪しいでしょ!(^_-)で、その怪しい「纒向遺跡」から今回宮殿建築っぽい疑いのある建物の柱の跡が出てきたって訳よ!!それが3世紀中頃ってんだから、まさしく卑弥呼の都、邪馬台国の時代なんだもんね!で、僕の邪馬台国遍歴なんだけど、昔は安本美典先生に心酔してて、安本先生の「福岡県甘木説」を信じてた。安本先生の「数理文献学」という古文書を数学的に読み解く方法は胸のすくような思いがして、いっときは夢中になって安本先生の本はもう全部読んだもんな。だけどその後、謝銘仁さんの『邪馬台国 中国人はこう読む』って本に出会って、日本人の「邪馬台国論争」そのものを空しく思うようになった。つまりね3世紀の頃の中国語についての専門家でもない日本人が「魏志倭人伝」の読み方を、ああでもない、こうでもない、って言ってることのあほらしさに気がついたんだ。中国の古文の専門家だったら「魏志倭人伝」なんか新聞を読むように普通に読めちゃうわけよね。じゃぁ、もう謝銘仁さんの読み方でええやんか!「魏志倭人伝」の読み方で伊都国を中心にして放射状に読む榎説って読み方があったりして大論争が起ったのなんかも新聞の読み方で揉めてるようなものだもん(>_<)そんなんで、もう「魏志倭人伝」はいいやっ!って気になった。日本のどこかから「邪馬台国」の遺跡が出てきたらそこが「邪馬台国」でいいもんな!(^_-)-☆ちゅう訳で「纒向遺跡」が「邪馬台国」であり、今回調査されたところが「卑弥呼の宮殿」かも知れないって事だもん!こりゃぁ、出かけて行くしかなかったよ(^^♪今回の「纒向遺跡」の現地説明会の内容なんだけど、僕の駄文を読むより貰ってきた資料を見てもらうのが一番なので正しいことを知りたい人は下の書類を左から順にクリックして見てやってね。説明文の中に出てくる図を同時に開いて見ながら読むと解りやすいよ。1ページ目2ページ目3ページ目4ページ目5ページ目6ページ目上の5ページ目の図だけでも開いて見てもらったら、下の写真の意味が分かりやすいと思う。↓どの写真もクリックすると大きくなるよ。建物跡SB-101を西南から北東を向いて捉えた写真。中央の10本の黄色い柱がSB-101の建物の柱跡。白い柱が柵の柱跡。一番下から右上に伸びてる白い7本の柱が建物の外を囲う目的の柵の柱列Cで一番下の柱が今回の調査で発見された柱跡。一番下の柱から左上に伸びてる白い柱が柱列D、写真の左外で直角に曲がりSB-101の北側を東西方向に平行に囲み直角に北に折れ柱列Fに向かって調査地の外にまで続いてると思われる。右上に見える3本の黄色い柱は今回の調査で発見されたもので、SB-101よりも大きい建物の柱跡のようで調査地の東外方向に伸びてるものと思われる。この調査地から東へ50mぐらいのところをJR桜井線が走ってるんだけど、もっと東へ150mほどのところにあった南北に走る古代の道上ツ道まで、この建物と繋がる施設があっただろうと教育委の先生はおっしゃってた。SB-101の西側の柱列Dと北側の柱列Eの全景。柱列Eの並びのラインを東へ延長した上に黄色の柱があるけど、この柱は建物の柱跡である柱列Gの端であるから全体に計画性があるってことらしい。全柱跡が見える写真。柱列Bと柱列Fが一直線上に並んでるのが分かる。へっへ~!(^^♪これは自慢の一枚なんだ(^_-)-☆発掘調査現場を上から見下ろし、その右上に箸墓の全景が見えてる!ちゃんと柱列Aも見えてるでしょ!♪調査現場の上には巻向駅のかわいいプラットフォームも写ってるよ(^^♪この写真のトリミング前の3072ピクセルのフルサイズの写真が欲しい人がいればおっしゃってくださいね(^^)(まだまだ後日に続く)
2009年03月23日
コメント(2)

ひやー!楽しかったよ~(^_-)-☆行きしなのJR桜井線に乗ってるところからもうドキドキしだしてたんだ!昨日、ひさけいさんに教えてもらってたんだけど、2両編成の前の車輌の一番前からしか降りられないなんてホントだったしっ!僕は後の車輌に乗ってたんだけど、巻向駅に近づくにしたがってドキドキしてきたもんな。それに巻向駅の直前左側にある箸墓古墳も車窓から見たかったし右側にあるホケノ山古墳も見たかったし、なんかあせってしまった。でも、そんなことを一々書いていたら文字制限を越えてしまうので、極力写真だけ載せよう♪なんせ写真のカウンターが301も行ってて、嘘だぁ!って思って見直してみたら意味のない写真が有るは有るは本当に301枚も撮ってた。馬鹿だね(>_<)で、その301枚の内どの写真を載せるのかを今日中に決めれるかが問題なんだよなぁ…(^_^;)↓どの写真もクリックすると大きくなるよ。JR王寺駅この駅でJR大和路線からJR和歌山線に乗り換えた。和歌山線から桜井線に入って目的地の巻向駅を通って終点奈良駅へ向かう列車があるので、その列車に乗り換えることにしたんだ。ここは広大な操車場になってて、大阪駅よりも線路の数が多いんじゃないだろうかって思えるほど線路だらけだった。実は、大和路快速に乗ってしばらくして始めた気が付いたんだけど、どうやら僕は奈良県内のJRに今まで一度も乗ったことがなかったみたいで、見るものすべてが新鮮でめちゃくちゃ楽しかった。知らない駅での乗りかえってのもとっても楽しい事だって気がついた♪どこに行くのも車だったからこういうのって知らなかったもんなぁ。王寺駅から乗った列車はワンマンカーで、乗車するときに整理券を抜いて運転席の後のドアからお金を払って下車するんだよ。こんなバスみたいな列車に乗ったのも始めてだった。ちゃんと降りれるか心配だったなぁ。ほかのお客さんたちは、みんなベテランみたいでどうどうとしてるんだよ。くそぉ…。って、こんな事を一々書いてたら全然先に進まないから、もうやめようっと(>_<)箸墓~!去年始めて行った時に横を列車が走ってたのを見てたから列車から見ると奇麗だろうと思ってたんだけど一瞬だったし写真にすると電線や電柱やなんやかやが入ってろくな写真が撮れなかった。でも、卑弥呼のお墓かも知れない箸墓だし、この日の箸墓も一枚ぐらいは載せなきゃね。JR巻向駅に着いた。ほとんどのお客さんは説明会へ向かうお客さんだったみたいで巻向駅で降りた。まだ説明会の一時間近く前の9時10分なのに、みなさん気の早いことだよ。駅から説明会の受付まで100mぐらいだったんだけど、その途中でポケットティッシュをもらった。これなんだけど良いでしょ!今までもらったポケットティッシュのうちで一番嬉しいポケットティッシュだったよ(^^♪めちゃ気分が盛り上がってしまって、ずうずうしくもあと二つもらってしまった(^_^;)あとでよく見たら、これは寄付をつのる広告が裏に書いてあるものを二つ折りにしたものだった。これが表これが裏纒向遺跡の調査・研究・保存活用事業に協力してやろうって方はURLにアクセスしてみてやってください。ティッシュを余分にもらったし、宣伝に少し協力…(^^ゞテントをいっぱい建てて、参加者用の資料をくれたり、めっちゃ立派な冊子や本を安価で売ってた。いただいた資料はA4・6ページをA3・3枚に印刷したとても豊富な内容のものだったよ。本や冊子もめちゃ魅力的だったので買ってしまった。とうとう現地到着。ところがね、僕が一生懸命、教育委の先生の話に耳を傾けてるのに、僕の左横に居たご夫婦の向こう側の旦那さんが、僕との間に居る奥さんにごちょごちゃ何か言ってるのがうるさいんだよ。「ほらっ!苅谷なんとかって俳優!ほらっ!そこっ!」って小声でしつこく説明してるんよ。奥さんのほうは「えっ?誰?何?」って要領を得ない感じなんよね。僕は、すぐに苅谷俊介さんの事だって気がついた。ほら、元石原軍団で西部警察や大都会に出てた俳優さんで考古学が大好きだって人!!もうミーハーな僕としては気がついてしまったら我慢ができずに、その旦那さんに「苅谷俊介さん、居てはるんですか?」って訊いてしまった(^^ゞ「ほら、すぐそこ!」って僕の右後をあごで示すんよ。振り返ったら、ほんの2mほどのところに、あのいかつい顔があってびっくりしてしまった。ミーハーな僕なもんで、もう教育委の先生の話を聞くのも気がそぞろでやってられないんよ(>_<)で、仕方がないから苅谷さんところに挨拶に行った。握手をさせてもらって写真を一枚撮らせてもらった\(^o^)/そりゃぁもう、すんごい存在感だったよ!(^_-)-☆超かっこいい!!!優しいし(^^♪(続きはまた後日)
2009年03月22日
コメント(4)
この間「じゃがべぇ~(^_-)-☆」って検索したらちゃんと僕のブログが出るのか心配になってヤフーのブログ検索をやってみたんだ。というのが、以前飛行船を追いかけてたときに出会った「飛行船の達人」さんと別れるときに、お互いのブログを知らせ合ったんだよね。そのときに「じゃがべぇって検索して」って言って別れたんよね。その時は、その晩に、その「飛行船の達人」さんの事を記事にしたら、すぐにコメントを載せてくれてたんだけど、検索したときに例えば1ページ目に出ないと分かりにくいと思うし、今後の為にちゃんと1ページ目の一番上に出るような「分かりやすいワード」を調べておいたほうが良いと思ったんだ。で、「じゃがべぇ」とか「じゃがべえ」とか「じゃがべ」とかいろいろ入力して検索してみたんだ。すると何故か正しく「じゃがべぇ」と入力しても出てこなくて「じゃがべ」と入力したら1ページ目の一番上に出てくれることが分かった。ヤフーさんの検索アルゴリズムがどうなってるのか分からないけど、こりゃぁ欠陥というしかないだろうな。でね、そうやって自分探しのいろんな検索をしてたら、訳のわからないところに「じゃがべぇ~(^_-)-☆」って、そのままずばり僕のブログタイトル名を書いてられるブログを発見したんだ。そんなものを探してた訳じゃないんだけどね。で、その全く聞いたこともないブログをおそるおそる訪問してみたら、その記事のタイトルは「初のランキング入り! 」というもので、その内容は『前日のアクセス数』って表だったんだ。その表には『前日のアクセス数』とかいうランキング表の1位から50位までのブログタイトルか書いてあったんだ。で、その表の中に”35: ☆じゃがべぇ~(^_-)-☆(650) ”って書いてあったんよね。どうやら『前日のアクセス数』たらいうランキングの35位にいつかの日に僕のブログが入ったってことなんだろう。なんだろ?この『前日のアクセス数』って?で、いろいろ楽天ブログ内をうろうろしたら「ジャンル別で探す」の中に『前日のアクセス数』ってのを見つけたんだ。そのランキング表を見ると、だいたい500アクセスぐらいあると50位以内に入るみたいなんだ。だけど650アクセスって、僕としては信じられない凄い数なので何でだろうと思って、そのかたの日記の日付を見てみると去年の10月のはじめなんだ。そこで、はっは~んっと合点がいった。ちょうど、その頃は「安楽椅子探偵」をやってたんよね。あの時は一週間「安楽椅子探偵」のことばかり書いてたし、その文字数もハンパやなかったからなぁ。でね、ランキングなんてものには全く興味がなかったんだけど、こんなのを知っちゃうと、ちょっと入ってやろうかって気になったんだ。そんなんで、おとといから昨日にかけて、記事を多めに更新してみたら、ちゃんとアクセス数が伸びてランキング入り出来ちゃったよん(^_-)-☆なんか、めっちゃ満足♪でも、なんか疲れちゃったから、ランキングはもういいや…(^^ゞまた、いつも通りに書きたいことがあれば書くみたいな感じでボチボチいこうと思う。
2009年03月21日
コメント(2)

JRの快速列車が環状線を走ってるのは前から知ってた。前に「新今宮駅」で南海電車からJR環状線に乗り換えて「大正」で降りて京セラ大阪ドーム球場に行こうとして、「新今宮」で来た電車に飛び乗ったら「大正」を止まらずにスルーしてしまったときにはびっくりしたよ。あの時は、腹が立ってむかつきながら電車が止まってくれた次の「弁天町」から京セラ大阪ドーム球場まで走ったもんなぁ。なんせ友達と待ち合わせをしてて、すでに遅刻してたものだからあせってしまった。そんなんだから、列車の中がどんな風になってるのかなんて、気にもせずに窓の外を通り過ぎて行くドーム球場をうらめしく見てたもんな(^_^;)それまで環状線を各駅停車以外の列車が走ってるなんて夢にも思わなかったんだよ。私鉄が発達してる大阪では、JRを利用しないで、もっぱら私鉄にしか乗らない僕のような人は多いと思う。だから、そんな人は、たまに環状線を使うときには快速列車かどうか気をつけないと痛い目に合うよ!(^_-)でね、最近環状線の京橋あたりに行くことがあって、ネットで料金を調べたらJR阪和線を使うとJR一社で行けるので、めちゃくちゃ安く行けるのが分かり、今までほとんど乗ったことのない阪和線を使うことを考えたんだ。で、列車を調べたら「関空快速」「紀州路快速」なら阪和線から乗り換えなして環状線「京橋」まで行けることが分かった。しかも、環状線の「大阪」「天王寺」間の停車駅は「新今宮」「弁天町」「西九条」だけだってんだから嬉しい!乗り換えなしで難波より先まで行ったことのなかった僕としてはかなり感動だった!”これは落ち着いていっぱい本が読めるぞ!”って楽しみだったんだけどその思惑はすっかり外れてしまったんだ。この列車のシートはゆったりとった一人掛けと二人掛けのロマンスシートで僕は一人掛けに座れたし窓の外を眺めてたら飽きないんよ(^^) しかも小さなテーブルまであって本はほとんどこのテーブルに置きっぱなしで景色ばかり楽しんだ(^^♪実は、この時に車窓から見たことを携帯にメモを取ってたんだけどすっかり忘れてたんだ(^_^;)そのメモはこれ↓ ”百舌鳥駅より少し和歌山よりの山側、線路沿いに堀を伴う古墳様のものあり” さっきその場所を地図で探してみたらそれはまさしく古墳で名前を「いたすけ古墳」という立派な前方後円墳でいろいろいわくのある古墳だって分かった。←ねっ!メモの場所でしょ!詳しくはウィキを見て→ここ。建設業者によって破壊されかかったのを地元の市民運動で阻止したってんだからやるよねぇ!地元民!!森浩一先生が言ってられたんだけど「百舌鳥古墳群」の中でも巨大古墳も含めてたくさんの古墳が破壊されたのだそうだ!(>_<)土木業者にとっては古墳の墳丘の土は上質で、古墳は無駄なく金になって儲かるみたいなことで戦後いっぱい破壊されたのだそうだ(>_<)ひどい話だよね(>_<)って話が脱線したけど、JRの快速列車は安くて快適で景色を楽しめて最高だってことなんよ♪明日はJR「大和路快速」に乗って邪馬台国と卑弥呼の王宮だった場所かも知れない所に発掘調査の現地説明会を聞きに行こうと思う(^_-)-☆
2009年03月21日
コメント(0)
![]()
イーハトーブは宮沢賢治の造語で岩手にある理想郷のことだよね。この本も浅見光彦シリーズなんだけど、なんかけったいなタイトルだなぁって前から思ってて、やっと読んだんだけど、途中ぐらいからデジャブーみたいな変な感じで読んでたんよね。なんか聞いたことがあるような見たことがあるような変な感じ…。”あれ、この万年筆はパクられた万年筆なんだ!”みたいに、読む前から先が分かったり変な感じだったんよ。でね、読み終わってみて、この話テレビで見たに違いないって思った。だけど光彦の顔が出てこないんだ。だいたい見たやつは光彦の顔が浮かぶんだけどなぁ…。で、ネットで調べてみたら2000年10月にフジテレビの 榎木孝明さんの光彦で放送されてた。やっぱ、あれだな、フジテレビの榎木さん・中村さんの光彦は印象が薄くて顔がないんだな。辰巳琢郎さんや沢村一樹さんだったら、必ず物語に光彦の顔がついてくるもん!だって、フジの光彦は台詞をしゃべってるだけで何にも考えてないんだもん。こんな感じで何の感銘も受けずにストーリーだけが頭に残るなんて、もったいないだけだもんな。せっかく内田康夫先生が心血を注いで書いてられる光彦の物語なのにあらすじだけが何となく頭に残ってるだけだなんて悲しすぎるよ(>__
2009年03月21日
コメント(2)

「横綱ラーメン」って僕の一番好きなラーメンで大阪・京都には結構たくさんあるんだ!味は醤油豚骨でネギが入れ放題なのが良い!ピリカラの味唐辛子も入れ放題なのでたくさん入れてスープを真っ赤にして激辛にして食べる。持ち帰りも美味しくって、食べたついでにはいつも2食ほど買って帰るようにしてるんだ。で、買って帰った「横綱ラーメン」を台所で袋から出してお湯を沸かして作ってたんだけど、目の隅のほうで「横綱ラーメン」の紙袋にちょっかいを出してるたまの姿は見えてたんだ。まっ、中は空だし好きにしたらいいと思ってほっておいた。ところが、紙袋もたまも一緒になって動いてるような気がして、ラーメン作りの手を止めてそちらを見たら、たまの奴、またドジって紙袋の取っ手に捕まってしまって首に体より大きな紙袋をぶらさげて水屋の前の狭いところを恐る恐る歩いてるんよ(^。^)もちろんの事だけど、僕はカメラを取ってきて記念撮影をしたよ(笑)ここ、幅が13センチしかなくて高さが80センチあるんだ。猫にとってはどうってこともない場所なんだけど、こんな状態だと猫のセンサーの耳や髭を使えないから、めちゃ慎重にスローモションみたいに歩いてるんよ(笑)袋の中から顔は出たけど、しっかり首から袋をぶら下げて不安そうにしてる(^。^)暗い目をしてるから取ってやろうかと思ったけど、やっぱ写真優先ということで…(^_^;)袋が動いてるみたいだしっ!体よりでっかい袋をぶら下げて動いてるたまを見て、くまが怪しんで睨んでるよ(^。^)このあと助けてやろうと思ったけど、たまは自分で袋から脱出してダッシュで台所から逃げて行ってしまった(^^ゞ
2009年03月20日
コメント(7)
なんだよ~!昨夜の『おみやさん』の最終回2時間SPは、期待してたのに、2本を一気放送しただけじゃん!(>___
2009年03月20日
コメント(6)

たまの右手がなんともラブラブ感をかもし出してたのが可笑しくて、ちょっと悪乗りして大きい写真を載せてしまった"^_^"
2009年03月19日
コメント(8)
![]()
去年の12月に 万城目学『鴨川ホルモー』を読んで…。って記事を書いたけど、『ホルモー六景』は、あの『鴨川ホルモー』の世界の中の六編の物語が収録されてる本なんだ。とっても切ない恋物語が六つ語られてる。でね、この六つの物語は『鴨川ホルモー』の世界に肉付けをしたり、その成り立ちをほのめかしたり、今後のホルモーを予感させるようなところもあって、『鴨川ホルモー』ファンには答えられない一冊になってるんよ。それと面白いのが『鹿男あをによし』に登場した料理旅館「狐のは」が『ホルモー六景』の中にも登場して、『鹿男あをによし』の世界と『ホルモー』の世界が一つの世界の物語なのかもしれないなんて事も匂わせてくれたりしてるんだ(^^♪左から『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』『ホルモー六景』と書かれた順に並べてみた。確かに表紙を見ると同じ世界観を感じるよね(^^♪って、それは三冊とも石居麻耶さんというイラストレイターが書いてられるんだから当たり前か(^^ゞで、本の中身の事を書くのは差しさわりがあると思うから表紙の話だけ少し書くね。『ホルモー六景』の表紙は、六つある物語の中の二つ目の物語”第二景 ローマ風の休日”をイメージして書いてある。と、僕は思うんだけど、このイラストめちゃ良いんよ(^^♪アフィリの絵じゃ小さくてよく分からないだろうけど、このスクーターの緑のカウルの左上には”Horumo”という筆記体のエンブレムが付いてる。これ、題名で分かるとおり”ローマの休日”を模してるんよ。だから、このスクーターのイラストは”ベスパ”風に書いて”ホルモー”ってエンブレムにしてるんよ(^。^)映画『ローマの休日』ではベスパにオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペっクが乗ってローマ中を走り周るじゃない!(^^)イラストの女の子の恰好も白のブラウスに長いフレアースカートで『ローマの休日』でのオードリーの恰好だもんね♪だけど、このイラストは当然の事ながらローマじゃなくて京都で、バックに八坂神社が見える祇園の交差点なんだよ(^^♪この表紙のイラストを見たときに『ローマの休日』みたいやん!!って思ったんよ!で、目次を見たら”第二景 ローマ風の休日”って書いてあるんだもんね(^^♪なんだか読む前から嬉しくなってしまう本だったな。あっ、言い忘れてたけど、僕は中学生の頃からオードリー・ヘップバーンの大ファンで、中学一年のときにバスと電車を乗り継いで大阪南の道頓堀の橋のたもとにあった戎橋劇場という名画館に一人で『ローマの休日』を観に行ったのを皮切りに今までに30~40回ぐらいは見てると思う。しかも、しかもだよ、この”第二景 ローマ風の休日”の主人公は『鴨川ホルモー』で一番お気に入りだった女の子が主人公だったんだ。このスクーターに乗ってる大きなメガネの白いブラウスの娘ね!どの話もホロホロ切ないんだけど、ニマニマしてしまうところも満載なんだな。そして物語のベースにはホルモーの世界がちゃんと横たわってるんよ。それと『鴨川ホルモー』では同志社ファンの方は不満だったかも知れないけど『ホルモー六景』には同志社ファンの方こそ読まなきゃって物語もちゃんと収録されてた。もしかしたら万城目さんは同志社のOBからクレームを受けたのかもしれないな、なんてしょうもない勘ぐりをしてしまったよ(^_^;)実は、姉貴に『鴨川ホルモー』を貸したら、大絶賛だったけど同志社については僕が文句を言われたもんな。姉貴の旦那さんは同志社の英文科で学生時代は同志社周辺でいつもデートをしてたそうなんだ。読んだ人にはお分かりだと思うけど、最後の”第六景 長持ちの恋”は同志社の英文科だもんピンポイントで姉貴が喜んでくれると思うんだ(^^)しかしまぁ芦屋の元カノに、こんな物語を用意してたなんて万城目さんニクイね(^_-)-☆
2009年03月18日
コメント(4)

意味不明のタイトルでごめんなさい(^^ゞサバ姫様とチョコさんは猫仲間の樹音0s504さんとこに住むキュートなサバ姫様とイケメンのチョコさんの兄妹猫のことなんだ。樹音さんとこのリンクを貼っておいたからいっぺん見てやって!→ここ。でね、実は、昨夜写真をカメラからPCへ移した時の「太陽にほえろ!」の直前に入ってた写真にサバ姫様とチョコさんのような写真が写ってたんだ。すっかり忘れてたんだけど、一昨日の夜に近所を歩いてたときに黒猫が歩いてるのに出会ったもので、つい反射的に立ち止まって「フミャ~」って話しかけてしまったんだ。猫に出会うともう反射的に話しかけてしまうってのが僕の癖なんだよな(^^ゞ近くに人が居てもつい反射的にやってしまうから困ったものだよ"^_^"でね、闇夜に黒猫だから、なんだか良く分からなかったのでフラッシュを焚いて写真を撮ったんだけどすっかり忘れてた。その時に、少し離れたところにももう一匹猫が居たのでフレームに入るように狙ってシャッターを切ったのも覚えてるけど、なんせカメラのモニターは真っ黒だしどんな写真が撮れてるかのチェックもしてなかったんだ。↓ほらっ!真っ黒モニターだったのにちゃんと写ってるでしょ(^^♪でね、PCで写真をちゃんと見てみたら樹音さんとこのチョコさんのようなイケメン黒猫と向こうに居るのはサバ姫様に似た猫だったので可笑しくなってしまった(^。^)でも、可笑しく思ってくれるのは樹音さんだけだけどね(^^ゞチョコさんもどきは毛並みもツヤツヤしてるし、さば姫様もどきも奇麗なようだし、どちらもノラじゃなくて飼い猫なのかもしれないな。チョこさんもどきは僕が近くでフラッシュを焚いて写真を撮ってるというのに逃げもしないでレンガの路面に頬っぺたをこすりつけたりしてリラックスしてたし人間に警戒心ゼロのようだったし、やっぱ飼い猫だろうな。こんなに人懐っこかったらノラ生活を続けたくても、すぐにどこかの家猫にされてしまうに違いない(^^ゞイケメンだしっ!(^_-)-☆
2009年03月18日
コメント(4)

今日、姉貴が”黄砂の夕陽を見よう!”って言うので、見に行った。なるほど!黄砂がころあいのフィルターになって、いい感じじゃん!で、写真に撮ってみたんだけど、別にちょっと撮ってみただけだし、記事にする気は全然なかったんだけどPCに取り込んで見てみたら、チャーラッチャー♪チャチャチャー♪って「太陽にほえろ!」の音楽が頭の中に聴こえてきたんだ(^^♪←音楽が分からない若い人はクリック♪←クリックほらっ!この黄砂で黄色い太陽、「太陽にほえろ!」のオープニングの画みたでしょ!(^。^)って、年配の人にしかピンと来ないと思うけどね(^_^;)きっと「太陽にほえろ!」を放送されてた頃の東京の空はスモッグで汚れてて毎日黄砂の空みたいだったのじゃないだろうか?わからないけど…。それで、この写真を撮ったときには気が付かなかったんだけど、この太陽の右のほうのビルの陰に大阪城天守閣が半分見えてたんだ。で、ギリギリ行けるところまで行って大阪城を出来るだけ入れて太陽と一緒に撮ってみた。←クリック。なんだか中途半端だけど「太陽にほえろ!」と大阪城、っちゅう写真でした(^_^;)
2009年03月17日
コメント(10)
昨日の深夜『人志松本ゆるせない話 世直し企画』ってのを8チャンネル(フジテレビ系列)でやってた。きっとキー局のフジテレビでは以前から放送されてたのだと思うけど関西テレビではやってなかったんじゃないかと思うんだけど、とにかく昨夜初めて見た。千原ジュニアさんやオセロ松嶋さんなんかが「ゆるせない話」を発表するだけの番組なんだけどめちゃ面白かった。だけどね、サバンナ八木さんが提起した話を、松本さんを始めみんなが馬鹿にしたのは腑に落ちなかったんだ。確かに八木さんは話が下手で、「八木の話はボケにもなってない」って、一つのテンドン風の笑いに持っていこうという松本さんの狙いは分かるんだけど、僕には八木さんの話がとてもよく分かったし、その例え話も感動物だったのに、みんなでケチョンケチョンに言うんだもんな(>_
2009年03月16日
コメント(7)

生まれて初めてフォトコンテストなんてものに応募してしまった。撮ったらおいで!写真のテーマパーク『いい色』って写真サイトの「集まれ!ラブリーペットフォトコンテスト」ってのが目に付いてよくよく見たら3月16日(月)12:00までってなってるんよ。えっ!?それって明日のお昼じゃん!”今なら間に合う!”って思って応募してしまった。←今なら間に合うから応募してみたい人はクリックして覗いて見て(^^♪これが一週間先とか一ヶ月先とかだったら、”そのうち応募してみようかな…”なんて思ってもまず応募しなかっただろうって思う。「おすまし部門」「げんき部門」「おもしろ部門」の三つの部門があって、三つの部門合計で一人4枚まで応募できるんだ。各部門ごとに一等賞商品券3万円分(一名)、二等賞賞品券1万円分(二名)っていうすごい賞品つきだし、そんなんもあってなのかもしれないけど、人生初の写真コンテスト参加ってことになった(^^♪僕は「おすまし部門」一枚、「げんき部門」一枚、「おもしろ部門」二枚の合計四枚の限度数応募した。↓この4枚!(クリックすると大きくなるよ)「おすまし部門」松の木の上から近所を監視するねこ。高さ5mぐらいのところで切った松の木の上で家の周りを監視するのがたまのお仕事です。「おもしろ部門」「霊芝」を採るねこ。高さ4mほどの高見にいつのまにやら育ってた「霊芝」を発見し、その異様な形にびびりながらも挑みかかるくまでした。「おもしろ部門」ねこの太極模様。白猫のたまと、サビ猫のくまの姉妹はよくこんな風に太極模様を作って一緒に寝てます。「げんき部門」小枝の上が好きなねこ。少しメタボ気味なくせに、たまは小枝の上を渡り歩くのが好きなのです(^^ゞだけど、まだ『いい色』の応募写真一覧にはタイムラグがあるみたいでアップされてないので載せた写真を閲覧できないんだ。だから写真の右に書いたタイトルやコメントはコンテストに載せたのとは多少違うかもしれないけど、だいたいこんな感じ。
2009年03月15日
コメント(16)
最初に書いとくけど、この記事は答えが間違った僕の負け犬の遠吠えなんで、名探偵にならはった方々は読まないか或いは”何をほざいとるんだ!”って笑ってやってくださいね(^_-)-☆なんせ、多分全逮捕状の8割ぐらいは犯人を当ててると思うし、極々少数のこんな負け犬の遠吠えを読んでも面白くもなんともないだろうから…。「解決編」が届いてから1日たって、どうしてこんなに違和感というかモヤモヤ感みたいな物がふつふつと湧いてくるのかが分かってきた。これね、1月の15日に締め切りがあって、「解決編」が発送されたのは3月10日だったと思うんだよね。3月上旬発送ということだったから、嘘はつけないからギリの10日の発送になってしまったんだと思う。「解決編」が届いたのは11日の方と12日の方がいらっしゃることから、おそらく10日の夜の発送になってしまったのに違いない。何故、こんなギリギリになったの?その理由として考えられるのは、原稿のあがりが遅れたからだと思う。例えば、「解決編」の中に名探偵賞を受賞された方のお名前が書かれてたりするのなら、受賞者の選考に一ヶ月かかるとかしてそれからゲラアップして印刷製本という過程があってギリになるっても考えられるけど「解決編」には事件の真相が書いてあるだけだったもんね。それだったら、僕は、「逮捕状」の締切日には「解決編」を発送するってのがフェアだと思うんよ。つまりね、すべての「逮捕状」を吟味して、その内容にしたがって、回答者が気がついた本の中の記述と「解決編」とのあいだに論理矛盾がないように後付けで「解決編」を書くのはアンフェアだと思うんだ。極論すれば「逮捕状」の内容から犯人まで変えてしまうってことも可能なんだよね。逮捕状だけではなくてネット上で知りえた情報も、くまなく吟味していたんじゃないかと思えるふしもある。あの3月20日午後7時のアリバイ表との矛盾は何だったの?あれを作者さんのミスとして気にしなかった人が真犯人にたどり着くようになってたの?そんなミスリードってありなの?新手のミスリード…?3月20日午後7時のことは一応「解決編」で説明をされてたよね。「解決編52p」に榎田が辰平に『それでお前、マンションに一度引き返したのか~』って言ったのが書いてあったけど、それって作者さんから僕へのピンポイントの”言い訳”じゃないかと思ったよ。僕は『Rの刻印』―栗山犯人説―に『辰平は途中で分かれてマンションに引き返したと考えられる』と書いた。同じ「解決編52p」に麻子の説明もしてあったけど、僕が書いた「下駄履きマンション」とは違ったけど「マンションの近くのレストラン」としてた。ここで『15分くらい席を外した』としてる。だけど”15分くらいでは犯行は可能でない”と断言してるよね。さらに”2時間以上のまとまった時間が必要だ”なんてことも何故か断言してる。だけど、もしもホテルラムセスの近くなら”15分の席外しを3回すれば昇平の拉致は可能!”だよ。つまりね、あの3月20日午後7時の矛盾は作者さんのミスで、必死に取り繕ったのが「解答編」だと考えたとしたら「解答編」の内容を無理なく理解できるんだ。「解決編50p」に書いてある榎田と輪島のアリバイについても、『伊野部を自室に呼び船室のトリックを仕掛けるのには最低1時間必要』となってる。誰が1時間かかるって決めたの?じゃあ50分ならアリバイ表との整合性はあるの?ここの説明、僕には意味不明!(>_
2009年03月13日
コメント(15)
去年、同じショップで金属コーティングタイプの添加剤ゾイルを入れてから初めてのオイルチェンジに行ってきた。ゾイルの効果は抜群みたいで、オイル上がりがほとんどなくなったんだ。←スーパーゾイル/4サイクル用(450ml) 前回のオイル交換から今日のオイル交換までのあいだで一度だけオイル量が「Low」近くまでなったので補給をしたけどそれも1度きりだったんだ。今回4000キロで交換したんだけど、3000キロだったら、もう補給の必要もないかもしれないよ(^^♪しかも一冬越してるわけだし長野県の白馬へスノーボードへ行ったときなんか多分氷点下10℃以下のところでもエンジン回してるし、結構エンジン酷使したのにね。○オイル交換データ走行距離:231,723kmオイル名:ニッサン ストロング SX SM5W30 4Lオイル量:約3Lトルク値:3.5kg でね、前回ここで交換してもらったときに感動したんだけど、ここはピットの下の地下室からひょいひょいとオイルを抜いてくれて、あっという間にオイル交換を済ましてしまうんよ。ピット側が一面ガラスになってて、そちらに向かって窓際のテーブルとスツールがある作業待ちを出来る部屋があったのでそこでコーヒーを飲みながら本を読もうと思ったんだけど、そんな時間は全然無かったよ(^^ゞで、ピット作業をしてくれたお兄さんが地下から上がってきて車の下を扉を閉めてしまったのを見て、急に自分の車を僕も地下室から見てみたいし写真も撮ってみたくなったんだ。で、まだ忙しく働いてるお兄さんに「車の底を下から写真に撮りたいのですけど駄目でしょうか?」っておをるおそる訊いてみたんだ。そしたらお兄さん「良いですよ~^^」って仕事の手を止めて車の下の電動のスライド扉を開いてくれて「階段、オイルで滑るので気をつけてくださいね」って、めっちゃ優しく車の下まで誘導してくれたんだ(^^)良い人だった~!(^^)車が奇麗だってほめてくれたしね"^_^"こんなふうに車の下にポカっと扉が開いて下の部屋から作業ができるんだ。ジャ~ン!こんなふうに地下室の天上が開いてて僕の車の底が見えてる!フレームいっぱいのやつも1枚撮っておいた。黄色い色でポチっと見えてるのがオイルパン。隙間に見えてる水色のがオイルエレメント。
2009年03月12日
コメント(6)

終った!終った!終った~!!とうとう終ってしまった…(T_T)今日、「解決編」が届いた。だけど、逮捕状を原本で出せなかった人は4月1日以降のwebページへの発表まで「解決編」を読めないんだよね。僕に『Rの刻印』のことを教えてくれたひさけいさんも、締め切りの頃にめちゃ忙しくて出せなかったんだ。そんなんで、「解決編」を全ページスキャンしてやったい!(^。^)オークションをやめてからはスキャナーで大量にスキャンすることもなくなって、宝の持ち腐れだったしね(^^)この「解決編」は出版物じゃないみたいで、「無断転載禁止」みたいなことも書いてないし著作権のマークもないんよ。その事を示す意味でも裏表紙まで含めて全ページをスキャンしてやった(^^♪下のページ数をクリックしたらスキャンした「解決編」のページが新しいウインドウで開くので一つづつ読んでは閉じてやってね。表紙・裏表紙表紙裏~1ページ2~3ページ4~5ページ6~7ページ8~9ページ10~11ページ12~13ページ14~15ページ16~17ページ18~19ページ20~21ページ22~23ページ24~25ページ26~27ページ28~29ページ30~31ページ32~33ページ34~35ページ36~37ページ38~39ページ40~41ページ42~43ページ44~45ページ46~47ページ48~49ページ50~51ページ52~53ページ54~55ページ56~57ページ58~59ページ60~61ページ62~63ページ64~65ページ66~67ページ68~69ページ70~71ページ72~73ページ74~75ページ76~77ページ78~79ページ80~裏表紙裏
2009年03月12日
コメント(8)
とうとう結果発表された。ろくな逮捕状は書けなかったから、あんまり見に行く気もなかったんだけど、Rの刻印界のみなさんに教えていただいて覗いてみた。で、その結果発表の最初に書いてあったのが「最優秀名探偵賞1名 エジプト旅行ペアご招待 大阪府 Sa・K様」これ見たとき、一瞬心臓がキュっと締め付けられちゃったよ!!だって、一瞬僕のことかと思ってしまったんだ!えっ、えっ、えっ、僕…?えぇっと、なんかちょっと違うような…?で、冷静に考えてみたら、やっぱり僕じゃなかったよ(^_^;)だって、こんな風に自分の名前を表わすことになれてないもんな…。なんとねぇ、僕とちがうのは苗字の母音だけだったんだ。「a」だけが違った…。なんせ「大阪府 S・K」まで僕とおんなじだったんだもんな…。逮捕状はめちゃくちゃすかたんだったと思うけど、ある意味「最優秀名探偵」に限りなく肉薄したってことにしておこうっと!(^_^;)でも、なんか諦めきれずにイニシャルの表示の仕方を確認してみた。これ→(例:山田太郎=Ya・T、と表記)うぅん…?ちょと待てよ…。山田太郎=Ya・T↑から分かることは1)山田=Ya2)太郎=Tだよね。2)の「太郎=T」は、「Taro」の頭文字で「T」で決まりで問題ない。だけど1)の「山田=Ya」は「Yamada」の頭文字「Y」は決まりだけど「a」は「Yamada」の中に三つもあるやん!!この「a」は一つ目の「a」か二つ目の「a」か三つ目の「a」か分からないもんな。この例、よくない例だよなぁ。「山田」じゃなくて「八代」だったら「Yasiro」となって「Ya」は頭の2字で決定だもんな。「Yamada」だったら、どの「a」か分からない。例えば最初の文字と最後の文字を取ったとしても「Ya」になる!で、この「a」が苗字の最終文字の「a」だとしたら、「Sa・K」は僕になるんだ(^^♪しかしまぁ、謎解きの懸賞小説ってのは凄いね!当選者の発表にまで、こんな暗号を仕込むんだからね(^_-)もしこれが暗号でないとしたら、表示例に「やまだ」というア段の字が三文字も重なるというこんな特殊な名前を使用したことになんらかの論理的な理由付けが必要だと思うもんね(^。^)
2009年03月11日
コメント(8)

名神高速道路の下りを京都から大阪に入って来ると長~い真っ直ぐの下り坂があるんよ。ほら、秀吉が明智光秀をやっつけに行ったときとか、よく歴史にでてくる「天王山」から西に下がっていくところ!天下分け目の代名詞になってる、あの有名な「天王山」を過ぎたところで、ぐんぐん下りが続いてるんよ。でね、その部分なんだけど、昔、名神がまだ2車線だった頃は、あの部分はジェットコースターみたいで夜なんかずっと向こうのほうの車のテールランプまで赤い筋になって見えててとても奇麗だったんだ。だけど名神が3車線になってからは、すこしもジェットコースターみたいでなくなってしまって、たいした下り坂でもないように見えるんだ。←これは、このあいだびわ湖バレイに行った帰りに写したんだけど、この部分がグ~ンと下がってて、向こうのほうがグ~ンと登ってて、街路灯の光の筋が上向きに湾曲してるのが少し感じれると思うけどたいした事なくて、よく見なければ分からないぐらいだもんな。誰か、どうしてジェットコースターみたいでなくなってしまったのか、この謎の理由を知ってる人、居ないかなぁ?名神を走るたびにこの謎が頭に浮かんで不思議に思う…。昔に読んだ小松左京さんの『こちら日本』という小説のなかに、この部分をジェットコースターと表現してる部分があるんだ。昔に読んだ本なので、うろ覚えなんだけどどんなだったかちょっと書くね。ある日、世界中から、ほとんどの人間が消滅してしまう。大阪で一人きりになった中年男性が大阪の「中の島」の朝日新聞本社にこもって、どこかに人間が残ってないか必死で連絡をしまくって探すんだ。そんな時、東京にいてる若い女性から連絡が入るんだ。その子はバイクが好きな子で、とにかく大阪におじさんを一人見つけたのが嬉しくて、今すぐバイクで大阪に向かうって言って出発するんよ。で、静岡を過ぎた!名古屋を過ぎた!琵琶湖を過ぎた!って連絡を入れながら来るんだけど、東名高速も名神高速も路上には車がいっぱいあって、その女の子は何度も転んだりしながらぼろぼろになりながらも大阪を目指すんだ。で、京都に来た女の子に”もうすぐ大阪だよ!がんばれっ!”って男は勇気づける。”トンネルを抜けたら大阪だ!””ジェットコースターのような坂を下りて、半分透けてるようなトンネルを抜けたら大阪の豊中インターだよ!”って説明するんだ。女の子はジェットコースターのような下り坂にさしかかり”やったぁ!もうすぐ人間に会える!”って最後の力をふりしぼるんだ。けっこう感動もののシーンなのに、今はそのジェットコースターがなくなってしまったんだからリアリティがないんよね(>_<)どうして無くなったんだろう?まさか山を削りとったりしないだろうしね…。ちなみに、この部分の京都向きの登りレーンは今も昔もジェットコースターのようではないんだけど、昔、あれは夢だったのか?って思えるシーンを見た。その部分は昔名神が2車線の頃も登坂車線を設けてあったので3車線あった。僕はまだ子供で助手席に乗ってて車は真ん中のレーンを走ってた。その時、左の登坂車線をなんかペシャンコのパトカーがサイレンを鳴らして駆け上って行ったんだ。”なんだ?あれっ!?”って思ったら、それはポルシェ911のパトカーだったんだ!なんせ登坂車線なぐらいだから急な登りなのに、その黒白ツートンのポルシェは信じられないほどの加速をし続けて坂の向こうに消えて行った。あとにも先にも、ポルシェのパトカーなんかあの時一度見ただけなんだ!あれは幻だったのかもしれないなって、ずっともやもやしてる…。「名神高速道路をポルシェのパトカーがかって走っていた」という事を知ってる人がいたら教えてほしい…。
2009年03月11日
コメント(6)
昨夜のNHKスペシャル!面白かった!「ポアンカレ予想」という100年間解かれなかった数学の難題を解いたロシア人数学者グレゴリー・ペレリマンって人の話だったんだでも、数学の難題なんてのをこんな一般人が見るテレビ番組にするのも大変だったろうな。だって「ポアンカレ予想」を説明しようとしたって、そんなの哲学や宗教みたいな形而上学上の話と一般人にはなんら変わらないもんな(^_^;)だいたい、最初に「ポアンカレ予想」とは何かってことで画面に出てきたのはこんな文章だったんだよ!↓「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である」って、なんじゃぁこりゃ!?でね、次に、ある博士がロープを1本使って「ポアンカレ予想」を学生たちに講義する風景が映るんよ。で、その博士の説明だと、ロケットにめちゃくちゃ長いロープをくくりつけて宇宙に飛ばして宇宙をぐるっと一周させて地球に帰ってきたときに、そのロープを全部地球にたぐりよせる事が出来たら宇宙は丸いって事なのだそうだ。「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である」ってのがどうして、ロープをたぐりよせる事が出来たときの宇宙の形の話になるのかはさっぱり分からないけど、なんか面白い(^^ゞそれに物理ではなくて数学の難題が宇宙の形に関わる事ってこともさっぱり意味不明だけど、宗教や哲学の話よりはまだ、ちゃんとそこに存在するものを対象にしてくれてる分、まだイメージしやすいもんね。でね、そのロープがどこかに引っかかって手繰り寄せることが出来なかったら宇宙は丸く無いのだそうだ。丸くなかったらどんな形かっていうとドーナツみたいな形とかが考えられるんだって!で、番組は100年ほど前にフランスの数学者アンリ・ポアンカレが「ポアンカレ予想」を言い出してから「ポアンカレ予想」に挑戦した幾多の数学者の運命や、その間の数学の流行とかを交えてペレリマンが「ポアンカレ予想」を証明するところまでをドキュメント映像にしてるんだ。面白かったのがペレリマンの証明の過程にはエネルギーとか温度とかエントロピーなどという物理の単位が出てきたりしてるんよ。普通に考えたら宇宙の形を知るんだから、そんなことがあっても当たり前なんだけど、でも、これ「ポアンカレ予想」って数学の難問だんだよ!だから、ペレリマンの証明を聞いた数学者たちはみんな理解できなかったんだってさ。ペレリマンの証明の検証は何人もの数学者のチームによって2年かけて正しい事が認められたそうだ。このペレリマンはこの「ポアンカレ予想」の証明で数学界で一番の賞のフィールズ賞を受賞するんだけど、ペレリマンは受賞を辞退して賞金も要らないと言って失踪してしまうんだ。数学者の頭の中って、きっとややこしいんだろうな。「ポアンカレ予想」を証明したんだから心晴れ晴れになると思うのに、失踪してしまうなんてね…(^_^;)「ポアンカレ予想」の証明って、もしかしたら悪魔に魂を売らなきゃ達成できなかったのかも知れないな。
2009年03月10日
コメント(6)

上村選手がモーグル世界選手権で初優勝したよ!しかもモーグルとデュアルモーグルの2冠を達成してしまうんだから凄過ぎるよ!思い起こせば、長野で里谷選手が金メダルを取ったときに、まだ18歳だった上村選手が7位になったときから、もう11年もたつんだよな…。元々天才少女だった彼女だけど、世界一になるには、そりゃぁもう地獄の苦しみのような努力を重ねてきたんだよな。凄いよ!もう嬉しくてたまらないんだけど、これ、来年にとっておいて欲しかったな…。この優勝で来年のバンクーバーオリンピック内定者の第一号になったんだけど、これで世界中のモーグラーたちが上村選手に勝つための練習をし始めるんだよ。とはいうものの今の上村選手の強さは磐石ではあるんだけどね。なんせターンとエアとタイムの全てがトップだったんだからね。でね、上村選手がどうして磐石だというとね、ターンがえげつないんだよ!モーグルってターンの配点が50%なんよね、で、エアとタイムが25%づつ。で、ターンが上手だったらタイムは嫌でもついてくるんよ。っちゅうことは言わばターンが75%っていってもいい!とにかく上村選手は斜面に対してまっすぐまっすぐ滑り降りるんよ!あんなん女の子の滑りじゃないもんな!男のモーグルだよ!特に、この猪苗代のモーグルバーンは斜度もえげつないしぐちゃぐちゃ雪だったし僕なんかだと一瞬でもスキーが真下を向いたらもうコントロール不能で奈落の底まで真っ逆さまに違いない!(笑)あんなターン技術のある上村選手は失敗の危険の大きいエアをギリの技で攻める必要がないんよ。たかだか25%の配点に冒険をする必要はないもんね。覚えてるでしょっ!トリノオリンピックで里谷選手がギリの技だったフロントフリップに挑戦してころんじゃったの…(>_<)モーグルって、みんなのターン技術にそんなに差がないので、結局、エアで派手な技の出し合いをやって成功したものが金メダルみたいな部分もあったんだよね。だから、ばくちみたいな部分もあったんよ!だけど今の上村選手は、抜きん出たターン技術がある限り磐石だって意味が分かるでしょ。だけど、これからのあと1年、必死にターンを磨いてくる奴が出てくるだろうと思う。上村選手はさらなる技術アップをしなければバンクーバーでは追いつかれるかもしれない。がんばれ~!上村~!!かっこいい!でね、実はこの世界選手権の猪苗代大会で上村選手が金メダルを取ってから思い出したんだけど、僕は1年前には、この猪苗代の世界選手権に上村選手の応援に行こうと思ってたんだよ。すっかり忘れてた…(>_<)今年は八方ショックで、白馬のことばかり思ってた冬だったからなぁ…(^_^;)
2009年03月10日
コメント(4)

このあいだ、ちょっと寄った大型ショッピングモール内にあったペットショップにふらっと入った。可愛い子猫が2匹いた(^^)2匹でレスリングをしたおしてるんよ(^^)見て!この広さ!キャットタワーも2本あるし、めっちゃ楽しそうに、ずっと暴れまくってたよ。最近のペットショップってこんなのが普通なのかもしれないけど、僕はこんなの初めて見た。まるで動物園みたいだった(^^)こんなに快適でおもちゃやタワーもあって、ご飯もちゃんともらえるのなら、下手なところに買われるよりも幸せかもしれないって思ったよ。ペットショップの狭いケージの中にいるねこを見るとかわいそうだっていつも思ってたんだけど、こいつらは幸せだと思った。きっと売れない芸人の部屋ぐらいの広さはあるかもしれない(^^ゞ
2009年03月09日
コメント(10)

なんともはや3月にもなって、やっと「びわ湖バレイ」に行ってきた。ずっと行きたかったんだけど、実は1月に行った八方ショックが大きくてもうひとつ出かけて行く気にならなかったんだ。八方尾根スキー場はでかくてでかくて滑っても滑っても斜面はどこまでも続いてるんよ。また行きたいなぁって思うんだけど、泊りじゃなきゃ行けないし、かなり前もって行く日を決めたら行けないこともないんだけど、そこまでふんぎりがつかないしな(^_^;)そんなんで、ボードをしたいってより八方や八方のある白馬に行きたいって気持ばかりくすぶってたんだ。だけど、もたもたしてたら雪がなくなって日帰りで行けるスキー場はクローズしてしまうし、気持を奮い立たせて行ってきた。そしたら、やっぱりボードは楽しかったよ(^^♪「午後割り39セット(ウィークデーのみ)」というゴンドラ往復券+リフト券(正午~午後6時)で3900円というのを利用した。ほぼ目いっぱいスキー場に居たんだけど気が付いたらゲレ食に一度も入らなくて滑りっぱなしだったもんな。よく滑ったよ(^^♪八方の急斜面に比べたら、こんなとこ僕みたいなへたれでも上から下までノンストップでも平気だったもんね。ノンストップったって、こけるたびに止まるから、ほんとのノンストップはリフトが止まりそうなときにいちびらないで普通に滑ったときだけだけどね(^^ゞ※「いちびる」は大阪弁で「ふざける」という意味の動詞で「いちびる」「いちびらない」「いちびれば」のように活用する。※名詞形になると「いちびり」となり「ふざけた奴」みないな意味になる。面白いゲレンデのリフトから順番に終了していくものだから、終了間際の時間帯はいつもいちびらないで真面目にかっとんでた(^。^)で、なにをいちびってこけまくってたというとね「ノーリー180」ってトリックが面白くって連ちゃんでやって必ずこけるまでやっちゃうんよ(^。^)自分では楽しくて仕方がないんだけど、スウィッチからの「ノーリー180」はフロントサイドもバックサイドもピョンって行けるんだけど、ノーマルからは思い切り気合を入れなきゃ飛べずにスライドしちゃってかっこ悪いんだけど、まぁ、自分が楽しけりゃいいもんね(^。^)そんなんでピョンピョンピョンズルッボテッみたいにこけまくってた(^^ゞこけても雪が柔らかくて痛くないし、打撲も靭帯もまったく無傷のボードなんかはじめてかもしれないな。天気は悪かったんだけど、琵琶湖が見えたときに写真を撮った。↓クリックすると大きくなるよ。これは対岸なんだけど島がいくつもあるように見えると思うけど、実は左下に浮いて見えてるのだけが「沖島」という島で、ほかのは全部対岸にある山なんだ。真ん中の横に長い連山の右端には「長命寺山」とい高い山があり、その右の少し奥に「鶴翼山(八幡山)」というのがある。去年は湖岸からこの島と山の写真を撮って説明をしたんだけど、湖面まで降りると「長命寺山」を鶴の頭に、「沖島」と「鶴翼山」が鶴の両の翼のように見えるんだ。↓クリックすると大きくなるよ。この写真は琵琶湖の南側が全部見えてる。今読んでる里中満智子さんの『天上の虹』も、いよいよ中大兄皇子が大津に遷都して大津宮を作るとこまできたけど、その大津宮のあったところもこの写真の中に入ってる。琵琶湖の手前側右の方、先っぽよりちょっとこちら側のあたりになる。1300年ほど前に天智天皇(中大兄皇子)はここで亡くなり天武天皇(大海人皇子)はここからたったの一晩で吉野まで逃げたんだよね。今年もオニールの板、健在なり!もう六、七年は使ってると思う。夕方になると流石に冷え込んできて、ビンディングもがちがちに凍り付いてきたもんで、顔のほうも完全防備でこんな感じ(^。^)このスキー場は変わっててね、3時半から下のゲレンデから順番ににクローズしていくんよ。だもんで、最後は風が吹きぬける山のテッペンしか営業してなくて、もう寒くてやってられないんだ(>_<)早く帰れ!!って意味なのかな?(^_^;)5時を過ぎたらそこしか滑れなくて、もう寒くてやってられないので帰った。でね、ゴンドラ乗り場にたどり着いてフーフー言いながらボードの雪を落とそうと思ってたら、周りの女の子が走り出したんだ!えっ?なんで?なんで?って思って雪を落としてないボードを抱えて女の子のあとを追いかけて僕も走ったんだ。そしたら、ゴンドラの入り口で「急いでくださ~い!」って係員は呼んでるんよ。”わちゃ~!みんな僕待ちかよ~!(>_<)”次のゴンドラ待つのダルイし死ぬ気で走ったよ(^_^;)僕が最後の客だったんだけど駆け込み乗車なんかするのは十年ぶりぐらいかもしれないな(^_^;)だけどラッシュ時の地下鉄みたいに満員だったのに、先に出発させたらいいのにね。でも最後のおかげで窓際の楽なところに乗れたよ。沢山乗ってたよ~!ってことは沢山の人が僕の乗車待ちをしてたってわけなんだけどね(^^ゞ↓これ、左上から右方向に行って、右下が最後。一番に降りたからみんなの降りる様子を写真に撮ってみた(^。^)←お客さんが全部降りたところ。そんなに大きくも見えないゴンドラなんだけど、嘘みたいにたくさんの人たちがぞろぞろぞろぞろ降りてきた!←クリックすると大きくなるよ。(この写真は9日午後6時50分に追加で掲載しました)ねっ!めっちゃ乗ってるでしょ!なんと121人乗りなんだって!ボードのソール面はこんなの。長年使ってるけど、大きな傷とかもほとんどないよ(^^♪一人ボードの一番いいのは、帰りにばたつかないことなんだよね。こんな風にけっこう長い時間ボーっと過ごすから、出発まで1時間ぐらいはかかっちゃうんよね。なんせボードを脱いだらもう一歩歩くのも苦痛なぐらい疲れてるからね。そんなんだから、帰りの駐車場にはいつも僕の車だけが一台ポツンと残ってる(^^ゞ
2009年03月08日
コメント(8)
「Rの刻印界」なんて世界があるかどうか定かでないし、あったとしてもどれほどの人口があるのかも全く分からないんだけどね。本は、もしかしたら1万部とかそんなオーダーで売れたのかも知れないけど、問題は、その売れた本のうちの何冊がボロボロになってるかなんだよね。本がボロボロになってない人は、多分「Rの刻印界」の住人ではないと思うんだ。昨日、初めてコメントをしていただいた寅にゃんこさんの『Rの刻印』はボッロボロだっておっしゃってたから、寅にゃんこさんは間違いなく「Rの刻印界」の住人だね!僕の『Rの刻印』は「ボロボロ」って表現したんだけど、寅にゃんこさんは「ボッロボロ」って、小さい「ッ」が一つ多いぶん僕よりも上を行く住人だよ!くそっ!悔しいけど僕は「ボロボロ」としか表現してないのでしかたがない(>_<)この前、僕のボロボロの『Rの刻印』の写真を記事に載せたらまーちんさんに”全国のRの刻印の本たちが 「終わった。終わった。」・・って一列に行進していく姿が目に浮かびます。あれっ これってヤッターマンの世界?その中で一番ボロボロだけど一番満足気なのが すーさんの本だと思います。”な~んて、とっても素的なことを書いていただいたんだけど、僕の『Rの刻印』は二番かも知れないな(^_^;)でね、この間、ってゆうか2月の末なんだけど『Rの刻印』検証掲示板(ネタバレ)という掲示板が出来てるのを見つけたんだ。この掲示板をつくられた管理人さんは、バリバリの「Rの刻印界」の住人さんで、それはもう心から『Rの刻印』を愛してられる優しい人だってことが分かるんよ。誰でも参加しやすいようなルール作りをされてて、掲示板にありがちな言い争いなどが起こらないように、とことん考え抜かれたのだろうってことがよくうかがえるんだ。ただただ、たくさんの人の推理を知りたいってのが、管理人さんのお気持ちなんだ。で、ほんとにさんざん悩んだんだけど、この管理人さんの掲示板だったら書いても良いかなと思って「榎田犯人説」を載せた。掲示板に載せるためにはブログの記事をそのままって訳にはいかないから、修正したり新たに書き足したり削除したりして体裁を整えた。で、まず、僕のブログのフリーページに9つのページに分けて載せてみた。そのフリーページの《2》榎田の第二の嘘は榎田の嘘の根拠となる肝の部分をHTMLで表にしたので、ブログの記事よりも視覚的で分かりやすくなってると思う。掲示板への書き込みはHTMLは使えないので少し分かりづらいけど、ブログの記事よりは分かりやすく整理できたと思う。でも、これ、結構大変だったんだけどやってよかった。掲示板に載せることが目的だったんだけど、書いてるうちに「榎田犯人説」の本当の面白さというか本質みたいなものに自分でも初めて気がついたりしたんだ。もとより本気で「榎田犯人説」を正解だなんて、これっぽっちも思ってないけど「榎田犯人説」をより好きになることができた(^^♪こんな具にもつかない記事だけど、もう、いつ解決編が送られてくるか分からない時期だし、解決編か来ちゃったらもう書けないし後悔が残ると思って書いてる(^^ゞそれと、この管理人さんは『Rの刻印』人気犯人アンケート ってのを作ってらっしゃるんだ。「今、現在犯人だと思っているのは?」と「逮捕状に書いた犯人は?」の2箇所に投票できる。解決編が届いたら、もう意味がなくなるから投票に行くなら今のうちだよ!実はこのアンケートの存在を少し前から知ってたんだけど投票できずにいた。でね「榎田犯人説」を考え付いたもんだから喜び勇んで「榎田」に1票を投じたんだ。だけど僕が考え付いたから1票を入れたなんて管理人さんに分かるわけないでしょ(^_^;)当然のことながら榎田は0票だったのが僕の投票で1票になったわけなんだよ。こんなのデタラメで投票したっておんなじだもん。掲示板に書き込んだのは、デタラメで投票したんじゃ無いってことを管理人さんに伝えたいという思いもあったんだ。
2009年03月05日
コメント(8)

たまが、ミャーミャー言いながらストレッチに精を出してた。はい。小さくなって。左手伸ばし~。立ち上がり。可愛いポーズも交えて。ええ~っと…。意味不明。ねこのよくやる伸びだね。下半身、全部伸びてる。ねじれ~!両側の外側の筋伸ばし~。って、ねこがストレッチをするわけないし誰もストレッチだなんて思わないよね(^^ゞ途中から、なんだかおかしい動きだなって思ったんだよね。で、最後の、猫にしてもそのかっこうは靭帯ノビノビし過ぎだろう!って写真で漸く気がついたんだ。たまの奴、椅子の背もたれに左手の爪を引っ掛けて取れなくなってしまって超あせってたんだ!(>_<)ねっ!全部の写真の左手の位置だけおんなじでしょ(^^ゞさすがにこんなポーズを見せられたらすぐに助けてやったよ(^^ゞこんなの、引っ張らないで、ちょっと押してあげればすぐとれるのに、ほんとにたまは馬鹿なんだから(^_^;)たまは室内猫だから爪を切ってやればいいんだけど、よく脱走して庭の木に駆け上ったりするから、爪を切って木から落ちたら嫌だし爪は切らないことにしてるんだ。でも目の届かないところでこんな状況になったらヤバイし悩みどころなんだよな…(^_^;)
2009年03月04日
コメント(10)
『50TA』←これ、「フィフティーエー」って読むんだ。このあいだのロンハー(ロンドンハーツ)のテレビ朝日開局50周年記念スペシャルで狩野英孝がドッキリくらったんだよね。狩野にCDアルバムデビューをさせてやると持ちかけて長いことかけて曲作りからレコーディングまでやったんだ。そのアーティスト名が『50TA』なんだ。でも、それ、ロンハーで淳が仕掛けたドッキリでライブで最後は例によって落とし穴に落とされちゃったんよ。落とし穴に落とされて初めて狩野は敦に『50TA』の意味が「テレビ朝日50周年」って教えられてガックリしてたんだから狩野も鈍いよね(笑)そりゃぁもう、大笑いの連続で、最高に可笑しかったんだけど、狩野の歌が良いんよ!キャッチーなメロディだし、詞が面白いし曲の構成がまたどきもを抜く展開があったりして楽しくて番組の終わりの方では一緒に口ずさんだりしてたもんな(笑)でね、その狩野のCDは嘘っぱちで売り出したりしないんだけど要望が凄くてネット配信したら36万件もダウンロードされたってんだから発売されてたらオリコン1位もあったかも知れないよな!で、今夜のロンハーは、あまりにも『50TA』を見たいという要望が大きくて1日限りの復活ライブをやったんよ!そのステージがまた良いんよ!この間の3時間スペシャルでせんぞ聴いてたもんだから、かなり覚えてたぶんよけいに楽しめたよ(^^♪涙の話をしだしたら”おっ!「涙」だ!”って、すぐにどんな歌か思い出して楽しみだった。ステージに変な(たぶんインド風)のダンサーが出てきたら”おっ!「インドの牛乳屋さん」だっ!”って曲名までスっと出てきたもんな♪最後の曲だなんて言われたら、”あれ?「パーフェクトラブ」まだ歌ってないやん?”って、歌ってない曲名まですぐ出てくるんよ"^_^"「パーフェクトラブ」は良いからね~!”何でやねん?”って思ってたら、ちゃんとアンコールに残してたんだよね。でね、その頃になって初めて気がついたんだけど僕は『50TA』のファンかも知れない…。でも、狩野英孝の歌が好きだなんて、ちょっと人には言えないやね~(^^ゞそれと新曲も2曲やったんだけど、このライブの日が狩野英孝の誕生日で曲名が「自分にハッピーバースデー」っちゅうんよ。この曲の最後に「ハピッピッピィ♪」というわけの分からない言葉のリフレインがあるんよ。これが、またふざけた歌詞で笑ってしまうんだけど、なんともメロディがキャッチーで気がついたら一緒に歌ってたりして…(^^ゞもしかしたら狩野英孝ってホントに才能がある凄いやつかも知れない…。
2009年03月03日
コメント(4)
![]()
内田康夫さんのミステリーに出てくる浅見光彦がトヨタのソアラに乗ってるってのは、本のファンもドラマのファンもよく知ってることなんだよね。必ず光彦と共に登場するし、光彦は飛行機に乗れないこともあって少々の離れたところでもソアラで行くしね。ソアラのローンで四苦八苦してるってエピソードは、日常的に出てくるんよ。軽井沢のセンセこと内田康夫に壊れてしまったソアラとまったく同じのソアラをプレゼントされたこともある。あっ、あの貰ったソアラは光彦が買ったんじゃないので光彦はローンに苦しまなくて済んだんだよな。でも、壊れて廃車にしたソアラのローンが残ってたらおんなじことか…?で、そのソアラがどんなだったかってことなんだけど、テレビで見るのは白いソアラだし、本に出てくるのも白いソアラなんだ。辰巳琢郎さんが光彦をやめてからでも、もう10年ほど経つけど、辰巳さんの光彦も白いソアラに乗ってたもんな。でもね、昔に見た浅見光彦がツートンカラーのソアラに乗ってたことを僕は覚えてるんだ。凄く古い記憶だから、水谷豊さんが演じてた日本テレビの浅見光彦だったんじゃないかと思う。でも、いくら何十冊も浅見光彦シリーズを読んでも白いソアラしか出てこなくて、やっぱあのツートンカラーのソアラは僕の記憶違いかなぁって思い始めてたんだ。ところがね、今読んでる光彦シリーズ『イーハトーブの幽霊』の中にとうとうツートンカラーのソアラが出てきたんだ!(^^♪イーハトーブの幽霊中公文庫版72ページに”浅見の車はアイボリーとベージュのツートンカラーのソアラだ”って、ちゃんと書いてあったよ~!(^^♪で、ネットで探してみた。↓クリックしたら大きくなるよ。あった!あった!これ!これ!ねっ!水谷豊さんの光彦に似合いそうでしょう!(^^)辰巳琢郎さんも沢村一樹さんも白いソアラが似合う感じがするけど、この写真を見て、水谷さんの光彦がこれに乗ってたってことに確信を持てたよ(^^)
2009年03月02日
コメント(7)
全34件 (34件中 1-34件目)
1
![]()
![]()
![]()