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本屋さんの平台に万城目学さんの新作が積んであって”ありゃりゃ!知らなんだ!”と思って買ってしまった。すぐに読んじゃったんだけど、そりゃぁもう面白いのなんのって、特に大阪人にとっちゃぁバイブルになるかも、みたいな凄い本だったよ!!で、ネタバレになるから内容は書かないうよにするけど、本の表紙は楽天アフィリエイトの画像にも公開してあるんだし何を書いても問題ないでしょ。裏表紙まで開いたところ。クリックで拡大。これ、良いでしょ!(^^♪描いてる人は、万城目さんの本のイラストを全部描いてる石居麻耶さんって人なんよね。『鹿男あをによし』では奈良の朱雀門、『鴨川ホルモー』では京都の四条河原町の画だったんよ。で、『プリンセス・トヨトミ』では大阪の大坂城だってわけだ(^^♪この表紙絵は、大阪人なら一目見たら分かると思うけど大坂城をお堀の外から見た景色なんだ。でね、ここに描かれてる3人の事なんだけど、この3人の事は本の帯と本の冒頭ですぐに明らかになることだから書いちゃうと、会計検査院の3人の調査官なんだ。左の小さい小太りの男性は鳥居。真ん中の背の高い女性はゲーンズブール。右の恰幅のいい男性は副長の松平。でね、この3人のキャラは見たままなんだけど、なんか見るからにおっかしいでしょ(^◇^)この3人を演じるとしたら、誰が演じたら良いのかって、どうしても考えちゃうんだ。だって『鹿男あをによし』も『鴨川ホルモー』も映像化されたんだから、きっと『プリンセス・トヨトミ』も映像化されるに違いないもんな。で、思いついたのが、左の鳥居は爆笑の田中さん。右の松平は、佐藤浩市さん。ってのは、割合簡単に思いついたんだけど、真ん中のゲーンズブールが問題なんよ。彼女はフランス人と日本人とのハーフで、スーパーモデル風のスタイルなんよ。それだけだったら、何とかなるかもしれないけど、彼女はネイティブな大阪弁をしゃべることが出来るんよ。なんせ育ったのは桃谷あたりってんだから、そりゃぁ正統大阪弁を操れて当然だもんね。そんな女優さんはいないよな。言葉では、大阪弁を話せる田丸麻紀さんなんか思いついたけど、田丸さんは顔が純日本人だもんなぁ。外見からだとマリエさんなんかを思いついたけど、彼女では知性が全然まったく足りないんだよなぁ(>_<)道端ジェシカさんが大阪弁を話せて演技が出来れば良いんだけど、無理だろうな。変な大阪弁を聞かされたら、1秒たりとも聞く気を無くすもんな。関西の人なら、おかしな関西弁を聞くつらさを分かってもらえると思う。最近は減ったけど、昔はドラマや映画でひどい大阪弁を聞かされたもんな。イイデス・ハンソンさんの若い頃なんかだとピッタリだったかも知れないな。やっぱゲーンズブールがネックになって『プリンセス・トヨトミ』の映像化は無理かもしれないな…(^_^;)あと、余談なんだけど『プリンセス・トヨトミ』の中に南場勇三って人が出てくるんだ。『鹿男あをによし』に出てきた南場先生だって言えば分かる?史跡難波宮に隣接する大阪女学館高等学校の体育教師で剣道部の顧問をしてる、あの南場先生なんだ。ドラマ『鹿男あをによし』では宅間孝行さんがなさってた役で、前に宅間さんのことはブログにも書いたんよ。南場勇三が出てきた瞬間に宅間さんの顔が浮かんで嬉しかった(^^)南場勇三をちょこっと登場させる事で、この本も万城目さんの一連の本と同じ世界の物語だってことを、ちらっと明かしてくれてるのが、なんだかおしゃれだって思った(^^)
2009年06月30日
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この花さぁ、なんかおもちゃみたいだと思った。ディテイルが、プラスティックかなんかでこしらえたみたいに見えない?←クリックで拡大だいたいさぁ、左と奥にある花も一つ一つの花は色も形も同じなのに手前にある二つの花と構造が違うでしょ!手前のは花が周りにある中に、なんか雄蕊や雌蕊やガクみたいな構造が見えるけど、左と奥にある花にはそんな構造はないんよ。ネットの図鑑で調べようと思ったけど、名前が分からない花の名前を調べるのって難しいでしょ。友人に写真を見てもらったら即座にランタナだって教えてくれた。僕が何にも知らないのか、この友人が凄いのかは定かじゃないけど、ネットより人間のほうが凄いのは確かだな!だけど名前が分かればネットは凄い!ウィキペディアにあった写真は色も形も全くおんなじだったよ↓http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Twin_lantana_camara_edit.jpg
2009年06月30日
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蝶のことって全然知らないんだけど、きれいな蝶が目に留まって写真に撮ってた。図鑑で調べてみて、何て名前か分かったら載せようと思ってたんだけど、調べてみたら簡単に分かったよ(^^♪「ツマグロヒョウモン」ってんだって!図鑑はこちら↓http://webzukan.hp.infoseek.co.jp/frame-main56.html羽の表も裏もきれいなんだけど表のほうが、やっぱ派手できれいなんよね。なのに、こいつ、ほとんど羽を閉じてて、表を見せてくれるのは飛ぶときばっかであんまりきれいに撮れなかったんだけど、まぁ見てやって!(^◇^)↓どの写真もクリックで拡大。
2009年06月29日
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うちの居間の蛍光灯のヒモは今までに何度も切れてて、そのつどタコ糸で直してたんだ。切れたのは昨日の晩だったので、夜は暗いので修理をしにくいので今日の昼にタコ糸で修理したんだ。なんだけど、今日行ったホームセンターで、こんなのを売ってるのを見つけたんだ↓”あらまぁ!こんなん売ってるんや!”ってびっくりして買ったんよ!楽天でも売ってた↓スイッチひもチェーン シルバー1本入り光るスイッチひも ブルー1本入りで、タコ糸で修理したところなんだけど、チェーンひもでちゃんと修理したら今度は10年ぐらいはもってくれるかもしれないと思い再度分解して「スイッチひもチェーン」と「光るスイッチひも」を付けることにした。もしかしたら、昨今の使い捨ての考え方だと、スイッチひもが切れただけでも買い替えてしまう人もいるかも知れないなんて思ってこの記事を書くことにした。だって、僕のタコ糸による修理はみっともないけど、今日見つけた「スイッチひもチェーン」と「光るスイッチひも」さえあれば、古い蛍光灯が新品になるぐらい見栄えが良いもんね!(^^♪蛍光灯を外したのち、その蛍光灯の3か所あるホルダーを取り付けてあるビスを外す。ホルダーとカバーは共締めしてあるので、3本のビスを外すだけでカバーも簡単に外すことが出来る。こういう風にチェーンを通して、取り付けたら出来上がり。ただ、うちの蛍光灯は規格が古いのか取り付け金具をそのまま使うと金具が引っかり、スムーズにチェーンが動かないので針金で取り付けた。「スイッチひもチェーン」と「光るスイッチひも」の接続部分はステンレスのスリープが目隠ししてくれて、こんなにスッキリしてるし!まっ、うちの居間なんかタコ糸とヒモを団子結びにしてても構わないんだけど、これだったらオシャレな部屋でも問題ないよ!(^_-)
2009年06月28日
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【期間限定!全品送料無料】サマーセール開催中♪●09’SS newbalance WT503J EE【WOMENS】 20%OFFもう1年以上前から靴を探してたんよね。ニューバランスは僕の足に合ってるみたいで、めちゃフィット感が良い上に、その驚異的な軽さが気に行ってしまってるんだけど、いまいち今求めてる靴が無かったんだ。今履いてる704はグリップが少し劣ってて、山に登るときはホーキングのトレッキングを使ってるんよ。だから、山に履いて行く気にもなるような靴が欲しかったんだ。今日見つけた「WT503J」は気に行ったんだけどサイズが無くて、せんぞ靴屋さん巡りをやって5軒目で見つけたよ(^^♪僕の足は小さいのでレディースモデルしかサイズが合わないんだ。だから、選べる色が限られてくるから、自然とサイズが無い事が多いんよね。きっと足の小さい男性は、女色でないレディースモデルを探すと思うんだよなぁ。で、サイズが合った中でブラックかベージュ/オレンジのどちらにするか迷ったけど、ブラックはあまりにもあいそないのでベージュ/オレンジにした。このモデルはニューバランスのホームページでの解説文にも「ライトハイク」「トレイルモデル」という言葉が見えてるしソウルのパターンはエッジが効いてて深いから、山でも具合良いと思う。横から照明をあてて、斜めから見ると、エッジが効いてるのがよく分かるでしょ!↓なんかね、生まれてから買った靴の中で一番のお気に入りかも知れないな(^^♪トレッキングは重いしむれるけど、この「ニューバランスWT503J」は軽いしメッシュで通気性も抜群だから夏のライトハイクには最高だと思うよ。今年は「壬申の乱」の時に大海人皇子がたどったルートを歩きたいって目標もあるし、良い靴を早く買って慣らしておきたかったって事もあったんだ(^_-)
2009年06月27日
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団地の中を通るのが近道なので、僕はよく、その団地の中を通るんだけど、きれいに手入れをされた芝の中に1本だけ50cmほど細く伸びた茎にピンクの花がついてた。これ、ネジバナじゃぁないかと思うんだけど自信がない。だいたい、ピントが合ってないし捻じれてるようで捻じれてないような気もするし…。ネジバナじゃないかも知れないけど珍しいから載せちゃった。
2009年06月27日
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この本、めずらしく短編集なんだ。飛鳥時代から奈良時代のいろんな人を主人公にした物語が出てくる。あの時代、人それぞれ、その出自によってどんな役割の人間であったかなんて事が決めつけられちゃってるってとこがあるでしょ。系図を見れば、”この人はこういうひとなんだ”って分かったような気がするじゃん。でも、その人にとっては、なんにも知らない子供時代があり、両親やその親たちと世の中との関係性を知るにつけ、いろんな思いを持ったに違いないんよね。そんな事をあらためて思い知らされる本だった。表題作の『裸足の皇女』は山辺皇女の物語。「山辺皇女」の読み方が良く分からないんよ(^_^;)永井さんの『裸足の皇女』では「やまのへのひめみこ」里中満智子さんの『天上の虹』では「やまべのひめみこ」ウィキペディアでは「やまのべのひめみこ」僕は『天上の虹』で、ずっと「やまべのひめみこ」と読んでたので、「やまべのひめみこ」以外は気持ち悪いので「やまべのひめみこ」でいこうと思う。この人は中大兄皇子(天智天皇)と常陸娘(ひたちのいらつめ)の間に生まれた皇女なんだ。常陸娘というのは蘇我赤兄(そがのあかえ)の娘なんだ。蘇我赤兄というのは、有馬皇子を陥れ謀反ありとして殺させ、壬申の乱の近江方として捕えられ流されたってので有名なんよね。だから系図を見れば、蘇我赤兄の孫の山辺皇女って人物のややこしさが分かるんよね。持統天皇にとっては、天智天皇の娘だから山辺皇女は異母姉妹なんよね。だけど、有馬皇子の仇の孫で、その仇の孫が、大津皇子の妃ってんだから持統天皇は心穏やかじゃなかっただろうね。山辺皇女が大津の妃であったから、持統天皇は大津を殺したなんて説も聞いたことがある。で、そんな、ややこしいけど系図を見れば、なんか分かったような気になる山辺皇女なんだけど、その山辺皇女も好きでこんなややこしい形で生まれてきたわけじゃないんよね。『裸足の皇女』は琵琶湖のほとりの近江宮で育った子供の頃からの山辺皇女の物語なんだ。『裸足の皇女』の意味は「日本書紀 巻三十 持統天皇 大津皇子の変」に記してある山辺皇女の最後の姿なんだ↓妃の山辺皇女は髪を乱し、はだしで走り出て殉死した。この事は、ひどい悲劇なのに、持統天皇側にたって眺めると”しかたがなかった”みたいに思えてしまう…。だけど山辺皇女って一人の女性にも当然一つの人生があったんだって当たり前の事を思ったりした。その次の『殯の庭』って短編は新田部皇子の物語。新田部皇子という人物がこれまたややこしい人物で父親は大海人皇子(天武天皇)で母親は五百重娘(いおえのいらつめ)。五百重娘は藤原鎌足の娘なんだけど、この五百重娘は大海人の死後、異母兄の藤原不比等との間に子供を儲けるんよ。この子供は新田部皇子の異父弟になるわけなんだけど、それが藤原麻呂なんよ。藤原麻呂は藤原四兄弟の一番下の弟なんだ。あの一時期朝廷を牛耳ってしまった藤原四兄弟ひとりが、新田部皇子の弟なんよね。で、ありながら天武天皇の皇子だってんだから、かなりややこしい人物だってことは系図を見れば分かる。そんな話は古代においては、いくらでもあると思うでしょ。でもね、一夫多妻制のあの時代、異母兄弟、異母姉妹ってのはいっぱいいあっぱいあるんだけど、異父兄弟姉妹ってのは、あんまりないんよ。たとえば額田王は天武の妻から天智の妻になったけど、天武とのあいだには十市皇女を生んだけど天智とのあいだには子供を儲けてないもんな。だから新田部皇子と藤原麻呂って異父兄弟は珍しいのに、その異父が天武と藤原不比等なんだもん、冷静に考えたらちょっとびっくりなんよね。この物語は五百重娘と天武天皇の子供として、まだちっちゃいときに天武天皇の殯(もがり・天皇の何か月も続くお葬式)に新田部皇子が出席するもようから始まるんだけど、なんにも分からない小さい子供の新田部皇子が、そのややこしさを少しづつ理解していく様が描かれてる。母、五百重に対する嫌悪感や不比等に対する嫌悪感なんか、とてもよく分かったな。驚いたのは、長屋王の変にも新田部は深く関わってたんだ!それとね、新田部皇子は里中満智子さんの『天上の虹』では、滅茶苦茶かっこよく語られてるんだ。『天上の虹』の最新刊の19巻、20巻で、新田部皇子はかなりのイケメンで登場するんだけど、その振る舞いがまたかっこ良いんよ!一生結婚しないで、のちに女帝元正天皇になる絶世の美女氷高皇女とのロマンスが描かれてる。氷高は元明天皇と草壁皇子との娘のわけで、したがって持統天皇の孫なんよね。だから氷高と結婚出来れば、めっちゃ逆玉なわけで、新田部の母親の五百重も、その夫の藤原不比等も、その妻の県橘三千代も、新田部と氷高をくっつけようと新田部をそそのかすんよ。新田部はめんどくさいけど、いやいや頑張るんよね。だけど、始めはいやいやだったけど、新田部は氷高に惹かれて行くんよね。そりゃぁ、氷高はめちゃ綺麗だし聡明だし、当然っちゃぁ当然なんだけどね。氷高も新田部に惹かれて、こりゃぁ良いカップルだと思ったのに、新田部は心の葛藤の末に氷高から離れてしまうんだ。五百重や不比等や三千代の思いが、新田部にはどうしても受け入れられなかったんだ。この話は、里中さんのフィクションだろうけど氷高も素敵な恋愛を少しでも出来てたって事が嬉しかったな。まだまだ永井路子さんの本で、目から鱗が取れ続けてる僕んんだよね。それに、読むたびに、里中さんの漫画で顔をチェックするのも楽しいんだ。永井さんの本で五百重娘が出て来たときも、すぐにショートヘアーでちょっと小悪魔の入った、わがまま娘ってのがすぐに頭に浮かんで『天上の虹』をチェックしたんだ。そしたら、あの時代にショートヘアーってのはさすがに間違ってたけど前髪をパッツンにしてたのが、そういうイメージになってたってのが分かったよ。そんなんでイマジネーションゼロの僕が古代を楽しめるのは、やっぱ里中さんの漫画のおかげだってしみじみ思うよ(^^ゞ
2009年06月26日
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最終回を見てから2日たったけど、心いまだに収まらずまた録画を見てしまった。最後の病室のシーンからは、あらためて見直して、とてもとても素敵なシーンだったと思った。「おじさん、なんかお話してよ。」「おじさん、起きてよ、起きてよ、私のもう一人のお父さん。」さちは、小さい両手で春男の手を包むように握るんよね。春男の手はさちの3倍以上はあったよな。「おじさん…、おとうさん。」春男の動かなかった手がかすかに動いてさちの手を握るんよ。もう意識は戻らないって言われてたのに、春男の目から涙がこぼれるんよ。☆さちと春男のたくさんの回想シーン☆さちが春男の手を両手で握って叫んでるけど、声は聞こえず、音楽だけなんよね(T_T)一転してよく晴れた山のお墓のシーン。最後良かったな。さちが楽しそうに、おじさんの画をいっぱいいっぱい画くんだ。なんか、やっと春男の死を受け入れられたって気がするな。もしも悲しんでるさちを見せつけられたら、見てるこちらが春男の死を受け入れられなかったと思う。でね、そのあとの最後に阿部ちゃんのプレゼント告知があったでしょ。『白い春』DVDボックス初回限定版「一生おまえにつきまとうぞ」ってしゃべるホワイトがついてるって!もう2か月ぐらい前に、”初回限定版にはアベアーが付くのではないか”って僕ブログに書いたんよね。へっへぇ~!僕の予想通りだったよ(^^♪このドラマほど好きになるドラマはこの先もうないと思うし、どうしてもDVDボックスは欲しいし、どうせ買うならしゃべるホワイトが欲しいんよね。で、そう思いだしたら、買えなかったらどうしよう…、って思いがつのって来て、気持ちが落ちつかないんよ(^_^;)こんな思いをずーっと持ち続けるのは、なんかめんどくさいし、さっきお店に行って予約注文してきちゃったよ(^^♪やったぁ!もう9月2日を待つだけだもんね!(^_-)-☆去年は冬ドラマの『鹿男あをによし』が超好きになってDVDボックスが欲しいと思ってたのに、発売の頃には忘れてて、だいぶと遅れて買ったんよね。そしたら初回限定版にのみオマケについてるサンカクのストラップがラッキーなことに付いてたんだよ(^^♪あれは、ただのラッキーで、買ったあとでネットのお店を片っ端から調べてみたら初回限定版はどこも売り切れだったんだ。『鹿男あをによし』は世間的には人気が無かったけど、『白い春』はそうはいかないと思うもんな。「サンカク」を欲しいと思う人は少なかっただろうけど、「しゃべるホワイト」はみんな欲しいと思うしね(^_-)-☆『白い春』を大好きな人は、予約をしておいたら気持ちが落ち着くよ(^_-)-☆
2009年06月25日
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昨夜、最終回を見終わって、もうがっくりしてしまってなんにも書けなかったよ。尾を引く終わり方だったもんなぁ…。はぁあぁ、春男が死んじゃうなんてなぁ。だけど受け入れなきゃしかたないんだよね。春男はさちに手を握ってもらいながら「おとうさん」って呼んでもらって逝けたんだもんな。そんな時間は、春男がこの先いくら生きても無かったかも知れないもん。それに、真理子の隣に葬ってもらって、ずっと真理子と一緒なんだよ。きっと、さちはずーっと死ぬまでお墓参りをしてくれるに違いないし。なんて、自分に言い聞かせても、悲しいものは仕方がない。さちがさぁ、宅配便の伝票を握りしめて春男の居る下総屋食堂を探して一人でバスに乗って行くじゃん。大きな日野のダンプカーが横を通るとこなんか、よけいにさちが小さく、その心細さが伝わって”かんばれ!さち!”って思ったよな。おじさんに会いたくて必死だったんだよね。でもさぁ、あの、でっかいダンプが間近を通るときなんか、さちが交通事故にあったりしないか気が気じゃなかったよ。下総屋食堂の戸が開いて満面の笑顔で「おじさん」って呼んださちの嬉しそうな事ったら、もうこっちまで幸せいっぱいになったな。pippiさんが『白い春』のことを書いてられるんよね。こちら→http://pippi-cafe.tea-nifty.com/diary/そちらのほうにコメントしたんよ”もっと、ずっと春男と康史とさちの、涙しながらも可笑しい世界に居たかったなぁって寂しさでいっぱになってしまいました。”って。そしたらpippiさんに”うん、うん。「白い春」がもう見られない…寂しいです一生つきまとって欲しかったです。。。”って、お返事をもらったんだ!くっそぉ~!上手に返されてしまったよ!そうだよなぁ…。第1回だったっけ、春男が康史に「一生つきまとってやる」って悪態をついたのを思い出すよ。ほんとに『白い春』の世界に一生つきまとって欲しかったよ。『北の国から』みたいに20年ぐらい、つきまとってくれたら良かったのに…。って、それじゃぁ、さちも28歳になっちゃってるかぁ!でも、一瞬の時間の中に、たくさんの感動を凝縮させてくれたこの物語が最高だったんだと思う。素敵なドラマの世界の中で3か月過ごせて、ほんとに幸せだった。のぞみちゃん、阿倍ちゃん、遠憲さん、吉高さん、白石美穂さん、みんなほんとに素晴らしかった!それと、このドラマを作ったすべてのスタッフの人たちにも感謝感謝の気持ちでいっぱいだよ!このドラマ、尾崎将也さんの本で、面白くなるのは読めてたと思うし遠憲さんと阿部ちゃんのあの可笑しい感じのからみも、ちゃんと尾崎さんが書いた面白さだったと思うんよね。だけど、本とか演技とかの事を越えて、とんでもない魅力を放っちゃったのは大橋のぞみちゃんの可愛らしさにつきると思うんよ。のぞみちゃん、本当に上手だった。台詞以外の微妙な表情に、どれだけ涙させられたか分からないよ。それに、短い台詞にもたくさんの気持ちをこめたりして、とっても難しい役だったんじゃないだろうか。いろんな感情の「あっ…」って台詞がとても印象に残ってる。「あっ…」を集めて編集したような映像を見てみたいなぁ。それと「うん!」を集めたのも見たい。それと「おじさんっ」って台詞集も欲しいかも。ひゃぁ!やっぱ、もっともっと見続けたかったって気持ちにつきるな…。火曜日10時になっても、もう『白い春』の世界はないんだよな…(T_T)
2009年06月24日
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今夜はえらいムシムシすると思ったら天気予報で、今夜は熱帯夜になるかも知れないんだって!でね、もし熱帯夜になったとしたら、120年以上の気象観測の歴史上、一番早い熱帯夜になるんだそうだ。やっぱ暑さにかけては大阪は日本一だよ!(^^)って、沖縄や鹿児島や高知とかの人なんかは大阪よりも暑いとお思いだろうけど、全国の天気予報を見てると結構大阪が一番の栄冠に輝いてることが多いんよ。去年の夏にやしきたかじんさんが言った「大阪より暑いのはカイロぐらいちゃうか!」ってのは良い例えだと思ったよ(^。^)でも、まぁ、みなさん自分とこが一番と思ってらっしゃるようで、京都の人は盆地性の気候で一番暑いと感じられてるみたいだしね。だけど大阪の本当の凄さは、湿気なんよね、うちら辺はまだ郊外でましなんだけど町中は緑が少ないしアスファルトとセメントばっかで照り返しもすごいしね。東京とか名古屋に行ったら緑だらけでびっくりするもんな。あんなに緑があるのは都会じゃないね。そういう意味じゃぁ、大阪は日本一の都会かも知れないよ(^。^)過ごしにくさってことでは日本一ってのは間違いないね(^_-)大阪は地上より地下に町が広がって行ったのは、もはや地上は人の住めるところじゃないからかも知れない。大阪の地上は冬がまた凄いんよ!信じられないような強烈なビル風が吹き抜けるんよ。もう肌を切るような寒風が吹きぬけて体感気温は10度ぐらい低いかも知れない。だって、大阪の地上よりはスキー場のほうがよっぽど暖かいもんな。だから大阪でスキーをしない人にスキーを誘うと、必ず「寒いのは苦手だから嫌だ!」って言うんよ。でも、それは大きな勘違いで、大阪みたいな寒風が吹くのは、よそでは嵐のときしかないんだけどなぁ(^_^)で、今夜のことなんだけど、熱帯夜になるとしたらクーラーを入れなきゃ眠れないかも知れないと思ったんよね。だったら、猫にぼろぼろにされてる障子を張り替えなきゃクーラーの効きが悪いんよ。↓どの写真もクリックで拡大。←これが、猫たちが障子を駆け上がってぼろぼろにした障子。この写真では上から二つの枠しか見えてないけど、上から下までぼろぼろなんよ(>_<)で、急遽、ぼろぼろの2列を上から下まで張り替えたんだ。←じゃ~ん!綺麗でしょ!(^^♪また、猫に破られるといけないから、上の障子に猫が上がらないように上の障子も締め切っておいた。右に見えてる絵地図は明日香資料館で100円で売ってた明日香の絵地図なんだ!♪今、一番お気に入りのポスターなんだ(^^♪お気に入りのポスターの横の障子も奇麗になって喜んでたんだけどね…。さっき、たまの奴、ばりばりって駆け上がりやがって、張り替えたばかりの部分を破ってしまったんだ(>_<)ガックリ…(>_<)「こら~!」って怒鳴ってしまった(>_<)これだけ怒気を含んだ声を猫にあげてしまったのは初めてで、必至に冷静になろうとしたよ(^_^;)たま、びっくりしただろうな。トラウマにならなきゃ良いんだけど…。でも、まぁ綺麗な状態の写真を一枚でも撮っておいて良かったよ。犯人のたま。たまの最近の寝床のタンスの上の段ボールの中で寝てるのを、呼び起こして撮った1枚。寝てたのを起こされたからか悪顔してるしっ!(^_^;)ついでにくま。いつものお気に入りの僕のバックの背中で爆睡してるよ(^^♪
2009年06月22日
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夕方、駅前のお店の軒下からツバメがばたばたと飛びだしてきてびっくりした!”おりょっ?”っと思って覘いてみたら、ツバメの巣があった。←クリックで拡大今日はお店は休みでシャッターがおりてたので、ツバメが帰ってくるまでシャッター前で待ってた。ほどなく1羽帰ってきた。←クリックで拡大すぐに、もう1羽帰ってきた。←クリックで拡大で、2羽で巣の縁にとまって餌をやってるようだったんだけど、子供の姿は見れなかったよ。←クリックで拡大こんなの初めて見たんだけど、ツバメってつがいで子育てをするみたいだなぁ。ちょっと感動してしまったよ(^^)
2009年06月21日
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2か月半ぐらい前に初めてPCを買い換えたんだけど、3か月だけ無料で使えるウイルス対策ソフトが付いてたんだよね。どうしようか悩んだんよ。前のPCのときは、プロバイダーが無料で提供してくれてるセキュリティソフトを使ってたんだ。初めての買い替えだし、どこの対策ソフトが良いのかも分からないもんな。でも、まぁ、3か月は無料なんだし、とりあえず無料期間だけは使ってみようと思ってインストールしたんよ。その3か月がせまって来て、毎日のように、”継続するための有料アップデートを購入しろ”というお知らせが来て嫌になってしまった。で、昨夜、使ってた対策ソフトをアンインストールして、プロバイダー提供の無料対策ソフトをインストールしなおしたんだ。で、最新のものにアップデートしてスキャンもやったら、「1.次の悪性コードに対応いたしました。」が29個。「1. 次のスパイウェアに対応いたしました。」が23個。って事で、リストの一覧がダーっと出たんだ!って、僕のPCは、そんなにバイ菌だらけだったのかよぉ~!(>_<)そういえば、PCがさくさく動くようになったように思う。だいたいさぁ、この2か月半使ってた無料のソフトだと、スキャンのたびに検出されるのは2つぐらいだったし、最大でも4つだったもんなぁ。もしかしたらザルみたいなソフトだったのかの知れない…(^_^;)僕がどちらのソフトを使うのかを悩んだ理由は、セキュリティソフトの開発を専門にしてる会社の有料ソフトは性能が良くて安心だって意識があったんよね。こんなことでお金をケチって、プロバイダー提供の性能の悪い(勝手なきめつけ)無料ソフトを使ってPCがおかしくなったら嫌だってことだったんだ。PCがさくさく動くのは、ソフトが軽くなったせいか、ウイルスを削除できたからか分からないけど、良かった!良かった!古いほうのPCは8年も前に製造された物を中古で3年前から使用してたので基本性能がだいぶと低かったから、新しいPCになって何もかも良くなったって思ってたけど、本当に良い感じになったのは今日なのかもしれないな(^^♪
2009年06月21日
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僕「くま、PCに綺麗な猫が出てるよ(^^♪」←クリックで拡大くま「って、また悪さを考えてるっぽい”たま”やんか(^^ゞ 目つき悪いもん(^_^;)」僕「た、たしかに…(^_^;)」
2009年06月21日
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何が「恐るべし!」なのか伝わるように説明出来るか自信は無いんだけど、こんなタイトルを付けてしまったんだから、とにかく書いてみようっと。大阪歴史博物館の地下には、難波宮跡の地下遺構があって見学出来るってことは前から聞いてたんだけど、近くに行くついでがあったので昨日行ってみたんだ。どこから行けるのだろうかと思って大阪歴史博物館の1階ホールをうろうろしてたら、受付を見つけたガイドブログをアップする気なんかなかったから写真を撮ってないんだけど、1階フロアーの床にガラスをはめて地下の遺構を見えるようにしてある所のすぐ横にあるから簡単ににわかるよ。受付前の案内看板によると「学芸員の先生が解説をしながら案内してくれる」ってことだった。詳しくは、下をクリックすると大阪歴史博物館のサイトの案内ページに飛べるので見てやって。B1F地下遺構実物の古代遺跡を見学できます。僕がそこに行ったのは午後1時過ぎだったので2時の回に行くことにした。受付に行くと名札とガイドマップをくれた。で、2時になると先生が山ほどの資料を小脇にかかえて出てきてくれはった。大阪歴史博物館とその西隣のNHK大阪放送局はアナトリウムを介して繋がってるんだけど、まず先生に連れられてNHKの1階ホールに行った。↓図も写真もクリックで拡大。この写真の右下に見えてる茶色の●は前期難波宮内裏西方官衙(ぜんきなにわのみやせいほうかんが)の遺構の標しなんだ。この真下に柱の遺構が発見されたんだけど、その発掘時のままNHKの地下に保存されてるのだそうだ。一番左の黄色いシャツのかたが先生。こんな床の茶色い●なんか、ただの床のデザインだと思うよね。で、先生のお話で、NHKの下にも歴史博物館の下にも、その周辺にもたくさんの遺構があり、すべて地上に標しが残してあるのが分かった。↓でも、なんとも説明のしようがないので、いただいたガイドマップの中の図を載せるね。で、NHKと博物館がどんな感じで建ってるのか分からないと思うので去年撮影した、この二つの建物の全景はこんな感じ。このベージュの建物が博物館で、その左のグレーの建物がNHK。上の図の中の緑色の部分は5世紀の古墳時代(仁徳天皇の頃)の倉庫群の遺跡(法円坂遺跡)で、上の写真に、その一つを復元されたものが写ってる。赤色の部分は7世紀の前期難波宮の遺構で古墳時代の遺構の上から発見された。だから、ここは古墳時代と飛鳥時代の複合遺跡なんだ。で、この飛鳥時代の遺構からは火事のあった形跡も発見されてる。この事は日本書紀にも書いてあるんだ。「日本書紀 巻二十九 天武天皇 下 天皇の発病と崩御」の中に十四日、酉(午後六時頃)の時、難波の大蔵省から失火して、宮室がことごとく焼けた。ここの火事と「大津皇子事件」を関係づけてる説を読んだこともある。最後に、地下の遺構を潰さないようにそのまま保存されてるのを見れるNHKの地下の小部屋に連れて行ってもらった。ここは1年を通じて気温、湿度を管理されてて、昨日は涼しくて快適だったよ(^。^)上から吊るしてある白いランプの真下に柱の遺構がある。でも、やっぱり、この凄さを伝えられないように思うのでガイドマップの中のでっかい絵図を載せるね↓写真、中央から少し右下の茶色い部分が遺構で、その中に人のイラストがある白い線で表してあるのがNHKの地下の遺構を見学出来る部屋なんだ。しかし、まぁ、高層ビルの下なんかコンクリートでがちがちに固めなきゃいけないと思ってたのに、地面をそのままにして、よくもまぁ、あんなにでかい物を建てれるものだと単純に感心したよ。これは部屋の右側の塀の柱の遺構。先生のガイドが終わってから建物周りの茶色の●を見てまわった。これは博物館の北側の遺構の標し。絵図によると、前期難波宮内裏西方官衙の並び倉跡。これは博物館の南側の古墳時代の倉庫群の遺構。柱跡の標しがこんなオシャレな椅子みたくなってる(^。^)太い柱は高く、細い柱は低くしてあるようだけどよく分からない。地面の色の濃いい所が倉庫跡。1棟だけ復元してある。NHKの南側からNHK方向を見たところ。手前から向こうに茶色の●がNHKを貫いて伸びて行ってる。NHKの地下で見た遺構はこの延長線上の物。白い○は古墳時代の倉庫の柱跡で、地面の色の濃いい部分はその倉庫の建物の形を示してる。NHKの南側で東を見たところ。茶色の●の列と白い○の列が交差してる。地面の色も●も○もただのデザインだと思ってた。いやいや、先生の解説つきで、いろいろ案内してもらって、このツアーとても良かったよ!(^^♪僕の行ったのは20分コースだったけど、今度は40分コースに行きたいな。40分コースだと、南東側の難波宮大極殿跡の方までも回ってくれるらしい。しかも、これ、信じられないけど無料だしね!大坂城とか大阪府庁とかあの辺りに行ったおりには、ぜひ立ち寄ってやってよねぇ(^^♪600円払って博物館に入場するよりも、こっちのほうが値打ちあるよ(^_-)-☆
2009年06月20日
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多分、生まれてこのかた、この猫ほど拉致したいって思ったことはなかったよ…。そんな天使のような猫に出会ったんだ。なるべく言葉は少なくして、限界までたくさん写真を載せようと思う。ミニスーパーを出たところの自転車を置くスペースにボテっと横になってるのを見つけたのが初めての出会いだったんだ。↓どの写真もクリックで拡大。ひゃー!きれいな猫!やばっ!気がつかれた!目と耳の神経がこっちに向いてるもん!そーっと、前に回ってみた。あっ、逃げられる!(>_<)と、思った1秒後には僕に突進して来てこんな状態だったから、シャッターを押すのが間に合わずこんな写真(^_^;)で、こんな顔をするんだもん(^_^;)もぉ~~~!!こいつは、きっと、地上に舞い降りた天使の猫に違いないって思ったよ!えっ!なに?なに?何をうったえてるの?そんな透き通るようなスカイブルーの瞳で見つめないでよぉ!遊んでほしかったみたいで、僕に乗って来て、なんか暴れまくるんよ(^。^)リュックにしがみついて何をしたいやら(^。^)リュックの紐も楽しいみたいだ(^^♪また、こんな何かを求めるような眼をするぅ(^^ゞはい、はい、遊ぼうね(^。^)こちょこちょ、こちょこちょ!ひゃ~!こいつ毛はふわふわだし、体はぷにょぷにょだよぉ~(^。^)そうか、そうか、気持ち良いねんねぇ(^^)気持ち良くて眠っちゃったみたい(^^)これ以上こいつといたら離れられなくなりそうなので、そーっと音を立てないように「さよなら」した(T_T)
2009年06月18日
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くまの奴は、呼んだら、そらもう瞬時に飛んで帰って来るので、初めてムービーで捉えてやろうとしたんだけど、慌ててしまいうまく行かなかったぁ(^_^;)別にこのあとも回しても良いのに、目の前に飛び降りてきたくまに、うわっ!と、なってしまい、思わずムービーを止めてしまったので、1秒動画になってしまったよ(^_^;)↓クリックで動画。
2009年06月18日
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読んだら絶対損するいつもの雑文なり。古代の日本は妻問婚(つまどいこん)だったって事は、昔から知ってたけれど、最近永井路子さんの本をいろいろ読んでるうちに、漸くその本当の意味が分かってきたように思うんだ。きっと、こんなのは常識だと思うんだけど、僕の中であまりにも古代の風景が変わってしまったので、その風景を書こうと思う。妻問婚というのは、男が結婚した女のところへ通うって結婚なんよね。でね、その結婚形式自体は、まぁ、ある意味ただの別居婚と考えればどうってこともないんだけど、問題は生まれた子供の事なんよ。その子供はどこでどう育てられ、その財産や地位はどうなるのか。で、答えは、子供は母親の家で育てられ、母親の兄弟姉妹や、その家に養育義務があり、それゆえに母親の財産を受け継ぐんだって!で、父親からは地位を受け継ぐのだそうだ。って、超簡単なことなんだけど、子供が母親の家族の中で教育されて大きくなるって事の意味って凄いって思わない?!その子供は父親本人や父親の家の考え方には染まらずに、母親と母親の家の考え方をするようになるよね。それに、生んだ母親にとっては、子供は自分の子供であり自分で育てるのだから、可愛いしいっぱい愛情を注ぐでしょ。でもね、男性にとっちゃぁ、自分の子供ったってよその家の子供なんよね。自分の家には姉妹たちの子供たちが居て、その子供たちの養育義務もあるんだから、もしかしたら、自分の子供よりも甥や姪のほうが、いろんな意味で近い存在じゃぁなかったのかと思う。天皇の後継について、しょちゅう混乱が起こってた飛鳥時代奈良時代ってのも、当然かなっ!って思えちゃう。だって可愛い甥っ子や姪っこと違って、よその家に居る息子に地位だけ譲るなんて、なんか不自然だもんね。だから天智天皇の「不改常典」とかって、めっちゃたいそうな決めごとみたいにして皇位は父から子へって定める必要があったんだろうね。妻問婚の下での父子継承なんてのは、人情としては不自然だし、その都度、殺し合いをしてたってぇのが奈良時代までの歴史だって気がするもんな。いわば、今の外孫内孫が、そっくりそのまま入れ替わったようなものなんだろうな。だからね、父子継承ってのはよその家の子供に継承することだけど、兄弟継承ってのは、自分の家の中の者への継承だもん自然だったんだろう。子供たちを養育してるのは、お母さんの兄弟の伯父さんなんよね。ってぇと、天皇が崩御したときに、伯父さんが実力者だったら、よその家の天皇の子供よりも、天皇の兄弟である甥や姪に継承させたくなるのは自然だろうね。たとえば超実力者っていうか、もう日本の大王だったかも知れない蘇我馬子の甥や姪が3人も続けて即位したってのも、なんか分かるんよ。用明天皇、崇峻天皇、推古天皇って、みんな子供の頃から馬子伯父さんに扶養されてたんだろうからなぁ。いわば、皇后になるって事は、天下を取るようなもんなんだ。だって天皇の子供を自分の家で育てられるんだもん。だから皇后は皇室の人間じゃなくちゃなれないって決めごとがあったんだろうな。長屋王っているじゃない。高市(天武の息子)と御名部(天智の娘)との間にうまれた人。この人の奥さん吉備は、元明天皇と草壁(天智と持統の息子)の娘なんよね。木簡がたくさん発見されて、この長屋王の館だったって言われてる所があるでしょ。長屋王は謀反の疑いをかけられ、この長屋王の館で自害させられるんだけど、この時、吉備も吉備の3人の息子たちも殺されるんよ。でね、この長屋王の館は、実は吉備の館で、そこに通ってた長屋王が、そこで執務を行ってたって説があるんよね。この説なんかも妻問婚で考えたら、さもありなんだし、本当の目的は吉備と吉備の子供たちじゃぁないかとも思えるんよ。なんせ、吉備の子供たちにとって、元正天皇は叔母さんだし、その母親は元明天皇で、もうバリバリの女系血筋の末端に居るわけで、藤原一派にとっては、長屋王以上に邪魔だったかも知れないもんな。長屋王の奥さんである藤原不比等の娘の長娥子と長娥子の子供たちなんか、蚊帳の外だし、息子の山背なんかのちに出世もしてるもん。長屋王の変は藤原四兄弟がしかけたわけだし、長屋王の子供だといっても、自分たち藤原の子供である長娥子の子供は身内なんだよ。それと、文武、元明、元正、聖武、孝謙って継承するとこがあるでしょ。これなんか、子供は母親の家で育つって目で見たら、聖武天皇のところで、天皇の血筋は見事に藤原家に行ってしまってるのが見えるんだよね。元明にとって、文武も元正も我が子だけど、文武が藤原に妻問して藤原の宮子に生ませ藤原家で育つ聖武なんか、完全によその子だったと思うもん。だからねぇ、男系だって言ったって、妻問婚の下での男系なんて、とっても危ういし、精神的には、かなり女系だったって気がするんよね。母親から子供への継承は自然に出来るけど、父親から子供への継承は、いつでもややこしい事になってると思うもん。だからね、女帝が良いんよ!女帝だったら、自分の家で育てる自分の子供に皇位を継承するという当たり前の事が初めて出来るんよ!古代って、建前は男系だけど、けっこう女系だったって気がするな。で、推古天皇から称徳天皇までの天皇の男女別の人数と在位期間を表にしてみたんだ。代位女 帝男 帝天 皇 名在位年数天 皇 名在位年数33推古天皇36 34 舒明天皇1235皇極天皇3 36 孝徳天皇937斉明天皇6 38 天智天皇1039 弘文天皇140 天武天皇1341持統天皇11 42 文武天皇1043元明天皇8 44元正天皇9 45 聖武天皇2546孝謙天皇9 47 淳仁天皇648称徳天皇6 合計8人88年8人86年ねっ!人数ではタメで在位期間では女帝のほうが2年勝ってるんよ!よく女帝は繋ぎのように言われたりするけど、古代においては、女帝のほうが自然な形だったのかも知れないなんて思えるんよね。
2009年06月17日
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ドラマを観て、こんなに顔が熱ぅくなってしまった事は初めてかも知れないな…。だいたい連ドラってのはラス前回に向けて一番の盛り上がりを見せて、”いったいどうなってしまうんだ”ってのをしこたま見せておいて最終回の大団円に向かうってのが理想でしょっ!『白い春』はもう100点満点だよ!さち(大橋のぞみ)は死ななくて、ちゃんと治ったし最悪のストーリーは無くしてくれたしね(^^)ラス前回のキーポイントは”海に行く事”なんよね。さちは春男(阿部寛)に海に連れて行ってほしいんだけど、お父さん(遠藤憲一)としちゃぁ、そんな事をさせるわけにはいかないもんな(^_^;)なのに春男は旅行代理店に行くんよ。代理店のお姉さんに「お子様とご一緒ですか?」って訊かれて春男は「まぁ~な…ニヤッ」って、めちゃ幸せそうだったよなぁ(^。^)でも、旅行申込書に記入するところで画面が変わっちゃうんよね。これ、旅行申込書に何て書いたかはみんなでさちの退院祝いを始めるときに春男の言葉で分かるんよ。春男ったら、旅行申込書にお父さんの名前・村上康史って書いてたんよぉ~(^_^;)旅行申込書を村上に渡して、パン屋をやめて出て行ってしまったんだよぉ~(>_<)なんたる展開だよぉ(>_<)さちの気持ちはどうなるんだよ!(>_<)あぁ、やだやだ!(^_^;)春男を追いかけようとするさちの腕を掴むお父さんの手を、さちは振りほどいて行っちゃうんよぉ。お父さんかわいそう(T_T)こんな、みんな、かわいそうなん、やりきれないよ(^_^;)追いついたさちに「おじさん、海、嫌いなんだ。泳げないから。」なんて言う春男にさちが「泳がないよ!画を書きに行くんだよ。」って必死になって両腕をつかんで言うんよぉ(T_T)なのに春男は、「もう、お前の相手はしてられないんだよ。ガキは嫌いなんだ。じゃあな。」なんて言うんだから(>_<)春男を掴んでたさちの両手が力なく落ちるんだもん、あれはあかんよ、こんなん、かわいそう過ぎるやん!もうちょっと、さちを悲しませない方法を思いつかなかったのかよ!だいたいやねぇ、この春男って男は、自分さえ犠牲になったら良いって安直な考えに走りすぎるよ!自分を必要としてる人の気持ちを一番に考えるって事が出来ないんだろうかなぁ?その上でお父さんともいっぱい話し合えば良いんだよ。あ、でも、言葉の極端に少ない春男に、そんな話し合いなんか出来るわけないわな(^_^;)そうは言っても、春男にとって、この世で唯一大切なさちの事なんだから、もっと考えなくちゃいけないと思う。あっ、そうだ!pippiさんに教えてもらったんだけど、『白い春』の初回からの再放送が毎日放送されて23日(火)の夜の最終回までに1回目から今日放送された10回目までが放送されるよ!↓詳しい放送時間は下の『白い春』の公式サイトを見てやって。http://ktv.jp/haru/index.html関西地区は明日の17日の15時から第1回が放送される。関東地区は、もう始まってて17日の15時から第4回が放送されるみたいだよ。
2009年06月16日
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たまの手。ただの”たまの手”だよ(^。^)いつものたまの手なんだけど、何故か可愛ゆくて”たまらん”かったんで写真に撮った…"^_^"ただね、顔は、めちゃ眠たいみたいで少しも可愛ゆくないんよ(^_^;)ねっ!変な顔!やっぱ、眠たくて堪らなかったみたいでボテっと寝てしまった。この時はブラッシングのあとでクビタマを外してたもので、見慣れてないせいかシロクマみたく見えたよ(^^ゞ
2009年06月15日
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おっ!鴨さんが田んぼで泳いでる♪(↓どの写真もクリックで拡大)って思ったんだけど…あれっ?歩いてるのかな?どうやら、泳いだり歩いたりしてるみたいだ。泳ごうとしたら水かきが水底にあたって泳ぎずらいんだろう。だけど歩くと水の抵抗が大きくて、陸地よりもずっとしんどいんだろうな。鴨さんも浅い田んぼは苦労するみたいだね。田んぼの端に向けて一直線に向って行ったよ(^^ゞで、隣のもっと浅い田んぼとのあいだでしばらく2羽で相談してたようだけど、結局どちらの田んぼもお気に召さなかったようで飛んで行ってしまったよ。こんな苦労をしなくても、田んぼの真ん中から飛び立てば良いのに、もしかしたら鴨って水かきをしながら離陸するとか、固い陸から離陸するとかは出来るけど、水かきが水底に触る浅い水面からは離陸しにくいのかも知れないな。
2009年06月15日
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くまが膝に乗って寝てしまった(^_^;)しゃあないから木の机が痛いと思うのでくまの体とのあいだに猫毛布をはさんでやった。僕はパソコンの前で椅子に座ってるんだけど、男は、この体制、けっこうつらいんよ(^_^;)女性でスカートなら、膝の上の猫は安定するでしょっ!それに女性はズボンでも膝を揃えることに慣れてると思うしね。こんな格好で僕の両膝の持久力がどれくらいもつか分からないけど、動けないからしゃあなしにブログを更新してるってわけ(>_<)爆睡中。しばらく頑張ってると、足首の部分を交差させると少しは楽だって事が分かってきたよ。これ、膝の部分をベルトかなんかで固定すると、もっと楽なんだろうな。ってか、やっぱ女性のタイトスカートの膝の上が猫にとっては一番安眠できるところだと思う。だけど、人見知りのくまは僕以外の人の膝で寝ることはないだろうから、女性のスカートの膝の上で寝ることは一生経験できないんだろうな。まっ、男の僕の家で生まれたのだから、しゃあないわな(^_^;)ますます爆睡中。だけど、とうとう脚がつらくてぶるぶる震えだしたりしたものだから、くまも目を覚ましてね、いつものパソコンの横に登ってくれた。猫毛布がないので”これじゃぁ寝れない”みたいな感じで逡巡してるからすぐに膝の上の猫毛布を広げてやった。そしたら、即効で毛布の上で寝てくれたよ(^。^)写真の撮影時刻からみて、僕の脚は、くまを乗せて1時間半ぐらいは頑張ったみたいだ(^^ゞ
2009年06月14日
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(どの写真もクリックで拡大)おおぉ~!たまの奴、満月をバックに、かぐやに思いをはせてるのかな?(^。^)って、これ満月じゃなくてゼットライトというスタンドなんだ(^^ゞ今では、オシャレなライトでも機能的なライトでも星の数ほどあるだろうけど、昔はこのゼットライトは画期的なオシャレ&機能的なライトだったんだけど、これを知ってる人はかなりの年配のかただけだと思うけどね(^^ゞいっときは白色電球タイプの蛍光灯とかも付けてたんだけど、今は普通の電球をつけてるんだ。この電球付きのゼットライトでたまを写すと、ちょっとセピアっぽい色っぽいたまを撮れたんよ(^。^)ねっ、いつもやんちゃばかりする、イライラたまも、このライトの下だとおしとやかで、ちょっと気品さえ感じられるイイコちゃんみたいに写ってるでしょ(*^_^*)実は、明け方頃の4時前にたまの奴が目覚まし時計をテーブルの上から落としやがって、それで目が覚めたんよ(>_<)↓これは、その時の再現写真。
2009年06月13日
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毎日、毎日、スポットで番宣CM流しやがって、いやんなるよ(>__
2009年06月09日
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今、月周回軌道に居る月周回衛星「かぐや」が木曜日の未明午前3時半ごろに月面に落下するんだって!でね、その落下地点なんだけど月の表の部分で、なおかつ月の影の部分なんで、落下時の閃光が見えるかも知れないんだって。詳しいことは→ここを宇宙航空研究開発機構のサイトにリンクしておいたのでクリックしてね。上のサイトにも書いてあるんだけど、肉眼や双眼鏡や小型の望遠鏡での観測は厳しいらしいんだって。ただね、”衝突閃光を観測出来る可能性がわずかにはある”とも書いてあるんよ…。天体望遠鏡は山荘だからなぁ…。天体望遠鏡が家にあればダメ元で望遠鏡を覘くんだけど、ほとんど可能性のないことのためにわざわざ山に登って空振りってのも馬鹿みたいだもんなぁ(^_^;)と、まぁ、僕は悩んでるんだけど、天体望遠鏡で11日(木)の午前3時半ごろに月を見ることのできる人がいたら悩んでやって!(^_-)-☆宇宙航空研究開発機構のサイトに載ってた落下地点の画像を貼っておくね↓↑左の月面図のほうはクリックすると大きくなるよ。
2009年06月08日
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一週間前に行った「山田寺跡」の事を書くね。山田寺は蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)が発願して建てた寺なんだけど、石川麻呂は完成前の山田寺で自害してしまったんだ。蘇我倉山田石川麻呂って人は、大化の改新のときの乙巳の変(いつしのへん)で、中大兄皇子や中臣鎌足(藤原鎌足)らと共謀した人物で、皇極天皇の前で石川麻呂が上表文を読み上げてるときに蘇我入鹿を暗殺する手立てだったんよね。そんな仲間だったのに、その後中大兄ったら、石川麻呂が謀反を企んだってでっちあげて殺そうとしたんだ。そのとき、京は難波京の時代だったから、みんな大阪にいたんだけど、石川麻呂は奈良の明日香の建設中の山田寺に逃げ帰り、そこで自害してしまうんだ。蘇我倉山田石川麻呂は、中大兄皇子の妃であり持統サマのお母さんである遠智娘(おちのいらつめ)の父親なんだよ!ひどいよね(>_<)持統サマのお母さんの遠智娘は、父親を夫の中大兄皇子に殺されたこの事件で頭がおかしくなって死んでしまうんよ(^_^;)この時、持統サマはまだ5歳だったんだけど、その頃は妻訪婚(つまどいこん)だったから、持統サマは石川の家に居て伯母の姪娘(めいのいらつめ)らと住んでただろうし、おじいちゃんとお母さんを死に追いやった、よそに住んでる父親の中大兄の事をどう思ったんだろうな…。蘇我倉山田石川麻呂が謀反を起こした罪人になったのに、この山田寺が完成したのは、持統サマの力が大きいといわれてるんだって。持統サマにとっても、姪娘の娘の元明天皇(阿閇皇女)、その娘の元正天皇(氷高皇女)にとっても、自分たちが蘇我倉山田石川麻呂から繋がる蘇我の娘である思いは強かっただろうし、この山田寺は心のよりどころだったんじゃぁないだろうか。最近はそんな思いがつのってたもんだし、山田寺跡にはちょっと行ってみたかったんだ。それとね、『茜さす』の主人公なつみは、鎌倉の自宅で朝起きて、新聞の朝刊に山田寺の発掘のニュースが載ってるのを見て新幹線に飛び乗って明日香へ向かうってエピソードがあるんよね。「最古の木造建築遺構出土 1300年前の飛鳥・山田寺」小説の中の新聞の一面に↑の見出しが載ってる。明日香資料館には、その日の各新聞社の一面の紙面が壁に飾ってあった。”ふぁ~!なつみはこれを見て鎌倉から、明日香まで飛んできたんだ!”って、そんな新聞にも感動したりして…"^_^"こんな立派な解説碑がこしらえてあった。クリックしたら、読めるよ。この塔と金堂をめぐる回廊の向こう側の東面回廊の連子窓(この絵では緑色がついてる部分)が土中からそのまま出てきたんだ!この2列に並んだ礎石の間が東面回廊の幅になるんだ。右側が回廊の外側で、そこにはまってた連子窓が写真の中央部分に倒れた状態で出土された。回廊の柱の礎石。柱をまくように、連弁が彫ってある。これは山田寺跡を北東方向から南西方向をのぞんだほぼ全景。二つある盛り土の台地の右側が金堂、左側が塔の建っていた場所。こちらは山田寺跡を南西方向から北東方向をのぞんだところ。東面回廊の横にあった解説碑。こんなふうに出土するなんてびっくりだよね!『茜さす』の中では、この連子窓の発掘もようをなつみは目撃するんよ!連子窓ってどんなのか、実は読んだときは分からなかったんだけど、こんなだったんだ!ここに現物は飛鳥資料館に展示してあるって書いてあったから、このあと飛鳥資料館へ向かった。飛鳥資料館の軒下に二上山が見えたよ。飛鳥資料館に復元してある東面回廊3間分。(明日香資料館発行 奇偉荘厳山田寺より)
2009年06月07日
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読むと損する長~い雑文なり!(いつもだけど(^^ゞ)僕の一番好きな本。それは、このあいだ読んだ永井路子さんの『茜さす』って本なんだ。読み終わってから、即座に頭から再読したもんな。でね、先のことはわからないけど、とにかく今一番好きな本なんだから”四六版のハードカバー本がもしもあるのなら欲しい!”って思ったんよ。で、調べたんだけど、もう絶版本でメーカーにも在庫がなくて、ブックオフオンラインには中古があったけど、上下巻それぞれ1100円もして高いんよ(^_^;)どうやら、この本、四六番はあんまり数が出なかったみたいで、値打ち本しかないみたいなんだ。で、ネットショップの『日本の古本屋』に行ってみた。ここは、日本中のたくさんの古本屋さんが加盟してて本をデータベース化してるという、すごいお店なんよ。探してる本があったら、ここをのぞいてみたら在ると思うよ↓http://www.kosho.or.jp/servlet/topここには、上下巻のセットが3セットあったので一番安い1500円のを買ったんよ。で、今日届いたんだけど、あまりの美本にびっくりしてしまったんだ♪2冊とも帯付き初版本で硫酸紙でカバーをしてあった。はじめて硫酸紙を外して写真に撮った。この硫酸紙のカバーは本本体にではなくて本のカバーと帯を硫酸紙でくるむようになってたので、カバーと帯を傷めない事を目的にしてるようだ。この古本屋さんは『日本の古本屋』に加盟してる東京神田の「けやき書店」って古本屋さんだったんだけど、とっても気に入ったよ。初版本って事にはこだわらないけど帯に何て書いてあるのかは知りたいところだし、嬉しかった♪でね、この『日本の古本屋』というところは、昔一度、車のパンフレットを探してたときに登録して買い物をしたんだけど、一週間ほど前に何年振りかに買い物をした。その本が『壬申に翔ぶ』という本だったんだ。この本は玉城妙子さんというかたが書いてられる、びっくり本なんだ。もっとも、届いて読んでみて、そのびっくりぶりに、ぶっ飛んでしまったってことなんだけどね。この本にはねぇ、永井路子さんの『茜さす』の成り立ちの秘密が全部書いてあったんよ!(@_@)この『壬申に翔ぶ』って本をどうして知ったかというとね…。永井路子さんの『女帝の歴史を裏返す』って本の中の「持統天皇――栄光と悲劇を一身に」って題のお話があるんよ。その中の「壬申の乱とは何か」って小題の文の中に玉城妙子さんというかたの『壬申に翔ぶ』という本の事を紹介されててね、それによると…、永井さんは壬申の乱のコースを取材のために何度か歩いており、その際に一番お世話になったのが玉城妙子さんなのだそうだ。玉城妙子さんは橿原考古学研究所におられたそうなんだけど、橿原考古学研究所の研究員の方々は壬申の乱のコース探究に熱心だったのだそうだ。で、玉城さんは『壬申に翔ぶ』という本に、壬申の乱のコースの詳細を実際に踏破したときの模様をまじえて詳しくまとめられてるんだって。こんな事を知ると、もう『壬申に翔ぶ』という本を読みたくてたまらなくなるよ。だって『茜さす』を読んで感銘を受けた人なら誰でも壬申の乱のコースを歩きたいと思うもんね。僕も、今年中には、せめて近江京から明日香までは歩きたいと思ってたもん!だけど、実際のコース調べが大変だろうって思ってたんよ(^_^;)一部の、ここは間違いないだろう!って思える部分には地図上にコースのラインを入れたりしてたけど、これ、全コースを調べることができるだろうか心配だったんだ。そんな所にもってきて、こんな渡りに船のような『壬申に翔ぶ』なんて本の存在を知れば、何が何でも欲しくなったよ。で、この玉城妙子さんの『壬申に翔ぶ』を探し回ったんだけど、どこにもなくて『日本の古本屋』のことを思い出して行ってみたんだ(^^♪へっへぇ(^。^)そしたらね、さすがは『日本の古本屋』!!『壬申に翔ぶ』が5冊ほどあったんよね~!(^^♪で、香川県の高松にある讃州堂書店さんってところで700円で売ってた『壬申に翔ぶ』を早速注文したのが夜中の12時過ぎだったと思うけど、朝の9時半ごろには”在庫を確認したので本日中に発送します”ってメールが届きそのあくる日には届いてしまったんだ♪ひゃぁ~!『日本の古本屋』おそるべしぃ~!(^_-)-☆しかも帯付きで程度も良くて大満足したよ♪送料の安いメール便を使ってくれるし、支払は郵便局の振替用紙を同封してくれてるので、後払いで良いんよ。もう、本探しは100%『日本の古本屋』で良いか!って思っちゃったね(^^♪で、早速、『壬申に翔ぶ』を読んでみたんだ。いやぁ、その内容には本当にびっくりしてしまったよぉ…!(^_^;)この本はね、玉城妙子さんの考える飛鳥時代を、その実際の発掘経験をまじえて細かに語ってられるんだ。初めて、ただの観光客として明日香を訪れたときのお話から、明日香に留まって研究者となられてからのお話までね。でねぇ、何をびっくりしたかって言うとね、この玉城妙子さんはね、永井さんの『茜さす』の主人公「なつみ」そのものだったんだよ!しかもね、『茜さす』の登場人物に「なつみ」が憧れてる「園木冴子」というベテランの発掘員が居るんだけど、この「園木冴子」も、何年かしてベテランになってる玉城妙子さんなんよ!永井さんは、よっぽど玉城妙子さんのことに魅力を感じたんだろうな。だって、主人公と主人公の憧れの人という、この小説の核になる二人の人物の両方を玉城さんをモデルにして書いちゃってるんだもんね!『茜さす』では、玉城さんの実体験を「なつみ」の体験としてとか「園木冴子」の体験として、何度も登場させるんよ。まったく同じエピソードや台詞が何箇所にも登場して、その都度読んでてニマニマしてしまったよ(^。^)なんせ小説で面白可笑しく読んだことの中にいっぱい実話がまざってたってのが楽しかったな♪とりわけ面白かったのが、『茜さす』の感動的なラストシーンが、『壬申に翔ぶ』ではその先まで語られてるんよ。『茜さす』のラストは、主人公の「なつみ」が50ccのミニバイクで壬申の乱のルートを走ろうと吉野を目指して、走り出すシーンなんだ。その最後の文章↓光の娘となったなつみの姿は、みるみる小さくなっていった。これ、50ccのバイクで行けるかどうか、なつみは不安だけど、行くんよね。『壬申に翔ぶ』でも、玉城さんは、「がんばってね」って何度も50ccのミニバイクを激励しながら、全行程(472キロ)を走破するんだ。『壬申に翔ぶ』では、そのあとに面白いエピソードがある。見事に走破したあと、玉城さんは橿原考古学研究所の友にその事を報告に行くんだけど、友はそのミニバイクの健闘を称え「壬申号」と命名してくれたんだってさ(^。^)なんかねぇ、小説よりもドキュメントのほうが感動するんよねぇ(^。^)で、そういった物語性の面白さをのぞいても、この本は資料としてもすごいんよ!巻末には壬申の乱のコース地図が国土地理院の2万5千分の一の地図35枚も使ってルートを示してある。そのコースの沿道にある遺跡も示し、その遺跡と壬申の乱との関わりも本文中で逐一、玉城さんの考えを述べてあるんだ。そんなだから一度読んだだけでは、まだ細かいところの確認はほとんどできてないんだけどね。巻末の<地名一覧>も優れ物で日本書紀の地名と対応した形で、いくつかの地名研究書の説とを並記して載せてある。でね、文庫版『茜さす』のあとがきをあらためて見なおすと、執筆に当たって協力をしていただいた玉城妙子さんへの謝辞と”『壬申に翔ぶ』を出版されてる”事を書いてられる。そうなんだけど、『壬申に翔ぶ』の最終ページを見ると『茜さす』の広告が載ってるんだ。じゃぁ、どっちが先に出た本なんだと思って、今日届いた四六版『茜さす』のあとがきを見ると”『壬申に翔ぶ』”の部分が”私家版『壬申に翔ぶ』”になってたんだ。「私家版」というのは、出版社ではなくて自費で出版したものなんだと思うんよ。つまり四六版『茜さす』が刊行されてから、文庫版『茜さす』が刊行されるまでの間のタイミングで、今僕が手にしてる読売新聞社刊『壬申に翔ぶ』が刊行されたみたいなんだよな。もし、そうだとしたら時系列にそって出版されたと考えられる順番に並べると私家版『壬申に翔ぶ』四六版『茜さす』 (私家版『壬申に翔ぶ』を紹介してる)読売新聞社刊『壬申に翔ぶ』 (四六版『茜さす』の広告が載ってる)文庫版『茜さす』 (読売新聞社刊『壬申に翔ぶ』を紹介してる)っと、こうなるみたいなんだよね。むむむっ!こうなってみると私家版『壬申に翔ぶ』がどんな本かも見てみたいんよね。ってゆうのが、四六版『壬申に翔ぶ』の巻末資料の国土地理院の地図に抜けがあるんよ(^_^;)もしかしたらページ数の関係で重要度の低い地図がカットされてるなんてことがあるかも知れないもんんね。でね、『日本の古本屋』で『壬申に翔ぶ』を再度検索したら、出版元が空欄で刊行年が四六版『茜さす』が出るより7年も前の本を一冊だけ見つけたんだ!おそらく、この本が私家版『壬申に翔ぶ』に違いないと思うので、喜び勇んで、また注文しちゃったよ♪この本が在ったのは石川県の古本屋さんで、価格は500円だし送料もメール便で160円だし、めちゃ嬉しい!こんな安い買い物でも、昔だったら見つけることは不可能だっただろうし、この古本データベースの『日本の古本屋』の凄さを改めて思いしったよ!昔は、本を探して古本屋さんをうろうろしたりしたもんだけど、そんなことも、もう、今は昔って感じだよな。梅田や京都の古本屋さんをちょっと回るだけで電車賃は2000円ぐらいかかってしまうもんなぁ…。
2009年06月06日
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実は僕、顎フェチだったみたい…"^_^"猫仲間のまろ加さんとこの、イケメンくんのキムさんの顎がめちゃくちゃ可愛かったんよ!その、まろ加さんの記事はこちら。で、「顎が可愛いい!」って書いたら、まろ加さんに”顎フェチ”だって言われちゃったんよ。このたま、めちゃくちゃ可愛いと思うんだけど、顎フェチだから可愛く見えるだけかもなぁ…(^^ゞ
2009年06月05日
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2年前に「えびそう」という花。 って記事で、うちの庭の「こえび草」のことを書いたんだけど、今日の夕方たまを庭に出したときに、今年も咲いてるのに気がついたんよ。↑この、たまの右に黄緑から臙脂色にグラデーションになってるやつ。まっ、これ、毎年いっぱい咲いてるんだけど、なんかえらい勘違いをしててね、この臙脂色のを花だと思ってたけど、そうじゃなかったみたいで先から白い花が咲いてたんだ。ねっ、白いのがペロっと出てるでしょ。だけど、赤いのが邪魔でよく見えないので下から覗いたのがこれ↓これ見てねぇ、めっちゃ不気味やったんよ。花から花が出てるみたいで、口から口が出てくるエイリアンみたく見えてきたんよ(^_^;)↑ほら、二つ並べたらさらに不気味でしょ(^_^;)↑そう思って、いっぱい見たら超こわい!(>_<)って、僕だけかな(^^ゞ
2009年06月04日
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春過ぎて夏来るらし白栲(しろたへ)の 衣ほしたり天の香具山「春が過ぎて夏がやって来たらしい。白栲の衣が干してある天の香具山に。」万葉集 巻一 二八 持統天皇先月聞きに行った里中満智子さんの講演会で、里中さんはこの歌の情景を”香具山の上に雪が積もってるのを見て詠んだ”っておっしゃったんよね。寒い冬の雪の日に新しく出来た藤原宮の縁側から、まっ白に雪を被った香具山を見て、たわむれにこんな歌を詠んだんだって!実は里中さんの漫画『天上の虹』の中に、持統サマがこの歌を読むシーンが出てくるんよ。16巻44章「香具山」に出てくる↓「春がすぎて もう 夏が 来たようね」「ほら 香具山にみつぎ物の布が干してあるわ まっ白に輝いてきれいだこと」外は雪がしんしんと降ってるわけで、それを聞いたお付きの女官たちがびっくりするんよね。持統サマがオカシクなった!って(^。^)「おもしろいじゃない 雪を白布にみたてて… 」「夏の日ざしが目にうかぶわ それだけで―― 「寒い」と感じてる気持ちを忘れそう」これを聞いて女官たちは感心するんよね(^_^)なんかねぇ、この歌をそんな風に歌ったなんて考えもしなかったから、このシーンは印象に残ってるんよ。だけど、のちに、この歌は実際の夏の情景を歌ったってのもどこかで読んでどっちなんだろうって思ってた。里中さんはその時の講演会で、この歌にはいろんな説があるとおっしゃってた。『天上の虹』の中の画には、実際の雪を被った香具山も、持統サマの想像の夏の陽ざしを浴びて衣がはためいてる香具山も画いてあるし、どっちゃでもいいんだけど、あの”持統サマがオカシクなられた”ってシーン好きだし、僕は里中説に乗っかろうと思う。でね、日曜日に、せっかく香具山に登ったのに、この上の歌の歌碑を発見できなかったんだ。香具山の北東側には「万葉の森」というのがあって、森の中にたくさんの歌碑があるんだ。意地になって山中歩き回ったのに、違う歌ばっかだったんだ。でね、山頂から裏に少し降りたあたりに、こんな看板があったんだ。この看板に書いてあったのはこうなんよ↓春過ぎて 夏来にけらし白妙の 衣干すてふ 天の香具山↑これ、一番上の万葉集の持統天皇の歌と少し違うでしょ。これは『百人一首』に載ってるもので、持統サマの死後500年ほどたった『新古今和歌集』時代に変えられちゃったんだってさ。そのことを、僕は永井路子さんの『よみがえる万葉人』という本で知ったんよ。その中の「女帝サマはお腹立ち」って小題の文に書いてあったんだけど、その中に目から鱗の面白いたとえで「持統サマのお腹立ち」のことを書いてらっしゃるんよ↓持統サマ→「第一、あの『百人一首』とやらのかるたの絵は何です。私はあんなもの着てませんよっ」 ごもっともで。かるたの持統サマは平安朝の、いわゆる十二単衣姿だが、あれはまったくのまちがい。あのころだったら高松塚ふうでなくてはなるまい。あれでは江戸娘がジーンズスタイルで描かれているようなものだ。↑これは、うちにあった『百人一首』を引っ張り出してきてスキャンしたんだけど、ほんとだよね~!持統サマがこんな姿をしてるわけないもんね!でも、”江戸娘がジーンズスタイルってのは言い過ぎとちゃうのん?”って思ったんよ。で、計算してみたんだ。持統サマが生まれてから平安遷都までの年数が794年(平安遷都)-645年(持統サマ誕生)=149年江戸時代の終わる明治維新から今日までの年数は2009年ー1868年(明治維新)=141年ねっ、計算してみたら、江戸時代から今日までの方が短いんよね。それに、十二単衣なんてのは平安文化もかなり熟成してから出てくるような気もするから、もしかしたら江戸娘のシーンズ姿の方がまだましなのかも知れないよ(^。^)確かに永井さんのたとえの「江戸娘がジーンズスタイル」ってのは言い得て妙だよ(^。^)持統サマも、十二単衣なんか着るより、今のガーリーファッションみたいなのを着せられたほうがよっぽど嬉しかったんじゃないだろうか?でぇ、せっかく香具山に行ったのに香具山の写真がろくなのが無いんよ(>_<)唯一、撮ってた香具山の写真。香具山の南側に降りたいので、道っぽいところを降りて行ったらいつのまにか道がなくなってしまって、この写真の中央あたりから出てきてしまったんだよね(^_^;)畝傍山や耳成山はきれいな円錐形の独立峰なんだけど香具山は、なんだかダラっとしてて、こんなもんなんだよ。ちなみに香具山頂上から見た畝傍山がこれ。畝傍山は何処から見てもかっこいい!畝傍山の頂上からまっすぐ手前に降りたあたりに有名な「橿原考古学研究所」が見えてるはずなんだけどな…。で、香具山から、まっすぐ山田寺跡に向ったんだけど、また今度書くね。
2009年06月03日
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本の山のあいだにたまが居たので上に新聞紙をかぶせて家にしてあげた。へっへぇ(^。^)こういうの、嫌いなわけないし、ご機嫌さんだよ(^^♪だけど、くまが見つけてしまったものだから当然のことながらグチャって踏みつぶしてしまったよ(^_^;)「本の家の乱」勃発(^。^)たまの居そうなところを踏んでるようだけど、たまは新聞の下で巧みにかわしてるみたいだ。そして新聞の下から猫パンチ炸裂!ペシッ!見事、命中!!さらにジャストミート!ペシッ!!めげずに、新聞の中をうかがうくま!突入!!ズッタン!バッタン!ズッタン!バッタン!何とか本の家を死守したたま。諦めて去って行くくまでした(^。^)
2009年06月02日
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磐余の池跡どの写真もクリックすると大きい写真にリンクするよ。ももづたふ 磐余(いわれ)の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ万葉集 巻第三 四一六 大津皇子「磐余の池に鳴く鴨を見ることも今日限りで、私は雲の彼方に去ってしまうのだろうか」上に書いた歌の意味は、大津皇子が自害させられた磐余の池跡にある碑文によった。大津皇子が自殺させられた、この磐余(いわれ)の池跡は天香具山の東北800mほどのところにあるんよ。南阪奈道路が出来たおかげで、驚いたことに、この場所まで、うちからたったの1時間で行けちゃったよ。っていうか、あまりにも簡単に行けてしまってあいそなかったよなぁ…。もうちょっと苦労して行き着きたかったよ。”はぁ~、とうとう大津の殺されたところへ来たよ”って感じになると思ってたのに、こんなんちょっと近所へ買い物に来たみたいやん(^_^;)大津皇子は謀反が発覚して、この場所で自殺させられたんよね。持統天皇が、息子の草壁皇子を次期天皇にするために邪魔な大津皇子を殺したって言われてる。一年前に二上山の大津の墓に参ったときも単純にそう思ってた。だけど里中満智子さんや永井路子さんの深いお考えをたくさん知るにつけ、「大津皇子の変」というのはそんな単純な事件じゃなかったって思うようになったんよ。とりわけ蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)から続く、蘇我の娘たちの”血”のつながりの重たさは尋常なものじゃなかったんだろうって思うようになった。それは持統サマのあとも元明天皇、その娘の元正天皇までも続くんよね。そんなんだから、磐余の池跡に行ったあとに蘇我倉山田石川麻呂が建てて、自殺した場所でもある「山田寺跡」へまわったんだけど、それはまた次回に書こうと思う。それでね、去年二上山に登ったのが、ちょうど一年前の今日六月一日だったんよ!なんか因縁を感じるんよね。一年前に行ったときの大津皇子のお墓の写真。持統サマが「私の気持ちも分かってやってよ!」って僕に怨念を送り続けたのかもしれないな(^。^)1300年前は、この眼の前に磐余の池があったのだそうだ。今は田園地帯だけど、向こうの山の形は1300年前も変わりは無かったんじゃないだろうか。池が無いから鴨は飛んでなかったけど里中さんの漫画のおかげでイマジネーションゼロの僕でも、少しは大津が見た景色を感じることができたよ。そもそも僕が古代に夢中になりだしたきっかけが2月に放送された里中満智子さんのNHKの番組「万葉 こころの旅」~悲劇の皇子と姉を追って~を見たことだったんよね。その番組で磐余の池跡で里中さんが語った大津の気持ちが、なんか深く心に響いてしまったんだ。今も大津が眠る二上山の写真をいっぱい撮ったので一部を載せるね(^^♪↓どの写真もクリックすると大きい写真にリンクするよ。堺泉北道路から。なんと、この道、一直線に二上山に向ってるんよ!南阪奈道路から。この道も、ひたすら二上山に向ってる!南阪奈道路から。これ以上近づいたら山影になって二上山ってが事が分からなくなってしまった。香具山の頂上から。木が生い茂ってて、隙間からかろうじて望むことができた。南阪奈道路、大阪向け。↓最後に「磐余の池跡」の地図を載せておくね。
2009年06月01日
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こんな状態で寝ないでほしい(^_^;)ギリでキーボードから顔は浮いてるから左手をホームポジションにとるのは大丈夫だけどモニターを見るのに一々右から覗きこまなきゃなんないんだよ(^_^;)やっとこさ手枕をして顔をおろしてくれたけどキーボードにギリだよ。手枕の右手がTABキーに触りそうで気が気じゃないよ(^_^;)
2009年06月01日
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