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https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/205832ついに人類が42.195kmを2時間未満で走る日が訪れてしまった。かつては「運動生理学的に不可能に近い」と言われたサブ2を達成したケニア出身のサウェはこれで歴史に名を刻んだ。しかし、このレースではもう1人サブ2でゴールした者がいた。2位のエチオピアのケジャルチャはサウェの10秒後に1時間59分40秒でゴールしていたのである。しかし、人類初の月面着陸といえば誰しもがアームストロングの名を想起しても、アームストロングと同じくアポロ11号で月面に降りたったバズ・オルドリンの名前を挙げる人がほぼ居ないのと同じで、ケジャルチャはきっと50年後にその名を想起されることは無いのであろう。タイミングというのはホントに大事なのである。ところでぼくは30代後半にマラソンにハマっていた時期があり、39歳の時に出した自己ベストは3時間40分である。ちなみに10kmレースを本気で走った時の自己ベストは42分台で、そのペースで42.195kmを走ればサブ3、つまり3時間をギリギリ切れる速さであった。2時間の1.5倍の3時間を切るのでさえそのくらい大変なのである。ちなみにボクはマラソンにハマっていた当時に400mを全力疾走した時のタイムは1分18秒くらいであった。サブ2ペースは400m1分8秒ペースなので、ボクは彼らには400mでさえついていけない。いや、400m1分8秒とは100m換算で17秒ペースなので、今やボクの100m全力疾走より速いかもしれない。短距離の人類最速はボルトの100m9秒52だかだが、自分は全盛期に100mを13秒くらいでは走れたから、世界最速の1.5倍以内の短距離能力はあった。アイアンマントライアスロンの世界最速は8時間を切る程度だが、ボクは12時間で完走したことがあるから、こちらもまあ、世界最速の1.5倍の実力はあった。こうして考えると、マラソンのサブ2というのは、ボクが逆立ちしても歯が立たない、いかに尋常ではない境地であるかが痛感される。
2026.04.27
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黒柳徹子がかつて何かのインタビューで、若い頃に医師から「嫌な仕事をしなければ病気にはならない」と言われたのをずっと守り続けた結果、この歳になっても病気をせずに仕事をして来れた、という趣旨の発言をしていた。私はそれを聞いた時「なるほど」と思った。なぜかと言うと、人間は、ウソを信じ込んだり、自分で納得していないことを嫌々やるたびに老化したり病むと感じていたからだ。尊敬に値しない教師であってもその権力に頭を下げたり媚びを売るようになるのがオトナへの一歩だし、何のためのルールか分からなくても疑問を抱かず順守できるようにならないうちはコドモなのである。いわば童話『裸の王様』で素っ裸の王様を見ても「なんと美しいお召し物でしょう」と思えてしまうのがオトナであり、「王様は裸だ」と言ってしまうヤツを社会はコドモと呼ぶ。「オトナになる」ということは一般に「成長」することであり良いことだと思われがちだが、実際は物事をありのままに見れなくなっている、すなわち「老化」である可能性が高い。「病は気から」というが、それは老いにも言えることで、「そういうものだ」と諦めて挑戦しなくなるたびに老いが進んで行く。また、納得していないことを「そういうものだ」と受け入れるたびに自分を文字通りちょっとずつ殺していき、いずれ病に至る。多くのオトナはもはやウソをウソだと認識することさえ難しい領域に達している。単に舞台上で与えられたキャラクターを完全に自分だと信じ、またオカネとかジョーシキとかいった単なる記号と約束事にも疑問や違和感も持たない。それはある意味、バーチャルリアリティに入り込んで抜け出せなくなった患者である。日本語だと「共同幻想」とか英語だと「mass myth」みたいな概念というか言葉があるということは、人間は観念的にまたは心の奥底で「これは幻想だ、約束事に過ぎないんだ」と認識しているはずで(笑)、おそらくは聡いオトナはそれをウソだと承知しながら社会的・家庭的な便宜上そのウソに付き合っているだけで、いざとなれば舞台を降りて「な〜んちゃって!」とイタズラな笑顔を浮かべてくれるものと私は信じているが、どうも周りを見るとそんな余裕がなさそうな感じで、どっちかというと思い詰めた狂信的な人の方が圧倒的に多そうな印象である。上述の「いざとなれば」の「いざ」というのは、もはやそのウソが便宜を果たさなくなる瞬間のことである。それまで丁重に大人の応対をしていた店員も、お客さまは神だと信じ込んでいる客が土下座を強要してきた瞬間、その「店員」というお面を外して「そろそろいい加減にしろよ、オヤジ。」と反撃すべきだし、自分の権威を勘違いした上司や教師が関係を強要してきたら、部下や生徒は「調子に乗るな。臭いぞジジイ。」と突き放して、告発・通報をしていいのである。同様に、納得していない仕事を嫌々やってメンタルを病むくらいならとっとと仕事を辞めるべきだし、まずその前に異論があるならそれを伝えて議論すべきなのである。また同様に、顔に出すくらいならとっとと帰宅すべきであり、どうせやらなければいけないことと納得している仕事であるならば、顔に出るのはおかしいのだ。オマエらの目が濁っているのは、納得していないことを堂々と相手に伝えて話し合う誠実さも度胸もなく、自分の考えや気持ちを押し殺したままその納得してないことを嫌々やっているから、魂が腐りつつあるのが目に顕れているのだ。オマエらの口が臭いのは、抱えたままの違和感や異論がずっと腹と喉の間にモヤモヤとわだかまって、腹の底に落ちて消化されずに発酵臭を放っているからだ。(…とジッチャが言ってた)。いずれそれは進行し、病に、そして死に至る…らしいよ、知らんけど。
2026.04.23
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成人向けのビデオ女優はエラいと思う。カメラの前でああいうことを撮影させて、かつ一般に公開されて平気なのがスゴイと思う。学生時代にデッサンのクラスのために完全ヌードのモデルをしていたことがあるワタシだが、体調によってインケイが極端に萎縮していたり、逆にリクライニングのポーズの時に居眠りしている間に大きくなってしまったらしく元の大きさに戻る際に先端から糸を引いている状態を20人のアメリカ人学生に注視される経験はさすがのワタシでも恥ずかしかった。ワタシのような恥知らずがその程度でも恥ずかしく思うのに、お嬢さんがアクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出したりする姿を世界中に晒していながら平気で日常生活を送れるのはとにかくスゴイとしか言えない。恥知らずのワタシでさえ恥ずかしかったことというと思い出すのはやはりアメリカの学生時代、大学内のカフェテリアでランチを買って、あわよくばお茶代を浮かそうという魂胆でティーバッグをカップだか皿の下に置いてレジで精算しようとした際、ワタシの後ろに並んでいた教員とおぼしき白人男性にそのカップだか皿を無言で持ち上げられた時だ。その白人男性の視点から、たかだか1ドルやそこらのお茶代をチョロまかそうとするセコいアジア人学生の姿が脳内に浮かび、恥ずかしく思って反省した。こうして考えると、人は「自分はこういう人間である」という、実際より美化された自己イメージを持っていて、それに合致しない行為をした際に「恥」という感情が生じるんだと思う。ワタシは当時きっと「誇り高きニッポン男児」というセルフイメージを持ってアメリカで暮らしたので、自分の行為を恥じたんだろう。「自分はたかだか1ドルやそこらのお茶代をチョロまかそうとするようセコいアジア人学生でーす」というセルフイメージを最初から持っていれば、その白人男性に対し「余計なことしてくれるな」と立腹しておかしくなかったはずなのである。そういう意味では、前述のビデオ女優は「アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出す女性」というのがセルフイメージと矛盾しないんだろうと思う。つまり、圧倒的多数の女性が「自分はそんな女ではない」と思うような側面を受け入れているということなのだと思う。もう1つの可能性は、アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げたり体液を吹き出す女性は「役柄、キャラクター」であって本当の自分の姿ではないという自信を持っている場合だろう。たとえば、何かやむを得ぬ事情があってティーバッグをカップだか皿の下に隠して精算しようとしたのであれば、「あれは本来の自分ではないのだ。」という自信があるから恥の感情は湧かなかったというのと同じである。歳をとると、だんだん自分自身と折り合いをつけていく結果、「自分はこうあるべき」というセルフイメージが現実の自分に近づいていくため、恥の感情を経験する機会が減っていく。オッサンやオバチャンの「恥知らず」は、若い頃の「理想の自己像」が徐々に崩れて行き「等身大の自分」を受け入れた結果だと言える。理想を持つ誇り高き若者の目から見れば「恥知らず」に見えるかも知れないオッチャン、オバチャンは「真実の自分と向き合い受け入れた賢者」であるとも言える。しつこいようだが、「アクロバティックな姿勢で獣のような声を上げ体液を吹き出す自分」という圧倒的多数の女性が絶対に認めたくない一面をセルフイメージとして受け入れているらしい成人向けのビデオ女優は、そういう意味で「賢者」として一目置かざるおえないのだ。
2026.04.22
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数日前に投稿したウソやテレパシーの話に関連するのだが、インターネットがついに市井の人の手に降りてきた30年ちょっと前、「ついにオレの時代がきた!」とワクワクしていたことを思い出した。簡単にいうと、誰もが発信者となり、世界中の情報にアクセスできるようになれば、「情報の格差」は消滅し、真にオープンな世界が実現すると思ったのだ。それまでの資本主義経済のカラクリとは、いわば「情報の非対称性」を利用したセコい商売の積み重ねだった。隠すまでもない自明の事物を「機密」として囲い込み、情報を持たない側にアクセス料を払わせる。30万円出さねば得られなかった百科事典の知識が、今やウィキペディアで世界中の知恵として無償で更新されている。この「占有から開放へ」の流れこそが、ネットの本質だと直観したのだ。カネのためではなく熱意で動くオープンソースの世界、そして「公明正大に生きるなら、隠しごとのない世界は怖くない」という初期リーダーたちの潔い思想。ワタシはそこに、嘘つきや偽善者が淘汰され、ウラオモテのない人間が胸を張れる「トランスペアレント(透明)」な時代の到来を確信した。しかし、その後の30年で、ワタシの期待は少しずつ、確実に裏切られたのであった。まず、「情報の透明化」は、ナチスのような悲惨な歴史を持つ欧州を中心とした「個人情報保護」の壁に突き当たり、出自や居所といった個人の属性は再びブラックボックス化され、また知的財産や企業秘密のガードもネット以前と変わらぬ強固さを保った。さらに、善意のオープンソースを食い物にする「セコい連中」も現れた。誰かが無償で公開した知恵を、あたかも自分の手柄のように「登録したモン勝ち」で私有化するヤツが出てきた。かつてのギコ猫騒動や、どこかの広告代理店のアンチャンよるロゴ流用問題のように、情報の非対称性が消えたはずの場所で、なおも「情報の横取り」という歪んだ形での搾取が発生した。だが、最も誤算だったのは、情報の「濁り」である。ネット以前にも「誤報(misinformation)」はあった。しかし、真実を隠したい勢力が意図的に毒を放り込む「偽情報(disinformation)」の氾濫は、ネットという清流を、水道に毒を投入するが如き惨状に変えてしまった。ワタシが期待した透明な世界は、フェイクニュースという汚水にまみれてしまったのだ。…しかし、まだ諦めるのは早かった。昨今の生成AIやバイオメトリック技術の劇的な進化を見ていると、当初私が抱いた「トランスペアレンシー(透明性)」の理想が、予想だにしない角度から実現しつつあると感じるのだ。これまでの「外に出た情報」の真偽という地平から一気に進んで、「個人の内面」そのものが透明化される可能性が現実的になってきたからだ。「私は知りません」と強弁する殺人犯の背後で、脳波から読み取られた殺害現場のイメージがスクリーンに投影される。「どこに隠した?」と問われれば、本人の口が割れる前に、モニターには字幕で「〇〇町の山中」と回答が表示される。またこの技術は、社会のウソも根こそぎにする。大ボラを吹く政治家の答弁には、カッコ書きで「(愚民どもはワシらの嘘を信じていればいい)」という心中のモノローグがテロップで流れ、不都合を隠そうとするCEOの横では、投資家向けの生体分析モニターに「嘘(ダウト)」の赤ランプが点灯する。「ネットの時代、人に知られたくない行為はしないことだ」と言われてから30年。「生成AIの時代には、人に知られたくないことは考えないことだ」という、究極の「心中の透明化」が目前に迫っている。その日が来るまで、ワシは死にたくないと思っている(笑)。
2026.04.20
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オレはさいきん外出するといつもニコニコしている。なぜかと言うと、目に入るもの、耳に入るものすべてから何かと楽しい記憶がよみがえり、自然に笑みが浮かんでくるのである。道端ですれ違ったカップルの会話から、当時2歳だった姪の名ゼリフを思い出したり、たまたま目に入ったカンバンの絵からアメリカの大学のガールフレンドとの楽しい日々を思い出したり、といったようにまるで余命が迫った臨終間際のお婆さんみたいな状態である。60年近く、しかもいろんな国のいろんな場所でいろんな人たちと生きてくると、いろんな記憶が蓄積されている。一方で、60にもなると、新しい切実な問題や課題や悩みといったエピソードが日々発生する状況にはない。いわば、好きなベテランミュージシャンが10年に1回しかアルバムを出さなくなり、日々懐かしの名曲メドレーを聴きまくっているような感じである。ただ、問題なのは、すれ違う人々がにあまりニコニコしている人がいないことである。あまりいない、どころか普通は一人で歩いていて上機嫌そうにニコニコしてる人なんて滅多にいないと思う。どちらというと声がかけづらいくらいにムスッとしているか不機嫌そうな顔で歩いている方が多い。注意が必要なのは、ムスッとしているか不機嫌そうな顔をしている人の中には精神的にかなり追い詰められている人がいて、こういう人と目が合うと「何が可笑しい!?」「オレのことを馬鹿にしているのか!?」といった曲解が生じかねない点である。これは自分にも身の覚えがあるが、孤独に思い悩んでいるワカモノの中には関係妄想に陥りがちなタイプがいて、例えば自分に全く関わりのない人が自分と全く関係のないことで笑っているのが耳に入っても、まるで自分が笑われているように感じてしまうのである。外出中にすれ違う何百人の人の中にこういった病域の関係妄想癖の持ち主が数人はいて、さらにその数人の中にたまたま攻撃的かつアクションに移せてしまえるヤツがいた場合、ニコニコとほくそ笑んでいるオレと目が合った途端、「オレのことを馬鹿にしているだろう!?」と掴みかかってくるとか、さらにたまたま凶器を保持していた場合は刺されたりしかねないと思うのである。つーか、こんな不愉快なことの多い世の中に、「景気のことなんて関係ありましぇーん」みたいな顔をしてニコニコしているオッサンとすれ違ったら、別に関係妄想の持ち主でなくとも「何が可笑しい!?」という怒りの感情が生じたとしても不思議はない。みんなが暑くて死にそうになっている状況で一人だけ涼しい顔をしているヤツに対して誰しもが抱くあの感情である。そんな人を相手に「…いや、2歳だった頃の姪の言ったことを思い出してて…」とか「35年前のアメリカの大学のガールフレンドのことを考えていて…」とか言い訳をしたところで、そんなニコニコオヤジに対する怒りは収まるどころか増幅するだけのような気もする。…ということで、外出時のニコニコを少し控え目にした方がいいかも、と思いつつも、いつか暗い目をした青年に路上で出し抜けに刺される覚悟はある程度しておかなければ…と割と真剣に考えている。
2026.04.19
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昨日の日記の続きなのだが、オレが人一倍ウソが嫌いで何でも本当のことを言ってしまい、基本的に隠し事が無いのでプライベートとされることでも何でも暴露してしまうことと、オレが下戸で酒がまったく飲めないことは、どうも大きな相関がありそうである。昨日の日記の例で言うと、森友学園問題の改ざんを指示された人がおそらくモヤモヤを抱えながら書類を改ざんしながらも狂ったり赤木さんのように自殺せずに仕事を続けられたのは、おそらくそのモヤモヤを酒を飲んで誤魔化せたからなのである。児童に対し変態な性的興味を抱いているヤバい教師が児童に対し偉そうな顔で平気でモノを教え続けられるのは、心の中の良心との葛藤を酒を飲んで誤魔化せるからなのである(稀に、開き直って妄想を実行に移してしまうことで葛藤を解消することにより酒が不要になるケースはあるであろう)。これも昨日の例で言うと、教師は聖職であり児童に対し変態な性的興味を抱いたりしないとか、医師は聖職であり患者を触診や聴診しながら性的に興奮したりしないとか、部下は上司を尊敬すべきだとか、お客様は神様だとか、テンノウは万世一系だとか、日本は単一民族の神の国だとか、おカネに価値があるとか、出世しないと恥ずかしいとか、そんなのウソだと誰しもが薄々分かっているのに、あたかも真実であるかのようにみんなで信じ込んで日々ウソの維持に精を出すそんな偽りの自分を誤魔化すために、みんな何でもかんでも酒を飲んでウヤムヤにしてはいないだろうか(笑)。要は、人は真実と向き合うなんてシラフではとてもやってられないから酒を飲む(あるいはドラッグに手を出す)のではないか。もちろん、嘘も方便とか、英語だと white lie とか言うように、何もかも真実だけの世界というのは面倒臭くて窮屈で非効率なので、たとえば毎度 How are you? と尋ねられて、正直な心理状況を述べたりしないし、体調がイマイチであるという自覚があっても Fine. と回答したところで何ら信頼関係が傷付くわけでもないし、子供や配偶者に対してイラついていたとしても家を出る際に I love you. と言うのは挨拶のようなもので必ずしもウソとは言えない。そんな小さな葛藤を酒を呑んで誤魔化す必要もない。ウソ偽りが問題になってくるのは、あまりにもそのウソに浸り過ぎて、それが真実だと思い込み始めた時である。教師や医師が自分は児童や患者に対し性的興味を抱くことのない聖人であるとか、どんな部下も自分を尊敬して当然であるとか、自分はお客様で神様だから店員は土下座しなければいけないとか、日本は単一民族の神の国で純血を守るために外国人を入れてはいけないとか、おカネに価値があるとか、出世しないと恥ずかしいとか、本気で思って他人にも強制し始めたらヤバい。これは、開き直って児童に対する変態な性的幻想を実行に移すことで葛藤を解消してしまった教師と同じヤバさである。個人がそんなウソ依存症のヤバい状態になっても、そういうヤツを避けることで迷惑を被らずに済むかも知れないが、はるかにヤバいのは、自分の周りが集団でその「ウソ依存」の状態に浸ってしまう場合である。例えば戦時中は、みんなが恍惚として八紘一宇だとか万世一系だとか言って酔いしれている時に「そんなのウソじゃん(笑)」と言ってしまったシラフなヤツは憲兵に非国民呼ばわりされてボコボコにされた上に投獄された。現代社会でも、儲からないことがほぼ確定している社長肝入りの大プロジェクトのキックオフミーティングで社員たちが「エイエイオー!」とか言って拳を突き上げたその後に、ボソッと「…しかしまもなく、ライバル会社はその倍の効率を達成する同じサービスをその半分の価格で販売する予定なのであった。」などと田口トモロヲばりの声でつぶやいてしまうヤツは同僚から他人扱いされてしまうのである。なんと言うか、酒を飲む習慣のあるヤツはもともと嘘への耐性が高く、気がつくとウソ依存症になる可能性も比例して高いように思われる。酒宴でみんなで酔っ払って歌い始めるのと同じような感じで「ニッポンは聖なる神の国だ」とか「日本円は必ずまた復活する」とか「日本人は世界中から尊敬される」とか本気で言い出しそうな危うい感じがある。自分自身は日本のために何の尽力も貢献もしてないクセに(笑)。…ま、そういうヤツは、日本が衰退する元凶はそんなオレのようなシラフなヤツの存在だと信じていそうだけど(笑)。しかしオレは下戸で常時シラフな市民、社会人、会社その他の組織の一員として、周りのみんながウソがウソであるという自覚や認識を失い、ウソ依存症の常時ガン決まりの酔っ払い状態になりつつある時には、冷や水を浴びせて「…オイオイ、よく見ろ、王様は裸だろ?」と我慢強く訴え続ける責任があると思っている。酔うのはいいけど酔い続ける依存状態は迷惑なのでほどほどにして欲しいと下戸のオレは願っている。
2026.04.18
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高校1年生頃にハマっていた筒井康隆の代表作の1つに『七瀬八景』という、人の心が読める家政婦を題材にした小説がある。おそらく当時はテレパスを主人公にしたSF小説という触れ込みだったのであろうが、この作品は別にSFなどというラベルを貼らなくても文学作品として通用すると思う。普通の文学作品では登場人物の心中を作者が「神の視点」から描写するところを、この作品では作中の主人公が作者に代わって読心してしまうのである。通常の世界では人の心を読めたりしないので、そんな超常的な能力をサイエンスフィクションとして扱ったのだろうけど、もともと通常の世界にも「神の視点」で心中が見える人がいるわけではない点で、どっちも「超常能力」なのである。文学論はさておき、AIだのの情報テクノロジーのおかげで、センサーで脳波や心拍や発汗や体温といった生理的データをリアルタイムで取得して人間の心理状態がかなりの精度で推察できるだけでなく、脳に直接電極を挿して、その人が抱いているイメージを映像化できるようになり、人の心中が見透かせる世界が現実になりつつあることで、七瀬八景がSFではなくなる世の中が実際に到来しそうである。ボクは人一倍ウソが嫌いで何でも本当のことを言ってしまうし、基本的に他人に隠したいことは無いのでプライベートとされることでも何でも暴露してしまう。そんな人間なので、世の中の犯罪や不正について見聞きするたび、「隠し事なんて出来ない世の中になればいいのに」と子供の頃から思っていたのである。人がウソがつけなくなれば、森友学園問題の改ざん指示者もとっくに明らかになってるし、京都府の小学生行方不明事件も初日に解決しているし、児童に対し変態な性的興味を持つ人はもはや教師になれなくなるし、脱税も無くなるし、政治家に騙されることもなくなるし、いいことづくめではないか。もちろん他方では、親や教師や上司の権威が失墜して子供や生徒や部下が言うことを聞かなくなるとか(笑)、恋愛や結婚の99%が不成立に終わるとか(笑)、お互いの本心を知ってしまった家族が崩壊するとか(笑)、友だち同士のケンカやいがみ合いが200%増加するとか(笑)、商品の50%が売れなくなるとか、社会秩序がかなり揺らぐ事態になるかも知れない。でも、ボクくらいウソが嫌いな人間になると、ウソで壊れるような関係は別に壊れていいじゃん…とさえ思っているので、社会が揺らいだところできっとせいせいすることだろう。…とは言うものの、親である自分のことを子供が心から軽蔑していたり、夫である自分のことを妻が早く死ねと祈っていたり、上司である自分のことを部下たちが口が臭い無能でダサいオッサンだと憐んでいたり、通勤電車で吊り革にぶら下がる自分を前の席に座る若者が生きてる価値の無い哀れな老ぼれだと蔑んでいたり、横断歩道を渡る際に停車したクルマの運転手がオッサン邪魔だくたばれと心中でつぶやいていたりするのを知ってしまったら、生きているのが即座にイヤになるのではないか(笑)。要は、そんなオッサンでもニコニコしながら生きながらえているのは、自分が実際に周りからどう思われているか、心中を察することが出来ないからなのだ。でもさ、ボクは思うんだ。お互いの心中が透明になってしまえば、不遜な相手の態度の背後にある不安感を知ったり、攻撃的な相手の背後にある恐れが見えたり、要するに敵対する相手も実は人間的なカワイイやつじゃん!…というのが分かると、同情が芽生えると思うんだよね。つ〜か、しょーもないこと考えている自分の脳内が相手に丸見えだって分かってたら、親も教師も上司も大統領もテンノウヘイカももはや恥ずかしくてエラソーなこと言えなくなるよ!(笑)相手に対する偏見も残虐行為も劇的に減少して、お互いをゆるし合えるヘイワな世の中になると思うんだ。お互いの心がスケスケに見えてしまう世界を、ボクは死ぬまでにぜひこの目で見てみたい。
2026.04.17
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ニュージーランドはカナダに似ているなあ。お隣の大国のせいで影が薄く、まるで属国かオマケのような印象を持たれがち…という点で、である。実際、アメリカに行ったことの無い人がカナダに行きたがることが稀なように、オーストラリアに興味がゼロでニュージーランドに恋焦がれることはあまり無いような気がする。一方で、カナダ人が「礼儀正しいアメリカ人」的な印象を持たれているのと同様、ニュージーランド人も「粗野なところが少ないオーストラリア人」という漠然とした印象を持たれていることが多いのではないだろうか。とは言え、アメリカに比べてカナダが「大自然」しか見どころが無いのと同様、ニュージーランドもオーストラリアに比べると「行きたい場所」を問われても答えに窮しそうな気がする(笑)。今回ワタシが娘とニュージーランドを訪れたのはたまたま娘の同級生が住んでいたからにほかならず、そうでなければ旅先にニュージーランドを選択していなかった。ニュージーランドに1週間ちょっと滞在して、娘が見たがっていた場所はひと通り訪れたが、「この場所はまたぜひ訪れたい!」と強く思った場所はハッキリ言って無かった。娘が同行を希望でもしない限りもうワタシはNZを再訪することは無さそうな気がする。ワタシ自身も、どうせ娘に見せたい・体験させたいとすれば、NZやカナダの大自然よりも、アメリカのグランドキャニオンとかモニュメントバレーとかイエローストーンみたいな、「なんじゃこりゃー!」というインパクトのある、世界中どこに行ってもほかでは見ることの出来ない所に連れて行ってやりたいと思う。…まあでも、海外旅行初心者にとっては「友だちの住んでいる外国」くらいのインパクトでちょうど良かったとは思う。グランドキャニオンとかインドとかはオトナになってから自分のカネで行けばいいのだ。つーか、ワタシなど20歳になるまで海外を経験したことはなかった(しかも初めての海外は船で渡った海外旅行超初心者向けである韓国)のに、ガキの頃からパスポート作ってもらってハワイだのバリ島だのグアム島だのに連れてってもらっている娘たちはなんと恵まれていることか。ところでワタシは娘が生まれた頃つまり12年前、将来的に娘がカナダに留学すればよいと願っていたのだが、アベノミクス以降の円安と賃金安のダブルパンチにより、留学どころか旅行でさえ精一杯といった状況になってしまった。実は「アメリカやイギリスやカナダは無理でも、NZの物価であればまだ留学させられるのではないか?」という淡い希望を抱いていたのだが、その夢は今回の訪問で酷くも打ち砕かれた。いまや1NZドル=100円。ランチ20ドル=2000円、エコノミーホテル1泊200ドル=2万円。物価は2年前に訪問したロンドンやNY並みであった。ほんの10年前は年間2〜3百万円あれば留学させられるかと思っていたのが、今の物価と円安では先進国はどこの国でも留学に500万円くらいは掛かりそうである。もはやプラザ合意前の70年代以前のように富裕層しか留学出来ない貧しい国になってしまったということです。安い日本円ではとても海外に渡航できない娘たちの世代はワタシらの世代なんかより内向きな島国根性化がこのまま進行してしまうのでしょう。それがイヤならワタシ自身が海外で仕事を見つけてその国の物価相応の賃金をもらうほかなさそうです。
2026.03.13
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Near QueenstownMilford SoundMt. Cook from Lake TekapoAuckland from Sky TowerChristchurch, New Brighton North BeachWakatomo Cave
2026.03.08
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訳あって1週間ちょっとニュージーランドに12歳の長女と行ってきたのだが、この国の印象を覚え書き的に書いておく。・清潔。オークランドのような大都市を除き、町中も自然でもゴミのポイ捨てがない。クライストチャーチのような都市の海岸でさえゴミが打ち上げられていない。・動物が、人間が近寄っても怖れて逃げることがない。これはほかの国で経験した記憶がない。鳥も魚もそう。餌付けでもしているのかと思ったらそうではなく、人が来ると餌となる虫が動き回るので歓迎するらしい。・公的な標識・看板表示や、公的な乗り物のアナウンスの言語が、まずマウリ語で次に英語。これは予期してなかったので結構驚く。ネイティヴであるマウリに対する尊敬は、カナダ以上である。・「Auckland」とか「Queenstown」といったイギリスの大規模入植地を除くとどこもかしこもマウリ語の地名が多く、「Papaoneone」だの「Waikaura」みたいな地名はまるでハワイにいるかのような錯覚に陥り驚く。・オーガニックが当たり前。食品のラベルを見ても合成着色料・合成甘味料といった合成物質が使われていない。パンを例にとれば「小麦粉、イースト菌、バター、塩」で終わり・夏でもあまり暑くない。日本でいう初夏の感じ。特に南島だと朝晩はむしろ寒い。「1日の中に四季がある」と言われるくらい寒暖差が大きく、Tシャツに短パンで過ごしている人と薄手のダウンジャケットやロングコートを着ている人がどっちもいるのが不思議。・日本の3/4くらいの広さの国土にデンマークやノルウェー並みの人口(500万人程度)が住んでいるので人口密度が低く、オークランドのような大都市を除けば、道路でも町中でも店内でも日本でいう「混雑」にあたる経験をすることがほぼない。・南島は乾燥しており背の高い木々が少なく茶色っぽい風景がチリやアルゼンチンのメンドーサにソックリ。北島は背の高い木々が増えてきて日本人にも馴染みのある牧草地だらけの風景になる。・大都市でもケータイ見ながら歩いているヤツがいない。いたらそれは海外からの観光客。・オーストラリアと違ってここ50〜100年内のイギリスからの移民が多く、”Majesty” みたいなタイトルの王室報道雑誌がコンビニで売られているくらいUKへの帰属意識が強い。クリケットはもちろん田舎でもポロをプレイしているのを普通に見かけてビックリ。・現金を使うことがない。現金払い不可の店も少なくない。田舎でもそう。1週間、すべてクレジットカードのみで過ごした。
2026.03.08
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昨年の大晦日の晩、自分でもどういうキッカケか思い出せないのだが、ふと「タバコを買おう」と思いたち、コンビニに寄ったついでに、むかし吸っていた最もニコチン・タールの少ないニコチン0.1mg、タール1mgのメンソール煙草を買った。550円くらいしたと思う。私は学生時代、マイルドセブンメンソールをカートン買いし1日1箱くらい吸っていた。1箱220円くらいだったろうか。暇になると手持ち無沙汰ですぐタバコを口にしてしまう。吸いたくて吸うというよりも喫煙が習慣化していた感じだ。当時は昭和であちこちに灰皿があったことも助長していた。その後、渡米をきっかけに1日5本くらいのペースが10年くらい続いた。アメリカでは当時スモーカーはすでにマイノリティになっていたから、意識的に減らそうとは思っていたはずだ。当時は地元のバージニアスリムとかカールトンメンソールのような女性が吸うような細長いタバコを好んで吸っていた。当時は美味しくて吸っていた感じだ。その後NYCに住んでいた頃は未だ喫煙習慣はあり、失業してオハイオに引越して肉体労働を始めたのをキッカケにジムに通い始めてからタバコを一時止めていた記憶がある。その後日本に帰ってから喫煙習慣が復活し、何を吸っていたかよく覚えていないが、軽いメンソール煙草、たぶん輸入物だったと思う。アメリカ系の東京支社で働いていた頃は喫煙を止めていたような気もするが、アメリカ本社に転属になってカナダに住み始めた頃はカナダのメーカーの税率の高いキツめのメンソール煙草を吸っていた記憶がある。その後タバコを止めたのはマラソンを始めたからだ。最初の数ヶ月は、走り終わった後にゲホゲホしながら痰を吐くのが気持ちよく、また走った後の一服が美味しくて(笑)、しばし「スモーカーのランナー」だった時期があったが、フルマラソンのレースに出走する頃には完全に止めていたはずだ。というのも、ある時期を境に「速く走れる気持ち良さ」の方が走った後に痰を吐いて一服する気持ち良さを上回ったからである。それが2003年、今から23年くらい前。その後も、たまたまパーティーで同僚が吸っている時とか、仕事中に一服する人に同伴したりして、貰いタバコを吸うことが数年に1回くらいあったと思うが、たぶんこの23年間で5本くらいしか吸ってないのではないか。満23年目にしてタバコを買おうと思ったその心理を分析すると、60歳にならんとする年を迎えるにあたって、何か積み重ねたものを壊したいような衝動が芽生えたのかな、と思う。いい加減ジジイになるのに、この期に及んでケッペキな生活を続けてどうしようというのか…みたいな、自分に対する一種の皮肉な感情であろうか。ちなみにそれからそろそろ2ヶ月経つが、20本入りの箱の中には未だ10本弱くらい残っている。平均週1〜2本ペース。朝一で、起きがけにランニング前に吸いたくなることもあるし、夜にふと内省的な気分になった時に吸いたくなることもある。最近だと、在宅で仕事中に集中しなければいけない時にニコチン補給のために一服することが多い。換気扇の前で、ホントにタバコに集中して一本をじっくりと味わいながら根本まで吸っている。最近はニコチン依存が復活しそうな気がしてきたので、吸いたくなった時にあえて堪えようという気持ちも出てきた(笑)。ただ、この一箱が空になったら、もう二度と煙草を買うことは無いような気がする。これはあくまで還暦を迎える新年の気まぐれであって、一時的な退行だと思いたい。この一箱を終えるまでには、自分の中にある自分に対する皮肉なモヤモヤの整理を付けられるようにしたいものだ。
2026.02.25
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もう肉体労働はおろか頭脳労働まで機械がやってくれちゃう世界になってしまうと、生存がほぼ保証された状況下で、趣味的に「生きるためのハードル・困難」を設けて、それをクリアすることに生きる意味を見出すようになるのだろう…という昨日の話の続きなのだが、実は、かつてカメラが発明されるまでは「画家」が現代の写真家の役割を果たしていたのが、カメラがその名のとおり「写真」すなわち真を写すことが出来るようになって画家の多くは仕事を失ったものの、絵画はその後も、「写真」には敵わないまでもゲージュツとして「真を写す」以外の意味を見出され、存続し続けて現在に至る。同じように、腕力や走る速さをもてはやされていた連中も、機械や蒸気機関が発明されて腕力や走力を競うのをやめたかというと、いまだにオリンピックだのスポーツとして、機械の10分の1や100分の1にも満たないその能力を競っている。同様に、人工知能が人間の知性を超えても、人間は人工知能の10分の1、100分の1程度のIQだの知力を誇りにして当面は頑張るんだろうと思う。これまでみたいな知能信仰、学歴信仰は影を潜めるかも知れないけど、結局機械を作ったのも知性・知力だからね。AIが数学の難問を解くようになっても、数学オリンピックは続くんでしょきっと。…でも、いまや機械は人間に頼らなくても自分で機械学習して向上しちゃうけどね。 いずれにしても、もう肉体労働もデスクワークも機械が人間より速く正確にやってくれるんだから、勉強するにせよ数学の問題を解くにせよ外国語を学ぶにせよ、必要に迫られてやるんじゃなくて、ゲージュツ家やスポーツマンのように「趣味でやる」世界になるよねきっと。これまでは「意味」や「価値」を社会とか世間だとか親だとか外から与えられてきたのを、ゲージュツやスポーツのように自分で見つけなきゃいけない。「大多数」に適合することでその外的な価値や意味に安心していられたのが、これからはもうテンデンバラバラになるので、不安に駆られるヤツは増えるんだろうねえ。もうそうなってるか(笑)。ネットでやたら攻撃的になってるヤツは自分が信じている価値の「正しさ」の不安があるから他人を貶すことで安心しようとしてるんだろうし。つーか、まだ圧倒的多数の人たちは「必要性」の世界に生きていて、食べるために働くし、評価のために努力するし、失うのが怖くて行動を取ってるんだろうから、当面は「趣味で何かをやる」世界に対して牛歩戦術的に(無駄な)抵抗をするんだろう。
2026.02.23
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さいきん、生成AIが知的能力ですでに人類を超えてしまっている状況に遭遇し、ついにヒトが狩猟と採集の時代へと回帰する方向性が現実的になりつつあると感じている。狩猟と採集の時代というのは日本で言えば縄文時代である。1万年に渡って、すなわち世代でいうと400〜500世代もの間、ほぼ動物と同じように単に生存(個体保存)と生殖(種の保存)という営みを繰り返してきただけで、人類でいうところの歴史がなかった。歴史がなかったとは、文字もなく個人名もなく、言語も「あ〜う〜」「まんま〜」といった赤ちゃんと同じ亜語のレベルで、人類がみな「今、ここ」を生きてきた、ということである。遺跡を調べると、その時代は、基本的に女性が地道に食べる物を採集して家族を養い、ヒマな男性はというとたまに狩りに出てラッキーな時には肉類をゲットして集落に持ち帰るという「オマケ」みたいな存在だったようである。現在はオトコが「Man」であってオンナは「Woman」すなわち子宮を持ったオトコ扱いであるが、当時のオトコはきっと「コドモを産めないデキソコナイのオンナ」扱いだったのだろう。また、採集する食べられる物を求めて季節や気候によって移動を繰り返していたので定住の概念もなかったし、自分らの生存に精一杯で人口も安定していた(増加することもなかった)。これが「耕作」の時代すなわち日本でいうと弥生時代になってから、稲作のために定住し、穀物を保存できるようになって生存率も上がり、余暇も発生して文化や文明も生まれた。男はこの時代から「田んぼの力」としてその腕力の耕作への有用性が認められ、オマケ的存在から次第に地位が向上していった。また腕力の無いオトコもヒマを活かして(笑)耕作道具を工夫したり土器に模様を着けたり絵を描いたり、ブラっと集落を飛び出して未知の土地から新しい道具や種子やアイデアを持ち帰ったりして、「文化」や「文明」の中心的存在になり「歴史」が発生した(同時に、ヒマな男が侵略だのを企てるようになり「戦争」が生まれている)。そして、さらに「誰々は頭が良い」みたいな、「知恵」だの「知力」がもてはやされるようになったのも、知恵や知力が「文化」「文明」の根源だったからである。オトコが「Mankind」すなわち人類の代名詞となりオンナが子宮を持ったオトコ扱いになったのは言うまでもなく文化と文明の時代からである。その後、ヒマなオトコたちの知恵や知力による蒸気機関や電力や機械のような発明によって、男より10倍速く走る機械、男より100倍パワフルな機械、男より10万倍戦闘能力が高い兵器が登場し、男の腕力はそれほどもてはやされなくなった(笑)。代わりに腕力が無くても「頭が良い」ヤツがもてはやされる時代が来た。ノーベル賞の受賞者は、平和賞を除けば学者や科学者やエンジニアなどの知的エリートばかりであるのは言うまでも無い。また、子どもを産んだり育てたりするために男ほどヒマがないオンナでも知力によって男と対等な立場に立てる土壌も出来た。「頭が良い」に加えて「センスが良い」といったクリエイティブな分野に至ってはオトコとオンナはほぼ対等な立場にあるかも知れない。しかし、歴史もここに来て等比級数的な発展を遂げついに「人類より知力が勝る道具」を発明してしまった。つまり、文明や文化の発展の末に、人類より10倍正確で100倍速く1000倍の効率で仕事を処理する機械が登場した、ということである。しかも生成AIは情報処理だけでなく音楽や芸術の分野でも、人類とかわらないアウトプットを生成できるようになってしまった。これは、ここ100〜200年で腕力のある男がかつてほどもてはやされなくなったのと同様に、向こう10〜20年で「頭が良い」ヤツや「センスが良いヤツ」がもてはやされなくなる時代が来たということだ。知能指数140だとか、学校のテストで100点とか言ってももはや自慢にならないのである(笑)。長くなりそうなので途中をはしょるが(笑)、人類よりパワフルで賢い機械のおかげで労働が不要になって生存(個体保存)が当たり前になると「生きる意味」があやしくなって(笑)、人類は種の保存の意欲も減退すると思われる。きっと誰かが試算してくれてると思うけど、これから人口は急激に減るよ。今以上の勢いで。核兵器の発明によって人類が戦争が出来なくなったのと同じ理屈で、人工知能の発明によって人類は生きる意味、存続する意味が問われる。生きる意味を見つけた人だけが趣味的に生殖するだけ。そういう人たちは、まさに狩猟と採集の時代のような「生きるためのハードル・困難」を趣味的に設けて(笑)、それをクリアすることに生きる意味を見出すのかも知れない。社会的に上り詰めた人たちがアイアンマン・トライアスロンにハマるのと同じような心理かも(笑)。
2026.02.21
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最近テレビで「犯罪者がついに逮捕された」というニュースを聞いていると「男は容疑を否認しています」というケースがやたら多い気がすると思うのはワタシだけでしょうか。よくあるのが白々しい「身に覚えがありません」とか「記憶にありません」といったたぐいで、潔白だとまでは断言せずに、なんらかの客観的・物的証拠があったとしても自分の記憶には残っていない、という主観を述べて逃げようというのが潔くない。先日の裁判のニュースでは、防犯カメラに証拠が映っていて怨恨などの動機も明白なのに「それは自分ではない、似た人です」と述べたとか、別のケースではメッセージのやり取りとか金銭のやり取りといった証拠が山ほど上がっていても「自分ではないと主張しても受け入れてもらえなかったので黙秘します」と裁判官に述べたとか、冤罪に持っていける一縷の望みに賭けようとでもいうのか、なんか潔さというものが微塵も感じられない。むしろ半グレだの指定暴力団だのでタイホされたいかにもワルいヤツの方が潔かったりして(笑)、こういった「知りません。黙秘します」的なヤツらの方が悪性が高いというか、人間味のないサイコパス的なところがタチが悪いと感じる。同じ社会やコミュニティの中で一緒に生きる市民として、「悪いことをやっている」という意識を持ちながら犯罪行為をしているヤツの方が、まだ話が通じるという点では「同じ人間」だと思える一方、人を殺しておいてシラを切り通そうというヤツは同じコミュニティにいて欲しくない(笑)。自分や近親者がこういうヤツと運悪く関わってしまったばっかりに虫ケラのように殺されて「知りません」で逃げ切られることを想像したら、そんなの堪えられないと思う。だから、どんなにグレたワルよりもサイコパスの方が怖いし、そんな連中があちこちで人を殺したり強盗した上で「身に覚えがありません」とシラを切っている世の中や社会や時代はイヤだ。
2026.02.19
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昭和の終わりから平成の始まりに時期にスタジオで練習はしたものの一度もステージで演奏することがなかった『ちびくろサンボ』にも令和版のアレンジを加えて「公開」したところ、再生が100回を超えていた。この日記の場を借りてこの曲の価値を世に問いたい。SUNO AIで作曲した音楽を再生していると、たまにほかのシロウトが同じようにSUNO AIで作曲した似たようなジャンルの音楽が再生されることがある。「…お、なかなかいいイントロじゃん!」と思って聴き始めるが、9割がたは歌詞が始まった途端にガッカリしてストップしてしまう。どいつもこいつも歌詞がクサくて聴くに堪えないのである。例えばこんな感じ。🎵ネオンが滲む 夜の皮膚触れた指先 嘘の温度欲望だけが 正直で言葉はみんな 腐りかけ愛してる その響きさえ今は 信用できなくて…あ〜、クサい!俗に言う厨二病だかなんだか知らないが、実際に中学2年生が書いてるのかも知れないが、どいつもこいつも堪らなくクサいラブソングばかりなのである。世のポピュラーミュージックのほとんどがラブソングだというのは理解する一方、ワタシはラブソングを生理的に受け付けない。ラブを音楽にするそのセンスが許せない。なんというか、発情期のネコの叫びを聴かされている感じがするのだ。発情期のネコの叫びには詩がないから堪えられるが、人間の場合、単なる発情期の衝動にこじつけ臭い「触れた指先」だの「腐りかけ」だのいった陳腐な言葉が乗せられているのがサブイボが出るくらい気持ち悪い。これは古今東西おなじ傾向らしく、歌詞が英語の音楽の場合でもやっぱりクサい、ショボい、恥ずかしいetc. 歌詞のオンパレードなのである。いくら「…おー、カッコいい曲じゃん。」と思って聴き始めても、歌詞が始まった途端、シロウトの発情期の叫びを聞かされるハメになるのが毎回のことなのだ。「せっかくAIがこんなシブイ曲を付けてくれてるのに、そのシロウトのクサい歌詞は勘弁してくれよ…トホホ」と思ってしまう。ワタシが聴いている曲は、愛だの恋だのを歌っていることはまずない。たとえば、好きな曲を挙げれば、Pixiesの「Monkey Gone To Heaven」は、海をコントロールしているヤツが1000万トンのヘドロに圧し潰されて死んだとか、筋肉少女帯の「釈迦」はアンテナ売りが屋根から落ちてきたら博物館の持ち主の成金の孫が受け止めてあげるとか、And Also The Trees の「Virus Meadow」は、牧師の口からウイルスが歌い、彼がどこに行こうがカラスが付いていくとか、そういった世界が素晴らしい曲に乗って展開されているのである。ワタシが学生時代に演奏していた音楽の歌詞の世界も、前述の「ちびくろサンボ」の場合、昨夜ちびくろサンボを読んだ後にバナナを3つ食べてちょっぴり泣いた…とか、先日のムーミンの場合だと、ムーミンはいったい将来何になるんだろうとか、ムーミンもバカボンと同じで父親の名前がムーミンパパだとか、そういった少し哲学的なものを匂わせるものであって、間違っても「愛してる その響きさえ 信用できなくて」…なんて言葉は、ウケ狙いの冗談以外では登場することはない。頼むから、SUNO AIには、ショボい歌詞にはショボい曲を、クサい歌詞にはクサい曲を付けるようにしてほしいものだ。つーか、クサい詩にSUNO AI使ってカッコいい曲をつけようとするのは止めてくれ、とシロウトのユーザーに懇願すべきか。
2026.02.15
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コロナ禍をキッカケに治療中だった上の歯をインプラントに変えた。コロナ禍をキッカケに、と言うのは当時はマスク着用の日々だったので歯抜け状態でも人目に触れることが無かったからだ。当時の日記を発見したがちょうど4年前のことであった。当時は前歯3本を変える予定だったのが治療しているうちにいろいろあって結果的に奥歯も含め6本がインプラント、2本がブリッジになった。上の歯は自前の歯が残っているのは今や数本だけである。常にどこか治療中か仮歯の状態であったのが、20数年ぶりに全部の歯が入った状態になったのであった。固いものやキャラメルのような粘るものを食べては差し歯や被せた歯がとれてしまい歯科の世話になる…というのを20年くらい続けてきたが、ついに食べるものを気にせずに思う存分に噛めるようになった。歯が揃って全部の歯で噛める状態というのは実に爽快である。治療中は、片側の歯で噛むとか、前歯を使わず奥歯だけで噛むとかいった状態が常態化していたが、これは知らず知らずのうちに表情筋とか身体のバランスの偏りに影響していたと思う。実際、噛み合わせを矯正することで、肩こり、頭痛、耳鳴り、自律神経の乱れとか、文献によっては不妊症みたいなものまで解消するといった話もあるし、アスリートがパフォーマンス向上のために噛み合わせを調整するような話も実際に聞く。実際、「全部の歯で満遍なく思い切り噛む」という顎の動きをするだけで、頭がスッキリする感じがある。メジャーリーガーがバッターボックスでガムを噛んでいるのは集中力を高めるためだとか聞くが、たしかにフランスパンのようなものを噛み切るとか、何かに噛みついている時は野性の本能のスイッチが入るのを感じる。おかげで、以来、体調も精神状態もここ数年では最高潮である。5歳くらい若返った気分である。たぶん安い新車を1台買えるくらいのカネをインプラントに費やしたと思うが、それで5年分の時間を稼いだと思えば安い投資である。何で聞いたか忘れたが、俗に「ハメマラ」といって老いは 歯→目→生殖器 の順番で衰えてくると言われているが、その逆で歯が若返ると視力というか集中力が回復して意欲が湧くと男性ホルモンの分泌も復活して勃ちが良くなる…といった好循環を生んでいるような気がする。男性ホルモンといえば最近会社の健康教育の一環で「男性更年期」について聴講したが、長くなるので別の日に書こう。
2026.02.11
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政治家にせよ財界人にせよスポーツ界にせよ芸能界にせよ驚異的なバイタリティの持ち主が世界を動かしていることにいつも感心させられるが、そのうち8〜9割がたは「カネ・権力・名誉・オンナ」をモチベーションにしたオトコなのではなかろうか。殿堂入りした某ミュージシャンは「若い頃とにかくモテたくて必死でギターを練習した」と言っていた。ある政治運動家は青年時代にお嬢様にフラれたのが市民運動に走ったキッカケだったと告白していた。あるバスケットのレジェンドは「とにかく1人でも多くの女と寝ることを目標にトップの地位を維持してきた」と語った。政治家たちは「カネ・権力・名誉・オンナが欲しくて頑張ってます」とは口が裂けても言わないが、その8〜9割の典型例であろう。残りの1〜2割は、聖人君子みたいな男性と、女性である。聖人君子タイプの男性は信仰とか崇高な信念とかかつてのトラウマとか、いろいろな動機が想像される一方、理解が難しいのが女性の場合である。だって、「1人でも多くのオトコと寝たい」と思ったら政治家や財界人になるのはむしろ逆効果であろう。一攫千金を狙ってスキーやスケートや女子サッカーや陸上競技でトップを目指している非効率な女子アスリートはいないだろう。ミュージシャンの女性を何人か知っているがモテたくてギターやドラムを始めた女性は会ったことも聞いたこともない。ドナルド・トランプが自分が戦争を止めたとか自己主張していても彼が世界平和や人命尊重の信念に基づいて行動しているとは誰も思わない。一方、選挙運動で社会的弱者のためとか平和のためとか言って声を涸らしている女性議員を見ると、「本気で社会的弱者や平和のことを想っているんだろう」と思ってしまう。別にそんなことをしてカネやオトコや権力や名誉が得られるわけではないから、何か裏のモチベーションがあってそんなことをやってるとは考え難いからだ。「カネ・権力・名誉・オンナ」ハングリーなオッサン集団のイメージが強い某与党に比べ、そういう意味で高市早苗首相に「ホントに日本や社会や国民のことを思ってやってるんだろうな」という印象を抱いてしまうのはワタシだけだはないのだろう…と思ったのは、某与党の支持率が30%そこそこでも首相の支持率が70%だった結果、今回の選挙で大多数の議席を獲得して大勝したとのニュースを聞いた時だ。カネにも権力にも名誉にもオンナにも執着が無さそうな中性的な若者が党首を務める某新興政党が躍進を遂げた理由の1つも、純粋に日本の将来のことを考えているんだろうな、という印象が強いからだと思っている。冬季オリンピックもそうだ。スケーターにせよスキーヤーにせよスケートボーダーにせよ、男子選手を見ても「それなりの裏のモチベーションがあるんだろう」といった先入観が先に立つが(笑)、女性アスリートは「偉いなあ、純粋に努力家(&超負けず嫌い)なんだなあ。」と感心してしまう。受験生もそうだ。(以下略)
2026.02.09
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20年前に書いた日記に、そこからさらに20年以上遡る1980年代の『りぼん』という当時ワタシが購読していた月刊少女マンガ誌の付録だったノートに大学時代のワタシが書き残していた『ムーミン』というタイトルの詩が公開されていた。当時ワタシは後輩とバンドをやっていて、いつか曲をつけて演奏しようと、歌詞や曲想をメモしていたのである。先日の日記に書いたとおりワタシは作曲生成AIのSUNOと出会って以来バンドをやっていた当時の創作意欲に目覚め、当時の曲を生成AIで編曲再現するだけでは飽き足らず、ついに40年越しの時を経て、当時書きためていた歌詞にカッチョイイ曲を付けることに成功したので、ここに公開したい。(タイトルをクリックして再生)「ムーミン」作詞: 郡山ハルジ作曲: Haroo-gee with SUNO AI(chorus)おーおームーミンおーおームーミン大きくなったら何になりますかおおムーミーンぼくと一緒にパリに行きませんかおおムーミーンぼくはあなたが大好きですソロバン塾でおもらしをしたのはぼくです(chorus)わおうムーミンわおうムーミンかならずガッチャマンを見ましたねわおうムーミーンぼくと一緒でテレビが好きですねわおうムーミーンムーミンパパとママの子ですサルに無理矢理スライム食わせたのはぼくですおぉームーミンだめだだめだよムーミンおぉームーミンだめでもともとだよムーミン「ムーミンパパとママの子です」の辺りや「だめだ、ダメだよムーミン」、「ダメでもともとだよムーミン」あたりの曲の展開はイメージどおりで、何度も聴きまくった結果、まるで流行曲のように公共の場でさえつい口ずさんでしまうのである。通りがかりの人に「いい曲ですね、何ていう曲ですか?」などと訊かれたら何と答えようか、などと他愛のない妄想さえしてしまう。もっと言うと、「誰かその辺のアンチャンと組んでストリートで演奏したら喜ばれるかな。」などという妄想さえしているのである。
2026.02.07
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歳をとることのメリットの1つに「優先順位がより明確になる」というのがある。若い頃は選択肢がいろいろあり過ぎて迷う。未来の可能性がオープン過ぎて、1つの選択の重みが大きいからだ。どの部活動に入るか、進学するかしないか、進学するならどの学校にするか、就職するかしないか、するならどの会社にするか…その時の選択によって数年後、数十年後の自分の未来が根本的に変わってしまう。しかし歳をとって未来が限られてくると選択に重みがない。前の日記にも書いたが、もう寿命が尽きるのも目前なので、Aを選択しようがBを選択しようが到着地点に大きな影響がないことが分かっているからだ。これは仕事をしていてもそうで、仕事中にたまたま遭遇した情報に「これは後で調べよう」と思って画面上にブックマークを残したページが山ほどあったのが、「これはもう後で見ることもないだろう」と画面を閉じて忘れ去るようになった。実を言うと、かつては「これは後で調べよう」と思って画面上にブックマークを残しても忘れて見ないものが圧倒的に多かったのだが(笑)、最近「これは後で調べよう」と思ったページはちゃんと見るようになった。というのも、今「これは後で調べよう」と思う情報は、厳選されているからだ。特にここ半年くらいは、あと半年で定年だと思うと「こんな投稿にレスしてるヒマはない」とか、「面白いプロジェクトだけど関わっているヒマはない」といった内なる声が聴こえるようになってきた。いわば、付き合いの範囲が絞られるようになってきた。これまでは成り行きで関わることになったプロジェクトだのイベントだのに手当たり放題にコミットして苦労していたが、今は「これだけは自分じゃないと出来ない」という領域がより明確に見えるようになってきて、自分がやらなくてもいいことからは距離を置けるようになった。これはガンなどで予命を宣告された人が「死ぬまでにやること」をリストアップするのに近い心境なのだろう。もう死ぬと分かったらイヤな仕事なら即座に辞めるし貯金も止めるし新しいクラブにも入会しないだろう。 終わりがある、終わりが判るのはいいことだ。そうでないとダラダラと惰性で生きてしまうからだ。終わりがあることで、残り時間をどう使うか意識的に選択するようになって、終わりが訪れた時に後悔しないよう準備することができるからだ。
2026.02.07
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10数年前に帰国して以降しばらく休止状態で、コロナ以降はたまに(それでも年に数回)投稿していたこの楽天ブログだが、意識的に日々更新することにした。理由はいろいろある。たぶん要因として最大のものは「頭が悪くなってきた」すなわちボケ防止である。コロナ禍をキッカケに在宅勤務になってから会話がめっきり少なくなり、最近ではそれに輪をかけて生成AIの利用が増えものを書くことさえ自分で考えなくなってきたら、ついに、必要な時に何かを伝えようとしても言いたい言葉が口から出てこなくなった。「これはマズイ」と真剣に危機意識を持ち始めたのがここ数ヶ月。そして、先日の日記に書いたとおり、加齢とともに時間が「あっという間」に過ぎるようになる問題。何も達成した感じがないのにいつの間にか1日、1週間、1か月、1年が経過している事実に唖然とさせられることが増えてきたこともあり、実は去年1年間、「メモ帳日記」をつけるようにしていた。翌日や翌々日に振り返って、「この日は何があった、誰に会った、何を観た、何を読んだ…etc.」といった出来事をメモするのである。それまでは、充実感や達成感のないスカスカな日々が続き過ぎて、たとえばある映画を観たのが今年だったか去年だったか思い出せないような状況にまで悪化していたのだが、このメモのおかげでいつ何をしたか思い返せるだけでなく、たとえばこの1週間は何も特筆するイベントがなかったから次の1週間は目標を立ててやるべきことを達成しよう、などと反省するようにもなった。この「後で読み返す」ことは何かと役に立つ。たとえば「自分は過去にこんなことを考えていたんだな…」と思い出せるだけでも今の自分の状況をバリデートするのに役立つが、足跡を辿ることによって これから自分が取るべき方向性が見えて来るという「カリブレーション」の役割も見逃せない。簡単に言うと、過去の書き込みはこれからを生きる上でヒントに溢れている。だから、将来の自分が振り返った時のために「自分はこの頃にはこんなことを考えていた、こんなことをしていた」という足跡を残そうという意図もある。あと、これも生成AIに関連するのだが、数ヶ月前にSUNO AIに出会って「作曲」するようになってから、自分の中に眠っていた「創作意欲」というか「表現欲求」が目を覚ました、という要因も小さくないだろう。それまでは、「意識の奥に潜ってモヤモヤしたものを拾い上げてきてそれを意識上で表現する」という精神活動に要する集中力が加齢とともに衰えた感じがあって、モヤモヤをなんとなくボンヤリと自覚していてもそれを放置していたのだが、生成AIにその作業を補助してもらったことをキッカケに、最近ではそのモヤモヤを表現しよう、言語化してみようという意欲が出てきた、ということだ。モヤモヤを表現すると希望が湧いてくる。それは整理整頓された部屋にいると気分が高揚するのと少し似ている。さらには、先日の日記にも書いた「還暦を目前としての不完全燃焼感・焦り」である。死期を宣告された癌患者ではないが、タイムリミット的なものを分かりやすく示されると、優先順位が明確になってくる。今後たぶん使うことがなさそうな不要なものは棄てる。また、いくら重要性を頭で理解していても記憶に定着しないような興味の薄い分野の情報は切り棄てる。残り時間で達成出来そうな目標に役立つことに資源を集中する。…そういったことが日記に書き出す過程で整理され、時系列に蓄積されることで可視化もされる。筒井康隆の自叙伝を読んだ影響もある。何かを思い出しながら文章で再構成する作業は愉しい。…とまあ、また楽天日記を書くようになった思い当たる理由や背景はこれだけいろいろある。だから、今年は20年前の独身時代にように「毎日更新」とまではいかないまでも、習慣的に日記を書いて投稿することになると思っている。
2026.02.01
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いわゆるスマートリングと呼ばれるOURA Ringを装着して1ヶ月経過したが、リングが取得してくれるデータ — 運動量とか心拍とか ー とAIによるその分析結果はとても役に立っている。特に助かっているのは睡眠データである。朝、疲れが取れていないと感じて睡眠データを見るとだいたい「深い眠り」が計10数分しかないとか、寝覚めが悪い朝の睡眠グラフを見ると夜中に何度も目が覚めたりしている。睡眠と翌日の体調や気分の間の相関関係に自覚的になってくる。つまり、毎朝睡眠データのフィードバックを受けることで、「意識的な睡眠」をするようになってくる。これまでは「昨日は睡眠時間が短かったから今日はちょっと早めに就寝しよう」といった程度だったのが、「昨日は深い眠りが短かったから、掛け布団がズリ落ちて目が覚めないようにベッドメーキングしておこう」とか「最近、睡眠導入時間に赤信号が点灯しているので、入眠時の刺激を控えよう」といったように、その日の晩の睡眠に具体的な対応をするようになってくる。とにかく、睡眠と翌日のパフォーマンスの相関関係が意識できるようになっただけで儲け物だと思う。最近は「睡眠の質を改善する」とか銘打った乳酸菌飲料まで毎朝飲むようになった。ところで、年を取ると確かに睡眠が浅くなり夜中に何度か目が覚めるようになる。これは「老化が原因で睡眠が浅くなるのが結果」という風に理解しがちだが、このごろ「睡眠が浅くなる結果として老化する」というのも真ではないかと考えるようになってきた。というのも、成長ホルモンは「深い眠り」の最中に分泌され、このホルモンによって身体のダメージが修復されている。睡眠が浅いままだと成長ホルモンの分泌が低下しダメージが修復されないままになってしまう。この状態が続くのが老化である。日々走ったり泳いだり自転車に乗るのを生活の中心としているワタシにとって疲労の回復は課題というより死活問題である。これまでは睡眠時間くらいしか意識していなかったのが、この観点から「深い眠りの長さ・割合」をより意識するようになった。「自分が深く眠れたか」という主観はあまり当てにならないので、これをデータで視覚化してくれるというだけでもスマートリングはもう手放せない。
2026.02.01
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「そんなに人を殺したいの?じゃあ、一発で何万人でも殺戮できる兵器を作ったよ、どうぞ」と発明&リリースされたのが原爆や水爆。結果として人は殺し合いが出来なくなった。「そんなに効率だ生産性だ自動化だとか言って仕事をしたくないの?じゃあ、代わりにずっと速く正確に仕事を片付ける人工知能を作ったよ、どうぞ」と開発&リリースされたのが生成AI。結果としてどうなるかというと、人間はやることが無くなった(笑)。原爆が発明された時、人は「人類はついに自らを滅ぼす手段を手にした」というプロメテウスの神話的なことを言ったが、生成AIの登場で人は「人類はついに自らの存在意義を無に帰す手段を手にした」と、何年か後に振り返ることになるんだろうか。ちょっと前まで「生成AIはまだ正確性が不十分」だとか、ハルシネーションを根拠に「生成AIはウソをつくから信頼性が低い」などと言って生成AIに懐疑的だった人も、ここ数ヶ月にリリースされた生成AIをさわれば、そのアウトプットの正確性や信頼性が「人間のやる仕事」に比べればよっぽど正確で信頼できることが判ると思う。プログラマーに代わってスラスラとコードを書く。データを読み込んで数秒で分析結果を出して図表化してくれる。雑多な資料、情報をきれいにまとめて解説資料を作ってくれる。レシートの画像を読み込んで会計処理をしてくれる。経営のアドバイスをしてくれる。質疑応答の想定質問やそれへの回答を考えてくれる。スピーチのジョークを考えてくれる。最後に人間に残されるのは「お詫びする」くらいではないか。業務だけではない。お願いしたようなイメージで作曲してくれる。絵を描いてくれる。デザインをしてくれる。動画を作成してくれる。最近だと商業映画まで一切AIで作成するところまで来たらしい。声優はおろか俳優までAIだ。クリエイティブの領域でも「人間では敵わない」領域に来たのである。人がやることと言えば、生成AIが作ったアウトプットを「選ぶ」「利用する」だけである。 もう「食う」すなわち生存というか個体保存が保証された世界になれば、種族保存にも関心は薄れ生殖するのも趣味の問題になっていくのだろう。そうなると人口も急激に減少して、世界は暇人の趣味のための空間となり、バーチャルなゲームの世界との境界もほぼない感覚になるかも知れない。あとは、苦行が大好きな登山家やアイアンマントライアスリートみたいにわざわざ自ら制約や高いハードルを設けて趣味として苦労を求める一派も増えるかも知れない。「こんな退屈な世界で生かされていても無意味だ!」などと思い詰めて、核爆弾を自作してこの世を滅ぼそうとするヤツも出てくるかも知れない。
2026.01.31
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もう30年近い昔のこと、帰国時に実家に立ち寄った時にたまたま数年ぶりに従叔母(祖母の弟の娘)と会った。若くして恋愛結婚して娘3人をもうけた(しばしば楽天日記で言及しているとおり、うちは女腹の家系であり、女しか生まれないのである) 人で、ワタシより10歳やそこら年上であった。うちの祖母もそうだがちょっとインディアン(ネイティブアメリカン)っぽい風貌で、16歳の頃に2歳年上の姉の名前でミス仙台コンテストだかのど自慢だか忘れたが応募して入賞したものの年齢詐称がバレてスキャンダルになったという武勇伝の持ち主でもあった。久々に海外から日本に帰って来たワタシと近況を話していると、藪から棒に自由になりたいワタシの気持ちがすごく分かる…などと感慨深そうに言うのであった。その時は、3人の娘の世話だの夫の世話だの老いる母親の世話だの親族のしがらみでやりたいこともやれない自分の立場を呪ってそんなことを言ったのかな…と思っただけで、「自分は別に自由を求めて海外に住んでるわけじゃないんだけどな…」と思っていた。従叔母はその後たしか40代で癌か何かで比較的若くして亡くなった。その後、どういうわけか分からないが、この従叔母のセリフを時折何の脈絡もなく思い起こすことがあったが、ある時「自分が海外に住んでいるのはやっぱり自由を求めているからではないか」と思い当たることがあった。もともと何か窮屈なルールや約束ごとを課されると破りたくなる。思えば内定取り放題のバブル最盛期に就職活動をせずに日本を出ようと思ったキッカケの1つは、例の「お辞儀の角度」とか「名刺の渡し方」みたいな無意味な社会人のお作法であった。親族の集まりなども子供の頃から苦手で、お年玉をもらうような場面を別にすればこれらの人たちと付き合う必要性や必然性を感じないのであった。子供の頃から将来自分が故郷に住むなどという選択肢は考えたこともない。もともと都会とか人混みが嫌いで広いところが好きなので、海外に住むことが現実的になる前はいずれ北海道に住みたいと考えていたくらいだ。我慢強いので窮屈な環境でも耐えてしまっているが、このまま都会で老いて骨をうずめるのは本意ではないと思っている。そういえばカナダで独身生活をしていた40代前半の頃、貯金をはたいて地価の安い北の果てに土地と小屋でも買って移住しようかといろいろ調べたこともあった。その後、アコンカグアの山中の避難小屋で孤独に凍死しそうになったのをキッカケに「結婚して子供を持とう」と考え直したクセに、極寒のカナダの北の果てで隠遁生活を画策していたというのだからお笑い草である。子供の学費や養育費を稼ぐためにたぶん未だ10年くらいは仕事を続ける必要がありそうなので、北の果ての山小屋の隠遁生活みたいな自由な生活は当面はあり得ないと思われるが、このまま都会で老いて不本意にくたばってしまいたくなければなんとか狭い日本をそろそろ離れる計画を立てる必要がありそうだ。円安も酷いし出稼ぎを画策しようか。
2026.01.30
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遅刻の夢はこの歳になっても年に数回は見る。オレは高校時代、片道10km弱を自転車で通学していたが、8:30だったかの始業時間に間に合うためには8:05〜10分には自宅を出る必要があり、いつも出がけにリビングルームの壁掛け時計の針の位置を見て「今日はダッシュすれば何とか間に合う」とか「今日はもう遅刻決定だ」などと判断して家を出ていた。その実家のリビングルームの壁掛け時計が40年以上経った今でもたまに夢に出てきて、針の位置から頭の中で残り時間を計算しながら「急げば何とかなる!」と焦りまくることもあれば、多くの場合「あ〜これはもう間に合わない。」という諦め、挫折感に打ちのめされて不愉快な気分で目を覚ますことになる。思えば高校進学時は、高校を出る頃は旧帝国大学進学は固いだろうと超楽観視で余裕をコイていたのが、2年生に進級する頃には「…あれ?なんか想定と違うぞ…」と焦り始め、それでも受験までには挽回できるだろうとまたしても余裕をこき、3年生に進級する頃にはハードルを一段下げてどこかの国立大学は何とかなるだろうと甘く見ていたのが夏休みが終わる頃には決定的に受験までに間に合わないことが火を見るよりも明らかになり、国立文系クラスにいながらにして自主的に「私立文系宣言」をするというそんなダラクしたワタシの高校時代、それを象徴するのがこの「遅刻の夢」なのだと思われる。この夢の心理を分析すると、もはや今さら何を始めたところで時すでに遅し、後悔先に立たず、ちゃんとやっておけば良かった…というこの反省というか焦りというか罪悪感が、余りにも自分に甘い怠惰な日々が続いている時にこんな分かりやすい夢の形で表れていると思われる。思うに、今の職場では、社費でMBA留学だとか家族とシリコンバレー駐在とか海外パートナー企業と協業とか、エキサイティングな仕事の話を周りで耳にすることがたびたびあるのだが、自分はこれまでそれらに劣らぬ海外生活を経験してきたにもかかわらず、基本的に国内で日の目を見ることのない地味な仕事に従事しているうちに還暦を迎えつつある現在の立場を不本意に感じているんだろうと思う。ワタシは「毎朝早く起きて走る」といった肉体的な修行には自分に厳しく出来るが(笑)、「退屈な仕事をテキパキと片付ける」とか「コツコツと勉強する」といった机に向かうお仕事・お勉強的なことには子供の頃から60前の今に至るまで徹底的に自分に甘い。一方で、これまで道を外れることなく真面目にコツコツと努力を積み重ねてきた立派な社会人の方々のそういった華々しい活躍の話を聞くと、自分も自らを甘やかすことなく子供の頃からそういった「お仕事・お勉強」を忍耐強く自分に課していれば、それなりにリッパなオトナになれたのかもな…という密かな後悔が心の奥底に潜んでいることがこんな遅刻夢からは推察出来るのだ。なんだかんだ言って若き日の怠惰とドロップアウトを悔やみ、「あの時、マジメにやっていれば…」みたいな後悔がちょっぴりあるのかな、とこの歳になって思う。ドロップアウターの自分が、これまで道を外れることなく真面目にコツコツと努力を積み重ねてきた立派な社会人の方々と同じ職場で働かせていただけるだけでも奇跡的な幸運と感謝すべきだし、実際に感謝もしているのだが、心のどこかで「オレだって…」みたいな未練がましいことを感じているらしいことは我ながら意外である。不完全燃焼感の元はここにあったのかも知れない。
2026.01.29
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いまからちょうど20年前に書いた楽天日記をたまたま読んでいたのだが、すごくイイことを言っていて、40歳にならんとする当時のワタシはサスガだなと誇らしく思った。年をとればとるほど時間が経つのはあっという間で、40〜50歳の10年間は30代の6-7年の感覚、さらに50〜60歳の10年間はその半分(4-5年くらい)の感覚で過ぎてしまう…とちょうど20年前のワタシは当時の日記で断定しているのだが、過去20年はホントに言ったとおりに過ぎた。アイアンマンもアコンカグアも結婚&生殖もさっさとやっておいて本当に良かった。特にコロナ禍によって仕事がほぼ100%在宅勤務になった2020年以降の過去5〜6年が過ぎるのは驚異的なスピードだった。感覚でいうと、1週間が経つのがかつての2〜3日の感じなのである。「…え、また週次会議?あれからもう1週間経った?」みたいな感じ。…で、あと半年で60歳になるという話なのだが、20代当時は30前にくたばると宣言していて、30代になってからも「いつ死んだっていい」と公言しており、40代になってからは「全財産を使ってやりたいことをやって50歳になるまでに死ぬ」と断言していたのが、15年前のアコンカグアでの体験とその直後の東日本大震災の経験で即座に帰国し結婚し47歳で1人目、49歳で2人目の子供が産まれて「…ああ、これでもういつ死んでもいいや。」と思ったもののその後もダラダラとサラリーマン生活を続けていたらあっという間に10年経ってこの歳になってしまった。その間、仕事では人に自慢出来るような偉業は全然達成できておらず、キャリア的には職を転々とした末に40代半ばで企業にお情けで入れてもらった「課長止まりの人」という感じ。そもそもカネを稼ぐ意欲も能力も無いのに企業勤めできてるというだけでも奇跡的で、「たまに役に立つことがあるから置いてもらってる」みたいな存在である。決してその立場に満足しているわけではないのだが(笑)。振り返ると、自分的にはマラソンに飽きた後の、プライベートでの40歳直前からの真冬のアラスカ犬ゾリキャンプあたりから、キリマンジャロ、アイアンマン、冬山キャンプ、アコンカグアと、その間のハリウッド映画チョイ役出演くらいが自分の人生のピークで、帰国後の14年はなんだか仕事でもプライベートでもパッとしないただの中年オヤジの日常って感じであった。しかし、ワタシはこの期に及んでいまだに生殖の意欲もあればこのまま老いさばえようというつもりも無いのである。ありきたりな言い方でいえば「もう一花咲かせよう」みたいな変な意欲である。過去59年間に不完全燃焼感があって、まだ何かやれそう、まだ何か役に立てそう…みたいな焦燥感の混じった意欲が燻っている感じである。なんか諦めてない(笑)。1つ強く感じるのは、「このまま日本でくたばりたくない」という気持ちがある。自分がここにいる意義、みたいなものが感じられない。「もう一花」とかホントに言うならたぶんこの歳でまた日本を出ることになるのかな…というぼんやりとした感覚はある。一方で、39歳の時のような強い意志はもう持ち合わせておらず、「やりたいことはほぼやった」という満足感もあるため、その「もう一花」には当時のような焦燥感はない。要するに「…ま、咲かなかったらそれはそれでいいか。」…みたいな怠惰な諦念もそこそこ強まっている。もしかすると20年後に80歳目前にこの日記を読んでまた「過去20年はホントに言ったとおりだった」と思うのか、「…ま、咲かなくてもいいか…。」であっという間に過ぎちゃったナ、と思うのか。
2026.01.28
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去年は大きな出来事は無かったものの中規模イベントは事故も含めいろいろあった。その中で日記に書き忘れたのが、大阪Expoと、Pixiesライブであった。大阪Expoはいわゆるお盆休み中に行ったのだが連日体温並みの気温の中、大変な混雑。都会育ちのひ弱な娘たちがよくぞあんな炎天下で何時間も長い列に並びながら1日中過ごして体調を崩すこともなく帰宅できたのは奇跡的だと思った。パビリオンは10分の1くらいしか訪問出来なかったがあの木造リングは気狂いじみた大掛かりな建造物であり登って一周した甲斐があった。娘たちとぐるりと周ったり夜に花火を眺めたのはいい思い出になった。前評判は散々だったが行って良かった。Pixies は2021年だかに予定されていたライブがコロナ禍で中止になってチケットが無駄になって以来4年、ついに六本木のシアターで生で演奏を見ることができた。観客は東洋人(おそらく日本人)と白人(大多数はたぶんアメリカ人)の比率が3対1くらいか。日本人は、オリジナルのPixiesをリアルタイムで知らない若い年代が半分、白人はPixiesをリアルタイムで知ってるオレの同世代が大多数。ライブの Monkey Gone To Heaven はやっぱり感動した。最後の Where Is My Mind? は思わず合唱してしまった。チケットは1万円近いがそれだけの価値はあった。訪日したらまた観に行くと思う。(3番目のイベントは先日の日記に書いた現代美術館の坂本龍一展覧会ね。)去年はふと思い立って今さらながらAmazon Primeアプリをダウンロードした結果、結構な数の映画やTVドラマや動画作品を観た。映画館にも10回は行った。『エバンゲリオン』とか『野火』などの邦画を今さらながらに観たが、結構印象に残っている。あと、去年は本を例年に比べると多く読んだ。『Die With Zero』やAnnie Dukeの『Thinking In Bets』は、覚えやすい座右の銘的なフレーズをもらった感じ。"In the age of uncertainty, there is no guarantee but probability." (不確実性の時代には保証など無い。確率があるのみ。)。SNLのTina Fayが書いたベストセラー自叙伝『Bossy Pants』も日本に帰って来てから忘れかけていた自分のコアを思い起こさせてもらった。あとは、ベースやピアノで新しい曲をレパートリーに加えたり、SUNO AIのおかげで学生時代の音楽創作意欲が再燃したり、自分がもともとアーチスト系だったことを思い出した1年だった。つーか、オレはあと半年足らずで赤いチャンチャンコを着る還暦を迎える年を迎え、今年はまるで死期を宣告された老人のように軽い焦燥感に駆られているのだが、またそれは別の日記に書くことにしよう。
2026.01.27
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昨年はいろいろな映画を観たが、もう10ヶ月も前になるもののちょっとメモに残しておきたいのは3月に見た異色のドキュメンタリー「どうすれば良かったか?」である。映画監督が、精神分裂病を発症した姉と両親の姿を20年に渡って記録した映像をドキュメンタリー映画にまとめたものなのだが、フツウ、家族に精神病者がいるという家族の秘密中の秘密を映画にして公開してしまうのがスゴイ。この家族は両親とも大学の研究者で知的なエリート家族として世間に知られているわけで、優秀な長女が狂ったなんてことはただでさえバレたらマズイ話のはずなのである。優秀な長女つまり映画監督の姉は親の期待を一身に受け三浪だか四浪だかして医学部に入るが、解剖実習に入った段階で挫折し、辞めたい気持ちと親の期待の間で葛藤に苛まれたのか狂ってしまい支離滅裂なことを言い始める。しかし親は優秀な娘が異常だなんて認めたくないのであろう、傍目に見れば明らかに様子が変な娘を専門家に診せようともせず、人目に隠すため家に閉じ込め続けるのである。しかも、医者にさせる希望を諦めきれないのか世間体なのか、ずっと大学にも行っておらず支離滅裂なことしか言えなくなっている娘になんとか医師国家試験だけでも受験させようとするのである。進学のために別居を始めた弟(つまりこのドキュメンタリーの撮影者)は姉に精神科を受診させるよう何度も説得し、姉が明らかにおかしいことを第三者からも指摘してもらうよう母親の妹である叔母まで動員するものの、親は「医者に診せるほど悪い状態ではない」の一点張りなのである。結局、そんな監禁状態のまま年月は過ぎる。その間、幾度となく姉が外出しようとする様子の記録映像が痛々しい。やがて、母親が他界する。強情な母が消え、多少とも息子の説得を聞き入れるようになった父がようやく娘を医者に診せ、向精神薬が処方されるようになると、姉の言動はすぐにまともなものに変わっていく。こんなことなら10数年前にとっとと専門医に診せていれば医師の道は断念したにせよ別の分野で社会貢献出来ていたであろうが後の祭りである。その後しばらく父一人娘一人の穏やかな生活が続いたようだが長女は60歳かそこらで亡くなる。残された90代の父親に息子である監督がインタビューする。あんなに再三にわたって説得したのにどうして姉を医師に診せなかったのか、と。すると父は、母親があんな感じで異常無いと言い張るので仕方なかった、みたいな言い訳をするのである。オレはそれを聞いて父親の保身や自己正当化を感じざるをえなかった。ホントに娘を愛していたら母親の目を盗んででも医者に診せていたと思うからだ。結局、高名な研究者としての名誉や世間体みたいな意識が働いたとしか思えなかった。それにしても、自分の家庭の恥部を記録した映像を映画として一般に公開したこの作品のパワーは強烈であった。狂った姉の様子のみならず、母親の不合理な強情や父親の保身、そして散らかった自宅や、監禁の様子までも、カットすることなく赤裸々に晒している。しかしこの映画を見てオレは思った。実際、どこの家でも大なり小なり狂っていて、カメラのレンズを通すなどして他人の目に晒すまで、なかなかその狂気に気付かないだけなんだと。高名な研究者の家でさえ、中はこんな感じなのである。著名人の家の犯罪やスキャンダルがたまに表沙汰になるが、どれも閉じた「家」の中ではそれがジョーシキというかフツウなのである。世界中のあらゆる家が日常を記録しあのようなドキュメンタリーを作ったら、この映画を凌駕するようなパワフルな作品が何千、何万と潜在しているに違いないのだ。
2026.01.25
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もう1月も終盤で今さらであるが、昨年2025年はいろいろ感動することがあった中、最も強烈だったのは、現代美術館の坂本龍一「音を視る、時を聴く」展覧会で見た高谷史郎とのコラボ作品、「async–immersion」であった。当日は午後に入館するととてつもなく長い列が出来ており、ようやく展示室に入った後も混雑しており、地下階にあるその映像・音声作品にたどり着いた時は閉館1時間前くらいになっていたらしい。特に作品に関する事前の情報収集もなく行き当たりばったりで行ったのだが、坂本龍一のアルバム「Async」からの音楽が流れる中、その壁いっぱいに据え付けられたスクリーンに映し出された映像をボーッと見ていたのだが、10分くらい見入った時に、その作品の言わんとすることに気付き、突然悲しみに襲われ涙がボロボロと流れ始めた。壁いっぱいの映像は、スクリーンの端の方から徐々に映し出されていき、やがて静止し固定すると、何秒後かにスキージーで塗り潰されるような画像効果が追いかけてきて、ノイズのような静止画になって消されてしまう。スクリーンに徐々に展開されていく最前線だけが動く「いま、ここ」の現実で、それはあっという間に静止した「過去」「記憶」になり、やがて塗り潰されてただのノイズになってしまう。坂本龍一は「Async」を製作していた頃すでに癌が発覚しており、このアルバムは全編に死の臭いというか死を覚悟した人間の諦念に満ちている。この映像・音声作品は「生」のはかなさ、あっという間に過去となりただの記憶・記録となりノイズの中に飲み込まれて消え去っていく人間の宿命を理屈抜きで体感させる装置になっていた。オレはそれに気付いた時に流れていた音楽が先日の日記に書いた「Andata」で、映像は風に吹きさらされる海と波を延々と映している動画であった。大袈裟なようだがオレはそれにハッと気付いた瞬間、坂本龍一の絶望感・孤独感・諦念etc.が全身に滲みてくるような感覚に襲われ、涙が出てきたのであった。オレはショックでしばらく ー たぶん1時間くらい ー そこから動けなくなり、ずっとシクシクと泣いていたのであった。するといつの間にか閉館のアナウンスが会場スピーカーから流れて来てオレは我に返り(笑)、残りの展示作品もロクに鑑賞する時間もなく会場を後にしたのであった。オレが電子ピアノで「Andata」の練習を始めたのはそれがキッカケであった。それが去年の2〜3月くらい。その後、11月だか12月に「坂本龍一 Diary」という、癌を宣告されてから死ぬまでの坂本の姿を追ったドキュメンタリーが上映されているのを見に行った。一昨年だか、坂本が亡くなって間も無くNHKが同様のドキュメンタリーを放映していたの同じ映像がしばしば出てくるが、この映画の中心となるのは彼が死ぬ直前まで記していた日記なのである。絶望したり気を取り直して希望を持ったり諦めて受け入れたり…といったサイクルを何度も繰り返しながら死へと徐々に近づいていく。会場では鼻を啜る音がずっとあちこちで聞こえていた。オレは現代美術館の経験に比べれば大したことないと思いながら最後のエンドロールで聴き覚えのあるメチャメチャ暗い坂本の曲が流れて来て、「‥あれ?なんて曲だっけ?」と考えていて、それが「Happy End」というタイトルであったことに気付いた途端、涙が溢れて来た。このドキュメンタリーを見ると坂本龍一は出来る限りのことはやった上で幸せに死んでいったと思われるので適切なエンドロールの音楽なのだろうが、この曲はハッピーどころか、皮肉なくらいに暗い哀しい曲なのである。その「皮肉」の部分こそ、坂本が「まだやりたいことが残っている。あと10年は生きたい。』と述べたのが日記に書いていたのだったか主治医が証言していたのだか忘れてしまったが、曲を聴きながら思い起こし、涙が出て来た理由であった。…ということで2025年は坂本龍一に二度にわたって泣かされた年であった。
2026.01.24
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仕事の関連で、事務作業をITで自動化するために、日頃意識せずにやっていることを、いちいち「メールアプリを起動する」→「対象となるEメールを件名で抽出する」「抽出した対象のEメールを開く」→「添付ファイルを開く」→「日付の若い順にソートする」→「ブラウザを開く」→「申込サイトにログイン」→「申込用ページにアクセス」→「該当する日付をクリック」→「その日の空き状況を確認」‥といったような細かいステップに分解する作業があるのだが、それをやっていてふと中学か高校時代に読んだ筒井康隆の『歩くとき』とか『寝る方法』といった短編小説のことを思い出した。歩くときは、重心を踵から爪先に向けて移動すると同時に反対側の腕を後ろにスイングし上体を捻る、という動作を繰り返すことで、身体が前に進み、歩くことが出来る…という日頃は意識せずにやっている行為をミクロなレベルで意識して分解して面白おかしく記述した短編小説だったと思う。筒井康隆と言えばオトナになってから、特に三島由紀夫みたいなマジメな文学を読むようになってからすっかり興味を失っていたが、中学2〜3年から高校1〜2年にかけてはなけなしのお小遣いをはたいて毎週のように文庫本を買って読んでいた記憶がある。思えばオトナになりかけの中坊の頃は筒井のシニシズムとか風刺的なブラックユーモアとかマンガみたいなドタバタや攻撃的で人を馬鹿にしたような言葉遣いが刺激的で、解放感があったのだと思う。また、精神分析や心理学の知識を援用・応用したような実験的なメタ作品も中学生の知的好奇心を刺激したのだろう。思えば私が長じて心理学を勉強することになったキッカケは筒井康隆の本との出会いがあったのかもしれない。なにせ、この「人が普段は意識しなかったり目を背けるようなことを敢えて意識し(時には露悪的に)記述する」という行為は、オトナの一員になる段階でジョーシキとして意識しなくなることを拒否する、というピーターパンシンドローム的な側面があったと思う。同級生が次第に「王様は裸だ」と言わなくなっていく過程で、筒井康隆の小説は王様の裸で不恰好なさまを面白おかしく記述して中坊の鬱憤を晴らしてくれたわけだ。一方、シニシズムとはメシを食わせてもらっている親を小馬鹿にするようなもので、そのジレンマというか欺瞞はいずれ芥川龍之介みたいに自殺に追いやるような葛藤の元となることに、高校生の自分は(岸田秀の本を読んで)気付いた。学問という世間に受け入れられる形で「王様が裸であること」を主張し続けるために「心理学」のような学問を選択したように今となっては思える。さて、『歩くとき』『寝る方法』のことがあまりに気になり、先日Amazonで購入・ダウンロードして読んでみたのだが、全然面白くない。中学時代はあんなに面白がって読んでいたことが不思議に思えるくらい、心に響かないのだ。理由の一つとして、筒井康隆のこの種の小説の悪ふざけ的な言葉遊びが「翻訳不能」である点がある。私は翻訳・通訳の世界に長いこと身を置いていたこともあり、翻訳者・通訳者泣かせの駄洒落のことを心から憎んでいるが、それと同じで、シラフで聞く・読むと「それがどうした」という感じしかしない。やはり三島由紀夫のように普遍的で「翻訳されることでその文章が輝きを増す」とまで言われるような文学を知ってしまうと「内輪受けの悪ふざけ」を見せられた気持ちになる。もちろん筒井の小説は悪ふざけドタバタばかりではなく、メタ的な実験的小説があるから文学的にも評価されているわけで、その「メタ的なものの見方」こそが彼の真髄であることは申し添えておく必要があろう。単にそれが当時のヒネた中坊の心に刺さったというだけのことである。なんでも筒井康隆は昨年転倒した際に頸椎を強打し身体の自由が利かなくなって以来、介護施設で車椅子生活をしているそうである。同時にAmazonでダウンロードした自叙伝がその話で終わっていた。昭和ヒトケタ生まれの92歳。演劇したりテレビドラマに出たりマンガを描いたり文化勲章をもらったり小説以外でも大活躍、思い残すことは無いのだろうが。
2026.01.24
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ここ数ヶ月で私的に最大の出来事は、生成AIの進化であろう。まずは音楽生成AIである。2〜3年前から CharGPTを翻訳に使ったり、ElevenLab を使って自分の声でネイティヴ英語でスピーチさせたり、Luma Dream Machine を使って写真から架空の動画を生成したり、Craiyon で狂った絵を描かせたり、SoundCloudにテーマを与えて曲を作らせたりしていたが、月々1000円くらいのサブスクリプションで1日10曲まで生成してくれる音楽生成AI、SUNOが作る音楽はもうプロの作曲家を無料で雇うような完成度で、使い始めた頃は自分が納得するような曲が生成されるまでもう一晩中、曲を生成させていた。学生時代にやっていたバンドのカバー曲を中心にこれまでに100曲くらい生成させ、出来の良い曲は「公開」もしているのだが、今のところ一番評価が高いのは、『レクイエム」である。https://suno.com/s/xJm8fKOnjfdKNWmdこの曲はライブではいつも最後に演奏していた絶叫ボーカルの傑作なのだが、SUNOが生成したバージョンは、ワタシにはとても不可能な超絶技巧のボコボコのドラムで絶叫のクライマックスを盛り上げてきれる。ほかにも、再生回数が最も多いのが、ライブではいつも最初に演奏していた「ひまわり」https://suno.com/s/tTqf4Nk0bys6M1dFと、次いでこれもバンドメンバーの愛着が大きい「魚Pの犯罪」は再生回数が多い。 https://suno.com/s/BGNqK5C8Bww7wmeBあと、これは職場で与えられたアカウントで業務に使っている、Google Gemini の NotebookLM。これまでは、ChatGPTとチャットで相談しながら翻訳文を考えたり、あるいはChatGPTにまるまる翻訳させた下訳を人力で手直しするなどして翻訳作業をしていたのだが、NotebookLMは、過去に作成された関連した文書の日本語版と英訳版をあらかじめ読み込ませておくことで、語彙も文体も表現もフォーマットもそれらの過去訳の資料から適切なものを探しそれに倣って訳文を作成し、しかもそれぞれの訳文がどの資料のどこに倣ったものかも示してくれるという賢さなのである。NotebookLMはほかにも、読むこませた資料から「まとめスライド」が作れるだけでなく、用途に応じて「幹部説明用スライド」や「情報共有用スライド」のようなカスタマイズもしてくれる。分かりやすいポンチ絵も描けるし、恐るべきことに複数の言語で「音声解説」や「解説動画」まで自動生成してくれる。ワタシが絶句したのは、ワタシ自身が過去に発表したスピーチ原稿やプレゼン資料やSNSで公開している経歴や、この楽天ブログで公開している記事なんかも読み込ませ、ワタシ自身に関する解説や、ワタシの嗜好や性向に関する分析や、果ては、これまでの経歴などに基づき将来的にどんな選択をするかといった予測までさせたところ、本人が「なるほど!」「それは盲点だった!」と感心どころか驚愕するような解説・分析・予測etc.をしてみせたことである。特に「AIホスト」の2人にワタシに関して対談させた「音声解説」はもはやワタシのセラピスト(が仮にいたとして)がワタシについて議論しながら分析を進めるといった対談をリアルに聞かされている感じで、もはや中に人が入っている(しかもとりわけ頭の良い分析のプロ)としか思えない鋭さなのである。月々2000円やそこらで、1日24時間、週7日間、いつでも依頼に答えてくれる何でも屋の天才を雇っている感じ(しかもカネを出しているのは会社(笑))といった感じである。とにかく、センスとか賢さといった点で、もう人工知能には敵わない世界がついに来てしまった!…とこの年末年始は感慨ひとしおであった。長女はもうすぐ(母親の方針により)中学受験なのだが、「勉強しろ」などとはもう全然思わない。どのリソースをあたれば情報が取得できるかさえ知っていれば、その知識を詰め込む必要はない(興味があれば自然に覚える)と考えるからだ。それよか、自分が何をやりたいか、何をやっていれば人生楽しいか、これからの時代はもうそれだけだと思う。いや〜すごい時代が到来してしまった。そして死ぬ前にそんな時代が垣間見れてとってもありがたい。
2026.01.22
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東京都庁の最上階の45階は、北棟も南棟も無料の展望台になっていて観光客で賑わっているが、南棟には草間彌生が外装をデザインしたグランドピアノが設置されており、素人が弾かせてもらえる。大抵、ピアノの名手が列をなし、1曲ごとに順番で演奏している。昨年だったか、西新宿で友だちと待ち合わせた時に時間があったので南棟展望台に昇ったところたまたま坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」いわゆる戦メリを演奏する名手がおり、生演奏に涙が出そうになるくらい感動した。今日はパスポート更新のために平日午後に会社を休んで都庁に行ったついでに南棟の展望台に昇ったところ、オッサンが楽譜を前に置いてショパンか何かを演奏しているのが終わったら、その後には奇跡的に誰も並んでいなかった。それを見たらオレはつい弾きたくなった。坂本龍一のAndata という曲をちょっと前まで家の電子ピアノで練習しており、それを生ピアノで弾いてみたくなったのだ。幸い平日で観光客もまばらだし、「間違ってもいいか…」と思った。係員からいろんな制約 ー最長5分までとか鍵盤や手を拭ってはいけないとか歌を歌っちゃダメだとかー そんな説明を聞いてから、グランドピアノの前に座って弾いた。蓋は閉まっているが大音量でビックリする。思ったより緊張してきて、気が散ってしまい、何度も間違ったり、最後の方では恥ずかしいことに次の和音を忘れてしまい、つっかえて弾き直した。しかし、オレの弾いたミスタッチだらけのAndataは、南棟展望台を哀しい音色で満たし、雰囲気を確かに変えた。そこに居合わせた人々の気分を少しローにしたはずだ。特に、一番左端の最も低いキイを思い切り打つ最後の和音は、それが判る人には、癌で死を覚悟していた坂本龍一の絶望の一端を想起させたに違いない。演奏が終わると、さっきショパンか何かを演奏していたオッサンがまた順番待ちをしていて、自分で作った曲なのかとオレに尋ねてきた。坂本龍一の Andata みたいなマイナーな曲を知らない上に、オレが楽譜を見ずに即興っぽく演奏していたのでそう思ったらしい。オレが楽譜を読めないので耳コピで覚えた曲なのだと言うと少し驚いていた。それにしても、こういう公共の場所にあるストリートピアノを弾く時は、ふつう聴衆が良い気持ちになるような美しい曲や楽しい曲を選ぶのが暗黙のルールになっていそうな気がする。しかしオレが演奏するのは40年前の学生時代のバンドの時と一緒で、「思い知れ」と言わんばかりに重い暗い曲ばかりなのである。実はAndataを弾きながら、聴いている人の一部がガザだとかウクライナなんかで起きている悲惨なことを思い浮かべればいいな、なんてちょっと思っていた。ま、オレのような性格の悪いヤツだってピアノを弾くのだから仕方ない。気持ち良かったのでまた機会があればAndataを今度は間違わずに弾きたい。
2026.01.14
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子供向けアニメのような3頭身キャラクターで描かれた珍しい戦争アニメ映画。激戦地パラオのペリリュー島で生き残った数十名の兵士。1945年8月を過ぎても上官は敗戦・終戦を認めようとせず、いつか反撃の機会が来るまでと島内で潜伏を続ける。しかし、その中に、さまざまな情報や状況を総合すると終戦している可能性の方が高いと信じた主人公と戦友は秘密裏に投降しようとするところを仲間に見つかり、逃げたものの上官に撃たれてしまう…というストーリー。3頭身キャラでコミカルに描いてもやはり戦争は悲惨。上官としては敗戦を認めることは部下の無駄死にを認めるのと同じになるので受け入れられなかったのだろうというその気持ちは分からないでもない。また、ヤケになって玉砕だの名誉の戦死だのを部下に命じた上官どもに比べれば、「反撃の機会が来るまで潜伏」という選択をしただけマシだと言える。しかし、投降者が出た途端「日本は負けていない」という幻想が崩壊し、何千人という戦死した戦友たちが無駄死にになるだけでなく、生き延びてしまった自分たちに生じるであろう罪悪感の重圧も耐え難かったのだろうというのも想像できる。いずれにしても戦争という行為自体が不条理なのだから、戦争の最中に正しい選択などないのである。とにかく戦争になった時点で詰んでいると考えるべきなのであろう。だから戦争はダメだ。どんな理由があろうが反対。ワタシは「家族を守る」という考えはどちらかというと好きだし良いことだと思う一方、家族の延長にあるとされ、家族と同じような幻想である「国家」が対象となった途端、すなわち「国を守る」という話になると、なんとなくカッコよく聞こえたとしても好きではないし、必ずしも良いことだとは思えず、少なくとも命を捨てて守るべき価値のある幻想だとは思っていない。もっと言うと、日本文化はユニークで存続すべきだと思うが、日本文化を護持するために国のために命を賭せと言われたら断る(笑)。別に外国に移住しても日本文化の実践を禁止されるわけではないし、国と文化はイコールではない。侵略されたら逃げる。安住の地を侵略するヤツは基本的に悪いヤツだと思うし許し難い行為だが、安住の地であっても命を賭けて闘うほどのものではない。そういう意味では、「国のためなら命を賭して闘う」つもりでいる人からすれば自分は愛国者ではないかも知れない。確かにかつて移民してたし、オリンピックでも移民した国を応援してたし(笑)。ところで日本の戦争映画を見るたびに、「それでもオマエは軍人か!?」だの「この非国民めが!」だの言って同調しない部下や市民を怒鳴りつけて殴り倒す憲兵とか軍曹といった役の人間が登場するが、アレを見るとワタシはいつも、現代の日本企業の人事・総務部にいるタイプの連中のことを想起する。決まりごとを信じて疑わないパラノイア。現代民主主義社会の企業に勤務する彼らは枠から外れるヤツや異を唱えるヤツを、殴り倒しまではしないまでも、トラブルメーカー扱いし、ネチネチとイヤミを言うとか、部下であればどやしつけて萎縮させようとする。まるで自分が「組織の秩序の擁護者」みたいな勘違いをしていそう(笑)。たぶん自分が信じているルールが相対的なものに過ぎないなんて考えたくもないのだろう。権力の側についていい子にしていればクビになることはないだろうという打算もあるのかも知れない。いずれにせよ、自分が怖くて出来ないことや我慢していることを堂々とやっているヤツのことが許せないんだろう。たまたまそんな枠から外れたり異を唱えたヤツが成果を出そうものなら、「いい気になるなよ…」みたいなことを言って、その成果を決して認めようとしないのもそういう連中。人事・総務の連中の話はさておき、かつて三島由紀夫が予言したとおり、戦後の日本は去勢されフワフワした軽い綿あめのような国になったが、太平洋戦争の映画を観るたびに、国家幻想の同調圧力のために味方さえ殺してしまった時代に生きるよりも、去勢された綿あめ国家に生きるのも悪くないと思ってしまう。「国家の威信」みたいな幻想に依存したらイカンぞ若者。闘わなくてもいい。闘ってもいいけど殺すな。Walk away.
2025.12.31
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年末にスマホケースを買い替えに行った電器店でたまたま通りかかったリングのコーナーで衝動買いしたのがコレである。2年くらい前に売り出されたのをネットで見て買おうかどうか迷ったことがあったが、先日同僚が指につけているのを見てからまた気になっていた。もともとSUNTOの心拍計腕時計を持っていたが、時計ではなくソフトウェアのアップデートの際に旧いパソコンではデータをモニタリングできなくなってしまい、コロナ禍になったこともあって使わなくなっていた。以来、テクノロジーの進歩によって、指輪で心拍がとれるようになっただけでなく、睡眠のモニタリングまでできる時代になったのである。2年くらい前はネットで499ドルだったと思うが、それが店頭で日本円で6万円弱で売っているのを見て、「買うしかない」と思ってしまったのである。もともとアスリートとして心拍や運動量をモニタリングする習慣はあったが、最近は社会的責任を負うオッサンとして自身の健康をモニタリングする必要性を感じつつあった。その上で、睡眠の質と量を指輪で計測できるというのは魅力であった。この指輪は内蔵したセンサーによって心拍以外にも睡眠中の身体の動きや体温のデータから入眠のタイミングや浅い眠り、深い眠り、REM睡眠などを判定し、その長さ・割合から、翌朝の起床時点でのリカバリーの程度を数値で示してくれる。さらに、過去の累積データから「睡眠負債」も数値化してくれるので、「今晩は早めに就寝しよう」といった判断というか意識付けの目安になる。驚くのは、心拍+体温センサーやモーションセンサーのデータによって、その時間にしていた運動が自転車に乗っていたのか泳いでいたのか走っていたのかetc.まで自動判定してくれる点である。もちろん運動量(消費カロリー)も算出し、あらかじめ登録してある身長・体重から、その日の目標運動量を達成したか否かも表示してくれる。昨年は内視鏡検査でポリープを除去したり怪我したりといった健康関係の出来事が複数あったが、還暦を迎える2026年はこのOURAリングのデータをもとに健康を意識した年にする予定である。
2025.12.30
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トライアスロン自転車で転倒し股間をサドルに強打した。バイクシューズがペダルに固定されているのだが、それを外す間も無く転倒したため、足を地面に着けることもままならず自転車と一体の状態で地面に激突したのだ。しばらく自転車と一体の状態で悶絶していたが、通り掛かりの人の一部(特に女性)は変なオッサンだと思ったものか、無視して通り過ぎていった。鈍痛は続いたがさいわい出血も裂傷も血尿もなく、そのうち治るだろうと思っているうちに3週間以上が経過した。痛みも腫れもほとんどひいていない。これはおかしい、と思い医師に診てもらうことにした。とは言え場所が場所だけに困った。強打した部分は股間なのだが、痛むのは睾丸と鼠蹊部なのである。整形外科か?泌尿器科か?整形外科に行って陰部晒す状況をイメージするとやはり整形外科では不自然か?…などと考え、陰部を晒すのが自然な泌尿器科を訪問することにした。話を聞いて「どれ、見せてください」と比較的若い男性医に言われたので、問診の椅子から立ち上がりズボンを下げ、インケイを右に寄せて腫れている部分を見せた。さらに、インケイを寄せている手を退けるよう言われて、陰部の全容を晒した。「ああ、腫れてますね。どうですか、痛いですか?」などと言いながら押す部分を少しずつずらしながら鼠蹊部の腫れている箇所をソフトに圧していく。飛び上がるほどではないが、痛い。さらに、陰嚢を下から持ち上げるような感じで押していく。指で軽くつまむような仕草をした際、鈍痛が来た。「あーやっぱり痛いですか」みたいな、同性に同情的な発言をする。そして、デスクトップpcの画面に向き直りその手を洗うこともなく「睾丸破裂の疑い」とキーボード入力した。私が「マジか!?」と思っていると、すぐに睾丸というのを削除して「精巣」と書き換えた。睾丸は、転倒事故の後で何度か自分で触って、原形を保っていることは確認していたので「マジか」と思ったわけだが、精巣というと、柔らかい副睾丸とかあの辺であれば、破裂していてもおかしくないか…と思う。医師は、クリニックには検査する機器がないため、大きい病院への紹介状を書いてくれると言う。結局その病院はその日はもう受付が終了しているため、翌朝に予約をとってくれた。翌朝その大病院に行き煩雑な受付を済ませる。総合受付で1回、泌尿器科の受付でもう1回、問診票に「精巣破裂の疑い」という仰々しい症状を記載する。まったく関係のない前立腺や頻尿などの細かい問診に生真面目に回答しているうちに、睾丸がズキズキしてくる。泌尿器科のドアを開けると女医であった。しかも比較的若い。陰部を晒す覚悟というか心の準備をして来てはいるが、泌尿器科で若い女医は想定外であった。軽い問診の後、診せてくださいというので、椅子から立ち上がり当然のようにズボンをずり下ろし、前日にクリニックの医師の前でしたように、右手でインケイを右に寄せて、女医の目の前に左の陰嚢と鼠蹊部を晒した。すると女医も「手を避けてください」という。常人より大きめの私のインケイが露わになった。前日の医師のように患部を押しながら私の表情を伺う。最初は鼠蹊部、次に睾丸を触診された時、少し「ヤバい」と思った。女医の手遣いに「女性」を感じたのである。さらに、私の大きめのインケイも触診し始めた時、彼女の声が反オクターブ上がり、早口になるのを察した。私が彼女を意識していることを女医が察したのかも知れないし、私が生理的に反応していたのかも知れないし、あるいは最初から大きいものを女医が勃キ反応と誤解したのかも知れない。女医はデスクに向き直るとエコー検査が必要であるとの所見を、やはり触診前より反オクターブ高い早口のままで述べると、検査の予約を部下というか看護師に指示し、エコー検査が終わり次第、診察室に戻ってくるよう私に告げた。大病院なのでエコー検査は院内の別の階にある。行き交う検査員や看護師のほとんどは女性である。私は自分の名前が呼ばれるのを待合室でじっと待つが30分経過しても呼ばれる気配はない。いくらプロとはいえ59歳のジジイのセイキなんて見るのも触るのも嫌だろうから、それがそれほど気にならない同じオッサンの検査員の手が空くのを待っているのだろうか、と想像する。案の定、40分後に私の名を呼ぶその声は男性であった。検査室ではズボンを膝までずり下ろして腹を捲り上げ診台に横になる。未防備な変態な姿勢である。すると陰部にオッサンの検査員が冷たいゼリーを塗りたくり、エコーの触診器を当てる。もちろん陰嚢を持ち上げたりインケイを摘まれたりされるが、女医の時と違ってヘンな気持ちになることは全くない。思ったより長いことあちこちをいろんな角度でエコー撮影されたので、これは何か思いのほか深刻なダメージが見つかったものであろうか。検査後、泌尿器科の階に戻りまたしばらく待たされた後で診察室に呼ばれた。女医はエコー写真が表示されたモニターを見ているが、私にはそれがどの部位の何の画像なのかさっぱり分からず、「どうですか、何か見つかりましたか?」と聞くと、意外にも睾丸や精巣の破裂はなさそうだと言う。声はやはりハイテンションの、最初より反オクターブ高い早口のまま。それまでは羞恥心もありまじまじと見れなかった女医の顔を改めて見ると、肌には未だ張りがあり、30代半ばから後半といったところか。彼女も立派な男性キを掴んで「どうですか」とか訊くのは、やっぱり恥ずかしかったんだろうと思う(笑)。男性キの模型を私に診せながら、鼠蹊部の管のどこかが出血し、固まった血がまだ溜まったままなのだろうと推察されるが、それが徐々に流されるのを待つしかないので、これ以上の処置は特にしようがない、と私に早口で説明する。必要であれば痛み止めの処方箋を出すとか言って、いくつかの薬の名前を挙げては、どの薬は強いので胃薬も処方しましょうか、とかややこしいことをハイテンションの声で言い出すので、今まで3週間もの間、病院を訪れずに薬も飲まずに対処していたので、今さら大袈裟な処方は要りませんとお断りした。いずれにしても、女医が言うとおりこれで安心して新年が迎えられることが出来そうでよかった。また、生殖器官も破裂してなかったようなので、生殖の可能性を維持出来そうであることも男性としての自信の保持に直結するので、計5000円くらい出費したけど受診してよかった。
2025.12.25
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人間ドックの便検査で血液が混じっていたそうで、採便した時にはそれらしいものは見えなかったのだが、内科医が「念のため内視鏡検査しましょう」と言うので、健康体からカネをむしり取る口実じゃないのかという疑念もあったが、受けることにした。検査前日用のレトルト食事セットみたいのを渡されて、前日は固形物を摂取しないよう言われた。そして、就寝前に下剤の錠剤を服用し、翌朝には腸の中を空っぽにするのである。検査当日の朝、内科に出向くと1800ccの透明な下剤が入った大きなパウチを渡され、これを10〜15分につき200ccずつのペースで飲み、約3時間かけて腹の中を空っぽにする。だいたい1時間くらいで便意を催し固形物が混じった液状の便が一気に下り、その後約30分ごとに便意を催すと、いわゆるシャーシャーの食中毒時みたいな便が出る。最終的にはちょっと黄色っぽいオシッコと同じ水が肛門から出る状態になると、準備OKである。検査室では素っ裸にガウンと、尻の部分に切れ目の入った紙製のトランクス型パンツをはかされる。そして、胃カメラの時と同じようにベッドに体側を下にして膝を曲げた胎児のポーズで横たわり、肛門にローションみたいなのを塗られたかと思うと一気にズボッと内視鏡が突っ込まれる。ずいぶん乱暴な挿入だと思っていると、早くも内視鏡の先端が腹の上の方のコーナーにズンと当たる感じがして、痛いような不快な感覚がある。たぶん内視鏡が大腸のカーブにぶつかって曲がるところなのだろう。大腸自体には触覚や痛覚はないはずなのだが、とにかく異物が内側でボコボコと当たる感覚はあまり気味の良いものではない。内視鏡が終点である盲腸近くまで来ると、今度は背中を下にして仰向けになるよう指示される。頭を少し起こして検査医が見ているモニターを自分も眺めながら、自分の内臓をリアルタイムで観察できることにちょっと感動を覚える。これを見れるだけでも検査費用の元が取れたと思う。検査は、終点の盲腸から始点の肛門に向かって内視鏡を引っ張りながら行う。ところどころ胆液の黄色が残っている箇所があるものの、大腸の内部は総じて赤ちゃんの皮膚のような美しいピンク色で、その汚れなき姿にちょっとした愛着が湧くのであった。それは、とても59歳の内臓と言われても信じ難いキレイさなのであった。途中で医師が「分かりづらいかも知れませんが、これ、ポリープですね。」という。3mm程度の大きさだと言うが、ほかの粘膜と区別が付かない。私がポリープの存在を認めたくなさそうだとでも感じたのか、医師は「ま、これくらいのは、無かったことにしておいてもいいでしょう。」などと意外なことを言う。きっと健康自慢のジジイの中にそんなリアクションをするヤツが一定数いるんだろう。「切除してしまいますね」と言うと、内視鏡の先端からワイヤーの輪っかが出て来て、それをポリープに圧しつけると、輪っかを閉じてプチっと切除した。少し血が滲む程度で、痛みも違和感もない。その後、最後の直腸に近いところで、「ここにあるこれもポリープですね」という。今度のは5mmくらいで、ニキビみたいに盛り上がっているのでそれと判る。これくらいの大きさになると「無かったこと」にはならないだろう、別にそうして欲しいと思っていないが。これも同様にワイヤーの輪っかに入れて根本からプチっと切除したが、今度の出血は結構本格的だった。すると医師は「クリップで傷口を閉じちゃいますね」というと、今度は内視鏡の先端からバクテリオファージみたいな形状のものが出て来て、その脚の部分を切除跡に着地させ、粘膜の両端を引っ張り合わせて閉じるのであった。クリップというよりも、もっと立体的な、超小型の魚釣りのルアーみたいな感じである。どうも1週間もすると自然に便に混じって排泄されるらしいが、そのまま大便とともに下水に流されてしまうのがちょっと惜しい気もする。最後に「そろそろ終わりです」と言って直腸から内視鏡を抜く際、「ちょっと痔の初期段階っぽいですね」と言われた。自覚症状がなかったので意外に思っていたら、直腸の表面をカメラで映し、「ほら、毛細血管が表面に浮き出て見えますよね」と言われた。ま、ここ数日、大量に排便し頻繁にケツを拭いたのでヒリヒリする状態になっていても当然だとも思うが、ま、それとも違うようだ。医師は、「便の検査で血が混じっていたのは、ポリープとは関係ないかもしれないし、痔からの出血だった可能性もある」と言う。いずれにしても、切除したポリープは生体検査をし、悪性のものかどうか確認するそうだ。「これくらいの年齢になるとポリープの1〜2つが見つかるのは普通なので、それほど気にしなくていい」と言いつつも、「2〜3年に一度くらいは内視鏡で診ておくといいですよ」とも言われた。胃カメラみたいに毎年やるのは面倒だが、2〜3年に一度であればやってもいいかな…と思ったが、その後家路につく途中で肛門がズキズキしてきて、内視鏡を突っ込まれたダメージを初めて意識させられた。その肛門まわりの違和感はその後2〜3日続き、まるでお尻に常時何か挟まったいるかのようで気が晴れないのであった。
2025.09.01
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出発点が同じでも、分岐点でずっと右ばかり選択した場合と左ばかり選択した場合では、進化の系統樹みたいに、みな海綿生物からスタートしたはずが、最終地点では軟体動物と人類みたいにまったくの別物になってしまう。人生においても、分岐点に来るたびに、この選択によって自分が将来タコになるのかヒトになるのを決定付ける可能性を思うと、迷いが生じて1つ1つの選択に神経質になってしまいがちである。子どもの頃、単に道を歩いていた時、「この道を選択したのは間違いではないか」という強迫観念に駆られ、行きかけた道を引き返して別の道にしたことが何度となくあったが、あれは分岐点における選択の重大性、不可逆性を、子供ながらぼんやりと察していたからかも知れない。実は、もうすぐ60歳にならんという年齢になる今でも、道を歩いていて「こっちを選択したのは間違いではないか」というあの頃と同じ妄念が頭に浮かぶことがたま〜にある。しかし今では先が短い自覚があるので「どの道を行こうが今さら終着点はほとんど変わらんよ」と、妄念はその場で打ち消され、道を引き返す気も起きない。60歳と言えばもはや系統樹の末端にいるわけで、ここまで来れば今更どんな極端な選択をしたところで、最終的にタコがイカになるか、チンパンジーがボノボになるか、といった程度の違いしか生じないのは分かっている。決断に真剣さが伴わなくなってくるのだ。言い換えると、人生がお気楽になる、ということだ。とは言え、ここままのコースだとゴールはタコだ、というのが見えてくると、チクショー、ここでいっちょイカを目指してやろうか!…といった程度の元気はまだ残っているような気はする。残る数回の分岐点でことごとくハンドルを一方向に切り続ければ、まだイカに着地する程度の余地は残っていそうだ。タコでもイカでも傍目にはもはや変わりないのだが、死ぬ時に、タコになったほかの仲間を見ながら少しは自己満足できそうな気はするのである。
2025.08.08
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朝、ジョギングをしている時、自転車に乗ってるヤツとよくすれ違うが、彼らは大抵耳栓をしている。危ない時に声をかけようと思っても、相手には聞こえない。電車に乗っている時も若い奴は大抵耳栓をしている。何か用があっても目の前で手を振るなどしないと相手は気付かない。勿論これらは耳栓ではなくイヤポッドとか言われている無線のイヤフォンであるが、何かを聴いているわけではない時でも耳に入れっぱなしにしているので私は「耳栓」と認識している。耳栓をしている連中は自ら外界からの接触を拒否していると宣言しているようなものなので、私も自分とは関係ない人間だとして無視することにしている。要するに、耳栓野郎たちは何となく万人に対してやや失礼な態度を示している、というのが、耳栓の習慣のない私の印象なのである。有線のイヤフォンをしている奴は、失礼という印象はない。なぜなら何も聴いていない時は有線のイヤフォンであれば外すのが通例だからである。何も聴きもしない時にわざわざ有線イヤフォンをつける奴はいない。一方、耳栓連中は、何かを聴いていようがいまいが耳栓を入れっぱなしなのが不愉快なのである。聴覚に障害がある人が補聴器的に常時使っているなら分かるが、そうでない人が身体の一部のアクセサリーでもあるかのように常時耳栓を入れっぱなしにしているのは、周りにいる人間に「オマエの存在など関知していない」と宣言されているようで不愉快なのである。何か事故があったような時に耳栓のことを咎められても耳栓野郎は「…え、大丈夫ですよ、聞こえてますから」とか言い訳しそうな気がするのも何となく気に食わない(笑)。なんでも新しい道交法によって自転車に乗っている際の耳栓は来年から罰金刑の対象に決まったというニュースは耳栓嫌いの私にとっては大変気分の良い決定である(笑)。耳栓自転車乗りを見掛けるたびに「オマエらが堂々と耳栓して自転車に乗ってられるのもあと半年やそこらだ」と思うと、せいせいする。耳栓野郎の運転する自転車による事故に巻き込まれたとしても100%相手の過失になると思うと、彼らを見掛けるたびに感じる不快感も半減する。いずれは耳栓どころかメガネ型のモニターなんかも市販されるようになると、相手はこっちを見ているような素振りをしながら実は動画を見ているようなケースが日常となる日がそう遠くないことを思うと、たかが耳栓を目障りに思っていた日々はまだ可愛いものだったと5〜6年後には懐古することになるのかもしれない。いずれにしても目の前の「いま、ここ」に集中すべきだというオッサンの感覚はいずれ古いものになるのだろうか。
2025.07.05
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在宅勤務がデフォルトとなってから久しい昨今、珍しく出社することになった日の帰り道、通りがかりの古本市で、10年前の『現代思想』の「絶滅」特集が目に留まり衝動的に購入した。ちなみにほぼ新品が200円という破格。現在、『現代思想』は1500円くらいするのではないか。絶滅というテーマで、人類絶滅とか種の絶滅とか、過去に地球上で何度か起きた生命体の絶滅とかそういった学術的な論考が多数掲載されていてワクワクさせられる。その中で、「絶滅の危機に瀕した人類をテーマとした映画」についての論考の和訳に『メランコリア』という「地球絶滅映画」についての記載があり、気になってしまった私はAmazon Primeで500円で売っているこの映画を検索で見つけ早速視聴した。「絶滅の危機に瀕した人類をテーマとした映画」といえば、『The Day after Tomorrow』とか『アイスエイジ』とか人類が居なくなった後の『Wall-e』が想起されるが、この映画が異色なのは、地球まるごと消滅するというストーリーである。メランコリアMelancholiaというのは地球に接近する小惑星に付けられた名前で、太陽の陰に隠れていたためその存在が知られていなかったのが、近年天文学者によって発見され、それが地球にニアミスすることになっているのだが、主人公のJustinは不思議な能力でやがて地球に衝突することを感知しているのである。しかも、間も無く地球が消滅することを勘づいていながら、彼女は世界一幸せな花嫁として結婚式に出なければいけないという、なんとも皮肉なストーリー。それでも、彼女を祝福しようという善意に満ちた参列者の好意を無にしないよう、何事もないような顔で式を終えようと努力する。しかし、「間も無く世の中が終わってしまうことを知っている花嫁」は新郎の好意にも冷めた反応しかできず、式の途中で仕事の話を押し付けてきた上司に対しては永年の不満を爆発させ心底の軽蔑をぶち撒け、式を台無しにしてしまう。地球が消滅する日に社交辞令は無用なのだ。花嫁であっても。天文学者である主人公の義理の兄は直前まで「メランコリアの軌道はニアミスだから地球は大丈夫だ」と訴え家族たちを安心させようとするが、直前になって軌道を計算し直して「正面衝突コース」であることに気付き、Justinがこっそり購入していた薬品をオーバードーズして服毒自殺する。パニックに陥り怯える姉の前でも諦念の極みにいるJustinはむしろ全てを終わらせてくれるメランコリアを静かに歓迎するかのように落ち着いている。それは、もともとこの世の終わりを待ち望んでいた者にとってメランコリアが解放者だったからなのであろう。私は絶望していた青年時代にこの世の終わりを待望していた時期があるが、たぶん当時の自分の心情はJustinに近いものがあったのかも知れない。劇中、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』がBGMとして繰り返し流れるのだが、最後の「惑星衝突」のシーンもこの音楽が流れ美しい「一切消滅」のクライマックスへと導いている。何のカタルシスを感じることもない、虚無感のみの地球消滅ラストシーン。「ぜひもう一度観たい!」とも「誰かに見て欲しい!」とも思わないものの、視聴後の妙な満足感は「いずれ直面する終わり」を受け入れる準備をしている自分の中の諦念に共鳴したからかも知れない。
2025.07.05
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5年前コロナ禍でエッセンシャルワーカーと呼ばれる1〜2割程度の人を除きみな自宅待機になった時、サラリーマンは銀行口座に給与が振り込まれたが、たとえば飲食店の時給バイトで食べていたような人やたまたま離職中の人なんかは収入がゼロになった。サラリーマンでも、会社によってはほぼ100%支払われた人もいれば割引賃金だった人もいたし、コロナ禍の自粛の煽りを喰らった仕事に就ていた人は失業した。それでもまあ、みんななんとなく食べて生きながらえることは出来た。まるで、椅子取りゲームで音楽が急に止まった瞬間、たまたま椅子の前にいたかどうかで、運命が決まってしまったような感じであった。やがて音楽が再開したものの椅子の数は減らされたままで、音楽が止まった時点でどこにいたかがその後の運命を左右した感じである。要するにどうしようもない「運」である。ワタシは結婚して子供を養う立場になった時点でたまたま日本にいたが、そうこうしているうちに10年少々が経過し円安と海外での物価高騰というダブルパンチによって日本で得た収入ではとても海外に出れなくなってしまった。10年前はいずれ子供と留学とか考えていたが円の価値が3分の2になり海外の物価が軒並み倍かそれ以上に高騰している状況下ではもはやたかが海外旅行さえ考えられない。しかも日本の失われた30年は「絶賛進行中」といった感じで1ドル100円だった頃に円の価値が戻る様子はないし、万が一戻ったとしても倍に上昇した海外の物価が下がることはない。またしても椅子取りゲームの音楽が止まった感じだと思った。ただ、幸いにして音楽が止まった現時点で比較的経営状態のよい会社にいただけでも儲け物だと思わざるを得ない。座れる椅子があるだけマシということだ。日本を出れなくとも当面は食べることさえも心配しなければいけない状況からはほど遠い。これはまるで便利な電化製品がひと通り揃ったクソ狭いワンルームマンションに幽閉されているような感覚だ。まあ自分は日本生まれの日本人だからまあ我慢できないでもない。一方、たまたま海外から一時滞在のつもりで日本に来ていたら気がつくと音楽が止まってしまっていた周りの外国人はカワイソウである。競争のないぬるま湯の組織内で才能は潰えてしまい貯金していた日本円も3分の2の価値しかなくなり帰る国も物価高騰だ不景気だトランプ政権下で国家分断だ貿易戦争だなんだでとても帰りたいタイミングではない。まさに日本に幽閉状態である。そうこうしているうちにほんの数年で生成AIが何でもしてくれるようになって、エッセンシャルワーカーと呼ばれる一部の人を除き、コロナ禍の時期と同じように自宅待機していても飢えることなく何となく生きながらえる時代がやってきそうな気がする。自粛ではなく積極的自宅待機。音楽は「止まる」のではなくもう「誰も流さない」のである。参加者の自然解散による椅子取りゲーム自体の終了。
2025.04.02
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このブログでも過去に何度か書いたことがあるがワタシの名字は母方のものであって父親は婿養子なのである。夫婦別姓選択制の話が近年話題になり世の中では夫婦の95%が夫の姓を選択することが知られているがワタシの両親はその例外的な5%に入る。理由はウチの祖母の家系がいわゆる女腹(メバラ)の家系で、生まれる子供が女ばかりなのである。稀に男が生まれてもあまり長生きしない。娘たちがみな嫁に出てしまうと家系が途絶えてしまうので、主に長女が婿養子を迎えて家系を絶やさないようにしているのである。ワタシはそんな家系に珍しくも長子で健康優良な男児として生まれ歓迎されたのだろうと思われるが、なにせ親戚は基本的に女だらけ、近所に住む子供は若干年上の女の子ばかりで、皆から珍しい弟分のように可愛がられた幼年時代だったのである。基本的にそういう幼年期の体験は残りの人生をえてして規定するものであって、ワタシは女たちの中の黒一点(つまり紅一点の反対)となる環境が自分にとっては自然で、男に囲まれていれば男同士の世界にそれなりに適応はするが、お姉ちゃんたちにチヤホヤされる環境の方が安心できるのである。思えば幼稚園に入園した頃から、自転車に乗ったゾウ組の仲間たちが、近所のお姉ちゃんたちとママゴトでいつものようにお父さん役を楽しんでいるワタシのことを呼びに来るようになり、拒否もできずにいつも後髪を引かれる想いでガキどもの群れの中へと引っ張られていったことが思い出される。あと、オルガン教室に通わされていた頃、唯一の男の子だったので、オルガンを移動させる時に上級の女の子にいつも「バカヂカラ」と呼ばれて頼りにされるのもちょっとうれしかった。ただオルガン教室での黒一点は、強制されて通っていたのであまり楽しくなかったけど。まあ、戦後も平成の世になるまで男女別学を貫いた仙台という硬派な土地柄、そんなワタシも小学校、中学校と学年が上がるうちに女の子たちには興味もないような素振りで男子とばかり過ごすようになり、高校も当然のように男子校に進学した。しかし、我が家はというと、あくまで祖母とその娘である母とそのまた娘である妹という女三世代が支配する環境であり、子供が起きているうちに帰宅することが稀だった高度経済成長期の営業マンの父の存在は実質的というよりはあくまで象徴的なものであり(笑)、要するに男性の影が薄い家庭なのであった。したがって男の子用のオモチャとかマンガは我が家には存在せず、ワタシはほかのクラスメートのようにミニカーにもピストルにも戦車にもドカベンにもトイレット博士にも興味を抱くこともなく、気がつくと男子校に通い応援団をしながら少女マンガを読むという、イカツイ外面と繊細な内面が共存する青年になっていたのであった。やがて私立大学の文学部心理学科に進学すると、そこは女性比率65%の女の園、卒業論文の指導を受けた臨床心理学のゼミの教授も指導助手もみんな女性。休学中に留学したイギリスの語学学校では先生の多くは女性、同級生はイタリア、スペイン、ドイツ、スイス、フランスなど西欧各国(とイスラム圏だとトルコ)の20歳前後の娘たち。アメリカの大学の視覚芸術学部では男女比はほぼ半々、黒一点となる経験はあまりなかったが、入学して間もない孤独な頃に優しくしてくれたのは常に女性だった。卒業後現地就職してからも、肉体労働をしていた時期を除き同僚もボスも女性ばかりの世界、さらに日本に帰って通訳・翻訳の世界に入ってからは男性は「絶滅危惧種」と呼ばれ、特に通訳者養成学校では自分の声だけが1オクターブ低いのでいつも目立つのであった。なので、今の職場のように、社員の8割、管理職の同僚の9割が男という環境は高校時代以来である。しかしどうも男性の論理には違和感を覚え、気がつくと、女性比率の高い「外国籍従業員」とか「グローバル」とかそっち方面の業務外活動に引き寄せられ、本業よりもそっちに熱心になっている自分に気づくのであった。あいにくもう定年間際の年齢なので自分を弟分のように可愛がってくれるような立場の女性はもはやいないが(笑)、男同士の密かなプレッシャーから解放されなんとなく安心して自分らしく振る舞えるのであった。
2025.03.09
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居心地の悪い家庭にしてくれたことに加えて自分が親に感謝しているのは、結婚後60年を過ぎてもお互いを受け入れる事なくいがみ合って暮らしていることである。ワタシの周囲では老年性痴呆や老衰で子供の世話になって生活せざるを得ない高齢の親のエピソードに事欠かないが、80代後半で平均寿命を超過しつつある我が両親は、やや記憶力が劣化したり耳が遠くなるようなことはあっても正気や意志を失うことなく、いちおう夫婦二人で自立した生活を送っている。思うに彼らがボケることなく正気を維持して生きている大きな要因には価値観の合わない人間同士が互いに妥協することなく一緒に暮らしていることがあると考えている。言わば日々の相手への不平と不満が生きる支えになっているのである。毎回実家に帰るたびに、やれ頼んだことを何も手伝ってくれない、やれ料理の品数が少ない、やれ不潔な習慣をいくら言っても止めない、やれいつも一言多い、etc.etc.…同じような不満を毎回繰り返し聞かされることにかつてはウンザリしていたのだが、今では「これが彼らの生きる意味なのだ」と思うと、「…いいぞ、その調子で頑張ってくれ」と心の中で応援するようになってきた(笑)。人間、いろんなことに妥協して満足してしまうと、生きがいを失って感情の起伏に乏しい超平穏な日々を繰り返すうちに急速にボケが進行するものだと、定年へのカウントダウンに入った自分の状況を振り返って痛感するようになった。人間、「こんなものだ。」と思って何でも受け入れてしまうようになってはたぶんダメなのだ。「こんな料理の品数では不十分だ。」「あんな不潔な習慣は止めるべきだ。」自分が違和感を感じたらそれを自覚し口に出すことは、自分という人間の存在意義、生きる意味を自覚させてくれる(笑)。まあ、一歩誤ると単なる老害となって周りから疎ましがられる危険があるので注意は必要だが(笑)、自分は老人なのだからと思って「ああ、そうですか。」と簡単に引き下がるようになってはいけない(笑)。外界への違和感、自分へのこだわりこそ情熱の源泉。情熱は、「まだここで死ぬわけにはいかない。」という生きる原動力。世界を敵に回してでも自分を貫いてくたばってやる、というくらいの気概で自律して生きてもらった方が、食事から排泄まで世話にならなきゃいけない状態で生きられるより、周囲もどっちかというとありがたく思うのではないか。だから、年をとったからといって丸くなってはいけない。夫婦が不平不満をぶつけ合って老年期を支え合うのもそういう意味で案外ボケ防止の効率的なモデルのような気もする。
2025.03.07
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人生を振り返って、自分はこの点は幸運だったと思うのは、居心地の悪い家に生まれ育ったことである。すでに中学生の頃には、高校を卒業したらゼッタイ家を出ると心に誓っていた。自分がやがて母国を出ようと決心したのも、家庭の延長である日本社会の居心地が悪かったからだったと思う。どうしてそんなことを考えたかというと、今の勤め先の人間はまともな家庭に生まれ育った連中ばかりなのだが、とにかく親を尊敬し、校則とか国家とか制度を疑わず、国外への関心が乏しい点が自分とは根本的に違うのである。決められた枠の外について考えたりする経験もないままオトナになった連中。グローバル化だのイノベーションだのDEIだの会社が言い出してから久しいが、マトモな人間ばかりを選りすぐって異物を排除することで何十年もの間続いてきた組織が「ああ、そうですか」と言って急に海外との交流だの革新的手法だのマイノリティに寛容な組織だのに変わるはずもない。社員たちは「何それ」とか「規則ならとにかくやっとくか」とか「昇進に関係するならちょっと勉強しとくか」といった程度の対応で、積極的に関わる気はない。居心地がいい環境で生まれ育つと「外に出よう」「違う世界を見てみよう」という発想をしなくなるのだろう。「家がサイコー、日本がサイコー、外は危険、コワイ」みたいな感じなのではないか。そもそも冒険をしないし、安全パイの選択しかしない人生を歩んでいる人たち。でも「マトモな人」というのはつねに無難な選択をするよう条件づけられた人間なのかも知れない。彼らからすれば、危険なことや敷かれたレールから外れるようなことをするような人間は「秩序を乱す反抗的な問題児」くらいの感覚なのだと思う。とは言っても、内側だけを見て周りに同調するのをヨシとする社会的価値観が行き着いた先が「失われた30年」後のジリ貧の日本企業、日本社会なのであって、さすがにこのままではマズイことはみんな薄々勘づいているはずだとは思いたい。ワシのようなオトナを目指せとは思わないが(笑)、そういう人間が実は有用であることに気づいてくれるといいな、とは少し思う。
2025.03.07
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Die With Zero - ゼロで死ね という本を読んであらためて理解したのは、人生は記憶の集積である、ということである。生きている間の時間を使っていろんな経験をする、それが人生であることは疑問の余地はない。しかし、「経験をしてそれで終わり」という一回性のものではなく、経験は記憶となって、後の人生で繰り返し思い出し反芻できる、という点が馬鹿にならない要素なのである。Die With Zero の中で著者は「経験は投資、記憶はその複利」と言った意味のことを主張しているが、一度経験しておくと、それは将来思い起こして何度でも楽しめるだけでなく、経験にさらなる経験が上乗せされて厚みを増し、雪だるま式に大きくなるのである。たとえばボクはもはや30〜40年前の記憶である20代の頃の学生時代の恋愛のいろんな場面を50代になった今でもたまに思い出してニンマリしているのだが(笑)、その後の女性との経験は明らかに当時の経験の延長戦上にあり、まさに雪だるま式にストーリーが膨らんでいる。現在の経験はそれ自体が利益であるのみならず、将来複利式で利息が還り続けるのである。海外放浪の記憶、登山の記憶、マラソン・アイアンマンの記憶…いずれもその後の一見無関係な日常的な経験の際に思い浮かび、役に立つこともある。幼い頃の断片的な経験の記憶も、現在を生きていてこれからの方向性を考える上で指針となる。経験と同じかそれ以上に記憶は重要だ。まあ、「特筆するまでもない、どうでもいい経験や記憶」というのもあるとは思う。毎日繰り返す通勤などのルーティーンなどは毎日同じ経験が上書きされていくだけで、ホントに時間の無駄、人生の浪費だと思う。どうせ同じ時間を費やすなら、新しい経験をして、新しい記憶を作らないと勿体無い。同じようなことをする場合でも、たとえば昨日より今日の方が速く上手に出来るとか、何か進歩があれば新しい経験、新しい記憶になると思う。でも、全然別のことを経験する場合には及ばないと思う。Die With Zeroの著者は、人生を最大限に活かすとは、すなわち経験を最大化することだと言っているが、それはたぶんつねに新しいことを経験し続けることなのだろう。だとすれば、何の進歩もない、同じことの繰り返しは人生の浪費なのだろう。年をとる、老化する、というのも、同じことの繰り返しによって起こることで、つねに新しいことを経験し続けていれば、年をとることも老化することもないのではないか、という思い付きについてはまた別の機会に考察しよう。
2025.01.25
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親会社がスポンサーとなり日立市で新たなマラソン大会を開催することになり、いわゆるスポンサー枠で無料参加できるとそそのかされた私は、ほんの2〜3ヶ月の準備期間しかないのに申し込んでしまい、結果的に、おととい14年ぶり14回目のフルマラソンを走ることになりました。ちなみに日立市は坂しかない土地で、マラソン大会には向いていません。私は「こんなアップダウンのキツいマラソン大会に申し込む人は、100人はいても1000人はいないだろう」と思っていました。特に、その前々週には水戸黄門マラソン、その翌週にはつくばマラソンという二大人気マラソンが開催されるのです。どうしてわざわざこんな誰も知らない大会に出ようと思うでしょうか。実際、申込み期限が過ぎた後に、社内で「申込み期間延長!先着15名を無料で招待!」みたいな案内を始めた際は「よっぽど申込みが少なかったんだな。可哀想だから申し込んであげようか」という同情心も半分くらいあったのでした。しかし実際蓋を開けてみると、申込みは約5000人に達し、ちょっとした規模の大会になったのでした。スポンサーと自治体がよほど気前が良かったのか、ゲストランナーには高橋尚子と猫ひろし、実業団レベルのランナーも数人招待されていました。当日の朝は小雨でしたがスタート地点の壇上では数100mに及ぶ列を成すランナーたちにゲストランナーがジョークや励ましの声を掛けて一生懸命盛り上げようとしていました。市民スポーツセンター前をスタートし坂を登るとすぐにひなびた市街地です。小雨の中、近所の爺ちゃん婆ちゃんや子どもたちが傘をさして沿道に出て応援してくれます。スタートから20分も経たないうちに雨は止んで晴れてくると、一気に気温が上がって今度は内側から汗で湿って蒸し蒸ししてきます。やがてコースは海上に建設されたハイウェイに出ます。通常は歩行者が立ち入ることが出来ない自動車専用道路からは太平洋が見渡せます。いい眺めなのでしょうが日差しが強い中をヒイヒイ言いながら走っている人たちは爽快感を味わう余裕もありません。往復10kmの海上ハイウェイを終えると沿岸の国道のアップダウンの連続の洗礼を受けます。斜度6%で長さ750mくらいの坂が3回繰り返されると海抜20m地点を5kmくらい走ります。未だここまでで15kmくらいしか走っていませんがすでに35kmを走り終えたトップランナーとすれ違いました。次は海岸沿いまで一気に下ってコーストラインを7〜8km走ります。幸い今日は海風が強くありませんが正午近い海辺の日差しは強烈です。そろそろ止まってストレッチを始めるランナーがちらほら出て来ます。21.1km地点を通過した時2時間25分くらいでした。ちょうどトップランナーがゴールした頃だと思いました。私のペースはちょうどその倍の5時間フィニッシュペースということのようです。コーストラインが終点に到達すると、また内陸の国道に戻ります。途中で海のそばの昔ながらの兼業農家みたいな民家から爺ちゃん婆ちゃんが椅子を道端に出して応援してくれます。むしろランナーの方が応援したくなるような高齢の婆ちゃんもいます。「婆ちゃんも頑張れ」といってハイタッチしました。国道に戻る急坂でエネルギーを奪われたランナーたちが国道に出るなり力尽きて急に歩き出します。そろそろ25km地点、3時間。中には早くもガス欠の人たちも出てくるタイミングです。私は最初から7分目くらいの出力で走っているので未だ余裕、次々とランナーを抜いていきます。それにしても暑い。サングラスをしていても日差しがキツイ。この頃から、給水所でコップがもう残っていないところが発生してきます。5時間フィニッシュランナー以降はたぶんラスト25%くらいですからすでに3000人が通り過ぎた段階で紙コップが尽きてしまったのです。第1回大会なので、経験ゼロの給水ボランティアですからまあ、ある程度は予期できたことではあります。私は極力、空に近いボトルを持ったボランティアを見つけては、ボトルごともらって水をがぶ飲みしていました。私は実はこの時点で早くも4回もトイレに駆けこんでいました。今日は妙にトイレが近いです。オマケにお腹もゴロゴロして屁が出るようになって来ました。なんか調子が良くありません。私は28km地点で念のためトイレでしゃがんだところ、水状の便がブビビビっと飛び出しました。前の日までに食べたものは朝に排出していたので、これは朝に摂取したゼリーなどの流動食に違いありません。まずい。脱水症状です。それでも元気はあるので(笑)、調子が悪いなりに走ることは出来ます。ただ、力を入れてスピードは出せない。誰もが歩いている30kmの急坂も一人して黙々と登攀します。登り切って左折すると、コース唯一かも知れない工場沿いの日陰の1km区間です。日陰に入ると顔が火照っているのが分かります。早く水が飲みたい。しかし次の給水所も紙コップ切れ。底のほうにちょっとだけ残ったボトルをもらって飲み干します。ゴールまであと10kmくらいか。前を5時間半のペースメーカーが走っているのに気づいたのもこの頃です。未だ5時間フィニッシュで行けるだろうと思っていましたが、トイレで随分と時間を過ごしてしまっていたみたいです。暑さもあって段々元気も無くなってきます。体力は未だ残っているからゴールまでは走れる。でもスピードは出せないのがつらい。誰も走ろうとしない、線路上に掛かったブリッジはたぶんこのコースの最高標高地点ですが、私はてっぺんまで走り切りました。でも下りは脚がヨロヨロです。さっきからやたら元気なニイちゃんとオッサンがデカい声で沿道の人たちにありがとうありがとうと声を掛けまくっては一瞬スピードを上げ、すぐに力尽きて歩き始める…というのを1〜2km前から繰り返しているのがすごく鬱陶しく感じるようになって来ました。目立つ格好をしているので、こういった沿道との交流を大会参加の目的にしている人が、この時間帯に走っている人にはいるみたいです。ここから先の5kmは、先々週コースの下見に来た時に走っているので、心理的には楽なはずなのですが、この頃になると、最後のひと踏ん張りとばかりにペースを上げてくる人がチラホラ出て来ます。自分より早いペースで走る人が出てくると自分も競争心を掻き立てられて「オマエになんて負けるもんか」とか年甲斐もなくムキになってしまいます(笑)。私にもアイアンマン・フィニッシャーとしてのプライドがあるのです。「クソ〜、負けそうだ…」と諦めそうになった頃に相手が歩き始めてくれると、ホッとします(笑)。いよいよあと1.5kmの線路道です。周りのランナーも歩いている人はほとんどいません。ラスト1〜2kmは亀スピードランナーなりの真剣勝負です(笑)。つらい。走るのがつらいというよりかは、ここで颯爽とスピードを上げてライバルを振り切れない、自分のアイアンマンとしてのプライドが挫かれるのがつらいのだと言えます。それでも、競技場に入って会社の仲間たちが応援している様子が見えるとちょっと元気が出て笑顔が浮かびます。さらに最後の400mトラックに入ると、地元高校のチアガールがポンポンを振って応援している脇を過ぎると変な虚栄心からかトロトロ走りがキレのある走りに変わって(笑)、別人のように身体が前に出ます。30分くらい前に飲んだアミノサプリがちょうど効いてくるタイミングだったのかも知れません。ゴールでメダルを持って待っていてくれたのは地元ボーイスカウトの少年たちでした。ボーイスカウトの三つ指の敬礼をしてメダルを首に掛けてもらいます。5時間25分。一度も歩かなかったのにこのタイム。ここ10数年の走力の低下は想像以上だったようです。でも、会社の仲間と走るマラソンはお祭りみたいで楽しかった。懲りずにまた走ろうと思った。
2024.11.20
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「ヤベー、死んじまった!」後悔先に立たずである。生前の世界を浮遊(?)しているようなのだが、もう何にも触れない。もう動かせない。それで自分が死んだのだ、と理解できた。「しまった〜!」と思った。あまりにも急なことで、まったく心の準備が出来ていなかった。ガンとかで死ぬなら、思い残すことのないよう生前にいろいろやりたいこと、やるべきことをやってから、「悔いなし。」と死を受け入れられたかも知れないのだが、突然死だったのである。それにしても自分は何をやってから死にたかったのだろう、といろいろ考えてみる。子供のことが頭に浮かぶ。仕事のこともちょっと。…でも実際、私が急死したところでそんな困る人はあまり居ないよな、とも思う。とはいえ私自身は子供たちのことも含めやりかけのことがいくつかあって、仕方ないとはいえ途中で死ぬのは無念としか言いようがない。これはとてもすぐには諦めきれそうにない。とにかく悔しい。それにしても自分はどういう経緯で死んだんだっけ?自分が浮遊しているのは実験室のような、病室のような、医療機器っぽい物が雑然と置いてある殺風景な部屋である。窓際にベッドみたいな台がある。ここに赤と青のキャップの安楽死用の薬品が入ったチューブというか容器がある。自分は、誰かがこれを使って死亡したのを検証しようとしていて、何らかの形でこれらの薬品を身体に入れてしまい、知らない間に死んでしまったのだ。たぶん苦痛はなかったが、薬品で昏睡させられて目が覚めたら死んでいた感じである。これはひどい。あんまりだ。あー、しまった。…などと思っているうちに、目が覚めた。そうだ、今日はこれからちょっとした発表がある日だった。いやー、生きててよかった。少なくともこの発表をしてから死ねるだけでも悔いが1つ減る。残りの人生をまるまる得した感じである。とはいえ、これからも何かと無駄な時間を過ごすに違いない(笑)。でも昨日までよりちょっとだけ「死んでもいいように今日を悔いなく過ごそう」と心掛けて過ごすに違いない。いつまでそれが続くか分からんけど。
2024.10.12
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今から40年前、私が未だ高校生だった頃、RCサクセションの忌野清志郎が「ベイビー、逃げるんだ。」と歌いました。浅田彰が「闘争論」をもじって『逃走論』を著したのもその頃です。<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/tsuLJS_90Zs?si=xJvlklf3I0aMmo_N" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>昭和末期もバブル景気たけなわ、世の中には「オトナになんかならなくても生きていける」と説く若者の教祖がいて、忌野清志郎もその一人でした。https://plaza.rakuten.co.jp/kameika/diary/200905020000/別に彼らに感化されたわけではないのですが、私はもともと「将来、社会に出る」ということを考えたことがないまま年を取り大学4年生になった時もみんながビジネススーツを着て就職活動している時に半ズボンに花柄のTシャツを着て後輩たちとバンドをやって遊んでいました。卒業後はバブル景気に浮かれた日本におさらばするつもりで渡米しアメリカの大学に入学しました。先週再会した35年前に一緒にバンドをやった日本の大学の後輩たちはというと、当時ボーカルをしていたYは本気でデビューするつもりでいたようですが、結局のところ真面目に就職活動して希望の会社に就職しました。もともと学生時代のお遊びのつもりでバンドをやっていたベーシストのKは学生時代からきちんと準備をした上で希望のマスコミに就職しました。先週は再会出来なかったギターのMも、バンドを離れた後は真面目に勉強に打ち込んで就職しました。また、バンドのメンバーではなかったけれども一緒に悪いことをして遊んでいた美術サークルの後輩Kも、意外なことに難関をくぐり抜けて大手企業に就職しました。彼らはボクなんかと違ってオトナになったんだ、とその時は思いました。しかし、マスコミに就職したKを除き、皆数年内にサラリーマンの世界からドロップアウトしました。Yは就職2年少々でイギリス人女性と恋に落ち帰国する彼女に付いてイギリスに渡りました。Mはサラリーマンをしながら東大を受験・合格し再入学しました。Kもサラリーマンをしながら毎日深夜まで勉強し京大大学院に入りました。どうやら彼らは決して「オトナになった」わけではなかったのです。あれから30余年、Yはロンドンでコンサル会社を自営しています。Mは母校の大学教授になりました。Kは語学大学のイタリア語学部長になりました。ベーシストのKは会社の執行役員になりました。他方、まともにサラリーマンになった同級生たちはというと役職定年だリストラだ退職勧告後バイト生活だ精神を病んで休職だとあまり明るいニュースを聞きません。ドロップアウトした仲間たちが、その後ずっと自分の道を歩んでいることを、当時は不良の先輩だった私は誇りに思っています。ボクはといえば、いい年して日本に帰って来て一般企業に就職し安泰なサラリーマン生活を過ごしていますが、旧友の中には「学生時代、死ぬ死ぬ言ってたのに、一体いつ死ぬんだ」みたいなことを冗談半分に訊いてくるヤツもいれば、「ドロップアウトしたコイツにだけは劣等感を感じることもあるまい」と思っていたヤツが日本企業でそれなりの役職に就いている事実が受け入れられないのか、やたらとボクに絡んでくるヤツもいます。忌野清志郎が『ベイビー、逃げるんだ』の中で歌った『ロックはもう卒業だ』と言って髪を切った「生意気だったヤツ」は、きっとそのモデルとなった知り合いがいたのだと思うのですが、その後どうなったのか、と思ってしまいます。すっかり素直になって就職して結婚してそのまま定年退職までサラリーマンを勤め上げたのか、途中で自分を見失って精神を病んで休職・退職したのか、数年でドロップアウトしてまた髪を伸ばし始めたり自分で何か始めたものか。上司だろうが会社だろうがイヤなことから逃げるのはいいことだと今でも思っています。でも、自分からだけは一生逃げられないとは思う。自分にウソをついている人はいずれ目を逸らしてきた自分が執拗な借金取りのように夜中にドアをドンドンと叩いてくるのに悩まされるんだろうと思う。だから、オトナになっても、自分からは逃げてはダメだと思う。
2024.08.25
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日本の大学時代の友人KとYと卒業後はじめて3人で会った。普通に日本で就職して結婚したKは次女がこのたび我々の母校に推薦入学が決定したそうである。なお、面接にあたっては、父親が学生時代に何をしていたのかを質問された場合の対策として、このブログのこの記事を(読ませたくない部分をカットした上で)読ませておいたそうである。我々は元々美術サークルの先輩後輩だったのだが、美術では表現し切れない衝動を発散させるために猟奇バンドを結成し、京都のライブハウスを根城に卒業時まで2年に渡り絶叫演奏活動をしたのであった。もはや年に1回も更新していないこのブログだが当時のことを振り返って書いた記事が我々の母校への娘の進学に多少の役に立ったというのは誇らしいことではないか。ちなみに当時一緒にバンドをしていたもう1人のメンバーMは実は昨年から母校で教授をしており、Kの娘はまったく無関係な学部に進学するにもかかわらず早くもMの講義を聴講したいと言っているそうである。私は大学を卒業して間もなく渡米しほんの10年ちょい前までカナダの永住権を持っていたくらいだし、Yは一旦国内で就職したものの知り合ったイギリス人女性と恋に落ち彼女を追って30年以上前に渡英しているため、35年前に通った日本の大学のことなど普段は思い出すこともないのだが、「娘が母校に進学」と聞いた途端、若気の至りあるいは黒歴史と言ってもよい35年前の日々がとても誇らしい記憶として蘇るのであった。我々は当時はあわよくばこの音楽で世界を変えてやるくらいの気持ちでバンド活動をやっていたのだが、Kの次女も世界をよい方向に変えるために我々の母校で学ぶらしい。正直、我々は勉学はそこそこで、課外活動に力を入れすぎたきらいはあるものの、コンプライアンスだのポリコレだので萎縮した現代では考えられないような昭和バブル期の「やりたい放題」の学生生活を満喫したことは確かである。我々がその後の度重なる試練にも打ち負かされることなく自分を信じて我道を邁進し35年後にお互いに恥じることなく再会を果たすことができたのもあの頃に「自分の力で世界を変えられるのではないか」と信じられる経験ができたからではないかと思うのである。自傷したり破壊したり万引きしたり罵倒したりラリったり不摂生したあの当時の我々を周りのマトモな仲間たちは侮蔑し憐憫していたかも知れないが、35年経った今では娘が誇りに思うリッパなパパになったのみならず、還暦が数年後に迫った今でも世界を変えられるという手応えがどこかに残っている我々はこのまま老いさばらえることもスローダウンすることもなく死ぬまで我道を邁進し続けるのである。
2024.08.19
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映画のタイトルは、この映画の主人公が母親から渡された本の題名であって、この映画が視聴者に何のために生きているのかを問うているわけではない。ちなみに英語のタイトルは Boy and Blue Heron である。そう、このアニメ映画はまあ、少年と青鷺という2人?のキャラクターを中心とした物語なので、その題名に間違いはない。なお宮崎駿氏は少年時代に実際に同題の本を母親からもらっているらしい。そう言えばこの映画の時代背景を考えても、この映画には自叙伝的要素があるのかもしれない。自分だったらそんなタイトルの本を母親からもらいたくないものだが(笑)、当時は戦後の記憶が生々しく残る時代、生きるだの死ぬだの言うのが日常的に身近にあった時代だし、何のために生きるとか結構真面目に考えざるを得ない日々だったのかも知れない。まあ、この物語の深層には大叔父だか大伯父の存在があるのだが、黄泉の世界だかあっち側の世界からこの世をコントロールしているらしき老人は生きているのか死んでいるのか、そもそもそんな次元を超越した存在なのか、目が死んでいて声も全てを達観した重い声。この声優はタダモノではあるまいと思って調べてみたら案の定、火野正平だったよ(笑)。そういえば西川峰子、元気なのかね?それにしてもあの黄泉の世界はなかなか分かりやすかった。宮崎駿は実際に見てきたんじゃないかね、高熱を出してうなされていていた時とかに。死ぬ時のリハーサルとして、平均寿命を過ぎた宮崎駿はあれを画像化しておく必要があったんじゃないのかね。半分ギャグになっている点がそれっぽいと思ったよ。彼の脳内はホントに宇宙と森羅万象の法則とギャグがごっちゃになってんじゃないの?彼は死ぬ時はああいう世界に行くのかもね。飽きないよねきっと。ちょっと英語で見直してみたいと思った。あの和洋折衷の館なんて、まさに宮崎駿の脳内だよね。
2023.10.30
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同僚がアメリカ出張帰りのフライトの中で観たRRRがスゴく良かったと言うので、映画館に行くことなど年に1回くらいしかないのだが、ネットで調べたら最寄りの映画館では3月いっぱいで上映打ち切りだと知り平日にもかかわらず仕事が終わってから観に行ってきた。何せインド映画だ。しかも3時間モノで、インドで上映された時は途中でインターミッション(途中休憩)が入ったらしい(笑)。敢えてカネを出して観に行くにはちょっとした勢いが要るものだ。これは観て得したと思った。3時間の長さを感じないくらい夢中になって観てしまい、終わるのが惜しいと感じたくらいだ。前半でいったん主人公の片割れ(Bheem)の物語は終わるのだが、後半のもう片割れのRajuの話で前半の物語へのドンデン返しが待っている。1度で2つの映画を見せられ、しかも単に倍でなく話が二重に厚みを増すといった感じ。私は30余年前に現地の映画館で観たインド映画の印象が強烈に残っており、そのせいでインド映画にちょっとした偏見があったのだが、この30余年でインド映画もハリウッド級とは言わないまでもいわゆる洋画に遜色のないレベルに発達し、カメラワークもCGもスペシャルイフェクトも脚本も音楽も期待を上回る出来栄えなのであった。面白いと思ったのは、インド人をBuggersなどと呼び動物というか虫ケラ並に扱うイギリス人支配者たちに対し、自分もアジア人としての義憤を感じ始めたのか、すっかりインド人側の視点で物語を見始めている自分に気づいた時である。主人公たちが何度もピンチに陥り支配者に囚われの身になりそうなシーンで、ハラハラしながら祈るような気持ちで主人公たちを応援してしまっているのである。そして、終盤で主人公たちが追い詰められたところから大逆転したった2人でイギリス人特殊部隊を殲滅した末、最後には武器庫を爆破し悪役の提督とそのワイフまで仕留め、昔ながらの勧善懲悪ストーリーでスッキリして映画を見終えることができるのである。まー細かいことを言い出せばご都合主義だのあまりにも出来過ぎたグーゼンだの「あれはあり得ないだろ!」というシーン満載なのだが(笑)、それでもつい話に引き込まれてしまうのだ。それくらいパワフルなストーリーなのだ。あれはハリウッド映画では無理で、インド映画だからこそ観る者を納得させられるのだ。また、映画館で大画面・大音量で観れたのもホントよかった。迫力のあるシーンをホントに堪能できた。ということでこの映画はボク的には100点満点の映画でした。
2023.04.03
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あなたの訃報に接した今日の午後、私はたまたまなのか虫の知らせなのか、ふとMerry Christmas Mr. LawrenceやEnergy Flowとかのあなたのピアノ曲を聴いて和んでいました。中学生の頃から聴いているあなたの作った曲はホントにいつまで経っても飽きが来ません。いくら噛んでも味が薄れない裂きイカのようです。音楽には力がありますね。大槻ケンジは「音楽は人を殺せないが、言葉は人を殺せる」と言いました。まあそれはホントなんだと思います。しかし音楽は言葉なしでも大勢の人を動かすことが出来ますね。大量の人を感動させたり高揚させたり陶酔させたりリラックスさせたりトリップさせたり熱狂させたり出来ますね。あなたの音楽はまさにそんな魔力を持っています。あなたの音楽のおかげで私の人生は豊かになりました。中学1年生のときTechnopolisを初めて聴いた時の衝撃。中学2年生の時に友達の家の高級ステレオでPublic PressureのThe End of Asiaを聴いて泣きそうになるほど感動したこと。戦メリも頭に焼き付いて離れない。ラストエンペラーのテーマも永遠の名曲だ。Ballet Mechanique には救われたし今でも聴くたびに救われる。過去40年以上にわたり、ほぼ何の対価も払わずにあなたからこのような多大な恩恵を受けてきた自分を幸運に思うとともに、あなたに対し感謝の念を禁じ得ません。30年前、NYのジャパニーズレストランでバイトをしていた時、たまたま休んだ日にあなたが店を訪れたという事実を私は悔やんでも悔やみきれません。ま、そんなことも今となってはどーでもいい良い思い出です。私もいい爺さんですがせいぜい死ぬまで少しでも人に喜んでもらえることをしよう、人の役に立とうと思います。とにかく坂本さん、ありがとう。ありがとう。
2023.04.03
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