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少し前に、中村久子さんの個展を見に行きました。 中村久子さんは、三歳の時、病気で、両手両足を途中から切断しました。 それでも、母親の厳しい訓練により、料理、裁縫の一切を自分できるようになり、書道、読書にも打ち込みます。 そして、彼女は、二十歳で、見せ物小屋の芸人として、自立します。 彼女は、芸人としての自分にプライドを持ち、凛として、舞台に立ち続けます。 さらに、彼女は、結婚し、子供を育て上げるのです。 彼女は、子供の頃から、「なぜ自分にだけ手や足がないのだろう」と自分を差別する人たちを、そして、母親の厳しいしつけを恨みました。 彼女は、「ない、ない、ない」と心で叫び続けました。 そんな彼女が、親鸞の「歎異抄」の教えと出会い、自分に手足がないことを悲しむ気持ちを持ちながらも、その自分をそのまま受け入れ、自分に与えられているものを気づきはじめます。 自分には、朝、タオルを取ってちょうだい、と言うと、明るく返事をしてれる、夫や娘がいる。 歯を磨く、顔を洗う・・・、短いけれど指のない手が、何でもしてくれる。 足はないけれど、自分をおぶってどこにでも連れて行ってくれる、夫や娘がいる。 手足がないままに、与えられないままに、足らないまま、そんな自分が、宇宙に抱かれ生かされている・・。 彼女は、「ある、ある、ある」という世界へと、見える世界が変わっていきます。 彼女の文章の中に、こんな事が書かれていました。 「指が五本ある手が欲しいなー みんなはわたくしのことを『手なし』、『足なし』といぢめる。 手や足はどこへ行ったのだろう、誰が持っていたんだろうか、 返してほしい、かえしてください、と泣きわめいた日を、今も はっきりとおぼえております。 どれだけ泣いても、叫んでも、私の体には手も足も一本も 返ってはきません。 人間の体に手足が無いということを、手足を持った社会の人たちは、 考えたことがあるのだろうか。 そして五本の指がそろっている、自分たちの手や足に『有難う』と 感謝したり、お礼を言ったりなさる人は、どれだけあるであろうかー。 と思う時がございます。」 自分の手を見つめ、自分が恥ずかしくなりました。 私は、自分の与えられているものを忘れ、わずかに与えられていない、欠けているものに注目して、「ない、ない、ない」とこだわっていたのです。 この個展に行った当時は、そうだ、そうだと思っていたのに、また、忘れかけていて、改めて、彼女の言葉に胸をつかれました。 「ない、ない、ない」の世界に住むか、「ある、ある、ある」の世界に住むかは、自分の選択に任されていたのです。 今、手元にあるものを大切にし、味わって、喜びを得るか、ないものを手に入れようとあくせくしたり、悲しんだり腹を立てるかどうかは、自分で決められるのです。 自分も迷いながら、日々生きています。 迷ったとき、中村久子さんのことを思い出したいと思いました。****************************人生に絶望なし。いかなる人生にもけっして絶望はない。 中村久子「中村久子女史と歎異抄」 龍谷大学発行より
February 27, 2009
「英語でしゃべらナイト」というテレビ番組で胸にぐっと来た言葉がありました。 今週は、番組のナビゲーター役で、日本に生まれ日本で育ったのに、完璧なバイリンガルという、ジョン・カビラさんの今までの人生を振り返る内容でした。 ジョン・カビラさんのご両親は、父親が日本人で元アナウンサー、母親がどこの国の人だったか忘れたんですが、英語圏の外国人。 家庭内では、英語でコミニケーションをとっていたとのこと。 両親が違う言葉をしゃべっても必ずしも、バイリンガルになれるわけではないんですね。 やはり、意識的に、英語を話すように家庭教育されたとのことでした。 ただしゃべれればいいというのではなく、その言葉の裏側にある、文化にまで思いをはせて、言葉をとても大切にされているご家庭で、話されていることが素敵でした。 両親が、VTRのなかで、スタジオにいる、ジョンさんに向けての一言、を話す場面がありました。 そのなかで、ジョンさんの母親の言葉に心を打たれました。 「あなたを誇りに思っているわ。 パパと同じように、毎日誇りに思っています。 自分が誰であるか、常に忘れないでね。 私の言いたいこと、分かるでしょう?」 ( Oh, I am so proud of you, john. I 'm just like papa , proud of you every day. And I want you to always remember who you are. You know what you mean.) 英語部分、テレビでは日本語字幕だったので、I am proud of youという言葉を書きたい一心で、分からないところは、適当に(?)書いてみました。 ジョンさんの母親の言葉、本当にあたたかくて、なんだか、じーんときてしまいました。 「誇りに思う」という言葉、よく外国の映画では聞きますが、私は好きです。 そして、「自分を誰だか忘れないで」という言葉。 記憶が確かでないのですが、アイススケートの浅田真央さんもコーチから、自分を誰だか忘れるな、といわれたという話を聞きました。 自分に疑いを持ちそうになったとき、根拠のない自信、理由はないけれど大丈夫なんだ、できるんだという、そういう安心感を、自分に対してもてたらいいなあと思います。 「あなたを誇りに思ってる」って、親から言われたら、最高ですが、自分が自分に言ってあげたい言葉だなあと思います。 今まで生きてきた、あなたのことを誇りに思っています。 あなたのままで、あなたの道を、どんなときも放棄しないで、生き抜いてきたことを、毎日誇りに思っています。 私はあなたを見てきました。 これからも、あなたのままでいてほしい。 もし、一人一人を見守ってくれている大いなる存在がいるなら、きっと、そう思ってくれているんじゃないかなあと思います。******************************(あなたにとっての美しさとは?という内容の質問に)私にとって「美」とは、まず自分を好きになること。それに人生を感謝すること。だから、美って姿勢だと思うわ。 リン・チーリン(女優) 「英語でしゃべらナイト」2月23日放送より
February 25, 2009
映画「ベンジャミン・バトン」を見ました。 ブラット・ピット主演。 老人の姿で生まれて、年を取るにつれて、若返っていくという、男性の人生を描いた物語です。 長い映画でしたが、ラストシーン、劇的な場面ではないのに、胸に暖かいものがこみ上げてきました。 生きることを考えさせる、しみじみとした、いい映画でした。 実は、年明けから体調だけでなく、精神的な疲れを感じる出来事が続き、悩むことが多い毎日を過ごしていました。 そんなとき、あるお友達がから電話があり、彼女から、優しさをプレゼントされ、凍りかけていた心が、暖炉の灯がともるようにあたたかくなりました。 ブログにも、自分の言葉で書こうとすると、のどにつかえるように、言葉が出なかったのに、不思議ですね。 今日は、書きたい、誰か自分と同じようにいろんな思いを抱えている人に、届けたい、そんな気持ちになりました。 生きていくって、いろんなことがあります。 悲しいことがあるかと思うと、思いもかけないうれしいことがあったり。 私は、やっぱり、人生って素敵だって、生きていくって、素敵だって思いたいのです。 この映画も、子供でありながら老人の姿という、奇妙な姿に、主人公ベンジャミンを取り巻く人たちは、それぞれの反応を返します。 実の親に捨てられた、ベンジャミン。 けれど、彼の姿に関係なく、彼が彼だからという理由で、ありのままの彼を愛する人がたくさん出てきます。 けれど、素晴らしい人との出会いもあれば、その出会いが素晴らしいからこそ、その人との別れの悲しみもあるのです。 また、彼は、愛する人とともに年をとれないことで、悩みます。 それでも、彼は人生を楽しみます。 様々な場所へ行き、いろんな事を知り、体で感じ、今の自分を存分に楽しむのです。 生きることを楽しもうって、この映画は語りかけてきます。 時は刻々と流れている、今、この一瞬を大切にしよう、と。 このことを書こうと思ったら、ふと思いだしのが、「幸せへの扉」という本です。 今日の言葉はこの本から書きたいと思います。 「幸せへの扉」アナ・クィンドレンより 「大事なのは頭より心です。 銀行預金よりも魂です。・・・・ 魂を豊かにするより履歴書を書く方がよほど簡単です。 でも、冬の夜に、履歴書でぬくもりを得ることは 出来ません。 悲しいとき、お金がないとき、さびしいとき、胸のX写真が 思わしくないとき、カルテに予後不良と書かれたときも、 履歴書は役に立ちません。」「思いわずらうのをやめよう、赤ちゃんの耳のうぶげに 目をとめよう、太陽を顔にあびて裏庭で読書をしよう、 楽しむことを覚えよう、不治の病にかかっているつもりで 生きよう・・」「本物の人生を生きてください。 さらなる昇進や、もっと良い給料や、より大きな家を 求めるのではなく。」 この本は、私の人生を変えた、大事な本です。 とても短い本ですが、大好きな本です。 あなたの毎日に天使が舞い降りますように☆ ******************************心をこめてすべてを見てごらん。そのとおりにして失望したことは、一度もありません。 「幸せへの扉」アナ・クィンドレンより
February 25, 2009
京都国立博物館へ行ったついでに、智積院へ行ってきました。 またまた、梅を楽しんできました。 顔を近づけて、匂いをかいだり、光に透けてみる花びらをじっと見たり、時々さしこんでくる日差しを感じました。 まだ、しばらくは梅を楽しむ日々が続きそうです。 ついでに博物館の写真も・・。 国立博物館は、建物が古くてお庭も広くて、何となく好きです。
February 23, 2009
NHKテレビで「リトル・チャロ」というアニメによる語学番組を見ています。 何となく見ていたのが、英語の勉強というより、ストーリーに引き込まれていきました。 ニューヨークで迷子になった子犬チャロが、日本へ帰ろうといろんな困難や冒険、犬との出会いを通じて成長していくお話です。 犬の話なのに、人生の教訓がちりばめられていて、考えさせられることもしばしばです。 先週の話で、ぐっときたのが、シリウスという名前の警察犬のエピソードでした。 シリウスは、非常に有能で、様々な事件を解決するためにパートナーの警察官のキャサリンとともに、働いていました。 その姿は、りりしく、シリウスは、揺るがない信念を持って、仕事に当たっていました。 ところが、ある時、信頼していたパートナーのキャサリンに対して、ある疑問がわきます。 そのことから、シリウスは、仕事でミスをしてしまい、現場から訓練所へと送られてしまします。 ある日、子犬チャロが、本屋の前にいるシリウスを見つけます。 シリウスは、チャロに、現在、仕事のパートナーだったキャサリンの飼い犬として暮らしているといいます。 キャサリンも警察を辞めていました。 両親が亡くなり、実家の本屋を継いでいたのです。 シリウスは、訓練所から復帰できるチャンスがあっても、その都度ミスをしてしまい、警察犬を引退することとなってしまったのだといいます。 それを知った、キャサリンが自分を引き取ってくれたのだと。 シリウスは、自分が警察犬として有能だから、キャサリンが、自分を大事にしてくれているのだと思っていました。 でも、そうではなかったとシリウスは気づくのです。 「I now know that she loves me just the way I am. 今ならわかる、彼女はありのままの私を愛してくれてるんだ。」 事件現場で人を助けていた、シリウスは、今は、キャサリンと散歩を楽しむ毎日を送っています。 シリウスは、キャサリンとともに、公園で、かわいい小さな花を見つけます。 今まで、見えなかったもの、気づかなかったものに気づけるようになったとシリウスは語るのです。 警察犬として、華々しい活躍をしていたシリウス。 働く場をなくして、普通の飼い犬になったシリウス。 シリウスがありのままの自分が愛されていることに気づいたのは、誇りにしていた仕事を失ってからでした。 うまくいかないこと、がっかりすること、大切なものをなくすこと、いろんな事が人生にはおこります。 でも、そのうまくいかなかったことが、大きな幸せを連れてくることってあるのです。 それが起こったからこそ、それが起こる前より、ずっと幸せになれるということがあるのです。 以前のチャロの物語でこんな台詞がありました。 「Did you know that reality can be made of miracles? おまえ知ってたか、現実ってのは奇跡でできてるのかもしれないんだぞ。」 チャロを取り巻く犬たちは、チャロの存在によって、変わっていきます。 不機嫌で犬づきあい(?)の少なかった犬が、過去に自分を傷つけた相手のために、自分の体を張って助ける場面がありました。 誰の心の中にも、必ず、愛ややさしさ、勇気、純粋さがあって、きっと、それを引き出される機会されあれば、それは必ず、表に出てくるのだと、思いました。 生きていれば、どんなことがあっても、むしろ、いろんなことがあるからこそ、奇跡のような、素晴らしいことが起こるのではないかと思ったりするのです。 奇跡が起こるためには、すべてのピースが必要なのかなと思うのです。 ************************************ I now know that she loves me just the way I am. 今ならわかる、彼女はありのままの私を愛してくれてるんだ。 TVアニメ「リトル・チャロ」44話より
February 20, 2009
先日、大阪・箕面(みのう)に行ってきました。 以前、こちらにある滝まで行ったことがあったので、ハイキング気分で、散策してきました。 川のせせらぎを聞きながら、ウオーキングです。 途中、昆虫館というのがあり、温室で、放し飼いにしてある、蝶がみれるというので、寄ってみました。 たまたま行った時間が、孵化したばかりの蝶を放すことができるというので、それに挑戦してみました。 シャーレにくっついる蝶を渡され、手にのせました。 ほとんど動かず、なかなか飛び立ちません。 手にのせたまま、温室を見て歩いていたら、突然飛びました。 なんだか、不思議な体験でした。 温室内には、蝶があちこち飛んでいます。 生まれて初めて、こんなにたくさんの蝶を近くで見て、見入ってしまいました。 昆虫館を出て、滝に向かいます。 やっと、着きました。 自然のなかにいると、なんだか、気持ちがいいですね。 少し前に、倉本聰さんの自然塾からのメッセージという特番をテレビで見ました。 その中で、竹下景子さんが、人の心はどこにあるか?という話で、体全部が心なんだ、と言われていました。 そのことが心に残りました。 したくないことをしようとすると体が緊張するし、悲しかったり、いらいらしたり、疲れがたまると、体の具合も悪くなる。 また、体の具合が悪いと気分もふさいでしまう。 逆に、楽しいことをしたり、美しい自然の中にいると、体が軽くなります。 よく言われることだけど、改めて、心、体は、まったくの一体なんだなあと。 自分の心を大事にすることは、体を大事にすることで、体を大事にすることは、心を大事にすること。 地球と自分との関係も、一体で、地球のためにとか、自分のためにとか分けきれるものではないなあと思いました。 少し前に、こんな本を読みました。 「自然について私の考えを話そう」 いろんな人が自然について語っているのですが、深いです。
February 19, 2009
用事があって近くまで来たので、万博公園に寄ってみました。 太陽の塔、近くで見ると、何とも言えない愛嬌があります。 私には、口をとがらせている男の子のように見えてしまうのですが。 万博公園の梅林では、たくさんの梅が咲いていました。 この写真は、明日アップするつもりだったのですが・・。御所の写真に引き続いて、のせてしまいました。 万博公園は、しだれ梅まで咲いていたのには驚きました。 日曜だったので、とても賑やかでした。 花の季節がやってきたのを実感しました。********************************自分を幸せにすること。それこそがあなたの仕事だと思ってください。自分だけの真実を探してください。自分で発見した真実を、自分の中心においてください。 「津留さんが心から伝えたかったこと」津留晃一著より
February 16, 2009
先週はあたたかくて、もう雪を見ることはないだろうなあと思ったのですが、今日はまた急に寒くなってきました。 梅を見てきました。 京都御所です。 咲く直前の、つぼみの花って、とても惹かれます。 もちろん、ぱかーんとすごい勢いで開いている花たちにも。 光が当たっている葉っぱも大好きです。 ********************人生は、死んだとき、その本当の価値がわかる、と言います。死んだ時、あなた自身が「ああ、幸せだったなあ」と思えるかどうかが大切なのです。 「前世療法へようこそ」奥山輝実著より
February 16, 2009
京都でどこがいい?とたまに聞かれるときがあります。 どこが?といわれると、私は嵐山や哲学の道なんかが自分は好きだから、そう答えたりするんですが。 でも、紅葉や桜の混雑時には、人が多くて、行ってもかえって疲れるということがあります。 自然に触れたり、自分と対話するという、静けさがないですね。 少し前に訪れて、「ここは」と思ったのが、石像寺、通称「釘抜き地蔵」さんです。 このお寺には、人々の苦しみを抜き取ってくれるという、言い伝えがあります。 昔、何事もないのに両手が非常に痛み、苦しんでいた人が、このお寺のお地蔵さんに願をかけて祈ったところ、夢の中でお地蔵さんが出てきて、こう言ったというのです。 これは病気ではなく、前世に人を恨み人形を作り、釘を打つ呪ったので、今その報いを受けていると。 夢の中のお地蔵さんは、その時の釘を抜き取ったと、二本の釘を見せてくれます。 夢から覚めると、手の痛みは消えていました。 それ以来、釘抜き地蔵といわれるようになったそうです。 このお寺は、観光客よりも地元の人が多く参られています。 子供さんが遊んでいたり、お茶を飲むところがあって、そこでのんびりおしゃべりをしたり。 一方で、悩み相談も受けているようで、住職の方と真剣にお話をされている方も見られました。 入り口に、こんな看板が立てられていました。 私も祈りを捧げました。 このお寺には、釘が打ち付けてある絵馬が、たくさん貼り付けてあります。 絵馬には願いが書かれていません。 ここで祈ることにより、苦しみがなくなった人たちが感謝の気持ちで、名前だけが書かれた絵馬を奉納するのです。 古い絵馬があり、昔からここに住む人たちの苦しみを聞き続けている、このお寺の歴史に思いをはせました。 どの時代でも、多くの人に、悩みがありいろんな形の苦しみがあり、そこから救われたくて祈ったのだということ、そのことを改めて思いました。 なぜか心やすらぐお寺で、また行きたいなあと思いました。 近くには千本えんま堂というお寺があり、そこもなんかほっとするお寺でした。 少し離れたところに、北野天満宮もあり、梅もこれからなので、北野天満宮行きがてら、釘抜き地蔵さんによってみるのもいいかもしれません。 このお寺、いつかブログで紹介したいと思いながら、今日になってしまいました。 もう一つおすすめのお寺があるのですが、疲れてきたので、今度にします。 昨日から風邪が悪化し、咳がひどく、家に閉じこもっています。 今週末の予定は、全部キャンセルし、少し残念です。 おかげでブログの更新ができます・・。****************************業の深さが胸のどん底にしみてこそ、初めて仏のお慈悲が、分からせていただけるのです。業深き身であればこそ、真実、お念仏が申させていただけるのです。 中村久子
February 5, 2009
先日、ある病院で、セルフケアのワークショップをさせていただきました。 参加者のみなさんは、働いて20年以上のベテラン看護師さんです。 仕事でも家庭でも、いろんな時期を経験し、そして、今も、この仕事に誇りを持って取り組んでいらっしゃる姿に、深い感動を覚えました。 病院にかかる人は、いろんな思いを抱えてやってきます。 不安、迷い、怒り、悲しみ・・・。 そうした方たちを日常的に接することは、大変なことです。 気持ちの行き違いや、誤解から、怒りをぶつけられることもあります。 組織の中で、思うように動けないこともあります。 また、自分自身の問題を抱え、大変な状況の場合もあります。 そんなときでも、仕事とはいえ、人の話を聞き、人のお世話をしなければいけないのです。 それでも、人と人との深い関わりから、学びや喜びがあるのも、この対人援助職の醍醐味だと思います。 仕事や人生の厳しさの中で磨かれた参加者のみなさんに、人として、教えいていただくことが多かったです。 私は、セルフケアについての講義と、いろんなワークで実際の思いについて話していただきました。 私は、自分をケアするにあたって、安全な場所で、話をすることがとても大事だと考えています。 皆さんそうだと思うのですが、どうしても目の前のことをこなすことで一生懸命で、自分がどうしたいかという問いかけをする、まとまった時間がありません。 だから、自分の気持ち、これからの人生で大切にしたいこと、仕事への思い、振り返る時間が大切だと思うのです。 そして、今まで自分が乗り越えてきたこと、通ってきた道、自分の本来持っていた強さを思い出していただけたらと思うのです。 最後に、自分にエネルギーを補充し、自分を大切にするためのセルフケアの方法を8枚の紙に書いてもらって、袋に入れてもらう、セルフケアバッグを作ってもらいました。 それぞれのセルフバックは、とても個性的で表現豊かでした。こんなシールも使って、子供にかえって楽しんでいただきました。 みなさんのセルフケアバック。 この中には、いろんなストレス解消法、自分を大切にするための方法が書かれた紙が入っています。 子供にかえって、自分の中の子供を喜ばせること、そんなことを日常の中でしていくこと。 まず自分を大切にすること、自分の気持ちや言い分を聞いてあげること。 忘れがちなことですが(私自身、忘れてしまうのですが)、意識してやっていこうと思っています。 誰もが、自分らしく、幸せに生きていけたら・・と思うのです。 参加してくださったみなさん、ありがとうございました。 *************************私は自分を責めたりしない。いつも、そのときにできる精一杯のことをやっているのだから。 「もえつきの処方箋」水澤都加佐 他 著
February 3, 2009
前回のワークショップのセルフボックスの様子をだいぶ時間がたってますが、お伝えしたいと思います。 セルフボックスとは何か?といいますと・・ 普段のコラージュは、画用紙に雑誌の切り抜きを貼りますが、セルフボックスは、箱に自由に貼り付けます。 コラージュより、立体的な表現が可能になります。 ふたの上、内側、箱の中、外、箱の下側・・・。 いろんな場所に、貼ることが出来ます。 自分の内面や、願い、いろんなものが出てきます。 箱の中には、貼らない方もいらっしゃいます。 それも表現です。 前回は、4名プラス2名の方が参加でした。 というのも、子供さんと参加されていた方がいらっしゃったからです。 子供さんのワークショップの参加は初めてだったのですが、ちいさなお子さんでも十分、作れます。 子供さんも、表現豊かで、自由で楽しい作品を作られ、見る方も刺激を受けます。 すべての参加者の方に、影響を受けながら、そのときにしか作れないもの、そのときだけの表現として、作品が完成します。 今回作ったものは、写真を取り忘れて、最後に残られていた二名しかとれなかったのですが、素敵な作品です。 参加者二名の方と私の作品です。 それぞれみなさんで、他の方の作品を見て、どういうイメージを受けたか、どこが素敵かを、紙に書いて伝えました。 作品からその人の輝きや素敵さが伝わってくるものです。 今回も、見させていただいて、その方らしい素晴らしい作品で、心打たれました。 自分のすばらしさを、改めて気づく機会になったらなあと思います。 今日の気づきや自分へのメッセージを、自分への手紙として、皆さんに書いていただきました。 参加された方が、ほんの少しでも元気になって、そのエッセンスを日常の生活に持って帰っていただけることを願っています。 みなさん、生きていく中でいろんな事があり、いろんな思いを抱えていらっしゃる。 それでも、こうした表現を見ると、その人の美しさがぐっと伝わってくる・・・。 毎回、皆さんの作品を見るのが楽しみです。******************************** 次回のコラージュ・ワークショップは、 3月27日(金)、28日(土)・・・ウィングス京都にて 4月26日(日)・・・ハートピア京都 (いずれも午後1時半からで、場所は、どちらも京都市内です。 内容はそれぞれ多少違いますが、コラージュ表現を用いた ワークショップです) 詳しい内容については、後日お知らせします。 ***********************人は笑ったり泣いたり、怒ったりやきもちを焼いたり、くやしがったり、喜んだりしながら生きている・・・そしていずれ死んでしまうけど、どのひとつをとっても、けっしていらないものはないんだ。どれもが大きな意味を持っていて、いつかの素敵なことをつくりあげているんだわ。 「魔女・モナの物語」山元加津子著
February 3, 2009
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