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やっと一息。年頭の大イベントが無事終了しました。そのことは別に報告するとして、ご無沙汰していた皆様に軽めの話題を。疲れが溜まっているのか、食生活が乱れているためか、あるいは風邪を引きかけているのか、原因はよく分かりませんが、最近トイレとすっかり仲良くなっています。改めて自宅のトイレをじっくりと点検していて感じたこと。なんで、トイレにこんなにカネかけているの?ということ。マットもカバーもタオルもスリッパも宮崎駿の「ジブリ・グッズ」。おまけに、正面の棚にはトトロカレンダー、トトロ時計。上段の一輪挿しは、もののけ姫の「こだま」。すごいです、母ちゃんのこだわり! まあ、長時間トイレに篭りがちの私には「癒し」ではありますが…。ちょっと前までは、家中「プーさん」だらけ。トイレも台所もリビングも玄関も、タオルからカーペット、マットまで「プーさん」だったのです。しかし、昨年11月頃からトトロに取って代わられて、家のどこにいてもトトロ。それ以外でも、ラピュタやもののけ姫グッズがいます。もともと、廊下や階段リビングには「ジブリ」アニメのジグソーパズルをいくつも飾ってあるのですが、いまや我が家は「ジブリ」に占領されています。リビングに飾られた大きなジグソー。横は120センチ
2009年01月27日
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ブログ更新できないという、泣き言ブログを更新するのは矛盾かもしれませんが、とにかくドタバタと1日が過ぎていきます。連日深夜帰宅。会社で何をやっているのか? 次々訪問されるお客様、取引先様と話し、社員たちと話し…。持ち込まれる社内の相談事・報告を聞いて、指示して…気がつくと、朝飯も昼飯も食べていない。結局、考え事は家に持ち帰り…。忙しいのはいいことかもしれませんが、なんとも過激です。風邪とインフルエンザが社内に侵入している中、社員みんなが頑張っているのです。ということで、今週いっぱいはブログ更新できません。悪しからず!
2009年01月21日
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今年の新年会は六本木アークヒルズにあるANAインターコンチネンタルホテル東京。新年会ではステージを設け、スクリーンも使って、かねてプロジェクト・チームが検討してきた「クレド(行動指針)」を発表します。その打ち合わせで、夕方アークヒルズに行きました。前日来体調が優れず、背中と腰に使い捨てカイロを貼り、薬でごまかしていました。この日も朝からトトロ・グッズに癒されながら、自宅トイレで暮らしていましたが、スケジュールがギュウ詰めなのでとにかく出社。やたら薬を飲み、栄養ドリンクとビタミン剤も飲んで、スケジュールをクリアして、夕方六本木へ出撃したのです。本当のことを言えば、打ち合わせを夕方に持ってきたのには理由があります。19時から、アークヒルズにあるサントリーホールで、読売交響楽団のコンサートがあったのです。コンサートの目玉は、シューベルトの歌曲集『冬の旅』。通常この楽曲はピアノ伴奏で謳いあげるのですが、今回は管弦楽演奏をバックに、ドイツのバリトン歌手・フローリアン・プライが歌います。滅多にない組み合わせなので、どうしても行きたかったのです!!(駄々っ子みたい)ということは、冒頭の長い文章は言い訳か?とお叱りを受けそうですが…。打ち合わせは、少々慌しく早口でしたがガッチリ完了しましたよ。打ち合わせをバタバタと終えて、開演ギリギリにホールに飛び込みました。ホールは若干空席があります。ああ、もったいない。こんなコンサートを見逃すなんて…。最初は、モーツアルトの交響曲第40番。「悲しみのシンフォニー」という名でよく知られた曲です。この当時、交響曲は華やかな雰囲気の曲が主流でした。ところが、40番はト短調。交響曲としてはふさわしくない短調、しかも「嘆き」「悲しみ」を表すト短調で作曲されたこの作品は、異色です。人気が高く、あまりにも有名で、CMなどにも良く使われている曲ですから、皆さんも良くご存知のはず。この曲を、オーストリアの指揮者・ワルター・グガバウアーを迎えて読響が演奏します。彼はウィーン少年合唱団の看板指揮者として活躍し、2000年からは、エアフルト歌劇場の音楽総監督として、モーツアルトの作品を多く手がけてきました。40番は第一楽章冒頭が命。よく「ため息をつくように」と形容されますが、ヴァイオリンによって、ひそやかに、そっと演奏が始められなくては台無しになります。さあ、どうだ? クリアしました。澄み切ったヴァイオリンの音色が私を引き込みます。包み込むような「悲しみ」の表現いっぱいに第1楽章が静かに終わります。一転、第2楽章は変ホ長調の、モーツアルトらしい多彩な音が溢れます。そして、第3・4楽章のト短調へとつながり、安らぎを与えます。ああ、いい演奏だ。休憩後は、『冬の旅』全曲の演奏です。歌曲王・シューベルトが、ドイツの詩人・ヴィルヘルム・ミュラーの詩に曲をつけた、名作中の名作で、シューベルトの代表作です。全24曲からなっており、「菩提樹」や「おやすみ」という曲は日本の音楽教科書にも日本語訳されて載っています。私も歌ったことがあります(いまはカスれた低音ですが、若い頃はバリトンだったのです)。「菩提樹」は近藤朔風の訳詩で、次のような歌詞です。聞いた記憶ありませんか? 泉に沿いて 繁る菩提樹 慕い行きては うまし夢見つ 幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉 うれし悲しに 訪(と)いし そのかげ 訪いし そのかげ詩のテーマは、失恋した青年が冬の荒野をさすらい続ける中で味わう、絶望・孤独・諦めと憧れの思い。シューベルトがこの詩に共感したのは、その年敬愛するベートーヴェンが亡くなり、大きな打撃を受けていたからで、絶望に打ちひしがれながらも生きなければならない青年の姿を自分自身に重ねたためといわれています。もともと、伴奏はピアノだけ。それを管弦楽用に編曲するのは難しいとされていますが、ブラームスなどによって編曲されてきました。今回の編曲は、日本の作曲家・鈴木行一さんが1997年に完成させ、フローリアン・プライの父、ヘルマンが絶賛したというもの。大掛かりな管弦楽編成が、ピアノとバリトンの調和を崩すのではないか、大げさな演奏をするとバリトンの歌唱が埋もれるのではないか、気になっていました。演奏が始まって、編曲も演奏も、ピアノ伴奏のイメージに沿った、素晴らしいものでした。曲調が強まるいくつかの曲で、ときおりプライの声が聞き取れない部分もなくはなかったですが、抑制の効いたオーケストラとバリトンが、違和感なく混ざり合い、私を『冬の旅』の世界に誘ってくれました。この素晴らしい演奏に、4回、5回とカーテンコールが続きました。途中から、薬が切れたのか、体中の関節が痛みだしましたが、無事全曲聴くことができました。体調不良を押してでも聴きに行く価値のあるコンサートでした。
2009年01月16日
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わが家には、観音様のほかにお地蔵様がいます。教科書にも載っている『かさじぞう』に登場する6体です。飛騨高山にいたお地蔵様たちが、わが家に住み着いて7年目を迎えました。いまもテレビの上に鎮座して、私たちのグズ・ダラとした暮らしぶりを、怒りもせず、にこやかに見守ってくれています。アルバム整理をしているとき、たまたま、わが家に来たばかりの金ピカ写真が出てきました。背景を作って記念撮影した写真。わたしも、ずいぶん少女趣味ですね。 この昔話は、地方によって微妙に違いはありますが、よく知られている話を紹介してみます。『かさじぞう』 むかしむかし あるところに おじいさんと おばあさんが くらしていました。 おじいさんと おばあさんは たいへん びんぼうで おおみそかに もちをかうかねも ありませんでした。 そこで おじいさんは すげがさを いつつ つくり まちへ うりにいくことにしました。 まちについた おじいさんは かさを うりはじめましたが まったくうれません。 これでは もちひとつも かえませんが しかたありません。 おじいさんは いえにかえろうと とぼとぼと もどっていきました。 まちをはずれ とちゅうまでやってくると おじいさんは おじぞうさまを みつけました。 むっつならんだ おじぞうさまには ゆきがつもっていて つららもさがっていました。 おじいさんは ゆきをはらってあげ うれのこった かさを おじぞうさまに かぶせて あげました。 ところが こまった ことに かさはいつつ おじぞうさまは むっつ。 かさが ひとつたりません。 おじいさんは じぶんのてぬぐいを さいごの おじぞうさんに かぶせて あげました。 いえにかえりついた おじいさんは かさがひとつもうれず とちゅうで おじぞうさまに かぶせてあげた ことを おばあさんにはなしました。 おばあさんは それはいいことをしたと にこにこして いいました。 まよなか とおくから そりを ひく かけごえが きこえてきました。 こえは だんだんと ふたりのいえに ちかづいてきます。 そして いえのまえで とまると どっすーん どっすーんと おおきなおとがしました。 なんじゃろうと ふたりは そうっと とを あけて びっくり。 いえのまえには おこめ おさけ おもち さかな ふとん きものなど たくさんのものが おいてありました。 おじいさんとおばあさんは いちれつにならんで もどっていく おじぞうさまたちのうしろすがたに てをあわせて おれいをいいました。追記(1月13日)。会社のデスクにもお地蔵様。私を笑顔で励ましてくれています。身の丈は2寸。こちらも飛騨高山からお呼びしました。
2009年01月12日
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今日は七草。セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ、そんなに旨い物ではありませんが、さっぱりとしていて胃には優しい食べ物です。しきたり通り、毎年いただいています。能登旅行の続きさて、1月2日午後からの旅行記です。念のため、登場人物を再度説明します。ダンナ=友人の長距離ドライバー、ママ=その妻、ジイジ=妻の親父さん、高校生=友人の息子、母ちゃん=言うまでもなく私のかみさん。金沢の観光を済ませた私たちは、持ち前の学習能力を発揮して、能登・和倉温泉までの道順を調べ、迷子再発防止対策をしました。これで安心して眠れます。ダンナの横には「人間ナビ」として略図を持った高校生の息子が座り、用意万端。あとはホテル前で起こしてもらうだけです。車は順調に進み、私が次に目覚めたのは能越有料の和倉IC手前でした。気心の知れた、家族のような友人家族ですから、年末以来の緊張が一気に解け、気が緩んだのだと思います。「眠る係」の役割をカンペキに果たしています(早い話、寝続けということ)。ホテルは、日本のホテル第1位に君臨する「加賀屋」でなく、もっと安くて小ぢんまりした「和倉パークホテル十番館」。客室は24部屋しかなく、巨大な加賀屋と違って、館内に劇場もショッピングモールも、クラブもありませんが、「じゃらん」口コミで高得点を取っています。七尾湾に浮かぶ能登島を望むお宿です。客室から見た七尾湾。沖には能登島、手前にシーサイドパーク良質の温泉と心のこもったサービスは定評があります。料理も食べきれないほどボリュームで山海の美味が並びます。何といっても名物支配人・伊藤さんの気配りは評判通り。沢田亜矢子似のフロントチーフも、こちらが恐縮するほどの心づかいです。早速、予約しておいた貸切露天風呂へ。問題は割り振り。2つある貸切露天を借り切っても、2家族6人が同時に入ることはできません。思春期の息子がいる長野のママは、男どもとは入れない。うちの母ちゃんは当然、私と一緒に入りたがるし…。かといって、ママと私ら夫婦が一緒に入るというのは、私はWELL COMEですが、女たちが嫌がります。結局、私ら夫婦がパパッと入り、そのあとママが1人でのんびり入るということに(残念!)。夕食はホテルの計らいで個室が用意されました。12人用のテーブルに6人分の膳、これだけでも豪勢な食卓なのに、船盛り、2人に1台ずつブリしゃぶ&カニ・エビ鍋が大テーブルいっぱいに並びました。とても食べ切れる量ではありません。伊藤支配人が何度かテーブルにやってきて「がんばろうね~」と追い込みます。3時間近くかけて食べましたが追いつきません。特に、ジイジの前にある料理はダイナミックに残りそう。私と高校生が果敢に挑みましたが完食できませんでした(残念!)。板前さんごめんなさい。「あしたの朝、この続き食えないかな、雑炊うめ~えぞ」とダンナ。「部屋に運んでもらって、ひと風呂浴びて再挑戦できないか」とは私。 :2人のアホな会話を、やさしく微笑みながら聞いている支配人。バカか、という目で見ているママと母ちゃん。長い時間をかけて賑々しく夕食を終えました。ちなみに、デザートは完食。私はお茶漬けも頂きました。また、酒は石川の銘酒「天狗舞」山廃仕込み。私の好きな銘柄の一つで、超オススメ。冷酒がおいしいのに、ジイジは「燗はつかね~のか」と言いだします。私は「燗酒飲みたいなら、鍋の横にしばらく置いときゃ温まる」と突き放しました。かくして、能登の夜は更けていき、運転疲れのダンナ、続いてジイジは早々に沈没。女子供と私はラウンジでコーヒータイムと洒落こんで、海を吹き渡る風の唸りに耳を傾けていました。そのあと大浴場に出かけ、身も心も温かく就寝したのでした。翌朝、雪はないけれど日本海は鈍空に覆われています。ホテルからまっすぐ長野へ向かうかと思いきや、「のとじま水族館」に立ち寄ることに。金沢の石川県物産館でアクリル・トンネルを泳ぐイルカのポスターを見てから、ずっと行きたいと言っていたダンナの切なる願いを叶えてやることにしたのです。南相木村という山村で生まれ育った彼は、海の生き物を見る機会が極めて少なく、水族館も大昔に伊豆の下田水族館に行ったきり。ダンナ「トンネルになっている水槽が金沢八景にあるって聞いてたが、 見たこともねえ」 私 「旭山動物園、葛西臨海公園、品川水族館そのほかの水族館でも、 トンネル水槽はフツーにあるよ」ダンナ「せっかく近くにいるんだから行きて~ぇ」母ちゃん「子供か! (高校生に)あんたも行きたいの?」高校生「べつに~」 私 「どうするか…まあ行くか。俺らも水族館好きだし」母ちゃん「(沢田亜矢子似に)すいません、水族館の割引券ありますか」沢田亜矢子似「どうぞ、どうぞ。1枚で5人まで使えますから」という次第で、「のとじま大橋」を渡り水族館のある海浜公園へ向かいました。この日も運転手はダンナ。一応「眠くなったらいつでも交代するよ」と声を声はかけましたが、「で~じょ~ぶだ」とのことなので、私は定位置3列目へ。今日も「眠る係」を真面目に果たしましょう。童心に返って、イルカにエサをやる見学者。エサのオキアミは100円「のとじま水族館」は、地元・能登半島や富山湾に生息する魚介類の展示に力を入れています。イルカやペンギン、アザラシなどもいますが、何気に愛着の湧く水槽の構成です。イルカショーなどはパスして、なじみのある魚たちを見学して回りました。ブリやエイ、タイ、スズキ…などが泳ぐ回遊水槽で、お正月らしく振袖、紋付き袴を身に着けたマリンガールが、水中で餌をやるというので人が集まり始めました。振袖姿の方は裾がめくれ易く、そのためかオヤジたちが多く、必死にカメラを構えます(何を考えてるんだ!)。清く正しい私は袴姿の方。男子と思い込んでいたのは私だけ。こちらも女性(マリンガールだから当たり前です)。そうなると袴の裾も…気になる、気になる。最後に水槽の彼女たちをバックに記念撮影会。私たちの中で唯一勇気があったのはジイジ。結局、私も引き出されて2人でピースしながら写真を撮ってもらいました。目当てのトンネル水槽は、来たがっていたダンナはもとよりジイジも高校生も大喜び。イルカがスマートに泳いでいる姿がよく見えます。でも、写真はうまく撮れませんでした。大ホールは吹き抜け。高さ7メートル幅12メートルの曲面巨大水槽に嘆声が漏れます。きれい!ジイジが「このガラスは相当厚いべな」と言いつつ「割れたら、て~へんだあ」と心配しています。博識の私は「アクリル樹脂を何枚も重ねて、特殊技術で作ってあるから歪みもないしガラスより透明。しかもヒビがないから丈夫なんだ」と説明しました。でも、やっぱりジイジは信じられないらしく「地震があってもで~じょ~ぶだか」と何度も聞いてきます。言われてみれば不思議です。以前テレビで放送していましたが、巨大水槽の素材はアクリル樹脂。石油から作られるプラスチックの一種です。アクリル樹脂をどんどん重ねていき、水圧に耐えられる極厚アクリル板を作ります。しかもアクリル板は、重ねて厚くしてもガラスより透明。沖縄の美ら海水族館のアクリル板は60センチもあり、ギネス認定を受けています。ガラスの場合、厚くしていくと不純物のせいで緑がかって見えてしまい、厚くなればなるほど水槽内が見えなくなっていきます。しかも、ガラスの変形加工には720℃もの高温が必要なため、冷却スピードの差によって製造工程でひずみが出て割れる危険もあるのです。のとじま水族館のアクリル板は30センチ(だったと思う)。「魚の群れと海藻の海」と名付けられた大水槽水族館を堪能して、一路長野を目指します。が、ここでまた問題発生。有料道路を使うと少し時間短縮できそうですが、金沢まで行ってしまうので遠回り。海岸沿いの一般道の方は近そう。でも、北陸道のどのICに向かうのが正解か? 地図がない!そうだコンビニにある。コンビニに駆け込んで、地図を確認してICまでの道順を調べたものの、なかなか一度には覚えられません。地図を睨みつけていると、親切なおじさんがいて「レジから見えないからコピー取っちゃえばいいよ」とアドバイスしてくました。ダンナは「まずいんじゃね~の」と言いましたが、おじさんは「いいから、いいから」と、サッサと地図をコピーしてくれました。「それでは、お言葉に甘えて」とカラーコピー代50円をおじさんに渡して、コンビニから「逃亡」しました。申し訳ございません。その地図を頼りに能登から長野まで無事帰りつきました。「眠り係」の私はトイレ休憩にも気付かず爆睡して、役割を見事果たしました。すっきりした~!帰りに立ち寄った佐久平の企業イルミネーション4日は、ゆっくりめの起床。渋滞前に関越道を通過するために13時に佐久を出発。内山峠を越えて下仁田ICから上信越道に乗るつもりが、浅間山の写真を撮りたくてUターン。結局、佐久ICから東京へ向かいました。噴煙を上げる浅間山
2009年01月07日
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大晦日~元旦前半急転直下、大晦日がOFFになって、正月休みが5日間取れました。「拍子抜け」感と「得した」感が入り混じった、生煮え状態で31日から那須に行ったのです。先日書いたように、那須は母ちゃんの両親に同行しての年越しミニ旅行。「アズール」はペンションですが、和洋室と和風創作料理、温泉の三拍子そろった年寄りにはありがたい「お宿」。ペンション村周辺の路面はガリガリ。でも、スタッドレス・タイヤのおかげで難なくチェックインできました。そして、いきなり貸切露天風呂にドボン。ぬるめの源泉が心地よく、しかも体が温まる、いいお湯です。食事もおいしい! 夕食はごはん。白河の遠藤さんの有機米コシヒカリ。めちゃくちゃ美味しくて、毎度のことながら写真も撮らずに、大飯を食らいました(私だけです)。ちなみに、母ちゃんはそれなり。糖尿で腎臓透析で、心臓が悪くて目の見えない母親は、ほんのちょっぴり。父親も健康を気にして軽く済ませます。私は何人分の料理とデザートを食べたのでしょうか? 「メタボが気になる」とか言いながら、作ってくれた人に失礼なので、残さずみんなの分を頂いてしまったのです。嗚呼、何たる思いやり!?ビールとワインですっかり出来上がった親父サンは、「紅白見てから温泉に行く」と「紅白第1部」を見ていましたが、24時間勤務明けの悲しさ、21時には爆睡状態です。ちなみに親父サンの起床は、何と!4時半。しかも、いきなりテレビ観賞ですから、タマラン・タマランです。母親は、母ちゃん(つまり娘!)と仲良く温泉に行ってご機嫌です。こっちは病人だというのに宵っぱりで紅白を最後まで見て、日付が変わったとたん「おめでとう」の挨拶までする始末。やはり、娘と一緒に過ごすのは楽しいらしいです。しかも、娘のダーリン(つまり私)は優しい男前だしね。朝、また温泉に浸かり、朝食に備えます。朝は洋食。オーナー夫人の手作りパンは絶品でした。食い意地の張った私は、母親の残したおかずもパンも、ジュースも「いただきま~す」。申し訳ありませんが、これも写真を撮り損ねました。それにしても、透析病院というのは大変です。患者さんも大変でしょうが、元旦から透析患者が詰めかけます。母親も元旦透析の予約が入っています。朝食が終わって、すぐに東京へ。病院直行です。がんばれ!婆さん! 頑張れ爺さん!ということで、元旦の前半は無事に終了しました。元旦後半~4日自宅で頂いた年賀状を整理。自分は1通たりとも出さないのに頂戴するばかり。恐縮です。このあとは、忙しくて家族旅行もままならない長野の友人家族、特に世話になっている爺さま(友人の父親・傘寿=以下ジイジという)への慰安旅行。プロデューサーは当然うちの母ちゃんです。一息ついて、すぐに車の荷物を降ろし新たに積み込んで、いざ長野へ。と思いきや不覚にも昼寝、なんせ4時半からテレビ攻撃受けましたから。初日の入り(?)。外環自動車道から見た夕日に包まれる富士山16時過ぎて大慌てでスタートです。一部凍結はありましたが、トラブルも渋滞もなく佐久に到着。友人宅でワイガヤと夕食を頂きました。翌朝は5時に出発ですから、早く寝ればいいのに結局1時過ぎまで起きてしまいました。友人の旦那(以下ダンナという)は早い時間に沈没しました。実を申せば、翌日の運転はダンナ。私は後部座席で居眠る係です。雪がきつそうなので、私の2駆のノアでは心配、ということでダンナの4駆エルグランド出動に切り替えたのです。但し、エルグランド君にはETCがなく高速の割引を利用できません。また、ナビもないので、それが不安。でも安全優先です! 大きな声では言えませんが私も楽チンだし…。行先は金沢から能登・和倉温泉。いざ、出発!と威勢はいいですが、私は眠る係ですから、最初から3列目の座席。すべてお任せです。なにせダンナはプロの長距離ドライバー。眠くないのかと聞くと、「昼間だったら、眠くなんかなんねえよ」とのこと。頼もしいお言葉。これで私は心置きなく爆睡できます。上信越道は途中から激しい雪と圧雪。あたり一面真っ白です。そんな道を70キロ~80キロも出して突っ走るとは! さすがというか無謀というか…。それでも居眠り続けた私も、さすが「太っ腹」。北陸道はほとんど雪もなく快調そのもの。金沢ICに着いたのは10時です。真っ白な上信越道路面雪に埋もれそうな妙高SA金沢に着いて、さあどう行けばいい? 「地図は?」「ねえよ」「え~っ」「でーじょーぶだよ」「そうかなあ?」などと会話しながら、案の定道を間違えてしばしウロウロ。「道知ってるんだろ?」「北陸は来たことねえから」「え~っ」まあ急ぐ旅でもないし…いいか。そんなこんなでしたが、「ひがし茶屋街」に到着。昔の花街の風情漂う街並みが観光客には人気です。いまでも営業している「お茶屋さん」があります。ジイジに尋ねました。「どう、懐かしい? 会社やってた頃は長野で浮名を流したのとちゃうか?」「佐久じゃあ岩村田あたりにあるさぁ」「やっぱり、行ってたな~」母ちゃん参戦します。「行ってみた~い」「女が行って何が楽しい。旦那衆が遊ぶとこだ」……ガヤガヤと騒ぎながら茶屋街を見学させてもらいました。風情ある茶屋街のたたずまいそのあと、またしても道に迷いながら「兼六園」到着。金沢の天気は移り気で、雪、みぞれ、あられ、雨とめまぐるしい変わりよう。母ちゃんお勧めの鮨屋で気前よく地魚の鮨を頂いて、止んだ頃合いを狙って兼六園へ。正月は入園無料です。「雪吊り」をした庭園を散策。ジイジは3度目、ダンナ家族は初めて、私ら夫婦は2度目ですから、ジイジの案内で園内を巡ります。雪はほとんどないですが、風流です。散策終了と同時に、あられが降り始め、瞬く間に雹に変わり、頭も地面も叩きます。昔に比べ髪の量が少なくなっている私とジイジには過酷。大慌てで土産物屋の軒先に駆け込み、店内でお茶と団子、煎餅の接待を受けました。不思議なことに、お茶以外は有料。「お団子いかがですか、煎餅も焼きたてですよ」と勧めてくれたから、食べたのに…(とは冗談)。さあ、能登に向けて出発です。が、初出社早々いろいろあったので今日はここまで。(次回に続く)
2009年01月05日
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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。2009年元旦 かずたま今年の新年は那須高原のペンションで迎えました。元日から透析に通う母親と、24時間勤務と看病に頑張っている父親への、母ちゃんからのプレゼントです。写真はペンション裏の雑木林越しに輝く新年の太陽。
2009年01月01日
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