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9月26日、満62歳の誕生日を迎えました。いろんな人から「おめでとう」の言葉を受けて、考えたことがあります。省みるに、あんまり大したこともできないまま馬齢を重ねてきたような気がします。これからも、たった1人でも私を必要とし、ほんの少しでも役に立てるならば、頑張り続けようと思います。また、若い人たちに「任せる」ことを意識して行動しようと。若い人は、馬力はありますが自分軸の定まらない面を持っています。そのために価値観がブレたり、行動に一貫性がなかったり、あるいは相手に対する気遣いや周囲への心配りが足りなかったりします。私は、そのような局面に的確なアドバイスと、いざというときのフォローを続けていければと考えます。段々と冴えないジジイになっていきますが、どうかお見捨てなきようお願いいたします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・利尻・礼文再訪記も最終回になりました。息子から「何回行ったら気がすむの?」と呆れられています。私と母ちゃんは「これからもずっと行くよ」と答えます。北海道の大自然と人の心には汲み尽くせない魅力があります。訪問するたびにその魅力のひとつを体で感じ、さらに惚れ込んでいく。その繰り返しです。戻り咲きしたレブンウスユキソウ秋を代表するツリガネニンジン。薄紫のかわいい花に魅せられる最終回は今回の利尻・礼文でであった花たちの紹介。花の最盛期である6~7月、今年は天候不順で雨の日が多かったそうです。私たちが訪問していた期間、気温は高く、秋だというのに半袖で過ごせました。花が少ないといわれるこの時期に、たくさんの花にめぐり合え、戻り咲きした花々も。50点を超える花に出会いましたが、名前が判明したのは40点ほど。その中には外来植物も混じっていました。海に囲まれた最北の島、島固有の種も少なくありません。そんな島にどうして外来植物が繁殖するのでしょうか? さまざまの土木工事で搬入されてくる土砂に種子が混じっていることもあります。良かれと考えて持ち込んだ植物が想定外に繁殖してしまうことも。そして、島を訪れる車や人が知らずに持ち込んでいるケースも。タイヤや靴の底についた種子が島で芽吹き、繁殖しているのです。観光と開発、流通の発展が求められる以上、外来の動植物が広がることは避けられないかもしれません。それでも固有種を守るために活動されている方々に、観光客も少しは協力したいものです。上陸前に靴の底をトントンして溝に入った種子を落とす、外来種を見かけても勝手には引き抜かない(種が拡散したり、できた穴に多くの種子が定着してしまう)など。特定外来生物の指定を受け、駆除作業が続けられているオオハンゴウソウ、意識的に持ち込まれたムラサキツメクサ、コウリンタンポポ、セイヨウタンポポ、ブタナといわれるタンポポモドキなど、今回も目に付きました。
2009年09月27日
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3日目、礼文の夜明けは厚い雲に覆われ、今にも泣き出しそう。ホテルの窓から港を見ると、ほの暗い海の向こうに利尻富士がうっすら見えます。見覚えのある巨大客船が香深港に向かって近づいてきます。港の直前まで来た「日本丸」は反転しました。何の目的かは知れませんが不可解な行動。後で知りましたが、「日本丸」は香深港には接岸できないそうです「??」。香深港から去っていく日本丸。遠く利尻富士が見える出発時間近くになって、雨が降り始めました。強まる一方の雨足にうんざりしながら港に集合、フェリーに乗船して利尻島に戻ります。港から見る利尻富士は、雲の中にその姿をほとんど隠しています。情報では、利尻も激しい雨に見舞われているとのこと。この日の旅程は、姫沼散策のあと鴛泊で昼食。ペシ岬を散歩して、そのあとはチャーター機で利尻空港から新千歳、乗り継いで羽田へ向かうのんびりしたものですが、雨の中の散策はあまりうれしくありません。礼文を離れたフェリーは波浪に揺れ、船にはめっきり弱い(信じがたいのですが…)母ちゃんはたちまち「気分が悪い」と言い出しました。船室から甲板に出て、冷たい風に当たり船酔いを醒ましました。半ばを過ぎた辺りから、利尻上空は薄日が顔を覗かせてきました。よほど今回のツアーには日頃の行いの良い人たちが集まっているようです。波も少し収まって、母ちゃんは元気を取り戻しました。利尻島に再上陸して、母ちゃんをもっと元気にする出来事が!宗谷バスの高橋美幸さんが、制服姿で立っていたのです。私たちの乗るバス担当ではありませんが、姫沼から昼食会場までは同じコースを走るとのこと。私たちのバスガイドさんも「みゆき」さん。ダブルみゆきだ!などとはしゃぎながら姫沼へ。雨は完全に上がっています。姫沼からの利尻富士も頂上は雲の中。雨に濡れた初秋の木道を歩きます。ナナカマドが実をむすび、ウルシが色づき始めています。オタトマリ沼の開放的な景色と違って、姫沼は「ひっそり」という表現が似合う静かな佇まいの沼。木道を歩む私たちの後から、高橋美幸さんの明快で丁寧な花ガイドの声が聞こえています。高橋さんだけでなく、私たちの「みゆき」さんといい、昨日礼文島を案内してくれた「くによし」さんといい、宗谷バスのガイドさんたちは花の名前をよく知っています。昼食後はペシ岬展望台を散歩。穏やかさを取り戻した日本海のかなたに礼文島の島影がうっすらと見えています。展望台から降りれば、いよいよ利尻・礼文とお別れです。母ちゃんとしばらく海を眺めて佇んでいました。バスに戻ると高橋さんが待っていました。3人で記念撮影、再会を約束してバスに乗車。高橋さんが盛大に両手を振って見送ってくれました。眼下に見える利尻空港滑走路。また来るよ!しっかり者の添乗員さん、快活なガイドさんたち、そして気のいいツアー参加者たち…おおむね天候にも恵まれたいい旅でした。最終回は花の紹介です。お楽しみに。
2009年09月26日
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シルバーウィークは、長野の友人宅に来ています。マツタケ狩りなど詳しい話は後日にして、今日は礼文島後半の日記です。 :宗谷岬と礼文島。地図を見るとわずかですが宗谷岬のほうが北に位置しています。宗谷岬を最北端の岬。礼文島を最北限の島と呼びます。これ自体問題はありません。ところが、最北限の公衆トイレとか最北限の売店とか言うと混乱が生じます。最北端の宗谷岬にも公衆トイレがあり、売店がありますから、日本で一番北の公衆トイレや売店は、確かに宗谷岬にあるほうのはず。「なのに、なんで最北限の・・などと言うのか、ダマシじゃないか」と「攻撃」されるはめに。他のブログでもこの問題を「ややこしい」「わからん」と書いてありました。ツアー参加者の中からも同じような疑問が・・・。「最北限のトイレ」と看板があがる公衆トイレスコトン岬に向かうバスの中で考えました(そんなに大げさな話ではない、どっちでもいいような話なのですが、私の悪いクセなので)。もともと「最北限の島にある公衆トイレ」「最北限の島にある売店」であって、これ自体全く問題ありません。事実そうなのですから。観光パンフレットなど見ても「日本の最北にある」と言ってはいないのです。ただ、いちいち「最北限の島にある・・」とは言えませんから「最北限の・・」と省略して表現していたのに、観光客の中で「最北限=日本最北」と短絡的に解釈され、混乱が広がった。そんな事情なのではないでしょうか?と、暇なことを考えている間にバスは、「最北限の島にあるスコトン岬」に到着しました。前方にはトド島。その先にも点々と小島が見えます。ということは、最北限の島はほかの島なのか? トド島から先の島々はすべて無人島で、トド島には漁の期間中、何百人かが移住するらしいのですが、それでも無人島に変わりはないそうです。スコトン岬の前にあるトド島つまり、礼文島は「日本最北限の有人島」ということであって、スコトン岬は「日本最北限の有人島にある最北の岬」ということに。なんか、私が話をややこしくしているようで…。「日本最北限の有人島にある最北の駐車場」から「「日本最北限の有人島にある最北のスコトン岬」の先端へ。「日本最北限の有人島にある最北の民宿」が崖下にしがみつくように建っています。海の荒れる日はすごいことになりそうです。「日本最北限の有人島にある最北の売店」、その裏には「日本最北限の有人島にある最北の公衆トイレ」が。さすが花の浮島もこの季節には花が少ないようです。しかし、さわやかな風に花穂を揺らす小さな草たちは、健気さと可憐さを感じさせてくれます。花の便りは改めて紹介します。写真では分かりにくいが断崖の下、海に接しているような民宿続いて「スカイ岬」。私の分かりやすい頭脳は「SKY」と思い込んでいました。イメージは「眼前に大きく広がる空と海が水平線で一体になる景色」が見られる岬(??)。何はともあれ、急な階段を上って岬まで。入り江の海は底まで透き通り、泳いだら、さぞ気持ちいいことでしょう。岬の先端は日本海が大きく開け、日光が海をきらめかせます。風が心地よく、母ちゃんの髪をなぶって通り過ぎます。岬の立て札を見て大発見。「スカイ」は漢字で「澄海」と書くのです。この漢字をあてた人は天才ではないでしょうか。「スコトン」は「須古頓」ですから甚だ非文学的表記。それに比べて何という美しい表記なんでしょう。実際の景色とピッタリ一致しています。感動しました。水底まで透き通ったスカイ岬の海。邪魔な2人は私と母ちゃんスカイ岬からの眺望。断崖の続く礼文島西海岸いよいよ、この日のメインイベント。花の浮島・桃岩散策コースのハイキングです。風が少し肌寒く、ガイドさんがヤッケの着用を勧めます。原始人の私ら夫婦は半そでのまま。昨年の最盛期訪問とは景色は違います。まず、観光バスが圧倒的に少ない。花畑の印象がうすく、色彩的に単調なのです。そういえば、昨年のツアー時に同行した老人が「8月に来たことがあるんだけど何もなかった」と言っていたのを思い出しました。歩き始めて、その老人の言葉が間違いだったことを知りました。華やかさにもボリュームにも欠けますが、咲いている花の多様さに驚かされます。(花の便りは改めて)この時期、礼文島に多くみられる色鮮やかなリシリブシ今夜のホテルは香深港前の「ホテル礼文」。格安ツアーにしては豪華すぎるほどのホテル。いい加減ひざに痛みが走ってきた私には、温泉は何よりのごちそうです。って食事はどうでもよかったのか?って、そんなことあるわけがないです。ツアーの食事らしからぬ膳を以後と平らげ、また母ちゃんに叱られながらおかわり三昧。白米ってなんでこんなにおいしいのでしょうか? 旅は、いよいよ終盤に突入。もう少し我慢して付き合ってください。
2009年09月21日
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観光バスに乗ると必ずガイドさんから安全のためシートベルトをお締め下さい」とアナウンスがあります。生来の律儀者(ホントか?)である私は、言われる前からキッチリとベルトを締めるタイプ。ところが問題があるのです。左右のバスに近いところの景色を案内されたとき、見たがりの私は席を立とうとします。また、目的地に着いたらパッと立ち上がろうとします。ところが、シートベルトを外し忘れて、ガタンとシートに引き戻され大慌て。シートベルトを締めていること自体を忘れているのです。つまり、シートベルトと一体化してしまっているということ。それから、バスの荷物棚。頭をぶつけることが分かっているのに、毎度ガツン! 母ちゃんからは全く同情も心配もされず、「またやった! バッカじゃないの」と言われる、そんな私です。今回の旅行でも何回もやってしまいました。良い子の皆さんは、走行中のバスの中ではシートベルトを外したり、立ち上がったりしないでください。車中より、北のいつくしま弁天社第2日は強行軍。朝7時45分にホテルを出発し、前日の続きで島を反時計回りに移動します。まずは、溶岩流の造った風景を楽しむ仙法志御崎海岸。途中の海岸には奇岩・奇石が多数見られ、人面岩、寝熊岩などと名付けられたものがあります。また、「北のいつくしま弁天」と呼ばれる小さな社が海に突き出た岩の上に祭られていました。この社は、海が荒れて遭難しかけた漁船が弁天様の加護を得て助かったことに由来すると伝えられており、四方が正面という変わった構造です。海の上からでも、陸上からでも、磯からもお参りできるようになっているのです。運悪く丘側の席だったもんで、ついついガタン、またガタン! やっとベルトを外して立ち上がりかけてガツン! そのたびにシャッターチャンスを逃がしていました。利尻島の最南端に位置する仙法志御崎海岸は、1万年前の利尻山噴火のとき流出した溶岩が固まってできた海岸です。暗褐色の溶岩がむき出しになった光景は、圧倒的な自然の力を見せ付けます。磯の方へ降りて行くと20メートル四方くらいの水槽が作られていて、その中で2匹のアザラシが飼われていました。アザラシの動きは愛嬌のあるものでしたが、なにやら味気なさを感じました。また、周辺はコンブ漁とウニ漁の盛んな漁村です。この時期はムラサキウニのシーズンで、作業小屋では漁師の家族が朝獲ったウニのカラ割り作業。また、道路沿いのコンブ加工場では、とろろ昆布作りを実演していました。どうしてあんなに薄く削れるのか。作業員の手つきも手品のよう仙法志御崎海岸から見る利尻山は頂を鋭く空に突き出す形なのですが、雲が頂上付近にわだかまり、眺望を妨げていました。残念!次は、北海道銘菓「白い恋人」のパッケージ写真にも使われている、オタトマリ沼の利尻山。仙法志御崎海岸からはバスで10分ほどのところです。ここでも、山頂は雲に覆われ、急峻な姿を見ることはできませんでした。しかし、ハスの花咲く沼のほとりから見える景色は素晴らしく、エゾマツの森の向こうにそびえる利尻山は第1級の景観を実感させます。オタトマリ沼の利尻富士。下は前回の写真沼を取り巻く散策路には、木々の緑と深い青空にクリームとピンクの「花」を浮き立たせるノリウツギ。足元はエゾゴマナ、ヤナギギク、ミゾソバ、イヌタデなどの可憐な花。しばらく歩いていきましたが、少しく膝の痛みはじめた私には時間が足りません。1/3程進んだところでターンしました。アジサイに似た「花びら」のノリウツギ左はミゾソバ、右はイヌタデ。どちらもタデ科の仲間朝ごはんをたらふく食べたのに、売店でウニの握り寿司をパクつく私の胃袋は、やっぱり「宇宙」かもしれません。島の北東部にある鴛泊(オシトマリ)港から、10時05分発のフェリーに乗り込んで、いざ「花の浮島」礼文島へ。船の中では母ちゃんと2人して爆睡、遅寝早起きだったからね。10時45分礼文・香深(カブカ)港に無事到着しました。礼文島は利尻島の北西約15キロに位置する日本最北限の島です。南北22キロ、東西6キロ、カニの爪のような形をしていて、西海岸は切り立った絶壁が続き、道路は東海岸だけにあります。海抜0メートルから300種類もの高山植物が見られる花の島として人気があります。港では、今度こそ歓迎セレモニー。地元旅館組合員の礼文太鼓演奏、副町長の挨拶、花束贈呈。アツモリソウをイメージした地元キャラクター「あつもん」も頑張っています。セレモニーも無事終わり、バスに乗り込んで(ここでも言われる前にシートベルト装着) 、漁協が運営する「ウニむき体験センター」へ。スタッフの指導を受けながら大きなムラサキウニを割り、実を取り出して食べる。私のむいたウニの実のきれいさをスタッフが褒めてくれました。ツアー参加者から「プロがむいたみたいだね~」と声が上がります。皆さんには言いませんでしたが、昨夜たっぷりウニを割っているのだから、上手にできて当たり前です。金田岬のアザラシセンターで時間調整して、いよいよ昼食会場のある金田岬・あとい食堂へ。ウニ、イクラ、ボタンエビなどを盛り込んだ刺身定食です。朝が早かったのでお腹は十分すいています。どんぶり飯を吸い込むように食べて、誰もしない「ご飯お代わり!」をやってしまいました。母ちゃんが呆れた顔で見ています。両隣の同行者たちもちょっと驚いた様子。そんなに変なことをしているのかなあ?食後、ガイドさんから教えられていた食堂の裏手から、アザラシの遊泳を目撃しました。ここには囲いがありませんから、アザラシも元気そのものです。ずいぶんと離れていましたが、かろうじてカメラに収めました。第2日午後は、礼文を代表するポイントと初秋の花めぐり。 次回に続きます。
2009年09月18日
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第2日は5時前起床。ふたたびホテル自慢の温泉へ。ホテル利尻の温泉は2005年4月に開業したばかり。泉質は炭酸水素を主成分に塩素、ナトリウム、マグネシウム、カルシウム、鉄分を多く含んでおり、特に炭酸水素は国内トップクラスの含有量です。湧出量は毎分600リットル、無色透明ですが空気に触れるとまもなく茶褐色に変色します。温泉効能は神経痛・筋肉痛・疲労回復・慢性消化器病・冷え性など21種類にも及ぶと言われています。温泉は「利尻ふれあい温泉」と命名され、宿泊客だけでなく地元住民や日帰り入浴客にも人気があると聞きました。湯温は低め。のんびり入浴できて、体の芯から疲れが取れていくようです。風呂から出てみると、東の空はだいぶ白みはじめ、山頂近くの輝きが強まっています。急いで屋上にカメラをセットして、ダイヤモンド利尻富士を狙います。あんまりうまく撮れません。マニュアルで露光調整すればよかったのかなあ? まあいいとしましょう。西の方は、礼文島が横たわり海は穏やか。ウニ漁の船が磯近くで漁に励んでいますが、船上でうずくまるウニ漁は、写真的にはエラク地味なものとなります。左ホテル後方に礼文島が見える。海渡る朝風が心地よい地味なウニ漁。足で艪を操り、箱メガネで覗き、長竿でウニを獲る朝のさわやかな風を受けて屋上に立っていると、気分は爽快、今日も楽しむぞ~とテンションも上がります。朝食前まで屋上にいましたが、ツアー参加の奥様がちょこっと景色を見に来られただけ。360度の大パノラマがもったいない!!第2日前半・利尻島観光に続きます。
2009年09月15日
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16時、利尻空港に無事到着。旅行会社のナンチャラ記念に合わせて歓迎セレモニーがあると添乗員さんから聞かされていました。飛行機を降りたところで、ツアー申込み第1号の老人に、いきなり豪華な花束が贈られました。実にあっさりしているなあといぶかりつつロビーへ。私たちがバス待ちしているころ、利尻富士町のイメキャラ「りっぷくん」と横断幕を持った観光協会の人たちがロビーに現れ、別の団体さんが捕まっていました(どうも手違いがあったようです)。それはさておき、利尻空港ではすばらしいサプライズが待っていました。ボーッとロビーで待っていた私の背中を「ワッ!」と言いながら叩く人が…ハッとして振り返るとネイチャーガイドのいでたちをした女性が微笑んでいます。ホテルで会うはずだった宗谷バスの名物ガイド・高橋美幸さん(下の写真)が突然現れたのです。大まかな旅程は知らせてありましたが、空港まで来ていてくれるとは! 荷物を引き取りに行っていた母ちゃんも戻ってきてビックリ。08年2月以来1年半ぶりの再会です(ブログ参照)。利尻でのイベント応援で滞在しているとか。積もる話はありますが、私たちはツアーの途中、彼女は仕事の途中。夜ホテルで会う約束をして別れました。私たちのバスの出発を、両手を振って見送ってくれる高橋さん。制服のときとは全く違う雰囲気で、まるで少女のように輝いていました。利尻島は東西約15キロ、南北約18キロ、1周53キロのほぼ円形をした火山島。中心には標高1700mの利尻山(利尻富士)がそびえています。富士山と同じコニーデ型の火山で、なだらかな裾野が広がっていますが、頂上から中腹にかけては浸食が激しく、荒々しい山容を見せています。バスは利尻島を反時計回りに約4分の1走って沓形岬公園へ。島の西端に位置する港です。港には商船三井の豪華客船『にっぽん丸』が停泊し、港の規模の大きさを示しています。防波堤の斜面を登って岬に向かうと、沓形岬の案内板と立派な石碑が建てられていました。石碑には、オペラの第一人者・藤原義江が歌って一世を風靡した「出船の港」の歌詞が刻まれています。この曲は、利尻島出身で「君恋し」などの名曲を生んだ音羽時雨が作詞、「てるてる坊主」など童謡から「カチューシャの唄」など流行歌まで手がけた中山晋平が作曲したもの。また、その脇には歌碑があり、ボタン操作をすると藤原の力強い「ドンとドンとドンと 波乗り越えて 一挺二挺三挺 八挺櫓で飛ばしゃ…」の歌声が周囲に響き渡ります。そのため、沓形岬のことを地元では「どんと岬」と呼んでいます。昭和3年の作品なのに歌えてしまう私って? 母ちゃんは呆れて「何年生まれなん?」と私を骨董品扱いです。海風に吹かれながら溶岩に覆われた園地を一周します。ここでも、実が落ちそうなハマナスが花を咲かせ、レブンソウの鮮やかな紫の花もたくさん見られました。また、正面にそびえる利尻山の頂上付近は雲がかかり、せっかくの撮影ポイントなのに残念です。約4万年前の噴火のとき、現在の鴛泊から沓形地区にかけて大量の溶岩が流下したそうで、頂上から続く溶岩質の地肌が、今のなお噴火の凄まじさを物語っています。ちなみに、島の南部・仙法志地区と北東部・雄忠志内地区は、1万年前の利尻噴火末期の溶岩流によって形成されたとのことです。16の顔を持つという利尻山。夕日を受けて赤く染まるどんと岬から宿泊のホテル利尻まで、400メートルくらいの距離をわざわざバスに乗って移動。部屋は4階。眼下に沓形港、左手には日本海、右手を見れば利尻山という良いロケーションです。母ちゃんと一息ついていると、雲がかかっていない山頂が見えました。海は落日の輝きが始まっています。私が「?」と視線を送ると、母ちゃんも「!」とうなずきました。会話としては「もう1回岬に行くか?」「OK! 写真を撮るチャンスだよ」ということになりますが、以心伝心、言葉を省略しても通じ合うのです。ほかのツアー客が浴衣に着かえ温泉に向かうなか、2人は岬へ出発(そんな大層な距離ではないから、ブラッと出かけるという感じ)。夕映えにやや赤く染まった利尻山、海に落ちようとする太陽(右肩写真)。灯台にも火が点っています。ちょっとロマンチックな気分で、山を見あげ、落日を眺める2人でありました。夕食はけっこう豪華(私のツアー旅行基準)で、山盛り3杯飯を平らげ「極楽極楽」と寛いでいると「これから行くよ~」のメール。母ちゃんと、いそいそホテルの玄関へ。やってきました、ハイテンションな女性が。母ちゃんと抱き合わんばかりの勢いで「キャーキャー」言ってます。「大丈夫か? この2人」とあくまで冷静を装う私。いきなり車に乗せられて、本日3回目のどんと岬へGO!(とか言ってる間に到着)。なんでホテルのロビーと違うの? 僕らホテルのスリッパなんですけど…。まあいいか、あとで底拭いとけば。と割り切って…。「ときにどうしたん?」「地元の知り合いからウニもらってきたから。ロビー汚しちゃまずいもんね」「ホントは買ったんでないのかい? 高かったっショ(なんで私が地元の言葉になってんの)」「いいから、いいから。食べよ。ウニ割りの道具も借りてきたんよ」駐車場でウニ三昧のミニ宴会です。「おいしい!」「うみゃ~!」などと口走りながら、次々とウニを食べました。ごっつぁんです。この間も、女2人の弾丸トークは止まることがありません。すごいテンションだなと感心しながら、私はひたすらウニを割り、食べ続けです。何たる贅沢。ありがとう!「東京から友人が来るって言ったら、夜釣りでいくらでも釣れるからやってみたらと、運転手さんが竿いろいろ車に積んでくれた」と高橋さん。「でもやらないでしょ? 膝悪いんだから」私に話す隙も与えず「釣りは禁止されてるからね」と母ちゃん。「そうなんだよ」と追随する私。もう一人の私「(声なき声)船着場なら大丈夫なのに。主体性はないのか」。そうこうしているうちに、車が近づいてきました。「アベック(死語です。いまはカップルと言います)か?」と思ったら、やってきたのは宗谷バスの運転手さんと彼のご家族。「釣り竿あるねえ。どうやらない?」と私に誘いの声がかかります。すかさず母ちゃん「膝骨折して、お医者さんから禁止されてるんで…」運転手さん「船着場で十分釣れるから、大丈夫だよ」母ちゃん「釣り始めると時間忘れる人だから」運転手さんの奥さん「どこも一緒ね。帰ってきやしない」母ちゃん「以前、伊豆七島の式根島で、ちょっと行ってくると言って、帰ってきたのが朝食前だからね、この人は」運転手さん「そんなに好きなんかい!」とうれしそう。運転手さんの奥さん「だめよ。明日出発早いでしょ。2人とも」やっと私の出番「はい、7時半出発ですから、今日はあきらめましょう」と、またここで女性たちの意見に追随(ああ、何たる付和雷同)。高橋さんの友人は楽しくていい人たちなんだなぁと実感しました。まさに類は友を呼ぶと言ったところ。やっとこさホテルに戻って、ハイテンションのまんま積もる話。あっという間に時間が過ぎていきます。話しながら、つくづくと出逢いの不可思議さを噛みしめました。私みたいな人付き合いの悪い男が、高橋さんと出逢ってから、出逢いの大切さを痛切に感じ、いろいろな場面で出逢った人たちとの絆を深め、「出逢いは可能性の出発点」とまで考えることができるようになってきたのですから。ありがとう! 高橋さん。かくして、利尻・礼文の旅第1日は静かに幕を閉じていったのでした。次回、2日目に続きます。
2009年09月11日
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昨年6月下旬、花いっぱい人いっぱいの利尻・礼文訪問から早1年以上。日本最北限の両島を再訪しました。ただし今回は花の最盛期を過ぎて、比較的静かな島の風景を楽しませてもらいました。新規事業やら事業所の拡張などでバタバタしている昨今ですが、春ごろに予約していたため強行参加。交通の便がおっそろしく悪い離島なので何かあっても簡単には戻れません。普段は腹立たしい携帯電話ですが、けっこう役に立ってくれました。昨年と同じク●ブツー●ズムですが、トレッキング企画ではなく少しハイキングの観光旅行です。ナンチャラ記念ということでANAとの提携企画。ホテルのグレードも高く、往復ANAチャーター便利用の豪華版(それでいて格安!!)でした。右が稚内行き。左のジャンボ機とは親子ほども大きさが違う第1日は羽田から稚内空港(すぐに離着陸禁止になるので別名はオッカナイ空港)。160人乗りの小さなジェット機が、気流に煽られたりしながら健気に最北の空港に向かいます。夜来の雨がウソのようで稚内上空は晴天。機内から野寒布(ノシャップ)岬(根室の納沙布岬とは違います)、地上42メートルの稚内灯台、寒流水族館、ノシャップ公園などもはっきりと見えます。野寒布(ノシャップ)岬近くの地形がくっきりと空港から観光バスで、猿払へ。途中の海岸では秋鮭(現地ではアキアジと言うそうです)を狙う釣人たちが、一人で10本以上も竿を並べて頑張っています。始めてみる光景でした。猿払で、地元の特産ホタテ料理をいただきました。店のオジサンの名調子に乗せられて、ホタテの乾燥貝柱を買いました。家でホタテご飯を作ってくれるそうです。猿払から宗谷岬へ。前回宗谷岬を訪れたのは真冬でしたから、まさに氷雪の風景。今回はハマナスが狂い咲きするほど暖かい最北端の岬を散策しました。氷河が削り出した宗谷丘陵の眺め稚内空港に戻る途中、氷河に削られて出来上がった、独特な起伏に富む宗谷丘陵を車中から観光。緑のじゅうたんがうねっているような丘陵に、放牧中の宗谷牛がのどかに草を食んでいます。丘の上には風力発電のプロペラが林立しています。気がつくと、昔学校で習った外国民謡を口ずさんでいました。「澄み渡る空の果て 雲白く流れて 美しき丘七つ 重なれるわが村 風車回れば 丘の上見上げて…」 うっすらと雲をまとう利尻富士。秀麗な姿に言葉も出ない 稚内空港に戻り、チャーター機で利尻空港へ20分のフライト。フェリーでは1時間40分かかるところが、文字通りひとっ飛びです。上空から利尻富士を見ることができました。この3日間、なぜか北海道だけ傘マークの付く天気予報。それだけに上空からの眺めは、この旅の幸運を暗示しているかのようでした。第1日後半「利尻島」 次回に続きます。
2009年09月08日
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ゴルフってスポーツなの? オリンピック競技にまで推薦されたくらいだからスポーツなんでしょうね。でも、広い芝生の上を走るわけでもなく、荷物はキャディーさんが担いで、ホールからホールへゆっくり歩き(あるいはカートで移動し)…。会社のコンペなんかでは、スタート前に酒を飲み始める始末。酒気帯びでプレーできるスポーツってほかにありましたっけ? 日本では、会社の接待や政治家・芸能人の社交の場としてゴルフが普及していったからでしょうか、どうもスポーツとは縁遠いように感じます。もっとわからないのは、「選手」のプレイを見るために、お金を払って入場し、ぞろぞろ付いて歩く人たち(ギャラリーという)。広すぎるので、プレイヤーのスイングを見る人は弾道と着地点が分からないし、着地点そばにいる人はプレイヤーのフォームが見えません。途中をすっ飛ばして穴のところで待つ人もいるのでしょうが、全工程を見ることはできません。理解不能です。ゴルフがスポーツか、娯楽か、紳士淑女の社交の場か、私自身がゴルフをやらない「非社交的」人間ですから、批評の資格はないわけで…。ドタバタ夏休みの第2日は那須でゴルフ。と言えば聞こえはいいのですが、パターゴルフです。ゴルフをしない人のために解説すると、本式のゴルフは広い敷地を使って、18のコースを作り、順番に小さいボールを打っていきます。1つのコースが300メートルから500メートルくらいあるので、最初は飛距離を伸ばそうとします。そのため、先端にチタンなどでできたキューイフルーツのような形の衝撃材を付けた、ドラーバーと呼ばれる長距離用の打撃棒(クラブという)を後方に振り上げ、半月状の軌道で振り降ろし、弾道がまっすぐになるように注意しながら思いきりボールを叩きます(この動作をティショットという)。弾道が斜めになると、芝を短く刈った帯状のコース(フェアウェイという)を外れ、芝が長く伸びたラフと言われる場所に着地したり、ひどい場合は林に飛び込んでしまいます。このような打撃を、打撃面がいろんな角度になったアイアンというクラブを使って、何回か繰り返し、フェアウェイの先にある丸く整地された芝生(グリーンという)まで運び、中央付近に開けられた10センチほどの穴(ホールという。カップでもOK)に入れれば、このコースはクリアです。これを18番ホールまで繰り返します。ティショットを終えると、2打目からは次々と難関を設けてあります。池、小川、穴に砂を敷き詰めた深浅大小さまざまな穴(バンカーという)があります。強烈な場合は、海の崖を飛び越えさせる(人間じゃないですよ)ゴルフ場まであります。何を競い合うのか?ティショットからカップに入れるまで何回かかったかで勝負します。正確に言うと、それぞれのホールには、スタート地点からカップまでの距離と難易度に応じて、何回で入れるという基準が設けられています。それをパーといいます。パー4と指定された個所では4回でクリアするとプラマイ0(これもパーという。ややこしい)。5回だとプラス1(ボギー)、6回ならプラス2(ダブルボギー)、逆に3回で穴に入れるとマイナス1(バーディー)、2回だとマイナス2(イーグル)となります。18番まで回り終えたとことで差し引き勘定して、マイナスの多いプレイヤーが勝ちとなるのです。グリーン上に乗っかったボールを穴に入れる作業がパット。使うクラブをパターと呼んでいます。パターの打撃面はドライバーやアイアンと違って真っ平ら。底も平らです。ボールを飛ばすためではなくボールを滑らかに転がすための道具なのです。パットは非常にデリケートで、少しの傾斜や芝の生え方でボールの転がる方向がずれます。芝の目を読んだり、傾斜を目測して、慎重に慎重に、アプローチするのです。このパタークラブだけを使って、さもコースに出たかのような感じでプレーするのがパターゴルフ。誤解をいとわずに言ってしまえば、ゲートが穴に変わった芝生上のゲートボールみたいなもんです。場所によって9ホールだったり、人工芝だったりします。今回私たちが行ったところは18ホール・パー72と一丁前です。左が穴(ホールあるいはカップ)。右に見えるのがパターさて、私たちのパターゴルフ。うちの母ちゃんはクラブのセットを持っているくらい、そこそこゴルフのできる人。ダンナもまあまあできる人。ダンナのヨメさんは、まったくの素人で初体験。私は、母ちゃんに連れられて「打ちっぱなし練習場」に1回いったことがあります。ばか力なので、まっすぐ飛ぶとはるかかなたのネットを直撃するくらいですが、ゴルフのボールという奴はまっすぐ飛ばないもので、私が打つと隣の打席との境にあるボールを出してくれるステンレスの箱にボールが激突。跳ね返って自分のむこうずねにガ~ンと当たるのです。何度もやっているうちに痛みがひどくなり、ズボンをめくると、弁慶の泣き所が内出血して紫色になっていました。あと、パターゴルフも1回だけやったことがあります。10年位前ですね。チーム・ダンナとチーム母ちゃんの対決。どちらも実力伯仲(そんなカッコええもんか!)です。1人1000円を払い、パターとボールを借りてスタート。年功序列(?)で最初は私、あとはダンナ・母ちゃん・ヨメさんの順で打ち始めました。「あれ、クラブの握り方はどうやったかいなあ?」 「どうでもいいから、さっさと打ちなよ」「ほな、エイ!」チョロッと当たって、ボールはコロコロと50センチ)「ありゃ、なんやこれは?」「ガハハハ、なんだよそれ! もっとよく見て力入れなきゃ。ノーカウントにしてやるから、やり直し!」「よっしゃ、行くで~(ガッツン)」(ボールは遥かかなたのラフを転がり落ちて…)「ガハハ、ヒェヘヘ! どこまで飛ばしてんだよ。パットだよ、パット。なんでそんなに力入れてんの?」「あんたが力入れろ、言うたんやんか」「加減があるだろう、加減が…」「見ててみな! こうやるんだよ(スコ~ン)」「なんや、そんなに変わらへんやん、おれのと」(ボールは私ほどではないけれど、フェアウェイから大きくはずれ、ラフの中。ざまー見ろ!)母ちゃんの番です。「(スコ~ン)どうかしら!?」距離はたいしたことないですが。フェアウェイ上です。「やっぱり、うまいなあ、もうちょっと強く打たれへんのんか?」「わたしは、刻んでいくタイプ」「ネギか?」「ちょっとずつなの!」「ああ、ネギ高いからなあ」「うるさい! 馬鹿じじい」続いてヨメ。はっきり言って問題外。チョロチョロッと5メートル。しかもラフ。「キミは下手やのう」「かずさんには、言われたくない」「うちのヨメは、運動神経いいんだよ」「そうかなあ、そうは見えんけどなあ。下半身は立派やけどねえ」「かずさんのほうが、お尻大きいよ」とヨメ。「馬鹿じじい、うるさいよ。見てみ、あんたが一番下手でしょ」と母ちゃんがヨメの肩を持ちます(何でやねん、愛はないのか!)。立派なおみ足。中央の刈り込んだ芝生がフェアウェイ。左右がラフ穴の近くにどうにか転がしても、なかなか穴に入れられません。むずかしいな~。「力の加減できねえの?」「日が暮れちまうぜ」 *いつまでたっても穴に入らず、焦りまくった私がダンナに、「なあ、ここはパーいくつやったかいなあ?」「パーフォー」「なんやて! パーのアホー言うたか!!」(こんな馬鹿な会話はやりません。これはネタです) :そんなワイワイガヤガヤで、なかなか進みません。後の組が追いついてきました。私らのドタバタを見聞きして、笑っています。グヤジイ~。掟破りの提案「先入ってください(前の組を追い越してはいけないルールがあるのです)」「いいですよ。ゆっくりやってください。休み休みいきますから」グヤジイ~。標準のプレイ時間は1時間。私らは1時間半たっても18番にたどり着けません。原因は、ほとんど私とヨメ。「パターゴルフでこんなに大汗かくなんて、ありえない」と母ちゃんに馬鹿にされるくらい私は汗まみれです。各ホール最後まで打ち続け、次のホールは1番で打つのですから大忙し。後の組が待ってるし~。やっとゲーム終了して、計算してみると、ダンナと母ちゃんはパー(つまり指定どおりの打数でプラマイ0)。素人のヨメはプラス21。汗にまみれて闘った私は、なんとプラス23。「もっと打っていたような気がするけど、意外と少ないじゃん」「まあね。筋がいいのかな」「バッかじぇねえの? うちのヨメより叩いてるんだぜ」「うんうん、武士の情けじゃ、ファーストレディじゃ」「そんなことより、負けたんだから喫茶店代、頼んだぜ」「ひょえ~。こんなに苦労して盛り上げたのに、ヒドイ、ひどすぎる」「グチャグチャ言ってないで、行くよ!」母ちゃんの叱責が飛んで、抵抗はいとも簡単に費え去ったのでありました。それにしても、変なゲーム。同じ1000円で私はヘトヘトになるくらい打って、走り回っているのに、うまいダンナや母ちゃんは、スコンと入れて待ってるだけ。下手な奴ほど楽しめてしまいます。この日の夜は、塩原温泉まつり。20時から20分間打ち上げ花火です(写真上)。山あいの温泉地に轟音が響き渡ります。小規模ですが迫力満点でした。女どもは、ジャニーズ系のテレビが見たくて、チョコット見ただけ。男2人は、花火が終わってからもしばらく屋上にいて、星空観察。うっすらと天の川も見えます。いいムードになった2人は…「温泉にでも行くか?」。
2009年09月04日
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喜多方から東へ約1時間、裏磐梯の桧原湖・小野川湖にはさまれた一帯に大小40ほどの湖沼があります。それらを総称して五色沼と呼ぶそうですが、一般には毘沙門沼をはじめとする10ヶ所程度の沼を指します。「沼と池の違いってな~に」というdocomoのCMがありますが、ここは紛れもなく沼です。そんなことはともかくとして、五色沼自然探索路として整備された約4キロメートルのトレッキングコースは、起伏が少なく脚にハンディのある私でも平気でした。急げば1時間もかからないのでしょうが、ノンビリと散策して8つの沼を巡ります。五色沼最大の毘沙門沼磐梯山の噴火で出来上がった五色沼には、アルミニウム化合物の微粒子が多く含まれていて、それが太陽光を反射することで美しい青色やエメラルド色を作り出しているそうです。また、酸化鉄などが底や水草に沈殿付着して赤褐色に見える部分もあるのです。デリカシーに甚だしく欠けるダンナと、脚には自信があるというヨメはスタコラサッサと、ゴールめがけて一目散。どうせまたトイレだろうと先に行かせ、私と母ちゃんはブラブラ歩き。ダンナたちを30分以上待たせてしまいました。以下、巡路に沿った沼の紹介ですが違いの分かりにくい写真で、恐縮です。赤沼。水の色は赤く見えませんが、水草が茶褐色に染まっているみどろ沼。漢字では深泥と標記するようですが、水は黄緑色竜沼。雑木が生い茂り撮影しにくいことこの上ない毘沙門に次いで大きい。広々とした明るい沼るり沼。光の具合でさまざまな色に変化するといわれているこじんまりした青沼。ブルーが見事柳沼。静かな水面に雲が美しいゴールの柳沼そばのレストハウスで合流して「どうやった?」と感想を聞きました。ダンナはあっさりと、「色の違いなんか分からねえ。のどが渇いて、とにかく冷たいもの飲みたかったんだ」「そりゃ、ラーメン食いすぎちゃうか?」「花より団子、沼の水より麦の水! ガハハッ」やっぱり、こいつは真性バカです。それに乗っかり「いや、花より団子、麦より黄な粉」などと言って、売店の搗き立て黄な粉餅を頬張った私も、チョボチョボです。
2009年09月01日
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