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何が奇妙かって? うふふ~~~☆数年前から、電車内で化粧をするお嬢さんが増えてきた。昨日も、いたんです。眠そうな顔をしたお嬢さんが乗ってきた。何気に私の前の席に座ったの。ひざに抱えた袋から・・・次々に変装のお道具が・・・ すっ~ きこっ~ しゅわ~終点~~では・・・な・なんと・・目ぱちくりに出来上がったお嬢さんが降りて行った。私の若い頃は、人前で化粧なんて考えられなかった。今は、ラッシュで立ちながらでも変身しているとか・・・でもね・・・そこのお嬢さん・・・アイビューラーでまつげ上げてる瞬間の顔、 世にも奇妙・・ですよ。 (笑)~~~~~~~~~~~~~~夜の東京ドーム、灯りがいっぱいでした。 こっちにカキコしてね☆ ↓kiraraの別世界へジャンプ
2002.11.30
娘の高校が、来年度から、二期制になるの。基本的な休みは、変わらないみたいだけど・・・二期制になると・・・試験の回数が少なくなるね。・・・でも・・・ 試験範囲が多くなる。う~~ん???どっちがいいんだろう????試験範囲・・多くても、少なくても・・・勉強しないんだから同じだね・・・試験は少ない方が言いに決まっているか・・あはは~~^kiraraの別世界へジャンプ
2002.11.28
♪♪ 泣いてばかりいたって 幸せ来ないから~~~♪ ↑ kirara 古いよー(笑)いきなりですが・・・ ~~~夫と妻の珍妙な会話~~~ 妻「年賀状作るのに、 筆まめ・・1年経つと、いつも操作忘れるのよねぇ~」 夫「そんなもん、毎日やればいいじゃない」 妻「(@_@)/」 ・・・会話の成り立たない(?) ある夫婦の会話でした(笑) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~まあ! ぽちぽちさせていただきますわ☆kiraraの別世界という掲示板・・リンクしました。そちらを主体にします。ぜひぜひ・・・ 寄ってらっしゃい~ 見てらっしゃい~~~ お代はいらないよ~~☆ kirara江戸っ子だい うふふ~~ん☆ よろしくぅ~~です~~~☆ kiraraの別世界へジャンプ 他に、TOPページと現掲示板の上部にあります☆
2002.11.27
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆ごめんなさい☆心配おかけしております。ちょっと、生命が停滞気味です。。。いろんな思いと、いろんなことが重なって。現実社会において・・・ちょっと、問題を抱えてしまいました。内容は、皆さんに公表する事ではありませんので、このことだけ伝えておきますね。私は、とても、不器用な人間で・・・頭の切り替えができないんです。だから、どうしても・・引きずってしまって。それと・・どうしても、書き込みができなくなる脳が働いてしまったようです。 ↑ ちょっと、意味がわからないね☆体調も悪いかな?ときどき、眩暈と不整脈・・・ほんとは、ただの更年期障害かも・・・明日くらいから、お返事に行けるようにしますね☆それから、気分転換にね・・・ちょっとした企画考えているけど・・・計画倒れかも・・・でも・・・でも・・・計画は倒れても、kiraraは倒れないよー☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
2002.11.25
今朝ね・・・主人の靴を出して、誇りを払おうと・・逆さにしたの。そしたら・・・20円・・出てきたの?あら???打ち出の靴・・?何回も振ったけど、それ以上は出てこなかったよー(笑)主人が出かけるとき、「ダメじゃない20円出しちゃ」・・・ん????・・・・10円の銅のイオンがにおい消しになるらしい。それで、試しに入れていたんだって・・・ちゃんと! 言っといてよ!どうせなら、万札入れといて・・あはは~~~万札なら・・もち! いっただき~~~
2002.11.21

最近、日記をサボっているkiraraです。 ~~~っていうか~~(高校生風ー笑)構想は多々あるんだけど、まとまらない。う~~ん???「おばさんは見たシリーズ」「回想の旅シリーズ」「私の○○観シリーズ」「育ちすぎたペットたちシリーズ」「kiraraの知られざる過去シリーズ」←何もない(笑)だいたい、シリーズにしようなんて思うから間違いなのだ。ほとんど、1回ぽっきり・・おまけもないって・・まあ!徒然日記だから・・・のんびりさせていただきます。それと、最近、母の病院通い中の疲れが出てきたのか、頭の回転も鈍い・・すいません! これは、もともとでした。でも、ちょっと、だるめ・・・なの。 これはお年???そんな近況のkiraraです。現在、考えているのは「母娘の絆 ~~日和とkiraraの珍15年~~ (姉妹親子、友達親子) これかな?=====~~~友達のわんこ~~~土曜日、友人宅に行った。家族が増えたという。うふふ~~毛だらけの女の子がいたよ。3ヶ月・・一番、おしゃまな時期。人を疑う事の知らない純粋さ・・~~~精一杯の笑顔で迎えてくれた~~~どんなレディーに育つのか楽しみのkiraraです。 ~~~☆美人になるよー☆~~~
2002.11.18
う~~ん! 子育って、ドラマの連続なんだね。読んで下さった皆様~~ 心から御礼申し上げます☆~~~~~推薦面接・・日和は何を言ったか・・・ 「はい!将来、本場の建築を見るために、 北欧に勉強に行きたいと思っています。 そのために、今は語学の勉強に 力を入れています。」・・だって・・・・・ん???・・・ 初めて聞いたよ。 あはは~~~~~~~一人っ子の娘は、年少さんから、幼稚園に通わせた。大人ばかりの庇護のもと、過保護に育てられた娘は、人を疑う事を知らなかった。おっとりしていて・・・いつも、友達に裏切られていたっけな。乱暴な男の子には、かなりいじわるされた。こずるい子で、先生の前では「いい子ぶりっこ」見てないところで、日和を叩いた。「いい子ぶりっこ」は先生に言っても、~~~あの子はいい子なんですよ~~~その子の母親に話した。若い母親は私を逆恨みした。クラス中の親を集めて泣いたらしい。~~~日和ちゃんママは酷い~~~・・と・・一年後、彼女に味方した親たちは、私に謝ってきたよ。真実がわかったらしい~~~正義は語らずともわかるものだ。ただ、月日がかかった・・・小学校の時、外敵に弱い日和は、担任が怒った・・と、「神経性頻尿」になり、隣りの男の子が、余計な事」を言うと・・「チック症」になったりどれがけ、病院通いしたかわからない・・・そして、日和が自分を見つけ出した、自立の第一歩は、初潮を迎えた時だった。身体の成長と共に、確実に心も大人になっていた。中学になっても、人間関係の苦手な子で・・マイペース。ミーハー、コギャルが嫌いな子。そんな子にとって、学校は決して居心地のいいところではなかった。常に、身体の不調を訴え・・・医者からは「不定愁訴」と言われた。~~~不定愁訴? おばさんの病気じゃない~~~ところが、ストレス社会に育った子供は、 最近多いらしい。そして、現在・・先日、娘に・・「そう言えば・・不定愁訴なんて時があったねぇ・・ あれ、どうしたの?」娘は、戸惑いもなく答えた。「私はね・・開き直る事を知ったの。 私って、ほんとは、すごく図太い。 自分は、とても、にきびとかで、 かなり可愛そうな部類に入るけど、 もっと、大変な人はたくさんいるし・・・ 誰でも、みんな大変だ!・・って思ったの。 自分が「鬱」だと思えるのは 「鬱」だと感じる元気があるんだよ。 自分は、かつて、自分で「鬱」だと決め込み、「鬱」だから、お腹が痛くならなきゃいけないなんて ・・思ったりした。」わけのわからないことを・・・ブツクサ言っていたけど、たぶん・・娘は・・・おのれでおのれを、乗り越えたのでしょう。これから・・・?ふふ・・なにわんさんが私に話してくれた「エレガンスな女性」に育て上げることが目的かな? うふふ~~~☆※なにわんさん、ごめんなさい☆ またもや、お名前を出させていただきました・・・
2002.11.14
==勝利== ~自分で勝ち取った道~私立受験は都立より早い。クラスの大半は、どんどん合格していく。娘の中に、焦りと不安が出てきたのを見逃さなかった。「絶対、受かるよ!」 それしか言えなかった。しかし、私の胸中は娘以上に不安だった。内申書になる、中三2学期の成績。これが勝負だった。がんばった・・・娘は、見事なほどの良好な成績納めた。これには、担任も驚愕した。内申点確保。 無事、推薦を、もらった。推薦で受かれば、どんなに楽か。しかし、4倍と言う倍率にめげそうになった。1月31日 推薦面接。祈るような思いで、出て行く娘の後姿を見送った。 「落ち着いてね!」推薦受験に来る生徒は、さすがの・・・メンバー。グループ面接だった。お家が建築関係のお仕事の人将来の夢が、設計事務所をもつこと・・インテリア関係の広告は必ず見てるという子・・面接終了後・・電話が入った。いきなり・・「お母さん、ダメだよ。みんな凄い!」でも、自分なりの主張はしてきたらしい。(彼女の言った内容・・これが凄いの・・ 次回にお話するね)娘は、決して愛想のいい子じゃない・・面接では損するタイプなのだが・・・・2月 5日 合格発表・・・一緒に行った。自信はないものの、合格した時のために印鑑だけは持参した(笑) ドキドキしながら、受験番号を見る。 「あった!」 私が先に見つけ、叫んでしまった。近眼の娘は、怪訝な顔をして、受験票片手に、掲示板の傍まで行く。そして、自分の目で確認。、私の方を振り返った時の娘の喜びの顔は一生忘れないだろう。泣きべそかきながら、抱きあって、飛び跳ねて喜んだ、親子の姿・・・想像してくださいね(笑)この日で、あっけなく、娘の受験戦争は突然、終止符を打った。都立高の推薦は「落ちて当たり前」の中・・まさか・・の合格だった。彼女の選択の正しさが、今、証明されたのである。現在・・都立K高校一年。自分で選び、自分で勝ち取った高校。例え挫折しても、自分で責任を取るだろう。でも、たぶん大丈夫。今、彼女は自分の人生の一歩を、自分の意志と考えで歩みつつある。 ~The END ~次回は、「あとがき」として、娘の今日まで多数の経験を積んで・・今、どのような考えで生きているか・・ちょっと、お話したいと思っています。もちろん、推薦面接の時の名言もね(笑)
2002.11.13
==決意== ~~K高校への思い~~学校の勉強以外のやりたいこと・・・確かに娘は、読書をしたり、イラストを書いたりしている。たまに、小説も書いているようだ(定かでないが・・・)それが、やりたい事なのだろう。受験勉強の最中、年間100冊の本を読んだそうだ。推理小説、恋愛小説、歴史小説、名作、詞、エッセー、哲学書、仏教書に聖書かと思えば、18禁まで読んでいる(笑) (18禁は、私公認です)気に入った小説家の本はすべて、読みまくり、歴史小説なので、気に入った人物がいると、とことん掘り下げる。小学校の時は、広辞苑を学校で読んでいた・・・一風変わった子。 (広辞苑って読むものだと思わなかった(笑))本屋に行くと、帰ってこない。お金は、みんな本代。狭い部屋には本が積んである。地震が来たら・・・わぁ~~本が顔面直撃だ(笑) し~~らない・・っと。そんな娘も中三になって、初めて受験のための塾通い。そして、彼女が選んだのは、都立K高校(先日紹介済み)だった。 しかも、滑り止めのための、 私立は受験しない・・と・・・「落ちたら、どうするの?」の私の問いかけに、「K高校の二部に行く」・・と・・・それほど、K高校に行きたかったのだ。正直言って、不安だった。娘の成績は安全圏ではない。しかし、私は、娘の考えを認めた。娘の高校選びは慎重だった。三年後の進路から、景気や、就職の事まで考えていたようだ。私は、娘にかけようと思った。「わかった。 頑張りなさい!」 それが私の答えだった。担任にその旨を告げる・・・担任は、「落ちたらどうする」の連発。しかし、娘の決意は変わらなかった。 ~to be continuous ~
2002.11.11
==勉強== ~~学校だけが勉強の場・・?~~後に、3年になっても、この担任に・・・いろいろあったからこそ、うちら親子にとって、最も信頼のできる先生になった。受験の時も、よく面倒見てもらったし・・今では、とても感謝している。しかし・・・良く文句を言いに行ったなぁ~~ある時、娘の周りの子が授業妨害。娘の最も嫌う行為だった。娘は、「勉強ができない学校なら、行っても仕方ない。 価値がないと」・・と。私は、担任に、 「どうして、勉強したい子が学校にいけなくなるんですか? 逆でしょう。 それを、改善するのが教師では・・?」 などなど・・・うふふ~~男の先生だから、小うるさいオバサンの発言には抵抗しないのが得策と思ったのか・・・黙って、話しを聞いてくれたっけな!~~~~先生、ご苦労様でした。 卒業して、ホッとしたことでしょうね(笑)~~~3年も2学期になると、どんな生徒も、受験に目が行く。一時の授業妨害も影を潜めた。我が娘も真剣に考え出した。日和・・成績は中くらいかな?頭はいいと思う(親が言うのは変だけど・・・笑)しかし、勉強は好きじゃない。ある時、娘に尋ねた。「どうして、学校の勉強しないの?」そしたらね、「世の中に、学校の勉強しかやる事がなければするよ。 でも、私にとって、 もっと、楽しい事や、やりたい事、学びたい事がたくさんある の」・・と・・・~~~ふ~~ん・・としか言いようがなかった。~~~娘にとっては、学校の勉強だけがすべてではなかった。自分にとって、興味あることすべてが学びの対象だったようだ。そんな娘が選んだ高校とは・・・ ~to be continuous ~==一言(悪の結託)==授業妨害もそうであるが・・・世の中、どうして「悪の結託」はいとも簡単にがなされるのか・・・その時・・正義は?学校だけではない・・・社会もまた然るべし。NET社会もそうかもしれない。正義が証明されるには、数年を要する事もある。「悪人は臆病なのでどんどん仲間とつるむが、 善人は団結する必要を感じないのでよほどのことがないと団結し ない。したがって悪の側はそれを利用して各個撃破にでてくる」 こんな記事を読んだ記憶がる。う~~ん!それなりに、正義も連帯を組む必要もあるのかもしれない。
2002.11.10
==言葉== ~~発言は消しゴムで消せない~~思うほどに、たまらなく腹立たしさを感じた。私のことを、担任がどう見ていようがかまわない。 でも、個人面談で生徒に言うべき事じゃない・・と!娘は、気にしていないからいいけど・・・このことで、登校拒否になる時だってある。私と娘の親子関係にひびが入ったらどうするの?~~~もう~!先生と、一緒に歩くんじゃないから・・・いいじゃない!~~~ etc。。。このときは、即、校長に面談を申し入れた。ここ、K中学に転校してからも、2年になり、私は、役員を引き受けていた。それは、この学校で面倒を見てもらうことになった心からの、お礼のつもりだった。したがって、校長とも話しやすかったし、柔和な人当たりのいい校長で、とても、親しみやすい人だった。「どうしますか? 私から、担任に話しましょうか?」校長のその言葉に・・・私は・・「担任には、自分から、話しますので、 この件については、ご理解下さい」・・と話した。今回は、これが順序だと思った。舞台が、子供の現場じゃなかったから・・・教頭には、「役員をやって、学校への出入りも多いが・・・ そのために目立つのだったら、出入りを自粛する」とも言った。 それから、数日後・・・職員室に担任を訪ねた。穏やかに話したつもりだけど、かなり、怒り口調だったかもしれない。「先生は、その言葉によって、 自分が、あなたの母をそう見てる・・ と言ったことになるのですよ」私の最後の一言だった。ちょっと、笑い話のような、そうじゃないような話だった。とりあえず、この件は、無事解決。終業式の日に、担任は娘にきちんとフォローの声かけをしてくれたようだった。 (娘にとっては、重大なことじゃなかったようだが・・・)そして・・・この先3年になり・・・受験戦争へと突入することになる・・・3年の担任・・またしても同じ先生に・・・どうなったことでしょうね・・・ ~to be continuous ~==一言(言葉の重み)==軽はずみな言動・・・悪意はなくても、人を傷つける事、多々ありますよね。逆に、傷つけられた事もある。言ってしまった言葉・・消しゴムじゃ消せないよね。でも、もし取り消したとしても、取り消したという事実が残る・・・常に思いやりの気持ち・・相手の立場にたった、言葉を発したいものだ。掲示板・・・ここも会話の世界・・同じような場合があるかも。言葉って、知らずと人の本性を表してるかも・・言葉は人の心を映す鏡。すなわち、言葉に、その人の本性が表れる。だからこそ、言葉は慎重に発したい。自分も含めて・・・
2002.11.08
==個人面談== ~~担任の一言が・・・~~K中学へ移って、心配はしていたものの、 一年生は、平和に過ごす事ができた。やがて、進級・・二年生になった。中二の夏休み前、担任と娘との個人面談があった。「ただいま!」 「どうだったの?個人面談」「話すことないから・・・」 「ふ~~ん・・・すぐ終わったのね」「うん・・・でも、先生が・・・ お母さんは、いつからあんなになったの?・・って」 ~~・・・私・・・??????~~~「何かと思ったけど、 これは、お母さんが派手で目立つ事かな?・・って思って、・・ 『はい! 物心ついたときからです』・・って答えたよ。そしたら、先生が・・「一緒に歩くのいやじゃない?・・って」 ~~~・・なんて答えたの?~~~「いいえ!別に」・・って。その時は、思わず吹き出ししまった。・・・・が、暫らくしてから、怒りが込み上げてきた。 ~to be continuous ~(ここで、質問です。 この後、kiraraママはどうしたでしょう?笑)==一言(私の役員感)==前回までの日記で、やたら、役員と言う言葉出てきた。何だか、役員してきたのが偉そうに聞こえる。そこで、私のPTA役員への関わりの意味をお話したい。「何で役員やるんですか?」 どう答えますか?私はね、「学校に文句を言うため・・・」これは、校長の前でも、教師の前でも答えた。そして、付け答えた。「私は、文句も言うけど・・・ 学校のこともやります・・・」・・って・・・何もしないで、文句ばかり言う人は、私の、もっとも嫌いとするところ。文句があるなら、お互い歩みよりたい。そして、もう一つの理由は、学校には、子供がお世話になっている・・・そのご恩返し・・・がある。恩があるかないかの考えは、人それぞれでいいが・・これは、私の考え、思いです。それと、私は役員に、確かな価値観を認めている。人によっては、「あの人暇なだから、好きなのよ、目立ちたいのよ」・・と 様々言われたかもしれないが・・・文句を言うなら・・・「あなたやりなさいよ・・」の気持ちです。私は、役員としても企画等に失敗があっても、やってくださる方が一番大事だと思っている。非難中傷はつき物だから・・・。私が「PTA副会長」を受けた時・・・心に決めたこと・・・名誉職じゃなく、責任職・・・悪く言われて、当たり前・・ということだった。幸いにして、素晴らしいメンバーに恵まれ・・・一生付き合える、教師とも巡り会えた。そして、私にとっての価値があったから。うふふ~~ほんとうは、私たちの税金が無駄に使われてないか・・・見張りに言ったのよ。子供達のためにね・・・
2002.11.07
==行政== ~拍子抜けの結末~教育委員会に行く朝を迎えた。その朝・・私は、娘に言った。「教育長の許可が下りなければ座り込みだよ。」「それでもダメなら、教育長の部屋の蹴飛ばして、 じか談判に突入するからね・・・」 ~~まるで、やくざじゃん(笑)~~教育長にも面識がった。半端に役員やっていたんじゃないわ・・との思い。娘は・・・ 「お母さんお昼はどうするの?」空腹の心配をしている娘と、スーツ選びをしているという・・おかしな親子の姿だった。何課だったかな?(忘れた。)受付では、娘に全部言わせた。「あのぉ~~転校したいんですが・・・」しどろもどろの娘だったが、私は、黙っていた・・・自分の事は、自分でやる事への挑戦だった。そして、最後に口添え・・・窓口の人が、書類をめくる・・・「はい! N中の校長からも電話が入ってます。 この書類に必要事項を書いて印鑑を押して下さい。」~~~~~へっ!????~~~~ 拍子抜け。。。あっさり、許可された。 教育委員会としては、問題を起したくないのだ。ましてや、その場で騒がれたくない。これが、行政と言うものらしい。転校の手続きはあまりにも簡単だった。 入学してから、2ヶ月と3日。転校を決意してから、一週間のことだった。6月14日・・・娘は、N中から、K中の生徒になった。その間、3日間・・・制服専門店に頼み込んで・・・立派に、K中の生徒になるべく、必要用具、制服を揃えたのである。日和転校の噂は、この辺を取り巻く、5つの小学校で、親たちの間に伝言ゲームのように伝わったらしい~~~~~でも、噂なんて、私には関係なかった。賛否両論だっただろうけど、好き勝手なことを言っている他人が、我が娘を救ってくれるわけではないのだから・・・・・こうして、娘は、晴れてK中学校の生徒になった。娘は、誰よりも人の痛みのわかる子になっていた。いじめられている子はどこにでもいる。その子のために親身になって、相談に乗ってあげたりしていたようだった。N中学での、出来事の時、 私は、娘に語った。「お母さんが、あなたのためにやる、最後ののことだと思ってね。 これからは、自分のことは、自分で解決する事。 自分の人生なんだから・・・ ただし、相談には乗りますよ」・・・と・・・しかし、その後も、何回か、娘のために学校に足を運ぶ事になった。 ~to be continuous ~
2002.11.05

娘の文化祭だった・・・東京都立工芸高校地上9階、地下2階という、立派な建物である。明治40年創立もうすぐ100周年を迎える。工業科に属するが、8割が女子と言う学校。最新の設備を備えた学校である。本年、夏に導入された動画のソフトとコンピュータは、かなりの額だったようだ。アートクラフト科、マシンクラフト科、インテリア科、グラフィックアーツ科、デザイン科の5科がある。娘はインテリア科・・・ (希望理由は、今後、連載日記に出てきます)好きじゃなければ、入れない学校だか、それぞれの、センス、創造性の素晴らしさはすごい。では・・・紹介します。 外観と玄関 ビルの側面に掲げてあった。かなりの大きさ。 こんなの物まで生徒の作品だのだ! この旗が出迎えてくれた 入り口の飾りつけ(インテリア科作品) 廊下じゅう、切り絵が・・・ ちょっと、色っぽい版画を見つけたのよ。 インテリア科3年の作品 自分が便利だと思う発想なんだろう・・・そして、5階の窓からは・・・ 後楽園遊園地、ドームホテル、奥には東京ドームの屋根が・・たくさんあって紹介しきれない。彫金の指輪もステキ、 CMの台本を作って、CFも作っていたよ。とにかく、ステキでした~~~この学校、全盲の教師がいるの・・・社会の先生でね・・・でも、記憶をたどっての黒板に書く字はすごいらしい。プリントは、音声入力のパソコンを使っているとか。この教師の存在こそ、娘にとって、最高の教育になっていると思う。※一日遅れでごめんなさい☆
2002.11.03
==名誉== ~そのとき学校は~学年主任、担任、教頭、校長・・・と・・・大層な顔ぶれだったが、私は、少しも怯む事がなかった。6年間役員をやっていた・・・図太さだろうか?校長とも多くの会合で面識はあった。私は、転校の理由を述べた。今となっては、何を言ったか、詳しくは覚えていない。・・が・・・今日までの思いを、悠々と回想するように話した事だけは覚えている。それぞれの先生が、引止めに入った。こんな理由の転校は、不名誉な事だ・・・教育委員会に、校長は汚名を残す事になる。その事事態が、どのような事か、私には、わからないが・・・・どんな、引止めの言葉も私たち親子には無駄だった。悩みに悩み、考えに考えた親子の結論。馬の耳に念仏だった・・・私は、担任の対応、学校の対処の仕方・・・そして、私の教育感までも語った。自分でも驚くほど、悠長な話し振りだった。人間、ここまで心が決まると、怖いものなどないようだった。最後に担任は「もう一度・・日和さんと話し合って、 やり直したいと・・・」~~~冗談じゃない、別居中の夫みたいなこと言うな!~~~ 心の中で思った。・・が・・・ 静かに私は言った。「先生が、その気持ちあるなら、娘はもういいんです。 その思いを、悩んでいる他の生徒に向けてあげて下さい」 ・・・と・・・・「明日、教育委員会に行きます」その言葉に、始終、目を閉じて聞いていた校長が、口を開いた・・・「そんな理由じゃ、許可がおりるかどうかわかりませんよ。」私は、何の同様も見せず・・・「そうですか。でも、行きます・・・ 行って見なければわかりませんから・・・」席を立ちながら、私は言った・・・「学年委員の事は、ちゃんと、後任を決めてありますから・・」学年委員を受けていた私は、 責任上それが気になっていた。立つ鳥跡を濁さず・・・の思いで、 人探しを短期間の間にやってのけた。そして、私達は、校長室を後にした・・・明日は、教育委員会に乗り込むとの思いで・・・(手順として、学校に話しをし、ある程度、 校長の了解を得てから、 教育委員会に行くらしい。 それは、きちんとしたかった。) ~to be continuous ~
2002.11.02
==決意== ~悩んだ末に~そして、その夜・・・ 私は、腹を決めた・・・湯船に浸かっている娘に声をかけた。 「ちょっと、話があるの・・・いい?」小学校まで、いつも、一緒にお風呂に入っていた。お風呂って、話が弾むんだよね。娘は、いつも、学校での事を話してくれたっけ・・・お風呂は、母子の唯一のコミニュケーションの場であった。私は、娘に優しく話した「日和ちゃん、よく頑張ったね。 転校してもいいよ。 あなたは、逃げたんじゃない。 今日まで頑張ったじゃないの。 例え、誰かが「負け犬」と言ったとしても、 お母さんは、あなたの頑張りを認めてあげる。 誰よりも、お母さんは知ってるよ。 だから、もう~無理しなくいいから・・」娘は、せきを切ったように泣き出した。 私も泣いた・・・あふれ出る涙をどうしようもなかった・・・娘は「いいの? でも、制服代とか、またかかる。 大変じゃないの」 (中学のお道具一式・・・8万円ほど・・・ おまけに、夏服まで、作ってしまっていた。)~~~お金ではかえられない事ってあるんだよ。 心配しないでいい。~~~~ 「今なら、やり直しができるよ・・・」翌日から、早速アクションを起した。入学前の越境は容易いが、引越し以外の公立の転校というのは、かなり、面倒だった・・・ましてや、理由が理由だけに、校長のメンツに関わる。簡単に、許可が出るはずがなかった。校長に、アポを入れた・・・ その日・・・・6月9日・・・N中学の校長室には、スーツに身を包んだ私と制服姿の娘がいた。目の前には、担任、学年主任、教頭、校長が座っていた。「転校させます」・・その言葉に校長の顔が歪んだ。 (その数日前に・・・ 校長には、クラスの実体は話してあった・・・ しかし、その時の校長の考えは、 未だに。。定かではない) ~to be continuous ~~~~おまけの一言~~~ 某臨床心理士の講演を聞いて・・我が子がね・・「お母さん、聞いて」・・と・・このときは、「あとで・・」と答えるのは避けたいもの。とりあえず、僅かの時間で言いから、子供に向き合ってあげましょうね。子供は、今、聞いてほしい。 あとじゃ、嫌なんですよ。どんな、小さくても、傷つくらしい。そして、「あとで」・・・が繰り返されると・・・「どうせ、聞いてもらえないや」・・って。 親に話さない子になる場合があるらしい。今は、母親も忙しい時代。身体は離れていても、心の目は、いつも子供を見ていたいですね。
2002.11.01
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