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「63!」
2002年01月31日
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「日記、いつ書くんだろう?」と、まるで他人事のように思っていたためか、今日は書きませんでしたね、僕。今鮮やかに蘇る「動いてる・動いてる・死んだ」の記憶。どうも嫌な予感がする・・・「ルールールー。予感です。予感がします。」「本当なの?火星人。」「知能ぉ指数ぅー。せんさんびゃくぅーっ」「♪オイラはシードロー。オイラはモ・ド・ロ!」プリンプリン物語まで出てきちゃった。昨日の予告と本当に同じ内容で書く気があるんだろうか?頑張れ、留守電。僕は君の味方だ。
2002年01月30日
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学生時代、おんぼろアパートで一人暮らしでした。貧乏だったので、一か月分のバイト料(確か7万ちょっと)をはたいて、電話を購入。今のように携帯なんてなかったので、仕方なかったんだけど、結局その月はいろんな人に御飯をおごってもらいました。さて、次回の日記ですが、「私の留守電応答メッセージ」を書くつもりです。また愚かな過去をばらしてしまうことになりますが、そんな馬鹿でも生きていけるんだ、ということをわかってもらえると、僕はうれしい。で、いつ書こう?
2002年01月29日
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「64!」
2002年01月28日
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ハワイ旅行記(どこがだ?)。さらに追記。アメリカ人に「ナーンニーンサーマデースカァ?」と質問された僕は、あまりにも意外な展開に、すっかり驚いてしまった。せっかく頭の中までアメリカン・ナイズドされていたのに、事態は風雲急を告げる。答えなくては!アメリカ人が、英語で質問。こうなるはずだった。アメリカ人よ、誇りはどうした?なぜ日本語を使うんだ?言い訳をするわけではないが、英語で訊いてくれたら、僕はきっととても流暢な英語で答えることが出来たはずだ。ちょっと面食らっただけである。だから、アメリカンなままで答えればいいのである。でも物事は思った通りにはならない。「すみません。2人です。」ついうっかり、普通に日本語で答えてしまいました。横で奥さんが呆れた顔をして僕を見ていた・・・
2002年01月27日
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「65!」
2002年01月26日
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「66!」
2002年01月25日
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「67!」
2002年01月24日
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唐突に、日記の続き。北海道旅行の最初のキャンプ地は層雲峡だった。この5人組では、僕だけが唯一の下宿生だったので、食事班長をやることになっていた。キャンプ場から一番近くのお店まで徒歩30分。そこで食材を調達して、また30分歩いて帰る。そしてその日の夕食で、思いがけないことが・・・この話は、またいずれ日記に登場させる予定ですので、ここでは詳しく書かない。と言うともっともらしいが、本音を言うと、この日記の本題は英会話なので、早くそっちへ行きたいだけである。いろいろあったが、とにかく食後に僕らは、酒を飲みたいだけだったので、テントのある場所から人のいない方へ10分ぐらい、ビールと日本酒とおつまみを抱え歩いていった。飲めばうるさくなることは明白なので、宴会はキャンプ場まで声の届かないところへ行ってすることにしたのだ。が、懐中電灯の明かりだけで歩くのは、本当に怖かった。この旅行では、毎晩キャンプ場で、ビール10リットルと日本酒1升飲むことが、必修科目だった。理由は、ない。毎日毎日食材とアルコールの買出しに行くのは、疲れるけど結構楽しかった。さて、宴会も盛り上がり始めた頃、僕らのいた辺りの草むらで、がさがさ音がする。一瞬にして、僕の酔いは醒める。熊だろうか?怖いよお。お化けなら、もっと怖いよおっ。と、そこへ顔を出したのは一人のアメリカ人。なにやら言っている。僕らは「うるさいぞ、小さな黄色い猿め!」と言われたのだとばかり思ったのだが、落ち着いて聞いてみると「ヘイ!シングアソング!」と言っているではないか。そうか、いっしょに宴会したいのね。そうなれば話は早い。北の大地で、えらくミクロな日米首脳会談が始まった。問題は、お互いに国家に対して何の影響力も持ってないということだが、それはとりあえず忘れることにした。さて、彼を迎えて宴会再開。僕は受験からまだ間がなかったので、多少の単語はわかった。が、酒が邪魔をする。文法も何もあるもんか。単語とジェスチャーで何とかなっちゃった。彼の話を5人がかりで頭をひねりながら翻訳してみると、彼は当時来日していた「リング・リング・ブラザーズ」というサーカスの一員で、道化師をやっているということが解かった。北海道の後は、東京公演があるという。たしか旧国鉄の汐留跡地で、そんな事やるというCMを見た記憶があった。彼は風船を使っていろんな動物を作ってくれた。僕らは5人とも、誰も英会話なんてやったことがなかったが、2時間近く彼と共に喋り、飲み、歌い、笑った。楽しい夜になった。人と人とのコミュニケートは、なんとか伝えようという思いがあれば何とかなるんだな、と酔った頭で考えたりしていた。だが、事実はそうではなかったことが、この11年後の秋に発覚する。自慢しているみたいで本当は書きたくないんだけど、僕は、ものすごい英会話の才能があることが判明してしまったのだ。僕と奥さんは、新婚旅行にハワイを選んだ(ここに落ち着くまで、いろんなすったもんだがあって、たいへんだったのだ)。ハワイと言えば、なんといってもアメリカである。ものの本によると、アメリカではディナーは予約をしてから行くべし、と書いてあった。「本当かよ?」と思ったが、とりあえず電話をしてみることにした。アメリカ人と話すのは11年ぶりなので、通じなかったら困るなぁとも思ったが、北海道の日米首脳会談が僕の背中を押した。文法はすっかり忘れちゃったので、言いたいことだけを言ってしまうことにした。僕の才能が発揮されるのは、ここからだ。「ハロォ(語尾上げ気味)。アイウォントリザヴェイション、アットセブンオクロック!」こんなようなことを言った記憶がある。ばっちり通じたね。電話に出たレストランの従業員は、僕の言うことを瞬時に理解したようだ。満足に英会話を習ってもいないのに、僕ったらすごい。従業員氏は僕にこういい返してきた。そして、それは僕の英語が通じたことを、何よりも物語った。彼の言葉を、彼の言った通り書きます。「オー、イエース。ナーンニーンサーマデェスカァ?」・・・日本語で質問されちゃった・・・・・・
2002年01月23日
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噂によると、現代ビジネスマンの必須アイテムは「英会話」だそうである。実際のところはどうだかは知らない。僕の周りには、学生時代にアメリカに行っていた奴も結構いるが、今は英語なんかまったく喋らず暮らしている。「今も喋れる?」と訊いたら「もうだめ。」と答えた。アメリカで就職までした人でさえこれだ。僕のつたない友人関係では、真のビジネスマンを探すのは難しいらしい。僕は18の頃、男5人でテントを担いで北海道を旅したことがある。周遊券を買って、夜行で行った。まだ今主流のドーム型テントはあまりなく、昔ながらの三角テントを使った。これは使った方ならご存知でしょうが、完成するまで結構手間がかかるので、いったん作ったからにはそう簡単に撤収したくない。という訳で、1ヶ所につき3泊した。テント3泊民宿1泊。このリズムで2週間弱。やたらと疲れる旅だった。はい、続きは後日です。この間、日記を3日書くだのなんだのと余計なことを書いて、しんどい思いをしたので、今日はさりげなく書きました。でも、もう疲れたのでやめますね。今回のテーマは「英会話」オチは新婚旅行なのですが、なぜか学生時代に寄り道してます。思いつくまま書くと、すぐにこういうことになってしまう。北海道旅行から新婚旅行まで、実に11年もあります。しかし、北海道の話を書いてて大丈夫なのだろうか?新婚旅行はハワイだった。まだまだ日付変更線も越えなきゃなんない。たどり着けるのか?今後この日記がどういう展開を見せるのか?一番知りたいのは、何を隠そうこの僕だ。そして、本当に続きを書く気があるのか、一番疑ってるのも、きっと僕だ。
2002年01月22日
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「68!」
2002年01月21日
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「69!」
2002年01月20日
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「70!」
2002年01月19日
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「71!」
2002年01月18日
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「72!」
2002年01月17日
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先日、女性に花一つ満足に贈れない男の話を書いた。半分泣きながら書いているので、細かいところが抜けてしまい、まあいつものことと言えばそれまでだが、わかりにくい文章だった。どうして花屋の店員のお姉さんは、よりによって菊なんかを売ってしまったのだろう?女性のために花を買うという、いささかキャラクターに合わない事をしていたので、僕はとても緊張していた。「これを下さい。」と菊を指差した客に、店員さんはきちんと応対していた。「仏花ですか?」再度言う。とても緊張していた。僕の耳にはこう聞こえたのだ。「ブーケですか?」なんだかよくわかんないけど「そうです。そうそう。」と答えた。声もずいぶん上ずっていたはずだ。店員さんは更に訊いてきました。「2つに分けます?」本当に、何のことだかさっぱりわからなかった。とにかく、一刻でも早くこの場を抜け出したい気持ちでいっぱいだったので「お願いします。」と答えた。「そうか、2部屋に飾れるようにしてくれるんだ。やっぱり女の子は、花をもらう立場っていうのがわかってるんだ。いい店員さんだなぁ」こんなことを考えていた。馬鹿丸出しである。かくして、僕の一方的な間違いにより、僕のガールフレンドは菊の花束(ご丁寧に2つに分かれている)を受け取るはめになったのでした。悪気はなかったんですよ、本当に。それから数年して、結婚記念日には花束を買って帰る、正しい旦那になりました。カスミソウをあしらうことも知りました。それよりなにより、花束は店員さんにお任せするということを覚えて、本当によかったと思っている。
2002年01月16日
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タイトルにまったく意味はない。思いついちゃったのだ。では、後半をペーストします。次の日、恩人カブトムシ君は、なぜかメスカブトの上にのっかって、離れようとはしなかった。まだまだ第二次性徴を知らない無邪気な少年は、引っ張ったりしてしまいました。悪いことをした。結局その日は恩人の顔を立てて、お休みいただいた。日記には大きく「動いている」とだけ書いておいた。その次の日は、カブトムシ君の動きが悪く、何かを引っ張るどころの騒ぎではない。動かせても、すぐ止まってしまう。少年は困ったが、頼んでどうなるものでもないので「動いている」と書かざるを得なかった。その次の日は、お葬式をしました。日記には「死んだ」とだけ書きました。動いてる・動いてる・死んだ新品のノートを使ってこの結果。いったい何が研究だったんだろう?あの夏からもう22年が経つというのに、僕の親兄弟はいまだに覚えていて、けっこう僕をいじめる。何か失敗すると「どうせあんたは、『動いてる・動いてる・死んだ』だもんね」などと言うのだ。でもね、他に書きようがなかったんだもん。僕はこの程度の男なので、「3日書く」と宣言したのに2日しか書かなかったり、予告タイトルと全然違ったりしても、どうか笑わないでいただきたい。「動いてる・動いてる・死んだ」に比べれば、ずいぶんオトナになったものだと、自分では満足しているんですから・・・
2002年01月15日
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いくら何でも、夏休みはないだろう、と自分でも思う。ただ、これ以外にいいタイトルがないのだ。僕は、いいタイトルが浮かばないと、どうも書く気が起こらない。B型ってわりに形にこだわるところがあって、スタイルがきちんとしていないと、やる気をすぐ無くしちゃう。例えば学生時代、歴史上大事な年号は赤色で書こうって決めたとしますよね。1192年とか1333年とかを最初はきちんと赤色で書くわけです。でもなぜかある日、赤のボールペンのインクがなくなっちゃったりします。そうするともういけない。もうその日からノートを書かなくなっちゃう。同じスタイルでやらないと、どうも気に入らない。そうこうしているうちに、他の教科も書かなくなったりしちゃう。他人から見ると「なんだあいつは?最初だけか?」という風に見えちゃうんだけど、実は違うんですね。赤のボールペンさえあれば、きちんと続けていたんです。といって、インクが切れた次の日にボールペンがあったとしても、一度やる気をなくすともう出て来ない。「一度決めたことは、とことんやりぬく」これは苦手ですが「一度止めたことは、とことんやめぬく」こういうことは、割に得意です。禁煙は別にしても。B型の中でも、特殊な例かもしれませんが・・・いっこうに夏休みが始まらなくて、困ったものだ。夏休みの宿題に「自由研究」というのがあった。僕は声を大にして言いたいのだが、小学生がそんなことできるものか!でも答えは「出来る」なんですね、実は。やってる子がちゃんといた。でもそんなのは少数派である。抵抗勢力だ。少なくとも、僕は出来なかったし、「自由研究が楽しくて楽しくて仕方ない」なんていう同級生はいなかった。小学4年生の夏、僕は途方にくれていた。「自由研究」のテーマが見つからなかったのである。ところが、ラジオ体操に行ったついでに、すばらしいものを発見してしまうのである。カブトムシ君だ。「よし、これだ!」少年の腹は決まった。カブトムシ君の成長日記を書こう。少年は興奮していた。もうこれで夏休みの宿題なんて終わったも同然だ。カブトムシ君が何とかしてくれる。というわけで、新しい方眼ノートの表紙に「カブトムシの研究」と書きました。この字が下手くそだと、研究をする気がなくなってしまう自分をよく知る少年は、緊張しながら書きました。無事に表紙を乗り切ったので、いよいよ本題である。興奮していた少年は、カブトムシ君に無理を強いた。身体測定は順調に済んだが、カブトムシは夜行性なので、隙あらば土にもぐって寝ようとする。自由研究はカブトムシ君のご機嫌にかかっていたので、カロリーメイトを与える作戦に出た。機嫌がなおったカブトムシ君にミニカーを引っ張らせました。ミニカーの重さを量り、移動距離を測り、時間を計りと何でもかんでも記録しました。数字がたくさんあれば、なにやら研究らしくなる、というのが少年の考えだったんです。このへんが、しょせん私立文系にしかなれない未来を物語りますね。この日だけで、実に3ページもの記述を残した。当然、ミニカーの絵まで描いて、ページ数を水増しするという工夫も忘れてない。少年は恩人カブトムシ君にご褒美をあげたくなった。思い立ったら止まらない少年は、メスカブトを買ってきた。一刻も早くご褒美をあげたかったのか、探すのが面倒だったのかは、今となっては知るよしもない。しかし、これが完全に裏目に出てしまうとは、その時にはわからなかった。またまた長いって言われちゃいました。続きは15日分でお楽しみください。
2002年01月14日
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「73!」
2002年01月13日
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今でこそ30を過ぎてしまい、家庭では君臨することが出来ずに恐妻家の地位に甘んじてはいるが、僕にもそれなりに華やかなりし頃、というものがあった。先日書いたように、高校時代はウミ・ボーズで忙しかったため、僕は恋愛とは無縁だった。というのはまったくのウソである。ウミ・ボーズはただ下校時に歌ってただけだ。下校するのに忙しくてたまらない高校生なんて見たことも聞いたこともない。まあ、もてない男のほとんどがそうであるように、「愛だの恋だのそんなチャラチャラしたこと、してられっか!」というように装っていた。本当にそんなことを公言して、本当に女の子に相手にされなかったらどうしよう?という恐れもあったので、あくまでもさりげなくそう装っていたのであった。我が母校はごくごく普通の高校だったし、僕は私立文系コースだったので、女の子のクラスメートはいっぱいいた。別に嫌われることもなく、仲良く話はしていた。一度なんか女の子6人に「どうしても」って頼まれて、1番松本から9番江川までの応援歌を歌ってあげたことまである。でも、あれはですねぇ、球場のスタンドで歌うからまだ救われてるんですね。教室でやるもんじゃないです。「ダンディダンディしーのづか!」「楽をしてもクロウ・クロウ」歌いながら、顔が赤くなるのがはっきりわかったくらいです。とかなんとかバカなことをしているうちに、高校を卒業して大学に行きました。大学生になったし、一人暮らしもすることだし、やっぱり彼女の一人や二人はいないとねぇ、とは思ったが、こういうのってタイミングがすべてである。僕はいろんなことに不器用で要領が悪いので、今思うとずいぶんチャンスを逃したようだ。明らかに女の子に誘われているのに気付かなかったことが、今覚えているだけで3回はある。そういうのに気付かない報いで、恐妻家になっちゃったんだろうな、きっと。悔しいな。21の頃つきあったガールフレンドは、2歳年上のOLさんだった。結局いろいろあって、最後には別れてしまうんだけど、今から思い返してもとてもいい女性だった。でも「あなたが卒業してから何年待つの?」というような、学生と社会人の恋愛にありがちな要素が僕らを離れさせてしまった。嫌いになってない女の子との初めての別れだったので、けっこうショックでしたね、これは。その彼女の誕生日に「よし、花束をあげよう!」と思い立ったことがある。貧乏学生だったのでロクなプレゼントもできないでいた。挙句にその日僕は、多摩川グランドで野球の試合をして打ち上げにも参加していたし、彼女は普通に出勤して残業までしていた。せっかくの誕生日に寂しい思いをさせて悪いな、という気持ちがあったのだろう。今なら携帯で連絡が取れるんだろうが、当時はそういったものはなかった。急に訪ねていって驚かせてやれ、という気もあった。打ち上げをすぐに抜け出し、渋谷から東急新玉川線に飛び乗って、相模大野にある彼女の部屋に向かった。けっこうな時間がかかったが、彼女の笑顔が見たかった。若者はストレート一本槍なのだ。相模大野の駅の近くに、閉店間際の花屋さんを見つけて飛び込んだ。「えーっと、花が欲しいんです。」女の子に花束をあげるタイプの男ではなかったので、かなり緊張していた。花を買う、という行為が恥ずかしくてしょうがなかった。まぎれもなく、初体験だった。頭の中は真っ白けだ。「どんなのがいいですか?」花屋のお姉さんが僕に問い掛ける。これがおばちゃんだったら、こんなに緊張しなかっただろう。でも、なにせ初体験。何がいいか訊かれても、僕だって困る。しかたなく辺りを見回すと、きれいな花が目に付いた。薔薇みたいに派手ではなく、それでいて小さいわけでもない。「これを花束にして下さい。」当時の僕には大枚3000円を払い、意気揚揚と彼女の部屋に向かう。明かりが点いていた。よかった。仕事は終わったらしい。チャイムを鳴らし、玄関のドアが開く。「おめでとう。どうしても直接言いたくて来ちゃったよ。これお祝い。」恥ずかしいので早口でまくし立て、買ってきた花束を渡す。一瞬驚いた表情を見せた彼女が、笑顔になった。「どうもありがとう。花なんて、イメージに合わないことするね。」彼女との楽しい夕食が始まって、素敵な夜になった。彼女の本当の優しさを知ったのは、それからしばらくしてからだった。あの時の彼女の驚いた表情が、今ならよくわかる。彼女は僕の本質をしっかり理解してくれていたに違いない。この日記を読んでくれている女性の皆さん。もしも好きな相手に、菊の花束を贈られたら、アナタならどうしますか?
2002年01月12日
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「74!」
2002年01月11日
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最近僕は忙しい。愛しのもときち君(仮名)とは、平日に会っていないぐらいだ。奥さんは、たまに起きているので、2日にいっぺんは顔を合わす。悪いことは重なるものだ。約束します。この金土日月の4日間で、3回書きます。2回に分けたりも、しないつもりです。「上を向いて歩こう」「春が来る前に」「カツオ、新学期」の3本でしゅぅ。(タラちゃん風)
2002年01月10日
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「75!」
2002年01月09日
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「76!」
2002年01月08日
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「77!」
2002年01月07日
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「78!」
2002年01月06日
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「79!」
2002年01月05日
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「80!」
2002年01月04日
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「81!」
2002年01月03日
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「82!」
2002年01月02日
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「83!明けましておめでとうございます!」
2002年01月01日
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全31件 (31件中 1-31件目)
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