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さて、半分廃墟なヴィッラ・グレッピですが、やはり由緒あるお屋敷。やや荒廃しているものの、ヴィッラとして使われていた頃をイメージさせるような建物はまだまだ健在。地元の高等学校だったころ、ここは体育館として使われていたんですってちょっと手狭ではあるけど、なんだか高級感ありますね~~~ 体育館の入り口の上部には、こんな立派なステンマ(紋章)もついてました。百合の花とペガサスです。こんな紋章、かっこいいですよね 運動を終えた生徒たちは、ここで水を飲んだりしたのかしら。。。こんな学校なら、もう一回学生に戻ってみたくなっちゃいますネ
April 30, 2010
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さて、ふたたびロンバルディアに戻ってきました☆滞在していた友人の家があるブリアンツァ地方です。 ミラノとコモ湖の間に広がる丘陵地帯で、風光明媚なこの地方には昔から貴族たちのヴィッラがたくさん建てられていました。こちらは、丘の上から北西方向を見たところです。緑のなかに点在する小さな集落や、遠くの山並みを見ているだけで、なんだか癒されちゃいます♪去年の8月に撮った写真なんですけど、遠くの山にはまだ、雪が残ってますネ。イタリア最高峰のモンテ・ローザ周辺ですこの景色を一望できる高台にあるのが・・・ こちらのお屋敷、ヴィッラ・グレッピです貴族のお屋敷だったところを町が譲り受けて地元の高校として使っていたところだそうです。私の友人も、実はここの卒業生。現在は学校も閉鎖されてしまい、いくつかの建物が地元の商工会などで使われているだけ、というちょっとさびしいお屋敷なんだそうですが、友人のコネでちょっとだけ、敷地内に入れてもらいました☆ 門から車で敷地の奥まで行き、そこから歩いて庭園などを見せてもらったのですが、やっぱり建物は老朽化が進んでいて、なんとなく「廃墟」っていう感じ。。。友人も、卒業してからはほとんどここに来ることがなかったということで、荒れ果てた建物にちょっとがっかりしているようでした。お庭はとっても広くて、商工会が使っている建物などは近代的で立派だったので、なんとかこちらのお屋敷も、きれいに再生できないものかと、おせっかいながら思ってしまったのであります。。。。・・・肝試しには、もってこいかもね。。
April 29, 2010
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いよいよゴールデンウィークですね~私は仕事柄、こういった連休とは縁が無い生活を送ってるのですが、やっぱりなんとなく、旅ゴコロがくすぐられて、どこかに行きたくなりますネ。私はイタリアなどヨーロッパへ行くときにはほとんど、エールフランスやKLMなど、スカイチーム系列の航空会社を利用しています。最近はもっぱら、web予約なので、この時期になると、航空会社からのメルマガがよく届きます。今日も、帰宅後PCを立ち上げてメールをチェックしたところ、KLMからのメルマガが届いていましたそれによると、KLMではウェブサイトのリニューアルを記念して、航空券の購入をオンラインで予約すると、なんと!オリジナルのカステラがもらえるというキャンペーンが 気になったのでさっそくサイトに飛んでみたら、こんなカステラの写真が。。航空券で、どうしてカステラ??なんて思ったんですけど、KLMといえばオランダ。日本にこのお菓子を伝えたのはオランダの商船だった、なんていうハナシもありますので、ナルホドとうなずいてしまいます カステラも美味しそうだけど、やっぱり行きたいときに行けるのが旅のシアワセかも。。ちなみにこの「カステラプレゼント」は5月31日までの予約で、オンライン予約後のエントリーでもれなくもらえるそうですヨ☆予約対象期間は日本発7月15日分までだそうです。ヨーロッパへ行こうかな、なんて思っている方、KLMでカステラもいかがですか~詳しくはこちらから☆ ⇒ KLMロゴ入りカステラプレゼントキャンペーン
April 28, 2010
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目がおかしくなったかとビックリしちゃったあとは、こちらの聖家族の絵でホッと癒されました初々しい表情のマリア様と、その膝に抱かれたジェズ・バンビーノ。ジェズ様の足にくちづけようとしているのは洗礼者ヨハネ。み~んなふっくらしていて、かわいいの ジェズ様の足を抱くヨハネに祝福の手を差し伸べる、小さなジェズちゃま。でも、その目は結構真剣です。。。「・・・・ヨハネ兄ちゃん、か、髪の毛・・・薄っっ」って、内心ビックリしているジェズちゃまだったのであります。。。
April 27, 2010
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ボローニャの市庁舎内にあるミュージアムに飾られていたこちらの絵たぶんジェズ様で、「父と子と聖霊」の三位一体をあらわしているんだと思うのですが・・・・・これってどうなの~~~~~???一瞬、目が悪くなったのかと思った私なのであります
April 26, 2010
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鉄道ボローニャ駅から歩いてすぐのところに構えるガリエラ門駅を降り立ち、町の中へと入るときに誰もが目にする、立派なボローニャの入り口です。こちらは、町の中から駅のほうに向いて撮った写真なのですが、こうしてみると「門」というよりはむしろ、教会のファザードのようにも見えますねアーチのすぐ上についているステンマ(紋章)には、法王サマのしるしである3重冠と、交差した「天国の鍵」がついているのがわかります。 この門が作られたのは1661年。時の法王、パパ・アレッサンドロ7世の紋章です面白かったのは、パパ様のステンマの両脇に並んでいる4つのステンマたち。パパ様はもちろん、3重の法王冠を戴いてるわけなんですけど、その両隣の2つの紋章は、なんだか麦わら帽子をかぶってるみたいに見えません??そしてさらにその外側、一番小さい2つの紋章にいたっては、帽子のないおじ様風の男性の頭部が。。。コレにはなにか、意味があるんでしょうか??気になりますねぇ~~ ・・・あのおじさんたち、帽子もないけど、髪の毛も・・・(以下自粛)なんて思いながら門をくぐって、駅側から振り返ってみました。アーチの上にはやっぱり、クロスした鍵に王様に家来が差し掛けるような傘がかぶっているという、なかなかえらそうな(!)紋章がついていました ちなみに、反対側からみたガリエラ門ってこんな感じ。(ボローニャ市のサイトから拝借)内側からみると教会のファザードみたいなデザインだったのに、外からみるとこんな風に、堅固なお城風にみえるようになっていたのですその昔、ボローニャの町が、門と城壁に守られていたころを想像してしまいますネ☆外から来る者には威圧感を与え、門の内側の人々には法王領としてパパ様の威光に守られているという安心感をあたえていたのかもしれません。 門のすぐ下には、小さいながらも堀を思わせる遺構がありました。町を守るのは要塞なのか、それとも法王サマなのか。 ちょっと面白いボローニャの入り口ですネ☆
April 25, 2010
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アルキジンナージオ宮を後に、再び広場へと向かう道すがら。ポルティコ(柱廊)を歩いていると、その風景の独特さに気づきます。照りつける日差しをさえぎるポルティコは光と影のコントラストをつくり、そのアーチの中に見える風景をくっきりと際立たせる、「額縁」の役目も果たしているみたい ふと見上げたときに、古い町の古い建物が、ポルティコのアーチに切り取られて、まるで絵葉書みたいに見えるんです。。。私だけ? ・・・ネプ様のお尻も、ポルティコの額縁で魅力倍増よ~
April 24, 2010
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中世から大戦後まで、歴史を物語るアルキジンナージオ宮。そろそろおいとまの時間です。ポルティコの下から見上げると、夏空にそびえる時計塔が、ちょうど見学してきたアルキジンナージオ宮でのタイムトリップを物語っているかのように見えました 出口近くの階段の踊り場に残されていたのは時代を感じる木彫りのステンマ(紋章)と、聖人サン・カルロ・ボッローメオの記念碑この学び舎が完成してからわずか13年後にイタリアはもちろんヨーロッパを恐怖に陥れたペストの流行(西暦1576年のペストをイタリアでは『サン・カルロのペスト』と呼んでいます)があったわけですが、きっとそのときの功績をたたえての記念碑だと思います。サン・カルロさんの像の周りにもたくさんのステンマが描かれていますが、なんとも豪華な紋章たちですまず、頭上にある大きな紋章は3重冠と天国の鍵のついた法王サマのしるし この紋章はクレメンス8世のものでしょうか。 そして、像の足元にあったのは木彫りの古い紋章たち。上段真ん中にある、3匹の蜂が描かれているのはフィレンツェの名門バルベリーニ家で、この家からは法王ウルバーノ8世が出ています。さらにその右にはシエナの名門ボルゲーゼ家の紋章もボルゲーゼ家からはこの時代、やはり法王パオロ5世が出ています。なんだかすごい面々のステンマに囲まれているサン・カルロ様。・・・ちょっと、肩がこりそうな気がしちゃうのは、私だけ。。。??
April 23, 2010
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見ごたえタップリなアルキジンナージオ宮で、衝撃的な写真を見てしまいました。戦争による爆撃を受けて崩壊したアルキジンナージオ宮。まさに、木っ端微塵とはこのことです もともと、回廊に囲まれた中庭とその周りに講堂があったということなんですけど、中庭は、倒壊した建物の瓦礫で埋め尽くされています。回廊部分にはかろうじて残っている学生たちのステンマ(紋章)が痛々しい姿を見せています。つまり、ずっと見学させてもらっていたところは戦後に修復したものだったのですネ~!でも、ステンマに覆われた回廊といい、テアトロ・アナトーミコといい、見事に復元されていて、この写真を見なければ、中世からずっと保存されているものと信じてしまいます。 さすが大学都市、きっと建物の資料や写真などがきちんと残っていたのでしょうね~。そして、こうして爆撃の被害に遭わなかった部分と照らし合わせての大仕事だったことでしょう。。!よ~く見ると、やっぱり中世に残されたステンマは、壁の地色が黄色くすすけているんですね。 そして、新しい方はナルホド、地色が真っ白だ~イタリア人は、「古いものを保存する」ことが大好きなんだ、とは何度も引用していますが、「ボローニャ紀行」の中で、イタリア女性図書館館長のアンナマリア・タリアヴィーニさんのお言葉☆日本がまだ戦国時代だったころ、ローマではすでに法王さまによって、「ローマの遺跡を保存しなければならぬ」と提唱されたのだそうですそうした考えはやがて、事前の許可がなくては遺跡を掘り返すことすらできないという勅令を生み、遺跡の発掘や修復に関しての知識や技術が進んでいったのだそうです。「古いものの前に立つと、歴史が、過去が、そして消えうせたはずの時間が、すべてのものが一瞬のうちに目の前へ立ち現れてきます。そのことによってだれもが、自分が現代に孤立して生きているわけではないという真理を直観するんですね。そして自分が過去と未来をつなぐ役目を背負っているという責任を自覚します。大事なことは、こういったことがすべて人間を勇気付けるということです。。。。」そういえば、私たちにも「温故知新」という言葉があります。なんでも新しいものはものすごいスピードで広まり、浸透していきますが、時代を超えても残るものにはやはり、惹きつけられてしまう。今あるものの中で、いったい何が、100年後、200年後までそのままの姿を留めていることができるのか、そしてそれは人間を勇気付けるものなのか。。。、なんて、ちょっと考えさせられてしまいますネ私たちは未来を造るとともに、歴史を造っているのだということをこうして教えてくれるイタリアに、ますます惹かれてしまうのであります。。。。
April 22, 2010
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さて、アルキジンナージオ宮のもうひとつの見どころはこちら、テアトロ・アナトーミコと呼ばれる「解剖学教室」ですここについても、「ボローニャ紀行」では詳しく触れていて、実際に見たときにはわからなかったことがたくさんありました☆大学の施設として「解剖学教室」が設けられたのはやはりここ、ボローニャからだと言われています。教室内はすべて木造で、中央にある大理石の台の白さがかえって目立ちますネ。正面の立派な席には教授が座り、解剖の指揮をとり、3-5人の助手たちが実際に人体の解剖を行ったのだとか。 これは解剖室の天井。キレイな彫刻だなぁ。。くらいにしか思っていなかったのですが、この彫刻は中央に人類に医学を教えたとされるアポロンの像があり、その周りには星座を表す像が並べられているのだそうです。。ナルホド、右上はきっと、ふたご座だわね この解剖室が出来たのは17世紀初頭。当時ボローニャ大学の医学部には女性教授が4人いたんだそうですよ~。市民であれば男女を問わず、また学生でなくとも見学する権利があったというのですから、「独立自治都市」ボローニャの進んだ考え方には驚かされてしまいますネ。 もっと早く読みたかった「ボローニャ紀行」 旅の後で読むと、また行きたくなってしまいます。。。もちろん、思い出も倍増すること間違いなしですけどネ♪
April 21, 2010
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「青空教室」だったボローニャ大学に、総本部として建物が作られたのは16世紀に入ってから。ここは、その最初の総本部が置かれていたという、アルキジンナージオ宮殿です。法王様の勅令によって造られたという建物は、現在では市立図書館になっていて、市民はもちろん、観光客でも見学できるようになっています。 ここの見所は、中世の学生たちが残していったとされる、夥しい数のステンマ(紋章)戦争で建物の一部は崩壊してしまったらしいのですが、こうして残されているステンマだけでも、相当な数に上ります。廊下の壁はもちろん、階段、そして天井にいたるまで、紋章がびっしりと貼り付けられているので、それだけでもすごく見ごたえがあります。 建物の2階部分は、一部が市立図書館、そしてかつて解剖学の講義が行われていたという教室が公開されています。この廊下の突き当りが図書館です。 廊下にも、ガラスケースの中にボローニャの歴史を語る文献や資料が並べられていて、見ごたえ十分☆かつてこの地で学んでいた学生たちの息吹を感じるステンマ(紋章)たちに見下ろされていると、なんだかちょっと、緊張しちゃうかもアルキジンナージオのステンマについて、もっと見たい方は、こちらからドウゾ♪⇒アルキジンナージオ宮⇒ 紋章だらけ!
April 20, 2010
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一日中歩き回って、ようやく日が暮れて。再びマッジョーレ広場に戻ってきました。 薄暗くなり始めた広場には、地元ボロネーゼたちがどこからともなく集まってきていました。昼間の暑さはいつのまにか、カラっとした夕風が追い払ってくれていて、涼しくてとっても気持ちいい 照りつける日差しの下とはまた一味ちがう、ちょっとロマンティックなボローニャの顔なのです。。。。
April 19, 2010
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さて、広々としたサン・ドメニコ教会の広場には、聖人のほかにもうひとつ、背の高い柱の上に立つ像があります。 その、もうひとつの像というのがこちら、聖母子像ですよ~く見ると、ひび割れてたりして、痛々しい像なのですけど、やっぱりマリア様の像は見るだけでどこか安らぎますマリア様の絵や彫刻を見ると、象徴としていつも、ブルーの服やマントを纏っているんですよね。私はいつも、空を見るとこのマリア様のマントを思い出し、そのマントに包まれているような、なんともいえない幸福な気持ちになります ・・・でも今は、お腹がすいてきたので、教会の建物さえ、ケーキに見えてしまいます~~~
April 19, 2010
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モーツァルトやミケランジェロの足跡が残る、サン・ドメニコ教会ミケランジェロの作品は彼が19歳の時(1494年)のもので、神童モーツァルトが当時のボローニャ音楽院(現マルティーニ音楽院)の入学試験を受けにやってきたときに、ここで自作の曲を演奏したのが1770年10月。モーツァルト14歳の秋のことだったそうです。数百年のずれはありますが、いずれも偉大な芸術家が、二人とも10代の若さでこの教会に足跡を残していたのですネ教会の外には広場があり、この広場から教会全体を見てみると、正面からは見えなかった建物の大きさがよくわかります。右側の、ブルーのとんがり屋根の建物は、一見東屋風に見えますが、実はお墓ボローニャ大学初期のころの教授たちの遺体が、今でもこの石棺の中で眠っているのだそうです。ここからは再び、井上ひさしさんの「ボローニャ紀行」の一節を拝借。「そのころの大学には、まだ大きな教室がなかった。そこで教授たちは大勢の学生たちを引き連れて、町の中を歩きながら講義をしていました。ですから町の人たちも講義を聴くことができたわけですね。つまりこの石棺は、真理はみんなのものであって、大学の構内にだけ留まるものではないということの象徴でしょうか。」ふ~む、なるほど!世界最古の大学は、言ってみれば「青空教室」だったのですね 当時の学生たちは町を歩きながら論じ合い、五感のすべてを使って学んでいたということなのでしょうか。また、中世のボローニャでは、教授と学生の関係は授業料を払う学生のほうが高い地位にあるとされていたのだそうです。(・・・当時の学生たちのほとんどが貴族や富裕層の子女であったということを考えれば納得ですけど)石棺のそばの石碑にはこう刻まれています。「われわれ法学生はここに自治団体としての学生組合を結成する。そして、学生組合が招いた教師たちに、われわれは次のことを要求する。学生の許可なしに講義を休んではならない。教師は始鈴とともに講義をはじめ、終鈴とともに退出しなければならない。ただし難問を説明しないうちは、その退出を禁止する。講義を飛ばしてはならない。その学問について一から十まで丁寧に講義すべきである。これらの要求が満たされないときは、われわれは教師に対する報酬を支払わない。」・・・学生と教授の、真剣勝負が目に浮かんでくるようですネ~。こうした学びの姿勢があったからこそ、名だたる有名人たちがここから生まれていったのかもしれません。・・・・・自分が学生だったころを思うとなんだか、申し訳なくなってしまいます 石棺の前から広場を見渡したところ。炎天下の広場には誰もおらず、ただぽつんと、聖人の像がたたずんでいました。数百年前のこの場所で、熱い論議がぶつかり合い、ミケランジェロが鑿をふるい、モーツァルトは曲を奏でたのですネ。な~んか、ロマンを感じますなぁ~
April 18, 2010
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ボローニャの中心から少し歩いたところにある、サン・ドメニコ教会。スペイン出身の聖人サマ、サン・ドメニコが眠るところであり、世界中に広がるドメニコ修道会の総本山ともいうべき場所なんだそうです。「総本山」にしては、意外と地味な教会なんですけど、井上ひさしさんの著書「ボローニャ紀行」によると、聖人の遺骨はもちろんのこと、歴史上あまりにも有名な二人の芸術家の足跡が残っているのだとか 「ボローニャ紀行」によると、聖人サン・ドメニコの遺体が納められている墓碑の飾りは、若き日のミケランジェロの作品なのだそうです。また、主祭壇の後ろ、聖歌隊席にあるというオルガンは、モーツァルトが自作の「主よ、憐れみたまえ(ミ・ゼレレ)」を弾いたという由緒あるものだとか・・・ ・・・ところがねぇ~、そんなスゴイところだったなんて、全然知らなかったんですよね、私。。。炎天下のボローニャを歩いていて、暑さしのぎに駆け込んだような感じだったので、本当にサラ~っとしか見てないの数日前、本を読んでいて、そういえば写真があったはず!と改めて探して見たんですけど、オルガンに関しては、いくつか写っていたのですが、ドレがその由緒あるオルガンなのか、まったく見当もつかず。。。聖歌隊席のオルガンということだったので、おそらくこの写真左上のパイプオルガンがそうなのではないかと思うのですが。。。。 そうかと思うと、こちらの礼拝堂は天井画も立派だし、オルガンは両側についているこっちのオルガンも捨てがたいわ~。 それに、肝心のサン・ドメニコさんはいったいどちらにいらっしゃるの。。。??ああ、ここまで行っておきながら何も気づかずに出てきてしまっていたのですね(恥)再びボローニャへ行かなくては、このままでは気になって夜も眠れませんどなたか、ご存知の方、いらっしゃらないでしょうか~~~??
April 16, 2010
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学生の町、ボローニャで見かけた気になる扉。Scuole medie・・・中学校ってこと?しかも名前はA.MANZONI。近代イタリアを代表する文豪、アレッサンドロ・マンゾーニの名前をとった学校なのかしら??学校の名前といえば以前、イタリアで最も多く使われているのはダンテ、ダ・ヴィンチ、グリエルモ・マルコーニの3人だって書いたことがありますが、もしかしたらマンゾーニはその次あたりにランクインするかもしれないですね~。・・・・扉の落書きはちょっと、イタダケないですけど先日亡くなられた作家の井上ひさしさんの著書、「ボローニャ紀行」を手に入れました自他共に認めるイタリア好きで、また「調べ物マニア」だったという井上氏らしく、ボローニャについて幅広く掘り下げた1冊で、とても読み応えがあり、私もうなずいたり、「そうだったんだ!」と知識を新たにすることができました。なかでも、第2次大戦の際、町の人々が命をなげうってファシズムから町を奪還したというエピソードには心を打たれます。これを読んだらまた、すぐにでもボローニャを訪れたくなってしまったのでした。私の写真も大分残り少なくなってきたのですが、「ボローニャ紀行」に描かれているモニュメントや風景とリンクしつつ、紹介していけたらいいなぁと思っています☆
April 15, 2010
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ボローニャの風景に欠かせない、ポルティコと呼ばれる柱廊。雨風をしのげて便利だから、と安直に考えていたのですが、最近その由来を知ってなるほど、と納得してしまいました。この柱廊は、学生の町ボローニャならではの住宅事情が生んだものだ、という由来です。世界最古の大学都市であり自治国家でもあったボローニャへはヨーロッパ中から学生たちが集まってきたので、そうした学生たちの住居を提供する側のボローニャの人々が考えたのが、2階から上の増築。 しかも、もともとの敷地面積よりも道路側に建物をせり出し、道路には木の柱を立ててその建て増し部分を支えるようにしたのが始まりだったんだそうです。実際にこういう造りにしてみたら、歩道を歩く人も雨や風がしのげるし、職人さんたちなどは暗い家の中で仕事をするよりは風通しがよくて明るいポルティコの下で、世間話に花を咲かせながら仕事に精を出すことが出来る、と市民たちからも大好評せっかくだから市の条例にして、木の柱は頑丈な石の柱になり、高さも馬が通れるように一律2メートル66センチ以上、という決まりまでできたのだそうです☆ なるほど、そういわれてみると、ボローニャ大学周辺のポルティコは特に、すぐ上が居住スペースになっているみたい生活の知恵が、見事に町のシンボルとして美観を形成しているというところ、見習いたいものですネ~
April 14, 2010
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さて、サント・ステーファノ大通りを通り抜けて、ようやくボローニャの中心に戻ってきました。この、二つ並んだ塔を見上げると、なんだかホッとするようになってきますね、ボローニャ。ボローニャのシンボル的な存在のこの二つの塔の下は、実は7本もの道路が交差する、いわゆる七差路になっています 七差路とはいえ、昔ながらの街並みを作るそれぞれの道は決して大きな道路ではありません。写真の右手に伸びる道が、かなり広いのですが、それでもその広い道路に流れ込むのは6つの流れ。。 しかもこれ、1点集中型ではなく、合流する道路がそれぞれ少しずつずれているので、どうしてもゆるゆると進んではとまり、進んでは止まる、という流れになってしまうのです。時間帯によっては、かなり渋滞しそうですネ ・・・信号だって、どれを見たらいいのかわかんなくなっちゃいます
April 13, 2010
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サント・ステーファノ門から、サント・ステファノ大通りを道なりにまっすぐ歩くこと十数分。。。エレガンテな広場に出てきましたサント・ステーファノ広場です。歴史ある古都ボローニャの中にあって、ルネサンス時代の宮殿や家々がたちならぶ、町一番のエレガンテなストリートといわれているこのあたり。なるほど、このまま歴史ドラマの撮影ができそうですネ☆丸石を敷き詰めた広場をはさんで、向こう側に見えている建物は、15世紀に建てられたという、イゾラーニ邸。ポルティコの上の飾り窓が素敵です☆ちょっとのぞいて見たら、中庭に続く扉が開いていました 小さな中庭には、テーブルや椅子がならんでいました。・・・アペリティーヴォの時間帯に、もう一度覗いて見たいですネ☆
April 12, 2010
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公園でリフレッシュした後、再び道路に出てみると、道路の反対側に大きな教会のクーポラが見えました。・・・この教会も気になってしまいますが、教会の手前にず~っと続いているのはもしかして、中世ボローニャの城壁?ボローニャは教皇を支持する政党(グエルフィ)の町だから、壁の形も、上部が凹凸になっていますさっきの公園といい、この城壁といい、適当に歩いてこなかったら出会えなかったかも。。 壁に沿って歩いて行くと、サークル状の交差点の真ん中に、これまた古い城門が残っていました。サント・ステーファノ門です。この門から城壁の内側に入れば、サント・ステファノ教会群まではまっすぐ一本道☆帰り道が見つかってほっと一安心チェントロにつくまで、寄り道しないで歩かないとネ☆
April 11, 2010
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ポルティコの下をさまよい歩いていたら案の定、迷子になりましたボローニャの町は、イタリアの他の都市と同様、中心部から同心円状に広がっていて、時代ごとに町をとりかこむ城壁が外側に拡張していった様子をうかがうことができます。歩いていたら突然、頭上のポルティコがなくなって、幹線道路みたいな広い道路に出てしまって、「しまった、郊外に来てしまった」と気づいたわけでありますもときた道を戻るのも癪に障る(?)ので、昔の城壁にそって設けられた環状道路を歩いて、違う道で引き返すことにしました。ちょうど道路に沿って広々とした公園があったので、そこを通り抜けてゆくことにしました。 この公園、噴水のある池なんかもあったりして、すっごくキレイこんなところがあるって知っていたら、途中でパニーノとか買ってくればよかった 芝生の上では、幸せなカップルが結婚式の記念撮影いい写真が撮れそうですね~迷子になってあせって歩いていたんだけど、いつの間にかのんびりした気分になりました♪ そういえば、時計も、カレンダーも見る必要ないんだって気づいたんだもん♪木漏れ日見上げて深呼吸よ~
April 10, 2010
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町をぶらぶら歩いていたら、ちょうどセール中の靴屋さん発見数年前から人気のラバーフラット、エンポリオ・アルマーニからはこんなサンダルが出てました。 デザインは本当にベーシックなんだけど、素材がラバーになるだけでなんだか新鮮な感じがしますね。ゴムだから、足あたりもよさそうだし、ビーチサンダルとしても使えそう♪お値段も、もともと115ユーロのものが30%オフの80.50ユーロ・・・ゴムサンダルに80ユーロっていうのはちょっとイタイけど、やっぱりブランドネームは強いのね。それぞれの色には在庫のサイズが書いてありましたが、ごらんのように、白が一番人気で、店頭に飾ってあるサイズ41が最後の1足。黒も同様、残っているのは40と41のみ。意外と中間色であわせやすそうなベージュが一番残っていて、37から40まであるんですって。モノトーン人気は相変わらずですね、イタリア~。今年も、各ブランドで出てますよね、ラバーフラットシューズ。どうせなら、ビビッドなキレイ色でひとつ欲しいなと思う、今日この頃なのであります。。。
April 9, 2010
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いかにも古都ボローニャらしい、重厚感たっぷりなお屋敷を発見レンガの色と、空の色、木立の緑色がなんともいえない色合いをかもし出しています。。 お屋敷というよりはもう、小さなお城みたいな雰囲気ですよね~。16世紀に建てられたものだそうです。立派な扉も素敵だけど、小さなアーチがつらなって外側にせり出した2階部分の窓がまた、いかにもボローニャ風。 窓そのものの形や装飾も素敵だけれど、この真っ赤な日よけがなんともいえません。普通、窓につけるのは「雨戸」をかねたよろい戸やシャッターが一般的なんですが、この町ではこうして、布製の日よけが多くみられました。ヴェネツィアあたりですと、窓のよろい戸は緑色じゃないといけない、という条例みたいのがあるらしいんですけど、ボローニャでは赤にしないといけない、なんていうきまりがあったりして☆ちょっと気になりますね
April 8, 2010
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サン・ジャコモ・マッジョーレ教会から、エミリア街道沿いに東へ進むと、今度はポルティコに囲まれた広場が姿をあらわしましたサンタ・マリア・ディ・セルヴィ教会です。・・・こちらも、お昼休み時間で、教会の中はみることができずイタリア人は、お昼休みに教会に行くっていうことはしないんでしょうか。。。しかたないので、外から観察。 サン・ジャコモ教会で、「ポルティコ越し」に建物を見上げる楽しみを知ってしまったので、こちらでも♪こちらはまた、お菓子の家かお城のような、とんがり屋根がかわいい建物だったのですね~☆せっかく細部までこだわって作った建物も、ポルティコにさえぎられてなかなか見えないというのはちょっと皮肉な話ですネ。・・・あ、でもボローニャといえば塔の町。下から見えないものは、上から見ることができるのかもしれませんね 裏庭の、ちょっとわびさびな感じもイケてると思いません??
April 7, 2010
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久しぶりにイタリアの写真を。ブログをお休みする直前まで、ボローニャ散策をしていたんでしたっけ。・・・そうそう、ここはサン・ジャコモ・マッジョーレ教会。あのモーツァルトが学んだというマルティーニ音楽院が併設されています。残念ながら教会の中には入れなかったんですが、道路に沿ったポルティコ(柱廊)が美しかったので、そちらの写真を撮ってきました ポルティコ越しに見上げるサン・ジャコモ・マッジョーレ教会。こうしてみると、かなり奥行きのある大きな教会であることがわかりますネ☆ポルティコの整然と並ぶアーチと、その上に見える教会の塔やドームの、動きのあるシルエットが対照的です。 ポルティコには、中を歩いているとわからないような装飾が。ボローニャの代名詞ともいうべき赤い色と、繊細な彫刻で飾られたポルティコ。車道を通る車からの目線まで意識してたのかしらね。。
April 6, 2010
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さて、昨日の復活祭用に、今年も作りました、イースター・ゆでタマゴ去年買っておいた タマゴフィルム を使って、あっという間に大量生産~♪このフィルム、考えた人ってエライ!このゆでタマゴは、ミサの前に司祭様に祝福をしていただいて、教会の皆さんに配られます。教区の人たちがそれぞれ、タマゴを持ち寄ってくるので、いろんな絵柄のタマゴがあって、大人も子供も、なんだかワクワクしてしまいます。でも、わたしにとっては今年はゆでタマゴのほかに、イタリアから送っていただいた、お菓子のタマゴがあったのでしたちょうど木曜日に届いたお菓子のタマゴ。せっかくなので復活祭当日まで大切にとっておいたんですよ~♪ 包みを開けると、早速チョコのタマゴが登場~日本のお菓子と比べて簡易包装なところが好きですそして、このタマゴを割ってみると・・・ きゃは☆カワイイでしょう?黄身に見立てたんでしょうか、黄色のカプセルが入っていて、その中にはまた、メレンゲでできたお人形・・・コレって、犬?ネコ??これって、このチョコでできた卵を割るときの感触がたまらないんですね~(笑)もう1個もすぐに開けちゃいました♪ こちらには、ピンクのコが入ってました~♪チョコレートもとってもおいしくて、大満足なイースター・エッグだったのでした☆送ってくださった にきーたさん は、今日がお誕生日だそうですにきーたさん、ありがとうございました☆ そして、お誕生日おめでとうございます・・・近いうちにお礼をしますね~~~!!
April 5, 2010
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月日のたつのは早いもので、今年もパスクヮ(復活祭)がやってきました。主のご復活、おめでとうございますみくぽんのことがあって、今年はちょっと淋しい復活祭になってしまいましたが、こんなときだからこそ、体の復活、そして永遠の命につながるパスクヮをお祝いすることが大切なような気もして、土曜日の徹夜ミサ、そして今日日曜日のミサに行ってきました。思えば昨年の復活徹夜祭で洗礼を受けた私ですが、この1年間、とくに去年の秋口あたりから、仕事も忙しくなってなかなか教会へ行くことができずにいました。今年も、土曜日の徹夜ミサで新しく洗礼を受けた兄弟が二人。聖書やカテキズモの勉強を一緒にしてきたお二人が晴れて受洗された時、私も自分のときを思い出してとても嬉しく、そしてまた新たな気持ちになりました。今年はもう少しまじめに教会へ通いたいと思います。。。今日の写真はラヴェンナのドゥオモの天井画ですしばらくブログもお休みしていましたが、また今日から「イタリアマニアブログ」も復活します☆なんだかんだ言って、こうして日常のことをさくさくこなしているのが一番、くよくよしないで済むようです。。。。(ときどき、みくの声が聞こえるような気がして振り向いちゃうんですケド )これからもよろしくお願いします ☆☆☆Un affettuoso augurio di Buona Pasqua☆☆☆
April 4, 2010
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みなさんこんばんは、みくぽんです。みなさんからたくさん、励ましのコメントをいただいていましたが、今日の午前中に天国へ旅立ちました。まずはみなさんにお礼を申し上げます。3月の半ばごろすでに、お医者様からは覚悟をするようにといわれていました。本当は、点滴を打てばまだしばらくは命をつないでおくことができたようですが、本人(猫)は病院も薬も大嫌い。ストレスで、病院で喀血、家でも私たちの顔を見れば逃げ回ってあちこちで喀血。そんな状態だったので、大変つらいことではありましたが、病院通いをやめることにしました。「もう病院いかなくていいよ」と言い聞かせること数日、ようやく私や母の顔を見ても逃げなくなりました。 日に日にやせ細っていく反面、精神的にはかなり落ち着いてくれ、少しずつとはいえ、ご飯に口をつけて、水も飲んでくれるようになり、少しほっとしたところでした。たぶんみくは、私たちが普通の生活を続けることを望んでいたんだと思います。数日前、いつもは一緒に寝たりしない父親の布団に、夜中にこっそりもぐりこんで一緒に寝たんだそうです。昨日の夜仕事を終えて帰る途中、「急に弱ってきた、早く帰ってきて」というメールがあり、急いで帰宅すると、もう立つこともままならない状態になっていました。そして、今日。今日は仕事が休みだったので、みくを抱いて一緒に寝ていたのですが、ふと目を覚ましたら、みくの息がひどく弱くなっていました。頭をなでると、いつものように手を伸ばして、やわらかい肉球で私のほほに触れるので、思わずその肉球に何度もキスをして、「大好きよ、みく、本当にほんとうに、大好きよ」と声をかけたら、その後しばらくして息を引き取りました。人間の都合のいい解釈かもしれませんが、いつもはそばに行かない父親のところに行ったこと、私の仕事が休みだということを知っていたかのように今日、いってしまったことを思うと、なんだか不思議な気がします。又や堂のNさんにメールを送ったら、「家族思いだね~!」というお褒めの言葉が返ってきました それまでなんとも情けない気持ちだった私ですが、その言葉で急に、みくのことが今まで以上に誇らしくなりました今日は聖土曜日、復活祭の前日です。みくも、新しい命に生まれ変わって復活するかもしれません。いつか自分が同じように旅立った先で待っていてくれるのかもしれません。(・・・私のイメージでは、黒髪の、瞳のパッチリした美少女の姿で再会する予定~)皆様にももう一度、お礼を言わせてくださいネ。今までありがとうございました。そして、大好きな、かわいくてあったかくてやさしくて大切な宝物、私のみくぽんにもウチのコでいてくれて、ありがとう、みくぽん・・・・・すべての命に愛と感謝を
April 3, 2010
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皆様、お久しぶりでございます~いつのまにやら4月になりました。今日は聖木曜日。次の日曜日はいよいよ復活祭です復活祭の前の木曜日から土曜日までを聖なる過ぎ越しの3日間といって、クリスチャンにとっては1年でもっとも重要な時期になります。そんな折、イタリアから可愛らしい小包が届きました~ーたブログでお世話になっている にきーたさん からで、中身は復活祭用のお菓子でした復活祭(イースター)といえば、イースターエッグですよね♪日本ですとなかなかなじみがないこのタマゴですが、イタリアなどではこんなタマゴの形のチョコレートがこの時期、お菓子屋さんやスーパーで山積みになっているんですよね☆にきーたさん、ありがとうございます! ちゃんと復活祭前に届きましたそして、にきーたさんはじめ、ブログを通して、愛猫みくぽんにもお見舞いのメッセージ、そして励ましのコメントをたくさんいただきました。重ねて御礼を申し上げます。 2週間ほど前に、お布団の中にもぐっていたみくぽんを撮った写真です。すっかり小顔になったみくぽんです。具合が悪いので自慢の富士額も半分しか見えてません・・・みくの容態ですが、この写真を撮ってからも相変わらずほとんど食べ物や水を受け付けない状態が続いています。それでもまだ、自分の足で階段を上り下りするし、ベッドに飛び乗ったりもします。・・ここ数日はかなりヨロヨロしてきましたが。。ブログをお休みします、と書いたころは毎日、「今日が最後かもしれない」と思って動揺していましたが、一生懸命「いのち」を大切に使っている彼女を見ているうちに、生きることの大切さ、命の尊さを改めて教えられているような気がします。そんなみくぽんに励まされ、そしてまた、皆様からの励ましもいただいて、私自身もずいぶん元気になってきました。 ちょうど復活祭ということもあり、こんなかわいいお菓子もいただいたし、私もいつまでもくよくよしていられませんよね♪この御菓子、包装紙のリボンのところに、こんなかわいい人形がついていました☆これ、よく見るとマグネットになってるんですね~ お菓子を食べてもちゃんと飾っておけるのが嬉しいです♪ この、復活祭のタマゴ形のチョコレートには、中におもちゃが入っているらしいのです中身はどんなモノが入っているのか、すっごく気になるんですけど、せっかくなので日曜日、復活祭当日までのお楽しみということでまだ開けてません☆中身はまた、あとでご紹介しますね♪それでは皆様、復活祭の後にまた、お会いしましょう♪Buona Pasqua
April 1, 2010
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