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チュニジアでもっとも美しいと言われるシディ・ブ・サイドの色を紹介。
その前にカルタゴを一望
カルタゴ、ピュルサの丘から古い軍港方向
カルタゴ時代の港湾は近未来的な作りであったようですが、今はラグーンとなり、高級別荘地になっています。
その近くトフェには古代ローマ時代の大浴場もあります。
カルタゴの現実的な方面です。
街は確かに白いけど何となく味気ない建物だらけ。そして向こうにはビル群も・・。
チュニジアン・ブルー 1 カルタゴ(Carthage)
チュニジア(Tunisia)共和国
シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)
古代貿易都市カルタゴ
首都のチュニスとは「白」と言う意味で、その名の通り街は白い建物一色です。
その チュニスから北東に17km行った所カルタゴの街があり、シディ・ブ・サイドはそのカルタゴ海岸沿い、カルタゴとチュニス湾を見下ろす高台
にあります。
古代ローマ時代には灯台が設置されていたと言いますし、アラブ(ムラービト朝)時代にも要塞として見張り塔もあった場所です。昔から高台の要地だった場所です。
17世紀以降、チュニジアのブルジョワ階級が好んで住みついた
ようで、シディ・ブ・サイドの名は1893年に付いた名ですが、シディが聖人に付けられる称号で、スーフィー教団の聖者アブ・サイドから付けられたと考えられるようです。
シディ・ブ・サイドにある カフェ・シディ・シャバーン
断崖の上にある絶景カフェ(喫茶店)
です。
古代の貿易大国カルタゴ
そもそもカルタゴは 紀元前9世紀頃レバノンを拠点にしていたフェニキア人が地中海貿易の足場に開拓した植民都市
です。
商業中心の都市国家はここを拠点に資源である銀、すず、鉄、象牙、さんご、めのう、蜜、オイル、羊毛、敷物から食料、衣服、装飾品と 幅広く各地から買い集めて取引を行い、その貿易資金により、地中海各地に植民都市をたくさん築いた
事で知られています。
技術面でも品質でもすぐれていた フェニキアの品は今で言うブランド品
だったようで、商売敵のギリシャ人までもが贈答品にはフェニキアの品をセレクトしていた・・と言われるほど群を抜いていたようです。
紀元前8世紀に本家のフェニキアが滅びると、交易の中心に位置するカルテタゴが、植民都市のリーダーとして直接しきる事に
なります。
路地は、ブルーの建具を除くと欧州側の地中海沿岸の街に似ている気がします。
シディ・ブ・サイド 一番の 高級レストラン オウ・ボン・ビュー・トン
チュニジアン・フレンチの創作料理店で、著名人も来るレストラン。
シディ・ブ・サイドの住宅、特に建具は、アラブ建築、アンダルシア建築の組み合わされた独特のデザインです。
この建具は、ムデハル様式
のようですが・・・。スペインで生まれたアラブ様式の宮殿は、ムデハルの手により造られたので、ムデハル様式と呼ばれるのですが・・・。)
ムデハル様式については、「セビーリャのアルカサル 2 (ペドロ1世)」で書いてます。
ところでカルタゴの驚異的な海軍力は、ギリシャ人でさえ恐れた大西洋にも乗りだし、ひょっとするとアメリカ大陸まで到達していたのではないか? と言われているそうです。
つづく
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