かつて同僚のネイティブが話してくれたが、アメリカのとある家で、壁に掛かっていた絵が気に入った、とある日本人が、その絵を写真に撮りたいと思い Can I take the picture? と尋ねたが、もちろん家主は血相変えてNo! No!と断った…。彼は Can I take a picture? と言わなければならなかったのである。 the pictureと言ってしまったら、「壁に掛かっているその絵そのもの」を持っていく、という意味になってしまうのだ。
「the」を使うのは、話し手と聞き手がともに、「具体的に『どれ』について話しているのか分かっている(あるいは間もなく/その気になれば特定できる)」状態の時である。 だから、つけるべきでないところに不用意にtheをつけてしまうと、ネイティブは混乱することもありうる。 「え? それって、私も知ってるべき[はずな]ことなわけ?」 たとえば I met a very good-looking boy.とってもハンサムな男の子に会ったわ。
I met the very good-lookinig boy. と言ってしまったら、相手は 「え? なんか私たち、前にそんな人のこと話題にしていたっけ?」 とうろたえるだろう。強いて訳せばtheを使った文は 「『例の』とってもハンサムな男の子に会ったわよ」
ただし、その場で実際にお互いが「そのものがどれであるのか」具体的には分かっていないように見える場合もある。だがそういう場合も、少なくとも「特定しようと思えば特定できる」または「自明のこととして分かる」という状態なのである。 I went to the postoffice. と言った場合、相手はそれがどこにあるどの郵便局かまでは具体的に知らないだろうが、話し手が日常的に行く郵便局であるとか、その町にある郵便局であるとか、少なくともお互いの話の理解に支障のないぐらいには共通認識がある。 「どの郵便局のことよ?!」 なんぞという引っかかりは持たせなくて済むはずだ。
同じように、take the bus、 take the train という言い方はできる(これはa bus, a trainになる場合もある)。 ここでthe busと言えばやはり、話し手が例えばいつも家から職場に行くときに乗る路線のバス、であったりするはずだ。とにかくバスや電車は、路線というものが決まっているので、「その気になればすぐ特定」できるのである。
だがtake the taxiとは普通には言えない。なにか特定のタクシーのことを話題にしていた前提があって(たとえば運転手さんが歌を歌って楽しませてくれるとか、お菓子をくれるとかの特別サービスがあったり)ならI want to take the taxiとか言うことはあり得なくはないが、普通にはtake a taxiである。タクシーには路線がないからね。ここでthe taxiを不用意に使ってしまうと、 「どのタクシーなのよ!」 と聞き手は思うだろう。 だがもちろん、タクシーの中になにか忘れ物をしてしまったのでそのタクシーを見つけなきゃ、という場合なら I have to find the taxi.となる。