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李登輝前総裁へのビザ発給問題が連日新聞を賑わしています。中国政府は、台湾を独立国家と正式に発言した李登輝の動向には敏感で、日本政府への抗議は、中国にとっては当然かもしれません。しかし、この問題は中国と台湾間の問題であり、日本が彼にビザを発給したからといって、日本を非難するのは、お門違いですね。日本のマスコミの取り上げ方は、小泉首相の靖国参拝と同様、何時もの表面的なヒステリックな報道だけでうんざりです。その点小泉首相、町村外務大臣のコメントは当たりまえとは言え、冷静でした。こう言う問題が出るたびに思うことは、外国から非難、批判されることに必要以上に臆病で、言われたことを必要以上に大袈裟に報道するマスコミの姿勢です。日本人は、国民性としてあまり相手の(外国の)批判を面と向かってしませんし、出来ません。批判をする時は、重大な決意の元にするのが一般的です。しかし、外国はそれほど重大な決意の元に日本に物を言うのではなく、自分に不利になることは何でも遠慮なくストレートに言ってきます。この違いを全く理解せずに、それほど大きな問題ではないことを(他の重要問題と比べた時の比較として)、あたかも中国と日本の関係が益々悪化するかのように大袈裟に伝えます。日本のマスコミの国際問題への見識のレベルアップを願います。
2004年12月27日
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中国語でメーリークリスマスを聖誕快楽と言うことを今日知りました。中国では日本のように外来語を直接使わず、全ての外来語を漢字で表現しますが、その的を得た漢字の表現には何時も関心させられます。イスラム教の国でもクリスマスはあります。宗教に関係なくクリスマスは世界中の共通の行事になりましたね。でも今日はクリスマスの話ではありません。中国の歴史には関心があります。また論語のように数千年前の道徳が現代に生き続けているのも中国の偉大さの一つです。 秦の始皇帝で皇帝国家が誕生し、清の最後の皇帝、愛親覚羅溥儀で皇帝国家が滅び、始めも終わりもシンで有ったのは面白いですね。中国のような人口の多い大きな国家は強力な皇帝が居て初めて治められた、と言うことでしょうか。項羽と劉邦のような2千年以上前の戦国時代の中国の歴史も面白いし、清が滅びた後、中華民国誕生までの孫文、蒋介石、毛沢東、周恩来と続く近代の中国の歴史もダイナミックで興味が尽きません。来年はまだ読んでいない中国の歴史小説をじっくりと読みたいと思っています。
2004年12月24日
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昨日の続きです。私がSです、と言われて驚いたのと同時に、S氏の容貌にも多少驚きました。S氏は、色白で優しい感じのする美男子だったので、5年もの長い間独房で過ごした精神力の強い人、と言うイメージからはほど遠い感じを受けました。でも話を聞いて、その精神力の強さに感銘を受けました。スパイ容疑とは、どんな容疑だったのか聞きました。日本に帰国した際に、中国の様子を人に話したことがその容疑だったようです。当時の中国共産党政権では有り得たことかも知れません。いわれのない容疑で逮捕され独房生活が続き、いつ釈放されるか分からない状況が数年続き、かなり精神的にきつかったようです。人間は遠い将来でも、将来の予定、目標があれば、多少の精神的困難にも絶えられるようです。しかし、その将来が何もない状況に置かれると(いつ釈放されるか不明の状態)希望を失い、精神的に支障をきたし、自殺したり、謂れのない罪を認めたりするそうです。毎日、取調べがあり、何時いつに誰にあったとか、まったく事実でない、知らない事を聞かれ認めるように迫られたとのことです。しかし、S氏は最後まで、それら謂れのない罪を認めなかったと言っていました。その強い精神力には感銘を受けました。小さな窓から見える星、月などが大きな慰めになったとの事でした。またS氏は中国生まれで中国語が堪能であったため、毎日読める新聞が唯一の楽しみであったそうです。ある日(逮捕後4年後くらい)新聞で、アメリカのキッシィンジャー国務長官が訪中する記事を読み、ひょっとすると釈放の可能性も有ると、勇気が沸いたそうです。案の定、キッシンジャーの後、数ヶ月で当時首相であった田中角栄が訪中し、日中国交回復となりました。田中角栄と周恩来の間で、この日本人逮捕者の釈放が約束され、最終的に逮捕から5年後の釈放となりました。S氏の上司も逮捕されましたが、同時に釈放されました。お互いに消息不明の状態だったのが、実は隣同士の独房に5年間いたことが、後で分かったそうです。釈放後、何人かの人には中国政府から不当な逮捕への釈明と陳謝がなされたそうですが、S氏には、何の釈明も陳謝もなかったそうです。釈放一年後に中国出張のヴザを申請し、そのビザが下りたことが中国政府へのS氏への陳謝と自分では解釈しているとS氏は言っていました。そして釈放後の初めての出張で偶然事務所で僕と会い、上記のような貴重な話が聞けたわけです。
2004年12月22日
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中国との国交が結ばれる前は商社の事務所を中国に置くことは出来なかったので、中国との仕事が出来、事務所も北京に置くことが出来るライセンスを持った日本の友好商社の名前を借りて商売をしていました。この時期に新聞社の記者を含む5人(と記憶してますが?)の日本人が、スパイ容疑で北京で逮捕されました。その中に当時の我社の社員も二人いました。この逮捕は日本でも大きなニュースとして伝えられました。5年間の刑務所生活から釈放されて、香港経由羽田空港に降り立った姿を、テレビで見ていました。特にS氏は、逮捕前に生まれたお嬢さんが6歳になっており、奥さんと一緒にテレビのインタビューを受けていたのが印象的でした。初めての中国出張の時に、仕事が終わり、当時の我社の事務所が有った民俗飯店に寄り、やはり日本から出張していた出張者とお酒を飲みながら雑談をしていました。S氏の事件があまりにも印象的であったので、僕のほうからこの話題を出して、S氏はその後日本でどんな仕事をしているのか知っていますか?と聞いたところ、私がそのSですと言われビックリ仰天、その後2時間あまりS氏の当時の話を聞かせてもらいました。話の内容は次回書きます。
2004年12月21日
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最初の出張はもう20年以上も前の事です。当時の田中角栄が訪中し中国との国交が回復した数年後でした。日本の技術を紹介する技術交流会への出席でしたが、中国側のお礼として、1.万里の長城見学2.明の十三陵見学3.全中国体育祭(日本の国体)見学4.天安門広場と人民大会堂見学5.北京ダックでの晩餐会と、パック旅行以上の歓待を受けました。万里の長城は、モンゴル軍の騎馬隊を防ぐ為に作られたと言われていますが、馬が上れないような絶壁にも作られており、不思議です。全長6千km、人工衛星から見える唯一の地球の建造物、色々考えさせらるので、インドのタージマハール同様、必見の世界遺産だと思います。北京ダックは、天安門広場に近い、中国で一番美味しいと言うレストランで食べました。今まで食べた物の中で一番美味しい食べ物と言う印象で、その後あちこちで食べた北京ダックとは全く違う味でした。当時は、車が殆ど無く、タクシーでの移動にタクシーがなかなかつかまらず、苦労しました。中国人の移動手段はもっぱり自転車で、朝晩の通勤時は広い道路は自転車の洪水で、さすが人口10億(今は12億)の中国と驚きました。すでに毛沢東は亡くなり、悪名高い文化大革命の首謀者の江青他4人組みが逮捕されていた時でした。トウ小平(トウの漢字が機種依存文字でここでは使えないと拒否されました)の改革開放が始まる前で、まだまだ共産国家の臭いが強く残る、不気味な雰囲気がありました。その後数回北京、天津、上海に行きましたが、当時と比べると、その発展の早さには驚愕です。特に上海の浦東地区の高層ビル街を見ると、ここは中国ではないと思うほどです。何故か中国は一番好きな国の一つで、これからも機会を見つけて行きたいと思っています。いつか読んだ、文化大革命をはさんだ、女性の3代記が書かれた、’ワイルドスワン’を読んでから、好きになったのかも知れません。
2004年12月17日
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クスリの話から、英語の暗殺者の語源を思い出しました。英語で暗殺者の事をアサシン(assassin), 暗殺の事をアサシネーション(assasination)と言います。12-13世紀にイラン北部のエルブルス山脈のガズビンと言う町に、イスラム教シーア派のアサシン教団と言う分派が出来ました。アサシン教団は、狂信的な暗殺者教団で、若者を麻薬で洗脳し、世界中に暗殺者として派遣しました。最後はモンゴル軍に滅ばされましたが、それまでは世界的に有名で、世界の様々な組織から暗殺の依頼が沢山ありました。英語の暗殺者(assassin)は、このアサシンが語源で英語となりました。大麻樹脂の事を、ハッシッシと言いますが、これもアサシンが語源です。クスリの話を終わります。
2004年12月11日
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あまり表には出ませんが、日本の若い旅行者が海外で好奇心から麻薬を吸い、逮捕され刑務所生活を余儀なくされている人が結構居ます。インドのゴアはヨーロッパ人の避暑地として有名ですが、ここでは若いヨーロッパ人が大麻を吸って居ることでも有名です。ここでほんの出来心で大麻に手を出してしまい、3年以上もゴアの刑務所に囚われていた日本の若者が3人居ました。インド人の弁護士を介しての法廷では意思疎通もままならず何時釈放されるか分かりません。ほんの出来心で一生を台無しにしてしまします。日本は麻薬の罪が世界的に軽い国ですが、東南アジアでは日本より数倍重い国が沢山有ります。中国、シンガポールではその内容によっては極刑です。記憶の新しいところでは、シンガポール駐在のオーストラリアの外交官の息子が麻薬所持で捕まり、オ政府の釈放運動も虚しく死刑判決を受けました。日本の若者5人(女性一人)が東南アジア経由オーストラリに入国した時、誰かのスーツケースの中の麻薬が発見され全員懲役10年の判決で、1-2年前に刑期を終え釈放されました。日本では覚せい剤で逮捕される芸能人がニュースになりますが、刑が軽いのか実刑判決で無い場合も有るようです。でも麻薬の罪は海外では日本と全く違います。ほんの出来心で取り返しの付かない事態になる危険がある麻薬には、海外では(特に東南アジア)絶対に手を出さないことです。
2004年12月02日
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